後期中等教育における学校管理の動向 - 高校改革とドイツの組織学習の事例を中心として -
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(2) 5 2. 織田成和. 機能を具体化し、実現化していく実現機能であ(吉本二郎)J り、また久高喜行氏は 学校管理を「学校の既定の教育目標を達成すべく組織行動の効率化を推進する行為 J と定義づけている。教育行政の立場からの学校管理は教育法規をもとに複数の学校 を対象として行うものであり,設置者管理主義でいう学校管理は「学校教育法」第 5 条及び「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」の第 2 :3条の趣旨で行われる。 これに対して、学校経営は特定の学校の創意機能であると述べられているが学校の 個性や特性を出すための工夫が必要になる。ただ学校管理に関しては学校教育法第 28条第 3項の「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する Jを根拠に学校管理. の延長として学校内の経営業務もつかさどっていると考えられる。しかし、学校は 民間企業と異なって組織を量的・経済的に拡大発展させるという志向は存在しない。 既存の学校組織の維持及び質的向上が中心的機能である。その維持発展のために校 長の合理的な運営・監督が必要になってくる。 具体的に高校の現状を考えてみよう。現在、高校進学率は約 97%である。高校生 の現代的噌好に基づく多様な希望や能力に応えられる教育が大いに必要になってき た。それに端を発して今や中等教育は変革の時期になった。すでに多方面で改革が 叫ばれて久しい。中等教育学校や総合制学校設立がその典型的な具現化である。各. 0 0校として, 学校の施策は言うに及ばず、文部科学省は中等教育学校の設立目標を 5 実施しつつある。このような中高一貫校は 2 0 0 5(平成 1 7 )年度現在 1 7.3校である。. 2 0 0 4 ( 平成 1 6 )年 3月 3 1日の文部科学省初等中等教育局の「高等学校設置基準及 び高等学校通信教育規定の改正について J によると「地域の実情等に応じた特色あ る高等学校の設置をより一層進める観点から、また、構造改革特区における高等学 校設置基準の緩和の提案」によって改革が行われた。他に単位制高等学校の設立や 総合学科を持つ高校への転換もある。いずれの高校も特色を出すための学校づくり に努力している。本小論では以下のごとくこれらの最近の動向を歴史もさかのぼっ て種々の実例を挙げながら紹介することにする。 1.中等教育の歴史および概略. 2 . 最近の各高校の試み 3 . 高校の質と組織向上. 4 . ドイツの学校組織に関する現状 5 . 今後の学校に関する種々の提案.
(3) 後期中等教育における学校管理の動向. 5 3. 1.中等教育の歴史及び概略 4 )年に「中学校教則大綱 J で「中人以 日本の教育の歴史的嘱矢として、 1881(明治 1. 上」の人物を養成するために「高等なる普通学科」を授ける所として中等教育制度が 9 )年の森有礼文部大臣の中学校令で近代的中等教 志向された。そののち 1886(明治 1. 育が導入され、 1889 (明治 22) 年 2月、井上毅文部大臣によって整備がなされた。 つまり、この年の 3系統の中学校令、改正高等女学校令、実業学校令によって中等 レベルの学校制度が確立したのである。この改正では中学校の目的は男子に高等普 通教育を授け、女子にも高等女学校によって同等の高等普通教育を授けることにな った。 師範学校も当時は中等教育に位置づけられており、師範学校令が同時に発布され た。明治期の女子の高度な教育機関としては女子師範学校が制度化されており、女 子の向学心を支援していた。とくに東京女子師範学校付属高等女学校はかなりのレ ベルの教育をしていたと考えられるが、内容は伝統的良妻賢母の域で、男子の尋常 中学校レベルで、あった。森文部大臣はとくに師範教育に熱意を払って,知識学科より ) 慎良を強調し、 も人物養成に力点を置いた。師範教育の目標として、威重、信愛、 1. 教育の手段として兵式体操を用いた. Q. この兵式体操は森文部大臣の中等教育政策の. 特色で、正規の科目になっていた。当時、教育の 3本柱である、知育、徳育、体育 が尊重されているとはいっても知育中心の偏りの傾向に疑念を抱いた森文部大臣が、 徳育の手段であり、かつ体育の目的として、また青少年の鍛錬の理想として兵式体 操を採用した。彼の f中学校令 j にみられる政策によって尋常中学校は府県立を旨 としてそれぞれ一校のみ設置され、ほかは禁止された。そのおかげで各府県に一校 しかない尋常中学校は内容が著しく整備された。森文部大臣は尋常中学校は実用的 な職業教育を施す所で、その段階で完結すべきもので、卒業後は中流社会の人間形 成の場と考えていた。女子の中等教育機関として高等女学校が規定されたのは 189I(明治 2 4 )年 中 学 校 令 の 改 正 Jである。これによって高等女学校は尋常中学校. と同等の学校として位置づけられている。他に実業系の学校の設立や管理運営に関 して、農学校や商業学校が当該所管の官庁と文部省との葛藤を経た後,最終的に文部 0 )年代に入り井上毅文部大臣の時、実業教育の制度 省の管轄となった。 1887(明治 2 1月に低いレベルで、はあるが、実業学校の制度化が 化が意図され 1893(明治 26)年 1. なされた。これによってそれまでの前近代的な徒弟制度による実業的な訓練・養成.
(4) 5 4. 織田成和. 方法が学校教育に委ねられることになった。. 1 8 9 9 (明治 3 2 )年の「実業学校令 Jによってそれまでの実業補習学校は急激に数が 増加した。これは「実業教育そのものというよりも、村ぐるみ、地域ぐるみの農村 、 1 9 7 9年 、 1 3 6ページ)J のよ 中心の義務教育延長(仲新監修、学校の歴史第 3巻 うに受け止められたからであるが、これはもともとは工業教育を意図したものであ. 91O(明治 4 3 )年に、高等女学校にも家政科等の実業的な科目が加えられると、 った。 1 急激に生徒数が増加して、さらに制度的に高等女学校は庶民的になっていった。. 1 9 2 6 ( 大正 1 5 )年に設置された青年訓練所は当時の青年の流行や思想を憂えた政府に よって開始されたものであるが、内容は陸軍の下士官による軍事的な指導や愛国心. 9 3 5 (昭和 1 0 )年に青年学校になった。 を培うような教育が行われ、 1 以後これらの中等教育は様々な形態をとり、制度的にも複雑な複線化をたどり、. 9 4 3 ( 昭和 1 8 )年の「中等学校令 J に かっ内容的にも好余曲折を経て発展していたが 1 よって、 3系統の中等学校が一本に統一化された。しかし太平洋戦争等によって、 それまでの学校制度を覆す国家的・政治的影響も相侠って,. 中等教育制度は根底か. ら変革の時期を迎える事になる。 戦後は占領軍の指示により、ストダードを団長とする第一次米国教育使節団によ って教育制度の改革が行われた。その代表的なものが、 6・3・3・4制である。日米 の特色で、あったこの単線型は昭和 3 6年の高等専門学校に関する法令によって、中等 教育に一部変更が加えられることになるが,戦後 60年をつらぬく民主的制度として、 その理念は維持されてきた。この制度を基準とする戦後のわが国の特色は各県でそ れぞれの発達を見る事になる。. 2. 最近の各高校の試み 広島県は全県下一円の学区制度が復活した。これによってかつての「教育王国広 島県 J の地位を取り戻せる事が期待されている。これからは高校問の競争が生じ、 各高校が特色を出さないと受験生や保護者から見放されてしまうという懸念が出て くる。受験や科学に強し、高校を目指すのも解決策の一つである。広島市内の総合選 抜制も見直され、各校独自の目的にのっとった特色が出される必要が生じた。 広島県立国泰寺高校はかつて戦前の県立第一中学校としてあらゆる意味で名門で あった。しかし、戦後の広島市内の高校入試の総合選抜制のためかつての栄光は失.
(5) 後期中等教育における学校管理の動向. 5 5. われて、広島市内横一列並びの特色のない高校のひとつになった。それがしばらく. 3 )年に新任校長が「フェニックスプロジェクト jを立ち 継続していたが、 2001(平成 1 上げた。校長は前期 3ヵ年(平成 13-15年)、後期 3ヵ年(平成 16-19年)のプロジ ェクトを企画した。このフェニックスプロジェクトの「前期計画を貫く一本の道筋 は『旧制広島ー中以来の人材育成の伝統を受け継ぎ社会有為の至宝を育てる』こと で、それを前提に計画の大目標を『基盤整備』において j いる。(平成 1 6年 5月 2 2 日(土)産経新聞)この高校は文部科学省によって、広島のスーパーサイエンスハイ スクールに指定され、理数科に重点を置いたカリキュラムを編成し、科学技術を担 う人材育成を企図している。その成果は着実に進展している。 他県の高校改革の試みに言及する。 青森県教育委員会教育長の経営方針には「校長裁量による夏季・冬季休業日数制定 の弾力化」、「教員免許を有しない行政経験者の校長登用、県教委から県立学校長を 登用」、「養護教員からの管理職登用 J、「公私立学校の人事交流J 等が挙げられている。 行政には継続性や安定性が要求されるが、制度疲労もあるのでその改善のためには 「見直し・改革のためには明確な理由と目的が必要である」と主張されている。(中等. 5年 8月号) 教育資料、平成 1 、「大学の出前講義(講座)J や「出張講義(講 最近の全国的な傾向として「高大連携 J 座) Jという形で大学レベルの教育を大学教員が、高校で行っているが、これはかなり 普及しつつある。他に高高関連携もある。他の試みとして、外国の高校と姉妹校に なったり、共同研究、留学生や教育使節団の受け入れ、英語漬けのイングリッシュ キャンプやサマーキャンプでの合宿、 2学期制、 90分授業の導入などが挙げられ る。この高高連携の典型的な例として神奈川県が挙げられる。この県では特定研究 開発推進事業で、1.科学技術・理科教育、 2.国際・英語教育、 3.特定分野の専門能 力・総合的学力をテーマに行政側がいくつかの高校を指定して推進している。これ は外部教育資源の活用を意図しているが、1.同一学科・同一分野での連携、 2.異な る学科・分野での連携、 3 同一地域の高高間の連携、 4.指定校聞の連携等が行われ ている。この地域には多様な県立学校が数多くある。この特性を利用して、「各校の 生徒は他校のカリキュラムを高高関連携を通じて共有化し、自分の興味・関心に応 じて自由に選択できるようにするならば、地域全体として、学びの場が質量とも拡 充し、結果として魅力ある学びの場としての学校の復権が期待できる」という考えを.
(6) 5 6. 織田成和. 具体化したのがそもそもの契機である。(日本教育学会、「地域と結ぶ鎌倉市内県立高 発表要旨,平成 1 5年 8月)この高高関連携によって「神奈川県の教 校 4校の教育連携J 職員として自分の在任している学校の在り方だけでなく、今学校教育に何が求めら れているのか、自分は何をなすべきかを考える契機と位置づけ Jられ、同時に他校の 生徒と教職員が相互に刺激しあい、教育の質の向上が期待でき、かっ教職員に大局 的・高所的な教育観及び教育行政に対する関心が培われる効果が考えられる。さら に、大学が高校で行う出張(出前)講義は生徒、保護者、教職員は自由に聴講でき、定 員に余裕があれば、広く一般の人も受け入れて、生涯学習に貢献している事が付言 されている。福井県では学区及び学校群の見直しによって, 2004(平成 1 ω 年度入試か ら全県学区一円化を実施している。これは受験に強し、学校あるいは特色ある学校を 創り出す効果がある。以前は全国的に総合選抜制や狭い学区制による行き過ぎた平 等と機会均等が多く、その結果,数学や理科の学力低下が生じた。それに対する反省 によって実施されたのだが、今後学力向上が期待される。(中等教育資料、平成 1 6 年 3月号). 学校経営に関しては、大阪府では「学校協議会」を設置し、それを機能させて学校 改善を図っている。この「学校協議会 Jは学校評議員制度のことであり、この制度の 形骸化を防ぐために、どのような工夫がなされているかが報告されている。この中 で、評議機能(地域の期待を反映する「なぜJ}、調整機能(責任と役割を明確化する九、 つ、誰が、何を、どこで、J}、サポート機能(地域の活力を生かす「どのようにJ}の 3点 が中心的機能であるとして、うまく機能すれば充分な成果が得られるとされている。 学校評議員制度はこれからの学校経営ばかりでなく、学校行政に不可欠のものであ る。中等教育行政もこの地方教育行政の一環としての学校経営及び学校評議委員制 度を効果的に運用していく必要がある。埼玉県教育委員会は、諮問機関である「高校 教育振興協議会 Jに対して教頭を補佐する新しい職を創設する必要性を提案して了 承され、教育委員長に提出している。(中等教育資料、平成 1 6年 3月号) 神奈川県の改革の事例を挙げる この県では県立高校の多くを占める普通科高校の特色の明確化とその定着を図っ ており、その内容として 1.多様な学習や進路希望への対応. 2. 興味、関心に応じた特色ある教育内容の充実.
(7) 後期中等教育における学校管理の動向. 5 7. 3 . 多彩な教育活動の展開 を掲げて推進されてきた。入学者の選抜に関しても評価尺度の多元化の推進ととも に、入学者が自らの進路希望を選択し、受け入れる高校側も入学試験の科目の選択 や軽重を加えることができるようになっている。この「県立高校改革推進計画jは中 等教育資料の 2 003( 平成 1 5 )年 8月号や日本教育学会第 62回大会資料によると「個が 生きる教育の推進J や「豊かな心、望ましい社会性の育成J を志向している。そのテー マとして ・せせらぎ交流会(県立上郷高校) ・動物専門学校訪問(県立柿生西高校). .3泊 4日の英語だけで生活する英語合宿(県立外語短大付属高校) ・中国からの留学生との交流による国際理解教育(県立保土ヶ谷高校). •r マリンスポーツ Jで海を楽しむ科目(県立初声高校) ・ 大学の教官と環境をテーマにして webページを通して遠隔授業(県立川崎・川 崎南高校) 等が挙げられている。この神奈川県は歴史的背景を考えると、 1 9 7 3 ( 昭和 4 8)年度か. 9 8 7 ( 昭和 6 2 )年度にかけて「高校百校推進計画Jを達成している。また当該年齢の ら1 生徒の関心の多様化と社会の要請の変化に応じたものが「県立高校改革推進計画」に なったのである。. 003( 平成 1 5 )年度から「先端的な技術・技能等を取り入れた教育 文部科学省は、 2 や伝統的な産業に関する学習を重点的に行っている専門高校を『目指せスペシャリ スト』として」その年に 9校を指定して「専門高校の活性化の促進を図り、『将来の スペシャリスト』の育成を図っている。」この指定では実施希望調書の研究内容、研 究計画および、研究体制が整っているか否かを中心に審査された。(中等教育資料、平. 6年 9月号) 成 1. 3. 高校の質と組織向上 近年学校に対する評価がとみに話題になっている。高校も既述のごとく例外では ない。高校の場合、評価の対象は進学先や就職先の卒業時の進路が、目を引きやす いが、そのためには評価の中心に授業がおかれる事になる。授業の評価によって教 員の質が関われ、ひいては高校の質が左右される事になる。授業の質を最大限向上.
(8) 5 8. 織田成和. させるには学校組織の強力な支援が必要である。そのため学校組織の運営すなわち 学校経営の理想的な形を追求するために、授業を高校組織の中心に位置づけて考察 する必要がある。 元来個人の成長発達は教育学上主要なテーマとして論じられてきた。その向上の 要因はすべて個人の内面的なものに集約され、死とともに成長発達は終了する。し かし、組織はリーダーやフォロアーである構成員が代わっても組織自体は存続し、 成長発達も継続する。換言すれば校長や教員が入れ替わっても高校は変革を経なが らも存在し続ける。当然組織には目標が存在する。構成員が固定している組織の目 標はかなり具体性を持ち、達成可能なものが必要になる。一般企業や一般官公庁が それに該当する。トップが交代すれば目標も特色もある程度は変わるかもしれない。 しかし組織そのものの最終日的は大きくは変わらない。 学校組織は校長を始め、教職員は 7年前後、長くても 1 0年で、生徒は 3年から 4 年前後で完全に入れ替わる。そこで学校の目標設定は高く置き、抽象的なものであ ってもよいが、運用するときに現実性のあるものに置き換え、量的拡大でなく、専 ら「質の向上」を第一義とするものでなければならない。そのための教育目標は、 表面的な文言は同じでも内容において恒常的な質の改善が学組織の向上になる。そ の改善は組織内の価値観や社会状況それに生徒の価値観を基準にしていく必要があ る。それを無視して旧態依然とした学校運営や「先例や前年通り」の組織運営を行 うとひずみが生じる。. 4 . ドイツの現状 目をドイツに転じる。この章の根拠となる資料は (MartinCreutzburg lW a l t e r. A .F i s c h e r , SystemberatungundQualitatsmanagement、Schulmanagement , 2 0 0 6 ) である。現在ドイツで叫ばれている「質の総合的経営 ( T o t a lQ u a l i t yManagement)J は TQMと略称され、かなり包括的な概念であり、その目標は恒常的向上すなわち改 善の恒常化への努力から生じる精神的態度であり、中等教育はもちろん一般の学校 管理にも適用されている。 質の向上を意図する経営の枠内に対する学校監督の役割に関してはドイツ各州の 基幹をなす法律や学校関係法の改正によって学校監督の機能と課題が明確に規定さ れ、さらに質の発達や質の保証に関するものが改善された。システム化された学校.
(9) 後期中等教育における学校管理の動向. 5 9. の内容及び計画に関する形態は、学校の人事管理、指導助言、助成や監督と同様に 定着したものになっている。学校監督は本来学校の舵取り機能も所持している。同 時に指導助言と助成という形での支援機能もある。舵取り機能は専門監督及び勤務 監督に関して行われ、自己評価や外部評価の調整によって質の統一された基準によ って行う監視機能も含められている。指導助言機能は校長や教員それに生徒や父母 への助言と同時にますますシステムに対する助言とそれによる人的発達が促進され る。ただ現在の学校監督ではその機能は充分には実現されない。そのために種々の イニシアティブが必要で、自ら変革する学校状況によって学校監督のあり方が生じ、 モデルになるプロジェクトや将来の理想的場面が形成される必要がある。 システム化された学校はいっそう高い指導レベルのシステム作りを意図すること. 0年間、ドイツでも中等教育の学校発展に関す によって学校発展につながる。最近 1 る研究は個々の学校に焦点を当て、その強化を志向している。そのため、かなりの 論争が行われたが、限界に突き当たっていた。しかし、実際に学校での変革を維持 させようとすれば、一層、組織学という視点から、学校事項を検討すべきだと主張 されている。 ドイツ以外でも多くのヨーロッパの国で、中等教育に関してつぎ、のよう な兆候が生じている。 ①改革の道を進んでいる学校はその可能性を利用し尽くして、学校監督ないしは大 綱条件によって限界につきあたっている。 ②何もしない学校からは何も生じないし、生徒や父母からも信頼を失う。 ③特別な業績は正当に評価されず、業績は不十分だ、ったら是認されない。 これを踏まえてクロイツブルク博士やフィッシャ一博士は、組織理論から考える と構成員の学習と組織学習との間に密接な関係があるということを指摘している。 それ以上にもし組織が自らの構造全体を同時に学習すれば、つまり構成員の学習に よる変革とともに組織構造がともに変わらなければ、中心になる学習が、変革の意 図があっても高度に行われることはできない。これを検証するための前提条件は学 校システムを全体的に認識することであるとしている。次にその詳細を述べる。. 5. 今後の展望に関する 3つの手法 ①今後の学校に関するドイツの提案 学校と言う公的機関に企業経営の論理を導入する試みは今までも行われてきてい.
(10) 6 0. 織田成和. る。ここではドイツ企業で最近重視されている組織の質の向上という視点で新しい 改革に関する提案を紹介しながら論述する。. S c h u l a u f s i c h t ) ドイツでは学校監督 (. の概念は学校経営の上位にある。 グロイツブルク博士やフィッシャ一博士の研究によれば、企業経営でも学校経営 でも協働者 ( M i t a r b e i t e r ) とよばれる人たちには 3つの種類があるのでそれが経営. a r t i nC r e t z b u r g lW a l t e rA .F i s c h e r の中で考慮されなければならないとしている。仏1 S.8・S . 1 7 ). まず第 1のグループは善意志の闘争者 ( g u t w i l l i g e n Kampfer) であり、これは 当然望ましい支援者である。これは同盟者とも言うべき人たちであり、信頼できる. Wenn)も,しかし ( A b e r ) もなしで グループだ、ある。彼らは良い事項の際には、もし ( 参加し、必要な場合常に協力してくれるグループで、ある。ただ、彼らは滅私奉公型. a u s g e b r a n n t ) J可能性のある危険をはらむグループ であるので「燃え尽きる ( ( R i s i k o g r u p pe ) である。そのために健全性を配慮する必要があり、過度の要求を してはならない 第 2のグループは傍観者 ( Abwartenden) 的人たちである。最初はその人たちは 妨害行為者や怠業者 ( S a b o t e u e r e )もしくは拒否者 ( V e r w e i g e r e r )のように見えるが、 それは早計である。その大部分の人は理想的な根拠と論争を期待して納得すれば初 めて参加を決定する現実主義者である場合が多い。ただ、このグループは学校監督 や経営管理の執行の際は特に配慮、が必要である。支持、特に財政的支援が必要な事 が多い。. p f t e n ) であり、そのグループは通常は硬 第 3のグループは無関心派 (Abgestum e r s t a r r e n ) 態度をとっている。大部分の人は悲観主義、あきらめ、意気消 直した ( 沈のような感情が認識される。ただそのような立場が多くなると、組織改革が挫折 する可能性も多くなるので危険グループになる。従って、経営管理の執行の場合は 第 1のグループを中心において、拒否の雰囲気が生じないようにもしくは生じても 大きくならないように配慮する必要がある。第 2及び第 3のグループを離反させる と絶望的運営になる。 組織は一般に外部から内面に向かつて改革を要求した場合、もろいものになる。 組織には経済性、権力志向等もろもろの要因が生じるため、それが、経営に困難を 引き起こす。結局組織崩壊は人間自身によって、ひき起されるもので、生き生きし.
(11) 後期中等教育における学校管理の動向. 6 1. た組織は最終的には内面から外部に向かつて、発展するものである。それは生物学 的な成長であり、時機が来れば成熟して、尊敬を得る事になる。これは学校と言う 公共機関に、組織内部からの自治や自律性に、社会的義務を含んだ任務の遂行や改 革を任せると言う事ではない。つまり、組織の成長発展は内部で行われるものであ るが、動機付けは外部から得られる事が多い。同時にそれによって組織内部の重大 な障壁や改革を阻害する要因が除去される。 ②組織上の質を経営に導入するためのプログラム. 0個のプログラムは組織上の質を学校改革に導入する場合の評価基準を示し 次の 1. M a r t i nC r e u t z b u r g lW a l t e rA .F i s c h e r , S . 1 7 ) ている。 ( 1.経営も組織も周辺部分の条件が整合するかどうかを検証すべきである。これによっ て、交差部分の分析を行い、あらゆる可能性を評価できる。 2 .組織や学校の中で自分を協働者として位置づけるべきである。関係者が動機付けら. れ、それが原動力になり、結果として生産の場合も業務達成の場合も価値の創造が 呼び起こされる。. 3 .両者(組織と質)とも信頼を維持し続けるべきである。保守的な安定と変革の相互 理解は正しい目的に向かつての方向性として役に立つ。その際、相互の信頼性を失 わないように配慮すべきである。. 4 .両者とも献身的に全体につくすべきである。公の施設は住民、特に地域の生徒全体 の奉仕者である。つまり、生徒の要求は経済的、イデオロギー的、政治的あるいは 科学的根拠に基づく利害関心に優先する。人権に関するものであれば法律や規則そ れに教育プランにも優先する。もし遂行上矛盾が生じれば、教育計画や訓育計画を 変えるか、人間を変革すべきか検証しなければならない。法律及び規則も業績達成 や改善のために学校全体に奉仕すべきである。. 5 .両者とも自らを優れた目標に方向付けるべきである。その目標は新しい領域で、安 全かっ疑問の余地がなく、明白で卓越した目標でなければならない。その目標の設 定は有利な条件になり、その時々の立場、場合によっては継続的に方向修正を検証 するのに役立つ。. 6 .両者は目標遂行のプロセスを記録しておくべきである。計画が成功するか挫折す るかは勝れて、プロセスの首尾一貫性にかかっている。プロセスは定期的に検証さ. K o n t r o l l e ) によ れる事が必要であり、逸脱が生じれば即座に修正される。管理 (.
(12) 6 2. 織田成和. って重要な意義が与えられるが、プロセスの記録はその意義が得られる手段であり、 そこから偶然性のあるものや拘束力のないものが取り出され、必要な手続きにいた る 。. 7 .学校は.改革の速度を調節すべきである。大部分の改革は迅速に現実化することが 要求される。人は性急な性格を持ち、鉄が熱いうちに打とうとするが、あらゆる行 為には時間が必要である事を考慮する必要がある。近隣の学校で改革が成功しても、 それを模範として適用しようとすべきでない。組織にはそれ独特の財源や人的・物 的資源がある。それを考慮しなければ、経営は促進せず、解決や改革にもつながら ない。. 8 .組織の.法則性と例外を区別すべきである。この提言の枠内において、組織に関す る法則性と関係を指摘した。これは組織の財源と同様、協働者,上司,顧客(児童・ 生徒)との正しい関係に当てはまる。忍耐という感情を粘り強さや確信を持った洞 察に結びつけ、健全性とそれに直接かかわりを持っている人が成果に満ちた行為の 前提条件であることを考慮すべきである。 9 .両者は.自分自身に向かつて仕事を達成すべきである。質の概念をめぐるあらゆる 努力の最大の目標は特定の質の状況の確定や保障ではなく、システム全体の恒常的 な改善である。そのため、「現在がどんなにすばらしし、か」を問うのではなく「常に 新しい挑戦に向かう事ができるには、どのような方法を用いればさらに一層発展さ せられるかJを何度も問いつづける事である。. 1 0 .改革の.成長には自由が必要である。強制された改革が望ましい成果をもたらす事 はめったにない。それゆえに改革が進展できるような風土を創り出すのに自由は効 果的である。組織構成員は自らの感情そのものに責任を負うべきであり、それが、 すべての関係者にとって喜びと熱意を持ち、同時に慎重に認識される合目的的な組 織に基づく質の経営である。 ③学校監督の任務と改善点 学校監督の制度は学校の上部組織に文化省や中間当局ないしは学校庁があり、統 一的な組織として配置されている。つまり、学校は自立的組織ではなく、文化省や 中間当局である学校庁等の教育行政や関係庁の最も下部の機関で、あってその行為能 力は制限されている。その中で学校を質的に発達させようとすれば、学校監督担当 者や教員の現職教育及教員自らの学習と同時に組織学習が不可欠であり、加えてド.
(13) 後期中等教育における学校管理の動向. 6 3. イツの 3つの行政段階で、ある文化省、中間当局の学校庁および教育行政末端の学校 でも組織学習が必要になってくる。 一般的に組織の研究は構造的研究によってかなり定着している。個人の学習は心 理学や行為形態によって研究されるが、組織の学習は組織構造の改革を研究するこ とから始める必要がある。 提案の最後に学校監督の総体的な役割任務と改善点を列挙する。 ・学校監督の任務に、監督領域の中で質の発達や質の保証(目標、基準、手続き等) の方針や大綱条件推進の権限まで持たせる。それによって質の保証を支援するこ とになる。 ・学校監督の任務を、学校の質の基準が学校プログラムの発達や授業及び評価にい たるまで発達させる。新規の概念と発達を促進するために授業評価や管理システ ムが意義を持ってくる。 ・学校監督の任務は管轄下の学校の授業発展のために、新しい学習文化の履行のた めに、教授上の訓練のために、組織発達と人事発達のために、学校プログラム活 動と模範とする活動ならびに学校の質の経営のために専門的な指導・助言を提供 することにある。 ・学校監督による学校訪問任務は個々の学校管理や指導助言を優先的に行うのでは なく、学校プログラムの発達や指導管理、指導計画の遵守管理、学校文化や質の 基準の向上を目的に行う。 ・学校監督の任務は学校に管理業務を設定する事にある。それによって目標志向、 過程志向、利益志向が設定される事になる。. 参考・引用文献 ①市川須美子監修、教育小六法、学陽書房、平成 1 6年 ②産経新聞、平成 1 6年 5月 22日(土). 5年 8月号、平成 1 6年 3月号、 ③文部科学省、中等教育資料、平成 1 平成 1 6年 9月号. 4年 ④仲新監修、学校の歴史第 3巻、中学校高等学校の歴史、第一法規,昭和 5 ⑤日本教育学会第 62回大会資料集. 4年 8月 ⑥安彦忠彦監修、現代学校教育大事典、ぎょうせい、平成 1.
(14) 6 4. 織田成和. ⑦M a r t i nC r e u t z b u r g lW a l t e rA F i s c h e rS y s t e m b e r a t u n gundQ u a l i t a t s m a n a -. g e m e n t,S c h u l m a n a g e m e n t, 2 0 0 6,6 . 0 1O l d e n b o u r g . 「 注 JM a r t i nC r e u t z b u r g博士は 1 9 4 8年生まれで、ワイマールの人材と組織の発達 に関するフリーのアドパイザーでかつ指導者である。. W a l t e rA F i s c h e r博士は 1 9 9 8年までオーバーエースターライヒのドイツ教育研究 所で、学校経営領域の代議員であった。それ以後教育経営及び質の経営に関する民間 研究所の運営を担当している。.
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小学校学習指導要領総則第1の3において、「学校における体育・健康に関する指導は、児
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