[事実の概要]
本件は、傷害保険契約(海外旅行保険契約)の 被保険者である訴外Aが、NHK の番組制作のため に中国出張中、宴席に参加して高濃度のアルコー ルを大量摂取した後に嘔吐し、吐瀉物を詰まらせ て窒息死したことから、保険金受取人であるXら (原告・被控訴人)が保険者であるYら(被告・ 控訴人)に対し、死亡保険金及び遅延損害金(以 下、「死亡保険金等」という)の支払いを求めた事 案である。 X1は亡Aの父であり、X2は亡Aの母である。 X3は放送番組の企画、制作等を目的とする株式 会社であり、NHK から番組制作の業務の一部を委 託されていた。X4は放送番組の企画、制作等を 目的とする株式会社であり、X3からさらに業務 の全部または一部を再委託されていた。亡AはX4 に勤務し、ロケ現場における音声、照明スタッフ 等の業務に従事していた。 本件は、X1およびX2がY1との間で締結した Aを被保険者とする海外旅行保険契約に基づき、 X3がY1との間で締結したグループ傷害保険契 約に基づき、X4がY2との間で締結した普通傷害 保険契約に基づき死亡保険金等の支払を求めた。 本件海外旅行保険契約では、「被保険者が旅行行 程中に傷害を被り、その直接の結果として、傷害 の原因となった事故の日からその日を含めて 180 日以内に死亡したときは、この特約条項および海 外旅行保険普通保険約款の規定に従い、保険証券 記載の傷害死亡保険金額の全額を傷害死亡保険金 として死亡保険金受取人に支払う」とした上で、 傷害とは、「急激かつ偶然な外来の事故によって被 った身体の傷害をいい、この傷害には、身体外部 から有毒ガスまたは有毒物質を偶然かつ一時に吸 入、吸収または摂取したときに急激に生ずる中毒 症状(継続的に吸入、吸収または摂取した結果生 ずる中毒症状を除く。)を含む」とし、疾病とは、 前記の「傷害以外の身体の障害をいう。ただし、 妊娠、出産、早産および流産を除く」と定義され ている。それとともに、「被保険者の脳疾患、疾病 または心神喪失」の場合には免責とされている。 本件グループ傷害保険契約では、被保険者の「就 業中」という点と疾病の定義が示されていない点 以外は、本件海外旅行保険契約とほぼ同様の内容 である。本件普通傷害保険契約では、旅行行程中 や就業中といった限定がない点と疾病の定義が示 されていない点以外、ほぼ同様の内容である(以 下、各保険契約を併せて「本件各保険契約」とい う)。 目 次 アルコール飲酒による吐物誤嚥………1 精神障害中の自殺………13アルコール飲酒による吐物誤嚥
東京高裁平成 26 年4月 10 日判決 (平 24(ネ)7655 号・平 25(ネ)2859 号保険金請求控訴事件)判時 2237 号 109 頁 第1審:東京地裁平成 24 年 11 月5日判決(平 23(ワ)9701 号保険金請求事件) 判例集未登載第 290 号 2015.10
Aは、平成 21 年4月1日から 10 日程度の予定 で、NHK が放映する放送番組の制作に際して、NHK の職員B・Cの2名と中国でロケを行った(以下、 「本件中国出張」という)。本件中国出張は、日中 戦争時に旧日本軍が中国に飛行場を建設したこと の確認や、同飛行場を基礎としてつくられた現在 の飛行場の様子の撮影、当時の様子を知る地元の 人々へのインタビュー等を行うためであった。 同番組制作は、日中戦争をテーマとするもので あったことや旧日本軍が建設した飛行場を基礎に して造られたという軍事施設でもある飛行場の撮 影も予想されるといったデリケートな問題を抱え ていた。そこで、現地ロケの調整や中国語の通訳 のためにロケクルーと同行する中国側の担当は、 通常の取材の場合と比べて、より権限の強い共産 党地方委員会に所属するDが行うことになった。 同番組取材は、Dが好意的に地元住民や当局者 に根回したため順調に進行していたが、上記飛行 場について撮影許可が出ていなかったので、撮影 できていなかった。取材日程が大詰めをむかえた 平成 21 年4月8日、Bら3名の日本側スタッフと Dを始めとする中国側スタッフとの間で、宴席が 設けられることとなった。NHK の主催という体裁 で午後 7 時ごろから開催され、6名で大瓶5、6 本のビールを飲む程度で午後8時ごろには終了し た。そこでは、BはDに対し、これまでの尽力に ついて礼を述べるとともに、上記飛行場の撮影に 改めて協力を要請した。これに対して、Dから、 今後の取材が円滑に進められるように町の有力者 たちを是非紹介したいとして、宴席の返礼の誘い があった。Bら日本側スタッフは、中国では、宴 席の返礼を断るのは失礼に当たること、また、上 記飛行場の撮影を実現させるためにもDや地元の 有力者たちとの関係を深めておく必要があると考 え、宴席に出席した。 本件宴席は、午後8時半ごろから開始され、D の知人であり地元の有力者を含む7、8人が出席 していた。Bは彼らにも撮影許可が下りるように 働きかけ、好意的な返答を得るなどしていた。日 本側スタッフは、Dらに多数回乾杯を求められ、 その度にアルコール度数が 50 度を超えるような 白酒を水などで割ることもなく、一気に飲み干し た。日本側スタッフは、途中から、乾杯するふり をしながら、ほとんど床にこぼすなどしてなるべ く飲まないようにしていたものの、結局、合計で 各自 10 杯程度の白酒を飲んだ。なお、このような 乾杯は、通常は小さな杯で行われるが、本件宴席 では普通のコップで行われた。 本件宴席は、午後 10 時頃、Aが酔いつぶれたこ とから終了した。日本側スタッフは、午後 10 時半 から午後 11 時頃、宿泊先のホテルに戻ったが、そ の時点でAは泥酔しており、自力で歩行すること ができなかったため、Bと中国人スタッフがAを 部屋まで連れて行き、トイレで2回ほど吐かせた 後、ベッドに寝かせたところ、Aはいびきをかい て寝ていた。しかし、翌朝午前8時頃、心肺停止 状態になっているAが発見され、午前9時頃、死 亡が確認された。Aの検死に当たった医師は、A の死亡日時について「平成 21 年4月9日午前2時 頃」、死亡原因について「飲酒後嘔吐物により食べ 物の逆流にて窒息?」という記載をした死亡医学 証明書を発行した。 争点として、①Aの死亡が急激かつ偶然な外来 の事故によるものか、②Aの死亡が就業中の事故 によるものか、③疾病免責の抗弁、および④心神 喪失免責の抗弁がある。本稿では、保険事故の外 来性と疾病・心神喪失免責約款との関係に焦点を 当てて検討する。 ①について、Xらによれば、Aが睡眠中に嘔吐 中枢が刺激されて嘔吐したところ、急性アルコー ル中毒による意識低下ないし気道反射の低下が生 じていたため、吐瀉物を誤嚥して気道閉塞が生じ、 窒息して死亡した一連の事象である本件事故は、 急激かつ偶然な外来の事故によるものであるとと もに、「吐瀉物の誤嚥は外来の事故に該当する」と の当審の審理中に示された最高裁判決平成 25 年 4月 16 日判時 2218 号 120 頁(以下、「平成 25 年 最判」という)をも援用する。これに対して、Y らによれば、Aの死因が吐瀉物を誤嚥して気道閉 塞が生じ、窒息したことではなく、急性アルコー ル中毒による呼吸麻痺、あるいは急性アルコール 中毒による脳中枢の麻痺による呼吸機能停止ない し心拍機能停止によるものであるから、外来性の 要件を満たさないとする。 原審は、高濃度のアルコールの大量摂取、これ による嘔吐中枢刺激による嘔吐、急性アルコール 中毒による意識低下、気道反射低下による誤嚥、 窒息という一連の流れを一体ととらえ、アルコー ル摂取に外来性ありと判断した。 ③について、Xらによれば、一般に急性アルコ ール中毒は外因死とされており、疾病に当たらな いから、疾病免責の対象とはならない。これに対 して、Yらによれば、Aの死因が吐瀉物の誤嚥に よる窒息であるか、呼吸麻痺等であるかに関わら
ず、どちらも急性アルコール中毒という疾病によ って生じたものであり、疾病免責が適用されると する。なお、原審では争点となっていない。 ④について、Xらによれば、Aは意思決定能力 や判断能力の低下、喪失によって誤嚥、または咳 嗽しなかったのではなく、アルコールの影響によ る意識低下や気道反射の低下によって誤嚥が生じ、 かつ咳嗽の反応が生じなかったに過ぎない。これ に対して、Yらによれば、Aが心神喪失の状態に あったため、気道に入った誤嚥物を咳嗽によって 排出することができなかったこと、また、救助要 請その他何らの措置も反応せずに窒息死したこと から、心神喪失による免責が適用されるとする。 なお、原審では争点となっていない。
[判旨] 控訴棄却(請求認容)
1. Aの死亡が急激かつ偶然な外来の事故による ものかについて 「Aは、吐瀉物を誤嚥し(吐瀉物が気管に入り)、 気道閉塞の結果、窒息死したものと認めるのが相 当であり、…Aが急性アルコール中毒による呼吸 停止や心肺停止によって死亡したとするYらの主 張を採用することはできず、Aは、吐瀉物の誤嚥 という外来の事故によって死亡したものと認める のが相当である」。「外来性の要件については、最 高裁平成 25 年4月 16 日判決に照らしても、Aの 窒息をもたらした吐瀉物の誤嚥があったことによ って、その要件が満たされるものということがで きる」。 「吐瀉物…の誤嚥が、突発的に発生したもので、 窒息という傷害の結果が発生するまでに時間的間 隔がなかったことや、そのことにつき…Aの故意 によるものではないことは、…明らかというべき である。したがって、Aは急激かつ偶然な事故に より死亡したものと認められる」。 2.疾病免責の抗弁について 「本件各保険契約については、…いずれも被保 険者の疾病によって生じた傷害に対しては、保険 金を支払わないものと定められているところ、こ こで、疾病とは、海外旅行保険契約において、急 激かつ偶然な外来の事故によって被った身体の傷 害以外の身体の傷害をいうものと定められており、 他の本件グループ傷害保険契約及び本件普通傷害 保険契約には、これに応じた定義が定められては いないものの、契約の性質に共通する面があるた め、本件海外旅行保険契約におけるものと同様の ものと認めることができるのであって、単に『病 気』というよりも広い概念であると解するべきで ある」。 「そして、Aについては、本件認定事実により 認められる飲酒量や本件宴席終了後及びその後に 呈した症状等からして、急性アルコール中毒の状 態に陥ったものと認めて差し支えないところ、… 事故はこの急性アルコール中毒によって生じたも のと認めることができるから、Aの急性アルコー ル中毒が、疾病すなわち急激かつ偶然な外来の事 故によって被った身体の傷害以外の身体の傷害と いえるかについて、検討する」。 「飲酒、すなわち本件宴席における高濃度のア ルコールの摂取は、被保険者の身体の外部からの 作用であるから、急性アルコール中毒についても、 外来の事故によって生じた傷害であると認めるこ とができる」。 「Aは、…本件宴席が終了する頃には急性アル コール中毒の状態に陥っていたものと認めること ができる。そして、…Aが急性アルコール中毒… になることを意図してアルコール摂取を継続して いたとまでは認められないというべきである。し たがって、Aの急性アルコール中毒は、急激かつ 偶然な外来の事故によって生じた傷害であると認 めるのが相当である」。 「もっとも、急激性の要件については、…時間 的間隔の短さが重要であるとしても、事故の発生 を予見することができたか否か、また、予見でき た場合に、その結果の発生を回避することができ たか否かという観点から検討することも必要であ り、また、偶然性の要件についても、同様のこと が問題になりうる。ただし、本件各保険契約では、 …被保険者の重過失によって支払事由が生じた場 合は免責事由とはされていないから、本件各保険 契約においては、著しい不注意(重過失)による 事故招致であっても、それが故意によるものでな ければ、保険金が支払われるものである。そうす ると、予見可能性や結果回避可能性が問題になる としても、そのような観点を念頭において検討す ることが必要である」。 「そこで、そのような観点から検討すると、… Aは、本件宴席に参加するにあたり、高濃度のア ルコール飲料を立て続けに飲むことになるであろ うと予見していた。…しかし…急性アルコール中 毒又はこれに類似する状態に陥ることまで予見し ながら飲酒を重ねていたものと認めることはでき ない。…Aが急性アルコール中毒又はこれに類似 する状態に陥ることを回避しようと努めたにもかかわらず、日常的にはあまり経験したことのない 50%という高いアルコール濃度の白酒を立て続け に飲み干すというものであったことなどから、そ の酒量抑制の努力が奏功することなく、急性アル コール中毒又はこれに類似する症状を呈してしま ったものと推認することができる。従って、予見 可能性や回避可能性の観点から考察しても、Aに ついて、上記の認定を妨げる事情はないものとい うべきである」。 「Aの急性アルコール中毒は、急激かつ偶然な 外来の事故によって被った身体の傷害ということ ができるから、疾病に該当」しない。 3.心神喪失免責の抗弁について 「心神喪失とは、一般に、精神の障害により事 物の理非善悪を弁識する能力がなく、又はその弁 識に従って行動する能力のない状態をいうところ、 本件各保険契約においては、いずれも『被保険者 の脳疾患、疾病または心神喪失』によって生じた 傷害に対しては保険金を支払わないという文言が 使用されており、心神喪失免責が疾病免責ととも に定められているから、被保険者の傷害が急激か つ偶然な外来の事故によって生じたものとしても、 疾病を原因とする傷害と並んで、被保険者が心神 喪失による判断能力や行動制御能力を欠く状態に あることを原因として生じた傷害については、保 険給付の対象から排除される。これは、心神喪失 状態にある者は、意識しないうちにあえて自らを 傷害が発生する危険性の高い状況に置いてしまう ことがあるため、その危険が実現して生じた傷害 についてまで保険給付の対象とすることは適当で はないとの趣旨に基づくものであるところ、Yら は、あたかも自動車保険における酒酔い運転や無 免許運転の場合のように、発生した事故との間で 直接の因果関係がなくても、そのような事由があ れば保険金の支払いを免れる状態免責事由である と主張するようであるが、独自の主張であって採 用することはできない。なぜなら、酒酔い運転や 無免許運転については、そもそも運転そのものに 常に一定の危険性が内在しており、運転者におい て、正常な判断能力を備えるとともに、その判断 に基づいて適切な運転操作をできる状態になけれ ば、事故発生の危険性が高まり、いつ事故が発生 しても不思議ではない状態にあるといえるところ、 酒に酔った状態では、運転に必要な判断能力が減 退するだけではなく、適切な運転操作に必要な反 射神経も鈍くなることが客観的に証明されており、 また、無免許の者は、運転に必要な技術や知識等 が不足していたり、交通法規等を遵守しようとす る姿勢に欠けていたりすることが広く社会に知ら れていて、いずれも事故を発生させる危険性が高 いものであって、そのような行為によって発生し た事故についても保険金を支払うものとすること は、保険制度の趣旨に反して適切ではないと考え られるから、これらの酒酔い運転や無免許運転な どを類型的に危険性の高い行為として、酒酔い運 転や無免許であるだけで免責事由とすることは、 一定の合理的な理由があるということができる。 これに対して、心神喪失については、心神喪失状 態にあれば常に何か一定の保険事故が発生する危 険性の高いことが社会的に確立しているとか、そ のようなことを裏付ける客観的な資料等があると いうわけではないから、心神喪失状態にあるとい うだけで、個別具体的な判断を要せずに、類型的 に保険金の支払いを免れさせなければならない合 理的な理由はない。したがって、本件における心 神喪失免責条項は、心神喪失と発生した保険事故 との間に相当因果関係が認められる場合に免責さ れることを定めたものであって、心神喪失であれ ば発生した保険事故との間に相当因果関係が認め られなくても保険金の支払いが免責されることを 定めているものと解することはできない」。 「Aにつき死亡という結果をもたらした吐瀉物 の誤嚥事故は、Aが飲酒による一時的な心神喪失 状態又はその影響が残存している状態の下で発生 したものであることは間違いないとしても、その 前提となった嘔吐は、嘔吐神経が刺激されたこと による反射によって胃の内容物が吐き出されたも のと認められるところ、本人の意思で制御できる ものではなく、精神の障害により事物の理非善悪 を弁識する能力がないことやその弁識に従って行 動する能力のない状態にあることを原因として発 生したものということはできない。そして、嘔吐 に続いて生じた誤嚥は、一般に咀嚼能力や嚥下能 力や気道反射の低下等によってもたらされるもの であり、意識が清明な状態でも起こりうるのであ って、心神喪失状態にあれば高い確率で発生する というものではない。…本件で問題となっている 誤嚥事故は、…心神喪失状態にあったことが原因 となって発生した事故とはいえない」。
[研究]
1.本判決の意義 本判決は、急性アルコール中毒により吐物を誤 嚥したことによる窒息死の事例である。「うつ病等の抗うつ剤を飲んでの飲酒による吐物誤嚥」が傷 害保険における外来の事故に該当するとする平成 25 年最判は、「飲酒に伴う急性アルコール中毒に よる吐物誤嚥」という本件をも射程に入れてよい のかという点は議論があるかもしれないが、「吐物 誤嚥」という点で共通しているので、射程にある ものとして位置付けられる。平成 19 年の一連の最 高裁判決により疾病等が間接的な原因になってい ることが疑われる類型では今後の主戦場になると 指摘されていた疾病免責条項について1)、「吐物誤 嚥も外来」という平成 25 年最判が示されたことを 受けて、本件は、傷害保険契約における疾病免責 条項が急性アルコール中毒に適用されるのかにつ いて取り扱った点に意義がある2)。 しかし、本件判旨で示された「疾病概念」は、 「急激かつ偶然な外来の事故によって被った身体 の傷害以外の身体の障害」3)という傷害の定義を 表裏にした消極的な定義をもとにしながら、「単に 『病気』というよりも広い概念」であるという。 これは、「疾病概念は傷害概念との相互関係から、 疾病と傷害は社会通念上、違う意味内容を持つ概 念であり、疾病と傷害は重なり合うことはなく、 人の身体に発生した異常な状態のうちには傷害と 疾病とがあり、傷害に該当するものを除いた残り はすべて疾病であるという理解に基づいていたた め、疾病の意義は、社会通念によるものの、日常 用語としての病気を意味する疾病よりは広い意味 を有するものである」という、約款の疾病保険契 約法試案(2005 年確定版)理由書に基づいている 可能性がある4)。同試案1条では、疾病保険契約 1)中村心『最判解説平成 19 年度』545 頁、洲崎博史「吐 物誤嚥事件と傷害保険における外来性要件」損害保険 研究 75 巻4号(2014 年)133 頁。 2)本判決の評釈として、白井正和「判批」損害保険研 究 77 巻1号(2015 年)279 頁、下級審について扱っ たものとして、洲崎博史・前掲 109 頁、植草桂子「傷 害保険の外来性要件について」保険学雑誌 621 号(2013 年)173 頁、小林道生「判批」判時 2259 号 155 頁、天 野泰隆「判批」共済と保険 686 号(2015 年)20 頁ほ か。 3)日本語の定義のあり方として、傷害と異なるものと して疾病を定義づけているにもかかわらず、「傷害」 の用語を使うのは適切ではないと思われること、およ び海外旅行傷害保険約款における疾病の定義では「障 害」の語句が使われているので、本稿では「障害」を 使う。 4)疾病保険契約法試案(2005 年確定版)理由書 186 頁-188 頁(生命保険法制研究会・第2次)。 における保険事故が何であるかは、個々の契約が 定めるとことによるとして5)、出産、老衰など社 会通念上疾病といえるかどうかが疑問の余地がな いとはいえない事由に関して「保険給付をなす趣 旨」から、疾病に含まれるとした。これは、疾病 保険の保険給付事由としての疾病概念について広 くとらえるという趣旨であって、傷害保険の疾病 免責事由としてとらえるものではない。仮に疾病 免責事由にも疾病概念を広くとらえたときには、 かなり広い免責領域を形成することになる。この ような状況について、疾病概念について定義の定 められている海外旅行保険契約と定義規定のない 傷害保険契約とで区別する考え方が示されている が6)、疾病の定義の有無が同じ傷害を担保する両 保険の疾病概念を区別する基準になりうるのか疑 問であるうえ、外来性・急激性・偶然性といった 傷害保険の要件へのあてはめという枠組みから逃 れられていない現在の疾病概念の定義づけでは、 平成 25 年最判が目指す簡明な解決にはつながら ないであろう。 疾病免責条項が独自の存在意義・意味を持たな い確認的注意規定であると解されるときには、外 来性が認められる限り当然に疾病起因性は否定さ れるため、両者は表裏の関係という整理のもと、 疾病概念を言い換えたに過ぎないか、あるいは解 説したに過ぎないと解釈されるのではなかろうか。 これに対して、疾病免責条項が免責規定として機 能する場合には、独自の存在意義を持つことから、 単純な表裏の関係ではなくなり、何らかの意義が 展開されていると考えられるかもしれない。 そこで、本稿では、外来性と疾病免責条項との 関係について明らかにするため、疾病概念につい て、その定義と「単に『病気』というよりも広い 概念」の意義を確認する。そして、「身体の内部に 原因がないこと」が外来性要件に含まれると考え るときには、疾病によって生じた傷害については 保険金を支払わない旨の規定である「疾病免責条 項」が飲酒によるアルコール中毒の状態、老齢に よる体力低下や一時的な体調不良といった局面に おいて、どのように適用されるのかといった点を 5)①疾病にかかったこと、②疾病により入院または治 療を受けたこと、③疾病により一定の身体状態になっ たこと、④疾病により就業不能になったこと、⑤疾病 により要介護状態となったこと、⑥疾病により要介護 状態となり入院または治療を受けたことなど。 6)小林道生(?)・前掲 161 頁、天野泰隆・前掲 25 頁。
中心に検討する。 2.外来性の意味に関する従来の判例・学説 傷害保険における「外来」の意味は、傷害の原 因が被保険者の身体の外部から作用することとさ れている。そして、外来の要件は、身体の内部に ある原因による事故を除外する趣旨で疾病保険と その保障範囲を区別する基準にもなるとされてき た7)。そこから、傷害保険契約における外来性の 要件が、単なる外来か否かということを超えて、 疾病を排除するための基準たらんとして、傷害保 険における外来性に関して、疾病等が間接的な原 因になっている場合について長く議論されてきた。 疾病免責条項の位置づけは、請求原因説か抗弁説 かによって変わってくるとされる8)。 請求原因説では、外来性要件は被保険者の疾病 によって生じた傷害を保険事故から除外する機能 を果たすものとして設けられたものであるという 経緯を踏まえ、外来の事故とは、「傷害の原因が身 体の外部からの作用であること」のほかに、「身体 の内部に原因がないこと」(疾病が傷害の直接の原 因ではないことのみならず、傷害の直接の原因で ある身体の外部からの作用が生じた原因<原因の 原因・間接原因>が疾病ではないこと)を要件と する。 したがって、傷害の原因が疾病であるか否かは、 外来性要件該当性の場面で判断されてしまうので、 疾病免責条項の適用の有無を改めて判断する必要 はないため、疾病免責条項が独自の存在意義を持 たない確認的注意的規定に過ぎないことになる。 このように解されるときには、外来性が認められ る限り、当然に疾病起因性は否定されるため、表 裏の関係という整理のもと、「急激かつ偶然な外来 の事故によって被った身体の傷害以外の身体の障 害」という疾病概念になる。したがって、本件判 旨が示す「単に『病気』というよりも広い概念」 の位置づけは、疾病概念を言い換えたに過ぎない か、あるいは解説したに過ぎないと解釈されるで あろう。 これに対して、抗弁説では、事故の外来性要件 の判断に際して、外部からの被保険者の身体への 作用があったか否かのみが重視されるべきであり、 外部からの被保険者の身体への作用があったと認 7)竹濵修執筆・山下友信ほか『保険法・第3版補訂版』 (有斐閣アルマ、2015 年)351 頁。 8)中村心・前掲 540-541 頁。 められ、かつそれによって被保険者に身体障害を もたらした場合には、事故の外来性は肯定され、 当該外来の事故を招来した原因が何であるかは、 外来性の存否の判断を左右するものではなく、当 該原因はもっぱら保険者の免責の有無を決定する 場合にのみ考慮されるべきものである。したがっ て、間接的な原因が身体の内部の疾病であるか否 かは、疾病免責条項の問題であって外来性要件の 問題ではない。 判例の動向は、平成 19 年に相次いで公表された 最高裁判決により、傷害保険における外来性要件 の理解が大きく転換し、抗弁説に立つことが明ら かになった9)。①食べた餅がそのままのどに詰ま った事案である最判平成 19 年7月6日民集 61 巻 5号 1955 頁では、「規約の文言や構造に照らせば、 請求者は、外部からの作用による事故と被共済者 の傷害との間に相当因果関係があることを主張、 立証すれば足り、被共済者の傷害が被共済者の疾 病を原因として生じたものではないことまで主張、 立証すべき責任を負うものではない」とした。② 風呂溺の事案である最判平成 19 年7月 19 日 (LEX/DB 28132475)では、「被保険者以外の者の行 為が作為義務を負担する者の不作為であれば、そ れは作為義務を負担しない者の不作為とは異なり、 被保険者の身体の傷害の主要な原因となりうる者 であって、作為による行為と同等に評価すべきで あるから、それによって生じた事故は外来の事故 に当たる」とした。③狭心症の被保険者が車両ご とため池に転落して溺死した事案である最判平成 19 年 10 月 19 日判時 1990 号 144 頁では、「被保険 者の疾病によって生じた運行事故も(保険事故) に該当する」。しかし、この時点では、吐物誤嚥の 場合について、明らかではなかった。 この傷害保険の外来性という要件がいかに適用 されるかという学説の対立について、飲食物(吐 物も含む)の誤嚥により窒息が生じるというケー スのように、傷害と疾病が重なっているような複 合的な要因により保険事故が発生したような場合 において、以下のような整理がなされている10)。 ①いったん胃の内容物になったものが嘔吐・誤嚥 により窒息を引き起こした場合は外来性を否定す る考え方。経口摂取した物が、直接窒息を引き起 こしたケースでは、飲食物がのどや気道につまり 9)一連の判決の位置づけを整理したものとして、木下 孝治・私法判例リマークス 50(2015 上)106 頁ほか。 10)洲崎博史・前掲 117-120 頁。
それを吐き出せず窒息に至った原因が疾病であっ たかどうかにより傷害保険金が支払われるかが決 まるが、吐物誤嚥の場合にはそもそも外来性を欠 き傷害があったとは認められないと考える。②嚥 下した物が食道ではなく気道に入るという誤嚥の プロセス自体に外来性を認め、嚥下した物がのど や気道に詰まって窒息が生じた以上は、当該物が 体外から直接摂取されたものであるか、いったん 胃の内容物になったものが嘔吐により口腔内に戻 ったものであるかを問わず、外来性を肯定する考 え方。外来性は常に肯定されるため、傷害保険金 の支払いは実質的には疾病免責条項による免責が 認められるか否かによる。③嘔吐から窒息までの 経過を一体のものとして捉え、その経過が外部か らの作用によって生じたものといえるかどうかに より外来性を判断する考え方。窒息という傷害結 果がどのように引き起こされたかを問う。老衰等 による身体機能の低下が主な原因となって生じた 場合には、原因事故に外来性があったとはいえな いということになるとされる11)。 そして、平成 25 年最判では、「誤嚥は、嚥下し た物が食道にではなく気管に入ることをいうので あり、身体の外部からの作用を当然に伴っている のであって、その作用によるものというべきであ るから、本件約款にいう外来の事故に該当すると 解することが相当である。この理は、誤嚥による 気道閉塞を生じさせた物がもともと被保険者の胃 の内容物であった吐物であるとしても、同様であ る。」という吐物誤嚥の外来性を認める決定的な判 断を下し、①学説を完全に否定した。これを受け て、判旨において、疾病免責条項の適用が取り上 げられた。②と③について、いずれも疾病免責条 項の適用を考慮することになるが、③は、疾病免 責条項の適用を拡げる解釈の余地を見出そうとし ているようである。 平成 25 年最判に対して、学説には、吐物の誤嚥 は傷害保険における外来の事故に該当するという 判断の根拠が、薬の服用・飲酒・窒息といった経 緯のうち、どこまでの経過を考慮するかなど明確 でなく12)、仮に一般的な医学用語に基づく解釈で 11)老衰等により身体機能が低下して外部からの作用に より身体への影響を受けやすくなれば、外来性が認め られないという判断には疑問がある。事故の一連の経 過によっては、外来性が認められる場合もある。少な くとも協働は認められるべきである。 12)山下友信「傷害保険と事故の外来性の意義」金判 1419 あるとしても、一般人を基準とした解釈をすべき 約款解釈の手法としては適切でないという批判が ある13)。これに対して、外来の事故について、一 連の経過を考慮するのではなく、端的に誤嚥と窒 息という直近の一局面に絞って外来性を判断する という、簡明な解決策を示すことで、保険金請求 者の立証負担の軽減など、保険消費者を保護する 意図があったのではないかとの指摘もある14)。原 審との関係について、吐物誤嚥に関する外来性の 判断基準が示されたことで、その基準に沿うとい う判断になったが、のちに検討する疾病免責条項 の判断枠組みでは相当因果関係に基づく一連の事 故に至る経緯を考察するという齟齬をきたすこと になった。 傷害保険の外来性については、これほどまでに 議論になっているにもかかわらず、どのような場 合に保険金が支払われ、どのような場合には支払 われないのかといった基本的な事柄が明確ではな いということは、保険商品のあり方として保険契 約者側の信頼を損ねることであると考える。保険 商品の支払い基準を明確化するということは、不 明確な基準で不毛な争いを終了するためにも、非 常に重要な価値があると思われる。平成 25 年最判 は、傷害と疾病が重なっているような複合的な要 因により保険事故が発生した場合に傷害保険の 「外来性」要件では決定的な解決を見出せない保 険法の議論に対して、人体にとっての外来性とは 何かを医学的基準に基づいて突きつけたといえる のではなかろうか。その意味では、疾病起因性排 除基準としての外来性の要件としての意義は失わ れたのではなかろうか。 3.疾病免責条項 3.1. 本件判旨の内容 本件判旨は、疾病免責条項の適用に関して、「急 激かつ偶然な外来の事故によって被った身体の傷 害以外の身体の障害」という疾病の定義に基づい て、傷害保険の外来、急激および偶然という要件 号(2013 年)1頁、山本哲生「判批」ジュリスト 1466 号(2014 年)117 頁。 13)潘阿憲「傷害保険における外来性要件の判断基準」 損害保険研究 74 巻3号(2012 年)21 頁、同「吐物誤 嚥事故における外来性の要件」生命保険論集 187 号 (2014 年)121 頁、岐孝宏「判批」法学セミナー704 号(2013 年)113 頁。 14)山野嘉朗「判批」保険事例研レポート 281 号(2014 年)8頁。
に該当するということをもって、疾病免責の適用 を排除している。 疾病の定義について、海外旅行保険約款の定義 規定に基づいて、「傷害」に当たらないものが「疾 病」であるとする。しかし、判旨が抗弁説に立っ た考え方でありながら、疾病免責条項の適用につ いてあらためて外来性のみならず、急激性および 偶然性の要件を当てはめるということは、「傷害で はないものが疾病である」という判断と同じこと であり、外来性とは別次元の疾病免責条項という 位置づけとは矛盾するのではなかろうか。少なく とも、疾病免責条項に独自の意義は見出されてい ないように思われる。何らかの意義を見出すとす るならば、疾病について「単に『病気』というよ りも広い概念」という解釈を展開した点にある。 しかし、その意味について何ら説明はない。学説 には、平成 25 年最判との整合性や傷害保険におけ る支払い対象の拡大を防ぐ等から、老齢による体 力低下や一時的な体調不良といった局面にも疾病 免責条項が適用されるかのような指摘があるが15)、 傷害の概念を裏返した疾病概念を適用しながら、 唐突に新たな疾病概念を展開するのは不可解であ る。疾病保険における保険金支払事由である疾病 概念との関係も考慮しなければならないであろう。 なぜなら、同じ「疾病」という用語を使いながら 免責条項の場合と請求原因の場合とで異なること は、保険契約者サイドには理解できない不可解な ことであり、ご都合主義との批判は免れないであ ろう。しかも、疾病免責条項の「疾病」について、 告知義務の対象になっていないにもかかわらず、 論理的な説明なしに拡大して解釈が展開されない ためにも、「単に『病気』というよりも広い概念」 という疾病概念の内容が詰められる必要がある。 さらに判旨では、疾病免責条項を適用するため、 急激性の要件において、時間的間隔の短さについ て言及しつつも、予見可能性と結果回避可能性と いう過失の基準と故意の事故招致ではなかったと いう基準を持ち出している。これは、急激性要件 について、単に時間的な尺度のみによって判断す べきではなく、事故から傷害が発生するまでに相 当の時間的間隔があれば、被保険者は傷害の発生 を回避することができるから、傷害発生の予見可 能性・回避可能性をも判断要素に加えつつ、当該 被保険者が置かれた状況を総合的に勘案すべきと 15)白井正和・前掲 295 頁。 する説に基づいていると思われる16)。急激性につ いて、衰弱や病気など純然たる自然原因に帰すべ き身体の傷害を除外するための要件であるとされ ているところ17)、既に判旨1の請求原因に当たる 局面において、急激性については「誤嚥が突発的 に発生したもので、窒息という傷害の結果が発生 するまでに時間的間隔がなかったこと」を判断し ているにもかかわらず、疾病免責条項の適用に際 して改めて別の考察を行うことは、平成 25 年最判 の外来性の判断基準と相当因果関係に基づく一連 の事故に至る経緯を考察するという疾病免責条項 の判断枠組みとの齟齬が生じている不整合な状況 の表れではないかと思われる。また、急激性要件 の適用に際して、なぜ疾病になったのか、あるい はなぜ疾病を防ぐことができなかったのかという 「被保険者が事故原因又は傷害結果の発生を予知 していないこと」という偶然性の要件を取り込ん でいることから疑問であり、新たな混乱を引き起 こすことになるのではなかろうか。 3.2. 疾病免責条項に関する従来の判例 保険事故の外来性が認められた場合に疾病免責 条項による免責が争われた裁判例における疾病免 責条項の意義について確認する。 ①旭川地判昭和 62 年 10 月 30 日判時 1268 号 141 頁では、くも膜下出血が「脳疾患、疾病」に該当 するとしたうえで、被保険者の死亡は、くも膜下 出血を直接の原因として生じた事故によるものと した。なお、被保険者に何らかの疾患や既往症が ある場合、その事実だけで免責条項を適用してよ いのかという点について、特定の疾病による特定 の症状のために本件事故が惹起されたことの主張 立証が必要であるとされる。②大阪地判平成 11 年1月 14 日判時 1700 号 156 頁では、保険事故と 疾病が競合していてもその傷害結果に対する寄与 度について疾病の方が勝っていると評価すること ができる場合には、疾病免責が適用されるとした。 ③大阪地判平成 18 年 11 月 29 日判タ 1237 号 304 頁では、疾病免責条項については、疾病等が存在 する場合に、疾病等が主要な原因をなし、これが 直接的に結果の発生に作用したと認められる場合 16)西島梅治『保険法』第3版(悠々社、1998 年)381 頁、山野嘉朗「近時の事故・災害と傷害保険の適用範 囲」損害保険研究 76 巻4号(2015 年)1頁。③説に 基づくときには、検討しなければならない問題になる 可能性がある。 17)坂口光男(陳亮補訂)『保険法』補訂版(文真堂、 2012 年)327 頁。
に免責されるものと解した。④札幌地判平成 23 年9月 28 日判タ 1372 号 204 頁では、被保険者に 疾病の既往歴や素因があるとの主張立証では足り ず、特定の疾病による特定の症状のために本件事 故が惹起されたことの主張立証が必要であるとし た 。 ⑤ 大 阪 地 裁 堺 支 部 平 成 26 年 6 月 10 日 (LEX/DB25505052)では、生理機能の脆弱な高齢者 が入浴中に熱中症等に基づく意識障害を生じて溺 水した場合には、高温曝露という外部からの作用 が根本的な原因となって溺水事故を惹起したとみ るのが相当であり、疾病免責条項は適用されない とされる。 これらの判例には、疾病の概念そのものを明ら かにしているものはない。疾病概念を明らかにし て、免責条項を適用するという方法ではなく、明 確な疾患・病名の存在を示し、それが直接の原因 として、あるいはその寄与度が勝って事故が発生 した場合に疾病免責条項を適用している。したが って、疾病か否かわからないような、不健康な状 態であるような一時的な体調不良といった場合に は、疾病免責は適用されないであろうし、⑤では、 老齢による体力低下は、疾病免責条項の対象外と している。これらの判例では、保険事故の発生に は疾病も協働しているとして、保険金の割合的な 支払いといった解決を導いている場合が多い18)。 18)「他の身体の障害または疾病の影響」について定め た普通保険傷害保険約款 10 条1項では、「被保険者が、 傷害を被った時既に存在していた身体の障害もしく は疾病の影響により、または同条の傷害を被った後に その原因となった事故と関係なく発生した傷害もし くは疾病の影響により同条の傷害が重大となった場 合は、その影響がなかったときに相当する金額を支払」 う旨が定められている。保険事故の発生には傷害と疾 病が協働していることを受け入れて、その寄与度に応 じた保険金の割合的な支払いを行っていくべきでは なかろうか。潘阿憲「傷害保険契約における傷害事故 の外来性の要件について」法学会雑誌 46 巻2号(2006 年)228 頁、遠山聡「傷害保険契約における『外来の』 事故該当性の判断基準」保険学雑誌 606 号(2009 年) 218 頁、山下友信・前掲書 482 頁、金岡京子「判批」 損害保険研究 75 巻3号(2013 年)371 頁、佐野誠「傷 害保険における外来性問題-約款解釈と判例動向」賠 償科学 39 号(2013 年)30 頁、反対説として、定額給 付型の傷害保険の場合には、定額保険制に反するとい う理由、疾病起因性を証明しない保険者の保険金支払 いが軽減され、受取人が得られたはずの保険金額が減 額されることの不合理という理由などがある。加瀬幸 喜「保険事故―外来性」『傷害保険の法理』97 頁(損 したがって、本件判旨のように、「単に『病気』 というよりも広い概念」という疾病概念を打ち出 して、そこに老齢による体力低下や一時的な体調 不良といった場合を取り込むという方法は、これ までの判例にはない傾向である。また、判旨の取 り込み方は傷害と疾病との表裏の関係を前提とし ている。その結果、外来性は認められるが、疾病 免責条項によって免責されるという関係は、論理 的に破たんしている。両者は、別の分離した概念 でなければ、片方の要件を満たしながら、もう片 方により排除されるということにはならないはず である。それにもかかわらず、判旨は、別の概念 であるということを示していない。傷害の概念を 裏返した疾病概念をもとにして疾病免責条項を適 用するという方法は、成功していないと思われる。 3.2. 海外旅行保険約款の沿革 確認的規定であるとされてきた疾病免責条項に ついて、改めてその沿革をたどる。いわゆる第三 分野の保険をめぐる生保と損保業界の分野調整と いう昭和 40 年裁定により19)、海外旅行保険につい て、生損保ともワンセット方式20)で発売する。た だし、損保に疾病死亡を認めるのはこの保険に限 ることとするとの方針が示された。つまり、傷害 と疾病の両方が担保されるものが海外旅行保険で あった。海外旅行保険約款に規定されている疾病 の定義をすべての傷害保険契約に敷衍することの 妥当性について、傷害保険では、保険契約の性質 ではなく、分野調整という政策的影響により、損 害保険として疾病をも担保する傷害保険が提供さ れなかったために疾病の定義が約款に明示されな かったに過ぎないと考えられる。したがって、ワ ンセット方式が認められた海外旅行保険において 明示された定義が手掛かりとされることに妥当性 はある。 そこで、海外旅行傷害保険普通保険約款の変遷 を確認する21)。 害保険事業総合研究所、2000 年)、横田尚昌「傷害保 険における事故の外来性の証明について」生命保険論 集 165 号(2008 年)154 頁 19)当時の状況について、竹内昭夫編『保険業法の在り 方・上巻』(有斐閣、1992 年)78 頁以下。傷害保険: 生保は他の種目の保険と組み合わせることとし、単独 商品としては発売しない。損保については特に制限し ない。疾病保険:原則として生保が行う。ただし、損 保の現行特約はこれを尊重する。 20)傷害と疾病を両方含める。 21)損害保険料率算定会業務第二部『海外旅行傷害保険
昭和 22 年8月1日、免責事由として、被保険者 の脳疾患、疾病、心神喪失、眩暈または泥酔が定 められていた。 昭和 36 年 11 月1日、海外旅行傷害保険に対す る需要の高まりに伴い、疾病危険担保が強く要請 されるようになり、入院費、職業看護婦費手術費 を担保する疾病危険担保特約の新設を行った。こ のとき、実務上「疾病にかかり」とは、「人体の器 官、臓器に故障を生じ、当該機能が性別、年齢別 一般標準より著しく減退した状態をいう」ものと 解釈されていた。 昭和 47 年1月1日、免責事由として、被保険者 の脳疾患、疾病、心神喪失、眩暈または泥酔の中 から、眩暈が削除された。 昭和 49 年8月1日、急激かつ偶然な外来の事故 で被った身体の傷害には、中毒、麻酔、日射、熱 射または精神的衝動による身体の障害は含まれな い旨が定められた。なお、急性中毒については自 動付帯の急性中毒死担保特約により担保される。 そこでは、「急性中毒とは、身体外部から有毒ガス または有毒物質を偶然かつ一時的に吸入、吸収ま たは摂取したときに急激に生ずる中毒症状(継続 的に吸入、吸収または摂取した結果生ずる中毒症 状を除きます。)をいいます。ただしいかなる場合 においても細菌性食物中毒は含まれません。」とさ れる。 昭和 56 年7月 20 日、①「中毒、麻酔、日射、 熱射または精神的衝動」による障害は、性質的に 傷害に当たらないことは当然であり、その意味に おいてこの規定は念のための規定であると解され る。この規定を置くことは、かえって傷害の解釈 に疑義を与えるので、昭和 50 年に改定された普通 傷害保険に倣い、これを削除することとした。② ガス中毒、毒物中毒等の急性中毒についても、昭 和 50 年に改定された普通傷害保険に倣い、侵害性 からみて、傷害に含めて担保することとした。③ 免責事由において、「直接であると間接であるとを 問わず」の文言を削除し、次の「各号に掲げる」 事由に「よって」生じた傷害に「対しては」、保険 金を支払いません、と改定した22)。④重過失およ び泥酔については、傷害事故については一般に過 普通保険約款の変遷』(2000 年6月)。 22)「よって」という文言は、直接原因を指すという解 釈を生じさせる可能性はあるのではなかろうか。また、 間接原因を含むとしてもどこまでの範囲を含めるの かは不明確であろう。 失を伴う場合が多く、公序良俗に反しない範囲内 において、広いカバーを提供するという商品構成 上の観点から、昭和 50 年に改定された普通傷害保 険に倣い、これを削除することとした。 昭和 63 年4月 20 日、担保事故の発生を「疾病 にかかり」という表現で規定していたが、感染症 の場合、これが感染を意味するのか、感染後の発 病を意味するのか、また、その判断は被保険者が 行うのか、医師が行うのか、異なる解釈の余地が あったため、新約款では医師の診断による疾病の 発病という考え方(発病主義)を採用し、約款の 明確化を図った。 以上の歴史的経緯からして、以下の点が指摘で きる。 ①泥酔を免責事由から排除している点について、 傷害事故では一般に過失を伴う場合が多く、公 序良俗に反しない範囲内において、広いカバー を提供するという商品構成上の観点に基づくと される。したがって、泥酔によって生じた吐物 誤嚥による窒息死といった保険事故は、免責さ れないということになるのではなかろうか。学 説には、年齢や既存の疾病の有無等に加入資格 や保険料が左右されない傷害保険制度との適合 性との関係で問題があるとの指摘もあるが23)、 泥酔といった事象に年齢や一時的な体調不良を 排除する意味は通常含まれていない。歴史的に も泥酔が保険事故として保険料計算に含まれて いたことが示されているのではなかろうか。ま た、免責事由として泥酔が挙げられていたとき、 並列して疾病や心神喪失も挙げられていたこと からして、泥酔は、疾病とは別の概念であるこ とが指摘できるのではなかろうか。 ②眩暈を免責事由から外した点について、とくに 説明はないが、泥酔に関する議論を敷衍するな らば、同じく疾病と並列で列挙されていたこと から疾病とは異なる概念であり、かつ、そもそ も過失を伴うことではないので、当然に広くカ バーするという商品構成上の観点に基づくので はなかろうか。 ③脳疾患も疾病であるとすれば、上位概念である 疾病を記載しておきながら、下位概念・包括さ れた概念である脳疾患を並列に記載しているこ とになるが、並列に記載するということは、疾 病の概念は包括的なものではなく限定的なもの である可能性がある。 23)白井正和・前掲 295 頁。
④精神的衝動による障害は、性質的に傷害に当た らないことは当然であることから削除された。 しかし、「目に見えないショック等による死亡の 場合でも、それが原因をなした事象との間に相 当因果関係があると認めることができる場合に はその原因をなした事象を「外来的なもの」に 当たるとみるのが相当である」との浦和地裁越 谷支判平成3年 11 月 20 日(LEX/DB27811151)が あることから、当然に傷害に当たらないとはい えない。また、心神喪失とは、判旨が指摘する ように、「一般に、精神の障害により事物の理非 善悪を弁識する能力がなく、又はその弁識に従 って行動する能力のない状態をいう」ように、 精神障がい者に対して適用する条項であること から、飲酒による体調不良の場合に適用するも のではない。 ⑤急性アルコール中毒は担保されるのか。当初、 「中毒による障害は傷害に当たらない」が、急 性中毒については自動付帯の急性中毒死担保特 約により担保された。その後、ガス中毒、毒物 中毒等の急性中毒について傷害に含めて担保さ れるようになった。急性中毒の定義として、身 体外部から有毒ガスまたは有毒物質を偶然かつ 一時的に吸入、吸収または摂取したときに急激 に生ずる中毒症状(継続的に吸入、吸収または 摂取した結果生ずる中毒症状を除く)であるが、 細菌性食物中毒は含まないとされた。アルコー ルが有毒物質に当たるのかという点は賛否両論 あろうが、偶然に摂取したとはいえないであろ う。もっとも、急性アルコール中毒が外来性の ある傷害か、あるいは疾病かという点から見た とき、飲酒の結果生じる様々な身体の状況の一 段階を切り取って判断することは適切ではない。 ⑥疾病の概念について、疾病危険担保特約の新設 を行ったとき、「疾病にかかり」とは、「人体の 器官、臓器に故障を生じ、当該機能が性別、年 齢別一般標準より著しく減退した状態をいう」 との解釈が実務上なされた。積極的な疾病の定 義としては、これが唯一のものかもしれない。 もっとも、仮にこの定義をもとにしたとしても、 急性アルコール中毒が、故障を生じたといえる のか、性別・年齢別の一般標準より著しく減退 した状態と判断できるのか疑問である。なお、 昭和 63 年4月 20 日、担保事故の発生を「疾病 にかかり」が改定され、医師の診断による疾病 の発病という考え方(発病主義)を採用した。 発病主義によれば、老齢による体力低下や一時 的な体調不良は、医師の診断により疾病である との診断が下されたのでなければ、疾病には当 たらないということになろう。もっとも、例え ば、遺伝子検査が広く普及した将来においては、 発病予防のための治療や入院が一般的となり、 「発病の時期」の解釈や「健康と不健康」の認 識が変化する可能性があり、疾病の概念、発病 の概念が変化してきているといわれる24)。 4.まとめ 吐物誤嚥における外来性が、平成 25 年最判によ り、端的に誤嚥と窒息という直近の一局面に絞っ て判断することになった一方で、疾病免責条項の 判断枠組みでは相当因果関係に基づく一連の事故 に至る経緯を考察するというずれが生じている。 そして、疾病概念について、請求原因の局面と免 責抗弁の局面とで異なる可能性も指摘されている。 疾病の医学的な概念について、疾病についての 「単に『病気』というよりも広い概念」をもって、 老齢による体力低下や一時的な体調不良といった 局面に疾病免責条項が適用されるのであろうか。 病気とは「健康でない状態」であるとされる。病 気にかかっていない限り、どのような状態でも一 様に健康であるということができるわけではない であろう。「健康ではないが、何か病気にかかって いるわけではない」とか、「病気にかかっているわ けではないが、健康でもない」ということもある。 また、病気に軽症の病気と重症の病気があるのな ら、病気にかかっているとされても、どのような 状態でも一様に不健康であるということができる わけではないであろう25)。老齢による体力低下や 一時的な体調不良が疾病であるのかは、容易に判 断できるものではない。 そもそも事故の原因を外因と内因に分別するこ とが医学的にも容易ではないにもかかわらず26)、 外来性という要件によって傷害と疾病を分別して 給付する保険商品のあり方に原因があると思われ る。傷害概念を裏返して疾病免責条項を適用する 判断枠組みをもつ判旨では、「単に『病気』という 24)佐々木光信「生命倫理と保険事業―遺伝子情報と保 険に関する研究会の活動報告を中心に」保険医学会誌 101 巻3号(2003 年)288 頁。 25)樫則章執筆・伏木信次編「健康、疾患、病気」『生 命倫理と医療倫理』改訂 2 版(金芳堂、2008 年)11-19 頁。 26)佐々木光信「医学の進歩と保険約款」保険学雑誌 621 号(2013 年)47 頁。
よりも広い概念」には疾病概念の解説以上の特別 な意義を見出すことはできない。したがって、「疾 病免責条項」が、老齢による体力低下や飲酒によ るアルコール中毒の状態といったことを含めて一 時的な体調不良といった局面に適用されることは、 否定されるべきであろう。 (山下友信教授コメント) 本件海外旅行傷害保険の約款では、疾病につい て、「傷害以外の身体の障害をいう」と定義してい るところで、このように、疾病とは人の身体の障 害のうち傷害以外のすべての状態をいうという理 解は、各種人保険の約款でも暗黙の前提とされて きたということができる。傷害以外のすべての状 態をいうのであるから、病気という一般日常用語 よりは広いということも当然であるということと なる。本判決も、このような理解をするもので、 特に問題はないということができる。 もっとも、これは、専門家の世界の理解の話で あり、免責事由としての疾病という用語をそれだ け取り出して見た場合には、疾病は病気よりは広 い概念であると断定されるということが一般人に 理解してもらえるかは、確かに清水教授の指摘す るように問題となりうるかもしれない。上記のよ うな疾病の定義規定を置いていない約款では一層 問題となりうる。判例は、近年外来性の要件をき わめて形式的なものとする解釈を確立したことか ら、免責事由としての疾病の重要性は高まってい る。外来性の要件を判例のように解することとの 関係でも疾病免責条項の疾病の意義をどのように 理解すべきかは、新しく提起された解釈問題であ り、消費者にとって十分理解可能な約款や解釈の あり方という観点も含めて、改めて疾病の概念に ついて検討する必要があろう。 (東京:平成 27 年9月2日) 報告:神奈川大学 教授 清水 耕一 氏 座長:同志社大学 教授 山下 友信 氏