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真宗研究26号 005田宮 仁「阿闍世コンプレックスと真宗」

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阿蒋多羅三貌三菩提について

F主杢L 1日ん f「 大 谷

ち受ぶ

は じ め に 真宗研究第二十三輯に於いて論じた﹁帰命ト無我ノ定義ニツイテ﹂の拙論は、 一般仏教より真宗に入るについての 規格を論じたもの。今回さらに﹁阿蒋多羅三貌三菩提について﹂の題下に﹁浄土真宗﹂は即ち他力の中に入りて後の 教えなりと論決し、以て現在の真宗の布教には油断があり市も肝要の教義を忘却していると論じたい。 周知の通り表題の法語は﹃小経﹄には四回﹃御本書﹄には二十二回も拝見する。 ﹃ 小 経 ﹄ で は ﹁ 我 レ 五 濁 悪 世 − 一 一 於 テ此ノ難事ヲ行ジ阿蒋多羅三貌三菩提ヲ得テ一切世間ノタメニ此ノ難信ノ法ヲ説グ﹂ と 示 し 、 そ の 他 ﹃ 大 経 ﹂ も ﹁聞法能不忘︵中略︶則我善親友﹂とあるは今、末法の衆生でも﹁阿蒋多羅三窺三菩提﹂を行ずれば﹁我親友ナリ﹂ とよろこばれることと理解する。 かくの如く弥陀法には他力の中へ入る入口と、 入った後の益との ﹁ 始 終 ノ 両 益 ﹂ が あ る 。 そ の 文 証 は ﹃ 安 楽 集 ﹄ ︿下一一丁左︶に﹁イカントナレパ聖教ヲ審量スルニ始終ノ両益アリ、念仏ノ衆生ヲ摂取シテ捨テザレバ寿ツキテ必ス生 阿 務 多 羅 三 毅 三 菩 提 に つ い て 二 五

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阿 梶 多 羅 三 貌 三 菩 提 に つ い て 一 一 六 ス コレヲ始益トイフ、終益トイフハ︵中略︶修スルトコロノ余行ヲ廻向シテ皆ウマルル﹂とあり、 ﹁ 修 ス ル 所 ノ 余 行﹂とは五念門なり。是れを﹁平生業成﹂ と も ﹁ 阿 蒋 多 羅 三 窺 三 菩 提 ﹂ ﹁ 無 上 正 真 道 ﹂ と も 申 す の で あ る 。 従 っ て ﹁還相廻向﹂とは自身成仏後の廻向にあらず、今生にて﹁如来の発願廻向﹂に依って﹁衆生ノ行ヲ廻施﹂された行者 の﹁仏智所生﹂の功徳である。然れば﹁親矯ノ教義﹂には﹁始終両益﹂あり、両益の内容は﹁五念門﹂で、 また﹁阿 持多羅三貌三菩提﹂である。随って﹁題号﹂は念仏行者の平生の生活である。 顧みるにこの肝要の﹁五念門ノ阿蒋多羅三窺三菩提﹂の教法を描棄して、聖道道徳の教えばかりに専念するは、全 く 油 断 と 考 え る 者 で あ る 。 阿蒋多羅三貌三菩提 阿縛多羅三貌三菩提を訳して無上正真道という。無上正真道とは極楽へまいる大乗の仏道であると私は理解してい る。その極楽へ参る仏道に﹁正定と滅度﹂という道しるべがある。これを二益法門という。この二益法門は他力浄土 真宗の衆徴である。その衆徴を再度言い換えれば不断煩悩得浬襲、即ち煩悩を断ぜすして浬撲を得る事だと解釈して いる。従って阿蒋多羅三貌三菩提とは煩悩を断ぜすして通る道でなくてはならない。ここに断ぜすして参る浬撲と、 煩悩を断じた仏陀と相容れないで相対する大矛盾がある、この矛盾を無難に解決し、従来の法語の配置に大移動を生 じても心配せず、二益法門とは阿縛多羅三貌三菩提の略称なりとの、論述を試みたいと思う。 正定については先般帰命と無我の定義についての論文に於てのベた。当論は主として残のり誠度について論じたい と考える、そして順序を追うて阿持多羅三貌三菩提とは、極楽へ参る直道であると論じ、決し、その上でこの様な立 派な確実な、大乗仏道の教法があるのに、現在の真宗の布教は道徳ばかりを説いているのは、説りでないかと布教の

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是 非 を 論 じ 、 且 つ 訴 え た い の で あ る 。 以上が敢えて当論提出の目的であり、その方法順序として次の四項を挙ぐ。 回彼の土について 国浄土とは五念の境なり 回浄土とは現生なり 回五念門もこの土なり 以上の四項は明か破法的で飛躍過ぎる様なれど、論文は飽まで正当なる事を主張する為め、他力の法語を必要以上 に 挙 げ て 、 自 己 弁 解 を す る 。 ま ず ﹃ 安 楽 集 ﹄ ︵ 王 ニ ︶ に ﹁ イ カ ン ト ナ ラ パ ﹂ の 文 ︵ 前 引 ︶ の 始 終 の 両 益 が 正 定 滅 度 の 二 益法円である。この二益法門が極楽へ参る阿縛多羅三窺三菩提という直道である。真宗の教法はシャバから極楽へこ のまま生れるでない、平生業成で現生に生きて居る聞に、極楽へ参る道を通過する必要がいる。その道を過ぎ行きて 世界あり、極楽という。この説が有名な﹃小経﹄の法である。仏道を通過して後、極楽に生れて美しき仏となる。こ れが真宗信仰の大体である。仏と成るにはまず仏土に生れて、その後、 ﹁ 仏 土 の 土 徳 ﹂ に 依 っ て 大 乗 の 滅 度 を さ と り 、 死 し て 成 仏 す る な り 。 ﹁ 安 楽 仏 国 ニ 生 ズ ル ハ 畢 寛 成 仏 ノ 道 路 − 一 テ 、 無 上 ノ 方 便 ナ リ ケ レ バ 、 諸 仏 浄 土 ヲ ス ス メ ケ ル ﹂ この﹃和讃﹄を文証とする。所が或る教会では往生・成仏は同時と決しているが思慮を要す。往生は正定、成仏は滅 度 で あ る 。 こ の 二 益 を 同 時 と す る と 、 一益法門の秘事法門に堕ちる。往生は一念発起の四願、成仏は平生業成の孔願 で あ る 。 ﹁終益トイフハ修スル所ノ余行ヲ廻向シテ皆生ルル、この﹃安楽集﹄の文は、死して後の還相でない。念仏 往 生 人 の 仏 智 所 生 の 妙 果 で あ る 。 従って当論には死してまた生れて来てなどそんな還相は信じたくない。如来の救済に遇った人の仏智所生の功徳が 阿 務 多 羅 三 務 三 菩 提 に つ い て 二 七

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阿 寝 付 多 羅 三 薮 三 菩 提 に つ い て 二 八 還相廻向である。還相廻向と発願廻向と法語の配置を誤つては大事を誤る基となると思う。 正定と滅度に致しましでも、滅度は彼の土にて得ベき益と申すが、この彼の土が問題である、世間に流布する死し て後と云う彼の土でない、現生中に在る彼の土である。 回 彼 の 土 に つ い て 前段においてのベた如く、阿蒋多羅三窺三菩提の極楽まいりの道であると理解するには﹁彼の土が現生に在る彼の 土である﹂と云う事が承知出来ねばならぬ。死後の彼の土と思いこんでいては、惑は去らぬ。当段は専ら其の意に向 っ て 法 語 を 集 め た い と 思 う 。 前段の連続ですが﹁往生﹂に就ては既述の如く、死して往生するのでなく現生の生きている聞に、往生がある事を 知 っ た 如 く 、 ﹁減度﹂も同じく死してでなく、生きて居る聞に滅度の体験があるのであると強調したい。 念仏往生は不体失往生であり、諸行往生は臨終往生である事を ﹃ 口 伝 抄 ﹄ の 教 示 に 依 っ て 初 め て 知 る 事 を 得 た 。 大乗と小乗の二法語の取り扱いについて、 か く も 大 差 の あ る 事 を 知 っ て 、 いかにお聖教の大切なるかを痛感した。大 乗の意は人聞の常識では計り切れないから、他力のお聖教の指示に飽まで従う心根が大切だ、 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ の 苦 言 を ホ ントウに受け入れる気持になった。即ち日く﹁自見ノ覚情ヲ以テ他力ノ宗旨ヲ乱ル勿レ﹂と。また日く﹁有縁ノ知識 ニ ヨ ラ ズ ン バ 、 イカデカ易行ノ一門ニ入ルコトヲエンヤ﹂と。真に他力を知らない人は、自力以外に他力は無いと云 ぅ。また﹁有縁の知識﹂に対しても、自分勝手の見解を加えて、廻向という大乗的の知識の重任を笑って捨ててしま う 当 論 の 主 張 で あ る 、 ﹁彼の土﹂とはこの土における彼の土であると云う論旨に至る解釈につけ以下、宗祖以下の語

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を 参 照 し た い 。 題号である﹃顕浄土真宗教行証文類序﹄を﹃六要﹄解して、 ﹁教行証トハ所依所修所得ノ法ナリ﹂とある内﹁証ハ 所得ノ法ナリ﹂とあれば所得の法とは自分が得た所の法と云う事になる。自分が獲得した法と申すことは、生きてい る聞に得たと申す事、当然である。今から浄土へ参って、また還って来て、その上の事という意味とは大いに異なる 訳 で あ る 。 次 に ﹁ 証 ﹂ と は 、 ﹃証巻﹄の事で﹁難思議往生﹂と云う。この境を﹁滅度﹂と云うなり、 ﹃ 証 巻 ﹄ の 論 が 滅度なら﹁彼の上﹂とは、死したる後であると呑気な事は申していられない。何故なら﹃証巻﹄は往相廻向に含まれ て い る か ら で す 。 また﹃六要﹄はこの証を解して、 ﹁ 証 ハ 果 ナ リ 、 果 一 一 近 遠 ア リ 、 近 果 ハ 往 生 、 遠 果 ハ 成 仏 、 証 − 一 分 極 ア リ 、 分 極 ハ 往生、窮極ハ成仏其ノ義同ジ﹂とある。 ﹁其の義同じ﹂とは近遠分極も二者共に﹁証中に内在同居﹂していると云う こと。また次に﹁証ハ果ナリ﹂とは、果の中に往生・成仏の両方あると云う事。 以上﹃六要﹄の二文は滅度を明かすが守証巻﹄の本旨なる事を示し、その内容を表面化した法文であると受けとら れ る 。 ﹃教巻﹄の初に﹁謹ンデ浄土真宗ヲ按ズルニ、二種ノ廻向アリ、 一ツニハ往相、二ツニハ還相ナリ。往相廻向 ニツイテ、真実ノ教行信証アリ﹂と。然れば守証巻﹄は往相廻向なり、還相廻向と雄も浄土真宗の内なり、どうして ﹁ 滅 度 ﹂ が 死 ん だ 後 で あ ろ う か 。 ﹁波度﹂は﹁往生﹂と共に﹃証巻﹄に納まる筈です。 然れば前二法文は﹁減度は現生に在って体験すべきもの﹂と、云う宗相の御意であるとお受けする。また﹁法界﹂ と 申 す も 、 ﹁大乗善根界﹂と申すも、皆この正定と滅度との中聞を申すのである。 従ってこれらの論者は正定も滅度も共に、現生中に在ると力説する。されば彼ノ土ニテウベキ益﹂も、この土にて す で に 得 ベ き 益 で あ る 。 こ れ 大 乗 信 仰 の 深 い 秘 密 で あ る 。 きれば大乗信仰はまず﹁この土﹂にて﹁仏土に往生し﹂、 阿 務 多 羅 三 薮 三 菩 提 に つ い て 二 九

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阿 蒋 多 国 維 三 貌 三 菩 提 に つ い て

後に﹁仏土の土徳﹂に依って﹁仏心﹂へと育てられるのである。この仏土を五念門と云う。 図 浄 土 と は 五 念 門 の 境 な り 前項に於て﹁彼の土﹂とは現生中の事なり、死した後にあらずと強弁した。但し大乗に就いての説であって、小乗 の根性にて、この説を眺め批判する時は恐るべき矛盾がある。この法語の矛盾、自己の矛盾を克服するに絶対に必要 なのは、大乗と小乗の区別である。その区別を談ずるにも、実際大乗の道を踏んで論じているのと、未だその道を踏 まずして、小乗の立場にて論じているとのこ種ある。当項は更に進んで﹁浄土﹂も五念門の世界なりと主張し、重ね て﹁因ノ五念門・果ノ五功徳門﹂も現生に在る事を論じ、従って﹁正定も滅度も現生にある﹂と論決し、続いて阿蒋 多羅三窺三菩提は現生での仏道であると述べたい。 先ず同一の法語が二様に読まれる例を挙げたい。 守 論 註 L ︵ 下 七 | 左 ︶ ︵ 親 驚 聖 人 加 点 篇 伺

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出 ﹀ に 次 の 文 あ り 、 ﹁ 凡 夫 人ノ煩悩成就セルアリテ、亦彼ノ浄土一一生ズルコトヲ得レバ三界ノ繋業畢寛シテ牽カズ、即チ是レ煩悩ヲ断ゼスシテ 浬探分ヲ得﹂と、この﹃論註﹄の文は二様に読まれる。即ち﹁彼ノ土一一生ズルコトヲ得レバ﹂の﹁得レバ﹂は死後か、 或は現生かの問題である。即ち浄土に生れて仕まって後か、或は現在はこの土に居て、死後に生れてからかの二様に 読まれる。私は前者は大乗の読み方であり、後者は小乗の読み方であると思う。また最後の浬喋分にしてもいわゆる 浬撲で無い事は明かである。何故と申すに煩悩を断ずれば浬擦は当然であるが﹁断ゼスシテ﹂だからです。 試 み に こ の 文 を 大 乗 的 に 読 め ば 、 ﹁この土で浄土と称する弥陀の法界に、不体失往生の理に依って生れれば、煩悩 を断ぜなく共、浬撲を得たと等しい境界になれる﹂となる。また小乗的に読みたい人は、 ﹁ 煩 悩 は 断 じ な く と も 後 日 死んだら浄土に生れて、浬撰分を得る﹂と読む。そうすると﹁浄土に生れて浬撲分を得る﹂と、小乗的に読む場合浄

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土と浬操分と両語の意味が通じなくなる。この矛盾をどう理解するか。更に今一つ浄土・浬擦がこの土である文証を 挙 げ れ ば ﹃正信傷﹄に﹁ヨグ一念喜愛ノ心ヲ発スレバ、煩悩ヲ断ゼズシテ浬喋ヲ得﹂と、 また﹁惑染ノ凡夫信心発 スレバ、生死即チ浬探ナリト証知セシム﹂と。然れば浬操︵浄土︶とは、この土における信心獲得の人達の境界であ る。死んでから信心を頂いたり、そういう滑稽な事はあり得ない。従って滅度も死んだ末でない。彼の土も浬撲も正 定 も 滅 度 も 、 一切この生きている聞の事です。これが大乗義に立つ宗祖の教えである。 小乗の読み方、信じ方は飽くまで死後と執るから素晴らしい損をする。実は大乗教は仏土へ生れてから重大な仕事 があるのです。それは自利々他の仕事です。念仏往生の不体失往生に依って正定衰の位につき、光明の中に住む身と 成っても、自分の心は仲々幼稚な凡夫故、この仏土即ち法界内に於て育てられねばならぬ。これが五念円である。所 が浄土にて得ベき益を執り損このうて、死んだ末と思い違いをしていると、あたら他力の中へ入り乍ら、育てられる を忘れている。これが自利を得ても、利他の欠けた所調声聞様である。 ここに最も注意を要するは自利も利他も、正定も滅度も皆現生という生きている聞に、あると云う﹃口伝抄﹄の不 体失往生論を、絶対に忘れてはならない。 大乗教では生きて居る聞に即得往生する回願、その往生は極楽へ往生するので無い、弥陀の法界に往生するのを間 違うて左様に云えるなり。市してその仏土で教育を受けるのが因の五念門で、 五念門の始めが礼拝門。この礼拝門が 同願。これを近門と申す、阿蒋多羅三貌三菩提に近ずくからである。この位置地点を正定と申すので、その次に讃嘆 作願・観察の滅度が在り。この道を通過して自利々他満足する。 阿 梶 多 羅 三 薮 三 菩 提 に つ い て

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阿 務 多 羅 三 毅 三 菩 提 に つ い て

回浄土とは現生なり

彼の土とは此の土にある彼の土であると前節にのベた。今は更に一歩前進して滅度も、この土に在る大乗の減度で ある事をのべたい。そして誠度の内容である、浄土・報土・安楽園もこの現生の聞の宗教的自覚であると論決したい。 それについて以下、浄土はこの土の益である事を教える大乗の先師の聖教も並べたいと思う。 @ ﹃ 大 経 ﹄ ノ ﹁ 光 明 成 就 文 ﹂ ︵ 親 驚 聖 人 全 集 加 点 篇 け

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若 シ 衆 生 ア リ テ 、 ソ ノ 光 明 ノ 威 神 功 徳 ヲ キ キ テ 、 日 夜 − 一 称説シテ心ヲ至シテ断ヘザレバ、心ノ所願ニシタガヒテ、 ソノ国ニ生ズルコトヲ得テ、諸々ノ菩薩声聞大衆ノタメニ、 トモニ歎誉シテソノ功徳ヲ称セラレン、 ソ レ 市 シ テ 後 − 一 仏 道 ヲ ウ ル ト キ 一 一 イ タ リ テ 、 ソ ノ 光 明 ヲ 誉 メ ラ レ ン コ ト 、 ーマ タイマノ如クナラン。この﹁光明成就文﹂の始め、 ﹁ ソ ノ 国 − 一 生 ズ ル コ ト ヲ 得 テ ﹂ は 正 定 緊 の 益 で あ る 。 次 に ﹁ ソ レ 而シテ後ニ仏道ヲ得ルトキニイタリテ﹂は誠度の益である。仰でこの﹁光明成就文﹂は極楽へ参って仕まった話では ない。冠頭に﹁若シ衆生アリテ﹂とある故、現生シャバの事なること間違い無い。再言すれば現生の聞に﹁ソノ国一一 生ルルコト﹂を得、或は﹁ソノ後仏道ヲウルトキニイタリテ﹂の、二つが有ると云うお経の語である。 ﹁ 滅 度 ﹂ と は 仏 道 の 道 で あ る 。

﹃和讃﹄に﹁安楽仏国−一生ズルハ畢寛成仏ノ道路ニテ﹂とある。然れば正定・滅度共に成仏する道である。こ の二益を阿縛多羅三貌三菩提と申すなりと心得ている。この大乗の法語をきくのみでは十分でない。この法語の教え を体験し、理解する事が枢要である、道徳は世間の善根で、小乗自力の教えである。 ﹁ 雑 行 ス テ テ ﹂ の 部 類 に 納 ま る 、 こ れ 当 論 の 布 教 是 非 論 で あ る 。

次に﹁善導独明仏正意﹂の﹃観経疏﹄ ︵ 定 善 義

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右︶に﹁勢至観ノ中ニツイテ問答ヲ設ケテ日ク、阿弥陀経ニ

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回 グ 、 ソ ノ 国 ノ 衆 生 苦 ア ル コ ト ナ シ 、 但 諸 々 ノ 楽 ヲ 受 グ 故 一 一 極 楽 ト 名 付 グ ト 、 何 故 ゾ コ ノ 経 一 一 分 身 法 ヲ 説 キ テ ス ナ ハ チ苦ヲ度スト云ヘルハ何ノ意カアル。答へテ日ク、今苦楽ト云フハ二種アリ、 一ニハ三界ノ中ノ苦楽、ニニハ浄土ノ 中 ノ 苦 楽 ナ リ 、 一 一 一 界 ノ 中 ノ 苦 楽 ト イ フ ハ 、 苦 ハ 三 塗 ノ 苦 等 、 楽 ト イ フ ハ 人 天 五 歓 等 ノ 楽 ナ リ 。 浄 土 ノ 中 ノ 苦 楽 ト イ フ ハ、苦ハ則チ地前ヲ地上ニ望メバ苦トナリ、地上ヲ地前ニ望メテ楽トナスコノ例一ヲ挙グルニ知ンヌベシ﹂とあり。 即ち極楽には苦なし、浄土には苦有りとなる。当論文は極楽と浄土とを同視せず、あくまで別処なりと主張する。尚 おこの外に前文と類似の法語ありければ、善導は﹁コノ例一ヲ挙グルニ知ンヌベシ﹂と申された。

﹃ 安 楽 集 ﹄ ︿ 上

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左右﹀には﹁シャバ世界ハ積土ノ末処ナリ、是レ積土ノ終処ナリ、安楽世界ハ是レ既−一浄 土 ノ 初 門 ナ リ ﹂ と あ る 。

次に﹃論註﹄の五念門の一部を挙げて、浄土は現生の中なる事を証せんと思う。第二讃嘆門を大会衆門として、 ﹁ 浄 土 ニ 入 リ オ ワ リ ヌ レ バ 如 来 ノ 大 会 衆 ノ 数 ニ 入 ル ﹂ と あ る 。 ﹁浄土ニ入リオワリヌレバ﹂の浄土の見解にしても死 し て の 後 で な い 事 あ き ら か で あ る 。

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﹃ 六 要 ﹄ ︵ | 六 ! 日 明 ︶ に 、 ﹁ 浄 土 ニ 生 ジ テ 後 五 門 ニ 転 入 ス ﹂ と あ る 。 かくの如く浄土は現生中なる文、多々あり学者これを知ると躍も門徒にこの由を語らず﹁死んだ末の事なり後の事 なり﹂と、その説明をのがれる、そして﹁正定ハ穣土ノ益ナリツギニ滅度ハ浄土ニテウベキ益ニテアルナリ﹂の先師 の語を只信じている。その浄土のこの土にある浄土と申す事に気がつかず、注意を怠っている。即ち減度の理は大乗 にも小乗にも有る。小乗の滅度は﹁灰断ノ誠度﹂と申して、身が灰になり、意識が断誠する滅度である、即ち死を滅 度と云うなり。これに反して大乗の滅度は知る人ぞ知る不体失往生・心不顛倒即得往生で身も心も断滅せない往生で あ る 。 ﹁浄土ニテウベキ益﹂とは大乗の滅度を指している。この﹁滅度﹂が五念門なり。 阿 穏 多 羅 三 貌 三 菩 提 に つ い て

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阿 務 多 羅 三 毅 三 菩 提 に つ い て 四

この五念門もこの土なり 阿蒋多羅三窺三菩提が極楽へ参る無上正真道である事を信じるには、正定・誠度の両益が現生の生きている内にあ る事を信じねばならぬ。正定はこの土の益と教わって居るから、誰れ彼れなく左様に信じる者が多い。然し滅度に関 しては議論百出で、仲々に決しかねる。当論は彼の土とは現生に生きている内にあり、浄土と雄もこの土に生きてい る内に、体験すべきものと力説して来た。その理由は浄土・浬擦と睡も法界の事であって、獲信の上は浬喋・浄土も 仏道であると説きたい故なり。但し極楽は死後に到着する所で、浄土と区別したい。小乗の考えでは極楽と浄土とは 同所と決している。大乗の教えでは極楽は無有衆苦但受諾楽で苦はなしと視る。 一 方 浄 土 は 苦 楽 有 り と 視 る 。 ︵ 前 段 回 を参考﹀故に小乗の根性で、大乗を自見の覚悟を以て語つては必ず必ず間違が生じるのである。 極 楽 は 絶 対 界 。 浄 土 は相対界と云う事を忘れては不可。この別所説は仲々信じにくい。回項は更に進んで五念門も仏道であり、現生中の 道 中 な り と 論 ぜ ん と 欲 ふ 。 五 念 門 と は て 礼 拝 門 二 、 讃 歎 門 、作願門四、観察門五、廻向門の五である。宗祖もこの五念門を重 要視遊ばされて、親鷺と云うお名前もこの五念門を証せられた姿と推察する。即ち親鰭の親は天親の親、親驚の鷲は 曇鷲の鷲の各々一字を頂戴して、名乗られたる事は確実である。天親・曇鷲の両祖は今、重要視している五念門に対 し て 、 詳 細 な 説 明 が あ る 。 先ず最初の礼拝門は生死の迷をはなれて、他力の中に転ずる入口である。二益法門では正定に該当する。以下三は 滅度に相当する。宗祖の立場から申せば、人聞には本有仏性は無い。故に性悪説を用いるより方法がない。本来、仏 性のない人間即ち性思なる人聞がどうして仏界にすすむか、若しこれが実際に可能と成ると、その説は因果否定の説

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となる。即ち仏教ではなく外道の教えとなる。この陸路矛盾を無事通過して、理の上で因果が完成するには、如来廻 向 の 仏 国 を 頂 く 事 で 、 その廻向される場所が礼拝円であった。故に大変肝要な位置にある。曇鷺は三願的−証して路願 なりと仰せられた。そして入念して近門と名づけ、即ち阿蒋多羅三貌三菩提に近ずくなりと教え給う。思うに礼拝門 は 仏 因 の な い 人 聞 に 仏 因 を 与 え 、 こ の 時 三 世 の 重 障 消 滅 し 大 乗 正 定 莱 に 入 ら し め 、 始めて浄土に至るなりと教えら れ る 。 一度迷界の紳を断ちて浄土に入り己れば、如来の大会衆の数に入る。続く讃嘆・作願・観察は滅度の益と申し て、弥陀界に願入し他力のお育てを受ける仏道である。この仏道を無上正真道とも、蓮華蔵世界とも、十万億の仏土 とも申すのである。宗祖はこの三門を日願なりと、また難思議往生とも仰せられた。 ﹃ 御 本 書 ﹄ か ら 申 せ ば ﹃ 証 巻 ﹄ に一致する、更に平生業成に相当する。当論文が正定・誠度・浄土等そろって現生中にあると主張する根拠がここに あ る 。 然るにこの五念を否定し、殊に礼拝門の仏国を頂戴する件をなおざりにし、自己唯心という自分の心を鞭撞し、掘 り下げている人々は宗祖の教を忘却して、聖道を志して居る人で、 お気の毒で滑稽で自慢にも程がある。人間の心は 仲々伸びないもので、人界より一歩も出られない。朝から晩まで煩悩を断ち切る方向を志して、 一 喜 一 憂 し て い る 人 間だ、この道の外に煩悩を断ぜすして、浬擦を得る道がある、それは五念門だ。まず礼拝門を大乗的に通過し、心不 顛倒の往生を得、即ち無生の生を得て仏道の入口なる事を聖教に依て確認し、仏道・仏界・往生等の法語の名に遠慮 気兼ねせず、二河の行者の如く、光明を頼りに蕎進すれば、その道が五念円であり、阿蒋多羅三貌三菩提の仏道であ る 、 換 言 す れ ば 念 仏 者 の 平 生 の 日 暮 し で あ る 。 阿 籍 多 国 経 三 窺 三 菩 提 に つ い て 五

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阿 綜 多 羅 三 毅 三 菩 提 に つ い て ム ノ、 む す び 宗祖は﹃教行信証﹄を著して﹃顕浄土真実教行証文類序﹄と信を抜きて、 ﹃ 教 行 証 ﹄ と 題 し た 。

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ハ 要 ﹄ こ れ を 解 して行中摂信の名言を案じて、行の中に信を摂すると解明した。即ち弥陀タノム真実行の中に信ずる所以があると教 え給う。当論は深くこれを信ずる。また弥陀タノム行が先で信ずるはその後なり。信ずるより行が重要と教え給うが 如くである。然るに世人自見の覚悟を以て信行と前後せり、真実の教えはこの時点に於て既に歪められた。真宗の正 しきを論ぜば善導のお六字釈に始まる。即ち南無の解に亦是発願廻向之義を、善導一流として加えられた。然るにそ の後の学者、この一流を軽んじて安心の中心とする事を避けた、そして帰命ばかりの説を致す。この偏執が道徳のみ に傾く初めである。真諦門の﹁発願廻向トイフハ如来スデニ発願シテ衆生ノ行ヲ廻施シ給フ心ナリ、 の宗祖の説を忘 れて仕まった。即ち衆生の行と申す行を等閑に附して本義を忘れた。宗祖は信の一字を抜きて教行証と顕し、﹃六要﹄ は行中摂信と解釈するのも耳に入れず、行信を信行と顛倒し邪を正と流布して世間に広めた。先の﹁帰命と無我の定 義について﹂の拙論は、前記を深く反省して、発願廻向を主として論じてみたもの。これ自力を捨てて他力に入る正 定東の益の、大切なるを痛感したが故である。 この度の当論は他力に入りて後の、念仏者の日常と思いて、阿持多羅三貌三菩提は極楽まいりの直道なりと論ずる。 前論が正定の初益を論じたとすれば、当論には滅度の終益を論じた。両益揃ってこそ真実の道なりと信じるものです。 従って両益の有無は直道の路しるべである。暖味は禁じねばならない。大乗の経論釈に散在する、十万億の仏土と申 すも、蓮華蔵世界、大乗善根界、五念門、平生業成、法界等は、題号の異名である。また大経所説の法蔵菩薩が師仏 の前で起した無上正真道意も、小経所説の釈迦世尊の十方諾仏に称讃された易行難信の法も、五念門の事である。宗

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祖はこの雲上のご法を、曇鰐の三願的証を用いて、門徒の親しみ易い五念門の境にまで下げて下さった。この仏道は 法蔵菩薩も、釈迦仏も、心想覇劣の掌提希も、当今の門徒も、上下を論ぜず衆生の行を行ずれば、皆、悉く弥陀界に 入 り て 、 後 、 極 楽 へ 参 る の で あ る 。 かくの如くいと簡単な易行道に、ただ二つの障害がある。それはて極楽と浄土との同所説と、二、発願廻向と還 相廻向の混同説とである。この二説がハツ切りせぬと阿蒋多羅三親三菩提が、極楽へ参る直道であると信じにくいと 思う。第一の極楽と浄土との関係については、本文の回国回回に説したが、猶﹁大無量寿経﹄の法蔵の発願に顕われ ている。即ち善悪蹴妙の浄土より選択摂取遊ばされているから、その優劣は一目瞭然である、善悪苦楽のある浄土と、 苦のない極楽と同所と視てはよくない。従って浄土にて得ベき益とは極楽で得ベき益でない事、争う余地がない。 次に発願廻向と還相廻向の峻別も大事である。発願廻向は正定緊の益であり、還相廻向は滅度の益である。正定滅 度の二益法門は浄土真宗の根幹をなすものであるが、学者も愚者も論ずることを避けている。赤裸々に申せば、仏よ り廻向されるべき、衆生の行を知らないのである。発願廻向を確認せずして、還相廻向を語ろうとするからその始末 に 困 っ て 一 度 死 ん だ 末 に 、 また生れてなどむつかしい事に成るのだ。この二説の了解できた人が、真実の門徒である。 何故にといえば発願廻向は自利の徳、還相廻向は利他の徳である。自利々他が・欠けては真宗でない、自利の無い人が 布教を志すと、利他が道徳中心の即ち、亦是発願廻向の欠けた偏傍なものになる。題号は完全無失な仏道である。 な お 作 願 門 ・ 観 察 門 は 後 日 の 研 究 と す る 。 阿 蒋 多 羅 三 務 三 窓 口 提 に つ い て 七

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阿 閣 世 コ ソ プ レ ッ ク ス と 真 宗 /¥

阿関世コンプレ

ックスと真宗

固た

宮2

︵ 大 谷 大 学 ﹀ は じ め に 近年﹁阿閤世コンプレックス﹂という精神分析学の立場からの提論がなされている。それは日本での精神分析学の 実践上・理論上の基本概念のひとつとなっている。それはまた人聞を聞い人聞の精神的苦悩の解放をめざすところか ら、宗教と関わり宗教諭としての側面を持つ提論であるとみることができる。しかもそれは浄土教と深く関わる阿閤 世王の救いを直接の場とする立論であるところから、浄土教就中、真宗と深く関わり合う提論であると考えられる。 以下この点に視点をさだめて考察を試みたい。 ① 阿闇世コンプレックス論は昭和七年に古沢平作が、師フロイドのもとに﹁罪悪意識の二種

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阿閤世コンブレ γ ク ス﹂と題する独語の論文を提出したことに出発する。この論文は師フロイドの提唱になる﹁エディプスコンブレヅク

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ス﹂論に触発され、対比するものとしてなされたと考えられる。 ところでフロイドのエディプスコンブレ V クスであるが、ここで使用されるコンプレ v ク ス ︵

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B

1

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︶ は ﹁ 錯 綜 ﹂ 、 あるいは﹁複合﹂の意であり、人聞が成長する過程における無意識の精神状態をとらえていう。しかも自分の両親と 不安、などが発展した意識の複合体をいうのである。 の関係を基本的要素とし、異性の親への愛着、向性の親への敵意、その敵意のゆえに罰せられるのではないかという フロイドは母を愛するがゆえに父を殺害せんとする欲望傾向の 存 在 を 明 ら か に し た 。 そ し て 息 子 が そ の 父 を 殺 し 母 と 通 や す る と い う 、 ギリシャ神話のエディプス王の物語に、自説の 典型を認め、その名の由来としたのである。 古沢平作は師フロイドの説を一面に受容しつつも、 さらに母を愛するがゆえに母を殺害せんとする欲望傾向の存在 を指摘したのである。そしてそのモデルを、 ﹃観経﹄王舎城悲劇の﹁其の母を害せんと欲す﹂という阿闇世の心の動 きに認め、これを阿閤世コンプレックスと名づけたわけである。したがって阿闇世コンプレックスというときは、父 ② 母に裏切られた怒りや悲しみ︵未生怨︶をはじめ、父を殺しさらに母を殺さんとしたことの罪悪感等が、錯綜して心 の調和がとれていない状態といえる。その意味で阿闇世の煩悶・懐悩を内容とするものとみることができる。 ここで古沢諭の構成についてその概略を述べておきたい。論文自体は短いものである。 フロイドの宗教諭の紹介か ら始まり、西欧の宗教にみられる処罰を恐れるという罪悪意識の存在の指摘がまずなされる。次にそれに対比させて その罪がゆるされることによって生ずる、儲悔心といえる罪悪意識を説く。その根拠として浄土真宗及び﹃観経﹄の 王 舎 城 悲 劇 か ら 、 ﹃浬撲経﹄にとかれる阿闇世の﹁無根信﹂の表白についての紹介がある。次にエディプスと阿閤世 の 欲 望 傾 向 の 違 い に ふ れ 、 エディプスコンプレックスに対比させて阿閤世コンプレックスの提示がなされる。さらに 実際の治療の場での経験を説いて終っている。 阿 閣 世 コ ソ プ レ ッ ク ス と 真 宗 九

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阿 閣 世 コ ン ブ レ γ グ ス と 真 宗 因

このような構成から古沢論の前半は宗教論、それも罪悪意識についてみた東西の比較宗教論であるといえる。そし て後半は前半に論じたことを実際上の問題として確認しているわけである。 つ ま り 宗 教 論 と し て の 性 格 が 主 で あ り 、 阿閤世コンブレ V クスの提示は従のものである。このことは師フロイドに独文の論考を提出する前年に、その原形と いえるほぼ同一内容のものが﹁精神分析学上より見たる宗教﹂という題で、 ﹁ 艮 陵 ﹄ ︵ 東 北 大 学 医 学 部 機 関 誌 、 昭 和 六 年 六 月 十 五 日 付 ︶ に 発 表 さ れ て い る こ と か ら も 伺 え る 。 ではなぜこのような宗教諭としての性格を持つ論文の発表となったのであろうか。それは古沢が精神分析の臨床医 と し て 、 日本人の精神病患者を理解し治療しようと試みた実際から生じたものと考えられる。さらに師フロイドの説 と、自身が行き当った世界との相違が、宗教の問題に根ざしていると考えたからであろう。 つまり人聞を理解しよう とすることから、宗教の問題に着目し、阿関世コンプレヅクス論の形成に進んだものと考えられる。それは古沢の論 題が﹁精神分析学上より見たる宗教﹂から、 ﹁罪悪意識の二種||阿闇世コンペレヅクス﹂へという推移からほぼ相 察 さ れ る 。 ところで論文の内容からは、彼の論題の推移にみられるほど宗教とコンプレ γ グス論との、関係原理がつかまれて い な い よ う に 思 わ れ る 。 エ デ ィ プ ス コ ン プ レ γ クスは父子関係に、阿閤世コンブレヅクスは母子関係に注目して概念 化されている。それならばそれぞれの背景となる宗教に、その父子・母子の原理がつかめないであろうか。もしそれ が可能であるならば、それぞれのコンプレヅグス論と、その背景としての宗教が直接に結ばれることとなるであろう。 こ の 点 を 解 明 す る も の と し て 、 鈴 木 大 拙 の ﹁ キ リ ス ト 教 と 仏 教 ﹂ ︵ ﹃ 親 殺 教 学 ﹄ 八 号 ︶ の 文 に 注 目 し た い 。 キリスト教は父、ファザ 1 の 宗 教 で す ね 。 仏 教 は 母 、 マ ザ 1 の 宗 教 だ と い う 。 ファザーということになるとその バワ l 威力というか、武力というか、暴力というか力の宗教です。 お前こうやれ、やらなければ罪するぞという

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よ う な や り 方 で す 。 母 、 マ ザ ー の 方 で は 、 お前悪いことをしてもいいぞとは云わないけれども、可愛いぞと云う。 その可愛さでマザーはみんなひきつつんでしまう。 この一文は比較宗教諭としての古沢の意に近い。しかもコンプレックス論形成の基礎となる罪悪感を、父性・母性の 原理のもとにその発生要因を説くものといえる。 次にコンプレックスという錯綜した心の状態を提示するならば、その錯綜がほどけ解消するということも示されね ばならない。古沢論でそのことは、ゆるされた時に生ずる深い倣悔心を契機として解消されるとする。そして古沢が 最も主張したかったのはこの点であると考えられる。それは古沢は﹁とろかされて﹂という言葉を使用しているが、 それはまた鈴木大拙が﹁マザーはみんなひきつつんでしまう﹂と表現するところである。 つ ま り 古 沢 は コ ン ブ レ y ク スの完全解消を、宗教的回心に認め、そこに治療の焦点を見い出したわけである。だからこそ自身の独創になる阿閤 世コンブレヅグス論を、前面に押し出して主張することよりも、阿閤世の仏との出会いと無根信の表白を経典から忠 実に引用することにより、治療の本源を示そうとしたといえる。 次に近年注目されている慶応大学の小此木啓吾の阿闇世コンブレヅクス論をみてみたい。小此木は﹁日本人の阿闇 @ 世 コ ン プ レ γ グ ス ﹂ を ﹃ 中 央 公 論 ﹄ ︵ 昭 和 五 十 三 年 六 月 号 ︶ に 発 表 し 、 以 来 一 連 の 論 文 に 独 自 の 主 張 を 展 開 し て い る 。 い まここでは先述した古沢論と小此木論とを比較し、その相違点から小此木論の主張と性格を探りたい。 両者の考えの相違のなかで最も基本的なものは、阿闇世の救いを何処に認めるかということに現われている。 つ ま り阿闇世コンプレ γ クスという精神状態から脱却し、精神の調和が回復する理由を何に認めるかの違いである。古沢 阿 閣 世 コ γ プ レ ッ グ ス と 真 宗 四

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阿 閣 世 コ ン プ レ ッ ク ス と 真 宗 四 論では先述したように、ゆるされたときに生ずる儲悔を契機としてということであった。しかもそれを仏心との出会 いに見て、その完全に解消して再生する姿を無根信の表自に認めたわけである。 一方小此木論では阿闇世の煩悶の解 消 を 、 母 親 の ゆ る し に 求 め た 。 し か も ﹁ そ の 時 そ の 母 掌 提 希 、 種 種 の 薬 を も っ て 為 に 之 を 塗 る ﹂ ︵ ﹃ 、 浬 梁 経 ﹄ 焚 行 口 問 ︶ と いう母意提希の看病にゆるしの実際を認めている。 いいかえるならば、精神の調和・安定が生ずる根源を、古沢は仏 の慈悲心との出会いによる救いに、小此木は具体的存在としての母親のゆるしと母親の行為に認めるわけである。こ の相違点に両論の主張と性格が如実に現われていると考えられる。 つまり古沢論は宗教諭としての性格が主であって、それゆえに師フロイドに対して真宗を紹介すると共に、自身の 独創になる阿闇世コンプレックス論の提示となったのであろう。 一 方 小 此 木 論 は 宗 教 諭 と し て の 性 格 は 全 く 影 を 潜 め 、 精神分析学上の問題として独立した、阿闇世コンブレッグスそのものを問う科学的方法論の展開である。このような 性格の違いはまず両者の仏典引用の姿勢として現われる。王舎城の悲劇は古沢論でも確かに再構成されているが、そ の引用姿勢には仏典に対する尊崇の念が顕著である。それは表現形式や﹃観経﹄・﹁、担葉経﹄の文に忠実であろうとし た こ と に 伺 え る の で あ る 。 一方小此木論では自説の展開に即し、王舎城の悲劇は単なる素材としての扱いであり、 し かも経典の文意から離れた自由な再構成がなされている。阿閤世や掌提希は仏典上の人物というよりも、固有名詞と しては同一であるが現実的母子関係の一モデルとして位置づけされている。 ところでこの母子関係に注目する点は、古沢論を継承した小此木論においても同様である。がしかしコンブレヅグ スの解消を母のゆるしとしての章提希の看病に認め、具体的母子関係において論じたことは小此木論の発揮点である。 先述の古沢論では阿閤世コンプレックスは、王舎城悲劇の阿闇世の煩悶にみられる精神錯綜であるとした。これに対 して小此木論では母子関係のなかで三つの要素を指摘して展開する。

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て理想化された母への一体戚十||甘え。 二、母による裏切り

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怨 み 。 ︵ 未 生 怨 、 @ および折指の由来を知り、自身の出生が母に望まれたものでないと感ず る 点 に 認 め る ︶ 三、怨みを超えたゆるしの通い合い|||母なるものを取り返えした母は、自身に怨みを向けた我子をゆるし、子も 母の苦悩を理解して互いの罪と互いのゆるしの相互作用。 ︵それを意提希の阿闇世看病に認める︶ こ の よ う な 一 一 一 つ の 心 理 的 要 素 か ら な る 心 理 複 合 体 が 阿 閤 世 コ ン ブ レ ヅ グ ス で あ る と す る 。 では小此木論は何故に阿闇世と章提希とを、実際上の母子関係のモデルとして、その母子関係のなかに阿閤世コン プレックスを定義づけようとするのか。それは小此木論が主張する阿闇世コンプレックスが、 日本人特有な母子体験 に原型として存在すると見ることによる。それはまたその主張の目的が、 日本人論としての展開であり、 日本的対象 関係をとらえることにあるからである。 つまり小此木論は日本人理解を目的とし、その為に阿闇世コンプレックスが 日本人特有な母子体験の原型とみて、具体的母子関係のなかにその普遍性を探ろうとしたものといえる。さらに精神 医学やソlシャルワ I グの現場で、対象関係理解の方法論として活用が意図されたものと考えられる。 以上において阿闇世コンプレックスの論の原論である古沢論と、最近の小此木論とについてその大要をみてきた。 以下阿闇世コンプレックス論が浄土教、特に真宗と関わる立論であると考えられる点について論及したい。 さきに阿闇世コンプレックスの初唱である古沢諭は、宗教論としての性格が主であることを指摘した。その意味で は罪悪意識を論述の基点として、阿闇世の救い、回心を問題としたものであるといえる。それは古沢論で阿闇世の無 阿 閤 世 コ ソ プ レ ッ ク ス と 真 宗 四

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阿 闇 世 コ ン プ レ y グ ス と 真 宗 四 四 根信の表白を引用し、それに対して、 実にこれ極端なる罪悪観に対して垂れたまいし救済の至極により極端なる憤悔心の生じたるものである。 と述べていることからも明らかである。しかもこの回心の問題こそ、阿闇世コンブレヅグスの提唱と共に、そのコン プ レ y クスが如何に解消されるかを示す事実として最も古沢が主張したかった一点である。さらに回心の生じた状態 を 次 の よ う に 述 べ て い る 。 彼の人生観は一変した。丁度銀が金になるように。それで現代の先端的科学・精神分析学上より見るも、この心 理こそ人聞が今日まで到着し得た最も調和したる状態である。 これを伺うと回心は宗教心理であり救済であって、 しかも最も調和した心理状態であるという主張であることがわか る。しかもこの最も調和した心理状態の具体例を、 ﹁無根信﹂の表白に認めたわけである。ただここで注意せねばな らぬのは、宗教の単なる利益としてそのような最も調和したる心理状態が生ずるとしたのではない。どこまでも回心 そのものに、苦悩の完全解消の事実を認め、精神科医として治療の目標を見定めたということである。このことは小 此木が﹁阿闇世コンプレックスからみた日本的対象関係﹂のなかで、古沢の治療観を次のように紹介していることか ら も 明 ら か で あ る 。 古沢平作はある論文で親鷺とその弟子明法房の出会いの一節を引用し、これこそ日本的な精神分析の治療観の真 髄 で あ る と 説 い て い る 。 こ れ に よ れ ば 彼 は 真 宗 の 回 心 に 、 日本的な精神分析治療のありかたの究極を見い出したといえる。そのような古沢が 提唱した阿閤世コンプレックス論は、精神分析という方法論による、 また師フロイドの論理を通して、真宗の回心・ 救済の問題を明らかにしようとする試みであったといえる。

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と こ ろ で 親 驚 と 明 法 一 房 と の 出 会 い の こ と は ﹃ 本 願 寺 聖 人 伝 絵 ﹄ に 次 の よ う に の ベ る 。 聖人左右なく出会いたまいけり。すなわち尊顔にむかいたてまつるに、害心忽に消滅して、あまつさえ後悔の涙 禁 じ が た し 。 この明法房の回心の有様を説く一段は、仏と阿闇世という関係以上に、 より具体的な対象関係において捉えられてい るといえるであろう。しかしそれでもなお不十分として、 より具体的な自身と母との関係にまで引き戻して考えよう としたのが小此木論である。それは古沢論が人聞を問うことから、宗教的救いの問題に行き当り、その問題の本質を 求めたのに対し、小此木論は一人の人間の成長過程の中に、誰もが共通の体験として想起できる原型を探ったものと いえる。その結果特に母子関係に注目したのであって、 さらにその内容をゆるしという言葉を以って説明しようとし たわけである。またさらにそのゆるしの行為としての具体性を求めたわけである。だからこそ阿闇世と章提希という 母子関係に注目し、阿闇世の煩悶の解消を母の看病に認めたのである。このことはどこまでも人聞を相対化して理解 し よ う と す る 方 向 で あ り 、 それゆえにより科学的といえるかも知れない。またそれゆえに現代の日本社会で人聞を理 解しようとするときの具体的な一つの方法論として位置づけられるものといえるであろう。 ところで再度古沢論に目を向けてみたい。古沢平作は師フロイドに対して﹁罪悪意識の二種ーーー阿闇世コンブレヅ クス﹂論を何故提出したのか。それは先述した師フロイドの理論に触発され、対比するものという理由だけであろう か。阿闇世コンブレ V クスの提唱以上に罪悪意識を主題に提げて問題とした点、その宗教諭としての性格が主である という処に、古沢の意図するものがあると考えられる。それはこの提論が古沢自身の体験|||自身の生育過程を通し ての体験と、医師として患者自身の体験に対応した経験 11 ー か ら 導 き 出 さ れ た も の と 考 え ら れ る か ら で あ る 。 つ ま り ﹁ 心 に 悔 熱 を 生 じ 、 遍 体 に 癌 を 生 や す ﹂ と い う 、 阿 閤 世 の 煩 悶 そ の も の を 、 彼 自 身 の う ち に 、 また彼が接する患者の上 阿 閣 世 コ ン プ レ ッ ク ス と 真 宗 四 五

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阿 関 世 コ ン プ レ ッ ク ス と 真 宗 四 六 ⑤ に見い出したことによると考えられるからである。またこの心身症としての症状の現われる阿閤世は、ハえを殺し母と @ 通じた結果が︿テ l バイの町の災難﹀という社会的な症状として現われるエディプスの場合と対照的である。この対 照的な症状の確認は、東西の比較宗教論として古沢論が出発した大きな所以であると考えられる。 身体症状を伴う煩悶を救うことは、精神分析の臨床医として最も注目せざるをえない問題であったはずである。そ こで阿闇世が救われてゆく姿をみて、古沢は自身の体験に引き戻し、 そ れ を か え り み た も の と お も わ れ る 。 つ ま り 罪 悪意識を論じつつ、宗教的回心、救済の有様を問題とする。そのことが古沢論の真の目的であったとみられるのであ る 。 ところで阿闇世の﹁心に悔熱を生じ、遍体に痛を生ず﹂という状態は、母掌提希の看病によって治ったのではない。 ﹃ 浬 操 経 ﹄ 党 行 口 聞 の 経 説 に 従 え ば 、 仏 の ﹁ 月 愛 三 味 ﹂ に よ っ て で あ る 。 しかも﹁この光を放ちて先ず王の身を治す。 しかして後に心に及ぶ﹂とあるように心身共に治することを示す。さらに﹁大王﹂、﹁阿閤世大王﹂という仏の再度に わたる慈愛にみちた仏からの呼びかけこそ、阿闇世に﹁無根信﹂の表白を生じさせたといえる。経説の上に阿閤世の 救済の有様を確かめるときには、どうしてもその本源である仏の願いに注目せざるをえなくなる。 つ ま り 古 沢 に お い ても﹁阿閤世の為に浬撲に入らず﹂という、仏願の存在とその事実に回心・救済の本質を見い出したと考えられる。 そ れ は 古 沢 自 身 が 自 ら の う ち に 、 阿 闇 世 に 他 な ら な い 自 分 を 見 い 出 し 、 改 め て ﹁阿闇世の為に無量億劫浬撲に入ら ず﹂という仏の願いを聞いたからである。そしてその仏心と回心の事実を、自身が接する患者を通じて、体験として 確認せしめられたのである。だからこそ古沢平作は、 ﹃続精神分析入門﹄の訳者あとがきで次のように述べたものと お も わ れ る 。 わたくしにとって最近うれしいことがあります。それは長年どうもぴったりと判らなかった、親鷲の﹃歎呉抄﹄

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の﹁弥陀の本願よくよく案ずるに、親鷺一人がためなりけり﹂という句をめぐる自己と他者との関係が治療生活 三十年を通してようやく悟得できたことであります。 というこのことから阿閤世コンプレックス論のみ注目するならば、それは後年古沢が﹁一人が為﹂ということを悟得 で き た 、 とする世界に対して過渡期の論考であると考えられる。 そのことは最も調和のとれた状態・精神的安定を ﹁ゆるし﹂という、極めて西欧的な思想のもとにおいているからである。そして後年の述懐は明らかに阿闘世を通し て﹁月愛三味﹂の仏心を知り、 ﹁光明遍照十方世界、念仏衆生摂取不捨﹂を自身の上に見つめた結果なされたものと 考 え ら れ る 。 つまり古沢のなかで阿闇世を見つめながら、ゆるしという思想から、ゆるしの対象に洩れる自身の発見 と、そのようなものに対する﹁摂取不捨﹂という仏心の存在に出会うという心の動きがあったと考えられる。 以上のことから阿闇世コンプレックス論と真宗ということで確認するならば、最近の小此木論は日本人の人間理解 を目的とした方法論があって、直接真宗と関わるものではない。また古沢平作の阿閤世コンプレックス論は、最終的 に﹁阿闇世の為に浬撲に入らず﹂という仏心の呼びかけと、それがわが身ユ人が為﹂と受けとめられてくる世界を 立場とした、極めて親驚的な宗教諭であるといえるであろう。 ① 註 古 沢 平 作 ︵ 一 八 九 七 J 一 九 六 八 ︶ 日 本 に お け る 精 神 分 析 学 の 開 拓 者 、 指 導 者 。 精 神 分 析 療 法 の 臨 床 に 徹 し 、 そ の 研 究 と 発 展 に 尽 力 し た 精 神 分 析 医 。 未 生 怨 、 ﹃ 浬 繋 経 ﹄ 党 行 口 問 ・ 迦 葉 品 に よ れ ば 、 頻 婆 裟 羅 王 に 殺 さ れ た 此 富 羅 山 の 仙 人 は 、 そ の 臨 終 に お い て 、 ﹁ 我 来 世 に お い て も 汝 が 命 を 害 す べ し ﹂ と 誓 う 。 ま た 阿 ⑤ ④ ③ 関 世 の 出 生 に 対 し て 一 切 の 相 師 が 、 ﹁ 是 の 児 生 じ て 己 り て 当 に 基 の 父 を 殺 す べ し と 、 是 の 放 に 外 人 皆 悉 く 汝 を 号 し て 未 生 怨 と な す ﹂ ま た 出 生 後 、 高 楼 の 上 よ り 地 に 棄 て ら れ 、 一 指 を 壊 す は 折 指 の 由 来 。 一 連 の 論 文 、 参 考 資 料 を 参 照 。 未 生 怨 お よ び 折 指 の 由 来 、 ② を 参 照 。 心 身 症 、 身 体 的 症 状 を 主 と す る が 、 そ の 診 断 や 治 療 に 、 ② 阿 閣 世 コ ン プ レ ッ ク ス と 真 宗 四 七

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阿閤世コンプレックスと真宗 @ 心理的因子についての配慮が、時に重要な意味をもっ病 態 ﹂ テ 1 パイの町の災難・テ l バイの都の作物は立枯れ、家 畜は倒れ、子供が死に、疫病の流行により、滅びの姿を 示す。エディプスはその理由を神に聞い、その事から自 分の過去を知ってゆく。 参 考 資 料 古沢平作関係 ﹁ 精 神 分 析 学 上 よ り 見 た る 宗 教 ﹂ 関誌、昭和六年 ﹁罪悪意識の二種・阿閣世コンプレックス﹂独文の論文フ ロイドに提出、昭和七年 ﹁罪悪意識の二種・阿閤世コンプレックス﹂﹃精神分析研 究﹄昭和二十九年 ﹃続精神分析入門﹄日本教文社、昭和二十八年 小柴啓吾関係 ﹁日本人の阿閤世コンプレヅクス﹂﹃中央公論﹄昭和五十 三年六月号 ﹃モラトリアム人聞の時代﹄・﹃対象喪失﹄・﹃シゾイド人 間 ﹄ 等 所 収 。 荷者に通じて ﹃ソポクレス作、オイディプス王﹄岩波文庫 ﹃現代のエスプリ﹄の九六号・一一五号・一四八号、至文 堂 刊 ﹃艮陵﹄東北大医学部機 四 /¥ 『 遠 近 精 神 分 析 観 』 〈 仏 典 中 の エ ディプスコンプレックス〉 長 谷 川 誠 也 著 、 岡 倉 書店刊、昭和十一年。 (出生直後〕 (未 生〉 。 母 父 。 。 。 校企童

生 命 害 す を 来世「枇富羅山其にの 是の「ー切の 喜』員善経

正 ベにおの父を生児じ相師 よ り ( 王舎城 み しい仙人殺 落と 」 て 己 汝 ヵ も : ベ り す し て 大般 悲の 」 当 養 養父 。 。 母 父 。 。 母 るキ↓腫足 し 三 叫を生れ「くデル

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