著者 西海 聡子
雑誌名 東京家政大学研究紀要 1 人文社会科学
巻 56
ページ 21‑30
発行年 2016‑03
出版者 東京家政大学
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009357/
〔東京家政大学研究紀要〕第 56 集(1),2016,pp.21 〜 30〕
1.はじめに
A. L. ハウ (Howe, Annie L. 1852 〜 1943)は,アメリカ ンボードの教育宣教師として 1887(明治 20)年 12 月,35 歳のときに来日し,75 歳で帰国するまで約 40 年間にわた り,フレーベルの幼児教育思想に基づいた保育の普及に貢 献した.
ハウの主な功績には,①神戸に頌栄幼稚園と頌栄保母伝 習所を創設し,フレーベルの精神と宗教的精神とに基づく 優れた保育実践と保母養成に貢献したこと,②フレーベル の代表的著作『母の遊戯及育児歌』,『人の教育』等の翻訳,
出版にも力を注ぎ,フレーベルの幼児教育思想の普及に尽 力したこと,③京阪神地区あるいは岡山地区幼稚園はもと より全国キリスト教幼稚園界においても指導者として活躍 したこと,などがあげられる1].
ハウの生涯,及びその優れた業績に関して知ることがで きるものには,『エ・エル・ハウ女史と頌栄の歩み』(高野,
1973)1),『A. L. ハウ書簡集』(山中,1993)2),『A. L. ハ ウの生涯』(西垣, 2007)3)等がある.
中村・高野(1976)は,ハウはシカゴ・フレーベル協会の 保 母 伝 習 学 校(Chicago Froebel Association Kindergardener Training School)に入学する以前に,ロッ クフォード女子専門学校(Rockford Female Seminary)
において専門的に音楽を学び,音楽に高い素養をもってい たことから,ハウを「幼児音楽への先駆者開拓者」4)と評 価している.ハウの幼児音楽への貢献の一つが,『幼稚園 唱歌』(1892),『クリスマス唱歌』(1894),続いて『幼稚 園唱歌続篇』(1896)という,幼児向けの唱歌集の出版で ある.特に 1892(明治 25)年に出版した『幼稚園唱歌』
はハウの初めての出版物である.1889(明治 22)年,頌 栄幼稚園を神戸に創設したハウは,幼稚園教育の実施にあ たり唱歌集の出版を急いでいたことがうかがえる2]. これまでの『幼稚園唱歌』に関する言及は,ハウの出版 物の一つとしての紹介に止まるものが多い.詳細な検討が 試みられているものは,『幼稚園唱歌』と『幼稚園唱歌集』
(音楽取調掛 1887)との比較を通してハウの幼児音楽への 貢献を記した中村・高野(1976)による研究5)や,ハウ に関する一連の研究の中で『幼稚園唱歌』を取り上げてい る西垣の考察(1983,2007)6)に見られる程度である.
そこで本稿においては,ハウが最初に出版した『幼稚園 唱歌』(1892)に焦点をあて,その特徴や教育的意義,及 びフレーベルの教育思想からの影響について考察を深める ものとする.
2.『幼稚園唱歌』の出版
ハウは,来日後2年の準備期間を経て,1889(明治 22)
年 10 月 22 日に頌栄保母伝習所を,11 月4日に頌栄幼稚 園を神戸に開園する.そしてその3年後 1892(明治 25)
年4月に『幼稚園唱歌』を,続いて 1894(明治 27)年『ク リスマス唱歌』を,1896(明治 29)年『幼稚園唱歌続篇』
をと,来日後早い段階で3冊もの唱歌集を出版している.
当時の日本で幼児向けの唱歌集には,音楽取調掛が出版 した『小学唱歌集 初編』(1881)や『幼稚園唱歌集』(1887),
大和田建樹・奥好義による『明治唱歌幼稚の曲,第一集 / 第二集』(1888, /1889)等があった.ハウは当時の日本の 幼児音楽の現状について「残念ながらこの日本に於ては音 楽的感覚即ち色々の場合に使用する音楽に対する観念並に その音楽の特殊の表情が,まだまだ進歩して居らず,言わ ば,その発達の初期に属するものであります」7)ととらえ,
A. L. ハウによる『幼稚園唱歌』の出版
西海 聡子
(平成 28 年1月 14 日査読受理日)
The Publishing of "Youchien-syoka" by A. L. Howe
N
ISHIKAI, Satoko
(Accepted for publication 14 January 2016)
キーワード:A. L. ハウ,幼児の歌集,『幼稚園唱歌』,フレーベル主義
Key words:A. L. Howe,Songbooks for Children, “Youchien-shoka”, Froebelian theories
保育科 幼児音楽研究室
「幼稚園の唱歌はその調子が一本調子で,単調であります から,音楽として,どうも趣が乏しい」8)と厳しい評価を 下している.それゆえにハウは,これらの唱歌集は使用せ ず,「幼稚園保母として(アメリカにおいて:筆者註)9 年の間実地に使用し,其善良なるを認めたるもの」9)を選 び,大和田建樹や松山高吉に翻訳を依頼して作成したのが
『幼稚園唱歌』である.『幼稚園唱歌』は,幼稚園で使うこ とを想定した 94 曲(曲名は表1を参照)から成る楽譜集 である.当時の日本の唱歌集は(『小学唱歌集 初編』や『幼 稚園唱歌集』等)メロディーのみを記した単旋律楽譜なの に対して,この歌集は伴奏付きの三段譜で書かれたものが 多く,音楽的にも水準の高いものであった.
『幼稚園唱歌』は,収録曲が幼稚園の生活や遊びに沿っ て用途別に分類されている.『幼稚園唱歌』の目次を見ると,
祈祷歌,朝の歌,クリスマスの歌,四季の歌,花の歌,雑 歌,指遊の歌,恩物歌,進行歌,輪遊歌,五官の歌,職業 の歌,という 12 種類に分類されている.それぞれの歌は,
タイトル,歌詞,楽譜で構成され,幾つか歌には歌詞に沿っ た遊戯動作を表す手の形の挿絵が添えられている.全曲名 を列挙し,挿絵のある歌に丸印を入れたものが表1である.
ハウは挿絵について「図画は唱歌に用いる色々な動作の大 要を示すためで,法則として載せたものではなく見る人の 考えを助けようとしているだけである.(略)保姆は各自の 意に従い,その歌に適する動作を考案して良い,児童の無 意識の動作の中にはしばしば非常に適切で保母の考えを助 けるに足るものがある.」10)と述べ,挿絵に示した動作遊 戯は固定的なものではなく柔軟に対応することを促してい る.
3.『幼稚園唱歌』の作成に使用された歌集
前述の通り『幼稚園唱歌』はハウがアメリカで実際に使 用していたものからの選曲であることはわかっていたが,
「もとの本がどれであるかはわかっていない」11)とされてき た.今回筆者は,『幼稚園唱歌』に関する記述を,1908(明 治 41)年にバンデウォーカー(Vandewalker, Nina C.)がア メリカで出版した“The Kindergarten in American Education”
の中に発見し,更にハウが『幼稚園唱歌』の作成に使用し たと思われる歌集を確定することができた.
バンデウォーカーの書には,「(ハウは,)アメリカの幼稚 園で使われていたエリナー・スミスの本とその他の歌集か ら多くの幼稚園の歌を採った歌集を,日本語で出版した」12)
とある.また別ページには,ハバード(Hubbard, Clara B.)
の“Merry Songs and Games” (1881)を始めとして,ウィ ギン(Wiggin, Kate D.)の“Kindergarten Chimes”(1885),
スミス(Smith, Eleanor)の“Songs for Little Children” (1887),
ヘイルマン(Hailmann, Eudora L.)の“Songs, Games and Rhymes”(1887)等,アメリカでは 1880 年代から幼稚園
向けの歌集が数多く出版されたことを,具体的な歌集名を 挙げながら紹介している13).
筆者はこれらの中にハウの『幼稚園唱歌』に関係するも のがあるのではないかと考え,上記の4冊を入手し照合を 行った.すると,スミスの“Songs for Little Children” 14)と ハバード“Merry Songs and Games” 15)の2冊から多くの曲 が,『幼稚園唱歌』に採録されていることが明らかとなった.
(以下,スミスの“Songs for Little Children” はスミスの歌集,
ハバード“Merry Songs and Games”はハバードの歌集と記 す.)
ハウの『幼稚園唱歌』とこれら2冊を照合した結果をま とめたものが表2である.特にスミスの歌集からは 50 曲が 採られ,『幼稚園唱歌』全 94 曲中の 53%にあたる.ハバー ドの歌集からは 18 曲が採られ,これは全体の 19%にあたる.
全体の 28%にあたる 26 曲は,今の段階では出典不明である.
ハウが『幼稚園唱歌』の半数もの曲を採録したスミスの 歌集とはどのような歌集なのか.
正式なタイトルは,“Songs for Little Children−A Collection of Songs And Games for Kindergartens And Primary Schools−”
である.「幼稚園と小学校のための歌とゲームの曲集」と いう副題があるように,幼稚園と小学校での使用を目的に 1887 年にシカゴで出版された.本歌集の作曲と編曲を行っ たスミスは,19 世紀末から 20 世紀前半にかけて,シカゴ を中心に活躍した.スミスは「フレーベルの理論を作曲し た作品の中に統合し,良質な子どもの歌を生み出した」16)
とされ,全 84 曲中 51 曲が自身のオリジナル曲である.序 文はシカゴ・フレーベル協会のパトナム(Putnam, Alice H.)によって書かれている.パトナムといえば,ハウが 1878 年に卒業したシカゴ・フレーベル協会幼稚園教師養 成所の創始者であり,ハウの恩師でもある.ハウがアメリ カで保育に9年間従事した間にこの本を参考にしたのは当 然とも言えるだろう.
歌集の構成(目次)は,朝の歌(Morning Songs),季 節の歌(Songs of the Seasons),恩物の歌(Gift Songs),
指遊び(Finger Games),行進曲(Marching Songs),輪 遊 び(Circle Games), 職 業 の 歌(Trade Songs), 雑 歌
(Miscellaneous),終わりの歌(Closing Songs)と9つに 分類にされている.ハウの『幼稚園唱歌』の構成(目次)
と比較すると,ハウは,終わりの歌(Closing Songs)以 外の項目をすべて踏襲し,さらに3項目,祈祷歌,クリス マスの歌,五官の歌という項目を加えている.
特に『幼稚園唱歌』の四季の歌,雑歌,指遊の歌,職業 の歌に分類された曲は,このスミスの歌集から多くが採ら れ,四季の歌は 14 曲中 13 曲,雑歌は 16 曲中 10 曲,指遊 の歌は7曲全て,職業の歌は4曲中3曲にも上る.『幼稚 園唱歌』の指遊の歌《親指いへり》はスミスの歌集の Finger Games《Thumbkin Says “I’ll Dance”》と同一曲
である(図1).
一方ハバードの歌集は,1881 年にセントルイスで出版 された幼稚園用の歌集である.正式なタイトルは“Merry Songs and Games−For the Use of the Kindergarten−” と 言 い,楽しい歌とゲームを集めたパートⅠと,輪になって遊 ぶ歌やゲームを集めたパートⅡから成る.目次を見ると,
パートⅠは椅子に座って歌われる歌(Songs to be Sung at their Seats), 商 売 の 歌(The Trades), 象 徴 の 歌
(Symbolic),花の歌(Flowers),鳥の歌(Birds),追い かけ歌(Eoho songs),冬の歌(Songs for Winter),クリ スマスの歌(Christmas Songs),ボールの歌(Songs for Ball),立方体の歌(Cube),パートⅡは,輪の歌(Songs of the Circle),感覚遊び(Games for the Senses),表現 遊び(Representative Games)で構成されている.
セントルイスの公立幼稚園の普及に尽力したブロウ
(Blow, Susan E.)の序文によれば,本書は『母の歌と愛 撫の歌』(Mother Play and Nursery Songs)から採った遊 戯歌にフレーベルの精神に触発された多くの曲を加えて出 版されたと言う17).
『幼稚園唱歌』には,この歌集からボールの歌が4曲,
立方体の歌が2曲,感覚遊びが2曲,表現遊びが5曲,そ の他5曲が採録されている.ボールの歌と立方体の歌は,
フレーベルの教育玩具である恩物を扱う時の歌,感覚遊び は《味あて》《触あて》など五感に働きかける遊戯歌,表 現遊びは,歌詞を象徴的な動作(身振り)にして表現する 遊戯歌だ.このようにハバードの歌集からはフレーベルの 教育玩具や教育思想と関連のある歌が選ばれている.『幼 稚園唱歌』の五官の歌《味あて》は,ハバードの感覚遊び 図1 『幼稚園唱歌』の指遊の歌《親指いへり》と“Songs for Little Children” の Finger Games《Thumbkin Says “I’ll Dance”》
図2 『幼稚園唱歌』の五官の歌《味あて》と“Merry Songs and Games”の Games for the Senses《Tasting》
A. L. ハウによる『幼稚園唱歌』の出版
《Tasting》と同一曲である(図2).
以上のように,スミスの“Songs for Little Children” (1887)
とハバードの“Merry Songs and Games” (1881)は,ハウ が『幼稚園唱歌』を作成するにあたって参照された文献で あることが特定できた.
4.教育的意図をもつ歌と遊戯
ハウはフレーベルの教育思想に基づいた保育を理想とし ていたことは周知の事実であり,この『幼稚園唱歌』にも フレーベルの教育思想からの影響が見出せる.
その一つが本書は幼児向きの曲を無秩序に並べた曲集で はなく,歌は用途別に分類され,それぞれに教育的意図を もつことだ.『幼稚園唱歌』の例言18)には,歌は季節や目 的に合わせて選ぶことの重要性と共に,「指遊の歌は指を 柔らかくし,家族関係を意識させるため」,「五官の歌は聡 明なる視聴,鋭敏なる味覚や嗅覚を発達させるため」,「輪 遊の歌は身体を発達させ,秩序を教え他人を思いやる心を 養うため」,「日光,雨,雪,日,月,星の歌は,子どもの 観察力をこれらの現象に引きつけるため」等,テーマごと に教育的意図が明確に示されている.
教育的意図をもつ歌は,フレーベルの『母の歌と愛撫の 歌』に見られることから,ここで『母の歌と愛撫の歌』に ついて,簡単に触れておきたいと思う.『母の歌と愛撫の歌』
(“Mutter-unt Kose-Lieder” 1844)は,フレーベル(Froebel, F.)の代表的な著作の一つで,母親のために書いた育児 書である.フレーベルの詩に,ウンガー(Ungel, F.)に よる絵とコール(Kohl, Robert)による曲が付けられた,詩・
絵・メロディーが三位一体となった「遊戯絵本」である.
本書は7篇の母親が子どもに歌いかける歌(「母の歌と愛 撫の歌」)と,50 篇の母親が子どもと遊びながら歌う歌(「遊 戯の歌」)と,「終の歌」1篇から成り,それぞれの歌には,
遊び方と教育的な意図の説明が付いている.『母の歌と愛 撫の歌』を訳出した荘司雅子は本書の特徴を「浪漫的な精 神で詩や歌,絵や遊戯を通して,母や保育者が無意識のう ちに乳幼児の四肢や身体をきたえ,心を育て,精神を強め るように仕組まれています」19)と述べている.
『母の歌と愛撫の歌』から遊戯の歌《塔の風見》20)を例に,
この歌に込められている教育的意図について検討しよう.
《塔の風見》は,塔の上のおんどりが風によって向きを 変えるように,母親が歌いながら子どもの手の向きを変え て動かす遊びである.遊び方は,子どもの腕をまっすぐに 伸ばし,両手を合わせ,4本の指が鶏の尾,手のひらが胴 体,親指は首と頭に見立て,母親は歌に合わせてその手の 向きを変えて動かすという単純なものである.この歌はサ ブタイトルに「手関節とひじの運動を練習する遊び」と示 され,四肢の訓練という目的をもつ.更にフレーベルはこ の遊びについて,次のような説明を加えている21).
目に見えないただの風のようなものでも,力が合わ さって大きくなれば,たとい目に見えなくとも大小さ まざまなことをひき起こすことができるのです.子ど もよ,この世の中には,こういうふうに,感ずること ができても目に見えないものがたくさんあるのです よ.(略)やがて,そのうちに,その力そのものを見 ることはできなくても,その力がどこからくるのか,
おまえにもだんだんわかるようになるでしょう
ここでは四肢の訓練に止まらず,風という自然現象に子 どもの意識を向けさせると共に,目には見えない力へ想像 を働かせ,予感のなかで神への認識をも子どもたちに感じ 取らせようとしている.フレーベルは《塔の風見》という 歌を伴った遊びの中に,四肢の訓練という直接的かつ具体 的な教育目標から自然や神の存在までをも予感させるとい う深遠な教育的意図をも包含させているのである.
『母の歌と愛撫の歌』は,浪漫的な雰囲気に満ちた「遊 戯絵本」だが,フレーベル自身が「私はこの書の中に,私 の教育法の最も重要なものを示した」22)と述べているよう に,乳幼児の発達の特殊性に合わせた,独自の教育方法が 提示されているのである.小笠原の言葉を借りれば,乳幼 児の発達の特殊性とは,「乳・幼児の生き生きとした感受 性,接触の喜び,活動と模倣への欲求」であり,独自の教 育方法とは,「指・手・足の遊戯を,それに対応する絵や 母親の説明(話し)や歌に結びつけ(略)『感覚的なもの』
から『意味深いもの』へ,換言すれば形象的な意味づけに よって導いていく」23)ことを指す.そしてフレーベルはこ の書で,「これらの歌や遊びを通して,神への信仰,人へ の愛と感謝,自然物へのいたわりなどの心を育てようとし ている.すなわち,神と人と自然との内的なつながりを,
そして愛と感謝,信頼従順などの宗教的感情を,幼児の予 感のうちに育くもうとしている」24)という最終的には人間 形成を目指したのだ.
『幼稚園唱歌』もまた,歌や遊戯にはそれぞれの教育的 意図が込められ,フレーベルの教育思想からの繋がりが感 じ取れる.次節において具体的に検討したい.
5.『幼稚園唱歌』とフレーベルの教育思想との関連性 『幼稚園唱歌』の歌と遊戯は,幼稚園の日常生活や遊び と密接に連動した実際的なものだ.本節では 12 種類に分 かれたテーマに沿って具体的な曲名を挙げながら,その特 徴やフレーベルの教育思想からの影響,及び『母の歌と愛 撫の歌』との関連性ついて考察したい.
(1) 祈祷歌(12 曲)・朝の歌(4曲)・クリスマスの歌(4曲)
祈祷歌は讃美歌とも呼ばれるキリスト教主義幼稚園に欠 かせない歌である.イエス・キリストの生誕日を祝う歌,
クリスマスの歌もまた同様と言える.頌栄幼稚園では毎日
9時から会集と称して,祈り,お話,讃美歌による礼拝を 行っていた.朝の歌は朝の挨拶の歌というより讃美歌に近 い内容をもち,祈祷歌と共にその時間に歌われていた.遊 びや動作は付いていない.
(2)四季の歌(18 曲)・雑歌(16 曲)・花の歌(4曲)
『幼稚園唱歌』は,四季の歌,雑歌,花の歌など自然の 歌が多い.《春の歌》《夏こそきたれ》《北風》等,四季の 歌は,四季折々の自然の様子や自然への喜びが歌われ,《種 まき》《我花》《すみれ》《雛菊》等,花の歌は,植物を育 てる喜びや花の美しさが歌われている.
雑歌は《雨花鳥》《我小猫を愛す》《誕生日の歌》《今日 もをはりぬ》と様々な内容の歌が集められているが,多く が鳥や動物,天体,気象等自然に関連した歌と言える.鳥 や動物を歌ったものは《燕》《鳩舎》《垣根の鳥》等,天体 を歌ったものは《子供と月》《あまたの星》《きらきら》等,
自然現象を歌ったものは《美しき光線》《雪と雨》《雨》等 がある.ハウは,理科教育,すなわち自然領域の教育を重 視したことが知られている.これは「自然は神の顕現であ り,神の啓示は自然を通してなされる」25)というフレーベ ルの教育思想に基づいたもので,「ハウは体系的な理科教 育をもって,神への敬虔な愛と賛美を子どもたちに感得さ せようとした」26)のである.四季の歌,雑歌,花の歌等本 書で自然の歌が多いのは,その現れと言えるだろう.
(3)恩物歌(12 曲)
恩物歌とは,フレーベルが考案した教育遊具,恩物を遊 ぶ時の歌だ.フレーベルは「自分が考案した教育遊具・作 業具を用いて,子どもに存するあらゆる力を伸ばし,あら ゆる感覚を発達させるという目標をもっていた」27)と言う.
フレーベルは幼児期に直感的に物に触れることを通して,
そのものの本質や世界の構造と法則性を遊びながら理解さ せようとしたのである.特に「球体は万物ならびに世界を 表すシンボル(象徴)」28)と重視し,球体を第一恩物に置い た.恩物歌 12 曲中の《鐘の音》《手鞠》《球》等 10 曲が球 体の歌である.
(4)輪遊歌(12 曲)
フレーベルは晩年,集団で輪を作り音楽に合わせて身体 を動かす集団遊び,「運動遊戯(Bewegungsspiele)」を考 案した.フレーベルはこの「運動遊戯」において「輪の秩 序」や「輪の中心」を重視し,目標・目的の共有と身体運 動としての一致した動きの共有を通して国家や民族にまで 広がる「共同感情」による一体感を感じ合うことを目指し ていた29)と言われている.輪遊歌はこの「運動遊戯」に 由来すると考えられるが,ハウはその目的を「法則,秩序 の観念を発達せしめ,他人の事を思う心を起さしむるため に用ふる可」30)と社会性の育ちに置いていた.
輪遊歌には挿絵がなく,実際の遊び方がわからない.そ こで輪遊歌 12 曲中6曲の出典となったハバードの歌集に
手掛かりを求めた.《遊の時》《蝶》《蜥蜴》《猫と鼠》《小鳥》
《楽しき鳥》は,ハバードの歌集「第2部,輪になって遊 ぶ歌(Songs of the Circle)」に収録され,《遊の時》を除 いて象徴遊び(Representative Game)に分類されている.
象徴遊びには,歌詞を象徴的な動作(身振り)に置き換え て表現する遊びが並び,例えば《蝶》は,歌に合わせて蝶 が羽を動かし飛び回る姿を遊戯動作する遊びだ.ブロウは ハバードの歌集の序文で「子どもの遊びの中に生活の様々 な姿を反映させることにより,子どもの思考はその意味を つかみはじめるだろう」31)と遊戯歌のもつ象徴的機能の重 要性について言及している.このように輪遊歌の一部には 象徴遊びも含まれている.
(5)進行歌(3曲)
進行歌とは行進曲(マーチ)のことだ.頌栄幼稚園の子 どもたちは,会集の時間になると各保育室で静かに礼拝に 集まる用意をして,やがてマーチに合わせて遊戯室に入る のが日課であった.ピアノは必ずハウ女史が弾き,本当に 美しい演奏であったと言われている32)
(6)指遊の歌(7曲)
指遊の歌は,歌に合わせて実際に指を動かすことを通し て,指の名前や物の名前を知らせること,指を家族に見立 てその役割を教えること,数を教えること,手指を修練す ること等を目的としている.フレーベルの『母の歌と愛撫 の歌』には数多くの指遊び歌が収録され,乳幼児期に母親 が指遊の歌を子どもと遊ぶことの価値とその重要性を示唆 している.
『幼稚園唱歌』の指遊の歌は,『母の歌と愛撫の歌』に収 録されている指遊の歌と類似性が高い.例えば『幼稚園唱 歌』の《愛する母》と『母の歌と愛撫の歌』の《やさしい お母さん》は良く似た指遊びだ.両者とも「親指はお母さ ん,人差指はお父さん…」と指を家族に見立てた遊びで,
指の訓練,指の名前,家族の役割を教えるという教育的意 図をもつ.『幼稚園唱歌』の指遊の歌は,『母の歌と愛撫の 歌』の指遊びがもつ目的や内容を踏襲しつつ歌詞と曲を取 り換えたという印象である.『幼稚園唱歌』の《手の指》《親 指いへり》と『母の歌と愛撫の歌』の《親指はすもも》《親 指のごあいさつ》,『幼稚園唱歌』の《指のピヤノ(原文マ マ)》と『母の歌と愛撫の歌』の《指ピアノに合わせる歌》
も同様の類似性が認められる.
また『母の歌と愛撫の歌』は指遊びの手の形を象徴的に 表す挿絵が曲ごとに添えられている.『幼稚園唱歌』の指 遊の歌も,歌詞に沿った指遊びの挿絵が全曲に載っている.
『幼稚園唱歌』に見られる遊戯動作を解りやすく挿絵で示 す方法は,『母の歌と愛撫の歌』からの影響と言えるので はないだろうか.
(8)職業の歌(4曲)
職業の歌には《風車》《鍛冶》《大工》等があり,それぞ A. L. ハウによる『幼稚園唱歌』の出版
れ粉屋,鍛冶屋,大工の仕事の様子を歌っている.ハウは これらの歌の目的を「小児がこれらの職業を知り其の趣味 を理解し,且つ工藝を重んじる気持ちを発達させるため」33)
と述べている.『母の歌と愛撫の歌』の後半にも,《炭焼き 小屋》《大工》《車屋さん》《建具屋さん》等,職業に関す る歌が並んでいる.これらは,子どもが成長するに従って 身の周りにある仕事や社会との繋がりに意識を向けさせる ためのものだ.『幼稚園唱歌』にある職業の歌は,このフレー ベルの教育的意図を踏襲しているものと思われる.
(9)五官の歌(2曲)
五官の歌は《味あて》と《触あて》の2曲だ.五官の歌 は「殊に緊要なり」34)と,ハウは幼児期に五感を通して感 覚を鍛えることを大変重視した.『保育法講義録』には「子 供は何時も五感によりて種々の知識を得る.即ち光や物体 は目より意識に入り,香は鼻より,味は舌より,音は耳よ りと云ふように,凡ての観念は五感の窓より内に入り遂に 彼らの思想となり,更に又外部に発表するに至る」35)と述 べられている.幼児は感覚を通して物事を理解し,それら が知的な発達の基礎となり,更には自らを表現することへ 繋がると示唆している.フレーベルは感覚の陶冶の重要性 について,『母の歌と愛撫の歌』の《味見の歌》や《にお いの歌》等で示している.五官の歌にも『母の歌と愛撫の 歌』との共通性が見られ,フレーベルの教育思想からの影 響が見られる.
以上の内容をまとめてみると,『幼稚園唱歌』は,恩物,
運動遊戯,自然教育,職業教育等,フレーベルの教育思想 を反映した保育内容に直結する歌(恩物歌,輪遊歌,四季 の歌,雑歌,花の歌,職業の歌等)や,乳幼児期の育ちに 緊要とされる四肢の訓練や感覚教育のための歌(指遊の歌 や五官の歌等)が収録された歌集であることが明らかと なった.つまり『幼稚園唱歌』は,フレーベルの教育思想 を教育内容として具現化するための曲集と言えるのではな かろうか.
6.幼稚園用の歌集の誕生
ここでは,ハウが『幼稚園唱歌』の作成に使用したスミ スとハバードの歌集が生まれた背景について考察したい.
アメリカでは「公立幼稚園は 1880 年代以降次第に増加 し,90 年代には広く一般的なものとなっていった」36)とさ れている.幼稚園の普及に伴い,1880 年代からスミスや ハバードの歌集をはじめとする幼稚園向けの歌集が数多く 出版された.
この時期に出版された複数の幼稚園用の歌集を見ると,
四季の歌,指遊び歌,恩物歌,輪遊歌,職業の歌等フレー ベルの教育思想と関連した歌が並び,歌の題名も『母の歌 と愛撫の歌』との共通性が感じられる.多くの歌集が『母 の歌と愛撫の歌』に内在するフレーベルの教育理念を継承
しようとしたものである.それぞれの楽曲を比較すると,
題名や教育的意義は同じもしくは類似しているが,メロ ディーと歌詞は違う場合が多い.
ハバードの歌集の序文には「『母の歌と愛撫の歌』(Mother Play and Nursery Songs)から採った遊戯歌にフレーベル の精神に触発された多くの曲を加えて出版した」37)とある が,実際の曲集で確認すると,『母の歌と愛撫の歌』のオ リジナル曲(コールの原曲)は見当たらない.スミスの歌 集も同様で,多くがスミス自身の作曲による新しい歌だ.
このように,フレーベルの理念を継承しながらも『母の歌 と愛撫の歌』のオリジナルとは異なる幼稚園用の新しい歌 が作られ,そして新しい歌集が生み出された.
この時期,幼稚園用の新しい歌集が必要とされた理由に は,次の3点が考えられる.
1点目は,『母の歌と愛撫の歌』は子どもが歌うには難 し過ぎたことにある.『母の歌と愛撫の歌』は各国に翻訳 され伝播する過程で,コールのオリジナル曲は,欧米各国 の民謡や子どもの歌等その国の実情に合った新しい歌に置 き換えられてきた現状がある.
小笠原は『母の歌と愛撫の歌』のコール原曲が新しい歌 に置き換えられた理由について,「R. コールによる『メロ ディー』が子どもにとっても,母親にとっても,なかなか の『難曲』であった」38)ことを指摘している.コールによ るメロディ−は全体的に高音だったことから,「フレーベ ルの側近の幼稚園教師たちが,『難しい曲』であるとの苦 情を訴え,『子どもたちに多くの喜びを与えるような歌に 変更するよう求めた』」39)とされる.コールの原曲2]を確認 すると,歌の音域はほとんどの曲が1オクターブを超え,
最高音が f2音や g2音(一部の曲には a2音もある)の楽曲 も多く,リズムも複雑だ.確かに,幼児や音楽の訓練を受 けていない大人が歌うには難し過ぎる.このような理由か ら,コールのオリジナル曲は新しい歌に置き換えられなが ら,『母の歌と愛撫の歌』は各国に広まった.
2点目は,幼児の集団に適応した歌集が必要とされたこ とが挙げられる.『母の歌と愛撫の歌』は母親が子どもと 遊ぶための歌集である.幼稚園は集団教育が行われる場で ある.母子で遊んでいた手遊びの題材は,幼稚園用の歌集 で取り上げられる際には,幼児の集団遊戯へと改作された.
幼稚園で使用されるために,『母の歌と愛撫の歌』の理念 を継承しつつも,幼児の集団に適応した歌集が求められた のである.
3点目は,当時のフレーベル主義幼稚園では,歌と遊戯 が重視されていたことが挙げられる.1970 年代アメリカ のセントルイスでは,市教育長のハリス(Harris, W.T.)
とその協力者であるブロウによって公立幼稚園が設立され 普及するが,そこでの教育課程は「フレーベルの教育原理 に従って,恩物と作業,遊びとゲームから成るものであっ
た」40)と言う.さらにハリスは,「フレーベルの発明した最 高最善のものは恩物と作業ではなく,遊びとゲームの中に 見出される」41)と述べていて,フレーベル主義幼稚園では 遊びとゲームが重視されていたことがわかる.ここでの ゲームとは輪になって遊ぶような遊戯歌を指していると思 われる.津守(1959)も当時のアメリカのフレーベル主義 幼稚園の教育内容について,「フレーベル主義幼稚園が実 際に行っていたことは,フレーベルの考案した教育の実際 そのままであり,それを少しも外さずに実行しようとした のである.したがって保育は,恩物および『母の遊戯と愛 撫の歌』がその中心を占めていたのである」42)と述べてい る.恩物と『母の遊戯と愛撫の歌』に示されたような歌と 遊戯は,フレーベル主義に基づく保育を実現するものとし て,広く浸透し保育内容の中心に置かれていた.ハウがア メリカで保育を学び3],実際の保育に関わったのは,まさ に歌と遊戯が保育の中心的活動として重視されていた時代 であり,その実践のために幼稚園用の歌集の必要性が高 まっていたと考えられる.
スミスやハバードの歌集は,フレーベルの教育思想を反 映した歌や遊戯が多数掲載され,実用的なものだ.ハウは 保育で実際に使用していたことから,歌集の特徴や良さを 十分に理解していたのだろう.
7.おわりに
ハウが日本で幼稚園を開くにあたり,スミスの“Songs for Little Children”とハバードの“Merry Songs and Games”
等から必要な曲を選びまとめたのが『幼稚園唱歌』だった.
本論文は,スミスとハバードの歌集が『幼稚園唱歌』の作 成に使用された歌集であることを確定すると共に,その原 典に当たり『幼稚園唱歌』におけるフレーベルの教育思想 の影響について考察を試みたものである.
その結果,『幼稚園唱歌』に取り上げられた歌は,恩物,
運動遊戯,自然教育,職業教育,感覚教育,身体運動等,
フレーベルの教育思想を反映した保育内容に直結している ことが明らかとなった.つまり,ハウにとって歌や遊戯は フレーベル主義保育の実現に欠かせないものだったからこ そ,『幼稚園唱歌』の出版がなされたと推察する.
フレーベルは「リズミカルで拍子にあった運動と調和的 な歌とは,必然に,幼い時から,人間の本性を全面的に充 足させる人間教育」43)であると捉え,「現代の最も真剣なも ろもろの教育的欲求は,すでに子どもの初期教育において も,歌との適当な協力によってのみ,十分に達成される」44)
と幼児教育における歌や遊戯の有用性について述べてい る.ハウはこれらのフレーベルの考えに忠実に従い,幼児 教育における歌や遊戯の役割を重視し,日々の保育や保育 者養成に積極的に音楽を取り入れたのである.
明治後期,アメリカそして日本においても恩物中心の形 式的なフレーベル主義保育から進歩主義を取り入れた保育 への転換がみられる.その中でハウは幼稚園における歌や 遊戯の教育をどのように発展させたのだろうか,更に研究 を進めたい.
A. L. ハウによる『幼稚園唱歌』の出版
表1 『幼稚園唱歌』の曲目とその出典と見られる歌集名と題名
絵 幼稚園唱歌 E. Smith :Songs for Little Children(1887) 作曲者 C. B. Hubbard : Merry Songs and Games(1881)
作曲者の記載なし
祈祷歌
1 朝の祈
2 小児の讃美 4. Hymn for a Little Child E. Smith
3 児女の祈
4 神の保護
5 神は常に近くいて
6 夕の祈(羊かひエスよ)
7 夕の祈(われはつかれて) 84. Evening Prayer C. Reinecke
8 日はさりゆく 83. Now the Day is Over J.Barnby
9 ささやかなる目
10 園丁
11 やさしき救主
12 静なる呼吸
朝の歌 13 輝く朝
14 輝く朝日 5. The Morning Sun is Shining E. Smith
15 師よオハヨウ 6. Morning Greeting E. Smith
16 オハヨウ太陽 18. Good Morning Merry Sunshine
クリスマスの歌 17 クリスマス(クリスマスの日の)
18 子等よさめて 26. Waken, Little Children Wm.Ashmall
19 稚児エス君
20 クリスマス(天地こぞりて)
四季の歌
21 神は春日を賜ふ 1. God Sends His Brigth Spring Sun E. Smith 22 春の風ふきぬ 8. When the Earth Wakes up in Gladness F.E.Fesca 23 ○ 雪あられ 9. In the Snowing and the Blowing E. Smith
24 ○ 春の歌(雪はきえはて)
25 ○ 春の歌(泉はをどりぬ) 10. Spring Song Halfdan Kjerulf
26 ○ 春の歌(光はいへり) 13. Spring Song Mendelssohn
27 ○ 小鳥の歌 16. All the Birds Have Come Again
28 ○ 夏こそきたれ 15. Happy Summer
29 ○ 夏の終 18. Good-bye to Summer E. Smith
30 秋風 19. The Autumn Winds are Crying E. Smith
31 小枝は歎かじ 20. Do the Little Brown Twigs Complain E. Smith 32 雪ふりつめば 22. When the Snow is on the Ground J.W.Elliott
33 北風 23. The North Wind J.W.Elliott
34 ○ 白雲 28. The Snow Clouds E. Smith
花の歌 35 ○ 種まき
36 ○ 我花
37 すみれ 65. The Violet C. Reinecke
38 ○ 雛菊 11. A Little White Daisy E. Smith
雑歌
39 ○ 燕 32. Swallow
40 ○ 鳩舎 51. The Dove Cote E. Smith
41 ○ 子蟲(虫)
42 美しき光線 79. Little Sunbeam J.W.Elliott
43 垣根の鳥 80. The Light Bird E. Smith
44 ○ 雪と雨
45 ○ 雨 69. Rain Song E. Smith
46 雨花鳥
47 風の歌 70. Wind Song E. Smith
48 ○ 子供と月 76. The Baby and the Moon E. Smith
49 ○ あまたの星 22. Do You Know How Many Stars
50 ○ きらきら 75. Twinkle,Twinkle,Little Star J.W.Elliott
51 我小猫を愛す 72. I Love Little Pussy J.W.Elliott
52 誕生日の歌 68. The Birth-day Song C. Reinecke
53 ○ 吹くや夕風 73. Slumber Song E. Smith
54 今日もをはりぬ
指遊の歌
55 ○ 愛する母 44. This is the Mother E. Smith
56 ○ 手の指 45. Thumbs and Fingers Say “Good
Morning” E. Smith
57 ○ 親指いへり 46. Thumbkin Says “I'll Dance” E. Smith
58 ○ 眠れ親指 47. Go to Sleep Thumbkin E. Smith
59 ○ 生籬(いけがき) 48. In a Hedge E. Smith
60 ○ 指のピアノ 52. Finger-Piano E. Smith
61 ○ ふたりの祖母 53 Children on the Tower E. Smith
恩物歌
62 うす 33. The Millstone(Ball Song) E. Smith
63 色とりたる手鞠 36. High in the Chear Air(Ball Song) J.W.Elliott
64 小鳥 37. The Little Bird(Ball Song) E. Smith
65 ○ 鐘の音 41. Bell So High(Ball Song)
66 眠れるまり 39. The Little Child Asleep(Ball Song) E. Smith
67 まろびて復かへれ 51. Roll Over,Come Back
68 手鞠 53. The Ball
69 わがつく鞠 56. My Soft Ball Love to Wander
70 ○ 球 59. The Ball
71 まろべ
72 積立 58. I Should Like to Build To-Day
73 立方体 61. Cube-Continued
進行歌 74 雲雀のごと 54. Hark! .Hark! Like the Lark C. Reinecke
75 兵卒 55. We are Little Soldier Men E. Smith
76 正しき歩行 56. With Footsteps Firm Knecken
輪遊歌
77 遊の時 Ⅱ− 2.Now the Time has Come for Play
78 遊をえらむ 57. Cloosing the Game
79 もろともに遊ぶ
80 熟せし果物
81 蝶 Ⅱ− 35.Butterfly
82 蜥蜴 Ⅱ− 15. Lizzards
83 小猫
84 愛らしき鼠
85 猫と鼠 Ⅱ− 32.The Cat and The Mouse
86 小鳥 Ⅱ− 18. Flying Birds
87 楽しき鳥 Ⅱ− 20. Hopping and Flying Together
88 蛙
五官の歌
89 味あて Ⅱ− 8. Tasting
90 触あて Ⅱ− 9. Touching
職業の歌 91 ○ 風車 60. The Wind Mill A,Jensen
92 ○ 鍛冶 63. The Blacksmith G.F.Händel
93 ○ 大工 64. The Carpenter E. Smith
94 ○ 水車 Ⅱ− 27. The Miller
表2 『幼稚園唱歌』における“Songs for Little Children”と“Merry Songs and Games”からの収録曲数 歌の分類 歌集祈祷歌朝の歌クリスマスの歌四季の歌花の歌雑歌指遊の歌恩物歌進行歌輪遊歌五官の歌職業の歌計 幼稚園唱歌(1892)1244144167123122494 Songs for Little Children(1887)3211321075310350 Merry Songs and Games(1881)01000206062118
註
1]ハウの主な功績は,以下の文献を参考にまとめた.水 野浩志(1971)「2 A. L. ハウ−保母養成所の母」,『保 育に生きた人々』,岡田・宍戸・水野編著,風媒社,
pp.23-33
2]ハウの書簡集(『A. L. ハウ書簡集』,1993,山中茂子,
頌栄短期大学,p.50)によれば,ハウは 1988 年にア メリカの幼稚園の歌の翻訳に取り掛かっていたこと,
「この本はとても必要とされています.以前からその 本がないために私の活動はとても妨げられてきまし た」と唱歌集の必要性が記されている.
3]コールの原曲は,初版の楽譜が入手できなかったため,
コールの原曲を忠実に採録した熊谷周子編著の楽譜
(『母の歌と愛撫の歌』フリードリッヒ・フレーベル著,
フリードリッヒ・ウンゲル絵,ロバート・コール作曲,
熊谷周子編著,1991,ドレミ楽譜出版)を参考とした.
4]ハウは 1878 年にシカゴ・フレーベル協会・保母伝習学校
(Chicago Froebel Association Kindergardener Training School)2年間の養成課程を卒業している.
引用文献
1)高野勝男(1973)『エ・エル・ハウ女史と頌栄の歩み』,
頌栄短期大学
2)山中茂子訳(1993)『A. L. ハウ書簡集』,頌栄短期大 学
3)西垣光代(2007)『A. L. ハウの生涯』,神戸新聞総合 出版センター
4)中村静・高野勝夫(1976)「エ・エル・ハウ女史の日 本保育史への貢献−幼児音楽への先駆者開拓者として
−」,『頌栄女子短期大学紀要』第8巻,p.31 5)同上書,pp.31-41
6)西垣光代(1983)「A. L. ハウの保育思想(1)遊戯観」,
『頌栄短期大学紀要』15 号,pp.11-21,及び前掲書3)
7)A. L. ハウ(1917)『幸福なる可能事』,頌栄幼稚園,p.35 8)同上書,p.39
9)A. L. ハウ(1892)『幼稚園唱歌』例言,福音社,p.3 10)同上書,p.5
11)白石蓉子(1997)「フレーベルの『母の遊戯と育児歌』
の教育的意義とアメリカ,日本での受容の検討−その 2」,『神戸大学発達科学部研究紀要』第5巻,第1号,
p.68
12)Vandewalker, N.C. (1908) “The Kindergarten in American Education”, The Macmillan Company, p.101
13)Ibid., p.176
14)Smith, E. (1887) “M Songs for Little Children-A Collection of Songs And Games for Kindergartens And Primary Schools-”, Milton Bradley Co.
15)Hubbard, C.B. (1881) “Merry Songs and Games-For the Use of the Kindergarten-”, Balmer & Weber
16)Alper, C.D. (1980)“The Early Childhood Song Books of Eleanor Smith : Their Affinity with the Philosophy of Friedrich Froebel”, Journal of Research in Music Education, 28 (2), p.111
17)Hubbard, op. cit., Preface, p.10 18)A. L. ハウ 前掲書9),例言,p.4
19)フレーベル著,荘司雅子訳(1976)ヨハネス・プリュー ファー編,『母の歌と愛撫の歌』,キリスト教保育連盟,
p.198
20)同上書,pp.16-17,140-141 21)同上書,p.141
22)小原國芳・荘司雅子監修(1981)「母の歌と愛撫の歌」,
『フレーベル全集』第5巻,p.265
23)小笠原道雄(1994)『フレーベルとその時代』,玉川大 学出版,p.358
24)フレーベル著,荘司雅子訳 前掲書 19),p.200 25)橋川喜美代(2005)「A・L・ハウの幼児教育思想とキ
リスト教主義」,『鳴門教育大学研究紀要 教育科学編』
20 号, p.87 26)同上
27)マルギッタ・ロックシュタイン著,木内陽一・松村納 央子訳,小笠原道雄監修(2014)『遊びが子どもを育 てる−フレーベルの<幼稚園>と<教育遊具>』,福 村出版,p.80
28)同上書,p.60
29)山口文子(2009)『F. フレーベルにおける遊戯思想の 成立と展開に関する研究−教育思想的及び音楽教育的 考察−』,岩崎学術出版社,p.210
30)A. L. ハウ 前掲書9),例言,p.4 31)Hubbard, op. cit.
32)高野勝男 前掲書1),p.170 33)A. L. ハウ 前掲書9),例言,p.4 34)同上
35)A. L. ハウ(1903)『保育法講義録』,明治保育文献集 第9巻,日本図書センター,p.24
36)キルパトリック他著,滝沢和彦訳(1988)「2 公立幼 稚園の発達− W. T. ハリスと S.ブロー」,『アメリカ の幼稚園運動』,明治図書,p.25
37)Hubbard, op. cit., Preface, p.10
38)小笠原道雄(2008)「未刊行資料の解読によるフレー ベルの家庭育児書『母の歌の愛撫の歌』の成立に関す る研究」,『広島文化短期大学紀要』第 41 号, p.9 39)同上書,p.6
40)キルパトリック他著,滝沢和彦訳 前掲書 36),p.29 41)同上書, p.30
A. L. ハウによる『幼稚園唱歌』の出版
42) 津守真(1959)「フレーべル以後の幼稚園−米国にお ける幼稚園の発達を中心として」,『幼稚園の歴史』,
厚生閣,p.151
43) 小原國芳・荘司雅子監修(1981)「幼稚園教育学」,『フ レーベル全集』第4巻,p.507
44)同上書
付記: 本稿は,日本保育学会第 68 回大会(2015 年5月9日,
椙山女学園大学)における口頭発表「A. L. ハウの 幼児音楽−幼稚園唱歌(1892)に焦点をあてて−」
をもとに,新たな知見を付加し再構成したものであ る.
The Publishing of “Youchien−shoka” by A. L. Howe
The purpose of this article is to examine A.L.Howe’s “Youchien-shoka”. Howe adopted many songs from songbooks for Kindergartens such as “Song for Little Children” (1887) by E. Smith and “Merry Songs and Games” (1881) by C. B.
Hubbard published during the 1880’s in the United States. We realized that her book owed a lot to F. Froebel's “Mutter- unt Kose-Lieder”. For example, we point out similarities in the subjects and materials of songs. Moreover, she put educational meanings in her songs just as Foebel did. Howe intentionally introduced “Songs and Games” into the activity in Kindergarten.