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因果関係の複文 と意志的制御

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Academic year: 2022

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(1)

因果関係の複文 と意志的制御

森 山 卓 郎

キーワー ド:因果関係

 

原因・理由

 

「ので」・「か ら

意志動詞

1  1ま じめに

日本語で因果関係 を表す接続は「ので」「か ら」などである。因果関係 さえ成立すれば これ らの接続表現が自由に使えるものと考えるのが自然である。 ところが、論理的な因果 関係が成立 して も日本語の表現 として不 自然になる場合がある。例えば、

(1)原

:(私が)砂糖 を減 らした

 

帰結 :(私 が)ク ッキーをあっさりと仕上げた

という関係は論理的には因果関係 として十分成 り立つ ものである。 しか し、

(2)*私

は、砂糖 を減 らした │ので 。か ら│ クッキーをあっさりと仕上げた。

とは言えない。ただ し、お もしろいことに、後件に可能表現 を付加 して、

(3)私

は、砂糖 を減 らした │ので ,か ら│  クッキーをあっさりと仕上げることがで きた。

のようにすれば自然になる。また、帰結 (後件)の部分 を自動詞 にした、

(4)砂

糖 を減 らした │ので ・か ら│ クッキーがあっさりと仕上がったc

とい う文 も自然であるcど ういう場合に因果関係 を表す表現が不 自然になるのか、そして、

可能表現が付加 された り自動詞になった りすることで、なぜそ うした文が 自然 になるの か、 といったことについての説明が必要である。

なお、 このことと関連 して、因果関係 を表すことのある表現 としてテ形の接続 もある。

例 えば、

(5)強

い雨が降 り続い │ていたので ・ていたから・て│り ││が増水 した。

はどれ も成立する。 このテ形接続の場合、

(6)私

は砂糖 を減 らしてクッキーをあっさりと仕上げたも

のように言 うことができるが、テ形の接続が因果関係 をいかに表すのかということも検討 が必要だと思われる。

本稿では、 こうした因果関係 を表す表現の特質について、

(2)の

ような文がなぜ不 自 然なのか とい うことを手がか りに、「ので」「からJを中′しヽに取 り上げつつ、因果関係 を表 す文の特質について考 えてみたい と思 うllt

l       

65〕

(2)

従来の研究 と研究の範囲

十分な検討がで きているわけではないが、従来の研究ではこうした現象 を正面か らとら えた ものは無い ようである。

因果関係に関わる複文の研究には、「ので」「か ら

Jが

いかに違 うのか といった永野1952 などがあったが、一つの転機 となるのが南1974のような構文の従属度の議論である。 これ は判断の理由を表す「か らJの用法な ど意味に も相関す る (田1987)。 90年台には、理 由を表 さない「か らJの表現 (白川1995)な ど多様 な観点での検討が進んでいる。2000年 台以降はさらに多様 な複文形式 も含めた総括的な検討 もなされている (前2009)。 しか

し、テ形の接続 (シテ節)の議論 をめ ぐって、後述す るように動詞の意志性 と意味の相関 に言及があるものの (仁1995)、 先述 した ような現象 についての検討 は必ず しも進 んで いなかった ようであるG

「のでJ「か ら」 には従来の研究で も指摘 されて きたような用法上の違いがあるが、因果 関係の用法 を取 り上げる点で共通するところも大 きい。そこで本稿では特 に問題にならな い限 り「ので」「か らJとい うように併せて扱いたい と思 う。

なお、本稿で取 り上げる因果関係の用法 とい うのは、典型的には、例 えば、

(7)円

が上がったので輸出産業が打撃 を受けた。

とい う文 を例にすれば、

(8)輸

出産業が打撃 を受けたのはなぜか。→円が上がったか らだ。

とい う関係で前件が基本的に時間的に先行 し、原因としてのとらえ方になる場合である。

その点で、

(9)円

が上がったために輸出産業が打撃 を受けた。

の ように、「〜ため (に)」 などで も基本的に置 き換 えることがで きる。

一方、「ので」「からJには因果関係 を表 さない用法 もある。その一つは判断の理由であ るcこの用法は特 に「か らJに特徴的だが、例えば、

(10)部

屋 に明か りが点いているか ら、彼は帰 っているのだろう。

のような場合、狭い意味での因果関係ではな く、前件は後件 に先行する原因ではないcも う一つは、後件が命令文などで、前件がその可能条件 を提示す るような用法であ り、

(11)ここにタオルを置いてお きます │ので 。か ら│、 お使い下 さい。

の ように、理由を表す とも言いに くい場合である (白1995、 前田2009な)。 これ らは、

基本的には因果関係ではない。「ので・か ら」の用法で もこれ ら因果関係ではない場合の 用法 については本稿では取 り上げないことに したい と思 う。

ただ し、原因なのか理由なのか とい う分別には一種の連続性があるの も事実である。例 えば、

(12)将

来、開業す る │の で

 

か ら│、 資金を貯めた。

では、理由節が帰結節 よりも後になる点で、典型的な因果関係 とは違っているが、前件で は見込み としての理由が提示 され、主節の「資金 を貯めたJとい う行為の原因となってい

〔64〕

       2

(3)

る。行為の理由を表す用法は因果関係に連続する側面があ り、本稿ではこの ようなタイプ も含めて検討 したい と思 う12t

因果関係 と事態の意志的制御

(1)主

語の選択

まず、「のでJ「か ら」による複文 と主語の関係か ら見てい くことにしたい と思 う。先述 の ように、例えば、

(13)*(私 は)砂糖 を減 らした │ので 'か ら│  クッキーをあっさ りと仕上げた。

とは言 えないが、

(14)(私

)砂

糖 を減 らした │ので・か ら│  クッキーがあっさ りと仕上がったc

という文は自然である。 ここか ら、素朴 な観察 として、主語が違っていると因果関係で接 続で きるとい うことが言える。

(15)清

香 は去年の秋、近村の物持ちの長男のところへ嫁いで行 ったとい うことだっ たが、兄が発病 したので、身の廻 りの 匿話 をす るために戻 って来ていた。(井

上 靖 Fあすなろ物語』)

のように主語が違 う場合、基本的に因果関係の文は、不 自然 になることはない ようである。

因果関係の文で不 自然になる場合は、まず、同 じ主語の場合であると言えそ うである。別 の例で考えて も同様で、例えば、

(16)*彼 が怖い話 をした │ので 。か ら│、 子 ども達 を怖が らせた。

は不 自然であるが、後件 を「怖が らせた」 とい う他動詞か ら「怖がった」 とい う自動詞に すれば、

(17)彼

が怖い話 をした │ので・か ら│、 子 ども達が怖がった。

の ように自然な表現 となる。

(2)意

志的制御の関わり

ただ し、この観察は もちろんさらに修正が必要で、同 じ主語の因果関係の文で も、

(18)彼

はタクシーを予約 しそこなった │ので 。か ら

1道

でタクシーを探 した。

(18)彼

はタクシーを予約 しそこなった │ので・か ら

1会

議 に遅れた。

(19)彼

女はいたず らをした │の

 

か い1母に叱 られた。

の ように文 として成立する場合はあるcそこで気 をつけたいのが、前件 と後件の意志性で あるG結論的に言 えば、先の (13)(16)のように不 自然 な文は、前件後件 ともに同一主 語であ り、かつ、意志動詞の場合である.一方、前件 ない し後件のいずれかが無意志動作 であれば、同一主語であって も因果関係の文は成立す る。 (18)の 場合 には前件が無意志 動作であ り、(19)の 場合 には後件が受 け身で無意志動作であるc(18')は両方が無意志 動作の場合である.

以上から、同一主体の意志的動作が因果関係で接続で きない ということが言 える。すな わち、

3       

〔63〕

(4)

(20)因果関係において原因 と帰結は同 じ意志の制御を受けないっ

とい う一般化が考えられる。 これを「因果関係における同一主体の意志的制御の制約」 と 呼びたいc

(3)後

件 での可能動詞化

ここか ら説明で きることとして、冒頭で述べた後件の可能動詞化の問題がある。すなわ ち、

(21)*私 は、砂糖 を減 らした │ので 。か ら│  クッキーをあっさりと仕上げたc (22)*彼 はタクシーを予約 した │ので ・か ら1時間 までに駅 に着いた。

が不 自然で、

(23)私

は、砂糖 を減 らした │の

 

か ら│  クッキーをあっさりと仕上げることがで きた。

(24)彼

はタクシーを予約 した │ので ・か ら1時間までに駅 に着 くことがで きた。

が 自然 になるとい うことも説明で きる。 日∫能動詞は無意志動詞相当だか らであるc言うま で もな く、可能動詞は命令文や意志文にはならず、

(25)*〜 することがで きなさい。

(26)摯〜することができよう。

などと言 うことはで きない。

ここで可能動詞 による無意志化の意味について少 し見てお きたい。

(27)おい しいクッキーをつ くることがで きたc

(28)時

間までに駅に着 くことがで きた。

のような用法は実現 ●I能と呼ばれる13t実 現可能 と無標形式は事態 としては 司じことを表 すっ例 えば「おい しいクッキーを作 ることがで きた」 とい うことは「おい しいクッキーを 作 ったJこ とを前提 とし、事態 としてそれ以上のことはない。しか し、「おい しいクツキー を作 ることがで きた」の場合、意志的にその行為 を発生 させた とい う意味ではな く、「で きるか どうかわか らない」あるいは「なかなかで きない」 とい う状況でその行為を成立 さ せた とい うことを表す。例 えば、 日常生活で「水 を飲むJこ とは一般常識では簡単 にで き ることであ り、普通に水 を飲んだ時に、

(29)#今朝、水 を飲 むことがで きた。

のように言 うことは一般的ではない。 しか し、大災害に遭った場合や砂漠で遭難 したよう な状況、あるいは何かの重い病気 になったような場合であれば、同 じ「水 を飲 むJとい う 行為で も、このように可能動詞 を使 って表現で きるcつまり、可能動詞は意志的に行為 を 制御するのではな く、行為の意志 はあって もその成立には他の要素があ り、成否が制御で きない中でその動 きが実現 したということを表す。その意味で、可能動詞は意志動詞 を無 意志動詞化するとい う機能をもっていると言えるのである。そ う考えれば、

(30)私

は、砂糖 を減 らした │ので 。か ら│  クッキーをあっさり仕上げることがで き た。

〔62〕

(5)

(31)彼

はタクシーを予約 した │ので・か ら1時間までに駅 に着 くことがで きた。

が言 えるのは、後件が可能動詞 とな り、無意志動詞化することにより意志動詞の連続が防 げるか らだと言 えるc

(4)文

脈的な無意志的解釈

同様に、 ここか ら、文脈的に無意志動詞 としての解釈が しやす くなれば因果関係での接 続がで きるとい う現象 も説明で きる。例えば、

(32)*私 は恐い話 をした │ので・か ら│、 子 ども達 を怖が らせた。

はすでに述べたように不 自然であるが、

(33)私は恐い話 をした │ので・か ら│、 必要以上に子 ども達 を怖が らせて しまった。

とすると、自然な文 として解釈する余地ができるように思われる。これは「て しまう」 と い う望 ましくないことの合意によって、無意志的な動 きとしての解釈になるか らである。

また、

(34)*私 はカメラを用意 した │ので 'か ら│、 その状況 を撮 った。

とい う文は不 自然であるが、

(35)私

はたまたまカメラを持 っていた │ので 。か ら│、 その状況 を撮 った。

の ように言えば不 自然 さはな くなる。これは「たまたまカメラを持っていたJとい うこと が言語表現 としては無意志的な動作 として位置付 けられるか らであるにt

なぜ因果関係 は意志的に制御 されないのか

以上、因果関係 としての接続において前件 と後件が同 じ意志の制御 を受けない というこ とを見てきた。すなわち、前件 と後件が別の主体 なら、事態 として独立 した関係にな り、

因果関係 としての連鎖が可能になるということ、同一主体の動作で も、前件 ない し後件、

あるいはその両方が無意志動詞であれば相互に独立 した事態 として、因果関係が成立す る とい うこと、そ して、後件が可能動詞化す るとい うことは意志的な事態 を無意志動詞化す るとい う手続 きとして位置づけられるとい うことを見た。

この「因果関係における同一主体の意志的制御の制約」の背景 として考えられることは、

因果関係 とはそ もそ も別の事態の相互関係であ り、その事態間の関係 として原因と帰結が 連結 されるということである。原因の事態 と帰結の事態 とが独立 した事態 として成立 して いなければならないのだが、前件 と後件が ともに意志的であれば、それは意志的な制御に よる一つの事態 として連結 されて しまうものと考えられる。

例 えば、「温か くなったので花が咲いた」 とい う因果関係の文があれば、前件の「温か くなる」 とい う事態は、「花が咲 くJとい う事態の発生のための条件 となる要因であ り、

当然、「花が咲 く」とは別の事態である。「温か くなるJとい う条件要因が発生することで、

後件の「花が咲 くJとい う事態が成立する、 という関係が典型的な因果関係である。

これに対 して、意志的に「砂糖 を減 らす」 ことと意志的に「クッキーをあっさり仕上げ るJこ ととが同 じ主体の意志的動作であれば、同一主体の制御 によって成立する一つの事

〔61〕

(6)

態 として解釈 される。その場合、二つの独立 した事態の関係 としての因果関係の構造は取 れないことになるのである。そこで、前件 も後件 も意志的制御による事態なのであれば、

後述するように、テ形接続 によって事態 を継起的に発生するものとしてとらえることで、

因果関係 を明示 しない ようにす るか、「砂糖 を減 らす ことで、クッキーをあっさり仕上げ る」のように前件 をいわば非独立的な「手段 としての事態」にするなど、因果関係 として の把握 を回避する必要がある15t

前件 と後件の事態 としての分離性

因果関係における同一主体の意志的制御の制約 とは、一つの事態 として連結できるもの を因果関係 として述べ ることがで きない とい うことであった。ここか ら、この制約の一種 の例外 となる場合について も考えることができる。例えば、

(36)私は先週企画案 を完成 させた │ので・か ら│、 さっそ く来月の会議で発表するc

のように、「企画案を完成 させる」「発表する」は、ともに同一主体 を主体 とする意志動詞 であるが不 自然ではない。実例で も、

(37)「 あなたの竹人形はすばらしい作品で ございま した。

  

一一 ど、仕事場 をみせ て もらお うと思 ってお りま したのですが、ついでがあって越前へ来 ましたの で、突然 うかがわせてもらいましたJ(水上勉 『越前竹人形』)

の場合、前件「ついでがあって越前へ来たJこ とと「うかがわせてもらうJこ とはともに 同一話者の意志的行為であるが、全 く自然 な文 として「ので」で連結 されている。

ここで注意 したいのは、前件 と後件が事態 として時空を別にしているという点である。

(37)の 例で言えば、「越前へ来たJとい う事態が発生 した後で「 うかがわせてもらうJと い う事態が別の事態 として発生 していることになる。

前件 と後件が事態 として分離するのは未来の場合において も同様である。次のような用 法では、特に行為の理由を述べ るような関係 になるが、

(38)将

来教員免許 を取 る │の で 。か ら│、 入学 した時に詳 しい履修計画 を立てたc

の ように、前件 と後件が意志的であって も一種の理由の表現 として因果関係の表現が成立 する。これ も、前件 と後件が事態 として相互に独立す るか らである(先述の(12)も同様)6

意志的な行為であって も、全 く時空 を別にすることであれば、それは独立 した事態であ り、因果関係で連鎖 させることがで きると言える。 ここから、先の一般化に対 して、次の ように但 し書 きを付加することがで きる。

(39)因果関係 における前件 と後件の独立性:原因 と帰結は同一事態であってはいけ ない。原因と帰結の主体が同 じ意志の制御 を受け、その発生の時空が分離 して いない場合、同一事態 としての扱いにな り因果関係の連鎖にならない。

これを「因呆関係における前件 と後件の独立性」と呼んでお きたい。因果関係の構文では、

前件 と後件が本来独立 した事態であることを前提 として、前件 と後件が因果関係 として連 結 されるのである(6t

〔60〕

(7)

テ形による接続 との関係

(1)テ

形における継起関係 と意志性

「ので・か ら」について見て きたので、次に、テ形による接続 について も見てお きたいG 冒頭で も触れた ように、

(40)砂

糖 を減 らしてクッキーをあっさりと仕上げた。

とい う文は成立する。 また、

(41)*私 は駅か らタクシーに乗 った │ので 。か ら│、 時間前 に行 った。

は「時間前 に行けた」 としない限 り不 自然であるが、

(42)私

は駅か らタクシーに乗 って時間前 に行 った。

ならば表現 として成立する。 これは、同一主体の意志的制御 による動 きをテ形で接続 した 場合、時間的な継起 を表す ことになるか らであろう。

このことはテ形の接続すなわち、シテ節の用法に関する議論か らも補強 される。テ形接 続 について検討する仁 田1995は、単に時間的な先行後続の関係だけのシテ節 を時間的継起 のシテ節、シテ節の先行生起 を前提 としてシテ節が主節の起因 となるものを起因的継起の シテ節 と呼ぶ17t前 者の典型は

(43)泉は急いで シチューの肉を口にお しこんで、話題 を変えた.(三浦朱門『借老 司穴』仁田1995:p105)

の ように、「シテ節 と主節が ともに意志動詞で形成 され両者の主体が同一の もの」である。

これに対 して、後者は、

(44)冷

たい ものを食べ過 ぎて腹 をこわ したc

の ようなもので、「シテ節・主節の どちらか一方が無意志的でなければ、シテ形接続は、

主節 に対する起因的な関係 を表す ことはで きない」(同 :plll)と している。

これは、前件 と後件が意志的に制御 される場合、テ形接続 において も、因果関係 として の接続がで きない とい うことであるcこの ことに関 して、仁田1995は「二事象 ともに主体 にとつて制御可能な事象であれば、制御可能であることによつて、それ らの生起 は主体の 意図性 ・計画性の元での もの として解 され、起因性 を帯びず、時間的先後関係が前面化す る」(同 :pl12)と も述べている.起因性 とい うのは同論文ではテ形節 をどう解釈す るか とい う解釈上の概念であ り、独立 したJlt念として規定 されていない点で多少の課題はある に して も、 これは非常に重要な指摘 と言 うべ きであろう。

起因的継起のテ形接続 には異主体や無意志動詞が「多いJとい うことも仁田1995に よつ て指摘 されているが、この観察は、原因理由とその帰結 とい う関係が成立す るためには、

表面的に意志動詞であるか どうか ということではな く、事態の連鎖が同一時空で意志的制 御 を受けてはいけない とい う、因果関係 における前件 と後件の独立性 とい う本稿での議論 か ら説明で きると思われる。

〔59〕

(8)

(2)テ

形 と因果関係連鎖の差異

ただ し、テ形の基本的な意味は、無意志的な事態で もその継起性にあると考えるべ きで あ ろ う。 起 因 的 な 関 係 が 読 み 込 ま れ る に して も、 そ れ は 合 意 (conversational implicature)で あって、キャンセルが可能なのではないだろうか。例 えば、

(45)半

時間後彼が来て座は賑やかになった。

とい う文では「彼が来た」ことと「座が賑やかになったJこ ととは因果関係があるように 通常は解釈 されるcしか し、

(46)半

時間後彼が来て座 は賑やかになった、が、それはたまたまそ うなっただけの ことで、彼が来たことが原因ではない。

の ようにその因果関係性はキャンセルすることがで きるのであるっその点、

(47)彼

が来たか ら座は賑やかになった。

の場合、前件 と後件は明確 に因果関係 として位置づけられ、キャンセルで きない。(47)

に続けて「が、それはたまたまそうなっただけのことで、彼が来たことが原因ではない」

などといった文を付加するとすれば意味的に矛盾することになるc

従 って、逆 に言 えば、明確 に因果関係 として連鎖 させ るためには、「ので 。か らJなど の表現 を使 う必要があるとも考えられる。特に行動の理由を表す場合には、テ形は使用で

きないように思われる.例えば、

(48)おなかが空いた │の

 

か ら│、 ごはんを食べることにした。

とは言 えて も、

(49)*お なかが空いて、 ごはんを食べ ることに した。

とは言えないのではないだろうか3継起用法のテ形接続の本質は言 うまで もな くその継起 性 にあるか らである。前件 と後件 とが ともに同一主体の意志的制御 による動 きであれば、

テ形の接続は意志的に制御 された行為の連続 となるだけであって、不 自然 な文 とはならな い と考えられるc

因果関係の接続詞の用法

以上、因果関係 とは、本来別個の事態 において、ある事態が別の事態の生起要因となる とい うとらえ方であるとい うことを見て きた。その関係づけにおいて、同一主体が意志的 制御 をすれば、それは意志的に制御 された一事態 として把握 されることになるので、因果 関係の接続は成立 しないのであった。

因果関係 を表す表現 における意志的制御の制約 とい うことは、因果関係 というものが 日 本言吾においていかにオ巴握 されているか とい うことを考える重要なヒン トになる。 こうした 因果関係は意味論的な特質である。

そこで、お もしろいことに、接続詞における連結で も同様のことが指摘で きるc例 えば、

先の例 を接続詞 を介在 させた結合 に した場合で も、

(50)*私 は砂糖 を減 らした。だか ら、クッキーをあっさりと仕上げた。

とは言 えなしヾ8tこれに対 して、

〔 58 〕       8

(9)

(51)私

は砂糖 を減 らした。だか ら、 クッキーをあっさりと仕上げることがで きた。

(52)私

は砂糖 を減 らした。だか ら、クッキーがあっさりと仕上がったc

とい う文は自然である。

ただ し、独立 した接続詞によって結合す る場合、狭い意味での因果関係ではな く、なぜ そ う述べ るのか といった注釈的用法がある。そ うした意味の場合、一種の言い換 えとして、

(53)私は砂糖 を減 らした。だか ら、クッキーをあっさりと仕上げたことになる。

の ように言 うことはで きる.ただ、この場合 も「ことになる」の ような形式 をつける方が 自然であろう。

単に従属節のみならず、接続詞の用法で も同様のことが 言えるとすれば、因果関係 とい う論理関係の特性 としてより大 きな観点か らの一般化が可能になるように思われる。

おわりに

以上、因果関係 を表す表現における意志的制御の制約 について述べ、因果関係における 前件 と後件の独立性 とい う観点か らの一般化 を提案 した。 ここでの議論は、因果関係 とい う事態 と事態の関係がいかに言語的に把握 されているのか、そ して、意志的制御 とい うこ とが事態の発生要因 としていかに言語表現 に関わるのか、 とい うことの相互関係の中で位 置づけられる。 これは複文のみならず接続詞の用法にも関わる意味的現象であった。

今後の課題 としては次のようなことがある。第一に、因果関係 に関わる他の形式 につい て も検討 をしてい くことである。実は、本稿で述べて きた因果関係の「ので・か ら」で成 立す ることは概ね「ためにJでも成立す る。 しか し、因果関係 を表す形式 には、「〜おか げで」「〜 したばか りに」など様 々なものがある。大 きくは同 じ扱いがで きそ うであるが、

当然 なが ら詳 しい検討が必要である。

第二に、こういつた表現 については日本語教育での誤用 も考えられ、対照研究 を進めて い くことも課題である。例えば中国語では、(16)の 文に対 して、

(54)因力悦了可′

)自的事,所以把核子1`]囁了一跳

の ように言えるという。英語で も、多少混乱 しているとい う印象はあるものの、

(55) Because l told a horror story,I made the children terrilled

とい う文は不 自然ではない とのことであるcこの ように他の言語でどうなのかを今後検討 してい くことは重要な課題である。仮 に言語 によって、因果関係 における前件 と後件の独 立性 という条件が強 く働 くか どうかが違 うならば、 日本語の ような言語 と、そ うでない言 語 において、その違いが ほかの文法現象 にどう反映 しているのか を考 えてみる余地があ る。

第三に、本稿では、前件 と後件が動 きの場合の因果関係の用法について述べたが、他の 述語のタイプや他の接続の関係について も検討が必要である。例えば、挨拶 としては、

(56)お会い │できて

 ?で

きたので│  うれ しいです。

の ように「ので

Jが

言いに くい場合がある。事態間の関係の様々なあ り方について も、議 論 を深めてい くことが必要であるc

〔57〕

(10)

こうした課題 については稿 を改めて考えてい きたい。

/1

11)本稿では前件 と後件共に動 きの場合すなわち動詞述語の場合を取 り上げる。

12)この場合「ため (に)」 も使えるがむ しろ目的 として解釈 される。

13)実現司育ヒとは、「三 日かかつてようや くレポー トが書けた」のように、「様 々な条件によつて、あ る動作 を実現することが可能 不可能である

 

あつたJことを表す もの(渋谷1993:p14)とされる。

本稿では、さらに、意志があるもののその意志だけでは制御で きない事態 という位置づけで考えた いと思う。実現可能では「いいこと」について しか言わないが、それ もここか ら説明できる可能性 がある。

14)前件はこの事態に関連 して意志的に成立 した ものではない。│ヽわばきっかけであ り、前件が後件 に寄与する度合いが低 く、この場合「ためにJも言いに くい。ただ し、後述するように、状態化す るという点で、事態の発生す る時点がずれるということも考えられる。この文で も、後件に「こと がで きるJを使 う方が さらに安定する。

15' 動詞句の意志性 については一種の連続性 もあ り、 さらなる検討が必要である(森1988)。 なお、

言 うまで もな く、意志動詞か どうかの違いは、用法に関連するのであつて、単純に語彙的に指定さ れるものではない。例えば、「会 うJには「明 日会お うJのような意志的用法 もあるが、「出会う」

に相当するような無意志的用法 もある。そこで、

'1え

ば、因果関係で結ばれた、

講義に出るのを怠けなが ら、図書館 にだけはたびたび通っていたので、五月のある日、私は避 けていた柏木に会った。(三島由紀夫 『金閣寺』)

における「会うJは無意志的用法 と言えるが、こうしたことは逆 に因果関係 における同一主体の意 志的制御の制約か ら説明で きる。

16, 前件が状態述語の場合、意志的に前件が発生 しているわけではない という点で、やは り意志的制 御による事態 とは言 えない場合がある。その 点で、例えば、「私は車の免許 をとっていた │ので か ら│、 運転を買つて出た。Jのような文では「車の免許をとるJ動きその ものは意志的であつたと

して も、前件の状態その ものは意志的な発生ではない点で因果関係での接続が成立する。

17)テ形 による接続には様々な関係がある。例 えば仁田1995は、「腰 を浮か して ドアを見つめる」の ような付帯状態、「にこやかに言つて立ち去る」のような時間的継起、「風邪がこじれて発熱 したJ

のような起因的継起、「兵が乗 つていて、船首 には機関銃が据えてあるJのような並列、 というよ うに分類する(ただ しこれ らには連続性 もある)。 この中で特 に因果関係 と関わ りが深いのが起因 的継起の場合である。

18,「だか らJ「そのため」などの明確 に因呆関係 を表す接続詞に対 して、「それでJなど、継起的関 係 を表す という解釈が可能になる別の接続詞ならば多少言いやす くなるか もしれない。本稿での議 論がこうした接続詞の意味の分析 にもつながるとすれば興味深いのだが、紙幅の関係 もあ り、別稿 に期 したい。

参考文献

渋谷勝己1993「日本語可能表現の諸相 と発展J『llK大学文学部紀要』331

白川博之1995「理由を表 さない「カラJJ F複文の研究 (上)』 (仁田義雄編)くろしお出版 田雀行則1987「統語構造 と文脈情報JF日本語学』65

〔56〕

(11)

永野

 

1952「「か らJと「のでJはどう違 うかJ『国語 と国文学』292

仁田義雄1995「シテ形接続 をめ ぐってJ『複文の研究 (上)J(仁田義雄編)くろしお出版 前田直子2009『日本語の複文条件文 と原因

 

理由文の記述的研究』 くろしお出版 南不二男1974『現代 日本語の構造』大修館書店

森山卓郎1988『日本語動詞述語文の研究』明治書院

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参照

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