49 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 イクラアレルギー診断と他魚卵合併の検討 緒言 魚卵アレルギーは、本邦における食物アレルギー の原因食物の3.7%(第 6 位)であり、新規発症に 限ると2-3 歳児の原因食物の 20.2%(第 1 位)を占 める1)。本邦では寿司やおせち料理、郷土料理など で魚卵を消費する機会が多いが、国内外問わずアナ フィラキシーを起こす原因としても報告されてお り2-4)、魚卵は臨床において重要な食物抗原の一つ である。魚卵アレルギーの主はイクラであるが5)、 イクラ特異的immunoglobulin E(IgE)抗体価(イ クラ抗体価)によるプロバビリティカーブの報告は 1 編のみと6)、イクラ抗体価の診断的有用性に関す る知見は鶏卵、乳、小麦に比して乏しいのが現状で ある。またイクラと他魚卵の交差抗原性に関しては いくつか報告されているが7、 8)、医師の指示や本人・ 家族の不安などから、イクラアレルギーがあると他 魚卵を一律に除去される症例がしばしば経験され る。そこで、イクラ抗体価の診断的有用性をより詳 細に検討すること、およびイクラアレルギー児の他 魚卵アレルギー合併を検討することを目的とした。
原著論文
イクラアレルギーにおけるイクラ特異的 IgE 抗体価の
診断的有用性および他魚卵アレルギー合併の検討
二瓶真人、佐藤大記、堀野智史、三浦克志 宮城県立こども病院 アレルギー科 抄録 【背景】 魚卵アレルギーは、本邦における食物アレルギーの原因食物の第 6 位であり、新規発症に限ると 2-3 歳児の第1 位を占める一般的な疾患である。しかし、それに関連した報告は卵・乳・小麦に比して少なく、 イクラ特異的immunoglobulin E(IgE)抗体価(イクラ抗体価)によるプロバビリティカーブの報告 は1 編のみである。また、イクラアレルギーがあると他魚卵を一律除去することがしばしば経験され る。 【目的】 イクラ抗体価の診断的有用性を検討すること、イクラアレルギー児の他魚卵アレルギー合併を検討 することを目的とした。 【対象・方法】 宮城県立こども病院において、2014 年 1 月から 2018 年 8 月にイクラの食物経口負荷試験 (oral food challenge:OFC)を受けた児を対象とした。参加者背景、OFC 結果、および OFC陽性であったイクラアレルギー児の他魚卵アレルギー合併を診療録から後方視的に検討した。 【結果】 イクラ OFC 陽性は 11/30 例(37%)であった。イクラ抗体価によるプロバビリティカーブが得られ、 50% 陽性予測値は 7.7 UA/mL、95% 陽性予測値は 20.1 UA/mL であった。イクラアレルギー 10 例のう ち焼きタラコ、焼き子持ちシシャモに即時型症状を来たした児はいなかった。 【結語】 イクラ抗体価の診断的有用性が示唆される。イクラアレルギーがあっても加熱加工された他魚卵は 耐性であることが多いと示唆される。 キーワード:イクラ、交差抗原性、子持ちシシャモ、タラコ、プロバビリティカーブ
50 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 イクラアレルギー診断と他魚卵合併の検討 方法 宮城県立こども病院において、2014 年 1 月から 2018 年 8 月にイクラの食物経口負荷試験(oral food challenge:OFC)を受けた児を対象とした。 参加者背景として年齢、性別、魚卵摂取による即時 型症状の既往の有無、総IgE 値、ImmunoCAP®に よるイクラ抗体価、OFC 結果、および OFC 陽性 であったイクラアレルギー児の他魚卵アレルギー合 併に関して診療録から後方視的に調査した。OFC 前にイクラ抗体価が未検査であったもの、OFC が 摂取拒否などで正確に評価できなかったものなど、 診療情報に不備のある症例は除外した。 OFC の実施にあたっては十分な説明を行い、書 面で同意を得られた場合に、全例入院下にオープン 法 でOFC を実施した。OFC の陽性判定基準は、 Sampson の 5 段階分類で Grade2 以上の症状を呈 したものとした9)。総負荷量に関して、イクラは、 瓶詰めの生イクラ10g(イクラ軍艦 2 個相当)未満 で症状を呈したものを陽性、タラコは、焼きタラコ 15g(タラコおにぎり 1 個相当)未満で症状を呈し たものを陽性、子持ちシシャモは、焼き子持ちシ シャモ2 尾未満で症状を呈したものを陽性、とした。 アドレナリン筋肉注射の適応はSampson の 5 段階 分類でGrade4 以上の症状を呈したもの9)、および 持続する強い腹痛や、β2刺激薬吸入で改善しない 呼吸器症状、とした。 本研究は、宮城県立こども病院倫理委員会で承認 を受けた(承認番号;宮こ倫理第409 号)。同意取 得の方法は、研究内容を掲示し対象者に拒否機会を 提供した。 統計解析 統 計 分 析 は2 群 間 の 連 続 変 数 の 比 較 に は Wilcoxon 検定、2 群間の事象の有無の検定にはχ2 乗検定を用いた。p<0.05 を有意と判断した。受 信者動作特性(Receiver Operator Characteristic: ROC)曲線を作成し、Youden Index を用いて最適 カットオフ値と感度、特異度、ROC 曲線下面積 (area under the curve:AUC)を算出した。また ロジスティック回帰分析によりイクラOFC 陽性を 指標としたイクラ抗体価のプロバビリティカーブを
作成し、50% 陽性予測値と 95% 陽性予測値を算出 した。統計学的解析にはJMP®13(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。
結果 イクラOFC を実施された 34 例中、イクラ抗体 価未検査1 例、OFC 判定不能 3 例を除いた 30 例 を解析対象とした。イクラ抗体価測定からOFC 実 施までの日数(中央値)は139 日(四分位範囲 96-232 日)であった。OFC 陽性であった 11/30 例 (37%)がイクラアレルギーと診断された。OFC 時の誘発症状は皮膚1 例、消化器 9 例、呼吸器 2 例、循環器0 例、神経 3 例(一部の症例で重複あ り)で、いずれの症例においてもアドレナリン筋肉 注射を要さなかった。 参加者の臨床背景では、イクラOFC 陽性群は OFC 陰性群と比較してイクラ抗体価が有意に高 かったが、その他の項目では統計学的有意差を認め なかった。(表1) イクラOFC 陽性を指標としたイクラ抗体価の ROC 曲線で、AUC は 0.77 であった。イクラ抗体 価 8.31 UA/mL を カ ッ ト オ フ 値 と す る と 感 度 63.6%、特異度 94.7% であった。また、OFC 陽性 を指標としたイクラ抗体価のプロバビリティカーブ が 得 ら れ た。( 図 )50% 陽 性 予 測 値 7.7 UA/mL、 95% 陽性予測値 20.1 UA/mL であった。 表1 イクラ OFC 陽性群と陰性群の臨床背景 An:anaphylaxis IgE:immunoglobulin E
OFC:oral food challenge
連続変数の結果は中央値(第1四分位 - 第3四分位)で 表記した。 イクラOFC結果 陽性 陰性 p値 人数 n=11 n=19 年齢歳 7.5 (5.9-11.0) 6.7 (4.9-10.4) 0.576 男:女 9:2 17:2 0.611 即時型症状既往 4 (36.4%) 4 (21.1%) 0.417 An既往 0 (0%) 1 (5.3%) 1 総IgE (IU / mL) 576 (481-1,087) 800 (620-1,774) 0.127 イクラ抗体価 (UA / mL) 8.3 (4.4-12.1) 2.0 (0.7-5.0) 0.015 表1 イクラOFC陽性群と陰性群の臨床背景
51 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 イクラアレルギー診断と他魚卵合併の検討 イクラアレルギー児のタラコ、子持ちシシャモア レルギー合併を示す(表2)。診療録から確認し得 た範囲でイクラアレルギー児において焼きタラコ、 焼き子持ちシシャモに即時型症状を来たした児はい なかった。 考察 イクラ抗体価の診断的有用性に関してYanagida らは95% 陽性予測値 34.6 UA/mL と初めて報告し6)、 イクラOFC 施行の検討・決定に関する基準を示し たが、追従する研究の報告はなされていない。 本 研 究 で 得 ら れ た プ ロ バ ビ リ テ ィ カ ー ブ は Yanagida らと類似した結果であった6)。本研究で得 られたイクラ抗体価の最適カットオフ値 8.31 UA/mL で の 感 度 は63.6% と低値であったが、特異度は 94.7% と高値を示した。イクラ抗体価のクラス 1 ~ 2 の症例はイクラアレルギーではない可能性が高い と示唆される(低リスク群)。プロバビリティカー ブを参考に自宅での少量からの摂取開始や医療機関 でのOFC 評価などを症例に応じて考慮してよいと 思われる。次に、OFC の 50% 陽性予測値 7.7 UA/mL との結果から、イクラ抗体価クラス3 の症例にお いては症状出現リスクが考慮され(中等度リスク 群)、原則として安易な自宅摂取開始は行わずに医 療機関でのOFC 評価が安全と考えられる。また OFC の 95% 陽性予測値 20.1 UA/mL との結果から、 イクラ抗体価がクラス4 以上の症例に関してはイ クラアレルギーの可能性が極めて高いと思われる (高リスク群)。抗体価による診断に関して、90 ~ 95% 陽性予測値は OFC を行わなくても食物アレル ギーと診断してよい基準として用いられることがあ り10)、高リスク群では診断を目的としたOFC 施行 は必須ではないと思われる。以上より、イクラアレ ルギーの診療においてイクラ抗体価は、症状出現リ スクを把握するうえで有用と考えられ、診断的有用 性が示唆される。 各種魚卵間の交差抗原性に関して、各種魚卵の卵 黄蛋白質と反応したイクラアレルギー患者血清の割 合は、シロザケ、イトウ、ニジマス、アメマスでは い ず れ も100%、 ス ケ ト ウ ダ ラ 35%、 シ シ ャ モ 47%、カペリン 23% と報告されており、タンパク 質レベルでは交差反応する可能性が示唆されてい る11)。他方、実臨床においては、OFC または即時 型症状の既往歴を診断根拠とされたイクラアレル ギー児のうち、タラコアレルギー合併25%、子持 ちシシャモアレルギー合併11% との結果が報告さ れている12)。本研究では、OFC で診断したイクラ アレルギー児において焼きタラコ、焼き子持ちシ シャモに即時型症状を来たした児はいなかったこと からイクラアレルギーであっても、他魚卵へは耐性 である可能性が高い。尚、岡本ら12)および本研究 はいずれも主に加熱調理したタラコ、子持ちシシャ モによる評価である点に注意を要する。加熱加工に より耐性であった可能性が考えられるが、タラコや 子持ちシシャモの加熱に伴う抗原性変化に関連した 表2 イクラアレルギー児のタラコ、子持ちシシャモアレ ルギー合併
OFC:oral food challenge
患児11はタラコ、子持ちシシャモともに摂取歴不明の ため記載を省略した。 患児 タラコ 子持ちシシャモ OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 未摂取 摂取可 摂取可 OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 OFC陰性 不明 摂取可 OFC陰性 OFC陰性 不明 摂取可 OFC陰性 表2 イクラアレルギー児のタラコ、子持ちシシャモアレルギー合併 図 OFC 陽性を指標としたイクラ抗体価のプロバビリ ティカーブ IgE:immunoglobulin E
OFC:oral food challenge
イクラ抗体価(UA / mL)
症状誘発の可能性
52 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 イクラアレルギー診断と他魚卵合併の検討 報告は検索し得ず、今後の検討が望まれる。 本研究の限界として、まず、後方視的研究であり、 一部の症例でタラコ、子持ちシシャモの摂取歴不明 や未摂取が存在するなど情報バイアスが挙げられ る。次に、症例数が少ないことが挙げられ、魚卵ア レルギーの正確な病態把握のため、今後更なる症例 の蓄積が必要と考える。 結語 イクラアレルギーの診療においてイクラ抗体価の 実臨床における診断的有用性が示唆される。またイ クラアレルギーがあっても加熱加工された他魚卵は 耐性であることが多いと示唆される。 利益相反(conflict of interest)に関する開示: 著者全員は本論文の研究内容について他者との利害 関係を有しません。 参考文献 1) 今井孝成、杉崎千鶴子、海老澤元宏:消費者 庁「食物アレルギーに関連する食品表示に関す る調査研究事業」平成23 年即時型食物アレル ギー全国モニタリング調査結果報告 アレル ギー 2016;65:942-946
2) Akiyama H, Imai T, Ebisawa M. Japan food allergen labeling regulation-history and evaluation. Adv Food Nutr Res 2011;62:139-171
3) Minhas J, Saryan JA, Balekian DS. Salmon roe (ikura) - induced anaphylaxis in a child. Ann Allergy Asthma Immunol 2017;118:365-366
4) Hickey RW. Sea urchin roe (uni) anaphylaxis. Ann Allergy Asthma Immunol 2007;98:493-494
5) 今井孝成:魚卵アレルギー 海老澤元宏編: 症例を通して学ぶ年代別食物アレルギーのすべ て 東京:南山堂 2013;p158-159
6) Yanagida N, Minoura T, Takahashi K, et al. Salmon roe-specific serum IgE predicts oral salmon roe food challenge test results. Pediatr Allergy Immunol 2016;27:324-327 7) Kondo Y, Kakami M, Koyama H, et al. IgE
cross-reactivity between fish roe (salmon, herring and pollock) and chicken egg in patients anaphylactic to salmon roe. Allergol Int 2005;54:317-323
8) Simizu Y, Nakamura A, Kishimura H, et al. Major allergen and its IgE cross-reactivity among salmonid fish roe allergy. J Agric Food Chem 2009;57:2314-2319
9) Sampson HA. Anaphylaxis and emergency treatment. Pediatrics 2003;111:1601-1608 10) Sampson HA. Utility of food-specific IgE
concentrations in predicting symptomatic food allergy. J Allergy Clin Immunol 2001;107:891-896 11) 穐山浩、佐伯宏樹、渡辺一彦、宇理須厚雄:食 物アレルゲン(ピーナッツ、魚卵) 臨床免疫・ アレルギー科 2006;46:588-595 12) 岡本薫、川井学、森雄司、他:イクラアレルギー 患者の他魚卵(タラコと子持ちシシャモ)摂取 状 況 に 関 す る 後 方 視 的 検 討 小 児 科 臨 床 2018;71:324-330