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世界史教育における「中心・周縁」論をめぐる若干の問題

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Academic year: 2021

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(1)Title. 世界史教育における「中心・周縁」論をめぐる若干の問題. Author(s). 渡邉, 義浩; 吉井, 明. Citation. 僻地教育研究, 49: 25-29. Issue Date. 1995-03. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/1509. Rights. 本文ファイルはNIIから提供されたものである. Hokkaido University of Education.

(2) Na49. 1995.3. 世界史教育における「中心・周縁」諭を めぐる若干の問題 渡連 義浩・吉井 明. WatanabeYoshihiro YoshiiAkira. 現行の学校教育の制度的制約によって,本来的なそ. 1.はじめに. れからは,かけ離れた方向へと認識と結論を導出し. 歴史上,従属や隷属,差別化を強いられた地域や. てしまう可能性についてである。. 集団や個人をどのように理解するか,またそのしく. 具体的な歴史世界が,中心部と周縁部の単純な二. みをどのように把握し提示するかは,歴史教育上の. つによって成り立っているのではないことは自明で. 要諦の一つをなす。特に「冷戦」体制の終焉に伴い. ある。例えば近代世界において,アジアが,ヨーロ. 世界秩序の参照枠がばやけ,「南北間題」や「民族間. ッパの周縁的部分として位置付けられたとしても,. 題」が,それまでにな〈複雑な形で噴出している今. 近代アジアという時空間に内在した場合は,重層的. 日の世界においては,歴史上の「周縁」・「辺境」・「僻. 地」の存在に,歴史教育は一層の注意を向けなけれ. な差別・差異化と役割の多様化が見られる。また, ヨーロッパ内部においても同じ構造が存在する。こ. ばならない(1)。ところで,その際「周縁」が,どのよ. のように単純な二元論ではな〈,重層的に関係づけ. うな抑圧・差別・隷属・冷遇を強いられたのかを,. られた世界の有り様の理解と関心を惹起すること. 事例研究的に教科内容諭として展開することは,教. が,「中心・周縁」論の「世界史教育」への適用のメ. 科教育論として必要であり,また意味のあることで. リットである。しかし,現行の教科教育内容に係わ. あるが,小稿の関心はそこにはない。ここで問題に. る制度的射程が,右の重層的構造認識にどこまで到. したいことは,「周縁」や「辺境」を学校数育として. 達し得る要素を持ち得ているのかは,後述のように. の「世界史教育」において取り扱おうとする場合に. 疑問である。学習指導要領による教科書の内容構成. 生じる,歴史教育論上の落し穴についてである。. の在り方,また教科書記述に対する「検定」制度の. さて,「周縁」的地域や集団を取り扱う際,その対. 有り様に規定されて,そして大き〈は,近代日本の. 概念をなす「中心」との関係性において,いわば世. 自己認識それ自体に規定されて,「中心・周縁」論と. 界の構造的問題として対象を取り上げなければなら. いう新しい衣を身につけながらも,教育主体をして. ないことはいうまでもない。「周縁」における諸々の. 西洋一束洋,強者と弱者,勝者と敗者といった単純. 歴史的事象が,一見内部に原因をもつように見えた. な二元論に遭元する思考形式から抜け出せない可能. としても,そこには「中心」の「周縁」に対する影. 性が大き〈畢まれている。以下,この点について,. 響が刻印されている。「中心・周縁」論による世界史. 若干の検証を行っていきたい。. 認識への接近は,当該世界の構造の総体的理解とそ れを前提にした個別歴史事象への理解の深化を,生. 2.中心・周縁概念と「世界史教育」. 徒(とそして教師自身にも)促すものでなければな らない。. まず,歴史構造としての中心・周縁体制の概略を. ところで,注意を要するのは,このような「中心・. 古代東アジア世界を例にして示そう。同世界におけ. 周縁」論の適用による世界史教育への接近意図が,. る中心・周縁概念は,中華と夷秋であった。中華の ー25−.

(3) 渡連 義浩・吉井 明 天子の徳治により,夷秋はその徳を慕い朝貢を行う。. れた未開な文化的価値の低位な地域であり,文明化. 夷秋の首長は天子から冊封をうけて君臣関係を締結. の対象であるという認識が確立し,西洋中心史観に. し,結果,国際体制が形成される。こうして中華思. よる世界史把握の端緒となる。かかる認識は「周縁」. 想は,中国国内はもとより,周辺諸国・諸民族にも. 地域の自己認識を,「アジア停滞論」という形で規定. 受容され,儒教・律令制・中国仏教・漢字文化を指. していき,こうした意識が,戦後の世界史教育に与. 標とする東アジア世界の国際秩序となる(2)。. えた影響は大きい。 しかしながら歴史の過程は,言うまでもなく複雑. さて,同概念に関して,第一に着目すべきは,そ の文化的性格である。中華概念の形成期である殿周. である。近代ヨーロッパ自身が,自己の内部に「中. 時代にはまだ,中華と夷秋は地理的概念に留まった. 心一周縁」(例えば,ドイツに対するポーランドなど). ものの,春秋戦国時代から,天子の徳化を基準とす. を有している(5)。自己内部の「中心一周緑」構造にっ. る文化価値を内包するものとなり,徳化という文化. いてのヨーロッパの自己認識と,西洋一束洋につい. 的成熟度により,中心と周縁の価値付けがなされる. てのヨーロッパの二元的認識とは,鏡像関係にある。. ようになる。かくして「夷秋=周縁」は文化の及ば. アジアに目を転じれば,上述のように「周縁」の地. ない地域,徳化の及ばない地域という負の価値観を. 域では,西洋の「周縁」認識を参照基準として近代. 包含する概念となったのである(き)。. 化=西洋化の「努力」が開始されるが,その過程に. 第二に,この概念が重層的な構造を有することで. おいて「周縁」地域内で逸早く近代化=西洋化を推. ある。例えば,日本は,律令国家を成立させると,. 進し得た地域は,自己が「周縁」内の「中心」であ. 天皇を頂点に統治権の及ぶ範囲を化内,その外部を. ることを主張して,他者との差別を行い始めていた。. 天皇の教化の及ばない化外と区別した。また,隣国. その際留意すべきは,近代化=西洋化の過程におい. である唐,蕃国である朝鮮諸国をも,夷秋である蝦. ても,当該文化圏に固有の国際関係を踏まえた近代. 夷・隼人とともに化外と位置づけ,律令法体系の中. 化が行われたことである。この点を日本に即して押. にも華夷思想を反映させた。こうして日本は,中華. さえておけば,まず,日本を含む当時の東アジア世. である中国に対しては東夷でありながら,国内に対. 界の国際関係のシステムは,(古代中国からの伝統を. しては中華(小中華)となり,重層的な「中心一周. 引いた)朝貢を中核とする重層的な冊封体制であっ. 縁」のシテスムを敷いたのである。さらに日本は,. た。そして1840∼42年のアへン戦争を哺矢とする西. 新羅に対して調を要求し,勃海を朝貢国に位置づけ. 洋諸国のアジア侵略も,冊封体制と無関係に行われ. るなど,朝鮮諸国や東北アジアに対しても,自己の. たものではない。ヨーロッパ諸国も朝貢関係の論理. 中華思想に基づく国際社会の秩序形成を目指したの. の中に組み込まれ,地理的に四囲に近接する「周縁」. であった。東アジア世界の「中心一周縁」のシステ. に位置させられて開始されたものなのであった。し. ムは,「中心」の中国だけが,一元的に「周縁」の周. たがって,明治維新を契機に近代西洋の文化的政治. 辺諸国を支配下に置くだけではなく,中国の冊封体. 的文脈において「周縁」として位置づけられた日本. 制の内部に重層的な中華と夷秋の関係を形成するも. の近代化も,一方で,東アジアの伝統的な朝貢シス. のであった(4)。つまり,古代東アジア世界システム. テムとそれに随伴する文化的価値から自由ではなか. は,中国を頂点とする中心的なシステムのほかに,. った。日本の近代化を後者の視角で捉えれば,日本. いくつものサブシステムが内部に形成される重層構. が中国に代わって東アジアの「中華=中心」を奪取. 造によって,幾層もの「中心一周縁」関係を包含す. しようとする過程から,すなわち近代以前からのア. るものとして形成されていたのである。. ジア空間の歴史的流れの連続性と断絶性において,. 以上の例示を一般的前提にして次に,「中心一周. 日本の近代化を把握することも可能となる(6)。. 縁」構造を,世界が欧米文化に従属せしめられた近. しかし,日本の側から,日本の近代化を見た場合,. 代という時代性において把握してみよう。. 「西洋と東洋」という近代世界の二元論的把握の中,. さて,15世紀末から始まる西洋諸国の対外侵略は,. それまでの伝統的アジアという媒介物を抜け落とし. 独自の歩みを続けてきた各地の諸文明を押しつぶ. た形で,西洋へのキャッチアップ過程として読み替. し,近代西洋による世界の一体化をもたらした。そ. えられていくことになる。そのような思考形態を強. の過程を通じて,欧州以外の世界=「周縁」は,遅. いるところに近代西洋世界の文化戦略の強靭さがあ −26−.

(4) N(149. 世界史教育における「中心・周縁」論をめぐる若干の閥務. るのであるが,「世界史教育」論において主張されて. 識を図ろうとした,(9中学校の歴史的分野との関連. きた西洋中心史観からの脱却が困難であるのは,右. を図ろうとした,という諸点を考慮して,文化圏学. のような近代世界の展開過程それ自体にその淵源を. 習を目標に掲げたとされている。これらの諸点の中. 持つからである。そのため,「中心一周緑」概念の歴. で,文化圏学習の意義として強調された点は,③の. 史教育への安易な適用は,西洋一束洋の二元論的把. 西洋中心史観からの脱却である。. 握から一歩も出ないばかりか,むしろ,一見新しい. 昭和53年版の学習指導要領における,内容の(5)「19. 教育言説空間によってそれが活性化される可能性を. 世紀の世界」の解説では,その狙いは,19世紀にお. 率むことを理解しておく必要がある。それでは,現. いて世界における西洋の優位性が実現したことを捉. 行の「世界史教育」の教科制度的枠組みの範囲にお. えさせるとあった。しかし,平成元年告示の学習指. いて,単純な二元論的把握に陥らずに,本来的には. 導要領世界史Bでは,(5)は「近代と世界の変容」に. 歴史認識を豊富化し得る「中心一周縁」概念を生か. 改められ,その解説では,18・19世紀のアジアを西. すことは可能であろうか。この点を,近年西洋中心. 洋の進出の対象として西洋の目で捉える視点に代. 史観からの脱却という観点から提唱され,また教育. え,アジアの側に視点を置いて,西洋の進出に対す. 制度的正当性を付与されている「文化圏学習」論と. るアジアの対応を捉えるように構成され,これは従. の関係において,見ておきたい。. 来,世界史で大きな比重を占めてきた19世紀の西洋. 1995.3. を世界史の中で相対化し,適切に位置づけようとし たものであるとされており,西洋的価値観からの脱. 3.文化圏学習論と中心・周縁論. 却の意図が窺われる。. 戦後,社会科の成立とともに開始された世界史教. しかし,同学習指導要領における同項馴こおいて. 育の主流は,「世界史の基本法則」に代表される社会. は,西洋の進出に対するアジアの対応とあるように,. 構成体の発展によって歴史を認識する方法であった. そのアジア認識は,西洋文化圏によるその他の並列. が,史的唯物論を中核に据え,普遍的な歴史発展の. 的文化圏の一体化過程として把握されている。言い. 法則性を理解させる発展段階論ほ,その教条性と西. 換えれば,文化圏学習は,近代に入るとその役割を. 洋中心史観に厳しい批判が浴びせられた。その中で. なくし,以後は解体してしまうのである。. も,上原専禄が提唱した多元的世界史の把握法は有. そこでは,「アジア」という歴史的空間に内在した. 力なものであった(7)。上原は,生活現実の歴史化的・. 近代理解は依然射程に入っていない。そればかりか,. 課題化的認識に基づいて,やがて十三文明圏論とし. 逆に,アジアの近代化の様相は,アジアにおける西. て結実する諸文明圏の並立のうえに立つ世界史を説. 洋化過程,あるいは,アジアにおける個別地域・空. いた。他方,上原らの多元的な世界史理論も背景と. 間と西洋との個別的関係として一旦把握される他な. しながら,それとは別の淵源を持つ「文化圏学習」. くなる。結局,近代以前において地域の歴史を並列. の教育制度化は学習指導要領においてなされた。学. 化しておきながら,突如として西洋文化圏による世. 習指導要領の世界史の目標において,初めて文化圏. 界史の一元化,言い換えれば,個別国家の近代化諭. 学習が掲げられたのは,昭和53年告示のそれであっ. へと,歴史認識が収束することになる。先に述べた. た(8)。そして,平成元年告示の学習指導要領世界史B. 束アジア世界の「差別の重層化」形態や,欧州内部. でも,世界史の目標に文化圏学習の重要性がうたわ. においても「中心一周緑」のサブシステムを有して. れ,内容の(2),(3),(4)に,それぞれ東アジア文化圏,. いた事例の歴史具体的把握は後景に退き,西洋型の. 西アジア・南アジア文化圏,ヨーロッパ文化圏の四. 近代国家形成・確立史が,世界史教育における19世. つの文化圏が掲げられている。. 紀・20世紀の歴史把握として前面に出てくることに なる。かくて,現今の民族間題やエスニシティの問. 昭和53年版によれば,①膨大で煩墳な世界の歴史 の諸事象を整理し生徒の理解を容易にする,(診世界. 題は,教科内容において捻体的な歴史認識の中に位. 史の内容・指導事項の精選の手段の一つとする,③. 置付くことなく,西洋型の近代国家像に対する個別. 西洋や中国中心の史観や内容構成の傾向から脱し. 的反抗の事例として提示されるに留まる。そこでは,. て,グローバルな視点に立とうとした,⑥各文化圏. 西洋中心の歴史像自体を相対化する教育認識的な契. 固有の文化・生活・歴史などの価値の再発見,再認. 機が見失われ,文化圏学習による西洋中心史観から −27−.

(5) 渡連 義浩・吉井 明. の脱却論は,日本という「西洋化されたアジア」の く注〉. 賞揚と「停滞するアジア」という相変わらずの文脈. (1)ウォーラーステイン,川北稔訳『史的システム. において,いわば文化論的に日本を西洋にシフトさ. としての資本主義』(岩波書店,1985年),『近代世. せるに留まり,その高みから,近代世界を認識する という,特殊日本的な問題を拡大再生産することに. 界システム1600−1750』(名古屋大学出版会,. なる可能性がある。. 1993年)を参照。また,近代世界システムに関す る諸議論は,田中明彦『世界システム』(東京大学 出版会,1989年)を参照。. 4.おわりに. (2)「中華と夷秋」に関しては,小倉芳彦『中国古 代政治思想研究』(岩波書店,1970年),栗原朋信. 以上見たように,現行の学校教育システムにおけ. 『上代日本対外関係の研究』(吉川弘文館,1960. る歴史教育の近代史認識は依然単線発展型,キャッ チアップ型の認識に留まり,西洋中心史観の克服を. 年),西嶋定生『中国古代国家と東アジア世界』(東. 掲げた文化圏学習もその例外ではない。むしろ,文. 京大学出版会,1983年)などを参照。. 化圏の独自性を近代以前において認めつつ近代にお. (3)日原利国『春秋公羊偶の研究』(創文社,1976年). いてそれが一元化されていくという歴史文脈を示す. を参照。. (4)石母田正『日本古代国家論』(岩波書店,1973年),. ことによって,現今の文化相対主義を一定程度取り 入れながら,旧来の近代世界像を保守するという役. 山尾幸久『古代の日朝関係』(塙書房,1989年)を. 割を担う点が特徴的である。したがって「中心・周. 参照。 (5)佐藤勝則『オーストリア農民解放史研究一束. 縁」論を学校制度における世界史教育の認識用具と して取り入れるためには(9),文化圏学習論を捉えか. 中欧地域社会史研究序説−』(多賀出版,1992. えして換骨奪胎する必要性がある。その際,国民国. 年),江口朴郎『帝国主義と民族』(東京大学出版. 家という枠組みを越えて,いくつかの地域空間をシ. 会,1954年),宮島喬・梶田草道『現代ヨーロッパ. ステムとしての圏と捉え,その空間的まとまりの紐. の地域と国家−一変客する〈中心一周辺〉閉店へ. 帯を考察していくという発想を同論が有しているこ. の視角−』(有信堂,1988年)などを参照。. とに着目したい。一定の地域・空間をまとまりを持. (6)浜下武志『近代中国の国際的契機』(東京大学出. 版会,1990年)。. った「圏」と捉え,その具体的な特徴を見る世界シ ステム論の空間概念を特に近代の歴史把握に導入す. (7)上原専禄編『日本国民の世界史』(岩波書店,1960. ることによって,学校教育システムとの折り合いを. 年)。遠山茂樹「世界史における地域史の問題」(『歴. つけながら世界史教育における歴史認識の深化を図. 史学研究』301,1965年)を参照。. れる可能性がある。. (8)吉田寅『世界史教育の研究と実践』(教育出版セ. ただし,このような「戦略」の遂行には慎重な態. ンター,1986年)を参照。 (9)ところで,学校数青空間における歴史教師論に. 度が必要でもある。というのも,このような文化空 間的発想は,日本の近代化過程の中でのアジア広域. 踏み込んだ場合,世界史認識における「中心・周. 圏構想(端的には大東亜文化圏構想)の存在を(ど. 縁」論自身が,結局は「中心」出自の世界把握か. のような評価であれ)無視するわけにはいかず,あ. ら自由ではなく,その把握が現在の「周縁」的知. るいはアジア主義の問題を単なる批判においてでは. からの批判にさらされることもありえることにも. なく,どのように歴史教育的に評価し押さえるのか. 注意しておかなければならない。このような想像. という問題が伏在しているからである。恐らくこの. 力を,「教師」がどこまで「生徒」に示しうるのか。. 点は,西洋中心史観から一歩踏み出した途端に生じ. 19世紀中葉以降,日本が経験した「近代化」とは,. る根源的な問題であり,日本の戦争責任問題との関. 欧米を中心とした(戦後は米の)支配的知の階梯. 係において,教育主体であるとともに生活者として. へ自らを投げ入れたことに他ならない。とするな. の主体的判断が問われていくことになるが,この点. ら,論理的には,「近代の構造を解明するに有効な. についての検証は別稿に委ねたい。. 中心・周縁論によって歴史を語る教師」が歴史的 存在である限り,自らの存在の歴史的意味自身を −28−.

(6) N(149. 世界史教育における「中心・周縁」論をめぐる若干の間馬. 語らなければならないという局面を学校教育は不 可避にもたざる得ない。果たして,現代の学校数 育における歴史教科教育の射程は,「歴史教師」と いう役割自身を歴史認識的に相対化しうる方法を 教科内容論として持ち得ているのか。「私たちは近 代学校システムの中で教え学んでいる」にすぎな いということを「教え学ぶ」という認識を,学校. における歴史教育として提示することは果たして 可能か。. −29−. 1995.3.

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