連体修飾節の日中対照研究
著者
曾 曾
号
26
学位授与機関
Tohoku University
論文内容要旨
連体修飾節の日中対照研究
東北大学大学院国際文化研究科
国際文化研究専攻
曾 曾
指導教員 中本武志 准教授
副島健作 准教授
1.研究の目的と課題 本研究は、日本語と中国語における連体修飾節について考察する。連体修飾節はどちら の言語においても修飾節が主名詞に先行し、主名詞と修飾節の間に関係代名詞が介在せず、 主名詞と修飾節の格関係も明示されないなど、共通点が多い。また両言語ともに(1)のよ うに、英語などに見られない空所のない修飾構造も存在する。 (1) a. 太郎が魚を焼く 匂い (Whitman 2015: 189-190) b. 太郎 烤鱼 的 香味
tàiláng kǎoyú de xiāngwèi
太郎 魚を焼く DE いい匂い
c. the smell of Taro roasting fish
(1)に示すように日本語と中国語で連体修飾構造を使用した構造をほぼそのまま対応さ せることができるが、英語では必ず(1c)のように、複合名詞句で対応させなければなら ない。この点も日中両言語における連体修飾節の特徴である。 しかし、相違点もある。下の用例(2)に示しているように、日本語の連体修飾節による 修飾構造が問題なく成立しているのに対し、中国語では同じように連体修飾節を取った構 文は容認度が低い。 (2) a. タバコを買った おつり b. ? 买 香烟 的 找头 mǎi xiāngyān de zhǎotóu
買う タバコ DE おつり (楊 2011:3) 一見非常に良く似ており、共通点を持つ日中両言語の連体修飾節ではあるが、日本語よ り中国語の方が厳しい制限を課せられているようである。本研究は日中両言語の連体修飾 節を研究対象に、「主要部外在型連体修飾節」、「主要部内在型連体修飾節」、「空所のない連 体修飾節」、「人魚構文」という四つの構造について考察する。これらの連体修飾節に関連 する構造には、どのような相違点が見られるか、なぜそのような相違点が見られるかを明 らかにすることが本研究の目的である。
2.主要部外在型連体修飾節 第2章では、主要部が修飾節の外側に位置する「主要部外在型連体修飾節」による修飾 構造について考察する。この修飾構造では、一見(3)のように日中両言語で対応している ように見えるが、ある文脈に置かれると(4b)のように、中国語の用例は不自然になって しまう。 (3) a. 酒瓶を戸棚に入れた 中尉 (『黒い雨』、日中対訳コーパス) b. 把 酒瓶 放进 橱柜里 的 中尉
bǎ jiǔpíng fàngjìn chúguìlǐ de zhōngwèi
を 酒瓶 入れる 戸棚の中 DE 中尉 (4) a. それで私、庄原の伯母に頼みまして、一升瓶を都合つけて風呂敷に包んで届け に行きますと、酒瓶を戸棚に入れた 中尉は風呂敷を床板に投げつけて、『こん なもの、持って帰れ』と云いました。 (同上) b. ? (直訳)于是,我托庄原的伯母给弄来一瓶酒,用包袱皮包好送了去。把酒瓶放 进橱柜里的 中尉,把包袱皮住地板上一扔说:“这东西,拿走吧。”我回来之后, 把情况告诉了丈夫。 c. 于是,我托庄原的伯母给弄来一瓶酒,用包袱皮包好送了去。 中尉 把 酒 放 在 橱柜里 , 把包袱皮住地板上一扔说(略)。 (同上)
zhōngwèi bǎ jiǔ fàng zài chúguìlǐ
中尉 を 酒 置く に 戸棚の中 「(直訳)そして私は庄原の伯母に頼んで一升瓶を都合つけて風呂敷に包んで届 けに行くと、中尉 は酒を戸棚に入れて 、風呂敷を床板に投げつけて言った(略)。」 (4a)の日本語用例と同じ意味を表すには、中国語では連体修飾節を使用しない(4c) のほうが自然である。つまり、このことは中国語にのみ課された制約が存在することを示 している。ではその制約とは何か? この問題について、本章ではコーパスから大量の用 例を集め、分析した結果、(3,4)に見られる差異は、日中両言語における情報構造による 制約が異なることに起因していることを明らかにした。日本語では、(5)のように名詞句 が旧情報の主題である場合、非制限的連体修飾節を使用することで新情報を追加するとい う言語表現が容認される。一方、中国語では、このような言語表現が容認されない。(5)
をそのまま直訳すると(6)になるが、不自然な構文となる。
(5) いったん曾根二郎と別れて、百貨店で時間をつぶした 八千代は、五時きっかりに立
花病院の真向いにある小さい喫茶店の中へはいって行った。
(井上靖『あした来る人』、日中対訳コーパス)
(6) ? 暂时 告别了 曾根二郎, 逛了一圈百货商店 的 八千代,
zànshí gàobiéle zēnggēnèrláng guàngleyīquānbǎihuòshāngdiàn de bāqiāndài
いったん 別れを告げる 曾根二郎 百貨店を一回り回る DE 八千代 整五点时走进了立花医院正对面的一间小咖啡厅。 「(直訳)いったん曾根二郎と別れて、百貨店で時間をつぶした 八千代は、五時きっ かりに立花病院の真向いにある小さい喫茶店の中へはいって行った。」 中国語では連体修飾節の使用に情報構造による制約があることを検証するため、本研究 では、中国語小説《人到中年(日本語訳『北京の女医-人、中年に到れば』》のすべての用 例を調査した。その結果として、連体修飾節はほとんどが焦点内に位置し、主題の一部と なっている連体修飾節はわずか5例しかなかった。この5例においても修飾節が提示する 情報はすべて前の文脈ですでに描写されている旧情報である。つまり、修飾を受ける主名 詞が主題となる場合、日本語では非限定的連体修飾節の使用が可能であるが、中国語では その使用が避けられるのである。さらに中国語では主題と共起する連体修飾節は希で、共 起する場合も、修飾節によって提示された内容はすべて旧情報であることから、背景情報 をもつ主題にさらに新情報を追加する言語表現は中国語では好まれないとも言える。 3.主要部内在型連体修飾節 第3章では、主要部内在型連体修飾節について考察を行った。 日本語では、(7)のように主要部が修飾節内に位置する修飾構造がある。また(7)に見 られる内在型の修飾構造を、(8)のように外在型の修飾構造に言い換えることができる。 (7) a. [駅で[酔っ払い]が騒いでいたの]が警官に捕まった。 (黒田 1999:27) b. [太郎が[林檎]が皿の上にあるの]を取った。 (同上) c. 田中が[[学生たち]が歩いてくるの]に出会った。 (同上) (8) a. [駅で騒いでいた[酔っ払い]]が警官に捕まった。(cf.7a)
b. [太郎が皿の上にある[林檎]]を取った。(cf.7b) c. 田中が[歩いてくる[学生たち]]に出会った。(cf.7c) 日本語の主要部内在型修飾構造では、(7a)のように主要部が修飾節の主語であると同時 に、主要部を含めた修飾節が主語になるパターンや、(7b)のように主要部が修飾節の主語 で、修飾節が主節の目的語になるパターン、(7c)のように主要部が修飾節の主語で修飾節 が主節の補部に当たるパターンが見られる。このように、日本語の主要部内在型関係節で は、主要部も修飾節も文の様々な文法機能を持つことができる。 日本語などではこの修飾構造について多くの議論がなされているのに対し、中国語では この構造が存在することが報告されていない。確かに日本語の用例(7)を、主要部を修飾 節内に埋め込まれたまま直訳するといずれも(9)のように非文となる。 (9) * 警察 逮捕了 [[醉汉] 在车站 闹事 的]。
jǐngchá dǎibǔle zuìhàn zàichēzhàn nàoshì de
警察 捕まえる-完了 酔っ払い 駅で 騒ぐ DE しかし主要部内在型と思われる修飾構造は中国語にも存在する。(10)はその例である。 (10) a. [[ 申请人] 对决定 不服 的], 可以在接到决定时申请复议一次。 shēnqǐngrén duìjuédìng búfú de 申請者 決定に 服さない DE 「(直訳)申請者が決定に不服なのが、判決が下りた時に再議を申し出ることが できる。」 (『中華人民共和国民事訴訟法』第四章第四十七項) b. [[现役军官] 按照规定 服役 已 满最高年龄 的],
xiànyìjūnguān ànzhàoguīdìng fúyì yǐ mǎnzuìgāoniánlíng de
現役軍人 規定に沿う 兵役に服する すでに 年限に達する DE 退出现役。 tuìchū xiànyì. 退役する 「(直訳)規定によって軍人が年限に達したのが、退役する。」 (『中華人民共和国兵役法』第四章第二十九項)
本章では、中国語の主要内在型修飾構造は、主要部が修飾節の主語である同時に、修飾 節全体が主節の主語に当たるという厳しい制限が課されていることを示した。この制約の 故に、中国語では主要部内在型修飾構造は日本語に比べるとかなり少ないと考えられる。 4.空所のない連体修飾節 第4章では、日本語と中国語における空所のない連体修飾節について考察した。「空所の ない連体修飾節」には、(11)に見られる「短絡した内の関係」修飾構造と(12)に見られ る「外の関係」修飾構造がある。「短絡した内の関係」とは、主名詞と関係の深い述語動詞 の補充が必要とされるもので、(11)ではそれぞれ動詞「読む」「生む」が補充される。一 方、「外の関係」とは述語の補充が考えられず、主名詞の内容を補充する機能を果たすもの をいう。 (11) a. 頭のよくなる 本 (寺村 1992:214) (←この本を読めば頭がよくなる) b. 彼女が腹を痛めた娘 (寺村 1992:214) (←その娘を生むために彼女が腹を痛めた) (12) a. 男がサンマを焼く 匂い b. 誰かが階段を降りてくる 音 (寺村 1992:199) 本章では日本語における空所のない連体修飾節の特徴を明らかにした上で、中国語と比 較し、日中両言語間の相違点を明らかにする。 4.1 短絡した内の関係 日本語における「短絡した内の関係」修飾構造は、修飾節内の述語動詞の形式によって 「ル形」と「タ形」に分けた。さらに、「主名詞+補充された述語動詞」が表す事象と「修 飾節」が表す事象は「因果関係」で結ばれるが、どちらの事象が原因でどちらの事象が結 果を表すかにより、(13)および表1のように「ル形 I 類」「ル形 II 類」「タ形 I 類」「タ形 II 類」に下位分類した。 (13) a. ル形 I 類:頭のよくなる 本 (寺村 1992:214) b. ル形 II 類:一万メートルを走る 疲れ (西山 2016:33)
c. タ形 I 類:パーティに来られなかった 宿題 (Matsumoto 1997:48) d. タ形 II 類:帝王切開した 傷跡 (楊 2011:3) 述語動詞の形 論理関係 「ル形」 「タ形」 I 類 II 類 I 類 II 類 「原因・条件」 事象を担う部分 主名詞+ 補充述語 修飾節 主名詞+ 補充述語 修飾節 「結果」事象を 担う部分 修飾節 主名詞+ 補充述語 修飾節 主名詞+ 補充述語 表1 「短絡した内の関係」が表す論理関係 また、「タ形」を取る「短絡した内の関係」において、以下のように容認度が下がること がある。 (14) a. 帝王切開した傷跡 (楊 2011:3) b. ? ボクシングした傷跡 (楊 2011:3) 容認度が高い(14a)では、修飾節で表す事象が完了した後で「主名詞+補充述語」で表 される事象が生起する。この時間関係が成立しない(14b)の容認度は低くなる。このこと から、「タ形」の「短絡した内の関係」では、連体修飾節が表す事象はすでに成立していな ければならないという条件が課されていることが分かる。 一方、中国語で日本語の「短絡した内の関係」修飾構造と同じ意味を表そうとすると、 空所のある「内の関係」修飾構造または他の従属節を使用しなければならない。 (15) a. 頭のよくなる 本 (=13a) b. * 脑袋 变 聪明 的 书 nǎodài biàn cōngmíng de shū 頭 なる 賢い DE 本 c. 读了[书 ]i 就会 让 脑袋 变 聪明 的 书i
読めば かもしれない させる 頭 なる 賢い DE 本 「(直訳)読んだら頭を賢くする 本」 これまでに見てきたように、「短絡した内の関係」修飾構造に関し、日本語では語用論的 推論によってこの修飾構造の意味が理解されるが、中国語では同じような語用論的推論が 機能せず、述語動詞を「短絡」すると修飾構造が成り立たなくなってしまうことが明らか になった。 4.2 外の関係 寺村(1992)によれば、「外の関係」修飾構造には、「発話、思考の名詞とその内容」、「「コ ト」を表す名詞とその内容」、「感覚の名詞とその感覚の内容」、「「相対性」の名詞と、その 相対概念の補充」という四種類があり、「発話、思考の名詞とその内容」、「「コト」を表す 名詞とその内容」」は陳述度が比較的高いのに対し、「感覚の名詞とその感覚の内容」、「「相 対性」の名詞と、その相対概念の補充」は比較的低い。陳述度の低い「感覚の名詞とその 感覚の内容」、「「相対性」の名詞と、その相対概念の補充」には、(16)に示すように、英 語などでは内容節で対応させることができない。 (16) a. 太郎が魚を焼く 匂い
'the smell of Taro roasting fish' (Whitman 2015:189-190)
b. 1960 年は 太郎が東京へ来た 翌年である。
'1960 is the year after Taroo came to Tokyo.' (Matsumoto 1997:53) 「感覚の名詞とその感覚の内容」は形式上、内容節と区別することができないが、以下 の(17-20)に示したとおり、話題文になれる点や、埋め込み節の挿入が許される点からす れば、内容節による修飾構造は関係節とは明らかに異なる。 (17) a. ガスが漏れる 匂い この匂いは ガスが漏れてる にちがいない。 (三上 1960:87) b. 自分たちにはまったく関係がないわねという 感じ (現代日本語書き言葉均衡コーパス) * この感じは、自分にまったく関係がないわね 。 (18) a. 子供が二階で遊んでいる 声 (作例)
[太郎が[子供が二階で遊んでいると]信じてしまった]声 b. 九年前九州八幡に居住した 事実 (寺村 1992:276) * [太郎が[九年前九州八幡に居住した]と信じた]事実 また「「相対性」の名詞と、その相対概念の補充」のうち、(19)のように、主名詞が相 対性を持つ名詞ではない一部の用例は「短絡した内の関係」と考えるべきであることを示 した。 (19) a. たばこを買った おつりで b. 圭三は胸騒ぎがした。異常なものを見つけた 動揺がしばらく続いた。 c. 背中には 袈裟がけに切られた 大きな傷あとがある。二回も切ったので傷あと はそこだけふくれている。 (寺村 1992:294) (19)に現れる主名詞は「おつり」「動揺」「傷あと」であり、これらの主名詞には対に なる名詞がない以上、相対性を持つ名詞とは言えない。しかし寺村(1992)は、これらの 修飾構造と主名詞の間に、「原因」←→「結果」のようないわば観念的な相対性が存在する ため、相対性を持つ名詞とその相対概念の補充というタイプに入れるべきであるとしてい る。しかしすでに考察したように、「短絡した内の関係」の全ての用例が「因果関係」で結 ばれている。「外の関係」に位置付けられている(19)のような用例も、実際は意味におい ても構造においても、「短絡した内の関係」と同じ修飾構造として扱うことができる。これ を(20)を挙げて示す。 (20) a. たばこを買ったおつり (=19a) たばこを買って もらったおつり 原因・条件(修飾節) 結果(主名詞+補充された述語) b. 異常なものを見つけた動揺 (=19b) 異常なものを見つけたため 生じた動揺 原因・条件(修飾節) 結果(主名詞+補充された述語) c. 袈裟がけに切られた大きな傷あと (=19c) 袈裟がけに切られて できた傷あと 原因・条件(修飾節) 結果(主名詞+補充された述語)
中国語にも「外の関係」による修飾構造が見られるが、その使用範囲は日本語に比べる と制限されている。
(21) a. 樹の枝が冷気で折れる 音 (寺村 1992:287)
b. 听到了 树枝 因 寒潮 而 折断 的 声音。
tīng dàole shùzhī yīn háncháo ér zhéduàn de shēngyīn
聞いた 木の枝 ゆえに 冷気 それで 折れる DE 音
「(直訳)樹の枝が冷気で折れた 音が聞こえた。」
(22) a. 彼女が市役所の窓口に問合せた 一ヵ月後 (同上)
b. 在 向市政厅窗口 咨询完 的 一个月后,她收到了一封信。
zài xiàngshìzhèngtīngchuāngkǒu zīxúnwán de yīgèyuèhòu
で 市役所の窓口に 問合せた DE 一ヶ月後
「(直訳)市役所の窓口に問合せた 一ヵ月後に彼女が手紙を一通受け取った。」
(23) a. 牧野さんと私が気拙くなった一つの原因 (同上)
b. 牧野 和 我 的 关系 变 尴尬 的 原因之一 是我交了女朋友。
mùyě hé wǒ de guānxì biàn gāngà de yuányīnzhīyī
牧野 と 私 の 関係 なる 気まずい DE 原因の一つ 「(直訳)牧野と私は気まずくなった原因の一つは私に彼女ができたことだ。」 中国語において、(21-23)が示すように、主名詞が感覚、時間の前後と因果関係を表す 場合には日中両言語とも問題なく成立するが、それ以外の「外の関係」では、日本語では 成立しても、中国語では同じような修飾構造では対応させることができない。 5.人魚構文 第5章では、日中両言語における人魚構文について考察した。人魚構文は「連体修飾節 +名詞+コピュラ」という構造を持ち、連体修飾節と名詞は「外の関係」にある。(24a) では文の前半「一行は十九日に軍のヘリで下山する」という部分が動詞述語文であり、そ のままでも文として成立するが、その後ろに「予定だった」という「名詞+コピュラ」が 接続し、文全体が名詞述語文となっている。 (24) a. 一行は十九日に軍のヘリで下山する予定だったが、(略)。
b. また被災地では二十五日夕方から雨が降る見込みだ。 c. 商品市場も後場は反発した感じですので、(略)。 (現代日本語書き言葉均衡コーパス) 日本語の人魚構文において、実質名詞が文末名詞である場合、既に文法化し、機能的な 意味を表す。また、人魚構文の文末名詞には様々な名詞群に属している名詞が見られるが、 本研究では、角田(2011,2012)と川島(2016)を踏まえ、日本語の人魚構文を以下の二種 類に分類した。 モーダル・証拠性: [1]「予定、計画」、[2]「見込み」、[3]「感じ」、[4]「状況、状態」、 [5]「決まり、習慣」 個体レベル(individual predicate)・アスペクト: [6]「性格、性質」、[7]「役目、責任」、[8]「体の特徴」、 [9]「無生物の構成」 モーダル・証拠性を表す人魚構文の場合、文末名詞における文法化の度合いが高く、文 全体が動詞文の性格を有し、文末名詞が助動詞のような振る舞いを示す。一方、個体レベ ル・アスペクトを表す人魚構文の場合、文全体が連体修飾節と共起する名詞文に近い。こ のように、日本語の人魚構文は文末名詞が異なる機能的意味を表している。 日本語の人魚構文については、これまでに多く研究されているが、中国語においても同 じ人魚構文と思われる構文が存在するにもかかわらず、それに対する研究がほぼ見られな い。本章では中国語の人魚構文に見られる特徴、構文的位置付け、通時的変化、及び日本 語の人魚構文との相違点を明らかにした。具体的な研究結果は以下のとおりである。 まず、中国語の人魚構文は「連体修飾節+DE+文末名詞」という構造を有する。 (25) a. 下个月 是 每天都 要 加班 的 节奏。
xiàgèyuè shì měitiāndōu yào jiābān de jiézòu
来月 コピュラ 毎日も しなければならない 残業 DE テンポ
「(直訳)来月は毎日残業しなければならないテンポだ。」 (作例)
b. 他 本来就 是 个 感情 丰富、 暴躁 冲动 的 性子。
彼 本来も コピュラ 一つ 感情 富む 乱暴 興奮しやすい DE 気質 「(直訳)彼はそもそも感情に富んで乱暴で興奮しやすい気質だ。」 (CCL コーパス) 意味の面では、中国語の人魚構文における文末名詞は日本語と同じく、機能的な意味を 表すことが分かった。日本語の名詞群の分類にならい、中国語に見られる人魚構文の文末 名詞を、主に以下の四つの名詞群に分けた。 i) 「感じ」の類:感觉(感じ)、味道(味)、气味(匂い) ii) 「状況、状態」の類:样子(様子)、形象(イメージ)、印象(印象)、 情形(状況)、状态(状態)、气氛(雰囲気)、氛围(雰囲気)、 节奏(テンポ) iii) 「性格、性質」の類:性格(性格)、性子(気質)、脾气(気質) iv) 「無生物の構成」の類:类型(タイプ) 表される機能的な意味は以下のとおりである。 i) 証拠性を表すもの。 e.g.)「感觉(感じ)」、「味道(味)」、「气味(匂い)」、「形象(イメージ)」、「印象(印 象)」、「情形(状況)」、「状态(状態)」、「气氛(雰囲気)」、「氛围(雰囲気)」 ii) モーダルを表すもの。e.g.)「节奏(テンポ)」 iii) 証拠性とモーダルを表すもの。e.g.)「样子(様子)」 iv) 個体レベルの恒常的状態を表すもの。 e.g.)「性格(性格)」、「性子、脾气(気質)」、「类型(タイプ)」 これらの名詞ごとに文法化の程度も異なる。特にモーダルの用法を持つ「节奏(テンポ)」 と「样子(様子)」は文法化の程度が最も高い。中国語における人魚構文は日本語に比べる と、文末名詞の表す意味が少ない上、その使用も日本語ほど多くない。 構文的な位置づけについては、本研究では以下の四つの統語テストを適用することによ り、日本語における人魚構文の特徴と比較しながら、中国語における人魚構文の統語的特 徴を明らかにした。統語テストの結果は表2にまとめられる。 i) 関係節化:節内の要素を取り出し、残りの部分は関係節としてその要素を修飾できる
か。 ii) 目的語の主題化:節内にある目的語が主題化されることができるか。 iii) 他の修飾語との共起:文末名詞が連体修飾節の他に形容詞や名詞などの修飾語と共起 できるか。 iv) 指示詞・数量詞との共起:人魚構文にさらに指示詞または数量詞を挿入することがで きるか。 日本語の人魚構文 中国語の人魚構文 中国語における 一般の名詞述語文 関係節化 名詞により異なる 不可 不可 目的語の主題化 可 不可 不可 他の修飾語との共起 名詞により異なる 可 可 指示詞・数量詞との共起 可 可 表2 人魚構文に関する統語テスト 表2に示すように、日本語の人魚構文では、一部の文末名詞は名詞の性格を完全に失い、 動詞文のような振る舞いを見せる。一方、中国語の人魚構文の場合は、意味に関係なくい ずれも通常の名詞述語文と同じ統語的特徴を示している。中国語の人魚構文は日本語ほど 文末名詞が文法化していないと考えられる。 通時的変化の点については、中国語では明の時代から人魚構文と思われる構文が存在し ていることが分かった。つまり、意味の希薄化は現代中国語にのみ起きていると言える。 中国語の人魚構文に関し、文末名詞の種類や文末名詞が表す意味は日本語ほど多くない 上、文法化の程度も日本語ほど進んでおらず、まだ名詞述語文として使用されていること が、本研究によって明らかになった。 6.結論 従来から、中国語は連体修飾節の使用頻度が日本語よりも低く、制限が多いことは指摘 されてきたが、その理由までは明らかになっていなかった。本研究では、日中両言語にお ける連体修飾節を四つの方面から考察することにより、その理由を明らかにした。連体修
飾節の使用にあたって、統語上の制限に関しては、中国語は日本語よりが厳しい一面が見 られる。例えば、主要部内在型による修飾構造において、中国語の場合には主名詞が修飾 節の主語であると同時に、名詞句全体が主節の主語でなければならないという非常に厳し い統語制限が課されている一方、日本語ではこれほど厳しい制約は課せられていない。ま た空所のない連体修飾節による修飾構造に関しては、「短絡した内の関係」において日本語 では語用論的推論によって補充できる動詞述語が省略される現象が見られるのに対し、中 国語では必ずその動詞述語の存在が要求される。「外の関係」については、中国語にもこの 修飾構造があるが、その使用範囲は日本語に比べると制限されている。主名詞が感覚、時 間の前後と因果関係を表す場合には日中両言語とも問題なく成立するが、それ以外の「外 の関係」では、日本語では成立しても、中国語では同じような修飾構造では対応させるこ とができない。統語構造の他に、情報構造の面において、中国語に課された制約も日本語 より厳しいことを本研究では示した。このように様々の側面で中国語の連体修飾節の使用 が制限されているため、日本語ほどその使用が多くないと考えられる。 以上のように、本研究では、連体修飾節の考察にあたり、連体修飾節のみならず、それ に関連する構文や置かれる文脈も含めて総合的な分析が必要であることを示し、連体修飾 構造に関する研究の発展に寄与することができた。 参考文献 川島拓馬(2016)「「文末名詞文」の構文的位置付け」千葉大学文学部日本文化学会(編) 『語文論叢』第 31 号,pp.43-60. 黒田成幸(1999)「主要部内在関係節」黒田成幸・中村捷(編)『ことばの核と周縁-日本 語と英語の間』くろしお出版,pp27-104. 角田太作(2011)「人魚構文:日本語学から一般言語学への貢献」『国立国語研究所論集』 第 1 号,pp53-75. 角田太作(2012)「形容詞節と体言締め文:名詞の文法化、人魚構文と名詞の文法化」『国 語研プロジェクトレビュー』第 7 号,pp.3-11. 西山祐司(2016)「意味論・語用論の難問-「タマネギを切った涙はなぜ奇妙なのか」-」 『日本語学』2016 年 5 月号,pp26-37. 寺村秀夫(1992)『寺村秀夫論文集I―日本語文法篇』くろしお出版 三上章(1960)『象は鼻が長い』くろしお出版
楊凯栄(2011)「日中連体修飾節の相違に関する考察」『中日言語対照研究論叢』北京大学 出版社,pp1-32.
Whiteman John(2015)「いわゆる「アジア式関係節」について」深田智他編『言語研究の
視座』開拓社,pp188-203.
Matsumoto, Yoshiko (1997) Noun-modifying constructions in Japanese: A frame semantic
approach. Amsterdam: John Benjamins.
用例出典
現代日本語書き言葉均衡コーパス(国立国語研究所) 日中対訳コーパス(北京外国語大学日本学研究センター) CCL コーパス(北京大学)