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クレジット多重債務者への生活再建支援

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Academic year: 2021

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(1)クレジット多重債務者への生活再建支援 西. ′nle Supporting. 村. 隆. 男. Activities for Over-spending Takao. Debtors. NISHIMURA. 緒言. 5. 多重債務者の現状と生活再建. 1多重債務者とは何か 2 多重債務化の原因. 6. 米国の自助グループ. 7. 被害者の会の存在意義とその限界 米国CCCSとカウンセリング活動. 3. 多重債務者急増の背景. 8. 4. 被害者の会によるカウンセリング活動. 結語. 緒言 わが国の消費者借用産業は,. 1980年代後半からの経済停滞をよそに,著しい成長を遂. げ, 95年の市場規模は75兆円に達し(住宅ローン等を含まない借用供与残高ベース),わ が国の一般会計予算に匹敵する巨額となっているo消費者金融会社は業績好調を背景に大 手企業が93年以降に次々と株式市場に上場し,うち3社は96年には東京証券取引所一部 上場を果たした。 本稿が対象とする消費者信用は無担保金融であり,いわゆるクレジットあるいはローン と呼ばれるものである。消費者借用は続計分類上,販売借用と消費者金融に分けられる。 前者は分割払いや翌月一括払い等で商品やサービスを購入する場合の借用供与であり,級 者は商品等の移転を伴わず,個人の信用力のみで資金を借り入れるものである。近年は消 費者金融の伸びが著しい。. 消費者に信用を与え融資を行う業者を与信業者(Creditor)と呼び,銀行などの金融機 関,僧販会社,消費者金融会社がある。ほとんどの業者は消費者の利用の便宜のため,カ ードを発行している。消費者はカードを携行し,必要に応じATMなどの自動貸出機から 必要額を引きだして使い,後日また機械に借入額と利子を返済したり,自らの銀行口座等 からの振替によって返済を行っている。この利便性が若者からお年寄りまで受けて,この 20-30年ほどの問に急速に伸びたのが消費者信用産業である。. 1多重債務者とは何か. 金銭を借り入れれば人は債務者と呼ばれるが,今日のクレジット社会における多重債務 者と表現される人々は特有の意味あいで用いられている。すなわち,単にローンを供与す る1社から数百万,数千万の借金をするのではなく,複数の業者から借りては返し,繰り. 返すうちに累積的に債務額が大きくなり返済困難に陥っている人々を指す。多くの場合,.

(2) 20. 西. 村. 隆. 男. 返済に充てるために他の業者から新たな借金をして,数年のうちに雪だるま式に次第に多 額の債務を抱えるようになっている。はじめのうちは金利の低い業者から借り入れるが, やがては金利の高い業者からでも構わず借りる行動にでる場合も目立っている。なかには 多重債務を抱える債務者に対して,返済資金をまとめて貸すと勧誘するいわゆる整理屋と. 称する悪質業者(登録業者であることもある)も跡を絶たず,迂閥な利用により,高い金 利負担や厳しい取立に一層生活苦を強いられている債務者も少なくか∼.. 多重債務者は最初の借り入れの時点では,通常のクレジットカード利用者の動機となん ら異なることはない。利用の当初からやがて多くの借金を背負うことになると予想して借 金をする人はいないだろう。ではなぜ,多重債務の階段を転がるように滑り落ちてくるの だろうか。結論を急ぐならば,その理由は臨時的支出の増大もしくは借金に対する金銭感 覚の麻痔にあると思う。 通常の人間行動として,ある行動の結果を予測し,仮に将来の不安があるものに対して は,一定程度それを極力避けようとある種その行動を抑制しようとする心理が働く。自身 の返済能力を超えた過度の借金はのちに生活破綻を招くという自明の理は,多重債務者で あろうとなかろうと認識しているはずである。ほとんどの場合,多重債務者も初回の借金 はきちんと期日に返済している。ではいつから階段を転げ落ちていくのか。破産申し立て 者の体験談を見ると,人さまざまであるが,順調なクレジットライフがある不測の事故を 機に,事態が暗転している例は多い。本人や家族の病気入院,職場での作業中の事故,交 通事故,失業などが代表的である。 事故に加え,今ひとつは借金中毒,すなわち金銭感覚の麻痔症状である。クレジットや ローンの利用に慣れてくると,その借り入れの簡便さ(カードを提示するだけの買い物, 機械による入出金など)に,ついあれもこれもと見境なく使用しがちになってくる。財布 の中身を確認することなく,給料日とは無関係にいつでも潤沢な資金を利用できるカード は現代版玉手箱なのである。むしろ支払いの場面で現金を数えて受け渡しするよりも,カ ードによる決済の方がはるかにスマートであり,格好よいと感じる若者は少なくないので. ある。使用感の心地よさは次第に金銭感覚の麻痔を生んでいく。しばらくのち多額の請求 書が送られて初めて利用額を知る。しかし,利用になれた給料以上の生活スタイルを簡単 に切り下げることはできず,ひたすら返済を先送りする。新たに他社から借り入れて返済. に充てる。カードホリック(中毒)である1)。 2. 多重債務化の原因 過去20年,誰がこれほどまでに消費者信用市場が飛躍的に拡大し,国民各層に浸透す. ると予想したであろうか。グルメ志向,高級車志向,海外レジャー志向,健康・美容志向, 情報機器の大衆化など,次々と消費ブームを演出するさまざまな流行が作られ,それらの 消費を支える分割払いシステムの利用促進は,消費拡大に一層拍車をかけた。. クレジット社会においては誰もが多重債務者化の危険(可能性)を持っていると言える。 一般に人はクレジットを利用するとき,毎月返済額がどの程度になるか,その額は返済可 能な額か,返済が終了するのはいつかなどをその正確さに差こそあれ,大方は認識した上.

(3) クレジット多重債務者への生活再建支援. 21. で利用する。次の利用の時には,前回の借り入れに加えて返済可能性を見極めて使うのが 通常である。つまり,今どれだけの収入があり,翌月の収入を予測し,返済額を差し引い た残高を計算して,自らの利用可能のラインを引いている。ところが,この残高管理は意 外とむつかしい。現金有り高は簡単に確認できるが,クレジットの現在利用額や返済状況,. 銀行の口座残高を直ちに数字であげられる人はそう多くはないだろう。多重債務問題発生 の原因は,貸し手側の過剰与信体質にある一方,借り手側においては現金社会の歴史に根 ざした,日本人特有の残高管理技術の貧困にもあるのではないか。 日本ではクレジットの支払いは,請求書が本人に送られてくるものの,金融機関の口座 からの毎月の自動引き落としが一般的で,請求された金額通りに指定期日に口座から振り 替えらえれるのに対して,米国では請求書が本人に郵送されると,自分で支払額を決めて 小切手に記入しカード会社に送る方法によっている。口座振替もないわけではないが,あ まり利用されていない。支払額を自分で決めらるが,残債務の数%に利息を加えた額「ミ ニマムペイメント」以上を支払うことが要求される。. 日本のクレジットの利用者の多くは,クレジット決済の銀行口座が,給与振込や公共料 金引き落としなどと同一である。そのためいっそうクレジット代金としての使用額が認識 されにくい面もあろう。米国では小切手は専用口座cbeckingaccountであり,小切手によ るクレジット代金の支払いもこの口座の管理で行っている。 クレジット代金の決済方法の両国の違いは,バランスの管理技術や,管理意識の差とな って現れるのではないか。米国の小切手社会の歴史は古い。小学校の教科書に小切手の切 り方さえ登場する。一方,日本でクレジットが普及し始めるのは, 1960年代以降のこと である。しかも,日本では長いこと貯蓄を美徳とする金銭観が大衆に浸透し,借金を罪悪 とする価値観が主流であった。このことは,クレジットカードやローンが普及した今もな お,借金の管理をおろそかにしがちな日本人を生み出している遠因とも言えるだろう.. 3. 多重債務者急増の背景 1996年の個人破産の申立は,義-1に見るように史上初めて5万件の大台に乗ってしま. ったが,最近の10年で,消費者の破産がなぜこのように膨れ上がったか,その原因を明 確に示すことは困難であろう。考えられるとすれば市場環境の変化と,雇用環境の変化で ある。消費者信用をめぐる市場環境は,競争がいっそう厳しくなった。クレジットロー ン商品の多様化,銀行等金融機関の消費者ローン部門の強化,信販業者・貸金業者の販売 競争の激化無人契約機の普及による利便の強化なとがあげられる. 雇用環境は,バブルの崩壊とともに不況がいよいよ長期化し,残業カットによる賃金の 実質減少など大幅に悪化した。リストラの披は中高年の熟練勤労者を解雇させ,新規採用 を手控える企業が続出させるなど,家計の唯一の収入源を脅かしている。 収入が十分確保できない生活を借金でしのぐさまは,想像に難くない。銀行のリテール 戦略も,不況下で企業貸付が減少した埋め合わせを,個人貸付部門の強化で乗り切る戦略 転換を余儀なくされた。同時に,住専問題で担保割れした不良債権処理で辛酸をなめた経 験から,定期収入のある給与所得者への無担保融資に着眼し,より積極的な貸し込み競争.

(4) 22. 西. 村. 隆. 男. に拍車がかかった。この間,貸し手の広告宣伝も テレビ,新聞など年を追うごとに派手に展開され るようになり,かつてサラ金地獄と称され,マス. 秦-1個人破産申立件数の推移 年. 件数. 84. 約24800. コミ各紙,各局が自粛要請をしていた消費者金融. 85. l4625. 各社も,現在では強力なスポンサーとして,メデ. 86. 11432. ィアへの露見度が著しく高まっている。. 87. 97.74. こうした中で,消費者のキャッシングやローン. 88. 9415. の利用が急速に増大したものと考えられるが,さ. 89. 919(). らに,最近の特筆すべき傾向として,バブル期に. 90. 11273. 購入した不動産の住宅ローン返済の相対的加重負. EZ). 23288. 担が家計を圧迫し,生活資金の不足を借金で補わ. 92. 43144. ざるを得ない層が出ている問題がある。いわゆる. 93. 43545. 住宅ローン破産は,地価上昇期に購入した不動産. 94. 40385. の担保割れで,売却処分してもローン返済金がな. 95. 43414. 96. 56494. おも残り,返済に窮して破産を申請するものであ る。不動産業者や金融機関の強い働きかけもあっ. 最高裁判所資料. て,将来の給与上昇を見込みステップ償還,ゆとり返済などを利用し,巨額を借り入れた ちのの,給与の減少等で毎月の返済がままならなくなる例は珍しくないのである。 ある中小企業の社長は業績好調なバブルの時期に,銀行にすすめられ,投資目的でワン ルームマンションを全額ローンで3戸購入したが,業績が低迷しローン返済が思うに任せ ず,購入時の2分の1以下で売却したが,なおも5000万の借金が残り,自宅まで処分し, 結局自己破産を申し立てた2)o. 4. 被害者の会によるカウンセリング活動 クレジットサラ金被害者の会が誕生したのは,最初は1978年の大阪サラ金被害者の会. (雑草の会)である。現在全国40ケ所の被害者の会が活動を行っている。被害者の会のネ. ーミングは,多重債務問題は,クレジットサラ金業界の過剰与信構造が招いた問題と捉え, 多重債務者は構造的被害者であるとの認識に基づく。 活動の趣旨はクレジットサラ金被害者の救済と被害の撲滅であり,債務者への相談,敬 育が中核的活動となっている。全国の被害者の会を束ねるのが,被連協(被害者の会連絡. 協議会)であり,各地の会活動の情報交換と運動方針討議の場となっている。一方,クレ ジットサラ金問題対策協議会は1977年にサラ金問題研究会として発足した弁護士およ び司法書士らによる団体であり,債務者救済にかかる法律専門家として情報交換や,学識 経験者を交えての立法提案などを今日まで続けている3)。 1981年には東京,大阪,尼崎,広島の被害者の会が,第1回全国サラ金被害者交流集会. を開催し,翌年の大会では全国サラ金被害者連絡協議会(被連協)を結成した。 月には第16回大会を神奈川県横須賀市で開催した。 以下では被害者の会の活動事例として和歌山市の「あざみの会」をとりあげてみたい。. 1996年8.

(5) クレジット多重債務者への生活再建支援. 他の被害者の会もそれぞれ独自の活動展開をするが,本質的には相談者の生活再建-向け, 元相談者や家計診断担当のボランティアや専従職貞が指導助言する形態をとっている。な お,どの会も,会員相互の親睦を深めるレクリエーションの企画なども盛んに行われてい る。苦い思いをした体験者同士の交流は,蓋恥や緊張を和らげ,問題解決への意欲を持つ 契機となるものと思われる。また,いずれは相談者自身が助言者になりうるという役割循. 環(役割対置)の機能を合わせ持つことの意味も大きい。 ○活動事例 「あざみの会」. (事務局長. 新書広氏). 所在:和歌山市 発足: 1984年5月14日 特徴:. 「すみません・ありません」の生活立て直し運動. 会貞:約270人. 70年代後半から80年代前半は,まだ貸金業規制法ができておらず,取立のための夜討 ち朝掛けはふつうで,家の玄関に金返せのステッカーを張り巡らしたり,宣伝カーのボリ ュームいっぱいにして「00金返せ!」登校のためにでてきた小学生を捕まえてマイクで 「おまえのとうちゃんどろば-や」 「どろぼ-した金でおまえあめこうてもらったんやろ」 と宣伝する始末だった。債務者の居所が分からなくなると,下校するところの子供の後を 追い親の居場所を突き止めるなど,取立業者は暴力団なみの執掬な戦術を採り,債務者の 人権も何もあったものではなかった.また借金を苦にした一家離散や離婚,自殺などさら には借金返済のための強盗などの犯罪まで起こり社会問題化した。それが近代国家日本の, つい10年少々前のことなのである。. 1)活動内容 ①相談 市役所相談室,弁護士事務所などから紹介のあった債務者に対して,債務状況など を聴取し相談カードに記入する。家計再建への助言を個別に行うとともに研修会,が んばろう会への参加を促す。. (塾研修会 あざみの会入会者は参加が義務づけられる。会の活動についての理解と,クレジッ ト債務者が置かれている社会構造を知り,自らが被害者であることをオリジナルのテ キストにより徹底して学習させる。. ③がんばろう会 家族全員で参加し,生活目標を立てたり,会の役員や他の参加者の経験談を聞いた りする。弁護士に依頼するまでの生活の在り方を,生活設計,生活費の切り詰め方や 取立催促への対処法などを学ぶ。体験交流方式で毎月第1木曜日の夜開催。. ④木木会(もくもく会). 23.

(6) 24. 西. 村. 隆. 男. 弁護士に破産手続きなどを依頼した後のフォローアップとして,免責の決定が出る までの間の定例の会員交流会。毎月第3木曜日夜に開催。. (9役貞会 役員による会の運営に関する話し合い。毎月第2木曜日に開催。. 2)相談から解決へのプロセス 来所により面談(相談票記入,債務一覧表作成). -研修会参加-がんばろう会への参. 加(望ましい生活設計の学習と実践,解決資金の積み立て). -弁護士依頼(任意整理,. 破産)一木木会への参加一遍済完了または免責決定-解決-あざみの会への協力(次代 の相談者への助言など). 3)運営の問題点 会財政は会員の入会金3000円と,年会費4000円及び弁護士事務所からの寄付その他 による。事務所を構え,専従事務貞を置くが,給与は低額(月7万程度)であり,経費 増もあり財政基盤の確保がむつかしい。. 同会の生活の立て直しのポイントは普通の生活をすることを身につけさせるところにな る。その内容として,. ①仕事に就くことで生活費の確保をする, ②逃げ隠れしない,つま. り仕事が終われば家に帰る,業者の取立にもきちんと対応する,. ③正直になることをあげ. ている。結局,行き詰まって払う金がないのだから,ないものは「ない」と言える人にな る。びた一文払わず歯を食いしばって頑張る。. 「ありません,すいません」をはっきり言. い通すといった助言-を行っている。 一般に弁護士に債務整理を依頼すると,受任通知を債権者に出すことで取り立て攻勢は 停止する。しかし,ここではあえて,この段階では弁護士に依頼せず,取立てにも正面か ら向かい自らが作った債務の重みに耐える力を養うことに重点を置く。すでに解決した会 員や事務局貞らから生き方について,人間としてのあるべき生き様を学ぶ。仲間同士で意 見交換をし,自らの生活行動を改善していく。目標を持って生きることの大切さを知る。 相談者に対して,解決のための金は必ずできるという自信を持たせ,そのために生活費. を最低に押さえること,および法的解決を図ること(任意整理か破産)を目標に学習と生 活指導を繰り返し行うところに特徴を見いだすことができる。また,弁護士依頼後のフォ. ローアップ)に参加し,その後の生活状況について報告し合っている。 免責決定が出ると会を卒業することになるが,できる限り会に留まるようすすめ,後輩 の生活改善に向けた助言をしたり,会の運営に係わるよう求めている。しかし,自分の問 題が解決すると,その後も会に残り活動を手伝おうとする意欲のある会員は極めて少数で あるという。. 5. 多重債務者の現状と生活再建. 多重債務者の現状を浮き彫りにし,その間題解決への処方養の提示を試みるために,被.

(7) 25. クレジット多重債務者への生活再建支援. 害者の会に参加し,今日自らの債務問題を解決もしくは解決の途上にある会貞の体験談を 収集した。各地の被害者の会が発行する会誌,およびクレジット・サラ金間置対策協議会 を母体としたクレサラ自書編集委員会によるクレサラ自書に掲載された体験記から,. 60. の文例を収集整理し分析した4)0. (1)債務のきっかけ 多重債務は結果であって,何 らかの事由の発生により初期債. 義-2. 初期債務原因. 名義貸し、保証人. 8件. 生活費の補助. 6. 病気、入院、事故. 5. がて多額多重の債務を重ねてい. ショッピング. 5. くことになる。表-2は体験談. 仕事のノルマ. 5. から読み取れる最初の借金をし. 他人に崩された. 4. た動機である。これによれば,. 養育費. 3. 動機は多様であり,個々さまざ. 結婚. 3. まであることがわかる。. 事業経営の失敗. 3. 務が生み出され,それを契機に 次第に借金への抵抗が薄れ,千. 名義貸しや保証人は,国民生. その他:ギャンプル、交際費、車購入、. 活センター調査でも上位の,倭. 失業、家業への援助、増改築など. 務原因である5)。頼まれたらい やと言えない人の良い性格が仇になることもある。失職や残業カットで収入が減少し,坐 活費を補充する必要が生まれ,当初はわずかな額の借金をすることから深みに陥っていく. ケースも多いようである。多重債務状態に陥っていくきっかけとなる最初の債務を初期債 務と名づけた。. 初期債務原因を次の3分類によってみる。. ①金銭管理についての意志の脆弱性 ②生活費の絶対的不足. (丑不測の事態への備えの不足 ①では名義貸しをしたり保証人を安易に引き受ける,他人に編されるなどがあたるが, 保証人などの例では意外と法的な責任の重さを認識していないことが多い。金銭貸借では 債権者は取りはぐれが無いように連帯保証人をたてることがある。連帯保証では債務者が 破産しても保証人は債務返済を免れることができず,破産の効果は保証人には及ばない。 また,親戚や知人に頼まれても保証人を引き受けないことで,それまでの関係が気まず くなることを恐れて,引き受けてしまうことも多い。こうしたことを避けようと,住宅ロ ーンなどでは,保証会社に一定額を支払うことで保証人に代える制度の利用が盛んであり, 最近では住宅金融公庫融資の場合では94%もの利用に及んでいる6)。 クレジットカードの利用などにより,借金感覚が麻痔するほどの買い物行動に走る例で.

(8) 26. 西. は,強迫的購入症候群がよく知られる。. 村. 隆. 男. NIRA調査7)でも多重債務者の性格に意志の弱さ. が筆頭にあげられている。ギャンブルで生活費を使い込み,生活費が相対的に欠乏するこ ともある。収入増が図れなければ,借金をする以外に法がない。. ②では労働の意志を持ちながらも,不況による雇用先のリストラや貸金カットで収入不 足をきたしながらも,生活水準を維持しようとして借金に頼ることを覚える例や,労働の 意欲が減退して定職を離れ,不定期なアルバイトに依存する例などにより,生活費の絶対 的不足が生じることも少なくない。. ③では若年層における特徴として,結婚,妊娠などが借金の契機になることがある。本 人や家族の病気,交通事故も不時の高額な支出原因となる。交通事故では車の修理費用, 本人や相手方の治療費用,さらには休職による収入源の喪失などと二重,三重に出費がか さみ借金に頼らざるを得ない状況を生み出し易い。. (2)債務の累積的増加の原因 何らかの原因によって最初 の債務を負ってから,いわゆ. る多重債務者となる過程には 通常2,. 3年の経緯がある。. 秦-3. 債務の累積的増加原因. 病気、入院,ケガ、事故など 名義貸し、保証人 養育費. その債務が累積的に増加して. 失業. いった原因を,債務者自身が. 生活費の補助. どう認識しているかが表-3. 不動産購入. である。. その他:飲酒、交際費、増改築、車購入、. 最初の借金をしたときの理. 仕事上のノルマなど. 由に似るが,不測の事態が債 務増加に拍車をかける関係が強いことがわかる。また,自分が借金をして四苦八苦の生活 をしながらも,他人の保証人になってしまうケースでは,その責任の重大さも心得ずに承 知している様子が「困っているときはお互い様」などの記述に読み取れる。. 一般に多重債務者となる所以は,返済のための借金によって自転車操業状態となり, 往々にして後からの新規債務ほど金利負担が大きいといわれる。表-3でいう原因とは異 なるが,返済のための借金により,探亥り化していったと述壊する多重債務者が殆どであっ たといってよい。. (3)初期の債務者の心群と相談状況 最初の債務発生から多重債務に陥るまでには通常2,. 3年かかるという。単なる債務者. が多重債務になっていく経過期間を便宜上3区分した。なぜなら,人にもよるがおおむね 初期,中期,後期のそれぞれの時期区分で,心理状態に微妙な変化が現れ,行動にも差異 が見られると考えたからである。この時期区分はいたって暖昧であるが,初期は借りはじ めの時期であるo中期は借金が増え続けこのままでは問題だと気づく時期である。後期は どうにもならない末期的症状の時期であり,被害者の会と出会う時期でもある。.

(9) 27. クレジット多重債務者への生活再建支援. 表-4は,初期の債務者の心理状態に関して記述のあるものを拾い出した結果である。 「軽い気持ちで借り入れ」は, 易な気持ちで」,. 「何の気なしに」,. 「計画を立てることなく」,. 「気楽に」, 「安. 「深く考えず」等の表現をまとめたものである。当初から債務奴隷と言え. るほど深刻な状況になるとは予想だにしていない。誰もが持っているクレジットカードを 自分も使い始めたに過ぎない。借金への何の抵抗もなく,あるいは借金という意識すらな く,ごく自然に利用し始めるのだと思う。巷のクレジットカードの宣伝攻勢は強力であり, 消費者金融の無人契約機も全国に普及し96年未には3000台に達し利便性を供与している。 勤倹貯蓄時代のかつての日本人にあった借り入れることへの罪悪感は,とうの昔の話とな ってしまった。. しかしながら注目したいのは,一方で相反する心理として「強い抵抗感」があったと明 記するものが若干ながらあった点である。彼らの表現には「情けないと思いながら」, ずかしかった」. 「恥. 「店の前をうろうろ」というものが見られた。. 初期債務の形成期は表-5に示されるように,ほとんど誰にも相談せず,配偶者などご. く身内にさえ打ち明けない場合が多い。これは心理状態とパラレルで考えることができる。 つまり,気軽く借りた人は,当然に自力返済できると楽観的なのであり,相談の必要もな い。借金への抵抗感の強い人は,なおさら他人に話すことはプライドが許さないだろう。 家計の何らかの事情で借金の必要が生じたとき,誰にも相談することなく悶々としつつ, 町中の優しげな広告にとっさに飛びつくことも希ではないのである。もし,この時期に生. 活を見直すきっかけを与えてくれる第3者と出会っていたら,多重債務者の階段を滑り落 ちることはなかったのではないか。. 秦-4. 債務者の心理(初期). 秦-5. 相談状況(初期). 誰にも相談できなかった、しなかった 夫に相談. (4)中細の債務者のJLl揮と相談状況 中期になると,借金が増え続けこのままでは問題だと気づく。自らの異常に気づかない 場合もあろうが,借入額が増えるばかりで返済が滞りがちであり,督促の電話や手紙が 次々の舞い込むので,借金が増加している認識はあるはずであるo一般的には,何とかし たいと考える。表-6は中期の心理を示すが,焦燥感を措いた体験記が日立っているのが この時期の特徴である。 「どうすることもできず次のカードを作る」, もカード」,. 「キャッシングに手を出し」,. 「借りては返すの悪循環」,. 「食卦品などに. 「少しなら少しならとまた同じことの繰り返し」. などがある。また,家族間のぎくしゃくした関係も,. 「妻と毎日口げんか」,. 「サラ金業者. が家に来て発覚」,催促の「電話に布団をのせて子どもに気づかれないように」などと焦 燥した状態がリアルに伝わってくる。 借金が「雪だるま式に増えた」,. 「自転車操業」とする表現は非常に多く,彼らの常套句.

(10) 28. 西. 村. 隆. 男. である。おそらくその真意は,債務が思いがけず累積的に巨大化していく様をたとえ,ど こまでもペダルを踏み続けないと倒れてしまう自転車に,債務の呪縛から永遠に解放され ない自分のイメージが重なっていたと当時を回顧しているのである。 しかしなお,この時期に至るも焦燥感さえなく,何とかなると楽観視していたという表 現も少なくなかった。債務の重みを自覚せず,将来の収入という不確かなものだけを当て にして借り続けていけば破綻は目に見えていることが明らかであるにもかかわらずである。 相談の状況は表-7のとおり,誰にも相談できないまま債務が肥大化していくケースが 多いが,最も身近な親族に相談するケースも見られた。後者の場合,親などが部分的に立 て替えてくれて一時はしのげるものの,結局解決には至らないケースが少なくないという 現実が浮かび上がる。思い切って相談したものの,. 「全部正直に言えず少し残したのが間. 違えのもと」とする表現に代表されるが,どこまで正直になれるかが早い解決の鍵のよう である。中には「親兄弟に相談したが誰も協力してくれなかった」という悲惨なケースも あった。 業者や他機関に相談した例も見られたが,根本的な解決を得られなかった例も少なくな い。そうした中でサラ金や整理屋と称する悪質な高利貸しの思う壷にはまりこむ者もあっ た。整理屋はこれまでの借金をひとまとめにして融資する業者で,一般に金利が高い。ス ポーツ紙などで「即日ご融資」. 「返済にお困りの方相談に応ず」などと宣伝している手合. いである。なかには借入先をあっせんすると偽って高額の紹介料を取る業者(紹介屋)や, 新たなクレジットカードを作らせ,商品券などの金券を購入させ額面の半額以下で買い取 る形で融資する業者(買い取り屋)なども蚊屈している。 どこに相談するかは問題解決の重要なポイントなのである。. 章一6. 債務者の心理(中期). 義一7. 相談状況(中期). 誰にも相談できなかった 夫、妻、友人などに相談 諸機関へ相談: サラ金・整理屋. 3. 労働金庫. つ山. 市区役所窓口. 2. 弁護士. 2. どこに相談したらよいかわか らなかった. (5)後期の債務者の心理と相談状況 後期は累積した債務がいっそう肥大化し,解決不能の末期的症状となって身動きできな くなった時期である。後期の心理状態を読みとるならば,当事者らは,衣-88こ見られる ように自らの死を唯一の解決方法と信じて疑わないという極限状態にあることがわかるo まさに地獄絵の世界であり,そこまでどうして放置してきたのかと問うことさえはばかれ. 2.

(11) 29. クレジット多重債務者への生活再建支援. る事態なのである。. 秦-8. 債務者の心理(後期). 「酒を飲んで苦しみから逃れようと」, 「頭の中が真っ白」などから混乱の極み が想像される。債務返済に保険金を充て ようと自殺を考えた者も少なくないよう だ。. 被害者の会をどのように知ったかは, である。表-9では,. 「新聞記事を見て」. これからの多重債務問題の解決を考える上で重要. が多い結果となったが,収集データが同一の会. であったため,ファーストコンタクトの情報源の典型とは言いがたい。それぞれ貯余曲折 しながら被害者の会にたどり着いている。 しかしながら,たどり着いたものの,混乱の極にある者にとって被害者の会の門をたた くには,最初の不安があまりにも大きいことは容易に想像されよう。 「神にもすがる思いで」,. 「藁をも掴む思い」,. 「地獄で仏」といった表現から,彼らが駆け込んできた様子がう. かがえる一方で,被害者の会の何たるかも正確に知らず,なかには半信半疑でやってきた ケースがあることもやむを得ないだろう。. (義-10). 今後は,市役所など公的機関でその活動内容が積極的に紹介されるならば,より信頼を 高めるものとなろう。. 秦-9. 舎を知った経緯. 秦-10. 初めて会を訪れたときの心理. 新聞記事 友人・知人 弁護士・法律事務所 市役所 裁判所 杏 業者社員 ピラ鞄. 会に参加した当初,. 「親として,人間としても自信喪失」していた相談者は,債務過重. になり生活破綻寸前の状況にある人問が自分一人だけでないことを知り,次第に安堵感を 取り戻し,相談員の助言や仲間同士のアドバイスによって生活再建のきっかけを掴んでい く。表-11は会に参加後の自信の変化を表現したものである。精神的安定を得たとする. 者が圧倒的に多い。加えて,それまでぎくしゃくしていた家族関係も安定した関係を取り 戻してきたという。相談員は,しばしば相談者の顔色が変わってきたと表現する。 被害者の会が「被害者」の会たる所以は,現代の多重債務者問題がクレジット社会の構 造の上になり立つ市場圧力の被害者であるという認識にある。この点を徹底して学習させ ることで,債権者の言うなりにならない自覚と自信を持たせる指導は,各地の被害者の会 に共通して行われている。一人で悩まず仲間と一緒に解決の道筋を考え出していく。家族.

(12) 西. 30. 村. 隆. 男. にも正確に状況を話し,できれば本人だけでなく家族構成員も被害者の会に参加させ,秦. 族で支えあって再建していく方法が多くの被害者の会で採られている0 もっとも大切な点は,本人が借金を返済しようという意欲(破産・免責しか方法がない 場合には弁護士着手金を作る意欲)である。その頑張ろうという意欲が,毎日きちんと働 いて収入を得て,少しでも余剰資金を貯めていこうとする努力に結びつく。それまでは働 く間もなく借金の返済に奔走し,住居を転々としていた債務者が,ようやく日の当たると ころに出て人間性を回復していこうとする瞬間なのであろう。 表-12では,毎月の例会や会のレクリエーションに参加し,久々に幸せな時空を体験 「人の目ばかり気にしていたのが. し,充実した人生の時間を取り戻し始めている様子は,. 嘘のよう」といった表現にうかがえる。しかし,相談者によってそうした実感にははバラ ツキもあり,債務額や家族関係,職場関係などさまざまな事情により悩みを持ち続けて, 必ずしも前途が明るくないと思っている者もあった。. 秦-11会に参加後の自身の変化. 6. 秦-12. 会に参加後の生活状態の変化. 米国の自助グループ 被害者の会に類似した活動を米国にも見ることができるのは,. DebbrsAnonymollS. (匿. 名債務者の会,暗称D.A.)であろう。全米の各地に生まれ,また活動が立ち消えになっ たりしているようである。個人の経験を資源として債務問題から回復させるために援助す る非利益団体で,事務局はニューヨークにある。 基本的な考え方が「強迫的債務は災害である」. debting (‖Comptllsive. is. a. disease.-I)と. ある8)。メンバーに参加できる資格は,無担保債務の利用を止めたいとする願望があるこ とだけである。プログラムの中心は町で開かれるミーティングである。そこでは過去に悩 まされたが現在は回復した人,あるいは現在回復過程にある人々の話を聞く。個人の名前 は出さず語り合う点に特徴が見られる。電話での会話を重視し,会に参加できなかったり, 会が開かれず不安になって落ち込むことの無いよう,会員相互で励まし合いの電話を掛け 合うことを奨励している。 以下はD.A.にコンタクトしたとき最初に配布される資料であり,改めて自身の現在の 状況を再確認させるものとなっている9)0. 質問:次の15間の質問に,. 8つ以上「はい」と答えた人は,強迫的債務者(compulsive. debtors)と言えるでしょう。 1あなたの債務はあなたの家庭生活を不幸にしていますか。. (はい いいえ).

(13) 31. クレジット多重債務者への生活再建支援. 2. あなたの債務の重圧があなたの毎日の仕事を惑わせていますか。. 3. あなたの債務はあなたの評判に影響を与えていますか。. 4. あなたの債務の原因はあなた自身にあるとはあまり考えていませんか。. (はい. いいえ). (はい いいえ) (はい. いい. え) (はい いいえ) (はい いいえ). 5. 過去にクレジットを得るために偽りの申告をしたことがありますか。. 6. 過去に債権者に対して現実的でない約束をしたことがありますか。. 7. あなたの債務の重圧のために,家族の平穏な生活への心配りを欠いていると思います か。. 8. (はい. いいえ). あなたの雇い主や家族や友人があなたの負債が拡大していることを知るようになるこ とをいつも恐れていますか。. 9. 困難な財政状況に直面したとき,借り入れの見込みがあなたに過度の安心感を与えま すか。 (はい. 10. (はい いいえ). いいえ). あなたの債務の重圧がもとで熟睡を困難にさせることがありますか。. (はい. いいえ). (はい いいえ) 過去に,支払うべき利息への適切な考慮無しに借金をしたことがありますか。 (はい. 11あなたの債務の重圧が飲酒することの原因になることがありますか。 12. いいえ) 13. あなたが信用調査を受けるときに,あなたはいつも消極的な対応をしてしまいがちで すか。 (はい. 14. いいえ). 過去に,債務の重圧の下でそれを逃れる唯一の手段として,あなたの債務を返済しき るための厳しい節制を考えたことがありますか。. 15. (はい. いいえ). あなたは他の人よりましだと自分に言い聞かせ,また債務の重圧から逃れる安堵の日 がいつかは来ると言い聞かせ,借金を正当化しますか。. 得点はどうでしたか。もし,あなたが8点かそれ以上でしたら,強迫的債務の問題を持 っているということになるのです。 今日という日はあなたの生涯の転換点になるはずです。われわれは2つの交差する道に さしかかっています。ひとつは楽な道です。それはあなたを更なる失壁,病気,破滅,ま た時には精神病院や監獄,自殺へと誘う道です。もう一つは挑戦的な道です。しかし,自 尊,心の和み,治癒,自己実現へと導く道です。私たちは今,あなたがより厳しい道へ一 歩踏み出すことを強く求めるものです。. 7. 被害者の会の存在意義とその限界 クレサラ被害者の会はアルコール中毒患者による断酒会にみられるボランティアの自助. 組織に似る。米国のアルコール依存症の自助グループ(AIcolicsAnonymous)の活動は歴 史的にも盛んであり,最近ではギャンブル依存症の自助グループ(GamblersAno町mOuS) も各地で活発な活動展開をしているという18)0 しかしこれらの会が任意の組織であり,誕生しては立ち消えるまさに拘束のない集団組 織故に,継続的な治療が受けられない場合も当然にあり得る。参加者の寄付や事務局スタ.

(14) 32. 西. 村. 隆. 男. ツフの無償労働によって支えられているだけに活動の限界もあり,また,実態の把握もさ れていないと言ってよいだろう。全国各地の活動グループをネットワーク化し,最寄りの 活動拠点が知れるような展開が今後は求められるだろう。 翻って本稿の主題である日本の被害者の会の場合も,以上の考察はおおよそ同様に当て はまると考えられる。第1に運営の主体である人の問題がある。被害者の会を誰が担いう るかである。第2に運営資金の確保の点がある。第3には運動の広がりに結びつきにくい 点であり,問題解決は個別的であるが,被害者の会は運動体としての性格を持つ。構造的 被害者として認識し,被害撲滅に向け対応を行政等に求め問題を社会化することも重要な 任務であるにもかかわらず,個々の会員に運動主体として覚醒を図ることが難しい。第4 に,被害者の会で立ち直った会貞が,自らの問題解決を終えると,会を去ってしまう点で. ある。サービス機関と認識するのか,利用するだけして,会に決別するする人は多いとい う。現代人の気質なのだろうか。お礼奉公などと言う表現を持ち出すつもりは毛頭無いが,. 自分と同様,生活困難の極にある人々に,自分が何か手伝えることがあると気づき,多少 なりとも会の活動に貢献しようと考えないのだろうか。否むしろ,自らの問題が解決した としても,また将来借金癖が再発しないとも限らないのであって,後輩に助言をし,会の 活動に繋がっていた方が,いっそう自律的な生活を送ることになるのではないかと思われ る。. 8. 米国のCCCSとカウンセリング活動. 多重債務の問題はわが国固有の消費者間題であるわけではなく,米国においてもまた組 織的な対応をしている団体もあるが,多重債務者の語は訳出することが困難である。米国 にはexpanding. debt,. credit. overextension,. overindebtednessなど類似の語が見られるが,. 日本のいわゆる多重債務者と同義ではない。米国の場合は,単にミニマムペイメント(最 低支払い義務額)の恩典に溺れてクレジットカードでの買い物をし過ぎたり,一部の悪質. な高利貸しから多額を借り入れたりといった債務過重者であって,日本の場合は債権者の 数も多く自転車操業的,累積的な債務肥大化の過程を辿る債務者なのである。しかし,ク レジット債務過重の問題に対しては,米国は古くから債権者側が組織的に対応してきた歴 史がある。. 消費者クレジットカウンセリングサービス(CCCS)と呼ばれる債権者の資金拠出によ る組織が,この種の問題の相談窓口として地域に根付いた活動を展開している。すでに 1960年代には数州で活動を開始し,クレジット社会の脱落者のためのリハビリテーショ ンを行ってきた。 専任カウンセラーが,債務者の生活状況を診断し,本人の支出行動の改善を促し,生活 の新たな目標を立てさせ,無理のない一定額の返済を続けながら,生活再建を目指すため. の援助(クレジットカウンセリング)を行うことが中心的業務である。 96年6月の時点で,全米に1197箇所が開設され,専任カウンセラーも1800人を数えて いる。全国各地のCCCSを統括するのがNFCC 全米消費者借用協会)である。. (NationalFoundationfor. NFCCのデータ11)によれば,. Consumer. Credit,. 95年の1年間に,のベ120万.

(15) 33. クレジット多重債務者-の生活再建支援. 人以上がCCCSに何らかのアクセスをしてきた。そのうち74万人がカウンセリングを受 けている。カウンセリングは敷皮にわたって継続的に行われるが,アドバイスだけで解決 するケース,返済計画(DebtManagementPlan通称DMP)を立てるケース,返済困難と 判断され司法救済を紹介されるケースの各々3分の1の割合となっている。 カウンセラーは時間をかけて,問題解決の可能性を本人に見いださせるための助言を行 い,常に債務者の立場に立った支援を心がけている。返済計画を立てる場合には,まず自 己診断をさせ,本人の支出行動の変革を促す。そして,. 「車2台は今の生活には賛沢でし. ょう」 「保険をかけすぎていませんか」など個々の家計診断を行いながら,必要な生活費 を算定し,返済可能額を提案し,本人の了解の上,債権者を説得していく。. DMPの成立. により返済が開始された後,クライアントの状況変化によって,再度DMPを組み直すこ ともままある。 訓練されたカウンセラーは,クライアントの無用な緊張感をほぐし,よく話を聞き,と. きにうなずいたり,相づちを打つ。クライアントの仕草や日の動きなど(非言語的表現) も重要な情報の発信であることも多く・,また,繰り返し(リプレクティング)もカウンセ リングの主要技法のひとつとされる。クライアントの話した内容を,再度カウンセラーが 同じ言葉で繰り返すことで,クライアントは理解を得られたと安心する。債権者からの取 立や家族間の葛藤で混乱しているときなど,ノカウンセラーがクライアントの情報を確認す るのに役立つ。そして何より重要なクレジットカウンセリングの営みは,カウンセリング を通じ,クライアント自身が生活の目標を立て,自分にできることを自らの言葉で表明す るようになることである。これが自己変革である。この点,米国のクレジットカウンセリ ング事情に詳しい,アイオワ州立大学のヒラ教授は,. CCCSを"ChangeAgent''. (変革の. 代理人)と呼んでいる12)0 全米調査でもこうしたCCCSの活動は,大半の消費者に知られ,非営利組織としての運 営が着実に評価されてきた。債権者にとっても,破産の利用によって回収不能になるより は,わずかでも回収がはかれるメリットから,. CCCSの活動に協力的である。現に,. には13億ドルがDMPの実行によって債権者に支払われた。回収された債権の内訳はシテ ィバンクなどのバンクカードが32%,シアーズなどの小売店が16%,消費者金融会社が 9%などとなっている。つまり,. CCCSの活動は債務者,債権者のいずれもから評価され. ているのである13)。 さらにカウンセラーはオフィスで相談に応じるばかりでなく,地域の学枚や職場に出向 いていき,熟のこもったクレジット教育や生活設計教育を展開している。相談員であり, 交渉家であり,さらに教育者でもあるのが米国のクレジットカウンセラーの特徴なのであ る。. 結語 増え続ける多重債務者への生活再建支援に果たす全国の被害者の会の役割は大きいもの がある。生活破綻をきたした債務者への直接的かつ,効果的な問題解決法が債務者の破産 申立に始まり,裁判所による免責決定に終わる一連の司法手続きにあることは言をまたな. 95年.

(16) 34. 西. 村. 隆. 男. い。しかしながら,現に再度の破産申立てを行う債務者が出現している状況を鑑みると, 破産のもたらす教育効果に疑問も残る。金銭的には解決できても,本人が自らの生活を刷 新する意欲を持続し,堅実な生活設計を行い得るようにならないと元の木阿弥である。 前述のヒラ教授は破産には教育がないと断言するが,現在東京地裁で行われている一部 弁済方式は,この点を考慮して,一定の返済を債権者に対し行うように勧告し,その返済 を終えた後に免責決定を出すもので,申立人への教育効果を考えての便法と考えられる。 現在,破産法制の見直し作業が進んでいるが,債務者の生活再建を・再破綻予防のための 何らかの教育専門機関を構想する必要があるとする注目すべき論調もある14)0 多重債務者への教育は重要である。彼らが自分の生活のあり方を,自身で考え抜く学習 の機会を持つ必要性は大きい。その意味で被害者の会の活動展開は,自分をさらけ出しな がら共に考える姿勢を提供し,仲間意識の中で解決の方向を掴んでいく学習形態が効果を もたらしているのではないか。初回の相談者が他の相談者の解決の糸口を提供する発言を することさえある。そうした互酬的な関係性が自尊心の回復にも道を開くことにもなって いる。しかも,この団体がなんらの強制力や制約を伴わないボランティアによるきわめて 柔らかな空間であることが,弁護士等による個別相談では得られない何かを相談者に与え てくれていると思われる。 勿論,潜在的多重債務者が100万人とも150万人ともいわれる今日,被害者の会にのみ 頼る救済では不十分であり,被害者の会の活動のノウハウを生かした公的なカウンセリン. グ機関の整備が急がれるべきであろうし,多重債務者に至らないための事前の消費者教育 が徹底されなければならないことは言うまでもない。. 付記)体験談の収集及び整理には今井朋子さん(消費者教育研究室ゼミ生,現神奈川県企 画部統計課勤務)が当たった。記して感謝する。 注) 1). C. Wessonによれば,米国では買い物依存症をShopal101icとShopping. Addictに区別して表現. するという。前者は衝動買い的であり,後者は強迫観念による買い物中毒で病的段階で適切な 治療が必要とされる。. (C. Wesson,. 'Women. who. shop. too. much.",. 1990). 2) 1996年10月31日の中野区クレサラ対協相談会における聴取による。 3)協議会の活動内容はクレサラ白書編集委貞全編『クレサラ自書』各年版に詳しい。 4)大分まなびの会,大牟田しらぬひ会,福岡ひこばえの会,小倉めかり会,宮崎麦ふみの会, 広島つくしの会,倉敷つくしの会,尼崎あすひらく会,あざみの会,愛知かきつばたの会,育 広たんぼぼの会の以上11団体からの体験記を収集した。. 5)国民生活センター『多重債務に関する調査報告書』 1994年9月,. PP.33-34. 6) 97.1.23付け朝日新聞によれば,住宅ローン破綻により,債務者本人に代わって連帯保証人で ある保証協会が,住宅金融公庫融資金を代位弁済する件数が93年度以降毎年8000件を超え,さ らに増え続けているという。 7)総合研究開発機構(NIRA)の『社会・経済・心理学的側面から見た多重債務者発生要因の調.

(17) 35. クレジット多重債務者への生活再建支援. 査研究』 (1990,研究代表 性格特性に,. 矢島保男早大名誉教授,. ①無計画性・意志の弱さ,. NIRA調査と略)は,多重債務に陥る人の. ②破滅性・自暴自棄性,. ③自己顕示性, ④虚栄を張る. 傾向が見られ,さらに,家族における葛藤がそれらの背景にあると分析している。 8). DebtorsAnonymous,. 9). ibid, PP.7・8. 10). 97. 5.. Debtoys Anonymous,. 1989, P1. 11付け日本経済新聞記事。なお,日本でも席亭依存症が広がっているとの指摘もある。. (97.1. 18付け同夕刊) ll). NFCC,. MemberActivitl'y. Re9oyt Summa叩1995,. 12)日本消費者金融協会『クレジットエイジ』. 1996 17. (3),. 1996.3,pp.4・9. 13)しかし,問題がないわけではない。破産のように法的強制力を伴わないので,非協力の債権 者も出現し得るし,返済計画中に取り立てをする債権者もあり得る。また,債権者からの基金 による運営は中立性の確保が難しいとの指摘もある.. (RobinLeonard,. P.13/8など) 14)宮川知法,消費者破産法の創設,ジュリスト1111号,. 1997.5,PP.49157. Money. Troubles,. 1993,.

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参照

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