機能的結合断裂と自己感の変調
-統合失調症に対する認知発達ロボティクス-
Functional disconnection and altered sense of self: A cognitive developmental robotics on schizophrenia
5118E019-5 宗近 亮弥 指導教員 尾形 哲也 教授
MUNECHIKA Ryoya Prof. OGATA Tetsuya
概要:統合失調症等の精神神経発達障害に対するこれまでの研究により,神経回路の異常や,認知機能の異常,
症状に対する知見が得られてきたがそれらの関連性については未知の部分が多い.本研究では予測符号化と学習 発達過程におけるこれらの関係性を明らかにするためのロボット学習実験を行なった.実験では,再帰型神経回 路モデルを備えたロボットに物体とのインタラクションにおける運動知覚,外部物体からの視覚情報,自分の手 に対する視覚情報の関係性を学習させ,機能的結合の断裂が及ぼす影響を調べた.実験の結果,定型状態では運 動知覚と手の視覚の不確実性の知覚におけるマッチングが確かめられたが,断裂状態においてはそのマッチング に混乱が見られ、程度がひどい場合には組織だった行動生成の異常が観察された.これらの結果は統合失調症で 報告される自己感の異常や行動異常といった多様な症状が機能的断裂により説明される可能性を示す.
キーワード:精神障害, 再帰型神経回路モデル, 神経結合断裂,感覚不確実性
Keywords: Psychiatric disorder, Recurrent neural network model, Disconnection,Sensory uncertainty
1.はじめに
統合失調症は自己感の希薄化に特徴付けられ る精神神経発達障害であるが,神経回路,認 知,行動の各レベルの知見の間に説明的なギャ ップが存在し,症状形成メカニズムの理解は難 航している[1].特に神経回路レベルでは,脳の 異なる領野における機能的結合の断裂が示唆さ れ[2],情報処理レベルでは感覚刺激の不確実性 の推定異常と統合失調症との関連が調べられて きている[1].また,神経回路モデルを備えたロ ボットの学習実験を行なった研究では不確実性 の推定と自他分離の関連が示唆されている[3].
本研究では,階層型神経回路モデルを備えた ロボットを用いて,階層間の機能的断裂,不確 実性の推定異常,自己感の異常の学習発達にお ける統合的な関係性を明らかにすることを目的 とした.
2.手法
2.1.S-MTRNN
今回の実験で使う神経回路モデルは,
Stochastic-MTRNN[4]と呼ばれるもので感覚不確 実性の推定する機構を持ち,階層構造を持つ.
この S-MTRNN では次の感覚入力がガウス分布に 従うと仮定した時の平均の予測と分散(不確実 性)の予測を出力し,負の対数尤度の最小化を 目的として予測学習を行う.活動を速やかに変 化させるニューロンと遅く変化させるニューロ ンが階層構造を持ち,本研究ではこれらが脳の 異なる領野に相当すると仮定して実験を行なっ た.この階層間の重みを学習で更新するごとに 少量のノイズを加えることで結合断裂をシミュ レートし,定型状態との比較を行った.
2.2.学習実験
2 この S-MTRNN を使って,次のようなロボットの 時系列を学習させた.赤い物体が糸を介してロボ ットの手に結び付けられていて,ロボットは関節 角度のデータ(2 次元)と自分の手から来る視覚 データ(2 次元),物体から来る視覚データ(2 次 元)を取得する.
図1.ロボットの学習行動
3.結果
まず,定型状態における学習結果を図2に示す.
ターゲット時系列データの平均的な挙動が再現 できており,学習時系列データの感覚情報の統合 的な関係性が再現されていることが分かる.また,
青色で示されている関節角度に対する分散の予 測と黄色で示されている自分の手に対する視覚 情報の分散の予測とが連動して動いており,モダ リティ間の一貫性が取れていることが分かる.
図2.定型状態で生成された学習時系列
次に結合断裂を起こしたネットワークの学習 結果を図3に示す.ネットワークは平均予測で はターゲットの時系列を生成できていた一方 で,不確実性の推定において,手の不確実性と 関節角度の不確実性の推定との連動が取れてい ないことが分かる.これは断裂によって高次階 層のニューロンの活動が弱められ,時間偏移す る不確実性の挙動の推定に異常が生じたためだ と考えられる.
図3.断裂状態で生成された学習時系列
4.まとめ
この研究では,統合失調症の結合不全仮説と自 己感の異常との関連を調べるためのロボット学 習実験を行った.実験ではロボットに物体との 周期的なインタラクションを通して,自己他者 の視覚情報と運動との関係性を学習させ,結合 不全による影響を調べた.
実験の結果として結合不全が感覚情報の不確 実性の推定に異常をきたし,自他分離における 混乱が見られた.この結果は,統合失調症の結 合不全仮説,感覚不確実性の異常に関する仮 説,それから臨床で観察される症状までの知見 を結びつける結果である.
参考文献
[1] K. J. Friston, K. E. Stephan, R. Montague, and R. J.
Dolan, “Computational psychiatry: The brain as a phantastic organ,” The Lancet Psychiatry, vol. 1, no. 2, pp.
148–158, 2014.
[2] K. J. Friston, “Schizophrenia and the disconnection hypothesis,” Acta Psychiatr. Scand., vol. 99, no. s395, pp.
68–79, 1999.
[3] R. Nakajo, M. Takahashi, S. Murata, H. Arie, and T.
Ogata, “Self and Non-self Discrimination Mechanism Based on Predictive Learning with Estimation of Uncertainty BT - Neural Information Processing,” 2016, pp. 228–235.
[4] S. Murata, J. Namikawa, H. Arie, S. Sugano, and J.
Tani, “Learning to reproduce fluctuating time series by inferring their time-dependent stochastic properties:
Application in Robot learning via tutoring,” IEEE Trans.
Auton. Ment. Dev., vol. 5, no. 4, pp. 298–310, 2013.