崎村:漂流記『うばらがはな』翻訳と解題(5)
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支那日記
六月十八日午の刻斗に船にの-はて麦におちゐて船のやうをミるに 大サ/百石もつミぬべく白木づ--にして丈長-桂一ツ立竹あミた る帆をうづ高/-つミおけ-屋形を三間に設け又炉に水主なんどの オモテ 立入るべき所を/しっらひ櫓八挺をたて紬に自木綿の職を建て是 コ ン ト ン ト モ に贋東公船と記し/炉に高張ニッ是にも又贋東公船としるしあ-佐 堂の乗-し船にハ/椿の上に黄なる木綿に香山願左堂と記したる三 シ タ ツ カ サ 尺四方の小職をつけ/それに左堂はしめ次官従者凡て十人斗に水 主十一人の-我等が船/にもマンテン鯛報描す李農その次なる人に ハ 方 伯 多 ' 温 孝 ' 開 耕 ' 賀 琳 」 ( 5 9 オ ) 四 人 其 鎗 ハ 日 比 隷 二 人 水 主 十 一人のり組ミ上の間に李農中の間に我等十三人/下の間に四人の次 官ありて申の刻過こ裸を解き川を上-へおし行-/両岸人家まハら 崎 村 弘 文 ( 一 九 九 五 年 十 月 十 六 日 受 理 ) H i r o f u m i S A K I M U R A に つ ヾ け -二 十 町 余 -行 -北 の 方 な る 横 川 に 入 る 此 川 も / 廉 さ 一 町 に ハ あ ま -ぬ べ し 左 右 平 地 に て 農 家 と お は し さ が 希 に / 建 ち 田 畠 多 -て 今 六 月 の 半 バ な る に は や 稲 を 苅 納 る あ -ま た 秋 を / う ゑ 付 る あ -て 見 習 れ ざ る け し き 也 若 き も の ど も 心 づ き な -こ 、 か し / こ に ミ チ -ナ た り に ゆ バ -し け れ ば 支 那 人 叱 り て 炉 の 方 に ゆ け と と 、 め つ れ ど / ゆ ば -し さ し て 俄 に と 、 む べ う も な し 此 後 ハ 守 ら ん と 俺 た -L に 方 伯 多 / 紙 に し る し た る も の を 出 し 示 す 打 見 れ ど も さ だ か に 知 ら れ す 炉 に / ゆ バ -せ よ と の 事 と ハ 暁 -ぬ そ か 書 付 を う つ L を け -」 ( 5 9 ウ ) 諸 位 兄 台 ' 但 小 尿 不 可 向 正 船 ' 頭 有 神 、 船 上 以 金 頂 外 ' 即 頭 上 ' / 金 頂 内 ' 小 便 阿 床 、 無 碍 、 / か -て 程 も あ ら て 日 -れ け れ バ 燈 灯 に 火 を 移 し お し 立 つ 折 節 風 よ か -/ け れ ば 帆 を 引 あ け て 走 る 〇 十 九 日 空 晴 夜 明 け れ ば 両 側 人 家 多 き / 所 に 至 る 米 油 菜 織 な ど の 字 を 板 に イ ヘ ノ マ ヘ し る し 戸 前 に 高 -と さ し 上 け / た る ハ そ れ ら を ひ さ -家 な る ベ ハ チ し 戎 ハ 二 階 の 窓 に 盆 に 植 た る 蘭 / を 移 し -並 べ た る も あ -又 ハ 十 間イ ロ ー リ 斗の家に太刀矛弓矢を措き彩/したるあ-これを関排に尋ねたれ ばこれらの業を教ゆる所となんいひ/し此所のはづれに牛に臼を挽 かせるあ-傍に人もな-只牛のミ臼の/柄につなぎたるがおのれと 打 廻 - て 挽 な -麦 を 過 き は る か に 走 -」 ( 6 0 オ ) 行 ば 三 洲 と か いふ地に至るこ,も人家移し-立連ねてよき地方と/見ゆ戎ハ大な 3 R ; 由 E る家の前に高サ四尺斗土を富士形に筑き立るを白く塗/たる中に 赤き園相をゑかきたるあり傍に藤の笠被-たる人出て/我等が二肢 の船をミて鉦を三聾打ければ此船の中二も同う鉦を三ツ合せ/打ち やがてそこへ船をとヾめ左堂の船よ-次官一人陸にあかればかし/ こよ-も宮人一人出来-問答のさまな-Lがそのま,帰り来-船を /やるこれハ往来の船を守る所なるべし靴欝舘い崇と多し帆まきて走 る/程に川幅ひろ-な-冒-れ頃にハ十町余-なる所に出ぬ今宵ハ カク /こ、の川中に舟を泊る○廿日空晴帆巻て走るに此わた-船の/荏 来 多 け れ ど 川 幅 嵐 -船 行 さ 、 ゆ る 事 な し ま た 公 船 て ふ 」 ( 6 0 ウ ) 職 を見てハ傍によぎてそ通しける申の前にハいと大なる川に出た-/ 廉さハ三十町にもあま-ぬへし両側人家しげさが中にも北の方ハわ き/てミやひかなりこ、にハ大船おぴた、しうか,り居て指をかヾ めて数へ/つ-すべからす遠さ囲J∼の船また此国の船-さ′Uの船 印おし立打交-/椿は篠を立たるごとしそのほと-を小舟ひまな-往通ふそが中に/若き女十四五人或ハ二十人斗小舟にのせ男二人し て槽行きこ,の大船かし/この大船に女を送-やるさま我下の関の そうかのごとくしてからもやまと/も港内の有さま異ならずか-て 草妓 我等が船共こ,をおし渡-て北なる岸/に舟をつなぎ左堂初め李農 なんど打つれ陸に上-去れ-方伯多四人/と我-船にとヾま-今宵 ハこ,に泊る物見の舟ともおぴた、しう出来-」 (6 1オ) つれと傍 近ふハ寄らざ-け-○廿一日空晴今日も物見に出たり舟/多しそか 中に長サ四間幅九尺斗の舟屋形をつ--戸障子ハ宋ぬりに金粉/蒔 絵し左右の舷にあゆミを作-し上に植木鉢をならべ船の中二ハ男二 人女四人/あり此中二人ハ遊女と覚し-て赤き衣に玉の替さし飾り 酒を-ミつ、/物見するあ-これらハ舟に住ミて外二栖をせぬもの と温孝かた-き又/ほと-近-水に添ひたる楼にハ簾を持て人多-詠めをるしバしあ-て/陸にあかるべLといふま,に彼四人にいざ オホジ なハれて船よ-上れバ大路に人/多-立つどひて行べ-も覚えぬを 藤笠かつきたる人-そこら走-/廻-路を開きやう︿にしてたど り行-二十町あま-にて棟高-赤-/塗たる門の中へ入りぬ此門の 奥 大 な る 家 あ -二 階 を つ -設 け い -つ に も 」 ( 6 1 ウ ) へ だ て あ -( マ マ ) ア ナ イ 贋き所にハ正面に神にも安置したる跡と覚Lが案内し/行李のこ -な-持来るマンテン李農またこ,に住む宮人一人出てともに/く さ - 申綻すかの方伯多始四人は帰-け-茶を煎し出し菓子など す,め/しバしあ-て飯を持来る卓二脚に並べ七人と六人とに分れ 二 , マ ) -らふ六菜の/もてなし也日-れけれバアンベラ椋欄の席を持来 -是を重ね敷-寝よと/いふ扱李農井ここ,の宮人云早帰るなれバ 用事あらバ下に四人のものを/とゞめをけばそれにいふへし我等も 冒-来るぺけれとて出行ぬやがて/燈を新ししバし物語してあ-し か思ひ - 打伏ぬマカヲよ-こ、追ハ/三十里余-なるへしと思は る○廿二日空晴此門の内ハ凡二反あま-の地/にて四方長屋あ-て 人 も 多 -住 め -我 居 る 家 に 並 び て 小 さ 家 四 ツ 斗 並 建 」 ( 6 2 オ ) て -ヤシキ 本こ,は遅羅の貢舘にて香山願正堂の預か-沙汰する所のよし/き ツキ のふ出たるこ、の宮人もこれに隷たる官にて宋侃樋とぞいふなる又 かの/四人といふハこたび我等に附られ食料焚炊き給雑事をと-袷
崎村:漂流記『うばらがはな』翻訳と解題(5) ふを人にて/阿晃朗鄭背魂仝顧命といふ今日もかの朱侃麺関耕終日 来りて/つきをる李農もきた-しかどと-帰-き食事ハ一日に二度 して六菜/のそへものをつらね厚きもてなしな-○廿三日空晴賀琳 莱-て二一日/蓬ハざ-しか旅の疲れハなきやと問ひやがて鉄の平 鍋大小三ツ南京/焼の蓋茶碗十五大椀八ツ茶のミ磁椀十五大盤二ツ 小盟三ツ木の赤/柏の角箸十三封圏扇十三本姻草十三玉を持たせ来 二,マ) -是ハ贋東府倉/給ハるむねを博ふかたしげなきよしを厚-聞え 扱賀琳に向ていふやう」(6 2ウ)此ほとの暑さ堪えかたうあ-Lに 三四日このかた水にも人らで汗いふ/せ-困したるに今日をりよく (ママ) 盤給ハ-たれバ湯をか、-た-こぞ/あはれよきに沙汰し給ハれ といへはうなづきていそき湯を沸らせ此家/のもの蔭にて汲せ置て かしこにて心静にあぴよといふこそ皆-悦ひ打/あび互に背をす-かハし身中すか-とな-て心地よさ類ひなし○/廿四日空晴朝村 晃朗銭一貫二百文許持て出来-我に授けていふやう/各の食料の費 として一日に一人前銭八分ツ、をマンテンよ-渡さるされど/八分 キノフ にてハ二度の米菜の費にえ足らず昨日追ハ我等その不足を補ひ/調 したれとも此後ハその不足をつ-のひかたけれバ今日よ-してはマ ン/チンよ-渡さる,銭をそが儀に各に授-ぺけれバおのれと調し した、め」(63オ)よといふ我-は東西をだにしらぬ外国人なれ バいかで物買すへもしるべき/食ことに六菜に限るべからす二菜に てよかめればまげて調し給へと/いふに阿晃朗聞入れす誠に困じは てさらはマンテン二つきて此よし/申さんとて村晃朗をたのミ案内 カリヤ として香山解の蒔事に参-李農/に達て此よし-ハしう述べ二菜に ても鎗-あればそれにて四人の/かた-調し給ハるべ-申させ給 へと申せば李農打笑ひうけかひぬ/此の日はか-むづかし-て昼ハ るかに過て朝飯を-らひた-李農か/ハからひにて料の増しければ ヘ ラ サ カ リ ヤ にや此後も六菜をバ減さ-き○/廿五日空晴香山願の帝享へ参-李農に達てきのふねがひ申/せLをすミやかに命せ給ハ-たれば彼 シタ,メ(ママ) 方 に て 物 調 め ら れ 我 - 」 ( 6 3 ウ ) 心 安 う か た じ け な -こ そ あ れ とよろこび申のべて帰りぬ今日ハ方伯多/莱-冒-る,退居たり○ 廿六日空晴マニーランにてたびたる銀銀を/取出し一枚ツ、かたへ 是を村晃朗にたのミ銭に換へたるに八百五十文/戎ハ九百文斗にか へて一やうならず一枝ツ、を秤にかけてその日の多少に/つれてた がひあ-しな-○廿七日きのふ分ちあたへし銭もて酒肴を/買て カ ケ モ ノ 皆≧のミ-らひ戎ハ双六の賭なんどしはては物あらかひに至-/ かまひすしことも愚な-ゆるやかに物とらすれば酒のミてくるひさ /わき物とらせすきぴしうもてなせばふ-れひがみつかれがさが/ 兎に角につきてこうしはてた-○廿八日空晴こ,の内に住ける/人 馬をの-走らし太刀つかふ業をしゆるあ-この頃ハ人-になれて」 ( マ マ ) ( マ マ ) (6 4オ) かしこにゆきみる又玉鴫脳珊瑚なんどす-珠数に作-或は 十字/形につ--なすあ-是をマカヲへ遺し物に交るとなんこは市 人ならねバ/皆公のいとまある時に私に物する手業なるへし-さ - につ--/なしたるを出し見せ責らまはしきけしきなれば庸泊 ・ 不 ツ ケ の別子一ツ/貫と-ぬ○廿九日空晴鄭背きた-そこら近きあた-物 見/に行んといふ我と竹三郎跡にと,ま-て飴ハとも - に出行ぬ ○晦日/〇七月朔日空晴此二日共に事なし〇二日空-もる宋侃建李 シ ャ ム ロ 農/莱-て近さ中に遅羅園の進貢使こ,に入-来るなれバ次なる 小キ/家に移るべLといふ今にLも移らバやといふに明日なん移- てよけん/かの阿晃朗とハか-よきやうに沙汰すべLといひて去-ぬ 夕 方 に 」 ( 6 4 ウ ) な -て 八 五 郎 留 吉 長 十 郎 竹 三 郎 万 助 な ん ど 双 六
のたハむれよ-して/物あらかひしてやまず重五郎扱ひて静-ぬ夜 に入て鄭背来季農よ-/おこせLとて文字しるしたるもの一枚をわ たす何な-けんさと-得ず/鄭背に問へハ麦こ有間ハ心して物騒な せそとの事な-といひぬ/頓て矢立と-出してそ写しぬ/現奉/香 員太爺扮附'休出入行公洗面'錐要小心捲緊/不可忙速'我僧突得 心安請問'兄董在貴/虞被風失水船往'贋東香山願左堂来省請/示 両 贋 総 大 人 恩 准 、 筋 委 員 ' 護 送 回 籍 」 ( 6 5 オ ) 鍔 作 露 今 休 在 遅 羅 貢 住鯛二願排理/事三思安然無慮/気萱忍何等請問/〇三日大雨ふ ( マ マ ) る巳の刻にハ晴た-阿晃朗鄭背その徐の人≧来/雨やミたれバ隣な る家に移るべLとて荷物持運びて共に力を併/わすかの四人も共に 移れ-居-し跡を掃き清めなんどするに昼過/る比にハ事はてたり 遅羅の貢使明日なん宴に入-来るとてゆふ/-れ魚鳥野菜なんど持 莱-いかめし-ひしめきあへ-おのれ十二人/のものにいふは遅羅 貢使来-なバ走て大勢なるぺければ各/心して万づ物静にもてなす へ し 夷 等 の 心 も は か -し ら ね バ も し 彼 」 ( 6 5 ウ ) 等 に 向 て ふ し ぎ の ふるまひし支那の人-にわづらひをかけたらんハ/口惜-面ふせな れバわきてつ、しミあれといひ聞せ重五郎へハことさら/心を配-て徐のものを何事なうあらしむべ-こそとせちに示し置-/〇四日 ツ カ サ -大雨ふる朝と-李農宋侃樋その外宴に住ける程の官-/多-出て さま - の事沙汰せらる巳の初に貢丈入-来る折ふし/雨しきりに ふ-けれバ五十人斗の遅羅八両衣をかけ傘さすもあ-/竹笠被れる もあ-貢使は門の内へ輪にて入-舘の際にて輪を下-/た-物さわ かしき事いふ斗なしか-てゆふ-れ前にな-て貢舘/よ-李農人し ておのれを呼におこしける羽織引かけて参-けるに/李農待うけて 二 階 に 伴 ひ 行 -貢 使 は 腰 か け に か 、 -前 に 大 な る 」 ( 6 6 オ ) 丸 き 机 を置きそが傍にこしかけい-つもならべあ-支那人黒ぬりの板に白 ナカダチ -遅羅囲大人と書たるを持出しおのれに示しける扱李農か/紹介に て大人に引合せけれバ大人手を挙け何か詞をかけらるおのれも/ す,ミて今日こ、に着給ふことはきをのべ終-かたハらの腰かけに か、れと/李農がす、めによ-て大人の向なる腰かけにか,りぬ大 人と李農物語/してある中に遅羅人茶碗をこし高の茎にのせて茶を 持来る又/美しき磁盆に程の大なるを切てつミのせ机の上にをく大 ヨ キ ア チ マ ル フ シ ュ カ ン 人是を取て/あたへらる美味な-相 磯のごとLLバしあ-て大 人奥の方を指し/カツボンキンコといひっ,立れけれバその跡につ き行ミるに長サ四尺丸ミ/二尺五寸斗の細-長-枕のさまに五色の 織 も の に て 袋 を 造 -た る を 」 ( 6 6 ウ ) 開 き て 見 せ ら る 我 国 の キ ン コ よ-ハ大きなるが多-入-た-其外に/三尺斗なる象牙五十本島犀 角五本孔雀の尾二把虻用錦鶏の如/き鳥腹をひらき乾したるもの五 十羽うつ-しう粧ひ作-なしたる箱/十四五あ-此中にハ何を入れ けんしらず此外色-のやきもの多-あ-/皆毛艶を布-その上に並 シ タ ツ カ サ らへ置け-見はて,本の腰かけに帰-ぬれば/遅羅の次官七人出 莱-てたいめすはや日も-れけれバ暇告けて帰-/け-此大人のて いたら-呂宋のごと-髪を五分斗につミまハし服も/呂宋のごとく ハ ナ タ ( マ マ ) 花田の羅紗の衣に白き毛織の股引の如きをはき/水晶の珠数をかけ た-此次の宮人七人よ-以下ハ項の前の方三寸斗の丸/さに毛を残 し て 短 -切 -其 徐 を ば 剃 -服 は 次 官 ハ 黒 羅 紗 に 白 き 股 引 」 ( 6 7 オ ) のゆるさを着毛の帽子を着き購き者ハ木綿の服に同し-頭な-の帽 千 / を 被 -皆 皮 沓 を は き た -報 1 2 ' , ¥ 小 棚 乱 脈 梢 離 刷 机 渦 紋 蟻 す べ て / 丈 ( マ マ ) 高-色黒-皆首に珠数をか-詞ハカ、ヤンに似たるもま、あ-此等 の/人J∼ハ自国の船にて此港に入-莱-しよしな-語謂指摘景即断
崎村:漂流記『うばらがはな』翻訳と解題(5) /園説に載たる古ノ赤土国一名波羅又唐音の牒国領文献通考の過羅斜国といふ/是なり或人云其地漢の赤眉の 遺種にて占城の西甫にあ-気候正からす俗尚侵/し椋む今清に奉貢すと云云又西洋紀聞二云古の時過卜羅斜と 二国あ-Lが元の至心/の頃羅恥入過を併せて1国となせ-スイヤン又シャムともいふは即過の蕃音なり/其 地南方に在て気候甚熱-たヾ冬月に至る時稽涼し其人螺髪妹纏綿悦を/用ひて腰を束ぬその産する所の物ハ薬 物皮角なり接二本朝慶長年間其国/始て通す元和寛永の間其王しきりに金葉の書を奉-て晴間す今におひ/て の類 ハ只その商舶の来るのミ有で歳々に絶えす又云慶長の初我国の人かしこに/行て終に其王臣となれる者 ともその人又我園の執政に書碑を通したりきそれら/の子孫猶今もその園にあ-といふ云云白石が我国の人過 羅の王臣になりLといはれ/しハ山田仁左衛門ケ事ならめ宗心が記に云天竺にて山田仁左ヱ門と申仁は過羅国 の/王となりて日本より御朱印を改められき此人の生国は勢州山田の人なり御師の」 (6 7ウ) 代官にて江戸へ 下り何やらんいたつらなる事仕出し御吟味の内赴け去りて長崎に/至りそれより早船にて過羅国へ渡る此時L も軍陣の事ありて王にたのまれ/軍を尊せLに能働して手から有しゆゑ国王の箪となりその後国王の跡を継し /と又我等を雇申されたる船頭前島清兵衛の宿とせられつる木下六右ヱ門は日本/にて三百石ばかり取られし 侍の由天竺にて帝王の御番所をつとめ大納言の位のよし/云JW又智原宗因が過羅紀事二山田仁左ヱ門其子オイ ンが事をのす宗心かいふ処と/少し-異な-智原宗田ハ過羅の日本町に有りしものなれバ是をまされりとすべ /し事長けれバ其文をあけずこれらハこ、に用なき事なれと只過羅のちな-に/書つらねつるな-又過羅と真 楓とハ字音のひとしけれハ一ツ囲なめ-と思ひ居たるに/それにハあらで異観一名占轍'東輔塞、漠甫塞、甘 謂 醐㌍州離財鵬齢か抑貼rE,鍔ボ〇五日空晴我等に附られし四人-の マメヤ 人-日毎に信実にもてなし-ま - 道心を尽し厚-ふるまいける中 スク に村晃朗はわき/て心さま直に正し-何-れとおのれ等が為よくは からひ-れけるにそ行李を開き木綿四反取出て手巾の料にし給へと 贈-ければ悦ひあへ-/〇六日空晴る〇七日空晴る事なし〇八日空 ノヽヽ「 晴 昼 過 て 村 晃 朗 来 -」 ( 6 8 オ ) 茶 を 喫 に 行 か ん と い ふ に ぞ 竹 三 郎 と 三人打つれて出ける市韓の体路幅/贋-中央にハ石をしきつヾけ両 側瓦屋高-白壁つ--に立つらね二階の/窓に硝子を張-商人の店 ユカ ハ土間もあ-石を敷戎ハ板敷たるもあ-各床を/ならへ其上に責る ソ ヨ ウ カ ヘ ものをつらね傍に若き男の算盤を取-腰かけにか、-/居る究換 ⋮ セ ク シ フ ル キ ヤ ヒ ロ ゲ 舗ハ鏡をつミ鏡を数へ串につらぬさなどすれバ古衣店は衣を/播 シ メ キ カ ン ナ て打見戎ハ之ミつ、お-姻草家ハ葉を重ね戎ハ紫木に挟ミて紺に コ ク ⋮ セ て/削-谷店ハ春つ-音高し織店ハ五色なる織物をつらね薬舗ハ赤 き/板に金にて薬の字書きたるをか,ぐ木偶袋物革類扇金物書物軸 物いづれ/いひ蓋すべからす毎にさま - の物を並べ置き打ミる ま、に物ほし-覚ゆ/江戸日本橋通-を行-こ,地す又所-に大な る 堂 あ -内 に ハ 金 の 仏 像 を 安 置 」 ( 6 8 ウ ) し 香 案 花 偶 い か め し う そ ⋮ セ ( マ マ ) なふるあり五六丁行けるに或家に入る店にハ爪/茄なんど凡て ハ タ ツ モ ノ ( マ マ ) 菜類をつらねありしかたはらを入-梯を挙ち二階に上れば/人多 -来りゐて三尺あま-の丸机い-らも出し置その傍に腰かけを五ツ /六ツづ,机ごとにを-各それにこし打か-れバ若き男錫の瓶に茶 人たる/を撞け来り茶を注き廻る机の上には種≧の菓子あるを己が 好ま,に/取--らひて茶を飲ミつ、見るに壁には行革の文字かき たる軸物を/多-掛たる中に我国の仮名の軸物もあ-けりや,しハ ら-休らひ心の/ま、に茶のミ菓子-ひてはや帰らんといへば阿晃 朗かの若き男を呼何か/さ,やきけれは彼男机の上をつ- - 見て カ ニ カ ク 云云といひぬ阿晃朗やがて/銭百五十文出してとらせぬ此茶楼ハ男 斗にて女をハ出さず又入来る」 (6 9オ) ものも女ハ一人もなか-き タ ー リ 此家を出てかしこ裏道造て帰-ぬ〇九日/空晴未侃漣蘇晃と共に来 -竜眼の枝つきたると郁子とを恵まる此/蘇見てふハ武官にて馬の り太刀つかふ業を教ゆる人な-〇十日空-もる/ゆふ碁より大雨ふ -北風烈-吹-〇十一日空-もる今日ハ遅羅の貢使/貢物を府城に 進らすとて朝まだきよ-人多-入来る巳の刻斗-に/剰机の聾太鼓 の音しければ今ならめとて出て見る表なる門をおし/開き太さ竹を ヒサ ニッに割-て赤漆にぬ-たるをニッ真先に提け二尺四方斗/四角な フタ る朱塗の牌二つに金粉以て進貢と書たるを立て次官一人毛織/の黒 ( マ マ ) き帽子に水晶の珠数かけ青-黄に綾ある衣の袖細-裾長-/我国の 長 合 羽 と い ふ 物 に 似 た る を 着 日 羅 紗 の 袴 に 黒 さ 皮 の 探 沓 ハ 」 ( 6 9 ウ ) き黒漆の輪の中に腰かけ昇夫四人にか,せ従者四五人従へり其次に シ ハ ウ ヒ サ シ ヱ カ 三尺/四方高サ四尺斗四方麻の輪凡べて朱ぬ-金粉にて雲鶴措き たる中に/小き赤色の机案を設け其上に長サ二尺幅一尺斗なる黒き チ リ ハ メ 木の高彫し/たる箱に銀多-鎮たるをのせ輿夫二人にか、せこは
フハコ 案箱とぞ覚ゆる其跡/に長サ六尺幅四尺高サも四尺鎗なる朱塗の二 万麻の輪内に赤き毛むしろを/布たるか六ツひとし-つ、-是には 彼海参犀角象牙孔雀錦鶏に/似たる鳥又うつ-しき箱を十斗をのせ 海参ハ綾織の袋の上を白き絹/にて包ミた-各輿夫四人にか,すそ の次に剰臥ニッ太鼓ニッ小鉦ニッ/四尺四方程なる黄地に赤き緑と -たるに遅羅貢使と書たる旗二ツ二行に/列しっ,きて貢便大人黒 (ママ) 羅紗の帽子に襟に珊瑚の珠数かけ赤地に」(7 0オ)紺と黄と織なし たる錦の裾長きを着白地に銀の綾紋ある袴はき黒さ/皮の深沓をふ ミ朱塗の四方麻の輪の中に腰かけ輿夫四人にか,せ傍に/黒き帽子 に黒羅紗の表白キ股引したるもの四人その外いやしき従者/数多具 しその次にハ次官六人先にす,ミたると同しさまに粧ひ立て各輪/ に入るいやしきシャム人は紺木綿の衣に鼠色の股引し黒さ頭な-の (r,マ) /木綿帽子着各珠数をかけ輿夫楽人等皆一ツさまな-少し跡よ-蘇 /晃と今一人見もしらぬ武官二人馬に打の-従者多-ひきゐて押し 行/きぬその体勇≧し-ぞ見えた-か-てこと--出去-ければ シャム人/朱塗の板に自-前後地貴人と書たるを持出し其家の入口 なる柱/の下に置き口に呪文を唱へて拝しけるは進貢の事ゆゑなう あら」(7 0ウ)ま-ほしと神に祈る也けめはるか程過ぎて日-れに 管-帰-来れ-/〇十二日空晴けふハ何事にやこ,に住る支那の 人-福徳大神と木牌に/書たるを家毎の床の間やうの所に安し香花 を奉-呪文を唱て拝礼/しき〇十三日空晴今日ハ干蘭盆合の初めな ヒチリコケ れバ古郷にあらましかハ/旦那の聖に物参らせふ-たる墓の苔を -タマオヤ はらひ棚結ひしめて霊魂を迎へ/遠つ祖-を祭-召しっかひの男 オヒメ 女に物とらせ門に立かたゐ等こ米なん/施しもしっ且債をつぐの (ママ) ひ永さ日に事はてずじて燈の下に/立さわ-めるをか-しづけ-物施しせぬも心にか,-けれバ銀を阿晃朗/にことつけて銭に換へ 三百文つ、を十二人に分ちあたへぬ〇十四日空晴る/申の刻過に家 ウノ の入口に大き蝋燭二ツに火を即し金箔おしたる」(71オ)紙を五百 枚あま-重ね長サ三寸斗なる衣服の形に切なしたるを取て/口に呪 文を唱へつ、是をかの火もてや-な-かしこの家宴の家にも/しか すな-こは此国の魂迎ひの火とぞ思ハる〇十五日空晴巳の刻頃/過 ノ 羅の大人列を正して出らる前に出られしよ-ハ事削きた-初に/竹 を持せ次に長サ三尺幅一尺斗頭を駒形にしたるが赤塗に金粉もて順 メ '.r-r') /進碑と書た-牌ニッおし立碑物を載たる赤き騎五ツかさつ,げ 刷臥/金鼓旋旗二行に並び次に大人の輪そが後に次官の輪三ツを つ,け蘇晃/一人馬にて従者をゐてし-を押し行-是ハ贋東布政府 李鵬賓江進ら/する也と聞えし未の刻過に皆-帰り来れ-しばしあ りて外の方倉/大勢物を荷ひて入来る径-二尺斗なる丸き盆に菓子 E]頭の類をうつ」(71ウ)高-盛そを三ツづ二茎にならべたるを 十三蔓牛一疋を牽来る重か-/けれバにや董ごとに七八人つきて荷 ひ来た-ければ都て百人余-そ采に/ける遅羅に附られたる支那人 出て是を納め入るか-てこれらの人夫に/鑓百文ッ、をとらするな カコ るが大勢の事なれば彼遅羅附きの支那四人して/大なる藍の内に銭 を入れ各壱ツつ、を携へ四所に分れてかの人-を/呼寄て取らする 也大勢1度に寄-つどひし事でハあ-混と入乱れ/1人して四度も 五度も貰ひうくるあ-或ハえもらひうけぬもあ-我にハ/いかで得 させぬ事とてミだりに藍の中江手さし入れ取らんとする/をさハさ イド せじとへだつれば又傍よ-手をさしいる、はては挑ミ/あふ程に四 人のものをおし倒しかさにの-か,-て群髪を引むし」(7 2オ)り カ︰スチ 手ン-に藍にさし入れ奪ひとる四人のものつかれはてたるをやう
崎村:漂流記『うばらがはな』翻訳と解題(5) - /人に助けられ起上-内二人らんとすれは銀を取得ぬ輩ハ怒-をな/しての、し-さわぐ銀を得たるものも飽き足らで取-得ぬさ まに/もてなし是も共にの,し-叶ふかまひすしき事たとへんに物 なしか、-/けれバ大人よ-沙汰して再本の如-に銀を出しこたび ハ門の際に/持行き一人 - に鑓とらせてハ門外におし出すか-す マギ る程に是にて紛/れもやらずやう - 事すミた-かの牛をば何方へ ヱ ー リ 牽行ぬこれハ屠戸/にあっらへて殺さしたるよし〇十六日空晴竹三 郎食に傷ミし/にやはらは-いたミつよ-なやミければ村晃朗には ( マ マ ) ア メ か-けるに大剤/の英一貼買ひ来-大なる薬港に水多-入れ飴の こ と -な る 追 」 ( 7 2 ウ ) 煎 し っ め 是 を 茶 碗 一 ツ の ま せ そ の 徐 少 し あ ま-Lを村晃朗打捨た-/此一杯の薬のミにては心ならねは又村晃 朗にたのミ今少し薬をあたへ/た-といへハ彼心得こたびは万金丸 といふ銀の大きなる届き錠一ツ買/莱-これを煎してのませける三 たび四たびもあたへそがま,臥たるに/冒-れていたミ大に怠たり ぬ〇十七日空晴李農来-過羅の舘/にあ-こ,にもしバ - 見ゆ物 語のはしにさきに遅羅の進貢せし/物ハ皇帝の御所追奉るにやと尋 けれバ彼貢傍等直二北京に/到るもあ-又此処の府にてうけ納め北 京へ博へ奉るもあ-年を隔て/歳貢紺」崇行接貢絹謂㌘すな-といふ し バ し あ -て 筆 と -て 書 て / 見 せ ら る 」 ( 7 3 オ ) 蕃 囲 進 貢 於 北 京 地 方 、 遅羅囲進貢、由贋東起/程、日本囲琉球囲進貢'由南京起程入地方' /書あたへられしか此人-帰-し後つ- - 考ふる貢傍の入来る地 を書/たると悟-ぬか-ては我国よ-も南京へ貢傍を立らる,事の ある/よしなれとそは間も及バぬいぶかしき事な-け-〇十八日空 晴遅羅/入来-おのれを呼けれバ打つれ行二階へ上-見るに大人と 次官と三人/のミあ-おのれもその傍に腰かけ居れバ支那人茶を持 莱-又菓子を/出し焼酎をす、めらる大人種≧の物語-せられつれ どさだかに悟りかね/たりおのれがカヾヤンに漂ひし事を尋ねら る,よしなれバ是よ-もその/よしを手して真似びてかたりぬかれ に も さ こ そ 悟 ら ぬ 事 の 多 か -け め 」 ( 7 3 ウ ) 昼 過 る 頃 宋 侃 樋 蘇 見 な んど三人リ四八月打つれ入来れバおのれはいとま/つけて帰-ぬ〇 十九日空晴巳のさが-に隣の大人の許より呼二おこし/けれぼやか て参る大人と次官二人あ-てさのふのいひさしたる物語を/聞バや といふやすき事とて腰かけにか,-カヾヤンよ-呂未へ到-マカヲ を/経て宴に来-Lをあら - 語-けれは大に悦ひ我等か園もカヾ ヤンの/方にあたれ-とて色-の菓子を出さるロンヤンと呼ふ実九 ス チ ハ ダ 年母よ-ハ/大き-竪に四ツ理だち色ハ薄紫にて膚滑に皮厚し皮を 去/れば肉少し赤し梧子よ-も大きなる丸さ黒色の核あ-昧ひ少し 酸-/甘し支那人はフンガンとそ呼なる是を君肥車てふ物なるよし 傍の/支那入善て示さる又大サ四五寸程なる南瓜形の実の外皮ハ淡 フ ク ロ 黄 色 し 」 ( 7 4 オ ) は た へ 滑 に 皮 厚 -中 に 樫 の ご と き 劇 あ -そ の さ ま マ ル フ シ ュ カ ン 拘 橡 の長ミなる/ものな-味ひ酸ミあ-て甘しいづれも美味な -これを-らひ日-れ/迫かた-居た-○廿日空晴ゆふ-れ十二人 のもの共酒肴そろへ恵まる/いかにそといふに我 - 心に祝ふ事あ るを思ひ - に物せんもわづらハし/けれバ一ツにつかねて今日祝 ひぬといふ○廿一日空晴遅羅の大人よ-/支那人を使として一ひら の紙に仁義分別と只四字しるしたるをおこさる/何とも悟-かねた るをかの傍の人おのれが側に立よ-胸をそとた,き/打笑ひて去-ス チ ミ チ た-思ふに我等ハ無智文盲なるか少しハ修理をしれ-/との事なら めと悟-思ハず笑ひを催しぬ○廿二日大雨ふる昼過倉/晴る阿晃朗 を 初 め 四 人 同 士 し て 物 あ ら そ ひ 初 め 互 に 腹 立 て の 、 」 ( 7 4 ウ ) し
-あふ我扱ひしつめまく思ひて中に入-けれ共たがひに怒-口はやに いへば/わきて聞知りかたし阿晃朗長十郎を指さしつ、の、しれば 彼に子細/こそあらめと長十郎をかたはらへ呼て尋ぬるに我が持た る三倉木綿の/夜着蒲圏の新らしけれバ魂全見てしきりにのそミ三 貫文に買んと/いふをうけひかざ-Lがその後顧食も三貴五百文に アタヒ 買ハぼやとせちに/いひけるに値も少しよか-けれバ顧食にう-遣しっるを魂仝聞知-て/我初に申せLに引達て顧愈に責-たるは 悪しきふるまひ也とて/さんぐにいひたるを徐の阿晃朗鄭背聞各 ソ ウ タ ン めて商議もせて私二漂客/の物を買得る法やあるとかれらいひ合た -Lを顧食が答へさま悪か-/けれバか-さわざにな-にきといふ こ れ に よ -か し こ へ 至 -長 十 郎 」 ( 7 5 オ ) か ふ る ま ひ 悪 し か -つ ら は我に給ハ-て事な-潰せて給べと手を摺-/宴へも彼へも俺けれ バやう︿しつま-ぬその後長十郎を呼てか、る事/此後かまへて カリヤ すなといましめをきぬ○廿三日空晴香山願の帝亭/よ-藤の笠被-たる宮人二人来-我等十三人ともに参るべLといふ/かしこまりう ( マ マ ) けたまりぬよし申けれバ此二人は帰られき皆-へそのむね/申開せ ヒトヒーフ 用意調ひはや出んとする所に又同し宮人一人来-一枚の/書付を出 さるおのれうけ納て見るに儀兵衛一名来々とそか,れたる/こはお のれ一人出よとの事なれバ十二人の者共へそのよししらしてとヾめ イチマチ /置今使に来-し人と阿晃朗魂仝とに具せられ市塵を四五/町あま り 過 き 行 ば 市 を は な れ て 路 幅 贋 き 処 に 出 ぬ 此 わ た -」 ( 7 5 ウ ) 左 右 ヤシキ 白壁にて邸がまへにしたるが立つらねた-そを四五町す、み/行 シ ャ チ ホ コ けばわきて廉さ所あ-向ふは石垣高-つミ上に塀をわたし/吻刺 ヤクシヨ あけたる楼門あ-門の外に衛のごとさあ-そのほとり/人多-秤 れあつまりたる中に罪人と見えて-さ-を以て襟にかけ/後の杉に つなき鎖をかけたるが二三人あ-三人のし-につき楼門を入れバ/ 門の内贋-左右に家多-見え弐町あま-行て高-つ--たる長屋/ あり中に朱の大門を設-是を入れば此内一町四方斗にてことくく /石を布き向ふに大なる家ありその家の内にも石をしき正面にハ/ キタ 神の像鮒組立せ給ふ傍に石をた,ミたる段あ-上-行ば百三四十E] /敷斗の贋キ所こ上-口の傍に高サ六尺に幅四尺斗の硝子か、ミの つき立」(7 6オ)あ-その外壁に三十八枚の絵鏡をかけ床の間と覚 イチ しきには関帝/の画像をかけその外に軸物多-か-此地高けれバ市 マチ 塵はいふも/さらな-川つら追見え坐なからにして往来の舟をかぞ へつべし/扱いかなる事にてか、る所に召出されつるかと阿晃朗に 尋ぬるに/今日はさせる事あるにあらす只この所を見せらるべLと て召れつる/な-おちゐて物見せよとぞいふなるこはかたしけな-こそ此処はたバ/やすう人の至-うへきとも思はぬにおのれがこと サスラヘヒト き他の漂民の/ゆるされてこ、に参-つるは二なき幸なれ-ハし う打見て古郷の物語-/せんと心の中によろこひおもふか、る所に アツモノ 菓子酒なと持来-飯を出/され-さ-の嚢つぎ-に持来る腹 ふ-る、迫二給べゆふつ-日に驚」(7 6ウ)きて打つれ帰-去る楼 門の外こ笠被-たる八二人先に立て物見の/人をはらひ行き日-れ に帰-着きぬ今日いた-し所をばその名を/教へ示さねと思ふに贋 東の府城と思ハる李鵬賓の物蔭よ-お/のれ等を見ま-して召れた るべし初め十三人といひこしたれとわつ/らひをはか-後におのれ 一人を召寄られつるかも今日往来に人多-/出て我等を見し中に女 は一人もなし初め宴に来つる時舟にて女を/見し事あ-その後こ, の舘の内に小女二人を見し斗-な-○廿四日/空晴某を多-持来買 ふべLと云皆-打寄-おのが心に協ひしを/求め-らふ竜眼をも多
崎村:漂流記『うばらがはな』翻訳と解題(5) -持て-これをばライテウクハといひき○/廿五日空晴亥の刻斗-遅 羅 の 舘 に 盗 人 入 た -連 ひ し め き の , し る 」 ( 7 7 オ ) お の れ 聞 て 大 きに驚きそと我方様の人-を見るに皆打揃ふたれば/胸おちゐぬと -出て見るにはや走-出つと見えて燈ふ-てらし/門の中なるくま サ カ ツ キ - 尋ね適すしバしあ-てこ、にある武官に隷し/もの五人にて揃 へ待つとて蘇晃か家の前に引き来-頚に鉄-さ-/をかけ手をは後 ろさまに縄以て-、-引居へたるを蘇晃出て礼し/問ふ昼の程門内 に忍ひ入-夜に紛れ遅羅の舘に入-銀鑓十二/枚鑓八百文盗め-と 白状す猶きびし-せめ問へど此鎗ハ盗めるはな/か-しかバその銀 ヤ ク ニ ン と銭こと - -取-返し技吏三人して賊をは府城に/引せや-き ○廿六日空晴るよべの盗人は今朝枝もて叩きこうし/追ひはなちけ るとなん聞えし昼過きよ-阿晃朗をたのミ案内として」 (7 7ウ) 長 十郎徳戒十五郎おのれと五人つれにて近きわた-物見に出た-かへ るさに/彼のさきに立寄-し茶楼にのほ-休らひ日-れに帰-ぬ今 ヤキ 日ハ/屠戸の前を過きたるに牛家羊野羊の肉それ - に札をそへて 鷲-/凡べて支那にハ神の御前へも豚牛の肉なん奉るよしな-○廿 フ ロ シ キ 七日空晴/大なる箱を裸につ,み背負ひ来-我等か側に置-そを 二 ン ギ ヤ ウ タ ハ コ イ レ ア フ キ ユ ビ ワ キ ン チ ャ ク 開らけば重ね組たる箱にて中には木偶姻具扇戒指荷包類あ-こ れを/と-ひろげ買へとそす,むる又植木商人も来-ぬ我園のごと こナ -両掛/ヶに塘ひ見もしらぬ草木を持来る中に只蘭斗ハ夫としらる モ 其外古本/軸物などハ度-持て来-しかどやうなきものなれバ誰も ︿も買たるハ/なしいとつきな-て持て帰-ぬ○廿八日空晴香山 願の帝亭よ-笠」(7 8オ)被-し吏三人来-おのれ等が名をこと -くしるし出すべLと博へらる/其よし心得ていそき十三人が名を認 9 め此人-に渡しっれほとりて帰-去れり/○廿九日空晴朝笠被-た る吏二人来-長サ四寸幅弐寸斗の木札/十三取出し渡さるこれに我 等が名を一ツつ,しるされた-是を面≧の/帯にゆひ付べLと示し て帰られけ-こは名をしらんためのはか-こと、/覚えぬや,あり て李農宋侃漣方伯多賀琳入り来-明日ハ此地を去-/て新西へ送-アス 移すべし香山解よ-莱-しもの共もともに送-行-/なれば猶明日 アシタオホセ の朝命あるべけれど先此よしを聞する也と博へた-又/方伯多一 ユクテ 枚の紙にしるしたる物を出し是ハかた-を送-行よしを/行向の 脂-へいひや-たる下書也とて見せらる」(7 8ウ)銅撃一願正堂徐 播為護送事'現奉/藩憲札行う筋香試用'知願減、護送日本国連/ 風難夷長重郎等、至新江乍浦同知交収'/附搭便船回国、除護送外' 合差護送為此票/差本役、即速随同委員減、後閑難夷、前赴新/江 乍浦分府衛門,投収、沼途務宜小心防/護'母稽慨怠'経過沼途各 願、棄請支給口/根、均母有違'速々須票、計護送日本国道/風難 夷、十三名'長十郎、重五郎,寓戒、長照」(7 9オ)八五郎蹄治郎 第吉照治郎佐照竹三郎/儀兵衛寓照徳戒/兵房参か/差梁開張顕/ 呉泰陳泰/道光九年八月初一日起程/敬-見るにミな男文字にてえ IB 讃らむべ-も覚えね矢立取出てそ」(79ウ)が優に写しをきぬ扱明 ス 日といへば得る,間もあらねバ皆-へそのよし/いひしらして用意 なんした-け-宋侃樋蘇晃が許にいとまごひに行き/夫よ-遅羅の 舘へ行-二階へ参-明日ハこの地を打立よしいへば大人/名残を、 しミしハLと留られ酒肴と-出して別れの盃を-ミかハし次官/の 人-も聞博へて出来-盃の数多-打廻-て思ハす時もうつ-け-/ ヤキモノ 大人よ-陶物のあやしき迫につ-れるをかたミとて給ハ-次官よ-/思ひ-に姻草戎ハ砕棋榔なんとお-らる,いまたなしはてぬ事 の/あれば日-れ過キにいとまつけ無事を祝して戻-ぬ