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多国間国際制度の形成に関する合理主義理論 "Rationalist Theory on the Formation of International Institutions"

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(1)WIAS Discussion Paper No.2010-006. 多国間国際制度の形成に関する合理主義理論 "Rationalist Theory on the Formation of International Institutions". December 4, 2010. 林 光(早稲田大学高等研究所) Hikaru HAYASHI (Waseda University / WIAS). 1-6-1 Nishiwaseda, Shinjuku-ku, Tokyo 169-8050, Japan Tel: 03-5286-2460 ; Fax: 03-5286-2470.

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(3) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 1. 導入. 1 1.1. 研究の背景. 今日、多国間国際制度は、一国のみでは解決のつかない全地球的な問題への多国間協力 を促し、その重要性を高めているが、同時に特有の問題も抱えている。それは、多国間国 際制度が一種の公共財であるという性質から生じている。誰にとっても有用な国際公共財 としての多国間国際制度は、いったん供給されると、対価を支払わない不届き者でも際限 なく利用することが可能になる。このため、誰もが需要しながら誰も供給したがらないと いう協調問題(いわゆる囚人のジレンマ)が発生する。国内社会であれば、中央政府が税 金徴収の見返りにその供給を一手に引き受けるという形で、この問題は解決される。しか し、中央政府のない国際社会においては、協調問題は深刻とならざるをえない。 この協調問題に対し、いくつかの解決策が模索されてきた。その一つである覇権安定論 によれば、中央政府のない国際社会においては、覇権国が国際公共財の供給という疑似政 府的役割を果たし、したがって、多国間国際制度の形成・存続には覇権国の存在が不可欠 であるとする。この主張に異を唱えたのがコヘイン(R. Keohane)であった1 。彼によれ ば、多国間国際制度の形成・存続には必ずしも覇権国は必要ではない。なぜなら、第一に、 囚人のジレンマは、一回限りのゲームでは非協力状態が均衡であっても、繰り返しゲーム 化すれば協力状態が均衡となるからである(覇権国抜きの国際制度の形成)。第二に、いっ たん形成された国際制度は、取引費用や情報の面で有用な機能を提供するため、既存の国 際制度を利用する方が、その都度アドホックな関係を結ぶよりも、関係国にとって有利と なりうるからである(覇権国抜きの国際制度の存続)。 しかし、このような協調問題の解決を楽観するコヘインの主張には、次のような疑問が 残る。それは、国際制度の形成は、実は協調問題というよりは調整問題なのではないか、 というものである。というのも、実際には、国際公共財の必要性についてよりも、むしろ その先の、公共財の具体的内容や費用分担の詳細についてこそ各国で意見が分かれ、全員 の合意を取り付けるのがはるかに難しいからである。最初にこの点を衝いたのは現実主義 者のクラズナーである2 。彼は、パレート境界線上を選ぶべきかどうか(協調問題)では なく、パレート境界線上のどこを選ぶか(調整問題)が真の問題であると指摘し、結局は パワーが最終結果を決めるのだと主張した。周知の通り、繰り返し囚人のジレンマでは、 無数の均衡がありうるため、どの均衡を選ぶかという調整問題こそが重要になる。. 1.2. 研究の目的. この疑問に対して、本研究は「国際制度の形成は調整問題ではあるが、クラズナーの主 張とは違い、パワーではなくルールこそが最終結果を決める」という仮説を立てる。それ は、新たな国際制度を作るための多国間交渉において、どのような意思決定のための手続 1. Robert O. Keohane, After Hegemony (Princeton University Press, 1984). Stephen D. Krasner “Global Communications and National Power: Life on the Pareto Frontier,” World Politics, 43-3 (1991), pp. 336-366. 同様の指摘として、Lloyd Gruber, Ruling the World: Power Politics and the Rise of Supranational Institutions (Princeton University Press, 2000). 協調問題と調整 問題については、Arthur A. Stein, “Coordination and Collaboration: Regimes in an Anarchic World,” International Organization, 36-2 (1982), pp. 299-324. 2.

(4) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 2. ルールが採用されるかによって、最終結果の行方が左右される、というものである。以上 のような仮説を検討するにあたって、本研究は、対人地雷禁止条約の形成過程を取り上げ る。対人地雷禁止条約体制は、安全保障分野の多国間国際制度であり、覇権国アメリカが 事実上排除されたという点で、つまり、パワーが効かなかった点で、注目に値する。 対人地雷禁止条約体制は、どのような特徴を持つのだろうか。当初、限られた影響力し かなかった対人地雷の使用禁止・全廃を訴える国際的な運動は、短時日のうちに急速に盛 り上がり、一九九七年の対人地雷禁止(別名オタワ)条約締結として結実した。そもそも 地雷の規制は、CCW(通常兵器禁止制限条約)の下で、一九八〇年議定書及びその一九 九六年改定議定書により試みられていたが、対人地雷の被害軽減という観点からは、この 規制はきわめて不十分なものであった。一定の要件を満たす地雷の生産・使用を許容する CCWと比べると、対人地雷に限定してではあるが、使用・保有・開発・移転を全面的に 禁止し、敷設地雷の全面除去と保有分の全面廃棄を定めるオタワ条約の規制は、画期的で あった3 。また、オタワ条約の形成過程(オタワプロセス4 )にあたっての、国境を越えた NGOネットワークの役割も見逃せない。地雷関連NGOは、対人地雷による文民被害が 解決すべき政治的問題であり、しかもその優先順位が高いのだということを世界に知らし めた。 つまり、このオタワ条約は 1ほぼ野放しの状況から、全面禁止へという急激な転換が、 2大国の後押しなしに、中小国やNGOの主導でなされた、 という二点において、国際政治上の事例として興味深い。 従来は、この現象の説明は、構成主義の独壇場であった5 。それによれば、対人地雷を 絶対悪とする規範の拡散こそが、オタワ条約締結につながる各国の選好と行動の変化をも たらしたとされる。同時に、この規範の拡散にはNGOの活躍が不可欠であったという点 も強調されるのが常である6 。しかし、こうした構成主義的説明には、次のような二つの 3 Mika Hayashi, “Ottawa Convention on Landmines in Two Perspectives: International Humanitarian Law and Disarmament,” in Sai Felicia Krishna-Hensel, ed., Global Cooperation: Challenges and Opportunities in the Twenty-First Century (Ashgate, 2006). この他、交渉過程の詳細については、Maxwell A. Cameron, Robert J. Lawson, and Brian W. Tomlin, eds., To Walk without Fear: The Global Movement to Ban Landmines (Oxford University Press, 1998) の各章や、Jozef Goldblat, “Anti-Personnel Mines: From Mere Restrictions to a Total Ban,” Security Dialogue, 30-1 (1999), pp. 9-23. を参照。 4 これは主に一九九七年に開催された一連の国際会議:ウィーンにおける条約草稿起草会議(二月) ;ブリュッ セルにおける公式フォローアップ会議(六月) ;オスロにおける条約起草会議(九月) ;オタワにおける条約調印 式(一二月)などを含む総称である。詳細は次を参照。Stuart Maslen, The Convention on the Prohibition of the Use, Stockpiling, Production, and Transfer of Anti-Personnel Mines and on Their Destruction (Oxford University Press, 2004), pp.26-44. 5 主なものとして以下を参照。Ricard Price, “Reversing the Gun Sights: Transnational Civil Society Targets Land Mines,” International Organization, 52-3 (1998), pp. 613-644; Kenneth R. Rutherford, “The Evolving Arms Control Agenda: Implications of the Role of NGOs in Banning Antipersonnel Landmines,” World Politics, 53-1 (2000), pp. 74-114; 足立研幾「対人地雷全廃レジーム形成過程の分析」 『国際政治』第一三〇号、二〇〇二年、一七五-一九一頁;足立研幾『オタワプロセス―対人地雷禁止レジーム の形成』 有信堂高文社、二〇〇四年;西谷真規子「多国間条約形成におけるトランスナショナル社会運動の 動的共振モデル」『国際政治』第一四七号、二〇〇七年、九五-一一五頁。 6 特に、Nicola Short, “The Role of NGOs in the Ottawa Process to Ban Landmines,” International Negotiation, 4-3 (1999), pp. 481-500; Kenneth R. Rutherford, “Nongovernmental Organizations (NGOs) and International Politics in the Twenty-First Century,” American Foreign Policy Interests, 23-1 (2001), pp. 23-29; Paul Wapner, “The Campaign to Ban Antipersonnel Landmines and Global Civil Society,” in Bryan McDonald, Richard Anthony Matthew and Kenneth R. Rutherford, eds., Landmines and Human Security: International Politics and War’s Hidden Legacy (State University of New York Press, 2004). を.

(5) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 3. 危険が内在する。 第一に、ある主体の選好を知るには、直接的に観測する術がない以上、実際にとられた 行動から推測するしかない。すると、どんな行動の変化も、選好の変化によるとしてしま えば、その主張は反証不能になってしまう(同義反復の危険)7 。 第二に、規範の拡散と行動の変化には、本当に因果関係があるのか、単なる相関関係に とどまるのではないか、という疑問も拭えない(内生性の危険)8 。 このような危険をはらむ構成主義的説明に対し、「安定した選好」という仮定を崩さな いまま同じ現象を首尾一貫して説明できたとすれば、そうした合理主義的説明の方が、簡 潔性(parsimony)や一般化可能性の点で、より優れていることになる9 。 本研究は、無規制から全面規制へという急激な現状変更が実現した地雷条約の形成過程 を、選好変化を前提としない合理主義の立場から説明しようとする。その際、条約交渉に おける手続ルールの違いに注目する。たとえば、全会一致方式のように各国が実質的な拒 参照。より批判的・懐疑的な観点に立つ論考としては、Kenneth Anderson, “The Ottawa Convention Banning Landmines, the Role of International Non-Governmental Organizations and the Idea of International Civil Society,” European Journal of International Law, 11-1 (2000), pp. 91-120; J Marshall Beier, “’Emailed Applications Are Preferred’: Ethical Practices in Mine Action and the Idea of Global Civil Society,” Third World Quarterly, 24-5 (2003), pp. 795-808. を参照。地雷問題に限らず、近年の国際政 治におけるNGOの影響や国境を超えた市民社会の成立可能性を概観したものとして、Richard M. Price, “Transnational Civil Society and Advocacy in World Politics,” World Politics, 55-4 (2003), pp. 579-606. 7 構成主義的説明によれば、規範の拡散により選好の変容が引き起こされ、それが結果の違いになって現れ たということになる。しかし、この主張には難点がある。ひとたび選好の安定性を放棄すれば、結局あらゆる 社会現象を選好の変容として説明することが可能となるからである。これは安易な後付けの説明につながりや すい。まして、その変数が観測困難であるならばなおさらそうした濫用の危険性は高まる。例えば、ある人物 の自殺の原因について「彼が窓から飛び降りたのはそうしたかったからだ」とするのは、それ自体は自殺の近 因として誤りではないものの、不十分であることは言うまでもない。行動の原因を選好に帰することから生じ る危険を一般的に論じたものとして、James D. Morrow, Game Theory for Political Scientists (Princeton University Press, 1994), p. 22; Jeffry A Frieden, “Actors and Preferences in International Relations,” in David A. Lake and Robert Powell, eds., Strategic Choice and International Relations (Princeton University Press, 1999), pp. 39-76; Duncan Snidal, “Rational Choice and International Relations,” in Walter Carlsnaes, Thomas Risse and Beth A. Simmons, eds., Handbook of International Relations (Sage Publications, 2002), pp. 73-94. 構成主義について特にそれを指摘したものとして、Paul Kowert, and Jeffrey Legro, “Norms, Identity, and Their Limits: A Theoretical Reprise,” in Peter J. Katzenstein, ed., The Culture of National Security: Norms and Identity in World Politics (Columbia University Press, 1996), pp. 451-497. 8 規範の受容と行動の変化がほぼ同時に現れたとしてみよう。これをもって「規範の拡散が原因となって行 動の変化という結果を生んだ」と結論づけるのは早計である。相関関係は必ずしも因果関係を含意しないから である。多くの構成主義者が、規範の拡散が行動の変化をもたらすとするとき、逆方向の因果関係の可能性を 見落としがちである。一つの可能性として、行動の変化に伴なって規範が変わっているだけかもしれない。そ の場合、実際には規範の拡散には行動の変化を説明する力が皆無であっても、その説明力を過大評価してしま うことになる。このように、独立変数が従属変数に影響を及ぼすだけでなく、逆に同じ従属変数もまた独立変 数に影響を及ぼす事態は「内生性(endogeneity)」と呼ばれる。このような双方向の因果関係が存在するとき、 バイアスの存在のために真の因果関係を見極めるのが困難になる。 「内生性」については、Gary King, Robert O. Keohane, and Sidney Verba, Designing Social Inquiry (Princeton University Press, 1994). の第五章第 四節を参照。対人地雷禁止条約の形成に関し、内生性と同内容の指摘をおこなったものとして、Rutherford, op.cit.(2000), p.106. を参照。ルーサーフォード自身は構成主義者であるが、自説に対するネオリアリスト的 批判(及びそれに対するさらなる反駁)を仮想的に試みている。それによれば、ネオリアリストであれば、地 雷禁止規範は(独立した説明力のない)随伴現象でしかないと批判するだろうという。 9 合理主義と構成主義とを比較しつつ概観したものとして次を参照。特に後者は、合理主義と構成主義が競合 関係というよりは補完関係にある点を強調する。Peter J. Katzenstein, Robert O. Keohane, and Stephen D. Krasner, “International Organization and the Study of World Politics,” International Organization, 52-4 (1998), pp. 645-685; James D. Fearon, and Alexander Wendt, “Rationalism v. Constructivism: A Skeptical View,” in Walter Carlsnaes, Thomas Risse and Beth A. Simmons, eds., Handbook of International Relations (Sage Publications, 2002), pp. 52-72..

(6) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 4. 否権をもつ場合と、多数決方式のように必ずしも全当事者の同意は必要とされない場合と では、たとえ各国の選好が不変であっても、どちらの手続ルールがとられるかによって最 終結果は異なりうる。同時に、その結果は大幅な現状変更を伴う可能性がある。このモデ ル化にあたり依拠するのは、「アジェンダ設定者(agenda setter)モデル」と呼ばれる国 内政治分野発祥の一連の研究である。このモデルを応用すれば、選好の変化を仮定するこ となく、現状から大きく離れた新制度の形成の可能性について検討することができる。本 研究は、完備情報下のアジェンダ設定者モデル、不完備情報下のアジェンダ設定者モデル、 をこの順に検討し、どのような条件の下で大幅な現状変更が可能となるかを示そうとする。 他方、本研究は、対人地雷禁止条約の形成過程を対象として、データによる検証も行 う。アジェンダ設定者モデルを利用した研究のほとんどは、これまでもっぱら数理的な分 析によるその定性的側面の解明に重心を置いており、いかに理論を検証するかという側面 については弱かった。もちろん事例分析はあったものの、それが果たして個々の事例を超 えた適用可能性を持つか否かは不明確であった。この背景には、各プレーヤーの理想点と いう、モデル上の重要な独立変数が、現実の場合、不完備(私的)情報であったという事 情がある。不完備情報とは、典型的には、当事者自身はよく知っているが、部外者には観 察できない情報をさす。各国の理想点は、こうした不完備情報性を持つ変数である。この ような場合、検証に際して事実上その変数が欠落変数となってしまい、そのため、理論か ら導かれる仮説を、個々の事例を超えて広範囲に検証することが、事実上不可能となって しまう。このような、重要変数の不完備情報性から派生する弱点を踏まえ、本研究では、 その直接的な解決として「不完備情報性を持つ変数の可視化」を試みる。つまり、観測不 能な各国の理想点を、観測可能な実際の調印・批准のデータに基づいて、仮想的に再現し ようとする。. 1.3. 研究の意義と構成. 本研究は、次の三点において意義を有すると考えられる。第一に、構成主義が最も説明 力をもつとされる事例に対し、合理主義の立場から対抗的説明を提示する。第二に、国内 政治で培われた分析手法を国際政治の領域に導入する10 。第三に、国際交渉における手続 ルールと交渉結果の関連性という、国際法と国際政治にまたがる境界領域を開拓する。こ れら三点は国際政治への新たな知見をもたらす。 以下、次のような形で議論を展開する。まず第二章では、本研究の諸前提、独立変数、 仮想例をこの順に述べる。ついで第三・四章では、条約形成過程のゲーム論モデルを、完 備情報版・不完備情報版の順に示し、均衡と含意を導く。第五章では、条約形成過程時の 各国の理想点を、データに基づき再現することを試みる。最後に、本研究の全体像を簡単 にまとめ、今後の課題について触れる。. 10. マーティンらは、国内政治の諸モデルを国際政治に応用しようという初期の研究は、いずれも不首尾 に終わったと指摘しつつ、近年における同種の研究は、国内・国際の双方で共通のモデルを利用する前提 (「合意の非拘束性」)を満たしているとし、その前途を楽観視する。ミルナーも同様の指摘をしている。 Lisa L. Martin, and Beth A. Simmons, “Theories and Empirical Studies of International Institutions,” International Organization, 52-4 (1998), pp. 729-757; Helen V. Milner, “Rationalizing Politics: The Emerging Synthesis of International, American, and Comparative Politics,” International Organization, 52-4 (1998), pp. 759-786..

(7) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 2 2.1. 5. 合理主義による説明 合理主義の基本的前提. 合理主義的説明では、安定した選好を仮定した上で議論を組み立てる。行動の変化があ るとすれば、それは外的環境や外的制約の変化に起因すると考える11 。これは、選好が変 化しないと主張するものではない。あえて選好の変化の可能性を理論の中に取り込むこと を諦め、その代償として理論の一貫性を確保しようとしているのである。仮に選好の変化 があり得たとしても、それを理論の中に取り込めば同義反復に陥る危険が避けられないた めの次善の処置である12 。 対人地雷条約の形成において、外的制約や環境に相当するものは何だろうか。さまざま なものがありうるが、本研究が特に注目するのは、条約の形成過程における多国間交渉の 様式、特にその手続ルールである。多国間交渉の手続ルールが新しいものへと変われば、 新ルールの下で新しい行動が最適となり、それに合わせて新しい制度が形成されるはずで ある。この意味で手続ルールは重要となる。. 2.2. 多国間交渉における意思決定方式. 多国間交渉は実質ルールを取り決めることが主要目的となるが、同時に、そのための手 続ルールも定められるのが常である13 。多国間交渉における手続ルールのうちでも、意思 決定の際にどのような手続に従うかは、とりわけ重要である。国際交渉においては、三つ の主要な意思決定方式が存在する。すなわち、多数決、全会一致、コンセンサスである14 。 それぞれ特徴をまとめると次のようになる。 多数決投票方式の下では、議案を立法化するには、事前に決められたある一定数を超え る国家の肯定的同意が必要となる。一方、全会一致方式の下では、現状に何らかの変更を 加えるためには、全ての当事者の同意が必要となる。現状に近い政策を望む当事者には現 状変更の誘因がないため、その意向が現状変更時の諸条項に反映されやすくなる。 つま りその当事者は実質的な拒否権を持つことになる。これに対し、コンセンサス方式の下で は、 「会の意向」と合わない立場の国々の意思が踏みにじられる形で決定がなされることも ありうる。しかし、主要国であるほど実質的な拒否権を行使できる可能性は高く、この点 でコンセンサス方式は全会一致方式に近い15 。不同意の者は、たとえそれがたった一人で あっても、最終的な票決へ持ち込んで議案を葬り去ることが建前上は可能である以上、コ. 11 ここでの選好概念は、政策に関する選好ではなく、結果に関する選好である。石田淳「コンストラクティ ヴィズムの存在論とその分析射程」『国際政治』第一二四号、二〇〇〇年、一一-二六頁。特に一八頁を参照。 12 Snidal, op.cit. 13 Shirley V. Scott, International Law in World Politics : An Introduction (Lynne Rienner Publishers, 2004), p. 172. なお、多くの国際会議では、手続ルールの決定には単純多数決が用いられる。これに対し、実質 ルールの決定には、国連総会での決定方式に倣い、3分の2の特別多数決が用いられるのが慣例となっている。 詳しくは、Robbie Sabel, Procedure at International Conferences : A Study of the Rules of Procedure at the UN and at Inter-Governmental Conferences (Cambridge University Press, 2006), pp. 318-322. を参 照。 14 Joseph Jupille, “The European Union and International Outcomes,” International Organization, 53-2 (1999), pp. 409-425. 15 Ibid., pp. 413..

(8) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 6. ンセンサス方式は、全会一致方式の非公式な一形態といえる。もっとも、全会一致方式と 比べれば、コンセンサス方式は国際組織における議事の妨げにはなりにくいとされる16 。 もともと国際組織内での意思決定ルールとしては全会一致方式が主流であった。自国の 望まない決定を妨げるための実質的な拒否権が、主権平等の大原則に基づいて、各国に保 障されていたのである。国際連盟規約における全会一致方式の採用がその例である。しか し、やがて経済分野の国際組織では、主権平等(一国一票)から不平等(加重投票)へ、 全会一致方式からコンセンサス方式へ、という移行が進んだ17 。近年の多国間交渉もコン センサス方式が利用される傾向にあり、多数決方式に基づく国連総会などの場は避けられ がちである。その背景には、参加国数の拡大により大国中心の少数派(先進国)と小国中 心の多数派(途上国)との対立が出現し、先進国が多数決方式での交渉を嫌ったという事 情がある18 。コンセンサス方式下の交渉でも結局は大国の意向が通る傾向はあるが、同時 に正統性や情報の確保の面での利点もあるとされる19 。 こうした意思決定方式の違いに関し、その重要性は時に指摘されるものの20 、多国間交 渉の成否に与える条件として十分に追究した研究は少ない。そうした研究の希有な例21 に おいてすら、意思決定方式はその他多くと並ぶ条件の一つに過ぎず、また、その理論的・ 実証的な裏付けも乏しい。これに対し、本研究は、特に意思決定方式の違いに焦点を絞り、 多国間交渉の結果に与える影響を解明する。. 2.3. 仮想例. ここで、仮想例による直感的な合理主義的説明を試みよう。 対人地雷の規制のあり方が一次元上の点として表わされるとしよう。それを図示すると、 直線上の点となる。左に行くほど規制を緩め、右に行くほど逆に厳しくするような政策を 表すとしよう。この直線上の各点(つまりさまざまな規制政策)に対し、各国は各様の好 みを持つものとする。緩い規制を好む国もあれば、厳しい規制を好む国もあるだろう。こ れら各国の好みの形状は、上に凸な放物線になっているとする。各国には最も好ましいと 考える規制政策(理想点)があって、そこが放物線の頂点に対応している。そして、そこ からずれるほどその国の効用が下がっていく。 16. Stephen Zamora, “Voting in International Economic Organizations,” American Journal of International Law, 74-3 (1980), pp. 566-608. 17 Ibid., pp. 566-608. 全会一致方式とコンセンサス方式の類似性については、Sabel, op.cit., pp. 315-317; pp. 335-338. なお、全会一致方式とコンセンサス方式の根本的な違いは、前者が投票による意思決定方式であ るのに対し、後者は投票によらない意思決定方式であるという点にある。Alan Boyle, and Christine Chinkin, The Making of International Law (Oxford University Press, 2007), pp. 157-160. 18 Barry Buzan, “Negotiating by Consensus: Developments in Technique at the United Nations Conference on the Law of the Sea,” American Journal of International Law, 75-2 (1981), pp. 324-348. 19 Richard H. Steinberg, “In the Shadow of Law or Power? Consensus-Based Bargaining and Outcomes in the GATT/WTO,” International Organization, 56-2 (2002), pp. 339-374. 20 例えば、マーティンらは二次ルール(ルールに関するルール:例えば国際制度内の投票ルール)に特に注 目し、その変更が、しばしば主体にとって思いもかけない形で働き、予想外の政策結果をもたらすことがあ る、と指摘する。Martin and Simmons, op.cit., pp.110-111. 一次ルールと二次ルールについては次を参照。 H.L.A. Hart, The Concept of Law (Oxford University Press, 1994). 21 例えば次を参照。Oran R. Young, “The Politics of International Regime Formation: Managing Natural Resources and the Environment,” International Organization, 43-3 (1989), pp. 349-375; I. William Zartman, International Multilateral Negotiation : Approaches to the Management of Complexity (JosseyBass, 1994)..

(9) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 7. さて、いま世界が三カ国からなるものとしよう。規制を嫌う順に、消極派(理想点は図 中の0)、中間派(理想点は図中の1/2)、積極派(理想点は図中の1)と呼んでおく。 このような世界において地雷規制のあり方をめぐる多国間交渉が行われるとき、果たして どの点が実現するだろうか。 実は、その答えは、どのような手続ルールが採用されるかによって異なってくる。以下 では手続ルールの典型例として全会一致方式と多数決方式とをとりあげ、それぞれにおけ る最適な提案がどのようなものになるかを比較検討してみよう。ただし、現状は無規制状 態(図中の0)であるとし、交渉決裂時にはこの現状点がそのまま残るものとする。 全会一致方式が採用された場合、各国は実質的な拒否権を得る。なかでも消極派は、そ の理想点はたまたま現状に重なっていることから、どのような提案がなされても拒否し、 あくまで現状を持続させようとする。全会一致方式の下では、他の二カ国(特に積極派) は、結果として実現する消極派の理想点0を、渋々ながらも受け入れざるを得ない。 一方、多数決方式が採用された場合、事情は大きく異なってくる。今度は、最低二カ国 さえ賛成すれば、どんな点でも成立しうるため、左右から中間派を抱き込もうとする動き が活発化する。いま仮に積極派が主導権を握ったとする。その場合、積極派はどの点を提 案すべきだろうか。中間派を味方につける提案として、1/2がよさそうに思われるかも しれない。しかし、この点は積極派にとってまだ最適ではない。というのは、中間派の支 持を失わないようにしつつ、さらに自国の理想点に近づけることが可能だからである。 それを理解するために、そもそも中間派がどのような点であれば受け入れるかを考えて みよう。中間派に与えられた選択肢は、現状点(0)をとるか、新提案(x)をとるかの二 者択一である。中間派は、この両者を比較して、より高い効用を与える方を選ぶ。いま、 中間派にとって現状点がどれだけの効用をもたらすかは、視覚的にわかる。だとすれば、 それと同等の効用をもたらす点を、中間派の理想点を軸としてちょうど反対(右)側に見 つけ、その点を提案すれば、そこは中間派に受け入れ可能で、なおかつ積極派にとっては より好ましい点になる。そのような点を図中で確認すると、積極派自身の理想点はこの条 件を満たしており、まさにその点こそが最適な提案(x =1)となっていることがわかる。 もっとも、実際には、中間派を無差別状態に置くことを避けるため、積極派は1よりほん の僅かに小さい点を提案することになる。 以上二つのケースを検討したが、両者の違いは意思決定方式のみで、三主体の選好自体 は不変であった。にもかかわらず、多数決方式が採用された後者のケースにおいては、選 好の変化を持ち出さずとも、結果として、0から1へという現状の大幅な変更が実現した ことになる22 。その他の意思決定方式の場合については、多数決方式と全会一致方式に準 ずるものとして解釈することが可能であろう。例えば、賛成3分の2以上の特別多数決の 場合は自明であるし、コンセンサス方式の場合も、その極限形態が全会一致方式であると 考えれば、全会一致方式下の結論を目安とできるはずである。 以上の例示において、天下り的に仮定されていた重要な条件が二つある。一つは誰が提 案の主導権を握るか、もう一つは現状点の位置である。これらの条件のうち、一つでも異 なると、最終結果も変わってくる。これらの条件は次節でより一般的に検討される。. 22. 換言すると、政策に対する各国の選好は制度変更に伴い変化したが、発生しうる結果に対する各国の選好 は一定のままである。石田、前掲論文、一八頁。.

(10) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 8. 消極派. 中間派. 0. 1 2. 積極派. 1. !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! !! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !!!. ! 規制. 図 1: 多国間交渉の例. 完備情報モデル. 3 3.1. 仮定. 本節では、前節の例を一般化し、さまざまな条件の下で異なる結果が得られることを明 らかにする。ここで依拠するのは、アジェンダ設定者(agenda setter)モデル23 と呼ばれ るものである。アジェンダ設定者モデルは、もともと議会研究24 などの国内政治分野で応 用され始め、近年では国際政治分野にも、例えば、EU のような国際組織内の政治過程25 、 2レベルゲームの文脈における二国間交渉26 、などにおいて積極的に応用されている。 アジェンダとは、複数の候補の中から最終的に一つを選ぶ意思決定の際に、どれとどれ とを一騎打ち方式で投票にかけていくかを定めた順番のことを指す。アジェンダ次第で最 終結果も変わってくるため、どのようなアジェンダが採用されるかが重要となる。アジェ ンダ設定者(アジェンダを決定する権限を持つ者)が「受諾するより修正する方がはるか に難しい提案」27 を行う権限を持つとき、自分の望む候補を最終結果として実現させるこ とが可能となる。このとき、アジェンダ設定者は半ば独裁的な権力を握ることとなる28 。 アジェンダ設定者モデルの概要は以下の通りである29 。プレーヤーは、一人のアジェン 23. 原論文は Thomas Romer, and Howard Rosenthal, “Political Resources Allocation, Controlled Agendas, and the Status Quo,” Public Choice, 33-4 (1978), pp. 27-43. その解説として、Howard Rosenthal, “The Setter Model,” in James M. Enelow and Melvin J. Hinich, eds., Advances in the Spatial Theory of Voting (Cambridge University Press, 1990), pp. 199-234; Jeffrey S. Banks, Signaling Games in Political Science (Harwood Academic Publishers, 1991); Nolan McCarty, and Adam Meirowitz, Political Game Theory: An Introduction (Cambridge University Press, 2007). 24 Barry R. Weingast, and Mark J. Moran, “Bureaucratic Discretion or Congressional Control? Regulatory Policymaking by the Federal Trade Commission,” Journal of Political Economy, 91-5 (1983), pp. 765-800. John Ferejohn, and Charles Shipan, “Congressional Influence on Bureaucracy,” Journal of Law, Economics, and Organization, 6 (1990), pp. 1-20. 25 Geoffrey Garrett, “From the Luxembourg Compromise to Codecision: Decision Making in the European Union,” Electoral Studies, 14-3 (1995), pp. 289-308; Geoffrey Garrett, and George Tsebelis, “An Institutional Critique of Intergovernmentalism,” International Organization, 50-2 (1996), pp. 269-299; Jupille, op.cit. 26 Helen V. Milner, Interests, Institutions and Information: Domestic Politics and International Relations (Princeton University Press, 1997). 27 Garrett and Tsebelis, op.cit., p.272. 28 Melvin J. Hinich, and Michael C. Munger, Analytical Politics (Cambridge University Press, 1997), pp. 160-161. 29 アジェンダ設定者モデルは最後通牒(Take-it-or-leave-it offer もしくは Ultimatum)ゲームを前提とし ている。それは次のようなものである。二人の当事者が協力から生じる余剰の配分の仕方をめぐって交渉し.

(11) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 9. ダ設定者と複数の意思決定者からなる。ゲームは、第一段階(アジェンダ設定者の手番)、 第二段階(意思決定者の手番)の順に進行する。まず第一段階で、アジェンダ設定者が一 次元上の政策空間から一点を選び、相手方に「提案」する。つぎに第二段階で、意思決定 者がこの「提案」を「受諾」するか「拒否」するかを決める。意思決定者が複数いること から、意思決定者全体としての統一的な態度(意思決定者全体としてこの提案を「受諾」 するか「拒否」するか)を決めなければならないが、その決定は一定の手続ルールに従っ てなされる。つまり、個々の投票者の賛否が、多数決などの手続ルールを通じ、意思決定 者の総意へと集約されるのである。このとき、どの手続ルールを採用するかによって、複 数の意思決定者のうち誰がピボット(キャスティングボートを握る者)になるかが決まる。 このピボットを取り込んだ側の意思が通ることになるため、分析にあたっては複数の意思 決定者の行動を個別に考える必要はなく、あたかもアジェンダ設定者とピボットの間の一 対一の駆け引きであるかのように見なすことになる。 それでは、具体的に、対人地雷の規制をめぐって行われるゲームを考えてみよう。この 場合単一争点に限っていることから、地雷規制に対する当事者の選好を一次元上の点に対 応させて表すことができる。前節の例と同様、一方の極に無規制派、他方の極に即時全面 規制派がいるという形になっているとする。 以下ゲームの構成要素を順に説明していこう30 。 プレーヤーは次のようになっている。 プレーヤー1:アジェンダ設定者 プレーヤー2:意思決定者(ピボット) プレーヤー 1 はアジェンダ設定者であり、提案を行う。プレーヤー 2 は意思決定者であ り、提案に対する賛否を投票で明らかにする。ここで、プレーヤー 2 として、本来多数い る意思決定者のうち、ピボット(投票結果の帰趨を決める立場にいる者)だけに注目する。 もともとは一対多のゲームであるが、前述の通り、ピボットに注目することで、実質的に 一対一の二人ゲームへと転換させるのである。 ではピボットはどのように決まるのであろうか。数多くいる意思決定者を理想点の低い 順に一列に並べると、そのうちの一人がピボットとして投票の帰趨を決めるはずである31 。 だれがピボットなるかは手続ルールによる。例えば、多数決方式の下では中位投票者が最 終結果を左右し、全会一致方式の下では全員が拒否権を持つ。 なお、このピボットの定義は国内政治を念頭に置いたものであり、多国間条約を最終成 果物とする国際交渉に対しては妥当しにくい。これは、国内立法と国際条約における成立 ているとしよう。このとき、提案とそれに対する意思表示の機会が一回限りであれば、提案する側が圧倒的 に有利になる。すなわち、双方の協力で生まれたはずの余剰は、提案する側によって一方的に奪いつくされ、 相手側に残されるのは、交渉しなかった場合に得られたであろう水準と大差ない。そのような搾取が可能と なるのは、提案される側に選択の余地がないからである。提案を拒否すれば、外部オプションからの(つま り、交渉しない場合に独力で確保できる)利得に甘んじるしかなく、だとすれば、外部オプションの利得を わずかでも上回るような提案がなされている限り、渋々ながらもその提案を受け入れる方が提案される側に とって合理的となる。これを見越して、提案する側は、一方的な提案をするのである。俗に言う「足元を見 る」状態である。もちろん、交渉が決裂すれば提案する側も損害を被るが、そのような状況は、決裂しない 程度の分け前をあてがうことで回避できる。アジェンダ設定者モデルは、基本的にこの最後通牒ゲームを踏 まえた構造をしているが、違いとしては、提案を受ける側が複数の主体からなること、各主体が様々な理想 点を持つという形で選好の単峰性が想定されていること、が挙げられる。 30 記法は Drew Fudenberg, and Jean Tirole, Game Theory (MIT Press, 1991) の Exercise 3.11(p. 104) に従う。 31 このように、問題となるのは順番であるため、理想点がどのように分布するかは仮定する必要はない。.

(12) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 10. 条件の厳しさの違いに由来する。すなわち、国内立法においては、多数決方式の下で、たっ た一人の中位投票者の投票が法案の死命を制する場合があるのに対し、国際条約では、成 立のための厳密な数的条件が規定されていないことが多く、ある国が反対票を投じたから といって条約が不成立になることはない。つまり、締約国の減少をいとわなければ、多国 間条約を成立させること自体は可能となる。このように、数カ国の向背は特に問題となら ないことから、ピボットを概念化する重要性は、国際政治においては相対的に低いといえ る。とはいえ、少数の国々しか関わらず、しかも大国が全く含まれていないような国際条 約は、実効性・存在価値が著しく低いと評価されるため、条約が実効性を持つために欠か せない国々、として国際政治上のピボットを再定義することは可能であろう。 実際のオタワプロセスにおいて、アジェンダ設定者に相当する国は、カナダであったと 推定される。カナダは地雷禁止を求めるNGOや志を共有する国々(コアグループ)と緊 密に連携をとりつつ、地雷禁止条約締結へ向けて主導権をとり続けた。カナダが事実上の アジェンダ設定者になりえた理由としては、二点挙げられるだろう。第一に、カナダが対 人地雷禁止派に有利な形式の国際会議を発案・主催したことである。カナダは、そうした 国際会議を主催するための経験32 、意思33 、機会34 に恵まれていた。第二に、オタワプロセ スを通じ、カナダら対人地雷禁止派が、賛成派からの代替案の提出を阻止し続けることに 成功したことである。禁止派の条約案は、コアグループの一員オーストリアによるもので あった。この草案には、七十を超える国々からコメントが寄せられたため、二国間・多国 間の交渉の結果として、その正統性は高かった。その一方で、この草案は、正式にはあく までもオーストリアの私案にとどまるため、コアグループの裁量で、自分たちの目的(つ まり対人地雷全面禁止)に適った意見のみを採用することができた35 。もっとも、理論的 には条約文全体が依然交渉対象として開かれており、オーストリア案と競合する条約を提 出させない努力も続けられていた36 。 実際のオタワプロセスにおいて、意思決定者に相当するのは、オタワプロセスに関わっ た全ての国である。そのうちピボットに相当する国は、どこだったであろうか。まず明ら かなのは、CCWとオタワプロセスとでは意思決定方式が違い、これにより誰がピボット になるかは両者において異なっていたということである。CCWにおいては、全会一致方 32 カナダは、かつて同種の国際会議をオタワにて主催した経験があった。それは、アイゼンハワー政権時 のオープン・スカイ(米ソによる相手の戦略兵器への相互査察)構想をNATO・ワルシャワ条約機構レベ ルで復活させようとしたものであった。この国際会議は、国連から独立に作られ、意図的に非コンセンサス 型意思決定方式が採用され、異例の短期日程に従っていた、という特徴があった。Brian W. Tomlin, “On a Fast Track to a Ban: The Canadian Policy Process,” in Cameron, et al., op.cit., pp. 185-211. 特に p. 203-204. 33 これは前外相ウレット(A. Ouellete)による早期の政策転換によるところが大きい。彼は政府開発援助 相時の経験から地雷問題を深刻に受け止めており、それまでカナダ外務省内で軽視されていた地雷問題の優 先順位を上げていた。それは後任の外相アクスワージー(L. Axworthy)の目に留まり、カナダ外交の新しい 目玉とされた。Ibid., pp. 191-194. 34 当時、失敗に終わったCCWでの交渉を引き継ぐ場として、CD(Conference on Disarmament: ジュ ネーブ軍縮会議)が最有力候補であったが、これもCCWと同じくコンセンサス型であったため、交渉が再び 失敗に終わることが予想されていた。国際世論の盛り上がりにより、対人地雷禁止に向けた新たな形の国際交 渉への需要が高まっていた絶好の機会を、カナダは逃さなかった。同時に、そこには、カナダが逡巡する間に、 みすみす他国(特にベルギー)に主導権を奪われかねないという危機感も働いていた。Ibid., pp. 202-203. 35 Thomas Hajnoczi, Thomas Desch, and Deborah Chatsis, “The Ban Treaty,” in Cameron, et al., op.cit., pp. 292-313. 特に p. 295. 36 Robert Lawson, Mark Gwozdecky, Jill Sinclair, and Ralph Lysyshyn, “The Ottawa Process and the International Movement to Ban Anti-Personnel Mines,” in Cameron, et al., op.cit., pp. 160-184. 特に p. 176..

(13) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 11. 式に近いコンセンサス方式が採用されたため、例えばインドのような現状を大きく変える ような規制を嫌う国37 が、ピボットとして実質的な拒否権を握ることになる。実際、コンセ ンサス方式が、CCWにおいて会議が遅々として進まない原因とされることが多い38 。一 方、オタワプロセス(オスロ会議)においては、コンセンサスが得られない場合には出席 者の3分の2による特別多数決を行うというルールが採用されたため39 、中間派がピボッ トとなったと考えられる40 。とりわけ、 「臨界国(critical states)」であったと衆目の一致 41 する英仏 が、ピボットの有力候補であろう。 プレーヤーの選択肢は次のようになっている。 プレーヤー1の選択肢: s1 ∈ R の提案 プレーヤー2の選択肢: s2 ∈ {s0 , s1 }(ただし s0 は現状点) プレーヤー1は、実直線で表される単一争点の政策空間上から一点を選び、自らの提案 とする。この提案を s1 と表す。プレーヤー1の選択肢は可能性としては無限に存在するこ とになる。これは、対人地雷の規制のあり方を一次元上に縮約したイメージである。一方 の極に無規制派がおり、他方の極に即時全廃派がいるような形を想像すればよいだろう。 一方、プレーヤー2はこの提案を「受諾」するか「拒否」するかを決める。「受諾」すれ ばその提案 が実現し、 「拒否」すれば元の現状点が存続する。現状点は s0 と表す。プレー ヤー2の選択肢を、どちらの結果であるかを問わず一つの記号で表したものが s2 である。 なお、このとき、提案に対する修正要求や逆提案などはできないものとする。つまり、 プレーヤー2に選べるのは、現状点か、提案を受け入れるか、という二者択一であるとし よう(take-it-or-leave-it offer の仮定)。これは、一般に「閉鎖ルール(closed rule)」と呼 ばれる条件である。国内議会においては、法律やその他の規定、慣習などによりこのルー ルに強制力が与えられるが、国際交渉においては、厳密にはこの閉鎖ルールが妥当しない 場合が多い。ただ、オタワプロセスに限って言えば、実質的には閉鎖ルールが成立してい たと言える。というのは、条約案を検討したオスロ会議においては、オーストリア案とい う交渉の土台が初めからが存在し、そこに本質的な変更を加えるのが困難だったためであ る42 。これは「受諾するより修正する方がはるかに難しい提案」というアジェンダ設定者 モデルの基本的仮定と整合的である。 各プレーヤーの選択肢を組み合わせると、次の結果がありうる。 提案の受諾: s1 が実現 37 J. Marshall Beier, “Siting Indiscriminacy: India and the Global Movement to Ban Landmines,” Global Governance, 8-3 (2002), pp. 305-321. 38 Ramesh Thakur, and William Maley, “The Ottawa Convention on Landmines: A Landmark Humanitarian Treaty in Arms Control?,” Global Governance, 5-3 (1999), pp. 273-301. 特に p. 285. 39 Lawson, et al., op.cit., p. 176; Michael Dolan, and Chris Hunt, “Negotiating in the Ottawa Process: The New Multilateralism,” in Cameron, et al., op.cit., pp. 392-423. 特に p. 410; 足立、前掲書、一八四一八五頁。 40 もちろん、オタワプロセスにおいて、地雷禁止賛成派の国々のみが参加する自己選択方式が採用され、反 対派がほぼ不参加だったことも影響している。 41 フィネモアらは、規範カスケード(多くの国が雪崩を打って当該規範を受け入れていく状態)が始ま る閾値の目安として、全体の3分の1の国が受け入れた状態という条件と、臨界国の賛成という二条件を 挙げる。彼女たちによれば、地雷問題における臨界国は英仏であった。Martha Finnemore, and Kathryn Sikkink, “International Norm Dynamics and Political Change,” International Organization, 52-4 (1998), pp. 887-917. 特に p.901 を参照。プライスは、臨界国として英仏に加え南アを挙げる。Price, op.cit.(1998), pp.634-636. 42 修正案を通すには3分の2の賛成が必要だった。足立、前掲書、一八五頁。.

(14) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 12. 提案の拒否: s0 が持続 つまり、ありうる結果は、プレーヤー1による提案 をプレーヤー2が受諾し、結果とし て提案 が実現する状態か、もしくは、プレーヤー1による提案かをプレーヤー2が拒否 し、結果として現状 が持続する状態のいずれかである。 プレーヤーの利得は次のようになっている。ただし、sˆ1 と sˆ2 は、順にプレーヤー1・2 の理想点を表す。 プレーヤー1の利得: u1 = −(s2 − ŝ1 )2 プレーヤー2の利得: u2 = −(s2 − ŝ2 )2 この関数形が意味するのは次のようなことである。各プレーヤーは、それぞれ最善と考 える政策を心に抱いている。例えば、対人地雷の即時全廃であったり、逆に対人地雷の無 制限使用の容認であったり、各国各様の「最善の政策」がありうる。各国にとっては、その 理想の政策が実現できればそれに越したことないが、完全な実現は叶わないまでも、そこ になるべく近い政策が実現できれば、一定の満足は得られるはずである。このような選好 は、単峰型の効用関数として表すことができ、その形状は、上に凸な放物線となる。これ らの放物線は、いずれもその頂点が各プレーヤーの理想点に対応しており、理想点から離 れるに従って効用が下がっていく状況を表す。単純化のため、その関数形は係数1の二次 関数とし、頂点の値(理想点が実現した場合の利得)は便宜的にゼロと置く。プレーヤー 間の違いは理想点のみである。また、これらの効用関数は完備情報であると仮定する43 。 ピボット以外の意思決定者の効用関数は、どのように定められるべきであろうか。結果 に影響しないため、通常これらはアジェンダ設定者モデルで設定されないが、あえて設定 するならば、ピボットの効用関数と基本的には同一で、理想点の部分だけ異なる形をとる と考えられる。つまり、それはピボットの選ぶ選択肢 が全プレーヤーに適用されることを 意味し、国内政治において投票結果が全プレーヤーを拘束する事実と整合的である。しか し、国際政治においては、ピボットの選ぶ選択肢 が全プレーヤーに適用されるとは考え にくい。不満を持つプレーヤーは交渉からの退出を選び、したがって、投票結果には拘束 されないと考えるのが自然だからである。その場合、ピボット以外の意思決定者の効用関 数には、ピボットの選ぶ選択肢 の代わりに、各自の選んだ選択肢(「受諾」か「拒否」)が 入り、それに応じた利得が与えられるべきであろう。このとき、「受諾」を選んだプレー ヤーは、投票結果に拘束されるため、通常のアジェンダ設定者モデルが当てはまる。他方、 「拒否」を選んだプレーヤーは、投票結果に拘束されない(条約に参加しない)ため、現 状点のときの利得が与えられると考えられる。 主体 選択肢 理想点 利得 最適反応. 1 s1 sˆ1 u1 s∗1. アジェンダ設定者 ∈R. = −(s2 − ŝ1 )2. 2 s2 sˆ2 u2 s∗2. ピボット ∈ {s0 , s1 }. = −(s2 − ŝ2 )2. 表 1: 記法一覧(s0 :現状点、sˆ2 < sˆ1 ). 43. 完備情報の仮定を緩めたアジェンダ設定者モデルとしては次節を参照。.

(15) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 3.2. 13. 均衡. ゲームの均衡は、定石通り、ゲームを後ろ向きに解くことで得られる。すなわち、ゲー ムの進行順序とは逆に、まず第二段階におけるプレーヤー2の最適な行動を確定し、つい で、その最適行動が第二段階でとられることを前提に、何が第一段階でのプレーヤー1の 最適行動となるかを確定する。このプレーヤー1・2の最適行動の組み合わせが、ゲーム の均衡(サブゲーム完全均衡)を与える。 ただし、このゲームの均衡は一意には定まらず、現状点およびプレーヤー1・2の理想 点の配置状況次第で異なってくる。そこで、二人のプレーヤーの理想点を固定した上で、 現状点のみを動かし、均衡がどのように移り変わるかを見ていくこととする。これにより、 あらゆる可能な配置を考慮した場合分けが可能となる。 なお、二人のプレーヤーの理想点を固定するとき、二通りの可能性がありうる。すなわ ち、アジェンダ設定者の理想点がピボットの理想点より大きい場合と、逆に小さい場合で ある。両者は対称的な関係にあり、全く同様に分析できるため、どちらか一方のみ検討す れば十分である。よって、以下 ŝ2 < ŝ1 を仮定する。つまり、アジェンダ設定者の理想点 は、ピボットの理想点よりも、政策空間上の右(+)側にある、とする。右(+)方向が、 より強い地雷規制を表すと考えるならば、アジェンダ設定者がピボットよりも地雷規制に 積極的であるという仮定を置いたことに等しい44 。 また、本質的なものではないが、均衡の記述の簡素化のため、以下の仮定を置く。一つ は、「プレーヤー1は、提案が拒否されて結果的に現状点が実現するよりは、初めから現 状点を提案して受諾される方をより好む」という仮定である。つまり、提案が拒否される と1は微小なコストを被る、と考えればよい。もう一つは、「プレーヤー2は、拒否と受 諾が無差別のときには受諾を選ぶ」という仮定である。これらの仮定を置かないと、均衡 の一意性が損なわれたり、微少量表現の頻用が避けられなくなる。これらの仮定は均衡の 記述がいたずらに煩瑣になるのを防いでくれる。 以上を確認した上で、まず第二段階におけるプレーヤー2の最適行動を確定する。プ レーヤー2にとって受諾可能な点の集合は、現状点と同等か、それ以上の効用を与えてく れる点である。そうした点のうち最も現状点から離れているのは、放物線の軸に対して現 状点を折り返した点である。この点と現状点の間にある点は、いずれもプレーヤー2に. 2 2 # 受諾"" " # (−(s1 − ŝ1 ) , −(s1 − ŝ2 ) ) " " " "提案 "2 1 "$ s1 #$ $$ $ % 拒否$$ $ % (−(s0 − ŝ1 )2 , −(s0 − ŝ2 )2 ). 図 2: ルール決定以降のゲーム像. 44. 逆の場合は、アジェンダ設定者がピボットよりも地雷規制に消極的であるということになる。.

(16) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 14. とっては現状点以上の利得を与える点であり、 「(対現状)被選好集合(preferred-to set)」 45 と呼ばれる。前述の通り、プレーヤー2は、新たに提案された点 と、現状点 との二者 択一を迫られている。よって、彼は、単に両方の点を比べ、新たに提案された点 が被選好 集合に入っていれば、そちらを選ぶ。 このようなプレーヤー2の被選好集合は、当然ながら、現状点がどこにあるかによって 大きく異なる。現状点がプレーヤー2の理想点から遠く離れているときには被選好集合は 大きくなり、逆に現状点がプレーヤー2の理想点に近づくほど被選好集合は小さくなる。 プレーヤー1は、この被選好集合内に含まれ、なおかつ自分の理想点になるべく近い点 を提案しようとする。これを念頭に、現状点を左から右へと動かしてみよう。すると、現 状点の移動に応じて被選好集合は伸縮し、いくつかの値を境として均衡が移行していくこ とが確認できる。 2 ŝ2 − ŝ1 (ピボットの理想点を軸としてアジェンダ設定者の理想点を 対称に折り返した点)が一つの境界となることに注意しつつ、プレーヤー1の最適な選択 を求めると、次のような a から d までの四つのケースへと場合分けされる。. !! !! !! b c !! !! !! !! !! !! !! !! !! !!! !! !! ! !! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !!!. 2ŝ2 − ŝ1. a. ŝ2. ŝ1 d. ! s0. 図 3: 場合分け. あらかじめ結果を示しておくと次のようになっている。   ŝ1     2ŝ − s 2 0 s∗1 =  s0    . ŝ1. if if if if. s0 ≤ 2ŝ2 − ŝ1 ···a 2ŝ2 − ŝ1 ≤ s0 ≤ ŝ2 · · · b ŝ2 ≤ s0 ≤ ŝ1 ···c ŝ1 ≤ s0 ···d. a:s0 ≤ 2ŝ2 − ŝ1 現状点が最も左にある場合である。このとき、現状点はピボットの理想点からすらも遠 く、したがって、ピボットは大胆な変革を受け入れることをいとわない。視覚的にも、ア ジェンダ設定者の理想点がピボットの被選好集合に含まれることが確認できよう。よって、 アジェンダ設定者は自分の理想点を提案する(s∗1 = ŝ1 )。 b:2ŝ2 − ŝ1 ≤ s0 ≤ ŝ2 現状点が徐々に右に動いて (2ŝ2 − s1 )よりも右に来た場合である。アジェンダ設定者 の理想点はピボットの被選好集合から外れてしまっている。このとき、アジェンダ設定者 が自分の理想点を提案しても、ピボットに拒否されてしまう。このため、アジェンダ設定 者は、ぎりぎり被選好集合に含まれつつも、なるべく自分の理想点に近い点 (2ŝ2 − s0 : 45. Milner, op.cit.(1997), p. 264..

(17) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 15. 現状点を、ピボットの理想点を軸に、対称に折り返した点)を提案する。この点が、拒否 されない範囲内で最も高い利得をアジェンダ設定者に与えてくれる。 c:ŝ2 ≤ s0 ≤ ŝ1 現状点がさらに右に動き、ピボットの理想点を超えた場合である。このとき、被選好集 合にぎりぎり含まれつつ、アジェンダ設定者の理想点に最も近い点となるのは、現状点に 他ならない。よって、現状点が提案されることとなる(s∗1 = s0 )。 d:ŝ1 ≤ s0 現状点が最も右にあり、アジェンダ設定者の理想点すら超えている場合である。このと き、アジェンダ設定者は自分の理想点を提案する(s∗1 = ŝ1 ) 以上四つのケースのいずれにおいても、ピボットの最適反応 は、提案が被選好集合に 入っている場合は受諾し、それ以外の場合は拒否するというものになる。この s∗1 と s∗2 の 組み合わせが均衡である。いったんこれらの均衡に落ち着くと、どのプレーヤーもそこか ら動く(自分の行動を一方的に変更する)誘因を持たない。仮に、均衡における最適提案 を新たな現状としてこのゲームが繰り返されたとしても、現状(すなわち元の均衡)が再 び提案されることになる。この意味で、ここに示された均衡は安定性を持つ。 実際のオタワプロセスは、a もしくは b のケースに妥当すると考えられる。CCWの失 敗を受けて、現状点がかなり左にあったと推定される一方、アジェンダ設定者のカナダの 理想点は、かなり右にあったと推定されるためである。現実に観察された大幅な現状変更 は、モデル上でも説明可能であったことがわかる。. 3.3. 含意. 以上確認した通り、このゲームでは、ある現状点が与えられると、それに対応した均衡 が定まる。これは、現状点を入力すると最適提案点が出力される一種の関数と見なすこと ができる。この関数の図示を試みよう。横軸に現状点 s0 、縦軸に均衡下での最適提案点 s∗1 をプロットする(図3)。すると、現状点の移行につれて最適な提案も変化していく様子 が見てとれる。図中の実線部は、横軸の現状点に対する最適提案点を縦軸に対応させたも のである。図中の点線部は、比較のため、横軸の現状点をそのまま縦軸にとったものであ り、45度線をなす。図中の上下方向の矢印は、点線部と実線部とが大きく乖離した状態 に注意を喚起するためのものである。. s∗1 ŝ1 ŝ2. !! !! !! ! ! ! " !! !' ( ( ' '( !! ! !! !! ! ! !! !" !! ! s0. &. 2ŝ2 − ŝ1 ŝ2. ŝ1. 図 4: 完備情報下の比較静学.

(18) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 16. まず、現状点 s0 がピボットの理想点 sˆ2 と重なる場合を考えよう。このとき、最適提案 はピボットの理想点と同じになり、ピボットの望み通りの結果が実現される。 次に、現状点 s0 がピボットの理想点 sˆ2 と異なる場合を考えよう。ここで、更なる場合 分けが必要となる。すなわち、現状点がアジェンダ設定者の理想点 sˆ1 に近い場合と、遠 い場合である。 前者の場合、現状点がアジェンダ設定者の理想点 sˆ1 に近づく(+方向への動き)につ れ、最適提案もアジェンダ設定者の理想点 sˆ1 に近づく。そして、いったん現状点が sˆ1 を 超えると、以後アジェンダ設定者の望み通りの結果 sˆ1 が最適提案として実現することに なる。 後者の場合、現状点は、ピボットの理想点 sˆ2 からも、アジェンダ設定者の理想点 sˆ1 か らも、遠ざかっていく(−方向への動き)。にもかかわらず、最適提案は徐々にアジェン ダ設定者の理想点に近づいていく。そして、いったん現状点がある一定値を超えると、以 後アジェンダ設定者の理想点が実現することになる。 まとめると、たまたま現状点とピボットの理想点が近接する場合以外は、アジェンダ設 定者の理想点に近い点が、最終結果として実現することになる。意外なことに、たとえア ジェンダ設定者の理想点と現状点とが離れていたとしても、ピボットの理想点と現状点と が離れている限り、アジェンダ設定者は自分の理想点を実現できることになる。同じ状況 が、地雷問題でも観察された可能性が高い。. 4. 不完備情報モデル. 以上のモデルに情報の非対称性を導入しよう。これまで試みられてきたアジェンダ設定 者モデルの不完備情報化は三種類が存在する。一つは、ピボットの理想点について、ピボッ ト自身は知っているがアジェンダ設定者が知らない状況である46 。もう一つは、現状点に ついて、アジェンダ設定者は知っているがピボットが知らない状況である47 。最後に、こ れら両者の情報の非対称性が双方向に組み合わさった状況である48 。 本論考における情報の非対称性は、 「アジェンダ設定者はピボットの理想点の位置を正確には知らない」 というものである。これは上記分類の第一に入る。地雷条約の形成において、現状点が わからないという第二の状況は考えにくいため、第二、第三の状況は分析対象としない。 このような不完備情報性を導入する意義は、情報の有無が与える、もしくは与えない 影響がわかるという点にある。つまり、アジェンダ設定者が、ピボットの理想点の情報を 完全に持つ場合と、逆に全く持たない場合49 とを比較することで、均衡における行動のう. 46 Sanford Morton, “Strategic Voting in Repeated Referenda,” Social Choice and Welfare, 5-1 (1988), pp. 45-68; Charles M. Cameron, Veto Bargaining: Presidents and the Politics of Negative Power (Cambridge University Press, 2000). 47 Jeffrey S. Banks, “Monopoly Agenda Control and Asymmetric Information,” Quarterly Journal of Economics, 105-2 (1990), pp. 445-464 48 Jeffrey S. Banks, “Two-Sided Uncertainty in the Monopoly Agenda Setter Model,” Journal of Public Economics, 50-3 (1993), pp. 429-444. 49 特に一様分布を想定するとき、アジェンダ設定者はピボットの理想点について、とりうる値の上限と下限 以外は全く知らないことになる。.

(19) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 17. ち、どれが情報の有無に関わりなく維持され、どれが情報の違いによって左右されるか、 といったことを明らかにすることができる。 ここで、先行研究のモデルと本研究のモデルの違いについて付言しておく。先行研究の モデルは、いずれも、理想点そのものの分布ではなく、理想点を軸として現状点と同等の 利得を与える点の分布、すなわち、そのプレーヤーが受諾可能な最大点の分布を扱ってい る。こうした処理は、分析を簡単化する利点があるが、直感的な把握が難しくなるという 欠点がある。これに対し本研究は、現状点よりも右側にアジェンダ設定者の理想点がある ケースに分析を限定することで、全プレーヤーの理想点を直接的に扱うことができるよう にした。このような直感的な把握の容易さが、本研究の利点となっている。. 4.1. 仮定. まず、sˆ2 < sˆ1 を仮定する。これが意味するのは、ピボットよりもアジェンダ設定者の 方が地雷禁止に積極的であるという状態である。 また、ピボットの理想点の分布として、[0, 1] 上の一様分布(0 ≤ s0 ≤ sˆ1 ≤ 1)を仮定 する。より一般的に表したい場合は、確率密度関数(pdf)を f ()、累積密度関数(cdf)を F () と表記することとする。. 4.2. 均衡. 不完備情報版アジェンダ設定者モデルの均衡50 は、以下に説明する各プレーヤーの最適 反応と信念の組み合わせである。 ピボットの最適反応. 今回のモデルではピボットの最適反応は無関係となるため省略する。. ピボットの最適反応 定石通り、後ろから解くことにより、まずピボットの最適反応を確 定させる。これは至極単純で、アジェンダ設定者による提案 s1 が、 被選好集合に入っていれば受諾し(s1 が実現)、 被選好集合に入っていなければ拒否する(s0 が実現)、 のがピボットの最適反応となる。 アジェンダ設定者の信念 アジェンダ設定者は、ピボットの理想点が一次元上のどこにあ るか知らない。前述の通り、ピボットの理想点の分布としては、[0, 1] 上の一様分布(0 ≤ s0 ≤ sˆ1 ≤ 1)を仮定する。 アジェンダ設定者の最適反応 ピボットの理想点(つまりそのタイプ)がアジェンダ設定 者にはわからないとき、どのような提案がアジェンダ設定者にとって最適となるだろうか。 まず、アジェンダ設定者にとって明らかに支配された提案、すなわち被支配戦略、が二 種類ある。これらは、他によりよい選択肢があるという意味で、そもそも劣った選択肢で あり、選ばれることはありえないため、初めから除外して考える。その一つは、現状点よ 50. 厳密にはベイジアン・ナッシュ均衡である。.

(20) WIAS Discussion Paper No.2010-006. 18. りも後ろ向きな(左側の)提案である。最悪自分の提案が拒否されても現状点が持続する 以上、アジェンダ設定者が現状点よりも後退した提案を出す意味は全くない。もう一つは、 自分の理想点よりも前向きな(右側の)提案である。いくらアジェンダ設定者が地雷禁止 を望むとはいっても、自分の理想点を超えてしまうような過激な現状変更を自ら提案する ことは合理的ではない。みすみす自分の効用を下げることになってしまうからである。つ まり、現状点に支配されるその左側の点すべて、および、アジェンダ設定者の理想点に支 配されるその右側の点すべては、初めから最適性を満たさないことが確認できるため、こ れらの点をまず除外しておく。 以上のように被支配戦略を除去しておくと、最適性を満たす可能性がある点は、現状点 とアジェンダ設定者の理想点の間の点に絞られることになる。アジェンダ設定者としては、 この間の点であれば、なるべく右の方にある点を選びたい。しかし、あまりに右の方に寄 りすぎると、ピボットに拒否され、現状点に落ち着いてしまう可能性が高くなる。つまり、 利得を上げるためには右に寄せる必要があるが、それにはリスクが伴うのである。 では、アジェンダ設定者はぎりぎりどこまで右に寄せられるだろうか。それは、ピボッ トの理想点を所与とすれば、ピボットの被選好集合の右端51 がちょうど s1 にのるところま でである。この点よりも右に行くと、ピボットに拒否される。 同じことをピボットの視点から考えてみる。アジェンダ設定者の提案 s1 を所与とする と、それを受諾するのはどのタイプだろうか。それは、ちょうど 2ŝ2 − s0 = s1 になるタ 1 イプを境界として、その右側にいる全てのタイプである。つまり、 s0 +s より右に理想点 2 がくるタイプは、この提案を受諾することになる。 まとめると、アジェンダ設定者が s1 を提案すると、アジェンダ設定者の信念によれば ピボットは、 1 sˆ2 < s0 +s というタイプの場合は提案を拒否し、 2 s0 +s1 sˆ2 ≥ 2 というタイプの場合は提案を受諾する、 ことになる。ピボットがどちらのタイプになるか、そしてその結果、拒否か受諾のどち らが実現するかは、一様分布の仮定に基づき計算可能となる。 以上からアジェンダ設定者の期待効用 EU1 は一般的に次式となる。. u1 (s0 )F. %. s0 + s1 2. &. '. + u1 (s1 ) 1 − F. %. s0 + s1 2. &(. 特に、sˆ2 に [0, 1] 上の一様分布を仮定した場合は、u1 の形も考慮して次式となる。. −(s0 − sˆ1 )2. %. s0 + s1 2. &. %. − (s1 − sˆ1 )2 1 −. s0 + s1 2. &. これを [s0 , sˆ1 ] の範囲で s1 に関して最大化すればよい。すなわち一階条件より、. ∂EU1 3s2 + s1 (−4 + 2s0 − 4sˆ1 ) − s20 + 4sˆ1 =0 = 1 ∂s1 2 51. ピボットの理想点が sˆ2 のとき、被選好集合は [s0 , 2ŝ2 − s0 ]。.

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