現場にあったアプローチを求めて (フィールドワー
ク心得帖 第32回)
著者
藤田 麻衣
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
208
ページ
35-36
発行年
2013-01
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003796
ਸ਼ؙ藤田麻衣
かつてのベトナムでは、外国 人研究者が単独で自由に活動す ることは許されなかった。外国 人研究者にとってのフィールド ワークといえば、国の研究所や 大学が受け入れ機関となって一 手に手配を引き受ける形が主流 だった。担当者にぴったり付き 添われてのミーティングは、え てして形式ばったものとなりが ちであった。 一九九〇年代末、私が初めて ベトナムに調査に赴いたとき も、まさにこの方式だった。こ ちらから自己紹介と調査の趣旨 を説明すると、 先方から長い ﹁演 説﹂が始まる。通訳を介すため に長い時間がかかり、ありがた く拝聴したのちに用意してきた 質問をいくつかしたころには 、 ﹁もうそろそろ⋮ ﹂という雰囲 気になるのがおちだった。 以後、こういった状況は大き く変わってきている。依然、ベ トナムの機関に協力を依頼する ことは多いが、関係者の紹介を 通 じ た 打 診 、 飛 び 込 み で の ファックスやメールによる申し 込みなど、訪問先に応じてその 他のアクセス方法も使い分けら れるようになった。外国人によ る調査が一般的となったことに 加え、私自身も現地語でのイン タビューが行えるようになった こともあって 、率直に応答し 、 議論に応じる経営者も増えてき た。 かつての不自由さは軽減さ れ、フィールドワークの可能性 は広がった。しかし、自ら調査 を設計し、実施していく過程は 試行錯誤の連続となった。●産業を調査したい
私の主な研究対象は 、産業 、 そしてそれを構成する企業であ る。これらを調査する代表的な アプローチとしては、母集団か ら統計的手続きに則りサンプル を抽出し、質問票を用いたサー ベイを行う方法 ︵大量観察型︶ と少数の重要な事例を丹念なイ ンタビューなどを通じて深く掘 り下げる方法︵事例研究型︶の 二つがある。 私がもっとも長くかかわって きたのは二輪車産業だが、この 産業を調査するに当たり、私は 敢えてそのどちらでもない第三 の方法をとってきた。企業間の 取引関係や生産や設計にかかわ る能力形成といった側面に接近 するのには、大量観察型のサー ベイは適さない。だが、多数の プレーヤーがおり、主要プレー ヤーの入れ替わりも激しいた め、少数の事例をじっくり掘り 下げるだけでは、産業全体の構 造に迫ることはできない。 試行錯誤の末に行きついたの は、産業内のプレーヤーの多様 性やその変化に配慮しつつ戦略 的に選択した事例︵企業︶を対 象とし、インタビューを通じ丹 念なデータ収集を行うことで 、 産業全体の変化を描き出してい くというアプローチである。だ が、このアプローチにたどり着 くまでにはいくつものハードル があった。●産業の構造がわからない
最初のハードルは、産業の構 造がどうなっていて誰が主要な プレーヤーなのかがわからな か っ た こ と で あ る 。 イ ン タ ビューの利点は、各社について 分厚い情報を得られることだ 。 しかし、その企業が分析に値す る重要な事例でなければ、分厚 い情報もあまり意味をなさなく なってしまう。統計資料や現地 の新聞・雑誌のほか、政府機関 や業界団体、産業コンサルタン トなどから産業の基礎情報をあ らかじめ把握し、それを踏まえ て調査をデザインすることが望 ましい。 しかし、ベトナム二輪車産業 は、生産や輸出入などについて の基本的な統計についてさえ信 憑性が問題となるほど信頼に足 る情報が乏しかった 。とくに 、 中国企業と連携しつつ低価格模 倣車の組み立てを行っていた ﹁地場組立企業﹂は厄介だった。 圧倒的な低価格によって市場構 造を変革し、外資系企業の戦略 に影響を及ぼすほどのインパク トを持った企業群であったの で、何としてでも調査したかっ たのだが、 五〇社ほどが乱立し、 どういった特徴を持つ企業が含 まれるのか、ほとんど手がかり がない状態だった。 かろうじて地場組立企業のリ現場
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アジ研ワールド・トレンド No.208 (2013. 1)ストだけは入手することができ たので、とりあえず市場シェア が大きな企業にかたっぱしから アプローチしてみることにし た。実際には、訪問を断られる ケースが相次ぎ 、﹁調査させて もらえる企業を調査する﹂状態 となってしまった。なかでもA 社にはたいへん親切にしていた だいた。親しくなった女性副社 長には、度重なる聞きとりに加 えて工場訪問の手配と付き添い をしていただき、往復二時間の 道すがら、ドイモイ初期の混乱 のなかで事業を開始した経緯な どを詳しく聞くことができた。 実り多い調査ができたかに思 われたが、実はこれが危険だっ た。A社は地場組立企業のなか で周辺的な位置づけを占めるに すぎなかったからだ。調査を続 けるうち、組立企業の淘汰が進 み、存続企業の間にも明らかな 戦略とパフォーマンスの違いが 生じてきていることが明らかに なってきた。A社は主要企業と はいえず、方針の見直しを迫ら れることとなった。