国立国語研究所学術情報リポジトリ
国定読本用語総覧6 : 第四期『小学国語読本』昭和 八年度以降使用 あ〜つ
著者 国立国語研究所
ページ 3‑1182
発行年月日 1991‑08
シリーズ 国立国語研究所国語辞典編集資料 ; 6
URL http://doi.org/10.15084/00001619
◎﹃小学国語読本﹄昭和八年度以降使用 第四期﹁あ〜つ﹂
国立国語研究所編
刊行のことば
国立国語研究所は︑その事業項目として国語辞典の編集を掲げている︒その一つは歴史的辞典であるが︑日本語の展開
発達を記述する基礎をなすものとして︑我々は日本大語誌とも名づけるべきものを構想した︒文献の上にたどられる限り
の日本語の足跡を︑用例として収集し整理しようとするものである︒
時代をかりに三百年︑百五十年︑五十年等に区切って見るとき︑一八五一年以後の時期は︑日本語が近代的発展をとげ
た︑著しい一時代である︒そして一九〇一年からの五十年は︑現代語の基礎の確立した時期と見ることができる︒
我々は︑まずこの五十年にしぼって︑用例収集の作業にとりかかった︒ここに取りあげる六種の国定読本は︑ちょうど
この時期に使用されたものであって︑この時期の国語教育の基本教材であり︑その用語は︑それ自身発展しつつ︑国民的
な現代語の成立の基礎をなすということができる︒
この作業は︑もともと︑この時期の用語を採集する方法の検討のために︑試験的に行ってきたものであるが︑昭和六十
三年十月に国語辞典編集室が新設され︑その室の担当事業となった︒その結果は︑現代言語生活の基幹である︑いわゆる
標準語の確立の経過を示す基本的な資料となるものと考えられる︒
ここで国定読本というのは︑明治三十七年四月から昭和二十四年三月までの間に使用された文部省著作の小学校用国語
教科書六種のことである︒その六種を使用時期に従って示すと次の通りである︒
弟弟弔弔弟
ノヒル五四三ニー 期期期期期
明治三十七年より使用﹃尋常小学読本﹂︵今日イエスシ読本と俗称︶一〜八
明治四十三年より使用﹃尋常小学読本﹄︵今日ハタタコ読本と俗称︶巻一〜十二
大正七年より使用﹃構輔国語読本﹂︵今日ハナハト読本と俗称︶巻一〜十二
昭和八年より使用﹃小学国語読本﹂︵今日サクラ読本と俗称︶巻一〜十二
昭和十六年より使用﹃ヨミカタ﹄一〜二﹃よみかた﹄三〜四﹃初等科国語﹄一〜八
︵今日アサヒ読本と俗称︶第六期 昭和二十二年より使用﹃こくご﹄ 一〜四﹃国語﹄第三学年︵上下︶第四〜六学年︵各上中下︶︵今日みんな
いいこ読本と俗称︶
第一期国定読本については︑﹃国定読本用語総覧1﹄︵第一期 あ〜ん︶一冊にまとめ︑第二期国定読本から第六期国定
読本まではそれぞれ二分冊とする方針で刊行を進めてきている︒このたび刊行するのは第四期国定読本の用語総覧の第一
分冊であり︑﹁あ〜つ﹂の部を収める︒ この﹃国定読本用語総覧6﹄の編集作業及び諸本の調査にあたったのは︑主幹飛田良文︵言語変化研究部長︶︑木村睦
子︵国語辞典編集室長︶︑藤原浩史︵研究員︶︑調査員林大︵前所長・名誉所員︶︑貝美代子︑服部隆︑久池井紀子︑高橋
美佐︑伊土耕平︑山田雅一である︒
国定読本の諸本の調査にあたっては次の機関・大学及び諸氏のお世話になったことを記して謝意を表する︒
国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館︑東書文庫︑大分県立大分図書館︑埼玉県立文書館︑山形県立博物
館教育資料館︑千葉県総合教育センター︑藤沢市文書館︑横須賀市教育研究所︑御宿町歴史民俗資料館︵千葉県︶︑出
島村郷土資料館︵茨城県︶︑財団法人五倫文庫︑筑波大学附属図書館︑茨城大学教育学部図書室︑福岡教育大学附属
図書館︑増穂町教育委員会︵山梨県︶︑増穂小学校創立百周年記念教育資料展実行委員会︵山梨県︶︑文化庁文化部国
語課主任国語調査官安永実︑国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館事務室長中村紀久二︑山形大学教授
石島庸男︑山梨大学教授松井栄一︑茨城大学教授佐々木靖章︑福岡教育大学教授根本今朝男︑筑波大学専任講師
塩澤和子
また︑前五巻にひきつづき印刷刊行を引き受けられた三省堂にも謝意を表する︒
平成三年五月十五日
国立国語研究所長
水 谷 修
説 (3)
解
解
(一
j
︵二︶︵三︶
説
はじめに国定読本第三期から第四期へ
第四期国定読本について
︵三・一︶
︵三・二︶
︵三・三︶
(一
j はじめに
﹃小学国語読本﹂編集の考え方﹃小学国語読本﹂各巻の編集書誌・諸本・底本国定読本の資料的意味と第一期国定読本の概要とについては︑﹃国定
読本用語総覧1﹂の解説に︑第二期国定読本の概要については﹃国定読
本用語総覧2﹄の解説に︑第三期国定読本の概要については﹃国定読本
用語総覧4﹄の解説に記したので︑ここでは︑第三期から第四期への読
本改訂の事情と︑今回の作業対象である第四期国定読本の概要について
述べる︒
︵二︶ 国定読本第三期から第四期へ
第三期の国定読本が使用された大正七年四月から第四期のいわゆるサ
クラ読本が学年進行で使用される昭和八年四月までの十五年間には︑い
ろいろな社会的事件があった︒第一は関東大震災︑第二は日本共産党員
の大検束に続く教職員や学生の思想問題事件︑第三には満洲事変をあげ
ることができよう︒
一方︑教育の世界の活動は活発であった︒大正七年七月鈴木三重吉が
児童雑誌﹁赤い鳥﹂を創刊すると︑これを契機として児童文化の運動が
盛んになった︒それは文芸作品の制作とその鑑賞を中心とするもので︑
童謡・自由詩・自由画・自由綴り方・児童演劇の実際にあらわれるもの
で︑その目ざすところは人間教育であった︒鈴木三重吉は﹃綴方読本﹄
︵昭和十年刊︶の序で︑
綴方は︑多くの平凡な人たちが考へるやうに︑単なる文字上の表現を
練習するための学課ではない︒私は綴方を︑人そのものを作りととの へる︑人間教育の一分課として取扱ってみるのである︒と述べている︒この考え方については︑第三期白表紙本の編纂者八波則吉が︑﹃諦国語の講習﹄︵大正十三年刊︶の中で︑﹁近年に至って︑児童文学に熱心な作家が輩出し︑作品が続出し︑そのま\読本にも採用されさうな適材が随所に見られる︒これは誠に喜ぶべき現象で︑向後我が国の読本界に一紀元を劃すべき時代の到来を暗示するものであらう︒﹂と記
している︒この﹁赤い鳥﹂の運動は︑作家たちの関心を児童文学に向け︑副読本
の興隆という現象を生じた︒その原因は︑一つには文芸教育を盛んにしょうという考えから︑二つには読本が時代に遅れているのでそれを満たす必要から︑であった︒西原慶一は﹃近代国語教育史﹂︵昭和四十年刊︶の中で︑ひとたび目を学校の教室外に放つと︑ごく手近かに生々と︑表現の立
場からも理解の立場からも︑真珠のように光った名作が並んでいるのである︒しかも読本は偶像化し︑固定化して︑漢字の系統表の観があ
り︑練習用としての意義が多いように感じられる︒時代の国語教育が︑ 直接それらの名作に触れようとするのは無理からぬしだいである︒と述べ︑さらに続けて︑ 本格の文芸作家がこどもの世界におりて来た︒新しい時代とこどもの精神から︑やや古典的な作品までも新しい時代に呼びかえされて来
た︒たとえば︑早春外・夏目漱石・島崎藤村・正岡子規・武者小路実 篤・有島武郎・芥川龍之介・菊地寛・山本有三・豊島与志雄・宇野浩 二の諸氏をはじめ︑いつもこどもに話しかける鈴木三重吉・北原白
秋・野口雨情・西条八十の諸氏は︑よい意味で︑児童教育家であった︒学校教育は︑無くてはならない環境としてそれらの人々をとり入れ
た︒この時代ほど学校と作家の親しかったことはない︒
説
解
(4)
と指摘している︒
学校もまた︑学校ごとに総合的にあるいは学年別に︑題目による分冊
式に︑別個の副読本を編纂したが︑文壇の大御所的存在であった菊地寛
も学年別の副読本﹃小学童話読本﹄六冊︵大正十四年刊興文旦︶を書い
た︒その巻三の序文には︑
少年時代の読物は︑その人の一生を支配すると云はれてるる︒少年時
代の読物から受けた感激が生涯を通じて感情生活の基調となり︑道念
の芽となるかは︑我々自身の争はれがたき体験である︒しかも日本の
児童がその読物の選択について︑父兄教師からいかに無残に放置され
てるるか︒芸術的潤ひの少しもない教科書と︑児童の精神的発育に対
して何等の良心をも持ってみない童話雑誌と︒彼等は苦い薬と甘過ぎ
る菓子とに食傷してみる︒教科書の文章の如き︑乾燥なる記述に過ぎ
ない︒しかも教科書に対抗して立った多くの童話雑誌は︑あまりに︑
感覚と感情とを尊重して︑児童の心に精神的背骨を造ることを忘れて
みる︒と︑手きびしく教科書と童話雑誌を批判している︒
大正十一年には︑東京高等師範学校教授の垣内松三が﹃国語の力﹄を
著し︑国語教育の分野に科学的基礎を確立した︒彼はさらに﹁読方と綴
方﹂﹁国文教育﹂﹁コトバ﹂などの諸雑誌を主宰し︑国語教育界に欧米の
学説を紹介して理論的根拠を与えたので︑国語教育家は世界的視野から
国語教育を考えるようになった︒垣内によって堤唱された形象理論は︑
教育学者︑心理学者︑言語学者︑文学者たちが︑言語の生きた機能を探
究する導火線となり︑こうした研究が︑サクラ読本の誕生を待っていた︒
︵三︶ 第四期国定読本について
︵三・一︶﹃小学国語読本﹄編集の考え方
文部省編纂﹁小学国語読本下槍編纂趣意書﹂︵昭和八年刊︶には﹁小学国語
読本は大正十二年十月並びに昭和六年九月に於ける両回の教科書調査会 の決議︑各府県師範学校より提出せる意見報告及び一般実地教授者の意
見等を参酌して編纂し︑昭和八年度から実施することとした︒﹂︵緒言︶とあり︑二回の教科書調査会の決議が行われている︒今︑この決議文を 見ることはできないでいるが︑実質的に第四期の編集作業がはじまった
のは︑井上赴の記事などから見て︑昭和六年であったと推測される︒第四期の編集担当者は︑藤岡継平編修課長のもとに︑佐野保太郎︑大 岡保三︑井上赴︑各務虎雄の無名の監修官であった︒中でも中心的役割 をはたしたのは井上赴であった︒彼は﹃国定教科書編集二十五年半の中 で︑大正十四年から十五年にかけて欧米一年の在留を命ぜられ︑イギリ ス︑フランス︑ドイツ︑アメリカその他の国々をめぐり︑国語指導と国 語教科書の調査をしたことが︑サクラ読本の編集に大きな示唆を与えた
と記している︒最後まで頭に残ったものは三つあったという︒﹁すなわちハンザフィーベルの叫び声︑アメリカ読本の反復法による童謡的表現︑
そしてイギリス読本の古典教材がそれです︒そしてどの本にしても︑き
わめて児童の心理を尊重し︑児童愛にみちた教科書であったことです︒﹂
と︒また帰国後は﹃農村用高等小学校読本﹄の編集︑﹃小学図画﹄の編集︑
さらに﹃噺尋常小学唱歌﹄のための作詞を担当した︒そして﹃小学図画﹄
の編集が児童心理の発達段階にそってあんばいされていくことを経験的
に感得した︒
こうした経験から井上赴は心理学者青木誠四郎の意見を聞き︑﹁小学
児童を一年二年の未分化時代︑三年の過渡時代︑四五六年忌少年時代︑
そして高等科の青年前期時代の四期に分けること﹂を提唱した︒こうし
て︑サクラ読本の腹案が立ちはじめたと井上赴は回想している︒そして︑
第四期の理想像を︑自分も参加し執筆した第三期の八波読本と比較して
次のように述べている︒
﹁児童の日常生活に触れたるもの﹂という教材選択の一項目を手がか
りに︑八波読本は︑当時わが国に台頭しつつあった児童中心教育の波
にさおさしながら︑一応りっぱな成果を収めました︒私は次の新しい
読本を作成するにあたって︑教育の児童主義が︑世界の大きな動きで
説 (5)
解
あることをすでに知った以上︑児童の心理︑生理︑生活を教育的に教
科書の正面に押し出さなければならないと考えました︒
と述べている︒そこで︑その旦一体的な姿として︑前述の四段階の発達段
階に︑ すべての国語教材は︑その素材からいっても︑言語表現からいっても︑
この四つの段階に適応させるよう按配することを念願とし︑したがっ
て教材はこの段階に応じて素材も表現も︑未分化から分化派生して行
く一種の発生体系を以て展開させることが目標であり︑読本作成の理
想をそこに置いたわけであります︒
と述べている︒
こうした用意のもとに︑いよいよ作成編集の段取りに入ったが︑これ
らのことについては編纂趣意書には一切ふれていない︒そのことについて井上は後年次のように述べている︒
さてサクラ読本は︑以上のように︑在来と変った新しい意図のもとに
作成された本ですが︑しかしその新しい意図︑計画は︑その編纂趣意
書には︑ほとんどその片鱗も示してありません︒趣意書は︑何のへん
てつもないように︑分量・漢字・読替・教材の出典というようなこと
が示してあるに過ぎません︒これは実に当時においても変なことであ
り︑いわんや後世から見て︑実にふしぎに思われることです︒しかし︑
この事は︑当時のつまらぬ編集陣営の最初の不調が︑こうさせたに過
ぎません︒編集に対する意見の新旧の対立が︑よくて二対二︑時に一
対三という立場にあり︑私としては編纂趣意書を眼中におくことがで
きぬほど︑日夜教材の作成編集に没頭せざるを得ませんでした︒です
からあの編纂趣意書は︑編集者四人の意見の最大公約数に過ぎませ
ん︒
こうした生みの悩みを背負った編纂趣意書には︑分量︑文字︑仮名遣
い︑材料︑挿画の大方針が記されている︒
分 量 小学国語読本︵尋常科用︶は︑奇妙国語読本に比して︑大体低
学年に於て五六割︑高学年に於て一二割の分量を増加するこ 文字
仮名遣材 料挿 画 このうち仮名遣いについては︑漢字表及仮名遣改定案に関する修正﹂を第四期の新教科書に採用する方針をたて︑会は同年九月十九日卜することを適当と認める答申を行った︒遣いによって第四期サクラ読本の原案を作成した︒この問題は閣議の容れるところとならなかった︒井上赴は﹁私どもは︑また歴史的仮名遣にしたがって編成がえしなけ
ればならなくなりました︒こうした事情から編集事業は︑いたずらに遷延して︑実は昭和七年に実施を予定したものが︑昭和八年四月実施と
なったわけであります︒﹂︵﹁国定読本の編集﹂︶と記している︒ 以上のほかに︑忘れてはならない方針がある︒標準語の問題である︒井上赴はさらに続けて︑ ととした︒仮名は︑巻一及び巻落に於ては総べて片仮名を用ひ︑巻軸に至って平仮名を提出することとした︒漢字の配当は︑同瞠国語
読本に比して︑低学年に増加し︑高学年に減少する方針であ
る︒仮名遣は歴史的仮名遣によることとした︒但し児童の負担を 軽減するために︑低学年に於ては促音を表すツ︑及び拗音を
表すヤ・ユ・ヨは右傍に小書し︑又コクキ︵国旗︶・ガクカウ︵学校︶の如きをコッキ・ガッカウの如く書くこととした︒材料は広く修身・公民・歴史・地理・理科・実業・文学座の各方面にわたり︑最も時勢に適合したものを選び︑之を児童
の精神発達の過程に応じて按排し︑その表現は趣味深きものたらしめることとした︒なほ材料の選択に於ては︑なるべく都市にも農村にも偏しない方針である︒低学年用に於ては挿画を全部色刷とし︑その画風もなるべく
児童の性情に適するものたらしめる方針である︒昭和六年五月臨時国語調査会が﹁常用 を可決した︒そこで文部省はこれ 教科書調査会に諮問し︑同 ﹁仮名遣改定案二選ル仮名遣ヲ﹂小学校教科書に採 そこで︑編集担当者は新仮名 しかし︑不幸にして
説 解
(6)
児童の生きた言語表現に出発したサクラ読本ではありますが︑吉岡読
本が打ちたて︑芳賀読本によって継承された標準語は︑サクラ読本に
おいても厳格に守ることにつとめました︒八波読本には︑表現のニュ
アンスのために︑対話中︑時に方言らしい言いまわしも用いてありま
すが︑サクラ読本は絶対にそういうものを排しました︒
と述べており︑標準語の方針は継承されている︒そして具体的に次のよ
うにしるしている︒
昭和初頭以来︑時代の自由主義の影響もありましょうが︑方言が東京
に流れこみ︑﹁とてもきれい﹂﹁とてもかわいい﹂といった﹁とても﹂
の誤った使い方がまず女性語に流れこみ︑また︑女性のことばに﹁わ﹂
﹁よ﹂がほとんど語の末につきものになりました︒また︑大辻司郎氏一
流のこっけいをめざした﹁あるです﹂﹁いいです﹂が︑最初こそおかし
かったのですが︑後には次第に一般化するようになり︑﹁あるのです﹂
﹁いいんです﹂などの︑﹁の﹂﹁ん﹂が︑いつのまにか一般からドロップ
しそうな傾向になりました︒童謡では﹁ている﹂が︑常に﹁てる﹂に
なります︒これは五七調の五の句に調法ですから︑ほとんど童謡には
一般的に用いられました︒しかし︑サクラ読本では以上のような誤っ
た語法や︑流行伝染的な女性語を一切受けつけないで通しました︒た
だ一カ所だけ︑おかあさんのことばとして﹁まあ︑きれいですこと﹂
というのがあったと思います︒ですから︑指導する先生が︑語法的指
導計画を立てて︑この本を取扱われれば︑りっぱに語法指導の教材と
して︑役立つことが期してあります︒︵﹃国定教科書編集二十五年﹄所
収︶
こうした︑口語の用語がすべて標準語であることを期したサクラ読本
は︑言語教育の上からも注目され︑NHKは学校放送を計画し︑ラジオ
を通して正しい標準語の放送を全国に流した︒神保格はサクラ読本を台
本として正しいアクセント放送を思い立ち︑みずからその指導にあたっ
た︒
なお︑この簡単な編纂趣意書にも︑顕著な変更として︑﹁国定読本始 まって以来の いな明治二十年以来伝統である素材による教材の分類 を一切廃止したこと﹂があげられる︒井上赴は︑国語教材はことばであ
り︑ことばの表現であるがゆえに︑素材による分類は意味がないと考えたのである︒ また︑全十二巻のサクラ読本の巻一を︑第一部最初より第十五頁 第二部 第十六頁より第四十七頁 第三部 第四十八頁より第七十五頁
の三部構成としたことも特記しておく必要がある︒︵三・二︶ ﹃小学国語読本﹄各巻の編集
各巻の編集方針を示す第四期国定読本の編纂趣意書は︑
十三年にかけて十二冊が刊行されている︒
小学国語読本柵騨編纂趣意書e
小学国語読本褥儲巻二編纂趣意書
小学国語読本褥騨巻三編纂趣意書
小学国語読本褥瞠巻四編纂趣意書
小学国語読本碍聴巻五編纂趣意書
小学国語読本漏脱巻六編纂趣意書
小学国語読本褥騨巻七編纂趣意書
小学国語読本褥群巻八編纂趣意書
小学国語読本褥暴君九編纂趣意書
小学国語読本膳瞠巻十編纂趣意書
小学国語読本褥反巻十一編纂趣意書
小学国語読本碍聴巻十二編纂趣意書
この編纂趣意書の一つの特徴は︑付録に
かれたことである︒太字を用いたものは新字︑
読替えである︒ 昭和八年から
昭和八年七月七日翻刻発行
昭和九年二月二十八日翻刻発行
昭和九年十月十五日翻刻発行
昭和十年二月二十八日翻刻発行
昭和十年五月三十日翻刻発行
昭和十年十一月二十五日翻刻発行
昭和十一年五月三十日翻刻発行
昭和十二年三月二十五日翻刻発行
昭和十二年六月三十日翻刻発行
昭和十二年十二月十八日翻刻発行
昭和十三年五月二十五日翻刻発行
昭和十三年十一月二十五口翻刻発
﹁漢字の読方﹂という項が置
行左傍に一を付したものは
説 (7)
解
以下︑編纂趣意書と読本から︑その要点を紹介しよう︒
分量については︑
ω文部省の方針は扁輔国語読本に比して︑大体低学年に於て五六割︑
高学年に棄て一二割の分量を増加することとした︒﹂であった︒しかし巻
十二の編纂趣意書には︑﹁榑韓国語読本巻十二に比し紙数に於て四割二分
を増加﹂したと述べたあとに︑
巻一編纂の当初︑低学年に於て五六割︑高学年に於て一二割を増加す
べき旨を予め発表したが︑其の後数年を経過した現在及び将来の我が
国語教育の事情を鑑みる時︑高学年に於ける一二割の増加は尚分量の
過少であることを知ったので︑当初の予定に変更を加へたのである︒
と修正し︑高学年でもページ数で約四割を増加している︒また巻五は︑
第三期﹃四四国語読本﹄は一頁八行十八字詰であったが第四期は九行十九
字詰に変更しており︑ページ数で比較するのは正確ではないが︑各巻ご
とにそのページ数を比較すると次のようになる︒
巻巻三三巻巻
巻六五四三ニー
期一一
第
○〇九九七五
三八二六〇八四
期一一一一一
第
四三四ニー七
四三〇四四二八
期内巻一巻巻巻
巻十十十九八七 ニー
期
====一一
第
二 二 二 _ 一 一 三
九〇四三六四
期_一一一一一
第九九七七六五
四八三九二二〇
期ω片仮名については︑﹁仮名は︑巻一及び巻二に於てはすべて片仮名を
用ひ﹂︵編纂趣意書︶︑詳説では第十二課以後は︑数課ごとに片仮名の文
を一指ずつ置くこととし︑巻六まで片仮名文を使っている︒これは︑児
童に平仮名の練習とともに片仮名の練習も疎かにさせないためである︒
巻一では﹁サイタ サイタ サクラ ガ サイタ﹂にはじまる第一部
の韻律的な文の中に三九字を提出し︑残りの片仮名は第二部に提出して
いる︒ ㈹五十音図
片仮名の五十音・濁音・半濁音・拗音の表は巻一の巻末に掲げ︑平仮 名の五十音・濁音・半濁音の表は巻三の巻末におき︑本文教授の際︑随 時︑適当に対照利用するようにした︒いろは四十八字目同じく巻三の巻
末に掲げられているが︑趣意書には全くふれていない︒ ω平仮名は巻三から提出した︒其の提出の方法は︑在来と異なり︑巻頭より直ちに平仮名の文を以て することとした︒而して第八課までの間に︑清音の平仮名全部と濁 音・半濁音の平仮名の大部分とを出し︑次の第九課は全く新字なき課 として︑既修の平仮名の練習にあて︑第十課より新漢字と共に未提出
の平仮名を出し︑第二十四課に至って︑﹁ぺ﹂を除く外︑全部の平仮名 を提出した︒﹁ぺ﹂は巻末の平仮名の表によって補ふがよい︒︵巻三編 纂趣意書︶と述べ︑平仮名を教える都合のよいように︑巻頭の数課は︑特に内容・形式とも比較的単純で繰返しの多い韻文を続けて載せた︒この提出法も
本書の新しい試みである︒㈲変体仮名は︑第三期に提出されていたが︑第四期には提出されてい
ない︒趣意書にもふれるところがない︒ ㈲漢字の配当については﹁配当は︑縛韓国語読本に比して︑低学年に増加し︑高学年に減少する﹂という方針により︑第三学年を頂上として︑第四学年以後次第に減少する方針をとった︒全十二巻を通じて提出した 一一字数は=二六二である︒これらは︑それぞれの巻末に既修漢字の表
として掲げられており︑第四期の特色の一つである︒巻一は第二部にコより十までの数字の外に︑山・川・小・木・大の
五字﹂を出し︑第三部に﹁日・目・中・犬・上・人の六字﹂を出した︒巻三は︑一方に平仮名を提出する関係上︑新漢字の数のあまりに多くな ることを避けた︒各巻の趣意書によって提出漢字数をまとめて第三期
﹃縛輔国語読本﹄と比較すると次のようになる︒なお︑第三期の漢字数は︑編纂趣意書によらず︑﹃国定読本用語総覧4﹄の解説による︒
説 解
(8)
第 三 期第 四 期 期巻
新 出読 替新 出読 替
巻一一〇字○字一二字一〇字
巻二三九
五
⊥登一〇
巻三七一一七九三二四
巻四一〇二四五一四 三五
巻五一五八八四一六〇四八
巻六一四九六四一七六九八
巻七一八○九五一五六九七
巻八一六三八六一四二一一〇
二九一三〇一二二一〇八一四七
巻十=一=一五二一〇七一三五
巻十一一二一一七九一〇〇一四一
巻十二一二=二六九七一=日
計
=二六五九八五一三六二九六八
略字については︑巻五の編纂趣意書に︑﹁上欄に掲げた新出漢字の中︑
﹁萬﹂﹁麺轟﹂﹁綜﹂につき︑それぐ其の下に﹁万﹂﹁蚕﹂﹁虫﹂累L
を括弧内に付記しておいた︒厳密にいへば︑是等の文字は︑上の﹁萬﹂
﹁量﹂﹁轟﹂﹁縣﹂とは別字であるが︑世間では普通略字のやうにして用ひ
て居るから︑特に付記しておいたのである︒指導に際しては︑やはり
﹁萬﹂﹁慧﹂﹁轟﹂﹁綜﹂を本体として取扱ふべきである︒﹂と述べている︒
巻六以後も同様の扱いをしたものがある︒
字体については第三期の﹃幡韓国語読本﹄と異なるものがあり︑巻二の
編纂趣意書に
これは畢寛字体整理の標準の相違によって生じた結果で︑何れが正し
く︑何れが誤といふべきではない︒但し構鷺国語読本を用ひる学級に於 ては︑同読本所用の字体により︑小学国語読本を用ひる学級に於ては︑ 同読本所用の字体によって教授せられたい︒と述べており︑学年進行によって第三期と第四期との並行する期間についての注意を記している︒また︑一五の趣意書では︑﹁本読本巻三・巻四に使用の聞の字を︑巻斗に於ては︑世間の慣用に従って間とした︒何れも誤ではないのであるから︑誤解のないやうに指導せられたい︒今後は総べて﹁間﹂を用ひる事とする﹂と︑﹁聞﹂から﹁間﹂への修正をしたものもある︒秋田喜三郎はその著﹃初等教育国語教科書発達史﹄の中で︑﹁大正七年から使用した碍鞘国語読本﹂及び﹁尋常小学読本﹂は︑いつれ
も書写体を正字として採用してみたが︑本書は辞書体を本体とした文部
省活字を用ひた﹂と解説している︒ 第三期と第四期との間で特徴的なのは︑木←木︵同類の字形を含む︶︑ 立←立︑系←糸︑矛←禾︑ネ←示︑者←者︑月←月︑青←青︑である︒木←木 根 材 枝 集 乗 植 杉 東 村 弟 桃 箱 妹枚末 頼林
立←立玄⁝←玄小
壬TIΨ手→
う→←一π
者←者
月一1Ψ口N月
青←青
青勝者祠:三級泣板上 壮心暑隅一絹立木桐 朝諸四三紙 妹根 都 利織 枚材 縫 末枝 綿 押下
ω分かち書きは︑第三期と同様で︑巻四まで行っている︒
㈹送り仮名については編纂趣意書に記されていない︒
紛句読法は巻七の編纂趣意書に﹁尚句読点の打ち方は︑其の方針に於
ては従来と変りはないが︑読書力の進歩に鑑み︑本巻よりは幾分之を省
略することとした﹂とあり︑﹁・﹂と﹁︒﹂が使用されている︒﹁・﹂と
﹁︒﹂の部分は︑分かち書きの場合と︑そうでない場合とで空白部分に相
違がある︒
説 (9)
解
たとえば︑
昔︑ある所に一本のくすの木がありました︒どん な力が︑この木にあったのでせう︑ひるも夜
も︑ ぐんぐん と のびて 行きました︒ ︵興国 母鳥︶ ヘ ヘ へ
おたまじゃくしは毎日大ぜいの兄弟や仲間と一しょに池の中を泳いで
へ ぎやうれつ ヘ へ ゐました︒ まるでありの行列のやうに後から後からぞろぞろとつゴ ヘ ヘ ヘ へいて行きました︒ どれもこれも丸い頭をふり長い尾をふって元気よ
く泳いでゐました︒ ︵巻五 おたまじゃくし︶
分かち書きの場合︵巻一〜巻四︶は︑﹁・﹂も﹁︒﹂も一字分の空白が
あるが︑つづけ書きの部分は︑﹁︑﹂には空白がなく︑﹁︒﹂には一字分
の空白がある︒
段落表示にも二種類あり︑巻一から巻八までは改行一字下げを行って
いないが︑黒身からは段落ごとに改行一字下げを行っている︒
たとえば︑
へ 暗い箱の中にしまひ込まれてみた小さな鉄のねちが不意にピンセッ ヘ
トにはさまれて明かるい所へ出された︒ ヘ へねぢは驚いてあたりを見廻したがいろくの物の音いろくの物の
ヘ へ形がごたくと耳にはいり目にはいるばかりで何が何やらさっぱりわ
からなかった︒
ヘ へ しかしだんく落着いて見ると︵後略︶ ︵巻九 小さなねぢ︶
のようで︑今日と同じ段落表示が国定読本においてはじめて行われた︒
なお︑巻一から諸学の分かち書きの部分で一語が二行にわたるもの
は︑前行の終わりに11を用い︑改行すべき個所で前行に余地のないもの
は﹂を用いており︑第三期と同様である︒
働外国の地名・人名及び外国語について趣意書には記載がないが︑第 三期同様すべて片仮名書きで︑促音・拗音の書き方に小字を用いてい
る︒たとえば︑﹁パインアップル﹂︵呼量・一一九ページ︶︑﹁ニューヨー
ク﹂︵巻九・六〇ページ︶︑﹁キュニョー﹂︵巻十・一五七ページ︶︑ウィル
バー︵巻九・一一ページ︶など︒長音には﹁ボート﹂︵巻八・一一四ペー ジ︶のように﹁1﹂を用いている︒
ω仮名遣いは歴史的仮名遣いによる︒ただし﹁低学年に於ては促音を
表すツ︑及び拗音を表すヤ・ユ・ヨは右傍に小書し︑又コクキ︵国旗︶・ガクカウ︵学校︶の如きをコッキ・ガッカウの如く書くこととした﹂︵編纂趣意書緒言︶が︑二五からはこれを廃し大書している︒ なお︑巻一では第一部は﹁むつかしい仮名遣を要するもの﹂を避け︑第二部では﹁仮名遣もラウ・カウ・サウ等﹂を出し︑第三部では﹁梢む
つかしいシャウ・イフ・カブ等を出﹂すなど工夫をこらしている︒ 文章については︑働口語は巻一から提示し主群まではすべて口語文である︒巻一の編纂
趣意書には︑第一部は﹁全体簡単にして韻律的な文﹂︑第二部は﹁梢複雑な文﹂と記している︒秋田喜三郎は︑巻一第一部は﹁幼児の用語に従ったもの﹂とし︑﹁口語敬体は巻一の第二部より提出せられ︑巻五まで読本文章の中心文体となり︑巻六より次第に逓減してみる︒︵中略︶口語常体は巻五に至り提出せられ﹁夏の午後﹂と﹁日記﹂とがその最初のものである︒しかし巻五までに於て︑韻文は殆ど常体であるし︑対話の中には常体のものも少なくはない︒かくて巻六からは口語敬体にかはり読本文
章の中心文体となってみる︒﹂︵﹃門構国語教科書発達史﹄五八一ページ︶と指摘している︒ また︑巻髪には︑文語文への準備として文語に近い口語文を挿入して︑児童の読解力と表現力との進展を図った︒㈹文語文は︑田畑から提出した︒第六﹁くりから谷﹂を始めとして五
課の文語文がそれで︑その提出の方法は︑従来は簡単な説明文を以て始め︑主として文語文 の形式を教へる事に力めた為︑動もすれば児童の興味を惹かないもの であったのに鑑み︑今回はなるべく興味が深く︑且句調のよい文を提
出して︑児童をして︑早く文語の句調に習熟せしめることを期した︒ ︵巻八編纂趣意書︶この提出法は︑本書の新しい試みである︒
説 解
(10)
文語文は巻八︵五節︶︑寒九︵墨髭︶︑盲溝︵十七と一部分文語のもの
二品︶︑巻十一︵十重︶︑巻十二︵九課と一部分文語のもの二課︶からな
る︒巻十一の文語文の散文は﹁所謂現代普通文の範囲に属するもの﹂と
注記している︒
個候文は︑吐蕃の﹁水兵の母﹂の書簡文に提出されている︒このほか
には巻十二﹁静寛院宮﹂の文中にある宮の書簡があるだけである︒
教材については︑
㈹編纂趣意書に先述の方針がある︒巻一については︑組織の項に次の
ように記されている︒
︵一︶ 第一部は最初より第十五頁までで︑この部は全体簡単にして
韻律的な文を以てし︑言語に於てはむつかしい仮名遣を要する
ものを避け︑又敬語は用ひないこととした︒
︵二︶ 第二部は第十六頁より第四十七頁までで︑この部は学校及び
家庭に於ける児童の生活を中心として材料を採り︑梢複雑な文
に進んだ︒
︵三︶ 第三部は第四十八頁より第七十五頁までで︑この部は﹁兎と
亀﹂﹁獅子と鼠﹂﹁桃太郎﹂の三篇の説話を︑省略しない形に曾て
載せた︒
この記述には︑井上赴の基本的な考え方が出ていない︒井上は︑全教
材に対する体系として﹁先づ融合未分化のものから︑次第に分化派生し
て行く発生的展開に従って︑教材を選択し且排列しなければならない︒
又表現に就いていへば︑感情を基礎とする叙述から出発し︑児童期に入
って思考推理が働くやうになって始めて理知を基礎とする叙述即ち説明
や議論を併せ与へなければならない︒﹂と考えた︒そして具体的には︑
﹁巻 を先づ三部に分つた︒さうしてその第一部に集めたのは専ら感情
機能的言語表現である︒その特徴はどこまでも原始言語的であり︑叫喚
律動的である︒さうして第二部に於て︑それが挨拶や︑対話や︑濁語や︑
叙述に分化する言語的展開を見せ︑第三部に入って主として叙述を読む
ことに移った︒これを素材的にいへば︑第一部は即ち童謡の胎生萌芽で あり︑第二部は主として児童生活であり︑第三部は童話である︒さうし
てこの三要素を以て巻二以降が進展する︒即ち童話はやがて寓話伝説
︵巻三・巻斗︶へ︑神話︵巻五︶へ︑歴史︵巻六・巻七︶へ︑さうしてそれは次第に歴史文学︵巻八以降︶への道を目ざして行くのである︒こ\に説話文学の分化派生が見られる︒童謡はやがて児童詩︵巻五・巻六︶へ︑詩︵巻七以降︶へ︑又和歌俳句︵巻九以降︶へと展開する︒更に児童生活は蓋し殆どあらゆる教材の抱合であり胎生であって︑それからあ
らゆるものが分化する︒殊に対話・模倣・身体・作業・観察 さうした遊戯生活から︑理科や︑発明や︑地理や︑軍事や︑劇その他の文学やが派生分化しながら︑それらがやがて人生活動の種々相へ連絡移行するのである︒﹂︵小学読本編纂史︶と︒ 巻二は巻一第三部に続くものとして︑四篇の長篇童話を収め︑これに児童生活を材料とした短篇及び童謡を加えた︒ 巻三から巻六にかけては特に記載がない︒ 巻七は︑﹁児童の精神発達に鑑み︑特に又叙述の方面に多大の考慮を払ひ︑或は短文・長文を錯綜させ︑或は新に叙景文・説明文を加へ﹂た︒ 巻八は︑海外の事情に関する教材を加えた︒巻九は議論文を加え︑韻文として和歌・俳句を採録し︑説話教材は中 世以降現代へかけての武士的精神・軍人的精神に中心を置き︑その平時
と戦時との諸相を示して︑児童の英雄崇拝に適応させることを期した︒立命は︑説話教材が国民的偉人の発揮した崇高な精神・優美典雅な性
情・創作的苦心︑その他国民性の種々相にわたることを期した︒ 巻十一は国民精神を基礎として︑いかなる国民文化が顕現したかという見地に立って︑国民文学を中心とし︑国民思想及び文化に関係ある教
材を選んだ︒中軸をなす教材は︑﹁見渡せば﹂﹁源氏物語﹂﹁法隆寺﹂﹁皇国の姿﹂﹁古事記の話﹂﹁松阪の一夜﹂﹁虫の声﹂﹁魚眼の一切経﹂﹁日本刀﹂の九課である︒ 巻十二は︑表現上注意すべきものとして劇形式の二篇を加えた︒㈹挿画については︑﹁低学年用に於ては挿画を全部色刷とし︑その画風
説 (11)
解
もなるべく児童の性情に適するものたらしめる﹂方針で︑巻四までを全
部色刷とし︑迎撃は墨画を主とし︑多少の色刷画を残した︒また巻五か
ら写真凸版を用いた︒これらは︑教科書として画期的なことであった︒
以上は﹁小学国語読本柵綿編纂趣意書﹂に述べるところを中心に若干の
解説を加えたものである︒
なお︑用語の特色については愚稿にゆずるが︑趣意書の付録﹁漢字の ア ス読方﹂には︑﹁瑚泊﹂︵巻十編纂趣意書三六ページ︶のように両側に振り
仮名があり二通りの読み方を許容している︒﹃国定読本用語総覧6﹄の見
出しには一方だけ収録されているので﹃国定読本用語総覧7﹄にその二
通りの読み方の表を示す予定である︒
︵三・三︶ 書誌・諸本・底本
﹃小学国語読本﹂の編集は︑昭和六年に開始され昭和十二年に完成し
た︒教科書の執筆編集は大正九年四月間ら図書局で行われてきたが︑昭
和四年七月一日には図書局は編輯課と発行課から成っていた︒当時の関
係者で﹁実際家の意見﹂として︑しばしば文部省の会合に列した西原慶
一は︑担当者について︑
当時の図書局長は後に女子学習院長に転じられた芝田徹心氏︑発行課
長は青木存義氏であった︒監修官は︑前の尋常小学国語読本以来の腕
ききがくつわを並べていた︒
佐野保太郎︵後に︑山形︑高知旧制高校長に転︑徒然草解釈の名著︶︑
大岡保三︵後に国語課長︑千葉師範校長︶︑井上赴︵在外研究員として
外国の教科書編纂の視察を終えて帰朝した新知識︑後に編修課長︶︑各
務虎雄︵俳文学︶の諸氏︑それに︑各方面の権威を嘱託とした陣容で
ある︒︵﹃近代国語教育史﹄三二五ページ︶
と記している︒
四人の監修官によって執筆された原稿は︑第三期の場合と同様に省内
協議会で審議され︑さらに教科書調査会で審議し可決したのである︒教
科書調査会が決定した第四期国定読本﹃小学国語読本﹄は︑文部省原本
又はその修正原本として逐次刊行された︒発行された回数は巻ごとに差があるが︑現在︑確認できた原本は奥付に次の日付のあるものである︒巻一巻二巻三巻四巻五巻六巻七巻八巻九巻十巻十一巻十二 昭和七年十二月二十五日発行昭和十四年十二月二日修正発行昭和八年七月十四日発行昭和十四年五月十三日修正発行昭和九年二月十四日発行昭和十年十月十八日︑昭和十三年十一月九日修正発行昭和九年八月十八日発行昭和十年五月二十三日︑昭和十三年五月十三日修正発行昭和十年二月十八日発行昭和十四年十一月七日修正発行昭和十年七月二十日発行昭和十一年六月六日︑昭和十五年四月三十日修正発行昭和十一年一月三十一日発行昭和十一年十一月二十日︑昭和十五年十月二日修正発行
昭和十一年八月十二日発行昭和十二年六月八日︑昭和十三年五月十四日︑昭和十四年四月二十六日︑昭和十五年四月二十七日修正発行昭和十二年二月十七日発行昭和十二年十二月十五日目昭和十五年十月二日修正発行昭和十二年七月三十一日発行昭和十三年五月二十五日︑昭和十四年五月三十一日修正発行昭和十三年二月七日発行昭和十四年二月九日︑昭和十四年九月十三日修正発行
昭和十三年八月十二日発行昭和十四年六月二日修正発行また︑個別な訂正・修正事項については︑﹃昭和九年度使用国定教科書
正誤表﹄﹃国定教科書及本省著作教科書訂正通牒﹄﹃文部省編纂小学校教
説 解
(12)
科用図書訂正通牒﹄及び巻ごとの編纂趣意書の正誤表によって知ること
ができる︒修正についての詳細は﹃国定読本用語総覧7﹄の付録﹁小学
国語読本︵サクラ読本︶の修正経過﹂を参照されたい︒
この用語総覧の底本には︑奥付に印刷された使用年度を示す符号︵﹃国
定読本用語総覧4﹄解説 参照︶により判断し︑学年進行によって使用
された初年度使用本を使用した︒その奥付の年月日・符号・所蔵者は以
下の通りである︒
巻一 昭和七年十二月二十六日翻刻印刷 昭和八年二月十五日翻刻発
行 日本書籍23 松井栄一尚蔵本
巻二 昭和八年七月十四日翻刻印刷 昭和八年八月十二日翻刻発行
東京書籍は 横須賀市教育研究所蔵本
巻三 昭和九年二月十五日翻刻印刷 昭和九年三月三日翻刻発行
東京書籍に 横須賀市教育研究所蔵本
巻四 昭和九年八月十九日翻刻印刷 昭和九年九月四日翻刻発行
東京書籍に 横須賀市教育研究所蔵本
巻五 昭和十年二月十八日翻刻印刷 昭和十年三月十日翻刻発行
日本書籍25 国立教育研究所教育情報資料センター教育図書館蔵本
巻六 昭和十年七月二十二日翻刻印刷 昭和十年八月十七日翻刻発行
東京書籍ほ 横須賀市教育研究所蔵本
巻七 昭和十一年二月三日翻刻印刷 昭和十一年二月二十日翻刻発行
東京書籍へ 東書文庫蔵本
巻八 昭和十一年八月十四日翻刻印刷 昭和十一年八月二十八日翻刻
発行 東京書籍へ 東書文庫蔵本
巻九 昭和十二年二月十八日翻刻印刷 昭和十二年三月五日翻刻発行
東京書籍と 横須賀市教育研究所蔵本
巻十 昭和十二年八月四日翻刻印刷 昭和十二年八月二十日翻刻発行
東京書籍と 横須賀市教育研究所蔵本
巻十一 昭和十三年二月七日翻刻印刷昭和十三年三月四日翻刻発行
東京書籍ち 埼玉県立文書館蔵本 巻十二 昭和十三年八月十二日翻刻印刷 昭和十三年八月三十日翻刻発 行 東京書籍ち 横須賀市教育研究所蔵本
解説の執筆にあたっては以下の文献を参考にした︒井上赴著・古田東朔編﹃国定教科書編集二十五年﹂ 昭和五十九年五月
武蔵野書院秋田喜三郎著﹃劒静国語教科書発達史﹄昭和五十二年十月文化評論出版
西原慶一著﹃近代国語教育面﹄ 昭和四十年十一月 穂波出版社海後宗臣﹃日本教科書大系﹄近代編四〜九国語e〜㈹ 昭和三十八年〜
三十九年 講談社高木市之助述・深萱和男録﹃情輔国語読本﹂ 昭和五十一年二月 中央公 詩社『腿
Q教科書教授法資料集成﹄ 第十二巻 編纂趣意書2 昭和五十八年
二月 東京書籍
﹃複刻国定教科書︵国民学校期︶解説﹄ 昭和五十七年二月 ほるぷ出版
文部省﹃学制百年史﹄ 昭和四十七年十月 帝国地方行政学会
(13)
例
凡
凡
例
(一
j内容 ︵二︶底本 ︵三︶用語採集の範囲 ︵四︶見
出し語の立て方 ︵四・一︶単位 ︵四・二︶読み︵五︶見出し語
の注記 ︵五・一︶見出し ︵五・二︶漢字 ︵五・三︶品詞 ︵五・
四︶人名・地名などの注記 ︵五・五︶度数 ︵五・六︶表記
︵五・七︶活用形 ︵六︶見出し語の排列 ︵七︶用例と所在
︵七・一︶用例文 ︵七・二︶所在 ︵七・三︶層別
(一
j 内 容
本書は︑昭和八年度から用いられた第四期国定読本﹃小学国語読本﹄
︵いわゆるサクラ読本︒全十二冊︒︶の全用語を五十音順に排列し︑その
全用例のうちアからツの部までを収めたものである︒
︵二︶ 底 本
各種機関及び個人の所蔵本を底本として用いた︒
解説参照︒
︵三︶ 用語採集の範囲
底本のうち︑
①目録 ②本文 ③図版
詳しくは本書所収の の部分を用語採集の対象とした︒ただし︑③のうち︑判読しがたい語は除いた︒表紙・扉・ページを示す数字・奥付などの部分は︑用語採集の対象としない︒なお︑本文の上部欄外に示された︑仮名・漢字の新出と読み替えの表 示は︑テの部以下の用例を収める﹃国定読本用語総覧7﹄の巻末に別に
まとめて付録とする︒︵四︶見出し語の立て方
︵四・一︶単 位
自立語は原則として文節から助詞・助動詞を切り離したものを一単位
とし︑助詞・助動詞は︑﹃現代語の助詞・助動詞一用法と実例﹄︵国立
国語研究所報告3︶を参考にして単位を決定した︒ただし︑
①形容動詞は立てない︒形容動詞の語幹にあたる部分を﹁形状詞﹂
として一単位とし︑語尾にあたる部分を助動詞とする︒
②サ変動詞﹁する﹂︑および﹁いたす・くださる・なさる・もうし
あげる﹂など意味上ほぼサ変動詞﹁する﹂にあたるものが︑体言
または体言相当のものにじかに接続している場合は切り離さな
い︒
③助詞・助動詞を構成要素に持つ副詞・接続詞等の処理は別に行う︒
④動植物名や固有名詞︵人名・地名・戦争名・課名・題名など︶は
全体で一単位とする︒
⑤同語形であっても品詞の異なるもの︑口語・文語などで活用の
異なるものは別見出しとして扱った︒ただし︑﹁会う﹂のように口
語五段活用と文語四段活用の終止形が同形で併存するものは︑一
つの見出しにまとめた︒
なお︑単位決定の詳細については︑別に問題語一覧を作成する予定で
ある︒
例 凡
(14)
複合語などの後部にあらわれる要素については︑次のように切り出し
て見出しに立て︑←で︑主となる見出しを参照させて検索できるように
した︒ あいて ﹇▽おあいていたす・そうだんあいて
︵四・二︶ 読 み
漢字表記の読みを決定するにあたっては︑国定読本の上欄に新出また
は読み替えとして提示されている漢字を参考にした︒
国定読本では︑ある漢字がその読本中で初めて使われる時には︑新出
漢字として上欄に掲げ︑その後別の音訓で使われる時には︑傍線を付し
て読替漢字として掲げることになっている︒その漢字を提出順または代
表音訓順に示したのが付録5及び付録6である︒巻・頁が進むにした
がって提出音訓が増えるので︑そのいずれに該当するのか確定できない
場合も生じるが︑これによって編者の意図の推定できる場合も多い︒例
えば︑﹃用語総覧5﹄の付録6によると︑﹁石﹂という字は巻三の26ペー
ジが初出で﹁いし﹂︵石がき︶︑つぎに︑巻六の64ページに読替が立ち
﹁シャク﹂︵磁石︶︑最後に巻六の95ページに読替が立つ︵大石︶︒ここで
﹃大石﹄の﹁石﹂の読みは︑前の二つと同じであってはならないので︑こ
れは﹁おおいし﹂ではなくて﹁タイセキ﹂だということになる︒
なお第四期国定読本︵サクラ読本︶については︑読替漢字の読みは編
纂趣意書に示されている︒
また見出し語のうち︑以下にあげるように︑国定読本に用いられた語
形が︑現代語として一般的な語形と異なっていたり︑漢字表記の語で︑
読みに二通りの可能性があったりして︑検索に支障をきたすおそれのあ
るものは︑*印をつけた空見出しをもうけ︑参照すべき項目を示した︒
.うしろあし ←あとあし︵後足︶
.かねだか nvきんだか︵金高︶
さらに複数の読みがそれぞれ見出しになっていて︑相互に参照するこ
とが望ましいと思われるものは︑表記の下に‡で示した︒ あしたτあす・みょうにちあす‡あした・みょうにちじ‡ち︵地︶ち→・じ
︵五︶ 見出し語の注記
各見出し語ごとに︑
例
見出し ︵明日︶
次のような事項を記した︒
漢︷子 u圧記 度数 表記
い↑
いつくしま ﹇厳島﹈︹地名︺1 画影用例
十一348囲
いつくしま嚴島は古より日本三景の一に敷へられて殊
に名高く︑︿略﹀︒
所在︵巻・ページ・行︶
見出し 漢字 品詞 度数 層別
ユ藷
活用形
そ・う﹇沿﹈︵四・五︶4 そふ 沿ふ ︽ーウ・ーッ・ーヒ︾
六722 東の方は此の橋のたもとから︑川にそって電車が
出ます︒
︵五・一︶ 見出し
現代仮名遣いによって︑和語・漢語は平仮名︑外来語は片仮名で記し
た︒
活用語は終止形を見出しとし︑活用しない部分と活用する部分との間
(15)
例凡 に・︵中点︶を入れた︒
︵五・二︶漢字
語の識別のため︑必要に応じて︑見出し語にあたる漢字を注記した︒
︵五・三︶品詞
品詞は次の通りとし︑後に記すような略号を用いて示した︒なお︑助
詞と動詞は︑さらに細分類を行った︒
名詞︵名︶ 代名詞︵代名︶ 形状詞︵形状︶ 副詞︵副︶
連体詞︵連体︶ 接続詞︵接︶ 感動詞︵感︶ 助詞 動詞
形容詞︵形︶ 助動詞︵助動︶
助詞は次のように分類し︑後に記すような略号を用いて示した︒
格助詞︵格助︶ 副助詞︵副助︶ 係助詞︵係助︶ 接続助詞
︵接助︶ 並立助詞︵並助︶ 準体助詞︵芋助︶ 終助詞︵終助︶
間投助詞︵間助︶
また︑動詞は活用の種類によって分かち︑次のように示した︒
四段︵四︶ 五段︵五︶ 上二段︵上二︶ 上一段︵上一︶
下二段︵下二︶ 下一段︵下一︶ 力行変格︵力変︶ サ行変格
︵サ変︶ ナ行変格︵ナ変︶ ラ行変格︵ラ変︶
︵五・四︶ 人名・地名などの注記
見出し語の意味・用法について︑必要に応じて︑﹁人名・地名・課名・
話し手名﹂などの注記を加えた︒なおその場合には品詞は省略した︒
︵五・五︶ 度 数
見出し語ごとに︑その使用度数
︵五・六︶表記
その見出し語の全用例について︑ ︵用例の数︶を記した︒
片仮名・平仮名・漢字や︑振り仮名
の有無などの表記の異なりを列挙した︒は︑次の順とした︒①片仮名 ②平仮名 ③変体仮名
④漢字︵片仮名の振り仮名つき︶ ⑤漢字︵平仮名の振り仮名つき︶ ⑥漢字︵振り仮名なし︶⑦アラビア数字 ⑧ローマ数字 二種類以上の表記がある場合
︵五・七︶ 活用形
活用のある見出し語の用例について︑活用形の異なるものを列挙し
た︒ただし︑ここでいう活用形の異なりとは︑未然形・連用形などの別
ではなく︑語形上の異なりをさす︒
活用形を列挙する際︑活用しない部分︵見出しで︑中点・より前の部
分︶は一で記し︑活用する部分を︑原文通りの仮名遣いで︑片仮名によっ
て示した︒
また︑二つ以上の活用形がある場合は︑五十音順に並べた︒
︵六︶ 見出し語の排列
見出し語の排列は現代仮名遣いの五十音順とする︒ただし︑片仮名は
平仮名に︑濁音・半濁音は清音に︑小字︵アイゥェォ つやゆよ︶は普
通の仮名に︑長音符号﹁1﹂は直前の仮名の母音に︑それぞれ置き換え
たものとみなして︑一字目から順次︑五十音順に排列する︒
同じ仮名の連なりとなった見出しは︑次の各項を一字目から順に適用
して排列する︒
例
(16) 凡
①清音←濁音←半濁音
②小文字←大文字すなわち︑拗音←直音︑促音←直音 ③普通の仮名←長音符号
以上によっても排列の決まらないものは︑次の各項を順に適用して排
列する︒ ①次の品詞順とする︒
名詞←代名詞←形状詞←副詞←連体詞←接続詞←感動詞←助詞←
動詞←形容詞←助動詞
a名詞のなかでは次の順とする︒
課名←話し手名←人名←地名←それ以外の名詞
b助詞のなかでは次の順とする︒
格助詞←副助詞←係助詞←接続助詞←並立助詞←準体助詞←終
助詞←間投助詞
c動詞のなかでは次の活用順とする︒
四段←五段←上二段←上一段←下二段←下一段←力変←サ変←
ナ変←ラ変
②漢字表記の付けられるもの︑付けられないものの順とする︒ a漢字表記の付けられるものについては︑字数の少ないものか
ら多いものの順とする︒字数が同じ場合は︑一字目の画数順と
し︑一字目が同画数の場合は︑﹃康煕字典﹄の順に並べ︑同字は
まとめたうえで︑二字目の画数順とする︒
b漢字表記の付けられないものについては︑
平仮名←片仮名︵外来語︶の順とする︒
︵七︶ 用例と所在
︵七・一︶ 用例文
用例は︑仮名遣い・分かち書きなどまで︑できるだけ原文通りとした︒ 漢字字体は︑対応する普通の明朝活字体とした︒
用例の長さは︑五十字︵本書の三行︶程度を目安として︑一文を採用 したが︑必要に応じて長短がある︒用例文の中間の一部を省略する場合
は︑︿略﹀のように示した︒ 同一見出し語に含まれる用例は︑底本における出現順に排列した︒ 用例中︑見出し語にあたる部分は太字で示した︒ なお︑五十音図・いろはは︑本文ではそれぞれ一部分を示すにとどめ︑付録に全体の形を示す︒︵七・二︶所在 用例は︑見出しにあたる語のはじまる位置によって︑底本の巻・ペー
ジ・行の順で所在を示した︒ なお︑目録と図版中の語は︑それぞれ六目2
五36図のように記し︑目録または図版中の語であることが分かるようにした︒ ︵七・三︶ 層 別 用例文の文体上の性格を次の三類八種に分類した︒①口語文文語文候文 ②散文韻文手紙文 ③地の文会話文
以上のうち︑口語文・散文・地の文については注記せず︑それ以外は︑上記の分類の第一字目によって︑図贋圏國圏のように区分を示し
た︒なお︑目録と図版中の語については︑原則として層別の表示を行わな
い︒あ一あいうける 1
あ
あ ︵感︶12 ア あ
一296圃 ア︑ミンナガ︑ ワット
ニゲテイッタ︒
三682囹あ︑舟がしつむ︑しつむ︒
三796園 あ︑しまった︒
三878囹 あ︑しまったQ
五316圏 あ︑汽車だ︑汽車だ︒
六555園 あ︑人がこっちを見て居る︒
六㎜3園 あ︑なるほど︑それはわか
るまい︒
七541国 あ︑もう九時五分前です︒ 七撚7 あ︑とうくかくれてしまつ
た︒ 十411囹 あ︑これがさうなのか︒
十44.7園 あ︑瀧か︒
十二箇5囹 あ︑もうし︑それはあん
まりではございませぬか︒
ああ ︵副︶6 あ\
八榴6囹 あ︑いふ風に髄をしぼると︑
中の水が勢よく下へ出る︒
八備4囹 だから歩く時︑あ︑いふ風
に頭が傾いて︑へんなかっかうに見
えるが︑あれは胴なのだから︑別に
不思議はないのだよ︒
九73 空飛ぶ鳥を見て︑自分もあ︑
いふ風に飛んでみたいと思ひ︑いろ
く工夫をこらした人は︑かなり古 くからあったやうです︒ 九284囹 あ︑いふねぢはもう無くな つて︑あれ一つしか無いのだ︒ 十爾3園 母は號外をちらと見て︑ ﹁︿略﹀︒﹂﹁あ︑いふ連中が今度も出 るやうでは︑選學もおしまひだよ︒ 十年4囹あ㌧いふ風に︑みんなが選 學の義務といふことを強く感じれば︑ 選學は自然眞劒になる︒ああ ﹇鳴呼﹈︵感︶28 ア・ あ\
三364囹四142囹
ね︒四川4軽
四悦4医
四鵬2圏 ア・︑サウシマセウ︒あ︑︑よくかへって來たあ〜︑よい所だ︒あ︑︑よいお天長だ︒あ︑︑はっかしいことを
申しました︒六404圏六996闘
ますよ︒六伽8園
七31囲 七69囹
七748囹 あ︑︑さうだった︒あ︑︑當分やつかいになりあ︑︑お参りしたよ︒あ︑︑朝の海︒あ〜︑我が妻よ︒
あ㌧︑あぶないことだ︑あ
ぶないことだ︒
七757園 あ㌧︑あぶないことだ︑あ
ぶないことだ︒
七麗7園 あ〜︑其の事ですか︒
八422 あ〜︑母はもう此の世の人で
はないのかと︑力を落して居ました︒
八635圃神のたふとい 御心なのか︑
あ︑︑菊の たかいにほひ︒ 九264園あ㌧︑何といふ情ない身の 上であらう︒九503国 大空にそ\り立つ二十階・ 三十階の大建築︑︿略V︑さういふも のを見ただけで︑あ㌧アメリカだな と︑つくぐ感じさせられました︒
九942囹 あ㌧︑それなら︑天文學と
いふ見出しのある所を見るのです︒
十515図 あ︑︑多年の苦心は遂に報
いられたり︒
十一141囹あ〜︑此の子が男であっ
たら︑りっぱな學者になるであらう
に︒
十一399圏あ︑︑い\お嫁さんが出
來ました︒
十一悩10囹あ︑︑あれは僕の作った
曲だ︒ 十一伽4園あ〜︑あなたはベートー
ベン先生ですか︒
十二302圏 あ︑︑天は予をほろぼし
た︒ 十一一3010園 あ︑︑天は予をほろぼし
た︒ 十二㎜3園 あ︑︑何と申し上げたも
のか︒
十二価6囹 あ︑︑あ\︑後悔先に立
たず︑飼犬に手をかまれた方がまだ
ましぢや︒
十二衛6園 あ\︑あ︑︑後悔先に立
たず︑
アール ←ごひゃくにじゅうろくアール
ああん ︵感︶−あ㌦ん 六265園 弟が︑たいくつして︑ ﹁あ︑ん︒﹂と言った︒あい ﹇合﹈﹇▽いいあい・うけあい・お きあい・ぐあい・くみあい・さしあ い・しあい・しりあい・つりあい・な げあい・ばあい・わりあいあい ﹇相﹈了いりあいあい ﹇愛﹈︵名︶1 愛 けんたうし 十二㎜2 憶良は︑遣唐使に從って支 那へ渡ったこともあり︑元亀切者で あるが︑人間に封ずる愛の心に富み︑ 其の方面で特色ある歌を多く残して みる︒ あみあい ﹇藍﹈︵名︶3 藍 藍 かいけふ 九494囲 船が金門海峡にさしか\つ あみ て︑左右に山を仰ぎながら︑一路藍 をた\へたやうな水路を進んだ時は︑ 何となく胸がをどるやうでした︒ 十一価4 見ると︑水の色はどこまで あみ も藍だ︑透明だ︒ 十一聯6 紅色の壁面が湖水の藍に映 じて︑さゴ波が紫に見える︒
あいうえお2アイウエオ︿略﹀あ
いうえおく略V 一76図 アイウエオ︿略﹀︹第七巻付 録参照︺ 三慨図 あいうえおく略﹀︹第七巻付 録参照︺あいう・ける ﹇相承﹈︵下一︶1 相承 ける ︽ーケ︾ 十二m11 孝和の門下には幾多の人物が出て︑師弟相承け相縫いで︑和算