体制転換の政治経済学
コルナイ説をめぐって一
福 田 敏 浩 1.はじめに ヨーロッパの社会主義諸国の1990年代は,ドラマティックな体制転換ととも に始まった。東欧革命,ソ連の解体,ユーゴスラヴィアの分裂などによってこ の地域の地図はすっかり塗り替えられ,新しい国家が次々に登場した。これに 伴い少なくとも表面上は政治面で西欧型民主主義が,経済面で資本主義(または 市場経済)が指向されるようになった。ことに中欧諸国(東ドイツ,ポーランド, チェコスロヴァキア,ハンガリー)では政治・経済両面での体制転換が急ピッチで 1) 展開され始めた。 このような急テンポの体制転換は多くの経済学者の関心を惹き,すでにこの テーマに関しておびただしい数の著作が刊行されてきている。筆者の知りえた 限りでは,それらは,旧ソ連・中欧・東欧諸国における体制転換政策に関する 国別・地域別の実証的研究,体制転換の方向の確定および予測,体制転換をも たらした原因分析,の三つに分類することができる。これらの研究はそれなり の意義を持つものではあるが,経済体制研究に従事する者はこれらのレベルの 研究で満足してはならない。これらの研究を踏まえてより高次の体制転換の理 論の形成へと歩を進めるべきである。 ところが,高速で変化しつつある現在進行中の事態を対象にして一群の規則 性を発見し,それらをもとに体制転換の理論を構築するのは容易でない。シュ トライスラー(E.W. Streissler)は,社会主義から資本主義への転換にかかわる 「転換の経済学」(economics of transition)はまだ登場していないこと,その確 1)中欧諸国における体制転換については福田〔10〕を参照されたい。226 岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 立のためには従来の経済理論や経済体制論とは異なる新しいパラダイムの形成 2) が急務であることを指摘している。カンツェンバッハ(EKantzenbach)も,体 制転換に関する議論は直観的な仮説形成の段階にあり,まだグローバルな「体 制転換の理論」(Theorie der Systemtransformation)の形成を見るには至ってい 3) ないと述べている。かれらの指摘はもっともではあるが,新しいパラダイムを ベースにした体制転換の一般理論の定立を今の時点で要求するのは無理だとも 言える。社会主義諸国での体制転換が予想を越える猛スピードで進行してきた からである。 もとより,体制転換の理論形成への試みが皆無だと言うのではない。そうし た意図をもって体制転換の実証研究に従事している論者は少なくないし,また, 4) すでに,かなりまとまった説を提出している論者もいる。その中で出色のもの はコルナイ(J.Kornai)の説である。コルナイは最近, The Socialist System:The Political Economy(of Communism(Princeton 1992)という紙数672ページにも及 ぶ力作を世に問うた。本書はコルナイのライフワークの集成と言ってよく,社 会主義の登場から崩壊までを視野に収めつつ,その史的展開を実に手際よく整 理し,不足シンドローム(shortage syndrome)を軸にして社会主義の欠陥を下 り出し,崩壊への誘因を確定し,最後に社会主義から資本主義への転換を論じ ている。本書は,間違いなく,数多ある社会主義論の中で最高ランクに位置す る良書である。 以下,体制転換の理論形成への足がかりを得るという問題意識をもって,コ ルナイのこの書を中心にしてかれの体制転換に関する説を検討してみることに しよう。 2) Streissler (30) p.74. 3) Kantzenbach (15) S.120. 4)筆者もそうした問題意識をもって近年の中欧・東欧の体制転換の研究に従事してきた。 この点については次の文献を参照されたい。福田〔5〕,福田〔6〕,福田〔7〕,福田〔8〕, 福田〔9〕,福田〔10〕。
II.コルナイの学説形成史 コルナイの体制問題へのアプローチの方法は,驚くほどオーソドックスであ る。筆者の目からすれば,それはドイツ語圏で広く採られてきた形態論的アプ ローチに属する。由来,ドイツ語圏の形態論的経済体制論は,経済体制の構成 諸要素の分析,構成諸要素間の連関分析,経済体制の定型化および比較の基準 5) の設定などに本領を発揮してきた。コルナイ説にもこれらの論点が含まれてい るが,その最新の説については次位で見ることにして,まず最初にそこに至る までのかれの学説形成の跡を振り返っておこう。 コルナイは早くからソ連型経済の研究に従事し,そこでの不足の再生産のメ カニズムや均衡状態などを理論的に究明する一方,ソ連合経済の体制特質の解 明にも精力を傾けてきた。そのさい注意が払われたのは,国家と企業との関係 であった。国家(省)と企業とのパターナリズムを軸にした官僚的調整方式こ 6> そがソ連型経済の体制特質である,というのがコルナイの解答であった。 コルナイの関心は1968年以降に市場社会主義の道を目指したハンガリーにも 向けられた。同年以降のハンガリーでは市場経済を導入して,官僚的調整につ きものの低経済効率を改善することが試みられた。しかし,実際には思惑通り の成果は得られず,依然としてパターナリズムとそれからくる企業予算のソフ ト化は解消されないままに資源配分は官僚機構によって間接的に行われており, 語の本来の意味での市場社会主義は実現されなかった,というのがコルナイの 7) 到達した結論であった。 以上のようにコルナイの関心は長らく社会主義に向けられていたのだが,や がて資本主義にも拡大され,徐々に比較経済体制論への志向が表に出てくるよ うになった。それを象徴するのが1983年に法政:大学で行った講演のマニュスク リプト℃onvergence Theory and Historical Reality:21 Years after Tinbergen’ 5)ドイツ語圏の形態論的経済体制論については福田〔4〕第1章を参照されたい。 6)コルナイ 〔17〕,Kornai〔18〕pp. 33−52. 7)コルナイ 〔20〕。
228 岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) sArticle”である。これは,1961年にティンバーゲン(J. Tinbergen)の収敏説 が世に問われてから以後の21年の間に事態はティンバーゲンの予言通りに展開 してきたかどうかを,東西の体制動向を踏まえて判定しようとしたものである。 その結論は,社会主義と資本主義はティンバーゲンの言うように第3の体制へ 収束しつつあるのではなく,体制レベルでは両者は並進している,というもの 8) であった。筆者がここで問題にしたいのは,コルナイが東西両体制の動向比較 の基礎に置いた基準である。というのは,この点に経済体制の構成要素に関す る当時のかれの考えが端的に示されているからである。 結論を言うと,コルナイが東西両体制の比較の基準として置いたのは,所有 9) 形態比率,政治権力の集中度,計画化,官僚制対市場,再分配の五つであった。 le) かれによれば,これらは本質的体制特質を表す。つまり,経済体制の基本的構 成要素なのである。コルナイの叙述のうちには何ゆえにこれら五つのものを基 本的構成要素としたかについての説明はないが,ともあれ1983年段階で従来か ら重視されてきた調整方式のほかに所有方式と政治的要素が登場していること には注意を払っておく必要があろう。 コルナイの学説形成において次に画期をなしたのは,1990年に出た論文“The Affinity between Ownership and Coordination”である。この論文の中でコルナ イは,東欧革命に至るまでの東欧諸国一とくにユーゴスラヴィアとハンガリー一 の体制動向を跡付け,所有方式と調整方式との間には「強い結び付き」(strong linkage)と「弱い結び付き」(weak linkage)があることを指摘した。「強い結び 付き」は所有方式と調整方式との間に自然の親和性と高度の凝集性があるばあ いを,「弱い結び付き」とは両者の間の結合が人工的であって親和性に乏しくか 11) つ凝集性の低いばあいを,指している。言い換えると,前者は所有方式と調整 方式とが持続的に両立するばあいであり,後者はそれらが持続的には両立しえ ないばあいである。コルナイによれば,「強い結び付き」の代表的事例は,私有 8)コルナイ〔19〕。この点については福田〔4〕第2章をも参照されたい。 9)コルナイ〔19〕217−232ページ。 10)コルナイ〔19〕215ページ。 11) Kornai (21) p.45.
と市場的調整との組み合わせ(資本主義),および国有と官僚的調整との組み合 わせ(古典的社会主義)であり,「弱い結び付き」の代表的事例は,私有と官僚的 調整との組み合わせ(改革社会主義),国有と市場的調整との組み合わせ(ハンガ リー型市場社会主義)および労働者自主管理と市場的調整との組み合わせ(ユー 12) ゴスラヴィア型市場社会主義)である。 このようにコルナイが所有と調整をいわばワンセットで考察するようになっ た背景には,ハンガリーおよびユーゴスラヴィアにおける市場社会主義の失敗 がある。両国での市場社会主義の実験が失敗したのは,所有方式と調整方式と の組み合わせに無理があったためだ,というのがコルナイの到達した結論であ った。所有と調整のワンセット思考の必要性をこのハンガリーの碩学は痛感し たに違いない。 経済体制の構成諸要素を個々独立に考察するのではなくそれらをワンセット の形で考察すべきだ,というのがコルナイの主張なのだが,経済体制論史を振 り返って見ると,このような主張は実はすでに古くから新自由主義者たちによ って唱えられていたことが知られる。ミーゼス(L.v. Mises)は戦前に市場経済 と私有がなければ合理的な経済計算は不可能と説き,オイケン(W.Eucken)は 所有と調整との間ばかりでなく経済と他の生活諸領域との聞にも密接な相互依 存関係があるという「諸秩序相互依存」(lnterdependenz der Ordnungen)の原則 13) を主張した。コルナイがこのような新自由主義者の説にどれほど通じていたか は不明だが,結果として同様の結論に至ったことは経済体制論史的に見て興味 深い。この点については後にもう一度立ち返ろう。 以上が1992年の著書の刊行までのコルナイにおける体制学説形成過程のあら ましである。見られるように,かれの説は徐々に輪郭を形づくってきていたと はいえ,まだ体系性を備えていたわけではなかった。経済体制論と呼ぶにふさ わしい体裁を取るのは1992年の書物においてである。コルナイを体系化へと駆 り立てたのは1989年の東欧革命であった。共産党独裁の倒壊はコルナイの目に 12) Kornai (21) pp. 44−47. 13)くわしくは福田〔8〕および福田〔9〕を参照されたい。
230 岡部昭二教授退官記念論文集(第279 ・280号) は社会主義の終焉と映った。社会主義は「完結した歴史の1章となってしまつ 14) た」のである。こうした認識がコルナイをして完結した歴史としての社会主義 論の執筆を急がせたのである。立ち入ってみよう。 III.コルナイの体制転換論 由来,社会主義という用語は思想としての社会主義と現実としての社会主義 の二様の意味で使われてきた。コルナイが問題にするのは,後者の意味での社 会主義つまりいわゆる現存社会主義(real・socialism)である。コルナイは,そ うした社会主義の特徴づけにあたって政治的ファクターを強調する。すなわち, 社会主義国とは共産党政権の国であり,「社会主義体制とは共産党によって統治 15) される国々のシステムである」と規定される。そうした定義からすれば社会主 義体制は,ソ連・東欧諸国はもとより世界のその他の地域の共産党政権の国に 実現されたシステムということになる。 ソ連で最初に誕生を見た社会主義体制は第2次大戦後世界中に広まった。コ ルナイはソ連起源の社会主義体制を古典的社会主義(classical socialism)と呼 16) ぶ。古典的社会主義がピークを迎えたのは1977年であり,.その年世界人口の約 17) 32%がこの体制のもとに暮らしていた。このような古典的社会主義はもともと 18) 戦時方式を平時に転用した動員経済(mobilization economy)の性質を持つが, 19) その基本構造は次の三点をもって特徴づけられる。 第1の基本的構成要素は政治である。共産党独裁という全体主義的権力構造 がその特質をなす。 第2の基本的構成要素は所有である。生産手段が国家によって所有される方 式,つまり国家的所有が支配的所有形態である。 14) Kornai (23) pp. 391−392. 15) Kornai (23) p.11. 16) Kornai C23) p, xx. 17) Kornai C23) p,391. 18) Kornai (23) p.!82. 19) Kornai C23) p.98, p. 361.
第3の基本的構成要素は需給の調整である。資源配分が官僚システムによっ て行われる官僚的調整が支配する。 以上の意味でコルナイ説は「政治・所有・調整三元論」だと言える。もっと も従来の社会主義体制論においてもこれらの要素は多くの論者によって取り上 げられ,多角的に分析されてきており,この限りではコルナイ説に目新しいも 20) のがあるとは思えない。しかし,三つの基本的構成要素の間の関連という点に 注目すると,コルナイ説は俄然光彩を放ってくる。立ち入ってみよう。 政治,所有,調整の関連については,もちろん,これまでにもいくつかの説 が唱えられてきたが,経済体制論的に見て重要なのはオーソドックスなマルク ス主義者と新自由主義を代表するオイケンの説である。前者は所有と調整が, つまり経済が,政治を規定すると捉えた。オイケンはこれらの間には相互依存 の関係があると見た。つまりオイケンはこれらの問には互いに他を規定しあう という双方的依存関係があると考えた。私有と市場経済と法治国家の間,集団 所有と中央管理経済と中央集権国家との間にそうした依存関係があるというの 21) がオイケンの結論だった。 これに対してコルナイ説のコルナイ説たるゆえんは因果論にある。つまり政 治が所有を規定し,所有が調整を規定するという因果連鎖(causal・chain)の形 で三者の関連が分析されているのである。全体主義的権力構造が国家的所有を 22) 呼び,国家的所有が官僚的調整を呼んだ,というのである。「政治構造と公式の イデオロギー(マルクス=レーニン主義)が与えられ,国家的所有が支配すると, 23) それらは官僚的コントロールの支配を生み出す」。全体主義的権力構造と国家的 所有と官僚的調整との間には親和性があり,したがって高度の凝集性があるの 24) で古典的社会主義は一貫した安定的システムの性質を帯びる。 20)たとえば,ホルバートもコルナイと全く同様に「政治・所有・調整の三元論」の立場に 立ち,ソ連山社会主義体制の基本構成は政治権力の集中(一党独裁)+国有+行政的計画 の組み合わせから成ると見ている。Horvat〔13〕p. 233, Horvat〔14〕p.188. 21) Eucken (3) S. 106, S. 130, S. 136−138, S. 151, S,332−334. 22) Kornai (23) p. 103, pp. 361−362. 23)KQrnai(23〕p.363.()内は筆者の挿入である。 24) Kornai (23) p,570.
232 岡部昭二教授退官記念論文集(ag 279・280号) 前述のように1990年の論文では国家的所有と官僚的調整の関係は因果関係と いうよりはむしろ相互依存関係の印象が強かったが,1992年の最新書では以上 のように両者に加えて政治が取り入れられ,全体主義的権力構造→国家的所有 →官僚的調整という一方的な因果関係で議論が展開されるようになっている。 古典的社会主義は,中期的には安定していたもののやがて変化に晒されるよ 25) うになった。コルナイはその誘因として次の四つのものを挙げている。第1は 経済的困難の集積である。古典的社会主義は技術的立ち後れ,不足,消費の立 ち後れ,浪費などをもたらした。第2は公衆の不満である。低生活水準,低品 質,製品の選択幅の狭さ,サーヴィス・セクターの立ち後れ,環境破壊などに 対する公衆の不満が高まった。第3は権力者に対する信頼の喪失であり,第4 は外国の情勢の変化である。 これらのためソ連・東欧諸国では古典的社会主義の改革が行われるようにな ったが,コルナイはとくにユーゴスラヴィア,ハンガリー,ポーランドにおけ る市場社会主義型改革に注目する。市場社会主義の基本構造は共産党独裁,公 26) 有および市場的調整の組み合わせから成る。市場社会主義の制度化はユーゴス ラヴィアでは195工年から,ハンガリーでは1968年から,ポーランドでは1981年 から行われたが,どの国の制度化も結局は失敗してしまった。コルナイによれ ば,その究極の原因は両立しえない要素を組み合わせたところにある。つまり, 両立しえない公有と市場を組み合わせたため市場社会主義は内に矛盾を含み, 27) 凝集性を欠いた不安定なシステムとなった。このため上述の諸問題を解決でき なかったばかりか,却って不足の深刻化やインフレーションを招いてしまった のである。 古典的社会主義は行き詰まり,市場社会主義は失敗した。1989年の東欧革命 はこのような状況の中で発生した。コルナイによれば革命とは共産党独裁が崩 28} 壊することである。社会主義体制の根幹を成した共産党独裁が崩壊したのだか 25) Kornai (23) pp.383−386. 26) Kornai C23) p.478. 27) Kornai (23) p.574. 28) Kornai C23) p.388.
らソ連・中欧・東欧諸国の体制はポスト社会主義体制(postsocialist system)へ 29) と転換し始めた。ポスト社会主義体制とは何か。これらの国々はどこに向かっ ているのか。コルナイの解答は資本主義体制(capitalist system)一または資本 30) 主i義的市場経済(capitalist market economy) である。資本主義体制は権力 を独占し続ける政党が存在しないこと,つまり権力の分割性を本質とする。権 力の分割性は私有を呼び,私有は市場を呼ぶ。私有は市場とのみ両立する。し たがって資本主義体制の基本構造は権力の分割性,私有,市場経済の組み合わ せから成る。共産党独裁が崩壊した旧社会主義諸国では,いま,私有化と市場 経済の制度化が進行している。コルナイはこれらの国々での体制転換に関して, 一方でショーティジフレーション(不足とインフレの同時並存)に対するショック 療法的安定化政策を提言し,他方で所有改革については漸進的な私有化案を提 31) 示している。 以上が体制転換に関するコルナイ説の要点である。見られるように,コルナ イは政治を社会主義体制および資本主義体制の究極的規定因と見ている。また, 政治は社会主義体制の転換の動因と見られている。このような見方の背景には, 社会主義体制は共産党独裁の成立をもって始まり,共産党独裁の崩壊をもって 終わったというコルナイの事実認識があるように思われる。これらの意味でコ ルナイ説は政治規定因説と言えよう。 IV.コルナイ説の検討 コルナイ説の特徴のいくつかはすでに指摘した通りだが,経済体制論史を振 り返って見ると,かれの説は過去の学説に通ずるものがある。その類似点を二, 三指摘しておこう。 経済体制の構成諸要素についてワンセット思考の必要性を主張したのは,ミ ーゼスやオイケンらの新自由主義者であり,コルナイ説にもそのような主張が 29) Kornai (23) p. 389. 30) Kornai (23) p. xxv, p. 90, p. 389. 31) Kornai (22) chap.1, 2.
234 岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 見られることについては前述した通りである。ミーゼスは1920年代から1930年 代にかけてのいわゆる経済計算論争の時代にそれを唱え,オイケンはロシアで の社会主義の建設とドイツにおける中央管理経済の建設(1936年一1948年)の観 察をもとにそれを提唱した。コルナイはユーゴスラヴィアとハンガリーにおけ る市場社会主義の制度化の観察からワンセット思考の必要性を主張した。三者 の間には時代や対象や問題意識に違いがあるとはいえ,三者が同様の結論に到 達したことは経済体制論史的に見て興味深い。かれらのワンセット思考に共通 しているのは機能連関の視点である。つまり,構成諸要素間の関係を効率面か ら究明しようとする姿勢であり,経済効率にとって私有と市場の組み合わせが 最適であるというのがその結論であった。筆者の見解もかれらと同様である。 筆者は,社会主義諸国の体制動向を展望する中でワンセット思考の必要性を主 32) 毒したが,最近の社会面i義体制の崩壊を見るにつけミーゼスやオイケンやコル ナイの学説の的確性と有効性を改めて認識せざるをえない。かれらのほかデム ゼッツ(H.Demsetz)やアルキャン(A. A. Alchian)らの所有権学派の論者た ちもワンセット思考の必要性を唱えてきている。最適の所有方式と最適の調整 方式を個々別々に考察し,それらを機械的に組み合わせて最適の経済体制像を 獲得するという理想的経済体制論がいかに不当で不毛であるかは,現存社会主 33) 義の崩壊によって実証されたと言えよう。 ついでに言っておけば,ドイツ経済学の泰斗ゾンバルト(W.・Sombart)も経 済体制の構成諸要素の連関をセットで考察した論者のひとりである。かれが注 目したのは構成論意幽間の意味連関であった。経済体制の構成要素としては精 神,形態および技術が考えられているが,それらの組み合わせが意味ある(sinn− voll)ばあいにのみ,ひとつの意味統一体としての経済体制が成立する。つま り,長期にわたって存続し,ひとつの経済時代を画してきたような意味統一体 だけが経済体制の名に値するのである。ゾンバルトはそのような経済体制とし 34) て自給経済,手工業および資本主義を挙げている。 32)福田〔7〕および福田〔8〕を参照されたい。 33)くわしくは福田〔7〕を参照されたい。 34) Sombart (29) S.20−30.
コルナイによる市場社会主義論も経済体制論的に見て興味深い。ユーゴスラ ヴィア型にせよ,ハンガリー型にせよ,市場社会主義は内に矛盾を含む不安定 なシステムであり,ポスト社会主義体制へ移行せざるをえない過渡期の体制で ある,というのがコルナイの見方であった。このような見方はオイケンの弟子 35) ヘンゼル(KP.・Hensel)とゾンバルトの不安定テーゼ(lnstabilitatsthese)を想 い起こさせる。 ヘンゼルは1960年代から1970年代初頭のソ連・東欧諸国における経済改革を 実証的に検討し,中央管理経済に分権的要素(たとえば企業の自主性)を取り入 れると,両者は両立しえないため中央管理経済は不安定になり,やがては市場 36) 経済へ移行せざるをえない,という結論を導き出した。ヘンゼル説とコルナイ 説は細目の点では異なるが,両立しえない諸要素の組み合わせから成る経済体 制は長期にわたって存続しえず,結局は安定を求めて他の経済体制へ移行せざ るをえない,とする点では共通する。 一方,ゾンバルトによれば,史上実現された経済体制はどれも,時間的に初 期,高調期,後期を通過してきた。初期とは既存の経済体制の中で新しい経済 体制が発生し,成長する時期であり,高調期とはその経済体制の構成諸要素が 意味的に完全に両立する様式純粋期(stilreine Epoche)であり,後期とはその経 37) 済体制が衰退し始め次の新しい経済体制が成長してくる時期である。初期と後 38) 期は新旧両経済体制が重なり合う様式混合期(stilgemischte Epoche)である。 様式混合期には意味的に両立しえない諸要素が並存するのであるから,そこに は輪郭の明瞭な経済体制は存在しないことになる。つまり,この時期は不安定 であり,新しい経済体制への過渡期だと解釈できる。コルナイ説では,市場社 会主義は不安定であり,古典的社会主義から資本主義への過渡期と捉ちえられ た。ゾンバルト流に言えば,市場社会主義は古典的社会主義の後期であり,同 35)不安定テーゼという用語についてはL6sch〔24〕S.96を参照。 36)ヘンゼル説についてはHense1〔11〕 いD 37) Sombart (29) S.30. 38) Sombart (29) S.30. ,Hensel〔12〕Kap.4および福田〔5〕を参照された
236 岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号) 時に資本主義の初期であるということになる。 過去の学説との対比によるコルナイ説の特徴づけはこの程度に留め,最後に 社会主義の体制転換に関するコルナイの説について若干のコメントを付してお こう。 コルナイの体制転換論が政治規定因説であることはすでに見た。共産党独裁 の崩壊が社会主義体制の体制レベルでの転換を招いたというのであるが,この ような捉え方が適切と言えるか。政治の転換が体制転換の誘因,しかも有力な 誘因であることは疑いない。このことはとりわけ1989年の東欧革命の直前まで 古典的社会主義の体制を堅持していた東ドイツとチェコスロヴァキアに当ては まる。両国では政治革命以後資本主義化の道が選択されたからである。ソ連, ブルガリア,ルーマニアおよびアルバニアにおいても共産党独裁の崩壊の果た した役割は大きい。ただし,これらの国のすべてにおいて西欧型民主主義が成 立し,それに連動して私有化と市場経済化が進行し,資本主義体制が成立する という確率は 少なくとも中期的には 東ドイツやチェコスロヴァキアほど 高くはないように思われる。もともとデモクラシー・マインドが希薄な政治風 土に加えて,ナショナリズムと民族紛争が表面化しているからである。現時点 で共産党独裁の崩壊は直ちに権力分散化と議会制民主主義へのシフトをもたら すと言うのは問題である。懐しばらく事態の推移を見守る必要があろう。 ユーゴスラヴィアについて言えば,この国が1950年代初頭に古典的社会主義 から市場社会主義に移行したさいには政治が大きな役割を演じた。ソ連との外 交上の対立および路線対立によって移行が生じたからである。これに対し,市 場社会主義の崩壊のさいには政治が決定的な役割を果たしたとは言えない。政 治が一定の役割を演じたのは事実だが,しかし,それは東ドイツやチェコスロ ヴァキアほどではなかったというのも事実である。むしろ,体制内在的には労 働者自主管理と市場経済の組み合わせからくる経済の破綻が,体制外在的には 民族紛争が共産党独裁の崩壊と同時に市場社会主義の崩壊に決定的に与った, と見るのが自然だろう。 ハンガリーにおける市場社会主義から資本主義への転換についても政治の役
割が決定的だったとは言えない。たしかにこの国では1989年以後に一党独裁か ら複数政党制へのシフトが行われたが,それは,しかし,あらかじめプログラ 39) ムされた「静かな革命」であった。1968年から22年に及ぶ市場社会主義の制度 化を振り返ると,その成立に与ったのも,その終焉をもたらしたのも経済の停 滞であったことが分かる。東欧革命以前に,国有と市場との組み合わせからく る効率の低下は私有化を余儀なくし,同時に政治の民主化を促進していたので 40) ある。資本主義への転換プロセスは22年の間に徐々に進行していたと見るのが 自然だろう。1989年の一党独裁の放棄はそうした転換の触媒の働きをしたまで のことである。 ポーランドでは過去,経済の低迷に対する国民の不満が爆発する事件が度々 発生した。1980年の自由労働組合「連帯」に結集した人びとの民主化運動はそ の代表である。この運動は共産党独裁に動揺を与え,市場社会主義へのシフト を誘発した。ソ連の圧力と戒厳令により市場社会主義へのシフトにはブレーキ がかけられたが,1980年代後半になると,この体制の制度化が本格化された。 しかし,経済は好転せず,ハイパー・インフレーションと不足の深刻化と対外 債務の急増というポーランド・シンドロームが蔓延した。このため1989年6月 には共産党独裁が崩壊し,「連帯」寄りの連立政権が成立し,複数政党制への移 行が開始された。1990年代に入ると,市場経:国富と私有化が徹底されるように なり,資本主義への転換が本格化した。このように見ると,ポーランドでも, ハンガリーほど明瞭ではないとしても,経済の停滞が政治の転換をもたらし, 資本主義への移行を促進した,と言えるだろう。 以上要するに筆者は,旧社会主義諸国のすべてにおいて共産党独裁の崩壊が 資本主義への転換をもたらしているとは限らない,と言いたいのである。 同様のことは,これらの国々における体制転換の方向についても言える。最 41) 近,専門家の間では体制転換の方向について,「社会主義から資本主義へ」,「共 39)くわしくは福田〔10〕を参照されたい。 40)くわしくは福田〔6〕,福田〔10〕を参照されたい。 41) Brada, King (1) p. 37, McKinnon (25) p. 97,
238 岡部昭二教授退官記念論文集(第279・280号)
42) 43)
産主義から資本主義への移行」,「計画経済から西側タイプの市場経済へ」,「西44) 45)
型混合経済への転換」,「中央計画経済から市場経済へ」,「計画経済から市場経 46) 済へ」,という論調が大勢を占めているが,そのさい論者の多くは旧社会主義諸 国のすべての国が一様にこのような道をたどりつつあるのではないという但し 47) 書きを付けている。筆者も,別記で指摘したように,このような多数派の見解 に与している。中欧諸国(ポーランド,東ドイツ,チェコスロヴァキア,ハンガリ ー)は,1990年代に入ると,明らかに資本主義への体制転換を選択した。これら の国々では私有化および市場経済化が本格化しているのである。これに対し, 旧ソ連およびバルカンの旧社会主義諸国における体制転換の方向は, 市場 経済への転換が叫ばれているにもかかわらず 明瞭だとは言えない。政情の不安 定および民族紛争が先行きを不透明にしている。 コルナイのポスト社会主義体制への転換の議論は,目下,旧社会主義諸国の 全域で資本主義への転換が進行中であるという印象を受ける。現時点でこのよ うな判定を下すのは尚早であろう。 現存社会主義体制の崩壊とポスト社会主義体制への転換は経済体制論にとっ て興味の尽きないテーマである。体制転換の理論の形成への豊かな素材が提供 されつつあるからである。コルナイ説は体制転換への政治経済学的アプローチ としてはひとつの範型をなしており,教えられる点も多い。しかし,現時点で 政治規定二三の立場を取り,旧社会主義諸国の体制転換が一様に資本主義の方 向を取りつつあると結論づけるのは尚早だ,と思われる。旧社会主義諸国にお ける現在の体制転換には経済的および非経済的要因が複雑に絡んでいる。それ らのうちのどれが主要な体制転換の誘因なのかを見極めるには,今しばらくの 観察と分析が必要とされよう。体制転換の理論の形成はそれからでも遅くはあ 42) Poznanski (27) p.57 43) Riese (28) S. 139. 44) Chilosi (2) p. 171. 45) Kirchner (16) p. 4, Sutela (31) p.59. 46) Oppenlander (26) S.40. 47)福田〔10〕。るまい。 参 照 文 献 (1) Brada, J. C., King, A. E.:Is there a J−Curve for the Economic Transition from Socialism to Capitalism ?, in : Economics of Planning, 25, 1992. (2) Chilosi, A. : Market Socialism : A Historical View and a Restrospective Assess− ment, in : Ecenomic Systems, Vol. 16, No. 1, April, 1992. C 3 ) Eucken, W. : Grundsatze der Wirtschaftspolitik, 4. unveranderte Aufiage, Tttbin− gen, ZUrich 1968. 〔4〕福田敏浩『現代の経済体制論』晃洋書房,1990年。 〔5〕福田敏浩「ソ連日経済体制の体制変動」,『彦根論叢』,第266号,1990年。 〔6〕 福田敏浩「揺れ動く東欧諸国の経済体制」,野尻武敏,丹羽春喜,福田敏浩,嵐田万寿 夫『ひとつのドラマの終り一共産主義の倒壊一』晃洋書房,1991年。 〔7〕福田敏浩「市場と調整一ワンセット思考の必要性一」,『彦根論叢』,第273・274号,1991 年。 〔8〕 福田敏浩「諸秩序相互依存パラダイムの応用一現存社会主義の崩壊に寄せて一」,『彦根 論叢』,第275号,1992年。 〔9〕福田敏浩「所有と市場一市場社会主義の失敗に寄せて一」,『彦根論叢』,第276・277 号,1992年。 〔10〕福田敏浩「中欧の体制転換一社会主義から資本主義へ一」,『彦根論叢』,第278号,1992 年。 (11) Hensel, K. P. : Der Systemzwang zum wirtschaftspolitischen Experiment in zentral gelenkten Wirtschaften, in : Jahrbticher ftir IVationalb’feonomie und Statistik, Bd. 184, 1970 (12) Hensel, K. P.:Gntndformen der PVirtschaftsordnung:Marktwinschaft−Zentralver− waltungswirtschaft, MUnchen 1972. (13) Horvat, B. : What is a Socialist Market Economy ?, in : Acta Oeconomica, Vol. 40 (3−4), 1989, (14) Horvat, B. : Socialism as a SocioLeconomic System, in : Dopfer, K., Raible, K.一F. (eds.) : The Evolution of Economic Systems, Essays in Honour of Ota Sik, London 1990. C15) Kantzenbach, E.: Von der Plan−zur Marktwirtschaft: Eine Zwischenbilanz: Initiierung des Wettbewerbs, in : Gahlen, B., Hesse, H., Ramser, H. J. (Hrsg.) : Von der Plan−zur Marfetwirtschaft, Eine Zwischenbilanz, TUbingen 1992. (16) Kirchner, Ch.:Privatization Plans of Central and Eastern European States, in: fournal of lnstitzational and Theoretical Economics, 148, 1992. 〔17〕 コルナイ,J.「温情主義一国家と企業一」,コルナイ, J.(盛田常夫編訳)『「不足」の 政治経済学』,岩波書店,1984年。
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