NII-Electronic Library Service
法
寶
の
一乗
観
『 一乘
佛
性
究
竟
論
』 「 一乘
顕
密
章
」 を中
心
にN工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
伊
藤
尚
徳
法寶の一乗 観 (伊藤 〉 一 、序
言
五 世紀
の は じ め 、 イ ン ド より
中 国 に 伝 え ら れ た唯
識 思想
は 、 ほ ぼ 同時
期 に 伝 え ら れ た 如 来蔵
思想
の 影 響 を受
け た た め 、 両 思 想 が 融 合 さ れ た か た ち で変
化 し受
容 さ れ て い っ た 。 す な わ ち 、 中 国唯
識 思 想 は、 あ ら ゆ る 衆 生 に は 如 来 藏 ・佛
性
が 内 在 す る と いう
一 般 的 理解
を 基 盤 と し て 、 発 展 ・ 形 成 し て い っ た の で あ る 。 『 十 地經
論 』 を 所 依 と し て 発 達 し た 「 地 論 学 派 」 で は 、 現象
世 界 を作
り 出 す 阿頼
耶
識 を 如 来 蔵 と 同 一 視 し て 真 妄 和合
と し た 。 ま た 、 地 論 学 派 の 説 を 継 承 し て 『攝
大
乘
論
』 ( 以 下 『 攝 論 』 ) を所
依 と し て 発 展 し た 「攝
論
学 派 」 で は 分別
を作
り 出 す 阿 頼 耶 識 は妄
な る存
在 と し て 、 そ の奥
に絶
対 清淨
な る 阿 摩 羅 識 を 立 て た 。 こ の よう
に 阿頼
耶
識 と 如 来蔵
を結
び つ け る 理 論 が 展 開 す る 傾 向 が 中 国 仏教
思 想史
を 特 徴 づ け て い る 。 いず
れ の 学 派 も 、 『楞
伽 經 』 、 『 勝 鬘經
』 、 『 涅槃
經
』 な ど に 説 か れ た 如来
蔵
思 想 を継
承 し て 、 そ れ ら を自
ら の 教 理 の中
に取
り 込 ん で い き 、 そ し て 衆 生 に 内在
す る佛
性 を 認 め る 立 場 で 、 如 来 蔵 に 傾 く 心 識 説 を 作 り 上 げ 、 自 ら の 学 説 一569
一智 山 学報第五 十 六輯 を 形 成 し て い っ た の で あ る 。 こ う し た 如 来 藏 を 基 本 と す る 理 解 は 、
単
に 如 来 蔵經
典 の影
響 と いう
だ け で は な く 、 天性
や 道 性 と い っ た 何 ら か の 真実
性 が 自 己 に内
在
す る と 考 え る 中 国 人 の 伝 統 文 化 を考
慮 し て み て も 、 不 自 然 な 理 解 で は な い 。老
荘 思 想 な ど の 理 解 の あ っ た 中 国 の 人 々 に は、 佛 教 が 異 民 族 の 宗 教 で あ っ た に せ よ 、佛
性
と いう
本 来清
淨 で あ る 何 ら か の 実在
が あ ら ゆ る 衆 生 に 具 わ っ て い る と い う 理解
は 、 む し ろ 自 然 な も の で あ っ た と考
え ら れ る 。 反 対 に 、 そ う し た 中 国 人 の 気 質 か ら い え ば 、 自 己 の 中 に あ る はず
の 真 実 の存
在 を 疑 う 仏 教 的 見解
は 、 あ ま り 好 ま しく
な い も の と し て 受 け 取 ら れ る で あ ろう
。 七 世 紀 前 半 、 玄 奘 ( 六 〇 ニ ー 六 六 四 ) は イ ン ド よ り 新 来 の 唯 識 思想
を 伝 え た 。 こ の 新 来 の 唯 識 思 想 は 、 こ れ ま で 中 国 で如
来 蔵 的 に解
釈 さ れ 、変
容 し た 唯 識 思 想 と は 異 な り 、 イ ン ド の 純 然 た る 唯 識 思 想 で あり
、 如 来蔵
思想
と は 明確
に 切 り 離 さ れ た も の で あ っ た 。 す な わ ち 、 如 来蔵
を 頼 り と し て 苦 し み か ら の 解 脱 を 説 く の で は な く 、 衆 生 に 内 在 す る 佛 性 の 存在
に つ い て 疑 問視
し 、 雑 染 の 阿 頼 耶 識 を直
視 し 、 そ の 轉 依 に よ っ て 衆 生 は 苦 し み か ら 解脱
で き る と いう
唯 識 思 想 で あ る 。 さ ら に 、 こ の新
来 の 唯 識 思想
は 、 イ ン ド の 階 級 社 会 を 反 映 し た も の で あ っ た た め 、 衆 生 に は そ れ ぞ れ 持 っ て 生 ま れ た 種 姓 が 備 わ っ て お り、 衆 生 の 一 分 に は 成 佛 で き な い無
性 有 情 も い る と す る 「 五 姓 各 別説
」 を 提 示 し た 。 こ の 五 姓各
別 説 は 、 そ れ ま で 一 般 的 で あ っ た 『涅
槃 經 』 の 「 一 切 衆 生 悉 有佛
性
」 説 に抵
触
す る も の で あ り 、 佛性
の 存在
を 当 然 視 し 、 そ こ に 一 切 衆 生 の救
済
を 面 日 と し た 佛 教 の 有 用 性 を 見 出 し て き た 中 国 の 佛 教 徒 に と っ て は 容 易 に は受
け 入 れ 難 い も の で あ っ た 。特
に 『華
厳 經 』 や 『 涅 槃 經 』 を 信 奉 す る者
た ち は 、 す べ て の衆
生 が 一 様 に 成 仏 で き る と す る 一乗
真 実 の 立場
か ら、 無性
有 情 の 存 在 を 認 め る 唯 識 学 派 の 教 理 を権
教 と し て 見 做 し た の で あ る 。 一570
一NII-Electronic Library Service 法寶の 一乗観 (伊 藤) し か し 、 唯 識 学 派 の
本
意 は 、仏
陀 の 入 滅後
に 展 開 し て き た ア ビ ダ ル マ や 般若
思想
を 統 合 し た 非 有 非 空 の 中 道 の 教 え こ そ が 大 乗 仏 教 の究
極
で あ り 、 そ の 教 え が 無 性有
情
に 限 ら な い 一 切 の 衆 生 に 開 か れ た も の で あ る と い う こ と を 宣 揚す
る と こ ろ に あ っ た 。 す な わ ち 唯 識 学 派 は 一 切 の衆
生 に 開 か れ た 教 えコ
切乘
」 と し て の 一乗
を 主 張 し て い た の で あ る 。 唯 識 学 派 が 所 依 とす
る 『解
深
密
経 』 で は 、 現 実 的 社 会 に 存 在 す る 衆 生 は様
々 に区
別 さ れ る こ と を 認 め な が ら も 、 非有
非 空 の真
理 は 一 切 の衆
生 に開
か れ た も の で あ る こ と か ら、 「 密 意 に 一乗
を 説 く 」 と し て い る 。 唯 識 学 派 で は こ の 『 解 深密
経
』 の 一 乗 説 を 最 了義
と し 、 他 学 派 の 一 乗 説 と 会 通 を 図 っ た の で あ る 。 し か し 一 乗 を 主 張 し な が ら も 、無
性 有情
の 是 非 に つ い て の 問 い は 残 さ れ た ま ま で あ っ た 。 そ の 問 題 に 関 わ る 佛 性 観 や 成 佛 論 、 さ ら に 一 乘 三乘
に つ い て の議
論
は 、 唯 識 学派
内 部 に お い て も 、 多く
の 学 匠 た ち の間
で 論争
さ れ た の で あ る 。 初 期 の 唯 識 学派
に お い て 、 『 攝 論 』 の 学者
で あ り 、 か つ 『 涅 槃 經 』 を信
奉 し て い た 霊 潤 は 五姓
説 を 批 判 し た 。 こ れ に 対 し て 玄 奘 門 下 の 神泰
が 反 論 し、 新 羅 僧義
栄 も 無性
説 を 批判
し た と いう
。 そ の 後 に法
寶
が 出 て 『 一乘
佛 性 究 竟 論 』 ( 以 下 『 究 竟 論 』 ) を 著 し 、 一 切 皆 成 論 の 立 場 か ら 、 唯 識 学 派 の 「 密意
一乗
」 は あ く ま で方
便 の 説 で あ る と し、 そ れ に対
し て 『法
華 經 』 や 『 勝 鬘経
』 で 説 か れ る 一乗
義 を 「 了義
一 乗 」 と し て 唯 識 学 派 の 教 理 を 批 判 し た 。 こ れ に 慧 沼 は 『 能 顕中
邊
慧 日 論 』 ( 以 下 『 慧 日 論 』 ) を 著 し て 反 論 し て い る 。 法寶
は 『 浬槃
経
』 を 信奉
す る も の と し て は 霊 潤 の 立場
を 継 承 す る 人物
で あ り 、 『 究 竟 論 』 は中
国 に お け る 涅槃
師 の 一 乗 仏 性 に 対す
る 見解
が よ く 示 さ れ た 著作
と い え よう
。 ま た 、 そ の 後 の 日 本 に お い て南
都 と 天 台 の間
で 展 開 し た 一 乘 三乘
の 権実
論
争 は 、 法寶
と 慧 沼 の解
釈 に 拠 る と こ ろ が 大 き い と い わ れ る 。 す な わ ち 、 法 相 の徳
一 は 『慧
日論
』 の 注釈
を 著 し て 三 乗 五 性 の 立場
を 明 ら か に し 、伝
教
大師
最 澄 は ま た 『 究 竟論
』 に 依 り な が ら徳
一 を論
破
し た 。 こ の こ と は源
信
の 『 一 乗 要決
』 に 述 べ ら れ て い る と こ ろ で あ る が 、 源 信も
そ の 中 で 頻繁
に 『 究竟
論
』 を 引 用 し て 一 571 一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学報 第五十六輯 一 乗 義 を
闡
明 す る の で あ る 。 中 国 か ら 日 本 へ と 繋 が る 仏 教 史 の 展 開 を 考 え る に あ た っ て 、 仏性
の 有無
や 一 乗観
に つ い て の 議 論 は 最 も 基本
的 な 課 題 で あ り 、 仏 教 と 人 間 性 と の 関 わ り に 深 く 根 ざ し た も の で あ る 。 五 姓各
別 と 一 切 皆 成佛
と い う 思 想 の 狭 間 で 、 中 国 の 仏 教 徒 は ど の よう
な 視 点 で 仏 教 を考
え、 人 間 性 を 捉 え た の で あ ろう
か 。今
回 は法
寶
を 取 り 上げ
、 『究
竟
論
』 か ら 、 そ こ に表
さ れ た 一 乘観
の 特 徴 を ま と め て み る こ と に す る 。 二 、法
寶
に
つ いて
法
寶
( 六 二 七 p・ 七 〇 三 ) の 生 没 年 に つ い て は 明 確 で な い が 、 『 宋 高 僧 伝 』 巻 第 四 に 彼 の 行跡
に つ い て 略 述 さ れ て い る 。 法 寶 は 、 玄 奘 の 譯場
に 参 加す
る も 、 『 大 毘 婆 沙論
』 の譯
出 時 に は 、 既 に そ の 譯 出 方 法 に つ い て 玄 奘 に 意 見 し て い た と あ る 。 聖 言 量 と い う 佛 陀如
来
の 教 え を 重要
視 し、自
分 の 信 念 に沿
わ な け れ ば 、 た と え 師 で あ っ て も 対 抗す
る 気 概 を 備 え た 人 物 だ っ た よ う で あ る 。釋 法 寳 。 亦 三 藏 奘 師 學 法 之 神 足 也 。
性
靈 敏 利 最所
先
焉 。 奘 初譯
婆 沙 論畢
。 寳 有 疑 情 。 以 非 想 見 惑 請益
之 。 奘 別以 十 六 字 入 乎
論
中 。 以 遮 難 辭 。 寳白
奘
日 。 此 二句
四 句爲
梵 本有
無
。 奘 日 。 吾 以義
意酌
情
作
耳 。寳
日 。 師 豈 宜 以凡 語 増
加
聖 言 旦 里 乎 。 奘 日 。 斯 言 不行
我知
之 矣 。 自 此 包 … 烋 頡 頏 于奘
之 門 。 至乎
六 離 合 釋義
。 倶舍
宗 以 寳爲
定 量矣
。光 師 往
往
同 迦 濕 彌 羅餘
師 禮 記 衍 字也
。時
光 寳 二 法 師 若 什 門 之 融 叡焉
。 後 越精
義 學 令 問孔
膠 。 長 安 三 年 於福
先寺
( 1 )
京
西 明寺
。 預義
淨 譯 場 。 寳 與 法 藏 勝 莊等
。 證 義 。 于 時 頗 露 頭 角 。莫
之 與京
歟
。こ の 中 で 「
倶
舍 宗 以 寳爲
定 量 矣 。 」 と あ る よう
に 、 彼 の 註疏
で あ る 『 倶舎
論 疏 』 は 玄 奘 門 下 の神
泰
『 倶 舎 論 疏 』 、 普光
「 倶 舎 論記
』 、 な ど と 共 に、 『 倶 舎 論 』 の 三 大 註 疏 と し て名
高
い 。 し か し 、彼
の 宗 と す る と こ ろ は 唯 識 学 派 の ぞ 一572
一NII-Electronic Library Service れ で な く 、 専 ら 「
涅
槃
經 』 を信
奉
し 、 一 切皆
成 の 立 場 に 立 つ も の で あ っ た 。 『 倶舎
論
疏
』 に従
っ て 次 の よ う な教
判 を 立 て て い る 。世
親 論 主 。 意無
朋
執 。 依第
一 時制
造 此論
。 同第
一 時 。依
第 二時
造 般 若 論 説 諸 法皆
空 。 の 中 で 、 世 親 の 著 作 年 代 同第
二 時意
。 依第
三 時 釋 法寶の一乗観 (伊藤)攝
論等
。 旨 趣 同其
解
深 密意
。 依第
四 時 述 法 華 論 。 明 二乘
無 滅 。 與前
三 教 別 。 依 如 來 藏無
上依
經等
諸 大乘
經
述 佛性
論 。會
經 中 説 一 分 決定
無
涅槃
法
。 以爲
不
了 。 依 涅槃
經
造 涅槃
論 云 。 法華
前 經 總 爲 一 教 云 。 以 生 死 度衆
生 爲 船 。( 2 )
法
華 經 爲 一 教 。 以 萬 行 爲船
。 涅槃
經 爲一 教 。 以 無 生 滅爲
船 。玄
奘
以 来 の 唯 識 学派
で は 、釈
尊
の 教 え の 内 容 を 三 段 階 に分
け 、 小 乗 を第
一 時 教 に 、 般 若 思 想 を 説く
空 教 を第
二 時 教 に 、 そ し て 非 有非
空 の 中 道 を説
く 『 解 深密
経 』 な ど の唯
識
経 典 を 究 極 と す る 三 轉 法 輪 説 が 唱 え ら れ 、 そ れ に よ っ て 仏教
教 理 の 統 合 が 図 ら れ て い た 。 法寶
は こ の 三 轉法
輪
説 を 自 ら の 信仰
に 基 づ い て 会 通 し 、唯
識 学派
が所
依 と す る 『 攝 大 乘論
釋
』 な ど は第
三時
で あ り 、 さ ら に 第 四 時 に 『法
華
論 』 、 さ ら に は 教時
を 示 さ な い も の の 、 『 如来
藏
經
』 、 『 無 上依
經 』 な ど に 依 っ て 『 佛性
論 』 を説
い た 時 代 、 そ し て 最後
に 『涅
槃 論 』 を 立 て る 。 こ れ は 『涅
槃 論 』 こ そ が 、 世 親 の 円熟
し た段
階 お い て 造 ら れ た論
書
で あ る と いう
解
釈 を示
す
も の で あ る が 、 『涅
槃
經 』 を 信 奉す
る 彼 の 主張
を よ く表
し て い る 一 例 で あ る 。 聖 言 量 を 重 要 視 す る真
摯
な 教 学態
度
を持
つ 法寶
は 、 唯 識 の教
説
に つ い て 否 定 し な い ま で も 、 『 涅 槃 経 』 を 深奥
と す る 教 判 を 明確
に 打 ち 立 て て い た の で あ る 。彼
は 長 安 三 年 に 義 浄 〔 六一 二 五 七 一 三 ) の 譯 場 に 参 加 し 、 同 門 の新
羅 僧 勝 荘 ( 七 〇 三1
) や 、華
厳 学 派 の 法藏
( 六 四 三 − 七 一 二 ) と 共 に 証 義 の 任 に 当 た っ て い る 。 『 金 光 明經
』 が 譯 出 さ れ た そ の 場 に は 、 慧 沼 ( 六 五 〇1
七 一 四 ) も 参 加 し て い た こ と が 『 宋 高僧
伝
』 の 慧 沼 の 記事
か ら知
ら れ る が 、 法寶
『 究竟
論 』 も 慧 沼 『 慧 日 論 』 も 、 お よ そ 、 そ の 頃 に 相 次 い で 書 か れ た と考
え ら れ る 。 一 切皆
成 説 を宗
と す る法
寶 は 唯 識学
派 で 説 く 一乗
義
を ど の よう
に 解釈
し573
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智山学 報第五 十 六輯 た の か 。 以 下 、 『
究
竟 論 』 の 一乘
義
に つ い て 見 て み る こ と に す る 。三
、 『 一乘
佛
性
究
竟
論
』に
見
ら
れ
る
一乘
義
法寶
の 一 乘観
の 特 徴 は 『 究 竟 論 』 巻 三 = 乘 顕密
章第
六 」 の 中 か ら 伺 い知
る こ と が で き る 。 法寶
は 、 は じ め に 真 諦 譯 『 攝 大 乘論
釋
』 に 引 か れ る種
々 の 一乘
義
を 示 し な が ら 「 究竟
一乘
」 と 「 密 意 一乘
」 に つ い て 言 及 し て い る 。梁
攝 論 云 。 摩 訶 般 若 説乘
有 三 義 。…
又 引 中 辺 論 。 乘 有 五 義 。 ・…
又 有 二 種 。 . 了 義 一 乘 。 二 密 意 一乘
。 又 有 二 種 。 一爲
定 性 菩 薩 説 一 乘 。 二爲
不 定 性 聲 聞 菩 薩 説 一乘
。 准 此 論文
。乘
體 以真
如爲
性
。 爲 三 煩 悩 覆 故 。凡
夫
二 乘 不能
得
見 。 以 福慧
因 除 其 三 惑 。 引 真 如 出 。 究 竟 證 得 大 菩 提 果 。 此 是 正 乘等
。 如 其所
求 爲 説 餘乘
名 方 便乘
。 此 即 佛 乘 是究
竟
。 二 乘爲
方 便 。 又 法 華 ・ 涅 槃等
經 云 。 方 便説
三 乘 。 究 竟説
一乘
。佛
性 論 云 。 入 聖 道 已 。 生 究竟
涅槃
心 。 爲破
如 此 増 上慢
心 故 。 説 大 乘法
花
等 眞實
法 教 。 准 此等
經 論 。 一乘
爲
究 竟 。 三 乘 爲 方 便 。 ・…
一乘
( 3V
有
二 。 一 密 意 一 乘 。 二究
竟
一 乘 。 有 差 別 故 。 深密
攝論
等 是密
意 一乘
。 法華
等
是 究 竟 一乘
。 こ こ で は そ の他
「 定 性 の菩
薩 の た め に 説 か れ た 一乘
」 と 「 不定
性
の 声 聞 と 菩薩
に 対 し て説
か れ た 一乘
」 と を 示 す が 、 こ れ ら は そ れ ぞ れ 「 了義
一 乘 」 と 「 密 意 一 乘 」 に 対 応 し て い る と 考 え ら れ る 。 『解
深 密 経 』 で 説 か れ た 「 密 意 一 乗 」 は 、 現 実 に機
根 差 別 のあ
る衆
生 に 対 し て 、 仏 が 何 ら か の 意 図 を も っ て 開 い た 唯 一 の 教 え で あ る 。 あ ら ゆ る 衆 生 は こ の 一 乗 に よ っ て 無 ヒ 安 穏涅
槃
を 證 得 で き る と さ れ る 。 し か し実
際 に 成 仏 で き る の は 発 心 し て 大 乗 に 廻向
す る 不 定種
性 と 菩薩
種 性 だ け で あ り 、 大 乗 に 回向
し な い 決 定種
性 は 成 仏 で き な い と さ れ る 。 こ れ は 不 定性
の 聲 聞 と菩
薩 の た め に 説 く 一 乗 と 見 做 さ れ よう
。 そ れ に 対 応 す る定
性
菩 薩 に 説 く 一 乗 は 、 決定
種
性 の聲
聞 や 縁 覚 もす
べ て 成 仏 でき
る と 説 く と いう
意 味 であ
り
、 具 一574
一NII-Electronic Library Service 法寶の一乗観 (伊藤) 体 的 に は 『 涅 槃 経 』 や 『 法 華
経
』 で 説 か れ る 一乗
義 が考
え ら れ る 。 こ れ は 「 密 意 一乗
」 と 比 べ れ ば 、 す べ て の種
性
が 成 仏 で き る と い う 点 に お い て 、 教 え を 開 き、 そ の 意義
を つ く し た も の で あ る こ と か ら 、 「密
意 一 乗 」 と対
称
的 に 「 了 義 一 乗 」 、 さ ら に は 「究
竟
一 乗 」 と し て 扱 わ れ る の で あ る 。 そ れ は 「 准 此 論文
」 以 下 、法
寶
が 正 乘 と 方便
乘
を 分 け 、 『 法 華 經 』 ・ 『 涅槃
經
』 な ど が 正 乘 た る 「 究竟
一乘
」 であ
る と し 、不
定 種 姓 の存
在
を 認 め る 『 解 深 密 經 』 ・ 『 攝 大乘
論 』 等 を 方 便乘
た る 「 密 意 一 乘 」 と し て 、 そ れ ぞ れ を 対応
さ せ て区
別 し て い る と こ ろ か ら も 明 確 で あ る 。 「密
意 一乗
」 を 「 方便
」 と いう
意味
で解
釈 し 、 「 了 義 」 と対
称 化 さ せ 、 『法
華 経 』 や 『 涅槃
経 』 に 基 づ い た 自 説 を展
開
す る の は法
寶
の 一 乗 観 の 特徴
で あ る 。 法 寶 は こ の 二 つ の 一乗
義
に つ い て 具体
的 に 九 つ の相
違 点 を 挙げ
、 さ ら に 明確
に 区 別 し て い る 。 深 密攝
論
等 是 密 意 一乗
。 法華
等
是 究 竟 一 乗 。今
釋 二種
一乗
。 更 作 二 門 分 別 。 一 述 異 。 二 引 両 文 對 顕 。 一 述 異者
。 於 中 有 九 。 一存
三 破 二 異 。 二 説時
前後
異 。 三説
位
不 同 異 。 四 滅 別 道 同 異 。 五 分 同 全 同 異 。 六 有 会 無会
異
。 七 合 三開
膈
翼
・ 八爲
人 勝 劣 異 ・ 九説
義乱
畢
] 一 、
存
三 破 二 の 異 : 三乘
が そ れ ぞ れ の 證 果 を得
る か、 二乘
も 成 佛 で き る と す る か の 相 違 二 、説
時
前 後 の 異 : 早 い 段 階 で 説 か れ た 教 え で あ る か 、後
に 説 か れ た 教 え で あ る か の 相 違 三 、説
位
不
同 の 異 : 教 え を 説 か れ た 衆 生 が 三乘
の 立場
を保
つ か 、 一乘
に帰
す る か の 相 違 四 、滅
別
道 同 の 異 : 三乘
そ れ ぞ れ に 得 ら れ る 證 果 が 異 な る か 、 同 じ で あ る か の 相 違 五 、分
同
全 同 の 異 :佛
と 衆 生 が あ る 部 分 で同
じ か 、す
べ て 同 じ で あ る と解
釈 す る か の 相 違 六 、有
会
無 会 の 異 : 一乘
と 三乘
を方
便 と し て 会 通 す る か 、 会 通 し な い か の 相 違 七 、合
三開
一 の 異 : 一 二乘
を 一乘
に 合 わ せ て説
く の か、 一乘
を 開 い て 三乘
を 説 く か の相
違 八 、爲
人勝
劣 の 異 : 所化
の 衆 生 の 機 根 の 相違
N工工一Eleotronlo Llbrary智 山学報 第五十六輯 九、 説
義
不 同 の異
: 所 説 の 一乘
義 の 相 違法
寶 の 一 乘 観 の特
徴 は 以 上 の よ う に 詳 細 に相
違 点 を 挙 げ 、 両 者 の区
別 を 明 確 に す る と こ ろ に あ る 。 そ の中
で 最 も 主 張 す る点
は 、 第 一 に あ げ ら れ た 「存
三 破 二 」 に つ い て で あ ろ う 。法
寶 は 一 切 皆 成 の 立 場 で あ る か ら 、 五 性各
別 で 説 か れ る よ う な 声 聞 と 縁覚
の 不 成 仏 を 劣 っ た 教 え と す る こ と を 論 証 す る 必 要 が あ っ た 。 そ こ で決
定 二 乗 の 寂 滅 を 認 め る 唯 識 教 理 と 、決
定 二 乗 も 成 仏 す る と い う 一 切 皆 成 説 と を 比 較 す る こ と を 通 し て 「 密 意 一 乗 」 と 「 究 竟 一 乗 」 の 峻 別 ず る の で あ る 。 そ れ は 三乘
の そ れ ぞ れ の 證 果 を 認 め る 『 解 深 密 經 』 ・ 『攝
大 乘 論 』 と 、 反 対 に 、声
聞 ・ 縁 覚 の 一 . 乘 も 成佛
で き る とす
る 『法
華經
』 の 相 違 に 集 約 さ れ る 。 こ れ は 他 の 相 違点
に も 関 連 し て い る が、第
九 「 説 義 不 同 」 の 中 で 、 『攝
大乘
論
』 の 一 乘 義 と 『法
華
經
』 の 一 乘 義 に つ い て 示 す の も 結 局 の と こ ろ 、 「 存 三 破 二 」 を 具 体 的 に 説明
す る た め で あ る 。法
寶
は 密 意 一乘
と究
竟
一乘
の 異 な り に つ い て 、 比 喩 を あ げ て 説 い て い る 。存
三 破 二 異 者 。 密 音 三 乘 。 三 乘皆
有 究 竟涅
槃 。 因 果倶
別 。 同 法界
等 。 密 説爲
一 。 如 説羊
鹿 牛 車 。 小 大 不 同 。 流 處各
別 。 同 水 等 故 。 密 説爲
一 。究
竟 一 乘者
。 如前
説 。 門 外 有 羊鹿
車 。 破 前所
説 。 云 無 二 滅 。 究 竟 同 一 牛 車 。 亦 如 江 河 海 水 。 流 處各
別 。 江 河 究 竟 。 皆 帰於
海 。 此 破前
説
有 二 滅 也 。 (…
中 略…
) ( 5 ) 九 説 義 不 同 異 者 。 攝 論 一乘
依 十義
説 。 法華
一 乘 依 四義
説
。 廣 如 下 釋 。 説 義 不 同 。 明 知乘
異 。 す な わ ち 、 密 意 一 乘 は 、 羊 ・ 鹿 ・牛
車 の よう
に 、 三 乘 が そ れ ぞ れ別
の 修 因 を備
え 、 別 々 の 證 果 に 趣 く と さ れ 、 さ ら に 河 の 支 流 の よ う に 、 流 れ の 行 き着
く 所 は異
な る け れ ども
、 流 れ て い る水
は 同 じ と いう
点
に お い て 一乘
を 説 く も の と 喩 え る の で あ る 。 一 方 、 究 竟 一 乘 は 三 車 を方
便
と し 、 二乘
は そ れ ぞ れ の 證 果 に 至 る の で は な く、 究竟
の牛
車
で み な 同 一 の教
え に の っ とり
、 河 の 流 れ は 支 流 を作
り な が ら も 、究
極 的 に はす
べ て 同 じ 大 海 に い た る こ と が、 あ ら ゆ る 衆 生 が 同 一 の 佛 一576
一NII-Electronic Library Service 果 を 成 ず る こ と に
喩
え ら れ る 。 以 下 、 具 体 的 な事
例
が 列 挙 さ れ る が、第
九 の 説義
不 同 を 展 開 し つ つ 『 解 深密
經
』 と 『 攝 論 』 の 一乘
の 証 文 に つ い て そ れ ぞ れ を 解釈
し 、 唯 識 の根
本經
典 が密
意 あ る こ と を 示 し 、 後 に 『法
華 經 』 の 一 乘義
と 区 別 さ れ る こ と が 説 か れ る の で あ る 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
四
、 『解
深
密
經
』 一乘
義
に
つ いて
法寶の一乗観 (伊藤)法
寶
は 具体
的 に 『解
深 密經
』 ・ 『顯
揚
聖教
論 』 ・ 『攝
大 乘論
』 に 説 か れ る 一乘
の 証 文 を あ げ 、 こ れ に つ い て解
釈
す る が 、 そ の特
徴 に つ い て 見 て み る こ と に す る 。 は じ め に 『解
深
密 経 』 で あ る が、 こ の 經 は 経典
と 名 づ け ら れ る も の の 、 形式
的 に は論
書 の性
格
を も っ て お り 、 心 識 説 や 三 性 説 と い っ た 唯 識 教 理 が詳
細 に 説 か れ て い る 。 そ れ だ け に唯
識 学 派 の 所 依 の 経 典 と し て第
一 に 挙 げ ら れ る が 、法
寶
は こ の 『解
深 密 経 』 の不
了 義 を 証 明 す る こ と で 、 『 法 華 経 』 や 『浬
槃 経 』 が 了 義 で あ る こ と を 明 ら か に し 、 「密
意 一 乗 」 と 「 究 竟 一 乗 」 を峻
別 す る の で あ る 。 『解
深密
経 』 の 一 乗 義 は巻
二 の 「 無自
性
相
品 」第
五 に 説 か れ て い る 。 『解
深
密 経 』如
來 爲 彼 更 説法
要
。 謂相
無自
性
性 。 及 勝義
無
自 性 性 。爲
欲令
其 於 一 切行
能 正厭
故 。:
・ 乃 至 諸 聲 聞乘
種
性有
情
。 亦 由 此道
此行
跡 故 。 證 得無
上 安 隱 涅槃
。 諸 獨 覺乘
種
性 有 情 。 諸 如來
乘
種
性
有
情 。亦
由 此 道 此行
跡
故
。 説得
無
上 安 隱 涅槃
。 一 切 聲 聞獨
覺菩
薩 。 皆 共 此 一妙
清 淨 道 。 皆 同 此 一 究 竟清
淨
。更
無 第 二 。 我 依 此 故 。密
意 説 言 唯( 6 )
有
一 乘 。 非 於 一切
有 情 界中
。無
有 種種
有情
種
性 。 或 鈍根
性 或 中 根 性 。或
利 根性
有 情 差 別 。 こ こ で は 、 唯 識教
理 の 中核
と も 言う
べ き 三性
説
に つ い て示
さ れ た後
、 そ の 実 体性
を 否 定 し 、 真 実 と いう
観
点 か ら 一577
一智山学 報第五 十 六輯 改 め て 三 無 性 説 が 説 か れ る 。 言 い
換
え れ ば、 そ れ は 円 成実
性
と い う 空性
体 験 に 基 づ い た 世 界 観 で あ り 、 二 空所
顕 に よ っ て 示 さ れ る 体 験 的 な 場 で あ る 。 「 由 此 道 此 行 跡 故 」 と は 、 三無
性
の 実 践 修行
、 す な わち
教え
で あ り、声
聞 乘 、 独 覚 乘 、 如来
乘
も す べ て 、 こ の 三無
性 の 教 え を 実 践 す る こ と に よ っ て無
上 安穏
涅槃
を 證 得 で き る と いう
。 つ まり
『 解 深 密 經 』 は 、 . 二乘
の す べ て は 本 来 空 で あ る と いう
根
拠 に よ っ て、 そ れ ぞ れ が異
な る も の で は な い コ 妙清
淨 道 」 を 主 張 す る も の で あ る 。 し か し 、 そ れ に よ っ て 世 俗 に お け る 衆 生 の 差 別 を 否 定 す る わ け で は な い 。 衆 生 の 分 別 に よ っ て 構 築 さ れ る 現 実 世界
に お い て衆
牛 の 機 根 は様
々 に 存 在 す る の で あ り 、 「密
意 一 乗 」 と は 、 こ の 世 俗 の 世 界 に対
し て 何 ら か の 意 図 をも
っ て 一 乘 を説
く と い う 意 味 で あ る 。 こ の密
意 の 解 釈 に 基 づ い て 、 唯 識 学 派 の 教 理 に 対 し て 「 三 乘真
実 一乘
方
便 」 と いう
見 方 が 生 じ た の で あ る 。 法 寶 は こ の 証文
に つ い て 以 下 の よ う に いう
。准
此經
文 。 三乘
同 無 性 道 故 。名
之 爲 一 。或
. 二 乘 唯 用 無性
道 故 。 名 之爲
一 。 此 是 等 二 時 教 。 一乘
乘 説 。 第 二 時 教 ( 7 )後
説故
。 又 是會
昔 説 故 。 此 之 一乘
。 攝 論 不攝
。存
三根
時
。 説於
一 故 。 是 密 意 也 。 こ こ で法
寶 の 特 徴 的 な 解 釈 は 、 こ の 一 乗 説 を第
二 時 空 教 に 配 当 し て い る 点 であ
る 。 先 に 述 べ た よ う に 唯 識 学 派 の =. 轉 法輪
説
で は 、 小 乘 の 教 理 を 有 教 と し て 第 一時
教 に、般
若
思 想 を説
く 中 観 の教
理 を 第 二時
教 に 、 そ し て 三 性 三 無 性 に よ っ て 、 あ ら ゆ る 機 根 の も の に非
有 非 空 の中
道 を 説く
唯
識 の 教 理 を 第 三 時 教 と し 、 特 に 『 解 深 密 經 』 が そ れ に 相 当 す る も の と さ れ た 。 玄 奘 の 正 系 の 弟子
で あ る 慈 恩 大 師 基 は、 さ ら に 『 解 深密
經
』 以 外 の 『 法華
經 』 や 『 涅槃
經
』 と い っ た 大乘
經 典 の 中 に も 唯 識 説 を 読 み 込 み な が ら 第 三時
教 に 配 当 す る が、法
寶
は 基 と 同 じ玄
奘
門 下 に あ り な が ら も 、 『 解 深 密 經 』 の 三 無 性道
を 第 三 時 教 と は せ ず に 、 空 經 と し て 第 二 時 教 に 入 れ 込 む の で あ る 。 そ の 上 で 一 乘 の 教 理 は本
来 、第
二時
教578
一NII-Electronic Library Service よ り も
後
に 説 か れ る も の で あ る と いう
解釈
を 重 ね る こ と に よ っ て、 『 解 深密
經
』 の 一 乗 説 は 第 三時
の 了 義 の 教 え で は な い と いう
主張
を 導 い て い る と考
え ら れ る 。 し か も 、 『攝
論 』 の 一 乘義
が 不 完 全 で あ る こ と を 示 す た め に 、 「解
深密
經 』 の 一乘
義 が 『攝
論 』 に は 説 か れ て い な い こ と を あ げ て お り 、 こ の 三乘
二 二時
を 認 め な が ら も 一乘
を 説 く 点 に お い て 『 解 深 密 經 』 の 一 乗義
は 『 法華
經 』 に 比 べ て 未 了義
で あ る こ と を 示 し て い る 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
五
、 『顯
揚
聖
教
論
』 の 一乘
六
因
法寶の一乗観 (伊 藤) 『 顯 揚 聖 教 論 』 ( 以 下 『 顕 揚 論 』 ) は 唯 識 学 派 の 所 依 の 論 書 で あ る 『 瑜 伽 師 地論
』 の 主要
な 部 分 を組
織
し た も の と さ れ る 。 こ の 論 の 中 で は 如 来 が 一 乘 を 説 い た 理 由 に つ い て 六 つ の 根 拠 に よ っ て 説 明 し て い る 。 六 因 の 概 略 を 述 べ れ ば真
如
に 基 づ く 諸 法 の 無 差 別分 別 を 離 れ た 心 の あ り
方
人 法 二 無 我 、 つ ま り 空 性 に お け る
衆
生 の 平等
衆 生 が修
行
し た 成 果 と し て 得 ら れ る 解脱
が 平等
で あ る こ と如 来 が
凡
夫 に 変 化 し て 悟 り を示
す
こ と に よ っ て 、 衆 生 を悟
り
に導
く と い う方
便 を根
拠 と し た 如 来 と衆
生 と の 平等
行
道
の 究 極 性 の 六 つ で あ る 。 『 顯揚
聖 教 論 』 問何
故
如 來 宣 説 一 乘 。 答 由 六 因故
。一
即
彼 諸法
約無
差
別 相 説故
。二 約
無
分 別 行 相説
故
。三
衆
生無
我 及 法 無我
平
等 故 。四 解 脱 平
等
故 。 謂 差 別 求者
有事
虚 妄 分別
煩 惱 對 治 所 縁 法 性 不 相 違 故 。五 善 能
變
化
住故
。 六 ( 8 )行
究
竟
故 。 以 上 の 六 因 は 前 の 『解
深 密経
』 の 一 乗 義 と 比 較 す る と 、 三 無 性 説 の よう
な 具体
的 な 実 践教
理 を 示 さ な い 。 し か し 、分
別 か ら離
れ た 空性
体 験 に 基 づけ
ば 、 衆 生 も如
来 も無
差 別 で あ る こ と を根
拠 と し て 一 乗 が説
か れ る と い う こ と を 表智山学 報 第五十六輯 明 し た も の で あ る 。 こ れ ら が 一 乗 の 説 か れ た 理 由 と し て 挙 げ ら れ る が 、 法
寶
は こ の 文 を 「 密 意 一 乗 」 と し て 引 証 し て い る 。 一 即彼
諸法
約
無
差 別 相 説故
。 此 同法
界 。 二 約 無 分 別 行 相 説 故 。 此 就 平等
智
。 三 無 我 及法
無 我 平 等 故 。 四 解脱
平 ( 9 ) 等 故 。 五善
能
變
化
住 故 。 六 行 究 竟故
。 此 六 之 是存
其
二 滅 。 説差
別 位爲
一乘
也 。法
寶 は諸 法 の
無
差 別 に つ い て 、 「法
界 を 同 じく
す
る 」 と いう
こ と で あ る と いう
。分 別 を 離 れ た 心 の あ り
方
に つ い て は 「 平等
智
に就
い て 」 で あ る と いう
。 ど ち ら も 空 性 に よ っ て 顕 さ れ る真
如
の 境 界 に お け る無
差 別 を い う の で あ ろう
。 し か し 、 法 寶 は 「 此 六 之 是存
其
二 滅 。説
差 別位
爲
一乘
也 。 」 と いう
よう
に 、 六 因 は前
提 と し て 、 衆 生 の 差 別 を 認 め て お り 、 そ の 上 で . 乗 を 説 い て い る と いう
理 由 で 『 顕 揚 論 』 の 一乗
義 も 「 密意
一 乗 」 と し て い る の で あ る 。 た だ し 、 『顯
揚 論 』 の 文 か ら は 、 現実
世 界 に お け る 衆 生 の 差別
が前
提 と し て あ る と いう
こ と は 推 測 で き て も 、 決 定 二 乗 の寂
滅 を 認 め て い る と いう
こ と ま で 読 み 取 る こ と は で き な い 。 お そ ら く 法 寶 は 、 「 顕 揚 論 』 の 六 因 のう
ち無 分 別 行 相 以
外
は す べ て 、 次 に 示 す 『 攝 論 』 の 一 乗 十 義 に 含 ま れ て い る こ と か ら、 『 攝 論 』 の 一 乗 義 を 「密
意 一 乗 」 で解
釈 す る の と 同 じ 理 由 で 『 顕 揚 論 』 を 解 釈 し て い る と考
え ら れ る 。法
寶
は 『 攝 論 』 の 一 乗 義 を に つ い て 、 不定
種姓
を 大 乗 に 誘 引 す る 爲 に 説 か れ た 一 乗 義 と し て解
釈 し、 こち
ら も 決 定 二 乗 の寂
滅 は 否 定 さ れ て い な い と い う の で あ る 。580
一NII-Electronic Library Service 法寶の一乗観 (伊藤)
六
、玄
奘
譯
『攝
大
乘
論
』 の 一乘
十
義
唯識
学 派 が 一乘
説 の根
拠 とす
る 『 攝 論 』 で は 一 乘 を説
い た 理 由 と し て 十 義 を挙
げ
て い る 。前
に 述 べ た よう
に 、 法 寶 は 『 攝 論 』 の 一乗
義 を 不定
種
姓
を 大 乗 に誘
引 す る爲
に 説 か れ た も の で あ り 、決
定
性 の 衆 生 の 存在
を 認 め て い る と し て 「 密 意 一乗
」 と 解釈
す
る の で あ る 。 ま た法
寶 は こ の 『 攝 論 』 の 一乘
義 が 、 諸 經論
に 説 か れ た 一乘
義
を包
攝 す る も の で は な い こ と を 証 明 す る意
図 が あ る よう
に考
え ら れ る 。 『攝
論 』 の 一乘
義
は 二頌
を も っ て 示 さ れ る 。 『 攝大
乗
論
』第
一 偈爲
引
攝 一 類及 任 持
所
餘
第
二 偈由 不 定
種
性
諸 佛 説 一
乘
第 三 偈法
無 我
解
脱等 故
性
不 同( 10 ) 第 四 偈
得
二 意 樂化
究
竟
説
一 乗( 11 ) こ の 頌 に つ い て 、
法
寶
は 『無
性 釋 』 を 引 い て 解 説 す る 。 そ れ に よ る と 第 一頌
で一 類 を 引 攝 し 、
所 餘 を
任
持 す る た め に 諸 佛 は 一 乘 を説
く と さ れ る こ と に つ い て 、 「 一 類 」 と は不
定 種 性 の声
聞 で あ り 、 「所
餘 」 と は 不定
種
姓
の 菩 薩 であ
る と い う 。 そ の 意 義 は 不 定種
姓
の声
聞 が 大 乗 に 回向
で き る よう
に 引 攝 す る こ と と 、 大 乗 の 教 え に 精進
す る こ と を放
棄
し よ う とす
る 不 定 種姓
の 菩薩
が 退転
す
る こ と を留
ま ら せ る と いう
こ と で あ る 。 し た が っ て 「 不 定種
性 に 由 り て 」 と あ る よう
に 、 彼 ら を摂
入 す る た め に 一乘
が 説 か れ た こ と が明
示 さ れ る の で あ る 。 次 に法 ・
無
我 ・解
脱等
故
に つ い て であ
る が 、 こ れ ら は 前 の 『 顕 揚 論 』 の 六 因 と 同 じ も の で あ る 。 た だ法
寶 一581
一 N工工一Eleotronlo Llbrary智 山学報 第五 十六輯 が
提
示 す る 『 無 性 釋 』 に よ る と法 と は 「 真 如 」 で あ る と 解 釈 さ れ 「 顕 揚
論
』 で 「 法 界 」 と定
義
し た も の と 異 な る 。 し か し 、 言 わ ん と す る こ と は 三乘
に 差 別 が あ り な が ら も 、 そ れ ぞ れ の 證 果 を 得 る の で は な く 、 み な 同 一 の 真 如 に 趣 く と い う こ と で あ り 、 意 義 と し て は 異 な る も の で は な い 。 同 様 に衆
生 の 無 差 別 の 根 拠 と し て無
我
( 『 無 性 釋 』 で は 補 特 伽 羅 の 平 等 を 説 く 。 ) 、解 脱 す る こ と に お い て も 、 衆 生 に 差 異 は な い と い
う
こ と を 示 し て い る 。は 種 性 に 区 別 が あ る か ら こ そ 一 乘 が
説
か れ た と す る も の で あ り 、は 佛 と
衆
生 の無
差 別 を 示す
た め に 同 じ 意 楽 を 持 つ こ と、 さ ら に 授 記 す る こ と で 衆 生 が 佛 と 同 じ 意 楽 を 得 る こ と の 二点
に お い て 平等
を 説 き 一乗
の根
拠 と す る も の で あ る 。で は 諸 佛 が 所
化
の 衆 生 と 同 じ種
性 に 変 化 し て、 三乘
の機
根 に 一 様 に 般 涅槃
を 示 す か ら 一乘
を 説 く と いう
も の で あ る 。で は 究 竟 の 教 え に は 、 唯 一 で あ り 、 そ れ 以 外 に
帰
す
る も の は な い こ と か ら 一乘
を 説く
と いう
も の で あ る 。 こ の よう
に 第一 . 頌 に お い て は 、 衆 生 の 区 別 を 認 め て お り 、 「 三乘
真
実 一乘
方
便
」 と 解 釈 さ れ や す い 内 容 が 色 濃 い よう
に 見受
け ら れ る が 、 そ の よう
に 三乘
を 認 め る 立 場 か ら 、 不 定種
性
の 成 佛 の た め に 開 か れ た 教 え と し て の 一 乘 が 『 攝 論 』 の 説 き 明 か す も の で あ る 。法
寶 は こ の 『 攝論
』 の 一 乘義
に つ い て 以 下 の よ う に解
釈 し て い る 。 唯 此論
文 。 大乘
得
至 究 竟 最 勝 名 一 。 二 乘 不 至 究 竟 而 滅 劣 故 非 一 。 不 同 法 華 二乘
皆 同 佛乘
究竟
名 一 。 八種
一 乘 並 不 同法
華 遮 二乘
滅 。 故 知 。 不 是 法 華 一 乘 。 此 八 一乘
不 攝 深 密 經 同 一 道 。 及 顕 揚 第 二 無 差 別 行 相 。 及 同時
説
二乘
( 12 ) 出 生 。 法 寶 は 『 攝 論 』 の 一 乘 義 を 八義
と し て ( 卜 義 の う ち 、 を 無 差 別 義 と し て 一 つ に ) 数 え て い る よう
で あ る 。 そ し て不
定種
性 の成
佛 を 説 く 『 攝論
』 で は 、 決 定 二乘
の声
聞
・ 縁 覚 が 成 仏す
る こ と な く 、 小 乗 の劣
っ た 涅槃
に 至 る と いう
点 が 、 二 乘 も 同 じ く 成 佛 す る 『 法 華 經 』 と 異 な る こ と を 説 い て い る 。 582 一NII-Electronic Library Service こ れ は 前 に 示 し た 『
解
深 密 經 』 の 三 無 性道
に よ る 一乘
義
、 も し く は 『 顯 揚 聖 教 論 』 の 無 差 別行
相
、 さ ら に 二乘
の 出 生義
を含
ま な い 点 に お い て 、究
竟
一 乘 と は 区 別 さ れ る こ と を い っ た も の で あ ろ う 。 出 生 義 と は 、 い わ ゆ る 二 乘 の 寂滅
を否
定 し 、 あ ら ゆ る 衆 生 が 一乘
に 出 生 す る と い う 意味
と し て 解釈
で き る と 思 わ れ る 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
七
、究
竟
一乘
に
つ いて
法寶
は究
竟 一 乘 の 証 文 と し て 『勝
鬘 經 』 の 「 二乘
入 一乘
。 一乘
即 大乘
。 」 、 『 涅槃
經
』 の コ 切衆
生 皆 帰 一 道 。 一 道 者大
乘
也 。 」 な ど を挙
げ る 。 い ず れ も 決 定 二 乘 も 大乗
の 教 え に よ っ て 成 佛 す る こ と を示
す
も の で あ る 。 ま た 『 法 華 玄論
』 を 引 用 し て 次 の よ う に いう
。 「 法 華 玄 論 』 『 法 華論
』 云 。…
十方
世 界 中 尚 無 二 乘 。何
況有
三 。 無 二者
無
二乘
所 得 涅槃
。 唯佛
如来
證 大 菩 提 究竟
満 足 一 切智
慧
名 大 般 涅槃
。 非 諸声
聞辟
支 佛 等有
涅
槃 法 。 唯 一佛
乘 故 。 一 佛乘
者 依 四 義 説 。 応 知 。准
此 論文
。所
説 四 義 ( 13 > 即是
開 示 悟 入 四 種義
也 。 こ こ で 『 法 華 經 』 の 一 佛乘
と は 「開
・ 示 ・悟
・ 入 」 の 四義
で あ る と 解 釈 さ れ る 。 開 示 悟 入 の 四義
は 『 法華
経 』 の 中 で 、 如 来 は 世 に 現 れ て 衆 生 を 教化
す る こ と の 目 的 で あ り 、 四 義 の そ れ ぞ れ に 対 し て 「 無 上 義 」 、 「 同 義 」 、 「 不 知義
」 、 「爲
證不
退 轉 地 」 の 四 つ の 理由
が 示 さ れ る の で あ る 。法
寶
は こ の 四 つ の 理 由 の そ れ ぞ れ が 二乘
の寂
滅 を 否 定 し て い る こ と を 挙 げ 、 究 竟 一乘
の 証文
と し て 解釈
す
る の で あ る 。 一者
「 無 上 義 」 。 除 一 切智
更 無 餘事
。 如 經 欲 [閨
佛
知
見令
衆
生 始 得 清 淨 故 出 現於
世 。…
准 此論
文 。即
此 欲令
一 切 聲 聞 。 自 知當
證 大菩
提 也 。 非 唯 不定
。 一583
一 法寶の一乗観 (伊 藤)智山学 報 第五 十六 輯 二
者
「 同 義 」 。 聲 聞 辟 支 佛 法身
平等
故
。 如 經 欲 [困
衆 生佛
知 見 故 出 現於
世 。…
准 此論
文 。 説 聲 聞 人 。 當 證法
身
也 。 二 乘 時 不 名 法身
。 三者
「 不 知 義 」 。 謂 二 乘 人 不 知 究 竟 唯 一 佛 乘故
。 如 經 欲 開 圃 佛 知 見 出 現 於 世 。…
此如
信
解 品 。 長 者 自 知 将 死 不久
。 窮 子 掌 財 。 窮 子 不 知 財 是 已 有 。…
…
二乘
無
滅 。 聲 聞 自 知 當 得 成佛
。 四 者 「爲
令 證 不退
轉 地 示 現 」 。 與 無 量 智 業 故 。如
經 欲 令囚
佛 知 見 故 出 現 於 世 。 」 ( 14 )…
此 同勝
鬘 經 云 。 二 乘 入 一 乘 。 一乘
即 大 乘 也 。 す な わ ち 、 「無
上 義 」 と い う の は 佛 の 一切
智
智 よ り 勝 れ た も の は な い と いう
こ と で あ る が 、 佛 は衆
生 を 清 淨 に す る た め に 、 そ の知
見
を 開 く の だ と い う 。法
寶
は 、 こ の 文 に つ い て 不 定種
性 に 限 ら な い 、 す べ て の 聲 聞 が自
ら 大 菩 提 を 證 す る と い う こ と を 表 し て い る と 解 釈 す る 。 こ れ に よ っ て 唯 識学
派 で説
く よう
な 、 成 仏 せず
に 、 た だ 解 脱 す る だ け で あ る よ う な 二乘
の 寂 滅 を 否 定 す る の であ
る 。 ま た 、「 同 義 」 は 佛 が 衆 生 に 知 見 を 示 す こ と の 根 拠 で あ り、 聲
聞
・ 辟 支 佛 が解
脱身
で は な く 、 仏 と 平 等 の 法身
を得
ら れ る と い う こ と か ら、 二乗
の 寂 滅 を 否定
す
る も の と し て 解 釈す
る 。「 不
知
義 」 は 、 二乘
は 自 ら 成 佛 で き る こ と を 悟 ら せ る た め に 、佛
は 世 に 出 現 す る の で あ り 、信
解 品 の 「 長 者窮
子 の 喩 」 と 同 義 で あ る と す る 。 こ れ に よ っ て 二乘
も 成 佛 が 可 能 で あ る こ と を 証 明 し て い る 。 そ し て「 爲 令 證 不 退 轉 地 」 は 、 佛 が そ の
知
見
に 衆 生 を 引 入 す る 理 由 で あ る が 、 こ れ は 『 勝 鬘經
』 の 「 二 乘 入 一 乘 一 乘 即 大 乘 」 と 同義
で あ る と す る 。 す な わ ち 法 寶 は す べ て の 衆 生 は 一乘
に 帰 す る と いう
立 場 で 、 『法
華
經 』 と 『 勝 鬘經
』 を 同列
に 並 べ て い る 。 し か し 先 に 述 べ た 『攝
論 』 の 十 義 のう
ち 、 『 法 華 經 』 の 一 乘義
が含
ま れ な い こ と か ら 、 『 攝 論 』 の 一 乘 義 が 不完
全 一584
一NII-Electronic Library Service で あ る こ と を 併 せ て 、
法 華 經 以 四
義
説 一乘
。密
意
一 乘 と 明確
に区
別 を す る の で あ る 。攝
論等
八義
説 一 乘 。義
既 不 同 。 如何
是 一 。 故 知 攝論
不會
法
華 。若
謂 攝 論釋
經 一乘
盡 者 。 何 故 不攝
深密
一 道 一乘
。 顕 揚第
二 無 差 別 行 相 一 乘 。 若 謂攝
者
。 八 中 何 攝 。攝
論 中 尚 不釋
異 時 説 同 一乘
義
盡 。 如 ( 15 ) 何 即令
釋
同 時 説 一 一乘
。 以 上 の よう
に法
寶
は 、 『 攝論
』 の 一乘
義 の中
に 、 密 意 一乘
で あ る 『 解 深 密 經 』 の コ 道 一乘
( 一 妙 清 淨 道 ) と 『 顯揚
聖 教 論 』 の 「第
二 無差
別
行
相 」 に つ い て 言 及 さ れ て な い こ と に つ い て 、 『攝
論
』 の 一 乘義
が他
の 経論
で 説 か れ る 一乗
義 を 攝 め な い未
了義
の 一乘
で あ る と し て 、 究竟
の 一 乘 と区
別
し て い る こ と が 理解
で き る 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
法寶の 一乗 観 (伊 藤)
丶
、 士 ロ 五 ロ ノ糸
ニ コ ロこ れ ま で
見
て き た よう
に 、法
寶 の論
点 は 唯 識 学派
が所
依 とす
る 經 典 に 説 か れ た 密 意 一乘
義
に つ い て 、 そ れ ぞ れ が意
味
内 容 に お い て 異 な るも
の で あ る こ と を 証 明 す る こ と に お か れ て い る 。唯
識 学 派 で第
三 時 の 顕 了 の 教 え と さ れ る 『 解 深密
經 』 は 、 三無
性道
と いう
空 性 を根
拠 に し た 一乗
義 を 説 く の で あ る か ら 、 そ れ は 原 理 的 に第
二時
空 教 で あ る と 法 寶 は 解 釈 す る 。 そ れ 故、 唯 識学
派
で は 了義
と 主 張 さ れ る と法
寶 は未
了義
と す る の で あ る 。同 じ く 唯 識
学
派 に お い て拠
る と こ ろ が 大 き い 『攝
大乘
論 』 の 一 乘義
は、 不定
種
性 を 攝 入す
る た め に 説 か れ た も の で あ る こ と に法
寶
は 注 目 し て論
を 展 開 す る 。 そ こ に 決定
二 乘 の 不 成 佛 を 読 み込
む こ と で 、 こ ち ら も不
完 全 で あ る こ と を 示 し 、 密意
一 乘 は 未 了義
で あ る こ と を証
明 す る の で あ る 。他
方
、 究 竟 一乘
に 『 勝鬘
經
』 ・ 『 法 華 經 』 ・ 『 涅 槃經
』 を挙
げ 、特
に 『法
華 經 』 の 開 示 悟 入 の 四義
を も っ て 、 決定
二585
一智山学 報 第五十六輯
乘
の 成佛
の 根拠
と し 、究
竟
一乘
を 示す
。 る 。 こ れ が 法寶
の 一 乘観
の 特 徴 で あ る 。 ◎ 法寶
の 一乗
観
\
究 竟 一乘
『法
華
經 』 ( 一 切 皆 成 仏 )/
『 涅槃
経 』 『 勝鬘
經 』 こ う し た 比較
に よ っ て 、 法 寶 は 明 確 に 密 意 一乘
と 究 竟 一 乘 を 区 別 を 強調
す 「 開 示 悟 入 」 = = 切 衆 生 皆 帰 一 道 。 一道
者 大乘
也 。 」 ニ 「 二 乘 入 一乘
。 一乘
即 大乘
。 」『 解 深 密 經 』 「 一
妙
清 淨 道 」\
・ 密 意 一
乘
『 攝 大 乘 論 』 コ
乘
十義
」 ( 決定
二 乗 不 成 仏 )≠
/
『 顯 揚 聖 教 論 』 「無
差 別 行 相 」 さ ら に 一切
皆 成 を 主 張す
る法
寶 は、 『 涅槃
經
』 の 佛性
説 に 基 づ き 、 究 竟 一 乘 と密
意 一 乘 を 比 し 、 唯 識 学 派 を 批難
す る が 、 そ の 後 、 慧 沼 は 「能
顕 中 邊 慧 日論
』 を 著 し 、 法寶
説 に 対 抗 す る こ と に な る 。 『 究竟
論
』 は 頻 繁 に 武 則 天文
字 が 使 用 さ れ て い る こ と か ら、 お よ そ 六 九 〇 年 以 降 に 書 か れ た も の で あ る し 、 『慧
日 論 』 は 慧沼
が 七 〇 五 年 の義
浄 の 訳 場 に 参加
し て 表 し た 「 金光
明 最 勝 王経
疏 』 の中
に 引 用 さ れ て い る こ と を考
慮 す る と 、 慧 沼 ・ 法 寶 の 論争
は 七 百 一586
一NII-Electronic Library Service
年
前 後 に な さ れ た も の で あ ろう
。 慧 沼 の没
後
、 唯 識 学 派 は急
激 に 衰 退 し て い く が 、 そ の 兆 候 は他
学 派 に よ る 唯 識 教 理 の超
克
な ど に み ら れ る 。 そ れ は や は り 七百
年
前
後 か ら 始 ま っ て い る と 思 わ れ る 。 『慧
日論
』 で 表 さ れ た慧
沼 の 反 駁 は 、 まず
も っ て 、 法寶
が 区 別 し た 密意
一乘
と 究 竟 一乘
の会
通 に 始 ま る が、 そ の 周 辺 に つ い て の 確 認 は 期 を改
め る こ と に し 、今
後 、 慧 沼 と法
寶
問 の 妥 協 と 不 → 致 の 論 点 に つ い て は 稿 を 改 め て 論 じ た い 。N工工一Eleotronlo Llbrary Servloe
法寶の 一乗 観 (伊藤)
fii
δす
!言
7
「谷 曾 ? 曾 曾 丁
5
主 『 宋 高 僧 伝 』 大 正 藏 五 〇 巻 七 二 七 頁 上 段 二 〇 行 目 『 倶 舎 論 疏 』 大 正 藏 四 一 巻 四 五 八 頁 上 段 一 七 行 目 〜 二 六 行 目 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 七 四 二 頁 右 上 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 七 四 二 頁 右 下 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 一 頁 右 下 〜 『 解 深 密 經 』 巻 二 「 無 自 性 相 品 」 第 五 大 正 藏 一 六 巻 六 九 五 頁 上 段 三 行 目 〜 二 二 行 目 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 二 頁 右 上 『 顯 揚 聖 教 論 』 巻 二 十 大 正 藏 三 一 巻 五 八 一 頁 中 段 二 〇 行 目 〜 二 五 行 目 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 二 頁 右 下 『 攝 大 乘 論 一 大 正 藏 三 一 巻 三 七 七 頁 下 段 一 五 行 目 〜 一 入 行 目 『 無 性 攝 論 一 大 正 蔵 三 一 巻 四 四 七 頁 上 段 二 六 行 目 〜 中 段 二 七 行 目 釋 日 。 依 此 密 意 佛 説 一 乘 。 二 頌 顯 示 。 爲 引 攝 一 類 者 。 了 知 不 定 種 性 聲 聞 。 趣 彼 解 脱 方 便 引 攝 。 令 依 大 乘 而 般 涅 槃 故 説 一 乘 。 及 任 持 所 餘 者 。 爲 欲 任 持 其 餘 不 定 種 性 菩 薩 。 恐 於 大 乘 精 進 退 壊 。 故 説 】 乘 任 持 令 住 。 勿 彼 菩 薩 依 聲 聞 乘 而 般 涅 槃 。 法 等 故 者 。 法 謂 眞 如 。 諸 聲 聞 等 乘 雖 差 別 同 趣 眞 如 。 所 趣 眞 如 無 有 差 別 。 故 説 一 乘 。 無 我 等 故 者 。 補 特 伽 羅 無 我 同 故 。 若 一智 山学報 第五 十六輯 A 15 14 13 12 ) ) ) 實 有 異 。 補 特 伽 羅 可 有 乘 別 。 此 是 聲 聞 此 是 菩 薩 。 既 無 實 異 補 特 伽 羅 故 説 一 乘 。 解 脱 等 故 者 。 謂 彼 三 乘 於 煩 惱 障 解 脱 無 異 。 如 世 尊 言 。 解 脱 解 脱 無 有 差 別 。 由 此 意 趣 故 説 一 乘 。 性 不 同 故 者 。 謂 諸 聲 聞 不 定 種 性 有 差 別 故 。 謂 迴 向 菩 提 聲 聞 身 中 。 具 有 聲 聞 種 性 及 佛 種 性 。 由 此 道 理 故 説 一 乘 。 得 二 意 樂 故 者 。 謂 得 二 種 意 樂 。 一 者 諸 佛 於 一 切 有 情 。 得 同 自 體 意 樂 言 彼 即 是 我。 我 即 是 彼 。 由 是 因 縁 此 既 成 佛。 彼 亦 成 佛 。 是 故 名 得 第 一 意 樂 。 二 者 世 尊 法 花 會 上 。 與 諸 聲 聞 舍 利 子 等 。 授 佛 記 別 。 爲 令 攝 得 如 是 意 樂 。 我 等 與 佛 平 等 無 二 。 又 此 會 上 有 諸 菩 薩 與 彼 名 同 。 得 授 記 別 故 。 佛 = 言 含 二 種 益 。 謂 諸 聲 聞 攝 得 同 佛 自 體 意 樂 。 及 諸 菩 薩 得 授 記 別 。 由 此 道 理 故 説 一 乘 。 言 化 故 者 。 如 世 尊 言 。 汝 等 葛 芻 我 憶 往 昔 無 量 百 返 。 依 聲 聞 乘 而 般 涅 槃 。 云 何 已 成 佛 復 依 聲 聞 而 般 涅 槃 。 是 故 此 中 有 別 意 趣 。 謂 爲 調 伏 聲 聞 種 性 。 所 化 有 情 自 化 其 身 。 同 彼 乘 類 現 般 涅 槃 。 由 此 義 故。 若 聲 聞 乘 若 獨 覺 乘 。 即 是 大 乘 故 。 成 一 乘 究 竟 故 者 。 依 究 竟 理 故 説 一 乘 。 非 無 歸 別 。 由 過 此 外 無 別 勝 乘 。 唯 此 一 乘 最 爲 勝 故 。 佛 説一 乘 。 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 二 頁 左 下 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 三 頁 右 上 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 三 頁 右 上 〜 右 下 『 究 竟 論 』 卍 続 藏 九 五 巻 三 七 三 頁 右 下 一