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明治期上毛孤児院における「良民」の育成 -児童保護にみる「家庭」の規範化- [ PDF

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Academic year: 2021

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1.目次 序章 第一節 児童保護事業の実際をみる必要性 第二節 児童保護にみる「家庭」規範 :保護複合体の一側面 第三節 群馬における上毛孤児院 :「西の岡山、東の上毛」 第四節 本研究の構成と史料 第一章 保護すべき「孤児」の創出 第一節 上毛孤児院の設立と運営体制 第一項 キリスト教徒による設立の経緯 第二項 「県下唯一の救済事業」の運営体制 第二節 保護の境界の揺れ 第一項 年齢の境界 第二項 「真正の孤児」なる境界 第三項 日露戦争と「防貧」による保護の対象の 拡大 第三節 「孤児」像の創出による保護の正当化 第一項 「憐れなもの」としての「孤児」の発見 第二項 犯罪の予防としての「孤児」の保護 第三項 「家庭」の欠如というまなざし 小括 家族への介入の開始 第二章 「家族制」における「独立自活の良民」の育成 第一節 「家庭」空間の整備 第一項 より良い「家庭」のための院舎の整備 第二項 衛生への配慮 第二節 教育における「家庭」規範 第一項 「普通の大家族」としての学校への通学 第二項 「家庭教育」としての礼拝 第三項 「労働教育」における男女の役割 第三節 「家庭の快楽の回復」の「成果」 第四節 「独立自活の良民」の育成をめぐる 「家庭」の機能 第一節 「独立自活の良民」像 第二項 「独立自活」の斡旋 第二項 「独立自活」後の「家庭」の役割 小括 良民の生産装置としての「家庭」 第三章 「家庭」をめぐる理想と実際 :「近代家族」像との距離 第一節 理想としての「普通の家庭」 第一項 「真正の慈父母」が目指した 「孤児」からの脱却 第二項 「真正の慈父母」による「普通の大家族」 第二節 「団欒」の実際 第一項 食事における「団欒」 第二項 行事等における「団欒」 第三節 「普通家庭」との差異 第四節 「家族制」による「家庭」規範の伝播 第一項 子どもへの伝播 第二項 周囲への伝播 小括 児童保護における「家庭」規範の構築 :秩序維持の戦略として 終章 本研究の成果と課題 2.概要 序章 本研究は、「家族制」を用いて「独立自活の良民」の育 成を目指した明治期上毛孤児院での子どもの暮らしの様 相を分析することを通し、上毛孤児院における「家庭」 なるものの実際とその機能を明らかにすることを目的と する。 児童保護は明治中期に萌芽がみられ、その中心が子ど もを収容する孤児院の事業であったと言われている。上 毛孤児院が設立されたのは明治 25(1892)年であり、い わば児童保護の草分けであったと言えよう。 児童保護をはじめとする社会福祉史は、吉田久一や池 田敬正らの研究が通説とされ、以降の社会福祉史研究は、 その枠組みの中で論じられている。すなわち、救貧を目 的とする明治期の「慈善事業」から、防貧を目的とし生 存権が尊重される「社会事業」へと発展し、時局の変化 に伴い総力戦体制へと編成するため、国民を人的資本と して保護する「厚生事業」へと転換するものの、戦後再 び、大正期の人格的視点が継承され、福祉政策が再編成 されていくという発展史的な枠組みである。

明治期上毛孤児院における「良民」の育成

―児童保護にみる「家庭」の規範化―

キーワード:孤児院、家庭、良民、児童保護 所 属 教育システム専攻 氏 名 足達 咲希

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しかし、吉田や池田の研究は、主として政策とそれを めぐる思想を対象とした研究であり、どのような人々が 事業を担い、何が行われたのかという面については、研 究対象としていない。よって、本研究では政策や思想と いった視点からだけではなく、児童保護事業の実相をみ ていくことによって、近代日本における児童保護の展開 過程の新たな様相を浮かび上がらせたい。 一方、実際にどのような事業が行われていたのか、そ こに焦点をあてた社会福祉史の研究の蓄積もある。それ らの多くは事業の内容を詳述することが目的とされ、そ れが歴史においていかなる意味を持つのか分析を加えた ものは、極めて少ない。上毛孤児院を対象としたものは 宇都榮子による一連の研究があるが、それらも同様に、 事業の内容の分析にとどまっていると言えよう。 いずれにしても、子どもを保護する事業が制度として 整備されていくことをもって、それを進歩や発展とみる 歴史観が社会福祉史研究において支配的であった。それ に対し、1980 年代以降、M.フーコーやJ.ドンズロら の研究を皮切りに、近代の福祉、とりわけて子どもをめ ぐる保護複合体と国家との関わりが問われはじめる。勤 勉で自律的な人間を形成する近代の統治システムとして の保護複合体への注目である。「家族」はその中で最も重 要な機能を持つものとして位置づけられた。こうしたド ンズロらの視座をもって、鈴木智道や稲井智義は近代日 本の児童保護事業の分析をしている。中でも稲井は岡山 孤児院を対象に研究を展開しており、大正期の岡山孤児 院では近代家族研究の成果と合致する家庭像がみられる と指摘している。稲井の指摘は重要なものではあるが、 近代家族研究の枠組みに当てはめるといった方法を採っ ている。しかし明治期上毛孤児院における「家庭」をみ ていくと、近代家族研究の通説とは異なる様相がみられ るのである。 そこで本研究では、児童保護に内包される権力性に着 目しつつ、「家族制」を用いて「独立自活の良民」の育成 を目指した明治期の上毛孤児院の「家庭」の実際とその 機能を、子どもの暮らしの様相を分析することを通して 明らかにすることを課題とする。 第一章 保護すべき「孤児」の創出 第一章では、上毛孤児院の設立によって、保護すべき 「孤児」が創出されていったことを明らかにした。濃尾 震災を契機として、キリスト教徒たちのネットワークの もと上毛孤児院は設立に至り、徐々に組織化されていく。 その営みは次第に群馬県からも認められ、国家から下賜 金を受けることとなるが、「家族のない子どもは保護され るべき」という価値観が広がっていなかった当時、その 価値観を広め、「孤児」を保護していく必要があった。 そんな設立当初、上毛孤児院が保護の対象としていた のは「三歳以上」である「真性の孤児」であり、親のい る「貧児」は保護しないと明記されていたが、実際保護 された子どもには親のいる子どももいて、保護の境界は 曖昧なものであった。さらに日露戦争の際には軍人遺族 救護義会から幼児保育を嘱託され、「貧児」を含め、親の いる子どもの保護も担うようになる。こうして保護の対 象は拡大され、新たに「孤児」は創出されていった。そ してこの時期はちょうど、「防貧」から「救貧」へという 社会事業のスローガンの変化とも重なりあい、保護の対 象はいっそう拡大されていったのである。大正 15(1926) 年には、「貧児」も保護するという方針の転換を打ち出し ている。 しかしながら、設立当初から親のいる子どもの保護も しておきながらも、上毛孤児院は、「真正の孤児」の保護 の必要性を訴えていた。こうした訴えの中で、次第に〈「楽 しき家庭」がないため、「悪少年」となってしまう「憐れ なもの」である〉という「孤児」像がつくり出されてい った。また、子どもを保護することは子どものためのみ ならず、社会にとっても有益なことであるというように、 「孤児」像の創出が、上毛孤児院の事業を正当化する役 割をも果たし得たのである。 さらに、国からの下賜金を受けながら運営を行った上 毛孤児院が、「孤児」を創出し、彼等が将来犯罪者になる のを未然に防ぐこともその目的として掲げながら保護を 展開していくことは、国家の利益とも重なっていたであ ろうことも指摘した。目の前にいる子どもを「救う」こ とであると同時に、国家の秩序維持の強化にもなるとい う二重性が、児童保護事業には内在しているのである。 第一章では以上のように、国家からの下賜金も受けつ つ、家族へ介入して子どもを保護していく上毛孤児院の 営みは、「孤児」像をつくり出しながら、保護すべき「孤 児」そのものをも創出していったことを明らかにした。 第二章 「家族制」における「独立自活の良民」の育成 第二章では、保護された子どもたちが「独立自活の良 民」へと育成されていく中で、上毛孤児院が「家庭」の 機能を果たそうとしていたことを明らかにした。 まずは空間としての「家庭」に焦点をあて、男女の部 屋の割り当てや、一家団欒のできる食堂、病室等の整備 が重要視されていたことを示した。とりわけて衛生には 注意が払われており、他の子どもへの伝染を予防するた めの別棟の病室の設置や、月に一回の健康診断、虚弱な

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子どもには栄養価の高いものを与える等、様々な配慮が なされていた。 そうした「家庭」空間の中で行われた教育には、学科 の教授の他に、「家庭教育」、「労働教育」があった。学科 の教授については、当初は院内での教授を試みていたが、 上毛孤児院は「普通の大家族」であるため、尋常小学校 へ通わせる方が良いと語られていた。「家庭教育」として は、学校から帰ってきた後に勉強の時間を設ける等もな されていたが、実際に「家庭教育」と称していたのは「悪 習癖ニ染ミタル頑童ヲモ良化」することが期待された毎 日の「礼拝」であった。また上毛孤児院は、子どもたち に「労働教育」と称して労働を課していた。女児は炊事 や洗濯、子どもの世話等の家の中の労働を担い、男児は 菜園の耕耘等が割り当てられており、男女で役割が分か れていた。このように、礼拝を「家庭教育」と称すこと や、女児と男児で労働の役割を分けることは、上毛孤児 院を「家庭」たらしめるひとつの要素であったといえよ う。 こうして整備された「家庭」空間や教育のもと、保護 された子どもは変化していったようである。上毛孤児院 はその変化を機関誌において紹介している。それによる と、健康状態が悪く立つこともできなかった子どもが立 てるようになったり、口も聞かなかった子どもが笑うよ うになったり、他にも、字を覚えたり信仰を持ったりと、 様々な変化がみられる。機関誌は宣伝する役割を担うと いう史料の性質上、どこまでが本当に変化したのかどう かは定かではないが、「家庭」を「回復」することによっ て、上毛孤児院の期待する「成果」があったとは言える だろう。 こうした変化を経ながら、子どもたちは年を重ね、 「独立自活の良民」へと促されていく。上毛孤児院にお ける「独立自活の良民」像とは、自ら生計を立て、社会 の役に立つ人物であった。そうした「独立自活の良民」 を育成するため、上毛孤児院は「職業見習」の斡旋を行 い、その後も子どもと交流を続けていきながら、「独立自 活」への過程を見守っていった。そして「職業見習」の 斡旋を行うだけではなく、上毛孤児院を出た後も「帰省」 する子どもも見られ、「帰る場所」である「家庭」として も機能していたのである。 以上のように第二章では、「上毛孤児院細則」にて定 められた「家族制」のもと、上毛孤児院が「家庭」空間 を整備し、「家庭」として教育や職業を与えていったこと を明らかにした。上毛孤児院において「家庭」は、「独立 自活の良民」を育成していく上で、なくてはならない機 能であったと言えよう。 第三章 「家庭」をめぐる理想と実際 :「近代家族」像との距離 第三章では、「家族制」を採った上毛孤児院の「家庭」 の実際をみていくことを課題とした。 これまで近代家族研究においては、理想としての「家 庭」像が家庭関係の雑誌を読む都市中産階級層において 結実したのは明治後期であり、実態としては大正期に新 中間層を中心に形成され、下層階級へと広がっていった といわれている。一方、明治中期の上毛孤児院では既に、 「家庭」が理想的なものとして掲げられ、「家庭」の中核 的イメージを担うと言われている「団欒」も実践されて いた。 そこで上毛孤児院における子どもの暮らしに焦点を あてていくと、「家族制」として、養育者である院父母を 「お父さん、お母さん」と呼び、数人で集まって楽しげ なことをしていたらそれを「団欒」と称していたことが 明らかとなった。つまり、近代家族研究における「家庭」 を築いたのではなく、「家庭」らしくあることを目指して いたというのが、上毛孤児院の「家族制」の実際の姿で あったと考えられる。 また、上毛孤児院は「真正の慈父母」として子どもに 「家庭」を提供し、子どもが自身を「孤児」だと思うこ とから脱却させることを目指していた。しかしそれより も「普通家庭」の方が子どもにとってより良いとして、 「普通家庭」への委託も行っていた。つまり、上毛孤児 院は、自身を「家庭」であると明言していたにもかかわ らず、その「家庭」は「普通家庭」に劣るという認識を 持っていたのである。 一方で上毛孤児院は、「家庭」的であることや、「団 欒」をすることの重要性を強調し、またそれを実践しよ うと試みており、それは同時に、保護した子どもたちや 上毛孤児院の周囲にいる人々へ「家庭」の規範を伝播す る機能をも果たしていたと言えよう。従って、近代家族 の伝播は、明治期の「家庭関係雑誌の読者層」から下層 階級へという流れのみではなく、上毛孤児院という児童 保護の草分け的事業の側からも、「家庭的であるべき」と いう規範が構築されていったと言えよう。 以上第三章では、「家族制」を掲げた上毛孤児院の「家 庭」の実際と、その機能を明らかにした。 終章 本研究の成果と課題 本研究では、上毛孤児院における「家庭」なるものの 実際とその機能を明らかにすることを課題としてきた。 とりわけ第三章でみてきたように、上毛孤児院から見 えてくる「家庭」は、近代家族研究のいう「家庭」とは

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距離があったと考えられる。とはいえ、上毛孤児院があ えて「家族制」を用い、「家庭」や「団欒」と称し、「あ るべき家庭」を目指し、子どもたちや周囲の人々に「家 庭とはこうあるべき」という「家庭」規範を伝播してい ったことは、近代家族研究においても意味を持つことで ある。いわば下層階級の子どもたちを中心に対象とした 児童保護から「家庭」規範を構築する文脈もあったこと が、本研究で明らかになったのである。 また、明治中期、子どもを保護するという営みは、子 どものために、社会のために、目の前にいる子どもを救 うのだという強い思いがなければなし得なかった事業で あったと思われる。そんな慈善家たちは、国家の後押し のもと、放っておいたら犯罪者になるとみなされた「孤 児」を保護し、乞食をするのではなく自ら生計を立てて 社会の役に立つ「独立自活の良民」を、「家庭」規範をも って育成しようとした。しかしこの営みは同時に、「家 庭」を要として秩序を維持させていくという構造に位置 付くものでもあり、国家の利益とも重なっていたと考え られる。序章でも触れたように、上毛孤児院をはじめ、 児童保護の営みが内包する権力性について、従来の社会 福祉史研究は無自覚であったといえるだろう。そうした 権力性に着目し、上毛孤児院が「孤児」を創出し、「家族 制」をもって「独立自活の良民」を育成しようとした様 相を明らかにしたことも、本研究の成果の一つであると 考えられる。 しかしながら、これらの成果は、明治期上毛孤児院の 子どもの暮らしから「家庭」の機能をみてきたことによ って明らかになったものである。今後は、子どもの暮ら しのみならず、上毛孤児院の運営資金と国家との関係に も着目しながら、明治期から戦時下にかけて上毛孤児院 の営みをみていくことを課題として挙げておきたい。 序章で述べたように、従来社会福祉史研究では、戦時 下厚生事業が、子どもを人的資本とみなした児童保護事 業を展開し、戦後、人権的視点が回復したといわれてき た。しかし、「家庭」規範という権力性に着目すると、明 治期からすでに、児童保護は社会の秩序を維持する機能 も果たしていた。この視点をもって、上毛孤児院での子 どもの暮らしやその周辺で何が起きたのか更に追ってい くことによって、近代日本における児童保護事業とは何 だったのか、その歴史的意義を明らかにしていきたい。 なお、「家庭」の規範化によって社会の秩序を維持する といった権力性が、児童保護の文脈において無自覚に構 築されていくという構造は、現代においても脈々と続い ており、上毛孤児院はその端緒を担っていたと言えよう。 家族の崩壊が声高に主張される昨今、保護される子ども たちは増加の一途にある。その保護のあり方について、 とりわけて近年、「家庭」的であるべきであると指摘され ている。児童保護における「家庭」の規範化はいっそう 進んでいるのである。本研究には、「子どもは家庭的環境 で育つべきである」といった価値観を否定する意図はな いが、そうした価値観のもと、「あるべき家庭」が安易に 語られていくことによって、「家庭」規範がより強固に構 築されていく過程に今現在もあることを指摘しておきた い。「家庭」規範が強化されていくことで、家族に、とり わけて母親に「あるべき家庭」を維持する責務が課され ていく。こうした、「家庭」の規範があることにより保護 されるべき子どもが創出されていき、その子どもを保護 していくにあたって「家庭」の規範化がいっそう強化さ れていくという構造が、子どもを保護する営みに内包さ れているということ、つまり児童保護が「家庭」の規範 を構築していく一端を担っているということを、今後も 問い続けていきたい。 3.主な史料 ・『孤児之友』第 1 号~49 号(1899 年~1903 年 2 月) ・『上毛孤児院月報』第 50 号~第 83 号 (1903 年 3 月~1905 年 12 月) ・「上毛孤児院設立主意」、「上毛孤児院細則」1892 年 4.主な参考文献 ・池田敬正『日本社会福祉史』法律文化社、1986 年 ・稲井智義「子ども救済事業から子ども保護事業への展 開―石井十次の家族と学校に関する思想と実践を通 じて―」東京大学大学院教育学研究科基礎教育学研究 室『研究室紀要』第 39 巻、2013 年 ・宇都榮子「明治後半期の児童問題と児童施設―上毛孤 児院を事例として―」『社会事業史研究』、第 20 号、 1998 年 ・沢山美果子『近代家族と子育て』吉川弘文館、2013 年 ・J.ドンズロ『家族に介入する社会 近代家族と国家の 管理装置』新曜社、1991 年(原著 1977 年) ・鈴木智道「戦間期日本における家族秩序の問題化と「家 庭」の論理―下層社会に対する社会事業の認識と実践 に 着目して―」、『教育社会学研究』第 60 集、1997 年 ・M.フーコー『監獄の誕生-監視と処罰』新潮社、1977 年(原著 1975 年) ・山本敏子「日本における<近代家族>の誕生―明治期 ジャーナリズムにおける「一家團欒」像の形成を手掛 りに―」『日本の教育史学』第 34 号、1991 年 ・吉田久一『日本社会福祉思想史』川島書店、1989 年

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