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中央学術研究所紀要 第30号 L45深田伊佐夫「社寺林に関する研究-1-明治神宮の森林造成について-」

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(1)

社寺林に関する研究−1

− 明 治 神 宮 の 森 林 造 成 に つ い て −

1 . は じ め に 2.社寺林の概念 3.明治神宮の事例 4.事例総括 5 . む す び 1 . は じ め に

深 田 伊 佐 夫

近年、わが国においては全国的な緑被度の低下が問題視されている。 その原因としては、①都市化の進行による緑地の減少、②産業構造の変 化と林業後継者の不在による人工林の荒廃、③里山(居住空間に近接した 広葉樹林)の劣化と利用密度の低下による二次木良林の増大および、④生 態系の変化による自然林の荒廃等、一連の森林環境の取扱いの変化があげ られる。 このような社会的背景の中で森林としての体裁を保ち、その機能を発揮 しているのは社寺林であるといっても過言ではない。 社寺林は神社仏閣等の宗教法人が、宗教的目的に用いる境内地の林地お よび宗教活動にともなう荘厳性保持や用材確保に用いる境外地の林地のこ とを示す。 (45)

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全国の森林面積に占める社寺林面積の正確な数値は、宗教法人法の規定 に置かれる課税上の措置の問題もあり、総括的に把握することは困難であ るが、わが国森林面積の1%に満たないとされているにも関わらず、緑地 空間としての意義が重要視されている(1)。 同時に我々の日常生活と密接な関係をもち、宗教的荘厳性を創出すると ともに、地域の自然環境保持に多大な影響をもつと考える。 本報告書では、社寺林のもつ意義と現状の調査を通して、宗教的な意味 での神仏の荘厳と、その育成と保全によって得られる現実的効果の究極的 な一致点についての考察を試みる。 なお、対象としては明治神宮の森林をとりあげることにしたい。 明治神宮は大都市中心街に、当地の自然環境に合致した森林の造成を目 的に、育林過程と林相の変化を予測しつつ、限りなく自然林に近い極相林 の造成を目的に森林の管理を行ってきたので、現在の林相を形成している と考える。 このことは、社寺林の造成史上および、林業史上でも類例のない宗教的 価値観と育林技術に由来する森林として位置づけられる。 考察は明治神宮の建立の意義と、それを基盤とした森林造成と育林の経 過を中心に、論旨にそってすすめたいと考える。 なお、本報告書の一部は日本国際地域開発学会2000年度個別報告会およ び、中央学術研究所第1回学術研究大会にて口頭発表したことを付記する。 2.社寺林の概念 (1)歴史的背景 森林の分類でいう社寺林は、一般的に「鎮守の森」と呼ばれる神社仏閣 の所有する森林のことを示し、古来より社寺建築物の建立や仏像の造立と も深い関係をもちながら、独自の森林空間を形成してきた。 また「森」という言語の意味するところも、神が来臨し宿る樹林・森林 (46)

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社寺林に関する研究−1 ・こん「もり」と木が茂った場所を示している。 隣国の韓国語のロー│己’(mori)も、頭・頂上・山の峯等の意味を持ち、日本 語の森と同義語であるという。そこには、森には神が宿ると言う概念が存 在する。 したがって、神社仏閣をとりまく樹林・森林は、神仏を荘厳することに より、その来臨を請うための宗教的儀礼のひとつの表現形態とみることが できる。 換言すれば、神仏を祁る一定の空間を樹木で覆い荘厳することで、神聖 な空間を意図的に創出してきたことになる(2)(3)。 また、荘厳の単位を現代の一般家庭に写し変えてみれば、神棚にはサカ キ(榊)を、仏壇には花、地域や宗派によってはシキミ(柵)を供えるこ とが通例となっているが、これらの行為も神仏、あるいは神仏と一体にな った自己の祖先への畏敬の念を出発点とし、家庭内に神聖な空間を創出す る面においては、上述の社寺林造成と同様の思想を持つと考える。 いずれも、神仏をむかえるのにふさわしい環境を整えることでは、共通 性をもつ。 つぎに、宗教建築物と森林の関係についてふれることにする。 神仏の宿る森と同様に神仏の住まう杜や堂閣も森林と木材によって支え られている。 現存する日本最古の木造建築物は法隆寺の五重塔であり、670年の焼失後 710年に再建され現在に至っている。 縄文期に建立されたことが推定される、青森市の三内丸山遺跡の大型掘 立柱建物は、胸高直径1m・樹高15m程度の広葉樹の巨木を用いたモニュ メントとして、何らかの宗教的意義のもとに建立された可能性をめぐり議 論されている。 1989年に発掘された佐賀県神埼郡の吉野ケ里遺跡の環状集落跡からは、 弥生期にヒノキ材を用いて建立された祭殿等、400棟以上の木造建築物が (47)

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存在した痕跡も確認されている。 2000年に出雲大社境内地内で発掘された、’2世紀後半の建立と推定され る神殿の支柱は、元口直径,、35m程度のスギ丸太3本を束ねて’本の柱 として用いていたことが判明した。支柱の規模と古文書等から、棟高48m の大規模な神殿が存在した可能性が考えられている。 現代でも、全国各地にみられる社寺建築の大半は木造である。そこには 「神の宿る森林の林木を用いて、神仏を勧請する社や堂閣を建立する」とい う、ある意味では極めて単純化された発想と行動の中に、不可知なる存在 としての神仏を畏敬の念をもってむかえるという、深い信仰心の裏付けに よって展開してきた経緯を垣間見ることができる。 このことは、後に述べる境外地での造林と関連し、社寺建築の用材確保 を体系的かつ持続的に行うための造林へと結びついていくことになる。 また、寺院建築物に勧請される仏像も、古来より木材を主な素材として きた。時代区分により樹種に特徴をもつが、主としてクスノキとヒノキが 用いられている。時代区分と樹種を概観すれば、7世紀から9世紀にかけ てはクスノキー本造、8世紀からl'世紀ではヒノキまたはセンダン・ケヤ キ.サクラ.カエデ.ハリギリ等の広葉樹の一本造、,2世紀から14世紀ま ではヒノキ寄木造である。 樹種選択の理由は推計的な域を出ることができないが、香木としてのク スノキ、加工が容易で完成後の歪みが少ないヒノキが好んで用いられたも のと考える。これらの素材としての木材も、天然林から生産された木材も しくは後の時代に造林された社寺林から生産された木材によってまかなわ れている(4)。 社寺林の構成要素のひとつとして、神社仏閣の景観と荘厳性を保持する 上で、日本庭園の果たす役割も大きい。その発展過程は、日本へ仏教が伝 来して以来、特徴ある庭園形態を展開してきた。 6世紀頃までの初期の日本庭園は、中国の神仙思想や朝鮮半島諸国の造 (48)

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社寺林に関する研究一I 形の影響を受けた石庭や曲水庭から出発した。その後、時代毎に伝播して きた仏教各宗派の教義を背景として、自宗派の浄土観を庭園の中に表現し た。密教庭園・普通浄土庭園・禅仏教各宗派の庭園等がそれに当たり、後 の日本庭園の原型となった(5)。 以上、社寺林をめぐる諸要素を歴史的な軸を中心に述べた。 (2)境内林地の性格 社寺林は、境内林地と境外林地に分類できる。一般にわれわれが認識す る境内林地は、自己の居住地や生活空間に近接する神社仏閣の「大樹のあ る風景」を指していると考える。その風景は、地域のランドマークを形成 すると同時に、幼少時からの「心の原風景としての境内林地」が人間の精 神に内在している。境内林地は「鎮守の森」とも同義語になっている。「鎮 守」は、宗教的な儀礼に基づき、土地・地域・仏法等を守護することや、 軍事的な目的で一定の場所に兵力を常駐して、地域の守備を行うというふ たつの意味があげられる。現代では、前者の持つ意味がふさわしいと考え る。境内林地は概ね、意図的な造林もしくは自然林の更新により、荘厳な 景観を醸し出している(6)。 また、境内林地は宗教法人法第3条の規定により、登録免許税・不動産 取得税・固定資産税・都市計画税が非課税対象になっており、本尊もしく は神体の勧請・宗教的儀式の執行・布教および信徒の教化育成等の宗教的 な目的に用いることが条件になっている。 境内林地を境内地の概念の中でまとめれば図一lのようになる。 そして、境内林地が果たしている機能と役割は、①宗教的荘厳性の創出 と 保 持 ② 聖 域 と し て の 空 間 確 保 ③ 緑 地 ・ 景 観 ・ 環 境 保 全 ④ 公 益 的 機 能の発揮等があげられる。 (3)境外林地の性格 (49)

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境内林地が、社寺建造物の周辺もしくは隣接したエリアに存在し、宗教 的荘厳'性の保持や公益的機能を果たしているのに対して、境外林地は境内 林地と連続する広いエリアもしくは、全く別に存在する社寺林のことを示 す。境外林地は、前項で述べたような宗教法人法に規定された各種の課税 上の措置を受けない一般的な山林である場合が多い。すなわち、森林法前 文に規定された私有林と同様の林地として扱われている。 意図的な造林の施業による社寺建築物のための用材確保や、教団財政確 保のための木材販売(宗教法人法第39条の規定により、宗教法人に許容され た営利事業のひとつ)が主な用途であるが、境内林地にみる宗教的用途と公 (50) 境 内 地 空 間 l)原風景としての境内地空間 1.大樹のある、神社仏閣の境内地 2.こんもりとした社寺林の風景 3.町の小さなほこらにもある樹木の緑 2)鎮守の森と宗教林 1.宗教的な思想に基づき、土地・地域・仏法などを守護する目 的で、神を勧請した社を建立する。=鎮守 2.勧請した神(仏)の徳分を荘厳する目的で意図的に造林、も し<は天然林を更新して樹木を形成する。=鎮守の森・宗教林 3)宗教法人法第3条に規定された概念 1.本尊(神体)の勧請された土地・建物 2.宗教的儀式・儀礼が執行される土地・建物 3.信徒の教化・育成が行われる士地・建物 図 − 1 境 内 地 空 間 の 概 念 規 程

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益的機能の他に、①経済的機能、②治山 参照)。 社寺林に関する研究一I 治水機能などが加わる(7)(図−2を 境外地空間 l)境外林地のイメージ 1.社寺または境内地に隣接する緑豊な山林 2.古くから山岳信仰の対象となっている山 2)境外林地の果たす宗教的役割 1.非日常的な修行空間形成 2.社寺建築物や仏像建立のための用材供給 3.境内地空間との相互作用による宗教的荘厳性の創出 3)境内林地の果たす非宗教的役割 1.教団財源確保の一助としての森林施行 2.各種環境保全機能(森林の公益的機能)の発揮 図 − 2 境 外 林 地 の 機 能 3.明治神宮の事例 (1)地域からみた明治神宮 事例考察を行う前提として、明治神宮の位置する東京都渋谷区の地域条 件等についてふれておくことにする。ここでは、位置・地勢・緑地環境に ついてとりあげる。 l)位置 明治神宮は人口19万人を擁する渋谷区の中心街に位置する。神宮の東側 (51)

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は原宿から外苑方向の市街地に、北側は新宿副都心に、西側は小田急電鉄 沿線の住宅地域に、南側は渋谷駅を中心とする繁華街にそれぞれ隣接して いる。これらの地域と対比すると、神宮の林苑は「市街地の中にある巨大 な森林」の林相を形成している。交通条件もJR線の渋谷・原宿.代々木. および千駄ヶ谷の各駅をはじめ、小田急線や地下鉄の計6駅の駅勢圏に入 るとともに、明治通り・甲州街道等都内主要幹線道路網の路線域に接して いる。同地域の明治神宮を除いた大規模緑地は、代々木公園(54ha)・新宿 御苑の渋谷区域分(20ha)・代々木青少年センター(lOha)等があげられる(8)。 (表−1を参照) 表 一 1 渋 谷 区 内 大 規 模 緑 地 等 一 覧 表 名称 面積(ha) 概要 明治神宮 70.2 17万本の樹木から成る神域林苑を形成。湧水池有り。 代々木公園 54.0 明治神宮南側の隣接地に位置・森林公園および運動公 園から成る 新宿御苑 19.9 330種、4万本の樹木が生育。新宿区と渋谷区にまたが っている。 代々木青少年 セ ン タ ー 10.0 東京オリンピック関連施設。明治神宮西側の隣接地に 位置。現在、施設の再構築を検討中 渋谷区各種行政資料を参考に深田作成 2)地勢 明治神宮は、標高40m程度の代々木台地面上部に位置する。神宮西部と 南部は幡ヶ谷台地と駒場台地との間に、渋谷川支流によって形成された標 高20m程度の低地面に接しており、この変化に富む地形は神宮林苑を神域 としての景観を保つ上での重要な構成要素となっている。主要構成地質は、 台地部では表層士層と関東ローム層士(立川・武蔵野・下末吉の各層)、低 地部では砂層・泥炭層・河川氾らん源堆積物層が堆積している。基盤をな す第三紀層は三浦層群に属する砂岩や粘土層で構成される(9)。地形概要は 図−3、周辺地形は図−4、地質層序図は図−5に各々示す通りである。 (52)

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社 寺 林 に 関 す る 研 究 一 ] -'』I』IfJI-藩■ 写 真 − 1 神 宮 橋 か ら 境 内 を 望 む 2001年7月 神宮橋を境堺として、市街地と区分された神域を形成。 写 真 − 2 第 1 鳥 居 と 南 参 道 の 景 観 2001年7月

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写 真 − 3 南 参 道 御 橋 下 の 渓 流 2001年7月 南池から原宿駅と現・竹下通りを経て、渋谷川へ注ぐ水路を人工的に造成した渓流。 3)緑地環境 つぎに地域の緑地環境について述べる。資料および渋谷区役所で確認し た結果によると、同区の緑被地面積は行政面積l511haの21%に当たる318 haである。このうち明治神宮は緑被地面積の22%に相当し、これを除外し た同区の行政面積に占める緑被面積の割合は280haで、19%である。区内全 域の緑被率の状況は、図−6の通りであるが明治神宮の40%以上は他地域に 比して格別に高い数値を示している('0)(''1。 (54)

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社 寺 林 に 関 す る 研 究 − 1 蕊華鼻 毒冒拳 職宛潅難跨…”〃 画、』 星.. jX 瀞i 鍔、L閏 鍵 雪 爵 灘 蓬 錨 瞳 瞳 蝋Zl錘

函 Z § F 麺 h ” 写 真 − 4 御 社 殿 全 景 2001年7月 背景の高層ビルはNTTドコモビル。周辺の土地利用の高密度化が進行している。 識,,尋. ・秘#’. f, (2)明治神宮の造営過程 通称「代々木の森」として知られる明治神宮は明治天皇崩御の後、その 聖徳をたたえる顕彰事業の一環として1916年から1920年にかけて造営され た。現在、境内地となっている敷地は400年以上にわたり、熊本藩および彦 根藩の下屋敷として使用されていたが、1885年から宮内省(現・宮内庁) 管轄となった。 神宮造営以前の該当地域は、林木にとぼしい原野であり、代々木の地名 の 起 源 と さ れ る モ ミ の 木 が 目 立 つ 程 度 で あ っ た 。 実 質 的 な 神 宮 の 造 営 は 1916年に開始されたが、明治天皇が崩御した1912年から「神霊を祁り聖徳を しのぶ神宮造営」の動きはみられ、現在地の他に京都府(伏見)・東京都 (青山・戸山・白金・青梅)・埼玉県(宝登山・城峯山・朝日山)・ネI│'奈川県 (箱根)および千葉県(国府台)等が候補地となった。その後、宮内省管轄 (55)

(12)

〆 可

(’

、 図 − 3 渋 谷 区 の 地 形 「代々木台地」の表示箇所が明治神宮所在地。 ※平成12年度版渋谷区勢概要P・10より である現在地が選定され72haの造営地が確保された。 造営前の段階として1913年の官制公布による「神社奉祁委員会」の発足、 1915年の「明治神宮造営局」への移行を経て造営を開始した。調査会は内 務大臣・大隈重信を会長に、宗教的な基本要件および林苑計画について、 各分野の学者.技術者により検討された。同会構成員の東京大学教授・本 多静六は、造営局が発足してから、東京農業大学教授・上原敬二らと、林 苑計画全般を構築した。 (3)林苑計画の基本思想と現状 林苑計画のマスタープランに当たる「明治神宮御境内地林苑計画」(以下、 「林苑計画」と略す)であり、神宮造営1年後の1921年に上述の本多・上原 両氏と造営局技師・本郷高徳の三氏が中心的役割を果たして編さんされ た('2)。以下、林苑計画の概要を示す。 (56)

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社 寺 林 に 関 す る 研 究 − 1

図 − 4 周 辺 地 形 図 国 土 地 理 院 l : 2 5 0 0 0 地 形 図 使 用

(14)

図 − 5 層 序 関 係 図 区内ボーリングデータを参考に深田作成。 l)基本思想 林苑は「神苑にふさわしく世間の騒々しさが全く感じられない荘厳な風 致をつくる」ことを基調に、①当地の自然環境に合致した天然更新が可能 な樹種の導入、②林苑が完成すれば人の手を加うることなく育つ究極の林 相=極相林の造成、③神社にふさわしい荘厳性のある森林の造成を指向し た(13)o 2)育林経過の計画性 極相林が完成するまでの時間的経過は、150年程度と予測し、第一段階か ら第四段階までの4つの時代区分による代表林相を提示した。第一段階の (58) 年 代 低 地 台 地 備 考

第四紀

沖積世

洪積世

表 土 層 埋 士 沖 積 砂 層 関 東 ロ ー ム 層 洪 積 粘 土 層 洪 積 砂 層 二次堆積物も含む 一部地域に存在 武蔵野・立川ローム層 渋谷粘土層(下末吉 ローム層に相当)

第三紀

鮮新世

粘 土 層 砂 層 お よ び 粘 土 層 の 互 層 基 盤 岩 層 砂岩および凝灰岩

(15)

社 寺 林 に 関 す る 研 究 − 1 図 − 6 渋 谷 区 の 緑 被 率 状 況 ※図版中央部○印が明治神宮所在地の区両。渋谷区自然環境報告書P、2-2に加工 林相は造成当初の状態を示す。従来から当地域に存在し、高木層を形成す る。すなわち、アカマツ・クロマツを主林木とし、その層の直下にはヒノ キ・サワラ・スギ・モミ等の針葉樹を交え、その下層に将来主木となるカ シ・シイ.およびクスノキ等を、さらに低木樹を植栽した林相を示す。第 二段階の林相は造成後50∼60年を経過した林相を予測している。この段階 で は 、 ヒ ノ キ ・ サ ワ ラ ・ ス ギ お よ び モ ミ が 生 長 し 、 カ シ ・ シ イ . ク ス ノ キ 等と競合しつつ、アカマツ・クロマツが衰退していくプロセスを示してい る。第三段階の林相は造成後100年程度を経過した林相を示している。この 段階ではカシ・シイ・クスノキが主林木となり、これらの樹木の中にアカ マツ・ヒノキ・サワラ・モミおよスギが点在する林相を予測している。第 四段階の林相では、造成後150∼200年を経過した林相であり、一連の針葉 樹雲類が消滅し、カシ・シイおよびクスノキなどの常緑広葉樹が主木となり、 (59)

(16)

その下層に常緑樹の実生木が育成することを予測している。当初予測した 極相林の完成する時期である。林相形成過程の模式図は、図−7に示す通り である。 しかし、1980年代中盤に発生した松くい虫(マツノマダラカミキリを介 在とするマツノザイセンチュウ)の被害により、アカマツの林相の一部が 枯死したため、造成後80年を経過した現在、造成当初予測した極相林に近 い林相が形成された。これは、第Ⅲ段階後半から第Ⅳ段階前半の時期に予 測された林相に相当するものと考える(14)(15)(16)○ 3)林苑計画 林苑計画の性格は、樹木の植栽を含めた総合的な土地利用計画である。 神宮内は、第1区から第7区までの林苑区間に区分されている。すなわち、 社殿を中核とした第1区を中心に、左回りに第2区(北参道沿道)、第3区 (宝物殿周辺)、第4区(西参道沿道=南・北2区画)、第5区(南参道沿道)、 第6区(社務所周辺)、第7区(御苑・菖蒲田)という配置である。 つぎに神宮造営と林苑造成に際しては、①市民の意志に基づく浄財献金 による敷地造成、②総数12万本強におよぶ献木、③総計11万名の青年を中 心とした奉仕作業の3点が特徴としてあげられる。 表−2造営時樹木数(献木等) 内 訳 本 数 1.在来木 5,951 2.献木 95,559 3.他宮庁より譲受木 8,222 4.購入樹木 2,840 合計 122,572 明治神宮境内総合報告書PP、14∼15より ②の献木の内訳は表−2の通りであるが、献木の条件として、外来樹木・ 庭園用仕様樹木・果実系樹木を除外している。これは社寺林としての造営 思想に基づくものであり、宗教的荘厳性の保持と当地の従来からある植生 (潜在植生)との整合性追求が事由である('7)。林苑各区画別の位置を図−8 (60)

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(1) 社寺林に関する研究−1 林苑ノ創設ヨリ最後ノ林相二 至ルマデノ遷移ノ順序 八竿︲マツ類 Aハハ]︲娠評幽幽 八︶︲篭鰯 /、 L − ノ 第一段階:一時的仮設の森。主木として高くそびえる上冠木は、主と して先駆樹種であるアカマツ、クロマツにする。その間に生長の早い ヒノキ、サワラ、スギ、モミなどのやや低い針葉樹を交え、下層に、 将来の主林木になる力シ、シイ、クスノキなどの常緑広葉樹、最下唐 かAぼく に潅木類を植栽する。・・・(1) 常緑広葉樹類︵力シ、シイ、クス ノキなど︶および常緑低木の下木 マツ以外の針董盃禰類︵ヒノキ、サ マツ類

第二段階:林冠の最上部を占めていたマツ類は、ヒノキ、サワラなど に圧倒されて次第に枯れる。数十年後にはマツ類に代わってヒノキ、 サワラなどの針葉樹力悟上部を支配する。マツは点在する。…(Ⅱ) (11)

iノ

(1V) (Ⅲ) (61) 力シ、シイ、クスノキ類はさらに生長し、100年前後でカシ、シイ、 クスノキ類の天然林相になる。…(1V) 図−7明治神宮の林相形成過程の模式図 大都会に作られた森P、32より 第三段階:カシ、シイ、クスノキ類の常緑広葉樹が優位に立ち、支配 木となる。その間に、スギ、ヒノキ、サワラ、モミなどが混じる。ま れに、クロマツ、ケヤキ、ムクノキ、イチョウなどの大木を混生した 状態。…(Ⅲ)

(18)

に、概要を表−3に示す。 4)現在の管理体制 日常の林苑管理は、明治神宮総合管理部警衛管理課が担当している。主 要業務は、明治神宮造営当初から存在し、現在も林苑管理の基本思想とな っている「明治神宮御境内地林苑計画」などの重要文献類の保管と更新を はじめ、林苑(森林)管理・林木管理・樹病対応・台風などの災害への対 応・駐車場管理・トイレ管理・巡視による各種予防対応・芝地管理.除草 ・危険物駆除など、森林を含む境内地全般の管理業務を担っている。担当 要員数は、専従職員11名・常駐業社社員12名の計23名の他、季節により4 名∼10名の契約造園会社社員が常時業務を行っている。また、育林技術の 継承については若齢職員を採用し、実務経験を基盤に造園および関連技術 ・土木機械の資格取得を行うことで育成している。 5)極相林の管理 明治神宮の森林は極相林の造成が目的である。したがって森林の管理に 極力人為的な管理手法を用いないことが原則となっている。その概要は、 ①樹冠のうっ閉が進行しても人為的な間伐は行わず、天然更新を行う、② 枯死木は致木更新とみなし、致木は境内地内で再利用する、③落葉および 刈り上げた草・芝は全て森林内へ還元する、④一部の庭園木についてのみ 枝の勢定を行うの4点である。④の勢定後の枝類も境内地内で堆肥として 再利用している。 6)育林上の課題 現時点では特記すべき課題はあげられない。1980年代後半には、大気汚 染が原因とみられるケヤキの落葉が8月に1度確認されたが、その後は大 気の浄化が促進されたため、そのような現象はおきていない。 また、全般に樹冠のうっ閉傾向が進行し「暗い森」となっているため、 自然界では考えられない樹木配分の発生や、当初計画した林相との相異も みられるが、天然更新の原則のもとに、100年単位での育林を視野において (62)

(19)

ノリ受

鴨紺施設撒乎激走

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種壊灘一

苑事業僅々割入

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一 一

稗念願稗念願 ノリ受 社寺林に関する研究一I

拳遷漸

クニ一〆

□ 図 − 8 林 苑 区 画 図 ※計画当初の予定図明治神宮の森の秘密P、186より (63)

藻童

画祥宛

蔭 蔭 永道 一 ︵#I

(20)

区両名 第1区 第2区 第3区 第4区 第5区 第6区 (周囲帯) 第7区 (64) 位 置 社 殿 を 中 心 とした神域 敷地北東部 代々木駅方 向への北参 道沿道 敷地北部 宝物殿周辺 敷地西部 参宮橋駅方 向への西参 道沿道 敷 地 南 部 原宿駅・神 宮橋・南参 道沿道 敷地東部 社務所周辺 御苑・菖蒲 田。第1区 南側 表 − 3 林 苑 区 画 別 概 要 造営前林況(1916年) 胸高直径30cm∼60 cmのアカマツ疎林。 それより若齢のアカ マツ密林およびカシ ・モミ・コナラの混 交林 畑地および樹木培養 地跡が大半。北参道 沿道にムクノキ老大 木。その他モミ・ケヤ キ群 畑地跡が大半。御料 地 時 代 の ヒ ノ キ ・ サ ク ラ ・ マ ツ ・ ス ギ . サ ク ラ ・ ス ズ カ ケ ノ キが点在 練兵場跡地。樹木密 度は疎 特記すべき樹木なし。 ス ギ ・ ム ク ノ キ ・ ケ ヤ キ ・ ア カ マ ツ ・ モ ミ・カシが一部で混 交林を形成 清 正 井 と 南 池 の 中 間 に造成された菖浦田。 回遊式の歩道と四阿 が 設 置 造成後林況(1921年) マ ツ ・ ヒ ノ キ ・ サ ク フ ・常緑闇葉樹・常 緑小木・下木の四階 の基準的植栽。王垣 内の既存アカマツの 下に将来の更新を視 野 に サ カ キ ・ シ ラ カ シ ・ シ イ ・ ク ス ノ キ ●モチ等を植栽 区画東部は駐車場を 含むため植栽は区画 西部と相異。西部は 第1区と同様の植栽 マ ツ ・ ヒ ノ キ ・ サ ク ラ ・ カ シ ・ シ イ を 主 要植栽木に。補植等 に用いるサカキ苗囲 設 置 境内地前域に合致し た植栽。ケヤキ・カ エデ等の落葉広葉樹 を主要植栽木に 左 同 明治神宮境内地総合報告書を参考に深田作成 備考・現在観察事項 神 宮 の 森 の 中 核 部 分 ・神域として荘厳性 を保持。 社殿前に一対のクス ノ キ 神宮会館と駐車場ス ペースも含む 宝物殿を囲む芝地で 形成。他区画の森林 と 対 比 し て 林 木 の 密 度は疎。「林苑計間」 で当区画の林況につ いての記載はない 苗床所北。南北2つ のブロックから成り、 北 ブ ロ ッ ク の 植 生 は 比較的疎林 「代々木」地名由来の モミ。御苑からの水 流に手を加えた人口 渓流と神橋による景 観 南参道と外周舗装道 路に囲まれたエリア。 JR線原宿駅ホーム と線路に接する 清正井を水源とする 水流と菖蒲園。昭憲 皇后由来の茶室隔雲 亭あり

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社寺林に関する研究−1 いるとみられる。 4.事例総括 (1)地域環境からの総括 明治神宮が鎮座する渋谷区の緑被度は21.1%(東京23区内第2位)、樹 木被覆度(同第1位)と高い比率を示している。しかし、同区が副都心的 性格をもつ大都市であることから、地域間での緑被度や樹木被覆度の差異 は大きい。このため渋谷区の長期基本計画(1996年度∼2005年度)では「ゆ とりと潤いのあるまちづくりのために不可欠な樹木・樹林・花等を区内の 緑を維持し、増やすため、都市緑化を推進する」ことを基調に、緑被度. 樹木被覆度の低い地域での公園・緑地整備や既存緑地の保全.接道部の緑 化を施策化している。都市計画マスタープランでは、明治神宮および新宿 御苑を「緑の中核」とみなし、保全することが基本方針となっている。 渋谷区の緑化推進計画を概観すれば、①区の中心部に位置する明治神宮 を核に、②区の中心部から放射状に配置された幹線道路接道部の緑化の質 を見直し、③緑被度の低い甲州街道方面の住宅密集地では旧玉川上水跡地 および神田川支流(地蔵川)等の長狭物を利用して緑化を推進し、④既存 の大区画住宅地の樹木保存を強化するの4点に集約できる('8)(19)。 いずれも核としての明治神宮を中心に展開されている構想であり、神宮 の森林が地域で果たしていく役割は大であると考える。 (2)宗教的視点からの総括 明治神宮の造営に際しては、宗教的環境を森林の造成を通して創出した。 その特徴は、①神殿を中心とした荘厳性への配慮、②極相林の造成を指向 した植栽計画の構築と、その実施、③当地の地理的条件に合致した造園法 の駆使による従来の自然環境に近い景観創出、④用地全体の土地利用計画 自体が林苑計画と一体化している、⑤献木時には外来樹木・庭園用仕様樹 (65)

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木.果実系樹木は除外する。上記の5点である。 これらの点は、明治天皇の「国家近代化と神道文化を基盤とした精神文 化の再生と復興という聖徳と賛え顕彰する」ため、種々の顕彰形態の中か ら神社の造営が選択されたことに由来している。また、創建後80年を経過 した現在の明治神宮の存在意義として、「巨大都市化の中で人々が忘れ去 った日本古来の伝統精神・信仰を明治神宮の神域で蘇生」することが、教 義上の見解としてもたれている(20)。 また、事例および地域環境からの総括の項目で当地の地勢について触れ たが、代々木台地のもつ地形的な特徴=台地上部の平面性.等斉性と縁辺 部分および低地部分の中小河川による侵食地形が、広大な境内地空間と水 脈.谷地との間に対象的な景観をもつことで、上述の意図的な造林と相乗 的な効果を発揮し、宗教的な荘厳性を醸し出すための重要な要件となって いる。 宗教的荘厳性の創出を森林の育成手法に限定して考察すれば、天然林自 体の活用.更新、意図的な造林あるいは両者の併用の3点があげられる。 このうち、明治神宮では2点目の手法が選択された。 5.むすび 今回は明治神宮の森林の造成過程と現状の調査を通して、寺社林のもつ 意義と位置づけについて考察してきた。その結果、神体を荘厳し神社とし ての神聖な景観を保持する目的で人為的に造成した空間が、潜在植生の保 存を含む地域の緑地保全・景観保全・環境保全・親水機能をはじめ、各種 の公益的機能を同時に果たしていることが判明した。 明治神宮の場合、位置する渋谷区で都市化や市街地の高密度化とは殆ん ど無縁の森林として、地域の「緑の中核」になっている。 およそどの宗教も、宗派・教派に関わらず、自宗教の提示する「理想世 界」の価値観と概念を有する。それを具現化するための表現形態のひとつ (66)

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社 寺 林 に 関 す る 研 究 一 I に森林の造成があげられる。そして、造成された森林は境内地・境外地等、 限定された宗教的空間および非宗教的空間である周囲の地域環境に対し、 清浄な環境の創出という型で、理想世界を形成する一端を担っていると考 える。寺社林は聖域であるが故に、不可侵の森林・緑地として保持・保全 されている。 今回、事例としてとりあげた明治神宮以外にも多くの寺社林が存在し、 それぞれのもつ宗教的理念を基盤とした森林が形成されている。 次報以降では、異った宗教的理念によって形成された寺社林の形成過程 の調査を行い、寺社林のもつ理念と現実的役割についての比較検討を試み る予定である。 謝辞 本報告書の作成にあたりまして、東京農業大学教授・杉浦孝蔵先生には、終始 ご指導頂きました。明治神宮総合管理部警衛管理課主幹・中井津秀明先生には、 明治神宮の森林造成過程および現在の林況と管理体制について詳細なご教示を 頂きました。明治神宮教学センター研究員・大丸真美先生には、明治神宮の森林 造成の宗教的意義について詳細なご教示を頂きました。明治神宮総合管理部総合 企画課・植松克巳先生には、事例調査に際して種々お取り計らい頂きました。立 正佼成会サービス事業センター・伴文隆氏には、校正とレイアウトを、立正佼成 会総務部総務課・村山哲也氏には、図表作成をお手伝い頂きました。記して厚く 御礼申し上げます。 文 献 (1)佐野和史(1979):みやのもりの歴史と現状:森林一第10号:pp.l∼11: 財団法人土井林学振興会 (2)深田伊佐夫(2000):都市地域における境内地空間についての考察一I:中 央学術研究所・第1回学術大会要旨集:pp、5∼17:中央学術研究所 (67)

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(3)太田猛彦(1999):森林の百科事典:p,826:丸善 (4)小原二郎(1972):木の文化:pp、9∼41:鹿島出版社 (5)陳明玉(1998):中国文化からみた日本庭園の理念と構造:pp、501∼527: 致知出版社 (6)中山繁信(2000):現代に生きる境内地空間の再発見:pp、11∼84:彰国社 (7)深田伊佐夫:前掲書pp、11∼84 (8)渋谷区勢概要平成12年版(2000):叩11:渋谷区役所 (9)渋谷区史(1996):pp、11∼34:渋谷区役所 (10)渋谷区みどりの実態調査報告書(1993):pp、15∼33:渋谷区役所 (11)渋谷区自然環境調査報告書(1999):pp.’∼29 (12)明治神宮社務所編(1999):明治神宮の森の秘密:pp、164∼175:小学館 (13)小林安茂・中島宏(1996):林試の森公園:pp、56∼57:財団法人東京都公 園協会 (14)松井光塔・内田方彬・谷本文夫・北村昌美(1992):大都会に造られた森: pp,65∼97:農文協 (15)上原敬二(1971):人のつくった森:pp、5∼76:東京農業大学造園学科 (16)明治神宮境内総合調査委員会(1980):明治神宮境内総合調査報告書: pp、426∼469:明治神宮社務所 (17)明治神宮社務所編(1999):前掲言:pp、185∼217 (18)渋谷区長期基本計画(1996):pp、83∼95:渋谷区役所 (19)渋谷区都市計画マスタープラン'2000(2000):pp、3∼11,51∼53,85∼99: 渋 谷 区 役 所 (20)大丸真美(1998):明治神宮の杜の存在意義:pp.l∼28:神道宗教一 No.173:神道宗教学会 (68)

参照

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