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フランスにおける私人間の人権保障
上 村 貞 美 Ⅰ 私人間に海ける人権保障,あるいはドイツ流の表現をすれば,基本権の第三 者効力の問題は,戦後の憲法学におけるもっとも論争的なテーマの山つであ る。昭和38年の公法学会に‥おいてもこのテ∵−マはとりあげられたし,またこれ と関連する三菱樹脂事件という重要な憲法裁判が注目を集めたことも加わっ て−,これまでにこのテ−マ紅関連する数多くの論文が発表されてきたことは周 (1) 知の通りである。その際,上の公法学会での報告を見れば明らかなように,こ の問題は,大きな傾向として,西ドイツとアメリカ紅おける学説・判例の紹介 という観点から,そしてそれらに大なり小なり依拠したわが国患法上の解釈論 の提示という観点から論じられてきた,と指摘することができよう。とりわけ 西ドイツの学説・判例の影響が大きく作用して,ごく最近まで,この問題ほ, 無効カ(関係)説,直接効力(適用)説,間接効力(適用)説の対立として論 じられてきた。もっとも現在では,直接適用説といえども,あらゆる人権規定 の無条件の全面的な直接適用を主張しているわけでもなく,また間接適用説も ある種の人権規定については,直接適用を承認しているので,直接適用説か間 接適用説かという二者択一一・的な選択が重要でないことも明らかにされはじめて (2) いる。 ところで,私人間の関係における人権保障が問題となるような現代的な社会 状況は,な紅も西ドイツやアメリカや日本だけに存在するのではない。国家権 力に類似した強大な事実上の社会的権力とも称すべきものをもつ私人や社会集 団が個人の人権を侵害し,それから救済することが要請されるような状況ほ, すくなくとも発達した資本主義国であるならば,いずれの国においても普遍的 紅存在するであろうという推測ほつく。ただそれがどのような法現象となって 現出するかは,それぞれの国の法構造の差異によって異なってくるであろう上 村 貞 美 26 し,とりわけ人権保障の方式の差異に.よってその救済のメカニズムも異なって くるこ.とはいうまでもない。−−・般的把ん、えば,算三者効力を具体化する方法, すなわち,私人間において人権を保障する方法ほ,H忍法に朋記する方法,臼 (51 立法による方法,慧憲法解釈に.よる方法,の三種があるとされるが,Hと目も それぞれの国の憲法及び法律の構造によって違うし,∈封ごついても,憲法観や 人権観の違いによって,西tFイツの法理とアメリカの法理の差異になって表わ れてくる。 本稿は,私人間払おける人権保障の問題が,フランスに.おいてどのように.扱 われているのかを,比較法的研究の見地から考察することを意図したものであ る。わが国では,フランス払おける私人間の人権保障の問題ほ,こ・れまではと (4) んど論じられたことがなく,中村教授の論文が唯一一の例であろう。というのも, 中村教授が指摘しているように.,私人間紅おける人権保障の問題が,フランス (5) において独立のテーマとして論じられることがないためであろう。1969年に. Ren6Cassinの設立したInstitutInternationaldesDroitsdel′Homme(国際人 権協会)の国際Vンポジ.1−・ムの報告集の第3巻のタイt)レは,La protection des droits del′homme dansles rapports entre personnes prive畠s となっ
(8) おり,13グ国の代表者のシ∵/ポジュームにおける報告が載っている。このなか にフランスの部分を担当しているリグェロが,上のタイトルと同じ題名の報 告をしているが,管見したところ,独立のデーマとしてこの問題を論じている (7) のほ,こ.れがおそらく唯一一のものでほないであろうか。その他では,いわゆる LibertesPubliquesの概論書のなかで,この問題が部分的軋扱われている。本 稿は,これらを手がかりに.して,フランス法払おけるこの問題を,多分の推測 を混じえて文字通り素描したもの紅すぎず,その本格的な研究ほ後日の課題で ある。 (1)「公法研究」第26号(1964年)に収録されている。 (2)声部信蕃「私人閤払おける人権の保障」,同編大学双審『憲法Ⅱ人権(1)1』所収49 貫,奥乎康弘「私人間における思想・信条の自由」法学セミナ一総合特集シリ」−ズ3 『思想・信仰と現代』所収111貢−114頁,深瀕忠一イ信条に.よる差別」『憲法判例百選 (第三版)』所収27貢,中村睦男「人樅と私人相互関係」法律時報41巻5号108貢,同 「私法関係と人梅」ジュリスト500号26貢。
フランスに‥おける私人間の人権保障 27
(3)声部前掲番43真一46貫。
(4)(5)中村睦男「私人闇における基本的人権」『日本の憲法判例』所収269頁十270貰, 同『社会権法理の形成』10貫。
(6)Ren畠Cassin,Amicorum Discipulor・umque LiberⅢ,La protection des droits del′hommedansles rapports entre personnes priv6es,1971.
(7)Rivero,LapIOteCtion des droits del′hommedanslesrapportsentrepersonnes pliv昌es,以下La protectionと略す。 Ⅱ まず第一に.指摘しなければならないことほ,この問題が,フランス法に.おい てほ憲法問題でほなかった,ということである。 フランスにおける伝統的な「憲法_lの観念ほ非常紅特殊であり,それは主と して公権力の組織,すなわち統治機構のみを指し,他のもう一つの構成部分で ある基本的人権を含まないとされていた。1789年から1875年まで,すなわちフ ランス革命期から第三共和制まで相次いで制定された憲法ほ,権利宣言を含ん でいたが,1875年から1945年まで続いた舞3共和制憲法は,周知のごとく,権 利宣言をまったくもたなかった。1946年の第4共和制窓法は,その前文に.おい て,「1789年の権利宣言の確立した人間及び市民の権利と自由並びに共和国の 諸法律の認める基本原則を厳粛に.再確認する」とともに,「現在に.おいて特紅必 (1) 要なものとして−,.以下に.掲げる政治的,経済的及び社会的原則を宣言」してい る。1958年の第5共和制憲法は,その前文に.おいて,「1789年の権利宣言により 定められ,1946年意法により確認され補完された人間の権利・……への愛着を 厳粛に宣言する_】ととも紅,第二各でl ̄フランスほ出生,人種または宗教の差 別なく,すべての市民紅対し法律の前の平等を保障」し,算4条では「政党は 自由に.結成され,かつ自由にその楕動を行なう_1と定め,さらに.第66条で,「何 人も慈恵的に・拘禁されることがあってほならない_t と規定されている。 人権の患法的保障(garantie constitutionnelle)がなされているといいうる ためには,窓法典のなかに.権利宣言が含まれていると同時紅,そのサンクレョ
(2) ンが組織されていることが必要であるが,第三共和制以降の憲法に限定してい
え.ば,前述のごとく,権利宣言をまったく含まなかったり,あるいは含んでい ても憲法典の前文のなかで言及されているにすぎず,西ドイツやアメリカある上 村 貞 美 28 (3) いほ日本の憲法のよう紅人権の完全かつ正確なカタログを含んでいないし,人 権規定の鎮的性質についても争いがある。さらにそのサンクションの組織化, つまり人権保障の手続的規定についても,第5共和制患法の定める電法院を除 けば,設けられていない。したがって,フランスにおいては,人権の窓法的保 障はなされておらず,グェイユやロベ−ルのいうところの「公的自由の保護の (4) テクニックの非忍法化」と呼ばれている現象が生じているのである。憲法の人 権規定が私人間紅適用されるのかあるいは適用されないのか,もし適用される とすれば,直接的にか間接的紅か,といった問題発想は,フランスでは生まれ て:こ.ないのである。 人権保障(garantiedesdroitsdel′homme)がなされているといいうるた め紅は,実定法のなかで,権利宣言がなされており,かつその尊重を確保する (5) ための手続が整備されていることが必要であるが,フランス把.おいては前述の よう紅,それは窓法に.よっでではなく,議会制定法紅よって−なされている。い
わゆる法律による人権保障,あるいは人権の法律的保障という方式がそれであ
り,「形式的に.は『法律の留保』と同じ枠組のシステム.−1がとられているのであ (6) る。 1789年の権利宣言のなかで高らかに.宣明された様々な自由権が,現実に.上述 の法律に.よる保障を与えられるようになった時期ほ,自由権の内容紅よって−歴 史的段階を異軋することもすでに指摘されている。人身の自由がもっとも早 (7) く,フランス革命期に.おいて法律に.よる保障を与えられ,次いで財産の自由に 対する法律による保障も産業資本主義段階に.おいて与えられた。精神的自由紅 ついては,個別的な表現の自由は産業資本主義段階に法律に.よる保障が与えら れたが,集団的な表現の自由の法律による保障は,「公的自由の黄金時代」とい われる弟三共和制の前半軋与えられた。集会の自由は1881年6月30日法,出版 の自由は1881年7月29日法,結社の自由ほ.1901年7月1日法紅.よってそれぞれ (8) 承認されたのである。 (1)フランス憲法の訳文は,主として野村敬造『フランス憲法・行政法概論』所収の資 料及び宮沢俊義編『世界憲法集(第二版).』岩波文庫紅拠った。フランス紅おける私人間の人権保障 29
franGais,Revueinternationaldedroit compar畠,1977,p・9・ (3)叔近,フランス紅おいて人権宣言の法典化の動きがある。これに・ついては,
Morange,VersuneCOdificationdeslibeIt6spubliques,Revued11droitp11blic,
1977,p.251et seqを参照。
(4)ProsperWeil,Les techiniquesde protectiondeslibert6s publiquesen dIOit
franGais,M6langesMarcelBridel,1968,p・611et618,Robert,Libert6spubliquesI
p.123. (5)RiveI0,ibid・,pけ9・ (6)樋口陽一・『現代民主主義の憲法思想』42貫,同『近代立憲主義と現代国家』174頁十 176頁。 (7)もっともデュデスク『フランスの民主主義』大石明夫訳57頁+58真は,人身の自由 は1830年まではとんど尊重されなかったと指摘している。 (8)稲本洋之助「帝国主義の時代とフランス」『マルクス主義法学講座第4巻・国家と法 の歴史理論』所収388貢−389頁,同「現代資本主義に.おける人権」宮坂富之助・北野 弘久編『豊か乾生きる権利』所収6貰−7真。 Ⅲ 前述したように,フランス紅おいては,人権保障ほ窓法上の問題ではなく, 議会制定法上の問題であるから,私人間に・おいて人権を保障する方法として, 窓法紅明記する方法が,原則的に.採用されていないのは明らかであろう0ただ, フランス第4共和制憲法ほ.,その前文でt ̄何人も勤労又は雇傭紅際して1自己 の出身,意見又は信仰の故に;不利益を蒙って−はならない」と定めており,こ の規定は私人間にも適用されなければ意味をなさないのであるから,例外的に・ (1) 私人間紅も直接効力をもっていると考えられる。 でほ次に,私人間に.おいて人権保障を実現するために・,フランス紅・おいてほ, 立法に.よる方法はどのように具体化されているであろうか。この場合になに・よ りもまず,1ibert6spubliquesの内容をどのように把握するかが,l一つの重要 なポイントをなす。というのほプロ・−(Braud)のように,libertespubliquesをdroitspriv畠es,1ibertespriv6esと区別してとらえ.,1ibert6spubiquesを
「個人のために権利を設定する国家の法的義務」かつ消極的な義務として定義(2) するならば,1ibert6spubliquesが私人間において保障されるか否かというこ
とほまったく問題紅ならないからである。それ紅対して,リグェロほ,ブロー のようにIibert6spubliquesと1ibertispriv色esを区別する考え方を批判して上 村 貞 夫 30 次のように主張する。「その区別ほ受け入れられない。《私的)自由ほ存在しな い。相互の自由を尊重するように個人に課せられた義務は,必ず国家の介入を 前提とする。国家は立法に.よってそれを課し,そして裁判権に.よって:それをサ ンクションする。あらゆる自由は,それが個人と個人との関係紅直接に関する ものであれ,あるいは国家と個人との関係に.関するものであれ,国家がその原 則を承認し,そ・の行使を整備し,そ・の尊重を確保した時に.のみ,それが実定法 のなかに入るということ把おいて,公的自由である。反対の解釈は無意味紅な る。例え.ば,労働組合活動の自由あるいは労働者の意見の自由は,公企業の枠 内においてのみ,公的自由の資格をもつだろう,そして私的な使用者に対して は,私的自由把.なるであろう/だから,この誤った区別を退けなければならな い。その対象が何であれ,自由を《publique》にするものは,そ・れを承認しか (3) つ整備するための公権力の介入である」と。このような批判の上に.立って,リ グ.ェロは1ibeIt6s publiq11eSを次のように.定義する。「1ibert6spubliquesほ., それに.よって人が社会生活の様々な分野に」おいて,自らその行動を選択する権 限であり,それに強化された保護を与えることを目的とするところの実定法に (4) よって承認され組織された権限でヨある。」したがって,リグェロの1iber・t昌s publiques概念の把握に.よれば,1ibeIt6spubliquesは,私的関係把∴おいても 行使されうるわけであるから,私人に.よる侵害に.対しても保護されることにな
(5) るわけである。
公的自由の内容をリグェロのように把握した場合に、,私人間に.おける人権保 障という観点から,実定法が実体的に.どのように.自由を承認し保護しているか を解明するかが次の課題となる。 わが国でほ.,私人間における人権保障,とくに自由権の私人間における保障 の問題を考察する際に,通常,人身の自由,助産の自由,精神的自由を区別し ないで論じることが多い。しかし,自由権は国家の介入,干渉を排除し,国家 からの自由を要求する権利として一括されてはいるが,その実体や内容紅関し ては,人身の自由,財産の自由と楷禅的自由との間紅は→ 大きな差異がある。 とくに.前二者の自由権と後者の自由権とでは,その法律に.よる保障の内容,構 (6) 造が異なるのであり,そのことが私人間における自由権の保障の問題に決定的フランスに.おける私人間の人権保障 31 な重要性をもたらしている考えられるのではないであろうか。 このことを問題にするのは次のように.考えるからである。わが国意法の解釈 論上,第三者効力が問題に.なったとき,・一般的な解釈論としてほ,直接適用か あるいほ間接適用かが争われ,そして窓法の・一定の人権規定,たとえば,18条, 24条等が私人間紅も直接適用されるか否かが争われてきた。しかし,このこと とは別に.,実際に裁判の上で第三者効力が争われてきた人権は,そ・の一部を除 いてはとんどが精神的自由であった。わが国の判例を網羅して研究している声 部論文】 ̄私人間に.おける人権保障」をみれば,引用されている判例の圧倒的な く7) 部分が,精神的自由に関する判例で占められている。また佐藤幸治「私人間に・
(8) おける基本権の効力」も,多くの判例を分析。引用しており,とくに・最高裁の
判例と下級審の判例を,次のような分野に分けて一考察しているが,これをみて もそのことは明らかである。最高裁の判例は,H雇用関係に・おける思想・信条 の自由,日雇用関係に‥おける表現の自由,臼私立学校に.おける学生の政治活動 の自由,囲イ言教の自由,㈲労働組合の統制権と組合員の選挙活動の自由の分野 に,そして ̄F\級審の判例ほ,ト〉雇用関係と思想・信条の自由,日雇用関係と表 現の自由,日雇用関係と法の下の平等(性別に.よる差別),囲私立学校と学生の 政治活動の自由,㈲多国人取締役の排除と法の下の平等,囲労働組合と組合員 の分野に分けられている。 これはあくまでもわが国の判例ではあるが,平等権を留保して自由権紅限定 していえば,主として栴神的自由の私人間に.おける保障が直接的な形で実際に・ 裁判の上で争われているのは,人身の自由及び財産の自由との闇紅その法律に・ よる保障の内容に差異があるためであろう。人身の自由及び財産の自由に対す る私人に.よる侵害の場合紅ほ,法律に.よる保障に.よって救済されうるような構 造に.なっているから,憲法解釈による方法が問題に・ならない(不必要である)=…●■●●●●●●●
のに対し,精神的自由の場合に.は法律による保障がなされていても,私人によ ■ ■ ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ■ ● ● ● ● ●● ● る侵害からの救済をカバ・−でもないような内容に・なっているために,憲法解釈
による方法が,裁判の上で直接適用か間接適用かという形をとって争われるの であろう。当然のことであるが,精神的自由のみが現実紅私人に・よって侵害さ れるこ.とが多く,逆町人身の自由や財産の自由が私人に・よって侵害されること上 村 貞 美 32 が少ないわけでほないのである。 こ.の問題を考える上で,稲本洋之助「■19世紀フランスに.おける『出版の自
(g) 由』」が,人身の自由,財産の自由と精神的自由の法律的保障の内容の差異紅つ
いて,次のような重要な指摘をしているので,大きな手がかりになる。 「人身的自由また財産的自由に.かんしては,たとえば慈恵的処罰軋たいする 罪刑法定主義の原則や法定手続の原則などによる保障,または所有権の侵害に. たいする民刑事上の補償および制裁などにみられるように.,自由の侵害の予防 と救済のための法律的諸手段の存在が法律的保障の内容である。これ紅対し て,精神的自由把ついては,思想,信条,意見などのさまざまな表現・伝達方法が個別的な法律に.よって制限・禁止されないという法律からの自由を実定法
秩序の全体構造のなかで保障すること紅法律的保障の重要な意義が存在する。」 (傍点原文)これを敷街して述べれば次のように.なるという。1789年の人権宣 言ほ,その第4条で,「自由は,他人を害しないことをなしうるこ.とに.存する。 したがって,各人の自然権の行使は,社会の他の構成員に.これらの同じ権利の享有を保障すること以外の限界をもたない。これらの限界は,法律によっでで
なければ,規定するこ.とができない−iと定め,第5粂では,「法律ほ,社会紅有
害な行為でなければ禁止する権利をもたない。法律により禁止されないすべて
のことほノ,妨げることができず,何人に.も法律の命じないことをなすよう紅強
制することができない」と定めている。つまり,この弟4粂の権利(自由)行 使の相互保障と第5条の社会的有害行為の排除を目的とする法律,すなわち社 会における人の自由を確保するために,市民社会の内在的制約としてその限界を画定する法律が存在していることが,人身の自由と財産の自由の法律的保障
なのである。 それ紅対して,栢禅的自由の法律的保障ほ,前二者の自由とは逆の論理把・よって構成されてこいる。「すなわち,権利行使の相互保障およ.び社会的有害行為の
排除が『公の秩序』として要求されるのではなく.患法上の諸権力(の掌握者)
と人民のあいだの支配・服従の関係が『公の秩序』であり,それに法律による(10) 保障を与えることが精神的自由にかんする法律の留保の目的とされる。」
以上,論旨を正確に伝え.る引用とはいいがたいが,ともかくこのように,精フランス紅おける私人闇の人権保障 33 神的自由と他の自由とでは法律に.よる保障の内容が異なることが明らかにされ ている。人身の自由を法律に.よって保障するということは,権利行使を相互的 紅保障し社会的有害行為を排除することを目的とする法律が存在し,その法律 に・よって−罪刑法定主義の原則や法定手続の原則を定めるということであり,そ のことに・よって一社会における人の自由が確保されるのである。具体的には刑法 や刑事訴訟法に・よる保障がそ・れである。刑法は国家的法益や社会的法益に対す る犯罪を規定するだけではなく,個人的法益である人の身体に.対する犯罪を, 監禁罪,殺人罪,傷害罪,誘拐罪等として設定している。国家機関以外の私人 によるこれらの行為が犯罪として処罰されることによって,私人間における人 身の自由が法律に・よって保護されることになる。 財産の自由の場合もまた同様である。土地収用法や税法等の法律紅よって, 国家による所有権の剥奪等の具体的な要件を定めているし,また刑法において. も,窃盗罪,詐欺罪,横領罪等の個人的法益である財産に.対する犯罪類型を設 定して,私人紅よる侵害に対して刑事制裁を課している。さら払底法に.に.おい ても,不法行為法によって,私人紅よる所有権の侵害に.対する民事制裁(損害 賠償)を課している。 以上のよう紅,人身の自由と財産の自由を法律に.よって保障するということ は,社会払おける人の自由を確保するために,公権力による侵害と併せて私人 による侵害もサンクレヨンされるということになる。したがって,人身の自由 と財産の自由に・関しては,西ドイツや日本のように人権の憲法的保障がなされ ている国においても,立法償よる方法に・よって∴私人間における人権保障がなさ れているのであるから,患法上の人権規定が私人間において適用されるか否か ということほ,寛一義的な窪要性をもたないのである。 それに対して,精神的自由の法律による保障の場合に.は,思想・信条の自由, 宗教の自由,表現の自由等の精神的自由が,「個別的な法律紅よって制限・禁止 されないという法律からの自由を実定法秩序の全体構造のなかで保障」される こと紅重要な意義がある。すなわち,憲法上の渚権力(の掌撞着)と人民との あいだの関係において法律に.よる保障が与えられるのであって,人身の自由や 財産の自由の法律的保障の場合のように,社会に.おける人の自由を実現するこ
上 村 貞 美 34 とを勢一次的な目的。内容とするわけではない。したがって,精神的自由の法 律による保障の場合にほ,私人による侵害からの保護は二次的に・ならざるをえ ないといえよう。別言すれば,人身の自由と財産の自由の法律による保障は, 私人に.よる侵害からの救済をもその内容として含んでいるということ,つまり 私人間に.おいて人権保障を実現する方法の一つとしての立法に.よる方法を本来 的に.含んでいるということを意味する。それに対して,精神的自由の法律によ る保障の場合に.ほ,そうではないからこそ,人権の意法的保障がなされている 国家紅おいて,主として憲法上の精神的自由権の規定が私人間に.適用されるが 否かが争われるのであろう。 しかしながら,現代的な社会状況紅おいては,精神的自由に関しても,他の 自由と同じよう把.,権利行使を相互的に保障し社会的有害行為を排除して,私 人間に】おいて−もその効果的な行使を確保することが国家に課せられていること も否定できない。リグェロによれば,その際の国家の果たすべき機能は,規範的 な機能と制裁的な機能の二つである。一斉■において,国家ほ権利行使の相互保 障と社会的有害行為の排除のために,法律に.よって,各人の自由の境界を画定 し,他方把おいて,それが侵害された場合には,裁判官の介入によ.ってその境
(11) 界の尊重を確保させなければならない。
(1)Rivero,La protection pい314 (2)中村睦男『社会権法理の形成』9頁。 (3)Rivero,Libert6s publiques,tOmel,p、16. (4)River・0,ibid.りp.22 (5)中村前掲沓8克。 (6)奥平前掲論文107克ほ次のように.述べている,「法学的な思想濫こりかたまった者は, 『眉由梅』というしめくくりかたに眩惑されて,両者(経済活動の自由と枯神活動の 自由)を混交しがちであるが,もともと『自由権』という法律学的な概念は,自由・ 権利の実体・内容を捨象した,純粋に形式的な性格のもの軋すぎない」と。 (7)芦部信事前掲番所収論文。 (8)阿部照改編『判例と学説1憲法』所収論文,尚,田口精一・「私人相互間の法律関係 と人権規定」『体系・憲法判例町』所収参照。 (9)東大社会科学研究所編『基本的人権4』所収。 (10)稲本前掲論文328貢−−331員。 (11)Rivero,La protection,p.316フランスにおける私人間の人権保障 35 ⅠⅤ フランスの法律ほ.,私人間に.おいて人権を保障するため紅,具体的にどのよ うな規定をしているのかを次紅見てみよう。その際に,上述した理由から,主 (1) として精神的自由に限定して考察することに.する。 (2) まず刑法の億域紅おいては,1905年の宗教の自由に関する法律が,その発41 条で,個人に.対する暴力行為,暴行または脅迫によって−,失業のおそれをいだ かせたり,身体,家族または財産に損害が加えられることを恐れさせたりして, 信仰を強制しまたほその放棄を強制した人,さらには宗教団体に加入すること を強制したりあるいは脱退することを強制したり,宗教団体への寄附行為を強 13) 制したりあるいは寄附行為の放棄を強制した人に対して刑罰を課している。し たがって,私人が宗教の自由を侵害した場合にも,国家ほそれをサンクション し,そのことに.よって,私人間の関係において宗教の自由を実現し保護する義 務を負ってい、る。 私生活(プライバー)の保護紅関してほ.,1970年7月17日法は,私生活を侵 害したり,あるいほ.私的な場所での人の写裏又は言葉を手に入れた人に・刑事制 〈4) 裁を課している。 次紅.,1972年7月1日のいわゆる反人種差別法は,人種,民族もしくは特定 の宗教への所属に.もとづいて,財あるいは役務を提供することを拒否したり, あるいは採用を拒否したり,解雇したりしたものに.対して刑事罰を課してい し5\ る。 民法の儀域に.おいて,裁判官が私人間における人権の保障のために適用する 規定は種々様々である。民法の籍1780集貨1項は,On ne peut engager ses SerVices qurえtemps,Ou pOur une entreprise d6termin色.「何人卜雌モー定
(8) 期間又ノ\一定企業ノ為ノ外其ノ役務ヲ約スルコトヲ得ズ」と定めて,終身にわ (7) たる雇傭を禁止しているが,これほ私人間における奴隷的拘束の禁止である。 (8) 離婚法の定める有責離婚原因のなかの侮辱(injures)に.あたるとされた例が 存在する。それは民事婚をした後,宗教婚を行なうことを事前に約束していた にもかかわらず,配偶者の劇人がその約束の履行を拒否した場合には,他の配 偶者の良心の自由を侵害したとして,離婚を正当化する重大な侮辱に該当する
上 村 貞 美 36 \9,】 と認定したケ−スである。このことによって,裁判官は夫婦の相互の良心の自 (10) 由を保護したといえよう。 西ドイツやわが国の学説・判例と同じように,一般条項を汚用するケースも いくつか存在する。セ−ヌ民事裁判所の1947年1月22日の判決ほ,「・ユ・ダヤ人と 結婚した場合に.は遺贈を取消す」という条件つきの遺言の条項を無効であると したが,その判決理由のなかで,このような条件ほ,人種差別を排斥している
(11) (12) 発4共和制憲法の前文から生じる公序に反するとした。またこの条件が結婚の
自由を不当に.侵害するものであることはいうまでもない。 パリ控訴院は,1963年4月30日の結婚退職制に閲す・る、エーール・フランス事件 判決のなかで,「結婚の権利を,制限し譲渡するこ.とのできない公序としての個 (18) 人権である」とし,それを侵害する独身条項を額効であると判示した。 公序の次に用いられる−▲般条項として権利濫用(abusde droit)の概念があ る。上紅挙げた離婚の例もー種の権利濫用であるし,また後述する濫用的解雇 の理論も,労働組合活動の自由を保護するために.裁判官紅よって用いられてい る。民事過失(faute civile)の概念も,私生活(プライバV− )を保護するた(14) め紅用いられてきたようである。1970年7月17日の私生活の保護把.関する法律
は,「イ可人も自らの私生活の尊塾への権利をもつ_lと定め,損害賠償及びより有 (ユ占) 効な予防措置等の一定の民法上の保護を与え/ている。 行政法の領域において,私人間紅おける精神的自由の保障が問題となったケ (18) −スとして,コンセイエ・・デタの1933年5月19日の Benjamin事件がある。 バンジャマン氏等の極右団体はヌグェ・−ル(NeveI’S)市で文学的な講演会を開 催する予定であったが,バンジャマン等の作家たちが,初等教育に対して激し い攻撃をしていたために,教員組合はヌグ,エーール市長に講演会に反対すること を申入れるととも紅,新聞,パンフレット,ピラを通じて,労働組合,左.淀団 体等に講演反対のデモ(contre・manifestation)を呼びかけた。このような状況 で,ヌヴェ−ル市長が講演会が実施された場合に不測の混乱が生じるおそれが あると判断しで講演会を中止する処分をとったので,主催者側は非公開の講演 会にきりかえたが,市長ほさらに.これを禁止する処分を行なった。市長のこの 処分の取消を求めてバンジヤマン民が訴えた事件が本件であるが,コンセイ・ユ・フランスに.おける私人間の人権保障 37 デタは,判決のなかで,市長の禁止処分を権限濫用として取消した。その判決 理由は,集会の自由は1881年6月30日法および1907年3月20日法により保障さ れているのであるから,市長ほそれを尊重しなければならず,集会を禁止しな け・れば,秩序を維持できないならば別だが,警察力をもって不測の混乱を避け うる場合に.は,集会を禁止すべきでない,ということであった。 (17) これと閑適する判例はかなりあるが,この判決に.よって,「反対の意見の共存 が,その介入に.よって確保される限りにおいて,警察当局ほ,この意見の一方 の表明が,他を沈黙紅追いこむことを妨げなければならない」という基本的な (18) 原則が打ち立てられたといえよう。 私人間に.おける精神的自由の保障に.とって最も緊張した場が,労働法の億域 であることはいうまでもない。企業,労働組合という巨大な私的集団によって, 労働者の精神的自由が日常的紅侵害されうる状況にあるからである。1946年憲 法の前文が,「何人も,勤労又ほ雇備に際して,自己の出身,意見又は信仰の故 に.,不利益を蒙ってはならない」と定め,さらに.,「何人も,組合活動を通じ て,自己の権利と利益を擁護することができ,また自己の選んだ組合に加入す ることができる_】と定めているのは,まさにその趣旨のためである。以下,そ の適用が問題となる場面に分けて考察する。 まず,対使用者との関係において。労働者の組合活動の自由と思想の自由を 保護するため紅,次のような規定を設けている。まず採用に関して,1956年4 月27日法は,「使用者が,とくに.,雇入れ‥…‥に.際して,一山つの組合への加入も (19) しくは組合活動を考慮することは禁止されている」と定めている。次にストラ イキに関して,第二次世界大戦以前は,判例によって労働契約が破棄されると 解釈されており,再雇傭のために.ほストライキ終了後に,使用者とストライカ ーーとの間で新しい労働契約が締結されることが必要であった。そのため,使用 者は労働組合の幹部と労働契約を結ばなかったので,解雇と同じ結果になり, そのことに.よって労働組合活動の自由を侵害したのである。だが1950年2月11 日法は,この労働契約破棄説をとらずに,労働契約が,−・時的に停止するとす る立場をとった。したがって,ストライキ終了後は自動的に・労働契約が再開す
(20) ることになったのである。労働者の政治的意見あるいは労働観合に関する意見
上 村 貞 美 38 を理由とする解雇に.関してほ,判例は,「労働契約の濫用的破棄」の法理を形成 して,労働者を救済しようと努めてきた。1956年4月27日法もその法理を立法 化したが,しかしながら,この救済の内容は職場復帰ではなく,使用者に対す しご▲\ る損害磨償である点において不十分だと批判されている。 次に・,対労働組合との関係に.おいて。前述のように第4共和制憲法の前文ほ., 労働者の事 ̄組合加入(不加入)の自由」と】 ̄細.合選択の自由」を承認している が,労働組合は.労働者紅組合への加入を強制するためにさまざまな圧力をかけ
る。その手段の一つがいわゆるClosed shop(entIeprise ferm6)条項である。
(22) これは前述の1956年4月27日法に・よって禁止されたが,実際紅ほ一部の産業で し23) 行なわれているようである。 (1)Rivero,La protection p一ノ312は,,1966年の国際人棒規約紅したがって二,人権 経済的,社会的及び文化的権利と市民的及び政治的権利に.分け,前者に含まれる労働 権,健康権,社会保障権等は・,全体集団すなわら国家紅対する給付請求権(c工由nce) であるから,私人間における保障は問題紅ならないとし,後者に限定して考察してい る。
(2) この領域の区分は,Rivero,Cours delibert6s publiques,1972,p。275et Seq に.よった。以下,RiveI・0,Cou工Sと略す。
(3)野村敬造『フランス憲法と基本的人権』232貰,Rivero,Cours,p.276. (4)Madiot,Droits del′hommeetlibeIt6s publiques,p”228−229・
(5)詳細については,林瑞枝「フランスの反人種差別法」法律時報51巻2号91頁:以下, 湯浅伸「人種差別禁止法」外国の立法17巻4弓参照。 (6)木村健助・柳瀬兼助『現代外国法典叢青(17)併南西民法〔:Ⅳ〕財産取得法(3)』 172真。 (7)Rivero,La protection,p.318 (8)これは改正前の離婚法が定めていた限定的有宜主義の離婚原因であり,現在ほ軸・般 的有資主義をとっている。山口俊夫『概説フランス法下』433−434貢参照。 (9)Rivero,Cours,pり275,Libert6s publiques,tOmeⅡ,p.145
(10)Rivero,Le system francais de protection desdroitsdel′homme,Revuedes
droits del′homme,1968,p。77. (11)前文の当該箇所は次のよう紅規定している,「フランス人民は,ここに.改めて,およ そ人間は人穂,信条,信仰の如何を問わず,譲渡することのできない神聖な権利を有 することを宣言する。」 (12)中村『社会権法理の形成』10頁,同『日本の憲法判例』269貢。 (13)中村前掲脊9貢,同前掲醤269貫−・270貢,秋田成就「女子労働者の定年制と結婚退
フランスにおける私人間の人権保障 39
職」季刊労働法55号51頁十54貰参照。なお Dran,I;e COntr81e juridictionneletla garantie deslibert占s publiques,p.177et p.183.
(14)Rivero,La protection,p.318. (15)Madiot,ibidりpp.226−228.
(16)Rivero,Cours,pn276,バンジャマン事件紅ついては,野村前掲審315頁十316真 に.詳細な説明がある。
(17)それについて:は,Long,Weilet Braibant,Les grandes arI合ts dela j11rispru− dence administIative,66d,P.214et seq参照。
(18)Rivero,Cours,p…276・・ (19〕中村『社会権法理の形成』260頁。 (20)中村前掲書228真一236貢。 (21)中村前掲番261貫,RiveI0,CouIS,p・278l (22)中村前掲苔306貰−308克。 (23)たとえば印刷業界がそのようである,Rivero,Libert6s publiques,tOmeⅡ,p・ 146… Ⅴ 以上,私人間における人権保障が,法律によってどのように具体化されてい るのかを瞥見した。 最後に,リグ.ェロがアメリカの司法的執行の理論に類似した考えを次のよう (1) に.述べてル、るので,これに簡単に触れておくこと紅する。 私人間に.おける人権保障の問題が具体化するのほ,私人によって自由を侵害 された人が裁判官に訴えていくときである。訴がないかぎり,人権侵害は法の 表面に.現われない。裁判官がこの私人間の争訟を受理した時以降,この間題は 単に私人間の関係にとどまらず,訴を提起して保護を求める個人と公権力との 関係を付け加える。訴を受理した裁判官もまた国家機関の一つとして,憲法上 の諸原則紅従わなければならない。したがって−,私人に.よる人権侵害のいくっ かのケ・−スに.おいて,裁判官が憲法前文でうたわれている人権規定に依拠し て,その救済をほかったのは十分に理由のあるこ.とであるし,またそうするこ とほ裁判官の義務である。 このアメリカの司法的執行の理論に.類似した考え方も,それから前述した西 ドイツや日本で議論されている一般条項の意味充填の考え方も,目新しさもま ったくないといってよいし,また精緻な理論とほとてもいいがたいものであ
上 村 虚 実 40 る。その意味でも,窓法解釈の方法によって,私人間の関係における人権保障 をどう実現すべきかというわが国窓法学上の解釈論に.資するところは,直接的 には,少ないといわざるをえない。 (1)Rivero,La protection,ppい320−321.