12
2009
Vol.26 No.12
(通巻312号)
12
/
2009
視 点
特 集 「テクニカルエンジニアが開く新しい世界」
海外便り トピックス
“働きがい”の七色変化
稲月 修4
電子マネーシステムを支える基盤技術
―利便性とセキュリティを両立させるために―
河野勝利6
─────────────────────────────────────────────広告としての「デジタルサイネージ」
―動体画像解析で可能になる視聴率の測定―
大野仁勝10
─────────────────────────────────────────────実用化が期待される「拡張現実」
―現実環境に仮想情報を重ねて表示―
松本 健14
─────────────────────────────────────────────データセンターネットワークにおける最新技術動向
島田雄貴16
─────────────────────────────────────────────業務スキル向上への“ナレッジ協創”
―「教える」から「自分で気が付く」へ―
真下竜実18
変化しつつある中国の消費市場
―消費者指向の物流を目指したシステム整備―
伊達一朗24
リアル行動ターゲティングの現状と課題
―期待されるデジタルゲームの活用―
広瀬安彦20
─────────────────────────────────────────────真の“グローバル物流”を実現するための管理課題
小熊郁子22
NRIグループと関連団体のWebサイト
26
“働きがい”の七色変化
日本経済新聞社では「働きやすい会社」調 査の結果を毎年発表している。2009年の総合 ランキングでは、育児介護施設の充実など生 活面に配慮した制度を充実させた企業が上位 に並んだ。野村総合研究所は前年の55位から 40位にランクアップしたとはいえ、まだまだ やるべきことがありそうだ。 より働きやすい会社にするためには何をす べきだろうか。全社的な人事制度や人材育成 策の整備はもちろんだが、現場サイドでやる べきことも多いのではないだろうか。執務環 境や人間関係などの職場環境の整備、労務状 況の改善は当然のこととして、“働きがい” を感じられる仕事をいかに提供できるかが重 要だと思う。 かつて先輩に言われた言葉をよく思い出 す。入社して数年が経ち、仕事の内容がわか ってきて、仕事に楽しみがわいてきた頃のこ と、担当していた仕事に不満を持っていた筆 者に、先輩がアフターファイブの席でこう言 った。「やりたい仕事と、やれる仕事と、や る仕事は違う。いまの仕事を好きになること が大事だ」。筆者は「まずは仕事の仕方を覚 えスキルを身に付けろ」という意味だと理解 した。スキルや経験を蓄積できて、それを仕 事に生かせていることを実感できれば、おの ずと“働きがい”を感じるようになるはずで ある。そこで必要になるのがキャリアアップ 支援策である。 筆者が所属する情報技術部門は、情報シス テムのインフラを設計・構築している。その ためにテクニカルエンジニアという枠を設け て新卒を採用し育成するとともに、テクニカ ルエンジニアのためのキャリアデベロップメ ントプランを策定している。 2008年からは、若手の育成に焦点を当て、 入社後 5 年間の成長ストーリーを描いて、そ れを実現するための具体的な育成策も整備し た。現在、その結果を見ながら育成施策の充 実を図っているところである。施策の 1 つに は、サーバー構築からアプリケーション開発、 テスト実施までの一連の作業を一人で行う実 践的研修があり受講者の満足度も高い。手を 動かし汗を流してこそノウハウは身に付くも のである。 さて、筆者が入社したのはオイルショック 後の就職氷河期であった。それから30余年に わたるビジネスマン人生を過ごしてきたわけ だが、その経験を踏まえて、ビジネスマンの “働きがい”についていささか考えているこ とを述べてみたい。それは、長いビジネスマ ン人生にもそれなりに変化があるということ である。筆者はこれを虹の七色に例えて“ビ ジネスマンの七色変化”と名付けている。な お、色の順番が実際の虹と一致しないことは ご了承願いたい。 初めは黄色(ひよこ)の時代。入社して間 もない時期で、スキルと経験を蓄積する段階視 点
野村総合研究所 常務執行役員 基盤サービス事業本部長 情報技術本部長
稲月 修
(いなつきおさむ) である。習得したスキルを活用して仕事を 次々にこなしていければ問題ないが、そうう まくはいかない。そのため、トレーニーとし て派遣して教育することや、仕事を疑似体験 できるような施策も必要だろう。 次は赤色(燃える)の時代。担当している 仕事に没頭する段階である。また、仕事の中 から新しい知識を吸収し自ら成長していく。 ここでの成功体験が“働きがい”の元である。 私生活でも、家庭を持ったり子供が生まれた りと、“働きがい”を感じることの多い時期 と言えそうである。 次は橙色(実となる)の時代。チームリー ダーとして部下を率い、成果を上げる段階で ある。仕事の成果が自分の評価にもつながる ので、仕事の規模や自分の立場が“働きがい” に影響する。少し背伸びをすれば達成できる ような仕事を割り当てることが、本人の成長 や達成感の観点からは肝要となろう。 次は緑色(チェンジ:変化)の時代。立場 が組織の長へと変化して、複数の仕事を率い るスキルと経験を蓄積する段階である。部下 を育成し、活躍の場を用意することも求めら れる。“働きがい”にも組織の観点が入って くる。 次は青色(マネージ)の時代。部レベルの 組織を担当し、マネジメントの成果を上げる 段階である。日々の業務に加えて、顧客開拓 や業務革新などの役割を担い、マネジメント の楽しさが“働きがい”に加わる。 次は紫色(ビンテージ)の時代。対象組織 がもっと大きくなり、ビジネス企画や中期戦 略の推進などを担う段階である。目標を立て て組織を動かし、組織全体での成果を最大化 することを求められる。それを実現するため には、さまざまなファクターがすべてうまく いくことが必要で、それは極上ワインを作る のに似ていると言えようか。そうした喜びが “働きがい”となる。 最後は藍色(奉仕)の時代。長年の経験を 生かして、会社や業界に恩返しする段階であ る。スキルの継承とマネジメント層の人材育 成が使命であり“働きがい”でもある。 古めかしい考えと言われればそうだろう。 色については少しこじつけに近かったかもし れない。雇用機会均等法ができて以降、弊社 でも女性のテクニカルエンジニアが増えてい る。昨今では中国籍や韓国籍など社員の多国 籍化も進んでおり、来年はベトナム出身者が 内定している。こうした業務や社員の多様化 に伴い、いまや“働きがい”も一律ではない。 そのため、社員には複数の選択枝を用意して おくことが望ましい。社員を 1 つの色に染め るのではなく、十人十色の個性をいかに活用 できるか、ということが重要になってきた。 “働きがい”のある職場とはどんなものか、 現場ならではの知恵と工夫が求められる。そ れが、現場の力を最大化できるかどうかを左 右する大きな要素となってくるだろう。 ■社会インフラとなった電子マネー 電子マネーとは、一般に「お金の価値を電 子化した決済手段」の 1 つと定義される。具 体的には、現金の価値を電子化してICカード に保存(チャージ)し、支払いの際には保存 された現金相当額を加盟店側に移転する方式 と、「BitCash」のようにインターネット上の 決済に使うものがある。本稿では、ICカード 型の電子マネーに限定して話を進める。 2001年に、JR東日本の「Suica」や、ビッ トワレット社が運営する「Edy」といった非 接触型ICカードの電子マネーが日本で初めて 登場して以後、電子マネーは徐々に普及して いった。2007年には、首都圏の私鉄各社が 「PASMO」を導入し、またスーパーやコンビ ニなどで利用できる「nanaco」(アイワイ・ カード・サービス社)や「WAON」(イオン リテール社)が登場するに及んで、電子マネ ーの普及はさらに進んだ(2007年は「電子マ ネー元年」と呼ばれる)。2009年に野村総合 研究所(以下、NRI)が実施したアンケート 調査によると、電子マネーは首都圏の人口当 たりの保有率が 8 割を超え、社会インフラの 一部となっていることが示された。 電子マネービジネスのプレーヤー 電子マネーをビジネスの側面から見ると、 そのプレーヤーは発行会社、加盟店、利用者 の 3 つに分類される(図 1 参照)。 発行会社は、電子マネーを発行し、加盟店 と精算ができるようにシステムを整備する。 発行会社は電子マネーを利用することの利便 性のほか、ポイントプログラムなどのサービ スを提供することによって利用者を獲得す る。加盟店に対してはマーケティング上のメ リットを提供する。発行会社は加盟店から手 数料を徴収することによりビジネスを成り立 たせている。 加盟店は、電子マネーの利用場所を提供す ると同時に、利用者がチャージした金額や支 払いに使った金額を集計して、発行会社との 間で精算処理をする。加盟店にとってのメリ ットは、利便性やポイントプログラムのよう
電子マネーシステムを支える基盤技術
―利便性とセキュリティを両立させるために―
現在、電子マネーはコンビニやスーパー、鉄道、バスといった多くの場所で利用されており、 社会インフラの 1 つと言えるほど生活に身近なものとなっている。本稿では、この電子マネー について、ビジネス、システム、そのシステムを構築するプロジェクトという観点で、筆者の 経験を踏まえ解説する。特 集 [ テクニカルエンジニアが開く新しい世界]
図1 電子マネービジネスのプレーヤー 発行会社 利用者 加盟店 商品+ポイント 支払い 発行 申し込み 手数料 精算なサービスを提供することにより、顧客の獲 得や囲い込みが図られることである。 利用者は、小銭が不要で、機器にかざすだ けで精算できる利便性や、ポイントが付与さ れるなどの経済的メリットから電子マネーを 決済手段として利用する。多くの電子マネー では、ポイントを電子マネーに交換し、現金 相当額を利用することもできる。 電子マネーシステムの概要 (1)システムを構成する機器類 一般に電子マネーシステムは、ICカード、 ICカードの情報を読み書きするリーダー/ラ イター、およびリーダー/ライターと通信を 行うサーバー機器類によって構成される。 ①ICカード 日本では、ソニー社の「FeliCa」という非 接触型のICカード技術が、「Suica」「nanaco」 「Edy」など多くの電子マネーで採用されて いる。「FeliCa」は他のICカード規格よりリ ーダー/ライターとの通信速度が速いことか ら、POS(販売時点管理)レジより高速な処理 が求められる交通改札の用途として「Suica」 に採用され、これを機に広く普及することと なった。ICチップには、現金相当額が書き込 まれているが、その情報は簡単に変更されな いように暗号化されている。「FeliCa」では 共通鍵暗号化方式が用いられている。 「FeliCa」以外の非接触型のICカードとし ては、国際規格ISO 14443に準拠したType-A および Type-Bと呼ばれるカードが世界的に 多く利用されている。日本でも、タバコ自販 機用の成人識別カード「taspo」がType-Aを、 住民基本台帳カードやICパスポート、ICカ ード運転免許証がType-Bを採用している。 ②リーダー/ライター リーダー/ライターには、その筐体中にプ ログラムや暗号化のための鍵情報を内蔵し、 単体で読み書きができるインテリジェント型 と、サーバー機器からの操作でカード情報を 読み書きする非インテリジェント型がある。 インテリジェント型は、内蔵する鍵情報やプ ログラムが外部に漏れることを防ぐための耐 タンパー性(後述)を有している。 通常、リーダー/ライターはPOSレジなど の端末機器に接続して使われる。POSレジは リーダー/ライターから情報を受け取りセン ターサーバーへ中継する。 非インテリジェント型のリーダー/ライタ ーとしては、PCなどのUSBポートに接続し て使用する「パソリ(PaSoRi)」がある。IC カードをこの機器にかざすだけで、電子マネ ーの入金や決済ができるようになっている。 ③サーバー リーダー/ライターおよびその情報を中継 するPOSレジと相互に通信を行い、業務処理 をコントロールする。非インテリジェント型 のリーダー/ライターの場合は、サーバーか ら直接、ICカード情報の読み書きを行う。鍵 情報などの機密情報は、HSM(Hardware 野村総合研究所 基盤サービス事業本部 システム基盤統括一部 上級テクニカルエンジニア
河野勝利
(こうのしょうり) 専門は金融系システムの基盤方式 設計などSecurity Module)と呼ばれる装置(後述) に格納して外部への流出を防いでいる。 (2)高いセキュリティを保つ仕組み 電子マネーシステムのセキュリティで特徴 的なのは、上で少し触れた耐タンパー性であ る。ここでは、耐タンパー性を実現する仕組 みについて簡単に解説する。 ①耐タンパー性とは かつて、米国のテレビ映画として人気を博 し、劇場映画にもなった『ミッション・イン ポッシブル』に、ミッション(指令)を再生 したテープが「このテープは自動的に消滅す る」と言って焼失してしまうおなじみのシー ンがある。ミッションの内容が敵に知られな いようにする仕組みである。これと同じよう に、耐タンパー性は、内部の情報を解析され たり改ざんされたりすることに対する防御力 を意味する。耐タンパー性を実現する方法に は論理的なもの(プログラムにより実装する) と物理的なものがある。物理的な方法では、 装置やメモリーから情報を解読しようと試み ると、情報が読み出せないように内部回路が 破壊される。通常、電子マネー(ICカード) には物理的な対策がとられている。 ②耐タンパー性を実装したHSM 上記の耐タンパー性をハードウェアとして 実装し、暗号鍵情報などの重要な情報を格納 する機器がHSMである。HSMは、格納され た鍵情報を使って暗号化・復号処理プログラ ムを機器内部で実行する。これにより、鍵情 報を露出させることなく、安全に決済などの 処理を行うことができる。 セキュリティと利便性の両立 電子マネーシステムは、セキュリティを高 めるため、定期的もしくは各種条件が合致し た時に、リーダー/ライターとサーバー機器 が通信を行うようになっている。通信の間は 利用者はICカードをリーダー/ライターにか ざしていなくてはならず、また通信は通常 WAN(広域通信網)回線を経由するため処 理時間が長くなり、スピーディーな決済とい う利便性が損なわれることになる。そこで、 さまざまな工夫を行ってかざす時間を最小限 に感じさせるようにする必要がある。 そのためには、リーダー/ライターとサー バー機器の通信時間をたとえば 2 秒以内にす るなどの性能目標を決める。これを実現する には、まず業務要件と処理内容を精査して、 一連の処理を利用者のかざす動作に直接関係 する部分とそうでない部分に分ける。次に、 直接関係しない部分はバックグラウンド処理 として利用者に処理を感じさせないようにす る。かざす動作に関係する部分は、データベ ースのテーブル設計や電文設計などを工夫す ることで処理時間を短縮する。これにより処 理時間を 1 秒程度にすることも可能である。 電子マネーシステム構築における留意点 電子マネーシステムを構築するプロジェク 特 集 特 集
トでは、セキュリティ面で通常の業務システ ムとは異なる施策が設計段階から必要であ る。以下では、秘密保持契約、情報の重要度 のレベル分け、および権限の分散について、 その要点を述べる。 (1)秘密保持契約の締結 外部のベンダーに作業を委託する場合、秘 密保持契約の締結は当たり前のことであり、 普通に行われているであろう。とくに電子マ ネーシステムは高いセキュリティが求められ る情報を扱うため、プロジェクトに参加する 企業は秘密保持契約の締結が必すとなる。ベ ンダーとは、たとえプロジェクトへの参加が 確定的な場合であっても、秘密保持契約の締 結が済むまでは情報連携を行わないといった 厳格な運用が必要である。 (2)情報の重要度のレベル分け プロジェクトで扱う情報は、暗号鍵情報を 含めて、常にその重要度をレベル(セキュリ ティレベル)分けし、レベルに応じて、仕様 検討会などへの参加者を限定することなどが 必要である。特に、重要度レベルの高い情報 については参加するベンダーとメンバーを絞 り込み、一部のベンダーの一部のメンバーし か知り得ないように情報統制を行う。たとえ ば、重要度レベルの低い概要的なシステム仕 様や業務内容は広くメンバーに公開するが、 ICカード情報を更新するプログラムのロジッ クや、暗号鍵情報のHSMへの格納方法など についての検討会へは、限られたベンダーや メンバーだけが参加できるようにするべきで ある。 このような施策は、一面では情報共有を制 限するものであるため、プロジェクトの遅延 の原因になり得ることは事実である。だから といって、重要情報を安易に共有させるとい ったことを認めてはならないであろう。 (3)権限の分散 重要度のレベル分けとともに、情報の登録 や変更の権限を一人に集中させないことも必 要である。たとえばHSMへの情報の登録・ 変更を、権限を持つメンバーが一定数以上参 加しなければできないようにすることなどが 考えられる。権限を持たせるメンバーには登 録・変更専用のカードを 1 枚ずつ渡してお く。メンテナンスなどでHSM内の登録情報 を更新する際は、このカードを持つメンバー を決められた人数だけ集め、カードを交互に HSMに認識させないと更新作業ができない ようにするなどの方法がある。権限分散の考 え方は、電子マネーシステムでは広く取り入 れられている。 電子マネーの仕組みについて、ビジネス、 システム、構築プロジェクトの観点から解説 してきた。既述のように電子マネーはすでに 社会インフラとして定着しており、NRIは今 後も消費者が安心して利用できる電子マネー システムの構築のために努力していきたいと 考えている。 ■
映像による電子看板 デジタルサイネージを「電子看板」とすれ ば、主要駅近くの交差点などに面したビルの 壁面に設置された、鮮やかな映像を映し出す 巨大画面を思い浮かべる人も多いと思われる。 こうしたディスプレス装置は、最近では電車 の中やコンビニのレジカウンター、スーパー の店内など、身近なさまざまな場所に浸透し てきている。 JR東日本の山手線や京浜東北線の車内に設 置された「トレインチャンネル」は、文字や 静止画だけでなく動画も使ってニュースや天 気予報、占いなどの情報番組のほか、企業の 広告を放映している。広告という 観点から見れば、電車で移動中と いう“すき間時間”を利用してさ まざまな情報で利用客の興味を引 きつけ、それをうまく広告へ導く メディアとなっている。 デジタルサイネージ広告の市場 規模は2008年に約5,600億円で、こ こ数年で30∼50%の成長を見せて おり、2015年には 1 兆円を超える と予想されている(http://www. seedplanning.co.jp/press/2009/0106.html)。 その一方で、2008年の日本の総広告費は約 6 兆 7 千億円であり、新聞、雑誌、テレビ、ラ ジオの 4 大メディアの広告費は2005年からの 4年間で約 4 千億円も減少している(図 1 参 照)。広告媒体としての各メディアの重要性に も、次第に変化が現れてきている。 デジタルサイネージには、従来の広告メデ ィアが持っていない大きな特徴がある。それ は、ディスプレイを特定の場所に設置するこ とができ、また放映時間を自由に設定できる ことである。この特徴を生かして、スーパー の店内のように、より消費の現場に近い場所 で広告や情報提供を行い、消費者の購買に結
広告としての
「デジタルサイネージ」
―動体画像解析で可能になる視聴率の測定―
屋外や店頭、交通機関などでディスプレイ画面により情報を発信する「デジタルサイネージ」 と呼ばれるメディアが各所に導入されるようになっている。広告メディアとしてのデジタルサ イネージには、広告効果の測定など解決すべき課題が少なくない。本稿では、視聴率測定を可 能にする動体画像解析技術の紹介を通じて、デジタルサイネージの将来像を考察する。特 集 [ テクニカルエンジニアが開く新しい世界]
図1 日本の広告費の推移 40,000 35,000 30,000 25,000 20,000 4 大 媒 体 ︵ 億 円 ︶ イ ン タ ー ネ ッ ト ・ 屋 外 ・ 交 通 ・ P O P ︵ 億 円 ︶ 8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 出所)電通「2008年(平成20年)日本の広告費」に基づきNRI作成 2005年 2006年 2007年 2008年 4大媒体 インターネット 屋外 交通 POPび付けることが期待できるようになる。 デジタルサイネージが最も早く導入された 米国では、大手小売業のWalmart社を筆頭に デジタルサイネージが本格的な定着期に入っ ている。Walmartの全店舗の 1 週間の来店客 数は 1 億 8 千万人という(『Forbes』2008/4/2 の記事)。その全員が店内のテレビを見ている と仮定すれば、米国の 3 大テレビネットワー クの視聴者数に匹敵する規模になる。 米国では、週末に車でショッピングセンタ ーに行き、1 週間分の買い物を済ませるのが 普通の消費スタイルである。消費者は、何を 買うかを店に行ってから決めることが多い。 そのため、商品と消費者の接点としての店頭 での商品プロモーションや情報提供が特に重 要になってくる。 一方、日本でも最近は小売業界でのデジタ ルサイネージの導入が進んできた。イオング ループが運営する総合スーパーのジャスコは、 関東30店舗の食品売り場のレジ付近に、各店 10台ずつ合計300台のディスプレイを設置し、 「イオンチャンネル」として商品の広告や天気 予報、ニュースなどを放映している。2010年 春には、全国250店舗で合計2,500台という、現 時点では日本最大規模の導入が予定されてい る(http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/ 20090601/331033/)。 街の中のデジタルサイネージとしては、「福 岡街メディア」「横浜街メディア」と名付けら れたものがある。COMEL社が運用するこの メディアは、福岡市と横浜市の商業施設や駅、 空港などにディスプレイを500台ほど設置し、 広告のほかその街に即したコンテンツを放映 し地域への定着を目指している。 デジタルサイネージの課題 このように多くの場所でデジタルサイネー ジの導入が始まっているが、解決が必要な課 題もある。たとえば有効なビジネスモデルの 確立、装置のコスト低減とネットワーク化な どがあげられるが、ここではさらに 2 つの課 題を指摘しておきたい。 1つ目は、日本の消費スタイルとの親和性 の問題である。日本では、米国のようなまと め買いは少なく、ほぼ毎日買い物に出かける。 購入する商品は最初から決まっていることが 多く、店にいる時間は比較的短い。このよう な消費スタイルの顧客に訴えるためには、そ れにふさわしいコンテンツの提供が不可欠と なる。その場所、その時間に顧客が必要とし ている情報を提供しない限り、コンテンツが 視聴されることは期待できない。また、短時 間で見てもらうためには、動画コンテンツよ りも静止画による効果的な情報提供が重要に なる。そのためには、たとえば携帯電話と連 携させたコンテンツの提供なども有効だろう。 2つ目は、効果測定の問題である。デジタ ルサイネージの広告効果が明確になれば、広 告主となる企業に魅力のあるメディアになる はずである。 野村総合研究所 情報技術本部 技術調査部 上席テクニカルエンジニア
大野仁勝
(おおのよしかつ) 専門はヒューマンインタフェース・非PC 端末・携帯デバイスなどの調査・研究これまで、デジタルサイネージにはテレビ の視聴率のような確立された効果測定の基準 がなかったが、2009年 6 月には、デジタルサ イネージの標準化団体であるデジタルサイネ ージコンソーシアム(DSC)が視聴率を測定 する指標を策定したと発表した。この指標に よると、視聴率は「視聴態度」「情報」「コン テンツ」「サーキュレーション」「タイミング」 「エモーション」の 6 つのカテゴリーに分けて ポイント化することで算出される。DSCでは、 年内に都内で実証実験を行い、1 年後にはポ イント化の基準も確定する方針という。 こうした活動によりデジタルサイネージに も効果測定の基準が定着する可能性はあるが、 どこまで精密に測定すればメディアとしての 価値が高まるのか、数値化しにくい要素をど う評価していくのかという課題もある。その ため、具体的な測定方法について今後の技術 開発を待つ点も多い。 野村総合研究所(以下、NRI)では10年以 上前からデジタルサイネージの視聴率の問題 に着目しており、視聴者の画像から視聴率を 測定する方法についての特許(「広告メディア 評価装置および広告メディア評価方法」)を取 得している。これは、視聴者の目の位置とい う特徴点を抽出し、メディアに対する注目度 を計量化するものである。 動体画像解析による視聴率測定 デジタルサイネージの視聴率を測定するア プローチの 1 つに動体画像解析がある。動体 画像解析は、画像に映る動体を認識して、そ の大きさや数、速度、動線、移動時間などの 判定や分析を行う技術である。すでにさまざ まな分野で応用されているが、最も多いのは 監視カメラシステムの付加機能として提供さ れるケースで、人の行動監視や自動車の交通 量測定・渋滞検知・速度監視などに利用され ている。人の検出では、映像に映る動体の特 徴から人物か否かを判別する。判別基準には 人物全身、上半身、頭部、顔などが用いられ る。多数の人物特徴点を学習させて、検出精 度を向上させることができる。また、人の行 動を学習させて、座る・立つ、行列するなど の行為を検出することも可能である。 また、最近のデジタルカメラやビデオカメ ラで実用化されている機能に、特定の人物に ピントを合わせ続ける自動追尾や、ファイン ダー内の人物が笑うとシャッターを切るスマ イルシャッターなどがある。これらの機能は、 画像中の人物の顔を検出する技術に基づいて いる。顔検出には多数の人物の髪の毛、まゆ、 目、鼻、口の形体を特徴点として学習させる 必要があるが、その際に性別や年齢などの情 報を付加すれば、顔の検出だけでなく性別や 年齢、表情などの推定も可能となる。 これらの基本となる検出技術に動線分析な どの技術を組み合わせることで、視聴率の計 量化に必要な、さらに詳しい情報を抽出する ことができる。 特 集 特 集
図 2 に示したのは、NRIが開発 した動体画像解析のプロトタイプ システムにより、店舗の混雑状況 などを解析した一例である。店舗 の店内カメラから得たレジ待ちの 画像を使い、単位時間当たりの総 来店客数の測定(同図上のグラフ)、 レジ当たりの客数や待ち時間の測 定(同図下のグラフ)を行ってグ ラフ化した。利用者数の検出精度 は75∼100%とレジによって異なる が、平均85%と良好な結果であっ た。このような新しい動体画像解 析技術を応用することで、デジタ ルサイネージの時刻ごとの視聴者 の人数や視聴時間、視聴者の性別、 年齢、表情(笑顔など)など、視 聴率の計数化に必要な情報を抽出 できるようになる。 デジタルサイネージがインターネットと並 ぶ広告媒体に育つかどうかは、広告効果の測 定という課題が解決されるかどうかに大きく 左右されるだろう。前述のように、広告効果 測定のための規格や技術は確立されようとし ている。広告主となる企業にとって、このよ うな規格や技術はデジタルサイネージのメデ ィア価値を向上させるものとなろう。 デジタルサイネージの未来 現状のデジタルサイネージは、あらかじめ 設定されたスケジュールに基づいてディスプ レイにコンテンツを映し出す。しかし上記の ような動体画像解析技術を応用すれば、こう したデジタルサイネージのあり方を変えるこ とも可能であろう。たとえば、人がディスプ レイを注視すると、その人に合わせたコンテ ンツが映し出されるといった具合である。 場所と時間に加え、見ている人の性別や年 齢に応じて情報を変えるディスプレイ、楽し そうな表情をするとさらに詳しい情報を映し 出すディスプレイ、そんな未来はそう遠くな いかもしれない。 ■ 図2 動体画像解析による客数測定の例 〈測定例 1 〉1つの店舗の時間帯別来店客数 〈測定例 2 〉1つのレジの客数と平均待ち時間 来 店 客 数 ︵ 人 ︶ 客 数 ︵ 人 ︶ 平 均 待 ち 時 間 ︵ 分 ︶ 40 35 30 25 20 15 10 5 0 1 1:3 0 1 2:0 0 1 2:3 0 1 3:0 0 1 3:3 0 1 4:0 0 1 4:3 0 1 5:0 0 1 5:3 0 1 6:0 0 1 6:3 0 1 7:0 0 1 7:3 0 1 8:0 0 30 25 20 15 10 5 0 1 1:3 0 6:00 5:00 4:00 3:00 2:00 1:00 0:00 1 2:0 0 1 2:3 0 1 3:0 0 1 3:3 0 1 4:0 0 1 4:3 0 1 5:0 0 1 5:3 0 1 6:0 0 1 6:3 0 1 7:0 0 1 7:3 0 1 8:0 0 1つのレジの客数 平均待ち時間 ※待ち時間の全体平均は47秒
進化するインターフェース 近年、人間とコンピュータの間の情報のや り取りに、より人間の五感や自然な動作に即 した直感的なインターフェースが用いられる ようになってきた。最近では任天堂のゲーム 機「Wii」のコントローラーのように、振る・ ねじるなどの動作を検知してコンピュータに 取り込めるものも実用化されている。 コンピュータが人間の意思を動作を通じて 読み取る技術が進化するとともに、コンピュ ータの処理結果を人間に伝える出力形態も高 度化してきている。その 1 つが、仮想的に作 られた画像を現実の環境と合成して表示する 「拡張現実」である。 拡張現実の仕組み 拡張現実は、ライブ映像のような現実の環 境に、コンピュータで生成した画像などの仮 想的な情報をリアルタイムに重ね合わせて表 示する技術である。これと似たものに仮想現 実(Virtual Reality)があるが、仮想現実が 提示するものはすべてがコンピュータで生成 された仮想情報であり、現実の環境を利用す る拡張現実とは区別される。 ある自動車メーカーでは、エンジンの部品 交換に拡張現実を利用する実験が行われてい る。作業員は動画カメラ付きのヘッドマウン テッドディスプレイ(HMD)を装着し、交換 したい部品を見る。するとねじの場所や取り 外し方法などを示すアニメーションが、ディ スプレイ上のエンジンの画像の上に重ねて表 示される。これにより、作業者はマニュアル を見ることなく、部品を見るだけで作業内容 がわかるという仕組みである。 拡張現実は、画像認識技術と画像合成技術 の 2 つを組み合わせたものと言える。一般的 な方式は、Webカメラなどで現実の画像をコ ンピュータに取り込んで画像内にある物体を 認識し、ディスプレイ上に付加情報を重ねて 表示させるものである。 図 1 に示すように、物体の合成には“マー カー”と呼ばれる目印を利用する。マーカー には 2 次元バーコードに似た正方形のものが 多用されている。認識させたい物体上にこの マーカーを描いておき、取り込んだ映像から コンピュータにマーカーを認識させる。最近 ではマーカーを使わず物体そのものを画像認 識する技術も開発されてきている。マーカー を使わずに物体の特徴から画像認識ができれ
実用化が期待される
「拡張現実」
―現実環境に仮想情報を重ねて表示―
人の普段の動作をそのままコンピュータに取り込む、人に優しいユーザーインターフェース が進化していくなかで、現実の動作に合わせて付加的な情報を合成してわかりやすく表示する 「拡張現実(Augmented Reality)」という技術が注目されている。本稿では、拡張現実とはど ういうものか、その仕組みを解説するとともに、その課題や今後の動向について述べる。特 集 [ テクニカルエンジニアが開く新しい世界]
ば、簡便に多くの物体を識別でき るようになる。現実の画像の上に 重ね合わせる仮想的な情報は、文 字のような 2 次元の情報だけでな く立体像も可能である。合成され た物体は、現実の画像の動きに合 わせて回転や傾き、拡大・縮小を することも可能である。 現状での技術的な課題 拡張現実には課題もある。まず画像認識の 精度の問題である。現状では、画像を入力す るためのWebカメラの精度が十分でないため、 マーカーが正しく映らずに物体を正しく認 識・識別できないことが多い。次に、画像認 識・識別にかかる時間の問題がある。物体の 検出のためには画像のマッチング処理が必要 になるが、検出する物体が多くなるほど大量 の画像処理が必要になり、処理時間が長くな ってリアルタイムの表示が難しくなる。 PCおよびWebカメラに高性能のものを用 い、かつ認識する物体の種類を限定すれば、 画像認識の精度や時間の問題はある程度は解 消されるだろう。しかし現在のところ、拡張 現実の用途として最も期待される携帯PCなど の情報機器では、画像認識に時間がかかりリ アルタイム性の高い操作は難しい。 期待される各分野への応用 いまのところ、拡張現実はまだそれほど実 用化が進んでいるとは言えない。しかし、今 後、外界のさまざまな情報を取り入れるため のセンサー技術との組み合わせが進んでいく と思われる。現在でも、カメラの画像認識の 精度を補うために、RFID(無線個体識別)タ グやGPS(全地球測位システム)センサーな どを用いて対象物の位置を特定する“パスス ルー型拡張現実”と呼ばれる技術も用いられ るようになってきている。 将来的には、画像認識の精度や処理速度は ハードとソフトの両面から向上し、正確な物 体の識別とリアルタイムの情報処理が実現さ れると思われる。そうなれば、拡張現実の適 用範囲は、より一般的なビジネス分野にも広 がっていくであろう。たとえば流通業などに おいては、画像を見るだけで商品の検品や鮮 度管理ができるようになるかもしれない。ま た、携帯端末によるデータ通信も高速化が進 んでおり、リアルタイム性の問題が解決され て拡張現実を携帯端末で利用できるようにな れば、より日常生活に密着した場へと利用シ ーンが広がることも期待される。 ■ NRIパシフィック 上級テクニカルエンジニア
松本 健
(まつもとけん) 専門は米国のITに関する調査および 研究 図1 拡張現実技術の例 現実の画像。正方形はマーカーと呼ばれる 重ね合わせ表示の目印。 拡張現実を使った画像。現実にはない画像 が重ね合わされている。高度化する
DC
ネットワークへの要求 近年、サーバーの仮想化やクラスターDB (複数のDBサーバーで処理を分散する仕組 み)の進展、OLTP(オンライントランザク ション処理)の高速化への要求、ストレージ の大容量化などを背景に、DCネットワーク に求められる機能・性能が急速に高度化して いる。すなわち、システムの性能を全体最適 の観点から向上させるためには、ノード間の 高速データ転送や、仮想化・統合化に適した ネットワーク形態の実現など、ネットワーク の改善が必要不可欠となっている。 ネットワークの性能を向上させる技術 ここでは、注目されている 3 つのネットワ ーク技術について解説する。 (1)広帯域・低遅延化 10Gbps(ギガビット/秒)以上の帯域を持 ち、実績もある技術的な選択肢としてはInfini Band(IB)と高速Ethernetの 2 つがある。IB と高速Ethernetはアーキテクチャが異なり、 帯域幅と遅延特性ではIBが高速Ethernetを 一歩リードしている。伝送方式も、IBはOS (基本ソフト)を介さず直接伝送先のメモリーにデータを受け渡しするRDMA(Remote Direct Memory Access)を利用するのに対 して、高速Ethernetは従来のEthernetと同様 にOSを介してTCP/IP(インターネットの標 準データ転送プロトコル)を利用する。この 方式の違いにより、 IBはサーバーのCPU (中央演算処理装置)負荷や、端末間での伝 送遅延を大幅に低減できる利点がある。 一方で高速Ethernetは、成熟したEthernet の技術を流用できるためシステム構築や運用 管理がIBよりも容易である。近年では、高速 化のネックとなるTCP/IP処理をNIC(ネッ トワーク・インターフェース・カード)上に ハードウェアで実装したTOE(TCP Offload Engine)や、TCP/IP上でRDMAを実装する iWARP(Internet Wide Area RDMA Protocol) が考案されるなど、高速Ethernetの伝送遅 延の問題は改善されてきている。 将来的にDCネットワークの主役になるの は、成熟したEthernetテクノロジーを流用で きる高速Ethernetと予想されるが、特に広帯 域・低遅延が必要な部分に局所的にIBが引き 続き利用されることになると思われる。 (2)ユニファイドファブリック 一般に 1 台のサーバーからは、ファイバー
データセンターネットワークにおける
最新技術動向
サーバーやストレージ(外部記憶装置)の大容量化、高速化、仮想化・統合化が進んでいる ことなどを背景に、データセンター(DC)の構内ネットワークにも、それに見合った機能・ 性能の向上が求められている。またそれを可能にする技術や製品も提供されるようになってい る。本稿では、DCネットワークの高速化や仮想化に関して注目される最新の技術を解説する。特 集 [ テクニカルエンジニアが開く新しい世界]
チャネル(FC)(主にサーバーとストレージ を接続する高速インターフェース)、IP(イ ンターネットプロトコル)ネットワーク、並 列クラスター(複数のコンピュータを束ねた もの)といった形で、複数のネットワークが 別々に構成されている。 これに対してユニファイドファブリック は、複数のトラフィックを 1 つの物理ネット ワーク上に統合し、透過的にすべてのネット ワークとのアクセスを可能にする仕組みであ る。FCの統合は、IB上であれば FCoIB(FC over IB)、Ethernet上であれば FCoE(FC over Ethernet)という形でプロトコルを実 装することによって可能になる。 ユニファイドファブリックは、コスト削減、 電力消費の低減、メンテナンス性の向上を見 込めるが、統合されたネットワークにはより 高性能・高可用性が求められる。そのため、 帯域幅の確保、トラフィックの優先度設計、 障害時の動作などに十分な配慮が必要であ る。特にFCとIBは、データ欠損を起こさな いロスレスネットワーク上での利用が前提な ので、輻輳(ふくそう。データ欠損の原因と なるトラフィックの混雑)が起きないように 十分な帯域幅を確保する必要がある。 (3)仮想化・統合化 サーバーやストレージの仮想化とともにネ ットワークの仮想化も急務となっている。ネ ットワークの仮想化は、デバイスの管理負荷 の軽減、物理配線の簡素化を可能とし、運用 負荷が大幅に軽減される。従来から、VLAN (仮想LAN)、VRF(仮想ルーティング・フ ォワーディング)、VPN(仮想プライベート ネットワーク)などでネットワークの仮想化 は行われてきたが、近年ではファイアウォー ルやロードバランサーなどを論理的に分割す る製品や、サーバーの仮想化に合わせて仮想 サーバー全体を透過的に管理する仮想スイッ チ(仮想マシン同士のデータ転送を司るスイ ッチ)も提供されている。 仮想化された環境では、論理的な通信の流 れと物理デバイスが 1 対 1 に対応しないの で、障害時の原因の切り分けが難しくなる。 そのため、仮想化に対応したツールの利用な ど運用には注意が必要である。 技術の使い分けが必要 以上のように、ネットワークの性能を向上 させるさまざまな新しい技術が登場し、技術 の選択肢が広がっている。しかし、本稿でも 述べたように、実装に当たっての課題は少な くない。また、ここで取り上げた技術の中に はまだ標準化段階のものがある。従って、ネ ットワーク全体をデザインする上では、それ ぞれの技術の動向を見極めながら適材適所で 技術を使い分けていくことが必要となる。 データセンターに情報システムを預けるこ との多いユーザー企業においては、このよう な点にも注目しながらデータセンターの評価 を行っていくことが必要であろう。 ■ 野村総合研究所 基盤サービス事業本部 ネットワーク基盤一部 主任テクニカルエンジニア
島田雄貴
(しまだゆうき) 専門はネットワーク基盤の設計・ 構築一律の正解がない業務遂行上の判断 企業の合併・吸収や組織のフラット化、新 規事業分野への参入などが増えていることな どにより、いま企業の組織環境や業務環境の 変化が加速している。そのため、変化に合わ せた早期の人材育成の重要性が増している。 人材育成というものは、業務遂行上のノウ ハウや課題を学び、成功や失敗の経験を積み 重ねることによって実現されることが重要で、 教科書のように具体性を欠いた一般論だけで できるものではないだろう。かといって、ノ ウハウや経験を整理し、それを具体的な変化 に応じて修正しながら教材に仕上げていくに は多くの困難が伴う。そもそも、業務を遂行 する上で何が正しい判断かはケースバイケー スであることが多いのではないだろうか。 業務現場の身近な経験に着目 それぞれの業務現場での身近な同僚や先輩 からの助言は、具体性のある納得できる情報 として有益かつ重要である。身近な同僚や先 輩が自分と同じ悩みや迷いをどう克服したか という話は、特に新人や若手の社員にとって ためになるだろう。従来は直接の上司と部下 の間など狭い範囲に限られがちだったそれら の経験・助言を、社内ネットワークで収集・ 選別し、過去分を含めて広く共有できるよう にし、さらに随時追加して鮮度を維持すれば、 組織の資産としての価値は計り知れない。 このような認識に基づいて、NRIでは多数 の意見や経験談を集め、それに対して自分が 気が付いたことをフィードバックするサイク ルを“ナレッジ協創”と呼び、これを支援す る仕組みの開発に取り組んできた。 衆知によりナレッジが蓄積・充実する NRIではナレッジ協創を支援するWebサイ トを開発し、業務の組織単位ごとに運営して いる。各組織の長が考えたテーマについて毎 日一問出題し、組織全体でそのテーマへの意 識を持ち続けるというものである。 参加者は、基本的に選択式の設問に回答す るだけだが、回答の際にその設問に関する自 身の経験や意見、疑問などを匿名でコメント できる。参加者は、回答後に解説とともにそ の時点の回答集計や他の参加者のコメントを 見ることができる。 こうして参加者は、回答やコメントを通じ て自然に互いの考えや自分とは異なる判断を
業務スキル向上への“ナレッジ協創”
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「教える」から「自分で気が付く」へ―
野村総合研究所(以下、NRI)では、問題の出題と回答を通じて周囲の身近な見解や経験を 共有し、自分なりに気付き納得することで業務スキルの向上を図る“ナレッジ協創”に取り組 んでいる。2009年秋からは、外部に対するサービスとしての提供も開始した。本稿では、ナレ ッジ協創支援サービスの仕組みや効果などについて考察する。特 集 [ テクニカルエンジニアが開く新しい世界]
知ることになる。それは“ヒヤリハット体験” を組織内で共有するきっかけにもなる。それ がまた新たな設問や解説につながり、業務の 遂行に必要な知識、経験が蓄積・充実すると いうサイクルが形成される。 ナレッジ協創支援サービスでは、用意され た設問の正解と解説よりも、参加者によるコ メントの方が重要と言っても過言ではない。 一般に業務現場の教材コンテンツの制作は相 当の労力を要することが多いが、このサービ スでは、たとえ当初は内容が不十分でも、参 加者全体によりチェックされ、コメントによ って補足されることで充実したものになって いく。正解を定義せず、アンケートのように 選択肢の中から選ばせ、その理由を問うこと から始めるのも 1 つの方法である。また、た とえば回答を職種や役割別に集計すれば、よ り上級職のものの見方や、立場による考え方 の違いに気付くという効果も得られる。 ベテラン社員であっても参加することの意 義は小さくない。これをたとえば部下のミス を事前に予防するための助言の場として使え ば、全員に直接、注意する煩わしさから解放 される。あるいは、自分自身も「いまさら人 に聞けない」ようなことがわかったり、自分 の勘違いに気付いたりすることもあるだろう。 業務現場主体の全員参加と横展開が鍵 コミュニケーションツールでの投稿を通じ て、自分の考えや経験を失敗談も含めて広く 公開することは、心理的負担を伴うものであ る。「誤解されかねないことは言わない方が無 難」と考えて投稿を控えてしまうかもしれな い。そのため、ツールを活用して広く情報を 集めるためには、投稿を促すインセンティブ を高める何らかの仕掛けが必要という考え方 もあるだろう。しかし、組織には自分の経験 を次の世代に伝えたいと考える熱心な先達が 少なからずいる。投稿が何らかの対価に直結 するような仕組みでは、かえってその純粋な 熱意を阻害してしまうおそれがある。あくま でも投稿者の熱意を尊重しつつ、投稿の障壁 を低くする工夫が大切であろう。 ナレッジ協創支援サービスでは、毎日 1 つ の質問に答えるだけで、自然にナレッジの蓄 積と内容の適正化が図られる。時に未熟なコ メントもベテランの目に触れることで是正さ れる。両者が並ぶことで業務現場としての臨 場感が増し、説得力が強まる。また、業務現 場の長が、あるテーマについて全員の参加を 求めているのであれば、それは業務上の会議 などと変わらない位置づけになる。 ナレッジ協創支援サービスでは、業務現場 主体の全員参加の取り組みをさらに有用なも のにするため、各組織内のナレッジを他の組 織でも活用できるようにしている。派生した 問題をユーザー自身で作問することもできる。 各組織内でナレッジが充実していき、それを 全体で共有することでさらなる相乗効果が期 待できるだろう。 ■ 野村総合研究所 情報技術本部 主席
真下竜実
(ましもたつみ) 専門は企業活動を支える基盤技術 の企画・開発および事業化活用されるライフログ Webサイトの閲覧や、メールの送受信、ネ ットショッピング、携帯電話が発する位置情 報など、人が行動することによって情報シス テムに記録される情報は総称してライフログ と呼ばれる。このライフログを分析し、その 結果を広告・販売促進といったマーケティン グ活動に生かす取り組みが行動ターゲティン グである。行動ターゲティングが期待されて いるのは、属性情報(性別、年齢、居住地な ど)や購買履歴の分析といった従来の手法で は把握に限界があった、消費者の興味・関心 の詳細な把握が可能になるからである。 Amazonのショッピングサイトが提供する 「レコメンデーション」は、行動ターゲティン グの身近な例である。これは、ユーザーのそ れまでの購入履歴のほか、サイト内の閲覧・ 検索情報を加味して、ユーザーが興味を持ち そうな商品を自動的に勧める機能である。こ のような仕組みはインターネットでは一般化 している。 あまり進まないリアル行動ターゲティング では、実生活においてはどうだろうか。携 帯電話機にはGPS(全地球測位システム)や 交通系ICカードの機能が搭載されており、そ こから日々の行動や通信、購買といったライ フログを取得できるようになっている。その 実生活のライフログをマーケティングに活用 すること、すなわちリアル行動ターゲティン グを実行しようと思えば、その条件は整って いると言える。にもかかわらず、実際に実生 活のライフログが活用されている事例はまだ 少ない。 実生活のライフログが本格的に活用されて いない理由には、取得した膨大なライフログ をどのように保管・処理するのかという技術 的な課題もある。しかしそれ以上に大きいの は、自分の行動履歴というプライバシーに属 する情報を預けることに消費者が抵抗感を持 っており、サービス提供側がその抵抗感をぬ ぐい去るだけの十分なメリットを提示できて いないことである。 たとえば、米国の保険会社で、自動車にセ ンサーを取り付けて運転の危険度を計測し、 それによって保険料率を算定する取り組みを 行っているところがある。しかし、このケー スでは消費者に「監視されている」という心 理的な負担を与え、たとえ保険料が安くなる
リアル行動ターゲティングの現状と課題
―期待されるデジタルゲームの活用―
消費者の行動履歴をマーケティングに活用する行動ターゲティングは、インターネットショ ッピングなどでは一般化しているものの、実生活ではまだ活用が進んでいない。本稿では、消 費者の実生活上の行動履歴をマーケティングに活用するリアル行動ターゲティングの取り組み の現状を紹介するとともに、効果的に行動履歴を取得するための要点について考察する。トピックス
メリットがあったとしても、進んでセンサー を取り付けようというモチベーションを喚起 することは難しいと思われる。 消費者の“心を開く” インターネットにおけるレコメンデーショ ン機能は、消費者の行動履歴から興味・関心 を自動分析して、ニーズに合ったものを勧め る速さと的確さが支持されている。しかしそ こにはもう 1 つの鍵があると筆者は考えてい る。それは「意外性」の提供である。すなわ ち、ライフログを分析し処理するスピードや、 マッチングの精度といった物理的な問題以上 に、意外な物を勧められた驚きといった感情 的な要素が重要だということである。 このように消費者の記憶に残り、再びサー ビスを利用する気にさせる体験をマーケティ ング用語で経験価値という。インターネット ではこのような経験価値の提供が、消費者が プライバシー情報を預けることへの抵抗感を 和らげるのに一役買っている。 経験価値を提供するデジタルゲーム 昨今、国内の大型ショッピングセンターな どで、無線 LANのアクセスポイント(基地 局)を使い、携帯型マルチデバイス(ネット ワーク機能を備えたゲーム機や音楽プレーヤ ー)にオリジナルのゲームコンテンツを配信 する試みが見られる。施設内でのリアルな行 動履歴を利用したゲームで、ショッピングセ ンターを広大な遊び場と化すことで利用者の 経験価値を高めようとするものである。 ファストフードチェーンでも、携帯ゲーム 機を使ったサービスを始めたところがある。 店に携帯ゲーム機を持っていって属性情報 (性別、年齢、居住地など)を入力すると、市 販の人気ゲームソフトのアイテムがダウンロ ードできたり、クーポンがもらえたりする (端末の画面に表示される)仕掛けである。 これらの取り組みは、現状ではエリアガイ ドやスタンプカードの代替の域をあまり出て いないが、近い将来には、ライフログを取得 して来店頻度や購買率を高める手段として活 用が進んでいくであろう。 リアル行動ターゲティングにとって理想的 なのは、消費者に経験価値が提供されること によってライフログの取得が促進され、さら にサービスの質が向上し、それがまた取得さ れるライフログを増やす、というサイクルの 実現である。そのために最も重要なのが、消 費者の興味や関心をひき付けるどのようなコ ンテンツを提供するかということである。 すでに試みられているように、「エンターテ インメントの皮をかぶったコンテンツ」は有 力なアプローチであると思われる。日本の “お家芸”であるデジタルゲームをどのように 生かすか、それがこれからの課題である。野 村総合研究所(NRI)でも、デジタルゲーム の表現手法を研究するほか、先端的な技術の 調査・発掘に積極的に取り組んでいる。 ■ 野村総合研究所 情報技術本部 主任コンサルタント
広瀬安彦
(ひろせやすひこ) 専門はデジタルコンテンツを活用したマー ケティング支援およびコンサルティンググローバル化による物流の複雑化 グローバル物流の今日の課題は運用・管理 の難しさである。その環境を変化させている のは主に以下の 3 つの要因である。 1つ目は、三国間取引の増加による物流の 複雑化である。原料調達や生産・加工をコス トの観点から最適な国で行うためのグローバ ルサプライチェーンの発展により、物流のル ートは飛躍的に増えている。近年、新興国市 場の成長に合わせて物流ネットワークがさら に広がってきていることも、物流の複雑さを 増す一因である 2つ目は、陸・空・海の輸送手段を組み合 わせる複合輸送の増加である。これまでは、 運ぶ物の形態や性質に応じて輸送手段は決ま っていたが、今日では、所要時間とコストも 考えて最適な輸送手段を選択できるようにな り、各輸送サービスの対象領域が重なってき ている。 3つ目は、各国の規制強化の動きである。 2000年代の前半から、各国で輸出入や環境対 応に関する電子申請の義務化が進められてき た。これらは、主に船会社などの国際輸送業 者に課せられてきたが、2009年 1 月に米国で 施行された新たなルールでは、輸入業者と輸 出入業者の双方で対応が必要な項目も定めら れている。輸出入業者(物流業者)の顧客が、 すでに電子申請の仕組みを持っている物流業 者へ代理申請を依頼するケースも増えるであ ろう。 このような物流パターンの複雑化、各国の ローカル要件の多様化が、物流の運用・管理 を担う情報システムにも影響を与えている。 統制と自律性のバランスが必要 グローバルなビジネスを展開する企業で は、情報システムをグローバルに統一する動 きが主流である。たしかに、会計業務のよう に国際会計基準に従ってグローバルに統一す べき業務は、システムの仕組みも統一する必 要がある。物流システムの場合も、グローバ ルに標準化することで、全拠点へのシステム 導入の時間短縮や情報統制を図れる利点があ る。しかし、多様化する物流の運用・管理や 顧客サービスを、すべてグローバルな標準シ ステムによって実現するのは、膨大なコスト と時間を要するため現実的でない。むしろ、 拠点ごとの実情に合った自律的な機能に任せ た方が得策である。ただし、すべてを現場に
真の“グローバル物流”を実現する
ための管理課題
日本の貿易を支えている“グローバル物流”は、国際貿易比率の高まりとともにその範囲と 量を大きく拡大し、特にここ数年のグローバル化の進展によってそのあり方も大きく変わろう としている。本稿では、グローバル企業が複雑化した物流を最適化するために何が必要か、全 体統制と情報連携の視点から考察する。トピックス
任せてしまうことによって、品質の維持やそ の後の情報資産の再利用に関して問題を抱え る可能性があることは注意すべきである。 このように、物流の運用・管理をグローバ ルに最適化するためには、各拠点の自律性を 高めながら情報連携を図る統制の確立が重要 である。 グローバルな情報連携のために 一般にグローバル企業の多くは、本社、地 域統括部門、各拠点という 3 階層の統制体制 をとっている。しかし、それぞれの役割が十 分に果たされていないケースや、全体的に統 括すべき部分と拠点に任せる部分の判別をそ の都度検討するなど情報連携がうまくいかな いケースが少なくない。本社や地域統括部門 で検討に時間を要すると、各拠点が独自の判 断でシステムを構築せざるを得なくなり、統 制のとれない独立したシステムが散在するこ とになってしまう。 有効なグローバル統制を確立するために は、グローバルな統一と各拠点の独自性を両 立させるために、制御を絞り込みつつ情報連 携を強化することが必要である。 そのための具体的な施策として、まず、本 社、地域統括、各拠点が情報を効率的に共有 するためのマスター情報を整備することが必 要である。その際に、グローバルシステムと しての最小限の統一を意識する。各拠点で利 用されるシステムでは、それぞれの現場業務 で必要な詳細なデータを定義している。しか し、そのすべてがグローバルに統一管理され るべきものとは限らない。そのため、標準化 するマスター情報は、企業がグローバルな経 営分析を行うのに必要な要素に絞り込み、そ れを各拠点のシステムに組み込むようにする。 その上で、グローバルな共通要件を各拠点 に迅速に伝達するプロセスを整備することが 次に必要である。まず、階層化された組織の 役割を明確にする。たとえば、地域統括部門 は、エリア内の拠点が情報資産を活用するた めの要件を検討し、それに向けた人的支援を 行うことなどがその役割となる。同時に地域 統括部門は、各拠点へのグローバル基準の伝 達、各拠点のデータのモニタリングといった コントロールの役割も担う。 グローバルに情報資産を活用するために は、たとえば情報資産のライブラリ化、社内 情報ポータルの構築やマスターデータ管理シ ステムの導入が考えられる。また、本社(グ ローバル統括組織)から地域統括部門、さら に各拠点へ向けての定期的な情報発信、業 務・システム担当間での指標管理の共同作業 化といった仕組みの導入も有効であろう。 システムの老朽化を契機として、グローバ ル物流システムの再構築を検討する企業も増 えているが、各拠点のシステムの成熟度を考 慮しつつ、組織、プロセス、ITの 3 つの視点 から検討を進めていくことが重要である。■ 野村総合研究所 システムコンサルティング事業本部 システムデザインコンサルティング部 主任コンサルタント
小熊郁子
(おぐまいくこ) 専門は物流システムに関するコンサルティング苦戦する日系食品メーカー 中国に進出した日系食品メーカーが苦戦し ている。2008年 1 月に発生した殺虫剤入り餃 子事件の後、日本向けの出荷が停滞した中国 の日系冷凍食品メーカーは、中国国内市場向 け販売への転換を余儀なくされた。しかし、 多くの企業が思うようには販売チャネルを構 築できず、いまだに工場を持て余している状 態が続いている。 販売チャネルの構築がうまくいかないの は、中国に独特の構造的な問題が原因である。 中国では、メーカーと小売をつなぐ物流の仕 組みがぜい弱である上に、代理商と呼ばれる 中間卸の構造が複雑である。また、地場系小 売業を中心とした多くの小売業が「進場料」 という名のリベートをメーカーから徴収する のが普通であることに加え、店の売り場へメ ーカーが販売員を派遣することも一般的な習 慣である。品質の高さを誇る日系メーカーで あっても、これら中国独特の商習慣への対応 は重荷となる。 サービス意識がまだ低い中国小売業 日本では「お客様に食品を安心して買って いただく」という考え方は広く根付いている。 そのため、製造・配送・販売の現場で、それ ぞれの企業が高い次元で協力しあうことで、 鮮度の高い食品を安心して手に入れられる環 境が整っている。各企業はこのような環境の もとで独自の商品戦略を立て、店頭で勝負し ていると言えるだろう。 一方、中国では長らく計画経済のもとで物 資は配給によって行き渡ることが一般的であ った。現在の地場系コンビニも、元は街の配 給所である。伝統的な生鮮市場も個人商店へ の場所貸しであり、小売業=不動産業の意味 合いが強い。近年は流通の近代化が進みつつ あるとはいえ、いわゆる「ハコモノ」のみが 先行し、サービス意識は希薄で、客よりも売 る側の立場が強いのが現状である。 日系企業が直面する流通の課題 野村総合研究所(NRI)が中国の複数の日 系食品メーカーにヒアリングしたところ、以 下のような共通の課題が指摘された。①物 流・卸のインフラが貧弱で自らチャネル構築 を強いられる②小売への進場料、および販売 員派遣のコストがビジネスを圧迫する③工場 からの出荷数は把握できても、そこから先は
変化しつつある中国の消費市場
―消費者指向の物流を目指したシステム整備―
中国では、政府の景気刺激策もあって沿岸部のみならず内陸部でも中間所得層が拡大するな ど、金融危機以後も底堅い成長が続いている。しかしながら、中国の内需拡大を当てにして進 出した、高いブランド力を持つ日系食品メーカーが苦戦するケースは少なくない。本稿では、 中国での販売拡大に当たっての課題や、今後目指すべき方向について考察する。海外便り
情報が入ってこない④賞味期限の意識が低い ことによる商品移動中の品質劣化や、盗難に よるロスが多い⑤コードの統一、情報化・電 子化が進んでいない―などである。課題はこ のほかにも多くあげられている。特に⑤につ いては、日本で先進的に情報化を進めている メーカーでも、中国ではいまだに電話やファ ックスで受発注が行われ、効率的なマスター 管理もできていないのが一般的である。 成功しつつある日系小売業 このように課題の多い中国市場にも、最近 は変化の兆しが感じられる。ある日系大手コ ンビニエンスストアの 1 日当たり販売高は、 地場系企業を大きく引き離していると言われ る。日本型の科学的マーチャンダイジングの 考え方も取り入れ、店内調理といった中国の ニーズに合ったサービスも取り込みながらの 店づくりは、北京、上海ともに消費者に受け 入れられている。また、ある日系大手総合ス ーパーも、中国の店舗が日本を含む全店舗で 売上トップになるまでに業績を伸ばすなど、 日系小売業は全般的に善戦している。 中国の企業でも変化は起こっている。国営 で店舗数も中国最多の聯華スーパーは、2008 年に日系スーパーのコンサルティングを受け て、自身が吸収した旧ヤオハンの店舗を先進 的スーパーに様変わりさせた。地場系企業も 豊かになった消費者を意識してきたことの現 れと言えるだろう。 業務・システムの見直しが必要に 以上のように、小売業では、商売の基本を 徹底させると同時に、システムを含む独自の 流通の仕組みを持ち込むことによって、消費 者を意識したビジネスを成長させつつある。 一方、メーカーにとっては、前述のような 古い商習慣の根強さ、サービス意識の未発達、 関係企業の協力意識の欠如など、さまざまな 問題が依然として残ったままであるが、それ でも風向きは変わってきた。沿岸部を中心に 豊かになった消費者は質の高いサービスを求 めるようになり、平行して内陸部では中間所 得層の拡大も進んでいる。沿岸部を先頭に消 費市場が成長期から成熟期へシフトしていく なかでは、消費者の成熟度に合わせた消費者 指向の高品質のサービスを可能にする仕組み を構築し、それを内陸部にも拡大することを 求められるようになっていくだろう。 日本では1980年代から、豊かになった消費 者が厳しく商品を選別するようになったこと を背景に、単品管理の考え方が浸透し、消費 者に支持される商品を常に並べられるように 小売業が進化していった。中国でも、起こり つつある変化をうまくとらえて、メーカー、 小売ともに①高精度のマーケティング情報の 収集②拠点や店舗の拡大に耐えられるシステ ムづくり③企業間連携による全体最適と効率 化―といった視点で、業務とシステムを見直 すことが必要ではないだろうか。 ■ NRI北京 上海支店 副総経理