2002 年度卒業論文
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D403 宇佐美 寛
主査:梅原 利夫 教授
はじめに 「教育」とは?という質問に対して「子どもを教え育むこと」という返答は最もではあ るが、しかしそれだけではない。「教育」は大人から子どもに知識を一方的に教え込む、ま た大人の価値観を押し付け育むだけではない。 子どもの自発的に教わりたい、育ちたいという欲求と能力を考慮に入れた上で、大人が 子どもに教え育み、そして大人が子どもに教わるという双方の働きかけがあってはじめて 成り立つものであることはいうまでもない。 つまり、「教育」を考える上で大人が子どもに教える、子どもが自発的に大人から学ぶ、 そして大人が子どもから教わるという行為があってはじめて「教育」というものが成り立 つ。そして興味深くなるのだ。実際に教育者を目指し、子どもと関わる機会を得て私が実 感するのは、子どもの生きる力から学ぶことの多さなのである。「教え教わり育み育つ」 という四つの要素が同時に機能するのが「教育」であると私は考える。 「教育」の関係性において大前提となるのが、子どもが大人に守られているという条件で ある。大人が子どもを守るとはどういう事だろうか。それは安心感の提供であり、子ども が大人によって守られていると無意識的、意識的に感じられる、そして子どもが大人に対 して絶対的信頼感と依存心を持てる環境を大人が子どもに作ることである。(そういった 環境を作るという意識なしにそういった環境が存在するのが理想だが、現代社会では意識 してそういった環境を作るということができれば良い方であるようにも思える。) 子どもが大人によって守られているという条件が現代社会では崩れてきているように 思う。子どもにとって安心感のある環境は絶対不可欠である。しかし、ストレスフルな現
代社会においては、そういった環境の形成は難しく、大人でさえ日々の生活の中で安心感 や癒しを必要としている。子どもが親・大人を必要としているように親・大人である自分 も誰か・何か頼れるものを必要としている。親も大人も一人の人間であるのだからこれは 当然である。しかし子どもがいるにもかかわらず、子どもを守ろうとしない、ほったらかし にする親・大人が増えているのも事実である。そういった現象が虐待の増加に結びついて いるのも確かである。そして虐待を受けた子どもの児童養護施設の入所児童数が増えてい ることも確かである。 私は児童養護施設で働きたいと考えているため、安心感の提供がなされなかった子ども は、虐待を受けた子どもはどのような問題を抱えているのか、また、どのような援助が望 ましいのかについて考えていこうと思う。 【第一章 適切でない環境におかれる子どもたち】 児童養護施設に入所してくる子どもの入所理由として、保護者の入院、死亡、家出、離婚、 棄児等の「養育困難」と呼ばれるものと、「虐待」と呼ばれるものがある。 近年この入所理由の中に見られる「虐待」という問題が大きな社会的問題になっている。 欧米よりも数十年送れて社会問題として注目を集め、「虐待」という問題に関して意識の 高まりが見られ、そのため児童相談所が取り扱う虐待事例のケースが増えたという見解も あるが、この見解は事実上「虐待」というケースが増えていなければ成立しないことも確 かである。事実平成12年度に全国174 ヶ所の児童相談所が受けた「子ども虐待」の相談 件数は前年度の約1.5 倍にも当たる 1 万 7725 件で過去最多を更新し、この 10 年間では約
16 倍に急増している。これは厚生労働省が調査したものであるが、虐待というのは家庭内 のいわばブラックボックスでの行為であるために表に出づらい。この調査は表に出たケー スであり、氷山の一角とも考えられる。この調査よりも実際は多い可能性もある。「虐待」 というケースが増加しているということは当然、虐待を受けている子どもが存在するわけ で、不適切な環境におかれる子どもが増加しているということであるが、これは、虐待を 受けている子どもだけではなく、その兄弟など、虐待を受けている子ども、その虐待の現 場にいる子どもも含めて、不適切な環境におかれているといえるだろう。そう考えると、 相当な数の子どもが不適切な「虐待」という環境におかれているわけである。虐待を受け ている子どものケアは当然のことながら、その現場にいる人間すべてにケアが必要であり、 そういった不適切な環境の改善が必要である。 「虐待」のケースが増加し、それについての関心や意識の高まりからTV 等でも「虐待」 を扱ったものが多くみられるようになったが、「虐待」ということを正確に把握している 人は少ないのではないだろうか。事実「虐待」ということを正確に把握するということは 難しく、またその定義も困難である。しかし援助やケアをする時には、ある程度の定義に ついて知っていることが望ましく、また、必要になる。「虐待」について西澤 哲氏の「子 どもの虐待」の中でより正確に把握することができると思われるのでここに参照したい。 ○身体的虐待 身体的虐待はケンプの被殴打児症候群にあたるものであり、いわば虐待の古典的形態と いえよう。1983 年に実施された厚生省委託調査研究(以下、厚生省調査とする)では、 国際児童虐待常任委員会(ISCCA)の定義に基づいて、身体的虐待(この調査では「身
体的暴行」という言葉を用いている)を、「外傷の残る暴行、あるいは、生命に危険のあ る暴行〔外傷としては、打撲傷、あざ(内出血)、骨折、頭部外傷、刺傷、火傷など。生命 に危険のある暴行とは、首をしめる、蒲団蒸しにする、溺れさせる、逆さ吊りにする、毒 物を飲ませる、食事を与えない、冬、戸外にしめだす、一室に監禁するなど〕」と定義して いる(日本児童問題調査会、1985)。また 1990 年の大阪府児童虐待対策検討会議(以下、 大阪府見当会議とする)は、身体的虐待を「親または親に代わる養育者により加えられた 身体的暴行の結果、児童に損傷が生じた状態で、以下の要件を満たすもの。虐待行為が①非 偶発的であること(単なる事故でないこと)。②反復・断続的であること。③単なるしつけ、 体罰の程度を越えていること」としている(大阪府児童虐待対策検討会議、1990)また、 欧米でもほぼ同様の定義がなされており、たとえばカリフォルニア州法では身体的虐待を 「他者によって子どもに与えられた意図的もしくは非偶発的な身体的損傷」としている。 この身体的虐待を、さらにいくつかのサブカテゴリーに分類して考えた方が、治療的な 介入を行う上で有用であるとする報告もある。たとえば、アメリカ子ども保護協会は、身 体的虐待を子どもの損傷の重度性によって三つに分類している。また、ケントらは、虐待 を生じる親の特徴や家族などの要因によって、身体的虐待を四つのタイプに分類している。 それによると身体的虐待は、①親の精神病理によるもの、②親の子育て観、つまり子ども が成長するためには体罰を含む厳格なしつけが必要だとする価値観によるもの、③経済的 な問題などから子どもに適切な関わりができないもの、④友人関係や家族外の援助の欠乏 が虐待の直接的な原因となっているものに分類されることになる。この他にも、虐待を加 える親の特徴によって身体的虐待を分類しようとする研究はいくつかある。確かに、親の
精神障害によって生じた虐待と、貧困などの経済的問題があるために子どもに適切な関わ りができず、結果として虐待にいたったような場合とでは、その援助の内容が自ずと異な ってくるものである。したがって、身体的虐待をサブカテゴリーに分類しようとする試み は、こうした援助を効果的に行うためには重要なことであるといえよう。 ○ネグレクト 厚生省調査では、ネグレクト(この調査では、保護の怠慢ないし拒否という言葉を用いて いる)を「遺棄、衣食住や清潔さについての健康状態を損なう放置(遺棄とは、いわゆる棄 児。健康状態を損なう放置とは、栄養不良、極端な不潔、怠慢ないし拒否による病気の発生、 学校に登校させないなど)」と定義している。また大阪府検討会議は、養育の放棄・拒否に よる虐待として「養育者による児童の健康と発育・発達に必要な保護、最低限の衣食住の世 話、情緒的・医療的ケア等不足または欠落したために、児童に栄養不良、体重増加不良、低身 長、発達障害(運動・精神・情緒)等の症状が生じた状態で、以下のいずれかによるもの。 ①養育の放棄・拒否。②養育の無知(養育者に幼児知識または能力がない)」という定義を 行っている。 身体的虐待と同様に、ネグレクトについてもいくつかのサブカテゴリーに分類する試み がなされている。カリフォルニア州法は、ネグレクトをその程度の違いによって重度なネグ レクトと一般的なネグレクトに分けて定義している。また、ミラーは、ネグレクトを教育の ネグレクト、医療のネグレクト、故意に毒物を飲ませるもの、遺棄、の四つに分類している。 ジオバノーニらはこの他に、非行的な行動の奨励をネグレクトの一形態と分類している。 こうしたネグレクトのサブカテゴリー化に批判がないわけではない。というのは、上述
したサブカテゴリーは、ミラーのものにせよジオバノーニのものにせよ、ネグレクトの行動 的な表れに注目した分類であって、親の特徴の違いやネグレクトにつながる要因に従った 分類にはなっていないからである。むしろ、ネグレクトされた親や家族は同じような特徴 や傾向を示すことが多いようである。たとえば、他の形態の虐待とは違ってネグレクトは 低所得、生活保護の受給、住宅事情や生活状況の悪さ、教育レベルの低さ、就業率の悪さとい った問題と密接に関係しているとする報告や、ネグレクトと分類される家族には共通して 社会的孤立という特徴が見られるとする研究などがある。また、同一の家族が身体的虐待 と心理的虐待を同時に呈するような、いわば「合併」は比較的多く見られるが、ネグレクト の場合、このような合併を示すことは少ないと言われている。こうしたことを考慮に入れる ならば、身体的虐待の場合と違って、ネグレクトをサブグループに分類することはあまり適 切ではなく、むしろ単一のグループとして考える方が実態に即しているのかもしれない。 ○性的虐待 性的虐待は、身体的虐待にみられるような身体的外傷を残さないことが多く、また虐待者 である大人ばかりか、子ども自信もそうした虐待の事実を秘密にしておこうとする傾向を 示すため、四つのタイプのうちで発見が最も困難であるとされている。子どもが虐待を受け た事実を隠そうとするのは身体的虐待などの場合にも見られることであるが、性的虐待に おいてはその傾向が最も著しいものとなる。なぜこのような傾向が生じるかは、虐待を受け た子どもの心理的ダイナミクスに関連した問題である。 厚生省調査は、性的暴行という言葉を用いて、「親による近親相姦、または、親に代わる養 育者による性的暴行」としている。また、大阪府検討会議は「養育者により、児童が性的暴
行または性的いたずらをうけたもの」と定義している。これらの定義を考える場合、問題と なるのはどれだけの範囲の行為を性的虐待に含めるのかという点にある。先述の厚生省定 義では、はっきりと述べられているわけではないが、性的虐待を性交が行われた場合だけに 限定しているという印象を受ける。その点、大阪府検討会議の場合には「性的暴行または性 的いたずら」となっており、性交のみに限っていないことがわかる。しかしながらこの定義 でも、性的いたずらが何を意味するのかは不明瞭である。これに対して欧米の調査や研究で は、性的虐待に含まれる行為をかなり具体的に示したものが多い。フィンケラーは、性的虐 待を「子どもが13 歳未満の場合には、5 歳以上年上のものとの性的接触、子どもが 13 歳以 上16 歳未満の場合には 10 歳以上年上のものとの性的接触」と定義し、性的接触を「性交、 肛門と性器の接触、性的愛撫などを意味する」としている。これらは性的虐待を大人の行為 によって定義しようとするものである。それに対して、行為ではなく大人の意図や子どもの 同意能力に着目して定義しようとする立場もある。ベーカーとダンカンは、ある行為が性的 なものであるかどうかは、行為そのものよりも行為を行う大人の意図や動機によって決ま ると考え、性的虐待を「性的に成熟した大人が、自分が性的興奮を得られると思われる行為 を、16 歳未満の子どもに持つこと」と定義している。またシェクターとロバージは子どもの 同意能力を考慮して、性的虐待とは「性的に成熟した大人が、発達的に未成熟で依存的な段 階にある子どもと、子どもがその意味を正確には把握できないような、したがって子どもが インフォームド・コンセントを与えることができないような性的行為を持つこと」であると 定義している。このように、性的虐待の定義をめぐってはさまざまな立場から議論が見ら れる。ここでは「性的接触に同意できる年齢以下の子どもに対して、性的に成熟した大人が
子どもとの関係における通常の社会的責任を無視して、大人の性的満足にいたる好意をも つ場合」というSCOSAC(1984)の定義を使うことにする。 性的虐待をサブカテゴリーに分類しようとする試みは、まだその端緒についたばかりで ある。ジョーンズは性的虐待を生じる家族を次の三つのサブタイプに分類している。第一 のタイプは、外面的には全く「正常」に見えるような家族である。このような家族では、性的 虐待が暴行的な手段で行われることはほとんどなく、父親は自分の親としての権威によっ て子どもを従順ならしめ、親からの愛情を求める子どもの気持ちを利用して性的な関わり を持とうとする場合が多い。第二のタイプはいわゆる多問題家族である。このような家族 には、従来からさまざまな形で福祉機関が関わっていることが多い。身体的虐待を生じる家 族に見られるような家庭内暴力や、混沌とした混乱状態が家族の特徴となっている。第三の タイプは単一状況方家族(single-event family)と呼ばれる。このタイプの家族では、た とえば親などが飲酒している時や、その他の薬物を使用している時にのみ虐待が生じると いったように、ある特定の事態に結びついて性的虐待が生じる。先に述べたように、これら の性的虐待の類型化の試みは最近始まったばかりのものである。こうしたサブカテゴリー が性的虐待のケースをうまく分類できるかどうか、そしてこの分類がそれぞれのタイプに 応じた治療プランを立案していく上で有用なものであるかどうかは、今後の研究を待たね ばならない。 ○心理的虐待 心理的虐待の存在やその問題性が研究論文などで論議されるようになったのは、ごく最 近のことである。他の形態の虐待に比べて、心理的虐待が長い間論議の対象とならなかった
主たる要因は、その定義の困難さにあるといえよう。たとえば、厚生省調査を見ると、「以上 の身体的暴行、保護の怠慢ないし拒否、性的暴行を含まない、その他の極端な心理的外傷を あたえたと思われる行為」として、心理的虐待をいわば消去法的に定義している。また、大 阪府検討会議も、「養育者により加えられた行為により、極端な心理的外傷を受け、児童に不 安・おびえ・うつ状態、凍りつくような無感動や無反応、強い攻撃性、習慣異常等の日常生活 に支障をきたす精神症状が生じた状態で、以下の要件を満たすもの。(1)①身体的暴行に よる虐待、②養育の放棄・拒否による虐待、③性的暴行による虐待を含まない。(2)児童の 行動と養育者の行動との関連が確証できる虐待」とし、やはり除外定義を採用している。米 国では、虐待の存在を知るか、もしくはその存在を疑った場合には、その旨を子どもの保護 機関(CPS)に報告しなければならないという報告義務制度が各州ごとに定められている が、心理的虐待の報告については義務づけていない州が多い。たとえば、カリフォルニア州 法は「子どもが心理的苦痛を与えられている、もしくは何らかの方法で子どもの精神的健康 が損なわれているという事実を知った場合、もしくはそうした事実の存在を疑った場合に は、その旨を子供の保護機関に報告することができる」とし、報告を義務づけてはいないの である。また、報告を怠った場合に適用される罰則規定も、心理的虐待の場合には除外され ている。こうした除外規定も、心理的虐待の定義の困難さに起因しているといえる。 心理的虐待の定義の困難さは、こういった除外定義であることの他に、子どもに及ぼす影 響という点から定義せざるをえないという形で表れている。厚生省調査は子どもに心理的 外傷をあたえるような大人の行為を心理的虐待とし、大阪府検討会議はこの心理外傷の内 容をやや詳しく述べている。このように、心理的虐待の場合には、子どもの状態によってそ
の存在を推論しなければならないという困難さがあるわけである。このような困難さを少 しでも解消するために、どのような大人の行為が、子どもに心理的外傷を与えてしまうのか を明確にしようとする研究がある。たとえば、ガルバリーノ(1986)らは心理的虐待にな ってしまう可能性のある養育者の行動や態度として、拒否的態度、冷淡さ、子どもに対する 不適切な制限、極端に一貫性を欠く態度を指摘している。 このように、心理的虐待をできるだけ具体的に定義しようとする努力が行われているわ けであるが、しかしながら心理虐待の性格を考えた場合、こうした具体定義が妥当なのかど うかに疑問がないわけではない。というのは、大人のあるや態度が、ある子にとっては心の 大きな傷となり、別の子にはそれほどでもないといった事態が考えられるからである。こう した傾向は身体的虐待などの場合にもいえることであるが、心理的虐待において最も顕著 に表れる。したがって、厚生省調査や大阪府検討会議の定義にあるように、子どもに心理的 外傷を与えるような大人の行為や態度を心理的虐待と定義する方が、事態に即していると いえるかもしれない。心理的虐待を具体的に定義しようとする目的の一つは、発見の促進に あるわけであるが、それがはたして妥当なものであるかどうかについても疑問がある。とい うのは、医療機関や心理治療機関を対象にしたバークレイ・プランニング・アソシエイツの 調査(BPA1983)では、治療対象の 60%に心理的虐待の問題がみられたが、心理的虐 待の問題のみで治療を受けていたのは全体の 5%にすぎなかったということである。この ように、心理的虐待は他の形態の虐待と合併して生じることが多い。身体的虐待などを主 訴として心理治療を行っている際に、その治療経過の中から心理的虐待の存在が確認され るといったケースが多いようである。こういった実情を考えるならば、心理的虐待を具体
的に定義しようとすることは、あまり意味がないことなのかもしれない。 ここまでは、「虐待」の種類と定義について把握をしてきた。では、虐待について具体的 に何がどのくらい実際に増加しているのか詳しく見ていきたい。 ◎虐待に関する相談処理件数 平成12 年度の児童虐待相談は、統計を取り始めた平成 2 年度を 1 とすると 16 倍に増加、 前年度と比較しても1.5 倍の 1 万 7725 件に増加した。この理由としては、平成 12 年度に 「児童虐待の防止等に関する法律」(以下、「児童虐待防止法」とする。)が成立、施行され、 広報・啓発などの対策に積極的に取り組んだことなどにより相談、通告が促進されたこと などが考えられる。 平成2 年 3 年度 4 年度 5 年度 6 年度 7 年度 8 年度 9 年度 10 年度 11 年度 12 年度 〈100〉 1,101 106 1,171 125 1,372 146 1,611 178 1,961 247 2,722 373 4,102 486 5,352 630 6,932 1056 11,631 1610 17,725 (注)上段〈 〉内は、平成2 年度を 100 とした指数(伸び率)である。 ○虐待の内容別相談件数(報告例) この項目は、児童虐待相談を種類別に分類したものである。結果は、どの種類の虐待に 関する相談も増加しており、特にネグレクトの割合が増大していることが特徴であり、児 童虐待としてのネグレクトの理解が地域住民や関係機関、児童相談所に浸透しつつあるこ とが伺えるものとなっている。
年 度 総 数 身体的虐待 ネグレクト 性的虐待 心理的虐待 10 年度 100% 6,932 53.0% 3,673 31.9% 2,213 5.7% 396 9.4% 650 11 年度 100% 11,631 51.3% 5,973 29.6% 3,441 5.1% 590 14.0% 1,627 12 年度 100% 17,725 50.1% 8,877 35.6% 6,318 4.3% 754 10.0% 1,776 ○主たる虐待者(報告例) この項目は、虐待を行った主たる者が誰かを分類したものであり、結果は、実母の増加 が著しく、相対的な割合が大きくなっている。 父 母 総 数 実 父 実父以外 実 母 実母以外 その他 10 年度 100% 6,932 27.6% 1,910 8.2% 570 55.1% 3,821 2.8% 195 6.3% 436 11 年度 100% 11,631 25.0% 2,908 7.0% 815 58.0% 6,750 2.3% 269 7.7% 889 12 年度 100% 23.7% 6.7% 61.1% 1.8% 6.7%
17,725 4,205 1,194 10,833 311 1,182 ○被虐待児童の年齢構成(報告例) この項目は、児童虐待の対象となった児童を年齢階層により分類したものであるが、相 対的な割合に大きな変化は見られない。 総数 0∼3 未満 3∼学齢 前児童 小学生 中学生 高校生・ その他 10 年度 100% 6,932 17.8% 1,235 26.9% 1,867 36.6% 2,537 13.4% 930 5.2% 363 11 年度 100% 11,631 20.6% 2,393 29.0% 3,370 34.5% 4,021 10.9% 1,266 5.0% 581 12 年度 100% 17,725 19.9% 3,522 29.0% 5,147 35.2% 6,235 11.0% 1,957 4.9% 864 【第二章 児童養護施設の変遷と現状】 虐待という問題の質を考えるなら、その重度性が高ければ高いほど子どもを親から分離 して養育する必要性が高くなるのは当然である。虐待を受けた子どもに社会的な養育を保 障する受け皿として第一に選択されるのが、児童福祉施設であり、中でも、児童養護施設 である。では、児童養護施設とはどのような施設だろうか。養育困難や虐待という問題を 抱えた家庭から保護されるべき子どもが入所する最後の砦とも言われる児童養護施設につ
いての変遷と現状をみていくことにする。 ◎児童養護施設の法的位置付け 児童福祉法第 41 条には「児童養護施設は、乳児を除いて保護者のない児童、虐待され ている児童、その他環境上養護を要する児童を入所させて、これを養護し、あわせてその 自立を支援することを目的とする。」とある。 ◎児童福祉及び児童養護施設の変遷 虐待という現象によって児童養護施設の役割も変わってきている、社会の変化に伴い児 童福祉の概念も変化する。それによって施設の役割も変わるのである。どのように児童福 祉、児童養護施設が変化してきたかを見ていきたい。 わが国の近代は、明治維新により始まった.この明治維新と共に江戸時代の鎖国政策は解 消され、欧米諸国との交流が促された。そして、この明治維新によって近世封建体制は崩 れていき、急激な社会変動から新たな生活困窮者を生み出すこととなった。そのため、政 府はまず、近世からの課題であった「間引き」「堕胎」に対して、1868(明治元)年に「堕 胎禁止令」を出した。しかし、この政府の厳禁令にもかかわらず、依然として「間引き」 や「堕胎」は減少することなく、貧困下にある子どもへの対策は緊急を要していた。その 後の政府の対策としては、1871(明治 4)年に 15 歳以下の棄児に年間7斗(126 リット ル)の米を支給することとする「棄児養育米給与方」や、1873(明治 6)年に困窮する三 子出産の家庭に一時金5円を給与するとした「三子出産ノ貧困者へ養育料給与方」が出さ れた。また、1874(明治 7)年には「恤救規則」が実施された。しかし、この恤救規則は、 極貧の独身者、70 歳以上の労働ができない者、障害者、13 歳以下の孤児といった「無告
の窮民」(どこにも寄る辺のない貧困者)を救済対象として限定し、貧困者は人民同士で助 け合う相互援助を前提とされ、さらに、救済の申請は居宅での救済に限定されていた。そ のため、困窮する人々の多くはこの法律の対象とはならず、十分に救済されることにはな らなかった。つまり、恤救規則は、貧困の社会的要因を無視し、国家の救済責任を認めな い前近代的なものだったのである。 このように、公的な児童保護施策は不十分だったが、キリスト教や仏教などの宗教的な 理念に基づく児童養護の先覚者たちを中心に、民間の孤児や棄児等に対する慈善事業は活 発化していった。その理由としては資本主義の矛盾が露呈しているのにもかかわらず、国 家の公的な子どもの救済・保護施策が不備なために、貧困を原因とする孤児や棄児が増加 し、また安価な労働力として子どもが酷使されるなど児童問題が多く発生しているという 事実に、児童救済の必要性を感じた先覚者が実践に身を投じたことにある。 1912(大正元)年の内務省の調査によれば、明治期に設立された育児施設は 100 ヶ所で あると報告されており、明治期の代表的な育児施設としては、フランス人修道女ラクロッ トが創始した横浜仁慈堂(1872(明治 5)年)、岩永マキらが中心となって設立した日本 人の手による最初の育児施設である長崎浦上養育院(1874(明治 7)年)、石井十次によ る岡山孤児院(1887(明治 20)年)などがあげられる。 明治期の児童保護・救済事業としては、育児事業のほかに非行少年に対する感化事業が 広がっていった。感化事業は、罪を犯した少年を大人と同じように罰することを目的とす るのではなく、犯罪を犯すまでの社会的な要因やその背景に注目し、少年を矯正保護する ことを目的とするものであった。感化施設としては、大阪の池上雪枝が創設した池上感化
院(1885(明治 17)年)、高瀬真卿の設立した東京感化院(1885(明治 18)年)、留岡幸 助による家庭学校(1899(明治 32)年)が有名である。1900(明治 33)年には「感化法」 が明治期の法律の中で最初の子どもの救済施設として位置付けられることになった。その 後各道府県に感化院の設置が義務付けられ、感化院の数は急激に増加した(「感化院」の趣 旨は、良風美俗を乱すものに対する保護と強化であり、社会防衛的色彩が強かったが、1933 (昭和 8)年には「感化法」に変わってよりより教育的保護色を強く打ち出した「少年教 護法」が制定された。それに伴って、施設も「感化院」から「教護院」へと名称が変更さ れた。戦後も教護院の名称は継続したが、1997(平成 9)年に「児童福祉法」が改正され、 児童自立支援施設として、子どもの社会的自立のための施設としてその目的が強調される こととなった。) さらに、この期には、保育施設として1890(明治 23)年に新潟の私立静修学校の付帯 保育が始められ、1900(明治 33)年には野口幽香等による二葉幼稚園が設置されている。 また1891(明治 24)年には、石井亮一がわが国最初の知的障害児施設滝乃川学園の前進 となる弧女学院を設立し、さらに脇田良吉が京都に白川学園(1909(明治 42)年)を設 立した。さらに1880(明治 13)年には楽善会により訓盲院が設立され、視覚障害児に対 する教育も行われるようになった。このように、明治期では、まず育児院などの育児施設 が生まれ、さらに、混合収容の形態から次第に子どもの問題に合わせた分類収容を行う施 設が誕生していったのである。 大正期には、大正デモクラシーの影響などから、社会事業も少しずつ軌道に乗り始め、 また、社会事業の組織化が進むなど、慈善事業は近代的社会事業への歩みを見せ始めた。
その中で、児童保護・児童養護の分野においても、欧米における新しい子ども感や子ども への援助技術がわが国にも導入されていった。また、明治期からの流れを受けて育児施設 や感化事業が拡大していくと共に、保育事業、障害児施設での教育・治療事業、虚弱児事 業、母子保護、若年労働者保護、一般児童の健全育成事業などの広がりや専門的な取り組 みが見られるようになった。さらに、相談事業や社会事業教育の普及や職員の養成なども 拡大した。そして、こうした社会事業の興隆の中で全国の社会事業団体の組織化も行われ た。1908(明治 41)年に中央慈善協会が設立され、1917(大正 6)年には児童保護法の 制定を検討したり、児童保護事業の組織化や体系化の役割を果たし、また、児童保護の推 進を図るための活動を積極的に行っていった。 昭和期に入ると、中央社会事業協会などの活動から、「救護法」の制定が具体化し、1929 (昭和 4)年に制定(施設は 1932(昭和 7)年)された。この救護法は、「恤救規則」よ り進んだ内容であり、公費による育児施設などの設備補助や収容されている子どもの救護 費支給が一部ではあるが可能となり、施設運営の安定にも役立つとも見られたが、制限主 義的な面も強いものであった。 さらに、1933(昭和 8)年には子どもを見せ物にすることや酷使することを禁止するな どの内容の「児童虐待防止法」、感化法を改正した「少年教護法」が、さらに1937(昭和 12)年には「母子保護法」が誕生した。 昭和期には、こうした子どもの保護や養育に関わる法整備がなされたが、その一方で軍 国主義の進行によって、それまでの子どもに対する社会事業は軍国主義国家の「人的資源 確保のための母子保護・児童愛護」にすり替えられていくこととなった。こうした状況の
中で、育児施設も軍事色が強くなっていった。さらに、空襲によって児童施設が襲われた り、十分な食物を確保できなくなったり、また、疎開させられたりなど、戦争の遂行に役 立たないとされた子ども達は大きな困難の中で敗戦を迎えた。 このように、大正期・昭和初期の段階では、児童保護に関する考え方は徐々に広く普及 していったが、公的な救済制度はいまだ未整備な状況にあった。それに反して、民間の慈 善事業家・社会事業家の児童保護に関する実践は広く行われていくこととなった。 第2次世界大戦は、多くの国々に膨大な死者や損失を与え、何より子どもにとっては親 や肉親を失うなどの悲惨を極める状況を生んだ。これはわが国においても同様であり、荒 れ果てた焦土の中で、人々は十分な食物もなく困窮した生活を送ることとなった。そして、 家庭や生活の糧を失い、浮浪する子どもが多く表れた。また、施設による養護も混乱して いる中、1945(昭和 20)年9月には国から「戦災孤児等保護対策要綱」が出され、戦災 孤児や浮浪児の収容が当時の、第一の児童保護の課題とされた。その後も、国は「浮浪児 その他児童保護等の応急措置実施に関する件」「主要地方浮浪児等保護要綱」(ともに1946 (昭和21)年)といった通達を出し、各所に児童保護相談所を設置したが、実際には「浮 浪児狩り」「刈り込み」ともいわれた非人間的な保護や収容が行われた。こうした浮浪児や 戦災孤児を収容する多くの児童保護施設では、十分な食事を子供に与えられないなど、子 どもに満足な生活を保障することもおぼつかない困窮した状態であり、施設を逃げ出す子 どもも後を立たなかった。施設養護が安定していったのは、戦後5年ほどを経過した1950 年代に入ってからである。 こうした戦争の混乱の中で、1947(昭和 22)年には「児童福祉法」が制定された。当
初、厚生省は戦後の混乱する児童保護の解決を目指した「児童保護法要綱案」を作成した が、これを受けた中央社会事業委員会は対象児童をすべての子どもとする根本的な総合法 とすべきであると答申を行った。こうして、1947(昭和 22)年に「児童福祉法」が公布 され、翌1948(昭和 23)年には全面実施された。つまり、新しい憲法と児童福祉法の制 定は、戦前の「児童保護」から新たに「児童福祉」の理念を打ち立て、子ども達は権利と して社会養護を受け、その実施の公的責任性も明確となったのである。このことは、子ど もに対する養護のあり方として当時の状況下では画期的なものといえよう。 ◎児童福祉法制定以後の児童養護に関する諸問題 次第に施設養護が落ち着きを見せ始めた 1950 年代に入ると、わが国の児童養護界を揺 るがす「ホスピタリズム論争」が展開された。この論争の結果として、児童養護施設にお ける養護理論の確立の必要性と養護技術のあり方に対する関心を集め、その後の施設の近 代化に大きな影響を与えた。 1950 年後半から、わが国の経済は回復していく傾向を示し、高度経済成長期を迎えてい くこととなる。この高度経済成長期は、子どもの養護に関しても拡充期となり、1973(昭 和48)年にオイルショックが起こるまで、物的な充足が徐々に図られるようになった。こ の間の児童問題としては、婦人労働の増加によって保育所の増設が求められたり、核家族 化や離婚率の増加などによって養護系施設(乳児院・児童養護施設・母子生活支援施設) の実用性が増すこととなった。 1970 年代には、児童養護職員の労働問題や専門性の問題が叫ばれるようになった。一つ は、複雑化する養護問題に対応できる職員の専門性確立の重要性が次第に認識されていく
と共に、児童福祉施設に従事する職員の労働条件に関する問題などが話題となっていった。 具体的には、施設に入所する子ども達の問題も、家庭の養育機能の脆弱化による、いわゆ る「処遇困難児」の入所が増加し、子どもが抱える非行・いじめ・情緒不安定・不登校な どの問題として浮かび上がった。そして、職員は、長時間労働や住込み制の中で疲弊した り、バーンアウトを起こすといった問題が施設養護の課題として顕在化したのである。つ まり、対応の難しい子どもへの援助や支援を行う中で職員に高い専門性が求められている のに対し、施設の現場では、職員自信が身体的にも精神的にも「すり減らしてしまう」現 状が多く見られ、改善策の検討が求められるようになった。 その後、1980 年代には、子どもに対する過保護や過干渉といった問題や親の離婚のさら なる増加や蒸発などから発生する養護問題が多発化していった。さらに、1990 年代に入っ て、少子化の進展に対する対策の必要性や被虐待児の増加などが問題となっている。 ◎児童養護施設の在所率が増加傾向−12 年度の施設在所率 85%超える− 児童福祉、児童養護の変遷について見てきたが、ここでは今現在の児童養護施設の状況 について見ていきたい。定員では児童養護施設が33,903 人で前年に比べ 150 人、障害児 施設が46,878 人で 110 人増加している。在所児(者)数は、児童養護施設が 28,913 人で 465 人増加している。児童養護施設の在所児(者)数を年齢階級別にみると、「10∼14 歳」が 10,117 人で最も多く、次いで「5∼9 歳」の 9,050 人、「15∼17 歳」の 5,093 人等となっている。 これを前年と比較すると、「10∼14 歳」「15∼17 歳」では減少しているが、「5∼9 歳」は 428 人(5.0%)、「0∼4 歳」は 119 人(3.2%)増加している。 表1 児童養護施設の施設数等年次推移
平成2 年 (1990) 平成7 年 (1995) 平成8 年 (1996) 平成9 年 (1997) 平成10 年 (1998) 平成11 年 (1999) 平成12 年 (2000) 施 設 数 533 528 527 526 555 553 552 定員 34,076 32,824 32,699 32,386 33,865 33,753 33,903 在 所 者数 27,423 25,741 26,012 26,046 28,041 28,448 28,913 従 事 者数 11,949 11,970 11,983 11,759 12,946 13,220 12,940 −平成12 年社会福祉施設等調査の概況より− 【第三章 子どもとの関わり】 これまで児童養護、児童福祉がどのように変わってきたか、また現在児童養護施設がど のような状況であるのかを述べてきた。子どもを援助しているのは、児童養護施設のスタ ッフだけではない。しかし、個人的ではあるが私は児童養護施設で働きたいと考えている ので、そのスッタフがどうのように援助しているのかに焦点を当て、援助の中でも子ども との関わり方について、実際に児童養護施設ではどのような援助が行われているのか、ま たどのような援助をするべきで、どのような援助をしてはいけないのかをみていきたい。 ◎子どもの何を援助するのか 子どもは施設に入所する前の環境において、最も信頼し愛する大人(親など)から拒否的
態度(無視され、拒まれ、ある時は暴力を受けるといった)をとられ、それでも愛されたい という一心でその大人にすがりついていた。彼らは「生きる」ために必死だったのである。 以前置かれていた「不適切な」環境(親などから拒否され、暴力を受け、満足な食事も与え られず、清潔な衣服も与えられない等)に「健康な」適応能力(環境に適応し生きよう)を示 したわけである。その結果、不適応的行動を見につけてしまったのである。「適切な」また 「健康な」環境に適応できない。適切な感情表現ができない、適切な対人関係が結べない といった自我発達における問題を抱えることになったのである。そのために施設の職員は 子どもの自我発達における情緒的問題の解決に向け子どもを援助していくのである。それ だけではなく、子どもは施設で生活し、成熟、成長していくのであるから、親と離れて暮 す子どもにとって施設の職員は親の代わりという側面もあり、子どもの成長、成熟を促し、 見守るという援助も必要になるのである。情緒的問題を解決する「治療」と子どもの「成 長」という2 つの要素を合わせて援助していくのである。「治療」「教育」というものを合 わせて子どもの「行動」の「変化」を援助するのである。ここでいう「行動」とは活動と いった外から観察できるものだけでなく、子どもの知的、内的な情緒面も含み、「変化」と は問題行動の矯正だけでなく成長、成熟をも含む。子どもの逸脱した行動、危険な行動、 年齢にふさわしくない行動を減少、またはやめさせ、適応的、生産的行動、年齢にふさわ しい行動を始めたり、発展させたりすることを援助するのである。そこで職員は「問題行 動に代わる別の行動」を教えるという働きかけが必要になるのである。こういった働きか けをする上で子どもが問題行動をどのように大人の援助を得ながら学習して行くのか、そ の際に大人が考慮に入れなければいけないことについて次に見ていく。
◎「不適応的な行動に代わる別の行動」を教える ○不適応的な行動・問題行動をどう把握するか 子どもとの関わりの中で問題行動というのは多く起こる。すぐに止めさせなければなら ないような行動もあるだろうし、また独りで部屋の隅に居るだけといった行動もあるだろ う。すぐわかるような視覚的なものもあれば、情緒的でその子の内面に深く根ざして、普 段の生活からはなかなか分からないといった行動まである。また同じ原因による行動でも、 その行動そのものの表れは形を変えているといったこともある。そういった行動は、施設 のスタッフが充分に話し合い、協力したうえで止めさせなければならないのだが、ではそ の問題行動をスタッフがどう把握するのかそのポイントを見ていく。問題行動を把握する ことでより適切な援助が可能になるだろうし、子どもも「自分のことを大人(援助者)が よく分かっている」と感じ安心できるかもしれないのだ。 ・行動の生じる時間の特定 衝動的、攻撃的な子どもから引っ込み思案な子どもまで子どもは様々である。他の子ど もとの喧嘩が絶えない子が居る時に、「あの子はいつも喧嘩っ早いからしょうがない」とす るのは望ましくないだろう。施設のスタッフには常に子どもを観察することも大切であり、 どういう子かというのを良く理解しようとしていれば、「いつも」喧嘩っ早いわけではない 事がわかる(時には「いつも」の子も居るかもしれないが)。問題行動が生じる時間が朝起 きて朝食までの時間であったり、食事の時間、学校の登下校、ゲームの最中等の時間に限 定できるかもしれないし、また子どもが何か失敗をしたときや成功してとき、一時帰宅の 前後であるかもしれないし、頻度の多いルーティーン(食事など)の時間もあれば、少な
く分かりにくい(取り立てて特徴のない)時なのかもしれないが、時間を特定することで その子どもが問題行動をするのを防止できるかもしれないし、またその子の非言語的メッ セージが分かるかもしれない。 ・人の特徴 問題となる行動が誰にも巻き込まない単独のものなのか、また誰かに向けられたものな のかそれともある集団に向けられたものなのか(例えばある子どもといっしょに居る時な のか、またある集団、グループ行動の時なのか、あるスタッフに対するものであるのか、 男性のスタッフにだけ、女性スタッフにだけ、それとも大人全般に対するものなのか?等) 人々の「どこに」その行動が位置付けられているのかを把握することも援助、子どもとの 関わりの中で重要である。またこの際にグループ内の地位関係や役割関係について知るこ とも重要である。(A君はB君の言うことには従うがC君には従わない等(あるグループに おいてA君はリーダー的存在である)また問題行動を把握するうえで厄介な問題の一つに、 一見単独で、その子自身だけの問題と考えられるものに、その子に直接的作用しない別の 子の行動が作用していることがあるのだ。問題行動をしている子に他の子の行動が作用「火 をつける」ことがあるのである。この場合、「悪い状態」に見えるその子が必ずしも問題の 原因でないことがあり、そういう場合において「火をつけた」子とその問題行動をしてい る子に「別の代わりの行動」を教える必要性が生じることもあるのだ。 ・行動の様式とペース 問題行動の様式とペースも把握しなければならない。様子とは、身体的か言語的かまた 身体的な場合体のどの部分を使ってのものか、また何か道具や物を使ってのものなのか、
言語的な場合、どうのような言葉なのかということであり、ペースとは行動の強さ、例え ばゆっくりとした行動、これといった目的のない行動、静かな行動、何かに心奪われた行 動、引きこもるような行動、精力的な行動、熱中した行動、一定の方向性や目的を持って いる行動と様々である。 一言で「攻撃的」といっても多くあり、より事細かに具体的に把握していなければなら ない。このように具体的な行動の様式とペースについて知ることにより、その子どもの行 動に合わせた援助をできるようになる(例えば子どものエネルギーレベルに合わすこと等)。 興奮しがちで活発な子にチェスを勧めるのは望ましくはないが、ドッチボールに誘うのは できるだろう。逆に部屋の隅で引きこもりがちな子にドッチボールを勧めるよりはチェス やパズルゲームを勧めた方が効果的であるかもしれない。この例を見ると子どもの行動様 式やペースに合わせただけでは解決しきれていないと感じるかもしれないが、問題行動を 別の行動に代えるには時間がかかることはいうまでもなく、しかも社会的に「不適切な」 行動を「適切な」行動にするという点では効果があると考える。そして子どもに「無理強 い」することは好ましくないと考える。問題行動に代わる別の行動をどうするかというこ とについては後で述べることにする。 ・行動の発達レベル 適切な援助を行う上でその子の問題行動が、またその子が関わっている問題はどのよう な情緒発達課題に関連しているのかを把握することが重要である。例えば「大人は信頼で きる存在か。」や自分の命や身体に対する疑問、自分の性に対する疑問、周囲の大人との関 わり方への疑問や課題とったように子どもは様々なレベルの課題を表すものであり、複数
の発達課題の解決に向けた努力を一つのの行動に表現することも少なくないのである。そ の子の問題行動が情緒発達上の課題に関連していることが分かり、またそれがどのような 発達段階の問題なのかを把握することにより、適切な「治療」的援助を行うことも可能に なるのだ。 行動の発達のレベルを把握する上で考慮に入れなければならないのは、施設で生活する 情緒的問題を持つ子には自我発達上の課題を残してきている場合が多いということである (自我発達の全体像や理解はここではあえてしない。自我発達とはその成長の過程で環境 との関わりの中で衝動を満足させると同時に、有能感の発達につながるような行動を発達 させることである)。 ①信頼する能力と不信感を持つ能力を、信頼する能力に重きをおきながら発達させること。 (母親から)得ることができ、また(母親に満足を)与えることができるという感覚を発 達させること−口唇期の課題。 ②恥や疑惑の感覚よりも自律性を発達させること。身体的なコントロールと自己管理の発 達−肛門期及び男根気の課題。両親に影響を及ぼし、また両親から影響を受ける能力、及 び言語能力の獲得。 ③罪悪感よりも積極性を発達させること。父親と母親の比較により、家族における役割の 感覚を獲得すること−エディプス期の課題。 ④劣等感よりも生産性を発達させること。社会的学習(例えば分かち合いのような)や学 習技術(読むことや計算能力)の獲得、及び何かに集中する能力の獲得−潜在期の課題。 ⑤自己感覚を拡散させずに、自己同一性の獲得に至ること−性的同一性及び社会的同一性
を含む−性器機の課題。 自我発達課題のどの段階での問題なのかを把握することが、行動の発達のレベルを把握 することの中心となることで重要な意味を占めるため参照した。 ・優位な防衛メカニズム 問題行動を把握する上で、子どもが問題への対処手段としてどのような社会をとってい るのかを知ることで、その子の発達、成長を知ることもできまた対処手段が適切でない場 合、スタッフが適切な対処手段を教えるとも可能になる。問題と格闘する子どもの対処手 段の一つに防衛規制(回避、否認、逆転、反動形成、魔術的思考、抑圧、投影、知性化と いった防衛規制は、問題に対処するために自我に備わったものなのであり、それ自体が病 理的なものではない点に注意したい)も含まれる。 子どもの行動の中に防衛規制を認知するのは難しく、かなりの臨床経験を積む必要があ るが、子どもの用いている防衛規制の変化が見られた時、子どもは問題行動に代わる別の 行動を試みる準備ができていることが多く、別の行動を教えるチャンスでもあるため、問 題行動の把握というものが別の行動を教えるチャンスであるケースがあるので非常に重要 だといえる。 ○問題行動に代わる別の行動への移行 問題の把握をすると共に、考えておかなければいけないのは別の行動をどのように教え るかということである。問題行動を止めさせる際に別の行動を用意する必要があるのだ。 問題行動と止めさせた方が良い行動であり、止めさせたい行動である。子どもの問題行動 を望ましくないと考え、スタッフが適切な行動を用意し、教えることなしにその止めさせ
たい問題行動をただ強制的に止めさせただけでは、子どもはその問題行動を止めるかもし れないが、別の行動が適切でないまた別の行動に代わってしまうかもしれないのだ。また 別の適切な行動が用意されていない場合、子どもは自分がどうして良いか分からなくなり、 パニックを起こしてしまうことも考えられるし、なぜ自分の問題行動を止めなければなら ないのか納得できない。その問題行動を続けるといった事態になるかもしれない(必ずし も別の行動を教えなければならないというわけではないが、そういう機会は多い)。ここで は「行動の中断」「行動の置き換え」「新たな行動の工夫」に分けて見ていくことにする。 ・行動の中断 ここで注意しなければならないことは問題行動を中断するのは大人が行う場合と子ども が自分で止められる、しなくなる、また止めるということもあるということだ。そして、 その時にすぐに止めさせなければいけない行動というのとそうでない問題行動があるとい うことである。すぐに止めさせなければいけない問題行動は子どもや大人にとって危険で あったり、集団生活の妨げになったり、また子どもの生活にとって必要な家財道具などに 危害を加えたりするような行動である。このような行動を子どもに止めさせる場合にその 行動を止めるか続けるかという選択肢は子どもに与えないことが基本的な原則である。「∼ を止めさせた方が良いのじゃないかい」というような、子どもに選択余地があるような言 い方は良くない。事実上選択肢はないのだから、子どもが続けるといった選択肢を止める ようなことがないと伝えることが適切である。その際にきちんとなぜ止めなければならな いか、中断理由を明確に子どもが納得できるように説明することも必要である。「君が木を 振り回すと誰かに当たってケガをするかもしれないから振り回しちゃいけないよ。」等であ
る。行動の中断を子どもにさせる際、別の行動を用意しておく必要性は高いことは先述し たとおりである。例えば挨拶の意味で大人の背中を叩くという子どもの行動を中断する際 には、大人の背中を叩くことに込められた子どものメッセージを感じ取りそれに代わる別 の行動である握手をするといった行動を用意することが必要なのだ。 ・行動の置き換え これは別の行動を教えることであり、その行動がすでに子どもの行動がレパートリーに 入っていながら、問題となっている状況において子どもが通常行っていない場合を意味す る。置き換える行動を選ぶ際の基準はその行動がその子本来の意図にどれほど合っている か、置き換える前の行動と同じような満足が得られるか、社会的に許容されるものなのか、 その子の年齢に適したものなのか、置き換える前の行動によって生じていたその子の孤立 や自己破壊が置き換えの行動によってどの程度少なくなるかというものであり、これを基 準に子どもに無理のないように慎重に置き換えの行動を選ばなければならない。 ・新たな行動の工夫 行動の置き換えと大部分は似ているが、新たな行動が子どもの行動レパートリーにない という相違点であり、別の行動を教えるということについていえば、この新たな行動の工 夫が最も高度だといえる。それは、この新たな行動の工夫が生じるためには、大人と子ど もの関係が親密に発展している状況で起こる同一視という、子どもが自分の好きな大人の 行動を意識的、無意識的に、まねるということが必要となるからだ。 新たな工夫の例としては、入浴のルーティーンで裸になるのを嫌がり隠れてしまう子に、 恥ずかしさを表現する適切な行動を教えるといったことや、ゲームの中で「そのボールを
やっちまえ」「ボールを持っている奴をつぶせ。」といったスポーツ用語を教えることで攻 撃性の表現の中でも社会的に許容されるものを身に付けさせることもできる、といったこ とがある。 ○学習の方法 問題行動を把握し、それに代わる別の行動を用意する段階まできたのなら、次に考えな ければならないのは、別の行動を子どもがどのように学習していくかということである。 ここでは「洞察による学習」「同一視、模倣による学習」「報酬と罰則による学習」の三つ に分けてみていくことにする。 ・洞察による学習 これは治療的、部分的、認知的の三つに分けられるが、子どもが「あ、分かった」とい った感情を伴い学習することが多く、それによって行動の変化が生じ、自我発達が促進さ れることもある。 「治療的洞察」は子どもが自分の過去や現在にまつわる感情に関連した概念を獲得する ことである。こういった概念やアイディアは色々な感情や行動に適応できまた長時間にわ たって有効であるため極めて有意義なものだといえる。しかし、洞察されたアイディアや 概念が子どもにもはっきり「見える」ものでなければならない。子どもについて大人が「知 って」おり、子どもがそれを「知らない」ようでは洞察という学習ではないのである。子 どもが学習し、「知っていて」初めて役立つのだ。そのためには治療的洞察は子どもと大人 (援助者)が長時間にわたる人間関係を持っており、子どもの人生や生活についてかなり 突っ込んだ点まで双方が知識を共有しているということが条件となる。
治療的洞察の例、過去にお母さんとの間でどんなことがあり、その時子どもがどう感じ たかを思い出して、その時の自分の感情が今の自分の女性スタッフに対する行動にどんな ふうに結びついているのかを子ども自身と大人(援助者)双方が知る。 「部分的洞察」は治療的洞察に比べ生じやすいものであり、治療的洞察の場合のように 生活や人生の再構造化(出来事を従来とは異なった視点で把握し直すこと)として起こる のではなく、日常の生活経験として表れてくるものである。また大人(援助者)が子ども に事態を説明することによって、子どもが部分的洞察を得ることもある。 部分的洞察の例、A君をからかうと必ずケンかに発展するということに子どもが気付く。 「認知的洞察」は他の洞察とは違い情緒的要素をもたないものである。また自分が効果 的に環境に作用できるのだという感覚や自己有能感といった感情と結びついているのもこ の洞察である。日々の子どもの関わりの中でこの洞察を促進するといった機会は多いもの であるのも確かだ。自分の行動がどのような働きをしたのか子どもがゆっくりと時間をか けて考え、新たに得た知識や経験を言葉に置き換えるよう援助することで、自我技術を教 えるという援助につながるわけである。 認知的洞察の例、大きな岩を動かす時に岩の下に棒を突っ込んだら良い(梃子の利用) ということに気付く。 これまで三つのタイプに分けて洞察という学習について論じてきたが、常に分類できる ものではない。三つのタイプが組み合わさったり混ざり合ったりして生じることもあるの だ。 例、B君はやかんのお湯が熱くなり湯気になるということが分かりそれに自分の怒りを
例えて「僕も怒ると湯気が出てケンカしてしまうんだよね」といった場合、認知的洞察と 部分的洞察を達成したといえる。 ・洞察の長所と短所 本当の意味で洞察が達成されれば、それは新しい状況にも一般化できることが多くとて も有効であり、子ども自身が学習しているという実感を持てば自我発達の達成にも自己有 能感の獲得にもなるだろう。そして洞察を用いることで懲罰的関わりを持たずにすむので ある。しかし、洞察にも短所はあり、治療的洞察などでは子どもとの関係性の深まりが必 要であることは述べたがそういった関係性の形成がなされないままに行動の変化を子ども にさせなくてはならない状況もあるのだ。また、過去の出来事や感情のしこりを治療的洞 察によって「発見」した子どもは心理的に脆弱な状態になっており、周囲に対して非常に 不安定な反応を示すこともある。 ・同一視、模倣による学習 「まね」による学習によっても、子どもの行動の変化を促すことは出来る。 子どもは大人の行動を真似るものであり、肯定的にも否定的にもそれは生じる。また行動 の一部をまねることもあれば、態度、意思、感情、等を含む一連の行動をまねることもあ る。受動的なプロセスでまねることもあれば、能動的なプロセスとしてまねることもある。 「まね」による学習ということを援助者が意識することによって、大人が子どもに対して どのような行動モデルを選択して提供するかを考え援助することが可能になる。 「原始的同一性」とは子どもの受動的プロセスの中で、大人の行動の一部を無意識的に 知らず知らずのうちに取り入れるというものである。このようなまねが生じるためには、
大人と子どもが近い関係にあり、子どもが大人に依存した状態になければならないが、必 ずしも深いレベルで子どもが大人を好きである必要はない。ましてや大人の有用な行動モ デルをまねることで、事態を対処しようといった意思は子どもにはないのである。子ども が無意識的にまねる表現や行動が何かの問題について話し合う際に有効であったり、時に は子どもの頭の中で一つの行動として機能したりすることもあるため、非常に役立つプロ セスなのだ。 例、からかってくる子に対して「君がやろうとしているのは人間関係ゲームだね。僕は 参加したくないね。」と言った大人から学習した言い方を他の子どもにしている場合いには 言葉が行動として機能しているといえる。 「模倣」という学習は常に原始的同一性との区別が可能であるというわけではないが、 これは大人の行動を意識的、計画的にまねるものである。原始的同一性と違って模倣は意 識的行為であり、また模倣の対象も行動の一部に限られる。模倣のプロセスが生じるため には、子どもが大人を「独立した人格」として認知し、自分が観察した大人の行動を「試 してみよう」とすることが必要となるのだ。 「同一視」はまねによる学習の中でも最高の形態だといえる。同一視は通常強力な肯定 的関係(子どもと大人が近い関係であり、子どもが大人に好意を持っており、依存している 関係)の中で生じるものであり、援助者を同一視している子どもに対してモデルとなる行動 を提示することによって、子どもが健康的な存在となるために情緒的、知的、健康性を学 習することになるのだ。また、子どもが大人を同一視している場合に、子どもは自分の能 力(情緒的、知的)を高めたいという意志が強くなっているために、治療的洞察が起こりや
すくなっているというのも、同一視の学習の特徴である。同一視は施設職員といった大人 だけでなく「マンガ」「アニメ」といった物語によっても生じるものであるため、子どもに どのような「マンガ」「アニメ」を提供するか、また、その中に出てくる子どもが同一視し ている「ヒ−ロー」について話し合ったりすることで、大人が子どもと同一視の対象との 仲介の役をすることもできるのだ。 「まね」による学習である、原始的同一性、模倣、同一視についても、洞察と同じよう に常に3 つに分けられるものではなく、組み合わさったり、混ざり合ったりして起こるの だ。こういった学習があるということを常に意識しながら子どもと関わることで、健康的 適応的行動のモデルの提示をし、子どもの行動の変化への適切な援助が可能になるのであ る。 ・報酬と罰則による学習 このタイプの学習の是非についてはあえて論じない。ある特定の状況において、ある特 定の行動に対して報酬や罰則を与えなければならない状況が生じることがあり、また、こ のタイプの学習によって行動の変化を促進することもあるからだ。ここで報酬とは、物質 的な物だけでなく、賞賛や承認をも含み、罰則とは、外出の禁止、叱責、しかめっ面、承 認を与えないことも含む。したがって、こういった学習を利用しない援助は不可能だと思 われる。否定されがちなこのタイプの学習にも長所はある。何らかの理由により他のタイ プの学習が利用できない時にはこのタイプの学習が有効になる。また、子どもに与えるメ ッセージが明確であることである。ただし、この際、罰則や報酬が子どもの何に対してな のかはっきりと特定し、それを子どもが分かるようにしなければならない。そうすること
により、子どもの行動改善について大人が何を期待しているのか、どのような行動が望ま しいかを子どもに伝えることができるのである。この学習を利用することにより、子ども は意識せずともほとんど自動的に行動をコントロールすることが出来、そうすることによ り、自我発達の課題を抱える子が四六時中自我によって自分にコントロールを加えなけれ ばならないという負担を軽減することが出来るのだ。この学習を利用する際の注意点につ いては次のものがある。可能な限り罰則より報酬を与える。止めさせたい行動を承認しな いと言った罰則を用いるよりは別の行動(健康的、適応的)を承認するといった報酬を与え る方が上手くいくことが多い。罰則や報酬を用いる際にそれが子どもにとってどのような 意味を持つのかについて考え、その行動に代わる別の行動が用意されてなければ、罰則は 用いてはならない。ということだ。行動の変化は子どものためだということが前提である。 ・繰り返しによる学習 何か行動を学習する際に子どもは繰り返しその行動をすることによって自分のものにし ていくのであり一度学習したからといってすぐにその行動が身につくことは少ない。また、 同じ過ちを繰返すこともあるだろう。過ちを繰返すことによって学習しているのだ。そう いったことを援助者が分かってなければ、過ちを繰返す子どもに対して対感情的になって しまったり、苛立ちを覚えてしまうかもしれない。 子どもの問題行動を適切に把握し、適切な学習プロセスを選択し、行動の置き換えや新 たな行動の工夫を促す、子どもの不適応的、不健康的問題行動を別の適応的、健康的行動 に変化(大きな意味では、「安心感」を感じられない子どもが安心を感じられるようになる といったことも行動の変化に含まれる)を促す。これには、多大な労力と時間が必要になる
だろう。しかし、どのように問題行動を把握し、どの学習が適切か、どのような行動を教 えるかといったこれらの行動の変化というプロセスについて認識をすることで、より適切 な子どもへの関わりが可能となるのだ。そして、次から実際にこの行動の変化のプロセス をどのように使うのかについてみていく。 ◎人間関係とは 施設で生活する子どもにとって人間関係によって安心感を得るといっても良い位人間関 係は重要である。人間関係によって情緒的問題の解決の糸口を見出し、また、行動の変化 も促されるのである。ここでは、子どもとの関わりの中で、援助者である大人は子どもか ら何を受け取り、何を伝えれば良いのか、どうすれば子どもに受け入れられるかについて みていくことにする。 ・人間関係の形成をしない、できない子ども 児童童養護施設の職員にとって、子どもとの関わり、人間関係は最大の武器になりうる といわれているが、その最大の武器になりうる人間関係こそ子どもの最大の問題である場 合が多い。施設で生活する子には人間関係を形成しない、またはできないといった子が多 いからである。彼ら子どもは自分の事を他人に話さない、防衛が強い、排他的だ、周囲に 無関心である、引きこもり傾向がる、嘘が多い等コミュニケーションの障壁が多く。大人 が自分に与える承認(賞賛、関心、微笑み等)不承認(叱責、しかめっ面等)といった社会的強 化因子に対してほとんど気にかけないように振舞う等反応性が低く、大人の行動や理想を 同一視せず、むしろ大人との違いを強調したり全く反対の行動をとったりと行動モデルと しての大人を拒否するなど人間関係においての大人への関心を欠けているのである。であ