グローバル経済の「深化」と「パラドックス」 No.1
-イノベーション・エコノミーの時代とそのリスク-
平田 潤 概要 人口減少による労働投入量の趨勢的減少が不可避となった現在、日本経済成長の要として、 女性の雇用市場へのさらなる参入や高齢者の一層の活用はもとより、「働き方改革」と「イノベー ション促進」による生産性向上が、喫緊の課題となっている。そして成長の持続/加速は、日本 に限らず欧米先進国経済にとっても共通する大きな課題であり、今や「イノベーション」の役 割は益々増大している。 一方ICT革命/リーマンショックを機に、欧米諸国(特に米国)の中間層に生じた経済環境の 激変(これまでの中間管理的或は汎用型な知的ジョブが、高度化したICTプラットフォーム・ アーキテクチャーとソフト/コンテンツによって代替され、しかもリーマンショック以降には リストラやアウトソーシングが加速した)がもたらした雇用・所得へのダメージ/マイナスイン パクトは、これまでになく広範かつ構造的なものであった。そして将来の不確実性/不安/不満 の昂進が、欧米で様々な形で展開する「ナショナル・ポピュリズム」を急速にパワーアップした ことは否定できない。さらにこうした流れを考える限り、今後「AIをはじめとする様々なイノ ベーション」がもたらす飛躍的なメリットは、負の側面、即ち巾広い分野での雇用喪失や消滅、 人間の知的労働におけるスキル〔暗黙知も含め〕の代替、無価値化(及びそうした将来の到来へ の懸念)が伴う可能性を持っている。これはまさにイノベーションがもたらす新たな「人間や 人間社会に対する反作用・副作用」であり、深刻なパラドックスに他ならない。 そしてイノベーション・エコノミーが到来するなかで真に考えるべきリスクは、おそらくは ①~⑤ということではないだろうか? ① 経済のグローバル化やイノベーションの加速(ICT等)が、不可避的にもたらしている社会の 構造変化、人間及び社会に及ぼしている強いストレスと負荷(メンタル/フィジカル/ソシオ ロジカル)・リスク、そしてコストの実態について、さまざまな角度からの客観的な分析・科 学的な実態解明研究が十分になされていない、あるいは遅れている、 ② グローバル(経済)化やイノベーション・エコノミーが経済社会にもたらす「副作用」やその 累積拡大に対する「無防備・無対応」、「対応の爬行性」、「適応不能・不全」、「危機管理の失敗」 が、社会の分断を加速し、格差の飛躍的拡大を招来しており、それに対する新たな効果的な 処方箋が欠如している、③ 逆に経済社会の「過剰適応」(グローバル経済化やイノベーションによる利便性の飛躍的向上 を無条件/無制限に追求・展開する「グローバリズム」や「イノベーション原理主義」)に追随 して、これに適合した環境化・エンベロープ設定に邁進(本来の領域を越えたり、誤った領域 に拡張)し、結果として、内部の自由を阻害し、易同調性を増幅し、人間社会の画一化・高度 管理化を招き、深刻な閉塞感をもたらす、 ④ 金融・経済のグローバル化加速がもたらす、著しい連動性/プレシクリカリティの増大や、イ ノベーション競争過熱が、経済・社会の、「恒常的バブル」依存体質化を昂進している、 ⑤ グローバル経済やイノベーションを担い、管理運用する経済主体側に、誤用・悪用、独善性が 生じてきており、それによる「危機管理の失敗」のリスクが高まりつつある、 こうしたヒューマン・リスクを少しでも改善・克服・解決に向けて模索する努力や試みもまた 新たに追求すべき「ヒューマン・イノベーション」に他ならないのではないだろうか? キーワード イノベーション・エコノミー、生産性、AIシンドローム、グローバル経済の政策 トリレンマ、ヒューマンリスク はじめに: 1990年代以降、ICT産業が加速した「経済のグローバル化」は、直接的経済効果は勿論、主要 な財・サービス市場間の相互緊密化、分業・生産ネットワークの高度化、ヒト/モノ/カネ/情報 の移動・伝達の高速化等を実現した。またメガ・コンペティションの中で、経済の「深化」(第4 次産業革命進行など)の面でも格段の成果を達成してきた。その結果、まずICT革命を主導し た米国に長期繁栄をもたらしたが、同時に、グローバル生産ネットワークの要の地位を占める 中国等、有力新興経済国の飛躍的発展を可能とした。一方米国を始め先進諸国では、イノベー ションによる従来の市場や生産方式に対する破壊効果が激しく、しかも経済発展や成果の分配 面で、強い爬行性が見られた。そして様々な分野で格差の拡大や深刻な分断等が進行し、グロー バル経済の「負の側面」や「副作用」もまたクローズアップされるに至った。 とくに米国では、最先端の金融工学を駆使する金融産業が、グローバル化や長期にわたる金 融緩和環境の追い風の中で暴走し、大規模なバブルとその崩壊(2000年代のITバブルやサブプ ライムローンバブル)、深刻な金融危機(2008年リーマンショック)が発生した。そしてFRB/ オバマ政権の迅速な危機管理により、マクロ経済や金融システムが比較的早期に回復を達成し たものの、危機が直接/間接にもたらした経済被害、危機管理/経済再生のコストは大きく、被 害と負担(註1)が集中することになった中間層に大きなダメージを与えた。 その結果、先進国に生じた「経済繁栄の果実分配の格差、危機管理コストの分担と効用の分断」 もまた、グローバル経済が直接間接もたらした歪み・亀裂として認識され始めたのである。こ うした歪みや亀裂に対する不満は、先進各国で次第に膨張し、ついには政治・社会分野はもと より経済分野でも、非グローバルで自国第一主義的な選択を辞さない「ナショナル・ポピュリ ズム(註2)」と結びつき、欧米諸国を動かすに至った。一方2017年に入り米国・中国等を中心に景
気の拡大基調が鮮明となるなか、途上国を含むグローバル経済は堅調になりつつある。なかで も先進各国を中心に世界的な株高に象徴される企業部門の好調は、しれつなイノベーション競 争をベースとして持続しており、当面リーマンショック後の新たなピークに向かいつつある。 拙稿ではリーマンショックを契機に鮮明化したグローバル経済の「変容」の実態について、2 回に分けて論考する。本稿No.1で主にグローバル経済の「深化」と「パラドックス」を、No.2で イノベーション・エコノミーとそのリスクについて、概括してみたい。 No.1 1.グローバル経済に生じた歪みと亀裂 2.「生産性」と「イノベーション」 (1)グローバルに拡大が続く「イノベーション」 (2)AI〔人工知能〕シンドロームの到来 3.グローバル経済の政策トリレンマ 4.グローバル経済の深化とヒューマンリスク 1.グローバル経済に生じた歪みと亀裂 -「Brexit」と「トランプ旋風」のゆくえ- グローバル経済には、2016年に英・米両国によって大きな衝撃がもたらされたが、そのイン パクトは現在まで持続している。すなわちA. 英国で国民投票の結果としてEUからの離脱 (Brexit)が決定され、B. 米国大統領選で、不動産王トランプ氏が、米国が関わったさまざまな 国際通商/貿易/環境等の協定について「米国第一主義」の視点から見直しを行うと豪語して当 選したこと、である。それにしても、国際政治/経済の将来に、不確実性・不透明性・不安定性を 大幅に昂進させる意思決定が、従来グローバル経済に対しリーダーシップを発揮し、少なくと もその時点でマクロ経済では相対的に堅調な(と評価されていた)英・米両国から強力に発信 されたという事態は、重く受け止める必要がある。 すなわち上記A「Brexit」,B「トランプ旋風」共に、①両国国民による民主主義に基づく決定で あり、②その「選択」が、これまで築かれてきたグローバル経済の「パラダイム」や「スタンダー ド」に対し軌道修正を迫る強力なベクトルであり、③、②は現在だけではなく、将来も作動する (政治ダイナミズムとして、実効性が示された)可能性があるからである。 多くの識者はA・Bに至った背景/原因について、「低成長経済下、格差の拡大等による国民の 分断」、「中間層グループの不安や怒りにより喚起された新たな形のポピュリズム」、さらには、 「グローバリズムの行き詰まり・失敗・失墜」といった脈絡を強調していた。 確かにこれまで グローバル経済の先頭を走り、その恩恵や成果を享受している(はずであった)両国民が、これ までの枠組みや、その継承/延長を指向する路線に、僅差な結果とはいえ、「NO」を突きつけた というのでは、まさに「グローバリゼーション・パラドックス」に他ならない。英国ではBrexit によって対EU関係が不安定となり、大きな不利益を受けている。また米国では発足後まもなく 1年になるが、ブッシュ(子)政権以来の法人・個人に対する大減税が共和党/企業の後押しで
成立したものの、(ラストベルト地帯を活性化すると)期待された「トランプノミクス」や「イ ンフラ整備」は不透明で、内外に対する「ディール(交渉)力」もサプライズ効果は大きいが成 果は不十分といわざるをえない。経済政策はほぼ共和党主流派がリードしており、型破りのト ランプ・スタイルも独断的な米国第一主義が特定の支持層・利害関係者にアピールし、好調な 経済を背景に岩盤支持層から評価されているが国民の分断をむしろ助長している。 21世紀に入り米国が直面した「市場の失敗(ICTバブルやサブプライム危機」、そして「政府 の失敗(リーマンショック)」に続き、「民主主義の失敗」を指摘する声さえ上がる所以である。 そして両国、とくに米国のグローバル政治/経済社会における指導力・プレスティージの大幅な 凋落が真剣に懸念される事態が生じている。(註3) いずれにしても、両国に顕在化したように、「グローバル経済」を支えてきた様々な「コンセ ンサス」「ルール」「スタンダード」に見直しをかけ、変更を求める動きは、先進諸国を中心に、 反〔非〕グローバリズムとも結びついた「新たなポピュリズム」の増勢と相まって、当面無視で きない「負荷と桎梏」と「緊張」をもたらしつつある。 一方で先進諸国はおしなべて、リーマンショック以降、デフレリスクを抱えた低成長の長期 化に悩まされた。これは雇用構造の変化(非正規雇用の拡大、中・高賃金職の減少や削減)、労 働分配率の抑制から、個人消費の伸びに持続的な力強さを欠くことが大きい。そして今後とも 労働投入量面での隘路(人口の伸び鈍化や減少、少子化の進行や、移民への規制強化等)や、資 本装備面におけるボトルネック(企業の高成長/有力途上国へのアウトソーシングやトランス ナショナル化による国内投資抑制)という経済環境が成長制約要因として無視できない。米国 や日本で賃金上昇が始まっているが、グローバルな競争環境下、財/サービス価格の上昇が押え られるなかで、その勢いは緩やかなものと想定される。そうしたなかで各国共に、今後の成長 の「要」として、「生産性向上」「イノベーションの促進」を戦略的に重視せざるを得ない。実際、 各国の民間部門〔大企業/ベンチャー企業/ファンド等〕、政府〔政策対応/科学技術・学術研究支 援〕が相まって、多くのヒト/モノ/カネ/情報が投入されている。 2.「生産性」と「イノベーション」 2017年版の内閣府「財政経済白書」(以下『白書』)は、4.「技術革新への対応とその影響」を 展開している。そのテーマは、まさに「イノベーション」と「生産性」である。(註4)『白書』によ れば、日本経済を中長期的に展望すると「少子高齢化・人口減少という人口動態による労働供 給の制約があるにも関わらず、日本の労働生産性が国際的にみて低水準にとどまっており」、「今 後の経済成長の制約となる可能性」(註5)が考えられる。そして「現在の日本経済が直面する人手 不足と低生産性という2つの大きな課題に対応するためには、技術革新に迅速かつ適切に対応 し社会への実装を促すことが、働き方改革と並んで大きな鍵となる。」(註6)と結論づけられる。 2013年スタートの「アベノミクス」で、デフレ経済からの脱却に精力的に取り組んだ日本経 済だが、円安・株高による企業業績の好転や雇用環境の大幅な改善が、賃金上昇による所得拡大・ 家計消費の堅調な伸びに順調に繋がるという「好循環の実現」には苦戦しており、2017年まで
景気拡大こそ長期に持続しているがGDPの約6割を占める個人消費が期待したほど高まらない 状況が続いた。人口減少による労働投入の趨勢的減少が不可避となった現在、日本経済成長の 要として、女性の一段の雇用市場への参入や、高齢者の活用はもとより、「働き方改革」という 雇用面(残業規制や時間管理徹底やワークライフバランスの実現)からの生産性の向上と、「イ ノベーション促進」による生産性向上が成長戦略として喫緊の課題となっている。(註7)そして 成長の持続/加速は、日本に限らず欧米先進国経済にとっても共通する大きな問題であり、今や 「イノベーション」の役割は益々増大している。 (1)グローバルに拡大が続く「イノベーション」 そこで先進諸国を中心にグローバル経済のミクロ面に目を向けて見たい。マクロ面での不安 定さとは裏腹に、様々な分野で「内的進化」(言い換えればイノベーション)が着実に進行して いる。もちろんICT分野におけるビッグデータやクラウドを活用したデジタルエコノミー、第4 次産業革命の中核をなすIOT、金融〔決済や投融資、資産管理等〕のビジネスモデルを変革し、 ブロックチェーン等の基盤技術を背景に通貨の分野(ビットコイン等)にも及んだFinTech、自 動運転等広範な分野に応用されるAI等が象徴的なイメージであるが、これらは、一部に過ぎな い。現在、先進国/有力途上国が、科学・技術・軍事といった広範なカテゴリーを舞台に、凌ぎを 削っており、激しい競争と淘汰が繰り広げられている。同時に各国で、国・研究機関・大企業・ ベンチャー等の担い手が入り乱れ、研究開発や製品化に携わる様々な人材の国境を超えた交流・ 提携が進むなど、グローバルな展開が見られる。またその成果は、これまでになく早期に実用化・ ビジネス化され、経済社会の発展・高度化に直接結びついて、確実に貢献しつつある。 日本経済もまた以下a~ fに見られるように「イノベーション・エコノミー」に突入している。 a 拡張するフロンティア 科学技術、製品化、ビジネスモデルの革新、ICT(デジタル)化等、様々な分野を舞台に、イ ノベーションは遂行され、そのフロンティアは不断に拡張している。 主要先進国のハイエンドな大学や研究機関、グローバル大企業(研究室)、各種の先端ベン チャー企業を担い手として、産・学・官はもとより、国境を超えた競争・連携が進行している。 そして物理・化学、生化学、分子生物学、バイオ遺伝子工学、ナノテクノロジー、電子・ロボッ ト工学、宇宙工学等の分野を中心に、新たな成果が次々に生み出されつつある。結果は、産 業システムやプロセス革新等はもとより、人々の生活の質・利便性や、医療・健康・長寿化、 の面で、これまでになく多くのイノベーションが創り出され、しかも産業化・ビジネス化 への時間的スパンも着実に短縮されてきている。 b IOTの発展と深化 IOT(Internet Of Things)は、あらゆるモノが、ITに接続しデジタル化する、製造業分野にお ける「革命」というイメージがある。そして非IT機器にもセンサー等が内臓されIT化し、 クラウドを通じてデータが集積(ビッグデータ)され、あるいはモノがロボットさらには AI化して、ヒトとのデータのやりとりや双方的コミュニケーションが可能となり、モノの
世界が一段と高度化するという「パラダイムシフト」が期待されている。 c ICTによる(サービス産業の)地殻変動 ICT(デジタル)化による利便性の向上は、とくにサービス産業のコンセプトを革新させる 可能性に充ちている。米国でブーム化し、現在日本の金融産業に浸透しつつあるFinTechは ICTを駆使した新たな金融サービスであるが、ビットコインに使用されるブロックチェー ン技術等、さらなる可能性を持つと注目されている。またICTが今後、ヘルスケア〔医療/ 健康関連産業〕や流通・ホスピタリティ(観光やエンターテイメント等)に一層の革新をも たらすことが展望される。例えばVR(バーチャル・リアリティ)等は、ゲームに留まらず、 3D化を活用したリアルビジネスの世界、医療その他への応用が期待されている。 d AI(人工知能)の実用化 ディープ・ラーニング〔複雑なニューラルネットワーク技術を駆使した深層学習により、 概念レベルまで学習を可能とする〕の成果がAIに反映され、認識・学習・判断を一段と向 上させ、従来のロボットの次元を超えつつある。AIが実用化・応用される分野も増大し、 例えば金融分野で、高速度取引や投資運用アドバイザーとして活用されつつある。 e 新たな「高位度マテリアル」創成や、未知領域での発見 新しい材料・元素の発見や人工的な創造(メタマテリアル)、さらには未知領域(宇宙、深 海など)の探査等が進展している。 f ナノ・テクノロジーの一層の進展 今後さらに微細化・高速化・省エネルギー化・環境負荷低減化が進み、かつその応用分野が 拡大していくことが期待される。 こうした「内的進化」の経済効果は、グローバル経済で、その市場や応用可能性が飛躍的に高ま ることから、これまでになくイノベーション・エコノミーの重要度を高めている。 (2) AI(人工知能)シンドロームの到来 とくにd. AI(人工知能)の実用化については、「AIシンドローム」ともいうべき現象が注目さ れる。これは加速するイノベーション〔第四次産業革命〕の中でも、とくにICTや先端科学技術 が達成しつつあるAIの異次元的進化(さらに将来到来が想定されるシンギュラリティ)をめぐ る議論である。AIの急速な現実化/実用化が進行していること、そしてこれに対する(欧米の) 一般大衆、ジャーナリストから、識者/関係者(ICT企業の経営トップをも含む)までを交えて、 「不安や強い懸念の高まり」が様々に発信されている。 近時AIは、ディープ・ラーニングの成果が反映され始めて、認識・学習・判断を一段と向上さ せ、これまでの人間の機能の代替・効率化・発展化を図った〔ロボット〕の域を超えつつある。 その象徴的イベントとして、複雑かつ高度な囲碁の対局で、AI(アルファー碁)が人間の名人 に勝利した件が挙げられる。一方で米国のAIチャットボット(TAY)はツイッターに登場する や、人間社会に過去多大な災禍をもたらした存在を肯定したり、全くの誤謬な内容を受容・発 信したりしたため、即退場に追い込まれた。いずれにしてもAIの知能はやがて人間を凌駕して
いく(超知性)のではないか、人間が将来管理不能になるのではないか?という疑念も徐々に 高まってきた。とくに科学界・ICT業界における先達や巨人たちが、AIの人間に対する脅威を 否定せず、あるいは警告を発するなど、慎重なスタンスをとっていることも注目される。 同時に既にAIがこういった次元にまで届いていることは、次の議論(先進諸国間で共通)と して将来、AIが人間に取って代わり人間の仕事を奪い、多くのビジネス(製造業はいうに及ば ず、人間が提供するサービス/知的産業まで)がAI化されていくという、将来予測も説得力を増 してきている。もちろんAIを含めICT分野のイノベーション(IOT、VR,AR等)の持続が、新た に創り出すビジネス・職(更なる高度化や高付加価値化を含め)を強調する議論も多い。加えて 先進諸国の企業や市場・消費者・政府にしても、利便性の革新や経済成長の観点から、ICT,AI に親和的な環境や下地作りに、競ってコミットしているのが現状である。 一方ICT革命/リーマンショックを機に、欧米諸国(特に米国)の広範な中間層に生じた経済 環境の激変(これまでの中間管理的或は汎用型な知的ジョブが、高度化したICTプラットフォー ム・アーキテクチャーとソフト/コンテンツによって代替され、しかもリーマンショック以降に はリストラやアウトソーシングが加速した)がもたらした雇用・所得へのダメージ・マイナス インパクトは、これまでになく広範かつ深刻なものである。こうした流れを考える限り、「AIや これを支える様々なイノベーション」がもたらすであろう飛躍的なメリットに、随伴するかも しれない負の側面、即ち雇用喪失や消滅、人間の知的労働におけるスキル〔暗黙知も含め〕の代 替、無価値化(及びそうした将来の到来への懸念)は、まさに「人間や人間社会に対する反作用・ 副作用」であり、パラドックスに他ならないといえよう。 そしてその議論の多くはロジカルというより、感情的・感性的な反発や忌避であり、背景に は欧米社会に存在する漠とした不信(グローバリズムやイノベーションがもたらす成果が必ず しもあまねくWIN・WINをもたらすとはいえない)や、不満(成果の波及は、到底均質的では ない)、そして漠然とした不安を示唆すると、推定される。 3.グローバル経済の政策トリレンマ さて、経済や市場の発展・高度化に親和的な「グローバリゼーション」が、実は「国家主権」 や「民主主義」といった伝統的で正統的な価値概念と、鋭く背反する(パラドックス)面を正面 から展開したのが、「グローバリゼーション・パラドックス」(ダニ・ロドリック教授(ハーバー ド大学)であった。そこで展開されたのが「世界経済の政治的トリレンマ」仮説である。(註8) すなわちa「ハイパー・グローバリゼーション(グローバル化の深化)」b「国家主権(国民的 自己決定)」c「民主主義(民衆政治)」を同時に追求することは無理であって、1つは犠牲にせ ざるを得ず、その選択(政治)が問われるというものである。 2016年長期にわたるキャンペーンや、選挙戦を経て、「民主主義(投票・選挙)」による選択の 結果、英国・米国で「英国のEU離脱」「米国トランプ政権誕生」が示されたことを見ると、先進 諸国の中ではこれまでこのパラドックスから最も遠いと思われた両国が、(両国はa規制緩和や 市場開放を率先して推進し、所謂グローバルスタンダードの確立で先進諸国を凌駕してきた、
表1 先進国経済を左右する3つのダイナミズム (出所)平田 潤「グローバル経済の変容(No.3)」(『国際金融』No.1298) と同時にb強力な「国家主権」を行使し、国益の実現を追求し、かつ c民主主義の強固で歴史的 な基盤と、その実効性を維持し、誇ってきた)、ついにこのトリレンマに陥りつつある、とする 識者も多いのではないだろうか。 ここで筆者は前述仮説の枠組みを用いて、上記のa,b,c各命題に基づく理念が、先進国(こ こでは米国・日本・EU主要国について最大公約数・共通項をモデル化して考察)の経済社会エ リアにどのようなインパクトを与え、政策を求めるかについて、3つのダイナミズム(A、B、C) に包括集約した。(表1) すなわち A〔グローバル化の深化=市場重視〕の観点からの(政策)ベクトル B〔国家主権の堅持・強化=国益重視〕の観点からの(政策)ベクトル、 C〔民主主義の追求=(民意)民衆利益の実現〕に基づいた〔政策〕ベクトル そしてABCが指向する政策が、国内でどう方向性を異にし、バッティングするか、について、 大雑把ではあるがスクリーニングし、図式化を試みた。(図1~ 3) これで見ると、A,B,C3つのダイナミズムが指向する政策ベクトルは、それぞれの理念に基 づく相異なる内容を要求し、バッティング/相反する分野が多いと言わざるを得ない。 図1〔自国産業(製造業/第一次産業)分野〕では、最適立地生産主義に基づき、比較優位を求 めてグローバルに展開(トランスナショナル化)するグローバル大企業(製造業・ICT産業)の
指向と、地域社会の空洞化を防止し、コミュニティ維持を重視し、地元企業のステークホルダー として雇用の減少・工場移転に反対するCのスタンスは、真っ向から対立することになる。そ してBのベクトルとしては、自国内の立地/投資環境や条件を、グローバル企業に適応させ(或 は優遇措置を施す)誘致するか、逆に国内企業や地方への補助/支援を手厚くし、地方や産業の 空洞化阻止に向かうといった選択を迫られよう。米国ではトランプ政権(B)がこの問題につい て、 ① 製造業の代表的エリアをターゲットとして(A)自動車企業(グローバル企業)に工場の海外 移転の再考と米国回帰、雇用創出や増大への政治的圧力を加え ② 2017年(共和党主流派主導で)まとまった大型減税により、グローバル企業の利益還流を認 める代わりに米国内投資・雇用増を促す といった対応を取り、 ③上記①、②によってⒸに対して直接/間接のトリクルダウン効果発生を期待している。 図1 自国産業(製造業/第一次産業)分野
図2 労働市場(国内)分野 また図2〔労働市場(国内)分野〕では、労働コスト削減と、雇用のグローバル化(最適人材の 最速調達)の観点から、労働力の流動化/法規制の柔軟化/雇用のアウトソーシングや調整にポ ジティブなAと、雇用維持保障、労働分配率向上を求め、また正規・非正規の格差是正を求める Cでは、Bが策定する労働法制・雇用政策に、まったく相反する方向性を求めている。やはりト ランプ政権(B)の移民規制・制限政策が、Ⓐの海外からの人材(とくにICTなどの技術者ある いはその予備群)希求と衝突し鋭い対立が生じている。 一方図3〔イノベーション分野〕では、こうした直接的対立がA,B,C間に見られることなく、 A,B,C共にWin-Winを達成できるという図式が描ける。すなわちAでは、グローバル企業/ベ ンチャー企業/ファンドにとって、イノベーションは企業戦略の中核であり、国による先端的企 業への支援や法整備が、イノベーション加速への環境(イノベーション・インフラ)改善につな がるものであり、Bでは国の成長戦略の一環として、また科学技術支援の観点、さらには競争 力強化/国益の観点からも、国の積極的な予算配分や人材育成促進が打ち出され、産学官による プロジェクトやファンドの組成や学術支援などが行なわれる。Cとしても科学技術の革新効果 やその成果により、国民・ユーザーの豊かさや利便性向上が同時に図られると考えられるから である。(①国がTAXを優先して投入することの正当性や、結果の検証、②企業の場合には、費
図3 イノベーション分野 (出所)図1、2、3共表1と同じ 用対効果についてチェックし、モニタリングする必要性が、本来的にあるとしても) 4.グローバル経済の深化とヒュ-マンリスク 3.でグローバル経済の政策トリレンマは、「産業」「雇用」面ではっきり見られた一方、Win-Winを達成できると期待される「イノベーション分野」については、生産方式や商品に関する画 期的なイノベーションが、生産性のみならず、雇用・産業構造に大きな変化を招くことになれば、 従来型の供給構造の担い手、或いは利害関係・既得権益層による重大な対抗ベクトル(保護や 規制を求める動向)を生み、政策トリレンマに陥りかねない。「はじめに」や「序章」で述べた各 国のポピュリズム台頭やAIへの懐疑から見ても懸念される所といえよう。 とはいえグローバリゼーションやイノベーションは、それ自体が、営々として築かれた科学 技術の到達と成果、経済活動の高度化、経済合理性による選択であって、中長期的には逆転す ることがない潮流であろう。そして真に考えるべきリスクは、(過去の産業革命時代や科学技術 革命の場合と同様)、おそらく以下の問題を抱える人間社会サイドの方にあるとみられる。具体 的に挙げるとすれば、①~⑤ということではないだろうか?
① 経済のグローバル化やイノベーションの加速(ICT等)が、不可避的にもたらしている社会の 構造変化、人間及び環境社会に及ぼしている強いストレスと負荷(メンタル/フィジカル/ソ シオロジカル)・リスク、そしてコストの実態について、さまざまな角度からの客観的分析・ 科学的な実態解明研究が十分になされていない、あるいは遅れている、 ② グローバル(経済)化やイノベーション・エコノミーが経済社会にもたらす「(創造的)破壊 効果」やその累積拡大に対する「無防備・無対応」、「対応の爬行性」、「適応不能・不全」、「危 機管理の失敗」が、社会の分断を加速し、格差の飛躍的拡大を招来しており、それに対する新 たな効果的な処方箋が欠如している、 ③ 逆に経済社会の「過剰適応」(グローバル経済化やイノベーションによる利便性の飛躍的向上 を無条件/無制限に追求・展開する「グローバリズム」や「イノベーション原理主義」に追随 して、これに適合した環境化・エンベロープ設定に邁進(本来の領域を越えたり、誤った領域 に拡張)し、結果として、内部の自由を阻害し、易同調性を増幅し、人間社会の画一化・高度 管理化を招き、深刻な閉塞感をもたらしつつある、 ④ 金融・経済のグローバル化加速がもたらす、著しい連動性/プレシクリカリティの増大や、イ ノベーション競争過熱が、経済・社会の、「恒常的バブル」依存体質化を昂進している、 ⑤ グローバル経済やイノベーションを担い、管理運用する経済主体側の、誤用・悪用、独善と、 それによる「危機管理の失敗」が発生する、 こうしたヒューマン・リスクを少しでも改善・克服・解決に向けて模索する努力や試みもまた 新たに追求すべき「ヒューマン・イノベーション」に他ならないのではないだろうか? (注) (註1) (米国民への)被害と負担 2008年リーマンショックに対し、米国が実施した主要な緊急施策としては、「金融安定化プラ ン(FSP)」、「公的資金の投入」による大手金融機関救済に加え、景気浮揚策を含む対GDP5.5% にのぼる財政支出(「米国再生・再投資法」)があったが、その原資は主に税(TAX)であった。 そして、財政支出については、回復軌道に乗った金融機関による返済等で回収できた部分も あったが、一方、プログラムの運用としてはGM社等基幹的大企業の救済を優先し、一般国民 や大多数の中小企業の苦境打開に直接大きく貢献する施策としては、さほどみられないと批 判された。その後オバマ政権が、国民のコンセンサスが十分得られないまま、無保険者救済の ための「オバマケア」に邁進したことが中間層の離反(オバマ離れ)を招き、(税を争点とした ティーパーティ運動等も威力を発揮)オバマ民主党は、中間選挙で歴史的な敗北を蒙った。 (註2) ナショナル・ポピュリズム 畑山俊夫(2001)によれば、ナショナル・ポピュリズムとは、「指導者階級に対して人民の利益 を宣言する、外国人嫌いで人種主義的なナショナリズムに立脚した政治的教義」と要約でき、 「危機の時代に民衆の動員に成功したナショナリズム運動」である。 欧州各国では、フランス(国民戦線=FN)、オーストリア(自由党)、オランダ(自由党)、デンマー ク(国民党)、英国(英国独立党)、イタリア(五つ星運動)などにその影響が見られる。 (註3) 米国のプレスティージが低下 すでに中国は、「一帯一路」構想、「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」戦略を精力的に展開し、
対外直接投資や各種援助供与などにより、事実上の中国版グローバリズムを主導している。一 方ICT等を中心に高成長を続けるインド等のプレゼンスも増大し、経済グローバル化によっ て飛躍的に発展した国々、資源大国も、米国やG7のリーダーシップやルールのフォロワーで はなくなりつつある。かといってG20やその他の国際機関の求心力は高まっていない。 (註4) 経済財政白書(p150) 第一節で、「企業がイノベーションを生かして生産性を高めていく類型」として、 ①個々の企業が研究開発投資を行って、プロダクト・イノベーションを実現する、 ②ICT化や新規技術の導入等を含めて、プロセス・イノベーションを図る、 ③海外への対外直接投資を通じたマーケット・イノベーション ④意思決定権限の下部移譲や他社・他機関等との協業 を挙げている(p150) (註5) 同p207の1行目~ 3行目 (註6) 同p207の29行目~ 31行目 (註7) 同第2章「働き方改革」3章「技術革新への対応とその影響」 (註8) 「世界経済の政治的トリレンマ」 2013年に刊行され、世界的に注目された書物の一つに,ダニ・ロドリック教授(ハーバード大) の「グローバリゼーション・パラドックス(The Globalization Paradox Democracy and the Future of the World Economy)」がある。これは「世界経済の政治的トリレンマ」仮説(以下3命題につ いて、これを同時に成り立たせる、或は実現することはできない)としてA「ハイパー・グロー バリゼーション〔グローバル化の深化〕」、B「国家主権〔国民的自己決定〕」、C「民主主義〔民 衆政治〕」を提示した。つまりABC3つの命題は2つしか同時に充足されない(AB,AC,BCの いずれか)、言い換えると3命題を同時に追求することは無理で、1つは犠牲にせざるを得ない。 その選択(政治)が問われるというものである。そして経済や市場の拡大/発展/進化に親和的 な「グローバリゼーション」が実は「国家主権」や「民主主義」といった価値理念と鋭く背反 する(「パラドックス」)面が指摘されている。 (出所)平田 潤(2017)「グローバル経済の変容No.3「国際金融」No.1298 (参考文献) 内閣府「年次経済財政報告2015年」2015年 ―「年次経済財政報告2017年」2017年 ニューズウィーク編集部〔日本版〕「検証・世界のポピュリスト」2017年3月号 畑山敏夫「グローバル化と新しいナショナリズム」『ヨーロッパ・デモクラシーの新世紀』、2006年(高 橋進・坪郷寶編)、早稲田大学出版部 ロドリック・ダニ(柴山佳太・大川良文訳)『グローバリゼーション・パラドックス』白水社、2013年 平田 潤『アメリカ経済がわかる本』2012年 東洋経済新報社 ―『21世紀日本型構造改革試論』2014年 弘文堂 ―「グローバル経済の変容(No.2)」2017年『国際金融』No.1293、外国為替貿易研究会、2017年 ―「グローバル経済の変容(No.3)」2017年『国際金融』No.1294、外国為替貿易研究会、2017年 ―「グローバル経済の変容(No.4)」2017年『国際金融』No.1300、外国為替貿易研究会、2017年 ―『世界経済評論インパクト』2017年各号、世界経済評論、2017年