33
シェイクスピア生誕450周年特集●
中世の色が濃く残るイタリア北部の街ヴェ ローナ。ここは夏には野外オペラが開催される ことで有名な街である。その街の古い石畳の路 地を歩いていると、落書きだらけのトンネル状 の細い通路が見えてくる。その薄暗い通路は、
世界で最も有名な悲劇の一つとされる『ロミオ とジュリエット』の名場面の舞台、ジュリエッ ト家のバルコニーがある中庭に続いている。あ の物語のあの場所が今でも残っているという事 に、ある種の感慨を感じかけて、ふと我に返る。
イタリアを舞台にした作品を残しているシェイ クスピアであるが、彼がイタリアを訪れた記録 は残っていないという事実を思い出したのだ。
しかし、あまりにも出来過ぎた光景を目の当た りにして、そこに疑問を感じずにはいられな かった。
彼が劇作家として活躍した時代は、著作権 という概念が希薄であった。当時の風潮とし て、多くの劇作家がすでにあった物語をリメ イクしたり、他人の作品に
ちょっとだけ手を加えたり、
歴史的な資料をもとに著し たものを発表したりするこ とも、決して珍しい事では なかった。実際にシェイク スピア自身の作品において も、その出典を特定できる 記録も残っているようであ る。
シェイクスピア自身が本当 にいたのか、はたまたシェイ クスピアとは一人の人間だっ たのかという点も、時折議論
に上る。これは、彼の自筆の原稿や手紙が何一 つ残っていないことに一つの要因がある。さら には、歴史や古典、法律など多方面に渡る知見 が随所に表れている作品に対し、彼の学歴が低 い事も疑いを招いている要因であろう。シェイ クスピアの存在を疑わないまでも、その作風の 幅広さから、複数の人間で作ったものをシェイ クスピアの名で発表したのではないかとの説ま で広がっている。
さまざまな憶測は飛び交っているが、そんな シェイクスピアが恋人に宛てた自筆の手紙と一 緒に、イタリア行きのチケットの半券が発見さ れたとしたら…。そんな事を想像しながらバル コニーに繋がる階段を上り始めた。
せがわ あやこ
(大学院博士前期課程・実践言語教育コース・
日本語教育1年次生)
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
hhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh
シェイクスピアを巡る謎と私の妄想
瀬川 綾子
ボイデル編『シェイクスピア劇画集』より ロミオとジュリエット