平成 11 年 7 月 14 日
大腸菌 O-157 に対するもずく熱水抽出物の
抗菌性に関する研究報告書
もずく熱水抽出物の顕微鏡写真「大腸菌
O-157 などの病原性細菌に対する海藻多糖類食品有効成分の
抗菌活性の解析」での島根大学との共同研究報告書より抜粋
株式会社 海産物のきむらや
はじめに
病原性大腸菌O-157(以下 O-157 と略す)は、腸 管出血性大腸菌(ベロ毒素産生性大腸菌)に属し、 O-157 感染は O-157 に汚染された飲食物を摂取する か、患者の糞便を何らかの理由で直接口にすること で起こる。O-157 に感染した場合、無症状から死亡 するケースまで様々であるが、多くの場合、O-157 の産生するベロ毒素により、出血性大腸炎を起こす。 激しい腹痛、水様性の下痢、血便を特徴とし、特に、 小児や老人では、溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症 (けいれんや意識障害など)などの重症合併症にな る患者もおり、最悪の場合死亡する。O-157 は細胞 表面の血清型により、多くの種類に分類されている が、食中毒件数が多く、毒性の強いものはO-157:H7 である。1982 年(昭和 57 年)にアメリカのオレゴン 州で発生した集団食中毒の際に初めて報告されて以 来、イギリス、オーストラリア、カナダ、中国、南 アフリカなど世界各地で見つかっている。 わが国においては、平成8 年 5 月、岡山県邑久町 の小学校での集団食中毒、7 月には大阪府堺市の学 病原性大腸菌O-157 の電子顕微鏡写真1) 校給食を中心とした食中毒など各地でO-157:H7 によ る集団食中毒が続発した。これらの集団食中毒により多 数の食中毒患者、死者が発生し大規模な被害が出た。O-157 による食中毒の発生後、毎回のように原因 食材の追及が行われ、原因食品等と特定・推定されたものは、国内では井戸水、牛肉、牛レバ刺しなど、 海外では、ハンバーガー、レタス、アップルジュースなどがある。しかし、O-157 が感染してから発病 するまでの期間(潜伏期間)が長く、少数の菌(約 100 個)により感染が成立するため、その特定は難しい ようである。 平成9 年に学校給食施設の一斉点検及び食品等の汚染実態調査が実施されたが、衛生管理が不十分で あるところが多く、関係者による早急な改善がもとめられた。また、平成10 年の 5 月から 6 月にかけ て富山県、東京都、千葉県、神奈川県及び大阪府において北海道のイクラ業者のイクラ醤油漬けにより 食中毒が発生した。この際、製造者が故意に品質の悪い製品を販売した疑いが持たれ、返品の一部が再 販売されていたことがわかり、衛生管理に対する姿勢が問われた。これらの食中毒により食品全体に対 して安全性が重視され、さらに各食品メーカーの衛生管理に対する姿勢が求められるようになった2)。 このように各食品メーカーがO-157 対策に追われる中、当社では食品メーカーの責任として当社製品 中での O-157 の生育の可否を調査し、死滅することを確認した 3)、4)。当社で製造した「味付沖縄もず く(ナガマツモ科オキナワモズクを調味液(三杯酢)で調味したもの)」、「味付糸もずく(モズク科モ ズクを同上調味)」、および「味付めかぶ(ワカメの胞子葉の千切りを同上調味)」に O-157 を約 1.0× 106個/g 混入させ、37℃あるいは 10℃で培養し、菌数を測定し、製品中での O-157 の生育の可否を調 査した。当社製品中で最もはやく菌が死滅したのは「味付糸もずく」であった。この味付糸もずく用の 調味液も抗菌性を示したが、「味付糸もずく」はその調味液よりもはやく菌が死滅した。これはもずく にはアルギン酸、フコイダンなどの生理活性物質が存在するが、その中のいずれかの成分が調味液中の食酢と共存することでより高い抗菌性を示したと考えられた。 また、平成9 年には国立感染症研究所等により牛舎やと蓄場でのハエ類の O157 等の保菌の有無等を 調査した結果ではO157 等を保有するハエ類が確認された2)。そのためハエ類によるO157 等の感染・ 伝播の可能性が考えられた。これらのことからさらにO-157 による食中毒の予防や治療に対し関心が高 まり、食品などに使用できるO-157 に対して有効かつ安全な抗菌性物質の開発が望まれた。 しかし、本研究においてもずくのみではO-157 に対し抗菌性を示さず、またもずくのままの状態では さまざまな調味など食品への使用が困難であった。しかし今回の研究でもずく熱水抽出物に処理するこ とによりO-157 に対し抗菌性を示すことが明らかになった。また、粉末の状態にすることで調理方法に かかわらず食品など広い範囲での使用が考えられる。 表1.O-157 による食中毒の発生状況2) 年次 有症者数 無症者数 入院者数 死亡者数 平成 8 年 17877 名 1475 名 1795 名 12 名 平成 9 年 1576 名 685 名 782 名 3 名 平成10 年 1409 名 657 名 677 名 4 名 平成11 年* 169 名 72 名 72 名 1 名 * 平成11 年 6 月 6 日現在
方法
(1)もずく熱水抽出物の製造方法 表面に付着した異物を除去した湿潤状態のもずく(モズク科モズク;Nemacystus decipieus)100g を蒸留水 100ml とよく撹拌した。これをオートクレーブを使用し、100℃で 1 時間加熱した。その後、 ろ過により残さを除き、この抽出液を電気透析により脱塩を行った。これは「卓上電気透析装置マイク ロ・アシライザーS3」(旭化成)で電極液に硫酸ナトリウムを用い、電導度が 1mS/cm 以下になるよう 脱塩を行った。脱塩した熱水抽出液をそのまま使用することも可能だが、必要に応じて凍結乾燥法によ り粉末にした。脱塩した熱水抽出液を容器側面に広がるよう凍結させ減圧し、室温(約20℃)で約一日 間かけ水分を除去し、もずく熱水抽出物を 1.5g 得た。つまり、この方法でもずく 100g 当たり約 1.5g のもずく熱水抽出物を得ることができた。 (2)もずく熱水抽出物の O-157 に対する抗菌性実験 今回の実験でも今までと同様、島根大学生物資源科学部と共 同の研究で行った。O-157 は指定伝染病菌であるため実験を行 うに当たっては特定の設備を整えなければならなかったが、島 根大学遺伝子実験施設の P3 レベル実験室を使って実験を行っ た。P3 レベルとは、病原微生物等の物理的封じ込めレベルの 1 つである。通常の実験室で一般外来者の入室制限のないものを P1(大腸菌 K-12 株等を扱う)、実験室を実験区域と限定し、実験 中の一般外来者の入室を制限するものを P2(O-157 等の病原性 大腸菌等を扱う)、実験室を二重ドアで外部と隔離し、登録者以 外の入室を禁止したものをP3(エイズウイルス等を扱う)、実験室 島根大学遺伝子実験施設 が外部と完全に隔離され、実験室内では気密服の着用を義務づけ表2.各培地の pH られているものを P4(エボラウイルス等を扱う)としてい る。 もずく熱水抽出物にすることにより O-157 に対する 抗菌性があるかを調べるため、以下のように実験を行い、 もずく熱水抽出物水溶液ともずくとの菌体数の変化を比 較した。 まず、コントロールとしてM9 最少培地、当社で製造さ れた「味付糸もずく」、その調味液、もずくともずく熱水抽出物水溶液の 5 種類を培地として使用し、 もずく熱水抽出物水溶液の濃度は 6.0%に調製し、もずくはもずくと蒸留水を 2:1 の割合で混合した。 各培地のpH を測定したところ M9 最少培地が pH7.2、「味付糸もずく」が pH4.0、調味液が pH4.0、 もずくがpH5.4、もずく熱水抽出物水溶液(6.0%)が pH4.8 であった。その後、O-157 を実験的に大 量に混入させ(約1.0×106個/g になるよう混入)、37℃で保存した。LB 培地(Luria-Bertani's Broth、 大腸菌の培養に使用する培地、1 リットルの組成:ポリペプトン 10g、イーストエクストラクト 5g、 NaCl 10g;pH7.0)で一晩培養した O-157 を各培地 99g に対し 1ml 加え、各試料培地とした。本実 験で用いたO-157 は島根県衛生公害研究所よりEscherichia coli O-157:H7 を頂いた。菌体数の測定は 植菌後0、2、4、6、8、10、12、14、16、24 時間後に食品衛生検査で一般的に行われている方法 5) に準ずる方法(平板培養法)で行った。時間ごとに各試料培地から1ml 抜き取り、滅菌した生理食塩水 9ml に加え、希釈した。希釈した液より 1ml 取り、さらに生理食塩水 9ml に加えて希釈する方法で適 当な倍率(寒天培地で培養したとき、コロニーが30~300 個出る倍率)まで希釈し、LB 寒天培地(組 成は液体のLB 培地と同じで、Agar を 15g 添加)で培養後、コロニー数を計測した。 結果および考察 各試料培地にO-157 を一定数混入させて 37℃で培養すると、M9 最少培地は時間の経過ごとに菌が 増殖し、24 時間後には 1.5×108個/g まで増殖した。もずくは M9 最少培地よりも遅く、24 時間目で 9.7×106個/g まで増殖した。「味付糸もずく」、調味液は徐々に菌数が減少し、「味付糸もずく」は 14 時 間後、調味液は16 時間後に死滅した。そしてもずく熱水抽出物水溶液(6.0%)はもっとも早く菌が減 少し10 時間後には菌が死滅した(表 3、図 1、図 2)。なお、図 1 は表 3 の結果の大腸菌数を対数で表 示し、図2 は表 3 の結果の大腸菌数を表示した。 以上の結果より、もずくのみではO-157 に対する抗菌性が見られなかったが、もずく熱水抽出物に処 理することによりO-157 に対する抗菌性が現れることが分かった。また、もずく熱水抽出物水溶液 は6.0%では「味付糸もずく」や調味液など pH の低い酢よりも強い抗菌性を示した。(表 2、表 3) ヤクルト本社の中央研究所は沖縄産のもずくから抽出したフコイダンは胃潰瘍の治療効果があり、も ずく以外のフコイダンでは効果がないと報告した6)。もずく等と同じ褐藻類であるフシスジモク等から 大腸菌に対する抗菌性物質の存在が確認された7)ことや、今回の実験結果より、もずく中に含まれる多 糖類などの成分が加熱されることにより物理的な変化もしくは化学的な変化などの何らかの変化をし たものがO-157 に対し抗菌性を示すようになったと考えられる。 また、このもずく熱水抽出物はO-157 に対する抗菌性を有した食品や飼料への利用が可能であると考 えられる。具体的にはジュース、清涼飲料水などの各種飲料、クッキーやケーキなどの菓子類など機能 性食品への利用が考えられる。この水溶液には粘性があるため増粘、安定、保存などの効果を有する食 品への利用なども期待できる。またO-157 に対する抗菌性を有した牛などの家畜の飼料として用いるこ とも可能と考えられる。 培地 pH M9 最少培地 7.2 味付糸もずく 4.0 調味液 4.0 もずく 5.4 もずく熱水抽出物水溶液(6.0%) 4.8
表3. 大腸菌 O-157 に対するもずく熱水抽出物等の増殖抑制効果(37℃) 時間 M9 最少培地 味付糸もずく 調味液 もずく 物水溶液(6.0%) もずく熱水抽出 0 8.1×105 6.1×105 6.2×105 7.2×105 6.0×105 2 1.3×106 2.1×105 4.9×105 1.3×106 2.8×105 4 2.7×106 1.2×105 4.4×105 2.1×106 3.6×104 6 6.2×106 6.8×104 3.7×105 5.0×106 3.2×103 8 2.3×107 8.3×103 7.3×104 5.4×106 8.3×102 10 5.4×107 1.3×103 1.2×104 6.5×106 0 12 7.6×107 61 5.9×103 5.8×106 0 14 8.9×107 0 2.0×102 5.4×106 0 16 1.1×108 0 0 6.1×106 0 24 1.5×108 0 0 9.7×106 0 (個/g) 図1. 大腸菌O157に対するもずく熱水抽出物等の 増殖抑制効果(37℃) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 0 6 12 18 24 時間(h) 残 存 大 腸 菌 数 (lo g/ g) M9最少培地 味付糸もずく 調味液 もずく もずく熱水抽出物 水溶液(6.0%)
図2. 大腸菌O157に対するもずく熱水抽出物等の 増殖抑制効果(37℃) 0 100000 200000 300000 400000 500000 600000 700000 0 6 12 18 24 時間(h) 残 存 大 腸 菌 数 味付糸もずく 調味液 もずく熱水抽出物 水溶液(6.0%)