人間の顔・キャラクターの顔の違いとは : その検 討可能性について
著者 太田 碧
出版者 法政大学大学院
雑誌名 大学院紀要 = Bulletin of graduate studies
巻 84
ページ 1‑7
発行年 2020‑03‑31
URL http://doi.org/10.15002/00023127
人
人間 間の の顔 顔・ ・キ キャ ャラ ラク クタ ター ーの の顔 顔の の違 違い いと とは は: : そ
その の検 検討 討可 可能 能性 性に につ つい いて て
人文科学研究科 心理学専攻 博士後期課程
3
年太田 碧
1.
ははじじめめにに日本において,マンガ・アニメ(アニメーション)作品は数多く生み出されている。そしてそれらに触れたことのある人々 は年齢や国の内外を問わず多数存在する。
マンガ・アニメを構成する要素として,設定,ストーリー,文字(セリフ),コマ割り(カット割り),音などが挙げられ るが,中でもその存在で読者・視聴者に大きな印象を与えることのできるのは,多様な登場人物,すなわちキャラクターで ある。
キャラクターの役割は,その外見的な特色から印象(内面的な特色)を与え,情報やメッセージを伝えることであり,そ れはキャラクターがコミュニケーションの能力に優れているということである(金子・近藤,
2010
)。そのため,物語を動 かし読者を感情移入させる魅力的なキャラクターを作り動かそうとする創作者は,外見や性格,生い立ちといった詳細な設 定を作り込む(小池,2011
)。とりわけマンガ・アニメにおいてキャラクターの顔は,それだけで見る者に強い印象を抱か せ,時にステレオタイプを与え物語中での役割やメッセージを明示することを期待されていると言える。実際の人間の顔と は異なり,創作者の意図が色濃く反映された創作物なのである。我々はキャラクターを目の前にした時,髪型と輪郭の内側に収まった眉・目・鼻・口などのパーツを見れば(もしくはそ の何れかが描かれていないとしても),それがキャラクターの顔であると認識するだろう。しかしキャラクターの顔をよく 見れば,それぞれのパーツの大きさから配置までも,実際の人間の顔とは大きくかけ離れたものが多い。三浦・山本(
2011
) では,人気マンガのキャラクターの顔に占める目・口・鼻の比率や顔の縦横比を実際の人間と比較した。キャラクターとの 比較対象は日本人の男女と白人の男女であったが,そのいずれの人間の顔とも,キャラクターの顔はかけ離れたつくりをし ていた。日本人と白人との顔のつくりの差よりも,人間とキャラクターの顔のつくりの差のほうが余程大きいのである。で は,そのような形状の違いがあるにも関わらず,キャラクターの「顔」はどのように実際の人間の顔と同様に顔として認識 されているのだろうか。マンガ・アニメに対する評論はすでに多く存在し,「クールジャパン」の一環として需要が高いこともあり,マンガ・ア ニメの研究は増加しているが,特にキャラクターの顔とその印象に主眼を置く学術的研究はまだ少数である。そしてマン ガ・アニメで描かれているキャラクターは,メディアミックス(特にマンガ・アニメを原作とした実写化)では異なる媒体 において実際の人間によって表現されることもある。多くは漫画を原作として,登場人物を実際の俳優が演じて作られるも のが実写化された作品である。実写化は
1920
年代から現在まで続く手法であり,近年,特に2000
年代以降のテレビドラ マや映画におけるその数は膨大だ。しかしこの所謂「二次元」で描かれた顔を持つキャラクターと「三次元」である人間に ついて,相互の関係,顔の形態と類似性や非類似性,印象の違いについての研究は十分でない。魅力的な原作とキャラクタ ーの印象を損なわず実写化を成功させるために,キャラクターを代表し最も重要と言える「顔」という側面から,これらの 印象や違いを明らかにすることが必要である。そこで本論では,マンガ・アニメの顔の「顔」が人間の顔として認識されることを確認し,線で描画されるマンガ・アニ メの顔を用いた心理学的研究の現在を概観する。
2-1.
人人間間のの顔顔ととししてて認認識識すするるここととまずは実際の人間の顔の認識や印象についての研究を通して,マンガ・アニメの顔の研究への応用可能性を検討する。
顔の認知方略においては,顔の情報を全体的に処理する全体処理と,それぞれの相貌特徴を処理する部分処理について議 論されている。とりわけ顔は全体処理によって認知されているとされ(
Tanaka & Farah, 1993
),目・鼻・口などの個々の2
相貌特徴のみでなく,パーツ間の距離といった布置情報も含めて処理することで,顔という対象を認識している。その全体 処理の中でも一次処理と二次処理があり,一次処理は対象から顔そのものを検出することで,二次処理は個々の顔の相貌特 徴の違いを弁別することである(
Maurer, Le Grand, & Mondloch, 2002
)。マンガ・アニメのように線で描かれたキャラク ターは,まず一次処理の際に,その顔が顔として検出されるかが問題である。2-2.
顔顔をを見見たたととききのの脳脳顔を見たときの反応は,脳の電位変動である事象関連電位(
ERP
)に現れる。Bentin, Alison, Puce, Perez, & McCarthy
(
1996
)は,人間の顔写真を提示しERP
を測定したとき,刺激提示後およそ170ms
をピークとする特有の陰性方向の反 応が観察されることを明らかにした。その反応は,車,家具,人間の手やスクランブルした顔写真などの顔以外の刺激を提 示したときよりも優位に大きい,顔に対して特有のものであった。N170
と呼ばれるこの反応は,実際の顔でなくとも顔らしく見える物体を見たときには,そうでない物体を見たときより も大きく観察される(Churches, Baron-Cohen, & Ring, 2009
)。つまり顔を含め「顔らしい物」を見たときに特有の反応な のである。またこの反応は170ms
前後という顔を認識する際の比較的早い段階で生じているため,「顔らしい物」をまず物 体として認識してから改めて「顔」かどうかを再解釈しているのではないことがうかがえる(Hadjikhani, Kveraga, Naik,
& Ahlfors, 2009
)。「顔らしい物」の刺激には,二つの目を示す要素と,口か鼻を示す要素のある物が多く用いられており,それらが「顔らしい物」と判断され
N170
に関わる要素だとされる。三つの点が集まったものが目と口に見えてしまうシミ ュラクラ現象や,雲や木目が人の顔に見えてしまうようなそれ自体には意味の無い対象を実際と違って知覚するパレイドリ ア現象のように,人間はよく知ったパターンである「顔」を,目・鼻・口といったそれらしいパーツの布置から検出してし まうのである。Itier, Alain, Sedore, & McIntosh
(2007
)は,人間の顔と,目を除去した人間の顔やそれらの倒立顔を提示 したときのN170
などを比較し,目を除去した顔には顔特有の反応がかなり減少することを示した。とくに目の領域が顔と しての認識において重要なのである。「顔らしい物」に対して生じる
N170
は,マンガ・アニメの顔でも同様に生じ,顔として認識されるのだろうか。Sagiv
& Bentin
(2001
)は,人間の写真の顔,ルネッサンスの肖像顔,輪郭・目・鼻・口が線で描かれた線描画顔,スケッチ顔を比較したところ,写真,肖像画,線描画顔においては
N170
に差が見られなかった。スケッチ顔の反応はその三つの刺激よ り小さかったが,これはスケッチ顔では目や鼻などの認識に関わる要素の描写が鮮明でなかったことがその理由と考えられ る。つまり線描画顔であるマンガ・アニメの顔も,目・鼻・口などの鮮明に描かれたパーツによって,提示後の早い段階で 実際の人間の顔と同じように「顔」であると認識されるのである。但し,線描画顔の倒立顔は写真の顔の倒立顔に比べてN170
が小さい。これは,線描画顔では個々の相貌特徴の処理がされず全体処理のみが活性化されたためとされるが(Sagiv
& Bentin, 2001
),ここで用いられた線描画顔は至って単純な直線と曲線で作成されたものであった。それらよりも遥かに多くの書き込みがなされたマンガ・アニメの顔であれば,個々の相貌特徴の処理についても活性化される可能性があり,顔 としての認識は問題なく行われると考えられる。実際に,内田(
1979
)は線画の眉・目・鼻・口を持つ顔刺激の顔面構成部 分数,つまりパーツの数を増減させることにより,顔面構成部分数が多い刺激は「顔らしさ」の印象があり,また眼を含む 刺激は「顔らしさ」の反応が高いことを示した。漫画・アニメの顔はこれらの単純な線や円ではなく,より複雑な線描画に よって構成され,多くの場合で目が最も強調されている。よって,キャラクターの顔は顔としての機能を果たし,また単純 な線描画顔よりも「顔らしい」印象であるだろう。2-3.
線線描描画画顔顔刺刺激激のの利利用用「顔のような物」は実際の人間の顔でなくても顔として検出することができる。つまり,線で描かれた目・鼻・口のマン ガ・アニメの顔であっても,それらは顔の刺激として機能する。これまでにも,顔のパーツの配置を模した図形や,線描画 による顔刺激を用いた研究は多く行われている。
Fantz
(1963
)が確立した選考注視法の実験においては,刺激の模様のひとつに顔のパターンが用いられ,乳児が顔のパターンを好んで見ることが明らかになった。その後も眉・目・鼻・口のみを描いた顔刺激や,目・口の位置に黒い四角を配 置し顔を模した刺激を用いて乳児に対する研究が行われ,顔のような模様を選好することから,人間の顔認知の生得性が示 された(
Goren, Sarty, & Wu, 1975
;Johnson, Dziurawiec, Ellis, & Morton, 1991
;Valenza, Simion, Cassia, & Umiltà,
1996
)。線描画によって表した顔刺激の印象を検討した研究では,
Bradshaw
(1969
)は,丸い輪郭の内側に線で描いた目・鼻・口の大きさや布置を変化させることで,目の位置が高いと男性的で若い印象,鼻が短いと若い印象,口が大きいと男性的な 印象,口が小さいと若い印象であるということを示した。線描画顔は眉・目・口の形態を変化させることで,その顔の表情 認知を変化させることができる。嬉しさや驚きの表情は他の表情とは混同されにくく識別性が高いが,恐怖の表情は悲しみ や驚きの表情と混同され識別性が低いという,実際の人間の表情認知と同様の傾向がある(長田・長坂
, 2001
)。このように 主要なパーツを線で描いた顔の刺激は,新生児の顔選好実験や,顔の印象の検討などに多数用いられ,また実際の人間の顔 を用いた研究と同様の結果が示されている。Homa, Haver, & Schwartz
(1976
)は線描画顔の中でもよりマンガ表現に近いタイプの顔刺激を用いて,輪郭の中で目・鼻・口がスクランブルされた顔や,輪郭の中に目・鼻・口のいずれかの特徴のみが示された顔に比べた,正立顔の顔パーツ の認識のしやすさなどを検討している。このように,線描画顔であるマンガ・アニメのキャラクターの顔は,人間の顔と同 様,研究の対象となり,実験の刺激として用いられているのである。
3-1.
人人間間のの顔顔のの印印象象とと魅魅力力人間の顔を見ると,その人がどのような性格をしていそうかという印象を抱いたり,どれくらい魅力的であるかといった 判断をすることがある。
魅力に関わる人間の顔の全体的な要因としては,平均顔,対称性,性的二形性といった要素がある(
Rhodes, 2006
)。平 均顔の魅力はLanglois & Roggman
(1990
)が示した。この実験では何人もの顔を合成して平均顔を作成し,個人の顔とど ちらがより魅力的かを評価させた。すると,平均顔のほうがより魅力的であると判断される傾向にあり,また平均顔の合成 に使用される顔が多くなるほどより魅力的な顔になることが明らかにされた。人間を含む多くの動物にとって形態が対称の身体が魅力的であることから,同様に顔の対称性においても研究が行われた
(
Rhodes, 2006
)。対称な女性の平均顔はそうでない非対称な顔と比較して魅力的であると評価され(Grammer &
Thornhill, 1994
),より配偶者としての魅力も高く,特に男性が女性の顔を評価する際にはその傾向が強かった(Rhodes,
Proffitt, Grady, & Sumich, 1998
)。また,複数人の顔を合成し肌のテクスチャが均一な平均顔を対称にすると,魅力の評価 はより顕著に高いことが示された(Perrett et al., 1999
)。対称でなくとも合成された肌のテクスチャが均一でなめらかな女 性の顔は,そうでない顔より魅力的である(Fink, Grammer, & Thornhill, 2001
)。たくさんの顔を合成すると個々の顔の 特徴がなくなり,対称で肌のテクスチャが均一な,魅力的な平均顔ができあがるのである。性的二形性とは性別によって個体の形質が異なることであり,顔はホルモンの影響により「男性らしい顔」と「女性らし い顔」の特徴が頬骨や鼻筋,唇などで異なる。女性の顔はより女性性が強調された顔が魅力的と判断され,男性の顔であっ ても女性性が強調されていた方が魅力的とされる(
Perrett et al., 1998
;Rhodes, Hickford, & Jeffery, 2000
)。顔の部分的な相貌特徴と魅力の関係については,
Cunningham
(1986
)に詳しい。女性の顔の目・鼻・口など相貌特徴を“幼形特徴”“成熟特徴”“表情特徴”に分け,それらの大きさと魅力との相関が示されている。幼形特徴は子どものかわい さの特徴と同様で,大きな額,大きな目,広い目と目の間,小さい鼻,小さい顎,大きい唇などが特徴で,目の大きさは特 に影響が強いとされている。成熟特徴は高く広い頬骨などが特徴で,その女性の地位を示唆し尊敬の念を抱かせる。表情特 徴は大きな口の横幅で表される笑顔,高い眉,大きな瞳孔といったポジティブ感情や興味,関心のシグナルである。これら の特徴が他人より逸脱していると魅力的であり,デートなど求愛行動の相手として選択されやすかった。また,性格特性の 判断は相貌特徴から直接推測するのではなく,相貌特徴から魅力的であるということを判断し,魅力的な人は他の人より社 会性があるという知識を用い,最終的に魅力的な人は社会性があるという判断を行っているという構造も示された。この,
魅力的な人物は社会的に望ましい性格特性で成功者であるという「美しいものは良いもの」のステレオタイプは,
Dion,
Berscheid, & Walster
(1972
)でも指摘されている。これらの相貌特徴が魅力的である理由として,幼形特徴は認知者からケアや愛情を引き出し,成熟特徴は女性の地位を示し,表情特徴はこちらに笑顔と興味を向けている。それらの組み合わせ はその女性が配偶者として遺伝子を残すのに最適な年齢と状態のシグナルであるという考えが示されている(
Cunningham
,1986
)。配偶者を選択するために魅力的な相貌特徴の判断がなされている,という考えは,平均顔や対称顔の魅力も説明すること
4
ができる。身体が左右対称性であることや,肌のテクスチャが均一でなめらかであることは,生存するにあたって栄養不足 や何かしらの健康的問題を抱えていないこと,近親交配でないこと,公害などのストレスを受けていないことなどを示す
(
Parsons, 1990
)。そして個々の相貌特徴からも,幼形特徴と成熟特徴から繁殖に適した年齢や性格特性であることを推測するのみでなく,肉付きや骨格といった情報から健康状態を伺うことが可能である。そのように,外見上から健康で最適な 年齢であるとわかる個体と繁殖を行えば,遺伝子を残す確率が高まるのである。このような進化的理由で顔の魅力の多くの 要因が規定される。
3-2.
ママンンガガ・・アアニニメメ顔顔のの印印象象とと魅魅力力日本における実際の人間の顔写真を刺激として用いた研究では,相貌特徴と推測される性格の一貫した関連性が示されて いる(大橋ほか
,1976
;大橋ほか,1977
)。その一連の研究の中で,林(1978a
)はマンガ雑誌から切り抜いた,幅広い年齢の 男女の登場人物の顔を刺激としており,相貌をクラスター分けした上で,女性特有の相貌があること,相貌特徴とそこから 推測される性格特性の関連性を示している。目もとの鮮明さは「個人的親しみやすさ」と,眉の太さと顔のつくりのあらさ,眉と目もとの鋭さは「力本性」と相関があるなど,マンガの顔は,実際の人間の顔から予測される性格特性(林
, 1978b
)と 同様のまとまった印象を相貌特徴から連想するという結果であった。遠藤・横田(2001
)においてはアニメ雑誌に掲載され た,評定者には馴染みのないであろう年代のアニメキャラクターを刺激としており,鼻が高く鼻筋がとおっていると真面目 で責任感の強い印象,目が大きくてぱっちりしていると親しみやすい印象など,相貌特徴と印象の相関が示されている。顔 のみでなく身体も対象となっているが,刺激として1930
年から1990
年代中盤までの海外の有名アニメーションスタジオ 製作のキャラクターを刺激として用いたKlein & Shiffman
(2006
)の研究では,キャラクターの身体的特徴から推測され る年齢,体格,体重,知性・感情など性格特性,向社会的行動,反社会的行動などと魅力度との関連が示されており,全体 としてポジティブなメッセージを伝えるキャラクターは魅力的に捉えられる傾向にある。このように,マンガ・アニメの顔 であっても,相貌特徴とそこから推測される性格特性についてはある一定の関連が見られ,実際の人間の顔における相貌特 徴と性格特性の関連と同様のものも見られる。しかしマンガ・アニメの顔の魅力については,これまで十分に具体的な検討がなされていないと言える。雨宮(
2002
)は,漫画におけるデフォルメ表現のひとつとして,時代と共により幼形特徴を強調する傾向がよく見られるとしている。これら の魅力的な特徴を示し,認知者の行動を引き出すために刺激が進化の過程で極端に変化したものを“超正常刺激”と言う。
「大きいほど魅力的だ」と思わせる刺激は,実際にはあり得ない異常な大きさであっても,魅力的だと認知される。この特 徴の極端化である超正常刺激は配偶者選択や縄張り争い等の際に鳥や魚など動物の身体の一部分において見られることが 多い。マンガ・アニメの顔もまた,実際の人間ではありえないほど極端に大きい目など,幼形特徴を強調した超正常刺激に 満ちている。しかもこの漫画やアニメーションには,生物学的・物理的制限が存在せず,際限なく魅力的に超正常刺激を描 くことが可能である。つまり実際の人間よりもデザインの制限がなく自由度が高い漫画やアニメーションのキャラクター は,かなり魅力的な相貌であるということが考えられる。実際の人間の顔の魅力の要因からも,作画によって対称性が保た れ肌のテクスチャも均一に整えられており,各パーツを「魅力的だ」と思うように自由に描くことができるマンガ・アニメ の顔はやはり,かなり魅力度の高いものであることが仮定される。但し,マンガ・アニメの顔をもつキャラクターを,実際 に遺伝子をのこす配偶者として選択することはできない。そのような進化的・生物学的選択や行動には直接関係のない顔刺 激においても実際の人間の顔と同様の特徴が魅力的と評価されるのか,また,その相貌による魅力や性格特性の印象の認知 のされ方が超正常刺激の影響を強く受けるなど,実際の人間とは異なる部分が存在しているのかは,様々な種類の顔の刺激 を用いた検討の余地がある。
3-3.
顔顔のの順順応応効効果果ののアアニニメメ・・ママンンガガ顔顔のの評評価価へへのの影影響響顔の魅力に影響を与える認知者側の要因としては,顔の順応効果がある。最初に提示した顔刺激が後続の顔の認知に影響 を及ぼす顔における順応効果について,様々な研究が行われている(
Strobach, & Carbon, 2013
)。Webster & Maclin
(1999
) の実験では,参加者は基準となるオリジナル顔を記憶してから,目・口などのパーツが極端に顔の外側(もしくは内側)に 寄った顔を見る。その後参加者にオリジナル顔を再現させると,実際に記憶したはずのオリジナル顔よりもパーツが外側(内側)に寄った顔をオリジナルとして回答してしまうのである。
この順応効果は,顔の魅力においても生じる。
Rhodes, Jeffery, Watson, Clifford, & Nakayama
(2003
)は,顔の順応に よる魅力度の変化を検討している。彼らは,基準の顔から眉・目・鼻・口といったパーツを10
パーセント刻みで50
パーセ ントまで顔の外側に寄せたネガティブ顔,反対に外側に寄せたポジティブ顔のテスト顔セットを作成し,実験参加者に魅力 度と正常度を評定させた。次に,順応手続きとして,参加者は複数のポジティブ顔かネガティブ顔のいずれかを5
分間見続 け,その後再び同じテスト顔のセットの魅力度と正常度を評定した。すると,ポジティブ顔を見続けた参加者の最も魅力的 な顔・最も正常性を感じる顔は,順応手続きの前よりもポジティブな方向にシフトしていた。反対に,ネガティブ顔を見続 けた参加者は,よりネガティブな顔を最も魅力的で正常であると評価していた。顔のパーツが外側か内側のどちらかに寄っ た先行刺激を見た後には,それ以前よりもパーツが寄った顔を魅力的であると感じてしまうのである。Zajonc
(1968
)の示す単純接触効果では,対象に繰り返し接触することによって,好意を持ったり良い印象が高まるとされている。であれば見続けた顔と似た顔に対する印象も良くなることが予想される。そして更に,認知者に内在する魅力的 な平均顔が移動したことが原因とも考えられる。平均顔が魅力的であると言うことは先に述べた。人は個々の経験から生成 された,その人個人が持っている平均顔を基準として,新規の顔の判断を行っている。例えば顔の外側にパーツの寄った顔 を見続けると,認知者にとっては外側にパーツの寄った顔が平均顔,つまり魅力的な顔となる。そして先行刺激として魅力 的な顔を見た場合はその後の顔も魅力的に感じ,刺激提示後に時間をおいて振り返って魅力評価をするような場合でも,そ の順応効果は確認されている(
Kondo, Takahashi, & Watanabe, 2012
;大濱・小野, 2014
)。この先行する顔刺激がマンガ・アニメの顔であることは,後続の顔刺激の認知に影響を及ぼすのであろうか。
Chen, Russell, Nakayama, & Livingstone
(2010
)は,実験参加者を先行刺激として大きな目をしたキャラのアニメ映像を見る 群と,人間の実写映像を見る群とに分け,映像を見る前後の人間の顔の好みがどう変化するかを調査した。その結果,アニ メ映像を見ていた群のみ,映像を見る前より大きい目の顔を好むようになっていた。大きい目を持つキャラクターの顔に順 応し,リアルな人間の顔の好みも大きい目を持つ顔へとシフトしたのである。つまり,こういった顔の順応効果の存在は,普段から先行刺激としてマンガ・アニメに特徴的な顔と親しんでいる人とそうでない人との間で,顔に対する認知は異なる 可能性を示唆する。
4.
おおわわりりににこれまで,人間の顔の研究を通して,マンガ・アニメの顔研究の現在と可能性を検討した。最後に,研究の今後の広がり と課題について,キャラクターの表現を通してマンガ・アニメの顔を検討する必要性を述べたい。
人間は,何か物体が顔にある目や口のような位置に配置されていれば,その対象を「顔らしい」と感じることができる。
そして,顔を見た時の脳のはたらきや顔の認知方略は,顔以外の物体に対するそれとは異なる。現在までにも発達や認知に 関する心理学分野において,線描画による顔を刺激とした実験が行われている。それは実際の人間の顔と大きく形状が異な るマンガ・アニメのキャラクター顔であっても,基本として目・鼻・口といった顔を構成するパーツが存在し,それらしく 配置されていれば顔として認識されるということである。そしてその相貌特徴と印象や魅力には,共通したある一定の関連 が存在することが示されている。人間の顔の研究は,キャラクター顔に対して十分応用可能であり,またそれらの違いを見 出すこともできるだろう。
マンガやアニメに描かれた「二次元」のキャラクター顔と「三次元」である実際の人間の顔はどちらも「顔」として認識 されることは,実際のマンガ読書経験やアニメ視聴経験からも感じられることだろう。しかしその二次元のキャラクター顔 と三次元の人間の顔の間にはまた,明らかな違いも感じられるだろう。例えば,三次元から二次元の顔になる似顔絵は,肖 像画とは違い実際の人間の顔をかなり誇張して描いているが,それでも「似ている」「その人らしい顔だ」と感じられる。
反対に二次元から三次元の顔になる,マンガ・アニメを原作として実写化する際にキャラクターを演じる俳優は,感覚的に でも「そのキャラクターっぽい」「あまり似ていない」などと(主に原作のファンから)判断されている。その俳優はなん となくそのキャラクターっぽくない,という「違和感」の正体が何であるかを明確に言葉にすることは可能なのだろうか。
可能であれば,その「違和感」を示す手がかりとなるのは,やはりキャラクターと俳優を代表する顔であろう。我々は実写 化作品の俳優の顔を見て,原作のキャラクターに似ているか否かを判断していると言ってもよい。では顔に関する何をもっ て二次元と三次元の「違和感」を判断しているのだろうか。
これまでの研究で示されるように,線描画による顔やマンガ・アニメのキャラクターの顔も,人間の顔と同様のある一定
6
の印象や魅力が示される。しかしキャラクターの顔は顔と判断できる範囲内ではあるが,実際の人間とは異なる形で,より 誇張して描かれる場合が多い。その顔を実写作品において人間が表現することに何らかの齟齬が生じているのだろうか。ま た顔の順応効果によれば,接した顔によってその後の顔の評価は異なる。つまり実写化作品の原作ファンや,マンガ・アニ メのキャラクターの顔に多く接する人とそうでない人では,そもそもキャラクター顔に対する評価が異なり,それゆえ実写 のキャラクターへの評価も異なってしまうのだろうか。勿論,キャラクターに対する「違和感」の多い実写化作品ばかりで はなく,俳優が原作キャラクターによく似ていると好評を得た作品も存在する。これらの作品には,キャラクター顔とそれ を演じる人間の顔に何らかの共通点はあるのだろうか。
マンガ・アニメの顔と実際の人間の顔,それらの構造の違いからもたらされる印象の詳細な差の検討や,鑑賞者の作品と の関わり方,そして,二次元と三次元の顔の「なんとなく似ている」「なんとなく似ていない」の違和感の正体を明らかに することで,より一層の実写化作品における原作キャラクターの忠実な再現に貢献できるだろう。日本のマンガやアニメと そのキャラクターに関するコンテンツはインターネットで広がり,日本のみならず海外で実写映画化されるケースも増加し ている。そういった中で今までに数多く存在する感想や評論とは違う,マンガやアニメのキャラクターに対する科学的・心 理学的研究の増加が望まれる。
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