デンショウ ノ タメ ノ カブキゲショウ ノ データカ ト ソノ オウヨウ ニ カンスル ケ ンキュウ
松永, 孔梨子
Faculty of Design, Kyushu University
https://doi.org/10.15017/17124
第 4 章
歌舞伎役者の顔形状のデータ化と再現
第 4 章 歌舞伎役者の顔形状のデータ化と再現
本章の概要と目的
本章では、第1章で示した「歌舞伎化粧の構成要素」のうち、「歌舞伎役者の顔形状」、
「演技における表情」、「化粧のパターン」のデータ化と、そのデータの応用として「3DCG」
と「模型」による再現について述べる。4.1 節では、本章における顔形状の記録の流れを 示す。4.2 節では歌舞伎役者の顔形状計測について述べる。この計測したデータをもとに、
模型と 3DCG により歌舞伎役者の顔形状を再現する。4.3 節では、3DCG による歌舞伎役 者の顔形状の再現について述べる。4.4 節では、模型による歌舞伎役者の顔形状の再現に ついて述べる。4.5 節で本章でおこなった要素の記録に関してまとめ、問題点について触 れる。
4.1. 歌舞伎役者の顔形状の記録の流れ
歌舞伎役者の顔形状の記録の流れを図 4.1 に示す。演技時と演技時でない自然な状態の 二種類の表情を役者にさせ、それぞれの顔形状を三次元デジタイザにより記録する。この 計測データを用いて役者の顔の3D モデル (「顔形状モデル」) を作成する。3DCG で演技
3DCGによる顔形状の再現 模型による顔形状の再現
フェイシャルアニメーション (3DCGモデル)
マスクの制作 土台の複製 目玉の制作 歌舞伎役者の顔形状の計測
顔形状モデル作成
テクスチャ作成
光造形による顔型の出力 (光造形モデル)
クレイによる顔表面の表現 (クレイモデル)
型取・複製 (模型) マスターモデルの保存
図 4.1. 歌舞伎役者の顔形状の記録の流れ
第 4 章 歌舞伎役者の顔形状のデータ化と再現
56 のフェイシャルアニメーションをつけた顔モデル (「3DCG モデル」) を作成し、3DCG モ デルに対応する歌舞伎化粧のパターンのテクスチャを作成し、3DCG による顔形状の再現 とする。
また、顔形状モデルを光造形装置により立体 (「光造形モデル」) に出力する。光造形 モデルをクレイにより修正し、毛穴や肌理などの微細な表現をおこない、「クレイモデル」
を作成する。土台と目玉を作成し、クレイモデルと土台、目玉の型取、複製をし、模型に よる顔形状の再現とする。最後に、型の保存のため、石膏でクレイモデルの複製 (「マスター モデル」) をおこなう。
4.2. 歌舞伎役者の顔形状計測
本節では、歌舞伎役者の三次元顔形状データの計測について述べる。歌舞伎役者の中村 又蔵氏の協力のもと、演技時と、演技時でない自然な状態の2種類の表情を記録した ( 図 4.2-1)。 形状計測は、非接触三次元デジタイザ PS 型を用いる。使用機器は測定器からレー ザーを照射し、測定対象から得られる反射光によって形状を生成するもので、実物に忠実 な形状データを得ることができる。演技における表情としては、歌舞伎の特徴的な演技で
図 4.2-1 歌舞伎役者の顔形状の記録の様子
図 4.2-2 歌舞伎役者の顔形状の記録の様子と記録した3D データ
ある見得の表情を選択した。また同時に役者の顔の写真撮影も行う ( 図 4.2-2)。
ここで得たデータは、顔形状モデルの作成、表情変化のフェイシャルアニメーションを つけた3DCG モデルへの応用、模型におけるクレイモデルの作成に用いる。
4.3. 3DCG による歌舞伎役者の顔形状の再現 4.3-1. 歌舞伎役者顔形状モデル作成
4.2 節で計測した歌舞伎役者の顔形状データは、ノイズを含み、データが大きく、欠損 部も見られるため、記録したデータをもとに 3DCG モデリングをおこない、基本となる「顔 形状モデル」を作成する。ここで作成する「顔形状モデル」は、3DCG による再現、模型 による再現の双方に用いる。特に 3DCG では、この顔形状モデルを変形し、表情変化の アニメーションを付加させる。見得の表情変化のアニメーションを作成するのに適した 3DCG モデルを制作するため、分割方法の異なる 3 種類のモデルを作成した。この 3 種 類のモデルを比較し、見得の表情変化をおこなう際に最も変化量が大きい眉間と口周辺の 分割数を増やしたモデルを採用し、「顔形状モデル」とした ( 図 4.3-1)。また、特に影と なり計測が困難な耳部分はそのほとんどが欠損していたため、写真や既存の人体 3D モデ ルの耳部分のデータを参考にしながら別に作成した。
また、撮影した歌舞伎役者の顔写真をもとに、化粧をしない状態のテクスチャを作成し た。
図 4.3-1.3 種類の歌舞伎役者の顔モデル ( 右のモデルを「顔形状モデル」として採用 )
第 4 章 歌舞伎役者の顔形状のデータ化と再現
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4.3-2. フェイシャルアニメーション
表情は顔面の多くの筋肉の動きによって形成される。本研究では表情の変化を再現する ために、モーフィング技術を用いた。4.2 節で記録した歌舞伎役者の見得時の顔形状、演 技の際の映像を参考にし、顔形状モデルを「ベースモデル」とし、ベースモデルを変形す ることでフェイシャルアニメーションのための表情をつけた「ターゲットモデル」を作成 し、ベースモデルからターゲットモデルへの変化を計算によって補間する。この際、顔全 体を変形させるのではなく、目、鼻、口、頬、顎、眉といった部位ごとに変形させ、各部 位の変形するタイミングを調節する ( 図 4.3-2)。
また、眼球は、見得において活発に動くため、ターゲットモデルとは別に作成しておき、
目玉にアニメーションを付加させたのち、ターゲットモデルと合わせる。表情変化のフェ イシャルアニメーションを付加した以上のモデルを「3DCG モデル」と呼ぶ。
図 4.3-2. フェイシャルアニメーションを付加させた 3DCG モデル 左;ベースモデル 右;ターゲットモデル
4.3-3. 化粧のパターンのテクスチャ作成
第1章で行った歌舞伎役者への取材結果をもとに、歌舞伎化粧を再現し 45°おきに撮影 を行い、化粧のパターンの記録を行った ( 図 4.3-3)。
この撮影結果をもとに、ペイントソフトを用い顔モデルに対し筋隈、二本隈、むきみ隈 など、隈取のテクスチャを作成し、3DCG モデルに適応させた ( 図 4.3-4, 図 4.3-5)。テク スチャは、調査結果をもとに隈取のぼかしの表現を配慮して作成した。
図 4.3-3. 筋隈の再現
図 4.3-4. 歌舞伎化粧のパターンの表現をおこなった 3DCG モデル
図 4.3-5. 見得の演技における筋隈の変化
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4.4. 模型による歌舞伎役者の顔形状の再現 4.4-1. 光造形による顔モデルの出力
4.3-1 節で制作した歌舞伎役者の顔形状モデルを、光造形技術を用いて実寸大で立体に 出力し、「光造形モデル」を作成した ( 図 4.4-1)。光造形装置は3D 形状データから、立 体を出力するデバイスである。本研究で用いた光造形装置は、液状の紫外線硬化樹脂を流 し込み平らにし、放熱しゲル化する。その後立体のデータをレイヤーに分割したイメージ を紫外線レーザーによって描き、硬化させ、積層することで立体物を作成する。光造形装 置で用いる樹脂は熱に弱く、出力後時間が経つと変形しやすいため、変形することの少な い FRP を用いて土台を作成し、光造形モデルを固定した ( 図 4.4-2)。
図 4.4-1. 光造形モデル
図 4.4-2. 光造形モデルの土台への固定
4.4-2. クレイによる詳細表現
本研究で用いた光造形装置は、実測値を立体出力できるという利点はあるが、樹脂レイ ヤーの積層で造形をおこなうため、レイヤーに沿って線が入ってしまう。また、光造形出 力用の3D データは、データ量圧縮の必要がありポリゴン数の削減がおこなわれているた め、肌表面の細かなしわや、毛穴までは表現されていない。本研究で制作する模型は、歌 舞伎役者の顔形状とその化粧の関係を表現するためおこなうもので、特に、肌に塗ってあ る化粧料の実際の質感を見るためのものである。肌にのる化粧料をできるだけ実際のもの に近い表現をするために、光造形モデルに対し、クレイを用い、しわや毛穴、きめや血管 などの、肌表面の微細な表現をおこなった ( 図 4.4-3)。クレイによる詳細表現は、4.2 節 で記録した、歌舞伎役者の顔の写真、美術解剖学の図書などを参考にし、人間の骨格と筋 肉の関係を意識しておこなった。特に、
・眉間や目もと、鼻先などの表情皺 ( 図 4.4-4) ・口元に放射線状にできる皺
・口元のひげを剃った後の深い毛穴 ( 図 4.4-5) ・ほくろや傷に影響される周辺の皺
・額の骨の盛り上がりと血管
・頬の骨格の盛り上がりと皮のつっぱり
・顔の皮が下がることによってできる首のたるみ ・顔の皮が下がり、皮のねじれができる耳の付け根 ・首の後ろのたるみと深い皺
などの、性別や年齢によった特徴的な凹凸と、歌舞伎役者独特の演技が影響されていると 思われる表情皺などに気をつけて表現をおこなった。
クレイにより表現をおこなったものを「クレイモデル」とし、複製をおこなっていく。
図 4.4-3. クレイモデル
図 4.4-4. クレイモデルによる目元の皺の表現 図 4.4-5. クレイモデルによる口元の皺、毛穴の表現
第 4 章 歌舞伎役者の顔形状のデータ化と再現
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4.4-3. 型取・複製
クレイモデルのメス型を、ウレタンを用いて制作し、マスク、土台の型取・複製をおこ なった。マスクは実際の化粧料を用いて化粧をするため、スキンシリコンを用いて複製を 行った。また、目玉については不飽和ポリエステル樹脂を用い、人体の標準的な目玉のサ イズとして直径 26mm に作成した。
取材の内容と、4.3-3 節で行った化粧のパターンの記録をもとに、実際の手順、実際の 化粧料・化粧道具で、複製したマスクに筋隈をはじめとする代表的な隈取の化粧のパター ンを再現した ( 図 4.4-6)。また、石膏を用いて保存用の「マスターモデル」を制作した ( 図 4.4-7)。
図 4.4-6. 模型による歌舞伎役者の顔形状の記録
図 4.4-7. マスターモデル
4.5. まとめ
本章では、「歌舞伎化粧の構成要素」のうち、歌舞伎役者の顔形状、表情変化、化粧のパター ンのデータ化と、取得したデータを応用し、「模型」と「3DCG」により再現をおこなった。
「歌舞伎役者の顔形状」については、非接触三次元デジタイザを用いて、歌舞伎役者の 頭部形状の計測を行い、これをもとに、3DCG と模型の2つの三次元的手法により再現し た。模型においては、計測にもとづく「光造形モデル」と実際の顔形状との相違を、クレ イを用いて直接加工することにより補った。また、「クレイモデル」をシリコンを用いて 複製することで実際の化粧料で化粧をできるようにした。
「表情変化」については、見得の演技時の歌舞伎役者の頭部形状の計測データをもとに、
3DCG アニメーションとして時系列的な表現を行った。
「化粧のパターン」については、第 1 章の調査結果をもとに、自分の顔に実際の化粧料、
化粧手順で化粧を再現したものを撮影し、3DCG のテクスチャとして表現をおこなった。
また模型へは実際の化粧料、化粧手順で直接化粧をおこなった。
3DCG による化粧の表現では、役者自身が自分の顔に表現した化粧のパターンを記録す ることができなかった。役者独自の化粧のパターンの記録データを用いれば、役者の施す 化粧のパターンについて、表情変化させたモデルを見比べながら検討するということも可 能になる。
模型では、表情変化は表現できなかったが、光造形出力に毛穴やきめなどの修正をクレ イにより加え、実際に化粧できるモデルにしたため、化粧料のテストに有効である。特に、
人体に有害な水銀や鉛からなる古代の白粉を塗ることで、当時の顔の再現・検証も可能と なる。
しかし、本手法で用いたスキンシリコンによる模型では、本来化粧の「のり」に関わる であろう体温や肌の水分を含む再現には至っておらず、その点については考慮が必要であ る。