岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第30号(2010ll)
在 日コリア ン二世 ・三世の二文化環境への態度 とメ ンタルヘルス
(1) 一 文 化 的 ア イ デ ンテ ィ テ ィの 自己 認 識 に 関 す る面 接 調 査‑AttitudestowardaBiculturalEnvironmentandMentalHealthamongSecond‑and Third‑GenerationI(oreanJapanese(1)
‑ Self・CognitionofCulturalIdentityfrom anInterviewSurvey‑
李 正 姫 ・田 中 共 子
LEE,Jung‑hu
主&
TANAKA,Tomokoはじめに
1 長期異文化滞在者における二文化環境への態度 とメンタルヘルス
移民の受け入れの歴史が長 く,人々の国際的流動性が高い西洋諸国では.異文化圏から移入 して き て定住す る.長期異文化滞在者の心理学的研究が蓄積 されているDBerry.Klm.Power,Young良 BuJakl(1989)による.カナダにおける移民の文化変容態度 (acculturatlOnattitudes)の概念モデルは よく知 られているが そこでは移民の文化変容態度が4類型で捉えられている。(》 「文化的アイデン ティティと特徴」を維持 したいか どうか,(多 「ホス ト社会 とのよい関係」 を維持 したいか どうかとい う観点に.「はい」と「いいえ」の姿勢 を想定 して分類する。両方 「はい」の移民は 「統合」(mtegratlOn) とされるo②のみ 「はい」で(Dが 「いいえ」は 「同化」(asslmllatlOn).反対に①のみ 「はい」で②が
「いいえ」は 「分離」(Separation)とみなされる. ともに 「いいえ」なら 「周辺化」(marglnallZat10n) とみ られる。そ してそれぞれの度合いを数値化するため.カテゴリーごとに複数の項 目群を設定 した 質問紙が作成 されている。例 えば.カナダにおける韓国系移民の友人関係 に関する 「分離」の項 目と して."ほとんどの私の友達は韓国人で.なぜ なら,カナダ人と一緒にいるより気が楽だから"などと 尋ねられているo
Ward&Kennedy(1994)は,Berryらの調査項 目では 母文化 とホス ト文化を二元的に捉えるモデル であ りなが ら.アイデンティティは母文化,関係性はホス ト文化 に関する問いを中心に構成 されてい るうえ.「伝統的なライフスタイルをやめてカナダのライフスタイルにしているか」など.設問に二者 択一的な表現が用い られている点に問題があると考 えた。そ して両文化 をより独立的に捉 えて測定す るため,同胞民族 との類似度(slmllarltyforco‑nat10nals)と.ホス ト民族 との類似度(slmLlarlty for hostnatlOnals)を分けて,同文化 をどれだけ取 り入れて暮 らしているか 具体的な認知 と行動 を自己 評定 させ るほうが よいと考 えたO この考 え方に即 して.Ouarasse&VandeVIJVer(2005)は.オラン ダの二世移民を対象に.文化変容態度に関する質問紙調査 を行 ったOオランダの生活習慣や出身文化 の梯子 に合わせて,「ホス トへの態度」 と 「エスニ ック‑の態度」について.例えば 「あなたはホス ト の食べ物が好 きですか」 と 「あなたはエスニ ックの食べ物が好 きですか」 といったように.同文化に
在E]コリアン二世 三世の二文化環境への態度とメノタルヘルス(1)李 正姫 田中共子
関 して同 じ内容 を問 う構成で尋ねている。その結果.ホス ト‑の評定 とェスニックへの評定には有意 な相関は見 られず.両者が独立である可能性が示唆 されたO
文化移行者の出身環境 と移入環境への態度をもとに.対比的な4分類を行 うモデルは広 く用いられ てお り,異文化滞在者のメンタルヘルス研究でも使われているoKhrlShnan
&
Berry (1992)は.イ ン ド系のアメリカ移民を対象 に面接調査を行い 文化変容態度の4分頬 とメンタルヘルスとの関連を 調べたOその結果,文化変容ス トレス との間で,統合は負の相関,分離 と周辺化は正の相関が認め ら れたが.同化は関連が見出せ なかったと報告 しているO総 じて移民は.移住国での永住者 という身分 を持つことか ら,母国との連帯感 を放棄することにな り,精神的困杜を抱 えると述べている。Ouarasse ら(2005)は,展望論文の中で.文化変容態度 と文化変容の結果 との関係を調べた研究では.後者の変 数 として主に心理的な適応度合いをみているが,知見は一貫 していないと述べているO例えばメンタ ルヘルスへの影響 をみて も.ホス ト文化‑の同一視 (ldentiflCat10n)が強いほうが抑 うつ度合いは低 いという報告(Ghaffarlan,1987)がある一方で,より強いエスニ ノクへの同一視 (ldentl丘cat10n)があ ると臨床心理的な適応問題が少ないこと (Ward&Kennedy,1994)を報告 した研究例があるというO結果には総 じて一貫性がないとして も.これは調査する移民集団や受け入れるホス ト社会が多様な うえ.測定の項 目内容や尺度の構成,測定する症状の重篤度などが一棟でないことによ る のではない か と思われる。 しか しエスニ ックやホス トの集団への同一視は 排他的な一次元上のモデルで捉 える より,独立の二次元 を想定 して解釈する概念モデルが.近年 は支持 される傾向にある (Ouarasseら.
2005)。それぞれへの同一視は異なる心理的機能を持 っている, と考えるのが妥当だろう。
長期の異文化滞在者は.異文化環境 において,生活習慣の再編成 とい う外界 との調整に加 えて,文 化的アイデ ンティティなど内心の混乱か らもス トレスが生 じている。このため,メンタルヘルス的に はハイリスク集団とな り得る要素 を抱 えているといえよう。二文化環境への態度は様々な測定が工夫 されて きたが,それらがメンタルヘルスの度合いと有意に関連する可能性 を.考えてもよいだろう0 2 日本における在 日コリアン
(1)本研究の視点
本研究では.在 日コリアンを対象に.エスニ ックとホス トの二つの文化的環境への態度 とメンタル ヘルスに注 目していきたい。そこで現在広 く用いられている.エスニ ック文化や社会への肯定的 ・否 定的態度,ホス ト文化 社会‑の肯定的 否定的態度を組み合わせた4分類の考え方 を,二文化環境 への態度 として採用 したい。海外の先行研究では,こうした態度を測定する方法は一通 りではないが ここではまず 「統合的態度
」
「同化的態度」
「分離的態度」
「周辺化的態度」を.広義のゆるやかな分類 として想定 し.探索的研究を通 じて漸次的に概念の精教化 を図ってい くこととしたい0まず在 日コリアンの研究の流れを このテーマに示唆が得 られるものを中心に.概観 してい く。総 じて社会学的な研究が多 く 心理学的な研究は希薄であ り 精微 な測定や尺度化は乏 しい。海外にお いては移民のメンタルヘルス研究が積み重ねられているが.在 日コリアンに対 しては.筆者の見る限
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り,二文化環境への態度 とメンタルヘルスに関する報告が蓄積 されているとはいい赦いOただ し文化 的アイデンテ ィティや ホス ト文化の受容.母文化の維持に関する示唆などは見 られるので.二文化 環境への態度をある程度推測することはで きるだろうO社会学的な背景を持つ研究の問題膏故 と 心 理学的な研究が解明 しようとする現象は必ず しも重なるとはいえないが,以下ではそ うした視点の違 いを鑑みつつ,在 日コリアンの研究例をひとまず概観 L そこか ら心理学的な示唆を探 してみたいO
(2)在 日コリアンの経緯
韓国 朝鮮 と日本 との人の行 き来は歴史が長いが.現代の 日本社会で 「在 日コリアン」 といった場 合は.第二次大我前後の経緯 に焦点を当てた走轟がよく使われている。谷 (1995b)は,「戦前 ・戦中 の 日本の植民地支配 と.戦争直後の朝鮮半島の政治的鴎難の もとで,朝鮮半島か ら日本へ来た者 とそ の子孫の うち.韓国 朝鮮籍 を持 っているか もしくは,たとえ日本国籍 を取得 した後 も自民族への 一体感や帰属意識を抱 きつつ 日本 に定住 している人々」としている。福岡(1993)は 「植民地時代の強 制連行か出稼 ぎを横 にE]本に定住 した人たち」 と捉 え.「植民地支配下での生活解体によって,渡 日を よぎな くされた移行の経緯がある」 と述べている.社会学的には近世の歴史的な流れに注 目した捉 え 方が強調 されているようだが.岩井 ら(1995)は 「在 日韓国人は移民者のような存在だ」 とも例 えて いるO心理学的な移民研究 との連続性 を見出せ る可能性 を,考えて もよいだろう.
(3)在 日コリアンにおける二文化環境への態度に関する示唆
在 日コリアンの二文化環境への態度を直接調べた心理学的研究は見当たらないが,社会学的な示唆 はみ られるo まず一世の文化変容態度について.金(1999)は,民族 という枠組みのみを持って自分た ちの存在 を説明 しようとした. と述べている。 この点では,心理的には一世はホス ト社会 と距離 を持 ち.同胞 との強い結びつ きに支えられて生 きる 「分離的態度」 をとっていた可能性が考えられる。
日本で生 まれ育 った二世 三世 については.原尻(1989)は 文化的に日本人に同化 している面が強 く.現実に文化変容 を受けていると述べている。宋(2001)は.在 日韓国 朝鮮人の若い世代は.現代 の 日本の若い世代 と同 じ考え方 と行動をする.と述べているO福 岡(1993)は.在 El韓国人の面接調査 か ら.二世 .三世は,空気を吸 うように自然 にEl本文化 を吸収 内面化 している, と述べているOこ れは,ホス ト文化への合流が進んでいるという意味で,「同化的態度」に重なる部分が多いだろう。 し か し.加えて出身文化への態度が背走的なものであるなら.「統合的態度」の可能性 もあろう。
福 岡(1993)は.祖国で成長 し民族文化 を自然に内面化 した上で渡 E]してきた一世の同化 と.El本で 生 まれ育った二世 ・三世の同化 は.分けて考えるべ きだと述べ,両者に同化的な現象が存在するとの 認識 を述べているO このことは.同化の質的差異 を想定することで解釈で きようOつまりその意図や 必然性は異な り.一世は生 きてい く手段 としてやむを得ず同化 したが,それは表面的.部分的に周 り に合わせていたに留 まるのか もしれないO二世以降は特別な努力 を要 したというより.む しろ自然に 同化 しているらしいことから.成育する際の社会化の過程でホス ト文化の内在化が起 きてお り.同化 的態度が心理的に も完成 している状態にあることを示唆 しているように思われる0
在 Elコリアン二世 三世の二文化環境への態度 とメンタル,ヘルス(1)李 正姫 田中共千
林(2001)は.在 日韓国人を対象 とした質問紙調査で,二世 三世 に対 して.「母国に対する愛着度
」
と 「日本への帰化願望」をそれぞれ評定法によって尋ねている.愛着 に関する 「非常に かなり愛着 がある
」
「どちらともいえない」
「あまり 全 く愛着を感 じない」の3カテゴリ‑と,帰化に関する 「是 罪 .できれば帰化 したい」
「あまり.全 く帰化 した くない」の2カテゴリーを組み合わせて.回答者を 6セルに分けている.続いて.愛着あ り/帰化 したい,愛着なし/帰化 したい.愛着あ り/帰化 した く ない.愛着な し/帰化 した くない,の4セルの回答者のみをとりだ して.両属志向,帰化志向.伝統 志向.個人志向 と名づけたOそ して,これ らは統計的に弁別はされたが,愛着 と帰化の評定が片方の み高い人に比べて,両方高い人や両方低い人の特徴 はつかみに くかった と述べ,その上で,両方低い 人たちには 「個人志向」があるようだと論 じている。両方低い人たちは海外‑留学 した り.外資系企 業 に就職するなと. 日本社会にとどまらない 「移動」 をすることがあ り.差別的評価から自由になる ことを願 っている人が多いと述べている。なお,愛着について 「どちらともいえない」 と回答 したこ とによって.6セルか ら除かれて,上記の4分類に含 まれない2セルに属 した人たちは.全体の180%にのぼった。その彼 らの特徴づけが不明 という問題は残 る。だが少な くとも愛着 も帰化志向も「低い」
人たちが,両文化に距離 をとっているという意味では,「周辺化的態度」に重なる部分 を持ったカテゴ リー と解せ るだろう。
「周辺化的態度」を示唆する知見は.他にも見つかる。福 岡(1993)は.二世 三世へのインタビュー 調査か ら.独 自の4類型 (帰化志向.狙 酷志向.共生志向,個人志向) を提唱 した。個人志向が一つ の類型 として立て られ.「日本社会 における自己の生育地への愛着心が薄 く.在 日の歴史へのこだわ り
も少 ない人たち」 とされているOその特徴 は
.
0個人的成功や自己実現 を追求 し.②そのために 「移 動」 を し,③対人関係面では民族 国籍 といった属性 にとらわれず,④菜耕 自体 を評価する"個人主 義的''な考 え方を持 っている人々との付 き合いに解放感 を抱 くこと. とされているO両文化のカテゴリーを離れたがるとい う点で.これ も 「周辺化的態度」 と重なる発想 といえよう.
Berryら(1989)の周辺化は
,
「文化的アイデンティティと特徴の維持」
「ホス ト社会 とのよい関係の 維持」をともに否定するという定義に過 ぎず.代わ りに何 を志向 し.何 を求めるのかは未詳のままと いえるo またBerryら (1989)は 「母文化的アイデ ンティティ/ (母文化に関わる)文化的アイデ ン ティテ ィの保持 ・ホス ト社会 との良好 な関係」を尋ね 心理的な自己認知 と他者 との関係性 という社 会心理学的な変数を測定 しているのに対 し.柿 (2001)は 「母国に対する愛着度 ・帰化願望」.福岡 (1993)は 「日本社会 における自己の生育地への愛着度 朝鮮人の被抑圧の歴史への重要度」を測定 し 社会的な選択や認識に焦点を当てている。こうした違いはあるが Berryらの区分 した 「母文化アイ デンティテ ィやホス トとの関係性に消極的」な人 も.後者 らが見出 した 「日本の生育地にも民族的単 位からも距離 をとる」人 も.「周辺化的態度」に含 まれる可能性が高いだろう。その中で 「個人的皮 功 を追求する」
「上空に飛邦する生 きかた」 を望む人たち (福岡,1993)が さらなるサブカテゴリーを構成する可能性が考えられるだろう0
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「周辺化的態度」のサブカテゴリーとなる可能性のある概念は 他にも兄い出だされる。辻本ら(1994) は 「親 と子が見た在 日韓拭 ・朝鮮人白書」 という香箱の中で
,
「El本社会の中で ‑ ・」 という文章完 成法の問いを設け 以下のような記述 を得ている。ある40代の親は.子供世代に託す望みとして.荏 E]韓国 ・朝鮮人である前に人間なので,一人の人間として生 きていけたらいいのだが,と記 していた とい うO他の親世代の中にも,今 日の在 日二世 三世は.新人種 だ.国籍意識が低いというかそうし た意識 を持つ ことがで きない集団である,と述べたものがあった という。匡はき意識の低 さの指摘 と.そ れに代わる捉 え方 として.より普遍的な 「人間として」 という表現 を用いていることが注 目される。教育 ・文化人類学者の原尻(1989)は.在 日朝鮮人が 自分 を 「自由人 国際人 その他」で認識する ケースが増加 していると述べている。先の辻本 ら(1994)による自由記述の報告の中には.粂EfIカテゴ リーに距離を置 く考え方が紹介 されているO「民族の自覚 をもっ ことは大切だが,あまりに強い民族主 義的傾向は.外国に居住 しているものとしてはあまり好 ましくな く.韓国人 として過剰意識を持たな くて もいいと思 うが.韓国人としてのプライ ドを持つことは大切だと思 う」 と雷かれたものがあると い う。教育社会学者の金(1999)は.従来は民族 とい う枠組みが個 を抑圧する権能を果たし.集団的ア イデンティティが誇示 されていたと述べたうえで.今は‖個人としてのアイデンティティの尊重 ''が主 張 され.「在 日朝鮮人 としての自分」ではな く,「個人 としての自分」をみてほ しい. と感 じる世代で あると述べている.従来の在 日コリアンが民族カテゴリーをかな り強調 して きたこと.今 日はそれに は依 らない者 もみ られるようになって きたことが読み取れる.
今 日の在 日コリアンの二世 ・三世において,「国籍に拘 らない」傾向 (宋.2001)がみられるという 指摘 は,「周辺化的態度」の概念的な解明 とい う課題 と結び付 くだろうO彼 らが二文化の二者択一的な 選択で も同文化の統合で もな く.それ らとは異なる態度 として.=個人"''人間'■■■自由人'''国際人"など として生 きる,新たな志向性 を持つならば.Berryら (1989)のい う周辺化 を この特徴 を含めて再 走益で きるか もしれないO何 らかの価値や意味 を込めた積極的な選択 なのか.他のカテゴリーに屈 さ ない人たちの消極的な選択なのかは定かではないが,これを仮に 「自由人的態度」 とし.二文化カテ ゴリーか らの脱却 を意図するカテゴリー として.捉 えなおす可能性 を検討 してみたい。
2 本研究の目的
二文化環境への態度 とメンタ/レヘルスのかかわ りの解明を視野に入れ 本研究ではその第一段階に あたる初期的調査 として 二文化環境への態度について探索するO「二文化環境への態度」は,先述の ように概念的には4セルモデルを想定 し.具体的な測定項 目としては.「1 文化的アイデンティティ の自己カテゴリ‑付け」 とい う自称のあ り方 と.本人が認識す る
「2
二文化環境 とのかかわ り方」を尋ねる.これらを測る理由は.個人の内的及び外的な志向性の両方か ら測定 を行 うためである。在 日コリアンは, 自分が何人であるか自分のアイデンテ ィティを一生懸命探 している (在 日本大韓民国 青年会 2009)とされ 彼 らの自己像 は興味深い問いといえる。一方.海外の移民研究では.ホス ト 社会やエスニ ック集Eflとの関係か ら.メンタルヘルスを説明 しようとす る試み (Berry&Klm.1988)
在日コリアン二世 三世の二文化環境への態度とメンタルヘルスlU 李 正姫 田中共子
がみ られる。個人の社会性 と内的なあ りようは,深 くつながっているものとみ られてお り.在 日コリ アンにおけるその関連は興味深い探求主題にな り得るだろうO
「1 文化的アイデンティティの自己カテゴリー付け」は.個人の内的な心理状態をとう認知 してい るかを尋ねるものである。二文化の閥で文化的存在 としての自分 をどう見なすか.代表的なカテゴリー を設定 した中か ら.自称像 を選択 してもらって測定 したい
。「 2
二文化環境 とのかかわ り方」は.二 つの文化 と個人 との関係の持ち方 を.内的及び外的な観点か ら問 うもので.Berryら(1989)の考え方 を参照 しなが ら.在 日コリアンにあわせた内容 を尋ねることとしたいC尋ね方 としては.ホス ト社会 での対人関係や母文化の継暴意欲などを自由に述べてもらう,半構造化面接 を行なう。移民を対象に した海外の心理学的な実証研究では.内在化 された価値観などの文化的アイデンティティや,関係性 の形成などの適応方略に焦点を当てての尺度化が試み られ その度合いが測定 されている。そ して1980 年代のBerryらの研究以東 母文化環境 とホス ト文化環境の両方を測定の対象 として,二元的に捉えるモデルが注 目されているO
本研究では.基本的に二元モデルの考え方 を採用するが
.
「周辺化的態度」の部分を より詳 しく調 べてお く必要があると考えているO「周辺化的態度」は.過去の心理学的モデルでは,単に両文化への 志向性が低いとされ 必ず しも十分に解明 されてこなかった。 しか し在 E]コリアンにおいては.世代 進行につれて母文化の強調か ら個人的特性の強調 に向か う軌 さが指摘 されている (福岡,1993,.林,2001)。そこで.両文化の志向性 を必ず しも強 く持たない生 き方に.ql極的な意味が与えられていた り 代替的な価値観が潜んでいた りする可能性 を 新たに考えてみたい。
本稿では 「周辺化的態度」を 「自由人的態度」 として再定義 し,その詳細 を把握 した上で 今後の 研究展開として態度の尺度化に組み込みたいQすなわち従来の測定方汰では,周辺化の人々は両文化 への志向性が低いとい う以上の定盤にならず,「自由人的態度」の度合いを測定するには不足だろう。
その概念構成を解明 して,質問項 目を考えてい く必要がある。
山崎 平 中村 ・横山 (1997)は,在 日アジア系留学生 を対象 とした心理学的な調査において 「自 分の民族的立場 を自分の言葉で沓いて ください」 と自由記述で求め. さまざまな回答 を得ている。そ して少数なが ら.「地球人」 との記載 を得たとい う。在 日ブラジル人の子供たちを対象 とした教育学者 の調査 (光永・田渕.2002)では.「自分は何人 ?」 と自由記述で問われて,「単純な日本人でもない ブラジル人でもない混血だと思 う」「日本人かな」などと答 えている例があるというO自己カテゴリー 付けを問 う聞 き方 をすれば,自分の内的なアイデンティティの捉え方を知ることになるだろう。心の 内的なバ ランスを問 う聞 き方をすれば.心理的な自己評価 をたどることになるため.メンタルヘルス との関連が より強 く反映 される可能性 を考 えられよう。
ただ し.全 くの自由記述では回答のカテゴリ‑が不明瞭になることが懸念 される。本研究では.カ テゴリーを呈示 して選択 してもらいつつ,二文化への考えや姿勢 を自由に語ってもらう半構造化面接 の形で,彼 ら自身の言葉で二文化環境への態度 を表現 して もらうこととしたいO具体的には.「自分の
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アイデ ンティティの状況を一言で言 ったら」 と尋ね.「統合人,El本人 韓国人 自由人」を提示 して, 選んで もらうという方法を用いる。こうして 「自由人的態度」を明確 に選択肢 に含めた場合,4つの 態度が どう選び探 られてい くのかをみてい く。
「2 二文化環境 とのかかわ り方」では Berryの文化変容態度の質問の考え方をもとに.二文化 と の付 き合い方 を問 う。在 日コリアンにおいて注 目されてきた事柄,例えば帰化の意思や本名の便札 親 友の国籍などを入れて,具体的に尋ねたいO 日本文化 と韓国文化の両方への態度を尋ねるが,母文化
とのかかわ り方が変容 しつつあるとの知見をうけて.母文化に関わる部分をより細か く尋ねる。
続いて自称 カテゴリーと二文化環境 との関わ り方が, どの程度整合するかをみるO例えば.韓寓文 化が色濃い生活 を していたら.韓B]人カテゴリ‑が 自称 されるのだろうかOそうでないなら.自称は 単なる二文化環境 とのかかわ り方の反映ではないことにな り, どのような意味合いから自称が選択 さ れるのかが.興味深い問いとなろうOまた.個人 としてのあ りようを尋ねたとき,選択肢の‑つに 「自 由人」を呈示 したなら,それは韓国人や 日本人のカテゴリ‑よりも選好 されるのだろうか。その個人 の家庭環境や周囲の人 とのかかわ り方,二文化‑のス トレスの認知はどうなっているのだろうかO設 定 された4つのカテゴリーをどう選ぶかが.二文化環境 とのかかわ り方 とどうつながっているのかを 探 りたいQ
以上 を研究上の問いとして 本研究では, 自由人の概念構成 を探 りなが ら
.「1
文化的アイデン ティティの 自己カテゴリー付け」 と 「2 二文化環境 とのかかわ り方」,すなわち自称カテゴリーとホ ス ト文化 エス二 ノク文化 との付 き合い方が,いかに関わるかを検討するD方法
1 調査対象者 在 E]韓国人11名 (男性4名 ・女性7名)。筆者の知人を通 じて.縁故法によって依 頼 した。研究の意図を説明 したところ,全員が協力 を承諾 し,面接に応 じて くれた。世代構成は.二 世が3名,三世が8名であった。年齢は.20代が3名.30代が3名 40代が2名,60代が3名であっ た。
2 調査時期 2009年8月中旬。
3 手続 き 一人につ き30分程度の半構造化面接 を行ったO語 りは.メモをとって記録 した。あら か じめ用意 した質問をたどっていったが.話 しに くそうな問いは飛ば しつつ,差 し支えない範囲で話
して もらったO全B , 日本語で面接 を行った。
4 面接のガイ ドライン 答えやすさに配慮 して.以下に示す①か ら⑭ を順 に尋ねていったoなお.
⑨ は 「文化的アイデ ンティティの自己カテゴリ‑付け」 (自称項 目 *印) を尋ねた ものである。①〜
⑧ と⑲〜⑭ は 「二文化環境 とのかかわ り方」 を問 うもので,Berryら (1989)において 個人内の文 化的アイデ ンテ ィティの項 目をもとに した もの (個人内項 目 ◎印) と.周囲との関係の項 目をもと にしたもの (関係性項 目 ○印)から成る。面接 においては,インフォーマ ン トには.これ らの問い に対 して 自由に考えを述べてもらった.
在日コリアン二世 三世の二文化環境へのfLrE:皮とメンタルヘルス(1)季 正妊 田中共子
<尋ねた事柄 > 上述の記号 を用いて項 目の意図を示 しつつ.具体的に尋ねた事柄 を以下に記す。(D 日本人の友達 と付 き合 う時 と同胞の友達 と付 き合 う時 とで 付 き合い方を変えるかどうか (○)。②韓 国文化 を異文化のように感 じるか(㊨)。(9日本文化 と韓国文化の違いでス トレスを感 じることはある か (○)。(む韓国文化 を引 き継 ぎたいと思 うか (㊨)。(9家で韓国語を使 うか (㊨)。(むあなたの家では 韓国人 として教育 を受けたか.日本人 として教育 を受けたか (㊨)。(令El本に帰化 したいと思 うか (㊨)。
@ 日本に対するイメ‑ジは (○)。(勤自分のアイデ ンティティの状況を一言で言った ら,自分はどれだ と思 うか (競合人 .日本人 韓国人 .自由人を説明 しなが ら示 し,選択 を求めた) (辛)。⑩私はやっ ぱ り韓国人だなと実感する時はいつか (㊨)a⑳韓国に対 して. 日本 に対 して愛国心はどれ ぐらいか (㊨)。⑩私はやっぱ り日本人みたいだな.と感 じることはあるか (㊨)。⑬通名 と本名 と.どちらの名 前 を主に使っているか (㊨)。⑭親友や.より深い話 をするのは. El本人と韓国人の どちらか (○)。
具体的な質問項 目の選択については.以下のように考えた。
<文化的アイデ ンティティ> 韓国語 (G))は,「母国語が しゃべれれば自書軌 こ目覚めたとき何か の手助けになる」(辻本 ら.1994).「母国語がで きないことを恥ずか しいと思う」 (在 日本大韓民国青 年会.2009)といった指摘があるため.母語の継承が重視 されるとい う観点か ら尋ねた。母文化に接 する場 としては家庭が重視 されていることか ら,家庭教育 ((参)について尋ねた。在 日コリアンが,
「母文化の縦糸 とホス ト文化の受容 とい う二重の課題 を抱える」 との指摘 (李 佐野,2009)を受けて.
母文化の継暴意欲 (④) を尋ねた。ホス ト文化の受容 は. 日本人だと思 う時 (⑫) を尋ね.母文化の 内在化 を尋ねる意味で.韓国人だと思 う時 (⑬)を尋ねたCホス ト文化への同化的な受容は.韓国へ の異文化感 ((参)で尋ねた.海外の移民研究で注 目されてきた心理的な要因以外に.語学や愛国心な どのエスニシティに関わる基本的な要既と.在 日コリア ン研究で しば しば取 り上げ られてきた.帰化 (⑦)や名前 (㊨) という外的な手がか りについて も尋ねたO例 えば.「母凱 こ対する愛着 と帰化願望 は母文化 アイデンティティの重要な構成要素である」 (林 .2∝)1).「在 日外国人のエスニ ック アイデ ンテ ィティを理解するにあた り.名の り‑の注 Elが取 り上げられている」(竹尾 ・矢吹,2006)といっ た指摘がある。
<周囲との関係> 対人関係面では.親友 (⑭) と人との付 き合い方 ((》) 環境面では.日本イ メージ (@) と二文化間ス トレス ((参) を尋ねた。
5 分析
二文化環境‑の態度に関 して インフォ‑マ ン トがアイデンティティに関する4類型の どれを選択 したかに在 官し.続いて語 りの内容がそれ とどのように対応するかを整理 したO
結果 と考察 1 章幸国人か日本人の一方 を選んだ人
今回は 自分はどれだ と思 うか と問われて競合人. E]本人.韓国人.自由人を呈示 された時に 日 本人を選んだ人はいなかった。韓国人を選んだのは
J
さん.Kさんの 2名で 表 1にその語 りを要岡山大学大学 院社会文化科学研究科紀要第30号 (2010ll)
約 して示 した。
表 1 自称 カテコリーとして韓国人を選んだ人の語 り (Jさん,Kさん)
ん Kん
カ テ
リu‑ 目 蓋富土 呂訟 慧芸会k豊等冒語三号慧冨人 と して ‑ 人 として
叫【営人 II矧臨,
慧 ご :芸 .i.‑亡 き干
女十
人
… の切 りtGえ ー. /tい二文什‑のス トレス ー
J
さんは かつては日本人の中で生 きてきて,韓国人でいる必要性 を感 じなかった,そのころの自 分 は同化だった というo Lか し今 韓国人を選ぶ理由として 友人が韓国人 として生 きているのを見 て.自分 も韓国人 として生 きることに したこと.子育てが終わったことを挙げたO以前は.韓B]人の カテゴリーに違和感があったが.しか し.自分の気持 ちが変わったか ら,人を見る目が変わったし.韓 国人に対する見方 も変わったと述べた。そ して世界平和 を大事にする宗教の影響で.自由人も,自分 の生 き方の中に含 まれている, という。 日本人 とは日本食,同胞 とは韓国食 を共に してお り 一緒に いる人にあわせるというO子供が 日本人 と結婚 して帰化 したが.親 として後悔する部分 もある,雰囲 気がギクシヤクするから. と述べている。Kさんは (韓国人か 日本人か とい う)相手によって付 き合い方を変えるのは.自分 を殺すことで疲 れるで しょう. と言いつつ,撮め事があったらまあよしとする と述べてお り, 日本的な付 き合い方 を行 っていることが伺 えるO
この2名に共通 し,かつ他のインフォーマン トに見 られなかった語 りは, 日本‑の否定的イメージ と同胞への強い心理的つなが りである。 日本のイメージは
.
「根性がわるい」 Uさん).
「冷たい」 (K さん) と述べている。 また.
「深い話がで きるのは同胞」 (J
さん).
「同胞は将来のことを共に心配 し て くれる」 (Kさん) とい う語 りもあった。教育 文化人類学者の原尻 (1989)は.「民族的7イデ ンティティを感情 として捉 え.その感情が自 己規定の本質的部分になっている」(pp.ll‑12)との見解 を述べているC これは心理学的な実証はまだ 得ていない仮説 といえるが.ホス ト環境への否定的イメージと同胞への信頼や愛着が.韓国人 として
在日コリアン二世 三世の二文化環境への態度とメンタルヘルス(1)季 正姫 田中共子
の 自己定義 を強める可能性 を示唆 しているといえよう。
社会学者の福 岡(1993)は.以下の ように述べている0 日本社会 の差別 と偏見か ら.在 日コリア ンは 自分へのマ イナスイメージを持 た されるが.日本社会の差別にこそ問題があると気付 けば 誇 りをもっ て生 きていこうと,母文化のアイデ ンテ ィティを形成 してい くとい うO これ も仮説ではあるが,差別 への認識が母文化 のアイデ ンティティを促す とい う解釈 で,原尻 と共通する見方 といえるO
彼 らの仮説が支持 されるな らば, 日本 イメージの悪化 と同胞への愛情が共にあるとき,韓国人カテ ゴリーの 自称 は促 されるか もしれない.出身解の文化 的アイデ ンテ ィテ ィを排他的に保持することの 心理的機 能は十分解明 されてはいないが,否定的環境 の中で,母文化のアイデ ンテ ィテ ィが 自尊心保 持 な どの何 らかのポジティブな機能 を持つ ことは予想 で きるO
心理学者の川瀬 相 良(2009)は,質問紙調査の結果,ニューカマーの韓国人の母親において, 日本 人が好 きとい う感情があると. 日本における異文化ス トレスが低 いことを示 した。評価項 目は,一時 滞在者が頻繁 に出会 う困杜か ら組み立て られてお り.「外 国人であることで特別視 される
」
「日本人 と 親 しい人間関係 を作 ることが耗 しい」 などの項 目が使 われている。 日本人が好 きだとEl本への親和性 が高 く,情動的側面での適応が達成で きていると結論 している。在 日コリアンの二世や三世にこの知 見が当ては まるかは未詳だが,ホス トの人や文化への感情 的評価が,メ ンタルヘルスにかかわ りを持 っ て くる可能性 は考 え られるだろう。今臥 日本のイメージ として.「日本は閉 ざされた国 閉鎖的
」( B
さん).「違 うものを受け入れな い」 (Fさん).「はっ き りしない めめ しい」(Cさん),
「全体主義」 (Dさん).「冷たい」 (Kさん),「根性が悪い」(Jさん)が語 られてお り. この6人においては.ホス トの排他的な対応が認知 されて いるといえるだろ うc Lか し,彼 らが韓国人 としての実感 を持つ ときは.食べ ものか外国人登録証 な ど,概 ね外 的な手がか りを通 してである.ホス トとの滑 らかな対 人関係や,二文化ス トレスの弱 さと い った心理的な状態か らは.内的にはホス ト文化への受容が進 んでいることが伺 える。
文化受容 の進行 と Ei本 に否定的イメージを持つ ことや E]本人 カテ ゴリーの 自称が選択 されないこ とが.同時 に見 られることは.文化の受容 と文化的 カテゴリーの 自称 との心理的意味の違いを反映 し てい よう。Berry(2006)は.母文化 アイデ ンティテ ィが安全 に守 られる環境 であればホス ト文化 も餐 け入れやすいが.母文化 アイデ ンティティが脅か される と.ホス ト文化のアイデ ンティティも拒絶す る傾向があると述べて.多文化社会 において自文化が保証 されることの意味 を強調 している。 自文化 を安心 して保持で きるか どうかは,ホス ト文化のアイデ ンティテ ィの認知 に影響 を与える要因 となる 可能性があるC この見方 をとるな ら.イ別 こ在 日コリア ンが韓 殿のアイデ ンテ ィティが守 られていない と感 じた場合 には. 日本のアイデ ンテ ィティをとることを潔 しと しない傾向が生 じるか もしれない。
Gong(2007)はバ イカルチュラル アイデ ンティテ ィに関す る研 究 を展望 している。そこでは.エス ニ yク アイデ ンティテ ィとナシ ョナル アイデ ンテ ィテ ィの関係 を調べ ると.正の関係.負 の関係.
両者 に有意な関係が見 られない場合 に分 れるとい う。 そ してホス ト社会 か ら受け入れ られていない と
岡山大学大学 院社会文化科学研究科紀要 約30号(2010ll)
い う感情 を持つ場合,この二者は負の相関を持つ と述べている。ホス ト社会の対応に関する認知は,滞 在者のアイデンテ ィティ‑の外的な影響要因といえるだろう。
2 日本人 と韓国人の両方 を選んだ人
競合人を選んだのは.Eさん. Fさん.Gさんであった。Hさんは日本人か韓国人か場合によって 違 う. と述べた。表2に彼 らの語 りを要約 して示す。
表2 自称カテゴリーとして日本人と韓国人の両方 を選んだ人の語 り (Eさん ・Fさん IGさん ・Hさん) 4わた榊 亡さん Fきん Gきん は ん
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Eさんの語 りを見ると.本名 (韓国名)だけを使 う 「あなたは韓国人だよ」など強 く親から言われ てきた 自分が 日本人だと思ったことはない と述べてお り,絵 じて韓国意識が顕著である。
Fさんは.通名 (日本名) を使い,二つの文化があることは困難 とい うより両方あっていいものと 思 う. と述べてお り.両文化 を共に肯定する姿勢が強い。
Gさんは. EI本名を使い.相手によって自然に使い分けをしているか もしれないと振 り返る。いわ ば 対人態度について おのず と二文化のスイッチ ングを行 っている状態 と推察される。家庭教育に ついては,自分は子供に韓国人 としての家庭教育をすることにこだわっていない.自然の ままと語っ てお り.韓国文化の継幕 をさほど強調 していない。
在 日コリアン二世 三世の二文化環境への態度 とメンタルヘルス(1) 季 正姫 EEl中共子
その場 によって違 う. と答 えたHさんには,アイデンティティのスイッチ ングを見てとることがで きよう0 4類型の選択に際 して
,
「その場によって違 う,生活パ ターンは日本的・E]本文化 血は韓国 例 えば,スポーツ応援 は韓国」 と述べている。母文化 を引 き継 ぎたい と思 うかと問われた時には,「(自 分の中では)韓酸的な部分が薄れてい く。韓国文化でもな く日本文化で もなく. ミックス してい くか ら」 と語った。すなわち,韓国的な部分 と日本的な部分が 自身に混在 しているとの認識を持ち 場面 ごとに振舞い方を選択 しているOこの意味で.二文化間でのスイッチ ングがみられるoGong(2007)は,Phlnney&DevIC‑Navarro(1997)の 「混合型二文化人 (theblendedblCultura
l
s)」
と 「二者択一型二文化人 (thealternatlVeblCultura
l
s)」 とい う概念.すなわち二文化のアイテンティ テ ィ間に衝突がな く統合 しているタイプと,二文化アイデ ンティティを分離 して切 り替えるタイプと い う二概念 を紹介 しているO今回の知見 を当てはめるなら.スイッチ ングが滑 らかなら前者.切 り替 えに違和感や乗雑感が強ければ後者 と判断で きるだろう。Gさんは,使い分けに伴 う自然な感 じを述 べ, Hさんは.二文化への依存 を肯定的に捉えていることか らは.二人 とも前者に近いのではないか と推測 される.社会学者の福 岡(1993)は,在 日韓国人の若者150人あまりにライフヒス トリーの聞き取 り調査 を行 い,以下のような印象 を述べている。「彼 らは日本人の世界にも同胞の世界にも額理なく適応 している。
二つの自己を意識的に●●使い分け''しているのではな く,1‑その場の雰囲気 にすっと適応 している感 じ
' ' 」
だとい う。 こうした印象が,自然 さを伴 う使い分けが成立 していることか らくるとみるなら この若 者たちのスイッチ ングもまた 今BlのGさんやHさんと同様に,上記の 「混合型二文化人」を示唆す
るものだろう0
3 脱文化的な選択 をした人
両文化 を統合 した りいずれか片方を選択するのではな く.いずれにも当てはまらないという答え方 をした人が4人いた。表3に彼 らの語 りを要約 して示す。
岡山大学大学院社 会文化科学研究科紀要茶30号(2010ll)
表3 自称 カテコ リー として脱文化的な選択 をした人の語 り (Aさん ・Bさん ・Cさん ・Dさん) El書カナゴリ
指 文 芸訟 白由人 "人 "人 雪空うテ雪景ri!i.
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「自由人」 を選択 したのは Aさん.Bさん Cさんであった。Dさんは,選択肢 にはない 「おれ 人」 と答 えた。彼 らは 日本人や韓国人の片方.あるいは両方のアイデ ンテ ィティを選択することを し ていない点で共通 している。
この4人の語 りには.共通 して脱 カテ ゴリー的な表現がみ られる。Aさんは 「特 に 母文化 を引 き 継 ぎたい と思 わない
」
「竹島.ただの島だろう 地球の ものだろ う」
「国籍ではな く人間 として付 き合 いたい」 と述べ ている。Bさんは 「人間 としての生 きかた」 ,
Cさんは 「自分 は自分 IBl掛 ま二の次」
Dさんは自分 を林 して 「おれ人
」
「ノーアイデ ンテ ィティ」 とい う表現 を用いている。この4人以外 に,脱 カテゴリ‑的な語 りがわずかに見つかる人は
.J
さん と Ⅰさんだが 最初 に他 の カテゴリーを選んだ うえで.付加的に自由人に言及 したに過 ぎないoJ
さんは まず韓国人を自称 し たが. 自由人の部分 もある と述べ た。 これは一部 自由人的な韓国人 とい う自己定兼 とみなせ る。 日 本人 ・尋 国人 統合人の カテゴリーの選択 と 自由人の選択が両立す るのか. これ らが独立の概念 な のかは,今後検討 してい く必要があるbIさんは,カテゴリーを問われて.無回答 であった。そ して韓国に もEl本に も弱い意識 しかないの か と尋ねた ところ.そ うだ と答 えた。積極的に自由人 を自称す るケースではな く.二文化 アイデ ンテ ィ
在Elコリアン二世 三世の二文化環境への態度とメンタルヘルス(1)季 正姫 田中共子
テ ィの弱 きで定義 される,Berryら (1989)のい う意味での周辺化 と解釈で きるか もしれない。ただ しBerryは文化 的アイデ ンティティの弱 きは測定 した ものの, 自由人 とい う発想や主張の有無は測定 してお らず.彼の測定 した周辺化に自由人が含 まれたのか どうかは,厳密 には判定で きない。
自由人を自称 した3人 と,おれ人を語った 1人に共通 していて.かつ他の7人にはみ られない特徴 は.「本名 を使 う.韓国人 として家庭教育 を受けた.家で韓国語 を使 う」の3点が揃 っていることであ るO この4人は.韓 国文化 によ り
濃
く触れなが ら育つ環境 にいた といえる。先に見た,韓E]人を選ん だ2人 (Jさん.Kさん)には,この三点は揃 っていないO この 4人は.社会環境には日本文化が満ち ていて も,家庭環境 には韓国文化が満ちている環境 に育ち,他のインフォーマ ン トに比べ ると両環境 の乗雑が比較的大 きい と予想 される。仮 にそれが心理的葛藤 をもたらすのな ら,その解消手段 として 脱 力テゴ7)‑的な 「自由人」の志向が促 され る可能性 を.考 えられるか もしれないoこの解釈 を支 える見方は,教育社会学者の金(1999)の報告に見 られるOある在 日韓 国人の語 りとし て
,
「在 E]朝鮮人 としての 自分」ではな く 「個 人 としての自分」 を求めていること.そ して外部か らの 期待 や要求 に応 える もの としての 「在 日朝鮮人」ではな く.もっと自発的で気持 ちの中か ら沸 き起 こっ て くる 「こうあ りたい在 EH袈」 を求めている. とい う事例が紹介 されている。田中 (2003)の心理学 領域 の展望論文では.三世 に進めば脱文化が進み,民族的な区分 にはよ り執着 しな くな り.個人化の 傾向がみ られるようになる. とまとめ られている。 この見方に即せば,心理的にも.世代進行 に伴 っ て集団の アイデ ンテ ィテ ィよ りも個人のアイデ ンテ ィテ ィに比重 を置 く自己認知が生 じてい くことは, そ う不思誰 なことではないだろうO上記の ような解釈が可能 だとす るな ら.自由人やおれ人 を自称 したインフォーマ ン トにおいては.強 い典団のアイデ ンテ ィテ ィによって自分 を表現する環境 にあって も.個 人のアイデ ンティテ ィに注 目 したい との動機付 けが,脱 カテゴリー的な 自称 を促 した可能性 を考 えることがで きるか もしれないO さらに. 自由人 を選択 した3人 とおれ人 と称 した 1人は.大 き く分ければ二種類 に分かれるように 思われる。 ひ とつは普遍型の 自由人とで もい うべ き概念 を示唆 しているoBさんは.(自分 には)韓国 人 としての家庭教育が行 われたけれ ど.三世 ともなれば韓国人 として とか,日本人 としてではな く 人 間 としての生 きかた (が,主 になるで しょう), と語 っている。 またAさんは,母文化を引 き継 ぎた い と思 うか との問いに.特 に した くはない. 自由人だか ら, と答 えた。愛国心 を問われた際には.両 国 ともにまった くない.例 えば竹島はただの島だろう,地球の ものだろう,と答 えている。「人間
」
「地球」な ど,韓 国や El本 を越 えた上位 カテ ゴリー を用 いたのは. この2名のみであるo
もうひ とつ は.個人型の 自由人 とで もい うべ き概念 を示唆す るものである。Cさんは. 自分の中で 日本人みたいな ところは どこか と聞かれた とき 「自分 は自分,国籍 は二の次」 と答 えた.Dさんは, 自分の アイデ ンティテ ィの状況 を一言で表現す ると. とい う質問に,提示 された4つの選択肢 を用い ず.「おれ人」 と答 えたO「自分
」
「おれ」 とい う一人称視 点の答 え方は.この2名のみである。上記の 二つの型の 自由人は,社会的 カテ ゴリーにい ささか距離 をとった ところでの.個人 としての生 きかた岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第30号(2010 ll)
を 別の角度か ら主張 しているように思われる。
Berry&Sabatler(2010)は, フランス とカナダに在住する二世移民への質問耗調査で.ホス ト集団 か ら認識 される被差別感の程度 を,集拭 レベル と個人 レベルに分けて比較 しているo個人 レベルで認 識 される被差別感 には有意差が見 られなかったが,集B]レベルで認識 される被差別感は. フランスの 方が カナダよ り有意 に高かった。すなわち,主観的な認知 をみる と.集団 レベルでは差別があって も.
個人 レベルでは差別があるとは限 らない ことになる。一見矛盾す る結果 に見えるが,視点の個人化は.
心理的にみれば,差別的な視線か ら距離 を置 く認知的な機制 なのか もしれない0 4 無回答の人
Ⅰさんは 呈示 した4つの選択肢 に該当す る ものが ない. と答 えたOその語 りを表4に要約 して示 したQ
表4 自称 カテコリーの問いに無回答 を選択 した人の語 り (lさん)
lll.一・・.̲̲三上二 ±̲±̲̲̲̲̲̲̲̲̲̲̲⊥土⊥
日脚 白 諾 又テ 言芸人 ‑ 首
相 人 自由人 iii i h
臥 内 那 射 ヒ 託 ,L隻;:皇軍;.たし宴竿 もいい と恩 つよ うになった
pEZ]人 件 Ei]人はきつい と しての爽LE 自分の性 格 もき
Ⅰさんは,前 は帰化 したい と思 ったが.同胞 と関わってか らは別 に しな くて もいい と思 うようになっ た, と述べている。韓国人 を選 んだ先の
J
さん も,同胞 とのかかわ りか ら同化 を脱 した, と述べた点 では似 ているが,その後のⅠさんの選択 は.J
さん とは対照的である。韓 国人志向は強 くなるのではなく.弱 まってお り.結果的に両国のカテ ゴリー とも希薄化 している。
Ⅰさんは.自分・の中の 「韓国人だ と思 うところ」 を閃かれた ときには.自分の性格 の きつ さという心 理的特性 を挙 げた。 だが. こうした認知があって も.韓 国人は自称 されていないOアイデ ンティテ ィ
を選ぶことは,「らしさ」 を認めることとは異 なる.独特 の意味 を付与す る心理 的な選択なのか もしれ ない。
wlley.PerkLn
S&
Deaux(2008)は,二世 の在米移民者 に質問紙調査 を行 って,ホス トが 自分たちの グループをどう評価 している と思 うか と尋 ねた。す ると二世 は.一世 よ りも否定的な評価 をしてお り しか も肯走的な集 団イメージを保つために そのホス トか らの評価 を加視す る傾向があったとい う.こ在日コリアン二世 三世の二文化環境への態度とメンタルヘルス(1)季 正姫 田中共子
れを当てはめれば,在 Elコリア ン二世 ・三世が, 自分たちの集団‑の.ホス ト社会か らの否走的な評 価 を無視す る意味で.「自由人」や 「無回答」 を選択す る心理的な模制 も考え られるか もしれないOだ が評価の無視 とアイデ ンティテ ィの軽視が同一視で きるかは未詳であるうえ.他のカテ ゴリ‑の選択 者が.ホス ト評価 をどう捉 えているか も,今 回の反応か らはわか らない0
日EEl人の4人は.「韓 国名のみ使 う
」
「家では韓 国語 を使 う」
「韓 B]人 としての家庭教育 を受けた」 と 答 えていたが,Iさんは 「通名だけを使 う.韓 国名 を使 うことはない」
「家で韓国語 を使わない」 と述 べてお り. この点では家庭 での韓国文化 はそ う強い ものではない と解 されるo なおⅠさんは 日本人 だ と思 うところを問われた ときも 無回答であったoIさんにおいては. 日本に帰化する動機付 けは低いOそ して韓国人 らしさは認識 されているものの.
強 く韓国文化 を保持 している ともいえず,積極 的に韓 国人カテ ゴリ‑を採択するような志向性 もみ ら れない。「自由人」のカテ ゴリーをみて 「これ とは違 う」 と否定 してお り.脱 カテゴリーを積極的に志 向 しているとは見なせ ない。 これ らのことか ら 両文化の意識が希薄で.二文化 に関わるカテゴリー に多 くの注意 を向けていない とい う意味 において, 自由人のサ ブカテゴリー として.「消極派の 自由 人」 と仮称 してお き,他の 「積極派の 自由人」 と区別 してお くのが妥 当の ように思われる。
消極派の 自由人 は,Berryら(1988)の原集にある周辺化の意味合い と,一部重 なる部分があるoBerry は周辺化 を,母文化が希薄化 し, しか しその代わ りにホス ト社会 に入っているわけで もな く.いずれ の文化 も弱 く,混乱 していて, どちらも支 えになっていない と.否定的に表現 している。だが今匝=ま, 開 き取れた範囲で は.混乱や不適応の兆候 は認め られなかった.Berryら (1989)は 周辺化の実態 を解明 しきれてはいなかったが.しか し今回.「周辺化的態度」 を 「自由人的態度」 と捉 えなお して尋 ねた ところ.そ こには消極派の 自由人 と.戟極派の 自由人が含 まれること.後者は さらに個人化志向 と普遍化志向 とい う二つのサ ブカテゴリーが含 まれることが示唆 された。下位分類が存在するとい う ことか ら.その適応への効果 も.一棟 に否定的 とは限 らない可能性が考 えられるO またこうした下位 分類が.Berryら (1989)が対象 としたカナダの移民 にはな く.在 日韓 国人にのみ見 られるのだとし た ら.それが何 による ものなのか.異 なる心理機 制 を想定す る必要があるのか どうか を.見極めてい
く必要があるだろ う。
自由人の概念が どの ように して発生 したのかについては.以下の ような推測がで きようoVLruell‑ Fuentes(2007)は.在米 メキシコ系移民 を対象 にイ ンタビュー調査 を行い
.
「親 は家で母国語 しか しゃ べ らず.私 は非常 にス トレスだった」 .
「(私 は白人で も黒 人で もな く) どこに当てはまるのだろう?Jとい う語 りを得ているD彼 らは二文化の狭 間で葛藤 していることがわか るO
在 日コリア ンの一世 は 母国で民族文化 を内在化 させた後 に移動 してお り.ホス ト文化への同化 に つ とめた と考え られ る。 しか し二世 三世 は.民族文化 を保持 しようとする親のいる家庭 に育 ち,衣 庭 と社会の文化的環境のずれ を抱 えなが ら.いわば二重 の社会化 を課 される。二文化のアイデ ンティ テ ィを持つ ことが心理的葛藤 につなが るのだ と した ら.それを解消す る方法 として.脱カテ ゴリー的
岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要第30号(2010ll)
に 「自由人」 を選んだ り.「おれ人」を語るのかもしれないOそ して集団的アイデンティティの強調に 比 して,重視 されに くかった個人的アイデンティティを回復 させているのか もしれない。
5 周囲との関係
周囲との関係 を,環境や対人関係の観点から尋ねた項 目①.③.㊨.⑭への反応について.全イン フォーマ ントの語 りを眺めて整理 してみたい。語 りを見た限 りでは.今回の11名のインフォーマン ト には.対人関係面で不適応 と呼べるほどの不協和音はみ られなかったO
ただ し多少の葛藤の報告はあ り 例 えは二文化の狭間にいるス トレス (Cさん Fさん.Hさん).El 本の社会や文化‑の否定的イメージ (Bさん,Cさん,Dさ.Fさん).否定的感情 (Jさん,Kさん) の語 りがみ られる。 しか し,彼 らは同時に.周囲 と調和 した関係 を語って もいる.例 えば.「どちらと
も親友になれる」(Bさん.Dさん).「E】本人の信顔で きる友達にはすべてを言 う」(Fさん
) ,
「日本人とは日本食 に.同胞 とは韓B]食に.つまり.皆 と合わせる.気づかう」 (
J
さん).「もめごとがあって ち.まあよしとす る」 (Kさん)などは,ホス トとの親密な交流や結びつ きを示唆 している。彼 らは部分的な不協和音 を感 じることはあ りなが らも.無難 といえるほどに周階と調和 した関係 を 取 り結んでいるようにみえる。社会学者の福岡(1993)は.在 日韓国人二世 ・三世は生 まれ育つ中で自 然に日本文化 を身に付 け.空気 を吸うようにEl本文化 を内面化 してい くとい う見解 を述べているOイ ンフォーマ ン トに見 られるホス トとの調和的な関係は.文化受容 を反映 しているものかもしれない。
6 自称 カテコリーの心理的な意味
カテゴリーを自称することの心理的意味について考えてみたい。本研究では.従来の研究にみられ るように操作的定義で点数化 した自己カテゴリーを査定 したのではな く,自己の主観的判断による自 己カテゴリ‑付 けを尋ねた。その結果,語 りとカテゴリ‑に必ず しも一致 しない部分が見受けられた。
例 えば,Jさんは,韓国人を自称 しているが,家庭内の韓国文化がさほと強いわけではなかった。Dさ んは.「在 日韓国人はノーアイデンティティ (の人)が多い.つまりそれは日本人に近い
」
「El本で暮らしなが ら韓国の儒教的な思想 を持つ とすれば.うまくいかないだろう」,と語っている。 しか し日本 人は選ばず.おれ人を自称 している。
自称 「
‑
人」が持つ心理的な意味の解釈可能性の一つ として.自己表現であった り希望を表 してい た り.すなわち理想 自己 (日比野 村瀬 金子 本城,2005)としての自己像 を考えることができる だろうO韓国人や.穂極的 自由人 おれ人を選ぶ場合 は.そのような人 として生 きていきたい という 願望 を表現 した り.こうした人間だと自己里示的に主張する意味があるのか もしれないO無EI答,す なわち消極的自由人の場合は,そういった強い希望 をもっていない状態 といえるO理想 自己をより明 確 に持っている場合は より明確 にその自己像を表現するか もしれないo Lか し今回は.統合人を自 称 した人たちにおける理想 自己は明確でなかったので.この点は説明がつかない。心理学者の栗林(1995)は.自己呈示 を 「自分に対する認知を統制するために自分の情報 を伝達する 行動」 と定義 している. El比野 ら(2005)は. 日本人大学生 を対象 とした質問紙調査で.バ‑ソナ リ