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密教研究 Vol. 1933 No. 49 003中田 法壽「御出家時代に於ける故小松宮殿下と仁和寺 P40-60」

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(1)

御 出 家 畔 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 〇

殿

(僖 姓 紳 轟 一 、 は し が き 故 小 松 宮 殿 下 と は 元 仁 和 寺 第 三 十 世 の 法 統 を 御 縫 承 遊 ば さ れ た 叙 一 品 純 仁 親 王 の 事 で あ る 。 此 の 宮 殿 下 が 慶 癒 三 年 十 二 月 九 日 、 勅 命 に 依 つ て 復 飾 遊 ば さ れ 、 爾 來 明 治 維 新 の 大 業 に 参 劃 し 、 所 謂 兵 部 卿 の 宮 と 繕 し て 諸 方 に 御 轄 戦 、 專 ら 王 事 に 精 誠 蓋 捧 遊 ば さ れ て 以 後 の 御 業 績に關しては、ヤ妙く と も 明 治 維 新 史 の 一 頁 を 幡 く も の に し て 誰 知 ら 澱 者 も な い 周 知 の 事 實 で は あ ゐ が 、 然 し 此 の 宮 家 が 弘 化 五 年 (嘉 永 元 年) 正 月 二 十 七 日 、 御 年 縫 か に 三 才 に し て 仁 和 寺 第 二 十 九 世 の 宮 、 濟 仁 法 親 王 の 御 附 弟 と し て 此 の 寺 を 相 綾 し 玉 ひ 、 前 記 慶 癒 三 年 、 御 復 飾 に 到 る 迄 、 約 二 十 年 の 間 、 眞 乗 院 孝 恕 僧 正 を 師 範 と し て 專 ら 眞 言 密 敏 の 御 研 究 を 遊 ば し 、 高 祀 弘 法 大 師 の 御 潅 告 と 當 寺 の 開 租 寛 卒 法 皇 (宇 多 法 皇) の 御 遺 誠 に 則 つ て 專 ち 修 輝 密 行 を 敢 へ て し 給 ふ た 事 實 日に つ い て は 宗 内 門 徒 の 以 外 に は 蝕 り 多 く 世 間 事 知 あ

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れ て ゐ な い 所 で あ る 。 さ れ ば 今 筆 者 は 表 題 の 下 に 、 專 ら 故 小 松 宮 殿 下 御 青 年 時 の 實 際 生 活 の 一 斑 を 窺 ふ と 同 時 に 併 せ て 此 の 宮 と 仁 和 寺 の 關 係 に 就 い て 柳 か 述 ぶ る あ ら ん と し て 此 所 に 一 文 を 草 す る に 到 っ た も の で あ る 。 資 料 の 多 く は 仁 和 寺 所 藏 に 係 る 諸 日 記 や 故 宮 家 關 係 の 諸 記 録 に 擦 る も の で あ る が 、 又 高 野 山 其 の 他 に 牧 藏 さ る く 数 種 の 文 獄 資 料 を 墾 酌 し た 事 も 勘 く は な い 。 尤 も 仁 和 寺 所 藏 の 諸 資 料 は 、 去 る 二 月 、 筆 者 が 、 同 寺 の 武 田 、 金 崎 爾 主 事 の 好 意 に 依 つ て 前 後 約 二 十 日 間 滞 在 し 、 其 の 間 に 於 い て 同 寺 の 御 経 藏 及 び 塔 中 藏 爾 庫 の 文 書 記 録 を 一、 見 し 、 明 治 維 新 前 後 に 於 け る 同 寺 の 記 鎌 及 び 高 野 山 史 關 係 の 資 料 を 蒐 集 し 得 た の で あ る が 、 今 の 文 獄 資 料 も 亦 其 の 際 に 蒐 集 整 理 し た る も の な る 事 は 勿 論 で あ る 。 記 載 の 方 法 、 内 容 の 順 序 は 專 ら 年 代 を 逐 ふ て 可 成 的 に 事 實 の 詳 細 を 究 め ん と 努 め た 爲 め に 、 讃 者 諸 賢 中 或 は 二 潰 し て 其 の 冗 漫 を 膿 ひ 、 且 っ 貴 重 の 紙 面 を 徒 ら に 費 し て 全 く 徒 勢 に 類 す べ き も の あ る 事 を 叱 責 さ る く 所 も あ ら ん が 、 此 れ は 、 從 來 我 眞 言 宗 に は 仁 和 寺 の 宇 多 法 皇 (寛 雫 法 皇) 、 大 費 寺 の 後 宇 多 法 皇 を 始 め 奉 つ て 皇 室 皇 族 に し て 御 落 飾 日ま し ま し 、 入 道 出 家 の 行 を 專 ら 實 行 ま し く た 天 皇 、 法 皇 、 親 王 等 高 貴 の 御 方 が 我 が 眞 言 宗 の み に て も 歎 十 百 人 を 歎 へ 奉 り 、 古 今 の 諸 學 者 又 此 の 御 方 々 の 御 業 績 に 關 し て 研 究 を 累 ね 世 に 糞 表 す る 所 多 し と 錐 も 、 然 か も 共 の 日 常 の 御 生 活 に 就 い て は 詳 細 を 極 む る 記 録 あ る も の 勘 き を 以 つ て 、 聯 か 其 の 一 斑 を 補 足 せ ん の 老 婆 心 よ り 出 で し も の な る 事 を 一 言 断 つ て 此 の 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 一

(3)

御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 二 筆 を 進 む る 事 と す る 。 二 、 御 里 坊 移 御 ( 一)

殿

殿

(皇

六)

な か

( 二) 弘 化 五 年 (嘉 永 元 年) 御 年 三 歳 に し て 故 仁 和 寺 宮 第 二 十 九 世 濟 仁 法 親 王 の 御 附 弟 に 治 足 、 其 の 正 月 二 十 七 鳳 に 初 め て 仁 和 寺 を 相 績 遊 ば し 、 同 四 月 五 日 、 仁 孝 天 皇 の 御 養 子 を 仰 出 さ れ (從 つ て 御 母 は 新 朔 ( 三) 卒 門 院 と 定 ま る) 、 翌 二 年 に は 仁 和 寺 の 御 里 坊 へ 御 引 移 り 、 同 五 年 に は 同 じ く 下 御 殿 へ 御 移 轄 遊 ば さ れ た 。 尤 も 仁 和 寺 門 跡 傳 其 の 他 の 記 録 に 依 れ ば 濟 仁 親 王 の 麗 去 は 弘 化 四 年 十 二 月 二 十 四 日 と な つ て ゐ る か ら 此 の 宮 の 仁 和 寺 御 相 績 並 に 御 附 弟 治 定 は 濟 仁 親 王 の 麗 後 一 ヶ 月 以 上 も 縄 過 し て ゐ る 課 に な る 。 此 れ は 恐 ら く 、 既 に 此 の 宮 家 が 濟 仁 法 親 王 の 御 附 弟 と 決 定 し 仁 和 寺 御 相 績 に 略 内 定 、 未 だ 公 式 に 登 表 せ ら れ ざ る 以 前 に 師 の 宮 亮 去 に 就 き 止 む な く 斯 の 結 果 を 見 る に 到 つ た も の と 推 定 出 來 る 。 斯 様 に 師 の 宮 葵 後 の 仁 和 寺 御 相 績 な る が 故 に 、 殿 下 が 上 記 御 里 坊 へ 御 移 轄 と 共 に 法 義 の 師 範 を ば 眞 光 院 教 助 僧 正 と 御 内 定 、 奏 許 を 得 、 他 の 習 字 (書 博 士 加 茂 岡 本 甲 斐 守) 、 讃 書 (松 本 越 前 守) と 共 に 專 ら

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密 激 の 御 傳 授 と 其 の 他 學 問 の 研 究 に 盤 捧 遊 ば す こ と く な つ た 。 尤 も 其 の 鯨 暇 に は 御 遊 戯 と し て 音 樂 (御 揚 弓) を 學 ば れ 、 運 動 と し て は 八 十 八 ヶ 所 の 御 順 拝, 或 は 練 兵 種 々 の 御 遊 が あ り 、 春 季 に 到 れ ば 非 番 の 坊 官 、 諸 太 夫 、 近 習 等 を も 召 さ れ て 、 伽 藍 裏 の 畑 地 に 於 い て 屡 々 凧 揚 げ を 遊 ば し 、 夏 期 は 種 穀 の 焼 火 を 御 覧 遊 ば し た 事 も 一 際 で は な か つ た と 云 は れ で ゐ る 。 坊 間 傳 ふ る 所 の 俗 説 に 依 れ ば 、 故 殿 下 が 御 幼 時 、 仁 和 寺 の 門 前 に 於 い て 御 遊 中 、 さ る 西 國 の 大 名 が 行 列 を 整 へ て 適 行 し 、 偶 々 殿 下 の 列 を 遮 ら る く あ る に 依 つ て 先 駆 の 武 士 が 之 れ を 抱 い て 路 傍 に 除 け 奉 り 、 再 び 行 列 を 整 へ て 將 に 門 前 を 逼 過 せ ん と す る を 坊 官 の 一 人 が 見 附 け 、 彼 の 大 名 を な ち り 陛 下 に 内 奏 し て 幕 府 へ 掛 合 ひ 、 嚴 し く 治 罰 を 乞 は ん と 迫 つ た 爲 め に 、 大 問 題 が 惹 起 し 、 追 て 御 沙 汰 の あ る ま で 謹 愼 し て 命 を ま つ べ し と 云 は れ し 爲 め に 、 其 の 大 名 も 大 い に 驚 き 、 百 方 手 を 盤 し て 謝 罪 に 此 れ 努 む る と 同 時 に 内 濟 方 を 懇 願 し 、 三 日 三 晩 の 間 其 の 儘 仁 和 寺 門 前 の 路 上 に あ つ て 、 附 近 の 民 家 よ り 煮 き 出 し を な し 大 名 も 臣 下 も 途 上 に 立 ち す く ん だ と 云 ふ 逸 話 も 存 す る が 、 此 れ も 恐 ら く は 此 の 當 時 の 出 來 事 で あ つ た と 推 察 ざ れ る 。 安 政 三 年 、 法 義 の 御 師 範 眞 光 院 数 助 僧 正 が 遷 化 せ ら れ 、 其 の 後 任 と し て 眞 乗 院 孝 恕 信 正 が 任 命 せ ら れ た り 孝 恕 僧 正 が 法 義 御 師 範 の 後 役 と し て 任 命 さ れ た の は 同 年 十 二 月 十 三 日 の 事 で あ な が 、 此 れ が 就 任 に 付 い て は ﹁ 御 師 範 記 ﹂ 等 に は ﹁ 一 昨 日 (十 三 日) 不 省 蒙 御 沙 汰 二 付 、 奪 壽 院 へ 段 々 申 聞 候 慮 、 心 疾 無 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 三

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御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 四 擦 固 僻 之 次 第 、 無 致 方 義 、 愚 院 恐 入 候 へ 共 、 外 入 禮 無 之 二 付 、 先 御 請 申 入 ﹂ 云 々 な ど 、 あ つ て 、 最 初 激 助 僧 正 の 後 役 に は 御 世 話 卿 に 於 い て は 仁 和 寺 院 家 の 二 腸 分 た る 尊 壽 院 敏 遍 僧 正 を 推 爆 し た に も 拘 ら す 、 此 の 曾 正 が 偶 々 所 勢 の 故 を 以 つ て 動 め 難 き 旨 、 再 三 固 僻 し た 爲 め で あ る 。 安 政 三 年 十 二 月 二 十 八 日 、 孝 恕 僧 正 が 御 師 範 役 に 就 任 し て 最 初 の 御 傳 授 が あ つ た 。 師 ち 其 の 前 日 (廿 七 目) 孝 恕 僧 正 自 筆 に な る 次 の 如 き 折 帯 (中 鷹 紙 四 つ 折 、 包 紙 も 同 断) を 授 け 奉 り 、 藥 師 本 願 経 の 御 傳 授 が あ つ た. 御 傳 授 始 本 願 藥 師 経 安 政 三 年 十 二 月 廿 八 日 水 宿 金 曜 書 口 、 御 傳 授 の 式 は 、 先 づ 巳 刻 よ り 孝 恕 僧 正 (素 絹 指 貫) 墾 室 、 寝 殿 唐 子 間 に 於 い て 、 東 面 中 央 に 高 租 大 師 の 御 影 を 掛 け 、 其 の 前 に 八 組 机 一 脚 (火 舎 、 六 器 、 瓶 二 口 、 佛 供 二 杯 、 燭 壷 二 本) 、 南 面 に 脇 机 一 脚 、 此 れ に 藥 師 経 並 に 塗 香 器 を 置 き 、 其 の 南 側 に 掌 曇 (小 紋 橡) を 据 ゑ て 師 範 の 座 と な し 、 御 位 牌 殿 に は 故 濟 仁 法 親 王 の 御 影 を 掛 け 、 巳 宇 刻 頃 よ り 傳 授 を 始 め た 。 先 づ 入 堂 、 高 麗 大 師 を 御 葬 、 師 範 着 座 (北 面) 、 次 に 殿 下 御 着 座 (南 面 尤 も 御 萬 は な し) 、 次 に 師 範 に

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向 つ て 三 禮 、 次 に 藥 師 経 傳 授 、 畢 て 三 禮 (師 範 に 向 つ て) 、 次 に 御 位 牌 殿 故 濟 仁 親 王 に 御 舞 (師 範 同 列) 出 堂 。 相 濟 ん で 後 、孝 恕 僧 正 よ り 評 定 所 へ 無 事 御 濟 の 旨 恐 悦 中 入 、 御 祝 と し て 御 膳 ( 二 汁 五 楽) 御 菓 子 (五 種) を 賜 つ て 午 刻 過 退 出 、-此 れ が 即 ち 初 傳 授 の 式 で あ る 。 尤 も 前 御 師 範 役 敢 助 僧 正 よ り 既 に 数 次 に 渉 つ て 法 義 の 御 指 南 を 受 け て ゐ ら れ る 様 で あ る が 、 今 は 手 許 に 其 の 資 料 を 持 た ぬ か ら 後 日 の 記 載 に 調 る 事 と す る 。 郎 日 、 仁 和 寺 よ り 松 本 越 前 守 を 以 つ て 眞 乗 院 へ 御 使 、 滞 う な く 相 濟 、 殿 下 御 満 足 に 思 召 さ る く 由 の 口 上 を 述 べ 、 先 例 に よ り 昆 布 五 十 本 に 朋 二 重 料 金 五 百 疋 を 相 添 へ 禮 詞 を 述 べ し め ら れ 、 孝 恕 僧 正 は 直 接 封 面 、 御 使 引 物 と し て 銀 三 匁 を 包 み 、 翌 日 参 室 、 昨 日 の 御 使 御 禮 、 併 せ で 御 慶 儀 あ 爲 め 舞 領 物 の 御 禮 を 誌 上 し た 。 御 傳 授 に 際 し て 、 殿 下 は 御 菌 も な く 着 座 、師 範 に 三 舞 等 、高 貴 の 方 と 錐 も 法 義 の 事 に 關 し て は 相 常 嚴 ( 五) 格 で あ り 、 又 御 師 弟 の 間 柄 に つ い て も 、 殿 r よ り 師 範 孝 恕 僧 正 に 封 し て 、 寒 中 御 尋 (十 二 月 十 七 日) 、 ( 六) (七) (八) (九) 歳 末 御 祝 儀 (同 廿 八 日) 、 歳 首 御 祝 儀 (安 政 四 年 正 月 十 二 日) 、 年 始 初 御 成 ( 二 月 廿 八 日) 、 暑 中 御 尋 (六 (十) (十 一) (十 二) 月 六 日) 、 中 元 御 祝 儀 (七 月 十 一 日) 、 冬 至 御 祝 儀 (十 一 月 七 日) 、 寒 中 御 尋 (十 二 月 九 日) 、 節 分 恒 例 星 供 (十 二 月 廿 一 日) 、 歳 末 御 祝 儀 等 、 そ れ ノ, 御 使 を 以 つ て 眞 乗 院 へ 伺 は し め ら れ, 僧 正 よ り 一 々 翌 日 墾 室 し て 御 禮 言 上 等 略 一 年 間 の 行 事 を 見 て も 頗 る 親 密 で あ つ た も の と 窺 は れ る 。 安 政 四 年 正 月 十 八 日 、 御 稽 古 始 が あ り 、 下 御 殿 御 床 ノ 間 に 於 い て 帥 身 義 の 御 習 讃 が あ り 、 以 後 卒 日 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 五

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御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 六 御 修 業 の 日 課 が 決 定 さ れ た 。 孝 恕 僧 正 よ り 殿 下 へ 指 上 げ 允 御 日 課 書 (奉 書 切 紙) は 左 の 適 り で あ る。 御 日 課 朝 御 入 堂 臨 池 御 手 習 内 外 典 御 習 讃 但 儒 典 等 未 刻 過 爲 期 、 其 籐 時 御 閑 隙 、 國 書 雑 類 御 披 覧 夕 御 入 堂 右 無 御 慨 怠 、 御 動 業 、 御 側 輩 最 可 有 心 得 之 事 (十 三) 御 月 課 中 、 外 典 は 儒 者 中 沼 了 藏 が 寝 殿 水 鳥 ノ 間 に 於 い て 毎 月 七 ノ 日 に 論 語 を 御 講 繹 申 上 げ 、 諸 臣 一 同 が 陪 聴 を 許 さ れ た 。 同 十 一 月 廿 一 日 、 御 紐 直 し の 儀 に つ き 、 御 出 洛 御 里 坊 に 御 止 宿 、 習 日 伏 見 宮 邸 に 於 い て 御 慶 事 、 即

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僧 正 へ も 野 由 司 書 を 以 つ て 右 餅 三 十 入 二 彙 を 下 賜 せ し め ら れ た 。 紐 直 し と は 室 町 時 代 よ り 起 れ る 紐 落 し 帥 ち 今 迄 衣 服 に 附 け た る 紐 を 去 り 、 初 め て 帯 を 結 ぶ の 儀 式 で あ る 。 ﹁ 諸 大 名 出 仕 記 ﹂ に は ﹁ 帯 直 し の 事 、 九 歳 に て 仕 候 ﹂ と あ り 、 ﹁ 女 大 學 数 草 ﹂ に は ﹁ 帯 直 覗 、 女 子 七 歳 ﹂ と あ り 、 又 ﹁ 一 話 一 言 畝 間 池 答 ﹂ に は ﹁ 後 水 尾 院 の 年 中 行 事 に 九 歳 の 時 紐 落 有 ﹂ 試 々 と あ つ て 初 め は 男 女 九 才 、 後 に は 男 子 は 九 才 (但 し 武 家 は 七 才 の 事 あ り) 、 女 子 は 七 歳 に て 行 ふ の 例 と な つ て ゐ る の に 、 殿 下 の 此 の 時 の 御 年 は 既 に 十 } 歳 で あ つ た 。 街 此 の 儀 式 は 音 は 多 く 十 一 月 中 の 吉 日 を 選 び て 行 ひ (後 に は 十 一 月 十 五 日 と 定 ま る) 、, 當 日 は ゑ は う 子 孫 の 多 い 夫 婦 を 頼 み 、 當 人 を 吉 方 に 向 ひ 立 た し め 、 紐 の 附 せ ざ る 衣 服 と 帯 と を 廣 蓋 に 入 れ て 持 出 し 此 れ を 着 せ し め ( 男 兇 な れ ば 夫 、 女 子 な れ ば 婦) 、 式 終 つ て 三 献 の 祝 ひ あ る も の で あ る が 、 殿 下 の 紐 直 し は 古 音 の 例 に 則 つ て 十 一 月 二 十 二 日 辰 時 に 定 め ら れ 、 懸 り 役 に は 惣 奉 行 橋 本 民 部 卿 、 同 矢 守 備 後 守 懸 り 役 山 崎 近 江 守 、 谷 右 兵 衛 等 が 任 命 さ れ た 。 ( 一) 小 松 宮 家 編 纂 ﹁ 故 小 松 宮 殿 下 御 傳 年 譜 ﹂ ( 二) 一 品 入 道 濟 仁 親 王 は 有 栖 川 一 品 織 仁 親 王 の 第 十 一 子 、 御 母 は 准 母 藤 中 納 言 頼 子 、 葉 室 前 大 納 言 頼 煕 女 、 寛 政 九 年 三 月 七 日 御 誕 生 、 誠 宮 と 栴 し た 。 享 和 元 年 五 月 七 日 、 御 年 五 歳 に し て 動 修 寺 為 御 相 績 、 丈 化 四 年 八 月 十 一 日 、 御 年 十 一 歳 に し て 仁 和 寺 々 御 相 績 、 同 寺 第 二 十 八 世 深 仁 親 王 ( 後 喜 多 院 御 室) の 御 附 弟 と な ら ぜ ら れ 、 翌 五 年 三 月 二 十 一 日 、 上 皇 の 御 養 子 、 同 六 年 三 月 二 十 日 、親 王 宣 下 、 同 九 月 二 十 五 日 、 御 入 室 得 度 (戒 師 は 眞 光 院 前 大 曾 正 暉 謹) 、 同 七 年 十 二 月 二 口 、 直 叙 一 品 、 同 十 年 三 月 二 十 六 日 (十 七 歳) 入 壇 灌 頂 ( 大 阿 暉 謹) 、 弘 化 四 年 十 二 月 二 十 四 日 、 御 籍 去 。 御 年 五 十 二 歳 、 仁 和 寺 第 写二 十 九 世 不 壊 均 院 御 室 御 出 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 七

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御 出 家 時 代 に 於 け ち 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 八 と 構 し 奉 ろ 。 ( 仁 和 寺 門 跡 傳 、 同 略 誌 等 に よ る) ( 三) 殿 下 が 御 里 坊 へ 御 引 移 り と 共 に 、 出 仕 の 臣 士 が 御 本 殿 と 御 里 坊 の 二 派 に な り 、 坊 官 諸 大 夫 の 内 、 二 人 は 御 側 付 、 御 近 習 四 人 の 内 一 人 は 前 髪 小 姓 、 日 々 交 代 に 宿 番 と な り 、 御 里 坊 詰 に は 外 に 乳 人 一 人 、 乳 母 人 一 人 、 女 中 一 人 常 詰 、 尤 翌 二 年 、 殿 下 、 下 御 殿 へ 御 移 韓 後 ば 乳 母 人 ば 慶 ぜ ら る ﹂ も 他 は 全 部 同 断 。 乳 人 は 刑 部 卿 と 云 ひ 准 諸 大 夫 の 格 式 。 ( 四) ﹁ 御 師 範 記 ﹂ は 牛 紙 四 折 版 、 墨 付 九 十 四 枚 の 日 記 で あ る が 、 表 紙 に は ﹁ 御 師 範 記, 安 政 三 丙 辰 年 十 二 月 起 首 、 竹 香 室 ﹂ と あ る 。 書 燈 、 丈 字 、 其 の 内 容 か ら 推 察 し て 眞 光 院 孝 恕 僑 正 自 筆 本 な る 事 が 疑 為 入 れ ぬ 。 内 容 は 安 政 三 年 十 二 月 十 一 日 、 初 め て 曾 正 が 芝 築 地 文 換 法 印 ( 坊 官) の 歌 に 接 し て 故 殿 下 の 法 義 御 師 範 役 に 選 ば れ 、 元 治 二 年 三 月 十 二 日 、 故 殿 下 が 一 勇 阿 閣 梨 の 宣 下 な 蒙 ら ぜ ら る ま で 為 誌 し て ゐ る 。 ( 五) 御 使 野 田 司 書 、 白 銀 十 匁 賜 は る 。 孝 恕 翌 日 謬 室 御 請 御 禮 申 入 。 ( 六) 御 日使 同 上 、 綾 料 ・金 萱 爾 賜 は る 。 孝 恕 同 上 。 ( 七) 御 使 同 上 、 昆 布 料 白 銀 五 匁 賜 は る 。 同 上 。 ( 八) 正 月 十 八 口 、 年 始 に 付 毫 孝 恕 よ り 御 硯 一 面 献 上 。 二 月 二 十 八 日 、 年 始 に 付 眞 光 院 へ 初 御 成 。 書 院 に 於 い て 御 野 癒 御 慶 詞 あ り 持 佛 堂 御 拝 畢 つ て 御 休 息 、 御 問 の も の 御 重 組 、 御 酒 、 御 吸 物 等 献 す 。 賄 方 は 御 殿 よ り 付 添 ひ 來 ろ 。 年 始 御 覗 儀 先 例 に 依 り 目 録 、 金 三 百 疋 、 昆 布 三 十 本 拝 領 、 矢 守 備 後 守 (諸 大 夫 筆 頭) 外 近 習 六 人 雇 從 、 玄 關 西 ノ 間 に 休 息 に 付 き 三 重 組 、 慶 が 酒 、 碧 楽 饅 頭 五 十 為 出 す 。 未 刻 過 還 御 、 帥 刻 下 御 殿 へ 塗 上 御 禮 申 入 、 挨 拶 の 爲 め 使 々 以 つ て 金 五 十 疋 、 賄 方 一 人 へ 青 銅 二 十 疋 、 行 事 方 へ 、 同 二 十 疋 、 大 部 屋 二 人 へ 酒 料 と し て 遣 之 。 同 日 、 御 側 近 脅 、 眞 光 院 へ 殿 下 初 御 成 御 満 足 に 思 召 す 由 の 御 禮 御 使 あ り 。 ( 九) 御 使 野 田 司 書 、 白 銀 十 目 賜 は る 。 孝 恕 翌 日 塗 室 御 禮 申 入 。 ( 十) 御 使 同 上 。 綾 料 金 壼 爾 賜 は る 。 同 上 。 ( 十 一) 御 使 同 上 。 先 例 に 任 ぜ 、 餅 料 白 銀 五 目 賜 は ろ 。 直 答 御 禮 申 入 、 御 使 後 下 御 殿 へ 使 々 以 つ て 御 請 御 禮 に 兼 れ 近 例 に よ り 白 銀 五 匁 、 豆 腐 料 と し て 献 上 。

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( 十 二) 恒 例 の 如 く 御 當 年 星 供 奉 勤 、 尤 も 御 本 律 並 に 御 供 物 御 下 賜 、 翌 朝 御 本 寧 返 上 、 御 供 来 な 奉 献 、 同 二 十 二 日 、 御 使 田 中 司 馬 。 御 當 年 星 供 の 御 布 施 物 金 百 疋 賜 は る 。 孝 恕 翌 日 参 室 御 請 御 禮 申 入 。 ( 十 三) 朱 子 學 者 、 春 來 可 然 儒 士 な 召 出 さ れ 、 御 調 繹 催 さ ろ 儀 、 重 役 へ 申 入 、 人 膿 に 就 き 奏 聞 な 経 て 當 蒔 學 習 所 付 の 儒 士 申 沼 氏 存 招 か る 。 三 、 御 賜 諜 も 親 王 宣 下 安 政 五 年 三 月 二 十 三 日 、 伏 見 宮 家 に 於 い て 、 陛 下 よ り 御 震 翰 の 御 諒 を 賜 は り 、 御 諜 を ﹁ 嘉 彰 ﹂ と 改 名 し 給 ふ た 。 御 賜 誰 の 事 に 關 し て は 。 彼 の 昨 冬 の 御 紐 直 し 、 次 に 行 は せ ら る べ き 親 王 宣 下 の 御 大 禮 と 共 に 、 廣 橋 前 大 納 言 が 御 世 話 卿 と し て 、 專 ら 朝 廷 と の 間 に 斡 旋 の 勢 を 取 ら れ た も の で あ る が 、 先 づ 三 月 十 八 日 に は 、 朝 廷 の 非 藏 人 口 に 於 い て 。 同 卿 よ り ﹁ 書 取 の 日 限 ﹂ ( 日 取 書) を 渡 さ れ 、 愈 々 二 十 三 日 の 午 刻 と 決 定 さ れ た 。 當 日 は 殿 下 が 御 宇 尻 、 御 引 袴 着 用 に て 、 芝 築 地 文 換 (直 綴 着 用) 、 吉 田 尾 張 介 、 小 幡 藏 人 、 山 崎 釆 女 八 木 安 之 亟 、 木 村 右 衡 門 (以 上 麻 上 下 着 用) 等 の 坊 官 諸 太 夫 を 從 へ て 、 辰 刻 許 り に 御 出 京 、 巳 孚 刻 頃 に 伏 見 殿 へ 御 着 、 暫 し 御 休 息 の 後 、 書 日 式 の 介 添 役 た る 入 道 宮 と 御 同 席 に て 御 床 間 へ 御 着 席 を ま つ て 御 諜 下 賜 の 式 が 始 め ら れ た 。 儀 式 は 極 く 簡 箪 な る も の で 、 先 づ 午 孚 刻 に 御 世 話 廣 橋 卿 迄 準 備 萬 端 相 整 ふ た 由 、 非 藏 人 口 へ 申 入 、 未 刻 頃 、 廣 橋 卿 が 三 浦 玄 蕃 (近 習 役) の 案 内 に て 伏 見 殿 へ 墾 向 、 次 に 田 中 織 部 正 (諸 太 夫 、 服 沙 麻 上 下 着 用) の 先 導 に て 御 床 間 へ 墾 入 、 御 名 字 (御 諜) 折 番 を 御 文 筥 の 儘 差 上 げ 、 殿 下 御 出 家 蒔 代 に 於 け る 敵 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 四 九

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御 禺 家 時 代 に 於 け ろ 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 〇 は 文 筥 を 受 取 り 、 開 封 御 頂 戴 の 上 、 次 の 間 へ 出 で 御 禮 言 上 、 畢 つ て ﹁ 宜 敷 し く ﹂ と あ つ て 御 文 筥 を 渡 さ れ 、 折 帯 を 開 い て 篤 と 御 諦 を 舞 見 、 直 に 父 宮 (伏 見 宮) に 御 渡 し 、 御 休 息 所 へ 退 出-斯 く し て 式 は 終 り 、 殿 下 は 戌 宇 刻 に 下 御 殿 へ 還 御 ま し ま し た が 、 此 の 時 、 御 誰 の 折 番 は 御 輿 の 中 へ 入 れ て 御 持 墾 遊 ば れ た 事 は 勿 論 で あ る 。 此 の 時 の 御 諜 は 今 に 仁 和 寺 に 所 藏 さ れ て ゐ る が 、 檀 紙 三 つ 折 (包 紙 も 同 断) に ﹁ 嘉 彰 ﹂ の こ 字 が 御 震 筆 を 以 つ て 誌 さ れ 、 別 に 小 奉 書 (包 紙 は 美 濃 紙) を 以 つ て 御 訓 書 ﹁ 嘉 彰 與 志 阿 喜 ﹂ が 添 へ ら れ て ゐ る 。 尤 も 師 宮 濟 仁 法 親 王 が 文 化 度 に 賜 は つ た 御 名 字 は 正 し く 震 筆 、 御 訓 書 は 女 筆 の 様 に 見 受 け ら れ (正 し く 女 筆) る に 樹 し て 此 れ は 双 方 共 御 同 様 勅 筆 た る 事 疑 を 入 れ ぬ も の で あ る 。 文 化 度 に 於 い て 御 訓 書 を 女 筆 と な さ れ し は 何 等 か の 故 實 典 慷 あ る に 依 つ て の 事 で あ ら う が 筆 者 は 未 だ 其 の 故 實 を 知 ら ぬ か ら 此 所 に 其 の 典 擦 を 記 載 出 來 ぬ 事 を 憾 み と す る 。 次 に 同 年 三 月 二 十 七 日 、 同 じ く 伏 見 殿 に 於 い て 愈 々 親 王 宣 下 の 御 儀 式 が 行 は せ ら れ た 。 親 王 宣 下 と は 云 ふ ま で も な く, 天 皇 の 御 見 弟 姉 妹 及 び 皇 子 皇 女 等 陛 下 に 最 も 親 し き 王 の 義 で あ る が 、 彼 の 大 寳 令. に 依 れ ば 某 兄 弟 姉 妹 、 皇 子 女 を 親 王 、 内 親 王 と 総 し 、 其 の 他 は 悉 て 諸 王 と 稽 し て 待 遇 を 匿 別 し 、 宮 内 省 の 被 官 に 正 親 司 を 置 い て 其 の 名 籍 を 管 せ し め て ゐ る 。 然 る に 後 世 親 王 宣 下 の 事 が 行 は る 、 に 到 り 、 皇 子 、 皇 孫 、 諸 王 た る を 澗 は す 、 皆 隆 下 の 宣 下 に 依 つ て 親 王 を 聡 す る に 到 っ 允 。 今 の 宣 下 の 如 き も 即

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ち 此 の 例 に 因 ん で 行 は せ ら れ だ 儀 式 で あ る 。 尤 も 現 今 で は 決 し て 宣 下 の 事 な く 、 陛 下 よ り 四 世 ま で は 悉 て 宣 下 を 経 す し て 親 王 と 欝 し 、 五 世 以 後 を 王 と 稽 す べ き 制 と な り 絡 つ た の で あ る 。 又 御 出 家 に し て 親 王 宣 下 あ り し を 法 親 王 と 聡 し 、 親 王 に し て 出 家 し 給 へ る を 入 道 親 王 と 欝 し 奉 つ た も の (從 つ て 小 松 宮 殿 下 は 入 道 親 王 で あ る) で あ る が 、 此 れ も 現 今 で は 親 王 の 出 家 し 給 ふ 事 な け れ ば 從 つ て 其 の 欝 號 は 磨 し て 今 は 存 せ ぬ も の で あ る 。 扮 て 親 王 宣 下 に 先 立 つ て 朝 廷 に 於 い て は 先 づ 其 の 墾 役 を 定 め ら れ 左 の 諸 卿 が 此 れ に 任 命 せ し め ら れ た 。 上 卿 甘 露 寺 中 納 言 愛 長 卿 奉 行 廣 橋 頭 左 大 弁 胤 保 朝 臣 弁 中 御 門 椹 右 弁 経 之 勅 別 當 徳 大 寺 大 納 言 公 純 卿 家 司 慈 光 寺 大 夫 有 仲 下 家 司 矢 守 備 後 守 源 李 允 下 家 司 御 牧 左 衛 門 椹 大 尉 源 景 顧 又 御 世 話 卿 は 廣 橋 前 大 納 言 光 成 卿 、 御 取 持 の 堂 上 方 に は 野 宮 宰 相 中 將 、 廣 橋 頭 左 大 弁 胤 保 、 葉 室 大 夫 御 出 家 昨 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 専 五 一

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御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 二 長 邦 の 諸 卿 が 選 ば れ 、 勅 使 に は 阿 野 侍 從 中 將 公 誠 朝 臣 、 勅 使 副 使 は 鈴 木 左 近 將 監 (刀 指 二 人 、 下 部 三 人 ( 、 准 后 御 方 の 御 使 と し て 大 原 左 近 將 監 へ侍 三 八 、 仕 丁 一 人 、 下 部 九 人) 、 敏 宮 御 方 の 御 使 と し て 南 大 路 越 中 守 (侍 二 人 、 宰 頷 一 人 、 刀 指 一 人)、 和 宮 御 方 の 御 使 と し て 土 山 右 近 將 監 (侍 二 人 、 宰 領 一 人 、 刀 指 一 入 、 下 部 六 人) 、紡 宮 御 方 の 御 使 と し て 澤 村 撮 雲 守 (侍 二 人 、 宰 領 一 人 、 刀 指 一 人 、 下 部 六 人 、外 ( 一) に 物 持 七 人) と 決 定 さ れ た 。 術 仁 和 寺 御 殿 に 於 い て も 坊 官 諸 太 夫 に 夫 れ く 配 役 を 命 じ 、 御 本 所 詰 、 内 侍 所 御 代 墾. 禁 中 、 准 后 、 關 自 、 太 閤 等 へ の 御 使 御 返 答 役 よ り 御 賄 方 に 到 る 迄 悉 て 決 定 さ る 、 所 あ つ た 。 撫 て 當 目 の 儀 式 は 最 初 宣 旨 授 受 の 儀 に 依 つ て 始 ま り 、 次 に 供 献 の 儀 を 行 ふ を 以 っ て 式 を 全 く 終 ∼ す る も の で あ る が 、 其 の 次 第 書 は 次 の 通 り で あ る 。 宣 旨 の 式 先 、 勅 別 當 着 座 宮 (殿 下) 御 出 座 、 女 房 塞 簾 次 、 史 肱持 胤 墾 み旦 ヒ日 一入 筥 着 二侍 一所 座 一 次 、 家 司 出 レ進 、 史 授 工 宣 旨 幅 此 儀 、 家 司 進 出 之 時 、 史 下 座 相 寄 授 受 、

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次 、 家 司 覧 翫 宣 旨 一於 工別 當 一披 見 ノ 返 シ 給 次 、 別 畳 甲 墾 二進 臓恨 殿 一候 宮 御 側 次 、 家 司 進 庇 候 御 氣 色 禽 目 給 次 、 家 司 墾 進 、 準 宣 旨 一置乍 レ御入 前レ筥 退 候 庇 次 、 御 覧 畢 、 置 二 宣 旨 御 側 一合 目 給 次 、 家 司 墾 上 取 二室 筥 於 二初 所 返 授 レ史 、 史 退 出 次 供 御 献 次 供 献 之 儀 先 、 御 盃 壷 次 、 烹 雑 、 (勘 } 献 蛇 撫 詑 、 撤 二銚 子 一) 次 、 御 盃 壷 、 (便 撤 初 壷 一) 次 、 前 物 、 (便 撤 房 雑 勘 二 献 如 一 献 詑 、 撒 銚 子 一) 次 、 御 盃 壷 、 (便 撤 一二 献 一御 盃) 次 、 一 物 、 (便 撤 立剛 物 、 勘 一一三 献 津 轍 詑 、 撤 工銚 子 一) 次 、 逆 上 撤 之-仁 和 寺 藏 ﹁ 親 王 宣 下 記 録 に 依ろ﹂ -御 出 家 時 代 に 於 け ち 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 三

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御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 四 當 日 卯 上 刻 、 殿下 は 列 を 整 へ て 直 ち に 伏 見 殿 へ 御 成 、 綾 い て 同 殿 へ 勅 別 當 (徳 大 寺 大 納 言)、 御 世 話 卿 (廣 橋 前 大 納 言) 御 取 持 (野 宮 宰 相 中 將 、 廣 橋 頭 弁 、 葉 室 大 夫)、 家 司 (慈 光 寺 大 夫)、 宣 旨 使 (壬 生 左 大 史 輔 世 宿 禰) の 諸 卿 が 墾 着 、 双 方 御 休 息 の 後 奥 御 殿 に 於 い て 御 樹 面 (入 溢 宮 御 扶 助) の 後 、 書 院 に 於 い て 愈 々 宣 旨 の 式 が 行 は れ た 。 式 は 大 禮 上 記 の 式 次 に 示 す が 如 く 、 極 く 簡 輩 な も の で あ る が 、 此 の 時 使 用 さ れ た 伏 見 殿 に 於 け る 式 場 の 指 圃 を 仁 和 寺 所 藏 に 係 る ﹁ 親 王 宣 下 記 録 ﹂ に 依 つ て 輻 載 せ ば 次 の 如 く で あ る 。 御 式 終 了 後 、 例 に 依 つ て 打 ち 績 き ﹁ 供 献 ノ 儀 ﹂ が あ り 、 此 所 に 芽 出 度 く 親 王 宣 躯 の 儀 式 も 全 く 終 り 、 改 め て 殿 下 が 所 謂 親 王 と し て 甘 露 寺 (上 卿)、 徳 大 寺 (勅 別 當)、 中 御 門 (弁)、 阿 野 (勅 使) 等 の 諸 卿 よ り ( 二) 御 封 面 、 恐 悦 を 受 け さ せ ら れ 、 夫 れ く 御 祝 酒 を 賜 は り 、 又 御 式 終 了 と 共 に 内 侍 所 御 代 墾 (吉 田 尾 張 介 爾 行 、 狩 衣 着 用) 、 上 下 御 露 御 代 墾 (長 尾 法 橋 寛 功 、 素 絹 指 貫 着 用)、 禁 中 、 准 后 御 方 、 御 所 宮 々 様 方 關 臼 殿 太 閤 殿 へ 御 使 (芝 築 地 法 橋 温 理 、 素 絹 指 貫 着 用) を 遣 は し 遊 ば さ れ 申 刻 迄 に 全 く 御 式 萬 端 を 終 了 し 、 同 孚 刻 に は 御 里 坊 へ 御 引 取 御 支 度 の 後 、 亥 上 刻 伏 見 殿 御 出 門 に て 同 牢 刻 仁 和 寺 下 御 殿 へ 還 御 遊 ば さ れ た 。 爾 因 み に 此 の 時 に 際 し 、 禁 中 、 准 后 、 御 所 宮 々 様 を 初 め 、 諸 卿 堂 上 方 よ り の 御 祝 儀 及 び 此 れ に 樹 す る 御 返 禮 、 墾 役 諸 卿 へ の 御 禮 御 挨 拶 の 品 目 を 参 考 の 爲 め 列 記 せ ば 大 膿 次 の 如 く で あ る 。 禁 中 へ 、 昆 布 一 箱 、 干 鯛 一 箱 、 鰐 一 箱 、 右 親 王 宣 下 に 付 、 御 樽 一 荷 、 干 鯛 一 箱 、 御 太 刀 一 腰 、 御 馬

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御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 五

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御 出 家 時 代 に 於 け 為 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 六 一 疋 (代 銀 拾 爾) 御 下 賜 に つ き 御 返 禮 。 准 后 様 へ 、 昆 布 一 箱 、 干 鯛 一 箱 、 樽 一 荷 、 右 前 同 に 付 き 御 返 禮 、 術 御 所 内 宮 々 様 へ 干 鯛 一 箱 宛 御 配 進 。 禁 中 爾 御 附 へ 鰻、 ひ れ ん 一 壷 、 御 使 山 本 大 學 槽 助 へ 赤 飯 一 ふ た 、 金 百 疋 。 太 閤 殿 へ 御 菓 子 料 金 五 百 疋 、 廣 橋 前 大 納 言 へ 暢 (五 連) 一 折 、 眞 綿 三 把 、 御 樽 代 金 二 千 疋 、 右 親 王 宣 下 に 付 き 彼 是 御 配 慮 御 挨 拶 の 爲 め 、 御 取 持 野 宮 宰 相 中 將 、 廣 橋 頭 弁 、葉 室 太 夫 三 卿 へ 御 挨 拶 と し て 金 二 百 疋 宛 、同 御 饗 慮 料 と し て 自 銀 二 枚 宛 、 野 宮 廣 橋 爾 卿 へ 、 金 二 百 疋 葉 室 大 夫 卿 へ 、 荷 召 具 の 侍 分 へ は 銀 壼 爾 宛 、 下 部 に は 鳥 目 二 百 銅 宛 御 祝 酒 支 度 料 と し て 配 進 せ ら る 、 所 あ り 、 伏 見 宮 家 に 醤 し て は 親 王 宣 ( 三) 下 に つ き 諸 司 下 行 米 の 料 と し て 十 二 石 料 と し て白 鍛 五 枚 を 御 里 坊 よ り 賂 ら れ た 。 爾 又 仁 和 寺 の 院 家 、 住 侶 、 坊 官 、 諸 太 夫 は 翌 二 十 入 日 、 一 齊 に 殿 下 に 拝 謁 の 上 恐 悦 を 言 上 し 、 上 記 諸 人 は 勿 論 御 末 下 諸 寺 院 に 到 る 迄 夫 々 御 覗 儀 品 献 上 に 及 び 、 武 家 方 に 於 い て は 京 都 所 司 代 は 勿 論 、 長 門 少 將 、 井 伊 掃 部 頭 、 朽 木 近 江 守 、 京 極 佐 渡 守 、 同 壼 岐 守 。 同 周 防 守 、 鞄 井 隠 岐 守 、 松 卒 美 濃 守 、 加 賀 前 田 中 納 言 等 諸 侯 が 或 は 太 刀 、 御 樽 、 御 馬 (代 銀) 等 を 献 上 し 恐 悦 言 上 す る 所 あ つ た 。 同 四 月 廿 五 日 、 殿 下 は 親 王 宣 下 御 禮 の 爲 め 初 め て 御 参 内 、 陛 下 に 初 御 封 面 、 天 盃 を 秤 受 、 御 手 つ か ら な る 御 下 (四 ) 賜 品 を 賜 は り 、 芽 出 度 く 此 所 に 仁 和 寺 宮 嘉 彰 親 王 と な ら せ ら れ た の で あ る 。 御 墾 内 の 模 様 に つ い て は ﹁ 親 王 宣 下 記 録 ﹂ が 最 も 詳 細 を 極 め て ゐ る 様 で あ る か ら 、 今 は 彼 の 記 鎌 の 大

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( 四) 要 を 註 記 に 記 載 し て 筆 者 冗 漫 の 拙 交 を 磨 す る 事 と す る 。 爾 因 み に 此 の 時 、 殿 下 は 禁 中 奏 者 所 へ は 御 使 を 以 つ て 御 花 生 ( 錫 ニ ツ) 一 箱 、 鰹 ( 二 ) 一 折 を 親 王 宣 下 御 禮 の 爲 め 、 又 御 花 生 (唐 金 一 ッ) 一 箱 を 始 め て 御 墾 内 に つ き 献 せ ら れ 、 又 禁 裏 御 所 へ は 色 奉 書 ( 紅 十 枚 、 黄 二 十 枚 、 青 二 十 枚 二 箱 、 御 文 厘 ( 御 紋 付 三 重) 一 組 を 献 上 せ し め ら れ た の で あ る 。 ( 一) 御 本 所 諮 芝 築 地 中 將 、 橋 本 民 部 卿 、 矢 守 備 後 守 、 山 崎 近 江 介 内 侍 所 御 代 塗 兼 御 献 請 取 操 出 方 吉 田 尾 張 介 、 谷 左 馬 大 允 禁 中 、 准 后 御 方 、 關 白 殿 、 太 閤 殿 御 使 並 御 返 答 芝 築 地 帥 、 小 幡 藏 人 上 下 御 婁 御 代 塗 並 相 濟 候 節 禁 中 へ 御 使 且 御 返 答 長 尾 大 藏 卿 、 紳 原 主 計 堂 上 御 局 御 使 本 多 將 監 御 玄 關 帳 並 御 進 物 取 締 若 林 勘 解 由 、 村 上 内 藏 之 助 御 取 次 河 窪 掃 部 、 山 崎 釆 女 、 矢 守 大 學 御 賄 方 加 勢 森 多 膳 御 蔓 子 預 り 簑 田 霞 峯 御 玄 關 取 次 佐 々 木 榮 之 進 、 入 木 安 之 丞 御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 七

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御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 五 八 勅 別 當 御 盃 之 節 御 陪 膳 ( 御 里 坊 諸 大 夫) 御 手 長 (同 御 近 脅) 堂 上 方 陪 膳 久 富 左 近 、 伊 東 主 税 、 本 間 嘉 四 郎 、 山 田 金 膏 右 各 衣 躰 坊 官 六 素 絹 指 貫 、 諸 太 夫 、 侍 六 狩 衣 、 御 近 習 、 中 小 姓 六 慰 斗 目 長 上 下 、 青 士 六 璽 斗 目 麻 上 下 、 内 堂 上 陪 膳 手 長 六 布 衣 也 。 ( 二) 諸 卿 と り 御 封 面 中 特 に 勅 別 當, 勅 使 の 御 封 面 ぱ 重 儀 な れ ば ﹁ 親 王 宣 下 記 録 ﹂ に 俵 り 此 所 に 韓 載 し 註 に 換 ふ 。 ○ 勅 別 當 御 封 面 御 口 上 之 義 有 之 、 先 田 申 織 部 正 (諸 太 夫 × 狩 衣) 御 獲 頭 御 肴 ヲ 持 塗 ( カ ラ ス ミ 、 紐 フ カ メ 、 白 ウ ヲ) 次 御 近 脅 ハ長 上 下 之 事) 御 銚 子 持 参 、 御 陪 膳 太 夫 二 渡 、 御 退 出 、 右 御 先 例 、 勅 使 之 拗 宮 御 方 へ 御 扶 助 被 成 候 之 庭 、 此 度 六 御 世 話 卿 被 成 上 候 故 御 早 退 云 々 。 茶 菓 等 陪 膳 布 衣。 ○ 勅 使。 謬 上 、 ( 御 世 話 卿 御 案 内 、 御 出 仰 六 芝 築 地 文 換) 先 假 附 御 間 へ 御 誘 引 、 御 茶 姻 草 盆 出 之 ハ 近 習 役) 次 二 奥 二 於 テ 御 封 面 御 口 上 (御 太 刀 、 横 目 録 、 竪 目 録 御 持 参) 御 世 話 卿 御 扶 助 ニ テ 宮 御 方 御 返 答 御 口 上 、 勅 使 退 座 、 宮 御 方 次 ノ 御 間 泡 御 逡 、 次 假 附 問 二 於 テ 御 覗 酒 並 御 菓 子 ( 三 種) 御 退 出 。 勅 副 使 六 勅 使 前 二 謬 向, 御 祝 酒 並 御 引 金 百 疋 、 御 料 理 料 五 十 疋 被 下 之 、 勅 使 召 具 ノ 侍 分 二 六 銀 萱 爾 宛 、 下 部 二 六 鳥 目 二 百 文 宛 り ( 三) 去 月 二 十 七 日 、 宮 御 方 親 土 宣 下 陣 儀 滲 仕 、 諸 司 御 下 行 米 之 料 と し て 乍 輕 少 白 銀 五 枚 被 下 之 候 、 庇 段 申 入 度 如 此 御 座 候 、 恐 々 謹 言 四 月 四 日 ( 芝 築 地) 丈 換 ( 橋 本) 隆 長 ( 矢 守) 亭 允 山 口 少 外 記 殿 山 名 右 大史 殿

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御 下 行 米 之 事 合 来 拾 二 石 五 斗 右 者 、 去 ル ニ 十 七 日 、 親 王 宣 下 、 陣 之 儀 、 諸 司 御 下 行 来 也 、 髄 請 取 所 如 件 。 安 政 五 年 四 月 山 名 右 大 史 (印) 山 口 少 外 記 (印) 仁 和 寺 宮 様 坊 官 中 ( 四) 當 日 御 拝 領 物 禁 中 ヨ リ 御 花 生 ( 庸 金 一)、 御 花 墓 ( 一)、 さ ら し 二 疋 ( 以 上 親 王 宣 下 御 禮 御 滲 二 付) 御 小. 机 一 脚 ( 初 参 内 二 付) 准 后 様 ヨ リ 御 文 匝 入 ︹ 羽 二 重 一 疋 、 御 人 形 一 、 御 水 滴 一 ) ( 以 上 初 御 峯 二 付)、 御 花 生 (唐 金 一) ( 以 上 親 王 宣 下 御 禮 御 参 二 付) 大 典 侍 ヨ リ 紙 包 ハ御 守 袋 一 、 御 丈 鎭一 封 、 御 水 入 一) ( 五) 御 勢 丙 。 未 刻 ( 四 月 二 十 五 日)、 宮 御 方 (故 小 松 宮 の 事) 伏 見 殿 御 出 門 。 御 装 束 。 御 童 直 衣 ( 二 藍)、 御 指 貫 (紫 連 キ 魑 甲 、 フ セ 蝶 、 横 目) 御 上 召 袷( 羽 二 重 絹 不 練 、 裏 練 絹) 御 下 召 袷 ハ 羽 二 重 練 絹)、 御 帯 ( 紅 綾 地 、 紋 菊 花 菱) 御 磯 ナ シ ( 夏 期 ニ ソ キ) 御 年 若 二 付 キ 御 婁 面 ナ シ 。 御 輿 中 御 道 具 り 御 守 (袋 、 白 地 金 入 之 錦 、 紐 、 本 緋 、 吊 口 縮 緬) 御 文 厘 二 重 ( 一 重 、 御 夏 扇 、 御 珠 、 御 印 籠 、 二 重 、 御 紙 入 、 御 畑 草 入 、 畑 管) 行列。使番使番同板同劉與丁仕丁六人、御供、青住御箱叉供御箱又供笠籠、同、枠。押御乳人供。侍一人、下女人、下 部 一 人 、 駕 人 足 四 人 、 献 御 揖 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 澱 下 と 仁 和寺 五 九

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御 出 家 時 代 に 於 け る 故 小 松 宮 殿 下 と 仁 和 寺 六 〇 進 物 宰 領 人 足 。 御 豪 所 御 門 ヨ リ 御 峯 ( 奏 者 所 前 關 門 前 二 幅ア 枠 、 笠 籠, 押 等 ヲ 落 シ 、 同 門 内 ニ テ 御 箱 ヲ 立 ル) 、 奏 者 所 二 間 奥 二 輔ア 御 出 輿 ( 御 迎 、 右 京 太 夫 始 呉 服 所 皆) 、 呉 服 所 ニ テ 御 假 座 、 次 右 京 大 夫 、 新 大 夫 、 小 大 夫 へ 御 醤 面, 次 二 奥 へ 御 通 。 御 迎 大 典 侍 、 薪 大 典 侍 ハ 長 橋) 局 一 人 二 三 人 御 見 目 、 大 典 侍 御 名 御 披 露) 。 次 御 封 面 。 天 盃 、 天 酌 ハ御 陪 膳 大 典 侍 、 御 手 長 中 將 内 侍 、 宮 御 方 御 扶 持 新 大 典 侍) 、 次 御 間 違 鳳= ア 再 御 封 面 、 天 盃 ( 同 上) 、 御 手 親 御 末 廣 一 握、 御 丈 匝 一 内 ハ 御 口 袋 一 、 御 紙 入 一 、 御 水 滴 一 、 御 文 鎭 一 封 、 御 硯 こ 面) 御 拝 領 。 直 チ ニ 御 禮 御 暇 御 退 出 御 願 被 仰 上) 次 二 御 通 リ ノ 間 ニ テ 御 料 理 ( 二 汁 七 菓) 御 頂 戴 、 次 御 庭 拝 見 (中 , 將 内 侍 、 伊 賀, 御 さ し 一 人 、 奥 服 所 一 人 、 御 乳 人 御 供) 次 御 庭 綾 ニ テ 准 后 様 へ 御 参 ハ御 案 内 同 上 並 准 后 檬 女 繭 三 人) 御 庭 拝 見 、 御 凍 壷 ニ テ 御 茶 菓 被 進, 叉 御 庭 綾 キ ニ 御 退 出 、 次 夫 々 御 挨 拶 、 御 退 出 申 口 迄 、 新 大 典 侍 、 長 橋 、 其 外 局 御 迭 り 、 御 乗 輿 ノ 慮 マ テ 大 典 侍 、 中 將 内 侍 、 大 御 乳 人 御 逡 り 御 挨 拶 相 濟 ノ 飾 、 大 御 乳 人 ヨ リ 右 京 大 夫 へ 御 挨 拶 ト 御 聞 合 セ 、 伍 テ ﹁ 苦 勢 之 儀 ﹂ ト 御 挨 拶 、 右 京 大 夫 李 伏 、 御 乗 輿 還 御 。 御 峯 所 御 門 ク ザ リ 、 御 輿 通 り 難 キ ニ 付 使 番 ヨ リ 御 門 番 所 へ 申 達 ノ 庭 、 片 扉 相 開 、 戌 刻 、 伏 見 殿 迄 還 御 。 子 牛 刻 御 室 へ 還 御 。

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