生 産 と 技 術 第59巻 第4号(2007)
1
会人など広く地域社会に学術標本資料や大学で行わ れている先端研究の成果をわかりやすく提供するこ とも重要な役割になる.また,所蔵する標本資料の 情報をデータベース化し,一般に公開すると同時に その情報を共有した共同研究の推進も図らなければ ならない.つまり,学術標本資料に関して「収集・
保存」 , 「分析・活用」 , 「再現・展示」の科学を遂行 することが主要な博物館業務になる.
これらの機能を全部果たすためには,ドリームプ ランのように8000m
2もの面積が必要になるが,今 回整備が認められたのはその4分の1である.そこ で,上述の3つの目標をすべて満たす施設をつくる のは諦めざるを得ない.現時点でも,学内外に大阪 大学に博物館が存在していることすら知られていな い状況にあり,「再現・展示」を活発にして認知度 を引き上げる必要性を痛感していたので,常設展 示・企画展示を通じた社会貢献に資する施設の建設 を基本的な考え方とすることに決めた.大切な機能 である収蔵面積をとることを諦める結果となり,運 営委員会などで異論も出されたが,最終的には了承 していただいた.新展示場の基本コンセプトは,大 阪大学のモットーである「地域に生き 世界に伸び る」を具体化する「交流型ミュージアム」とし,各 フロアーの展示プランを策定した.
法人化以降の大阪大学の教育目標は,「教養・国 際性・デザイン力」の涵養である.この3つの目標 の達成に役立ち,かつ地域社会との連携機能をもつ
「交流型ミュージアム」の構築を目指して,展示内 容などを決定した.すなわち,大阪大学の「知の集 積」を中心に,さまざまな人・モノが行き交う場を 創出し,こうした交流を通じて,大学の基礎研究や 応用研究がどのように社会とつながっているかを発 信することを展示や映像等の制作の基本方針に据え た.
1.はじめに
じつは,3年前の本誌( 『生産と技術』第56巻No.
4)に「200X年の豊中キャンパス待兼山ゾーン」
と題して,当館のドリームプランを紹介させて頂い た . M u s e u m の 語 源 で あ る ギ リ シ ア 語 の Mouseion すなわち「学術研究の殿堂」にふさわ しい地下2階,地上4階で延べ床面積が8,000m
2の 新館構想である.しかし,現実の大学を取り巻く環 境は厳しく,年々その運営費交付金が削減される中,
ようやく,昨年度になって,待兼山修学館(旧医療 技術短期大学部本館,昭和6年築,3階建て2,100 m
2)を全面改修して博物館展示場とすることが学 内で認められた.
2.基本コンセプトの策定
ここで,ユニバーシティ・ミュージアムとして求 められている機能について簡単にふれておこう.最 初に求められるのが,学内に散在する166万点を超 える貴重な学術標本資料の保存と管理である.その 学術標本からの学術価値の新たな探索を独自にまた 共同で行うことも求められている.さらに,大学の 教養教育の一環として学術標本を用いた実物教育を 推進し,大学ばかりでなく,小・中・高等学校や社
大阪大学総合学術博物館のリニューアル・オープン
江 口 太 郎
*1947年10月生
大阪大学大学院理学研究科博士課程単位 取得退学(1976年)
現在,大阪大学総合学術博物館,館長,
理学博士,物理化学・文化財科学 TEL:06-6850-6710
FAX:06-6850-6720
E-mail:[email protected]
*Taro EGUCHI 夢はバラ色
Renewal Opening of the Museum of Osaka University
Key Words:New exhibition, Liberal arts,
History of Osaka University, Global communication.
2 生 産 と 技 術 第59巻 第4号(2007)
3.展示場案内
その仕掛けの第1段階として,親しみやすい博物 館にするため,1階にオープンテラスをもったミュ ージアム・カフェ(図1)とミュージアム・ショッ プを併設することにした.また,1−2階を吹き抜 けにした玄関ロビーの壁面にはマチカネワニのレプ リカを取り付け,話題性のある空間を演出した(図 2).バリヤーフリーであることも博物館としては
必須で,3階建てではあるがシースルーのエレベー タを設置した.その他1階には,2つの展示ゾーン を設けた.「世界にはばたく研究者」のコーナーで は,阪大在職中に書き上げた「中間子論」の論文で 日本初のノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹と初 代総長長岡半太郎など大阪大学の草創期の研究者た ちを紹介した.また「コンピュータの黎明期」のコ ーナーでは,工学研究科所蔵の真空管式電子計算機 1号機を移設し,それまでに普及していた機械式計
算機などとともに展示することにより,計算機の変 遷と現在のコンピュータシステムとのつながりをわ かりやすく解説した.
2階は2つの展示ゾーンで構成した.南側のウイ ングに「大阪大学の系譜」ゾーン(図3)をつくり,
阪大の精神的源流とされる懐徳堂(1724年)と適塾
(1838年)についての資料および1931(昭和6)年 に創設された大阪帝国大学にまつわる資料や旧制大 阪高等学校と旧制浪速高等学校の資料を展示し,わ が国有数の総合大学に発展した大阪大学の歴史を紹 介した.これは,地域の方々に対する大阪大学の紹 介という意味ばかりでなく,大学内の教職員・学生 に対する大阪大学への帰属意識の向上を図る目的も ある.
2階北側のウイングは「みる科学」のゾーン(図 4)である.展示ストーリーのキーワードを「みる」
として,学内から貴重資料を集めることにした.大 阪大学におけるミクロな世界の可視化への挑戦の歴 史である.光学顕微鏡(コッホの顕微鏡の展示)に よる細菌の研究,電子顕微鏡によるウイルスなどの 観察(わが国初の電子顕微鏡1号機や3号機の展 示),X線結晶構造解析によるシトクロームcの結晶
図1.ミュージアム・カフェ『坂』
図2.玄関ロビー
図3.大阪大学の系譜
図4.みる科学
生 産 と 技 術 第59巻 第4号(2007)
3
元を展示した.待兼山5号墳は,古墳時代中期(5 世紀後半)に築造された直径15mの円墳で,後世の 破壊により埋葬施設は失われていたが,古墳の周り を区画した溝からは埴輪や須恵器の破片が大量に出 土した.なかでも,もっとも大きな発見は大阪府下 ではじめて馬と馬を曳く人物(馬曳)の埴輪がセット で確認されたことで,新聞にもその研究成果が大き く報道された.
3階南側のゾーンには,企画展示場や学習室を配 置した.11月1日〜30日まで,大学祭の期間を挟み,
総合学術博物館第7回企画展「くるみ座と戦後関西 新劇の50年(仮題)」の開催を計画しているところ である.
屋上階は,非常に眺めが良い.待兼山の里山とし ての自然もよく観察できる.塔屋の小さな部屋を自 然教室コーナーとし,豊中と吹田の両キャンパスの 植生を学べるようにした.
4.おわりに
本稿を執筆している6月下旬は,まさに展示工事 の最終コーナーを回ったところである.そのために,
図版は予想図しか掲載できなかった.8月17日(金)
に完成の披露式展を予定している.翌日の18日(土)
からは一般公開を開始する.したがって,この記事 が出版される10月には自由に参観して頂けるはずで ある.これまでは,土曜日は休館日にしていたが,
この新展示場は日曜と祝日が休みで,月〜土曜日,
午前10時から午後4:30まで入場無料で公開してい る.読者の皆さんも是非ともお越しいただき,リニ ューアルした大阪大学総合学術博物館をお楽しみく ださい.
構造模型など「みる科学」の歴史を展示した.主役 の「モノ」ばかりでなく,そのモノを生み出した大 阪大学の研究者群像にもスポットを当てるようにし た.
3階に上がると,北側にはマチカネワニの実物化 石をはじめ,待兼山を中心にした地域の古環境や歴 史を学べるゾーン(図5)がある.1964年5月に豊 中キャンパス・理学部の建築現場から発掘されたマ チカネワニは,日本で初めて発見されたワニ類の化 石で,今では阪大の宝といってよいであろう.その 発掘から42年の歳月を経て,2006年になってようや くマチカネワニ化石骨格の完全記載論文が北海道大 学の小林快次らにより出版された.また,千葉大学 の百原新らはワニ化石が発見された大阪層群の植物 化石の詳細な分析を進め,ワニが生きていた50万年 前の植生や環境について最近新たな知見を得てい る.このコーナーではそれらのマチカネワニに関す る息の長い最新研究(スローサイエンス)の成果も 紹介する.隣接するコーナーでは,埋蔵文化財調査 室が2005年の待兼山周辺修景整備工事に伴う待兼山 5号墳の発掘調査で見つけた珍しい埴輪類の全形復
図5.待兼山に学ぶ