は
じ
め
に
華 僑・ 華 人 研 究 は、 そ の 研 究 体 制 の 特 性 が ゆ え に、 歴 史、経済、政治、文化、すべてを包括的に理解することを 求め、加えて、地理的にも、中国、東南アジア、アメリカ と、特定の国/地域を越えて、広域的に理解することを強 要する。その意味で、華僑 ・ 華人研究は、異なる学問分野 を、 そ し て 異 な る 地 域 の 研 究 を 架 橋 す る、 「架 橋」 研 究 で も あ る と も い わ れ て き た (濱 下 二 〇 〇 六) 。 本 特 集 の 共 通 テーマである「グローバル ・ スタディーズ」が、広域の世 界のつながりと特定の地域のダイナミズムを架橋する研究 の と り く み で あ る な ら ば、 華 僑 ・ 華 人 研 究 は 畢 竟、 「グ ローバル ・ スタディーズ」である。その意味で、各大学が 地域研究と国際政治の両者を包括する「グローバル ・ スタ ディーズ」を研究、そして教育の中心課題にすえるという ことは、華僑・華人研究にとってはこれまでの蓄積を活か し、新たな研究を先導する好機に他ならない。 華僑 ・ 華人研究が「架橋」研究であったからこそ、これ まで研究対象が求める枠組みの幅と、個々の職業分化した 学問の枠組みとの間には、しばしば緊張感が生じていた。 たとえば、ベトナムから紆余曲折を経て、ゴーギャンの右 腕となってタヒチに落ち着くこととなった華僑の研究や、 中央アジア、インドへとその投資のポートフォリオを広げ ながらも自国の政治に関与する二代目インドネシア華僑企 業家の研究を位置づけようとすれば、既存の東南アジア地 域研究や、東洋史、美術史、経営学といったそれぞれの研第Ⅱ部
東南
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地域研究
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東南
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華僑
・
華人研究
相沢伸広
究枠組みに窮屈な思いをすることになるであろう。しかし ながら、他方でこのようなケースが、国際政治、とりわけ リアリズムの研究として収まるかというと、そうとはいえ ないだろう。華僑 ・ 華人研究のなかで、とりわけ中国と華 僑の関係、関係史については厚い研究があるものの、その 研究が広く中国をめぐる国際政治において大きなインパク トを残してきたとはいまだ言い難い。とりわけ、国際政治 におけるリアリズムの分析は、意図的にもっぱらの分析ア ク タ ー と し て 政 府 お よ び 国 家 に 焦 点 を 当 て て い る が ゆ え に、華僑 ・ 華人研究が国際政治において、とりわけ中国を めぐる国際政治において根幹を成すこともなかった。 華僑・華人研究はかくして、地域研究のなかに収まりき れず、国際政治のような学問領域にも大きなインパクトを 残しきれず、華僑 ・ 華人研究という緩やかな受け皿を求め てきた。華僑 ・ 華人を研究する者はその内容に応じて、時 に歴史研究者として、地域研究者として、または政治学、 社会学、人類学者として、執筆する論文や発表する場に応 じて、看板を併用してきたのだが、現在「グローバル ・ ス タディーズ」という言葉が研究組織の看板として日本で成 立しつつあることは、すなわち、華僑 ・ 華人研究にとって は、これまでの華僑 ・ 華人研究という言葉をより広い器の なかに、移し替える契機となる。したがって、編者より要 請された華僑 ・ 華人研究と「グローバル ・ スタディーズ」 についての問いを考えるならば、今後、より広い器のなか で、華僑 ・ 華人研究が果たして新たな学問上の飛躍を遂げ られるのか、また、華僑 ・ 華人研究が、元来その性質から 「グ ロ ー バ ル ・ ス タ デ ィ ー ズ」 で あ っ た か ら こ そ、 今 後 の 「グ ロ ー バ ル ・ ス タ デ ィ ー ズ」 の 知 的 な 魅 力 を 左 右 す る 柱 となるのか、考察する必要が生まれるであろう。本稿が、 こうした問いに対する議論の端緒となることを願う。 まずは、以下において、これまで華僑 ・ 華人がどのよう な目的で研究されてきたのか振り返り、続いて現在の課題 に つ い て 検 討 し た い。 な お、 既 存 の 研 究 の 紹 介 に つ い て は、筆者の専門でもあり、そして華僑 ・ 華人研究の蓄積の 最も厚い、現在の東南アジア地域と関連したものに偏るこ とを予め断っておきたい。
Ⅰ
華僑・華人
は
こ
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ま
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ど
の
よ
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目的
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研究
さ
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て
き
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か
1
近代史理解
の
た
め
華僑 ・ 華人研究の第一の目的は、植民地期以前のいわゆ る欧米諸国、また日本の公文書による記録が充実する前の 時代、植民地期以前を対象とする歴史研究において、当時のさまざまな国家、権力、そして地域秩序を理解するうえ で華僑・華人は重要なアクターとして研究された。ここで は、 こ の 時 代 の 広 域 の 秩 序 形 成 の 主 因 と し て 商 業 ネ ッ ト ワークが注目され、こうしたネットワークにおけるヒト、 モノ、文化の「移動」の理解について華僑自身の帳簿や手 記、旅行記や各王国の資料、中国の海関などの中国語の資 料を通じて、全貌が明らかにされていった。広域地域を移 動するさまざまなもののうち、華僑・華人は代表的な移動 する人であるがゆえに彼らの動態を明らかにすることは、 歴史家にとっての大きな研究目的であり、成果であった。 (
Reid & Rodgers 2001 ; Tagliacozzo 2011 ;
濱下 一九九七)
2
植民地経営
の
た
め
華僑 ・ 華人研究の第二の目的は、植民地経営のためであ り、また植民地国家・時代の理解のためであった。植民地 政府や東インド会社などが植民地経営のために、既存の経 済 構 造 や 商 業 ネ ッ ト ワ ー ク を 理 解 し、 把 握 す る た め に 華 僑・ 華 人 は き わ め て 重 要 な 調 査、 研 究 対 象 で あ っ た。 「東 イ ン ド」 「南 洋」 に 派 遣 さ れ た 官 僚 や 会 社 員 は、 既 存 の 商 業ネットワークがどこに存在し、どのような仕掛けで機能 しているのかを理解することが肝要であり、多くの調査報 告書を残した ( Furnivall & Graeff 1939 ; 台湾銀行総務部調 査 課 一 九 一 四 ; 陳 ・ 南 満 州 鉄 道 株 式 会 社 東 亜 経 済 調 査 局 一 九三九 ; 東亜研究所 ・ 東亜研究所第一調査委員会 一九三九 ; 滿鐵東亞經濟調査局 一九三九―一九四一) 。 また、植民地経営にとって死活問題であったのは人口管 理と人材活用であった。植民地経営による急速な人口構成 の変化に伴い、植民地経営上、華僑 ・ 華人の人口動態、移 民同士の関係や、移民と現地の人との関係は、植民地経営 の基礎を成す社会要因であった。植民地官僚としては、労 働需要を満たすために新たな移民を奨励しつつも、最小限 のコストでそれを管理し、植民地社会が不安定化しないよ う、 新 た な 移 民 が 反 植 民 地 運 動 の 運 動 員 に 転 化 し な い よ う、監視、監督し、治安を安定させる必要があった。その ためにも、つぶさに華僑・華人の動態、とりわけエスニシ ティや宗教の属性、現地人との「同化」の程度について把 握 す る 必 要 が あ り、 社 会 学 的 調 査、 研 究 が 多 く 実 施 さ れ た。この結果、複合社会としての植民地社会の特徴などが 明 ら か に さ れ て い っ た ( Furnivall 1939 ; 南 満 州 鉄 道 株 式 会 社東亜経済調査局 ・ 岩隈 一九四〇) 。 また、後世には植民地官僚が作成した膨大な公文書、記 録を用いた研究が行われ、近代国家形成、端的には植民地 国家の理解のために、華僑 ・ 華人はその手がかりを示す重 要な研究対象となった。とりわけ一九世紀末以降の時代に 注目されたのは、植民地社会で形成された複合社会において、植民地政府と植民地社会の間を仲介する華僑 ・ 華人の 役割であり、 東南アジアの国家形成において、華僑・華人 は ど の よ う な 役 割 を 果 た し た の か が と く に 研 究 さ れ た (
Rush 1990 ; Skinner 1957 ; 1958 ; Trocki 1990
) 。
3
独立
の
政治、
ナ
シ
ョ
ナ
リ
ズ
ム
の
政治理解
の
た
め
次に、フィリピン革命や一九一一年の辛亥革命など、二 〇世紀初頭のアジアのナショナリズムの時代を迎えると、 い わ ゆ る 政 治 活 動 ネ ッ ト ワ ー ク へ の 関 心 が 高 ま り、 革 命 家、運動家の研究としての華僑 ・ 華人研究が求められるよ う に な っ た。 孫 文 (孫 中 山、 孫 逸 仙) に 代 表 さ れ る よ う に、そこで登場する華人とは、反植民地、独立、国際共産 主義運動のリーダー、またこうした政治活動のネットワー クの一員としての華僑・華人であった。彼らを対象とする 研究の中心的な分析対象となったのは、その活動の出版物 で あ っ た。 具 体 的 に は、 彼 ら が 執 筆・ 編 集 し た 雑 誌 や 新 聞、小説や手記、手紙を元にしたものや、彼らの政治活動 を 監 視 す る 側 が 残 し た 資 料 (つ ま り は 植 民 地 官 僚 の 残 し た ア ー カ イ ブ) で あ っ た。 こ れ ら の 資 料 を 駆 使 し て、 華 僑 ・ 華人が果たした、広い意味でのナショナリズム、ひいては 今日にいたる国民形成における役割についてさまざまな角 度 か ら 研 究 が 行 わ れ た ( Anderson 2005 ; Chirot & Reid 1997 ; Hau & Kasīan 2011 ; 後藤ほか 二〇〇二) 。ナショナ リズムの時代を迎えるころ、華僑 ・ 華人は、まさにそのイ ンターナショナルなつながりを通じて、ナショナルな運動 を始めるその最前線、またネットワークの結節点にいたの であった。4
開発政策
と
政治的安定
東 南 ア ジ ア に お い て 各 国 が 独 立 を 達 成 し、 政 治 の 目 的 が、革命や反植民地、独立から、経済開発、生産性の政治 へと次第に優先順位がうつると、次第に各国の経済成長の 核となる資本家の研究としての華僑 ・ 華人研究が増えるこ とになった。そこでは、華僑 ・ 華人資本家の経済的成功の 理 由 を 明 ら か に す る こ と が 研 究 上 の 意 義 に な り、 と り わ け、東南アジアで存在感をみせる大企業グループに焦点を 当 て た 研 究 が (と り わ け 日 本 で) 研 究 の 中 心 と な っ た ( Gomez & Hsiao 2001 ; Suehiro 1996 ; 佐藤 一九九二 ; 末廣 二 〇 〇 六 ; 末 廣 ・ 南 原 一 九 九 一) 。 ま た こ う し た 大 資 本 家 と開発の時代の政治家との関係の権力関係についても明ら かにされていった ( Robison 1986 ; 白石 一九九二) 。 その次に注目されたのが、同じように経済成長時代の文 脈であっても、大資本家の話ではなく、都市中産階級の台頭の文脈のなかで捉えられる華僑 ・ 華人研究であった。東 南アジアの都市人口の一定多数を占める「ニューリッチ」 としての華僑 ・ 華人たちの新たな消費性向、政治志向につ い て、 社 会 学 的 ア プ ロ ー チ を 通 じ て、 研 究 が 進 ん だ (
Robison et al. 1996 ; Shiraishi & Pasuk 2008
) 。
5
台頭
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中国
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東
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国際関係
独立や革命といった「ナショナリズムの時代」から「開 発の時代」にかけて研究の主たる関心軸に変化があったも のの、両者ともに華僑 ・ 華人は同じくナショナルな枠で研 究されていた。研究上の枠付けに大きな変化が生じた一つ の大きな要因は、一九八〇年代以降の前例のないスケール で 増 加 す る 中 国 の「新 移 民」 や 東 南 ア ジ ア 華 僑 の「再 移 民」である。ここでは、経済的、政治的に台頭する中国が 注目の的であり、したがって、こうした中国をめぐるダイ ナミズムのなかで、華僑 ・ 華人と中国との関係が改めて問 い直されるようになった ( Wang 1991 ; 山岸 二〇〇五 ; 庄 二 〇 〇 一) 。 具 体 的 に は 一 九 七 〇 年 代 以 降 に、 中 国 か ら 米 国 や 欧 州、 豪 州 に 移 住 し た 華 僑 ・ 華 人 (新 華 僑) が そ の 注 目される研究対象となり華僑 ・ 華人研究、とりわけ、現代 の事象を扱う華僑 ・ 華人研究については、東南アジア以上 に欧米をその対象地とするものが急増した。そこでは、移 住したあとの社会的な受容/排斥の問題について、トロン トやバンクーバー、メルボルンやシドニーといった新華僑 が急増した欧米の街の文化的変容が大きな研究対象となっ た ( Fong 2007 ; Skeldon 1994 ) 。 中国の台頭、移住人口の規模の拡大、対象地域の拡大を 通 じ て、 一 九 八 〇 年 代 以 降 の 華 僑 ・ 華 人 を 対 象 と す る 華 僑 ・ 華人研究は新たな時代を迎えている。これまで華僑 ・ 華人を通じて、ナショナルなものを問うていた時代から、 華僑 ・ 華人を通じて、トランスナショナルなものを問う研 究潮流が顕著である。植民地期以前を理解するためにトラ ンスナショナル、トランスリージョナルなものを理解する ために、華僑 ・ 華人を研究対象としていたのと似た状況が 再 来 し て い る と も 言 え る で あ ろ う。 グ ロ ー バ ル ・ ス タ ディーズという言葉に合わせるならば、華僑 ・ 華人研究は グローバルな現象からナショナルな現象、そしていま、再 びグローバルな現象を明らかにすることに焦点を当てつつ 変化してきているといえる。Ⅱ
華僑・華人研究
に
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﹁第二波﹂
それでは、現代のグローバリゼーションはかつての植民地期以前を対象とする華僑 ・ 華人研究とどこが異なるのだ ろうか。国民国家形成以前の時代のグローバルな現象、ま た そ の 時 代 に 焦 点 を 当 て た 華 僑 ・ 華 人 研 究 を、 第 一 の グ ローバリゼーション研究群とするならば、中国の改革開放 後の現代のグローバリゼーションによって生まれた数々の 研究は華僑 ・ 華人のグローバル研究の第二の波によるもの といえよう。では、以上の第一と第二の波の間にはどのよ うな違いがあるのだろうか。その点を簡単に比較したい。 第一の違いは、移民の質に求められる。グローバル化の 文脈で捉えられる華僑 ・ 華人についてとりわけ強調される のが、移民としての華僑 ・ 華人であろう。第一のグローバ ル化の時代には、たとえば福建省や広東省における経済的 困窮状況、移民先の英領マラヤや蘭領東インド、米国や豪 州における鉱山開発といった労働需要、そして、両地を結 ぶ 航 路 や そ の 前 史 と な る 商 業 ネ ッ ト ワ ー ク、 と い っ た ト ピックが注目された。これらの研究に共通する前提は、移 民の理由はあくまで経済的なものであり、商業や労働が動 機であり、したがって経済史の研究が華僑 ・ 華人研究の最 大の柱であった。対象となる華僑 ・ 華人はそのほとんどが 青年壮年の男性であり、移民として取り上げられる移住と は、一生に一度か二度のことであり、ワン ・ グンウーの有 名 な 定 義 に よ れ ば、 「一 時 的 な 仮 住 ま い」 を 意 味 す る 華 僑 の「僑」 と は、 場 合 に よ っ て は 三 世 代 を 指 す。 こ の こ と は、当時の移動手段が船であることを確認すれば、納得が い く で あ ろ う。 第 一 の グ ロ ー バ ル 化 時 代 の 移 動 の リ ズ ム は、一〇年、百年の単位を意味していた。第二のグローバ ル化、一九七〇年代以降を対象とする華僑 ・ 華人の移動の 質と比較すると、移動の手段が主に飛行機に変わっている という以上に、まったく異なる動機、性別・年齢構成が容 易に観察できる。移動手段の変化に伴い、移動のリズムは 短 縮 さ れ 移 動 す る 人 口 は 格 段 に 増 加 し た。 こ の 第 二 の グ ローバル化の時代における移民において、経済的動機は圧 倒的なものではなくなり、留学を契機とする移民が急増し た ( Fong 2011 ; Louie 2004 ) 。 留 学 生 一 人 に つ き、 そ の 面 倒をみる母親、さらにはその父母といった形で、同一家族 の な か で 連 鎖 的 に 移 民 す る ケ ー ス も 急 増 し て い る。 し た がって、動機、契機が留学であった場合、留学生とその家 族の総数で多いのは女性であり、年齢にしても若年層、ま た老年層が増えた。移民のリズムについても、留学を動機 とすれば二年や四年が多く、多くの場合は一〇年未満であ る。つまり、この時代の華僑 ・ 華人にとっての移住という のは、かつてのような一生に一度のことではなく、まして や数世代の話でもなく、一人のライフサイクルの中にくみ こまれた移住である。とりわけ、現在の航空事情を前提に すれば、夫婦の一人が香港で、もう一人がシンガポールで 平日は勤め、週末ごとに会うというライフスタイルも珍し
くはない。ジャカルタでは父親が会社経営をする傍ら、妻 と子供、そして父母はシンガポールというケースもまた珍 しくはない。時間距離が革命的に短縮したことで、グロー バル化と移動の問題は大きく変化したのであり、第一のグ ローバル化時代と第二のグローバル化時代の華僑・華人移 民とでは、同じように長距離の物理的移動をしたとしても 国 籍 な ど の 社 会 的 属 性 に つ い て も、 移 動 し て い る 言 語 的 ・ 社 会 的 空 間 に つ い て も 大 き く 異 な っ て い る ( Ong 1999 ;
Ong & Nonini 1997 ;
白石・ハウ 二〇一二) 。 二つのグローバル化の波についての第二の違いは、中国 そのものの違いである。華僑 ・ 華人研究の中において、中 国は常に特別な存在であった。中国こそが、華僑の輩出元 (僑 郷) で あ る が ゆ え に、 と く に 歴 史 研 究 と し て の 華 僑 ・ 華人研究では、中国は分析の始点となってきた。この点は たとえ東南アジア華人の再移民の問題が新たな研究課題と して注目される現在も、基本的には変わらない。ただ、注 意しなければならない点は、華僑 ・ 華人を理解する視座の 始点としての中国とは具体的にはいったい中国のどこを、 何を指しているのかという点が研究によって大きく異なる という点である。第一のグローバル化の時代を対象とする 華僑 ・ 華人研究においては、中国とはなによりも、福建省 と 広 東 省 の 僑 郷 で あ っ た。 華 僑 輩 出 地 域 は 中 国 全 土 に 広 がっていたわけではなく、この二省に圧倒的に集中してい た。 し た が っ て 当 時 の 中 国 と 華 僑 の 移 住 先 と の 関 係 を グ ローバル化の中で捉える場合、必要な中国の理解はなによ りもこの華南地域 (広東省、福建省に加え、浙江省の一部、 海 南 島 も 含 む) に つ い て の 理 解 で あ り、 そ の 出 身 地 と 移 民 先 を 結 ぶ 同 郷 会 館 等 の 組 織、 関 係 に つ い て の 理 解 で あ っ た。なによりも移民を多く輩出する華南地域の社会経済、 そ し て 文 化 的 な 背 景 を 理 解 し、 僑 郷 と 華 僑 を「つ な ぐ も の」について分析することこそが、華僑 ・ 華人研究におい て中国を理解することであった。時には、福建省、広東省 という省の単位ですら粗く、台山、香山、潮州、福清、と いうより小さな地理単位とグローバルな華僑とのつながり が研究されてきた ( Hsu 2000 ) 。 それに対して一九七〇年代以降、現在の華僑 ・ 華人研究 において中国を理解することは中国の中でもはるかに広い 地域の理解が求められる。急増する留学移民について考え るならばその輩出元は地理的には中国のほとんどすべての 大都市が射程に入るだろう。交通事情が変わったこともあ り、かつてのように、華南から東南アジアへという、海路 を前提としたつながりはなくなり、空路でつながれば、中 国のどこからでも簡単に移住できるようになった。成都か ら シ ド ニ ー、 昆 明 か ら シ ン ガ ポ ー ル、 北 京 か ら シ カ ゴ と いった、第一のグローバル化の時代には考えられなかった ルートが増えている。華僑 ・ 華人とグローバル化の関係に
おいて、中国は欠かす事のできない地理的分析対象である が、第一のグローバル化と第二のグローバル化では、同じ 中国でもそこには似て非なる中国、端的に言えば、中国= 華南から中国=全土への広がりが生じているということが いえる。加えて、たとえ同じ地理的空間、つまり福建省や 広東省からの現代の移民だとしても、その動機や移住の手 法 も ま た 大 き く 異 な っ て い る ( Yow 2013 ) 。 華 僑 ・ 華 人 研 究は、現代のこの第二のグローバル化を通じてその対象範 囲を大きく広げている途上にある。かつてのように、華南 と東南アジアのリンクが地理的に広域なつながりとして他 の事例を量のうえで凌駕していた時代はもはや終わってい る。移民の出発地も、目的地も、そして移動の目的そのも の も 第 二 の 波 に お い て は 第 一 に 比 べ て 多 様 化 し た。 し た がって研究の視点もまた、現代においては急速に広げざる をえない状況にある。こうした実態状況に鑑みれば、否が 応 で も、 華 僑 ・ 華 人 研 究 は い ま ま さ に グ ロ ー バ ル ・ ス タ ディーズという枠を最大限活用して、再構築する必要が生 じているといえるだろう。
お
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り
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華僑 ・ 華人研究にとって、グローバル ・ スタディーズの 広がりは、以上をまとめると、二重の意味で望ましい現象 であるといえる。第一に、従来型の華僑 ・ 華人研究にとっ て、とりわけ、広域の経済史やディアスポラ研究としての 華僑 ・ 華人研究を進めるタイプの研究者にとって、既存の 制度的制約を取り除きより大きな器のなかに研究枠組みを 埋 め 込 む 好 機 だ か ら で あ る。 第 二 に、 グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズという枠は、現代のグローバル化に伴う華僑・華 人そのものをめぐる環境の変化を正面から研究する場とな るからである。一例をあげれば、一九三〇年代から六〇年 代にかけてのインドネシアの華僑 ・ 華人を研究していたな らば、東南アジア研究という枠でほぼ十分な枠組み、土台 作りが可能であった状況から、仮に二〇〇〇年代、二〇一 〇年代の華僑 ・ 華人の研究を行う場合には、その対象のラ イフスタイルが空間的に、地理的に広がったため、たとえ ば米国、豪州、アフリカ、日本などを射程にいれた、東南 アジアでも東アジアでもなく、グローバルな枠組みを持つ 必要に迫られている。加えて、従来と異なり、この広がり を結びつける「中国的なもの」がもはや存在しない、もし くはきわめて分かりにくくなっていることも大きな変化で ある。マレーシア華人として生まれ、オーストラリアで教 育をうけ、米国で就職し、台湾人と結婚するような世代の 「華 僑」 は 言 語 空 間 で 言 え ば、 ず っ と 英 語 の 世 界 の 住 人 で あ り つ づ け て い る の で あ り、 こ う し た「ア ン グ ロ チ ャ イニ ー ズ」 の ダ イ ナ ミ ズ ム を 理 解 し よ う と す る と き に、 「中 国的なものを」そこに見出そうとしても、もはや焦点が実 態とずれてしまうのである (白石・ハウ 二〇一二) 。 その意味で、特定の地域にとらわれない非国家アクター である華僑 ・ 華人を研究するに当たり、地域研究でも国際 政 治 で も な く、 そ の 双 方 を 包 摂 す る グ ロ ー バ ル・ ス タ ディーズの登場は、繰り返しになるが、まさに華僑・華人 研究にとって絶好のチャンスだといえよう。 一方で、グローバル ・ スタディーズにとって、華僑 ・ 華 人研究がその一翼を担うことにはどのようなポイントがあ るだろうか。グローバル ・ スタディーズの特色はなにより も、その地理的空間の広がりを自由自在に伸縮させられる 点にある。では弱点はなにか。それは、時間的な比較の軸 を取りにくいという点にある。時間的な変化を見極めるた め に は、 ど う し て も、 地 理 的 な 枠 を 限 定 す る 必 要 が 生 じ る。たとえば特定の国、特定の都市、といった地理的な焦 点 を さ だ め る こ と で、 通 常 は 時 間 軸 上 の 比 較 が 可 能 と な る。これは地域研究が得意なところであろう。したがって グローバル ・ スタディーズのように、空間の広がりを捉え る優れた点を活かしつつ、実際に何が新しく何が新しくな いのかを見極める時間的な比較の軸を設定する手法を確保 するのであれば、地域研究の蓄積を活用することが分析力 を高めるためには欠かせない。こうした地域研究的な手法 と、特定の地域を越える分析の両者に長けた華僑 ・ 華人研 究はまさにグローバル ・ スタディーズの長所を活かし、短 所を補う役割を担うことができる。したがって、これまで の華僑 ・ 華人研究の蓄積は、グローバル ・ スタディーズに とっては、大きな柱を形成する力になるであろう。 グローバル ・ スタディーズの中で、移民研究はきわめて 大きな研究の柱となるであろう。そうなったときにも、同 じ移民でも華僑 ・ 華人には時代、空間を越えて、豊かな研 究業績がある。空間的にも、移民先は全世界に広がり、移 民 の 主 体 も、 若 年 男 性 か ら 老 年 女 性 ま で 幅 広 い ( Li 2006 ) 。時代として、植民地時代、ナショナリズムの時代、 そしてグローバル時代、もしくは交通テクノロジーにおい て、帆船の時代から蒸気船、鉄道、道路、そして飛行機の 時 代 と、 あ ら ゆ る 形 で の 時 間 比 較 を 可 能 と す る 事 例 が あ る。移民の目的も、労働や貿易、就業、留学、と実に多様 性に富んでいる こうしてすべての時間、空間比較を行ううえで、華僑 ・ 華人は研究対象を提供する。モノではなく、ヒトを研究す るうえで、これだけの広がりをもつ研究を蓄積してきた研 究分野は他にはみられない。その意味で、グローバル ・ ス タディーズが、理論的な進化を目指すのであれば、華僑 ・ 華人研究がこれまで生み出してきた果実を活かさない手は ない。
華僑 ・ 華人研究にとってのグローバル ・ スタディーズ、 グローバル ・ スタディーズにとっての華僑 ・ 華人研究双方 にとって、両者がそれぞれに学問的発展を目指すならば以 上のように両者が不可分の関係にあることを理解すること が欠かせない。今後、この点の理解が深まり、そのうえで このチャンスを互いに活かせるようになることが、グロー バル・スタディーズ、華僑 ・ 華人研究、互いの発展を左右 することになるであろう。 ◉参考文献 後 藤 乾 一 編 ( 二 〇 〇 二 )『 国 民 国 家 形 成 の 時 代 』 第 八 巻 、 岩 波 書 店 。 佐 藤 百 合(一 九 九 二) 「発 展 途 上 国 の ビ ジ ネ ス・ グ ル ー プ 五 イ ン ド ネ シ ア ―― サ リ ム・ グ ル ー プ ―― 東 南 ア ジ ア 最 大 の コ ン グ ロ マ リ ッ ト の 発 展 と 行 動 原 理」 『ア ジ ア 経 済』 三 三 巻 三 号、五四―八六頁。 白 石 隆 ( 一 九 九 二 )『 イ ン ド ネ シ ア ― ― 国 家 と 政 治 』 リ ブ ロ ポ ー ト 。 白 石 隆・ ハ ウ、 キ ャ ロ ラ イ ン(二 〇 一 二) 『中 国 は 東 ア ジ ア を ど う 変 え る か ―― 二 一 世 紀 の 新 地 域 シ ス テ ム』 二 一 七 二、 中 央公論新社。 末 廣 昭(二 〇 〇 六) 『フ ァ ミ リ ー ビ ジ ネ ス 論 ―― 後 発 工 業 化 の 担い手』名古屋大学出版会。 末 廣 昭・ 南 原 真(一 九 九 一) 『タ イ の 財 閥 ―― フ ァ ミ リ ー ビ ジ ネスと経営改革』同文舘出版。 臺 湾 銀 行 総 務 部 調 査 課(一 九 一 四) 『南 洋 ニ 於 ケ ル 華 僑 ―― 支 那移住民』臺灣銀行。 陳 達・ 南 満 州 鉄 道 株 式 会 社 東 亜 経 済 調 査 局(一 九 三 九) 『南 洋 華僑と福建・廣東社會』第六巻、滿鐵東亞經濟調査局。 東 亜 研 究 所・ 東 亜 研 究 所 第 一 調 査 委 員 会(一 九 三 九) 『東 南 洋 諸 國 の 對 支 貿 易』 (丙 第 五 九 號 D・ 参 考 資 料 ; 二 ノ 五) 、 東 亞 研究所。 南 満 州 鉄 道 株 式 会 社 東 亜 経 済 調 査 局・ 岩 隈 博(一 九 四 〇) 『蘭 領印度に於ける華僑』第四卷、滿鐵東亞經濟調査局。 濱下武志(一九九七) 『朝貢システムと近代アジア』岩波書店。 濱 下 武 志(二 〇 〇 六) 「華 僑・ 華 人 史 研 究 を め ぐ る 東 南 ア ジ ア と 東 ア ジ ア の 連 続 と 断 絶」 『東 南 ア ジ ア 研 究』 四 三 巻 四 号、 三三二―三四五頁。 滿 鐵 東 亞 經 濟 調 査 局(一 九 三 九 ― 一 九 四 一) 『南 洋 華 僑 叢 書』 全六巻、滿鐵東亞經濟調査局。 山 岸 猛 ( 二 〇 〇 五 )『 華 僑 送 金 ― ― 現 代 中 国 経 済 の 分 析 』 論 創 社 。 庄 国 土(二 〇 〇 一) 『 华 侨 华 人 与 中 国 的 关 系』 广 東 高 等 教 育 出 版社。 Anderson, B. R. O. G. ( 2005 ) Under three flags: Anarchism and
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◉ 著者紹介 ◉ ①氏名…… 相沢伸広 (あいざわ・のぶひろ) 。 ②所属 ・ 職名…… 日本貿易振興機構アジア経済研究所 ・ 研究員。 ③生年…… 一九七六年。 ④専門分野・地域…… 地域研究・インドネシア、タイ。 ⑤ 学 歴 …… 京 都 大 学 大 学 院 ア ジ ア・ ア フ リ カ 地 域 研 究 研 究 科( 東 南アジア専攻) 。 ⑥ 職 歴 …… 政 策 研 究 大 学 院 大 学・ 助 手( 二 〇 〇 六 〜 〇 七 年 )、 日 本 貿 易 振 興 機 構 ア ジ ア 経 済 研 究 所・ 研 究 員( 二 〇 〇 七 年 〜 現 在) 。 ⑦ 現 地 滞 在 経 験 …… イ ン ド ネ シ ア( 二 〇 〇 三 〜 〇 五 年 )、 タ イ (二〇一〇〜一一年) 。 ⑧ 研 究 手 法 …… 文 献 調 査 と フ ィ ー ル ド ワ ー ク を 重 ね る こ と で、 データの蓄積、研究テーマの確定、分析をすすめています。 ⑨ 所 属 学 会 …… 東 南 ア ジ ア 学 会、 日 本 華 僑 華 人 学 会、 日 本 国 際 政治学会。 ⑩ 研 究 上 の 画 期 …… 二 〇 〇 六 〜 一 三 年 タ イ 政 治 変 動。 タ イ の 政 治 研 究 者 達 の 洞 察 力、 激 動 の 政 治 動 向 に お い て 身 を 賭 し て 政 治 分 析 を 行 う 姿 勢 に 接 し、 外 国 人 が、 と り わ け 日 本 人 が 東 南 ア ジ ア の 政 治 を 研 究 す る 上 で 如 何 な る 知 的 貢 献 が 可 能 か と い う点を強く問うようになりました。 ⑪ 推 薦 図 書 …… ハ ン ナ・ ア ー レ ン ト『全 体 主 義 の 起 原』 全 三 巻 (大 和 久 和 郎 訳、 み す ず 書 房、 一 九 七 二 〜 七 四 年) 。 イ ン ド ネ シ ア の よ う な 新 し い 多 民 族 国 民 国 家 の 政 治 思 想 を 理 解 す る 上 で、 そ の 内 容、 研 究 手 法 と も に 大 い に 参 考 に な る 古 典 だ と 思 います。