Part
1
東日本大震災の発生から8カ月が経とうとしている。 被災地では、今なお不安に耐えながら、多くの人々によ る復興に向けた取り組みが続いている。 今回の震災は、大学受験、大学教育にも大きな影響を 与えた。地震直後に予定されていた、2011年度の国立大 後期日程入試は、多くの大学で中止、あるいは試験時間 の繰り下げが行われた。4月に入っても、余震への警戒 と節電対策が続き、東日本の多くの大学で、新年度の授 業開始が延期された。 東日本大震災後、2012年度入試に臨む受験生たちは、 自分の進路をどのように考えているのだろうか。本特集 Part 1では、2012年度入試における震災の影響について、 第2回全統マーク模試での東北地区の志望動向を中心に 分析した。 また、各大学では、教員・学生による被災地の復興支 援活動に取り組んでいる。これらの直接的な復興支援に 加えて、支援活動を通して得られた新たな知見を災害対 策、復興のための研究に生かし、将来にわたって復興や 防災を担う人材を育成することも、教育・研究機関とし ての大学の使命であろう。そこでPart2では、今回の大震 災を経験した大学において動き始めた災害・復興研究につ いて、2大学の取り組みを紹介する。C
ONTENTS
Part 1 志望動向分析 ・東北地区の入試動向 ~東日本大震災の影響について~ ・コラム 進路指導への影響 Part 2 大学の災害・復興研究 ・東北大学 ・福島大学 …… p15 ……… p17 ……… p18 ……… p20東日本大震災
進路への影響と
大学の災害・復興研究
東日本大震災の影響は大学入試にも及んでいる。被災 者を対象に受験料を免除する大学や、特別入試の実施を 表明する大学も出ている。 受験生の志望動向においても少なからず震災の影響が 見られる。以下、この夏に河合塾が実施した第2回全統 マーク模試の結果をもとに志望動向の変化を確認してみ よう。 模擬試験受験者は東北地区全体では前年比 96.8%と なった。もともと東北地区の 18 歳人口は、少子化によ り前年から約3%減少している。これに加え、模試の受 験自体を見合わせている高校もある。特に福島県の受験 者は、前年同回模試から約1割減となっていることを前 提に以下の数値等をご覧いただきたい。 東北地区の受験生の志望動向 幅広く志望校を検討、他地区への流出も 国公立大では教員養成、医療系学部が人気 <図表1>は東北地区の受験生の志望校の記入状況を 前年と比較したものである。受験者数の減少に伴い、国 公立大・私立大ともに志望記入者数は減少しているが、 1人当たりの記入校数は増加している。また、国公立大・ 私立大併願者の割合が上昇していることも特徴だろう。 受験生が志望校を幅広く考えている様子がうかがえる。 <図表2>は、東北地区受験生の志望校の所在地区の 変化を見たものである。<図表2-A>は国公立大の状 況である。東北地区内の大学志望者数は、昨年の 14,607 人から 13,817 人(前年比 94.6%)に減少している。占 有率も、前年の 61.8%から 60.0%に低下しており、受験 生が他地区の大学に流れている状況が読み取れる。具 体的には、北海道地区が 856 人から 1,014 人(+158 人、 <図表1>第2回全統マーク模試 東北地区受験生の志望校記入状況 東北地区受験者数 29,933 人 → 28,973 人(前年比 96.8%) 国公立大記入者数 23,765 人 → 23,162 人(前年比 97.5%) 私立大記入者数 24,530 人 → 24,101 人(前年比 98.3%) 昨年 今年 国公専願 5,225人 17.5% 私専願 5,990人 20.0% 国公・私併願 18,540人 61.9% 志望校未記入 178人 0.6% 志望校未記入 147人 0.5% 国公専願 4,725人 16.3% 私専願 5,664人 19.5% 国公・私併願 18,437人 63.6%志望動向分析
東北地区の入試動向
~東日本大震災の影響について~
※「私立大」には短大・専門学校等を含む<図表 2 >第2回全統マーク模試 東北地区受験生の志望地域の変化 前年比 118.5%)、甲信越地区が 855 人から 1,013 人(+158 人、前年比 118.5%)と増加している。大学別では、北 海道大や新潟大で東北地区からの志望者の増加が目立 つ。南関東地区の大学の志望者は人数が減少しているも のの、占有率は昨年の 19.3%から 19.4%に上昇している。 <図表2-B>は同様に私立大の変化を見たものであ る。東北地区では、もともと地区内の大学よりも他地区 の大学志望者の方が多いという特徴があり、例年、模試 では東北地区内の大学への志望は約3分の1に留まって いる。今回の模試において、東北地区内の大学への志望 者数は、昨年の 27,922 人から 26,328 人へと減少(前年 比 94.3%)している。減少率は模試受験者の減少率を上 回っており、地区内大学の敬遠傾向は否めない。占有 率も 32.8%から 31.1%へとダウンしている。一方、他地 区の大学への志望者は、北海道地区(前年比 109.8%)、 北関東地区(前年比 116.5%)、南関東地区(前年比 100.1%)、近畿地区(前年比 109.2%)と近隣地域を中 心に増加傾向を示している。 東北地区受験生の志望系統は、全国動向と同様の動き を示しており、全体的には文低理高である。国公立大で は教員養成課程および医療系学部の人気の上昇が感じら れ、志望者は増加傾向を示している。私立大では、理・ 工・農・医療といった理系各分野の志望者が軒並み増加 している。一方、法・経済といった社会科学系は国公立 大・私立大ともに不人気が明らかである。 東北地区の大学の動向 他地区・他県からの志望は減少傾向 次に、東北地区内の大学の動向について確認してみよ う。 <図表3>は主な大 学の志望動向をまとめ たものである。地区内 の拠点大である東北大 の志望者数は 5,814 人 (前年比 87.5%)と減 少した。東北大の志望 者は、他地区出身受験 生が多いのが特徴で、 今回の模試でも4割以 上を占めている。他地 区出身の受験生は前年の 2,912 人から 2,432 人(前年比 83.5%)に減少しており、志望者の減少は他地区志望者 の減少率が高いことが影響している。 国公立大で最も志望者減少率が高かった福島大は、福 島県の模試受験率が低下したことも影響している。志望 者の減少は人文社会学群で目立っており、なかでも不人 気系統でもある経済経営学類の志望者が4割以上減少し ている。 地区内私立大で最も受験者数が多い東北学院大は、東 北地区受験生の志望者が 7,758 人から 6,966 人(前年比 89.8%)へと減少した。県別に見ると宮城県は志望者が 若干増加しているが、他県では1~3割の減少となって いる。 <図表3>第2回全統マーク模試 東北地区大学別志望者数 <国公立大(前期日程)> <私立大(抜粋)> 大学名 志望者数 大学名 志望者数 昨年(人) 今年(人) 前年比 昨年(人) 今年(人) 前年比 弘前 1,881 2,023 108% 青森 562 553 98% 岩手 2,246 2,132 95% 八戸工業 439 483 110% 東北 6,645 5,814 87% 弘前医療福祉 345 388 112% 宮城教育 823 768 93% 弘前学院 467 584 125% 秋田 1,172 1,155 99% 岩手医科 1,328 1,462 110% 山形 2,258 2,146 95% 盛岡 1,765 1,672 95% 福島 1,169 825 71% 石巻専修 429 342 80% 青森県立保健 539 561 104% 尚絅学院 1,006 870 86% 青森公立 278 267 96% 仙台 807 786 97% 岩手県立 708 625 88% 仙台白百合女子 382 498 130% 宮城 648 679 105% 東北学院 7,987 7,155 90% 秋田県立 206 204 99% 東北工業 880 962 109% 山形県立保健医 274 248 91% 東北福祉 4,573 4,218 92% 会津 191 175 92% 東北文化学園 871 812 93% 福島県立医科 368 362 98% 東北薬科 1,422 1,267 89% 地区計 19,406 17,984 93% 宮城学院女子 1,623 1,572 97% 秋田看護福祉 542 562 104% 日本赤十字秋田 361 417 116% ノースアジア 475 360 76% 東北芸術工科 885 958 108% いわき明星 568 486 86% 地区計 29,649 28,043 95% 昨年 今年 東北地区 61.8% その他 地区 3.5% 甲信越地区 3.6% 北海道地区 3.6% 南関東地区 19.3% 北関東地区 8.1% 東北地区 60.0% その他 地区 4.0% 甲信越地区 4.4% 北海道地区 4.4% 南関東地区 19.4% 北関東地区 7.7% 大学所在地 東北地区 北関東地区 南関東地区 北海道地区 甲信越地区 その他地区 昨年(人) 今年(人) 前年差 前年比 A:国公立大の状況 昨年 今年 東北地区 32.8% 東北地区31.1% 南関東地区 57.4% 南関東地区57.7% 北関東地区 3.1% 北関東地区3.6% 北海道地区 1.8% 北海道地区2.0% 近畿地区 2.4% その他地区 近畿地区2.7% 2.5% その他地区2.9% 大学所在地 東北地区 北関東地区 南関東地区 北海道地区 近畿地区 その他地区 昨年(人) 今年(人) 前年差 前年比 B:私立大の状況 14,607 1,915 4,569 856 855 836 13,817 1,780 4,473 1,014 1,013 931 -790 -135 -96 +158 +158 +95 94.6% 93.0% 97.9% 118.5% 118.5% 111.4% 27,922 2,620 48,872 1,551 2,071 2,088 26,328 3,052 48,902 1,703 2,261 2,469 -1,594 +432 +30 +152 +190 +381 94.3% 116.5% 100.1% 109.8% 109.2% 118.2% ※ 志望者数 300 人以上の大学を抜粋 ※ 志望者数は延べ数 (一般方式・センター方式計)
進路指導への影響
●東北だけでなく、関東地方への進学も躊躇する傾向が見られる。 (静岡) ●東日本への希望は明らかに減った。名古屋会場での国立大入試 も今年は減ると思う。(愛知) ●関東方面、東北方面への志望が、多少減少傾向にある。(兵庫) 地元志向は震災前から見られる傾向であったが、震災 による被害が小さい地域でも、地元志向が強まっている ようだ。その背景としては、経済的な事情だけでなく、 家族と離れて生活することへの不安などが考えられる。 ●今まで以上に自宅からの通学を希望するようになった。北海道 内でも遠くの国公立大学より、自宅から通える私立大学などを 希望する。(北海道) ●地元や隣接府県への希望が多くなったと思う。(福井) 正確な情報把握と伝達が求められる 震災からの復興は進路を考えるきっかけにも 東北地区の大学について、進路指導上どのように扱う か、戸惑いを感じている先生が多い。 ●東北地区の大学を希望する保護者から、今後の放射能の拡散の 問題を心配し、志望校変更を考えているとの話を聞きました。「必 要以上に神経質にならないでほしい」という思いはありますが、 保護者を説得するまでの材料がないような気がします。(茨城) ●東北地方の大学が、すべて震災によって大きな影響を受けてい るような感覚を持っている傾向がある。そのため、受験や進学 の際に、あまり神経質にならないように声かけをしていく必要 を感じる。(静岡) また、今回の震災を踏まえた指導を模索するコメント も見られた。 ●単純に脱原発、新エネルギー推奨といった文脈では世の中成り立 たない。特に理系はリスクを含めて研究することが必要であるこ とをこれからも冷静に語っていきたい。(愛知) ●自分の進路を日本社会の復興、自分自身の社会貢献に結びつけて 考えさせていく指導が今まで以上に必要だと感じています。(東京) ※ 志望者数 300 人以上の大学を抜粋 ※ 志望者数は延べ数 (一般方式・センター方式計) 高校教員は、進路指導への震災の影響についてどう感 じているか。「学部選択への影響」「大学選択への影響」「進 路指導上の課題」の3点について、ガイドラインのモニ ターとなっている高校教員にアンケートを行った。 医療・看護系志望者が増加 将来の就職への不安も背景に 志望学部の検討においては、無回答あるいは「影響は ない」という回答が多かった。3年生は、今春の段階で すでに志望学部などは定まっており、震災による影響は 少なかったかもしれない。ただし、医療・看護系の志望 者の増加については、震災を背景としていると感じてい る先生も多い。 ●医療系への関心を示す生徒は増えた。地元のために、地元の大 学で学びたい生徒も増えた。(宮城) ●医療や建築など、救命や復興に携わる仕事に就きたい生徒が増 えました。(宮城) ●看護や医療系への関心を持つ生徒が増えているように思われる。 (東京) ●医療や心理など、人々の健康・生活への貢献を重視する傾向が やや強まった。(広島) また、震災による経済の低迷や、雇用の厳しさへの不 安が、進路選択に影響を及ぼしているというコメントが 見られた。 ●将来の就職も考えつつ、より堅実な学部学科選び。(青森) ●就職が難しくなると思い、就職の良い、医療・看護系や他の国 家資格の取れる学部を目指す生徒が増えた。(広島) ただし、安易な資格志向に対しては、懸念する声もあっ た。 ●自分の適性と関係なしに、就職だけを考えて、安易に医療系を 考える保護者・生徒(特に保護者)が増えた。後悔しないか心 配である。(広島) 東北・関東地方の大学を敬遠 地元志向の強まりを実感 西日本の先生からは、東北地方だけでなく、関東地方 も敬遠する傾向を感じているとの声があった。また、東 北地方の中では、宮城県から福島県への志望者が減少す るなど、原発事故に対する不安による志望の変化を感じ るとの声があった。 ●原発の影響から、福島の大学を敬遠する保護者が増えました。(宮城) ●福島県は隣県ですが、福島大学など福島県内の大学を志望する 生徒は極端に減りました。(宮城) 編集部より 先行きが不透明な状況を懸念し、東北地方の大 学を敬遠する傾向は否めない。漠然とした不安に 対しては、正確に情報を把握し、生徒・保護者に 周知していくことが必要だろう。 さらに、この困難を乗り越えるべく、各大学で は新たな学問・研究の展開も見られる。Part2 にも あるように、復興には幅広い学問分野の知見が求 められる。震災の課題や今後の復興を生徒の進路 研究と結びつけ、自分の将来や志望学部をより深 く考えさせることもできるのではないだろうか。従来の理系の災害研究に 文系からのアプローチも加えて共同研究 「 防災科学研究拠点 」 設置の経緯について、同拠点リー ダーの平川新教授は、次のように語る。「2003 年の宮城 県北部沖地震、2004 年の新潟県中越地震をきっかけに、 近い将来、発生することが確実視されていた宮城県沖地 震に備えた研究、社会貢献活動に、大学として取り組ん でいくべきであると考え、まずは教員のグループとして 発足しました」 この組織の最大の特色は、工学、理学、地理学、心理学、 情報学、行動科学、経済学、都市計画学、資料保全学な ど、多様な専門分野の教員が結集し、「 学際融合 」 によ る東北大学の学術資源の活用を目指していることだ。 「従来の災害研究では、地震予知は理学、耐震構造は 建築学と、理系分野からのアプローチが中心でした。し かし、文系の学問が貢献できることも少なくありません。 例えば私の専門である歴史学では、古文書の記録から過 去の災害の状況を読み取ることができます。古文書は政 治や経済などの観点から研究するのが主流ですが、防災 の視点で読み直すことで、新たな発見が生まれる可能性 があるのです。問題はそのような貴重な資料が、かつて 役人を務めていた旧家の蔵に埋もれていること。今回の ような大地震の被害に遭うと、村の行政文書などは価値 が分からず、散逸してしまいます。そこで、私の研究室 では、地震で傾いた蔵で処分されそうになっていた資料 を緊急搬出し、修復するとともに、電子化して保存する 作業を進めています」(平川教授) そのほか、被災者のメンタルケアは「心理学」、被災 した企業の事業継続性の確保は「経済学」、防災の大き な役割を担う町内会の組織づくりは「社会学」など、災 害研究が専門ではないが災害にかかわる研究をしている 文系の教員が数多く参画している。 多様な学問分野の教員が集まったことによって、共同 で問題解決を図る研究も活発化している。「個々に研究 テーマを深めるだけでは、社会のニーズに応えることは できません。社会で実際に生じている問題は、極めて複 雑で、複数の学問分野の叡知を集めなければ解決できな いものが多いからです」(平川教授) 例えば、災害で怪我をした人をスムーズに病院に運ぶ にはどうすればいいのか。道路の陥没、橋梁の落下など の事態も想定して、交通工学の教員が消防や警察と協力 しながら、最適な経路のシミュレーションを実施してい る。その際、重傷者と軽傷者で優先順位や運ぶ病院に違 いがあるため、医療系の教員のアドバイスが必要になる。 「地震警報や津波警報の適切な在り方も研究していま す。人が警報をどのように認識して、どのように行動す るのかについての研究は心理学の範囲になりますが、こ れに、無意識での反応はどうなっているのかについて、 脳科学の見地からもアプローチしています」(平川教授) 研究拠点が核となって 復興支援活動が迅速かつ円滑に この防災科学研究拠点を組織していたことによって、 今回の地震発生直後から、迅速に大学としての支援活動 平川新教授
Part
2
大学の災害・復興研究1
東北大学
学問の枠を超えた「知」を結集し
「学際融合型」の防災科学研究拠点を形成
東日本大震災により、研究機器で約 352 億円、建物の建て替え・改修で約 450 億円の被 害があった東北大学。2011 年度の後期日程入試、卒業式も中止となった。しかし、その後、 87% の建物では安全性が確認され、4月末には講義を再開、ゴールデンウィーク明けには 新入生も受け入れ、現在は平静を取り戻している。 同大では、2007 年度から 「 防災科学研究拠点 」 を組織し、防災研究に積極的に取り組ん できたが、今回の東日本大震災を踏まえ、新たに災害科学研究に取り組む計画である。<図表>東北大学における災害研究の展開 が展開されたという。 「おそらく研究拠点 がなければ、各教員が バラバラに支援活動に 取り組んでいたことで しょう。研究拠点が自 治体などとの窓口にな り、ニーズに応じて専 門の教員を派遣することができました。さらに、現場に 赴けば、教員の専門分野以外にも問題は山積みです。そ こで、現地の教員と研究拠点が情報を共有することで、 東北大学としてさまざまな課題に対応することが可能と なりました」(平川教授) すでに各自治体の復興構想計画の立案に、研究拠点の 教員がアドバイザリースタッフとして数多く参画してい る。津波対策としてどの規模の堤防を築く必要があるの か、共同体を維持しながら沿岸から高台移転を図る方法 や、移転が困難な地域で住居を建て直す場合はどのよう な構造が求められるのかなど、具体的な研究がスタート している。 今年 4 月には全学的な研究機構も設置 さらに「災害科学国際研究所」を新設予定 4月末には、全学的に地域再生の研究成果を集約する ネットワークとして「災害復興新生研究機構」が発足し た<図表>。 「研究拠点があったとはいえ、今回の震災の影響は想 定を超えるものであり、対応には限界 がありました。自然災害だからやむを 得ないという考え方もあるでしょう が、それでは科学技術は進展しません。 深い反省に立って自己点検し、弱点を 強化して、新たな課題に対応できる体 制を構築することが、本学に課せられ た使命です」(平川教授) 現在、「 災害科学国際研究推進 」「地 域医療再構築」「環境エネルギー」「地 域産業復興」「情報通信再構築」の5 つの大きなプロジェクトを中心に、各 教員からの提案による 100 を超えるプ ロジェクトが動いている。 この内、災害科学国際研究推進プロジェクトを担う研 究機関として、2012 年4月には 「 災害科学国際研究所(仮 称)」 も新設される予定だ。構想としては専任教員約 40 名、学内の兼務教員約 20 名の体制になる見込みである。 これまでの防災科学研究拠点の取り組みを継承しなが ら、低頻度巨大災害対策や原子力事故など、今回の東日 本大震災で明らかとなった新たな課題にも取り組んでい く。 異分野の知見・発想に触れる 学生への教育効果も大きい このような災害研究は、学生への教育にも反映される。 「研究拠点の教員も、学部や大学院で教えています。 教員の研究室・ゼミに所属している学生は、卒業論文、 修士論文のテーマとして災害・復興研究に取り組み、現 場の実情を踏まえた問題解決型の研究を進めています。 従来は、学年が進むと自分の専門分野に研究が特化して いきますが、災害研究では多様な学問分野の教員が関与 しています。そこで、異分野の知見に触れる効果は大き く、視野や発想を広げています」(平川教授) さらに、災害科学国際研究所立ち上げ後には、災害科 学の教育プログラムの構築も視野に入っている。「学部・ 大学院に災害科学関連の講座・プログラムの開設も検討 したいと考えています。また、防災士や自治体職員な ど、社会人の中にも災害科学の専門知識を学びたいとい うニーズがありますから、それに応える体制も整えてい きたいと考えています」(平川教授) 蔵などから運び出された古文書 2007 ∼ 2010 年度 2011 年度 2012 年度∼ 東北大学 防災科学研究拠点発足 「地域の人間と社会を災害 から守るための実践的防災 学の推進」 ●災害情報の先端処理によ る防災・減炎システムの 開発 ●被災者の救助・ケアの高 度化研究 東日本大震災 ●巨大地震・巨大津波・原子力発電 事故等の複合的な大災害 ●これまでの「科学技術システム」 の弱点・限界の浮き彫り 災害復興新生研究機構 復興・地域再生支援研究 総合研究開発拠点形成 地域医療再構築プロジェクト 〔医学系研究科、病院等〕 環境エネルギープロジェクト 〔工学・理学・環境科学研究科、金研等〕 地域産業復興プロジェクト 〔工学・経済学・農業研究科等〕 情報通信再構築プロジェクト 〔電機通信研究所、工学・情報科学研究科等〕 東北大学災害科学国際研究所(仮称) ・災害リスク研究部門 ・人間・社会対応研究部門 ・地域・都市再生研究部門 ・災害理学研究部門 ・災害医学研究部門 ・社会連携部門 災害科学国際研究推進プロジェクト 〔新設:災害科学国際研究所(仮称)〕 宮城県沖地震対策
教員・学生による多様な支援活動から 大学として組織的に対応する体制を整備 福島大学では、地震発生直後に、行政政策学類の教員 を中心に、有志による「災害復興研究所」を組織し、活 動を開始した<図表>。 「2004 年の新潟県中越地震の際、行政政策学類の教員 と学生が一緒に、山古志村や柏崎市比角地区で、子ども の学習サポートなどの支援活動を行いました。その経験 を踏まえて、地元のために大学としての役割を果たして いきたいと考えたのです」と、研究所メンバーである丹 波史紀准教授は語る。 他の学類でもさまざまな支援活動が展開されるように なり、4月 13 日には、全学を挙げて、より組織的に対 応するために「うつくしまふくしま未来支援センター」 が発足。現在は、「 子ども・若者支援 」「復興計画支援」 「環境エネルギー」「企画・コーディネート」の4部門で 構成されており、災害復興研究所は 、 主に 「 復興計画支 援部門 」 を担っている。 さらに、7月には「ふくしま連携復興センター」が 設立され、その事務局を災害復興研究所が担っている。 「これは、自治体、NPO、企業などと連携して、民間レ ベルでの復興を考えるセンターです。宮城、岩手と比較 すると、福島はボランティアが少ないのですが、これは 『受援力(支援を受け入れる力)』が備わっていないこと が大きな要因です。小規模な NPO が多く、ボランティ アの申し出があっても、対応しきれないのが実情です。 そこで、地域の NPO 同士が連携できる組織を作り、効 果的な支援を可能にする基盤を構築したいと考えていま す」(丹波准教授) また、災害復興研究所は復興支援に積極的な企業との 窓口にもなっており、すでに、ソフトバンクか ら携帯電話、東芝から避難所で使用する洗濯機、 土屋鞄製作所からランドセルの提供を受けたほ か、避難指示区域の工場が操業停止となったエス エス製薬からは、栄養ドリンクの売り上げの5% が大学による復興支援のために寄付されている。 幅広い学問分野からアプローチするために 大学や企業などと連携 このように、学外の NPO や企業などと幅広く 連携して支援・研究を進めているのが、災害復 興研究所の特徴である。「今回の大震災で生じた 丹波史紀准教授 <図表>災害復興研究所の活動領域 行政機関 国 福島県 被災基礎自治体 研究機関 国内外の大学・ 研究機関 民間セクター 企業・NPO等 原発事故からの 再生のための 国際的な 研究拠点 産業・災害復興・ 再生可能社会 のための 人材育成 原発事故 環境システム 再生可能 エネルギー システム 災害情報 システム 災害時医療・ 保健・福祉 システム 産業復興 システム 被害者生活再建 システム 被災自治体 復興システム 災害教育支援・ 防災教育システム 再生可能社会の 現実
大学の災害・復興研究 2
福島大学
他大学、企業、自治体などと連携して
現実の課題に適用できる研究を推進
福島大学は、今回の地震による直接の被害は小さく、福島第一原発からも約 60km と距 離があり避難を要する地域ではない。5月には授業も再開し、教育・研究は平常通り行い つつ、放射線量計測や相談窓口の設置など、警戒と対策を講じてきた。 原発事故収束の見通しが立たない中、地域に根ざす国立大学として、避難者・被災者へ のボランティア支援や、復興に向けた産業政策支援などに、自治体や NPO、他大学、企業 などと連携して取り組んでいる。課題は、1つの学問分野 からのアプローチでは解 決できないものばかりで す。大学の垣根を越えて、 幅広い学問分野の専門家 の協力が不可欠になりま す」(丹波准教授) 現在、災害復興研究所では、科学技術振興機構の 「 戦 略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)東日本大震災 対応・緊急研究開発成果実装支援プログラム 」 に採択さ れた 「 応急仮設住宅の生活環境改善のための統合的実装 活動プログラム 」 が進行している。 「仮設住宅の結露・騒音などのハード面での生活環境 改善や、孤独死を防ぎ、高齢者や子どもにも配慮したコ ミュニティの形成などのソフト面での研究を、現場の実 態を調査しながら進めています。また、福島の仮設住宅 は、1 万 6,000 戸のうち 6,000 戸を県内の建設業者に発 注しました。そのほとんどが県内の木材を使用した木造 仮設住宅です。木造ですから、将来、一般住宅への転用 も可能ですし、産業や雇用の創出にもつながっています。 その成果を検証することによって、今後、震災が発生し た際のモデルケースにもなると考えています」(丹波准 教授) 仮設住宅の結露問題の改善は長岡技術科学大学の材料 工学の教員、建物の配置や植栽の工夫による生活感の向 上は日本大学工学部の教員、被災者のストレス軽減に関 しては関西大学の教員と連携している。また、音を遮断 する素材の技術を有するテイジンなどの企業も参画して いる。 また、「 三井物産環境基金 2011 年度東日本大震災復 興助成 」 に採択された 「 大震災にともなう福島県の広域 避難者に対する緊急実態調査と生活再建に関する研究 」 の調査も進んでいる。 「原発事故の影響で、福島県からは自主避難も含めて 5 万 6,000 名以上の住民が県外に流出しています。避難 先は全都道府県に及んでおり、この方々が孤立感を深め ています。そこで、全世帯が避難した双葉郡8町村の約 3万世帯を対象に、実態調査を実施しています。現在の 状況、今後の希望など、住民の声を拾い上げて、その結 果を自治体に提供することで、民意に基づいた復興計画 の立案に寄与したいと考えています」(丹波准教授) この実態調査も、旧赤坂プリンスホテルに避難した人 へのアンケートを共同実施した上智大学、阪神・淡路大 震災を経験している関西学院大学災害復興制度研究所と の共同研究で行われている。 ボランティア活動を通して 問題意識が触発された学生も 福島大学では、地震発生直後、体育館に避難所を設け て、被災者を受け入れた。その支援に数多くの学生がボ ランティアとして携わった。それがきっかけとなって、 5月には学生団体 「 災害ボランティアセンター 」 が発足 し、現在、約 200 名が登録している。県内の他大学との 連携も図り、学生間のボランティアネットワークを構築。 県内各地の仮設住宅で避難所新聞の作成、義援金を集め るためのフリーマーケット、子どもリフレッシュサマー キャンプの開催など、多彩な活動を実施している。 「 ボランティア活動を通して、問題意識が触発された 学生も少なくありません。私が担当している『社会福祉 課題研究』の授業では、従来は社会福祉施設での実習が 中心でしたが、学生からの発案で、仮設住宅の調査を行 うことになりました。各地の仮設住宅には入居率にバラ ツキがあります。その要因を調査する試みです 」(丹波 准教授) これまでの活動を通して、新たな課題も出てきている。 例えば、今回の大震災では、仮設住宅以外の民間借り上 げアパートに避難している人も多い。そうした人々の孤 立も大きな課題だ。そこで、丹波准教授は、2000 年の 噴火で全島避難を経験した三宅島の事例を学生と一緒に 調査。避難住民が自主的に連絡会を組織し、電話帳も作 成したという実例を参考に、避難者間のネットワークの 構築を提案していきたいと語る。 また、現行の被災者生活再建支援法は、地震や台風な どの自然災害により住居が全壊するといった被害を想定 しているため、今回のような原発事故で住居は無事だが 避難するという事態は対象となっていない。この状況に 対しても、法制度の整備を提言するべく、議論が進めら れている。 「自治体の職員は、目の前の課題に対処することで手 いっぱいだというのが実情でしょう。長期的な視点で、 全体を見渡して、客観的、総合的な提案をすることが、 大学の使命になると考えています」(丹波准教授) 南相馬市の木造仮設住宅(防音のため、 部屋の間に空間が設けられている)