Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Soolety for the Solenoe of Deslgn
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1 .
ロー
ゼ ンベ ル ク 『図説 服 装の歴史 』ロ
ー
ゼンベ ル クの 『図 説服 装の 歴史』の邦訳 が
、
よ うや く出 版 さ れる こ とになっ た。 (2001 年 11月、
図 書 刊行会。 Rosenberg/Heyck/ Titke
,
Geschichte des KostUms,
Wasmuth , 1905
−1923
)。 ア ドル フ・
ロー
ゼ ン ベ ル ク (Adolf
Rosenberg,1895−
1906 )はベ ル リン大 学に学んだ 民族学 者で美術史 家、
服 装 史 家で もあっ た。 ロー
ゼ ンベ ル クの 名は わ が 国で はその 著 書の一
冊 『レオ ナル ド・
ダ・
ヴィ ンチ』が技 術 文 化 史 家加 茂 儀一
氏に よっ て訳出 さ れてい る (富 山 房、
昭和 17年 〉。 歴 史 学 者の エー
ドゥ ア ル ト・
ハ イ ク、
画 家の テ ィル ケの 協 力を得て上梓され た 全5
巻に及ぶ こ の 大冊、 文 化 女 子 大 学図書 館か ら出版 さ れ た 『西洋服飾関 係 欧 文 文 献 解 題・
目 録』の 中で くわ しく紹 介さ れてお り、
我々 はこ こに所 蔵 され てい る テ キ ス ト に よっ て邦 訳 を行 うこ と がで き たの である。で は 『図説
服 装の歴史』の編 集部は
、
どの よう な 布 陣に よっ てどの ような成 果をあ げるこ とが 出 来 たの だろ うか。 まず 第一
にロー
ゼン ベ ル クは学 芸 記 者で、
通 信、
交 通の 手 段が 急 激に 進 歩 し た時 代にあ っ て民 族 学 (VOIkerkunde )や 民俗 学 (Vo]kskunde )等の 新 しい 情 報 を 得るこ と ができ たし、
美術 史の成果を取 り入れ るこ と も容 易だっ た。 次にハ イ ク だが 詩 文の 才に恵 ま れ、
その 著 作の ひ とつ 『ロ コ コ の女性た ち』は文 化 史家のハ ウ ゼ ン シュ タイン (Hausenstein)に よっ て高く評 価 されてい る。 次に画 家の テ ィ ル ケだが、
この 人は17歳で 画 道に志 し、
ス ペ イン のセ ヴ ィー
リ ヤで 模 写 を、
パ リ で は服 飾学とデ ザ インを学ん だ。
北ア フ リカ、
東ヨー
ロ ッ パ な どで見聞 を深め、
民 族 衣 裳 美 術 館の設営な どに貢 献した業 績に対 してロ シ ア皇帝から服 飾 学 教授の称号 を受けてい る 。 不 幸に し て1906年ロー
ゼン ベ ル クが 他 界 した 後は重 任 を 負 わさ れ た筈である。この ように して ロ
ー
ゼンベ ル ク の 『図 説服 装の歴史』 は第
一
巻の刊 行 以 来18年の歳 月 を か けて完 結し た。 さま ざ まの欠 点 を あ げるこ とは出来ようが、
偉 業と言うべ き で あろ う。 2.
生 活 文 化 史 家ベー
ン この 『図説 服 装の 歴史』と ほ ぼ時 代と規 模 を 同 じ く して刊 行 され たの がマ ッ クス・
フ ォン・
ベー
ン の 『人間と流 行』(
Max
vonBoehn ,
畳860 −
1932,
Menschen undModen ) 全8 巻 1907
−
]925、
補 巻 『付 属 服 飾 品』 (Das
Beiwerk,1928
)〉
で あ る。 前 述の 『解題・
目録 』はこ の 流 行史の全容をみ ご と に と らえてい る。 し か し、
この流 行 史だけ で は文 化 史 家と し ての ベー
ン像のすべ て をとら えて い るとは言えない。
「解 題・
目 録』の 編者は、
しか し、
その 点 を よ く心得てい て、
生活 文 化 史家とし ての べ一
ン の諸 業 績 「ロ コ コ・
18世紀の フ ラン ス 』 『[8
世 紀の イ ギ リス』 『18
世 紀の ドイツ、
全2
巻 』 『アン ピー
ル』 『ビー
ダー
マ イ ヤー
』『帝政か ら共 和 制へ 』 『19世紀フラ ン ス 文 化 史』な どヨー
ロ ッパ近代 史の基 礎 的な研 究 書を続々 と 出版して お り、
文 化 史として の ス タ イル を取っ ては い る もの の、
実は衣 食 住 をベー
ス と した 生活文 化史家であ り、
しか も同 時に正 統 なフ ァ ッ ショ ン史 家で も あっ た こ と を伝えて くれ る。 生活 文 化 史、
乃 至、
生 活 文 化とい う言 葉は、
今でこそ 日常 的に用い ら れ、
行政 用 語に も 成っ て い るが、
私が 『西 洋 服 装 史 入門理想 祉』を出版 し た 昭和30 年頃に は
、
ま だ あ ま り使わ れてい なかっ た。 文 化 史 家の ベー
ン自 身 も生活文 化 史とい う 言 葉は使っ てい ない、
と思 う。 第2
次 世 界 大 戦後の ドイツ で刊 行 さ れた 歴史 書、
ヴィ ルヘ ル ム・
トロ イエ (Treue,
1909−
)の 『日常生活文 化 史 』(Kulturgeschichte des Alltags,1961)がこれに相 当 する か
と思わ れ る。 ナ ポ レオ ン帝 政
、
フ ラ ン ス の王 制 復 古、
失 敗した ド イツ革命、
ナ ポ レオン3
世によ るフ ラン ス第2
帝 政、
ド イツ帝 国の成 立 な ど、
政治が 激動する中で、
19 世紀 後 半の ドイツ史学 会は、
政治 史が主 流 だっ た が、
こ れ に対し て美 術、
思想、
宗 教、
都 市計 画、
建 築 学の諸 分 野 が 文化の 連合体 を な し て 政治 史に対 抗 し ようとした。 これ が文 化 史で ある。「ド イツ 民 族 学 の 父 」 と呼ば れ る リ
ー
ル (Riehl,
1823−t897
)がバ イエ ル ン国 王に信任 さ れ て ミュ ン ヒェ4SPECIAL
ISSUE OF JSSD Vol,
9 No 4 2002 デザ イン学 研 究 特 粲 号Japanese Society for the Science of Design
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「客を も て な す」 ン大学の文 化 史正 教授になっ たのが1859年
、
バ イエ ル ン 国 立 博 物 館 長に も就 任 した。 当時文 化史の 正 教授と なっ たの は ドイッ で リー
ルー
人 だ け だっ た。 そ し て 服 装 史も 又、
文 化史の一
翼を担 う ものなの である。 さきに、
マ ックス・
フ ォ ン・
ベー
ンを私は生 活 文 化 史 家と呼んだ が、
生 活 文 化 史 と文 化 史 と は、
どの よ うに違 うの だろ うか。 文 化 史は哲 学、 宗教、 美 術、
文 学、
音 楽、
生活習慣 (エ チ ケッ ト)、
医 学、
衛生、
天文な ど を研 究 の 対象とし、
高 度 な 文 化を総 合 的に評 価 し よ うとする が、
生 活 文 化 史 は 本 来 衣 食 住 をベー
ス と し、
これに相 当の 文 化 価値を認め よう と する。 衣食 住 あっ ての高 度 文 化 なの である。 宗教に対 し て、
俗 信や迷 信。 医 学に対 して は、
呪 術 や 祈 祷。 純 文 学に対 して は通 俗 娯 楽 文 学。 純 粋 美 術 に対 して は商業装飾美 術とい うふ うに、 後者を差別 し な い 。 こ と に 衣食住 とい う日常生活 分 野を 大 切に考え、
宣 伝用の ポス ター、
遊 技、
日常の 料理法、
服 飾デザ インな どに美 術として の差 別 をあたえるべ きで はない、
と考える。3 .
「ヤー
ル フンデル トヴェ ンデ」ドイ ツ服装史の黄金時代 ヤー
ル フ ンデル ト ヴェ ンデ (Jahrhundertwende >とい う言 葉 が ある。
ヤー
ル フ ン デ ル ト (世 紀 )の ヴェ ンデ (Wende
転 換 期)とい う 意味の ドイツ 語だ が、
どの世 紀に も必 ず ある世紀 転 換 期と言うの で はな く、
19世紀の 後 半か ら20世紀の前 半に かけての一
回 的 (einmalig ) な もの と考え て み る と、
「ヤー
ル フ ンデル トヴェ ンデ」は ドイツ服 装史の 繁栄の 時 代に重 なる、
黄金の 時代と呼ん で もよい の では ない だろうか。 私はこ の黄 金の 時 代の 後 半 を 代 表 するもの と して ロー
ゼ ンベ ルクの 『図説 服装 の 歴 史』とベー
ン の 『流 行 史』を挙げ た。 「世 紀転換 期」 「食肉 の 加 工」 の前 半、
つ ま り19
世紀の 第4
四半 期 を 代表する もの と し て は、
クレ ッ チ ュ マー
(Kretschmer,
1825−
1891 )とロー
ル バ ッ ハ (Rohrbach, ?−
1889 )が 『諸 民 族の服 装』を著 し たのが 1860 年であり、
ヴァ イス の西 洋 服 装 学 (Weiss,
1822−
1897,KostUmkunde,
Geschichte
der
Tracht unddes
Gerats,1860
)が体 系 化さ れ始めたの も1860 年か らだっ た の で、
ド イツ服 装史の世紀 転換期は1860年
か ら1925
年 (ベー
ン の流 行史第8巻刊行 )まで 、 として おこ う。4 .
文 化 史の栄光と偏 見 19世 紀は一
般 市 民の 教 養 が たかま り、
各 種の百 科 事 典 が 続々 と刊 行 された 時 代で ある。 そ れ が 婦 女 子の 教 養 を た かめたこ と は否定でき ない 。 にもか か わ らず19世 紀は誤 りの 多い 世 紀 なの である。 ベー
ンと同 じ く 『ビー
ター
マ イヤー、
全3
巻、
1980 年 』 の 大 著 を 出 した ミュ ン ヒェ ン大 学の 碩 学、
ゼ ン グ レ教 授 (Sengle)はこ の著 書の 中でこ う言っ てい る。 「自分の 仕 事は全 体の ひ ろ が り さ え 分から ない 遠い 未 知の 国で測 量 を く りかえ し、一
応の地 図 を作 っ てい る 段 階 だ。」すべ て の歴史現象が 豊富な資 料によっ て明 白に さ れ てい な け れば なら ない 筈な の に、
真 実の姿が か く さ れ たまま に な っ てい るの は、
ひとつ に は、
個別 研究者たちの 偏 狭で恣 意的 な資 料がベー
スにされて き た た め、
とゼ ングレ教 授 は考 え る。 社 会の倫 理によっ て操作さ れて き た資料を検 討する こ と な く鵜呑み にしてき た ため で もある、
と私 も 考える。 こ とに、
明治維 新以降の 日 本で は、
本 来は畸 型 化 し てい た筈の 19世 紀 ヨー
ロ ッ パ 杜 会 像 とその 価値観、
こ とに倫理観を絶 対視し たこ と が、
本 来の ヨー
ロ ッパ 像 をい ち じ る し く歪め てきた と思わ れ る。 ベー
ン の捕 ら えデザ イン学 研 究特 簗 号 SPECIAL ISSUEOF JSSD VoL g No
.
4 20025 N工 工一
Eleotronio LibraryJapanese Society for the Science of Design
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「簡 易 裁 判 」 たヨ
ー
ロ ッ パ像 を 読みとる こ とに大 きな意 義がある は ずである。 世 紀 転 換 期の ド イツ文 化 を 考 え る 時、
見 逃 してなら ない の は、
ヨー
ロ ッパ 文 化の基 本に宿る官 能 性である。 この 官 能性は18
世 紀 ロ コ コ とい う 総合生活 文化 様 式の み な ら ず、
19肚紀 前 半の ビー
ダー
マ イ ヤー
とも連 動 す る。 ベー
ンが 『ビー
ダー
マ イ ヤー
』を 上 梓 した1911 年 の 前 後に は、
ロ コ コ を 基 調 と し た官 能的著 作が数 多 く 見受け られる 。 こ れ らの 歴 史、
美術、
文 学 作 品 を、
偏 見 を排除しつ つ検討 する こ と は大 切で あろ う。5
.
ロ コ コ 詩 人 ヴィー
ラ ン トの断 罪18世紀ロ コ コの 文 人ヴ ィ
ー
ラ ン ト (Wieland,
1733−
1813 )は ドイッ・
ロ コ コ を代 表する官 能 詩人だっ た が、
その 生 前 すで に新古 典主義の道 徳的 社会に よっ て 断 罪 さ れたが、
19世紀の 後 半に、
権 威 あ る 大 学 教 授 た ちに よっ て、
ロ コ コ文 学の 生 存 その もの が 反社 会 道徳の 故 をもっ て罰せ られたの である。
6 .
フッ クス の断罪エ ロ テ ィ ッ ク美術の 蒐 集
、
公 開 と 社 会 主義 運動家と し て知ら れ るフ ッ クス (Fucks,
1870−
1940 )が粗野 な官 能 表現に よっ て裁 判 に か け ら れ たの は、
男 女の、
とり わ け 女 性の性 器や性 行 動を極 端に隠そうとする 社 会 道 徳上の強 制に対し て、
性の 自 由な 表 現 を 求 め る 傾向は 19世 紀 後 半から20
世 紀 初 頭 (世紀 転 換 期 )に かけて盛 ん にな り、
1909
年フ ッ クス の 『挿 絵入 り風 俗 史』の発 刊にょ
っ て ク ラ イマ ックス を 迎 え た。 「針 仕 事 」 7.
「世 紀 転 換 期」を 見直すドイツ服装史の 黄金時代が 「世 紀 転 換 期」にあては まる
、
と 私は言っ たが、
それは 激 しい 出 版エ ネル ギー
に対 して そ う 言っ たの で、
学 問 的真 実性が純 粋に追 求 された か らで はない 。 この時 期に活躍 し た 生 活 文 化 史 家たちの 中 に は、
不 当に低 く評 価 され た り、
無視さ れ てい る者がす くなくない。
「学 者 年 鑑」に掲 載さ れない こ と に よっ て学 問 的 価 値 が 無視さ れ たの である。 第2
次 世界 大 戦の終了後こうし た著 作に対 して、
学 者 と し ての 名 誉回 復 が 試みら れてはい る もの の、 生活 文 化 史 の 立場か らの 見直しの 努 力は、
充 分と は言 え ない 。 世 紀 末にも訳 出 に 価 す る数多くの 服 装史や文化 史の 良 書 が、
ド イツ語の 原 書からだけで な く、
英語版 も 豊富に あるこ となの で、
訳 出 が 期待さ れ る。さ らに又
、
「世紀 転 換 期 」に は数多くの 「街の 文 化史 家や好 事 家、
雑 学 者 がい る はず なの で、
偏 見に落ち入 るこ とな く発 掘 を 試み たい もの である。 尚、
明 治 大学 教 養 論 集所収の 拙 稿 「世 紀 転 換 期 ド イ ツ の文 化 史 家た ち」(1) (2
> (200t年、
2002 年)を参 照さ れ たい。 図 版 出 典W
.
H.
von Hohberg.
Geor8ica Cttriosa、
oder Adeliges Land−
und 脅 ノ41どδθ月.
Unterricht von 乙o畷9〜1’θ 厂〃 und Adetiger Wirtschaft auf de tnLande
、
NUrnberg.
1682 (ホー
ベ ル ク の家 政 書 『緻 密 なる農 業、
また は貴 族の地 方 生 活 亅i682年 刊 行 ) 飯 塚 信 雄 著 『男の家政学〈なぜ女の家 政になったか 〉』朝日選書313
、
朝日新開 社、
1986年 よ り。
6SPECIAL ISSUE OF JSSD Vol