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ファスビンダーとナボコフ : <似ていない>分身を 求めて

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ファスビンダーとナボコフ : <似ていない>分身を 求めて

著者 高木 繁光

雑誌名 言語文化

巻 14

号 1

ページ 43‑68

発行年 2011‑08‑25

権利 同志社大学言語文化学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012487

(2)

       

ファスビンダーとナボコフ

―<似ていない>分身を求めて―

高 木 繁 光

0.

 クリント・イーストウッドの『チェンジリングChangeling』(2008 Clint Eastwood)では、誘拐された子供を探す母親が、堕落した警察権力によって 似てもいない子供を我が子として引き渡され、いくら違うと主張しても当局 に操作されたメディアと御用学者によって精神病者の烙印を押され、精神病 院に収監される。一方、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーRainer Werner Fassbinderが映画化したウラジミール・ナボコフVladimir Nabokov原作 の『絶望 光の中への旅Despair - Eine Reise ins Licht』(1978)では逆に、自 分と瓜二つの分身に出会ったと思った主人公が、分身を殺害して保険金を手 に入れようと企むものの、警察もメディアもその死体に主人公との類似を認 めなかったため、失敗し破滅する。どちらも似ていない分身を出発点としな がら、前者は差異を同一なるものとして押しつけようとした権力の腐敗を描 き、後者は差異を同一なるものと思い込んで犯罪を計画した主人公の狂気を 描いている。

 分身をテーマとした映画は、ドイツ表現主義時代の『プラハの学生Der Student von Prag』(1913 Stellan Rye, Paul Wegener、 リ メ イ ク1926 Henrik Galeen、リメイク1936 Arthur Robison)をはじめ、『俺は善人だThe Whole Town’s Talking』(1935 John Ford)、『惑星ソラリスSolyaris』(1972 Andrey Tarkovskiy)、『ドッペルゲンガー』(2003黒沢清)まで多くは瓜二つの分身が 出現する物語であり、この二作のように似ていない分身を扱った作品は珍し い。しかし、1978年月10日のカンヌ映画祭での初公開時から、『絶望』に

『言語文化』14-1:43−68ページ 2011.

同志社大学言語文化学会 ©高木繁光

(3)

対する映画批評家たちの反応は冷たく、その失敗を取り繕うべく急遽カンヌ で公開されたヒット作『マリア・ブラウンの結婚Die Ehe der Maria Braun』

(1978)の陰に隠れて1、この「留保された」2作品は、ナボコフ研究者・愛読 者からの熱い視線にも関わらず3、映画的にはほとんどまともに論じられて こなかった。しかし、ファスビンダー自身は、「『絶望』だけが自分の名前を クロワゼット4へ届けるのに相応しい。」5という発言が示すように、この作品 に並々ならぬ思い入れを持っていた6。映画としての失敗にも拘らず、ファ スビンダーを『絶望』に惹きつけたものとは何だったのか。本論では、ナボ コフの『絶望』(ロシア語版Отчаяние,1936、作者による英訳版Despair7, 1937)と、ファスビンダーによるその映画化を通して、<似ていない>分身 テーマの持つ可能性について考えてみたい。

1.

 分身譚とは、たとえばギリシャ神話のナルシスが水面に映る自分の姿に恋 するように、本来自分と同一であるはずのものが、瓜二つの他者として認識 されることで成立する。鏡に映る自分の姿を、別の人格をもった他者として 見るためには、「自分とそっくりということ以上に、逆説的だが自分との間 にある距離が必要だ。そして、そこに自分との距離を感じる視点、自分を他 者と感じる視点こそ分身を生み出す重要な前提」8である。諫早によれば、ナ ボコフの初期作品における分身は、「このように自分を自分以外のものと知 覚・認識しようとする発想から生まれ」、それゆえ、「見る人の認識・視点」、

「自分と鏡に映る自分との差異の感覚」に依拠していた9。そして、多くの研 究者によってドストエフスキーなど近代ロシア文学によく見られる分身譚の パロディとして捉えられている10小説『絶望』についても諫早は、このよう な「差異の感覚」に基づく分身という観点から考察している。

 『絶望』が分身譚のパロディと言われるのは、それが分身譚でありながら 瓜二つの分身がまったく登場しないからである。分身はただ主人公の妄想、

過剰な想像力の内にのみ存在する。1930年のベルリンに暮らす主人公ヘルマ ン・カルロヴィッチ11は、破産しかけのチョコレート工場を経営しながら、

妻リディヤとの表向き円満な夫婦生活を演じているが、彼女はいとこのアル

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ダリオンと不倫関係にある。ある日、出張先のプラハ郊外で、浮浪者フェリッ クスに出会ったヘルマンは、彼を自分の分身と思い込み、身代りに殺害して 保険金を手に入れ、新たな生活を始めようと企てるが、本人以外の誰も二人 の類似を認めなかったため失敗する。ナボコフ自身がインタヴューの中で、

「『絶望』のフェリックスは実は、偽の分身だ」、「私の小説の中に〈本当の〉

分身はいない」などと発言している12ので、本作品を伝統的な分身テーマの パロディとして読めば一応納得はいく。しかし、それだけでは、そもそもファ スビンダーがこれを映画化することはなかったのではないか。ファスビン ダーが『絶望』に魅かれたのは、後半で論じるように、この作品に、当時彼 が置かれていた閉塞状況を打開するひとつの可能性を見ていたためである。

彼がこの作品から読み取ったその可能性を探るためは、まず『絶望』を、未 来に向かって開かれたポジティヴな分身譚として読み解く視点が必要とされ る。その際、以下に見る諫早の論考は、われわれの議論の出発点として方向 性を与えてくれるだろう。13

 諫早によれば、ナボコフにとって否定されるべき分身とは、「内面的な葛 藤から突然自分そっくりの人間が目前に現出するという」「19世紀的な supernatural double」14、つまり、外界に瓜二つの分身が登場する「similarity, resemblanceに基礎を置いた分身であって、もしdifference, uniquenessに基づい た分身が可能だとしたら(…)、決して否定されるべきものではない」15。諫 早は、外在的分身に基づかず、「見る人の認識・視点」という内在的要因によっ て生じる分身関係を、「二重視」16という概念で説明する。諫早の論を敷衍す れば、「二重視」とは、「AはAである」という同一性に、「AはAではない」

という差異を導入すること、「AはAであると同時にBでもある」という二重 性において見ることと言えるだろう。たとえばヘルマンは、フェリックスと 待ち合わせたザクセンの町タルニッツで「青銅の騎士の複製 “the duplicate of the Bronze Rider”」(p.83)(ロシア語版では「分身двойник」)に出会う。

ここで「青銅の騎士」は、「ペテルブルグの町の有名なピョートル大帝像を 指し、「分身」「複製」とは、タルニッツの町で見た銅像が、ヘルマンにペテ ルブルグの銅像を思い起こさせたことを示している。つまり、ヘルマンにとっ て、ドイツの町で目にとまったさまざまなものは、故郷ロシアのものを思い

(5)

起こさせる機能をもち、「分身」の語が用いられることによって、それらは 時間・空間を越えて重なり合う」17。この時、へルマンにとってタルニッツ の町は、タルニッツでありながらタルニッツではなく、同時にペテルブルグ あるいはモスクワであるという二重性において見られている。

Well do I remember that little town − and feel oddly perplexed: should I go on giving instances of such aspects of it, which in a horribly unpleasant way echoed things I had somewhere seen long ago? It even seems to me now that it was, that town, constructed of certain refuse particles of my past, for I discovered in it things most remarkably and most uncannily familiar to me: a low pale-blue house, the exact counterpart of which I had seen in a St Petersburg suburb; an old-clothes shop, where suits hung that had belonged to dead acquaintances of mine; a street lamp bearing the same number (I always like to notice the numbers of street lamps) as one that had stood in front of the Moscow house where I lodged;(…)Every man with a keen eye is familiar with those anonymously retold passages from his past life: false- innocent combinations of details, which smack revoltingly of plagiarism.

(p.66)

あの小さな町のことはよく覚えている、―そして、奇妙に困惑する 感じを覚える。私がずっと昔どこかで見た事物が、恐ろしく不快なし かたで反響するその町の様子の例を述べ続けるべきだろうか?今でさ えあの町は、私の過去の屑同然の部品から建てられているように思え る。というのも私はそこで、実にいちじるしく、また実に不気味なほ どなじみのある事物を発見したからだ―軒の低い青白い家、私がペ テルブルグ郊外で以前見たものの正確な写しだ。死んだ知人のもの だったスーツが掛かっている古着屋。モスクワで住んでいた家の前に 立っていたのと同じ番号の街灯(私はいつも街灯の番号に注意を払う のが好きだった)。(…)鋭い眼を持つ人なら誰でも、自分の過去の生 活から取られて匿名で語られるそれらの文章になじみがあるものだ

―剽窃の不快な味がする、偽りの無邪気さで貼り合わされた細部。

(6)

 本来は似ているはずのないタルニッツの町に、ペテルブルグあるいはモス クワの分身を見ること、それは現在に過去を重ねる「鋭い眼 “a keen eye”」

の「二重視」によって可能になる。この「鋭い眼」は、たんなる類似によっ て二つのものを結びつけるのではない。また、諫早が言う「思い起こす」と いう連想レベルのものでもないだろう。主人公ヘルマンの特徴は、現実の類 似を認識する能力の欠如である。彼はタルニッツの煙草屋にアルダリオンの アトリエで見たパイプと二本の薔薇の静物画があることに驚愕するが、後に アルダリオンを訪ねて確認するとそれは桃の実と灰皿の絵だった。ファスビ ンダーの映画化ではさらに、映画中に挿入されるサイレント映画で双子役を 演じる俳優と、映画に行ったこともないチョコレート工場労働者が、ヘルマ ンによって同一視されるというシーンが加えられる。つまり、ヘルマンの見 る類似は、彼の過剰な想像力が生み出す妄想にすぎない。ここでタルニッツ はあくまでタルニッツであり、「青銅の騎士」はペテルブルグの「ピョート ル大帝像」とは別物であるというそれぞれの同一性において存在していなが ら、ヘルマンの妄想によってタルニッツはタルニッツではなく、ペテルブル グであり、モスクワでもあるという二重性あるいは多重性が導入される。逆 に言えば、異なる風景と風景の間に、その差異にもかかわらず、分身関係が 結ばれ、同一性が見られる。瓜二つのものが分身として反復されるのではな く、ヘルマンの妄想のうちで異なるものが同じものへと変容し、“duplicate”

あるいは“counterpart”として反復される。

 ヘルマンとフェリックスの分身関係もこれと同様である。それは瓜二つと いう外在的類似に基づいたものではない。フェリックスとは結局、「鏡像を、

反復を、仮面を渇望する私の想像力の産物 “a product of my imagination, which hankered after reflections, repetitions, masks”(p.66)」にすぎないことをヘルマ ンは一方で知っている。また、リディヤとの夫婦生活において、ベッドにい る自分を映画館の観客席にいるかのように遠方から眺める自分の分裂、「同 時に二つの場所にいるという感覚 “The sensation of being in two places at once”」(p.32)は異常な興奮をもたらしたとヘルマンは言う。こうしてヘル マンは自分を他者として眺め、同時にフェリックスを自分として認識する。

(7)

この「肥大した想像力 “a hypertrophied imagination”(p.147)」による「二重 視」は、「もちろんへルマンの現実感覚喪失の現れ」18でもあるが、しかし、

「<いま><ここ>にいる自分が虚像にすぎず、実体としての自分はどこか 遠くにいるような」この二重感覚を、もし「ポジティヴに捉え」えたなら、

それは「<いま><ここ>を乗り越え、時間空間を重ねようとする「創造的」

営為」へと転じうるのではないかと、諫早は論じる19。つまり、「同時に二 つの場所に身を置きたいというそのオブセッションは、なにが実体でなにが 影・幻像なのかさえ定かでない曖昧な立場」20へと「私」を追いやり、主人 公を妄想の中に閉じ込めるが、むしろ、この実体と影の曖昧な境界で、<あ れ>でもあり<これ>でもあるものとして遍在する「私」を、「私は私である」

という同一性から解き放たれた主体として積極的に評価するならば、それは

「絶望」よりもむしろ、新たな世界認識を開く可能性をもたらしうるのでは ないか。以下では、ナボコフの『絶望』が示唆するポジティヴな分身的主体 とはどのようなものかを、フロイトとの関係において考えてみたい。

2.

 『絶望』は、当時ベルリンに住んでいたナボコフによって1934年に『現代 雑記 Современные записки』にロシア語で連載され、1936年に単行本とし て刊行された。この頃のベルリンは、ナチスの迫害によるユダヤ知識人の大 量亡命が起きるまで(ナボコフも1937年にベルリンを脱出し、パリ経由でア メリカへ渡っている)、ヨーロッパの映画産業の中心であった。ナボコフは このベルリンで、ドイツ表現主義映画、ソビエト・アヴァンギャルド映画を 頻繁に見ていたばかりか21、エキストラとしての映画出演経験もあったとい う22。『絶望』においても、ベルリン郊外の湖でヘルマン、リディヤ、アル ダリオンが水浴するシーンは、ベルリン市民の休日を描いた『日曜日の人々 Menschen am Sonntag』(1930 Edgar G. Ulmer, Kurt & Robert Siodmak, Fred Zinnemann)の水浴シーンを連想させるし、ヘルマンがフェリックスに自分 は映画俳優であると嘘をつき、自分の“double”=代役を演じてほしいと頼む シーンなどからも、ナボコフと映画の強い結びつきがうかがえる23。  ところで、ドイツ表現主義映画には、夢遊病者チェザーレがカリガリ博士

(8)

に操られ連続殺人を犯す『カリガリ博士Dr. Caligari』(1920 Robert Wiene)、

犯罪心理学に精通した怪人マブゼ博士が活躍する『ドクトル・マブゼDr.

Mabuse, der Spieler ―Ein Bild der Zeit』(1922 Fritz Lang)や『怪人マブゼ博士 Das Testament des Dr. Mabuse』(1933 Fritz Lang)のように、映画とほぼ同時 期に誕生した精神分析に影響された題材を扱っている作品が多いが、ナボコ フが分身をテーマとする作品を書くにあたって、フロイトなど同時代の精神 分析的著作を参照した可能性はないのだろうか。ナボコフのフロイト嫌悪は 有名だが、一方で「ナボコフは(英訳で)フロイトの著作を熟知して」おり、

「ナボコフの攻撃はいかに勤勉に彼がフロイトを読み漁っていたかを示して いる。」との指摘もある24。ナボコフが激しく拒否するのは何よりもフロイ ト主義者たちによるステレオタイプなシンボル解釈であり、そこにフロイト 個人に対する近親憎悪が入り混じっていたように思える。その親近性は、た とえば先に引用した『絶望』の一節、「というのも私はそこで、実にいちじ るしく、また実に不気味なほどなじみのある事物を発見したからだ “(…), for I discovered in it things most remarkably and most uncannily familiar to me”」

における“most uncannily familiar”という言葉の結びつきにもうかがえる。

 フロイトの論文『不気味なものDas Unheimliche』(1919)の英訳がまさに The Uncannyであるが、フロイトはこのunheimlichという語の中にheimlich(ひ そかな、隠れた、親しみのある、なじみの)があることに着目しながら、「不 気味なもの」とは本来われわれに「なじみのあったもの」がいったん抑圧さ れた後、再び回帰したものであると論じている。フロイトによれば、われわ れが「不気味」と感じるのは、心の無意識を支配する「内的反復強迫」を想 起させる、同じ事態の「意図せざる反復」である25。たとえば、クロークで 62番の受領札を受け取った人が、ホテルの部屋や鉄道の車室の番号でも同じ 数字を割り当てられたら、その人はこの事態を「不気味」と感じるだろうと、

フロイトは言う26。これと同じ数字の反復は、ナボコフの『絶望』でも、ヘ ルマンがタルニッツで眼にする「モスクワで住んでいた家の前に立っていた のと同じ番号の街灯」、あるいは、フェリックスと初めて出会う

(p.14)、フェリックス宛の最初の手紙の日付日(p.57)、フェリックス からの返信を受け取る番窓口(p.102)、殺害を決行する日(p.128)

(9)

などのの反復として見ることができる。このような「意図せざる反復」を

「不気味」と感じるのは、フロイトによれば、それによってわれわれのうち に「自我−感情の発達史の中の個々の段階への逆戻り、自我が外界や他なる ものからまだはっきり境界づけられていなかった時期への退行」が引き起こ され、「自らの心の過程をナルシス的に過大評価」した結果、成長過程の「抑 圧のプロセスを通して心の生活から疎外されていた」幼年期の「アニミズム 的な心の活動の残渣に触れ」るから27、つまり簡単に言えば、偶然重なった 数字に過剰な想像力によって原始的な呪術的な意味づけをしてしまうからで ある。

 フロイトは、この内的反復に基づく「不気味さ」を示す分身譚として E.T.A.ホフマンの『砂男』を分析している。主人公ナタニエルは幼年期に、

父と弁護士コッペリウスが自動人形を作っている工房に忍び込んで見つか り、砂男と恐れていたコッペリウスに眼を刳り抜くと脅され、四肢を人形の ようにひねりまわされた記憶をトラウマとして抱えている。後年、大学生活 を送る町で彼は、父親的存在のスパランツァーニ教授と眼鏡売りコッポラが 作った自動人形オリンピアを人間と思い込み恋におちいる。フロイトによれ ば、幼年期の父とコッペリウスの対は、善と悪という「両価性によって二つ の対極に分解された父親のイマーゴ」であり、それは後年、スパランツァー ニ=コッポラの対として反復される。そして、コッペリウスによって人形の ように四肢を吟味されたナタニエルは、スパランツァーニ=コッポラによっ て作られた自動人形オリンピアと分身関係にある。つまり、オリンピアは、「暗 欝な夢想家」ナタニエルの過剰な想像力が、人形に投影された彼自身の鏡像、

「コンプレックスのうちナタニエルから切り離された部分が、人格として彼 と向かい合っている姿なのである」28

 『絶望』のヘルマンが過剰な想像力によって、誰も似ていると認めないフェ リックスを瓜二つの分身と認識するように、ナタニエルは、教授主催のパー ティーで誰もがオリンピアの足運びや身のこなしに機械的なぎこちなさを認 め、哄笑をかみ殺している中、一人恍惚として彼女と踊りまくる。彼はオリ ンピアの自動人形の本性を見抜く眼を持たず、コッポラから買った望遠鏡の レンズを通して、オリンピアの「生き生きと炎を上げて燃え立つ」眼差しに

(10)

恋をする。「夢想家」ナタニエルは、すでに幼年期にコッペリウス=砂男に 眼を刳り抜かれた盲人であり、レンズという人工の眼によってオリンピアの 眼に生気を認識する。

 『絶望』においても、分身との出会いをめぐる夢の中でヘルマンの顔につ いて、「さざ波で戯画化される私の顔、それには眼がないことに、私は衝撃 とともに気がついた “the trembling travesty of my face; which, as I noticed with a shock, was eyeless”」(p.52)とあり、また、アルダリオンが描くヘルマンの 肖像画にも、「ぼくはいつも眼は最後にとっておくんだ。“I always leave the

eyes to the last”(p.52)」と言う画家によって、眼は最後まで欠けたままであり、

仕上がったデスマスクのような顔(“as pale as death”)に描きこまれたのも、

眼というより「真紅の点 “crimson point”」(p.55)にすぎなかった。つまり、

ナタニエルもヘルマンも、現実に対して盲いた存在として、現実を客観視す る眼を欠いたまま、「ナルシス的に過大評価」された過剰な想像力というレ ンズをとおして、アニミズム的世界を生きる子供が玩具の人形と生き生きし た関係を結ぶように、自分の分身を探し当てるのである。

 フロイトは『快原理の彼岸Jenseits des Lustprinzips』(1920)において、こ のアニミズム的状態への退行を促す「内的反復強迫」を「死の欲動」と結び つけているが、この「死の欲動」を『快原理』におけるように「無生物へ回 帰しようとする欲動」29と物質的に捉えるのではなく、むしろ、『自我とエス Das Ich und Das Es』(1923)において鍛冶屋が死刑となるべき罪を犯したが 村に鍛冶屋が一人しかいないので三人いる仕立屋の一人が処刑されるという 比喩で語られる「脱性化されたエロス」の「対象が何であってもかまわない という特別の無頓着さ」30を特徴とする欲動、つまり、自分の身代り=分身 は誰であってもよく、無数の他者の仮面・仮装を持つ分身主体として「私」

を偽装する欲動として捉えるならば、本論における『絶望』解釈に相応しい ものとなる。ドゥルーズが『差異と反復』において、「死の本能を、仮面や 仮装との関係において理解すれば、それで十分である。反復とは、まことに、

構成されながら偽装されるもの、偽装されながらでなければ構成されないも のである。」31と論じているのはこのような意味においてである。

 「死の欲動」に支配された主体にとって、自分は自分ではなく、この世界

(11)

に存在するすべてのものが、アニミズム期の子供が人形や家具や自然に分身 を見るように、「私」の分身、「複製」、「仮面」として現れる。「内的反復強迫」

に促されて「鏡像を、反復を、仮面を渇望」しながら、自分とフェリックス との類似を静止状態の顔=デスマスクに見出す(「彼の顔が凝固した時にこ そ完璧なわれわれの類似 “Our resemblance which is now so perfect when his face freezes.”」[p.69])ヘルマンもまた、このような「死の欲動」に支配され た分身主体であり、それゆえ、彼にとって世界は“model”=オリジナルを欠い た「致死的な鏡像“lethal reflection”」に充たされている。

Below, on the still surface of the water, we admired the exact replica (ignoring the model, of course) of the park’s autumn tapestry of many-hued foliage, the glassy blue of the sky, the dark outlines of the parapet and of our inclined faces. When a slow leaf fell, there would flutter up to meet it, out of the water’s shadowy depth, its unavoidable double. Their meeting was soundless. The leaf came twirling down, and twirling up there would rise towards it, eagerly, its exact, beautiful, lethal reflection. (p.59)

秋の公園の彩り豊かな葉が織りなすタペストリー、空の透きとおった 青さ、欄干と見下ろす私たちの顔の暗い輪郭、下方の静かな水面に映 るそれらの正確なレプリカに(もちろん、モデルを無視して)、私た ちは感嘆した。ゆっくりと葉が落ちると、それを迎えようと、不可避 の分身が水の深みの陰りからひらひらのぼる。出会いは音もなく起き る。葉は回りつつ舞い落ち、回りつつ舞いあがり、その正確な、美し い、致死的な鏡像を一途に目指してのぼってゆく。

 ナボコフと同時期にベルリンで活動したヴァルター・ベンヤミンは、『パ サージュ論Das Passagen-Werk』においてプルーストを例に、「一回限りの生 というこのうえなく狭い空間で、かつて存在したものと<何らかの仕方で一 つであるというこの存在様態>」をめぐり、こう述べている。

彼は、それ以前の詩人が知らなかったほどの情熱をもって、われわれ

(12)

の生と交差する様々な事物に忠誠を尽くすことを、おのれの本分とし た。ある午後に対する、一本の木、壁布の上の一条の陽光に対する忠 誠、夜会服や家具に対する、香水あるいは風景に対する忠誠。(…)

プルーストは最も深い意味でおそらく死の側に立っていたということ を私は認める。彼のコスモスにおいてたぶん太陽は死の姿で存在して おり、その周りを生きられた瞬間瞬間、すべての事物が巡っている。『快 原理の彼岸』がおそらく、プルースト作品に関する最良の注釈だろう

(…)」32

 ベンヤミンは、事物への「忠誠」においてそれらに同化し擬態するプルー ストの能力を、フロイトの死の欲動と結びつける。「私」が構成されるのは、

たえず他なるものの仮面をつけ偽装されることによってであり、この反復さ れる偽装なしに「私」は構成されえない。こうして「私」は、<あれ>でも あり<これ>でもあるものとして遍在し、「<いま><ここ>を乗り越え」

てゆく。それは無数のコピー、コピーのコピーとなって世界中のスクリーン 上に現れる「映画俳優」的主体とも言えよう。フェリックスに自分の職業は 映画俳優だと嘘をつき、自分の代役=“double”を演じてくれと依頼したヘル マンは、ラストでは、映画俳優になりきり、夢と現実、フィクションと事実 の境界に佇んでいる。フェリックスのみを分身と考えて絶望したヘルマンは、

この時、「映画俳優」がたえず新たな役を演じ続けるように、「私」は無数の 仮面による偽装の連鎖であることを受け入れたのではなかろうか。だからこ そ、妄想が砕けた後の「絶望」に囚われていた「私」は、無数の分身が跳梁 する広野へと駆け出そうとする。「フランスの皆さん!これはリハーサルで す。警官を止めてください。有名な映画俳優が今この家から走り出ます。(…)

いいですか!見事な脱出をしたいんです。それだけです。ありがとう。それ では出て行きます。 “Frenchmen! This is a rehearsal. Hold those policemen. A famous film actor will presently come running out of this house. (…) Attention! I want a clean getaway. That’s all. Thank you. I’m coming out now.” (p.176)」

(13)

3.

 ナボコフの『絶望』の映画化はファスビンダーにとってひとつの転機とな る出来事であった。それまでは劇団仲間と共に低予算の映画を撮り続けてい た彼が、初めてバヴァリア・フィルムという大手プロダクションのもとで巨 額の予算を得て、初めてダーグ・ボガードという国際的俳優を主役に迎え(当 初はジャック・ニコルソンを予定していたという)、初めて自分で脚色する ことなく、現在では『恋に落ちたシェークスピアShakespear in Love』(1998 John Madden)の脚本家として有名なトム・ストッパードに脚色させた作品 である。すなわち、『絶望』は、ファスビンダーが商業主義へ向かって大き く舵を切り、ハリウッドを強く意識した初の作品と言える。ファスビンダー に何があったのか、『絶望』のクランクアップ後、1977年月に行われたシュ ピーゲル・インタヴューでは、その内面の変化が語られている。

F: ぼくはもうこれ以上ドイツでは暮らしたくない。これはたぶんぼ くのまったく個人的な感情だけど、ここは独特の仕方で田舎的な んだ。そう感じているのはぼくだけじゃない、作りたい映画が、

どんどん作れなくなっていくことは、まったくはっきりしている。

S: それでもあなたは大規模な予算でナボコフの『絶望』を撮りまし た。

F: ぼくがそれに加わったのは、もっと零細なプロデューサーのもと でやるより、より大きな自由を得られるからだ。(…)

S: まさにその自由をあなたはハリウッドに見出そうと望んでいるの ですか?

F: 思うに、ハリウッドには、まったく明確に商業的関心しかないの で、より大きな自由を持てる。ダグラス・サークの言葉が年前 から耳に残っている。ぜひアメリカへ行くべきだ。やつらがお前 で金儲けしようとしている時なら、やつらは儲ける可能性をお前 に提供してくれると、彼は言っていた。それが自由と言えるのか どうかは問題じゃない。ここドイツで、自分は自由かもしれない

(14)

と無理に思い込んでいるよりも、むしろこうした仕方で不自由で ありたいんだ。(…)33

 ダグラス・サークは、戦前のドイツでデトレフ・ジルクDetlef Sierckの名 前で活躍したが、ナチスの迫害を逃れ、1937年にアメリカへ亡命して Duoglas Sirkと改名、ハリウッドで良質のメロドラマ作品を撮り続け、70年 代にドイツへ帰ると、ミュンヘンの映画学校で後進の指導に当たった。ファ スビンダーやダニエル・シュミットといった戦後ドイツ映画を担う監督たち の師に当たる存在である。そのサークからアメリカ行きを勧められたこと、

また、1977年のカンヌ映画祭に『アメリカの友人Der Amerikanische Freund』

(1977 Wim Wenders)を出品したヴェンダースがフランシス・コッポラに認 められ34、すでにアメリカ行きの機会を得ていたことなどが、ファスビンダー のアメリカ志向を強めた要因と言えよう。だが、最大の要因は当時のドイツ における政治的閉塞感にあった。1972年、RAF(ドイツ赤軍)の中心メンバー、

アンドレアス・バーダー、ウルリケ・マインホーフらが逮捕され、これ以後 もRAFは、政治家ペーター・ローレンツ誘拐(1975)、ストックホルムの西 ドイツ大使館占拠、(1975)、連邦検事総長ジークフリート・ブーバック暗殺

(1977)、ドレスデン銀行頭取ユルゲン・ポント暗殺(1977)といった一連の 事件を起こしていたが、それに伴いドイツ国内の政治状況はますます抑圧的 になり、警察による監視とコントロールが厳しさを増していた。「作りたい 映画が、どんどん作れなくなっていく」というファスビンダーの不満は、こ のような状況と関連している35

 さらに、1977年月にはRAFによるダイムラー・ベンツ重役ハンス=マル ティン・シュライヤー誘拐、10月にはそれと共闘するPFLP(パレスチナ解 放人民戦線)によるルフトハンザ機ハイジャック事件が起こり、収監中のメ

ンバー11人の釈放が要求された。しかし、ヘルムート・シュミット政府は

テロ対策特別部隊を投入してハイジャック犯を鎮圧、獄中にいたバーダーら 3人のメンバーが「自殺」したと発表した。実際に彼らが自殺したのか、超 法規的に処刑されたのか現在でも不明のままだが、この出来事はファスビン ダー、フォルカー・シュレーンドルフ、アレクサンダー・クルーゲら若手監

(15)

督に衝撃を与え、共同監督作品『ドイツの秋Deutschland im Herbst』(1978 Fassbinder, Alexander Kluge, Volker Schlöndorff, Edgar Reitz, Hans Peter Cloos他)

が生み出される。オムニバス形式のこの作品中でファスビンダーは、バーダー らの「自殺」の知らせによって精神的に追い詰められ、酒と麻薬と友人たち への混乱した電話で紛らわすしかないみずからの不安と無防備さを、彼に寄 り添う恋人アルミン・マイヤーとの私生活を通して映し出す。結局、この事 件によってファスビンダーはアメリカ行きの夢を捨て、ドイツにとどまる決 心をする36のだが、『絶望』の撮影はここに至るまでの閉塞感の中でなされた のである。

 それを反映するようにこの映画には、原作にはないナチス党員が頻繁に登 場する。ヘルマンのチョコレート工場の責任者ミュラーは、強いドイツ再興 を目指す愛国者だが、度目にはナチスの制服を着て登場し、ヘルマンにボー イスカウトかと揶揄される。ヘルマンがカフェに座っているシーンでは、通 りの向こう側でナチス党員たちが共産党支持の商店を破壊する。カフェでは まだユダヤ人が平和にチェスを指しているが、通りに止められた野犬狩りの トラックが彼らの将来を暗示している。ヘルマンがアルダリオンに南国行き を勧める度目のカフェ・シーンでは、すでにそこにユダヤ人たちの姿はな く、制服のナチス党員が席を占めている。ヘルマンはこの制服をチョコレー ト色と形容するが、彼が倒産の危機を逃れようと交渉に訪れるデュッセルド ルフのチョコレート工場では、壁にヒットラーのポスターが貼ってあり、ベ ルトコンベアー上には同じ形・サイズのチョコレート人形が規則正しく並び、

大量生産されて山積になっている。このチョコレート人形が、チョコレート 色の制服を着たナチス党員の比喩であることは明らかである。社会全体が均 質化、画一化され、瓜二つの人間が大量生産されるファシズムの時代、それ をファスビンダーは70年代のドイツにも当てはめていただろう。

 ファスビンダーはこれ以前の作品でも、現代社会における人間の類似性・

交換可能性をテーマとして取り上げ、『出稼ぎ野郎Katzelmacher』(1969)の 団地住人たちがテーブルを囲んで行うトランプゲームにおける機械的なカー ド交換とメンバー交換、また、腕を組んで外を歩くカップルを真正面から捉 えたトラヴェリングの反復における回の人物交換、『聖なるパンスケに注

(16)

意Warnung Vor einer heiligen Nutte』(1971)の夜のホテルのロビーで映画撮影 チームが興じる、対面する相手の掌を叩き反射神経を競うゲームにおけるメ ンバー交換など繰り返し映像化してきた。それゆえ、原作中の次の個所は、

映画では省かれているが、たえずファスビンダーの念頭にあっただろう。

This remarkable physical likeness probably appealed to me (subconsciously!) as the promise of that ideal sameness which is to unite people in the classless society of the future;(…)In fancy, I visualize a new world, where all men will resemble one another as Hermann and Felix did; a world of Helixes and Fermanns; a world where the worker fall dead at the feet of his machine will be at once replaced by his perfect double smiling the serene smile of perfect socialism. (p.133)

著しい身体的類似が、私に(無意識のうちに!)訴えかけたのはおそ らく、未来の無階級社会で人々を一つにするあの理想的同一性を約束 するものとしてだ。(…)空想の中で私は新世界を思い描く、そこで はすべての人がお互いに、ヘルマンとフェリックスのように似かよっ ている、ヘリックスとフェルマンの世界、労働者が機械の足元で倒れ たら、すぐにその完璧な分身が、完全社会主義の晴れやかな微笑を浮 かべながら取って代わる世界。

 原作にはない映画中のベルトコンベアー・シーンは、ルネ・クレールの『自 由を我らにA nous la liberté』(1931 René Clair)を意識したものと考えられる

(チャップリンがやはりこのシーンを『モダンタイムスModern Times』(1936 Charles Chaplin)の中でパロディ化して用い、当時『自由を我らに』の版権 を有していたナチスは、チャップリンを訴えることを検討していた)。『自由 を我らに』では、工場が完全にオートメーション化され、流れ作業をすべて 機械がやってくれることで、人間は労働から解放されて余暇活動に専念でき るという理想の未来が描かれているが、ファスビンダーはルネ・クレールの 楽観主義とは逆に、そのような理想社会の前提にあるのが、「すべての人が お互いに、ヘルマンとフェリックスのように似かよっている」「ヘリックス

(17)

とフェルマンの世界」、フリッツ・ラングが『メトロポリスMetropolis』(1927 Fritz Lang)などで描き出した、「労働者が機械の足元で倒れたら、すぐにそ の完璧な分身が、完全社会主義の晴れやかな微笑を浮かべながら取って代わ る世界」であり、そのような「理想的同一性」に基づいた分身関係は、かつ てナチズムの温床となっただけでなく、70年代のドイツで民主主義の名のも とにより巧妙に制度化されつつあること認識している37

 チョコレート色のファシズムによる画一化、均質化が進行する中で、ヘル マンもまた瓜二つの分身に出会う。しかし、彼の悲劇は、彼が同一性を見る ところに、世間は差異しか認めないという点にある。ヘルマン・ヘルマンの 名に相応しい分身フェリックスを見出したと思った彼の妄想は、その類似を 認めない世間によって粉砕され、彼は打ち砕かれた破片・残骸として絶望の うちにとどまるしかない。映画冒頭の、割られる卵の殻が一つまた一つと流 しに落ちてゆくシーンは、二つの卵のようによく似た分身を持とうとするヘ ルマンの破滅を暗示しており、それはラストで逮捕されるホテルの部屋に置 かれた瀬戸物の破片へと繋がっている。この壊れた瀬戸物は、その傍らでブ ラインドから差し込む朝の光を受けて横たわる茫然自失のヘルマンそのもの である。ファスビンダーがこの映画に、「光の中への旅」という副題を付し たのはこのシーンを指してのことだろう。「光」は、分身の妄想が崩れた後 の絶望を包む狂気の光である。しかし、この映画がヴァン・ゴッホ、アント ナン・アルトー、ウニカ・チュルン38といういずれも狂気と深く関係した三 人の芸術家に捧げられていることからもわかるように、それは希望としての 狂気の光にほかならない。ファスビンダー自身、「なぜ『絶望』か?」とい うテクストにおいて次のように論じている。

まさにこの極限的無意味さ、個々の存在の本来的儚さの認識が、あの 聖なる認識の瞬間以降すべての存在に可能にする喜び、再び存在に自 由な決断における意味を与え、何か素晴らしいもの、可能なもの、無 意味さの中で意味を実感させるものを求める闘争において偉大な力と なるはずのあの喜びが、喜びとしてではなく、愉悦をもって解放され た愉悦としてではなく、真の愉悦のない愉悦の中で不自由を味あわせ

(18)

る不安として経験されるしかないとわれわれは教わっている。このよ うな光栄なジャングルの中では、死の決意以外に出口はないように見 えるが、おそらく映画『絶望』が語っている狂気への道が、われわれ が進むことを決意できるもう一つの道として残されている。しかし、

「狂気の国」は死の国と同様で、どちらもおそらく希望としてあるだ けで十分である。「狂気の世界」で自由に解き放たれた諸感覚を可能 にする美しいヒエラルキーについて、われわれはただ不十分な情報し か持ち合わせていない。いつの日か、私がみずからに決意を求める時 には、願わくばこの二つの道を行く十分な勇気を持ち、いくらもある 逃げ道の誘惑に屈することがないことを39

 非常に難解なテクストであるが、現実以外に真の愉悦と自由が可能となる ユートピア的精神世界が想定され、狂気と死というそこへ続く二つの道を希 求することで、現実の閉塞性を打ち破ろうとする意志がここには読み取れる。

つまり、分身をめぐるヘルマンの妄想あるいは狂気を、ファスビンダーは希 望として真正面から肯定的に受け止めていることが理解される。ヘルマンは、

冒頭の卵の破片が示すように、そもそものはじまりから、「私は私である」

という同一的主体の破綻した残骸であり、それゆえ、世間が類似を見ないと ころに類似を見、似ていない他者にみずからの分身を認める、いわば分裂症 的主体である。ファスビンダーは、安定した同一性による支配が浸透する閉 塞的社会の中に、そのような分裂症的主体を投じることで、そこに亀裂を入 れようとした。この意味でこの狂気の光は、ファシズムとの闘争におけるひ とつの光ともなりうるのである。

 ピーター・ルパートは、ヘルマンのこの狂気を、むしろ「道徳的奇形(自 己の異常な誇大化)」40と否定的に理解し、現実とそこに生きる社会的自分に 耐えられず、妄想と殺人によって自己逃避、現実逃避しようとして失敗する ヘルマンに「光の中への旅」はありえないと結論づける41。ルパートはヘル マンの狂気の創造的側面を見落とすことで、ファスビンダーの意図を読み 誤っていると言えるだろう。ただ、ルパートが、ヘルマンに妄想と殺人によ る逃避のヒントを与えたのが、映画中に挿入された分身映画であると指摘し

(19)

ていることは注目に値する42

 映画中にはすでに述べたように、ファスビンダーによって古典ハリウッド 風に演出されたサイレント活劇映画が挿入され、それをヘルマン、リディア、

アルダリオンが映画館で観るという原作にないシーンが加えられている。こ の活劇では瓜二つの双子の兄弟が、一軒家に立て籠もる殺人犯と、投降を求 める警部というかたちで対面する。殺人犯が警部を殺害し、この警部に変装 して逃亡を図ろうとするが、部下の警官に見破られ射殺されるという筋であ る。このシーンの後に、翌日ヘルマンがチョコレート工場の労働者を、昨夜 の映画の双子役と同一人物と見なして声を掛けるシーンが続くことで、挿入 映画中の<瓜二つの>分身関係が、映画中の<似ていない>分身関係に結び つけられる43

 さらに次のシーンでは、SMプレー姿のヘルマンが鞭を持ち、ベッド上に 全裸で横たわるリディアを見下ろしている光景を、遠く離れた安楽椅子から もう一人のヘルマンが眺めているが、ルパートが指摘するように、その顔に は映画のプロジェクターを連想させる点滅する照明が当てられ、彼が映画の 観客の位置から自分の妄想を観ていることが示される44

 また、ルパートは見落としているが、ヘルマンがフェリックスと知り合っ た後に見る悪夢の中に、挿入映画の舞台となった一軒家が、サイレント映画 の白黒ではなく、それまでのベルリン郊外での水浴シーンと連続しているか のような映像で映し出され、挿入映画中の警部の行動を反復するようにヘル マンがドアを開けて中に入ると、椅子にもう一人のヘルマンが座っており、

やがてそれが殺害された警部と同じ姿勢で眠るフェリックスに切り替わる。

つまり、挿入映画によって惹起されたこの悪夢によって、ヘルマンの内心に あるフェリックス殺害が暗示されることで、ヘルマンの殺害計画が挿入映画 の反復であり、それも、<瓜二つの>分身殺人を、<似ていない>分身殺人 として反復することであることが示される。つまり、原作のヘルマンが、フェ リックス殺害を一編の小説として構想したのに対して、映画のヘルマンはこ れを一本の映画作品として計画しており、映画俳優である自分のダブル=代 役を引き受けて欲しいとフェリックスに依頼するヘルマンの嘘も、その計画 の一部として理解される。

(20)

 このようにヘルマンと映画との結びつきが全編を通じて強化されること で、ラストの山間のホテルでヘルマンが逮捕されるシーンは、ヘルマンが、

狂気の光に包まれながら、フェリックス殺害映画の失敗の後に、なおもう一 度、映画俳優兼監督として今この場所で映画を撮りつつあると主張する、彼 の映画への妄執を示すものと解釈できる。そこは一年前にドイツの映画会社 がロケに来たと言われる山村であり、挿入映画とヘルマンの悪夢における風 景の反復を繰り返すように、ベルリンのレストランの壁に描かれていたアル ダリオンの風景画と同じ風景がホテルの窓から眺めるヘルマンの眼前に広 がっている。その風景の中に、今また同じ風景を描きつつある画家アルダリ オンの姿を認めるヘルマンの耳に、突然、画家の哄笑が響いてくる。原作に はないこの哄笑は、芸術家が囚われる狂気の暗示だろうか。やはり、挿入映 画と同じように武装した警官が、アルダリオンからの情報提供でホテルを取 り囲む。部屋の中でフェリックスのパスポート写真を見つめるヘルマンの顔 は、割れた鏡に二重に映っている。警官がドアを開け、「ヘルマン・ヘルマ ンか?」と確認すると、彼は「イエス、ノー」と答える。「私」は「私」で ありながら、同時に「私」ではない。なぜなら、映画俳優は、たえず他者を 演じ、他者の仮面を被りながら、実体のない影としてスクリーン上に遍在す ることにおいて、自己との分裂という狂気を生きる者だからである。逮捕さ れて出てきたヘルマンは警官たちに囲まれながら、『サンセット大通り Sunset Boulevard』(1950 Billy Wilder)の狂気のグロリア・スワンソンよりも、

静かな落ち着いた口調で言う。“Good people! We are making a film here. In a minute I’ll be coming out. (…) I’m a film actor. I’m coming out. Don’t look at the

camera. I’m coming out.” ヘルマンのこの最後のセリフは、妄想の中で自分を

失い、現実に敗北したヘルマンの無力感のあらわれと解釈されることが多い が45、ファスビンダーは逆にここに、「狂気の世界」で自分を失ってもなお 映画俳優としてあり続け、ドゥルーズ=ガタリ的に言えば、〈映画機械〉と して作動する存在の究極の「自由」を見出すだろう。

 ファスビンダーの『絶望』は、けっして分身譚のパロディではない。むし ろ、彼は、この主人公ヘルマンに、映画に憑かれた自分自身の分身を見てい た。そして、自分もまたいつの日か、永久に作動する〈映画機械〉となるこ

(21)

とを夢見ていたのである。

1 Peter Berling, Die 13 Jahre des Rainer Werner Fassbinder, Bastei-Lübbe- Taschenbuch, Bergisch Gladbach,1995, pp.370-371. ベアリング自身もファスビンダーの『絶望』

について、「潤沢な予算が彼をだめにした」p.338と述べている。もちろんドイツ 公開時には、Stuttgarter ZeitungのHans-Dieter Seidel、Frankfurter Rundschauの Wolfram Schütte、Die Zeit のDieter E. Zimmerらによって好意的な映画評も書かれ たが、ベアリングによればこれらは「レヴューであって、批評ではない」p.377。

2 Rainer Werner Fassbinder Foundation Offizielle Site, Newsarchiv 10.05.2011.

http://www.fassbinderfoundation.de/node.php/de/news_detail/238

3 国内でも日本ナボコフ協会2004年大会においてシンポジウム「スクリーン上の ナボコフ―映画と小説の間」(6月5日、東京大学)が開催された。しかし、ファ スビンダーの『絶望』について報告した柿沼伸明は、「製作者の意図は有効な映 像表現に昇華されていないし、観客にも伝わってこない。陳腐さだけが目立ち、

何もかもが失敗している。」と全否定している。柿沼伸明、「ファスビンダー監督 の映画『絶望』」(シンポジウム要旨)、KRUG(日本ナボコフ協会)第6巻第1号、

2004年冬、pp.18-20。

4 カンヌ映画祭の上映会場のひとつ。

5 Berling, p.371.

6 この思いに応えるように、2011年5月11日カンヌ映画祭でやっと33年ぶりに修

復版による上映が実現した。

7 本論は英語版Penguin Books, 1981に依り、引用の後に( )に入れてページ数を記 す。日本語訳は引用者による。

8 諫早勇一、「ナボコフのロシア語作品と分身テーマ」、『言語文化』(同志社大学 言語文化学会)第2巻第4号、2000年、p.537。

9 同、p.540。

10 例えば、Sergej Davydov, “Despair.”, in: The Garland Companion to Vladimir Nabokov, ed. by Vladimir E. Alexandrov, New York & London, 1995, p.88-101. Alexander Dolinin,

“Caning of Modernist Profanaers: Parody in Despair”, in: Cycnos, vol.12-2, 1995, pp.43- 54. Иван Толстой, Курсив Эпохи. Литературные Заметки, Санкт-Петербург, 1993.

11 主人公の名前は、英語版ではヘルマン・カルロヴィッチ、ロシア語版ではゲル マン・カルロヴィッチ、映画では主体の分身性を強調するヘルマン・ヘルマンと なる。

(22)

12 “An Interview with Vladimir Nabokov. (Conducted by Alfred Appel, Jr.), in: Nabokov:

The Man and His Work, ed. by L.S.Dembo, The University of Wisconsin Press, Madison, 1967, p.37.

13 本論文は文部科学省の科学研究費補助金・基盤研究(B)「音楽・演劇・映画の 世界における「ロシア」イメージの形成に寄与した亡命者の研究」(代表:イリー ナ・メーリニコワ)による共同作業(メーリニコワ、諫早、楯岡、高木)に多く を負っている。

14 諫早、前掲論文、p.536。

15 同、p.543。

16 諫早、「『絶望』と二重世界」、『文学・映像における「分身」テーマの総合的研

究(平成18年度〜平成20年度科学研究費補助金・基盤研究(B)研究成果報告書・

代表者:高木繁光)』、2003年、p.18以下。

17 同。

18 同。

19 同、pp.20-21。

20 同。

21 バーバラ・ワイリーによれば、ドイツ表現主義とソビエト・アヴァンギャルド

のサイレント映画がナボコフに与えた「影響とそれらが彼の映画体験の中にいか にずっとあり続けたかを過小評価してはならない」。Barbara Wyllie, Nabokov at the Movies, McFarland & Company, Inc., Publishers, Jefferson, North Carolina, and London, 2003, P.11.

22 ナボコフは少なくとも1923年夏と1925年3月12日の二回、亡命ロシア人のため

によくあったアルバイトのひとつとして、「ロシアもの」映画にエキストラ出演 していたという。毛利久美、「枠を超える力:ナボコフと映画―初期の詩を題 材に」、KRUG(日本ナボコフ協会)第5巻第1号、2003年秋、pp.24-25。

23 「彼の創造的イマジネーションが映画や写真の様々な手法から想を得ていたこと

は、息子ドミトリによっても認められている。「彼の書きたいものは、(…)すべ て彼の心の中に、現像されるのを待っている映画のようにあった」とドミトリは 述べている。」Wyllie, p.9.

24 Jenefer Shute, “Nabokov and Freud”, in:The Garland Companion to Vladimir Nabokov, p.413. イワン・トルストイもまた、ナボコフにおけるフロイトとドストエフスキー を、禁止によってかえって好奇心を刺激する「青髭の秘密の小部屋」に喩えてい る。Толстой, p.81.

25 「不気味なもの」(藤野寛訳)、『フロイト全集』17巻(岩波書店版、2006年、須

藤訓任・藤野寛訳)、p.31。Sigmund Freud, “Das Unheimliche”, in: Der Moses des Michelangelo, Fischer Taschenbuch, Frankfurt am Main, 2004, p.157.

26 同、pp.31-32。ibid., pp.157-158.

(23)

27 同、p.35。ibid., p.160.

28 同、p.25。ibid., p.152.

29 「快原理の彼岸」(須藤訓任訳)、『フロイト全集』17巻、p.92。Freud, “Jenseits des Lustprinzips”, in: Das Ich und Das Es, Fischer Taschenbuch, Frankfurt am Main, 2005, p.223.

30 「自我とエス」(道籏泰三訳)、『フロイト全集』18巻、(岩波書店版、2007年、本

間直樹・家高洋ほか訳)、p.31。Freud, “Das Ich und Das Es”, ibid., p. 282.

31 ジル・ドゥルーズ、『差異と反復』上巻(河出文庫、2007年、財津理訳)、p.60。ドゥ

ルーズによれば、「タナトスは、エロスの脱性化と、すなわち、フロイトが語っ ているそのような中性的で置き換え可能なエネルギーの形成と、完全に混じり 合っていると思われる。このエネルギーは、タナトスへの奉仕に移行するのでは なく、タナトスを構成するものである。」同、p.306。

32 Walter Benjamin, “Das Passagen-Werk” in: Gesammelte Schriften, Bd.V-2, Frankfurt a.M.,1982, p.679.

33 Berling, p.340.

34 Berling, p.337.

35 ファスビンダーにドイツ社会の閉塞性を意識させた出来事として、1974年にフ ランクフルトのTAT劇場のために書きあげた戯曲『ゴミ、街、そして死Der Müll, die Stadt und der Tod』が反ユダヤ主義的との抗議を受け、上演できなかった事件 がある。登場人物の一人であるユダヤ人投資家が、街を陰で操るユダヤ資本家と いう反ユダヤ主義的ステレオタイプと見なされるとの非難であった。

 ファスビンダーはこの戯曲の映画化を友人のスイス人監督ダニエル・シュミッ トに依頼し、自らは役者として出演する。スイス人ならば、加害者側のドイツ人 より、非難を避けやすいのではないかとの憶測からのようである。しかし、完成 した映画『影の天使Schatten der Engel』(1976 Daniel Schmid)が上映されると、や はり、ドイツ、フランスで抗議運動が起こった。これに対してドゥルーズは、ル モンド紙にこの映画を擁護する記事を掲載する。「まったく新たなネオファシズ ムが広まりつつある。それに比べれば古いファシズムは(例えば映画の中で女装 した歌手のように)お伽噺のように思える。戦争のための政策と経済に代わり、

ネオファシズムは安全について、<平和>の管理についてのグローバルな理解を 形成する、われわれを小さなファシストにするあらゆる小さな不安、小さな悩み からなる内に閉じた組織と、われわれの街角、地域、映画館にあるどんな顔、ど んな反抗的な言葉も、すべて萌芽のうちに潰そうという内的使命とをともなった この<平和>は少なからず恐ろしいものである。」(Le Monde 1977年2月18日)

36 Berling, p.346

37 後年の『ベロニカ・フォスのあこがれDie Sehnsucht der Veronika Voss』(1982)に おいてファスビンダーは、ナチス時代の夢にしか生きられない忘れられた女優ベ

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ロニカや老ユダヤ人に、麻薬という夢見るための薬を売り、経済的に搾取する戦 後ドイツの社会システムを描いている。彼らの住む夢の世界が表現主義的な光と 闇の強いコントラストによって描かれているのに対して、麻薬を扱う女医の世界 は影のない白一色の均質な光に照らされている。ハールン・ファロッキはファス ビンダーを論じた“Pop-Star mit Brille”において、この白一色の世界を、夢を売る 商売としての「ドイツ映画産業に対する侮蔑」と解釈しているが、それはまた、ファ ロッキが同論文で『何故R氏は発作的に人を殺したか?Warum läuft Herr R.

Amok?』(1970)について言うような、戦後ドイツ社会における「過度に規制さ れた、どこでも同じものでしかありえない」生を暗示するものだろう。ナチス時 代には少なくともまだ光と影があった、しかし今では影もなくすべてが均質な光 に照らされているというのが、ファスビンダーの現代ドイツ批判である。Harun Farocki, “Pop-Star mit Brille”, 2005, http://filmkritik.antville.org/stories/1229510/

38 Unica Zürn(1916-1970)、ベルリン生まれの画家、作家。シュールレアリスト

Hans Bellmerとともにパリへ移住し、Man Ray、 Henri Michauxらと交わる。1957年

以降、抑鬱症に陥り、いくつかの精神クリニックで治療を受ける。医師の一人 Gaston Ferdièreはアルトーに電気ショック療法を施した人物である。1970年に自 殺。

39 Fassbinder, “Warum DESPAIR? ― Weil es vielleicht das Wesentliche ist”, Rainer Werner Fassbinder Foundation Offizielle Site, Texte über “Despair - Eine Reise ins Licht”. http://www.fassbinderfoundation.de/de/texte_detail.php?id=35&textid=73 40 Peter Ruppert, “Fassbinder’s Despair: Hermann Hermann through the Looking Glass.”,

Post-Script: Essay in Film and Humanities (Commerce,TX), Winter 1984, 3:2, p.59.

41 Ruppert, p.63.

42 Ruppert, p.51.

43 この双子役および工場労働者役は、実は同一の俳優アルミン・マイアーが演じ ている。ファスビンダーの恋人であった彼は、『絶望』がカンヌ映画祭で公開さ れた直後、ファスビンダーの誕生日に自殺する。

44 Ruppert, p.51.

45 ルパートは、「彼自身の作り上げた世界がどんなにリアルに見えようとも、他者 の、そして自分の現実を否定することはできない。(…)ヘルマンが欲求するよ うな“clean getaway”はない」と言う。Ruppert, p.62. また、ワイリーは、「(ナボコ フが1966年の稿に付け加えた)最後のシーンで、ヘルマンは最後の芸術的手段と してもう一度映画に向き合う、なぜなら彼の文学的企てが破壊されたからである。

しかし、それは失われた制御、失われた自信を取り戻そうとする無意味な試みで あり、その明らかな不自然さにおいて滑稽である」と論じている。Wyllie, pp.43- 44.

(25)

参考文献

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・Benjamin, Walter, “Das Passagen-Werk” in: Gesammelte Schriften, Bd.V-2, Frankfurt a.M.,1982.

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・毛利久美、「枠を超える力:ナボコフと映画―初期の詩を題材に」、KRUG(日 本ナボコフ協会)第5巻第1号、2003年秋、pp.21-26

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・ジークムント・フロイト、「不気味なもの」、『フロイト全集』17巻(岩波書店版、

(26)

2006年、須藤訓任・藤野寛訳)。

・ジークムント・フロイト、「快原理の彼岸」(須藤訓任訳)、『フロイト全集』17巻。

・「自我とエス」(道籏泰三訳)、『フロイト全集』18巻、(岩波書店版、2007年、本 間直樹・家高洋ほか訳)。

・ジル・ドゥルーズ、『差異と反復』上巻(河出文庫、2007年、財津理訳)。

Fassbinder und Nabokov. Auf der Suche nach einem ungleichen Ebenbild

Shigemitsu T

AKAGI Keywords: Nabokov, Fassbinder, Freud, Doppelänger, Film.

Despair von Nabokov gilt oft als Parodie des Doppelgänger-Motives, weil darin eigentlich kein Doppelgänger hervorkommt, sondern er nur in der Einbildung des Protagonisten existiert. Hermann, der Protagonist, sieht in der Diskrepanz mit sich selbst sein Ich als einen Fremden und erkennt in Felix sein Ebenbild. Dieses Doppelwesen Hermanns ist ein Produkt seiner übermaßigen Einbildungskraft, die sich „nach Ebenbildern, Wiederholungen, Masken sehnt.“ Der „Wiederholungszwang“, der eine derartige Einbildungskraft freisetzt, ist nach Freud mit dem „Todestrieb“

zu verbinden. Das Doppelgänger-Subjekt, das unter der Wirkung des Todestriebs steht, konstituiert sich als maskenhaftes Wesen, das sich immer wieder verstellt wie ein „Filmschauspieler“, der als Kopie oder Kopie der Kopie überall auf Leinwänden anwesend ist.

Fassbinders Verfilmung von Despair spielt in der nivellierenden Zeit

des Nationalsozialismus, - symbolisiert durch die Massenproduktion

(27)

der einförmigen Schokoladenmänner auf dem Fließband. Jedoch wird

damit auch auf die politische Situation Deutschlands in den 70er Jahren

angespielt. Hermann, der selbst aufgrund „ideal sameness“ sein Ebenbild

sucht, scheitert, weil dort, wo er Identitäten sieht, die anderen nur

Unterschiede erkennen. Einem zerbrochenen Ei gleich bleibt Hermann nur

die Verzweiflung, aber damit entkommt er auch dem Nivellierungsprozeß

des Faschismus. Er bleibt immer auf der Suche nach dem Doppelgänger, der

nicht auf „sameness“, sondern auf Differenz beruht. Darin sieht Fassbinder

ein mögliches Widerstandsmoment im Kampf mit dem Faschismus.

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