法の解釈方法としての比較法
著者
高木 武
雑誌名
東洋法学
巻
2
号
2
ページ
47-68
発行年
1958-11
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00007770/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja法の解釈方法としての比較法
主主 I司木
武
今次の世界的な規模の戦争が終ると、比較法は、層一層︿二O
世紀の学問﹀としての生気を快復し、多数の国々に おいては、あらたに比較法研究所又はこれに類する比較法の研究施設あるいは学術団体が設置され、とりわけ大学に おける法学教育には、自国法と同じような席が比較法に譲られ、比較法に関する国際的な組織が創設されたり、国際 会議が、開催されたりしている。そしてこれらの運動の目的又は成果として、比較法のすぐれた労作が数多くものに されているが、さらに、これらの運動に呼応するかのようにl
i
しかも、これらとは、無関係に、非連続的な方向に おいてさえ││比較法的労作とりわけ︿比較法的研究﹀または︿比較法研究﹀とかあるいは︿比較研究﹀とか銘をう ったその内容、方法において、比較法的な労作が枚挙に遠のないほど、われわれの前に現われている。まさに、今日 においては、比較法は、法律学には、常識的なものであり、比較法なしでは、すまされないとしても過言ではないで あ ろ う 。 法の解釈方法としての比較法 四 七東 洋 法 学 四 八 こうした秋において、法の解釈、適用に、比較法が、どのようなものであるか、比較法がその方法として考えられ るか、考えられるとしても、 どのような限界をもっているか、 明白にすることは、 あながち意味のないことではな い。というのは、現実的ではあるが、こうした労作にかぎってみても、これを明白にすることによって、このような 比較法的記述が、たんに学問的な記述のための記述に終ることなく、実際に、法の解釈、適用に資することも、明ら かにすることができるであろうし、またその意味において、これを明白にすることは、こうした労作以前の問題とも 考えられるからである ( 1 ) O しかし、この問題については充分な紙巾と時間が与えられていないので、ここでは、 ツ ワ イ グ ル ト ( 同 ・
N d
司a m m
w M
・s
a
R
H
H
Z
話
将
軍
各
g
m
m
z
c
a
s
同 一ω
m
F
F
Z
G
S
S
民 。 ロω B
2 v
- O
仏 0・
N
a
z
各
民
骨
片 岱 同 ﹀ ロω
戸 山 口 品 目ω
の 宮 内 出 口 口 弘 同 ロ 件 。 同 ロm
w
毘O
ロ 色 。ω
可 江- S
可8
Z
H
河 内w t
巳ω
N
a
z
o
F
包 片 付W 5
w (
H S
o l
u o
) ω
・ 印 一 民 ) ︿ 2 ﹀ を 、 ま ず 、 の﹁普遍的解釈方法としての比較法﹂ 失杖の危険にそなえ、この問題の方向において紹介し、そしてその藤尾に付し、いくらかでもこの問題に接近するこ とにする。したがって、本稿はあくまで、試論、予備的なものであることを、はじめにお断りしお詫びしなければな ら な い 。 註 1 比較法的乃至比較方法が有効な研究法である(同・ロn
t
p
叶B
ロ ル 色 か 目 。 昆 巴B
a
o
a
g
席 。 守 口g B
H M
M H
芯 ・58
・M M
・ h p 。 件 ω ・ 一 一E
・o
・ の 三 宮 止 血 肉0
・0
o
E
M
M
P
E
t
g
H
h
H
9
5
怠 ・ 。 ・5M3
・ N ω ー さ れ 円 。 骨O
位g B
M M
m
忠 ・g
m
p
H
Y
M
∞
U H V
U
・ ぉi
s
u
司 ・ ・ 古 田 山 口 守 口l
回 ・2
O
E
O
-冨 ・ 4 司O
M
F
4
一 司 包 芯 含 骨0
日 仲g
B
M
M
R
P
5
8
・P
P
M
M
-E
a
m
-u
同 ・ 国-m
o
E
g
z
m
O
3
0
0
B
・3
3
t
・3
円 p d﹃ のg
g
P
R
凶 冨 巳2
E
F
5
8
・
M Y A
H
-﹀が、とりわけ大陸法系の法曹にとっては、法がなんらかの意味において、比較法的乃至比較方法に訴えることを許していなければ、 ││A 形式的であるかもしれないがーーーそうした労作は、画餅 的存在を脱することはできない。そこでその実定法的根拠を明確にするのが、本稿の目的でもある。 2 Y ワィグルトは、数年前まで、河川号
o
z
p
g
o
耳目白の編偶者であったが、現在はナ三巴ンゲン大学の教授である。彼は、 その教授職の就任にあたって、比較法に対する情熱を示すかのように、比較法についての就任講義をおこなった。本稿でま ず失杖の危険にそなえ紹介しようとする論文は、それを、敷桁へ再現したものである。なお彼の比較法に関する労作は、 こ の ほ か に 、 巴 由 。 図 。 。 F Z 4 0 同 1 m - 巴 O H M -ロ ロ 関 山 口 口 問 。 ロ ω件 。 a o H 1 問 。 。 V 2 4 0 同 1 0 山 口 V O 山 口 問 。 何 回 ロ ロ 伊 四 回 目 日 ロ σ ロ 仲 ωの 何 回 O F m w ロ a o ω H 1 0 ] 向 。 口 広 O N C B 困官官吋 P M 込 山 O ロ 色 。 ロ 問 。 ロ ぬ 吋 O ω ω 毘 吋 問 。 o V H ω 4 0 吋 関 宮 内 O H M -d D m E F o p a o p 昌 明 。 ∞ -N m 回 目 ・ 山 口 問 。 同 一 O O Z 2 0 吋 鈎 H O W V ロ ロ mz
口 問 。g
宮 内 田 2 2 8 志 向 a o H H O P 同 o o F 2 4 2 0 山 口 F o 富 山 岳 民 ロ m p 同与 o z ・N 5 ・ ω ・ ω ∞ 斗 民 -u z o ロ ロ o ω M ﹃ω Z B O ロ E F S 吋E 5 0 H a o 吋河 -o o E 2 2 ぬ O W H H ロ ロ 伊 同 M W V O E N ・ ロ ・ ω ・8
白 ・ さ ら に kr ロ EP と 共 著 の 同 2 宮 ω 4 2 m F 日 o v -口 問 判 官 a o 己 2 0 H H O 回 国 O O F -a o H H 巳 ロ ロ S 3 w v f g m p が あ る 。 u v ツ ワ イ グ ル ト は 、 ま ず 、 一 ﹃ 口 広 告E
品 。 ロ
u w という語を、下イツ語の同ゅの宮 ω当 ぽ ωg 一ωの 冨 片 付 法 ( 律 ) 学 、 河 内 清 宮 名 門 ゅ の 宮 口 問 判 例 、 あ る い は イ ギ リ ス 語 の ﹀ ロ m o s a S M N R E ω -o v s 法理学の意味に解そうとも、 H Z 片 山 ω同 肖
怠
gN フラ Y ス 器 開 の の基本問題のひとつは、 法律の解釈および欠陥の補充にあたって、 そ の 基 準 、 方法がなんであるかということであ る。というのは、こうした場合において、われわれの学問(つまり法律学)が、学問としての地位を要求することが できると確信されるのは(そこに)、それ以上の演釈を必要としない初歩的見解が、くりかえされるに過ぎないから で あ る 。 法の解釈方法としての比較法 四 九東 洋 法 A三L. ず4 五
。
裁判官の実際的な準備活動、真相調査を除けば、法律学は、規範の解釈および欠陥の補充とほとんど同義である。 として、法の解釈および欠陥の補充が、法律学とりわけ実際の、法の解釈、適用において、重要な基本的問題であ ることを指摘して。 われわれの実生活は、 形成可能という点において、 もっとも天才的な立法者の先見的直観な空相よりも豊富であ り、この世の中では、疑問の余地のない規範(法律)および欠陥のない法典(篇纂)は、 ユートピアである。 とする。法律は、その言語的表現の可能な範囲で意味、内容を、社会的経済的発展に応じて、変更することができ るが、それには一定の限界があり、どちらかといえば、無限の可能のある現実に対しては法律は固定的であり、法律 と現実の社会生活の聞には、ギャ y プが生じ、法の解釈および欠陥の補充の基準、方法がなんであるかという問題は 不可避である。彼によれば、 法の欠陥の補充は、立法的方向において、法の解釈と対昧的に解されるかもしれないが、両者は、 一であり、両者 の聞には、程度の差があるに過ぎない。法の解釈は、充分あるいは充分明白に表白されていない規範に対するもので あり、法の欠陥の補充は、所与の問題について、なんら表白されていない規範の綜合体に対するものである。 というのである。こうして問題を提起して、 つぎに、彼等の誇りとする下イツ民法典を中心にして展開されてきた 法律学の方法の変遷を跡づけることによって、問題に接近しようとする D ∞ドイツ民法典発布以来の法律学の画いた進化の曲線をみれば、はじめの臨路から次第に広茅にいたる道が見え る ( 1 ﹀。いかなる法律の制定の直後もそうであるが、そのはじめにおいては、なんと註釈的あるいは純歴史的な方法が重きをなしていたことか、 そして、今日一般に一つの不健全な方法として認識されている概念法学を併発的悪疾として経験した。概念法学が いかに合理的な判断力を発展させることができたとしても、概念が、自己の生命を育生することあるいはさらに自家 繁殖することに正しく病源が横っている。法律家は、正義の理念をもった生き生きとした結合を失う危難に陥る。こ うした場合において、法律学は、解釈の社会的方法、科学的自由探求の道をとる。しかし下イツでは、この方法は、 変種を育生した。それは、法律事実の探求と全く同様に、自由法学的方向、社会学的傾向をすなわち利益法学を包ん でいた。この拡張された方法にとってすべての変種に共通するものがあった。すなわち解釈および欠陥の補充に対し ては、立法者の意思は、不動なものでなく、社会的事実とともに、変化し、法律が、 いわば永久に若々しく、現実の 要求に答え、条文の許すかぎり、現実の要求する解釈を、そのまま認めている。こうした方法の変種は、 いずれも理 論と実践の拡張と致富に貢献した。しかしこうした多種多様な方法の拡大が、真の致富であるか、懐疑主義すなわち ー法律学ーの全分野の老朽の徴候であるか決定することは困難であり、自然法的な反省の強烈な勃興は、法律学が、 疲労の中に、いつまでも、とどまっていることを、いさぎよしとせず、否むしろもっとも根本的な基礎を、あらたに 確立することを企図することによって、これから脱却しようと努力しつつあることを示している。 同法律の解釈や欠陥補充の基準がなんであるかという基本的問題の答えを探索するだけでも、われわれは比較法的 ー
l
乃至比較││方法の玄派な実例に遭遇する。 と い う は 、 スイス民法第一条の︽法律の欠陥ある場合は、 裁判官 は、自己が立法者であったならば、定めたであろう原則に、したがって裁判すベし︾ ( 2 ﹀という原則にしたがって裁 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 五東 洋 法 学 五 判しなければならないということは、今日では大陸の法律学の共通の財産になっているからである。さらに同条は、 確立された学説および判例にしたごうべしと続けて規定する。!勿論
l
これは、はじめはスイスの国内法律秩序の精 神においての法律の欠陥補充のみが考えられていたが、しかし法律の歴史は、そのようなことがかつて長く続かない ことを、われわれに教え、また立法者が自己の方法を完壁にならしめようとすることに対する法律家の自然法的要求 を阻止することは元来できないことである。 近代の立法者はいかにして裁判官の規範を定めるか、過去二l
三O
年のあいだの法典編纂の成果は、近代の立法者 を、比較法的折衷学派の学徒に変えて7
っ て い る 。 最 近 の 法 典 ( 矧 一 政 財 VMMW 慨 し 唯 一 時 γ 山 町 一 回ω
ル)は、立法者がいかに 裁判官が立法者であったならば、定めたであろうような原 比較法研究を利用しているかという典型的実例である。 則、規範をもって、法律の欠陥補充をなさなければならないならば、裁判官も近代の立法者の方法すなわち比較方法 を利用しなければならない。法律の解釈および欠陥の補充に比較法を利用しなければならないか否かという問題は、 まったく疑問の余地のないことである。問題は、比較法が︽どの程度まで︾法律の解釈および欠陥の補充に利用され るか、すなわちその限界にある。 付これについて、まず、 つぎのことが確実である。 比較法によって獲得された外国の規範が、 これに相当する自国の規範より優れているという見識が、 けっしてその国内規範の効力を否認に導くことはありえない。法律の明白な条文に対する尊重は、われわれの法律秩序のもっとも 重要な基礎の一つである。拘束力は、法律として妥当する規範が耐えがたい程度において、正義の自然法な基本的規 範を侵す場合にのみ拒否される、といっても、比較法が、外国におけるよりよい規範の妥当性を指摘しただけでは、 拒否されない。批判的比較法のみが、通常の立法方法による規範の改善を促すことができる。だが、しかし、そうい っても、比較法は、広い範囲にわたって、国内規範の解釈にある一定の方向にむかつて作用することができる。 ∞さらに、この方向においてあらわれる問題は、私法秩序のすべての題材が、比較法的解釈にとって、手にいれら れるか、あるいは、単に特定のものだけがそうなのかという問題がある。われわれは解釈および欠陥の補充について 比較法的方法が可能である場合においてのみ自国の法秩序を改革する目的を、もっているだけでなく、また静かで目 立たない国際的な法的接近の基礎を作る目的も、もっていることを、否定することができない。したがって、法律の ある分野が比較法的解釈に適するか否かの問題は、、それが国際的統一に有用であるか否かの問題に合致する。世界共 通 の
(
W
8
5
0
旬 。- E
R V
O
ロ )
り比較法的乃至比較方法ーに、適合するとするエルベ 機能あるいは普遍主義( c
a s
g
巳 ぽ 自 己ω )
( 当 . ・ 関 与 。 ) と 、 同 じ 意 見 で あ る 。 世 界 的 に 通 用 す る 資 料 は 、 の傾向のある法領域が、この解釈方法 l つ ま 明らかに、有価証券法、工業権保護、保険法なかでも国際私法である。しかし比較法的解釈に適する資料は、さらに 引出されなければならない。国際取引の増大とともに、法律行為についての規範や債務法の広い領域もまた世界的通 用性を獲得してきた。商取引については普遍主義に就く傾向は事も否定しうるものではないが、この世界的に共通す る資料は、ほかの特自性のつよい資料と対立する。このような分野は、家族法や相続法である。だが比較法的解釈方 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 五東 洋 法 ~ 寸・ 五 回 法は、このような分野にも除外されないと恩われる。比較法的解釈方法は、国家的法律文化という放棄しがたい財産 に対する特別の慎重さ、注意深い注意をもってのみ実行される D 世界的に通用性のある資料は比較法的解釈を大胞に 国家的な特自性のつよいものは、慎重に実行するという傾向の正しいことは近代の立法者が比較法的折衷主義を自ら 利用している態度によって確認される。 伺ラ Y ベ l ル ( 開 ・
F
m
g
σ
R
件 ) ︿ 3 ﹀ と ジ エ 一 一 1 ( 司 ・ の 向 山 口 一 司 ) は 、 こ の 解 釈 方 法 に は 、 そ の 精 神 に お い て 、 自 悶 の 法 秩 序に近い関係にある、 つまり文明程度や法律的考方からみて、緊密な外国の法秩序のみが採用されるとした。このよ うな制限は正しいとは信じない。これは、大陸法系にあっては、 ローマ法の概念の世界において育生された外国の法 秩序のみが参考とすることができるということであり、英米法系のそれは、参考にならないという意味である。勿論 比較解釈にとっては、自国の法秩序と同じ文明水準の外国の法秩序のみが、示唆に富むということは正しいが、近代 比較法は、英米法の形式が、正義の考え方の基礎や問題解決の趣旨において、われわれの考え方や問題解決に、広く 一致することを明らかにしている。ただその方法と構成が異っているのにすぎない。比較研究は、われわれを実際に 偏見から解放し、 いかにすれば、問題を、全く別の方法で、しかも完全によい方法で満足さすことができるかを明示 する。そこで比較法的解釈方法は、いくらか西泰的文化水準にあるすべての(国)の法秩序を利用すべしと信ずる。 しかし実際は主要な法秩序のみが研究の対象にされるということは、その作業を単純にすることであってそれは、む しろ娘法が、経験的に深遠かつ独創的な解決という点において、その母法秩序によって!容易に│正当化されること で あ る 。肺 門 サ レ イ ユ
(
ω
色
色
目
。
ω ) もジエ一一ーも、国内規範に利用される比較法研究によって︽普遍的経験︾(自志江 050CEIS H
・8 z
o )
すなわち文明諸国に支配的な規範が、特定の問題について生ずるであろうが、 これが悶内法律の解釈や欠 陥の補充に、利用されることを正当化する説得力であろうという考えをもっていた。!このようにl
この場合、外国 の解決が多数であるということのみが権威的でなければならないということは、真に正しいか、人間結合の歴史は、 多数決は、意思決定が問題である場合に用いるものであろうと教えるが、正義は倫理的価値の世界に属する。ここで は、多数者の意見では不可で、 一人の選ばれたものの感覚が決定的なものを感受する。したがって裁判官、実務家あ るいは学者の判断に、自国の法秩序の解釈や欠陥の補充にとって、最良の解決を豊富にすることが委ねられなければ ならない。自国の法秩序は、成文法のみによって裁判官を拘束する口外国の解決のなかで、 いかなる解決が最良であ るか抽象的に素描することはできない。 スイス民法典第一条は、その母国(母法秩序) において正しいと認められな ければならない﹁認められている解釈﹂でなければならない拠点を、われわれに与えている。そこでその数多く認め られた解決のうちで、最良のものを見出すことは、その都度、入念な論究に委ねられなければならない。近代の方法 ー比較法的乃至比較方法ーによって起草されたあたらしい法典編纂は、多数決の原理によってではなく立法者が、自 分にとって最良と考えるものを外国法からとりいれる。 同解釈や欠陥補充に対して、このような比較法的方法によって引出される内在的限界がなんであるかという最後の 問題は、もうすでに一の基本的場合に関連して答えられている。しかし方法の限界はおそらくこれを、終局的に認め ていない D 比較法的解釈方法が、具体的な園内規範の解釈にあたって、 自国の法秩序の構造から、 ど の 程 度 、 負 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 五 五東 洋 法 学 五 六 て い る か 、 あ る い は 、 どの程度まで自国の法秩序を大胞に克服することができるかという ζ と が 、 疑問になってく る。まず、国内的な法律概念の世界については、われわれは、自国の法律秩序において自主的な概念形成を経験して いる。何人も、下イツ民法における所有権が、下イツ税法のそれとは、多少違った意味をもっていることを否定でき ない。民法における所有権は、事実的な支配権であり、ある場合には、所有の状態に結合することのできるすべての 権利の総括という意味もあり、税法における所有権は、経済的なものによって、さらに限定される。│法律
i
概念の 統一は、形式的秩序原則で、 作業の軽減にすぎず、 正義そのものの関心事ではない。したがって、 より高次の目的 のために、統一的概念意義の境界を超えることは、まったく適当であり、法秩序統一という原則に反しないと思われ る 。 ラ 1 ベ ル ( 開 ・ 同 凶 V 巳 )(4v によって基礎づけられた自律的比較法学派は、国際私法において、 この自律的概念の 形成を真面目に活用した。民法の起草者は、紙触法の規範における概念が、民法典におけると同様に理解されること を欲したが、紙触法の規範が、比較法的方法のみをもって、自律にのみ解釈されることができるということを、ラー ペルがはじめて覚知したのである。そうでなければ、紙触法の規範が、自国の法律概念の世界において捉われたまま であり、外国法の法律事実に手がとどかないからである。ここにおいて自律的概念の必然性は、国際私法の特性から 説明できるが、他の私法の素材において同じような必然性のあることは、確実のように恩われる。 しかし圏内の法秩序の構造上の基礎的結合は別である。かりに、これが比較法的解釈によって無視されたとしたな ら ば 、 それは全体系の爆破と同時に国内法秩序の解消、 異質的な多数の集団への分散を結果としてもたらすであろ ぅ。たとえば、原因となる基礎行為と拍象的処分とのあいだの厳格なドイツ的分離と処分行為の価値の独玄化は、下イツ法のよろこばしくない特徴であることは周知のことである。もしわれわれが、法律を改正することなく、比較法 的解釈によって、この分離を廃止することを決心したならば、それは民法典の特定の規範の明文に違反することはな いであろうが、債権、物権の結合において、また現行法として認められない致富の制度に明白に表現される体系の相 互関係に違背することになるであろう。われわれの知らない概念世界につくられた占領法(切
o
g
R
ロ ロ
m
R
R
Z
ω
)
の 解 釈にあたっても、放棄することのできない下イツ民法の構造上の基礎の留保は、比較法的解釈方法によって、わが国 の法規範の解釈が問題になっている場合にも同様に妥当する。 と す る 。 註 1 ド イ y の比較法のあゆみは、つぎのようなことによっても、しのばれるが、比較法の生育にとって、恵まれた地味をもっ うまし国としなければならない。かのライブニッQ
h
g
E
R
)
は ﹁ 法 学 教 習 新 論 ﹂ ( Z S P 冨a
g
血g
a
ω
8
ロ 含o
a
o
g
p
e
2
5
官 民8
2
e
E
E
g
g
s
-)
において、文明世界の法の通鑑の計画を立て、比較法的な芳えをすでにもっていたよう であったが、それは実現されず、むしろフランスの啓蒙期の大選手そ γ ス テ キ ュ l (冨o
E
g
A
巳g
﹀ の ﹁ 法 の 精 神 ﹂ ( 句 。 y 開 曲 者 ユH
a
g
-。F
ロお)にいくらか、これが具体化された。一九世紀に入ると、あの、法は民族の共同意識の所産であると する歴史法学派や法典編纂運動の選手、立法者の抵抗にも拘らず、フオイエルパ γ ハ ( 司2
0
吋 V S F ) や ガ γ ス ( のg m
)
千 ボ オ ( 、 H,g
m
己)によって比較法が法哲学にとって価値あるものと主張され、一八二九年にいたって、比較法にとって不可欠 な、資料的役割をなす外国法研究振興のための﹁法律学および立法雑誌﹂)
N
a
z
の げ 広 忠 告 同 一 周2
v
z
d
ユ
ω 8
図 。v
m
R
ロ ロ 向 。g
0
・g
m
o
E
ロちが創刊され、}八七八年に﹁比較法学雑誌﹂ハ駐日g o
v
江 口 毘 円 ・ 40 話 回O
W
Z
E
o
F
w
各宮司Z
8
5
岳 民 仲 ) が 発 刊 さ れハ本誌は今日も続刊されているようである)、そして一九一七年において世界でさいしょの比較法の研究所(岡田 ω 2 2 3 が ミユ γ へン大学に設置されたが二九二六年にいたって一層本格的な比較法研究所といわれるカイザ・ウイルへルム外国公法 法の解釈方法としての比較法 五 七東 洋 法 学 E 八 および国際法研究所(閉包怒時喝容忠臣官
ω
吾 己 毘 吋 きω
冨 包 官 。r
-8
2
P
E
ロ 各g
同SZ
ロ ロ 晶 司g
W
O
R
S
E
﹀が、ついで 同外国法および際私法研究所(同色m
R
当5
0
-s
z
m
g
c
H
昆 吋m
g
E
E
E
各g
ロE
E
S
S
E
Z
g
-a
甲 山4
a
g
各件)数カ月 遅れて設立され、この両研究所はそれぞれの名をとる有名な雑誌を創刊した。(両誌は、開a m O
M
-司ロ伊色目を冨P M
・
-m
図 。w
と改め今日なお続刊されている。﹀比較法教育についても、イザイハ出-z
m
q
﹀は、当時のドイ y の法律思想の孤立を訴え、 これを克服するには比較法教育を強化しなければならないとしたハロぽz
a
F
g
p
m
a
g
a
o
E
R
F
O
D
同s
z
a
o
口 付 。 ロ9
5
N h C が、今日では、西独の一四大学(ボントキ l ル大学除く)のうち、三l
四 O 週 時 ( 四 大 学 ﹀ 、 一 O 週 時 以 下 ( 五 大 学 ) 、 一l
=
一 O 週時ハ五大学)(平均ご学期二週時)が比較法と外国法の講義に当てられている(但し歴史比較法(巴ω
青 山R
F
o
p
w
o
F
Z
S
G
F
r
F
H
S
F
)
一 般 法 制 史 ハ 旨- m
O B
包S
F
w
各Z m
o m
o F
r v
g )
そ し て 法 人 種 学 ( 河 内W O
H M
H m
a g
s
-o m
向 。 ) な ど は 比 較 法 の なかに入れない)そして比較法概論と比較法的方法を内容とする︿比較法基礎理論﹀、ヲテ γ 法、英米法あるいは y 連法の 講義を内容とする︿現代法体係概論﹀そして民法、憲法あるいは刑法などの基本的制度の講義を内容とする︿比較制度論﹀ を四学期(各学期平均四週時)あるいは三学期に渡って(各学期平均五週時以上)実施する提案がなされている。また比較法 国際委員会の構成メ γ パとしての比較法圏内委員会が成立された(以上各の巳S
Z
身 0 ・ 0 ・ ・ p -匂 ・ ロ ・ ロ -H叶 -U M V ・g
・2
・ω
ご 開 . ‘ 君"
v
r
z
E
E
2
・ 君5
0
回 目 白g
z
Z
H
昆 吋g
m
E
z
z
o
F
g
g
a
E
Z
B
ω
仲 間0
5
同S
F
守 主8
。
v p
岡 田 可a
s
E
S
P
- ぷz
e
a
ロ 骨O
泣g
B
M
︼ 足 。 ( 同0
2
0
口円開z
a
o
m
g
H
・Z
B
O
R
a
-g
o
g
a
U
B
σ
2
3
・5 ω
∞
w
f
r
M
M
-S
ω
a
m
u
U
S
E
・o
・-0
3
3
・h p
z t
。 ・ 回 ・ 。-z
・ kv ロ ぴ 回 目 │ 問 ・N d
﹃O
間 関2
F
同o o
r Z
4 2
m
宮 山 岳 民 間 関 宮 内 凶2 2
O H
M S
E o
o v
R E
M
-ロE
O
R
w
v
p
s
m M
・
E
-m w
j M
M U
ω H
J
怠U 4
H H
O H
P Z
g m
w
件目。S H
m w
ロ 血g
B
M
︾M H B
仲 間4 0
F M
H d
﹃O (
S m
g
・
3
・ ロ NJ30 2 杉山直治郎先生は本条ならびに類似の外国立法をすでに歴史的比較法的に明治八年太政官布告第一O
三号裁判事務心得と 関連的に研究されているハ﹁明治八年布告第百三号裁判事務心得と私法源﹂法源と解釈一貰以下、同法学協会雑誌四九巻九 ー一二号五 O 巻 一 号 ﹀ 3 -フ γ ベ l ルは比較法を、比較法制史(。。B M
M m
g
仲 間S
F
宮 岡 田 町 神O H
1 5
と比較立法・記述的比較法(のO
B
M
E
g
仲 間4
0
F
"
z
s
・
2
8
8
a
ロg
R
H
E
4
0
9
B
宮g
巴g
z
g
に分け(の己g z
a ω
o o
-0
・L
・3
、︿共通立法﹀(骨舎のO
B
B
S
Z
関 町 富 山 同 ﹀ の樹立を唱え、サレイユ(後出﹀の︿人類共通立法V
2
8
詳gB
目 ロn
a
o
V
5
5
巳芯﹀とv d
y
イ・ユルマy
Q
L
Z
M
ア ロ ロB
g
)
の ︿ ご O 世紀の世界法﹀(号。出目。ロ虫色白民同岡。
B
o
m
広巳⑦とともに、その普遍主義的傾向は有名であり、フラ γ ス の 比 較 法 を 特 徴 , つ け る ( 冨 ・ K 戸R o
-戸
M
w
g
m
a
g
s
ロ ロE
2
8
ロω
件 。 含g
z
a
o
a
ュ
58B
ゆP E
a
-4 0
骨8
3
日82aB
己
a o
同 岡 山O
B
o
a
E
0
・
5
m
p
v
4 ラ l ベルは比較法を人種法学(
g
v
m
a
a
r
m
-E
ュ
82
含 ロg
)
歴 史 比 較 ( 同 百 円 。 吋 由 。 色 。 。B M M
M W
ユ
85
および体系的解釈 的比較法(∞3
8
B
M
W
仲 間 ? ロ 諸 国 主 貯 のO B
M M
m g
江S
F
M
g
)
に 分 け る ( の ロ 神 宮 同 日 仏 関0
・ 。 ・ 唱 。 ・w H
y h
p u
。 ・N H
h a
民 民 間 盲 目 ︼O
ロ ロa
z
。 件 当 。 ロa
f
w
a
仲 臥R
同R
Z
2
2
m
z
r
r
・ ロ ロω =
同 色E M
E n
M M
O N
O
山 神 宮 何 回 己 目 ・S N
P H
v
・ 当 日 同 色 ロω H
O E
-の
O B
M
百 円 丘 四4 0
F m
a
喝M
W
白 色 。 。 ロ 出W
H
O
同F M w d
﹃ω
山 口 のR B
M H
H H
J
のE O
M H
伺O F
m w
d
﹃ 同0 4 M
0 4
﹃4 0
回 同 匂 ・8 N
)
。
付法の解釈は、いうまでもなく、言語的表現の形式をとって存在する法律の、 一般的抽象的な法律規範の意味を、 客観的に認識する精神作用である。とりわけ一定の具体的に現実の生活に生起する事実に、 一定の法律規範を、あて はめ法的価値判断をなす、いわゆる法の適法のためには、その法律規範の意味が明確にされなければならない。解釈 が悉意l
主観的に堕すれば、法なき状態と同じであり、法はその機能をうしなう。法の存在は、その解釈の客観的で あることを必然的に合意する。客観的であるためには、組織 l 体系的でなければならない。そこで法の解釈の方法は 実際的にも学問的にも重要な基本問題となる。法典、法律と現実の生活との聞はギヤヲプのないーすくないすなわち 立法者の予想の限界のなかに、現実の社会的経済的発展の状態がとどまっている限り、法律はその立法者の意思とそ の言語的表現によってもつそれ自体の意思を一体l
一致的にもっている。ここでは法律の解釈(の目的)が立法者の 法の解釈方法としての比較法 五 九東 洋 法 学 ノ 、 、
。
意思であるか法律の意思の探求であるかの問題はなく(それらは交換可能なるものであり、前者の場合は、懇意的主 観的とし、後者が・客観的とされているが)、それでも解釈の方法、基準がなんであるか問題であり、やがて法律と現 実の生活の聞にギャ γ プが生じはじめ、法律、﹁規範が充分あるいは充分明白に表白されていない﹂ようになり、さら に法律、規範の綜合体が﹁所与の問題について、なんら表白﹂していなくなると、矢張、依然として、いや、さらに ますます法の解釈の方法がなんであるかが問題である。いや、問題になる。というのは、その解釈の問題は、さきの 解釈の問題とは一寸異ってくる。どちらかといえば、さきの問題は法律と現実とにギャてフのないi
すくない場合に 対するものであり、あとの問題は、そのようなギャヲプがあるが、法の欠陥にまでならない場合になるものである。 そして、さらに法の欠陥の補充の方法がなんであるか問題になってくる。 わが民法の制定│施行前において条理の法として、さらにわが民法に参照された︿ 1 ﹀ フ ラ Y ス法学のあるいた法学 の 方 法 の 跡 を 一 一 顧 す れ ば 、 HW フ ラ Y スにおいては、民法典を中心とする法律学の示した曲線は、下イ w ノのそれよりはるかに単純であった。ま ずフラ Y スでは、法典絶対視にはじまる註釈学派(開。。宮内F
H
J
W
伊m g
o )
が支配的となり、前世紀のなかば頃に最盛 期をむかえたが、社会的必要官公g
弘 広 ω。 円
v s - )
は次第に、この註釈学派の方法の原理の緩和l
抱 棄 を 促 し 、 ザ っ し 、 に、これにかわる社会的方法でありl
サレイユやジエニーによって確立された科学学派2
8
F
ω
a
g
E
5
5
)
を も とめ、これが支配的なものとなった︿ 2 ﹀ O サ レ イ ユ は 、法制史・羅馬法・歴史学派思想より縦に法律進化論におよび、比較法的理想法により横に連衡して世界法観をなし その二つを合して﹁進化内容の普遍法﹂即ち新理想法論をとく︿
3
1
比較法は、自然法の可変な内容を決定し、人類 の共通法を抽出し、共通法は法の解釈や法の欠陥に対して客観的指示を与えるとし︿ 4 ) 、比較法的乃至比較方法を法 律学の方法として主張する。この社会的方法である科学学派の方法が、はじめから比較法的乃至比較方法への契機を 含んでいたところに、その特徴があったとすることができる。ジ エ
一 一
1 は、方法論として、 ︽科学的自由探求︾を提唱する。 ︽科学的自由探求︾とは自然法、衝平乃至︿実存す る事物自然の所与﹀すなわち歴史的・経済的・社会的環境に、潜在する法原則の探索であり、 ︿自由探求﹀とは、こ れらの準則によりながら、恰も立法者がなすであろうように、すでに存在する形式法源以外から法規範を発見するこ とである︿ 5 ・ 6 ﹀ O わが国における法律学の方法のあゆみを、 にわかに、ここに明らかにすることができないが、 明治維新となるや、わが国は、世界文化の吸収に努め、法律の方面では、自由民主主義に拠って立う近代国 l 家 │ の 要 求 ・ に 適 合 す る フ ラ Y ス民法典は、封建制度を廃し、自由平等民権思想を容れ近代国家の形を備える維新政府や当 時の社会情勢にも適合し、わが司法及び立法に、大いに影響を及ぼした。明治初年からわが民法が制定されるまで、 フ ラ Y ス法が立法的に参照されたり、実際上条理として裁判上行われていた。そして、下イツ民法第一草案(一八八 七年) と同じくその第二草案(一八九五年) に 倣 い 、 いわゆる下イツ法が継受されたわが民法が制定│実施される と 一般にその頃より盛んに輸入された下イツ文化・下イツ語の普及ということにもよるが、下イ W/ 民法が近代精神 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 六東 洋 法 学 _,_ /'¥ を採入れた成文法であり、旦その成立が日本民法とほぼ同時であり、ずイツの論理分析方法による解釈が、わが法典 註釈に専念を要する時代の要求を充すため直接に即座に利用された。しかしフラ Y ス法は民法典において、全く参照 されなかったのではなく!実質的には、ある部分において、下イツ法と同程度参照された、 つまりフラ Y ス法は、そ の限りにおいて実質的に継受された。 とすれば、すくなくともその限度において、 フ ラ Y ス法の研究はさかんになるべきであったが││ フ ラ Y ス法はさきにいったようにーすでに註釈学の第一の段階を終り、判例其他一般法理学理論の時代にあり時需 に適しなかったためであろうか、下イツ法の研究には
l
はるかに!及ばなかった。ところがわが社会経済情勢の発達 と変化により、第一段階の註釈学の時代を脱し、下イ w ノが│今世紀さいしょの│世界法的な規模の法戦争の敗北によ りその-般文化の影響力の減退したため、判例を重視し、現実の生活を通じて活きた法を見出し、規定│規範│の不 備欠陥を是正しようとするフランス法学が、再び好参考として尊重されるにいたった。しかし勿論、ドイツ法学の解 釈方法の変化や精綴な学風はl
たえずl
わが法学を啓発してきたi
ことは否めない│、とりわけナチス、ドイツ立法 や学説は l 次の世界的な規模の戦争を中心としての│わが国家主義的乃至統制主義的傾向の強い時代においては、立 法上あるいは解釈上、参考に資することがすくなく、また、英米法の研究も大いに興り、その判例法理は、わが民法 の発展に大いに寄与している︿ 7vo とされている。これによれば、明治初年からわが民法典の制定 1 実施されるまでの間はそのようにいえる程度でな いかもしれないが、条理の法としての、 フランス法への註釈的方法の洗礼をうけたことは想像に難くなく、民法典が制定
l
実施されてからは、まずドイツ法の論理分析方法による解釈方法、すなわち註釈的方法が採用されついで、今 世紀さいしょの世界的な規模の戦争の終る頃から、社会的方法│比較法乃至比較方法が興りはじめたといえないであ ろうか。というのは、とりわけ、わが民法に対して母法でなく。 当時判例を重視し現実の生活を通じて生きた法を見出し、規定の不備欠陥を是正しようとし、ーしかも│学説が判 例を系統づけ、綜合して実際生活に即し活きた法を見出さんとし︿ 8 ﹀、判例は学説によって導かれ、判例と学説が協 働 し ( 9 ﹀、比較法学派の活躍がますますさかんであったお)フランス法学がここに再び参考 1 尊 重 さ れ た か ら で あ り、また判例によっていわば活きていたフランス法の参考 i 尊重は、判例法理による英米法の研究を誘発しないはず はなく、比較法的乃至比較方法への方向は、より決定的であったと考えられるからである。 同日さきに紹介しなかったが、ツワゲィルトは、重要と思われることは、法の解釈と欠陥・補充の方法を、従来とじ こめられてきた国内的範域をこえて拡張するか否かの問題である。これを強いるあたらしい現象は、 ︽ますます狭小 になりつつある世界︾という言葉にある。これは、地球の距離を技術的に、問題なく克服し、財貨や人聞が相互に接 近し、より自由に交換的関係に入ること、そして国内的にとじこめられていた空間の自足的制約が無味になることを 意味している。とする。人文、社会とりわけ自然科学の肢行的発達は、社会的経済的発展を促しあるいはこれによっ て刺戟され、人間関係は、ますます国境をこえ緊密化し、財貨の交流を国際的に頻繁!大量化する傾向は否定するこ とはできない。世界はこうした︽ますます狭小になりつ﹀ある︾現実を前にしても、とりわけ大陸法系の裁判官は実 定主義にことさら忠実でなくっても、法律が、なんらかの意味において、法律の解釈や欠陥の補充について、従来と 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 勧L・ ノ¥東 洋 法 学 ノ¥ 四 じこめられてきた国内的範囲をこえて、外国法との比較、比較的乃至比較方法をとることを許していないかぎり現実 においてこれら方法に訴えることをちゅうちょする。ツワイゲルトはまず、その根拠を、 スイス民法第一条の立法的 原則が今日では大陸の法律学の共通財産であるという点に求めているようであるが。 わが国においては、本条に相当するものは明治八年布告第一
O
三号裁判官事務心得第一条とりわけ第三条である。 第一条は、各裁判所は:::疑難あるを以って裁判を中止して、上等なる裁判所に伺出することを得ずとし、第三条は 民事の裁判に成文なきは慣習により慣習なきものは条理を推考すべしとする(
5
0
勿論本布告は、 スイス民法第一条 のように、わが﹁園内法律秩序の精神においての法律の欠陥の補充のみ﹂を予定していたであろうが、とりわけわが 社会│経済的発達と変化により第一段階の註解学の時代を終り、 フランス法学が観られるようになり、社会的方法│ ー比較法的乃至比較方法が興りはじめた頃から、 ﹁充分あるいは充分明白に表白されていない﹂解釈を含みかっそう した園内範域をこえて拡張される方法、 つまり比較法的乃至比較方法の根拠として考えられなければならなかった。 そして、とりわけ今日の︽狭小になりつ、ある世界︾という現実的傾向やわが法律学の方法の画いた曲線の傾向から 今日本布告第一条とりわけ第三条は、比較法的方法乃至比較方法の施用の実定的根拠としての意味をもっているとす ることは過言ではあるまい。わが裁判官は、 スイス民法第一条のような立法的裁判規範をもたないから、ツワイゲル トのいうような方向において、比較法的乃至比較方法を施用することはできないかもしれないが、彼は、特に比較法 的乃至比較方法による法律の解釈(
l
適用)にあたって本布告第一条とりわけ第三条によって比較法的乃至比較方法 の対象となった外国の立法を、娘法においてその母法の経験や理論が﹁直接に即座に利用され﹂あるいは、参考にされるように、その比較│参考の限度において利用│参考し、必要ならば、その立法にあたり比較 l 参考された母法的 外国法との関係においてのいわば姉妹的関係に立つ同じような外国法を比較 l 参考する方向を選ぶであろう
2
v
o
同開法律規定に対する尊重は、抽象的な法的安全をことさら重視する者に左祖するまでもなく、当然のことである。 比較法的批判は、法律規定の解釈に対しては、その法律規定の可能な限度において、影響するが、法律を改廃するに は、それは立法によってのみなされ、比較法的批判は、それを促し、 一定の方向を明確に教示する。 法律には世界的通用のあるつまり、比較法的乃至比較方法になじむ分野、資料が存在するが、それは相対的なーもの であり。人類の無限の可能性とりわけ︽狭小になりつつある世界︾の現実的傾向は、国家的又は、民族的な特自性の 比較的濃厚な比較法的乃至比較法になじまないとされている分野、資料を、積極的に解放することは必歪であると考 えられる。しかしこうした現実的要求をはなれ、純理的な記述のための比較法においては、そうしたなじむなじまな いの区別は全く問題ではない。 比較法の対象を同じような文明程度と近似する、同一法系の外国の法秩序に限定することは不正確であり︿5
、制 限的である。というのは、文明程度と立法状態(立法・法文化程度)は、かならずしも一致しておらず、文明の遅れ ている闘でも、程度の高い立法をもっていることもありへ巳、比較法は、世界に異なった数多くの法制宏司a o
B ω
え
F M w d F m 可ω
g
g
g
号
母
。
昨
)
があることから発し│間接的にせよある程度 l 法の抵触の原因の除却に関係するもので あるからである︿50
比較法がまず各種の法系(﹃包Z
3
Z
S
H
ω
3
5
5
0
]
日
広
5
5
H
M
N
R
Z
g
3
R
B
)
の重要な法 秩序を対象とするのは、作業経済上の技術的理由による。 法 の 解 釈 方 法 と し て の 比 較 法 六 五東 洋 法 ,>'-'. ザー 六 六 比較法的乃至比較方法の施用において、安易に多数の国々の法の経験や理論によって、すなわち多数決的原理によ って問題を解決しようという例にすくなからず遭遇するが、多数決原理は、それのみで妥当し、相対的でなく絶対的 でなければならない正義には不適当なものである。 法律の同じような言語的表現でも、その属する分野によって、概念のことなることはすくなくない口それは、各法 律分野が固有の規整する対象、法律的現象をもち、その本然的性質によって、はじめてその概念、内容が自律的に決 定されるからである。とりわけ、世界が狭小になりつつあり、人間関係が国境をこえて、緊密になり、人わけても物 の交流が国際的に瀕繁 l 大量化する今日の現実的傾向は、各分野の概念を、同じような固有の対象をもっ外国法の比 較研究によって、強い、これを通じてその自国法の致富は導かれなければならないであろう。比較法的乃至比較方法 による近代の立法の方法を含めてであるが、とくに外国法を継受した娘法においては、まずその母法秩序の理論や経 験によって、必要ならば、その母法との関係においていわば姉妹的関係の同じような外国法の理論や経験などから、 その自国法の概念の致富がなされることは考えられる。しかしその致富はその構造上の基礎的結合と無関係になされ るものであろうか、その構造上の基礎的な結合は、はじめからその概念の致富を決定する要素をなしていないのでな か ろ う か 。 註 谷口知平、仏蘭西法
ω
一 九l
二O
頁 2 福井勇二郎﹁一九世紀に於ける仏国民法学の発達﹂仏蘭西法諸想一Ol
二頁、野田良之﹁註釈学派と自由法﹂法哲学講座 第 三 巻 一 九 九 頁 以 下 。 1杉山直治郎﹁サレイユ・カピタ γ ・ ジ エ ユ l ﹂前掲三一六頁。 西賢﹁フラ γ スにおける比較法の発展﹂法学論叢第六二巻第二号抜刷七二頁。 福 井 前 掲 九 二 頁 。 6 サ V イユとジエ-一ーについては、杉山前掲=二五頁以下三三四頁以下、福井前掲八頁以下、野田﹁現代自然法﹂前掲講座 第五巻(下﹀一六回頁以下。 7 谷 口 前 掲 一 八 頁 以 下 。 8 同右二二頁。 9 同 右 一 八 頁 o
m
西 前 掲 七 一 頁 参 照 。 口杉山前掲六頁参照同一頁以下。なお本条はほとんど実際には用いられなかったようであり、その理由は、山田晶敬 授によれば、解釈という作業の性質、不完全な法を完全なものにしようという笑践的立場にあるとされている。ハ﹁ドイ ヲ法的考え方と法学のあり方﹂比較法研究第一六号八頁。 ロわが国において、特自性のつよい立法がなされたとしても、概して一般的にはその基盤は独法的であり、例外的には仏乃 至英米的法であり、それは所詮それらの法の影響はまぬがれていないであろうから、それ自体に比較法的乃至比較方法がそ の解釈(│適用)ついて、考えられるであろうし、また特定の外国法を参照した立法は、まずその特定の外国法に対して同 様 で あ ろ う 。 日 司 ・ ﹀ 口 回 目 白 山 o p 回 ・ 2 0 5 0 0 仲 富 ・ 司 o F 0 ・ 0 ・ M M ・S
・M
g
・
目 。 己 件 。 片 山 内 凶 閃 0・
0 ・ も ・ ・ 匂 -A F H U A W 切参照本稿ニの伺ハ五三頁) 3 4 5 法の解釈方、法としての比較法 J、
七東 洋 ヰ 山 学
_
,
_
ノ、、 八 紙巾の制限は、いよいよ稿をむすびへと近づけることを強いるが、それに到るには、なお述べなければならないこ とばかりである D そこで、飛躍を否定することができないが、むすびにかえて、 つぎのような絞述をもって、稿を終 る こ と に す る 。 こうしてとりわけ、 法律と現実のギヤヲプあるいは比較法的乃至比較方法による立法と ︽狭小になりつつある世 界︾という現実的傾向は、上級裁判所の裁判官のみならず、下級裁判所の裁判官をも、比較法的折衷学派に改宗させ 比較法的乃至比較方法を法律の解釈や欠陥の補充に施用させ、他の法曹をも、彼等と同じ方向に向わしめるに違いな い。そしてますます理論と現実とが比較法的に協働する傾向をつくるであろう。比較法に対する非実務という非難は もはや当たらないものとなっている。 紙巾の制限ははじめから筆者を苦しめた、筆者の筆のゆえに、リノワイゲルトの所論をあやまり伝えないようにと考えたので、 竜頭蛇尾的な不手際なものになり、かっ参照した文献も出来るだけ割愛したことをお詫びする。 なお脱稿から下制がでるまでの聞に(マックス・プラソク﹀外国法および国際私法研究所より贈られた同 M W Z Z N ・にヲワイ ゲルトの同0 0
伊 242 包 O W H H O ロ 色 目 阿 見 官 。r
o
ω
N
ロ 旨m
E
m
-m
S
四m
g
冨o v
ロ 印 刷 W H 1 2 4 司 。 吋σ (
N ω
・(
g
u
∞ しH ω
・同問・じとりm
g
ω
S
H
E
a a .
司0 3
3 ω
島σ o
g m
w r
s o
( N
ω
ハg
m
∞ しω
A
F
ω
-E
ω
白・じがみられ、これをさいしょの註倒に加えることにする。 又引用したヲワィグルトの所論の若干の部分は必ずしもその順序にしたがわなかった。// グ 四 // // 二二 //
-一 -一 一一 一 一一 一 一 一 八 一 ん 何極ぞら 御垂問・ 十四月日 何 御 四 ぞ 垂 月 極 問 ・ 十 ら 四・ ん 日 Lー //