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「英語らしさ」を求めて ――方法論序説――

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「英語らしさ」を求めて ――方法論序説――

野村 恵造

はじめに 1. Planet Board

1.1. 方法論

1.2. 3種類のPlanet Board 2. 考察

2.1. インフォーマント 2.2. 方法論

2.3. 規範性 結び

はじめに

言葉の学習にとって辞書は不可欠のツールだと考えられるかもしれないが、言語によっては 辞書がほとんど存在せず、学習者はかろうじて手に入る英語や中国語との対訳集をよすがに勉 強せざるをえないことさえある。

それに対して英語は、教材に事欠くことはなく、参考書としての辞書も豊富にそろっている。

一言語辞典である英英辞典は、イギリスとアメリカの出版社を中心に幾種類も発行されている し、二言語辞典の英和辞典や和英辞典も、各社が差別化をはかるべくしのぎを削っている。ま さに「競争あるところに進歩あり」である。

さて、筆者が編集に携わった英語の辞典のうち、①上級版英和辞典の『レクシス英和辞典』

(2003年、以下LXE)、及び、その改訂新版である『オーレックス英和辞典』(2008年、OLE)、

②中級版英和辞典の『コアレックス英和辞典』(2005年、CLX)、③上級版和英辞典の『オーレ ックス和英辞典』(2008年、OLJ)では、シリーズを通じた工夫の一つとして、それぞれにPlanet

Board(以下PB)という呼称のコラムを設定した。

PBは、100余名の英米在住の英語母語話者に英語に関する質問をし、その回答を分析してコ ラムの形で掲載したもので、通俗的な言葉を使えば「ネイティブ100人に聞きました」とでも いうべき内容の欄である。上記①~③の3種類のPBは、名称や基本的な方法論は共通である

(2)

が、内容はそれぞれ異なっており、上級英和のLXEとOLEでは統語論に関わる諸問題を調査 し、中級英和のCLXでは語用論的内容を問い、和英辞典のOLJでは日英対照言語学や中間言 語理論的な見地からの検証を行った。

現代の学習英語辞典においては、諸家の英文典や最新の研究論文を渉猟することは当然のこ ととして、コーパス検索の結果を反映させることも常套的な手段になってきている。私たちは、

それらの「標準装備」に加えて、英語の実態に近づくためのもう一つの方策としてPBという 手法を用いたわけである。

英語の実態への接近の努力は、対照言語学的には「英語らしさ」を求めることと同じである し、英語学習(通例、到達すべき「目標」として「ネイティブ・スピーカー」が想定される)

の見地からは、「英語の母語話者らしさ(nativelikeness)」の追究と言い換えることもできる。

PB を企画する際には、英語学やコーパス言語学などの立場から議論を重ねたが、実施の過 程でも多くの困難を乗り越えなければならなかった。PB は、一義的には学習辞典に掲載する ための企画ではあったが、研究者の個人的なレベルではなしえない規模で、日本人英語学習者 のニーズに応えるべく行われた研究成果として、日本の英語教育の歴史という広い文脈のなか で一定の意義をもつものとして位置づけることができるだろう。

本稿は、方法論を共有しながらも異なる趣旨で実施した3つのPBがそろったこの機会に、

今後のさらなる「英語らしさ」の追究の序説として、それらを概観し、論点を整理しておくこ とが目的である。

1. Planet Board 1.1. 方法論

PBは、上述したように、英語母語話者約100 名をインフォーマントとする英語の使用に関 する調査である。LXE・OLE、CLX、OLJ の3種類のPB に共通する方法論は以下のとおりで ある。

インフォーマントは、「イギリスおよびアメリカに在住している英語母語話者」である。また、

「英語の実態」といっても、学習辞典に掲載する目的からして、ニーズはいわゆる「標準英語」

にあると考えて、対象を「教養層の英語(educated English)」に限定した。私たちはそれを、

原則として大学の学部在学生あるいは卒業生以上に限ることで担保することにした。

調査は、インフォーマントがアンケート書式に記入する方式によった。回答は、統計処理が 容易になるように、与えられた選択肢の中から選ぶ形式にしたが、それは、「こういう場合、何 と言いますか」というオープンな問いかけでは多様な回答が予想されて、この種の定量分析に なじまないからである。

(3)

ただし、選択肢に加えて、自由記述欄も設け、実際にはどういう表現が好んで用いられるの かを、インフォーマントたちのコメントから丁寧に拾った。ある語法が正しいかどうかを必死 に論争している間に、しばしば母語話者はあっさり別の表現で済ませている皮肉、つまり、正 解が、えてして語法好事家の論争の外にあることも示したかったからである。

また、設問は、基本的に(「どれが正しいと思いますか」ではなくて)「あなた自身、そう言 いますか」という問い方に統一した。私たちの調査が、母語話者の間に見られる規範意識(「○○

と言うべきである(とされている)」)を知ることではなく、実際の英語の使用動向を知ること を目的としているからである。日本語に喩えて言えば、私たちが知りたいのは、例えば「見れ る」という言い方がどの程度「正しい」と考えられているのかではなくて、実際にどのぐらい の割合の日本語母語話者が「見れる」という言い方をするのか、ということである(仮に7割 が用いるという結果が出たとして、外国人日本語学習者に対して、「だから用いてもOKです」

と解禁するのか、「やはり避けたほうがよい」と説くのかは、別次元の判断である)。

早い時期に行ったLXEのPBの調査は、インフォーマントの通信環境に応じて、郵送、ファ ックス、Eメールの添付ファイルなどの手段によったが、後に実施したCLX、OLE、OLJでは、

出版社で開設した特別のウエブサイトに各自でアクセスし、オンライン上で回答する方式を取 ることができた1)

分析の結果は、LXEでは、生のデータのまま提示し、解説も、(「…することが正しい」など ではなくて)「…が多い」「…と言う人はほとんどいない」などという言い方にとどめた。それ は、一つにはインフォーマントの絶対数が制約されている中で、過度な一般化をすることは慎 むべきだと考えたからであるが、より根本的には、本コラムは規範主義的な立場からの規則の 訓示を目指したものではないからである。

天気予報で降水確率が発表されるが、何パーセントなら傘を携帯するのかは私たちに任され ている。それと同じように、「Yesが何パーセントならその英語を用いてよいと考えるのか」を 読者の判断に委ねるのが PB コラムの趣旨であったため、初版の LXE では、かなりの高率で

「Yes」とされた選択肢がある設問でも、「…すべきである」という結論にはしなかった2)。 しかし、LXE発刊後、学習者にとっては、やはり指針があるのが望ましいという読者からの 要望を受けて、CLX、OLE、OLJでは、「…と言うのがよいだろう」「…と言うと誤解される危 険性がある」「…が最も適切な表現と言えるだろう」などの言い方で、私たちなりの判断を添え ることにした。

1.2. 3種類の Planet Board 1.2.1. LXE・OLE の PB

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上級学習英和辞典であるLXEとOLEのPBでは、統語論つまり文法や語法にまつわる諸問 題を扱った。初版のLXEのPBは私たちにとって初めての試みであったため、企画する段階で、

「定量的観察をするために(コーパスではなくて)母語話者の内観に頼ること」「(言語学者で はない)一般人に語法判断を求めること」「何億人もいる英語母語話者のなかで100人に聞くこ と」「回答結果を私たちの側で価値判断せずに提示すること」などの意義付けについて慎重に議 論を重ねた。

実施にあたっては、あらかじめ国内在住の少数の英語母語話者を対象にパイロット調査を行 い、与える英文について、ポイントではないところで反応されることのないような問い方に調 整するなど、必要な修正を施した上で本調査に臨んだ。100 を超える項目を用意したが、回答 を精査した結果、70項目について実際のコラムとして掲載することができた。改訂新版のOLE では、新たに52項目を作成して調査し3)、LXEから引き継いだ46項目と合わせて、98項目を 掲載することになった。

1.2.1.1. 実例

実際のコラムの例をOLEから二つ挙げる4)。【例1】は、allという全称語とnotという否定 語が組み合わさった場合の意味解釈を、【例2】は、insist(…するように要求する)に続くthat 節の中に用いられる法の実態を検証したものである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【例 1 】all … not … は部分否定か全体否定か。(s.v. all

問題設定 all … not … は「すべての…は…ではない」という全体否定とされることが多いが、

「すべての…が…というわけではない」という部分否定とされることもある。どちらの解釈が 優勢か調査した。

Q 次の文はどのような意味ですか。

All of the teachers are not young.

(a) Only some of the teachers are young. (先生の何人かだけは若い)

(b) None of the teachers are young. (先生は全員若くない)

(c) 両方

(d) どちらでもない

(e) この文は非文法的である

結果 (a) 14% (b) 40% (c) 9% (d) 4% (e)33%

解説 (e)この文は非文法的とした人が全体の3分の1とかなり多い。(b)全体否定と解釈した 人が4割で最も多く、(a)部分否定、(c)両方可能とした人は合わせても2割強と少ない。

(5)

非文法的と答えた人以外でも、「奇妙な言い方」「とても不自然」「避けるべき」「自分は使わ ない」などの意見が目立った。部分否定の意味ならNot all of the teachers are young.を使い、全 体否定の意味なら(b)の文を使うと述べた人が多い。

学習者への指針 all … not … の語順は全体否定と解釈されることが多い。しかし、この形 自体が誤りとはいえなくても不自然であり、使うのは避けたほうがよいだろう。部分否定には not (…) all … を使うのがよい。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【例 2 】「…するように要求する」という意味で insist に続く節の動詞の形は何か。(s.v. insist) 問題設定 「…するように要求する」の意味のとき、insist に続く節では、《英》では should が用いられ、《米》では仮定法現在形を使うというのが通説である。その妥当性を調査した。

Q 次の[ ]内のどの形を使いますか。(複数回答可)

Our teacher insisted (that) we [should hand / hand / handed] in the report tomorrow.

結果 《米》should hand:66% / hand:100% / handed:2%

《英》should hand:85% / hand:98% / handed:39%

解説 《米》《英》ともに仮定法現在形のhandの使用率が最も高い。should handは《英》で は一般的であり、《米》ではやや低くなっているが、それでも66%の人が使用している。《英》

では直説法handedを使用する人も40%近くいるが《米》ではほとんどいない。

参考 「…であると主張する」の意味では、《米》《英》ともに直説法のみが使用される。〈例〉

Tom insisted (that) he was innocent.(トムは自分が潔白だと主張した)

学習者への指針 「要求する」の意味のinsistに続く節では仮定法現在形(動詞の原形)を 用いるのが一般的であるが、shouldを入れた形も使われる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1.2.1.2. 項目の選定

英語の文法あるいは語法をめぐる「正誤」論争の歴史は長く、学問的な議論がそのまま英語 教育の場に持ち込まれることもしばしばあった。その意味では、取り上げることができる項目 の候補は無数にあるが、LXE・OLEの統語論PBでは、調査項目として、英語の最前線での揺 れ(例えば、hopefully に「願わくは」の意の文修飾用法を認めるか否か)5)ではなくて、むし ろ、日本の英語教育の場で伝統的に受け継がれてきた規範、いわば“日本国英文法”を中心に取 り上げた。調査結果が、「そのルールは本国では誰も守っていない」であっても、逆に「古いと 言われながらも、実際には、依然として健在である」であってもかまわない。いずれにしても、

日本の教育現場で繰り返し議論される問題について、これを機に最終的に決着をつけることを

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企図したものである。

取り上げた項目は、上に挙げた例のほかに、「than Iかthan I amかthan meか」「as ifの節中 に直説法も用いられるのか」「someoneを指す代名詞はheかtheyか」といった文法問題から、

「be knownの後はtoかbyか」「exercise(運動)を従える動詞は何か」などのコロケーション、

「barelyは『かろうじて』か『ほとんど…ない』か」「be drownedで『事故死』を表わせるか」

「untilの後にくる日は『…まで』の中に含まれるか」のような意味に関わる事柄、「『必ず…し なさい』をどう言うか」「『遅れてすみません』をどう言うか」などの日本語から発想した表現 形式、「suggestに続くthat節で用いられる法は何か」「help+目的語+to do か+doか」「『入 院する』はin hospitalかin the hospitalか」のように英米差が予想される事項の確認など多岐 にわたっている。

1.2.1.3. 方法論

調査は、上で述べたように、選択肢の中から選ぶアンケート方式を用いた。質問の仕方には 何種類かあるが、基本的には、「正しいか」「文法的か」ではなくて、「あなたは…という表現を 使いますか」という問い方で貫いた。

インフォーマントは、LXE では、英語世界の広がりを考えて、英米在住の母語話者のほか、

オーストラリア、ニュージーランド、カナダからも少数ではあるが募った。しかし、OLEの新 規項目調査においては、アメリカ英語とイギリス英語という二大変種の対比を明らかにするこ とを目的の一つとしたため、対象を英米の2国に限定することにした。在住国・年齢別の人数 は以下のとおりである6)

【表1】LXEのインフォーマント

年齢 USA UK Aus NZ Can 計(人)

10-19 0 2 0 0 0 2

20-29 13 22 1 1 3 40

30-39 17 9 1 1 4 32

40-49 7 1 3 0 2 13

50-59 4 4 0 1 0 9

60-69 0 3 0 0 0 3

70-79 0 0 2 2 0 4

Total 41 41 7 5 9 103

(7)

【表2】OLEのインフォーマント

年齢 USA UK 計(人)

10-19 0 2 2

20-29 26 36 62

30-39 14 14 28

40-49 8 2 10

50-59 1 0 1

60-69 0 1 1

Total 49 55 104

1.2.2. CLX の PB

中級英和辞典のCLXのPBは、日英対照語用論の調査である。日本語と英語の語用論的な差 異を調べたものであるが、項目の選定にあたっては、学習者が間違いやすいものを取り上げる ために、中間言語語用論的手法も加味した。合計で50項目掲載することができた。

1.2.2.1. 実例

【例3】は、日本人は目の前にいる人を指すときに「彼が」という言い方をするが、果たし て英語でも適切なのか、【例4】は、日本語では「…するのは難しい」を婉曲的な断りに使える が、英語でもそういう機能を果たすのか、を問うたものである。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【例 3 】目の前の人をさして、he [she]と呼ぶのは失礼?(s.v. he

Q あなたは友人のMaryが買い物をしているのをお店の外で待っています。すると、通りす がりの男性に美術館への道を聞かれました。あなた自身、その辺りの地理に明るくないので Maryに聞いてみようと思います。Maryが出てきたらその男性の前で“Mary, he’s looking for the museum. Do you know where it is?”と言いますか。

結果 米:YES 71% NO 29%、 英:YES 32% NO 68%

解説 米では「言う」と答えた人が、英では「言わない」と答えた人がそれぞれに多く、米・

英で結果が大きく分かれた。

米で「言う」と回答した人のコメントとしては、「男性の名前を知らないので仕方がない」と いうものが多かったが、「言う」と回答した人の中にも、「he も間違いではないものの、this

gentlemanなどの表現のほうが丁寧」というコメントが見られた。

(8)

「言わない」という回答の多かった英での主な理由としては、本人のいる前でその人のこと をheと呼ぶのは「不躾と感じる」「失礼と感じる」という意見がほとんどであった。「言う」「言 わない」の違いこそあれ、両国共にthis gentlemanという表現の方がheよりも丁寧と考えられ ている点では共通しているようだ。

代わりに用いるべき表現としては、米・英ともにthis gentleman [lady]やthis man [woman]

という回答が多かった。

日本人の9割程度は「言う」と答えており、特にイギリス人から「失礼だ」と思われる危険 性が高い。

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【例 4 】遠まわしに断りたいときには、difficult で通じる?(s.v. difficult

シチュエーション 日本語では、遠まわしに断る際に「…するのは難しい」という言い方を することがありますが、同じように英語のdifficultを使うことができるのでしょうか。

Q あと 10 分で大切な試験が始まってしまうのに、会場まで歩いて行ったのでは絶対に間に 合いません。そこでタクシーを使うことにしたのですが、運転手さんに「10分以内で行ってく ださい」と言ったところ、“It’s difficult to get there in 10 minutes.”と言われました。運転手さん は、以下のa)、b)のどちらのつもりで言ったと思いますか。

a) 10分で行くのは不可能

b) 10分で行くのは簡単なことではない c) どちらでもない

結果 (a) 5% (b) 92% (c) 3%

解説 米・英ともに b)の「10 分で行くのは簡単なことではない」という回答が圧倒的に多か った。「絶対に間に合うという保証はないと言っている感じがする」「difficult には不可能とい う意味はない」という意見が多く、「もし無理であるならば、無理ということをはっきりと言う べき」というコメントも目立った。

日本人は8割近くがa)の「不可能」ととらえる回答しているが、日本語の「難しい」と同じ ように遠まわしに何かを断るつもりでdifficultを用いても、その意図が米・英の人には伝わら ない可能性が高い。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1.2.2.2. 項目の選定

歴史の長い統語論は、理論的な枠組みやモデルは移り変わったとしても、少なくともそのあ とに、具体的な文法や語法についての知見を蓄積してきた。それに対して、比較的若い学問分

(9)

野である語用論においては、具体的な事項についての言語間の比較は、いくつかの代表的な発 話行為やポライトネスの表現形式ぐらいに限られているため、CLXのPBを企画するにあたっ て、日本人英語学習者にとって何が「躓きの石」になるのかをそもそも“発見”するところから 始める必要があった。そのため、各種文献や私たち自身の経験から、日英差が大きいであろう と想定される事柄を集め、それらは実際に日本人が誤解しがちなのかどうかを、あらかじめ日 本人学生100余名を対象に調査し、その上で本調査に臨んだ。

上で挙げた実例以外に、「やむをえない事情で『…しなければならない』と言うときmustと

have toのどちらが丁寧か」「日本語の『うそつき』と同じニュアンスで“You’re a liar.”と言える

か」「相手の成功を讃えるときに『よかったね』の意味で“Oh, good.”と言うのは適切か」「初対 面の相手をファーストネームで呼ぶ際に、そうしてよいか確認すべきか」など、表現選択の適 切性に関わる諸問題を取り上げた。

1.2.2.3. 方法論

このPBで用いた方法は、基本的に他のPBと同じであるが、語用論調査であるがゆえの特 殊性もあった。

語用論は、統語論に比べて、文脈や状況に決定的に依存しているので、調査する場合も、単 に「次のうちどの表現を用いますか」のような設問にすることはできず、かなり詳細な場面を 設定する必要があった。できるだけ典型的な設定にはしたが、状況を具体的にすればするほど 汎用性は失われていくことになるが、致し方ないことである。

また、語用論的振る舞いにはさまざまな要素が関わっているが、その中でも年齢という要素 は非常に影響が大きいことから、高校生を主な使用者として想定している中級辞典に掲載され る本PBについては、【表3】にあるとおり、インフォーマントを、読者と年齢が近く、これか らの英語の担い手でもある比較的年齢層の低い人たちを中心に構成した。

(10)

【表3】CLXのインフォーマント

年齢 USA UK 計(人)

10-19 2 12 14

20-29 20 24 44

30-39 13 14 27

40-49 8 7 15

50-59 3 0 3

Total 46 57 103

1.2.3. OLJ の PB

和英辞典であるOLJは、全体を通して、日本語から出発して、「正しい英訳」、さらには「自 然な英語」に至るまでの筋道を提示することを標榜しており、PB もその方針を象徴するもの として設定した。知っている単語を文法規則に則りながら積み上げて作った「日本人英語」が どこまで通じるのか、および、(与えられた和文に対する英訳ではなくて)そういう状況でそう いう趣旨のことを母語話者なら何と言うか、つまり、ネイティブライクな英文は何か、の両方 を知るための調査である。全体として、100項目掲載することができた。

1.2.3.1. 実例

【例5】は「気分転換」、【例6】は「…によって違う」に対する自然な英語を探ったものであ

る。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【例 5 】「気分転換に…する」はどのような表現が適切か?(s.v.「気分」)

Q 「何時間もレポートを書いて疲れたので、気分転換に散歩をしてくる」と母親に言うとき、

下線部について以下の表現を用いますか7)

(a) I’m going out for a walk to change my feeling.

(b) I’m going out for a walk for a change.

(c) I’m going out for a walk to refresh myself.

(d) I’m going out for a walk to clear my head [OR mind].

結果 YES:(a) 1% (b) 19% (c) 43% (d) 98%

解説 (a)のto change my feelingはほぼすべての回答者が「言わない」と答えた。理由として、

「このセンテンスが何を言おうとしているのかわからない」という指摘が多くの回答者から挙 げられた。また、「feelingは自らの意思で変えられるものではない」「feelingは特定の感情をさ

(11)

す言葉なので、ここではmoodを使うべき」などの指摘も見られた。「feelingと言うにしても、

feelingsと複数にすべき」とのコメントもあった。

(b)のfor a changeは、大多数の回答者が「言わない」と答えた。理由として、「for a change

は『いつもと違って』という意味を持つので、普段はめったに散歩をしないかのように聞こえ る」という指摘が多く見られた。

(c)のto refresh myselfも、「母親に対して使うにはかたい」などの理由から、半数を超える

回答者が「言わない」とした。

(d)のto clear my head [OR mind]は、ほぼすべての回答者が「言う」としており、この場合

の最も適切な表現と言えるだろう。ただし、「疲労やストレスが著しいときに用いられる表現だ」

などのコメントも一部見られた。

参考 “I’m going out for some fresh air.”という表現についても聞いてみたところ、すべての回 答者が「言う」と回答した(YES 100%、NO 0%)。

この場面で使われるほかの表現として、“I’m going for a walk to take a break.”などが挙げられ た。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【例 6 】「(意見が)人によって違う」はどう表現するか?(s.v.「よる」)

Q 大学のある授業について友人と話しています。「(その授業がおもしろいかどうかは)人に よって意見が違う」と言うとき、下線部について以下の表現を用いますか8)

(a) The opinion is different by people.

(b) Opinions are different from person to person.

(c) (Different) people have different opinions.

結果 YES:(a) 2% (b) 32% (c)89%

解説 (a)の“The opinion is different by people.”は、ほぼすべての回答者が「言わない」と答え た。理由として、「different by peopleでは意味が通じない」というコメントが多く見られた。

(b)の“Opinions are different from person to person.”は、半数を超える回答者が「言わない」

とした。理由として、「are differentではなくdifferまたはvaryを用いるべき」「from person to

personは不要」などが挙げられた。

(c)の“(Different) people have different opinions.”は、圧倒的多数の回答者が「言う」と答えて おり、この場合の最も適切な表現と言えるだろう。

参考 “Opinions vary from person to person.”という表現についても聞いてみたところ、大多数 の回答者が「言う」と答えた(YES 79%、NO 21%)。「言わない」と答えた回答者は、「話し言 葉としては堅い」などの理由を挙げた。

(12)

この場面で使われるほかの表現として、“Everyone has their own opinion.” “People have differing opinions.” “Opinions differ.” “It depends who you ask.” などが挙げられた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

1.2.3.2. 項目の選定

調査項目の選定にあたっては、広く文献を渉猟し、また私たちの学習・教育経験にも拠りな がら、日英対照言語学および中間言語理論の観点から、日英差をカテゴリーに分け、その中の 代表的なものを選ぶように努めた。

文全体に関わる発想の違いとして、「それ以上のことは分からない」(I don’t know. / That’s all I know.)、「妹に近づくな」(Don’t approach my sister. / Leave my sister alone.)のような否定・

肯定の違い、「テレビゲームは宿題の後にしなさい」(Play video games after you do your homework. / Do your homework before you play video games.)のようなフォーカスの置き方の 違い、「今年の夏は雨が多かった」(This summer had a lot of rain. / It rained a lot this summer. / We had a lot of rain this summer.)のような主語・主題の立て方の違いなどをカバーした。

修飾語句のレベルでは、「そのレストランは駅前にあります」(The restaurant is in front of/across from/opposite the station.)、「これからも友達でいようね」(I want to keep friends with you from now on too. / I want to be your friends forever. / I hope we’ll always be friends.)のような 副詞(句)の使い方、「ジムはラジオを聞きながら宿題をしている」(Listening to the radio, Jim is doing his homework. / Jim is doing his homework while listening to the radio.)のような分詞構文 の使い方などを扱った。

単語のレベルでは、「そのニュースを昨日知った」(I only know/learned/heard the news

yesterday.)のような動詞のアスペクト、「どうやって彼女の心をつかんだんだ?」(How did you

get/grab/win her heart?)のようなメタファー、「(将来)作家として活躍したい」(I’d like to be active as a writer. / I’d like to be a successful writer.)のような日本語特有のニュアンスを持つ語、

「試験に合格するために努力した」(I made an effort to pass the exam. / I worked hard to pass the exam.)、「自然の中で暮らしたい」(I want to live in nature. / I want to be surrounded by nature. / I want to live in the country(side).)のような抽象語などを取り上げた。

その他、「小さい声で話してくれませんか」(Could you speak with a small voice? / Could you speakquietly? / Could you keep your voicedown?)、「(先生に理不尽な叱り方をされて)精神的に 傷ついたよ」(I received mental damage. / I was mentally hurt. / I was really hurt by what my teacher said.)のようなコロケーションの違いにも言及した。

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1.2.3.3. 方法論

日本文に対する英訳が与えられている和英辞典の本文用例の扱いに準じて、「与えられた日本 文の英訳としてどれが適切か」という設問にすることができればよいのだが、原理的に、日本 語を解さないインフォーマントに直接日本文を提示し英訳してもらうわけにはいかないため、

出来る限り詳細な状況・文脈を添えた上で可能な英文をいくつか示し、それらの英文について、

英語としての妥当性を判断してもらうという方法を採用した。

また、インフォーマントに選択肢として提示する英文を選定するために、二つの予備調査を 行った。一つは、100 名を超える日本人学生を対象にした和文英訳のテストで、そこから、日 本人学習者の傾向、いわば「日本人らしい英語」を探った(ただし、あまりにも初歩的な誤り を含んだものは、情報価値が低いと考えて選択肢から排除した)。もう一つは、逆に「英語らし い英語」の選択肢を得るために、少数の日本在住のネイティブ・スピーカーを対象に行ったパ イロット調査である。これらに基づいて、本調査では、それぞれの項目ごとに、より日本人ら しい英文から、よりネイティブライクな英文に至るいくつかの英文を選択肢として掲げること ができた。

本調査に参加したインフォーマントの在住国・年齢別内訳は以下のとおりである。

【表4】OLJのインフォーマント

年齢 USA UK 計(人)

10-19 0 4 4

20-29 28 33 61

30-39 20 14 34

40-49 8 3 11

50-59 1 0 1

60-69 1 1 2

Total 58 55 113

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2. 考察

PB は、なにぶんにも野心的な企画であったため、アンケートの準備からインフォーマント の確保、パイロット調査と本調査の実施、回答の回収と分析、コラムの執筆・推敲に至るまで、

幾度も議論を重ね、試行錯誤を繰り返した。以下に、経緯と残された課題を記して、今後行わ れるであろう同種の調査の参考に供したいと考える。

2.1. インフォーマント

2.1.1. 「ネイティブ・スピーカー」

PB のインフォーマントは、イギリス・アメリカ在住の英語のネイティブ・スピーカー(母 語話者)に限定した。日本では「ネイティブ」や「ネイティブ・スピーカー」という言葉は普 通に用いられている。書店の店頭には、ネイティブの感覚をウリにした書物が並び、英語で書 く論文もあらかじめネイティブチェックを受けておくことが求められる。中学や高校の検定教 科書では、執筆者側のネイティブに加えて、検定の過程で、文部科学省サイドのネイティブが 吟味する。私たちの辞書でも、一つの英文に対して必ず複数のネイティブが目を通すことを徹 底しているが、それは“what is English and what is not”(何が英語で、何がそうでないか)を決 めることは、やはり母語話者の特権だと考えるが故である。

しかし、実は、「母語話者」や「ネイティブ・スピーカー」は、自明の概念ではない。一つに は、そもそも「ネイティブ・スピーカー」を厳密に定義することが難しいからである 9)。チョ ムスキー一派に倣って“The ideal native speaker is a speaker who knows his language perfectly.”

(理想的なネイティブ・スピーカーは、自分の言語を完璧に知っている話者のことである)と 定義したとしても、まさに「理想的な」の枕詞が語るように、現実には「自分の言語を完璧に 知っている」人などこの世には一人も存在しない。制限を緩めて「ネイティブ・スピーカーは、

自分の言語をよく知っている話者のことである」とすると、途端に「ネイティブ・スピーカー」

(母語話者)と「ノン・ネイティブ・スピーカー」(非母語話者)は、カテゴリーの違いではな くて、単に程度の差ということになってしまう。

「母語」(native language、mother tongue)は、このような言語能力の観点からの定義のほ かに、「最初に獲得した言語」、「最もよく使う言語」、「(自分ないし他者から見て)アイデンテ ィティを感じる言語」などと定義することも可能である。大半の人が生後最初に獲得した一つ の言語のみを一生使い続ける日本のような状況では、これらの違いが問題になることは少ない が、複数の言語が並立し、日常的に用いられている国においては、それぞれの定義にあてはま る言語が一致しないことは決して稀ではない。さらに、完全なバイリンガル、マルチリンガル がありうるのか、もしありうるとしたらその人にとっての「母語」は何なのかといった根源的

(15)

な問題も関わってくる。

私たちはPBを企画するにあたって、「ネイティブ・スピーカーとは何か」の問題に深入りす ることは避け、むしろその存在を前提として、「ネイティブらしさ」を求めることにした。

2.1.2. イギリス英語とアメリカ英語

上で「ネイティブ・スピーカー」という概念が自明ではないとしたもう一つの理由には、英 語の特殊性が関わっている。例えばベトナム語の学習者は、単に「ベトナム人は…と言う」で 済ませることが普通であり、わざわざ「ベトナム語のネイティブ・スピーカーは…」という言 い方はしない。それに対して、英語は、「英語を母語とする(English as a native language、ENL)

人たちが多数を占める国」そのものがいくつか存在するし、さらに、「英語を第二言語として

(English as a second language、ESL)公用語に準じる位置づけで用いる国」も多い。さらには、

「世界英語(Global English、World English)」や「国際語としての英語(English as an international

language、EIL)」の議論の文脈では、lingua franca(国際共通語)としての英語は、もはやネ

イティブ・スピーカーのものではなく、世界の諸地域それぞれの「標準」があってよいとする 論者さえいる。

しかし、私たちは、少数ながらもオーストラリア、ニュージーランド、カナダのインフォーマ ントも加えたLXEを除いて、調査の対象を「イギリス英語」と「アメリカ英語」に限定した10)。 それは、積極的には、世界の諸英語のなかでも両英語は、依然として「標準(norm)」つまり 正誤判定の基準や英語教育のモデルとされることが多い二大主要変種であるという理由からで あり 11)、消極的には、世界のさまざまな英語を扱うには、PB のインフォーマントの数では十 分ではないという理由からである。

Gray (1981)が言うように、英語は、これだけ広い地域に普及し、話者の数が多いのにもかか わらず、例えばタガログ語と比べて、高度に標準化された言語であるが、そのことも、限定的 なインフォーマントに対する調査結果から英語についての一般化を図ろうとする手法に幾許か の正当性を与えている。

2.1.3. インフォーマントの数

企画段階で予想したもう一つの深刻な批判は、「何億人もいる英語母語話者のなかで、たかだ か100人に聞いて何が言えるのか」というものであった。どんな調査においても、サンプル数 は多ければ多いほど精度は高まるが、さまざまな制約の中で、妥当性と実現可能性の間の妥協 点を求めて行かざるをえない。

他書の語法調査12)も数十名から百数十名のオーダーのインフォーマントから一定の一般化を

(16)

得ており、また、高校の先生方から、「学校に来ているALTはこの表現は使わないと言うので すが」というような質問が来ることがあるが、それと比べても100名という数は十分大きい数 であると考えることができる。

ただし、分析の際には、過度な一般化は慎み、「この100名からなるパネルに対する調査結果 から言えることは何か」という抑制的なスタンスを貫いた。裁判の比喩を用いるなら、100 余 名の一般言語使用者の意見をまとめたPBは、「市民の代表として選ばれた少数の陪審員が下し た評決集」ということになる。

2.1.4. 均質性と代表性

私たちが募った「英米の母語話者100人」は、何を「代表」しているのか。この問いは、上 で取り上げた「100 人という数で英語話者を代表できるのか」や「英米人は英語話者の代表な のか」といった意味以外の問いかけとしても解釈することができる。

一つの言語内には当然のことながら社会言語学的パラメーター(地域、階級、民族性、ジェ ンダー、年齢など)に応じた言葉遣いの差異が存在している。「イギリス人50人」「アメリカ人 50人」というまとめ方をした途端に、その内部の差異が無視されることになり、あたかも均質 な「イギリス英語」「アメリカ英語」が存在することになってしまう。

しかし、数十名程度のインフォーマントを対象にした実験の場合、均質な集団であると仮定 して遂行せざるをえないのが現実である。むろん「年齢差」や「ジェンダー」に左右されない、

イギリス人、アメリカ人それぞれに共通の語法を調べるための調査である、と主張することも できようが、「ある人は…と言うが、ある人は…とは言わない」という結果が得られたときに、

それが何の違いを反映したものであるのかが分からなければ、大雑把な分析にとどまらざるを えない。

あたかも言語内にバリエーションが存在しないと仮定することは、発音や文法判断を求める 実験でも本質的には同じ問題を内包するが、しかし、個人を特徴づける社会言語学的パラメー ターによって左右される度合いが大きい語用論においては、より深刻な問題だと考えられる13)

英語という言語は、その多様性ゆえ、被験者のコントロールがとりわけ重要である。今後、

どのような調査であっても、多少なりとも英語についての一般化を得ようとする場合、「インフ ォーマントが誰であるのか」という問題にいっそう自覚的である必要がある。

2.2. 方法論 2.2.1. 調査方法

人々が言語をどのように用いるのかを調査する方法は多様である。「自然さ」を文字通り追求

(17)

するのであれば、被験者に内緒で録音ないし録画を行うのが最良の方法ということになる(も ちろん後から、研究目的での録音と使用について承諾を得なければならないが)。その次に「自 然」なのは、あらかじめ録音することを断ったうえで、会話してもらう方法である。最初のう ちはぎこちなくても、次第に、普段通りの話し方になることが期待できるし、あらかじめ承諾 を得ているので、事後に「この部分はなぜ言い直しましたか」とか「ここでなぜコードスイッ チングを行いましたか」など、フォローアップの質問をすることも可能になる。

しかし、これらの方法では、被験者の絶対数を確保することが困難であることが多い。それ ゆえ、被験者をコントロールすることもなかなかに難しく、方言、ジェンダー、年齢などのパ ラメーターによって分けられたグループごとの一般化が得られるだけのインフォーマント数を 集めることは容易ではない。それに、決して破格ではないが出現頻度が低い表現の場合、何十 時間録音を続けても現れないことがあるという問題点もある。

それに対して、アンケート方式は、実施するのが比較的容易であり、サンプルを多く集める ことが可能である。いくつかの選択肢の中から選ばせる多項選択(multiple-choice)方式のほ か、特定のシチュエーションのもとで想定される会話の一部を空所にした「談話完成テスト

(Discourse Completion Test、DCT)」や、会話全体を書かせる「談話産出テスト(Discourse

Production Test、DPT)」などは、英語教育の分野だけではなく、語用論、とりわけ二言語間の

語用論を比較する対照語用論や、学習者が目標言語に至るプロセスを考慮する中間言語語用論、

同一言語内の変種間の違いを見る変異語用論などでよく用いられる、すでに確立した方法論で あると言ってよい14)

アンケート方式は、録音方式に比べると「自然さ」の点では劣るが、その言語共同体が共有 している言語意識(こういう場合何と言うかについてのassumptionや expectation)の実態を 知るためには、むしろ優れているとされている。

2.2.2. コーパス

定量的観察をするなら、コーパスを調べればよいのではないか。何億語ものコーパスが利用 できる時代にあって、たかだか100人に聞くことは時代錯誤とさえ考えられるかもしれない。

近年、大規模コーパスに基づいた語法調査が一般化し、語法研究においても、辞書の編纂に おいても、強力な武器になっている。特に、語の使用頻度やほかの単語との共起上の傾向を調 べるためには、コーパスは極めて有効である。

それに対して、内観に拠るアプローチには、いくら優れた言語学者でも個人のバイアスがか かり、正確に言語の実態を反映している保証はない、という原理的な批判がつきまとう。それ ゆえ、コーパスには、単に統計的な傾向をいわば瞬時にして知ることができるという実用上の

(18)

利点だけではなく、内観主義に対抗する研究の概念的基盤を提供するという理論的な意義もあ るだろう。

変形文法を典型とする母語話者の内観に頼る(intuition-based)立場と15)、実際の言語使用か ら帰納的に一般化を図ろうとする(usage-based)立場の根本的な対立の構図について、本稿で 深く立ち入ることはできないが、私たちは、この二つの立場は、対立するものではなくて補完 しあうべきものであると考えている。

ただし、少なくとも、コーパスの限界については常にわきまえておかなければならない。コ ーパスには単純な誤りや、臨時の用法が含まれている。また、わずかの出現例しかなくても、

あるいは出現しなくても、十分容認可能な文はいくらでも存在する。例えば、フォーマルな用 法なので統計的に頻度が少ないというケースである。そのような場合は、出現頻度を基準に単 純に「まれ」や「誤り」とすることはできない。頻度は単なる結果でしかない。

さらに、意味解釈に関わることは、ネイティブ・スピーカーに直接、尋ねる方法によらない とはっきりしないことが多い。例えば、日本語でも、「役不足」や「敷居が高い」を、それぞれ、

「実力に比して役目が軽い」と「役目に対して力量が不足している」、「不義理をしていて訪ね にくい」と「高級過ぎて入りにくい」のどちらの意味で理解しているのかは、直接尋ねてみな いと分からない。

要するに、私たちの疑問に対する答えがコーパスの中にあるとは限らないのである。私たち は、インフォーマントの内観的な判断を文法・語法研究の参考にすることは不可欠の手段であ って、コーパスの普及によってもそれが不要になることはないと考えている。

2.3. 規範性 2.3.1. 規範

言葉は、言語共同体の構成員の間の約束事である。例えば、冬に空から落ちてくる小さな氷 の粒を“ユキ”と呼ぶのか、“snow”と呼ぶのか、“neige”と呼ぶのかは、言語共同体ごとに勝手に 決められている。決まりごとである以上、共同体の構成員はその規範性から逃れることはでき ない。しかし誰がその規範を判断するのか。裁判の比喩を再び用いるなら、職業裁判官である 言語学者なのか、共同体の構成メンバーである一般大衆の総意によるのか。

辞書は、文法書とともに、その意味での言葉の規範を示す書として位置付けることができる。

母語話者にとっても、外国人学習者にとっても、辞書は、とりもなおさず、その時点での「正 しい言葉遣い」を知るための手引書であると言えよう。

辞書に対する期待の観点から、私たちは「言語学者ではない、いわば言葉の“素人”に語法判 断を求めること」の意味を自問した。「多くの人がOKと言っても、誤用は誤用。それなら、言

(19)

語的に鋭敏な特定のネイティブの判断で統一するべきではないか」という批判にも答える準備 をしておかなければならなかった。

私たちの結論は「“what is English and what is not”(何が英語で、何がそうでないか)を決め るのは、(“素人”である)言語共同体の構成員自身である」というものであった。本来は誤用や 混用であっても、いずれ「正用法」に昇格することは言葉の変化の過程ではしばしば起こるこ とである。

語法は最終的には多数派が善とされる。日本語でも、例えば、本来の正しい「独擅(せん)

場」は「独壇(だん)場」によってほぼ駆逐されてしまい、「独壇場」はもはや「誤用」とは言 えなくなったと思われるが、それは、まさに、「日本語使用者の大多数がそう言う」からである。

その意味で“素人の趨勢”を知ることには意義がある。

ただし、辞書に期待される「規範性」との兼ね合いもあり、また、外国語学習者向けの英和 辞典や和英辞典には一定の品位も求められるので、PB では、インフォーマントを原則として 学士以上に限ったことは上に述べたとおりである。

2.3.2. 教育的配慮

グレーゾーンをそのまま提示することに対する疑問はあらかじめ予想していたが、実際、LXE 発刊後に寄せられたPBに関する読者からの要望ないし批判はほぼこの点に尽きていた。極論 すれば、「教育現場で必要なのは○か×かであって、△を教えるのは混乱のもと」ということ のようであった。

私たちは、単に読み物としての面白さを求めて、言葉遣いの難しさに呻吟する母語話者たち の生の声を伝えることにしたわけではない。日本の英語学習者に、「言葉には揺れがあり、唯一 絶対の正解などない」という当たり前の現実を示すこと自体に意義があると考えたのである。

英語学者の仲間内で、「チョムスキー読みの英語知らず」という戒めがある。「英語について の研究」と「英語の能力」は直結しない、というぐらいの意味であるが、英語教育に置き換え ると、「英語についての知識を授けること」と「英語の運用能力を高めること」を同一視しては いけない、ということになろうか。PB の根底には、語法論争そのものに対する懐疑、学習者 である生徒たちを語法論争に巻き込むことに対する懐疑があったのである。

しかし、やはり学習者にとっては一定の指針があるのが望ましいという多くの読者からの要 望を受けて、それ以降のCLX、OLE、OLJでは、私たちなりの判断を添えるように方針を変更 したことは上で述べたとおりである。

(20)

結び

以上が、私たちの現在の到達点である。

学習辞典は、最新の研究成果の発表の場であるとともに、真に役立つ実用の書でもあらね ばならない。PBも、英語の実態を直接知るための調査として企画したが、項目の選定や情報 の取捨選択を行うときには、日本の英語学習者にとっての必要性を考慮し、解説を施す際に も分かりやすい記述になるように苦心した。

今後も、学問的な厳密性と学習者にとっての便宜の接点を探りながら辞書作りをすること になるが、PBについても、本稿で記した論点をふまえてさらに改善を続けて行きたいと考え ている。

1) 回答を依頼をした人だけがアクセスできる専用サイトを設定した。

2) 学習辞典の目的を考えて、PBのコラム以外の辞書本文では、各種資料やコーパス、ネイティブコンサルタ ントの意見などもふまえ、「言う、言わない、普通、まれ、避けたほうがよい」などの判断を明示している。

ただし、旧来的な意味での規範主義ではなくて、あくまでも使用実態に教育的な配慮を加味した、いわば“や わらかな規範主義”の立場に立った判断である。

3) OLEには、LXEから引き継いだ項目と、OLEで新たに調査した項目が含まれているが、この二つの調査対

象となったインフォーマントは一部を除いて異なっている。

4) 調査結果のデータは、実際のコラムでは、棒グラフあるいは円グラフで表示したが、本稿では、数字を提示 するにとどめた。以下に挙げる、ほかの2種類のPBの実例についても同様である。

5) AHD3、Morris (1985) などの語法パネルは、その種の問題を扱っている。

6) インフォーマントの詳細は、出版社のホームページ(http://www.obunsha.co.jp)に掲載されている。

7) アンケート用紙に記載されている実際の質問は、“You are a college student. You have been writing a term paper in your room for a long time and feel tired, so you say to your mother, ‘( ).’”である。

8) 実際の質問は、“You are talking about Prof. Brown’s class. You say, ‘Some students find Prof. Brown’s class interesting, but others don’t. ‘( ).’”である。

9) Coulmas (1981)、Paikeday(1985)、Davies (2003)など参照。

10) 最初に実施したLXEPBでは、主だった英語変種をカバーする目的で、インフォーマントを英米にそれぞ

40%、オーストラリア・ニュージーランド・カナダに合計で20%割り当てた。

11) ENLESLの諸国の大半はイギリス英語をモデルとしており、アメリカ英語の陣営は北米のほかは、フィ

リピンとリベリアなどにとどまる。EFLの国も、少なくとも学校教育などの公的なレベルでは、英または米 の英語をモデルとしているが、そのいずれであるかは、英米どちらかの植民地であったか、地理的に英米の どちらに近いか、その国の経済・文化の発展にどちらが影響を与えたか、商業・政治・軍事などの面で現在 どちらと結び付きが強いかなどの条件によって決まる。野村(2010, 2011a)参照。

12) インフォーマントの数は、例えば、AHD3173名、Morris(1985) 166名、田中(1990)は100名、市橋(2003) 70名である。宮田(2002)は6名であるが、ほかのパネル調査とは趣旨を異にしている。

13) 野村(2011b)参照。

14) 例えばBeebe et al.(1990)、Takahashi et al. (1993 )、Schneider (2008)など。方法論については、Beebe et al.

(1996)、Brown(2001)、伊藤(2004)、Litosseliti (2010)、O’Keeffe et al. (2011)など参照。

15) チョムスキーが1964年の講演で「“I live in New York.”という文が“I live in Dayton, Ohio.”という文より頻度 が高いのは当たり前ではないか」と言ってコーパス言語学批判をしたエピソードはよく知られている。

(21)

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(22)

In Pursuit of Authentic English:

Theory and Practice in Learner’s Dictionaries

NOMURA Keizo

All three of the learner’s dictionaries to be discussed in this paper contain a column entitled

“Planet Board,” which illustrates the results of a survey conducted with a panel of 100 native speakers of English living in the United States and the United Kingdom, who were asked to make judgements on various aspects of the usage of English.

The columns which appear in Lexis English-Japanese Dictionary and its revised and renamed edition, O-Lex English-Japanese Dictionary, both for advanced learners, deal with syntactic issues, and that in Core-Lex English-Japanese Dictionary for intermediate students is concerned with pragmatic appropriateness.

O-Lex Japanese-English Dictionary contains a column which focuses on a comparative-linguistic approach, representing the gradation of naturalness of renderings of a variety of Japanese expressions, from a literal translation of the Japanese to a native-like rendition.

This paper aims to present a detailed explanation of the three above-mentioned columns, identify theoretical and methodological problems, and offer some suggestions for further investigation.

参照

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