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学習者のライフに視点をおいた日本語活動 : 「ライフキャリアシラバス」と「情意シラバス」の可能性

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Academic year: 2021

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度)

学習者のライフに視点をおいた日本語活動

―「ライフキャリアシラバス」と「情意シラバス」の可能性―

萩原秀樹

キーワード

ライフ,キャリア,人間教育,言語教育観

はじめに

 言語教育は,単なるツールやスキルを与えるための教育ではない。そこでは,人間を育てる 教育の一部としての役割が志向されてよい。その際は,個々の学習者のもつ内面や生の本質に 迫るようにデザインされることが望ましいと考える。  そもそも,言語教育は学習者の生にどのようにかかわっているのだろうか。そして,今後の 社会に求められる言語教育とは何か。なぜ言語教育が必要なのか。こうした根本的な課題に取 り組む姿勢が,常に教師には問われてよいのではないだろうか。  外国人学習者を対象とする日本語学校は,大学や専門学校等への進学準備教育機関とみなさ れやすく,事実,知識の教授や問題演習等への取り組みに重きが置かれがちである。しかし, 現実には様々な学習動機や目的,指向性をもった学習者が混在している。すなわち,日本語学 校を修了後,大学等へ進学せずに帰国したり,日本国内外での就職を希望したりする学習者が 少なくない現状がある。その一方で,学習者のこうした個別性に着目したり,彼らの内面や人 生や生,生き方といった正答のないものに焦点を当て,それらを中・長期的にとらえたりする 視点に欠けやすい面がある。本実践はこれらの課題を克服するために考えられた試みである。

1.本実践の目的と方法

 本実践での「ライフ」はこうした個々の学習者の存在そのものをさす。日本語の「生」には漠 然とした意味合いが感じられるのに対し,英語のlife(ライフ)は生命,人生,生活といった概 念をより明瞭に指すと考えられる。よって本実践では「生」ではなく「ライフ」という表現を用 いることとする。より具体的にいえば,本実践におけるライフとは,日々の生活や考え方,人

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う,教師が多彩なテーマと活動を通して側面的な支援を試みることである。 1.2 方法  実践の方法としては,以下を用いた。まず,教育心理学の分野で國分康孝ら(1981ほか)が 提唱する「構成的グループエンカウンター」をはじめ,いわゆる「人間関係トレーニング」(星 野2003ほか)等の心理教育の諸活動を参考とした。ほかに,ソーシャルスキル・トレーニング やアイスブレイキング,あるいはキャリア教育,臨床心理学的な手法(特に描画療法とその周 縁分野の手法)等を日本語学習者向けにアレンジした。さらにオリジナルで考案,開発したも のも加え,すべて活動は既存のシラバス,コースデザインから極力乖離しないようにデザイン した。  また,本実践では特に学習者の未来ないしは将来を展望する活動を積極的に取り入れる。そ れは,人間はすべて未来に向かって生きる存在だからである。そして,特に外国人留学生は教 師が想像する以上に自らの未来に前向きな姿勢をもっており,彼らが生きていく21世紀の社 会に対応できるような視点や思考力,柔軟性を持たせたいと考えたためでもある。  なお,本実践は認知と情意の統合をうたい,学習者を全人的にとらえる「ホーリスティッ ク・アプローチ」(縫部2005ほか)との接点を持つ。

2.実践内容

2.1 概要  本実践は,2009年度に東京都内の日本語学校の非予備教育(非進学)コースにおいて,中上 級から上級レベルの学習者で構成された1クラスを対象に実施された。毎週2時間設定されて いる,「話す」活動と「書く」活動を並行して進めることを主眼とした時間の中で,1 ∼ 2週間 に1回(50分が基準)程度の割合で1年間にわたり行われた。在籍者は14 ∼ 16名で,年齢は19 ∼ 29歳,国籍(地域)は韓国,台湾,香港,タイである。各活動では「自己」「他者」「人生(観)」 「価値観」,主に仕事を意味する狭義の「キャリア」,また人生や生き方全般をさす広義の「キャ リア」を主なキーワードに掲げた。 2.2 年間スケジュール  以下に年間の活動実績のうち,主なものを示す。各学期ではそれぞれ大きなテーマが設定さ れ,それらに沿った活動を中心に展開されている。

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 表1  年間の主な活動実績と各学期のテーマ(表内の〈 〉は後述の説明箇所) 春 4 ~ 6 月(主なテーマ:自己) 秋 10 ~ 12 月(主なテーマ:仕事,将来,キャリア) ①私の大切な20語   *自己を見つめる手はじめ ①適職選択   *自己分析的な活動ののちグループで語る ②心の色   *非言語により内面を表出する(描画) ②私が尊敬する人   *具体的な内容をグループで語る ③10年後の私 〈3.1〉 ③人生計画−1 〈3.3〉 夏 7 ~ 9 月(主なテーマ:自己,他者) 冬 1 ~ 3 月(主なテーマ:人生,キャリア) ①これから生きていくのに大切なこと 〈3.2〉 ①私を作ったもの20 〈3.4〉 ②対人地図  *人間関係を振り返り,図示する ②人生計画−2 〈3.3〉 ③流れ星 *コミュニケーションの不全を体験する ③墓碑銘 〈3.5〉 2.3 活動の進行と展開例  各活動は,①導入(説明)②活動③振り返り(グループまたは全体で)の順を基本とする。活 動内容や振り返りの深さ等により,トータルの所要時間は30 ∼ 70分と異なる。また,すべて の活動で自己省察と開示が求められ,ペアまたはグループの活動を伴う。翌授業時に全員の記 述内容のまとめ等を利用したフィードバックや全体シェア(分かち合い)がなされ,意識の共 有が図られる。なお,本活動は誤用にとらわれない自由な日本語の表出を前提としているため, 教師からの積極的な関与,誤用訂正は行わず,授業時間の最後に限定的なものにとどめる。 表 2  活動の展開例(3.2「これから生きていくのに大切なこと」) ①導入 今までの活動を振り返って教師と学習者間で簡単なやりと りを行う。 5分 ②メインの活動−1(個人) 項目を記した用紙を配布し,自分の価値観に基づき優先順 位をつける。 10分 ③メインの活動−2(グループ) グループ内で理由を説明しあってまとめ,模造紙に貼って 掲出する。 20分 ④振り返り−1 各グループの作品を掲出して感じたことを発表してコメン トを記す。 15分 【翌授業時】⑤振り返り−2 前回掲出されたものを見直し,あらためて感じたことをコ メントする。 15分

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 「成功を重ねる」「目標を持つ」等,9項目に関する自分の優先順位をつけ,理由を説明しあう。 グループ内で意見のまとめをしたのち,教室内に貼り出す(展開例を表2に示した)。 3.3 「人生計画」(秋③,冬②) キーワード:仕事,家庭,キャリア,人生(観)  年代ごとに(20代∼ 70代)自分が何をしていく(だろう)かを記入していく。就職,結婚や 出産,家庭生活を含め,どう人生をとらえ,生きていくかをイメージする活動である。ここで 「老い」や「死」という概念を漠然と意識する。記入後はペアやグループで説明しあい,意見交 換を行う。書けない項目もあるが,書けることよりも将来や人生に考えをめぐらすことを重視 し,空欄は問題としない。時間をおいて再度取り組むことで,その間の意識の変化も感じ取れ る。 3.4 「私を作ったもの 20」(冬①) キーワード:人生(観)  人生を振り返り,何が今の自分を形づくってきたのかを考える。自らのあげた言葉とその選 択理由をペアまたはグループと共有する。発話だけではなく,文字化することでより認識が深 まる。人間関係や具体的な活動,物質的なもの,精神的なものなど多彩である。  例:「書道」「車」「家族の愛」「見下された経験」「親に叱られたこと」「先生の言葉」 3.5 「墓碑銘」(冬③) キーワード:キャリア,人生(観),死,死生観  上記「人生計画」ののち,自分がどのように生きるか(生きたいか,人生を終えたいか)を想 像する。臨終の場面において残したい言葉,墓碑銘に刻みたい言葉を書道用の半紙に大書し, 掲出する。「死」を想定した活動なので,学習者によっては想像力を働かせるのが難しいことも ある。一方で,大災害や生命倫理,医療に関する教材等も併用することで,いわゆるデス・エ デュケーション(いのちの教育)にもつながる可能性を秘めている。  例:「夢を実現した男の墓」「一人に愛された女,ここに眠る」「満足な人生を送った男」

4.分析と考察

 1年間の活動を経て,学習者から以下の反応が見られた。これらをもとに分析と考察を行う。 4.1 学習者の反応  学習者から寄せられたコメントは,以下の5つに大別することができた。 (1) 今まで(母国語でも)考えていなかったテーマがたくさん出て,自分のことを考えられた。 気づかなかったこと,わからなかったこと,知らなかったことが理解できた (2) 難しかったけれど,楽しい。自分の思いが表現できた (3) クラスメートの考えがよくわかり,クラスメートに関心を持った (4) 最初は狙いがわからなかったが,だんだんと理解できて,必要な授業だと思った (5) 後日,全員の意見がまとめて返される(フィードバック,シェア)のがよい  好意的,肯定的な意見が大半を占めていたのが特徴である。こうした反応から,教師は勇気 を与えられ,さらなる実践への意欲が生まれる。なお,活動に消極的な者も時に存在するが, 教師が参加を無理強いをせず時間をかけて待ち,見守ることで自然に加わってくる場合が多

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) い。 4.2 「おしゃべり」から「話」と「語り」へ  言語知識の教授については限定的な本活動だが,上記のように,否定的な反応をする学習者 はほとんどいなかった。また,現在の日本語力で話せることは話してみた,(正確で上手な日本 語ではないが)言いたいことは言えたとの反応も目立った。  しばしば学習者は,いわゆる「話」や「会話」をしたがると聞く。だが,実際に求めているの は「話」だけでも,「おしゃべり」だけでもないのだろう。それは,学習者の内なる思いに発し た「語り」である場合もあって,本実践で見られたのはまさにその「語り」に近いものだったよ うに思う。その際肝心なのは「語り」の中身と「質」であり,授業では適宜そうした機会が提供 できたらよい。そこでは同時に,受動的な「聞く」姿勢から能動的な「聴く」姿勢へと変貌して いくように思える。  自分の「語り」が聴いてもらえ,記したものを読んでもらえることを通し,自尊感情が満た される。すると今度は他者の語りに耳を傾け,周囲との深いレベルでのインターアクションが 導かれやすくなり,良好な人間関係の構築と和やかな雰囲気の醸成が導かれるようである。こ うした良質な循環がもたらされるうえ,誤用の不安から解放され,受容的な環境の中で行われ る活動となることで,教師は知識教授型の授業とのメリハリがつけやすくなる。  なお,無意識に言語技術を駆使できる母語ないしは第一言語よりも,第二言語である日本語 を通したほうが学習者の内面がより率直に表出されている可能性が考えられる。なぜなら,学 習者が抵抗なく語彙や表現を口にし,文字化しているかのようすがしばしば見られ,本人もそ う説明する場面に遭遇するからである。そこには必ずしも深い思いが託されているとは限らな いが,言葉が発せられた時点ではなく,最終的に本人がその深さに到達すればよいと考える。 4.3 教師の学び  こうした良質な「学びの共同空間」が生まれることで,学習者の間,また学習者と教師との 間に重層的,複眼的な視野が築かれることが考えられる。ユーモアや創造性に代表される,学 習者の意外な側面,個別性の発露あといったものに触れ,学習者のみならず教師も力づけられ, 学習者に対してより幅の広い知見を得ることができる。事実,教師が勇気づけられ,その結果, 自らの手法を見直し,教室運営の幅を広げる契機にもなるし,やがては日本語教育そのもの, そして言語教育への視点が広がることも十分に予想される。 4.4 学習者の姿,ニーズの発掘

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れる。学習者と教師の双方が,そうした縛りからの解放と脱却を可能とするのも,本実践の意 義ではないだろうか。  しかし,一見扱いにくいと思われるトピックやテーマを掲げることで,学習者が気づかぬま まに過ごしてきたニーズを掘り起こし,提示してみせることも,教師の役割のはずである。学 習者がすでに意識していると想定できるようなニーズに沿った授業を展開するのみならず,学 習者のうちに潜む,隠れたニーズの発掘も教師には求められるのではないだろうか。 4.5 ファシリテーターとしての教師  正答のないテーマを課されることで,答えを出すことではなく各テーマに向けて考えをめぐ らすこと,その過程そのものに意味があると考えたい。掘り下げ方は学習者それぞれであり, 答えを持ち帰ったり考えをめぐらせたりするきっかけになればよいのである。すっきりするこ となく,答えを探りながら留学生活を過ごすことにも意味はある。答えがないこと,それはま さに人生そのものではないだろうか。  すなわち,活動のすべての答えは学習者自身が持っている。仮にその場では答えが見つから なくても,最終的には本人にしか見出せないものであり,学習者は自ら学んでいく。つまり, この活動で教師が教えることは「ない」のである。教師が現場でできるのは,唯一,的確な指 示を出すこと,そして活動を促進(ファシリテート)することにすぎない。よって,本実践に おいてはティーチャーあるいはインストラクターではなく,ファシリテーターとしての教師が 求められることになる。  教師は,学習者の自由な発言,発想を肯定的に受け止め,長所を引き出し,時には否定的な 側面も受け入れるマインドを持つことが望ましい。青年期の学習者は,これからますます発達, 成長していく存在であることを忘れずにいたい。同時に,教師自身が活動を愉しもうとする意 識,新たな気づきを手にし,学ぼうとの姿勢も不可欠である。 4.6 今後の発展性  活動と思考の過程が日本語で行われる ことで,従来の授業で深まらなかったよ うな,自身の生に根ざした抽象概念やメ タ認知が発達する可能性をもつ。また, いわゆるデス・エデュケーション(いの ちの教育,生と死の教育)への発展も考 えられる。傾聴の姿勢の獲得は学習活動 全般や生活態度にも波及し,結果的に自 律的な学習姿勢の育成にもつながる可能 性がある。  そこで,多くの日本語教育機関におけ る現行のシラバスをベースとしながら, 図1  年間の大きな流れ・テーマ

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 人生という長いスパンでのキャリア(ライフキャリア)を視野に置いた「ライフキャリアシラ バス」に基づく活動と,情意的なテーマを用いた活動を柱とする「情意シラバス」を提起した い。これは,両者の融合と有機的な連携でいっそう効果をあげると考えられる。やがてそれが 現行の授業の活性化のみならず,教師の内面の深まり,幅の広がりにも寄与できるのではない だろうか。  図1に年間の大きな流れとテーマを示した。そこでは,春から夏にかけては自己と他者をテ ーマに掲げた活動を中心とし,秋以降はそれをベースに(狭義の)キャリアとしての仕事に焦 点化する。年間を通じ,背後には(広義の)キャリアというテーマが控え,年度の終盤には生 と死をテーマに掲げた活動へと発展する流れになる。

5. まとめと課題

 日本語教育は何ができるのか,なぜ日本語教育をするのか。そもそも日本語教育とは何か。 そうした命題に触れ,回答ともなりうる力をもつその例が,本実践ではないかと考える。  當作(2010)が指摘するように,21世紀の日本語教育の役割を考えるのは必要不可欠だが, 残念ながら現実には教師はそこまで考えの及ばないことが多い。しかし,学習者が生きる21世 紀は社会変化の速度が速い時代であると予想される。また,各教育機関への在籍期間よりもそ の後の人生のほうがはるかに長く,重要なのは言うまでもない。  それを見通したうえで,学習者に日本語教育を通して伝えられるもの,身につけさせられる ものとは何であろうか。そのひとつが日本語を通して自分の生を能動的に切り拓いていく力だ と筆者は考える。そこで日本語教育に本来期待されるのは,たとえば個々の文法項目や語彙等 のミクロレベルの言語知識やスキル,ストラテジーといったものの指導におさまりきらないは ずである。今後は,こうしたいわば「人間教育」すなわち人格形成の一環としての言語教育と いう視点に立った日本語教育も考えられてよい。いうなれば,「日本語」教育ではなく日本語 「教育」つまり教育に力点を置いた実践である。  ただ,人間教育といっても,あくまでも教師は学習者の自発的な活動を促すファシリテータ ーとして振舞えば,学習者は自らと他者への思いを深め,自律的に学び,成長する力があると 考える。教師はそのきっかけを提供するのである。柔軟な思考を持ち自己探求を深める人生の 一時期に,言語知識等の効率的な習得を重視する授業とは異なる,こうした一見「非効率的」 で明確な答えのない活動に取り組むことが,結果的に学習者の内面を揺さぶり,実りをもたら

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いる(青木2001)。また,現在は「自分の魂」の伝達を望む存在としての学習者への視線が必要 とされ,カウンセリングマインドを持つ教師の育成が主張されている(縫部2010)。さらに,自 己省察や他者との対話から,学習者自身に自らの生や未来への問いが生まれる教室活動も期待 されているところである(森本2009)。  今後の課題としては,まず,成績評価の必要性の有無や誤用訂正の手法等があるが,最も大 きな課題が授業時間の枠である。そして,もう一つ大きなものが,活動の根底にある言語教育 観,パラダイムを教師間でどう共有するかという点である。多くの教師は本実践とは異なるだ ろう教育観の下で長年にわたり教育を受け,成長し,それをもって教室現場に臨んでいる。そ うした教師にとり,この手法,パラダイムは受け入れにくい傾向があると思われる。よって, 従来ややもすると付録的な扱いをされがちだったこうした活動に腰を据えて取り組むには,少 なからぬ抵抗感があることは否めない。他の教育機関でも類似の,ないしは関連した活動が散 発的に実施されているとは聞くものの,取り立てて整理されておらず,一貫した体系的な流れ になっていないのは,こうした事情が背景にあるためとも想像される。  さらに,受動的な授業,講義型の授業しか受け付けられない学習者や,開示や内面の掘り下 げに抵抗のある学習者への対応も課題である。現在でも参加者全員が常時積極的であるとは必 ずしも言い難い場合もある。だが,それはすべての授業においても等しく見られる反応であり, これをもってこの活動自体に否定的な評価を下すには当たらない。課題があるとすれば,やは り教師の側にあるのではないだろうか。

おわりに

 日本語のみならず「教育」にも力点を置き,教師の言語教育観が問われる本活動であるが, 現場や教師の指向性などに合わせた形での実践が可能である。もちろん個々の活動の姿は固定 されたそれではなく,学習者や時代によって,あるいは教師の価値観,言語教育観によっても 変化しうるし,本来そうした柔軟性を備えている。すると,今後の実践とその展開しだいでは, 新たな手法が生まれ,発展,深化する可能性を有すると考えられるのである。  本実践は開発途上の試みにすぎない。そこでは上述したような課題を確かに抱えているが, 学習者のライフに視点を置いた一連の活動を実践していくことには,小さくない意義があると 考える。

引用文献

青木直子(2001)「教師の役割」青木直子・尾崎明人・土岐哲(編)『日本語教育学を学ぶ人のために』世 界思想社 當作靖彦ほか(2010)「マンガ,アニメを利用した日本語教育―21世紀の学習者のための21世紀の日本 語教育―」国際基督教大学日本語教育センター 日本語教育ワークショップ配布資料 縫部義徳(2005)「日本語教育における教育哲学」縫部義憲監修・水島裕雅(編)『講座・日本語教育学 第1巻 文化の理解と言語の教育』スリーエーネットワーク

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言語教育研究 第 2 号(2011 年度) 縫部義徳(2010)「日本語教師が基本的に備えるべき力量・専門性とは何か」『日本語教育』144 日本 語教育学会 萩原秀樹ほか(2008)『学習者支援のための人間関係エクササイズの開発』日本語教育振興協会 平成19 年度文部科学省補助事業「教材等研究・開発等」研究報告書 萩原秀樹(2009)「非言語活動を通した支援型日本語授業 描画活動に焦点を当てて」『言語文化教育研 究』第1号 東京言語文化教育研究会 萩原秀樹・高井貞美(2010)「学習者の生(ライフ)と未来に視点をおいた日本語活動」『2010年度日本 語教育学会実践研究フォーラム 予稿集』日本語教育学会 森本郁代(2009)「伝達から会話へ」水谷修(監)小林ミナ・衣川隆生(編)『日本語教育の過去・現在・ 未来 第3巻 教室』凡人社

各活動にかかわる主な文献・出典

川瀬正裕(2008)『これからを生きる心理学 「出会い」と「かかわり」のワークブック』ナカニシヤ出版 國分康孝(1981)『エンカウンター』誠信書房 國分康孝監修・林伸一ほか(編)(1999)『エンカウンターで学級が変わる ショートエクササイズ集』図 書文化社 國分康孝監修・片野智治ほか(編)(1999)『実践サイコエジュケーション』図書文化社 藤本忠明・東正訓(編)(2009)『ワークショップ 大学生活の心理学』ナカニシヤ出版 星野欣生(2003)『人間関係づくりトレーニング』金子書房    宮下一博(編)(2009)『ようこそ! 青年心理学 若者たちは何処から来て何処へ行くのか』ナカニシヤ 出版

参照

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