翻訳 : 「中間言語」
著者 矢田 裕士
雑誌名 英語英文学研究
巻 6
ページ 88‑113
発行年 2000‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009628/
翻訳 「中間言語」
矢 田 裕 士
はじめに
本稿は「英語英文学研究第4号」(1998)に掲載したJack C. Richardsの 編著Error・4ηαちタsis : Perspeetives on Second LangUαge、4cquisition,
Longman(1974)所収の「序章」とJack C. Richards and Gloria P. Sampson
「第1章」 The Study of Leαrner EngltSh の翻訳、及び「英語英文学研 究第5号」(1999)に掲載したS.P. Corderの論文「第2章」 The Significαnce of Leαrners Errors の翻訳に続くLarry Selinkerの論文「第3章」「中間 言語」 lnterlαnguαge の翻訳である。
第二部 理論とモデルを求めて(Towards Theories and Models)
このセクションで取りあげる論文は学習者の言語運用がどのように特徴 づけられるかを扱ったものである。Selinkerは学習者の言語に観察される母 語と学習目標言語との中間に位置する「中間言語」という術語を導入してい る。Selinkerは第二言語学習理論が依拠すべきデータは、学習者自身の第二 言語による実際のコミュニケーション、または学習中のコミュニケーション の中に存在しているという論を提案している。彼はまた第二言語を学習する 際には、脳内に潜在する「心理的構造(psychological structures)」が活性 化すると考えている。言語学習に成功するか否かは学習動機、言語学習に費 やす時間、その他の要素が決定要因となるので、すべての学者が「異なる心 理言語学的なプロセス」を仮定する必要があると考えているわけではない
(cf. Richards and Sampson)。 Selinkerの論文で興味のあることは、母語 また学習目標言語のいずれでもない言語体系である中間言語を産み出す学習 状況をいくっかの項目に分類していることである。彼は言語転移(1anguag etransfer)、学習転移(transfer of learning)、学習方略(strategies of learning)、コミュニケーション方略(strategies of communication)、そ
して学習目標言語の言語教材の過剰一般化にっいても触れている。これに 類似した概念は本書に投稿した他の著者たちにも触れられている
(cf. Nemser, Richards)。 Selinkerの中間言語運用に関する5っの相の有益 な議論の他、第二言語運用を特徴づける関連項目の議論もなかなか興味深い。
彼は母語や学習目標言語の言語学的記述の際に使われきた従来の概念では中 間言語体系を説明することができないと述べている。中間言語体系はいずれ の術語を用いても説明できない場合もあるので、語と語の連鎖(syntactic string)という用語が中間言語の統語単位には有効であるとしている。同様 に、従来の音素という用語も学習者の中間言語運用の音声単位としては必ず
しも理想的な概念とは言えない(cf. Nemser)。
Nemserの用語はSelinkerのものとは少し異なるが、まったく同様な言 語現象にっいて用いられているものである。彼は中間言語という用語に対し て近似体系(approximative system)という用語を使用している。この術語 の利点は言語学習の発達過程の特質をよく表わしていることである,という のも学習者の学習システムは学習の過程を通して新たな要素がっけ加えられ るため絶えず更新・修正されていくからである。そのような発達体系は学習 者の「誤り」の中にこそ顕在化する。Nesmerは、 L2学習者が簡略文法に 観察されるような発話言語形式よりも発話内容(コミュニケーション方略)
により多くの注意を払うことは、教師の使用する言語にっいても同様だと述 べている(cf. Ferguson,1971)。彼は学習者自身が発達させた中間的、また は独自の体系に関する音韻上の事例を挙げている。そのような体系はそれ自 身の中では首尾一貫していて、決して学習目標言語や母語の崩れた形ではな い。その体系の特徴は学習の程度に応じて変化していくものである。
Nesmerが指摘しているように、そのような体系は、通常、 L2言語使用者 が独自の言語社会を形成することはないので社会言語学的には認定されてい ないが、社会言語学的研究には意義のあるものである。
(cf. Richards,3章に収録)。
3番目の論文は、我々が考えている学習者の言語発達システムが、学習者 と学習目標言語を使用している地域との社会関係において、どのように決定 されていくのかを論じている。またこの論文の中では,言語学的概念(中間 言語、近似体系、過剰一般化、コミュニケーション方略、その他){これに ついては本書の他の箇所でも論じられている}と英語学習が行われるあらゆ る異なった社会的状況とがどう関係づけるかの試論も示されている。言語学 習の非言語的側面として、学習者が学習目標言語を使用する地域社会を受け 入れる効果にっいても触れている。また、学習者がコミュニーティを形成し ているのであれば,その社会的役割の構造と厳しさ、経済的・社会的強さ、
そして学習者がそこで英語を使う役割などにっいても触れている。学習者が 発達させていく言語的体系の分析は、これらの特質に対しての意義を考える ことによって完全なものになっていくと考えられる。以降、この論文では学 習者の中間言語や言語発達体系の視点が重要な意義をもっことになるので、
英語学習をESLとEFLとをはっきりと区別していくことにする。
第3章 中間言語(Interlanguage)Larry Selinker
Reprinted from IRAL, Vo1.X/3,1972, published by Julius Groos Verlag, Heidelberg
1.序論
本論(注1)は第二言語学習の心理学的側面に関心のある研究者のためにい くっかの理論的前提を議論するものである。これらの理論的前提は、もしそ れがなければ、どのデータが第二言語学習の言語心理学理論と関連するのか を決定する事が事実上、不可能となってしまうので大変重要である。
また教授の視点と学習の視点の区別をすることも非常に重要である。「教
授」の視点に関しては、学習者が学習を達成するために、教師には何ができ るかを明確に規定して、理論に沿った形で望ましいアウトプットを既習のイ ンプットと関連づけた教授法の論文を書くこともできよう。また「学習」の 視点に関しては、成否は別にして、学習している第二言語学習のプロセスに っいて論文を書くこともできよう。指導法、テキストや「外的教材(exter−
nal
aids)」などが言語学習の発達に関わる一連の重要な変項要因となる。この ふたっの視点をしっかりと区別すると(注2)、内部構造と学習構造のプロセス を重要視する論は「教授」の視点においては二義的な性格を帯びてくること になる。ここではそのような論は必ずしも望ましいものではないかもしれな い。しかし、逆に「学習」という視点からは第二言語学習を眺める正当な存 在理由になる。本論文は、試みられている第二言語学習が失敗しているか成 功しているかにかかわらず、「学習」の視点から執筆した。
学習の観点からすると、言語心理学的に第二言語学習に適切なデータはど のようなもので構成されているのだろうか(注3)。私は、そのようなデータは 言語心理学的構造と第二言語で「意味ある言語運用を試みる」ことを示して いるプロセスの理解に通ずるような行動となって現れるものであると考えて いる。「意味ある言語運用」という用語はここでは、「成人」(注4)が学習して いる言語で、思っている意味を表現しようとする言語運用状況を指している。
第二言語学習のクラスでドリルをこなすことは意味ある言語運用であるとは 言えないのは当然である。学習の視点からは、そのようなドリルは結局はあ まり興味のあるものではない。また意味のないシラブルを使った学習実験で 起こる行動は、上記と同じ理由から同様の範疇に入る。このように行動主義 的学習状況から生ずるデータと言うものは意味ある言語運用とは関連性のき わめて薄いものであり、したがって第二言語学習理論とも関連性もきわめて 薄いものである。
第二言語の実際的学習方法に係わる第二言語学習心理を理論として整理す る際の最大の難しさのひとっは、研究したいと思う現象を曖昧な形ではなく
明瞭な形で示すことができないことにある。第二言語学習での言語行為事例 をできるだけ数多く集めて、理論構築に適切であると認められる第二言語学 習での言語行為の類型を作るためには、どのような基準と構成概念(constr ucts)を用いたらよいのであろうか。たいへん興味をそそられる一連の第二 言語での言語行為様式は、根絶されたと思っていた学習者のある特徴的言語 現象が運用の際に繰り返し出現することである。この現象を正しく理解でき れれば、なんらかの形で理論構成概念を想定することにっながるであろう。
その分野の他の問題をも扱うことができるような理論構成概念はすでにたく さん作られている。また、これらは現在、議論の対象となっている言語現象 を説明するのに役立っものである。これらの構成概念はまた第二言語学習の 心理的に関係するデータを抽出する枠組みへの糸口も与えてくれる。この現 象が示してくれる新しい視点は、適切なデータを識別したり、第二言語学習 の心理言語学的理論の形成という点でとても有益なものである。本論文を書 いた主要な動機は、今という時点で進歩が達成できるのは特にこの分野であ るという強い確信があるからである。
2.「中間言語」と潜在的構造(Interlanguage and latent struc−
tures)
理論的構成概念の助けを借りて、第二言語学習における心理学において有 効な行為事例が明らかにされなければならない。その構成概念というものは 成人学習者が第二言語の文章を理解しようとしたり、運用しようとする際に 常に生ずる心理構造の主要な特徴であると想定できる。もし第二言語学習の 心理学での目標がこの心理構造のいくつかの重要な側面の解明にあるとした ら、それはバイリンガルの人がどのようにして、Weinreich(1953, p.7)が 言うところの「中間言語として認識できるもの(interlingual identification)」
をしているのかということと大いに関係しているということになる。彼の著 したLαnguages in Contαctの中で、彼は、簡略にではあるが、バイリン ガリズムの研究では、対象となる個人が二言語接触状況下では二言語間での
音素や文法関係や意味素性などを一致させていると想定することが実際的に 必要であると議論している。Weinreichは数多くの言語的問題といくっかの 心理的問題を取りあげているが、「心理的構造」に関しては全く未解決の問 題として残している。その中で彼は「中間言語として認識できるもの」の存 在を仮定している。我々はそのような「心理的構造」が脳内に潜在的に存在 していて、それは第二言語を学習しようとするときに活発になると仮定して
いる。
「潜在的心理的構造」の概念に最も近いものは文献的にはLenneberg
(1967,pp.374・379)の「潜在言語構i造(latent langauge structure)」の概 念であろう。その概念はLennebergによれば次のように説明されている。
(a)脳内にすでに組織として配置されていて(b)普遍文法のメカニズムが無 生物的であるとすると、この概念は生物学的に成長発展するものであり(c)
子供が成熟期に成長するに応じて、子供によってある特定の文法の現実的構 造に変形されるものであること。本論文は、Lennebergの言っている潜在構 造の存在を推論の根拠にしている。Lennebergの言う潜在言語構造に加え て、人によって異なるが「すでに配置されている組織(already formulated arrangement)」が脳内に存在するということを仮説としたい。ただし Lennebergの「潜在言語構造」と対比して、この論文の中で述べられている 潜在構造には遺伝学的タイムテーブル(注5)は存在しないと述べておく必要 がある。「普遍文法」のような文法概念に直接対応するものもないし、潜在 構造が活性化されるという保証もない。さらに潜在構造がいかなる自然言語 の現実的構造に実現される保証もないし(すなわち、試みられている学習が 成功するかどうかの保証はないということ)、この潜在言語獲得構造と他の 知的構造の間には重なり合う部分があるということを述べておくことは重要
であろう。
第二言語学習に成功して学習目標言語の母語話者と同じような言語運用能 力を身にっけた成人学習者は、Lennebergの言うところの「潜在言語構造」
をなんらかの方法で再活性化させているのである。このように第二言語学習
で完全な成功を収める者は、全学習者の5%にも満たないほど少数である。
このことから、このたった5%の学習者は大半の学習者とは全く異なった言 語心理学的プロセスを通過していると想定される。このことは言い換えると、
反証的な意味で(注6)、大半の第二言語学習者に関与している心理的に関係あ るデータを示す構成要素を浮き彫りにするためには、これら学習に成功した 学習者を除外してもなんら問題はないと言える。後者の学習者集団(すなわ
ち母語話者と同等の運用能力を身にっけることに成功しない大多数の第二言 語学習者)についての研究に関しては、「試行されている学習(attempted learning)」という概念は独立したものであり、理論的には「うまくいった 学習(successful learning)」に先行する概念である。本論文は、後者の学 習者集団によって試みられている学習に焦点をあてることにする。そして学 習者たちが第二言語で文を生成しようとする時は常に遺伝的に決定された構 造(ここでは潜在言語構造を指す)を活性化させていると仮定することにす
るo
言語学者たちが(特に生成文法研究では)特定言語にっいて新しい、基礎 的な事実を発見していることから分かるように、母語話者と同等の言語運用 能力を実際に身にっけた第二言語学習者はおそらくその能力を教えられたの ではないので、上に述べたような一連の仮説が立てることが必要となる。母 語話者と同じような言語運用能力を実際に身にっけることに成功した第二言 語学習者はこれらの事実(すなわち言語組織にっいて最も重要な原則)を教 えられたのではなく、自ら獲得したと言ってよいであろう(注7)。
(上に述べたような理由から)大多数を占ある学習に成功しない典型的な 第二言語学習者は、第二言語学習の初めから、ひとっの言語基準だけに全神 経を集中して、その言語での文を表出しようとしているのだと我々は想定し ている。以上のことから、我々は次に示すような構図を理想的なものと考え ている(注8)。すなわち一般的に認められている「学習目標言語」という概念、
換言すると第二学習者が学習しようとしている言語はここでは,学習者の中 間言語的焦点の絞り方によって、たったひとっの言語基準に制限される。さ
らに、我々が分析する際には「理論的予測と関係づけられる唯一観察可能な データ」、すなわち学習者が学習目標言語で文を生成しようして表出した言 語だけに焦点を絞る必要がある(注9)。母語話者が発するであろう文と同じ意 味の文を学習目標言語話者が表現しようとすると、たいていの場合、その文 は母語話者が発する文と同一のものとはならない。このふたっの発話が同一 ではないということが観察できるので、第二言語学習理論に係わる構成要素 を作る場合、学習目標言語基準で言語運用をした結果を考察してみれば、完 全に別々の観察可能な二っの言語体系(注10)が存在するという正当な根拠を 示すことができる。この言語体系を「中間言語(IL)」と呼ぶことにする(注11)。
本論文の要旨のひとっは第二言語学習理論における言語行為の予測は主に中 間言語での発話の中に見られるものに関係しているということにある。意味 のある言語運用場面での言語行為をうまく予測することは本論文で議論した 潜在的心理的構造に関係する理論構造に妥当性を与えるものである。中間言 語と見なされるものと関連のあるものとしては次に示すの3項目が考えられ る。(1)学習者の母語による発話(NL)(2)学習者による中間言語での発話
(IL)(3)母語話者による学習目標言語(TL)での発話。この枠組みの中では、
この3つの発話や言語行為のセットは、第二言語学習心理学に関係するデー タである。そして第二言語学習と関連のある心理学の理論的予測は中間言語 の表層構造にみられる。
ひとっの枠組みの中に3っの異なる発話セットを入れ込むことによって、
またこれらの3っの言語体系の中に特定の言語構造に関する(できるだけ同 一実験条件のもとで)発話データを集めることによって、第二言語学習の研 究者は中間言語行為に潜在する知識を組み立てている言語心理学的プロセス を研究することができる。私はここで、以下に列挙した5っの主要プロセス は上記で述べたように潜在的心理的構造の中に存在していると提案したい。
次に示すようなものが、第二言語学習の中心的なプロセスであると考えてい る。(1)言語転移(2)トレーニングの転移(3)第二言語学習の方略(4)第二 言語によるコミュニケーションの方略(5)学習目標言語材料の過剰一般化。
中間言語による発話の形に関する予測のひとっひとっはこれらのプロセスの 複数の項目と関連したものでなければならないと分析家は考えている。
3 化石化(訳注)(Fossilization)
{訳注:化石化:Fossilization:第二言語または外国語の学習において,不正確な 言語的特徴が,言語を話したり,書いたりする時の永続的な特徴になる過程 のことで,発音や語法など様々な側面が,第二言語・外国語の学習で固定化 する現象を言う}
この言語心理学的なプロセスにっいて簡略に論述する前に、読者の考察の ために紹介しておきたいもうひとっの概念がある。それは上で述べたような 潜在的心理的構造の中に存在すると考えられている化石化の概念である。化 石化される言語現象とは,ある特定の母語(NL)話者が年齢や学習目標言語 で受ける学習指導の量にかかわらず、学習目標言語に関係する言語的項目、
言語規則や下位(言語)体系を維持し続ける傾向のことを言う(注12)。化石化 構造の例としてよく知られている「誤り」としては、フランス人英語のILで のフランス語の口蓋音の/r/、アメリカ人フランス語のILでのアメリカ英語 の反り舌の/r/、スペイン語式ILで観察される英語のリズム、英語のILを 話すドイツ人話者によるドイッ語での動詞の後に来る「時」と「場所」の位 置関係などが挙げられる。またあまりよく知られていない「誤りとは言えな い誤り(non−errors)」としては、スペイン語話者のヘブライ式ILでの単母音 や、ヘブライ語話者の英語式ILでは動詞の後に来る「目的語」と「時間」の 位置関係なども挙げられる。最後に英語に関係したタイ語話者のILでのタ
イ語音調体系のいくっかの特徴などのように分類しがたい化石化の例もある ことを挙げておこう。化石化された構造は、一見,一掃されたかに見えても、
潜在的に言語運用の際に残り、その言語を運用する時には繰り返し出現する ものであるということを覚えておくことが重要である(注13)。このような現象 の多くはILで言語運用する時、特に話者の注意が新しい事柄や知的に難解
な事柄を話したりする時や、不安や興奮している状態の時には繰り返し出現 する。また不思議なことに極端にリラックスしているときにも同様な現象が 起こることがある。その理由がどのようなものであるにせよ、学習目標言語 の基準からの「逆戻り現象(backsliding)」としてよく観察されているこの 現象は、偶然でも、母語への回帰でもなく、ILの基準に向かっているもので
ある(注14)。
妥当な第二言語学習理論が説明せねばならない最も重要なことは、ILで の言語運用の際に、消滅したと思われていた母語への回帰ではない言語構造 が規則的に繰り返し出現する現象である。そのような言語行為の再出現は音 韻レベルだけに限らないことは明らかにしておく必要がある。例えば、第二 言語学習者が修得しておかねばならない最も微妙なインプット情報のあるも のは、動詞がとる補語に関する下位分類の概念が挙げらる。インド英語の IL(由5)では、「that+補語」や文レベルの補語をとるすべての「動詞+that」
構文を化石化するようである。インド英語話者が英語の正しい形を学んだと しても、彼の注意が新しい知的な話題や、しばらく学習目標言語を話す機会 がない時などに、その正しい形を使うことができなくなる。このような状況 下でILで言語を運用すると、その中にすべての文レベルの補語に対して
「that+補語」という構文が頻繁に現れることになる。
4.5っの中心的プロセス(Five Central Processes)
ILで言語運用する際に起こる最も興味のある現象は、上に列挙した5っ のプロセスの観点から化石化されるような項目、規則、下位体系であるとい
うのが私の論点である。もしILで言語運用して惹起した化石化された項目、
規則や下位体系がNLの影響を受けた結果生じたものであるということを実 験的に示すことができたら、それは「言語転移」のプロセスを扱っているこ
とになる。もしこれらの化石化された項目、規則や下位体系が学習している 過程で認められるならば、それは「学習の転移」を扱っていることになる。
もし化石化された項目、規則や下位体系が、学習者が言語材料に対してある
特定のアプローチで学習した結果のものであれば、それは「第二言語学習の 方略」を扱っていることになる。もし化石化現象が学習目標言語の母語話者 とコミュニケーションをとるためのアブn一チの結果のものであれば、それ は我々は「第二言語コミュニケーションの方略」を扱っていることになる。
そして最後に、もし化石化現象が学習目標言語規則や語彙の意味を過剰一般 化した結果,生じたものであるならば、それは「学習目標言語材料の過剰一 般化」を扱っていることになる。これら5っのプロセスは第二言語学習にとっ ては欠かすことのできない主要なプロセスであり、おのおののプロセスで化 石化される言語材料がILの言語運用の際に表面に現れるのであると仮定し
たい。
これらのプロセスが組み合わさると、いわゆる完全に化石化されたIL言 語能力となってしまうのである。Coulter(1968)は「言語転移」と「コミュ
ニケーション方略」は多くの第二言語学習者に共通して存在することを示す 有力なデータを提示している。このコミュニケーション方略は、あたかも学 習者自身の内部にはじめから存在し、コミュニケートするための学習目標言 語は十分に知っていると思わせてしまう。それで彼らは学習するのを止めて しまう(注16)。彼らが全く学習を止めてしまうのか、あるいは経験から少しづ っ必要な語彙をっけ加えていくのかは(cf. Jain)、議論の余地のあるところ である。もし、語彙的項目と一緒に文法に関する情報を学ばないとすると、
例えば宇宙旅行に関する単語を少々追加しても、それはたいした意義を持た ないと私は考えている。Coulter(1968)とHain(1969)の中で示されている 証拠にっいて注目すべきことは、中間言語で言語運用する際に、個人のIL 言語能力がすべて化石化するだけでなく(注17)、その影響が個人個人が属する 集団全体に波及し,その結果、その集団では(インド英語のような)学習目 標言語とは違った新しい言語が出現して、化石化された中間言語というもの が普通に使われる状態となってしまう。
このようなプロセスの具体例をいくっか挙げてみよう。セクション3で示 した例は「言語転移」のプロセスの結果生じた例である。他のプロセスに関
しての例は二三挙げれば本論文としては十分であろう。
4.1「TL規則の過剰一般化」は言語教師にとってはよく知られている現象 である。IL英語では次に挙げるような文を生み出されることがある。
(1)Wh。tdid h,i。t,nd,d t。、ay?(注18)
ここでは、学習者は過去時制の形態素の一edを本動詞にまで付けてい る。次の文に見られるように、インド人英語話者はIL言語でdriveα bi(rycleというという連語関係を使っている。
(2) After thinking little I decided to start on the biqycle as slowly
as I could as it was not possible to drive fast.という文では、お そらくdriveという単語をあらゆる乗り物に過剰適用した結果、生じた のであろう。(Jain,1969,本章注釈26参照)ほとんどの英語学習者は the concert isの短縮形はthe concert sになるという規則を学ぶが、
彼らはこの規則を過剰適用して次のようなIL文を生み出してしまう。
(3)Max is happier than Sam s these days.
この文は架空の文ではあるが、これは先程の点を例示している文であ る。あらゆる場面で短縮形を正しく使える英語学習者は、次のような制 約規則を教えられたのではなく、自分で学習したに違いない。この制約 規則はっい最近になって発見されたものである。すなわち「短縮形にさ れるべき助動詞(訳注:ここではbe動詞も含む)のすぐ後に構成要素 {訳注:constituent:語・句・節など}がくる場合には[(3)の例では happy]助動詞の短縮形は生じない(Lakoff,刊行中)」。(p.38)TL規 則の過剰適用の例がRichards(1971)に数多く掲載されている。
4.2「学習の転移」は言語転移やTL規則の過剰一般化とはまったく異なる プロセスである(Selinker,1969参照)。言語運用能力のレベルを問わずセル ビア・クロワチア語話者はほとんどhe/sheの識別に困難を感じて、英語 ではhe/sheにすべきところを、すべてheという音で間に合わせてしてし
まう。生物に関する(文法上の)性という点からすると、セルビア・クロワ チア語でもheとsheの区別は英語と同じであるから(注19)、ここでは言語転 移の影響があったとは言えない。標準的な対照分析に従えば、なんら問題が ないはずである。結果として生じた(セルビア・クロアチア語話者の)この IL様式はまさに「学習の転移」によるものである。テキストや教師は中間 言語場面では、ほとんど常にsheではなく、heが出てくるドリルを提供す
るのである。18歳以上のIL話者に関しては、この化石化現象の浸透が観察 されるが、彼らは繰り返し犯すこの「誤り」には内々は気づいているのだが、
コミュニケーションするには、いちいちheやsheを区別して使う必要もな いのでheを使っているのだと述べている(注20)。この種の化石化されうる
「誤り」は、当初は「学習の転移」の結果、生ずるものであるが、のちになっ て特定の「第二言語コミュニケーションの方略」による化石化された「誤り」
となるのである。
4.3 心理学分野においては「方略」という概念が、どのような構成要素か ら成り立っているのかはあまり知られていないし、また現段階では実用的な 定義も、まだ見あたらないようである。第二言語学習者がTLをマスターし、
その言語で意味を表そうとする際に、どのような方略を使うのかにっいても ほとんど知られていない。学習者方略は、おそらくある程度まで文化拘束的 であることが指摘されている(注21)。例えば、多くの伝統的文化では、詠唱
(chanting)が学習内容と関連づけて学習する方法として使われている。学 習者が気づいているにせよいないにせよ、自分にTLのある面に関しての言 語能力がないことに気づく時にはいっでも、TLの言語材料を操作する何ら かの方略が展開されることが議論されてきた(注22)。第二言語学習者の様々な 内部的方略がかなりな程度まで、ILでの発話の中に見られる文の表層構造 に影響を与えていることは疑いの余地はない(注23)。いったいこれらの方略と は何であるか、また、それらがどのような働きをするかはにっいては現段階 ではまったく推測の域をでていない。したがって、ここに 掲載した事例の
内容はいつれかの方略によって生じたものだとしか言えない。
多くの中間言語的状況で広範に使われている「第二言語学習の方略」のひ とっの例は、学習者はTLをより簡単なシステムにしてしまう傾向があると 言うことである。Jain(1969)によれば、この方略の例はインド英語のあら ゆるレベルの統語関係に見られると述べている。例えば、学習者がすべての 動詞が他動詞か、自動詞のいずれかであるという方略を採用したとすると、
彼は(4)Iam feeling thirsty.や(2)Don t worry,1 m hearing him.のよ うなIL形を産み出すかもしれない。そして、このような文を産み出す場合、
彼は形の上で進行形という「相」を作るためには常に一ingという標識が必要 であるという別の方略を採用しているようにみえる(詳しくはJain,1969
参照)。
Coulter(1968)は、ふたりの年配のロシア人の英語の中間言語の中に、他 の多くの中間言語的状況の中でもよく観察されるような方略が原因で、体系 的に起こる「誤り」の例を報告している。すなわち第二言語学習者は(6)の例 にあるような冠詞や(7)の例に見られるように複数形や、また(8)の例に見られ るような過去時制形などの文法的形式を排除する傾向がある。
(6) It was φnice, nice trailer,φbig one.(Coulter, 1968,22)
(7)Ihave many hundred cαrpenter my own.(ibid,29)
(8) 1ωas in Frankfurt when I fill application.(ibid,29)
このような傾向は簡略化しようとする「学習方略」の結果、生ずるもので
ある。
Coulter(1968)は、もしIL話者が英語である意味を伝えようとして文法 的なプロセスを考えるとすると、彼の話し方は、とっとっとしてぶっぶっに 切れてしまい、聞き手である英語母語話者がいらいらするのではないかとい う彼の過去の経験から、簡略化しようとする「学習方略」に訴えてしまうの であると述べ、それはそのような話者の「コミュニケーション方略」に原因 があるとしている。彼はまた、英語の複数形のような形態は「必ずしも、彼 らのコミュニケーションに必要であるとは言えない」という「第二言語コミュ
ニケーション方略」がこれらのIL話者に働いているように思われると述べて いる。(上掲書p.30)
これらの方略がすべて意識的に作動しているとは限らないことを指摘して おかねばならない。CrothersとSuppes(1967,211)がロシア語の音韻概念 を学習しているアメリカ人に関して実験したところでは「手がかり模倣
(cue copying)」と呼ばれている無意識的な「第二言語学習方略」が存在す ることが確認されている。この「手がかりを模倣するという」方略はおそら く、いわゆる「可能性のマッチング」により生ずるものであると思われる、
そこで学習者が手がかりとなる名詞の形態語尾の代用になるものを選択する のは偶然ではない。CrothersとSuppesは有意味な言語運用状況下でこの 方略を利用した結果の例は挙げていない。挙げられているひとっの例は、ボ ストン地域出身の教師に教わった英語学習者が彼らのIL英語では Californiaやsawという語の語尾に規則的に[r]をっけて発音してしまう
ものである。
4.4 このセクションのまとめとして、いわゆる5っの主要なプロセスの他 に、まだILでの発話表現の表層構造をある程度まで説明できる多くのプロ セスが存在するということを指摘しておく必要がある。「綴り字発音」もそ のひとっである。英語以外の言語を母語とする話者たちの多くは英語の単語 の語尾の一erを[ε]+rの変種形で発音する。また「同族語発音」もある。
フランス人の多くは、[θ]音を有する他の英単語の場合は[θ]を発音する かどうかは別にして、英語のatheleteを[atlit]と発音する(注24)。多くの概 念を一語で表現する「一語文的表現学習(holophrase leαrning)」(Jain,
1969)というのもある。その例はインド人英語学習者は英語のhalf・an・hour から、oneαnd肱ゲαη一加脚という表現をしてしまうことがある。「過剰訂 正(hmper correction)」の例としては、イスラエル人は英語の反り舌の[r]
音を出す時に、口蓋破擦音を出すまいと思って、母音の前では[w]を出し てしまう場合がある、これは「過度の前母音化現象」と言ってよいだろ
う(注25)。Jain(1969)によると、インド人の例としてあまりに長い期間、標 識文や見出し文に接していると、それに影響された英語が形成されたり、
「言語転移」のような重要なプロセスを強めることがあると言う。
5.この視点・展望に関する問題点 (Problems with this perspeetivces)
本論文でこれまでに議論してきたの視点・展望にっいては多くの質問もあ ると思われる。そこで私は、以下(5.1〜5.5)でこの5っにっいて触れてみ ることにする。読者には、ここで我々が中間言語で化石化される個々の項目、
規則や下位システムの発見、記述、実験的調査をし、さらにこれまでに述べ てきたプロセスとの関連、特に主要プロセスを追及していることを心にとめ ておいて欲しい。最も期待のもてる研究分野は化石化に関する観察である。
大半の第二言語学習者にとっては、多くのIL言語構造を払拭することは実際 にはできない。特に精神不安状態下で、学習者にとって新しい話題について 外国語で言語運用する時には難しい。それ故に、これらの心理言語学的構造 は、たとえ表面上は消滅したように見える時でさえ、(主にこれら5つのプ ロセスのいずれかを通過することによって)ILでの化石化メカニズムによっ て蓄積され、どのような形にせよ、まだ脳内には残っていることを観察する ことができると言える。さらに、我々は、ある個人がTLでの文を生成しよ うとする時にはいっでも、3っの言語体系(すなわちNL, ILとTL)を音韻的 に結びつけている中間言語と見なされるもの(interlingual identification)
が潜在心理構造の中で活性化されているという仮説を立てる。
5.1まず、取りあげたい問題は、果たして、この5っのプロセスのうちど のプロセスが我々の観察したデータを説明しうるのかをはっきりと識別する ことである。しかし、たいていの場合は識別できないであろう。心理学の分 野ではこのような状況はしばしば起こることである。例えば、記憶に関する 研究分野で、「蓄積(storage)」の研究をしているのか、また「検索(retrieval)」
の研究をしているのかどちらか判然としないことがある。我々の場合には、
ILのある特定の構成要素の一連の連鎖が果たして、言語転移の結果なのか、
学習転移の結果なのか、それとも両方の結果であるのか判然としないことが ある(注26)。しかし、たとえ、必ずしもそれらを明確に識別できなくとも、こ のことが我々にとって障害とはなることはない。本論文で指摘してきた構成 概念を適用すれば、多くの第二言語学習の中に関連のあるデータを見いだす
ことができると信じている。
5.2第二の問題点は、化石化という概念をどのように体系化したらよいか ということである。それができれば、その理論概念を根拠にして中間言語的 状況の中で、どの項目が化石化されるのかを予測することが可能となる。し かしこの問題を解決できたとしても、さらに次のような困難に直面する。そ れは次の例に見られるように、明確な理由もなしに化石化の非可逆性(non−
reversibility of fossilization effects)が起こるという事実があることに注 目せねばならない。対照分析によると、スペイン語話者は英語のhe/sheの 識別に困難を感じないし、それと同様に、英語話者もそれに対応するスペイ
ン語になんら困難を感じないとされている。しかしながら、事実はまったく 違うのである。すなわちスペイン語話者はこの区別によく悩まされるのであ
る。一方、スペイン語を学んでいる英語話者にはそのようなことは起こらな いのである(注27)。上記で紹介したセルビア・クロアチア人の例とは違って、
この場合にはなぜスペイン語話者は困難を感じ、英語話者は感じないのかに 関して、なんら明確な説明ができない(注28)。このような場合には、ひとっの プロセス、すなわち言語転移や学習転移は他のプロセスに優先することがあ ることが分かっているが、その支配関係の状況を指摘することは大変困難で
ある。
Stephanie Harriesが主張しているように、第二言語学習理論で「どのよ うな方法で化石化構造を予測できるのか」や「なぜある項目は化石化するの に、他の項目はしないのか」などの問題が解明できるまでは、本論文で示し
た枠組みの中で行われるすべての実験は本質的にまだ「調査段階」にあると 言わざるをえない。(もっと平易に表現するならば、化石化という術語に関 しては、あれこれと表現することはできるが、その説明をすることはできな い)。しかしこの化石化の予測と言う課題は、Lakoffが指摘しているよう に、第二言語運用での「誤り」を予測することも難しいが、それよりもさら に難しく不可能であるかもしれない。
「化石化」の構成要素を記述するための主な理論的根拠は、有意味な言語 運用状況下で、正確な予測を可能にしてくれるようなILにっいての記述的 知識がその適切なデータの体系的な集積へと導くところにある。その研究課 題は、この構成要素抜きで考えることは不可能であり、適切な第二言語学習 の心理学における重要な理論構築に適切なものであると期待されている。
5.3第三番目の問題点は、以下に示すような問題をどのように考えたらよ いかに係わることである。すなわち、どのようにして第二言語の初級学習者 は表層構造的に正しいIL発話(すなわち彼が生成しようとしているTL基 準に関しては正しい文)を産み出すことができるようになるのかということ である。この問題を問うことで、最終的には我々は額面どうりの意味での
「成功」、すなわち第二言語学習者がTLで母語話者と同等の言語運用ができ るようになるとはどういうことかと言う問題に直面することになる(注28)。こ れに関してはすでにセクション2で触れたように、母語の中に実現されてい る潜在的言語能力構造を第二言語学習でも再活性化(注29)させている者をこ の調査研究領域から除外して、本論文では厳格な意味では第二言語習得に成 功しない学習者に焦点を絞ることにする。もちろん、第二言語学習における
「成功」とは何かにっいてを完壁に定義する必要もない。教師も学習者も、
「伝達能力」を達成することには満足するはずである(Jakovits,1970,
Hymes,1972参照)。しかし、ここではこれにっいては問題としない。セク ション1で指摘したように、学習者がうまく学習できるように手助けするこ とに力点を置くことは、「教授」の視点・展望の領域に属することである。
「第二言語学習」と「第二言語教授」の学問領域の文献とを混同してしまう のは(注2参照)、「成功」に関連する以外のもので第二言語学習の心理学を とらえようとはしなかったからである。例えば、第二言語学習領域での典型 的な学習理論の実験では、我々が学習者にどの時点で学習を終了して欲しい かではなく、どの時点で学習者自身が学習を終了しがちなのかにっいての知 識が必要である。また、この種の実験では、どの時点で第二言語学習を始め るべきかにっいての知識も必要となる。この2種類の知識に対しての前提条 件となるものは、現在はまだ完成はしていないが、ILの詳細な記述である。
現在進行中のこの種の実験は、まだその成果が混乱をきたすようなものであ り、未熟なものである。
特に、5.3の冒頭の文で取りあげた問題は、第二言語学習の心理学には適 切ではあるが、その問題は我々が中間言語と認める際の心理的範囲を明白に 解釈するかによって決まるので、現段階ではまだ解答を出せる性質の問題で はないように思われる。例えば、中間言語として表面に現れる構成要素がど のように学習目標言語と同一であるように再編成されるかを解明する前に、
なぜそれが存在しているかという理由が説明できないとしても、中間言語に は何が含まれるかにっいての明確な理論を用意する必要がある。私は私の論 文(Selinker,1969)で、非常に限定された中間言語状況で、正確さを求める ために言語材料を再編成しなければならない場合の基礎となるものが働き、
そしてはっきりとした形で成立しているということを示したっもりである。
しかし、私は学習に成功する者は、どのようにしてある特定のILから言語 材料を再編成しているのかということにっいては何も言及していない。私は、
大半の学習者にとっては第二言語に「成功する学習法」とは、特定のTLと 認められるようなILからいかにして「言語材料を再編成」するかということ
も「第二言語学習」にっいての定義の一部になると仮定している。
5.4 第四番目の問題は、(aにの仮説の根拠となる中間言語的同一物が潜ん でいる潜在的心理構造の適切な単位とはどのようなものであるのか(b)また
果たして、これらの存在根拠があるのかという問題である。もし、第二言語 学習の心理学の適切なデータが本当に3つの言語システム(NL, IL, TL)で 類似して、それぞれの発話に現れるとしたら、それは唯一適切であって「心 理的に本物である」といえるかもしれない。中間言語単位とは、この3っの システムにおいて類似するシステムとして同時に表現されうるものであり、
そしてもし可能であれば、これらのシステムにおいて実験して帰納化された データとして表されているものであると仮定することは妥当であると思われ
る。
潜在言語構造に関しては、もしそれが我々が必要とする構造モデルではな かったり、あるいは折衷的な構造モデルであったり、またたとえ、それが
「循環」{訳注:cycle:循環:変形文法の変形循環規則の原則に基づいて、最 も深く埋め込まれたS(またはNP)をかわきりに、順次、各サイクルにおい て、繰り返し適用可能な規則}のような概念であったり、「刈り込み(tree pruning)や「逸脱」とはあまり関連がないことが判明してもあまり驚くに は当たらない。もし第二言語学習理論と言語学的に関係のある構成単位だけ が、セクション4で述べた化石化と5っのプロセスの観点から3つの言語体 系(NL, TL, IL)にまたがる中間言語と見なせるものの内容であると考える ことが理にかなっているとすると、これまで考えられていたどの言語学理論 の構成単位もこの基準に合わないことになる。もっと一般的にいうと、言語 理論と第二言語学習の心理学に適切である構成単位との間に必ずしも関連性 があるとは限らないことになる(注30)。私はこの仮説が正しいと考えているが、
多くの学者がそう確信していないことも事実である。
これら3つの言語体系に同時に適用した、表層統語構造と関連のある構造 単位の証拠としては、私が言語転移にっいての実験で得た証拠を参考にして いただきたい(Selinker,1969)。この実験では、被験者の母語での口頭質問 に対して母語で口頭応答してもらい、また同様の口頭質問・口頭応答を英語 でも試みた。質問は、ある文構造領域における特定のタイプの具体例を引き 出すことができるようにインタビュー形式で行われた。その実験で与えた指
示事項は各被験者は必ず、「完全文」で応答しなさいということだけであっ た。何回も実験をやってみたがその結果はいずれも、NLからILへと移行 された(TLへの移行ではない)表層統語構造の中間言語構造単位はおおよ そ伝統的な目的語に匹敵するものや、時を表す副詞や程度を表す副詞などで あった。私はこの構造単位、すなわち語と語の連鎖(syntactic string)と呼 ばれている表層構成要素は、実験でもまた実際的な言語運用の場面でも、一 貫して同じ現れ方をしたということを主張したい(注31)。もしそこのような結 果が他の「中間言語的状況」でも繰り返し得られるとしたら(すなわちNL,
TL, ILとの組み合わせで)、それは多くのILで生ずる事柄を説明することに なるだろう。
現実認識単位(realizational Unit)、すなわちある特定の意味的概念と結 びっいた語順に関しては、上記で述べたのと同じ一連の実験を数回にわたっ て実施したがその結果は常に同じで、「物を買ったり、受け取ったりするこ と」や「映画やパレードを見ること」などの具体的・現実的なトピックとは 対象的な「学校で学習した科目」というアカデミックなトピックでは上記で 述べたような語順の表層的連鎖が大いに影響を受けていることが分かった
(例:ヘブライ語を母語とする人のILでは「学校で学習した科目」というアカ デミックなトピックではIwant to study in the university biology.と いう語順になるのに対して、現実的なトピックとなるとIbought my watch in Tel Aviv.という語順になる)(注32)。中間言語研究の中で、表層の語順に 及ぼす意味的影響は、もしそれが他の中間言語的状況でもさらに繰り返し現 れるとしたら、それは中間言語と認められる場合の現実認識単位としての候 補となりうると同時に、全体的な現実認識構成単位の転移にっながるという 非常に強力な証拠を提供することにもなるだろう。
音韻レベル関連構造単位の概念に関しては、Briere(1968)が、すでにい くっかの関連構造単位があることをデータで示している。この関連構造単位 は必ずしも言語構造単位に対応するものでなく、むしろそこに含まれている 音そのものが対象構造単位となる。場合によっては分類学的音素が構造単位
となることもあるが、また純粋に言語学的手法で記述できない場合もある。
Briereは、 TLでの音声言語を聞きそれを模倣、音素表記の使用、物理的説 明などの応用構造言語学者が支持している実際的教授法の手法をかなり多く 取り入れて、彼独自の実験的技法を開発した。Briereのデータを私なりに 再解釈すると、彼は他の中間言語的状況下ではあるが、我々がここで議論し てきたのとまさしく同じようなNL, TL, ILという3っのシステムにっいて 研究を進めてきたことになる。すなわち、彼はまず米語と想定されるNL発 話、次にフランス語、アラビア語、ベトナム語の母語話者による「合成言語
(composite language)」としてのTL発話、第三番目に特定の基準にあっ たTL発話をしようとするNL話者のII.言語での発話の3っを設定をした。
彼のTLの言語分析のために収集されたデータの中に見られる/乏/,/η/とい う音に関しては、これら3っのシステムにまたがって中間言語的と目される 構造単位はシラブル内で分布的に規定される分類学的音素に相当する
(Briere 1968, p.73)。他の音に関しては、分からないものもあるが、関連音 声的構造単位は分類学的音素ではなく、音声パラメータ(phonetic parame−
ters)に基づいていると彼は述べている(前掲書pp.64,73)。
もしこの中間言語と目される言語領域の構造単位が必ずしも母語話者側の 言語構造単位と同一一一一でなかったとすると、いったいそれらはどうして生ずる のであろうか。母語話者の発話行為の中に「構造単位」を探るなどというの は時間の無駄であると述べているHaggard(1967, p.335)は母語話者の言 語運用に関して興味ある見解を示している。例えば、騒音の状況下では、母 語話者は別の構造単位を使うこともありうると述べている(注33)。第二言語使 用者の騒音状況下での発話は、時に極端なほどに影響を受けるという周知の 事実に対しては種々の説明がなされるが、一一方、これと関連してHaggard の興味深い見解も無視することはできない。すなわち、代用言語構造単位は 個々人のケースにもあてはまるし、またある条件の下ではこれらの構造単位 が活性化されることがあると言うことである。この現象は、第二言語で発話 を試みようとする場合には常に起こり得ることであり、それは新しいタイプ
の言語心理学的構造単位という形で本論文で述べてきた見解と符号が一致す る。この中間言語的構造単位はNL, IL, TLの3っのシステムと3っ巴の形 で係わっていると推定することができ、第二言語学習者はTLである事柄を 表現しようとするときは何時でも、TL母語話者のような言語能力を獲得し ようと望んでいる第二言語学習者が使う方略なのである。これらの構造単位 は、学習者が母語領域から中間言語と言う新しい言語領域に精神状態を切り 替えることによって初めて有効な手段となる。ここで私は更に、この中間言 語的構造単位は潜在的心理構造として既に学習者の脳内に存在しているもの であり、いかなる学習学習目標言語であっても、学習者がその基準にあった 発話をしようとするときには利用可能なものであると仮定したい。
5.5 ここで取り上げた視点・展望に関しては、次に述べるような最後の難 問が残る。すなわち、各々の3っの言語システム(NL, TL, IL)に対して同 一の実験条件を設定したうえで、どのような手法を使ったら,この3っのシ ステムにわたって中間言語的と認定できるような構造単位が存在しているか を検証できるかである。この点に関しては、読者諸氏におかれては、今一度、
私の言語転移に関する実験論文(Selinker, 1969)を参照していただきたいと 思う。その実験では、妥当性があり、かっ有効な方法である特定の表層統語 構造の望ましい連鎖の具体的な用例を入手することができた。実験方法とし ては口頭面接技法を使った。この面接の目的は、被験者からある型の文を引 き出そうとする試みの指標となる3っのシステムの類似の枠組みを得ること にあった。この見解の下に、特定の技法に耐えられる言語構造の種類と程度 を調査する方向でまた新たな実験的研究が進められるであろう
6.まとめ(Summary)
これまで議論してきたような第二言語学習の言語心理的側面研究のために は次に示すような前提条件の設定が必要である。
1)第二言語学習理論では、有効なデータと見なされるような言語行為事実 は直接的には明らかにされていない。
2)これらのデータはある理論的構成概念の助けを借りて組織化される必要 がある。
3)「成人」が実際に第二言語を学習する方法に関連したいくっかの理論的 構成概念とは、中間言語と見なされるもの、母語(NL)、学習目標言語 (TL)、中間言語(IL)、化石化現象、語と語の連鎖、分類学的音素、音 声素性などを含むものである。
4)第二言語学習者の心理学的要素と関連のあるデータとは母語話者による TLでの発話と第二言語学習者によるNLとILによる発話である。
5)第二言語学習者による中間言語と見なされるものとは3っのシステム (NL,TL,IL)を心理的に結びっけるものである。
6)第二言語学習者と関連する心理学におけるいくっかの理論的予測はIL 文の表層構造に現れるに違いない。
7)SL学習に成功するということは、大半の学習者にとっては、 ILで接す る言語材料を自らの頭の中で再構築しながら、ある特定のTLにできる だけ近づくことを意味している。
8)第二言語学習の要となる明確に区分される5っのプロセスがある。それ は言語転移、学習転移、第二言語学習方略、第二言語コミュニケーショ ン方略、TL言語材料の過剰一般化のプロセスである。
9)(6)での各々の予測は、できれば、(8)に述べた5っのプロセスの一っとは 関連したものとなるべきものである。
10)言語理論の関連構造単位と第二言語学習の心理学の言語的に関わる構造 単位との間には必然的な結びっきはない。
11)第二言語学習の心理学に言語学的に関わる唯一の構造単位とは、3っの 言語システムにわたって中間言語と見なされるものに関わる構造単位の ことである。
12)「語と語の連鎖(syntactic string)」とは表層構造転移の構造単位であり、