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FEB 2006 News_ p8 to p15

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/2006年2月号

8

月17日(火)東 京・大 手 町 の JAビルにおいて教会より全国厚 生農業協同組合連合会(以下JA全厚連と略 称)への車いす990脚の寄贈式典が開催さ れた。アジア北地域会長会第一副会長のデ ビッド・F・エバンズ長老,地域七十人の新山 にいやま 靖 やす 雄お長老,地域福祉スペシャリストの森村もりむら長 老姉妹,福祉宣教師のジェンセン長老姉妹, 地域広報ディレクターのブロードヘッド長老 姉妹,東京主要都市広報ディレクターの鈴木 す ず き 和 かず 夫 お 兄弟らが出席した。JA全厚連は,病院 や診療所などの数では日本で最も多い122 の医療施設を持つ団体である。 遠藤 えんどう 利明 としあき 衆議院議員は,教会とJA全厚連 の仲立ちとなり,式典では車いすの必要性 を語りながらあいさつした。「わたしの古く からの友人で教会の会員でもある方の紹介 により,今回の寄贈式へ出席させていただ くこととなりました。わたしも以前,病院で 介護体験をしたことがあります。食事をす るのに30分かかる人もいれば1時間かかる 人もいました。体の状態がよく分かりませ んでしたから,どの程度まで助けてよいの か理解するのに苦労しました。今回の車い すの寄贈は,そのような人たちへ回復の意 欲を与えてくれるすばらしい事業だと思い ます。このような活動を通じて,助け合う心 が広がっていくことを祈念 き ね ん しております。末 日聖徒イエス・キリスト教会の皆さんが,ま すますこのような活動を継続して,社会に貢 献してくださることを期待しております。」 寄贈団体を代表して遠藤議員から車いす 990脚の目録がJA全厚連の沼田 ぬ ま た 清剛 せいごう 理事 長へ贈られた後,沼田理事長よりエバンズ 長老へ受領書が手渡された。 あいさつの中でエバンズ長老は「JAの皆 さんによってこれらの車いすを必要な方々 へお届けいただけることに感謝しておりま す。イエス・キリストは,宗教,人種,国籍 にかかわらず助けの手を伸ばすように教え ておられます」と感謝の気持ちを表した。 また,マタイによる福音書第25章のたとえ を引用し,「小さい者」への行いについて説 明した。「イエス・キリストが話された『小さ い者』とはだれのことを指しているのでしょ うか。どのような状況であっても,助けを必 要としている人は『小さい者』ということで す。教会では互いに重荷を負い,助け合い, 慰め合い,全世界で助け合えるように努め ています。アフリカの小国で必要とされて いるのはきれいな水かもしれません。飲料 水を手に入れるために遠くまで行かなけれ ばなりません。教会ではそのような地域に 多くの井戸を整備する活動を行っています。 また,アメリカのハリケーンで家を失った人 たちに対しては,住む場所が見つかるまで 教会堂を提供しました。ボランティアによ って数千時間の労働力を提供することも行 われています。今回の車いすも皆さんによ って全国に届けられることは,とてもありが たいことだと感じています。」 受領者であるJA全厚連を代表し沼田理事 長は,教会との今後の継続した活動につい ても触れながら感謝のあいさつを述べた。 「990脚という多数の車いすを寄贈いただ き感謝申し上げます。過去に寄贈いただい た170脚の車いすはすでに長野や神奈川の 病院へ贈られ,利用者や病院関係者から大 変喜ばれています。現在122の病院の運営 に 携 わって おりま す が,今 回 の 車 い す も 様々な地区で活用されることになります。 今回の寄贈に加えて,今後も引き続きご支 援をお願いいたします。」 懇談の中では沼田理事長より教会名の中 にある「末日」の意味について質問がなされ, 新山靖雄長老から「今の時代が末日である こと,そしてその時代にイエス・キリストの 再臨を待ち望む人々の教会であることに由 来している」との説明も行われた。◆

教会,JA全厚連に990脚の車いすを寄贈

東京・大手町のJAビルを訪れて贈呈式典に臨んだ教会代表者とJA厚生連の幹部の方々。前列の車いすに座っているのは, 左から,廣瀬泰彦 神奈川県代表理事理事長,沼田清剛 全国代表理事理事長,遠藤利明 衆議院議員,デビッド・F・エバンズ長老, 雪平幸一郎 埼玉県代表理事理事長。

February

2006

沼田理事長から 受領書の伝達を受ける エバンズ長老。

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平洋戦争中,グラマンと互角に張り合った名機と謳 うた われる海軍の“2式飛行艇”と いう飛行機がある。当時,その開発を 陣頭指揮していたのが阿久根 あ く ね 豊 ゆたか 兄弟 である。大正3年(1914),鹿児島に生ま れた阿久根兄弟は,熊本の工兵隊で最 初の兵役を終え,1936年に川西航空と いう軍需航空機メーカーに入社する。根 っからの技術者であった阿久根兄弟は, 入社1年半後には2式飛行艇の設計から 試作までを任されていた。徹夜態勢で の作業を重ね,4年目にやっと試験飛行 にこぎつける。量産体制に入ってからも, 北海道から鹿児島まで全国の航空隊を 渡り歩いてレーダーと機関銃座の取り付 け指揮に追われる。軍事機密だったの で,食事にもトイレにも常に憲兵の護衛 と監視が付いた。太平洋戦争が始まる 直前に再び徴兵され満州へ向かうが, 「阿久根がいないと飛行機ができない」 との軍部からの要請により,3か月で呼 び戻されるほどだった。 戦争末期の1945年5月13日,阿久根兄 弟のいた川西航空の工場は大空襲に見 舞われる。実はその日に工場が爆撃さ れることは,アメリカからの事前通告によ り1週間から10日くらい前に分かってい た。工場の防空壕は,小山のように土を 盛り上げた中にトンネルを掘り,竹で土 留めをしたものだった。屈 かが んで歩かなけ ればならないほど天井は低いが,100人 ほども収容できる大きな壕である。トン ネル状なので入り口は2つある。同様の 壕が工場内に幾つかあった。 午前9時半,責任者として工員を防空 壕に入れた阿久根兄弟は,人ですし詰 めの壕の入り口に立って様子を見てい た。海の向こうから200機か300機かとも 思われる大編隊が飛来するのを眺め, 「もうこら最後やなあ」と思ううち,大きく 迫ったB29から放たれた(恐らく)1トン 爆弾が,阿久根兄弟のいた壕のすぐ脇 に落ちる。(後から見ると壕から3メート ルほどのところにまですり鉢状の爆発跡 が迫っていた。)阿久根兄弟はその場に 伏せ,逃げ遅れた同僚が折り重なるよう に阿久根兄弟の腿 もも の上に伏せる。雷が 30も同時に落ちたかのようなすさまじい 音と爆風,砂ぼこりが荒れ狂い,トンネル 状の防空壕を吹き抜けた。 やがて砂ぼこりが収まりかけうっすら と視界が開けてきた。「おい,もう空いた から(壕の)中に入ろう」そう同僚に呼び かけるがうんともすんとも言わない。「あ ら,死んでるなあ,と思うとわたしの尻の 方へ温かいもんが行く……ひょっとして これ自分もやられてるなあ,と。最初は 痛くも痒 かゆ くもないんです。」見ると足はもう くしゃくしゃだった。爆風で下から吹き 上げられた破片が地に伏せた阿久根兄 弟の大腿部 だ い た い ぶ を貫通し,その足の上の同 僚の頭部をも貫いたのだった。 壕の入り口の竹が燃えていたので,反 対側の入り口へと這 は いずっていく。途中 見てゆくと,その壕の中に動く者はない。 続けて隣の壕を見回るも生存者はなく, そこに避難した何百という人々は皆死ん でいた。爆風で飛ばされ木に引っかか っている死体もあった。 やがて爆撃も下火となり米軍機は去 っていった。阿久根兄弟が呆然と壕の わきに座り込み,空襲警報が解除になる のを待っていたそのときである。 右前方に人の姿を見たように思う。死 んだ母親の幻かとも思ったが,そうでは なく,白い衣を着けた人の姿であっ た。ほんの数秒のことである。「わた しは,若いときでもキリスト教とかそんな ことは全然知らなかったんですよ。何が 何かさっぱり分からない。だから,何だ ろうなあ,何か不思議なものがあったな あ,って思って,もうずっと考えて。」 幸いなこと,また不思議なことに,あの とき左大腿部を貫通した破片は骨も腱 も神経もそれており,傷が癒えると歩行 に何の支障もなかった。守られていた, と実感する。 *** 戦後,焼け野原で暮らす人々のため, 無料でバラックの修理をして回ったとい う阿久根兄弟。その後は設計と木彫の 技術を生かし,住宅建設業を営んできた。 奥様は早くから教会に改宗していた。 6年前の1999年に脳梗塞で倒れて以 来,命が危ない状況に何度か陥り,その 度にイエス様の夢を見る。「教会に入ら なけ れ ば 」との 思 い が 次 第 に 募 った 。 2005年春にも肺炎で入院,一時はもう危 ないと言われながらも持ち直す。守られ ている,との思いを新たにした。そして その夏,阿久根兄弟はバプテスマの水 をくぐる。バプテスマ当日,病後の91歳と は思えない気丈さで,早朝から教会堂 の前に一人で待っていたという。 生命の危機のときにはいつも主に守ら れてきた,と強く感じている阿久根兄弟 は,「あとどれくらい生きられるか分から ないけれど,命の続く限り精進していき たい」と語っている。◆

信仰の風景

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川西 2式飛行艇 阿久根兄弟が自分で建てた自宅の内部。 階段や柱,壁の彫刻もすべて自作である。 阿久根 豊 兄弟

60年の時を隔てて

主の教会へ導かれ

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日本人で初めて韓国に召された宣教師

── 韓国出身の宣教師の良い影響力に導かれて 高地 こ う ち 拓真 た く ま 長老 / 韓国・ソウル伝道部専任宣教師 大阪ステーク大阪ワード出身

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今日の若人をめぐる様々なトピックをお伝えするシリーズです。

道への召しの手紙が届いたと母親から伝えられた高地拓真 兄弟は,それを開封するため に急いで家へ向かった。自転車を走ら せながら何度も祈った。「どうか韓国に 召されますように……。」 高地兄弟が韓国を意識したのは,自分 のワードで伝道した韓国出身の長老との 出会いからだった。「伝道の最後の3か 月間をわたしのワードで過ごした李 リー 瑛文 ヨンムン 長老と高校生だったわたしは一緒によく 伝道しました。伝道を手伝い,李長老と の信頼関係も強くなってきました。伝道 を終えて帰るころ李長老はわたしの母 に『拓真兄弟を韓国へ連れて帰ってもい いですか』と冗談交じりに尋ねたんです。 それに対して母は『いいですよ』と答え ました。」 李長老が帰国した2週間後に高地兄 弟は韓国へ旅行に出かけた。そして, 一昨年の12月に宣教師としての申請書を 提出する。李長老と一緒に伝道した日々 は,高地長老の伝道への思いを高めて くれるものだった。 「周囲の人からは韓国に召されること はないと言われました。今まで韓国へ召 された日本人は一人もいませんでしたか ら。わたしもそのときは韓国語を話せる わけでもなかったのですが,どうしても 韓国で伝道したいという気持ちだけは 強まっていました。」──宣教師としての 召しの手紙が届いたのが昨年の1月。母 親からの連絡で慌てて家に帰った高地 長老が開封した手紙には,宣教師として 召される任地が記されていた。そこに は英文で「Korea Seoul Mission(韓国 ソウル伝道部)」と 書 か れて い た 。 高地長老が,日 本 人として 初 め て 韓 国 に 召さ れた宣教師になった瞬間だった。 2月にユタ州のMTC(宣教師訓練セン ター)へ向かった高地長老はそこで韓国 語のトレーニングを受け,その後,韓国 へ旅立った。言葉の問題から一時は伝 道部を変更することも検討されたが,最 終的には,最初の手紙に書かれていた とおり5月に韓国へ赴任することとなっ た。まだ半年ほどしかたっていないが, 「高地長老の韓国語は伝道部の中でい ちばん上手」と同僚は話す。ワードの会 員たちも高地長老の韓国語の習得の速 さに驚いている。「宣教師の中でいちば んうまく韓国語を話せるのは高地長老」 と韓国人の会員からも高い評価を受け ている。 対日感情の最前線に立つ 最初に赴任したのはソウル神殿に近 い新村 シンチョン 。今は,ソウル郊外の議政府北部 ウ ィ ジ ョ ン ブ プ ッ ブ で伝道している。 「最初はつらいこともありました。同僚 と一緒に街頭伝道をするときも韓国語が あまりうまく話せませんでしたから,韓国 人でないことはすぐに分かります。自分 は日本人だと言うと話を聞いてくれない こともよくありました。最初の任地でほと んどのことを経験しました。あるとき街 頭伝道をしていると,わたしの言葉がよ く分からなかった男性が,どこから来た のか尋ねてきました。日本から来たこと を伝えると,急に大きな声でどなり始め たこともありました。」 「こいつは日本人だぞ!悪い人間だ!」 近くの露店の人たちや周囲の人に訴 えかけるように,声を荒げて高地長老を 非難したという。渡された教会のチラシ を捨てた男性は「ここに座れ!」と促すと 延々と説教を始めた。「独島 ド ク ト (竹島)に近 い国はどこだ?」男性は政治的な問題 を詰問した。しかし,宣教師になってい た高地長老はあまりその問題の詳細を 知らなかった。「近い国はどこだ?」と問 い詰められた高地長老は平然 と答えた。「日本ですって答え たら20分ほど説教をされまし た」と笑う。「その男性はたくさ んのことを話したのですが, わたしは『いい勉強になるな ぁ』という気持ちでずっと聞いていました。 ショックを受けることはまったくありませ んでした。むしろ勉強の機会になりまし たね。」 「すべてのつらいことは最初の2 週間 で経験してしまった」と話す高地長老に とって,人から非難されたり,無視され ることは少しもつらいことではなかった らしい。自分で言いたいことが思うよう に言えないこと,むしろその方がつらい ことだった。路上で男性から説教され たことを思い出しながら「いい勉強でし たねぇ」とつぶやく高地長老。同僚の宣 教師が「とても前向きで,おもしろい人」 と言うように,高地長老は些細 さ さ い なこ とには決して落胆しない。「ほ とんどの若い人は日本人に偏 見を持っていないと思います が,まだまだ日本人を嫌ってい る人もいます。わたしは韓国の 人たちに対してまったく偏見が ありません。このすばらしい福 音を伝えられるならば,それだ けでうれしいことです。」 会うべき人を探して 高地長老と同僚は移 動中も常に伝道してい る。アパートへ帰るとき も,目的地へ向かうとき も,すれ違う人に気軽 に 声 をか け,福 音 に 興味があるかどうか 尋ねる。そのため, 移動時間は倍以上 もかかってしまう。 生活そのものが /2006年2月号

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青少年のころの高地長老に多大な影響を与えた李 瑛文長老(右)。 (『リアホナ』2004年3月号チャーチ・ニュース,15参照)

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伝道時間になっているのがよく分かる。 韓国の伝道部ではほとんどの宣教師 は自転車に乗ることはない。高地長老が 伝道するソウル伝道部でも,自転車に乗 って伝道している地区は数か所しかな い。あとは,移動手段としておもにタクシ ー を 使 って い る。料 金 の 安 いタクシーは宣 教師にとっては 便 利 な 伝 道 の 道具でもある。 「タクシーに 乗 っているときも 神 様 の 教 えを 紹介します。信 号で止まっているときにタクシーのドライ バーにモルモン書を紹介し,興味があ る人にはプレゼントします。韓国人では ないので興味を持ってもらったり,モル モン書をプレゼントするので無料で乗車 させてくれたりと様々な経験をします。」 タクシーに乗車する以外はひたすら徒 歩での移動になる。徒歩では少し遠い ような距離でもひたすら歩き,ひたすら 行き交う人に話しかけながら移動す る。典型的な韓国での伝道方法だ と高地長老は話す。できるだけ 効果的に働こうと二人の宣教師 は時間を惜しみながら話しかけ る相手を常に探している。「日本 と比べればクリスチャンの割合は 高いかもしれませんが,まだまだ キリストについて知らない人はたく さんいます。」 新村で伝道していたときの一つの経 験は,高地長老に韓国で伝道する ことへの熱意を再認識させてくれるもの だった。「ある男性が路上で宣教師と出 会いましたけれど,しばらくしてから徴兵 されたためレッスンを受けることはありま せんでした。しかし,その男性は頭の隅 にいつも宣教師との出会いのことが残っ ていて,兵役から戻ると再び福音を学び たいと思い宣教師を探しました。ソウル 神殿に電話をすると『いちばん韓国語が 上手な宣教師を紹介しましょう』と冗談交 じりに言われたそうです。そして,神殿 の近くに住んでいたわたしたちが紹介さ れました。最初は電話で話しただけで, 会うことはできませんでした。しかし,そ の男性は,突然日曜日の集会にわたしを 訪ねてきました。その後レッスンが始ま り,1か月後にはバプテスマを受けまし た。彼は道で偶然出会った宣教師のこ とを忘れずに,数年たって真理に導かれ ました。このような人がここにはたくさん いるように思います。きっといつか導か れる人もいるのでしょう。多くの宣教師 と同様に,わたしが強く感じているのは, わたしを待っている人が韓国にいるとい うことです。その人たちをわたしが見つ けたり,会ったりしなければならないと 思っています。」 イエス・キリストの大使であること 韓国で働く宣教師は,個人宅で英会 話を教えて,後半に福音を教えるという 形で家庭集会を持つことが多いという。 子供への言語教育に関心を持つ親が多 いことから,高地長老と同僚も子供たち に英語を教え,その後家族に福音を伝 える。個人宅での英会話と福音のレッス ンをセットにしたプログラムのチラシを見 た人からの要望にこたえながら様々な 家庭を訪問している。最初のころに比 べるとまったく不自由なく韓国語を話せ るようになった高地長老は,会員や求道 者からの要望もあり,英会話に加えて 近々,「日本語会話」のクラスも開講する 予定だ。「やるからには本格的に準備し ようと思っています」と高地長老は,同僚 と一緒に様々な資料を集めている。 韓国では最近教会の名称が変更され た。旧来の名称から,さらにイエス・キリ ストの教会であることを前面に押し出す ような名称に変えられたのだという。「現 在の教会の名称を聞くと自分たちがイエ ス・キリストの教えを伝えている宣教師 であることが,もっとはっきりと分かるよ うになりました。」そう話す高地長老には 自信がみなぎっている。見ればネームタ ッグには最近作ったという,日本語で「高 地長老」と書いた紙も貼 は られている。日 本人であることで話を聞いてもらえなか った時期もあったが,今はそれも通り越 し,日本人であることを誇りに感じなが ら伝道の業に携わっているという。 「なぜ自分が韓国に召されたのだろう か。この質問だけは常に考えながら伝 道しています。ここにはたくさんのチング (友達)がいますし,韓国に召されたこと はハナニム(神様)に感謝しています。」 午前中にアパートを出かけてから夜ま で戻ることなく伝道する高地長老。今, 耳がちぎれそうに寒さの厳しい冬のソウ ルの町で「なぜ召され たか」と自問しながら, 出会う人々に「アンニョ ンハセヨ!」と声をかけ 続けている。◆ チャーチ・ニュース

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タクシーの運転手に モルモン書を紹介する 高地長老。 左──ソウル市内の町並み。下──家庭集会にて。まず英会話を教えてから福音を教えるというスタイルの伝道が一般的である。

(5)

界初の蒸気機関車は,と問われれば,多くの人がスティーブ ンソンのロケット号,と答える だろう。ところがスティーブンソンに先立 つこと四半世紀,リチャード・トレビシッ クが世界で初めてレールを走る蒸気機 関車を製作したことはあまり知られてい ない。当時の軌道が機関車の重量に耐 えきれず実用化にまでは至らなかったも のの,ユニークな形をした「ペニダレン 号 」が 産 声を 上 げ たの は,英国・ウェールズの マーサ・テッドビルにあ るペニダレン製鉄所,時 にイギリス産 業 革 命 の 最中 さ な か ,1804年のことであ った。 *** 静岡ステーク 清水ワード の興津俊 夫 兄 弟は 静岡市に 生まれ 育 った。高校 の 電 気 科 に 在学中から 無 線 通 信に憧れてアマチュア無線の免許を取 る。さらに高校卒業後は一念発起して国 家資格の電気主任技術者に挑戦,合格 する。清水市の船舶無線の会社に入社 して電気技術者としてのキャリアを積 み,そのころ静岡の街頭で宣教師と出 会って24歳で改宗。後に,実兄が脱サ ラして創業した鉄工所でともに働くことに なり,電気に加えて金属加工や機械製作 の技術をも身に付けることになる。 そのころ,工場の壁に1枚のスケッチ 画が貼 は られていた。それはトレビシック が1804年に作った世界初の蒸気機関車 「ペニダレン号」である。東京・上野の 交通博物館でスケッチされたものらしく, いつかこの復元模型を作りたい,と兄は 話していた。日ごろの忙しさの中でなか なか果たせなかった兄の夢を,後に弟 の興津兄弟が引き継ぐことになろうとは, 当時考えても見なかったという。 ペニダレン号,始動 12年前,興津兄弟は改宗当時からの 静岡支部の先輩であり盟友である土屋 つ ち や 和彦 かずひこ 兄弟と共同経営で,兄の工場か らのれん分けしたプラスチック加 工の会社を興した。経営は順調 に推移し,今では70人ほどの従 業員を抱える企業に成長して いる。そろそろオリジナルの 自社製品を開発したい,とい うとき,興津兄弟の脳裏に よみがえってきたのはあ のスケッチ画であった。 産業革命の立て役者であ り,すべての技術者の原点 でもあるあの「ペニダレン号」 を作ってみたい。鉄道模型製 作を手がけた経験などなく, すべてがゼロからのスタート だった。 資料集めのため交通博物 館を訪れ,新潟の博物館に 模型があると聞けばそこにも 足を伸ばす。鉄道模型製作の老舗に聞 くと,スティーブンソンの機関車はあって も,ペニダレン号の模型は国内では例が ないという。やがて構想に取りかかるう ち技術者魂がうずいてきた。単なる静 止モデルでは飽き足らない。モーターを 組み込んで,ピストンやギアの動きを見 ることのできる可動式モデルを作ろう。 さらにセンサー感知により,人が来ると 自動的に往復運転をして台座中央で静 止するようにしよう。どんどんアイデアは ふくらんでいった。 20分の1縮尺の設計図面に従い,NC フライスやNC旋盤などコンピューター制 御の加工機械で一個一個真鍮 しんちゅう から部品 を削り出していく。部品を組んではばら し,試行錯誤を繰り返しながら細部を 調整する。電源はレールから取る。車体 全体が真鍮でできていることもあり,プラ スとマイナスがショートしないよう絶縁に は気を遣った。モーターはさらに難物で ある。真鍮製の1キロ余りある車体を動 かすには強いトルク(回転の力)が要る。 しかし本体内に収まる小さなサイズで必 要なトルクを得られるモーターはなかな か見つからない。力があっても大きすぎ たり,駆動音がうるさかったり……インタ ーネットを駆使して探し回り,取り寄せて テストしたモーターは5個,ようやく「これ は」と思うものに巡り会うまで3か月以上 かかった。

“人を喜ばせる”技術者魂の原点をつくる

── 歯車一つから手作りした,世界初の蒸気機関車「ペニダレン号」の模型を英国で寄贈 ∼静岡ステーク清水ワード 興津 お き つ 俊夫 と し お 兄弟∼ 

この町に

末日聖徒

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Shizuoka

Shimizu

日本各地の末日聖徒のくらしの表情をお伝えするシリーズです。

Richard Trevithick (1771-1833) 完成した「ペニダレン号」。 木製の台座以外はケースに至るまですべて 興津兄弟の会社で製作された。 台座に仕込まれた照明で金メッキに輝く 車体が美しく浮かび上がる。 出発点となったスケッチ画 興津兄弟

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才能は人のために 「もっと先端的なノウハウを持っている 方から見れば大した技術ではないかも しれません」と興津兄弟は謙遜 けんそん する。し かし,ノウハウなど何もないところから完 成に漕 こ ぎ着けたことへの確かな自負は, 興津兄弟の表情に刻まれている。 「決して学業優秀ではなかった」とい う興津兄弟は,「何かこれだけで終わっ ちゃうのは悔しいなあということで国家 試験を目指して,取って。それがものす ごいバネというか自信になったんです。」 そうして電気技師として技術者人生をス タートし,兄の鉄工所で機械製作をも自 分のものにしてきた。この小さな「ペニダ レン号」には興津兄弟の人生の軌跡が 象徴されているのである。 「わたしは専門馬鹿みたいなところが あって,電気のこと,ものを作ることでは 負けないよと。何か一つでいいから自分 に自慢できるものがあれば,という思い, それを支えにね。決してレベルは高くな いかもしれません。(最先端の)人と較 くら べ ることはしないことにしているんです,競 争にならないので(笑)。でもやっぱり自 分にできる範囲で自分の能力を一生懸 命高めていく。自分を一歩持ち上げてい くという努力は常日頃していきたいと思 います。」人との比較ではなく,自分なり に一歩先を目指す。そこにはヒンクレー 大管長の「もう一歩善い人になりなさい」 とのメッセージに通じるところがある。 かつて興津兄弟は兄とともにNCフラ イス(コンピューター制御で自動的に設計 通りの形を材料から削り出す機 械)を自社製作したことがある。 数百万を払ってメーカーから購入すれば 簡単だが,技術者としての興津兄弟はそ れを潔しとしなかった。持てるすべての 経験を投入して自作したその機械は今 でも,工場の多くの工作機械とともに現 役であり,ペニダレン号模型製作にも活 躍した。「そういったものができたという ところでね,ほんとにわたしは幸せな, 恵まれた,祝福された人生を,技術屋と して歩んで来れたなあと思っています。」 自分の技術でものを作ることができ,そ れが人の役に立つという自信が,興津兄 弟を幸福な技術者にしている。 「わたしは指導者という立場でも若い 兄弟姉妹たちにもよく言っていたんです けど,自分の持っている能力や才能や技 術は,やっぱり世のため人のために貢献 して,人に喜んでもらって初めてその喜 びが倍加する。自分の趣味とか自己満 足だけで終わってはいけないと,技術者 としても思いますね。」 人に喜ばれる技術 インターネットを通じて資料を集めるう ちに,トレビシックの生地キャンボーンで 彼の業績を保存顕彰する「トレビシック 協会」があることが分かった。メールの やりとりをするうち,はるか日本でトレビシ ックの事績に関心を持つ興津兄弟らの 存在を喜ぶ協会関係者との繋 つな がりがで き,そうした中から,完成した記念すべ き第1号モデルをトレビシック協会に寄贈 しては,との提案が土屋兄弟から出され る。そうして2004年4月,製作者として興 津兄弟と社員の勝山 かつやま 賀夫 よ し お さんの二人が イギリスへ渡ることになった。 「あれほど喜んでもらえるとは予想もし ていませんでした。」現地では,そう興津 兄弟がふり返るほどの歓迎ぶりだった。 到着した駅のホームには,トレビシック協 会の会長とともに町長自らが出迎えてく れた。地元の小学校では,ペニダレン号 200年を記念して子供たちが壁画を制作 し,そのお披露目 ひ ろ め に招かれた興津兄弟ら が除幕の栄誉を与えられるなど,どこへ 行ってもVIP待遇で歓迎される。 いよいよトレビシック機関車200年の功 績を記念する「トレビシック・デー」の当 日。贈呈式に臨み,模型を手渡して万雷 の拍手に包まれたときは「感激と興奮で 身体 か ら だ が震えた」という。さらに,金色に輝 くペニダレン号の模型を掲げ,街中をパ レードで行進する栄誉にも浴した。自分 の作り上げたものが多くの人に 喜ばれ,そこから国 を超えて波紋の ように人の輪が 広 が ってゆく。 200年前のトレビ シックも,自らの技術 で人を驚き喜ばせた のであろう。これほど 技術者冥利 みょうり に尽きる ことはか つてなかっ た,と興津兄弟はふり 返るのである。◆ コーンウォール州キャンボーンにて トレビシック・デーの当日, 金色に輝く「ペニダレン号」の模型を 掲げてパレードに参加する 興津兄弟と勝山さん。 キャンボーンのビアー町長や トレビシック協会関係者への お披露目の席にて運転してみせると, 「すばらしい!」とどよめきが起こった。 ウェールズのサンテス・ ティドビル小学校で 壁画の除幕式に臨む。 トレビシック・デーに沸 わ く キャンボーンの街角で 宣教師に出会って。 チャーチ・ニュース

13

トレビシック像

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/2006年 2月号

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2005年度チャーチ・ニュース索引

1月号 ヒンクレー大管長,カリフォルニア州サクラメント神殿の鍬入れ式を執り行う 1頁 世界160か国以上における教会の発展 2頁 会員たち,破壊的な嵐を耐え抜く 3頁 アテネオリンピックで金色に輝いた宣教師たちの働き 4頁 タバナクル合唱団の歴史,ヤマヨモギのあずまやからロイヤルホールまで 5頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年1月 7頁 天使モロナイ像,奉献式から25年目に東京神殿の空へ舞い上がる 8頁 財界人対象の「仕事と生活の調和」シンポジウムを教会の後援で開催 9頁 『7つの習慣』のコヴィー兄弟,文部科学副大臣に教育について語る 10頁 ハーバード大学のクラーク学部長,民主党の国会議員と懇談 10頁 社会に称賛される家族の価値観 ∼熊本ステーク坪井ワードの岸家族, 社会貢献支援財団より「ハッピーファミリー賞」を受賞∼ 11頁 教会に届けられた感謝状(「世界の子供にワクチンを 日本委員会」より) 12頁 英語スピーチコンテストの優勝者,宜野湾市長を訪問して凱旋報告 12頁 日本の聖徒,ヒンクレー大管長の言葉に耳を傾ける ∼衛星放送によるステーク大会で,パッカー長老とソレンセン長老も語る∼ 13頁 奉献された教会堂 千葉ステーク成田ワード/町田ステーク高尾ワード 15頁 シリーズ:夫婦の履歴書 第9回  心臓手術を乗り越えて──車いすの夫婦宣教師(徳留清弘・貴美子) 16頁 歴史を見守る声……モロナイ像設置に寄せて 19頁 儀式の記録から見る東京神殿の25年 21頁 日本人の神殿参入にまつわる歴史記録をご提供ください(神殿歴史委員会) 21頁 シリーズ:この町に末日聖徒 7 10人の子供たちの里親として慕われるお花の先生(比嘉リミ子) 22頁 専任宣教師―JMTC 294期生 25人,海外4人,夫婦宣教師2組 24頁 役員の異動(2004年11月6日∼11月27日) 24頁 2月号 歴史的な大会に感銘を受けた会員たち 1頁 新任の神殿長とメイトロン,その任に就く 1頁 永代教育基金──さらに発展する霊感されたプログラム(パトリシア・S・ノーウッド)3頁 ハリケーンの救済に手を差し伸べる教会 4頁 国家元首ら,ユタ州を訪問し,教会への理解を深める 6頁 教会教育システム・ディボーショナル放送の準備が整う 6頁 記事の募集 6頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年2月 7頁 ブックセンターだより 7頁 会員と宣教師がともに働くとき,天が動く(宮下阿佐夫・久美子) 人と人とをつないでいく夫婦宣教師の働き∼熊本ステーク八代支部 8頁 主の軍勢──日本人夫婦宣教師 9頁 シリーズ:夫婦の履歴書 第10回 幸せな人生を分かち合う,夫婦伝道の日々(安田琢三・道子) 10頁 備えは万全ですか?──被災地からの証言 兵庫発∼豊岡大水害 福知山地方部豊岡支部 12頁 スマトラ沖地震津波災害現場から(大矢重幸) 13頁 体験から学ぶ備え十二か条 14頁 新潟発∼台風・水害・震災を越えて  新潟地方部/佐渡支部/三条支部/長岡支部 16頁 2004年度チャーチ・ニュース索引 18頁 専任宣教師―JMTC 295期生 6人・海外1人・夫婦宣教師4組(海外2組) 20頁 役員の異動(2004年11月28日∼2005年1月14日) 20頁 3月号 新しい伝道プログラム『わたしの福音を宣べ伝えなさい』 全世界の伝道部で始まる(アダム・C・オルソン) 1頁 御霊によって教える 3頁 発展する教会が直面する,施設に対する「すばらしいチャレンジ」 (パトリシア・S・ノーウッド) 3頁 中央若い女性集会衛星放送のスケジュールと視聴方法 4頁 青少年のためのディボーショナル放送,準備が整う 5頁 ニュースから 中央アメリカに初めて監督の倉が開設される/ 壊滅的な台風,日本の教会員を襲う 5頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年3月 6頁 アジア最初の祝福師,渡部正雄兄弟,天に召される 7頁 シリーズ:わたしの原点──宣教師のころ 1 損得にとらわれず,我が道を淡々と歩む校長先生(吉田 博) 8頁 シリーズ:この町に末日聖徒 8 農業と剣道で育む子供たちとのきずな(松江ワード/石野賢吉/野津家族)10頁 教会機関誌の記事から 祈りは大切です(ウィリアム・R・ワーカー) 13頁 シリーズ:福音とともに土に生きる 1 主の創造された大地の運行のように(萩本信美) 14頁 専任宣教師―JMTC 296期生 8人・海外2人・夫婦宣教師2組 16頁 役員の異動(2005年1月15日∼2月18日) 16頁 4月号 大管長会,キリストの模範に従うことを強調する 1頁 ヒンクレー大管長,アメリカ南東部の会員と宣教師に語る 2頁 ネルソン長老,15日間でアフリカの6か国を歴訪する 3頁 祝いの日(ラリーン・ポーター・ガーント) 3頁 新会員の経験談を募集します 5頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年4月 6頁 脚本募集 7頁 スペシャルオリンピックス長野大会を支援した教会のボランティアたち 7頁 ニュース特集:ジョセフ・スミス生誕200年 教会の公式ウェブサイトでジョセフ・スミスに関する多数の資料が日本語で間もなく公開/ アジア北地域で,ジョセフ・スミスをテーマにした音楽・美術・詩のコンテストを開催/ 充実したMormon.orgのコンテンツ 10頁 『最初の示現』から20数年ぶりに制作。預言者ジョセフを描く映画『回復』(Restoration)/ 撮影快調!レガシーシアターで公開される新作映画はジョセフ・スミスが主題/ 新しいパスアロングカードがお目見え 11頁 シリーズ:夫婦の履歴書 第11回 非まじめのすすめ──永遠の友を得た夫婦宣教師(潟沼誠二・陽子) 12頁 今日,皆様の内に生きる神殿・家族歴史への思いを記録に残しませんか(神殿歴史委員会) 14頁 教会機関誌の記事から 砕けた窓と打ち砕かれた心(菊地良彦) 15頁 シリーズ:福音とともに土に生きる 2 決心をし,一歩を踏み出すとき主の助けが(西原正行・純子) 18頁 専任宣教師―JMTC 297期生 22人・海外1人 20頁 役員の異動(2005年2月19日∼3月11日) 20頁 5月号 七十人 ベンハミン・デ・オヨス長老 121頁 七十人 デビッド・F・エバンズ長老 122頁 七十人 C・スコット・グロー長老 122頁 七十人 リチャード・G・ヒンクレー長老 123頁 七十人 ポール・V・ジョンソン長老 123頁 七十人 ポール・E・コーリカー長老 124頁 七十人 ポール・B・パイパー長老 124頁 七十人 ユリシス・ソアレス長老 125頁 七十人 高 元龍 長老 125頁 七十人 ウォルフガング・H・ポール長老 126頁 七十人 ローウェル・M・スノー長老 126頁 七十人 ポール・K・ジブラウスキー長老 127頁 中央初等協会会長 シェリル・C・ラント 127頁 中央初等協会第一副会長 マーガレット・S・リファース 128頁 中央初等協会第二副会長 ビッキー・F・松森 128頁 6月号 カー長老,教会教育理事長に任命される(チャド・ファレス) 1頁 巨人の肩の上で 1頁 世界に広がる教会教育 2頁 赤十字社,はしか予防接種推進運動への教会の支援をたたえる 3頁 ガイアナと合衆国の大勢の会員,洪水で家屋を破壊され,避難 4頁 ニュースから テンプルスクウェアにおいてノルウェー独立100周年が祝われる/ 台湾のステーク,オープンハウスを通じて地域とのつながりを強める 5頁 教会,家族歴史図書館の改修を行う 6頁 世界指導者訓練集会の予定が変わる 7頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年6月 7頁 地域会長会メッセージ/日本の教会が強く築かれるには(菊地良彦) 8頁 ミクロネシア・グアム伝道部,アジア北地域に編入される 9頁 ブリガム・ヤング大学日本語支部における菊地長老のディボーショナル 9頁 日本宣教師訓練センター(JMTC),過去最大規模の宣教師を訓練 10頁 世界的な宗教学会で末日聖徒についての研究が発表される 10頁 教会を開こう 福音に根ざしたビジネス哲学が日本のビジネスマンにインパクトを与える 11頁 末日聖徒であるビジネスの先達に助けられた今,後進に道を備える(八木大造) 12頁 正々堂々,目的を隠さないことの効用──英会話の場合 13頁 英会話運営のアイデア──地域会長会の手紙による提案 13頁 教会の持つリソースを地域のために──新人ママを支援する「子育て広場」 14頁 インスティテュートで一般の方向けのモルモン書入門コースを開設 15頁 教会の関与をはっきりと謳うBYU-H全国高校生英語スピーチコンテスト 15頁

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チャーチ・ニュース

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スペシャルオリンピックス熊本大会に教会名でボランティア関与を表明 16頁 教会外の友人と協力ししばしばチャペルコンサートを開催(漆原恵美子) 17頁 標準建築プランの建物が地域に宣言する福音 17頁 ジョセフ・スミス生誕200年記念 美術・音楽・詩コンテスト作品募集 19頁 奉献された教会堂 熊本ステーク大分ワード 19頁 役員の異動(2005年3月12日∼5月20日) 19頁 専任宣教師―JMTC 298期生 33人,夫婦宣教師 5 組 20頁 7月号 家庭の夕べ,90年にわたって家族を祝福(アダム・C・オルソン) 1頁 家庭の夕べのヒントがインターネットサイトで探せる 2頁 新伝道部長,奉仕の業を開始 2頁 夫婦宣教師の必要性が高まる 4頁 ネルソン姉妹を偲ぶ 5頁 水質浄化運動,多くの国に祝福をもたらす(チャド・フェレス) 6頁 教会,神殿に関する情報をオンラインで提供する 6頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年7月 7頁 地域会長会メッセージ/福音を積極的に分かち合う(アジア北地域会長会) 8頁 日本人夫婦宣教師の現在 8頁 教会が九州・沖縄の各地へ車いすを寄贈 9頁 寛仁親王殿下が教会に感謝状を授与 9頁 「日記を書きましょう」ハウエル統合地域教育長が若人に勧告 9頁 人生の成功の方程式──チャールズ・ディディエ長老が来日 10頁 広報の「ディナー フォー 10」プログラムが日本で始まる 10頁 東京神殿四半世紀 11頁 困難を乗り越え日本の開拓者が旅した約束の地ハワイへの道程 11頁 日本人聖徒の目に映った夢の国“エデンの園”ハワイ神殿 12頁 1980年10月27日 御霊あふれる日本東京神殿の奉献式。救いの儀式が始まる 13頁 心に響いた声によって──家族歴史探求の不思議な導き(佐久間一浩) 13頁 待ちかねた人々の声──霊界の伯母に呼びかけられて(ニブリー能栄) 14頁 異国の地で奉仕して──アルゼンチン・ブエノスアイレス神殿(永友栄子) 15頁 日本人聖徒の生活に溶け込み祝福をもたらし続ける今日の神殿 15頁 詩「巨人」(徳沢愛子) 16頁 シリーズ:福音とともに土に生きる 3 「わたしは食い滅ぼす者を……おさえて」(河田利夫・みゆき) 17頁 役員の異動(2005年5月21日∼6月14日) 19頁 専任宣教師―JMTC 299期生 22人・海外3人・夫婦宣教師 3 組 20頁 8月号 在任10周年を祝う大管長会/1995-2005年早見表 1頁 教会,全米第4位の規模となり,発展は全世界で続く/大管長会年表 2頁 英語版賛美歌集,発行20周年を祝う──今や21言語に訳される(チャド・ファレス)3頁 末日聖徒の賛美歌集〔英語版〕の歩み 4頁 訂正──教義と聖約の表 3頁 カンファレンスセンターの特異性を実感するタバナクル合唱団(アダム・C・オルソン) 4頁 他に類を見ないカンファレンスセンターのオルガン 5頁 4神殿,10月までに奉献される テキサス州サンアントニオ神殿/ナイジェリア・ アバ神殿/カリフォルニア州ニューポートビーチ神殿/サモア・アピア神殿 6頁  「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年8月 7頁 地域会長会メッセージ/アジア北地域の現在(アジア北地域会長会) 8頁 教会,JA全厚連へ170脚の車いすを寄贈 8頁 沖縄でのスペシャルオリンピックス地域大会を宣教師が支援 9頁 新たに召されたアジア北地域の伝道部長 札幌伝道部/横山喜一部長, 東京南伝道部/バルテン・J・タッカー部長,仙台伝道部/宮下阿佐夫部長, 広島伝道部/屋富祖 昭部長,韓国・釜山伝道部/宋 平鍾部長 9頁 日本の研究者を教会主催のシンポジウムへ招待 11頁 神様の愛を聴衆に届けて 沖縄・関東圏でのチデスター・宮里・悦子姉妹コンサート 11頁 仕事と生活の調和 「仕事と生活の調和」についてのシンポジウム2004 レポート 12頁 「多様性を許容する社会」諏訪教授の語る21世紀日本の仕事と生活の調和 13頁 企業トップのWork/Life Balance(アラン・オブライアント) 14頁 多忙なステーク会長の語るWork/Life/Church Balance(楠目克美) 15頁 厚生労働省が推進する「仕事と家庭生活の調和」 16頁 自身を幸せにする「要素」を満たすため仕事/家庭/教会で明確な目的をもって働く(平野拓也)17頁 シリーズ:この町に末日聖徒 9 料理教室を通して福音と出会う場を(勢志真理子) 18頁 専任宣教師―JMTC 300期生 10人・海外2人・夫婦宣教師1組 20頁 役員の異動(2005年6月15日∼7月19日) 20頁 9月号 七十人第七,第八定員会が発表される 1頁 新しい教会歴史図書館の建設計画が発表される 1頁 教会教育システム──会員を熱心に教える(ウォルター・クーリー) 2頁 世界のセミナリー/世界のインスティテュート 3頁 死海文書展,ヨーロッパ各地で開催される 4頁 『聖典CD-ROM1.1版』ついに完成 5頁 中央アメリカで実施された奉仕の日(ドン・サール) 5頁 地域を強める パナマの手,若人を支える 6頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年9月 7頁 再組織されたアジア北地域会長会 8頁 8500人に1人の難関を突破,「黄金の鍵」賞を受けた日本人留学生 8頁 沖縄伝道50年 歩んだ人それぞれの証が刻む沖縄奉献50年の教会歴史 9頁 沖縄最初の宣教師 サム・K・島袋長老の語るあのころの沖縄 11頁 日本教会温故知新/沖縄最初の改宗者の家・最初の宣教師の 住居である重要文化財「中村家住宅」 12頁 沖縄で最初の改宗者 中村ノブ姉妹と帰還宣教師の不思議な出会い 12頁 1956年に播かれた一粒の種から──安里家族の幸福な今日 13頁 普天間の用地取得の経緯 50年前から備えられていた主の業 14頁 ジョセフ・スミス生誕200年記念 美術・音楽・詩コンテスト審査委員が選出される 15頁 シリーズ:若人へのまなざし 1 ユースカンファレンスがよみがえった! (升山 忍) 16頁 専任宣教師―JMTC 301期生 11人・海外1人・夫婦宣教師 6 組 20頁 役員の異動(2005年7月20日∼8月16日) 20頁 10月号 新しく召された地域会長会 1頁 七十人会長会の変更 3頁  奉献式が続き,儀式が執行される神殿が全世界で122となる 4頁 神殿に関連した数字 6頁 教会歴史美術博物館,第7回国際美術コンテストへの応募を受付中(ウォルター・クーリー)7頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年10月 8頁 日本で24年ぶりにステークセンターを奉献 9頁 アロン神権者が富士山麓で清掃奉仕 9頁 各地で継続されるホームレス支援のお米寄贈 9頁 ハーバード大学教授の地域七十人,クリステンセン長老が来日 10頁 建築標準プラン 11頁 日本教会温故知新/日本における教会建築のあゆみ 12頁 吉村地域設計士が語る「地域建築標準プラン」が確立するまで 13頁 「地域建築標準プラン」の現在──パッカー長老の語る,日本の「新しい日」に備えて 14頁 シリーズ:わたしの原点──宣教師のころ 2 /福音未踏の地に “遣わされた”家族 大連日本人学校の教員として中国に赴任(山崎弘貴)15頁 シリーズ:この町に末日聖徒 10 空の安全を見守る副支部長たち(佐藤友昭・浜田政邦) 18頁 専任宣教師―JMTC 302期生 12人・海外1人・夫婦宣教師 2 組 20頁 役員の異動(2005年8月17日∼9月13日) 20頁 11月号 会員たち,総大会と発表を80の言語で聞く 126頁 10年の節目を迎える「家族──世界への宣言」 126頁 2006年ミューチャルテーマ,青少年に「立って光を放つ」よう勧める 128頁 12月号 世界各地を訪問するヒンクレー大管長 1頁 会員たち,神殿の奉献と鍬入れ式を祝う サモア・アピア神殿/カリフォルニア州 ニューポートビーチ神殿/ナイジェリア・アバ神殿/アイダホ州レックスバーグ神殿 2頁 パスアロングカード,福音に耳を傾けるよう世界を招く(ウォルター・クーリー) 3頁 爆破テロに際して警官として職務を果たしたロンドンの会員(サラ・ジェーン・ウィーバー) 4頁 Mormon.orgを活用して福音を伝える 5頁 2004年度にMormon.orgに接続した人の国別数値 6頁 「分かち合いの時間のためのアイデア」追加分 2005年12月 7頁 世界最高峰の音楽院に学ぶ5人きょうだいの末日聖徒──「The 5 Browns」来日 8頁 災害に備えて──緊急時対応無線システム(ERRS)の現在 9頁 7回目を迎えたBYU-H全国高校生英語スピーチコンテスト 10頁 教会,堀田 力 氏に「家族の価値観賞」を贈る 11頁 沖縄における「家族の価値観賞」をNGO代表の池間哲郎氏に贈呈 11頁 ジョセフ兄弟への敬愛 ジョセフ・スミス生誕200年記念 美術・音楽・詩コンテスト/入賞者発表 審査員総評/美術分野/音楽分野/詩分野/特別賞 12頁 2005年,ジョセフの名が語られた年/ジョセフ・スミス記念放送 18頁 専任宣教師―JMTC 303期生 18人・海外1人・夫婦宣教師 3 組 20頁 役員の異動(2005年9月14日∼11月14日) 20頁 モルモン書チャレンジの証をお寄せ下さい 20頁

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ASIA NORTH AREA (JAPANESE)

2006年1月(305期生)12人・海外2人

●上から氏名,任地(伝道地),出身ユニット

J M T C / お 知 ら せ

大 おお 江 え 大 だい 輔 すけ 東京南伝道部 大阪ステーク 阿倍野ワード 大 おお 嶺 みね 光 こう 太 た 札幌伝道部 宜野湾ステーク 沖縄ワード 川 かわ 崎 さき 伸 のぶ 子 こ 札幌伝道部 松戸ステーク 牛久第一ワード 金 かね 丸 まる 義 よし 信 のぶ 東京北伝道部 鹿児島地方部 宮崎支部 齋 さい 藤 とう 陽 よう 子 こ 東京南伝道部 仙台ステーク 福島ワード 杉 すぎ 本 もと ハ ン ナ 福岡伝道部 千葉ステーク 長生ワード

皆さんの情報をご提供ください

◎『リアホナ』では,皆様からの情報をも とに編集企画を立てています。誌面に 対するご意見,ご要望,また全国の教会 員に紹介したい特別な経験,証,業績な どをお持ちの方があなたの身近におら れましたら,お気軽にご一報ください。 ◎お願い ── 海外に召される日本人宣 教師を紹介いたします。氏名〔フリガナ〕, 所属ステーク / 地方部,ワード / 支部, MTC 入所月,伝道部名を明記のうえ, 編集室に写真を添えてお知らせください。 デジタルカメラでお撮りになった画像 データ(JPEG)を添付しての電子メール入 稿(下記アドレスあて)も歓迎いたします。 ◎末日聖徒イエス・キリスト教会 『リアホナ』編集室 〒106-0047 東京都港区南麻布 5−10−30 TEL.03(3440)2666 FAX.03(3440)3275 電子メール Liahona-jp @ ldschurch.org ◎国際機関誌『リアホナ』のお届け, その他商品に関するお問い合せは── 教会配送センター TEL.03(5668)3391 FAX.03(5668)3392

役員の異動

2005年12月14日から2006年1月18日までに 管理本部会員統計記録課に通知のあった 役員の異動(敬称略) ●日本名古屋伝道部 第二副部長:中なか野の 政信まさのぶ ●岡山ステーク三原支部 支部長:長濱 ながはま 修 おさむ ●青森地方部三沢支部 支部長:MCLEAN, Bruce N. ●日本東京ステーク 祝福師:細ほそ谷やたすけ佐 中 條 なかじょう 節 せつ 生 お ・ 喜 き 世 よ 子 こ 福岡伝道部 鹿児島地方部 都城支部 渡 わた 辺 なべ 明 あきら ・ 京 きょう 子 こ 広島伝道部 岡山ステーク 岡山ワード /2006年 2月号

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寺 てら 田 だ 雄 ゆう 一 いち 名古屋伝道部 高崎ステーク 熊谷ワード 堀 ほり 慶 けい 太 た 広島伝道部 千葉ステーク 長生ワード 當 とう 眞 ま 邦 くに 礼 ゆき カリフォルニア州 サンタロサ伝道部 東京ステーク 渋谷ワード 山 やま 下 した 聡 さと 美 み ユタ州ソルトレーク・ テンプルスクウェア伝道部 福岡ステーク 前原ワード

お詫びと訂正

●2005年11月号『リアホナ』121ページ, 「扶助協会の『家庭・家族・個人を 豊かにする集会および活動』のガイ ド」の項に,誤りがありました。(121 ページ,第2列21行目)。正しくは以 下のとおりです。 誤:『……中央扶助協会集会の年次放 送の内容と関連づけて実施すべき です。……』 正:『……中央扶助協会集会の年次放 送の視聴を中心としたものとすべき です。……』 ●読者の皆様には大変ご迷惑をお掛け いたしました。ここに謹んでお詫びし, 訂正させていただきます。(編集室)

参照

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監査役 御手洗冨士夫、小杉善信、真砂靖は、会社法第2条第 16 号及び第 335 条第3号に定める社外監査役であります。. 2.

第1条

(評議員) 東邦協会 東京大学 石川県 評論家 国粋主義の立場を主張する『日

収入の部 学会誌売り上げ 前年度繰り越し 学会予算から繰り入れ 利息 その他 収入合計 支出の部 印刷費 事務局通信費 編集事務局運営費 販売事務局運営費