社会的市場経済の原像
― ドイツ経済政策の思想的源流―
I は じ め に ドイツは社会的市場経済の国である。社会的市場経済は ドイツ語で “S o t t a l e M a r k t w i r t s c h a f t " とい うのであるが,こ の語は もともと ドイッの新 自由主義 者 ミュラ‐アルマ ック (A.Muller―A r m a c k ) に よって1946年には じめて使用 さ 1 ) れた ものである。 ミュラーアルマ ックは第 2次 大戦後の西 ドイツにおける経済 政策の従 うべ き指導像 (Leitbild)の意味 を込 めて この コンセプ トを提唱 したの であるが,そ の後 この語 は(西)ドイツ政府の実際の経済政策 を,さ らには(西) 3 ) ドイツ経済その ものをさす ようにもなった。 西 ドイツで社会的市場経済の経済政策が開始 されたのは1948年6月 20日の通 貨改革か らである。新 自由主義者エアハル ト(L.Erhard)がその陣頭指揮 にあ たった。エ アハル トは通貨改革 を皮切 りに物価 ・賃金統制の廃止や物資害Jり当 て制の廃止 など一連の経済 自由化 を矢継 ぎ早 に断行 してそれまでの統制経済 を 短期 間の うちにス クラップ し,た だちに社会的市場経済の建設 に乗 り出 した。 「革命 的変化」ヤrev。l u t i o n a r e r w a n d e l ) と呼ぶ にふ さわ しい劇 的な体制転換 であった。 それか らち ょうど半世紀が経 った。その間保守のキリス ト教民主同盟 (CDU) と革新 の社会民主党 (SPD)が交互 に政権 を担当 して きたが,両 政権 とも社会的 市場経済の旗印 を降ろす ことはなかった。社会的市場経済 を標梯 した経済政策 1 ) ミ ュラーアルマ ック自ら 「1 9 4 6 年に命名 した」と述べ ている。M d l l e r ―A r m a c k [ 2 1 ] p . 2 5 7 2 ) C l a p h a I I I [ 3 ] S . 7 4 , V a n b e r g [ 3 2 ] p . 1 7 , W a t r i n [ 3 3 ] p , 4 0 5 3 ) C a s s e l [ 2 ] S . 5 , H e n t s c h e l [ 1 1 ] S . 2 5 , K l o t e n [ 1 4 ] S . 7 , S o l t w e d e l [ 2 9 ] S . 1 1 , 4 3 4 ) M b l l e r [ 1 8 ] S , 3 6 6 浩 微 田 福2 彦 根論叢 第 320号 が一貫 して展 開 されて きた ことになるが,今 日に至 るまでそれは三つの局面 (Phase)を通過 し,今 は第 4の 局面 にある。通貨改革か ら1950年代末 までの経 済復興 ・高度成長の第 1局 面,1960年 代 か ら1982年までの社会保障に軸足 を置 いた第 2局 面,1983年 か ら1980年代末 までの小 さな政府 をめざした第 3局 面, そ して1990年10月の ドイツ統一後の第 4局 面である。 社会的市場経済の歴史の中で最大の事件は何 といって もドイッ統一であろう。 議会制民主主義 と社会的市場経済の国 ドイツ連邦共和国 と,一 党独裁 と管理社 会主義の国 ドイツ民主共和国がそれこそ一夜 にして統一 を実現 したか らである。 統一作業 は ドイツ連邦共和 国主導で行 われ,そ の基本法 (Grundgesetz)が統一 ドイツの基本法 (つまり憲法)と して採用 された。 ド イッ連邦共和 国が統一 ドイ ツの国名 とな り,1990年 10月3日 に ドイツ民主共和国は世界地図か ら消えた。 ドイツ統一の作業は経済面からスター トした。経済体制の面で東西 ドイツを 統一 しようとする努力が続けられた結果,1990年 5月 18日に両 ドイツ政府間で
「通貨 ・経済 ・社会同盟創設条約」lVettrag iiber die Schamng dner wttmgs,
Wirtschatts―und Sozialunlon)が締結 された。同条約は同年 7月 1日に発効 し,
両 ドイツの経済統合が急 ピッチで進行 した。 両 ドイツ政府はどのような形での経済統合に合意 したのであろうか。結論を 言 うと,東 ドイツに西 ドイツの社会的市場経済を移植することによって両国経 済の統一を図るというものであった。すなわち 「通貨 ・経済 ・社会同盟創設条 約」の前文で 「ドイツ民主共和国に……いっそうの経済的および社会的発展の 基礎 として社会的市場経済を導入する」5)ことが謳われたのである。このことは 取 りも直さず,東 ドイツに40年にわたって存続 したソ連型管理社会主義をスク ラップするということを意味 した。 「通貨 ・経済 ・社会同盟創設条約」の第 1条 は,通 貨同盟,経 済同盟および 社会同盟の原則 を定めている告すなわち第 1条 の第 2項 で両 ドイツに共通の通 貨として西 ドイツの ドイツマルクを採用すること,お よび西 ドイツの連邦銀行 S t e r n [ 3 1 ] S . 7 9 Stern[31]S.79-80
が通貨 ・発 券業務 を担 当す る こ と, 第 3 項 で両 ドイツに共通 の経済体制 は社会 的市場経 済 であ る こ と, 第 4 項 で両 ドイツに適用 され るの は社会 的市場経 済 に 応 じた労働法,貢 献原則 と社会的バランスの原則に応 じた社会保障制度である こと,が 規定された。 社会的市場経済の文言が 「通貨 ・経済 ・社会同盟創設条約」に明記されたこ との意義は大 きい。国家条約の形で社会的市場経済が公式に認知されたからで ある。西 ドイツ時代の基本法には社会的市場経済の文言や規定がなかっただけ になおさらである。社会的市場経済は ドイツ統一を機にようや く法的に市民権 を得たのである。 「通貨 ・経済 ・社会同盟創設条約」の発効によって,国 家統一に先立ち,東 ドイツ経済の西 ドイツ化が開始された。つまり東 ドイツの管理社会主義のスク ラップが本格化 した。この意味で 「エアハル トはマルクスに勝った。『マルク ス ・エ ングルス全集』はエアハル トの書いた 『万人の福祉』にとって代わられ 7 ) た」 といえよう。 社会的市場経済は統一後の ドイツにおける公式の経済体制 になっただけでは ない。1 9 9 0 年代 に入 ると相次いで資本主義への移行 を開始 したポス ト社会主義 諸 国における体制転換の指針 ともなった。中で も中欧諸国は社会的市場経済の や り方 を,全 面的にではないに して も,導 入 しようとして きた。 ドイツの社会的市場経済は, しか し,今 や深刻な状況にある。低効率 シン ド ロームに悩 まされていた東 ドイツをい きな り抱 え込んで しまった結果である。 労働生産性 お よび一人あた り平均実質賃金が西 ドイツの 1/3,国 民総生産額 が西 ドイツのお よそ 1/10の経済力 しかなかった東 ドイツを吸収 し,そ の体制 転換 を急進的に行 ったのである。 このため国家財政支出が急増 し,国 民の租税 負担 も増加 した。民間経済の活力の減退,国 際競争力の低下,低 成長,失 業の 増加 も顕著 になった。 この ような難局 を打 開するには どうすればよいか。 ド ィッの経済学界 に突 き つけ られた重い課題であるが,最 近 目につ くのは社会的市場経済の再生 を説 く 7)Haselbach[9]S.9
根論叢 第 320号 新 自由主義サイ ドの主張である。社会的市場経済の本来の理念 ・体制像 ・政策 構想 に立 ち返 って ドイツ経済のシステム改造 を行 うべ きであるとい う意見であ る。グローバ リゼエシ ョンや EUの 通貨 。経済統合 などの ドイツ経済 を取 り巻 く環境変化の中で社会的市場経済の再生は可能か,そ の戦略は有効か。 これが 筆者の考 えてみたいテーマである。 とはいえこのテーマに筆者な りの答 えを出 す には時間がかか りそ うである。社会的市場経済の理論 と現実 を多面的に考察
した上でないと
答えを出せないと
思うからであると数年のパースペクテイブを
もって考 えてみたい。 その手初めに本稿では社会的市場経済の名づけ親である ミュラーアルマ ック の説 を取 り上げてみ よう。 ミュラーアルマ ックは社会的市場経済に戦後 ドイツ の復興 を託 した。かれにとって社会的市場経済は理想像であ り, ドイツ経済改 造のガイ ドライ ンとなるべ きものであった。 E ミ ュラーアル マ ックの経歴アル フ レー ト ・ミュ ラー アルマ ック (Alfred Muller―Armack,1901-1978)はわが 国 の経 済学界 で はほ とん ど無名 に近 い存在 であ る。現代 の ドイツ経 済 に関心 を もつ ご く一部 の研 究者 に知 られてい る程度 であ ろ う。紹介 をかねてかれの経歴 と学 問業績 を簡単 にスケ ッチ してお こ ず告 ミュラーアルマ ックは1901年に ドイツのエ ッセ ンで生 まれ,プ ロテスタン ト 信仰 の厚 い中産階級の家庭で幼少年期 を送 つた。長 じてギーセ ンタフライブル ク, ミュンス ターお よびケル ンの各大学で経済学 を学び,1934年 にケル ン大学 の員外助教授 ,1939年 に ミュンス ター大学の助教授 ,1940年 に同大学の正教授 に就任 した。 この間の主要 な学問業績 には 『資本主義の発展法則』 (1932年), F新帝 国 にお け る国家 理念 と経 済秩 序 』 (1933年),『 経 済様 式 の系 譜 学 』 8)筆 者 は別の機会 に ドイツ新 自由主義 と社会的市場経済の関係 を論 じたことがある。福 田 [5]を参照 されたい。 9)こ こで はHaselbach[9]S.46-61,117-153に多 くを負 ってい る。 なお,ミュラーアルマ ッ ク説お よび社会的市場経済 に関す る邦語の文献 は限 られてはいるが,力 作や秀作 に恵 まれ ている。比較的最近の ものには鉢野 [8],石田 [13],丸谷 [17],長屋 [23],野尻 [24]がある。
(1940年)がある。『資本主義の発展法則』 はシエラー (M.Scheller)の哲学的人間 学 をベ ース に してゾ ンバ ル ト(W.Sombart)お よび ウエーバー(M.Weber)の資 本主義研究 を発展 させ た ものである。 また この書物では,資 本主義の もとで暴 走 して きた市場経済 を強い国民国家 によってコン トロールすることが主張され, イ タリアの フアシズムがそ う した国民国家 の範型 として擁護 されてい る。『新 帝 国における国家理念 と経済秩序』 は哲学的人間学の立場か らファシズムを正 当化 しようとした ものである。『経済様式 の系譜学』 は宗教社会学の角度か ら 資本主義の歴史的個性 を浮 き彫 りに しようとした ものである。社会・経済 ・国 家の変化お よび発展 は宗教 的世界観の関数である とい う宗教決定論の見地か ら 資本主義 とプロテス タンテ イズムの関係が問われた。 ウェーバーの 『プロテス タンテ イズムの倫理 と資本主義の精神』の延長線上 にある説 といえる。 ミュラーアルマ ックはナチズムの時代 に一時期政府の東方植民行政に携 わっ たこともあるが,徐 々にナチズムか ら距離 をお き,や がてファシズムを捨て自 由主義 の方へ転向す るようになつた。 この ような思想的転向について ミュラー アルマ ックは多 くを語 っていないがすフライブルク大学 を拠点 に して反ナチズ ム活動 を展 開 していたオイケ ン(W.Eucken)のグループとの出会いがひとつの 転機 になったのではないか と思 われる。 ミュラーアルマ ック自身の言葉 を引け ばこうである。「戦時中に私 はワル ター ・オイケ ンの グループか ら競争原則の 1 0 ) 再生 をめ ざす考 えを受容 した」。 第 2次 大戦後の ミュラーアルマ ックは新 自由主義者 として学界に再デビユー す る。1947年に 『経済統制 と市場経済』 を世 に問い,社 会的市場経済のヴイジ ヨ ンを提示 した。1948年と1949年には 『神 な き世紀』 と 『現代 の診断』力ざ出版 さ れた。いずれ もプロテス タン ト信仰の筆致で書かれた近代批判の書である。 こ れ らの中で ミュラーアルマ ックは,近 代 ヨーロ ッパは世俗化 (つまり宗教解体)の 時代 であ り,そ うした時代 の申 し子 としてナチズムが登場 し,精 神世界は荒廃 した, という診断を下 した。そ してナチズムが崩壊 した1945年以後の時代 にヨー ロ ッパ社会の安定 とキ リス ト教的精神生活の復活の願いを託 した。この ような lo)Muller― Armack[20]S.10
根論叢 第 320号 願 い と社会的市場経済は無縁ではない。つ ま り,社 会的市場経済はいわば精神 生活活性化のための手段 として考 え出 されたのである。 社会的市場経済の旗手 になってか らの ミュラーアルマ ックは, しばらくケル ン大学 に籍 はお きは した ものの,実 践者の道 を歩み始めた。1947年に西 ドイツ の経済改革 を指揮 したエアハル トの顧間にな り,1952年 には経済相 になったエ アハル トの要請で連邦経済省 に入 り局長 を経 たあ と1958年にヨーロッパ統合担 当の次官 に就任 した。その間エアハル トともども社会的市場経済の経済政策 を 推進 し,西 ドイツの経済復興 とヨーロッパ統合 に尽力 した。官を辞 したのは1963 年である。 ミュラーアルマ ックによればこの年 「フランスがイギ リスの (EEC) 加盟 について拒否権 を行使 した時に職 を退いた」告退官後の1963年11月にケル ン大学 にもどり後進の育成 にあたった。 ミュラーアルマ ックのグループはケル ン学派 (K61ner Schule)と呼ばれ│ ドイッ新 自由主義の一翼 を担 った。 ミュラーアルマ ックの社会的市場経済論 はこの ような実践の中か ら生み出さ れた ものである。いわば知 と行の反復運動の産物であった。 といって も, ミュ ラーアルマ ックに思索 を集大成 した体系書があるわけではない。時論 または政 論 の形 をとった論文が数多 く存在するだけであるが,さ いわいなことにそれ ら を取捨選択 して編 んだ書物 が1966年に出版 された。『経済秩序 と経済政策』 ∽ 句scあり祐ο勉 %物切9切 物】 陀 γけScんて汐spοιづけづん)である。 この書では1948年か ら1965年の間に書かれた論説が16編ほ ど時系列的に配列 されてお り, ミュラー アルマ ックの思想形成過程が理解で きるようになっている(1947年の 「経済統制と 市場経済』も収録されている)。以下ではこの書 を中心 に して ミュラーアルマ ック の社会的市場経済論 を見てい くことに したい。 回 社 会的市場経済の秩序像 社会的市場経済は もともと第 2次 大戦で壊減的打撃 を受けた ドイツ経済の再 果のために提 出 された コンセプ トであった。つ まり, ミュラーアルマ ックはは 1 1 ) M u l l e r ―A r m a c k [ 2 0 ] S . 4 5 9 , ( ) 内は筆者の挿入. 1 2 ) H a y e k , e t a l . [ 1 0 ] S . 盟ヽア
じめ か ら政策実践 を意識 して この コンセ プ トを構想 したのであ る。その内容 を 一 言 でい えば秩序構想 (Ordnungskonzeption)とい うこ とになる。秩 序構想 と いっても簡単に捉えられるような平板なものではなく,か なり複雑な,い わば 立体的な体裁をとった構想である。その世界を筆者なりに解釈 し整理 して描 き 出 してみよう。 1.当 為 としての秩序 社会的市場経済は当為 としての秩序である。めざすべ き理想 としての秩序で ある。 ミュラーアルマ ックは次のように述べている。「社会的市場経済 とは何 か。それはまず,こ れまでの歴史現実において実現 されたことのない市場経済 1 3 )
秩序の可能性である」。
社会的市場経済はめざすべき市場経済であるが,そ れはレッセ ・フェールの
自由市場経済ではない。「
社会的に形成 された市場経済」
)(sozial gestaltete
Marktwirtschaft),「
意識的にコントロールされた, しかも社会的にコントロー
1 5 )ル された市場経済」 (bewusst gesteuerte,und zwar sozial gesteuerte
Marktwirtscha■)である。市場経済の前に社会的という形容詞が冠せ られたゆ えんである。 2.既 存経済秩序批判 「社会的に形成され,社 会的にコン トロールされた」 とは何 を意味するのだ ろうか。それを理解するには,回 り道ではあるが,歴 史に登場 した経済秩序に 対するミュラーアルマ ックの批判を見ておかねばならない。ひとつは19世紀の 自由市場経済,も うひとつはナチズムの統制経済に対する批判である。 近代市民革命の中から生まれた自由市場経済は国家から個人を解放 し,経 済 生活における個人の自由を実現 した。自由の実現 という限 りでは自由市場経済 の果た した役割は計 り知れないほど大 きい。ところがその反面で深刻な社会問 題 を発生 させた。景気変動に伴 う失業 ・貧困 ・貧富格差などである。加えて自 由市場経済は世俗化 (Sakularisierung)を加速 し,19世 紀は神 なき世紀になっ 13)MdllerArmack[20]S。234 14)Muller― Armack[20]S,145 15)Muller― Armack[20]S,109
た。経 済支配 ,物 質優位 の時代 とな り,精 神 生活 は貧 困化 した。マル クス (K. Marx)流 にい えば人 間疎外 の深刻化 であ る。 ミュラーアルマ ックは この ような 自己喪 失 ・他 者依存 の精神状 況 を ドイ ッの新 自由主義者 レプケ (W.R6pke)に 倣 って 「プロ レタ リア化」 (Pr01etansierung)と呼 んだ告 物心両面での社会問題 を招来 したのは何 か。 ミュラーアルマ ックはその究極 の原因を経済の 自立化 に求めた。 自由市場経済の制度化 によって社会 。国家 ・ 宗教 の中に包み込 まれていた経済が解放 され,一 人歩 きを始めた結果だ と考 え た。 社会問題 の深刻化 に対 して国家は手 をこまぬいていたわけではない。19世紀 も半ばを過 ぎると西欧諸国の政府は再 び経済へ介入 し始めた。政策の中心 をな したのは労働条件の改善 ・各種社会保険の制定 ・生活保護 などの労働者救済政 策 と景気政策であった。 この当時の干渉は通常,干 渉主義 (Intettentionismus) と呼ばれるが,そ れは事後的 ・局所的な性質 をもっていた。問題が発生 したあ とに問題が生 じた ところに限定 して施策 を講 じるや り方である。 ミュラーアルマ ックは,干 渉主義は統一的かつ体系的な政策構想 を欠いてい ただけにかえって事態 を深刻 に した,と 見た。中で も場当た り的な国家干渉は 自由市場経済の もっていた個人の 自由の保証 と政治的紛争の中性化 とい う利点 を否定す る方向に動いて きた。「自由市場経済の失敗の原因はそれ 自体の うち にあるのではな く,前 世紀以来の干渉主義 によって被 ったその歪みの うちにあ 1 8 ) る」。 ドイツのナチズムはこの ような流れの中で登場 した。国民社会主義 ドイツ労 働者党 (NSDAP)政 府がめざした経済運営の方向は経済統制 (Wirtschaftslenkung) であった。経済 を国家へ従属 させ ることによって社会問題の解決 を図ろうとし たのである。 ミュラーアルマ ックはこの経済統制 を経済への集権的国家干渉 と 捉 え,厳 しく批判 した。NSDAP政 府が場当た り的に行 った価格凍結お よび賃 金凍結の政策は市場経済の機能麻痺 を招 き,つ いには国家 による資源の全面割 1 6 ) R b p k e [ 2 6 ] S . 2 9 - 3 0 17)Muller Armack[20]S.25 18)Muller― Armack[20]S,22
り当て を余儀 な くした。経済統 制 は干 渉主義 の行 きつ いた最終 に して究極 の形 態 で あ った。そ の結 果,経 済生活 にお ける個 人の 自由が抑圧 され,物 心両面 で 国家 へ の隷従 が強 い られ た, とい うのが ミュ ラー アルマ ックの診 断であ った。 3.ふ たつの価値 理想 は現実批判の中か ら生 まれる。理想 はいつ も現実 を超 えたところにある。 社会的市場経済 も例外 でない。つ ま り, ミュラーアルマ ックは現実批判の中か ら教訓 を読み とって社会的市場経済 を設計 したのである。設計 にさい して ミュ ラーアルマ ックが基礎 においたのはキ リス ト教の人間観であった告人間を人格 として捉 え, 自由 (解放と自律と自己責任がセットになった自由)と人格の尊厳 を重要 視する考 えである。 この ような考 えがあればこそ ミュラーアルマ ックは,社 会 的市場経済の哲学的背景は市場 メカニズム信仰 にす ぎない という批判 に対 して, 2 0 ) 社会的市場経済は 「宗教 的ルーツ」 をもち, したがって 「神学的 ・哲学的信念 2 1 ) に発するシステム」であることを強調 しえたのである。 ミュラーアルマックは自由の価値に合致する経済システムとして市場経済を 選択 した。個人の自由を最大限に実現する経済システムは市場経済のほかにな いというのがその理由であった。逆にいえば市場経済は 「人間の自由に役立ち, …われわれに強制や搾取からの自由の感情を与えてくれる手段 ・手続き ・方法 2 2 ) である」。 社会的市場経済の土台 にあたる価値が もうひ とつある。社会的安全 (so力ale SiCheFheit)であ る。 この価値 も宗教 的信念か らきている と思 われるが,そ れ 以上 にこれは ミュラーアルマ ックの市場経済観 に発 していると解 される。かれ は,上 に述べ た19世紀お よび20世紀前半の市場経済秩序の検討 を踏 まえて市場 経済 (つまり市場価格メカニズム)には社会問題 を解決する能力はない と見た。 ここ か ら人び との生活 を脅かす失業や貧困や環境破壊 などは社会的に解決せ ざるを えない とい う命題が出て くる。社会的市場経済の 「社会的」 にはこのような社 1 9 ) G r O s s e r [ 6 ] S . 1 1 20)MullerArmack[21]p。 258 21)Mは 1ler―Armack[21]p.259 22)Mdller― Armack[20]S.192
会 的解 決 とい う意味 が込 め られてい る。 社会的安全にはもうひとつ重要な意味が込められている。市場経済を社会的 に制御するという意味である。1 9 世紀に社会 ・国家 ・宗教の制約から解放され た市場経済は行 き過 ぎた競争によって物心両面でのプロレタリア化を招いた。 秤 冊 濫 &i)・魚 !ぱ 件貸 獣&撤 重 1認 t祐 旨客ど含:群 分かった。その暴走を封 じるにはもう一度社会的に囲い込む必要がある,と い うのが ミュラーアルマ ックの到達 した結論であった。 上述の 「社会的に形成 され,社 会的にコントロールされた」の意味は,つ ま り 「社会的」の意味はこれで明らかになった。市場経済そのものを社会的に制 御することと,社 会問題 を社会的に解決するということである。「社会的」は, ヴァンベルク(V.Vanberg)の言 うように,一 方で 「より広い社会制度的秩序ヘ の市場経済の包摂」にかかわ り,他 方で 「市場プロセスの結果」にかかわると いうこともできる。 自由と安全,こ れが社会的市場経済を支える二つの主要な価値である。ミュ ラーアルマックはしばしば 「社会的安全 と経済的自由の結合」)とか 「自由主義 秩序 と社会的安全の真の結合」)とかの言葉を使っているが,こ れらは価値の面 から見た社会的市場経済の定義である。 ミュラーアルマ ックはまた,社 会的公
正 (soziale Gerechtigkeit)や社会的バランス (sOzialer Ausgldch)の価値的ター
ムを使 って社会的市場経済を定義 している。「自由と社会的公正の真の結合」) ,「市場での自由の原則 と社会的バランスの原則の結合」)といった具合である が,こ れらは市場プロセスの結果を意識 した定義である。市場競争の結果とし て出て くる所得格差などの問題の解決を念頭においた定義である。 23)Muller― Armack[20]S.115 24)Mdller― Armack[20]S.235 25)Vanberg[32]p.22 26)Muller― Armack[20]S.236 27)Mdller― Armack[20]S.233 28)Muller― Armack[20]S。 242 29)Mは 1ler―Armack[20]S.243
4.調 和 的秩序
以上か ら分かるように,社 会的市場経済は社会 と経済が交差する世界である。 よ り正確 にいえば経済が社会 によって囲い込 まれている世界である。 ミュラー
アル マ ックが社 会 的市場 経 済 を 「社 会経 済秩 序 」30(geSellschaftliche und
wirtschaftliche Ordnung,social and economic order)と呼ぶゆえんである。 社会的市場経済は, しか し,う ちに緊張 を字 んだ秩序である。社会的安全 と 自由はいつ も両立す るとは限 らないか らである。 どの ように両者のバ ランスを
とるか。両者 を 「新 しい実践的な調和へ もた らす」キこはどぅしたらよいか。そ
の解決のために ミュラーアルマ ックが持 ち出 したコンセプ トが二つある。補完 性 (Subsidiatttat)と市場整合性 (Marktkonformitat)である告
補 完性 はカ トリック社会論 (Katholische So夕altheorie)に出来す る コ ンセ プ トである。国家や社会 は個人の 自己実現 をサポー トすべ きであるとい う考え である。つ ま り,社 会生活では個 々人の 自律 ・自助が原則であるが,個 人の手 に余 る問題 については国家や共同体 などが手助 けすべ きであるとい う教 えであ る。ス ローガンふ うにいえば 「可能な限 りの自助,必 要な限 りの公助」 という ことになろう。 市場整合性 は レプケの造語である告 これは国家の市場経済への干渉の原則 を 意味す る。つ ま り,国 家は市場価格 メカニズムを阻害 しない ように,市 場での 自由を制限 しない ように干渉すべ きであるとい う考 えである。 のちに見 るように,補 完性 と市場整合性 は経済政策お よび社会政策の原則で ある。 補完性 と市場整合性 を採 る と自由 と安全 (社会的公正や社会的バ ランス を含 む)は調和す る。少 な くとも敵対 的対立はな くなる。 自由が安全 に優先 し,自 由が安全 によって補完 されることになるか らである。土台の価値の間に深刻 な 対立 はないか ら社会的市場経済は調和の とれた もの となる一― とい うふ うに考 30)Muller―Armack[20]S.295,Muller― Armack[21]o.256 31)Muller―Armack[21]p.261 32)こ の点 についてはCassel[2]S.12,Lenel[16]S.31に ヒン トを得 た。 33)Pbpke[26]S.258ff,297ff,Rbpke[27]S.78,350,393
えられている。ミュラーアルマックはこのような意味を込めて社会的市場経済
を「
調和的
秩序」ヤ
irenische Ordnung,irenical order)と
呼んだ。
5 . 開 放的秩序 社会的市場経済は閉 じたス タテ ィックな秩序ではない。特定の価値 を上台 に して構成 される完結 した静的秩序ではない。む しろ 「価値 を含むが価値 を固定 3 5 ) しない」開かれたダイナミックな秩序である。つまり,未 来に開かれた秩序で あ り,将 来登場する社会的価値を取 り込んだ り,ま た将来の社会的要請に応え た りしうる柔軟性を備えたものである。 このようにミュラーアルマックは特定の原理から究極のユー トピアを設計 し ようとする原理主義を退けたのであるが, といって無原則的なプラグマティズ ムを容認 したというわけではない。「社会的市場経済は安易なプラグマティッ 3 6 ) クな処方箋であってはならない」のである。 社会的市場経済は 「一回限 りの実験ではない」告社会的市場経済は一度限 り の政策実践で完成するような ものではない。 ミュラーアルマ ックは,「人々が 自由 に,か つ社会 的 に安全 に生活 で きる」) ような 「人間的秩序」) ( h u m a n e O r d n u n g ) を実現す るには将来 にわたって市場経済 を社会的に修正 した り,改 良 した り,補 強 した りすることが必要である,と 説いた。そこにあるのは比較 級の考 えであ り,漸 進的な発想である。ユー トピァをた とえば革命 によって一 挙 に実現 しようとする急進主義の考 えは ミュラーアルマ ックにはない。 IV 社 会 的市場経済の政策体系 次 に社会的市場経済の政策体系 を見てお こう。社会的市場経済は秩序像であ る と同時 に政策体系 であ る。政策体系 に関す る ミュラーアルマ ックの叙述は 一 秩序像に関する叙述と同様に―一体系的ではない。事項 によっては断片的です 34)Mdller― Armack[21]p.261 35)Mdller― Armack[21]p.260 36)Mdller Armack[21]p.273 37)Muller― Armack[20]S.261 38)Mは llerArmack[20]S.238 39)Mdller― Armack[20]S.227
らある。政策体系の全貌 を明 らかにするには検討者の方で多 くの箇所 に散在 し ている叙述 を収集 し,そ れ らを論理的に再構成 してみる必要がある。以下,筆 者 な りの整理基準 をおいてそ うした作業 を試みてみることに しよう。 1.第 3の 干渉方式 まず国家の経済への干渉方式,つ ま り経済政策の方式か ら見てお こう。 この 4 0 )
点についてミュラーアルマックは 「
第3 の経済政策方式」や 「
第3 の完結した
4 1 ) 経済政策方式」 とい うタームを使 っている。第 3 の 経済政策方式は社会的市場 経済 を特徴づ ける ものであるが,そ の含意は レッセ ・フェールで もな く,ナ チ ズムの経済統制 (Wirtschaislenkung)でもない新 しい干渉方式 とい うところに ある。 この ような主張の背後 には過去の干渉方式は失敗 したという認識がある。 つ ま り,自 由放任は社会問題 を多発 させた し,経 済統制は市場 と統制 を場当た り的に混ぜ合 わせ たために自由を抑圧 した, とい う診断である。 第 3 の 経済政策方式 は レッセ フェール と違 って国家の経済への干渉 を認める ものである。 この限 りでは経済統制 と同様 である。ただ し,干 渉の方式 は決定 的 に異 なる。経済統制の場合 には統一的な秩序構想 な しに, したがって無原則 的 に干渉が行 われたのに対 し,第 3の 経済政策方式の場合 には統一的な 「全体 4 2 ) 的秩序 イデー」 をベースに し,市 場整合性の原則 に従 って干渉が行 われる。全 体的秩序 イデー とは前述 した社会的市場経済の秩序像の ことである。 市場整合性 は市場価格 メカニズムを円滑 に作動 させ るような干渉である。具 体 的には どの ような ものか。 ミュラーアルマ ックの言 うところを解釈す る と, い わ ば市場 価 格 メ カニズ ムの イ ンフ ラス トラクチ ヤー にあ た る経 済秩 序 ( W i r t s c h a f t s o r d n u n g ) の形成 を目的 とした干渉である。具体的には市場参入 ・ 退出の 自由,市 場競争,市 場取引の 自由などに関するゲームのルールの制定が 考 え られている。独 占禁止法がその代表例である。 ミュラーアルマ ックはこの 4 3 ) ようなルールから成る経済秩序を競争秩序 (Wettbewerbsordnung)と呼んだ。 40)MullerArmack[20]S.109 41)Mdller― Armack[20]S.110 42)Muller― Armack[20]S.236 43)Mdller― Armack[20]S.197社会的市場経済における国家の役割は経済政策に尽 きるのではない。「社会 的」に象徴 されるように,国 家は経済のほか社会に☆寸しても積極的に干渉する。 つまり,国 民に自由で安全な生活を保証しうるような社会秩序lGesellschaftsOrdnung) の形成をめざした社会政策 (Gesellschattspol北ik)も国家の任務 となる。その社 会政策 も経済政策 と同様に市場整合性の原則に従 う。つまり,国 家は市場経済 を補完するような形で社会へ干渉 しなければならない。 2.統 合者 としての社会政策 社会的市場経済の政策体系において中心を占めるのは社会政策lGesellschaftspolitik) である。社会政策はいわば社会的市場経済の統合者 としての役回りを演 じてい るといってよい。以下, ミュラーアルマックの数多 くの論文のあちこちに散在 している叙述を筆者なりに繋 ぎ合わせてかれの主張する社会政策の個性を浮か び上がらせてみよう。 社会政策の目的は自由と安全を同時に保証 しうる社会秩序の形成である。 し かるに社会政策の課題は二つに大別される。自由の実現 と安全の保証である。 ① 自由の実現 社会政 窮P基 本任務のひとつは勢力中立的秩序 (machtneutrale Ordnung)の 形成である。すべての社会勢力を解放するが,同 時に社会諸勢力のパワーを相 互に中立化 し安定化せ しめうる秩序の制度化である。そのためにはスター ト条 件やゲームのルールが定められなければならない。 ミュラーアルマックが特に 重視するのはスター ト条件である。個々人に真のチャンスを平等に与える社会 学 塊Fタ ー ト条件であると勢力中立的秩序の形成は 「自由にもとづ く人間的秩
序」 (eine humane,auf Freiheit beruhende Ordnung)の制度化にとって欠 く ことのできない前提である。 ②安全の保証 社会的安全 をめざした社会政策は内容的に二つに区別 される。市場経済の社 会的制御 と社会的バ ランス (sO夕a l e r A u s g l e i c h ) の実現である。 Muller―Armack[20]S.227 Muller―Armack[20]S.227
( a ) 市場経 済 の社 会 的制御 市場 経 済 は放任 す る と暴 走 して社 会 問題 を発 生 させ , 挙 句 に 自由 を制 限 した り抑 圧 した りす る傾 向があ る。市場経済 の暴走 を抑 えるにはそれ を 「全体 の生 4 6 ) 活様式」 (ganzheitlicher Lebensstil)へ組み込 まなければな らない。つ ま り, 市場経済 を国家,社 会,技 術,法 律の中に囲い込む と同時にこれ らの領域の間 に内的調和 をもた らす ことが必要 となる。 市場経済はまた,野 放 しにすると,人 間疎外の ような精神世界のプロレタリ ア化 を招 く傾向がある。プロレタリア化の防止のためにも市場経済 を全体の生 活様式の中に囲い込 む必要がある。 lb)社会的バ ランスの実現 市場経済は万能の全 自動機械 ではない。市場 プロセスの所産 として所得格差 や貧富の差や失業 などが生み出 される。国民 に安全 な生活 を保証するにはこの ような社会的アンバ ランスを解決 しなければならない。 3.社 会政策のカタログ 次 に社会政策の具体 的内容 を見 てお こう。 といって もミュラーアルマ ックの 叙述の中に体系的なカタログが用意 されているわけではない。数多 くの論文の あちこちで事例が示 されているだけである。 しか もその説明は散文的であ り, 事例 の数 も論文 ごとに違 っている。以下のカタログは筆者 な りに ミュラーアル マ ックの考 えを論理的に敷行 してまとめた ものである。A∼ Cの 見出 しは社会 政策の 目的を, abcは 社会政策の手段 を示 している。 A.自 由の実現 a.平 等 なス ター ト条件の制定 4 7 ) 具体例 と しては財産形成政策が挙 げ られてい る。勤労者 の財産形成 ( た とえば土地 ・住宅取得の促進)に よって有産者 とのス ター ト時点での差 を緩 和 しようとす る政策である。 b . 自 立の促進 46)MullerArmack[20]S.227 47)Muller― Armack[20]S,306
具体 例 と して 中間層 ( 自営,中 刀ヽ企業者など)の 自立支援 政策 が挙 げ られ て 4 8 ) い る 。 B . 経 済の社会的制御 a . 市 場経済の生活様式への囲い込み これに直接かかわる具体例 は挙げ られていないが,関 係すると思われる のは環境政策 (Umweltpolldk)である。 これは個人 を取 り巻 く環境全体 の改善 を内容 とする ものであ り,具 体的には人的資本の育成 (教育政策), 防災,保 健衛生の改善,社 会環境の整備,都 市政策,エ ネルギー政策が 4 9 ) 考 え られている。 5 0 ) b . 脱 プ ロ レタ リア化 (Entproletarisierung) 脱 プロ レタ リア化 の 目的 は精神 生活 の安定 であ る。その具体 的手段 は共 同決走 ,利潤参加 お よび田園都 市政策であ る告共 同決定 と利潤参加 は企業 従 業 員 の疎外感 や従属感 を解消 しようとす る ものであ る。 田園都市政策 は都市住民 をた とえば産業 の分散化 に よって田園地帯へ移住 せ しめ,土 との触 れ合 い を回復 す る ことで精神面の安定 を図ろ うとす る政策である。 C . 社 会 的バ ラ ンスの実現 5 2 ) a . 国 家財政 による所得再分配政策 b . 失 業対策 完全雇用 をめ ざした景気政策がその具体例である告 c . 生 活の安定化 イ ンフレーシ ョン対策 としての所得政策や通貨安定政策,国 民生活の安 定化 のための最低賃金 ・扶養手当 ・公共住宅 ・各種 の社会保障などの施 5 4 ) 策が考 えられている。 48)Muller― Armack[19]S.152,MullerArmack[20]S.276-277 49)Muller― Armack[20]S.275,279,280,281,283 50)Mdller― Armack[19]S.153,MullerArmack[20]S.198
51)Muller Armack[19]S.153,Muller― Armack[20]S.198,228,240,306-307 52)Mdller― Armack[20]S。 257
53)Muller― Armack[20]S.240,247,279,MullerArmack[21]p.270 54)Muller一 Armack[19]S.152,MullerArmack[20]S.240,278,306-307
V オ イケンとミュラーアルマック
ドイツの新 自由主義 には二つのグループがある。フライブルク学派 (Freiburg― ёr Schule)と社会学的新 自由主義 (Sozlologischer Neoliberahsmus)である。
フライブルク学派はNSDAPが 政権 を取 った1933年にフライブルク大学で結成 された。オイケ ンと私法学者のベーム (F.B6hm)が この派の代表である。本稿 で取 り上げた ミュラーアルマ ックは社会学的新 自由主義 に属する。 この派 には ほかにレプケや リュス トウ(A.Rustow)がいる。 両 グループは基本 の主張 (人格の自由 ・市場経済 ・私有の擁護,反全体主義 ・反国家 主義)の点では共通す るが,研 究関心 の面では異 なる。 フライブルク学派が経 済秩序 に関す る経済学的研究 にウェイ トを置いたのに対 し,社 会学的新 自由主 義 は経済のほかにそれを取 り巻 く社会環境 に関心 を寄せ,社 会 ・国家 ・法 ・宗 教 ・倫理 な どの研究 に も力 を注いだ。経済社会学的ス タンスが この派の特徴で ある。 ミュラーアルマ ックは自説 を展 開するにさい してオイケ ンをかな り意識 して いる。オイケ ンか ら出発 した といって もよい。つ ま り,オ イケ ン説 を受け入れ なが らこれを超えるという態度 をとっている。オイケン説 と対比 させると, ミュ ラーアルマ ック説の別の面が見 えて くる。 オイケ ンは理想の経済秩序 として競争秩序 を提唱 した。競争秩序 は 「人間 と 事物 の本質に合致 した秩序」ネ ある。人間の本質である人格的 自由 と事物の本 質である稀少性 の克服 を同時 に実現 しうる経済秩序である。 ミュラーアルマ ッ クはオイケ ンの競争秩序 を受け継いでいるが,両 者の間には違い もある。オイ ケ ンは自由 と効率 とい う角度か ら競争秩序 を提唱 したのに対 し, ミュラーアル マ ックの場合 には効率の視点が後景 に退 き,ほ とんど自由のみの観点か ら競争 5 5 ) 社 会学的新 自由主義 は レプケ 自らが命名 した ものである。R 6 p k e [ 2 7 ] S . 5 1 . フライブル ク学派 と社会学的新 自由主義の分類 についてはC a s s e l [ 2 ] S . 4 , S t a r b a t t y [ 2 8 ] S . 6 7 を参照 し た。 なお, ヴルフ( M . W u l l f ) は前者 を個 人主義 的新 自由主義 , 後者 を宗教的新 自由主義 と名 づ けている。Gutmann[7]S.55 56)Eucken[4]S.372,邦 Fttp.504
18 彦 根論叢 第 320号 秩 序 が 擁 護 され て い る。 ミュラーアルマ ックは次の ように述べ ている。「経済政策の形成手段 として もっぱ ら競争秩序のみ を強調する向 きがあるが,わ た しはかねてよりそ うした 考 えはあ ま りに も狭す ぎると感 じ,こ れを超 えて市場整合的な社会政策的施策 システムを意識的に追究 して きた」告 オイケンを超えるという宣言である。こ の点 に関 して二点ほど指摘 してお きたい。ひとつは両者の方法論 についてであ り, もうひとつは両者の秩序像 についてである。 オ イケ ンの方法論 は,ハ チス ン(T.W.Hutchison)に従 えば 「ス ミス的方 5 8 ) 法」である。経済問題 にアプローチす るさいに固有 に経済的な事象 を考察対象 に し,非 経済的 ファクター を与件 として外置す る方法である。 この限 りでは 「リカー ド的方法」)と同 じで あ る。 ただ し,オ イケ ンは与件 (欲求,自然,技 術,社 会的組織,伝 統,慣 習,法律など)を切 り捨 てたのではな く,経 済 に関連づ け て与件 をも考察す るとい うス タンスをとっている。その代表例が 「諸秩序相互
依存」 (Interdependenz der Ordnungen)である。市場経済は民主政治 とのみ,
中央管理経済は専制政治 とのみ両立 しうるというワンセ ットの考えである。 ミュ ラーアルマ ックの方法論 はオイケ ンほど明確ではないが,経 済 と他の生活領域 を一体的に捉 えようとしていることは確かである。好意的に解釈すれば歴史学 派の方法論 に通 じる総合的方法 といえるであろう。総合的方法 を採 ったために 広 く社会学的 ファクターを取 りこめたのであるが,そ の反面で曖味 さや未完結 性 とい う代償 を支払 わざるをえなかったのである。 この ような方法論の違いは両者の秩序像 に反映 されている。オイケンの競争 秩序 もミュラーアルマ ックの社会的市場経済 もめ ざすべ き秩序であるが,理 想 の程度でいえば競争秩序の方が より理想的である。オイケ ンが 自由と効率 とい う明確 な価値 をベースに して経済 に限定 した秩序像 を設計 したか らである。 こ れに対 し社会的市場経済は政策実践 を意識 して自由のほか安全 という間回の広 Muller―Armack[20]S。 10 Hutchison[12]p.162 Hutchison[12]p.163
社会的市場経済の原像 19 い価値 をベースにしたために,ま た社会学的要素を数多 く取 り込んだために全 体 として理想性が薄れる結果になっている。
ついでに言つておけば,バ リー(N.P.Barry)はこのように理想 を掲げる ドイ
6 0 )
ツ新 自由主義 を 「最終状態の自由主義」 (end一state hberalism)と呼んだ。オ
イケンはより原理主義的で理想主義的であ り, ミュラーアルマ ックはよリプラ グマテイックで政策志向的といえよう。 オイケンもミュラーアルマ ックも干渉主義からナチズムに至る激動の時代 を 生 きた。両人ともそうした体験の中から市場経済は野放 しにすると暴走 し,そ れを場当た り的に統制すると全面統制経済に至 らざるをえないという教訓を得 た。市場経済を有効に制御するにはどうすればよいか。オイケンと同僚のベー 6 1 ) ムは市場経済の法的囲い込み(rechtliche Einhegung)を主張 した。これに対 し, ミュラーアルマックは上述のように社会政策による市場経済の制御 を提案 した のである。 Ⅵ お わりに 社会的市場経済に対する今 日の ドイツ経済学界の評価は分かれている。一方 には肯定的な評価がある。たとえばヴュンシェ(H.F.Wunsche)は,「社会的市 場経済は ドイツでは再生 されようとし,東 欧では模倣 されようとし,他 の地域 では輸入 されようとしている」)と述べ,社 会的市場経済の健在ぶ りをアピール している。 他方にはネガテイブな評価がある。社会的市場経済は閉塞状況に陥つたとい う評価である。このような見方をする論者は閉塞状況の打開を主張する。その 方向は二つある。未来志向と原点復帰である。未来志向派は社会的市場経済の 時代は終わつたと考え,こ のコンセプ トに代えてたとえば 「エコロジー的市場
経済」ヤOkologiSche Marktwirtschaft)や「環境 。社会的市場経済」ヤOko_s。夕ale
60)Barry[1]p.lll
6 1 ) H a s e l b a c h [ 9 ] S , 1 7 8 62)ヽVunsche[34]S。 133
63)Kosiowski[15]S,5,Muller― Armack[22]S.2 64)Pies[25]S.122
20 彦 根論叢 第 320号 Marktwirtscha■)を提案 している。原点復帰派は社会的市場経済の原点 に立 ち 返 って,そ の再生 を図 るべ きだ と主張す る。た とえばゾル トヴェーデル (R. Soltwedel)は,「可能 な限 りの市場 ,必 要な限 りの規制」 とい う本来の理念 に 立 ち返 って,私 有化 ,規制緩和 ・補助金削減 ・行財政改革などを行い,社 会的 市場経済の復活 を図るべ きだ,と 述べていると 本稿 は原点復帰派の戦略は有効か とい う問題意識か ら筆者な りに原点遡及 を 試みた ものである。 ミュラーアルマ ックの社会的市場経済は 「社会的」 にウェ イ トが置かれたコンセプ トである。社会政策重視の コンセプ トである。社会政 策へ の傾斜 は市場経済の機能 を損 なわなかっただろうかと市場経済 を防衛する のは市場整合性の原則 と補完性の原則であった。 これ らだけで十分であっただ ろ うか。次の機会 に考 えてみたい。 社会的市場経済のデザイナーは ミュラーアルマ ックだけではない。社会学的 新 自由主義派の レプケや リュス トウ,フ ライブルク学派のオイケ ンやベーム, さらに両派の中間に位置するエアハル トも社会的市場経済の父 と言われている。 原点遡及 とい うか らにはかれ らの説 にも目を通す必要があろう。時間をかけて 検討 してみることに しよう。 引用文献および参照文献
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