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幼児期における内発的動機づけを促す運動遊びの指導法の一考察

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幼児期における内発的動機づけを促す運動遊びの指

導法の一考察

著者

中川 昌幸

雑誌名

保育研究

49

ページ

49-55

発行年

2019-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1475/00002382/

(2)

保育研究、第 49 号、2019

幼児期における内発的動機づけを促す運動遊び

の指導法の一考察

A Study of Teaching Methods for Exercise Play that Promote

Children’s Intrinsic Motivation

近年、子どもの体力・運動能力の低下が声高に叫ばれている。 このことはケガをしやすい、疲れやすいといった身体面の問題だ けでなく、自信を持てない、無力感を感じるといった心の問題に もつながっている。 本研究では、保育者がいかにして彼らの内発的動機を喚起し、 自ら運動をやりたがる子どもへと導く運動遊びの指導法につい て考察を試みた。 様々な先行研究から、幼児の運動遊びを充実したものとするに は彼らが自分たちから積極的に遊びに取り組むことのできる環 境が重要であると推察される。そのために保育者はつねに「発達 の最近接領域」を意識し、運動遊びを「教える」のではなく、彼 らを遊びへと誘い、発達に応じて彼らにとって最適の遊びを提供 することが重要であることが明らかとなった。 キーワード:運動遊び、幼児、内発的動機づけ

はじめに

宮口は幼児期の好ましい運動発達には、適切な 栄養摂取とともに発育発達を促す刺激としての運 動の影響が大きいことを指摘するとともに、運動 不足が幼児の健全な発育発達を損なうだけでなく、 体力低下や成長過程における心理的発達にも悪影 響を与えると述べている1。そして幼児期に適切な 身体活動を行うことは、健全な発育発達のためだ けでなく、大人になってからの健康の保持・増進 につながると述べている2。このことから幼児期に 適切な身体運動習慣を持てるかどうかが、子ども の健全な発達だけでなく、その後の一生に大きな 影響を及ぼすと考えることができよう。 しかし、幼児期に適切な運動習慣を持ち、体力・ 運動能力を向上させることが望ましいにも関わら ず、その正反対の現実が横たわっている。 文部科学省が行っている「体力・運動能力調査」 によると、現在の子どもの体力・運動能力の結果 をその親の世代である 30 年前と比較すると、ほと んどのテスト項目において、子どもの世代が親の 世代を下まわっている。一方、身長、体重など子 どもの体格についても同様に比較すると、逆に親 の世代を上回っていることが報告されている3 そして、子どもの体力・運動能力の低下は彼ら の発育にさまざまな面で暗い影を落としている。 子どもの体力・運動能力低下が問題となって以 降、数年おきに継続的に「子どものからだ調査」 通称「実感調査」が行われてきた4。近年、すべて の年代においてこの調査で頻繁に登場する教員の

中 川 昌 幸

*1

Masayuki Nakagawa

※1:平安女学院大学短期大学部 保育科 助教

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保育研究、第 49 号、2019 実感として「すぐ疲れたと言う」というものがあ る5。このことから子どもの体力・運動能力低下に 起因するからだの変調を現場の教員は実感として 見て取っていることがわかる。 体力は活動の源であり、健康の維持のほか、意 欲や気力の充実に大きくかかわっており、人間の 発達・成長を支える基本的な要素である6。文部科 学省は、子どもの体力の低下は、子どもが豊かな 人間性や自ら学び自ら考える力といった「生きる 力」を身に付ける上で悪影響を及ぼし、創造性、 人間性豊かな人材の育成を妨げるなど、社会全体 にとっても無視できない問題であるとし、現状に 警鐘を鳴らしている7 子どもの体力・運動能力低下の大きな要因の一 つとして、外遊びの時間が大幅に減少しているこ とがあげられる8。子どもの体力・運動能力の低下 は、運動する量が減少したことによるものと考え られるが、その最大の原因は人々の意識にあると 考えられる。保護者をはじめとした国民の意識の 中で、人を知識の量で評価しがちであったことに より、身体や精神を鍛え、思いやりの心や規範意 識を育てるという、子どもの外遊びやスポーツの 重要性を子どもの学力の状況に比べ軽視する傾向 が進んだ。また、子どもの体力の低下とその及ぼ す影響への認識が十分でない。このようなことか ら、子どもに積極的に外遊びやスポーツをさせな くなり、体を動かすことが減少したと思われる9 また、いわゆる「時間」「空間」「仲間」これら三 つの「間」の喪失が外で遊びたくとも遊べない子 どもの現状に拍車をかけている10 筆者は「幼児期における運動遊びの重要性とそ の指導法に関する一考察」において子どもの体 力・運動能力低下が著しいことを指摘し、幼児に おける運動遊びの重要性を論じるとともに、彼ら が健康な生活を送るために求められるべき保育者 の運動遊びの指導のあり方について、先行研究を もとに考察を試みた。その結果、幼児の戸外での 運動遊びを充実したものとするには、彼ら自身が 内発的動機から遊びに取り組める環境を保育者が 設定することが重要であると結論づけた。今回は 前回の研究をベースに子どもにとっての運動遊び の重要性をより深く探るとともに、保育者がいか にして彼らの内発的動機を喚起し、自ら運動をや りたがる子どもへと導く指導法について考察を試 みた。

1、子どもの体の異変

先に述べたように子どもの体力の低下は、子ど もが豊かな人間性や自ら学び自ら考える力といっ た「生きる力」を身に付ける上で悪影響を及ぼし、 創造性、人間性豊かな人材の育成を妨げるなど、 社会全体にとっても無視できない問題である。そ れだけでなく、子どものからだに大きな異変をも たらしている。このことをより深く掘り下げ、子 どもの体力・運動能力の低下は彼らのからだにど のような弊害をもたらしているのかについて考え ていきたい。 ケガをしやすい子ども 中村は著書『子どものからだが危ない!‐今日 からできるからだづくり‐』の中で最近の子ども がケガをしやすいことを指摘している11。それに よると「転んで手の骨を折った」「飛び跳ねたら足 をひねって骨折した」などにとどまらず、「廊下を 小走りに歩いていたら足の骨にヒビが入った」な どというにわかには信じがたい話が紹介されてい る。 彼は負傷の部位別では手足の骨折ばかりでなく、 顔面や頭部のケガが多くなってきていることも指 摘している。その理由は幼児期にころび方を学ぶ 機会が少ないことをあげている。いろいろな活動 を経験するべき2、3 歳の頃に転びそうになると親 が手をだしてしまい、子どもたちはころぶという ことをあまり経験せず、ころび方を知らないまま 大きくなっているという。そのために危険にうま く対処することができず、ちょっとしたことでこ ろんでしまったり、うまく身をかばえないために 手足を骨折したり、顔や頭にケガをしてしまう子 どもが多くなっていると述べている12 このような保護者の養育姿勢だけでなく、幼児 の間でダイナミックにからだ全体を使う遊び(動 的な遊び)の機会が減少して、からだの一部を使 用する遊び(静的な遊び)が多くなってきている ことが指摘されている13。このように遊びの中で もころぶことを経験せずに成長した子どもが何か の拍子にころんだ際に受身を取れず、顔や頭部に ケガをしてしまうのである。 体を自分の意志で動かす行為は、神経系をはじ めとする体の発達に伴って、高度なものになって くる。しかし、近年では、子どもが靴のひもを結 べない、スキップができないなど、体を上手にコ ントロールできない、あるいはリズムをとって体 を動かすことができないといった、身体を操作す る能力の低下が指摘されている14。体力・運動能 力の低下は身体をコントロールする力の低下にも 直結しているのである。

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保育研究、第 49 号、2019 今、子どもたちには基本的な動作が身について いないことが指摘されている。このような基本的 な動作は乳幼児期の未熟な段階からさまざまな身 体活動の学習や経験を通して、小学校五・六年生 のころまでに大人の動作に近い成熟したレベルに まで発達していくと言われている。今日の子ども たちは、幼少期からの運動遊びの機会の消失によ って動作の洗練化とともに未熟な段階にとどまっ てしまっている。中村の調査によると今日の小学 校三・四年生の基本的な動作の発達段階は、23 年 前の年長児(五歳)の段階にとどまっているとい う恐るべき現状が紹介されている15 顔や頭部のケガは脳の損傷などにもつながる可 能性が高く、早急に対策を講じなければならない。 そのためにも幼児の間で動的な遊びの機会を増や し、基本的な動作を身につけ、自らの体をコント ロールする能力を高める必要性があると考えられ る。 体調不良となる子ども 先述の中村は運動不足や摂取栄養の過多から肥 満傾向になり、将来において高血圧症や糖尿病と いった生活習慣病に罹患してしまう可能性のある 子ども、アレルギーや体温異常といった防衛的な 能力の問題を抱えている子どもも多く出現してい る実態があることも指摘している16 ここで体温異常の問題に着目してみたい。前橋 は近年、保育園や幼稚園への登園後、遊ばずにじ っとしている子どもや、集中力や落ち着きがなく、 すぐにカッとなる子どもが増加したと指摘し、彼 らの体温を測ってみると約3 割の子どもが 36℃未 満の低体温、もしくは37℃を越え、37.5℃近い高 体温であったことを報告している17 彼は体温異常の子どもが増加した要因として生 活リズムの乱れ、特に「遅寝遅起き」が大問題で あると指摘している18。彼は夜眠っている間に、 脳内の温度を下げて身体を休めるホルモンである 「メラトニン」や、成長や細胞の新生を助ける成 長ホルモンが分泌されること、しかし、今日では 夜型化した大人社会の影響を受け、子どもの生体 リズムに狂いが生じ、その結果、ホルモンの分泌 状態が悪くなっていると述べている19 「日中の活動時に元気がない」「昼寝の時に眠れ ない」「みんなが起きる頃に寝始める」「夜は眠れ ず、元気である」といった現象はホルモンの分泌 状態が悪いために起こっている。夜型化した生活 は体温のリズムが普通のリズムより 3~4 時間後 ろへずれ込んでいるのである。そのため、朝は眠 っている時の低い体温で起こされて活動を開始し なければならないため、ウォーミングアップので きていない状態で体が目覚めず、動きは鈍くなる。 逆に、夜になっても体温が高いためになかなか寝 つけず、元気であるという悪循環が生じているの である20。これらの要因が自律神経の調節異常を 引き起こしていると考えられる。先に述べた「疲 れやすい子ども」についても同様に夜型の生活が もたらすホルモンの分泌異常も大きな要因である と考えられよう。 前橋はこの問題の根本に運動量の不足があると 考え、毎日2 時間の運動を継続的に 18 日間行っ たところ、体温調節のうまくできない子どもが半 減したという。動くことで筋肉は無意識のうちに 鍛えられ、体温も上昇する。その結果、ホルモン の分泌がよくなり、自然に活動型の正常なからだ のリズムに戻るのである21。また昼間の活動量が 増えたために夜は疲れて早く眠る。このことも正 常なからだのリズムをもたらすと考えることがで きよう。子どもの身体活動量を保障することが問 題解決へとつながるのである。 このように身体活動量の不足から来る体力・運 動能力の低下は子どものからだに様々な問題を生 じさせている。しかし、問題はそれだけではない。 この時期に健やかに育ってほしい子どもの「ここ ろ」にも大きな影響を与えているのである。次章 ではそのことに焦点を当てて論じていきたい。

2、子どものこころの異変

自信を持てない子ども 身体活動量の不足から来る子どもの体力・運動 能力の低下は子どもの「こころ」にも大きな影響 を与えている。ここで及川が行った調査を紹介し たい。 及川は運動が苦手な子が自分自身についてどの ようなイメージをもちやすいのかに関する調査を 行った。彼は小学校五・六年生約 2000 人を対象と し、運動がとても得意と答えた「運動得意群」と 運動がとても苦手と答えた「運動苦手群」へ自己 イメージに関する同じ質問を投げかけた。その結 果、自分自身について「友だちが多い」「がんばる」 「よくリーダーになる」などプラスイメージの自 己像を持っている子の割合は、両群の間に大きな 差があり、運動苦手群では運動得意群の二分の一 ~四分の一程度となっていることを報告している 22 また彼はネガティブなイメージの項目では、「気

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保育研究、第 49 号、2019 が弱い」「おとなしい」「あまり質問しない」など 性格・行動面についても、運動苦手群は運動得意 群の二~四倍の割合で「とてもそう」と答えてい ることを報告している23。このように運動ができな い子どもは自己イメージ全般にネガティブさが目 立つ結果となっている。 及川は「運動が苦手」ということがその子の人 格全般の評価・自己評価に大きく影響している可 能性があることを指摘している。彼は「運動が苦 手な子と聞いて思い浮かぶイメージ」について訪 ねた結果についても述べている。そこでも先述の 自己イメージ同様にネガティブな項目が上位に並 び、「よくリーダーになる」「がんばる」などのプ ラスイメージはほとんど持たれていなかった。「運 動の苦手な子」に対するそのようなマイナスイメ ージが子どもたちの中にできあがったおり、得意 な子からの見る目も、苦手な子自身の思いも、そ のイメージが当てはめられている可能性があるこ とにまで言及している24 また、彼は運動が苦手な子に見られる傾向とし て、まず、「得意なものがない」「よく失敗する」 といった意欲や自信のなさとも言える項目に「あ てはまる」とする人が多く、運動得意群とは大き な差があることを指摘している。そして、「友だち から大事に思われていない」「友だちに無視されて いるような気がする」「友だちと一緒にいると疲れ る」のように、周囲からの自分に対する反応をネ ガティブに受け止める割合が運動得意群の二倍以 上もあることも報告している25。このことから運動 苦手群の多くが「ありのままの自分でよい」とは 思えていない様子が想像されるし、「人にどういう 評価をされるか」を気にしたり「人にダメだと思 われている」と感じ、自分に自信を持てていない ことが推察できる。 学習性無力感を感じる子ども 先の運動能力が低いことで自分に自信を持てな い子どもに共通していることは学習性無力感を感 じていることである。 「自分の努力は、成功することに結びついてい る」「頑張れば結果がついてくる」という信念は、 努力と結果に対する随伴性認知と呼ばれている。 子どもにとって、自らの努力が、成功という形で 実を結ばないという経験をすることは、この随伴 性認知を次第に失っていくことを意味している。 その結果、自分は何をどうやってもうまくできな いという無力さを学んでしまい、何事にも自信が 持てなくなってしまうのである26 外遊びやスポーツの場面では、他の仲間にはで きることが自分にはできない、という経験を味わ うことがある。こうした経験は、多くの子どもた ちにとって、自分の現状の力を冷静に見つめ、自 分の力をさらに高めようとする貴重な機会となる。 しかし、一方で「できる子どもたち」との比較と いう視点にとらわれすぎて、「できない自分」を意 識してしまうと個人的無力感として学習性無力感 を形成するきっかけにもなりうることを西口は指 摘している27 このように体力・運動能力の低下は子どもの身 体面だけでなく、心の発達にも大きな影響を与え ている。このままの現状が続くことは彼らが成長 し、成人したときにさまざまな面で弊害が生じる ことは容易に推察される(それはもう散見されて いるのかもしれない)。子どもの体力・運動能力を 向上させることは火急の問題なのである。 及川は先述の調査で非常に興味深いデータを紹 介している。それは「運動得意群」「運動不得意群」 にかかわらず、全体の約 95 パーセントの子どもが 「運動が得意になりたい」と回答しているという のである28。ここに子どもの体力・運動能力向上へ の手がかりがあるのではないだろうか。子どもた ちは決して体力・運動能力が向上しなくてもいい とは考えてはいない。むしろ向上させたいと考え ているのである。ならば大人たちの役割はその心 にいかに火をつけ、彼らが自発的に体を動かそう と思うようにすることではないだろうか。なぜな ら体を動かさないことには体力・運動能力の向上 はありえないからである。そして、その習慣を幼 児期から身につけることが、運動することが好き な子どもを増やすことへとつながるのではなかろ うか。その結果として、体力面ばかりでなく、自 信を持って何事にも積極的に取り組む子どもが増 えていくと考えられよう。次章では、これらの観 点から幼児が運動することが好きになり、自ら体 を動かす習慣を身につけるために保育者は何をな すべきなのかということについて考えていきたい。

3、運動を好きな子どもを育てる

吉村は、本来、多くの子どもは体を動かしたい という欲求(活動性動機)や、面白そうなスポー ツ遊びをしたいという気持ち(好奇動機)を持っ ていることを指摘している29。したがって「どうや ってスポーツの好きな子を育てるか」というより も、「どうやってスポーツ好きを維持するか、嫌い にさせないか」という方が適切であると続ける30

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保育研究、第 49 号、2019 スポーツという言葉を運動に置き換えるとそのま ま幼児の発達に当てはまる。幼児本来の「運動が 好き」という気持ちをそのまま伸ばすことが保育 者に求められているのである。本章では運動が好 きで、活発に動く子どもへと導くために保育者は 何を為すべきかについて考えていきたい。 「発達の最近接領域」を意識した指導 体操競技でG難度、H難度といったわれわれに は想像もできない難しい技をこなす超一流選手で あっても、生涯を通じて最も獲得困難な運動技能 は立つことと歩くことであると言われている。そ れを人間はよほどの障害がない限り、例外なく満 1 歳前後には成し遂げるのは 1、モデル(人が立っ て歩いている)、2、物的環境(つかまり立ちや伝 い歩きの支えがある)、3、人的環境(失敗を責め ず成功を喜ぶ)、という環境条件に支えられて「発 達の最近接領域」への挑戦を繰り返すからである と岸井は論じている31 鹿児島県志布志市で通山保育園、伊崎田保育園、 たちばな保育園という 3 つの保育園を運営する横 峯吉文は非常に独創的な教育法で幼児を伸ばして いる。30 年以上子ども達と接してきた彼はいつし か彼らの本質を捉えた指導法を編み出し、実践し ている。彼は「①子どもは競争したがる」、「②子 どもは真似したがる」、「③子どもは少しだけ難し いことをやりたがる」、「④子どもは認められたが る」という子どもにやる気を起こさせる 4 つのス イッチを巧みに利用することで、自立し、自ら何 事にも取り組むよう子どもたちを導いている。こ こでは「発達の最近接領域」の観点から「③子ど もは少しだけ難しいことをやりたがる」という部 分に注目して論じていきたい32 彼は子どもたちが自ら成長していくことをサポ ートするために常に彼らの発達に目を配り、彼ら にとって少しだけ難しい教材を与える。彼の著書 にその部分が紹介されているので紹介したい33 たとえば、初めて跳び箱に挑戦する子どもに、 3段の跳び箱を用意します。最初は、できない 子が多いですから、いろいろ工夫して挑戦しま す。しかし、全員跳ぶことができた後もそのま まにしておくと、そのうち誰も跳び箱に見向き もしなくなります。 子どもたちは、もうできたこと、簡単すぎる ことには関心をもちません。 では、3段を跳べた子たちに10段の跳び箱を 与えるとどうなるかといえば、これまた誰も見 向きもしません。 子どもたちは難しすぎることにも興味を抱か ないのです。 3段を跳べた子たちには、4段。4段が跳べた ら5段といった具合に、ちょっとだけ難しい課 題を与え続ければ、彼らはゲーム感覚でどんど ん挑戦を続けます。考えてみれば、ゲームとい うものに子どもたちが夢中になるのは、ちょっ とだけ難しい課題を次々と与えてくれるからな のです。 まさに「発達の最近接領域」を意識した指導法 といえよう。横峯は保育園を運営し始めたときに、 子どもは楽しいことしかしない、楽しいというス イッチが入れば、次から次へと新しいことを始め、 どんどん難しいことをクリアしていくことに気づ く。彼が確信した「才能開花の法則」を紹介した い34 ① できることは面白い ② 面白いから練習する ③ 練習すると上手になる ④ 上手になると大好きになる ⑤ そして次の段階に行きたくなる 彼はどんな子どももこの 5 つのステップを繰り 返して、才能を伸ばしていくと語っている。子ど もたちは彼の発達の最近接領域を意識した指導に より、運動することが大好きになっていく。大好 きだからこそうまくなりたいし、他の子どもにも 負けたくないと思うのである。これこそが子ども の内発的動機づけを重要視した指導法ではないだ ろうか、保育者が運動を好きになる手助けをする だけで、あとは自然と子どもたちが運動遊びを行 い、体力・運動能力向上へとつながっていくので ある。保育者はこのことを肝に銘じておく必要が ある。 運動好きな子どもへと導く保育者の資質 ここで重要なことは子どもたちに「ちょっとだ け難しい」課題を与えることである。しかし、こ のことは言うは容易いが非常に難しいことである。 教育学者である齋藤は発達の最近接領域を意識し た指導を可能たらしめる保育者の資質について以 下のように述べている35 私は、「みえる」ということを大切にしてい る。「みえる」ということは、その教師がカン とか洞察力とかを持っていることであり、その

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保育研究、第 49 号、2019 背後には、その教師の教師としての豊かな経験 があり、人間としての豊かな教養があるからで ある。(中略)そのために教師は、全身の毛穴 をあけて、たえず全体がみられ、また全体のな かの部分がみられ、全体と部分の関係がみられ るような努力をしていかなければならない。し かもその場合、冷たい無機物であるレンズの目 を通して子どもをみるようなことをしないで、 あくまでも自分の肉眼を通して感じたりみぬい たりしていくようにしていかねばならない 保育者が現在その子どもがどのレベルにあるの か、何に興味を持っているのかしっかりと見極め たうえで少しだけ難しい課題を与えることが重要 となるのである。そうすることで徐々にできるレ ベルが上がっていき、彼らはどんどん成長してい くのである。 汐見は「子どもはちょっと背伸びをすることで 成長するものだ」と言っている36。ならばそれに 対して支援を行い、背伸びしなければ見えない景 色(支援がないとできないこと)が背伸びせずと も見えるようにすることが保育者の仕事ではない だろうか。それを繰り返すことで横峯の言うよう にどんな子どもでも才能を伸ばしていく。マット 運動やなわ跳びなどの運動遊びが対象であった場 合、その繰り返しが体力・運動能力向上へとつな がっていく。そして、子ども自身が有能感を持つ ことで自信を育んでいくのである。このように子 どもたちを導いていくことこそが保育者の仕事で あり、求められる資質なのである。

まとめ

これまで子どもの体力低下についてはさまざま な議論がなされてきており、それを改善すること が急務であることは周知の事実となっている。保 育者ももちろんそのことは理解している。そのた め専門の指導者を招き、体操やサッカーなどのス ポーツ指導を行っている保育所・幼稚園も珍しく ない。スポーツをすることで子どもたちの体力・ 運動能力の向上を目指しているのである。しかし、 これは保育者が子どもの本質を見抜いていないと 言わざるをえない。 杉原は幼稚園での保育時間に行われる運動指導 の頻度(週何回か)と運動能力の関係を探る調査 から、運動指導の頻度の高い園ほど幼児の運動能 力が低く、運動指導を全くしていない園の幼児が 最も運動能力が高かったことを指摘している37。こ れは非常に興味深い結果である。われわれ大人の 常識が完全に覆されているのである。しかし、先 述した横峯の言うところの子どもの本質を見抜け ていたならば理解できることではないだろうか。 杉原はこの結果に対し、次のように考察してい る。子どもたちにとって好きでもない運動を一方 的にやらされているために、運動に対する「意欲」 が低下してしまい、運動指導時間以外のときに運 動をしなくなってしまっているのではないかとい うことである。また彼は取り立てて運動を指導し ていなくとも、彼らが運動をしたくなるような環 境を構成する形で自由な遊びを中心とした保育を 行っている園では、多くの幼児は一日中、自分た ちのやりたい運動をして活発に体を動かし、その ことが運動能力の発達を促進していると推察して いる38。これこそが横峯のいう子どもの本質であ り、保育者が絶対に忘れてはならないことなので ある。子どもは自分の好きなことならば夢中にな る。彼らの心に火をつけ、そのように導くことこ そが保育者の役割なのである。そのことだけは絶 対に忘れてはならない。 岩崎は、保育者が幼児に運動遊びを指導する際 に最も重要なことは、自らがモデルとなって運動 を楽しむ姿を幼児に発信することであると述べて いる39。その際に心に留めておかねばならないこ とがある。自らモデルを示す際、保育者はどうし ても完璧な運動技能を見ようとしてしまう。しか し、そのようなことは全く求められていない。む しろ、幼児と同じ目線で運動遊びに楽しく取り組 むべきである。運動遊びの場での彼らとのかかわ りは他の活動にはない楽しさを生み、彼らとの共 有の体験は彼らとの新しい関係を生み出す。そう することで信頼関係が生まれ、彼らにとっての応 答的環境を創出していくこととなる40。その環境 が彼らの内発的動機を強化し、運動遊びに積極的 に取り組んでいくことへとつながるのである。運 動遊びを「教える」のではなく、彼らを運動遊び へと誘う態度と横峯の言う「ちょっとだけ難しい 課題」を与え、それを彼らが夢中になって取り組 むことのできる環境を整備することが保育者に求 められている41。そして、保育者養成機関ではその ような環境を具現化できる人材を養成することが 急務となっているのである。

謝辞

英文タイトル作成に関し、本学教授の伊藤紀美 江先生よりご助言を賜りました。ここに謹んで感 謝の意を表します。

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保育研究、第 49 号、2019 脚注 1 宮口和義編著『幼児のからだとこころを育てる 運動遊び』p93 杏林書院 2012 年 2 同上 3 文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp/ 4 この調査では保育所、幼稚園、小学校、中学校、 高等学校の現場の教員が実感として感じる子ども の姿についてアンケートを行っている。 5 子どものからだと心・連絡会議編『子どものか らだと心白書2009』p118 2009 年 6 文部科学省ホームページ 中央教育審議会(第 24 回)配布資料 資料 5-2「子どもの体力向上の ための総合的政策について(答申) 7 同上 8 中村和彦『子どものからだが危ない!‐今日か らできるからだづくり‐』pp66~75 日本標準 2004 年 9 文部科学省ホームページ 中央教育審議会(第 24 回)配布資料 資料 5-2「子どもの体力向上の ための総合的政策について(答申) 10 中村和彦 前掲書 11 中村和彦『子どものからだが危ない!‐今日か らできるからだづくり‐』 12 前掲書 pp28~29 13 岩崎洋子『保育と幼児期の運動遊び』p11 萌 文書林 2008 年 14 文部科学省ホームページ 中央教育審議会(第 24 回)配布資料 資料 5-2「子どもの体力向上の ための総合的政策について(答申) 15 中村和彦「今日の子どもスポーツの問題点を探 る」『児童心理』第62 巻第 14 号 pp23~28 金子 書房 2008 年 16 中村和彦「乳幼児期の運動能力と運動遊び」『保 育の友』第66 巻第 2 号 p12 全国社会福祉協議 会 2018 年 17 前橋明「子どもの心とからだの異変とその対策 について」『幼少児健康教育研究』第10 巻 1 号 pp3~18 日本幼少児健康教育学会 2001 年 18 前橋明『いま、子どもの心とからだが危ない』 pp8~13 大学教育出版 2004 年 19 同上 20 同上 21 同上 22 及川研「運動が苦手な子の自己像と友人関係」 『児童心理』第67 巻第 16 号 p11 金子書房 2013 年 23 同上 24 前掲書 p12 25 前掲書 p13 26 西口利文「どうせ無理。僕、何やっても無理」 『児童心理』第67 巻第 1 号 pp58~59 金子書房 2013 年 27 同上 28 及川研「運動の苦手な子」『モノグラフ・小学 生ナウ』Vol.20-1 pp15~16 ベネッセ教育研 究所 2000 年 29 吉村功「どうやってスポーツの好きな子、得意 な子を育てるか」『児童心理』第62 巻第 14 号 pp34 ~39 金子書房 2008 年 30 同上 31 岸井勇雄「遊びを評価する観点」『新版遊びの 指標』p26 財団法人幼少年教育研究所編著 同 文書院 2009 年 32 横峯吉文『子どもに勉強を教えるな-「ヨコミ ネ式」自学自習の10 か条』pp68~156 宝島社 2010 年 33 横峯吉文 前掲書 pp146~147 34 横峯吉文『今すぐ実践!小学校からの天才の育 て方』pp50~52 小学館新書 2010 年 35 齋藤喜博『私の授業観』斉藤喜博全集第9巻 pp298~300 国土社 1970 年 36 エデュカーレスタッフブログ 2013 年 12 月 14 日 http://ikuji-hoiku.net/educare_wp/page/55 37 杉原隆「運動発達を阻害する運動指導」『幼児 の教育』第107 巻 2 号 pp17~18 日本幼稚園協会 2008 年 38 同上 39 岩崎洋子『子どもの身体活動と心の育ち(第 2 版)』p22 建帛社 2009 年 40 前掲書 pp101~102 41 中川昌幸『幼児期における運動遊びの重要性と その指導法に関する一考察』「保育研究」第48 号 p18 平安女学院大学短期大学部保育科保育研究 会 2018 年

参照

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