NII-Electronic Library Service 『
四
禅
比
丘
』考
石
井
修
道
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
一
は じ め に
ー
『 四 禅 比 丘 』 の 研 究 の 動機
周 知 の ご と く 、 十 二 巻 本 『 正法
眼
蔵
』 ( 出 家 功 徳 ・ 受 戒 ・ 袈 裟 功 徳 ・ 発 菩 提 心 . 供 養 諸 仏 . 帰 依 仏 法 僧 宝 . 深 信 因 果 . 三 時 業 . 四 馬 . 四 禅 比 丘 ・ 一 百 八 法 明 門 ・ 八 大 人 覚 ) は、 前 世 紀 に 発 見 さ れ て 以 来 、 注 目 ・研
究
さ れ て今
日 に 及 ん で い る 。 本 論 文 で 取 り 上げ
る 第 ア 十 『 四禅
比
丘 』 は 、 従 来、 十 二 巻 本 の中
で も比
較
的
研
究 が な さ れ て き た も の と い え る か も し れ な い 。 筆 者 も い さ さ か 「 『 深 信因
果
』 『 三 時 業 』 考 」 ( 『 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 』 第 五 八 巻、 一 一 〇 〇 〇 年 三旦
に お い て 、 卜 二 巻 本 の 最 重 要 な 巻 々 に つ い て 考 察 し て き た 。 そ の 続 き と し て 十. 一 巻 本 の 第 九 「 四 馬 』 の 巻 を 、 『 駒 澤 大 学 仏 教 学 部 研究
紀
要
』 第 五 九 号 ( 二 〇 〇 一 年 三旦
に お い て 、 「 『 四 馬 』考
」 の論
文
で ま と め て み た 。 そ の 中 で 、 冒 頭 の 「 外 道 問仏
」 の 話 が禅
宗
の 公 案 と し て 有 名 で あ る が ゆ え に 、 そ の 内 容 を ど の よ う に 位 置 づ け る か は 、 検 討 さ れ た こ と が従
来
な か っ た の で は な い か と い う 結 論 に到
達 し た 。 そ れ は、 『 四 馬 』 の 構 成 が、 次 の 荊 渓湛
然 の 『輔
行伝
弘
決 』 巻 二之
五 で あ る こ と が 明 ら か に な っ た か ら で あ る 。 (A
)初 明 悪 機 中 。 云 如
快
馬 等 者、 根 利 如 快 馬、 起 悪 如 僻 路 。聞
説 如 鞭影
、欲
息
如 正 路 。 (B
)雑 阿 含 云、 仏
告
比
丘 、 有 四 種 馬、 一 者見
鞭
影
、 即便
驚
悚
随 御 者 意 。 二者
触 毛、 便 能 如 上 。 =、 者 触 肉 、 然 後 乃 驚 。 四 者徹
骨
、 然 後 方 覚 。 経合
喩
云 、初
馬
如 聞他
聚
落
無常
、 即 能 生 厭 。 次 馬 如 聞 己聚
落
無 常 、 即 能 生 厭 。 三 者 如 聞 己 親 無 常、 即 能 生厭
。 四 者猶
如 己身
病 苦、 方能
生 厭 。 (C
)大 経 十 六
釈
調 御中
。亦
以 四馬
喩
聞
生 老 病 死 。 故 知 二 経 並 喩 三 蔵 中 意 。今
借
喩 此 以対
四 教 。 快 馬 即 是 円 機 。 貪欲
即 是道
也 。 若取
意 僻越
浪 行貪
欲 、則
都
非
四 数 。 若 機浅
者 、 次 用 別 教 。 乃 至通
蔵
、 如 余 三 馬 。 於 円 機中
、 仍 須称
機 宜 善 宜 悪 。 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 卜 二 號 夲 成 十 三 年 十 月 四 一NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 四 二 ( 十 ハ 止 囲 凵 ⊥ パ ー . 、 , 一 二 ab ) こ こ に い う (
B
> (C
) か ら容
易 に 「 四 馬 』 は 構 成 さ れ、 「 大 経 』 つ ま り 「 涅槃
経
』 は 原 典 に さ か の ぼ っ て 、 道 元 は 引 用 し た の で あ る が 、 『雑
阿 含 』 は 「輔
行
伝 弘 決 』 巻 二 之 五 を そ の ま ま 引 用 し て い た の で あ る 、 最 も 注 目す
べ き こ と は 、 (A
) の 部 分 で あ り 、 こ れ は 「 外 道 問 仏 」 の 話 で 知 ら れ る 禅 宗 の 公 案 と し て の 展 開 で は な く 、 あ く ま で も 『 四 馬 』 に 引 用 さ れ る 『 法華
玄 義 』 巻 一下
の 「 龍樹
祖
師
日 、 為 人 説 句 、 如 快 馬 見 鞭 影 即 入 正 路 」 ( 岩 波 文 庫 本 ( 四⊥
二. 三 . 頁 ) 、 大 正 巻 三、 一.⊥
ハ 八 七 a 参 照 ) が 主 題 で あ り 、 そ れ は 『 輔 行 伝 弘 決 』 巻 二 之 五 の (A
) の 箇 所 を 問 題 と し た も の で あ っ た 。 こ の 新 た な 視 点 は 、 『 四 馬 』 の 撰 述 意 図 を 明確
に し 、 「 こ の 牛 老病
死 を 為 説 す る に よ り て 、 一 切衆
生 を し て阿
耨 多 羅 三 藐一 一. 菩提
の 法 を え し め ん が た め な り。 こ れ 「 如 来 肚尊
、 調伏
衆 生、 必 定 不 虚、 是 故 号 仏 調 御 丈 夫 」 な り 」 ( 同三一 二 九 頁 V の 結 語 と な る の で あ る 。 こ こ は 天 台 教 学 で 言 う な ら ば 、 四 悉 檀 の 第 .
義
悉檀
の 問 題 と関
連 す る こ と が 明 ら か に な っ た の で あ る 。 こ こ に 取 り 上げ
よ う と す る 『 四禅
比 丘 』 が 「 摩 訶 止 観 』 及 び そ の 注 釈 書 の 『摩
訶 止 観輔
行 伝 弘 決 』 と 深 い 関係
に あ る こ と は ハワ し 既 に 指 摘 さ れ 、 そ の 研 究 成果
も
出
て い る 。 た だ、 明 ら か に 『 四 馬 』 が 天 台 典籍
と 深 い 関 係 に あ る こ と が 判 明 し た 現 在、 そ の ほ と ん ど は 確 認作
業 に 終 わ る に し て も、 改 め て そ の 連 関 性 を 検 討 す る 必 要 を 感 じ、 こ こ に 整 理 す る も の で あ る 。 あ わ せ て 試 訳 の 現代
語 訳 を 従来
と 同 じく
掲
載 す る も の で あ る 。 さ て、 前 回 の 論 文 で は 、 『 四禅
比 丘 』 ( 同⊥
二 四 〇⊥
二 七し ハ 頁 ) と 天 台 典 籍 の 関 係 は指
摘
し て お い た が 、 ま ず 、 『 四 禅 比 斤 』 が い か な る 引 用 経典
で構
成 さ れ て い る か を、 全 資 料 に つ い て 次 に掲
げ て お く こ と に し よ う 。 『 四 禅 比 丘 』 の 構 成 は 前 篇 と 後篇
の 二 つ に 分 け、 全体
で. 一 〇段
に 分 け た も の で あ る 。 ( 内 容 項 目 の 下 の 数 は 岩 波 文 庫 本 の 頁 数 で あ り、 そ の 出 典 は 大 正 大 蔵 経 の 頁 数 等 を 示 し て い る 。 )N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
前 篇
四 禅 比 丘 に つ い て 、 四 禅 比 丘 の 謗
仏
の 話 ( イ ) 龍 樹祖
師
の 言 葉 三 四 〇 頁 「大
智
度 論 』 巻 十 七 ( 大 正 巻. 一 五 ー . 四 之 一 ( 人 正 巻 四 六二 五 七 b ) の 合 糅 八 九 a ) と 『
輔
行 伝 弘 決 』 巻NII-Electronic Library Service ( ロ ) 四
禅
比
丘 は無
聞 比 丘 と も い う 一 、 四禅
比 丘 (11
無 聞 比 丘 ) の 三種
の 誤 り @A @ @ @ AA
A チ ト ヘ ニ ハロ イ ) )) ) ) ) )三
四
三頁
第一
、 阿 蘭若
に
独
処
す る 誤 り 一 . 一 四 三 頁 第 二 、 四禅
を四
果
と 思 い 込 誤り
三 四 四 頁 優 婆 毬 多
の
比
丘 の 弟 子 の 話 の例
三 四
四
頁 『 輔 行伝
弘 決 』 巻 五 之 四 ( 同 ⊥ 〇 二c
⊥ 二 〇 三a
) こ の 比 丘 は 聖教
を 習 学 し て い た の で四
禅 比 丘と
異な
るこ
と
三 四 七 頁 聖 教を習
学 す る 者 は開
解
易
し11
占 徳と
は 荊 渓 湛 然 三四
八 頁 『 輔 行 伝 弘 』巻
五 之 四 ( 同 つ づ き ) 教 相 を 知 る に よ っ て 誤 らな
か っ た 話 三 四 九 頁 『 輔 行 伝決
』 巻 五 之 四 ( 同つ
づ
き )第
一 の まと
め 口四
禅 比丘
よ り 優婆
多 の弟子
の
良 い 点 三四
九
頁
第
三 、 命 終 時 の 誤 り 三五
頁 、 二 、四
果と
仏果
と
の相
違
(
イ
) 舎 利 弗の
合 三 五 一頁 (ロ
)
孔 老 に仏
の 功 徳 な し 後に広
説 三 五二
頁 へき
け 四、
僻 計 生見
四 禅 比 丘 のま
と め 三 五 二 頁後
三 教 一 致 に つ い て 五、
三
教
一
致
説
批
判
( イ)
代 の 三 教 . 致 説一 、
一
五 三 頁 ( ) 雷 庵 正 受 の 『普
燈 録』
「
進
卜
書
」
の
三
教
一
致 説 ( ハ)
雷
庵 正 受 説 の批 判三
五
四
頁 六 古 徳 の 説 く 一 一 、 教一
致 批 判三 五 五 頁 七 、 孔 子 ・
老
子
等も
菩
薩 とい
う 説 批 判 ( イ ) 『 清 浄 法 行 経 』 説三 五 六 頁 『 四 禅 比 丘 考 (
石
井
)
『 輔 行 伝 弘 決 』 巻 六 之 一 ( 同 ⊥ 壬 四c
) 『 輔 行 伝 弘 決 』 巻 四 之 . ( 一 の ( イ ) の つ づ き ) 三 コ . 頁『 普 燈
録
』 「 進 ヒ 書 」 ( 続 蔵 経 巻 三 七−
一丁
左 上 ) 『 輔行 伝 弘 決』巻
三 之 四 同 − 四 七a) 『輔行 伝 弘 決 』巻六之一一 、 (同一.西 三c)NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) ( ロ )
古
徳 の 『 清浄
法行
経 』偽
経 説 ( ハ ) 兼 ね て 智 円 ・ 正 受 を 再 び 批判
八 、 儒 教 は 一 世 ・ 仏 法 は 三 世 九 、 諸 仏菩
薩 は 無 量 劫 を 知 る 十、 荘 子 は 自 然 見 の 外 道 十 一 、宋
代 禅者
の 自 然 見 十 二 、真
諦一. 一蔵
の 振 旦 の 二 福 説 十 三、 十 四、 十 五、 ( イ ) 孔 子 の 書 と 仏 教 の 生 知 の 有 無 ( ロ ) 『論
語 』 の 生 知 説 卜 六、 孔 老 は 流 転 の 凡 夫 ろ う た ん 十 七、 老聴
は 害 親を
化
原 とす
( イ ) 「 漢 書 列 伝 』 の化
胡 説 ( ロ ) 老 駒 と 仏 法 は ひ と つ に あ らず
十 八 、 十 九、 論 力 外 道 韋 陀 の 法 を 発得
す
る 見 孔 老 は 仏 法 に 及 ぼ ず と 知 れ る 者 な し 孔 子 の 生 知説
は 仏 教 に な し 四 四 三 五 七 頁『 輔 行
伝
弘 決 』 巻 六 之 =. ( 同 ) =. 五 七 頁 三 土 八頁
『 輔 行 伝 弘 決 』 巻 十 之 二 ( 同 … 四 四 〇b
) 三 五 九頁
「 大 智 度 論 』 巻 五 ( 同 九 八b
} 一 二 亠 ハO
頁
『 摩 訶 止 観 』 巻一 ト ( 大 正 巻 四 六 ー . 一 二 五 a ) 、 二 六 〇頁
、 一 六 二頁
『摩
訶 止観
』 巻 十 ( 同− 一 三 四b
) と 「 輔 行 伝 弘 決 h ( 同 − 四 四 〇 a ∀ 三 六. 一頁
『摩
訶 止観
』 巻 十 之 卜 ( 同 = 二 四b
) 一 二 亠 ハ : 一 頁 =. 六 四 頁 三 六 四 頁 三 六 五頁
二 祖 慧 可 の 孔 老 を 捨 て て 達 磨 に 入 門 し た 話 二 十、 三 教 一 致 説批
判
の ま と め 出 典 不 明、 後 註 (34
) 参 照 「 輔 行伝
弘 決 』 巻 一 之 一 ( 同 − 一 四 三 ・ ) 一. エ ハ 七 百 ハ 『輔
行
伝 弘 決 』 巻 五 之 亠 ハ (冖 岡 } 二 二 五 b ) 三 六 八頁
『
梵
網
経 』 巻 下 ( 大 正 巻 二 四 − 一 〇C
四 a ) 三 六 九頁
『 景
徳
伝
燈録
』 巻 三 ( 禅 文 化 本⊥
二一 . 頁 ∀ 三 七 一 頁『
輔
行 伝 弘 決 』巻
十 之 二 ( 前 掲 書 ー 四 四Cb
) 巻 卜 八 ( 同 ー 一 九 一. 一b
) =、 七 四 頁 巻 卜 之. と 「 大 智 度 論 』 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service こ の 『 四
禅
比
丘 』 の 巻 が い か に 『輔
行 伝 弘 決 』 に 基 づ い て展
開 し て い る か は 、 引 用 が多
く し か も そ の 注 釈 書 の 全 体 に 及 ん で い る こ と か ら判
明す
る の で あ る 。 本論
の 前 半 で は 、 冒 頭 の 四禅
比 丘 の 謗 仏 の話
が 『 大 智 度 論 』 だ け で は な く、 天台
典籍
と密
接
に 関連
す
る こ とを
中 心 に指
摘 す る こ と に し た い 。 ま た 、 趙 宋 天 台 に お け る 山家
・ 山外
派 の論
争
の 中 で 、 天 台 の 正統
派
の 山家
派
の 四 明 知礼
と 異 端 派 の 山 外 派 の関
係 は 、 こ の 『 四 禅 比 丘 』 に も 見 ら れ る の で あ る 。 山 外 派 の 孤 山 智 円 の 批 判 が 『嘉
泰
普 燈 録 』 の 「 進h
書
」 を め ぐ っ て 展 開す
る こ と が 知 ら れ て い る 。 そ こ で 、 本 論 の 後 半 で は 、 『 嘉泰
普 燈 録 』 の 撰 者 の雷
庵
正 受 を特
に 問 題 と し 、 孤 山 智 円 の 批 判 と 天台
関 係 の 典 籍 の 引 用 が関
連
す る 問 題 は 、 後 に 訳 注 で 検討
す る こ と と し よ う 。 と り あ え ず、 『 四禅
比 丘 』 と 天 台学
と 密 接 に 関 係 し て い る こ と だ け を 、 まず
は 指摘
す る に と ど め て、 『 四 禅 比 丘 』 の 試 訳 を 紹介
し て お き た い 。 二 試 訳 『 四 禅 比 丘 』 「 四禅
比
丘 』 の構
成
は 、 次 の よ う に前
篇
と 後 編 の 二 つ に 分 け、 さ ら に 全 体 を一 . ○ 段 に 分 け る 。 ( 下 段 の 数 は 岩 波 文 庫 本 ( 四 ) の 頁 数 )N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
前 篇
四 禅 比 丘 に つ い て 、 四 禅
比
丘 の 謗 仏 の話
( イ ) 龍樹
祖 師 の言
葉 ( ロ ) 四禅
比 丘 は無
聞 比 丘 と も い う . 、 四 禅比
丘 (11
無 聞 比 丘 ) の 三種
の 誤 り ( イ ) 第 、 、 阿 蘭若
に 独処
す
る 誤 り ( ロ ) 第 二 、 四 禅を
四 果 と 思 い 込 む誤
り ( ハ ) 優 婆 麹多
の 比 丘 の弟
子 の 話 の例
( 二 ) こ の 比 丘 は 聖教
を 習学
し て い た の で 四禅
比 丘 と は異
な る こ と 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 V 三 四 〇頁
三 四 三頁
三 四 三 頁 三 四 四 頁 三 四 四 頁 三 四 七 頁 四 五NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) ( ホ ) 聖
教
を 習 学す
る者
は開
解 易 し11
古徳
と は荊
渓
湛
然 ( へ ) 教相
を 知 る に よ っ て 誤 ら な か っ た 話 ( ト ) 第 二 の ま と め11
四禅
比
丘 よ り 優婆
毬 多 の 弟 子 の 良 い 点 ( チ ) 第 =、 、命
終 の 時 の 誤 り 三 、 四 果 と 仏果
と の相
違 ( イ )舎
利 弗 の 場 合 ( ロ ) 孔 老 に仏
果 の功
徳
な し11
後 に 広説
へ き け 四 、 僻 計 生 見 の 四禅
比 丘 の ま と め 後 篇 三 教 一 致 に つ い て 五 、 . . 一 教 一 致 説批
判
( イ ) 宋 代 の 三 教 一致
説 ( ロ ) 雷 庵 正 受 の 『 並 日 燈 録 』 「 進 上 書 」 の 三教
一 致 説 ( ハ ) 雷 庵 正 受 説 の批
判 六、 占 徳 の 説 く 三 教 一 致批
判
七、 孔 子 ・ 老 子等
も 菩薩
と い う説
批 判 ( イ ) 『 清 浄法
行 経 』 の 説 ( ロ ) 古徳
の 『 清浄
法 行経
』 偽経
説
( ハ )兼
ね て 智 円 ・ 正 受 を 再 び批
判
八 、 儒教
は 一世
・ 仏 法 は 三 世 九 、 諸仏
菩 薩 は 無 量 劫 を 知 る 十、荘
子 は自
然 見 の 外道
十 ] 、 宋 代禅
者 の 自 然 見 =. 四 八 頁 三 四 九 頁 コ、 四 九 頁 三 五 〇 頁 五 五 五 頁 頁 頁在
五 五 五
五 四 ∠E
頁 頁 頁 貞 三 五 六 頁 三 五 七 頁 三 五 七頁
三 五 八 頁 三 五 九 頁 三 六 〇 頁 三 六 〇 頁 四 六 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service 十 二 、
真
諦 三蔵
の振
旦 の 二福
説
十 三 、 韋 陀 の法
を 発 得 す る見
十 四 、 孔 老 は 仏 法 に 及 ば ず と知
れ る 者 な し 十 五 、 孔 子 の 生 知 説 は仏
教 に な し ( イ ) 孔 子 の 書 と 仏 教 の 生知
の 有 無 ( ロ V 『論
語 』 の 生 知説
十 六、孔
老 は 流 転 の 凡 夫 ろ う た ん 十 七、 老 聴 は 害親
を 化 原 と す ( イ ) 『 漢 書列
伝 』 の 化 胡 説 ( ロ ) 老 聴 と 仏法
は ひ と つ に あ らず
十 八 、 二祖
慧 可 の 孔老
を 捨 て て 達 磨 に 入 門 し た 話 十 九、論
力
外
道 二 十、 . 二教
一 致 説批
判 の ま と め 一 二 亠 ハ ニ 百 ハ 三 六 二頁
一 二 亠 ハ一 二 酋 貝 一、 一 六 四頁
三 六 四頁
三 六 五 頁 三 六 七 頁 三 六 八頁
三 六 九頁
三 七 一頁
三 七 四頁
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
正 法 眼
蔵
第
卜四 禅 比 丘 ( 一 ) ( イ ) 第 十 四 祖 龍 樹
祖
師 都 、仏
弟
子中
有 一 比 丘、得
第
四 禅、 生増
上慢
、 謂 得 四 果 。初
得 初 禅、 謂 得 須 陀 潭 。 得 第 二禅
時 、謂
是斯
陀含
果、 得 第 三 禅時
、 謂 是 阿 那含
果 、得
第
四禅
時、 謂 是 阿 羅 漢 。恃
是自
高、 不 復 求 進 。命
欲 尽 時 、 見 有 四禅
中 陰相
来、便
生 邪 見 、 謂 無 浬槃
、仏
為
欺 我 。 悪 邪 見 故 、 失 四禅
中
陰
、便
見
阿 毘 泥梨
中 陰相
、命
終 即 生 阿 毘 泥 梨 中 。 諸 比 丘 問 仏、 「 阿 蘭若
比 丘 、命
終 生何
処 」 。仏
言、 「 是 人 生 阿 毘 泥梨
中 」 。 諸 比 丘 大驚
、 「 坐禅
持戒
便
至爾
耶 」 。 仏 如 前 答 言、 「 彼皆
因 増 上慢
。 得 四 禅 時、 謂 得 四 果 。 臨命
終 時 、 見 四 禅 中陰
相
、 便 生 邪見
、謂
無 涅 槃、 我 是 羅 漢、 ム , 還 復 生 、 仏 為 虚 誑 。 是 時 即 見 阿毘
泥梨
中陰
相 、 命 終 ロ ぎ 即 生 阿 毘泥
梨
中 」 。 是 時 仏説
偈 言、 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 四 七NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 四 八 多
聞
持
戒禅
、 未得
漏
尽 法 。 雖有
此 功徳
、 此事
難 可 信。 ド ヨ ソ堕
獄 由 謗 仏、 非関
第 四 禅。 お も礬
軸
螺
鱒
解
購
諏
胡
鷄
鑠
羅
翻
榊
隔
鋭
鋸
擁
瓢
鯵
驚
静
輌鰄
鞴
た の い 、 第 四 禅 を 得 し時
、 是 れ を 阿 羅漢
と 謂 え り 。 是 れ を 恃 ん で 自 ら 高 ぶ り、 復 た 進 ま ん こ と を 求 めず
.. 命 尽 き な ん と す る 時、 四 禅 の 申 陰 の相
有
り て 来 るを
見
て 、 便 ち 邪 見 を 生 じ、 涅 槃 無 し 、 仏、 為 に 我 を 欺 く と 謂 え り 。 悪 邪 見 の 故 に、 四 禅 の 中 陰 あ び な い り を 扶 ひ 、便
ち 阿 毘泥
梨
の 中礁
粉 相 を 見 、 命 終 し て 即 ち阿
毘 泥 梨 中 に 生 ぜ り 。 諸 の 比 丘 、仏
に 間 う、 「 阿 蘭 若比
丘、命
終 し て何
れ の 処 に か 生 ぜ し 」 。 仏 言 わ く、 「 是 の 人 は阿
毘 泥 梨 中 に 生 ぜ り 」 。 諸 の 比 丘 大 い に 驚 き、 「 坐 禅 持 戒 し て 便 ち 鰍 る に 至 る や 」 と い う 。 仏 、 前 の 如 く 答 え て言
わ く、 「 彼 は 皆 な増
⊥慢
に 因 る 。 四 禅を
得 し 時、 四 果 を 得 た り と 謂 え り 。 臨 命 終 の時
、 四 禅 の中
陰 の 相 を 見 て、 便 ち 邪 見 を 生 じ て 謂 え ら く、 涅槃
無 し 、 我 れ は 是 れ 羅 漢 な り、 今 ま 還 っ て 復 た 生 ず、 仏 は 虚 誑 せ り、 と 。 是 の時
即
ち 阿 毘 泥梨
の 中 陰 の 相 を 見 、命
終 し て 即 ち 阿 毘 泥梨
の 中 に 生 ぜ り 」 。 是 の 時 に 仏、 偈 を 説 い て 言 わ く、 多 聞、持
戒 、 禅 も 、 未 だ 漏 尽 の 法 を 得 ず。 此 の功
徳
有 り と 雖 も 、 此 の 事信
ず べ き こ と 難 し 。 あ ず か 墮 獄 は 謗 仏 に 山 る 、第
四 禅 に 関 る に 非 ず 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
[ 訳 ]
正
法
眼
蔵 第卜
四 禅 比 丘 第 十 四
祖
龍 樹 祖 師 言 っ た 、 仏弟
r
の中
に ひ と り の 比 丘 が い て 、 第 四禅
を 得 て 、 増 上 慢 を 生 じ て 、 四 果 を 得 た と 思 い 込 ん だ .初
め は 初 禅 を 得 て 、 須 陀 滬を
得
た と 思 い 込 ん だ 。第
二 禅 を 得 た 時 に、 是 れ を斯
陀 含 果 と 思 い 込 み、 第 三 禅 を 得 た 時 に、 是 れ を 阿 那 含 果 と 思 い 込 み、 第 四禅
を 得 た時
に 、 是 れ を 阿 羅 漢 と 思 い 込 ん だ 。 是 の 自 ら の 高 慢 を 鼻 に か け て 、 二 度 と向
上 を 求 め よ う と は し な か っ た 。命
が 尽 き ん と し た 時、 四禅
の 中 陰 の相
の来
る の を 見 て、 そ こ で 邪 見 を 牛 じ て、 涅槃
は 無 い の に 、 仏 は じ ぶ んNII-Electronic Library Service を 欺 さ ん と し た と 思 い
込
ん だ 。 悪邪
見 の た め に 、 四 禅 の 中陰
を 見 失 い 、 そ こ で 地 獄 ( 阿 毘 泥 梨 ) の中
陰 の 相 を 見 て 、 命 終 し て そ の ま ま阿
毘
泥
梨 の 中 に 生 ま れ か わ っ た 。 諸 の 比 丘 は 仏 に 問 う た 、 「 僧院
( 阿 蘭 若 ) の 比 丘 は、 命 終 し て ど こ に 生 ま れ か わ っ た の で し ょ う か 」 。 仏 は 言 わ れ た、 「 是 の 人 は 阿 毘 泥梨
の 中 に 生 ま れ か わ っ た 」 。 諸 の 比 丘 は 大 い に 驚 い て 聞 い た、 「 坐 禅 持 戒 す れ ば そ の よ う な 所 に 行 く の で し ょ う か 」 。 仏 は前
と 同 じ よ う に答
え ら れ た 、 「 彼 は す べ て増
上慢
に原
因
し て い る 。 四 禅 を 得 た 時 に、 四 果 を 得 た と 思 い 込 ん だ 。 臨 終 の 時 に 、 四禅
の 中陰
の 相 を 見 て 、 す ぐ に 邪見
を 生 じ て 、 涅 槃 は無
い の に 、 ま た 、 我 は 羅 漢 な の に 、今
さ ら に 生 ま れ か わ ろ う とす
る の は、仏
が だ ま そ う と し て い る と 思 い 込 ん だ 。 是 の 時 す ぐ に 阿 毘 泥 梨 の中
陰 の 相 を み て、命
終 し て た だ ち に 阿 毘 泥梨
の 中 に 生 ま れ か わ っ た の だ 」 。 是 の 時 、仏
は 偈 を説
い て 言 わ れ た 、 多 聞 と持
戒 と 禅 と は 、 未 だ漏
尽
の 法 を得
て は い な い 。 此 の功
徳 を も っ て い る と 言 っ て も、 此 の 事 は信
ず る こ と は 難 し い 。 地 獄 に 堕 ち た の は 仏 を 謗 っ た こ と に よ る、 そ れ は 第 四禅
の こ と と 関 わ る も の で は な い 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
へ こ ( 一 ) ( ロ ) こ の
比
丘 を 称 じ て 四 禅 比 丘 と い ふ 、 ま た は 無 聞比
丘 と 称ず
。 四禅
を え た る を 四 果 と 僻 計 せ る こ と を い ま し め 、 ま た 謗 仏 の 邪見
を
い ま し む 。 人 天 大会
み な し れ り 。 如 来 在 世 よ り 今 日 に い た る ま で 、西
天 東 地 と も に 是 に あ ら ざ る を 是 と 執 せ る を い ま し む と し て 、 四禅
を え て 四果
と お も ふ が ご と し と あ ざ け る 。 [ 訳 ]こ の 比 丘 を 称 し て 四
禅
比 丘 と い う、 ま た は無
聞
比
丘 と称
す
。 四禅
を 得 た の を 四 果 と 間 違 っ て 思 っ た こ と を い ま し め、 ま た仏
を 謗 っ た邪
見 を い ま し め ら れ た も の で あ る 。 人 間 界 天 上 界 の 法 座 に 居 た も の た ち は み な 知 っ て い る こ と で あ る 。 如 来 が こ の 世 に お ら れ た時
よ り 今 日 に 至 る ま で 、 イ ン ド ・ 中 国 と も そ う で な い こ と を そ う だ と 執 著 し た の を い ま し め ん と し て、 「 四禅
を
得
て 四 果 と 思 い込
む が ご と し 」 と あ ざ け り 笑 う の で あ る 。 ヲゴ (一 一 ) ( イ )こ の 比 丘 の 不 是 、 し ば ら く 略 し て
挙
す る に 一. 一種
あ り 。 第 一 に は 、 み つ か ら 四禅
と 四 果 と を 分 別 す る に お よ ば ざ る 無 聞 の 身 な が ら、 い た づ ら に師
を は な れ て 、 む な し く阿
蘭
若 に 独 処す
。 さ い は ひ に こ れ 如 来在
世 な り、 つ ね に 仏所
に 詣 し て、 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 四 九NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五 〇 さ 常 恒 に 見 仏 聞 法 せ ば 、 か く の ご と く の あ や ま り あ る べ か ら ず 。 し か あ る に、 阿 蘭
若
に 独 処 し て 仏 所 に 詣 せ ず 、 つ ね に 見 仏 聞 法 せ ざ る に よ り て か く の ご と し 。 た と ひ 仏 所 に 詣 せず
と い ふ と も 、諸
大 阿 羅漢
の 処 に い た り て 、 教 訓 を詰
ず べ し. 、 い た づ ら に 独 処す
る 、増
⊥ 慢 の あ や ま り な り 。 [ 訳 ]こ の 比 丘 の よ く な い と こ ろ は 、 と り あ え
ず
大
略 し て 挙 げ れ ば 一、種
あ る 。第
. は 、 自 分 か ら 四 禅 と 四 果 と を 区 別す
る こ と が で き な い無
知 の身
そ の ま ま で あ り な が ら 、 む や み に師
の 下 を 離 れ て 、 む な し く僧
院 ( 阿 蘭 若 ) に 独 り で 住 ん で い る こ と で あ る 。 幸 い に こ の 時 は 如 来 が こ の 世 に お ら れ た の で 、 常 に 仏 の 所 に 行 っ て 、 い つ も 仏 に 見 え 、 そ の 法 を 聞 く こ と が で き れ ば、 こ の よ う な 誤 り は な か っ た の で あ る 。 だ が 、 こ の 比 丘 は 僧 院 ( 阿 蘭 若 ) に 独 り 住 ん で 、 仏 の 所 に 行 か ず、 常 に 仏 に 見 え 、 そ の 法 を 聞 か な か っ た こ と か ら こ の よ う に な っ た の で あ る 。 た と い 仏 の 所 に 行 か な い と い っ て も、 諸 の 大阿
羅 漢 の 処 に 行 き て 、 教 訓 を 聞 く こ と を 願 う べ き で あ る 。 む や み に独
り 住 ま いす
る の は、増
上 慢 の 誤 り で あ る 。 (一 一 ) ( ロ )第
二 に は 、 初 禅を
え て 初 果 と お も ひ 、 二 禅 を え て 第 二 果 と お も ひ 、 三 禅 を え て 第 三 果 と お も ひ 、 四禅
を え て 第 四 果 と お も ふ、 第 二 の あ や ま り な り 。初
. 三 四禅
の 相 と 、初
二→ 二 四 果 の 相 と、 比 類 に 及 ば ず 。 た と ふ る こ と あ ら ん や 。 こ れ 無 聞 の と が に よ れ り 。 師 に つ か へ ず 、 く ら き に よ れ る と が な り 。 [ 訳 ]第 二 は 、 初 禅 を 得 て
初
果 と 思 い 込 み、 二 禅 を 得 て 第 二 果 と 思 い 込 み、 三 禅 を 得 て 第 三 果 と 思 い 込 み 、 四 禅 を 得 て 第 四 ケ が た す が た 果 と 思 い 込 む の が 、 第 「 の 誤 り で あ る 。初
;
二 四 禅 の相
と、 初 二一 二 四 果 の相
と は 、 比 べ る こ と は で き な い の で あ る。 ど う し て 比 較す
る こ と が で き よ う か 。 こ れ は 無 知 の 誤 り か ら 生 じ た も の で あ る 。 師 に 仕 えず
、 も の の 道 理 を 知 ら な い こ と か ら く る 誤 り で あ る 。 バ リ ( 二 ) ( ハ ) 優 婆 麹多
弟 子 中 有 一 比 匠 。 信 心 出 家 、 獲 得 四 禅、 謂為
四果
。 毬多
方 便 令 往他
処 。 於 路 化 作 群 賊 、 復 化 作 五 百 賈客
。 賊 劫 賈 客 、 殺害
狼
藉 。比
丘見
生 怖、 即 便 自 念 、 我 非 羅 漢、 応 是 第 三 果 。 賈客
亡後
、 有 長 者 女 、 語 比 丘 言、 「 唯 願 大 徳、 与 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service
我
共
去 」 。比
丘 答 言 、 「 仏 不許
我
与
女 人 行 」 。 女 言、 「 我 望 大 徳 而随
其 後 」 。比
丘 憐 愍相
望 而 行、尊
者 次 復 変作
大 河 。 女 人 言、 「 大徳
、 可共
我 渡 」 。 比 丘在
下 、女
在
⊥流
。 女 便 堕 水 、白
言 、 「 大 徳 済 我 」 。爾
時
比
丘、 手 接 而 出、 生 細 滑 想、 起愛
欲 心、 即 便 自 知非
阿 那含
。 於 此女
人極
生 愛 着、 将 向 屏 処 、欲
共 交通
、 方見
是 師、 生 大 慚 愧 、 低 頭而
立 。 尊 者 語 言、 「 汝 昔 自謂
是 阿 羅 漢、 云何
欲
為
如 此 悪 事 」 。将
至 僧中
、 教其
懺
悔
、 為 説 法要
、 得 阿 羅 漢 。 え お も く優
婆
毯多
の 弟 子 の中
に 、 一 の 比 丘 有 り き 。 信 心 も て出
家
し 、 四禅
を獲
得 て 四果
と 謂 為 え り 。 麹 多、 方 便 し て 他 処 に 往 か お び や お そ す な し む 。路
に 於 て 群 賊 を化
作
し 、 復 た 五 百 の 賈 客 を 化 作 せ り 。 賊 、 賈客
を
劫 か し、殺
害 狼 藉 す 。比
丘 、 見 て 怖 れ を 生 じ 、 即 ラ に む す め 便 ち 自 ら 念 え ら く、 我 れ は 羅 漢 に非
ず
、 応 に 是 れ 第 三 果 な る べ し 、 と 。 賈客
亡 げ て 後 、 長 者 の 女 有 り、比
丘 に 語 り て 言 く、 ゆ 「唯
だ願
わ く は 大 徳、 我 れ と 共 に 去 く べ し 」 。 比 丘 答 え て 言 く 、 「 仏、我
れ と 女 人 と 行 く こ と を 許 し た ま わ ず 」 。 女 言 く、 「 我 れ 大徳
を 望 ん で 而 も 其 の 後 に 随 わ ん 」 。 比 丘、憐
愍 し て 相 い 望 ん で行
く に 、 尊者
次
に復
た 大 河 を 変 作 せ り 。 女 人 言 く、 「大
徳
、 我 れ と共
に 渡 る べ し 」 。 比 丘 は 下 に 在 り、女
は 上 流 に 在 り 。女
、便
ち 水 に 堕 し 、自
し て 言 く、 「大
徳 、 我 れ を済
う べ し 」 。 爾 の時
、 比 丘、手
接
し て 出 し 、 細滑
の 想 を 生 じ て、愛
欲
の 心 を 起 し 、 即 便 ち 自 ら 阿 那含
に 非 ず と 知 り ぬ 。 此 の 女人
に 於 て 極 め て愛
着 を 生 じ、櫂
い て 屏 処 に 向 い て、 共 に 交通
せ ん と 欲 う に 、磁
て 是 れ師
な る を 見 て、 大慚
愧 を 生 じ、低
頭 む し て 立 ち た り 。尊
者 語 り て言
く、 「 汝 、 昔 し 自 ら 是 れ 阿 羅 漢 な り と謂
え り、 云 何 が 此 の 如 き の 悪 事 を 為 さ ん と 欲 る や 」 。将
い て僧
中 に 至 り 、 其 れを
し て 懺悔
せ し め、 為 に 法 要 を 説 き て 、阿
羅 漢 を 得 し め き 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
[ 訳 ]
優
婆
麹多
の弟
子 の中
に ひ と り の比
丘 が い た 。 信 心 を も っ て 出 家 し、 四禅
を 得 て、 四 果 と 思 い 込 ん だ 。 麹多
は 方 便 を も っ て 他 処 に 往 か せ た 。 麹 多 は 路 す が ら 群賊
に 姿 を変
え、 復 た 丘 百 の 商 人 に姿
を変
え た 。 賊 は 商 人 を 強 奪 し 、 殺 害 を 加 え 狼 藉 に 及 ん だ 。 比 丘 は こ の 様 を 見 て 怖 れ を い だ き、す
ぐ に 自 ら 思 っ た 、 「 我 は 羅 漢 で は な く、 第 三 果 に 当 た る 」 。 商 人 が 逃 げ て 後 に 、 長者
の娘
が残
り、 そ の 比 丘 に 語 っ た 、 「 ど う か お 願 い し ます
、 大 徳 よ 、 わ た し と 一緒
に行
っ て 下 さ い 」 。 比 丘 は 答 え た、 「 仏 は わ た し が女
人 と .緒
に 行 く こ と を お 許 し に は な り ま せ ん 」 。娘
は 言 っ た、 「 わ た し は 大 徳 と 一 緒 に そ の 後 か ら つ い て 行 き た い と 思 い ます
」 。 比 丘 は 憐 ん で 一緒
に つ れ だ っ て 行 っ た 。 尊 者 は次
に 復 た大
河
の形
に 変 化 し た 。娘
は 言 っ た 、 「 大 徳 よ 、 わ た し と 一 緒 に 渡 る こ と が で き ます
か 」 。比
丘 は ド流
に 居 り 、 娘 は 上流
に 居 た 。 た ち ま ち 娘 が 川 に落
ち て申
し ⊥ げ た、 「 大 徳 よ 。 わ た し を 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五 一NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五一 . お 救 い 下 さ い 」 。 そ の 時 、 比 丘 は 手 で つ か ま え て 救 い
出
し て 、 娘 の 肌 に触
れ て 、 細 か く す べ す べ と し た 感 触 が 生 じ て 、 わ が も の に し よ う と い う 心 が 起 き た.、 す ぐ さ ま自
分 は 阿 那含
で は な い こ と が 知 ら さ れ た 。 こ の 娘 に 強 い愛
着 心 を 生 じ 、 囲 い の 向 こ う に 引 き 連 れ て 、 一緒
に 愛 欲 を 交 わ そ う と し て 、 こ れ が師
で あ る こ と を 見 て 、 大 い な る 慚 愧 の 心 を 生 じ、 頭 を う な だ れ て 立 ち す く ん だ 。尊
者 は 語 り か け た 、 「 君 は 昔 し 自 ら 阿 羅 漢 で あ る と 思 い 込 ん だ の に 、 ど う し て こ の よ う な 悪 事 を し よ う と 思 う の か 」 。 僧 団 の中
に つ れ て 行 っ て、 そ の こ と を 懺 悔 さ せ 、 比 丘 の 為 に法
要
を 説 い て 、 阿 羅漢
を 得 さ せ た 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
(一 一 ) ( 二 ) こ の 比 丘、 は じ め 生 見 の あ や ま り あ れ ど、 殺
害
の 狼藉
を み る に お そ り を 生 ず。 と き に わ れ 羅 漢 に あ ら ず と お も ふ 、 な ほ 第 三果
な る べ し と お も ふ あ や ま り あ り 。 の ち に 細滑
の 想 に よ り て愛
欲 心 を 生ず
る に、 阿那
含 に あ らず
と し る、 さ ら に 謗仏
の お も ひ を 生 ぜ ず 、 謗 法 の お も ひ な し 、 聖 教 に そ む く お も ひ あ らず
。 四 禅 比 丘 に は ひ と し か ら ず 。 こ の比
丘 は 、 聖 教 を 習 学 せ る ち か ら あ る に よ り て 、 み つ か ら 阿 羅 漢 に あ ら ず 、 阿那
含 に あ らず
と し る な り。 い ま の 無 聞 の と も が ら は 、 阿 羅漢
は い か な り と も し ら ず、 仏 は い か な り と も し ら ざ る が ゆ ゑ に 、 み つ か ら 阿羅
漠
に あ らず
、 仏 に あ ら ず と も し ら ず、 み だ り に わ れ は 仏 な り と の み お も ひ い ふ は 、 お ほ き な る あ や ま り な り 、 ふ か き と が あ る べ し 。 学者
ま つ す べ か ら く 仏 は い か な る べ し と な ら ふ べ き な り ⊂ [ 訳 ] こ の比
丘 は 、 は じ め に 身 勝 手 に 生 じ た 見解
が 誤 り で あ る た め に 、殺
害 の 狼 藉 を み て 恐 れ を 生 じ た 。 そ の 時 に わ た し は 羅 漢 で は な い と 思 っ た が 、 そ れ で も な お 第 =. 果 ( 阿 那 含 ) で あ ろ う と 思 う誤
り が あ っ た 。 後 に女
人 の 肌 の 細 か く す べ す べ と し た 思 い に よ り て 愛欲
の 心 を 生 じ て、 阿 那 含 で は な い と 知 っ た 、 さ ら に 、 仏 を 誹 謗 す る 思 い を 生 じ な い し 、 法 を 誹 謗す
る 思 い も な く、仏
の 教 え に背
く 思 い も な か っ た.、 そ の こ と は 四禅
比 丘 と は 同 じ で は な い 。 こ の 比 丘 は、 聖 教 を 習 い 学 ん だ 力 が あ る こ と か ら 、 自 ら 阿 羅 漢 で は な い し、 阿 那 含 で は な い と 知 っ た の で あ る 。 い ま の 法 を 聞 き か な い 輩 は 、 阿 羅 漢 が ど の よ う な も の と も 知 ら な い し 、 仏 が ど の よ う な も の と も 知 ら な い か ら、 自 ら 阿羅
漢
で は な い し、 仏 で は な い と も 知 ら ず 、 勝 手 に わ た し は 仏 で あ る と の み 思 い 込 む の は 、大
な る 誤 り で あ り、 深 い 罪 が あ る こ と に な る 。 学 仏 道 は まず
仏 が ど の よ う な も の だ と 習 わ な け れ ば な ら な い 。NII-Electronic Library Service あゴ ( 一 一 ) ( ホ )
古
徳 云、 「習
聖 教 者、 薄 知 次 位、 縦 生 逾濫
、 亦 易開
解 」 。 ち ゅ う ら ん 〈 古徳
云 く 、 「 聖教
を 習 う 者 、薄
く 次 位 を 知 る は、 縦 い 逾濫
を 生ず
れ ど も、 亦 た 開 解 し 易 し 」 〉 。 ま こ と な る か な 、古
徳
の 言 。 た と ひ 生 見 の あ や ま り あ り と も 、す
こ し き も 仏法
を 習 学 せ ら ん と も が ら は 、 ら れ じ、他
人 に も 欺 誑 せ ら れ じ 。 み つ か ら に欺
誑 せN工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
[ 訳 ]
古 の す ぐ れ た 指 導 者 が 言 っ て い る、 「 仏 の
教
え を 習 っ た 者 は 、 う す う す 到達
し た 境 界 の 順 序 を 知 っ て い る の で 、 た と 沿 ろ く じ ゅ ざ い は ら い そ う ざ ん は い つ だ い ち ゅ う ら ん し のコ だ い し ゃ に と き ら 六 聚 罪 ( 波 羅 夷 ・ 僧 残 ・ 波 逸 提 ・ 逾 濫 遮 ・ 提 舎 尼 ・ 突 吉 羅 ) の 一 つ の大
罪 ( 大 障 善 道 ) を 生 じ て も 、解
き 放 ち 易 い 」 。 本 当 の こ と で あ る こ と よ、 古 徳 の言
葉
は 。 た と い身
勝 手 に 生 じ た 見 解 に 誤 り が あ っ た と し て も 、 少 し で も 仏 法 を 習 い 学 ん だ 仲 間 は 、自
ら に だ ま さ れ る こ と は な い し、 他 人 に も だ ま さ れ る こ と は な い 。 へ け ( 二 ) ( へ )曾 聞 、
有
人 自 謂成
仏
。 待 天 不暁
、 謂 為 魔障
。 暁 已 不 見梵
王 請 説 、 自 知 非仏
。 自 謂 是 阿 羅漢
。 又被
他 人 罵之
、 心 生異
念、 自 知 非 是 阿 羅 漠 。 乃 謂 是第
三果
也 。 又 見女
人 起 欲 想 、 知 非 聖 人 。 此 亦 良 由 知 教相
故、 乃 如 是 也 。 お も お も 〈 曾 て 聞 く、 人 有 り て 自 ら 仏 と 成 る と謂
う 。 待 つ に 天暁
けず
、魔
障
な ら ん と謂
為 え り 。暁
け 已 る に 梵 王 の 請 説 を 見 ず 、 自 ら仏
に 非ず
と 知 り ぬ 。自
ら 是 れ 阿 羅漢
な り と 謂 え り 。 又 た他
人 の 之 を 罵 る こ と を被
り て 心 に異
念 を 生ず
、 自 ら 是 れ 阿 羅 漢 に 非ず
と 知 り ぬ 。 仍 て 是 れ第
ご 果 な り と 謂 え り 。 又 た 女 人 を 見 て欲
想 を 起す
、 聖 人 に 非 ず と知
り ぬ 。 此 れ 亦 た 良 く教
相 を 知 る に 由 て の 故 に、 乃 ち 是 の 如 し 〉 。 [ 訳 ]昔 こ ん な 事 を
聞
い た 、 有 る 人 が自
ら成
仏
し た と 思 い 込 み 、 待 っ て い て も 空 が 明 け な い の で 、 悪 魔 に 妨 げ ら れ た と 思 い込
ん だ 。夜
明 け が 終 わ り梵
天 王 が 説法
を 願 う こ と に 会 わ な か っ た の で 、自
ら 仏 で な い こ と を 知 り、 自 ら 阿 羅 漢 で あ る と 思 い 込 ん だ 。 さ ら に他
人 に こ の こ と を 罵 ら れ て 、 心 に違
っ た 思 い が 生 じ、 自 ら阿
羅 漢 で は な い と 知 っ て、 第 三 果 ( 阿 那 含 ) で あ る と 思 い 込 む に 至 っ た 。 さ ら に女
人 に 愛 欲 の 想 い を 起 こ し て 、 聖 人 で な い こ と を 知 っ た 。 こ れ ら も ま た 確 か に ( 仏 ) の 教 え ら れ た 有 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五 三NII-Electronic Library Service 「 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 〉 り
様
を 知 っ て い た か ら こ そ こ の よ う に な っ た の で あ る 。 五 四 ( 二 ) ( ト ) そ れ 仏 法 を し れ る は 、 か く の ご と く み つ か ら が非
を 覚 知 し 、 は や く そ の あ や ま り を な げ す つ 。 し ら ざ る と も が ら は、 一 生 む な し く 愚蒙
の な か に あ り 。 生 よ り 生 を受
く る も、 ま た か く の ご と く な る べ し 。 こ の 優 婆 麹 多 の 弟 子 は 、 四 禅 を え て 四 果 と お も ふ と い へ ど も、 さ ら に 「 我 非 羅 漢 」 の智
あ り 。 無 聞 比 丘 も、臨
命 終 の と き 、 四禅
の 中 陰 み ゆ る こ と あ ら ん に 、 「 我 非 羅漢
」 と し ら ば 、 謗 仏 の 罪 あ る べ か ら ず 。 い は ん や 四禅
を え て の ち ひ さ し、 な ん ぞ 四 果 に あ ら ざ る と か へ り み し ら ざ ら ん 。 す で に 四 果 に あ ら ず と し ら ば、 な ん ぞ 改 め ざ ら ん 。 い た づ ら に 僻 計 に と ど こ ほ り、 む な し く 邪 見 に し づ め り 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
[ 訳 ] そ も そ も 仏
法
を 知 っ て い る 者 は 、 こ の よ う に 自 ら の 非 を 覚 知 し 、 早 く そ の 誤 り を捨
て る の で あ る 。 知 ら な い 輩 は 、 一 生 む な し く 愚 か な こ と の な か に 埋 没 し て い る の で あ る 。 生 を終
え て 次 の 生 を 受 け て も、 ま た こ の よ う に く り か え す の で あ る。 こ の 優 婆 麹多
の弟
子 は 、 四禅
を 得 て 四 果 と 思 い 込 ん だ と し て も、 さ ら に 「 わ た し は 羅 漢 で は な い 」 と 判 断 す智
慧 が あ る 。 無 聞 比 丘 ( 四 禅 比 丘 ) も、 命 終 に臨
ん だ 時 に 、 四禅
の 中 陰 に 出合
っ た 時 に 、 「 わ た し は 羅 漢 で は な い 」 と 知 る な ら ば、 仏 を 誹 謗 す る 罪 は 牛 じ る こ と に は な ら な い. 、 ま し て い わ ん や 四 禅を
得
て 後 に 時 間 が 経 過 し て い る の で 、 ど う し て 四 果 で は な い と 反 省 し な い こ と が あ ろ う か 。 四 果 で は な い と 知 っ て い る 以 上 、 ど う し て 改 め な い こ と が あ ろ う か 。 だ が 、 無 駄 に 誤 っ た 見 解 に滞
り 、 む な し く 邪 見 に 落 ち て し ま っ た の で あ る 。 ハ ほ ( 二 ) ( チ )第
三 に は 、 命終
の 時 お ほ き な る 誤 り あ り、 そ の と が ふ か く し て つ ひ に 阿鼻
地 獄 に お ち ぬ る な り.、 た と ひ な ん ぢ 一 ド め 生 の あ ひ だ 、 四 禅 を 四果
と お も ひ き た れ り と も、 臨 命終
の 時、 四禅
の 中陰
み ゆ る こ と あ ら ば 、 } 生 の 誤 り を 懺 悔 し て、 四 果 に は あ ら ざ り と お も ふ べ し 。 い か で か仏
わ れ を 欺 誑 し て 、 涅 槃 な き に 涅槃
あ り と 施設
せ さ せ た ま ふ と お も ふ べ き 。 こ れ 無 聞 の と が な り 。 こ の つ み す で に謗
仏
な り 。 こ れ に よ り て、 阿鼻
の中
陰
現 じ て、 命 終 し て阿
鼻
地 獄 に お ち ぬ 。 た と ひ 四 果 の 聖 者 な り と も 、 い か で か 如 来 に お よ ば ん 。NII-Electronic Library Service [ 訳 ] 第 三 に は 、
命
終 の 時 に大
き な 誤 り が あ り、 そ の罪
深
く し て 、 結局
阿鼻
地 獄 に 墜 ち た の で あ る 。 た と い 君 が奎
の 問 、 四禅
を
四 果 と 思 い込
ん で き た と し て も 、命
終
に臨
ん だ時
に、 四 禅 の 中 陰 に出
会
う こ と が あ る な ら ば、 一 生 の 誤 り を 懺 悔 し て 、 だ ま 四 果 で は な か っ た の だ と 思 わ ね ば な ら な い 。 ど う し て 仏 は わ た しを
欺誑
し て 、 涅槃
は な い の に 涅 槃 は あ る と 教 え ら れ た の で あ ・ ろ う と 思 う に ち が い な い 。 こ れ は 仏 の教
え の 無 知 に よ る 罪 な の で あ る 。 こ の 罪 はす
で に 仏 を 誹 謗 す る こ と な の で あ る 。 こ の こ と に よ り て 、 阿 鼻 地 獄 の中
陰
が 現 わ れ て、命
終 し て阿
鼻
地 獄 に 墜 ち た の で あ る 。 た と い 四 果 の 聖 者 で あ っ た と し て も、 ど う し て 如 来 に 及 ぶ こ と が あ ろ う か 。N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
( 三 ) ( イ )
舎
利 顛 は 久 し く こ れ 四 果 の 聖者
な り 。 三千
大
干 世 界 の 所 有 の 知 恵 を あ つ め て 、 如来
を の ぞ き た て ま つ り て ほ か を 一 分 と し 、舎
利
弗
の 智 恵 を 十 六 分 に せ る 一 分 と 、 三 千 大 千 世界
所 有 の 智恵
と を 格 量す
る に 、舎
利
弗 の 十 六 分 之 一 分 に 及 ば ざ る な り 。 し か あ れ ど も 、 如 来 未曾
説
の法
を と き ま し ま す を き き て 、前
後
の 仏説
こ と に し て 、 わ れ を 欺 誑 し ま し ます
と お も は ず 。 ハ ビ 「 波 旬 無 此 事 ( 波 旬 に 此 事 無 し ご と ほ め た て ま つ る 。 如 来 は福
増
を わ た し、 舎 利弗
は 福 増を
わ た さ ず 。 四 果 と 仏 果 と 、 は る か に こ と な る こ と、 か く の ご と し 。 た と ひ 舎利
弗
及
び も ろ も ろ の弟
子 の ご と く な ら ん、 十 方 界 に み ち み て た ら ん 、 と も に 仏 智 を 測 量 せ ん こ と う べ か らず
。 [ 訳 ]舎
利
弗
は 久 く 四 果 の 聖者
で あ っ た 。 如 来 を そ の 数 に い れ な い で 、 三 千李
世誘
す
べ て の 智慧
を 集 め て 、 そ れ を努
と し て 、舎
利
弗 の智
恵
を 十 六分
に し た 一 分 と、 そ の 三 千大
千 世 界 のす
べ て の智
恵 と を 格量
る と 、 そ れ は舎
利 弗 の 十 六 分 の 一分
に 及 ば な い の で あ る 。 だ が 、 ( そ の 舎 利 弗 が ) 如 来 が い ま だ説
れ た こ と の な い法
を 説 か れ た の を 聞 い て 、 前 と 後 の 仏 の 説 が異
な っ て い る か ら と い っ て 、 わ た し を 賂 蘚 さ れ た と 思 わず
に 、 「 魔 波 旬 に 此 の 事 は な い 」 と賞
賛 さ れ た の で あ る。 そ れ で も 如 来 は福
増
を出
家
さ せ、 舎 利 弗 は 福 増 を 出 家 さ せ る こ と は で き な か っ た 。 四 果 と 仏果
と は 、 は る か に異
な る こ と は、 こ ρ ほ う な の で あ る 。 た と い 舎 利弗
及 び も ろ も ろ の 弟 子 の よ う な者
が い て 、 十 方界
に 充 満 し た と し て も、 す べ て 合 わ せ て 仏 智 を 測 量 ろ う と し て も得
る こ と は で き な い の で あ る 。 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五 五NII-Electronic Library Service 『 四 禅 比 丘 』 考 ( 石 井 ) 五 ノ 丶 ( 三 ) ( ロ )
孔 老 に か く の ご と く の 功 徳 い ま だ な し 。 仏 法 を
習
学 せ ん も の 、 た れ か 孔 老 を 灘 畷 せ ざ ら ん 。 孔 老 を 習 学 す る も の 、仏
法 を 測 量 す る こ と い ま だ な し 。 い ま 大 宋国
の と も が ら、 お ほ く 孔 老 と仏
道 と 一 致 の 道 理 を た つ 。 僻 見 も と も ふ か き も の な り 。 し も に ま さ に 広説
す
べ し 。 [ 訳 ] は筑
〜 や老
子 に こ の よ う な 苙 、 行 に よ ・ て 積 み 重 ね ら れ た 力 は ま だ な い の で あ る 。 仏 法 を 習 い 学 ぶ 者 は・ だ れ が 孔 子 や 老 子 を 測 度 ら な い も の が あ ろ う か 。 孔 子 や 老 子 を 習 い 学 ぶ者
は、 仏 法 を 測 量 る こ と は い ま だ な い の で あ る . い ま 大 宋 国 の 輩 は 、 多 く 孔 子 や 老 〜 と仏
道 と は . 致 の 道 理 を 立 て て い る 。 そ れ は 誤 っ た 見 解 の 最 も 深 い も の で あ る 。 後 に そ の こ と は 広 く 述 べ る こ と にす
る 。 ( 四 ) 四禅
比
丘、 み、啄
ら が 僻 見 を ま ・ と と し て 、 如 来 の 欺 誑 し ま し ま す と受
、 な が く 仏 道 を 違 背 し た て ま つ る な り ・ 愚 癡 の は な は だ し き 、 六 師 等 に ひ と し か る べ し 。 か い 古 徳 云、 「大
師 在 世 、 尚 有 僻 計 生 見 之 人 、 況滅
後 無師
、 不得
禅 者 」 。 な 〈古
徳 云 く、 「 大 師在
世 す ら、 尚 お 僻 計 生 見 の 人 有 り、 況 ん や 滅 後 師 無 く 、禅
を得
ざ る 者 を や 」 〉 。 い ま 大 師 と は 仏 世尊
な り 。 ま こ と に 世 尊在
世
、 出 家受
具 せ る、 な ほ 無 聞 に よ り て は 「 僻 計 生 見 」 の 誤 り の が れ が た し 。 い は ん や 如 来 滅 後 、 後 五 百 歳、 辺 地 下 賎 の 時処
、 誤 り な か ら ん や。 四 禅 を 発 せ る も の 、 な ほ か く の ご と し 。 い は ん や 四 禅 を 発 す る に 及 ば ず 、 い た づ ら に貪
名 愛 利 に し づ め ら ん も の、 官 途 世 路 を貪
る と も が ら 、 不 足 言 な る べ し 。 だ ま コ [ 訳 ] 四禅
比 丘 は 、 自 ら が 誤 っ た 見 解 を真
実 と し て 、 如 来 が 欺 誑 さ れ た と 思 い 、 永 く 仏 道 に 違 背 し て き た の で あ る 。懸
繕 さ の は な は だ し き こ と は、 六師
外 道等
と 同 じ な の で あ る 。 古 のす
ぐ れ た 指 導 者 が 言 っ て い る 、 「 仏 が 世 に お ら れ る時
で す ら、 誤 っ た 見 解 や身
勝 手 に 生 じ た 見解
を 持 つ 人 が い た の だ か ら 、 ま し て そ の 滅 後 に は師
が 無 く て 禅 を 得 な い者
は な お さ ら で あ る 」 。 N工 工一Eleotronlo LlbraryNII-Electronic Library Service い ま こ こ に 言 う 大