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閉鎖海又は半閉鎖海に面する沿岸国の協力義務

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閉鎖海又は半閉鎖海に面する沿岸国の協力義務

著者 坂元 茂樹

雑誌名 同志社法學

巻 69

号 4

ページ 1339‑1364

発行年 2017‑09‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000433

(2)

    沿同志社法学 六九巻四号三九一三三九

沿

           

1   は じ め に

  二〇一三年一月二二日、フィリピンは中国を相手取って、国連海洋法条約(以下、海洋法条約)第一五部及び附属書Ⅶに基づく仲裁裁判を開始した。フィリピンが提起した紛争は、第一に、中国は南シナ海における九段線内のすべての水域に主権的権利や管轄権を主張するが、こうした主張は法的効果を有するか否か 1

。第二に、南沙(スプラトリー)諸島の海洋地形の権原取得(

en tit le m en t

)、すなわち、中国が実効支配している南沙諸島の礁や低潮高地は領海や排他的経済水域(以下、EEZ)、さらには大陸棚をもたず、スカボロー礁などは海洋法条約のいう、﹁人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩﹂(第一二一条三項)であるので、領海しか持ちえないとの主張であった。つまり、フィリピンは、海洋法条約の解釈・適用をめぐる紛争、いわゆる権原取得紛争(

en tit le m en t d isp ut e

)として提

(3)

    同志社法学 六九巻四号四〇沿一三四〇

起した。紛争の本質である領有権紛争(

so ve re ig nt y dis pu te

)や海洋境界画定紛争(

m ar iti m e de lim ita tio n dis pu te

)ではなく、海洋法条約に基づきEEZや大陸棚を有することができる島なのか、それとも第一二一条三項でいうそれらを有しない岩なのかを争う権原取得紛争として紛争を提起したのである。第三に、南シナ海における中国の行動の違法性について、第四に、中国による紛争の悪化及び拡大行為について訴えを行った。

  フィリピンは、裁判所に一五の申立を行ったが、その中で、﹁中国は、スカボロー礁、セカンド・トーマス礁における海洋環境を保護及び保全する海洋法条約上の義務に違反している﹂(申立一一)とし、かつ﹁中国は、ミスチーフ礁において占領と建設活動を行っているが、⒜人工島、施設及び構築物に関する条約規定に違反している。⒝海洋環境の保護・保全義務に違反している。⒞海洋法条約に違反する占有という違法行為を行っている﹂(申立一二)との申立を行った。

  これに対し、海洋法条約附属書Ⅶに基づき設置された仲裁裁判所は、二〇一六年七月一二日、南シナ海の海洋環境の保護と保全に関して、主文(一三)において、﹁a.クアテロン礁、ファイアリー・クロス礁、ガベン礁(北)、ジョンソン礁、ヒューズ礁、スービ礁及びミスチーフ礁における中国の埋立て及び人工島、設備及び構築物の建築は、環礁の生態系に重大なかつ不可逆的な損害を生じさせている、b.中国は、こうした行為に関する海洋環境の保護及び保全に関する南シナ海の他の沿岸国と協力又は調整していない、c.中国は、海洋法条約第二〇六条の意味において、海洋環境に関するこうした活動の潜在的な影響の評価を通報しなかった﹂と認定し、﹁中国は、海洋法条約第一二三条、第一九二条、第一九四条一項、同条五項、第一九七条及び第二〇六条に基づく義務に違反していると宣言する 2

﹂と判示した。注目されるのは、仲裁裁判所が、閉鎖海又は半閉鎖海に面した国の間の協力義務に関する第一二三条の違反を認定したことである。

(4)

    沿同志社法学 六九巻四号四一一三四一   日本が直面している海洋境界未画定海域である日本海や東シナ海は、海洋法条約において新たに導入された﹁閉鎖海又は半閉鎖海(

en clo se d or s em i-e nc lo se d se as

)﹂であると言われている。また、仲裁裁判所の判決からも明らかなように、中国が、フィリピンやベトナムなどASEAN諸国との間に南沙諸島や西沙諸島をめぐる領有権紛争を抱えている南シナ海も、同様に半閉鎖海である。

  こうした閉鎖海又は半閉鎖海では、境界画定の合意の有無にかかわらず、海洋法条約で海洋生物資源の管理、保存、探査及び開発、海洋環境の保護及び保全、海洋の科学的調査の政策に関する管轄権の調整等に協力する沿岸国の義務が規定されている。本稿は、こうした閉鎖海又は半閉鎖海に面する沿岸国の協力義務について検討するものである。

2   閉 鎖 海 又 は 半 閉 鎖 海 の 定 義

  閉鎖海又は半閉鎖海という概念は、一九五八年の公海条約を起草した国連国際法委員会(ILC)でも、使用されなかった比較的新しい概念である。海洋法条約は、﹁この条約の適用上、﹃閉鎖海又は半閉鎖海﹄とは、湾、海盆又は海であって、二以上の国によって囲まれ(

su rr ou nd ed b y t w o o r m or e S ta te s

)、狭い出口によって他の海若しくは外洋につながっているか又はその全部若しくは大部分(

en tir ely o r p rim ar ily

)が二以上の沿岸国の領海若しくは排他的経済水域から成るものをいう﹂(第一二二条)と定義し、新たに﹁閉鎖海又は半閉鎖海﹂という概念を導入した。いうまでもなく、これは法的定義であって、地理的な定義ではない。

  海洋法条約上の﹁閉鎖海又は半閉鎖海﹂であるためには、第一に少なくとも﹁二以上の国﹂という要件を満たさなければならない。同時に、﹁狭い出口によって他の海若しくは外洋につながっている﹂こと、さらに﹁全部若しくは大部

(5)

    同志社法学 六九巻四号四二沿一三四二

分が二以上の沿岸国の領海若しくは排他的経済水域から成るもの﹂でなければならないという要件、すなわち三要件を満たさなければならない 3

。アラル海(現在は、小アラル海とバルサ・ケルメス湖、東アラル海及び西アラル海の四湖に分かれている。)、死海及びカスピ海のような他の海や外洋とつながっていない閉鎖海は、条約上は除外されていることになる 4

。過去には、

‘in te rn al se a’, ‘in la nd s ea ’, ‘ la nd -lo ck ed s ea ’, ‘ clo se d s ea ’

という概念が使われ、そうした概念は、これらの海に面する沿岸国が、もっぱら外国船舶の入域や航行を規制しようとして用いてきた概念でもある

)5

則規別たし張主を入導のの 6 す管の国岸沿が国る対面に海鎖閉、し権に案轄、の約特るす関に海鎖閉に条拡の来将入し対反に大提導の里ZEEび及   ﹁年の一七九一、は来由﹂念概の海海鎖閉半は又海鎖の閉底会海二一海領、ていおに員平委同。る溯に会員委利和用

  それまで閉鎖海として認識されていたのは、もっぱら黒海とバルト海である。第一次国連海洋法会議でルーマニアとウクライナは、黒海を意識しながら、公海の定義に関する草案第二六条に航行の特別制度を盛り込もうとした。ルーマニア・ウクライナ共同提案は、草案第二六条一項(公海条約第一条 7

)の最後に、﹁一定の海のために、歴史的理由又は国際協定に基づいて、航行の特殊制度を設けることができる 8

﹂という規定の追加を提案した。横田喜三郎教授によれば、この共同提案に対し、﹁アメリカの代表は、⋮⋮公海は国家の規制や領有に服するものではない。共同提案は、この基本原則を侵害し、公海の自由に食いこむものである。国際法は閉鎖海の観念を認めていない。ソ連は一方的にこの観念を発展させ、少数の国の領土で囲まれた海を閉鎖海としている。共同提案は、この閉鎖海の主張を国際法で認めさせようとするもので、公海の自由をいちじるしく脅かすことになる。⋮⋮日本の代表は、共同提案が公海の自由に関する一般原則に例外を設けようとするもので、この原則に反するものであると反対した。このように反対が強かったために、ルーマニアとウクライナは、しいて共同提案について投票を求めなかった 9

﹂といわれている。当時も今も世界最大の海

(6)

    沿同志社法学 六九巻四号四三一三四三 軍国である米国が、公海自由の原則、とりわけこうした海域における航行の自由を確保しようとしたことは明白である。この点からも、海洋法条約が、閉鎖海又は半閉鎖海に関する特別な規則を含むべきかどうかは、慎重な検討を要する課題であったといえる。

  第三次国連海洋法会議では、閉鎖海又は半閉鎖海については、第二委員会の場で審議された。ある論者によれば、海洋法会議において、こうした特別の規則の挿入に反対していたフランスやイタリアが、特別の規則が航行や海域の境界画定の問題を扱わないことが明確になった後、反対の姿勢を撤回したことが現行の規則の採択に導いたといわれる ₁₀

  規則の採択を推進したのは、スウェーデンである。スウェーデン代表は、﹁議題に一七項(閉鎖海又は半閉鎖海)を含む主要な理由は、一方で外洋に沿って位置する国と他方で閉鎖海又は半閉鎖海に面する国との間には基本的な相違があるからである。その相違は、政治的、経済的、地理的又は生態学的性質のものである。各閉鎖海はそれ自身特有の問題を有しており、各々の事例が特別の解決を正当化する ₁₁

﹂と述べた。イラン代表も、﹁資源の管理、国際航行及び海洋環境の保全に関する半閉鎖海によって提起された問題は、一般規則に対する例外を構成する特別の地位をそれらに付与することを正当化する ₁₂

﹂と述べて、これを支持した。注目すべきは、こうした議論が展開された一九七四年の段階では、国際航行の問題が規制の対象となっていたことである。

  なお、イランは、海洋法条約第一二二条の起草過程(一九七四年の段階)において、閉鎖海と半閉鎖海につき、それぞれ異なる定義を提案したことがある ₁₃

。それによれば、﹁⒜﹃閉鎖海﹄という用語は、狭い出口によって公海につながっている二以上の国によって囲まれた一体の内水をいう((

a

T he te rm ‘e nc lo se d se a’ sh all re fe r t o a sm all b od y of in la nd w at er s s ur ro un de d by tw o o r m or e S ta te s w hic h is co nn ec te d to th e o pe n se as b y a n ar ro w o ut le t.

)。⒝﹃半閉鎖海﹄という用語は、主要な外洋の海盆の縁に沿って及び二以上の国の陸地によって閉鎖された海盆をいう((

b

T he

(7)

    同志社法学 六九巻四号四四沿一三四四

te rm ‘s em i-e nc lo se d s ea ’ s ha ll r ef er to a s ea b as in lo ca te d a lo ng th e m ar gin s o f t he m ain o ce an b as in s a nd e nc lo se d b y th e la nd te rr ito rie s o f t w o or m or e St at es .

₁₄

﹂を提案したが採用されず、前述した両者の共通の定義が採用された。このイラン提案は、﹁一体の内水(

a sm all b od y of in la nd w at er

)﹂というあいまいな概念はあるものの、それを除く部分については、第一二二条の定義に大きな影響を与えている ₁₅

。当初、フランスやギリシャを含む地中海沿岸国のいくつかは、第二委員会において、その概念が曖昧であり、漠然としており、また純粋に地理的性質であることを根拠に、閉鎖海又は半閉鎖海に関する特別の規則の挿入に反対した。しかし、前述した理由により、これらの諸国が反対の姿勢を撤回したので、第一二二条の定義が完成した。こうして、閉鎖海又は半閉鎖海の概念を定義することによって、海洋法条約の一般規則に対する例外あるいはそれらの海域に面する国の追加的義務の挿入につき、合意がなされたのである。

  現在、閉鎖海又は半閉鎖海と考えられている海としては、地中海、アドリア海、黒海、アゾフ海、バルト海、ペルシャ湾、紅海、渤海、日本海、カリブ海、東シナ海及び南シナ海などがある ₁₆

。このうち、日本が関係する閉鎖海及び半閉鎖海は、日本海(日本、韓国、ロシア、(北朝鮮)が沿岸国)と東シナ海(日本、中国、韓国、(台湾)が沿岸国)であるが、一部を除いていずれも海洋の境界画定が行われていない ₁₇

。他方、中国が関係する東シナ海を除く閉鎖海及び半閉鎖海は、南シナ海(中国、マレーシア、ブルネイ、フィリピン、ベトナム、カンボジア、タイが沿岸国)及び渤海(中国、韓国、(北朝鮮)が沿岸国)であるが、一部を除いて海洋の境界画定が行われていない ₁₈

。それでは、このような海域において沿岸国はどのような義務を負っているのであろうか。

(8)

    沿同志社法学 六九巻四号四五一三四五

3   閉 鎖 海 又 は 半 閉 鎖 海 に 面 す る 沿 岸 国 の 協 力 義 務

  海洋法条約は、﹁同一の閉鎖海又は半閉鎖海に面した国は、この条約に基づく自国の権利を行使し及び義務を履行するに当たって相互に協力すべき(

sh ou ld c oo pe ra te

)である。このため、これらの国は、直接に又は適当な地域的機関を通じて、次のことに努める(

sh all e nd ea vo r

)。⒜海洋生物資源の管理、保存、探査及び開発を調整すること。⒝海洋環境の保護及び保全に関する自国の権利の行使及び義務の履行を調整すること。⒞自国の科学的調査の政策を調整し及び、適当な場合には、当該水域における科学的調査の共同計画を実施すること。⒟適当な場合には、この条の規定の適用の促進について協力することを関係を有する他の国又は国際機関に要請すること﹂(第一二三条)を規定している ₁₉

。第一二三条は、閉鎖海又は半閉鎖海に面した国の権利義務に直接に言及した唯一の条文である ₂₀

  本条の起草過程を簡単に振り返れば、トルコは、一九七四年に、﹁閉鎖海及び半閉鎖海に関するトルコ条文案 ₂₁

﹂を提案し、閉鎖海及び半閉鎖海の沿岸国の間の直接協力又は地域的取極の確立を扱ったいくつかの提案を行った。その中で、領海及びEEZに関しての一般規則は﹁衡平に合致するように﹂適用されるとし、各海域における関係沿岸国が適用の方法を協議すべきとした ₂₂

  また一九七四年に提出された﹁閉鎖海及び半閉鎖海に関するイラン条文案 ₂₃

﹂は、ヴァージニア大学の海洋法条約に関するコメンタリー(以下、

V irg in ia C om m en ta ry

)によれば、閉鎖海及び半閉鎖海の諸国の活動を調整することに直接言及した最初の提案であった。イランは、﹁この条約に規定する一般規則は、これらの海の特性及びその沿岸国の利益に合致する方法で閉鎖海又は半閉鎖海に適用する﹂(第二条)と一般原則を規定した後、第三条で協力の対象として、﹁閉鎖海又は半閉鎖海の海洋環境の保全及び保護並びにその資源の管理は沿岸国の責任である﹂として、このために沿岸国

(9)

    同志社法学 六九巻四号四六沿一三四六

に﹁⒜海洋汚染に対しその環境をより良く保護するための地域的規則及び基準の採択、⒝地域的取極に基づく閉鎖海又は半閉鎖海の再生可能な資源の管理及び開発に関する活動の調整﹂を行うように規定した。さらに、﹁閉鎖海又は半閉鎖海における科学調査は、関係沿岸国の同意によってのみ行われる﹂(第四条)との規定を置いた。ここに、現行の第一二三条の協力及び調整の対象が初めて示されている ₂₄

。また、同年のイラク提案では、半閉鎖海に面する国の船舶の航行の他に、その海域の海洋生物資源の保存、海洋環境の保護に特別の配慮を求める提案が行われた ₂₅

。このイラク提案は、次の一九七六年提案でさらに精緻化された。

  一九七六年の﹁閉鎖海及び半閉鎖海に関するイラク条文案 ₂₆

﹂では、第一三四条で、﹁半閉鎖海に面する国は、この条約に基づく権利及び義務に合致する方法でお互いに協力する(

sh all c oo pe ra te

)。このために、これらの国は、直接に又は適当な地域的取極を通じて、次のことを行う(

sh all

)。⒜衡平な分配を獲得するために海洋生物資源の管理、保存、探査及び開発を調整すること。⒝海洋環境の保全に関する国際的又は地域的に一般に承認された基準及び措置の履行を調整すること。⒞これらの科学的調査の政策を調整すること。適当な場合には、地域の科学的調査の共同計画を約束すること。⒟この条文の規定の促進のために、適当な場合には、他の利害関係国又は国際機関を協力のために招請しうること﹂という、協力について強い義務づけの規定(

sh all

)を採用した。また、第一三四条

bis

の一項で、﹁半閉鎖海と公海を結ぶ国際航行に使用されている海峡においては、この条約の第二部の⑴項及び⑵項に従って、すべての船舶及び航空機の自由な通過通航権が維持される(

sh all b e m ain ta in

)﹂と規定し、自由な通過通航権及び上空飛行が維持されるとの規定を提案した。さらに二項で、﹁半閉鎖海における島、人工島、施設及び構築物の存在は、いかなる場合にも、伝統的な航路帯を通る国際航行の自由に影響を与えない(

sh all n ot a ffe ct

)﹂と規定し、ここでも航行の自由への配慮がみられる。その三項では﹁半閉鎖海における隣接する又は相対する国の間の海洋の境界画定は、この条約の規定に従

(10)

    沿同志社法学 六九巻四号四七一三四七 って、及び衡平の原則並びに特別な事情に妥当な考慮を払って行われる(

sh all b e do ne

)﹂との規定を置いたが、採用されなかった ₂₇

。海洋境界画定は扱わないとのこの決定が、前述したフランスやイタリアの反対の撤回に結びついた。

  周知のように、半閉鎖海である南シナ海においては、航行の自由をめぐる緊張が米中において続いている。二〇一五年一〇月二七日、米国は、中国が人工島を建設した南シナ海の南沙諸島のスービ礁(中国名:渚碧礁)の一二海里以内を航行する﹁航行の自由作戦(

F re ed om o f N av ig at io n O pe ra tio n

)﹂を開始した。同礁では、戦闘機や爆撃機の離着陸も可能な長さ三キロの滑走路が建設されたが、本作戦の狙いは人工島に領海の主張を認めないとの米国の意思表示である ₂₈

。さらに、二〇一六年一月三〇日、米駆逐艦カーティス・ウィルバーは西沙諸島のトリトン島(中国名:中建島)でも﹁航行の自由作戦﹂を行ったが、本作戦の狙いは中国が採用する外国軍艦の領海通航に対する事前許可制を認めないとの意思表示である ₂₉

。中国は、﹁関係国は危険かつ挑発的な行動を控える﹂よう求め、これに強く反発した。こうした南シナ海の現状を考えると、この第一三四条

bis

の規定がどのような理由で採用されなかったかの分析が必要だが、

V irg in ia C om m en ta ry

はこの点について何ら触れていない。   いずれにしろ、最終草案の改訂単一交渉テキスト(RSNT)では、イラク提案にあった

“s ha ll”

“s ho uld ”

に修正し、協力義務の義務づけをさらに軽減し、

“s ha ll co -o rd in at e”

“s ha ll en de av or to ”

に修正し、いっそうの義務の軽減がなされている ₃₀

。第二委員会の議長の言葉を借りれば、条文ではこうして﹁より強制的ではない(

le ss m an da to ry

)﹂表現が採用されたことになる ₃₁

。ブカス(

B ud isl av V uk as

)によれば、本主題に十分な時間も関心も寄せられなかったため、彼の評価では完成度の低い条文になったとされる ₃₂

  たしかに、第一二三条の条文を素直に読めば、⒜~⒞に挙げられている対象の調整につき、沿岸国は調整に関して合意に達することを義務づけられているわけではない。しかし、⒜~⒞に挙げられている対象に関する他の沿岸国による

(11)

    同志社法学 六九巻四号四八沿一三四八

善意の(

bona fide

)提案の交渉に着手することの拒否や提案の拒否は第一二三条に反するとして、スコヴァッチ(

T uli o Sc ov az zi

)教授は、第一二三条は独自の義務(

ob lig at io n sui generis

)、すなわち善意の義務(

bona fide o bli ga tio n

)を含むと主張する。それは三つの活動を調整するまさしく法的義務であって、単なる道徳的義務ではないというのである ₃₃

。たしかに、第一二三条のフランス語正文は、

“L es E ta ts .... .d ev ra ie nt c oo pé re r... ”

と記述されており、こちらで読むと何らかの法的義務を引き出せるが、英語の正文の

“s ho uld ”

からどこまでスコヴァッチ教授のいう﹁法的義務﹂を引き出せるかやや疑問が残る ₃₄

  実際、第一二三条が協力の対象に挙げている三つの活動に関する調整の義務づけの程度をみれば、本条は、閉鎖海又は半閉鎖海に面する国がお互いに﹁協力すべき(

sh ou ld c oo pe ra te

)﹂とし、その際、条文に列挙された活動につき調整すべく﹁努める(

sh all e nd ea vo r

)﹂ことを宣言することによって、これを勧奨しているにすぎない ₃₅

。同様に、﹁関係を有する他の国又は国際機関(

ot he r i nt er es te d St at es o r i nt er na tio na l o rg an iz at io n

)﹂は、それらの活動に関して﹁自国の権利を行使し及び義務を履行するに当たって﹂沿岸国と協力することを﹁要請される(

in vit ed

)﹂に過ぎないのである ₃₆

V irg in ia C om m en ta ry 12 3 . 12

c

)参照)。こうして、本条にあっては、協力は強制的義務ではなく、単に勧奨されているに過ぎないことになる。換言すれば、協力が望ましいことを表明しているに過ぎないともいえる。

Šk rk

氏が述べるように、﹁改訂単一交渉テキスト(RSNT)は、閉鎖海又は半閉鎖海に面する沿岸国に課していた強制的な協力義務を宣言的規定に変更した ₃₇

﹂のである。

  アイルランドが、二〇〇一年一〇月二五日に、英国は海洋法条約の汚染防止義務や協力義務に違反しているとして訴えた

M ox P la nt

事件において、第一二三条の義務の法的性格が問題になった ₃₈

。英国の答弁書は、﹁RSNTの序文における第二委員会の議長の声明とあいまって、RSNTに導入された弱い文言(すなわち、

“s ho uld ”

“s ha ll

(12)

    沿同志社法学 六九巻四号四九一三四九

en de av or ”

)と義務の文言に戻す諸国によるその後の提案が受け入れられなかった事実は、第一二三条が勧奨的なものに過ぎないことの証拠を構成する ₃₉

﹂と述べていた。他方、アイルランドは、﹁第一二三条の起草過程は、第三次国連海洋法会議に参加していた諸国がこれらの海域の﹃特別の性格﹄を尊重する義務を閉鎖海又は半閉鎖海の重要な要素と考えていたことを明らかにしている ₄₀

﹂と主張していた。

  ところが、英国が、英国とアイルランドがともにEC(現行EU)の構成国であり、EC条約第二九二条(現行EU運営条約第三四四条)の﹁構成国は、基本条約の解釈又は適用に関する紛争を、当該条約に定める以外の解決方法に訴えないことを約束する﹂との規定を根拠に、本件紛争は欧州司法裁判所が排他的管轄権を有する主張し、欧州司法裁判所に提訴した。これを受けて、国際海洋法裁判所(ITLOS)の仮保全措置命令後の本案を審理する海洋法条約附属書Ⅶに基づき設置された仲裁裁判所は、ECが必要な措置をとるまでの間、仲裁手続を延期する命令を発した。一方、欧州司法裁判所は、二〇〇六年五月三〇日、アイルランドのITLOSへの付託行為はEC条約第二九二条に違反すると認定した ₄₁

。その結果、仲裁裁判所は審理を停止し、英国とアイルランドの義務の性格をめぐる論争について、結論を出すに至らなかった ₄₂

  いずれにしろ、第一二三条の柱書の第一文の﹁相互に協力すべきである﹂との文言からは、自立した法的義務は示すものでないことは明らかである。閉鎖海又は半閉鎖海に面する国は、第一二三条の文言や構造を通して、海洋法条約に基づいてみずからの権利や義務を履行するにあたっては、相互に協力に努めるに過ぎないということになる ₄₃

  この第一二三条の義務の法的性格について、今回の比中仲裁裁判所は、はたして明確な回答を与えたといえるだろうか。本裁判において、フィリピンは、環境保護義務との関係で、海洋法条約第一九七条(世界的又は地域的基礎における協力)の﹁いずれの国も、世界的基礎において及び、適当なときは地域的基礎において、直接に又は権限のある国際

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    同志社法学 六九巻四号五〇沿一三五〇

機関を通じ、地域的特性を考慮した上で、海洋環境を保護し及び保全するため、この条約に適合する国際的な規則及び基準並びに勧告される方式及び手続を作成するため協力する(

sh all c oo pe ra te

)﹂との規定を根拠に、閉鎖海又は半閉鎖海について、﹁第一九七条に含意されている義務は、第一二三条によってより詳細に述べられている﹂との認識に基づき、﹁この条文は閉鎖海又は半閉鎖海にのみ適用されるが、南シナ海は明らかにその性格に適合している ₄₄

﹂と主張した。

  法的義務として定式化された第一九七条の義務が、勧奨義務として定式化された第一二三条に詳細に規定されているとの主張である。これに対して、仲裁裁判所は、﹁裁判所は、さらに、七つのサンゴ礁における中国の建設活動はフィリピン及び他の隣接国による抗議を受けていることに留意する﹂とした上で、﹁海洋法条約第一九七条は、海洋環境の保護と保全に対する規則及び基準を作成するために地域的基礎において協力することを要求している。半閉鎖海において、海洋法条約は国が海洋環境の保護と保全に関する権利と義務の履行を調整するために努力するとさらに詳細に述べている ₄₅

﹂と判示し、第一九七条と第一二三条の関係性に関するフィリピンの主張を肯定しているが、義務の性質の相違については特段の言及はない。

  そして、結論として、前述した主文(一三)において、仲裁裁判所は、﹁第一九二条(一般的義務)、第一九四条一項、同条五項(海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置)、第一九七条(世界的又は地域的基礎における協力)及び第二〇六条(活動による潜在的な影響の評価)に基づく義務﹂とともに、第一二三条の違反を認定した。つまり、法的義務を定めた他の条文と並んで勧奨義務とされる第一二三条の違反認定をしていることをどう捉えるのかという問題が残る。

  その認定は第一二三条の義務が法的義務であると認識した上でその違反の認定を行ったと解するのか、それともその認定は第一二三条の義務が勧奨義務であることを踏まえた上で同条の違反を認定したと解するのか、はたまた協力義務

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    沿同志社法学 六九巻四号五一一三五一 の性質に鑑みれば、第一二三条の義務の性質に拘泥する必要はなく、中国の行為には協力の姿勢がないと認定したに過ぎないと解するのか、いくつかの解釈の可能性がある ₄₆

。いずれにしても、この主文のみでは判断しづらいところがあるが、仲裁裁判所は、中国による非協力の態度を明確に第一二三条の違反と認定した。第一二三条が命じている行為の義務についての中国によるあからさまな非協力の態度を捉え、同条を﹁遵守﹂していないと断じたのである。ここでは、協力義務の内容が法的義務であれ、勧奨義務であれ、それを定めた第一二三条の違反を認定することにより、仲裁裁判所は司法的な救済の根拠にしたといえる。

  なお、小田滋前国際司法裁判所裁判官が指摘されるように、第一二三条にあっては、﹁協力の具体的内容は白紙であり、またその協力についての合意を得なかった場合の措置が考えられているわけではない ₄₇

﹂のも、事実である。それを考えると、なおさら法的義務と考えるのは困難なように思われる。

  いずれにしても、法的義務としての協力義務であっても、奥脇直也教授が述べるように、こうした﹁協力義務は不定型で特定性を欠く義務である。その義務の内容は、具体的な状況において国家が自ら適正に判断して自らに課する義務として遵守される。それゆえ遵守を促進するために国家が自らの責務と能力を適正に認識することが不可欠 ₄₈

﹂とされる性質を有するとされる。奥脇教授によれば、﹁﹃協力義務﹄は、条約の締結時においては具体的な義務の内容を明確には特定できない種類の行為を要求するものである場合が多い。それは、持続的・継続的な﹃行為の義務﹄(

ob lig at io n of co nd uc t

)として規定され、それゆえその内容は当該義務が現実に問題となる時点における規範環境や問題状況に応じて、その問題に当面する国家によって徐々に特定され豊富化される。つまり協力義務として行為する国家は、義務の客体であると同時に自ら義務を形成する主体でもある﹂とし、﹁協力義務に係る﹃遵守﹄は、規範が指し示す方向に従った行動をとることを要請するが、いかなる行動をとるかは、それぞれの行為主体が、その時々の状況の中で、自己の能

(15)

    同志社法学 六九巻四号五二沿一三五二

力を吟味した上で実行可能な限度を判断して行為するとともに、それら行為の蓄積を通じて自己にとって最適な規範を順次作り出し、それを細則化して自らに課する(

se lf- im po se d d ut y

)ことを意味する ₄₉

﹂と説明されるのである。こうしたことが、協力義務の本質だとすると、第一二三条の義務の性格の相違によって結論に大きな変化はないともいえるかもしれない。

  いずれにしても、その義務の性格を離れて、閉鎖海又は半閉鎖海における沿岸国の間で海洋境界の未画定などの問題から緊張が高まっているのであれば、第一二三条を積極活用して、沿岸国同士で協力できる事項を探ることは本条から可能であり、関係改善の打開策として十分に考慮に値するといえる。

  なお、調整の対象として、⒝の海洋環境の保全に関連して、航路帯や分離通航帯の指定などの協力が勧奨されうるかもしれない。この点は、一九七六年にユーゴスラビアが提案していた ₅₀

。たしかに、本条にある﹁この条約に基づく自国の権利を行使し及び義務を履行するに当たって﹂という文言により、海洋法条約の関連規定が閉鎖海及び半閉鎖海についても同様に適用されることになる。ブカスは、その例として、領海における航路帯及び分離通航帯を定めた第二二条二項の﹁沿岸国は、特にタンカー、原子力船及び核物質又はその他の本質的に危険若しくは有害な物質若しくは原料を運搬する船舶に対し、一の航路帯のみを通航するよう要求することができる﹂との規定は、閉鎖海及び半閉鎖海の沿岸国によって用いられうると述べる ₅₁

。同様に、海洋法条約第七四条三項及び第八三条三項に基づく、①境界画定誠実交渉義務や②最終合意到達阻害防止義務は境界未画定の半閉鎖海である東シナ海及び南シナ海で適用されると解することは可能であろう。ただ、そうなると、第一二三条の義務づけの程度とは異なり、海洋法条約の当該条文に規定されている義務づけが妥当することになる。海洋法条約第七四条三項及び第八三条三項では、﹁あらゆる努力を払う(

sh all m ak e ev er y e ffo rts

)﹂という表現が用いられ、第一二三条の﹁努める(

sh all e nd ea vo r

)﹂よりも義務づけが強くなっている。

(16)

    沿同志社法学 六九巻四号五三一三五三 それは、単に用語の違いというより、条文の全体構造から、第七四条三項及び第八三条三項には、﹁理解及び協力の精神により(

in a sp iri t o f u nd er st an din g a nd c o- op er at io n

)﹂とか、﹁最終的な合意への到達を危うくし又は妨げない(

no t to je op ar diz e or h am pe r t he re ac hin g of th e fin al ag re em en t

)﹂といった条件が加わっており、条件に反する行動を差し控える義務が存在するし、時間的にも義務の継続につき﹁過渡的な期間において(

du rin g th is pr ov isi on al pe rio d

)﹂と明確な定めがあるのに対して、第一二三条には一切そうした条件づけがないからである。

  この他、残された海洋法条約の解釈問題として、三つの点を挙げておきたい。第一に、閉鎖海及び半閉鎖海に面した沿岸国は地理的不利国として定義されていることである。地理的不利国の権利を定めた海洋法条約第七〇条二項は、﹁この部の規定の適用上、﹃地理的不利国﹄とは、沿岸国(閉鎖海又は半閉鎖海に面した国を含む。)であって﹂と規定し、閉鎖海及び半閉鎖海に面した沿岸国を地理的不利国に含めている。第二に、﹁関係を有する他の国への要請﹂の解釈である。関係を有する他の国すべてに要請する義務は、閉鎖海又は半閉鎖海の沿岸国にはなく、どの国に要請するかは沿岸国の裁量に属する。要請の対象となる国としては、①近隣の内陸国、②自国船舶が当該海域を航行している国、③沿岸国に入港する国、及び④当該海域のパイプライン敷設国などが考えられる。仮に中国が第一二三条の積極的活用を提案することがあったとしても、東シナ海はともかく、南シナ海では国際航行に使用実績をもつ日本が、沿岸国である中国によって﹁関係を有する他の国﹂として、必ず要請されるわけではないということになる。第三に、﹁適当な地域的機関﹂とは何かという問題がある。第一二三条では、﹁これらの国は、直接に又は適当な地域的機関を通じて﹂(柱書)や﹁適当な場合には、この条の規定の適用の促進について協力することを関係を有する他の国又は国際機関に要請すること﹂(⒟)と規定している。

V irg in ia C om m en ta ry

によれば、ここでいう国際機関とは、漁業資源については国連食糧農業機関(FAO)、海洋汚染と海洋環境の保護に関しては、国際海事機関(IMO)と国連環境計画(UNEP)、

(17)

    同志社法学 六九巻四号五四沿一三五四

海洋の科学的調査に関してはユネスコの政府間海洋学委員会(IOC)を指すとされる(

V irg in ia C om m en ta ry 12 3 . 12

c

)) ₅₂

  それでは、次に第一二三条がいう沿岸国による協力の実態をみてみよう。

4   国 際 協 力 の 具 体 例

  閉鎖海における海洋生物資源の管理・保存のための地域的調整としては、海洋法条約以前の実行であるが、地中海における地中海漁業一般委員会(

T he G en er al F ish er ie s C om m iss io n f or th e M ed ite rr an ea n

)(一九四九年)がある。また、一九七六年の海産哺乳動物に関する地中海沿岸水域の鯨の保護に関するモナコ・フランス・イタリアの三国協定(

R A M O G E

)もこうした実行の一つである。海洋法条約以後の実行としては、黒海、地中海及び接続大西洋区域の鯨の保護に関する協定(

A C C O B A M S

)(一九九六年)やカリブ海地域漁業メカニズムを設立する条約(

C R F M

)(二〇〇二年)がある。

  海洋環境保護のための活動の地域的調整は、国連環境計画(UNEP)の地域海計画に基づくものが多い。海洋法条約以前としては、バルチック海の海洋環境の保護に関する条約(一九七四年)、汚染に対する地中海保護のための条約(一九七六年バルセロナ条約)、ペルシャ湾の汚染に対する海洋環境保護の協力のためのクウェート地域条約(一九七八年)、紅海及びエデン湾海峡の保護のための地域的条約(一九八二年)がある。海洋法条約以後の実行としては、汎カリブ地域の海洋環境の保護及び発展のための条約(一九八三年)がある。

  南シナ海は、地中海やカリブ海とともに、伝統的に﹁閉鎖海及び半閉鎖海﹂のカテゴリーに入ると認識されてきた ₅₃

(18)

    沿同志社法学 六九巻四号五五一三五五 二〇〇二年のASEANと中国による南シナ海における関係国の行動宣言(DOC)六項には、半閉鎖海に面した国の協力に関する活動が列挙されているが、海洋環境の保護の協力としては、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、オーストラリア、カンボジア、ベトナム、中国及び韓国の一〇カ国が参加している東アジア海域の海洋環境と沿岸域の保護と開発のための行動計画(一九八一年)がある。この他、地球環境ファシリティ(GEF)の支援で一九九三年に設立され、日本がカンボジア、フィリピン、中国、韓国、北朝鮮、シンガポール、インドネシア、東チモール、ベトナム及びラオスとともに参加している東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)がある。PEMSEAは、東・東南アジアの海域における環境保全と調和した開発を推進するため、政府・地方政府・NGO・研究機関等の連携強化を目的として設立した組織である ₅₄

  第一二三条が協力義務として掲げている海洋の科学的調査の政策の調整の例も、南シナ海には存在する。海洋地形及び海洋の科学的調査のための合同調査(

JO M SR E -S C S

₅₅

)がそれであり、第一段階として、一九九六年から二〇〇七年にかけてフィリピンとベトナムの間で行われた。第二段階は中国を含むものであるが、未だ実施されていない。

  なお、南シナ海には漁業資源の問題を扱う地域的漁業機関(RFMO)は存在しない。インターネットでの情報であるが、中国社会科学院海洋センター所長の王翰灵(

W an g H an lin g

)教授は、﹁紛争海域における海洋資源の共同開発は、領域紛争及び海洋境界画定をめぐる交渉の膠着状態を扱う実際的方法である﹂として、南シナ海における漁業資源の共同開発の可能性を論じている。王教授は、﹁世界には数多くのこうした取極が存在する。共同開発は主として鉱物資源、特に石油やガスに焦点が当てられるが、特に漁業資源のような海洋生物資源の共同開発のいくつかの例がある ₅₆

﹂として、①セネガル・ギニアビサウ共同開発区域(対象:アフリカ大西洋岸)(一九九三年)、②コロンビア・ジャマイカ共同開発区域(対象:西カリブ海)(一九九三年)、③ナイジェリア・サントメプリンシペ共同開発区域(対象:アフリカ大西

(19)

    同志社法学 六九巻四号五六沿一三五六

洋岸)(二〇〇一年)、④バルバドス・ガイアナ共同開発区域(対象:記載なし)(二〇〇三年)、⑤漁業開発のためのタイ・バングラデシュ共同事業計画(対象:ベンガル湾)(年:記載なし)を挙げている。しかし、カリブ海を除けば、対象となっている海洋資源の共同開発は閉鎖海又は半閉鎖海のものではない。王教授の分析には、閉鎖海及び半閉鎖海での共同開発との視点が抜け落ちているように思われる。

  注目されるのは、民間の多国間安全保障対話のフォーラムであるアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)による二〇〇八年六月二日のアジア・太平洋の閉鎖海及び半閉鎖海並びに同様の海域における海洋協力のためのガイドライン(

G u id eli n es fo r M ar iti m e C oo p er at io n in E n clo se d a n d S em i-E n clo se d S ea s an d S im ila r S ea A re as o f t h e A sia

P ac ific

)である。このガイドラインは、同会議内の海洋協力を促進するための研究グループがまとめたものであり、当該地域の閉鎖海及び半閉鎖海における海洋協力を導くための一連の原則的であるが、非拘束的な原則から成っている。ガイドラインそのものは、義務的な文言というよりは勧奨的な文言(例えば、

L itt or al st at es a re e nc ou ra ge d to ...

)によってつくられている。なお、今回の覚書がとりあげている事項を列挙すれば、次の通りである。①定義、②不利益とならないこと、③権利及び義務、④海上協力、⑤実力の行使、⑥輸送航路帯、⑦人道的援助、⑧捜索及び救助、⑨航行の安全、⑩不測の事態への対策、⑪海上における法と秩序、⑫情報共有、⑬海洋環境の保護及び保全、⑭海洋資源、⑮暫定的取極、⑯海洋の科学的調査、⑰能力構築である。彼らの基本認識として、南シナ海における領土紛争や海洋境界画定が短期間のうちに解決されそうもないので、その間、海洋における法と秩序の維持のための協力という視点から、海洋法条約で扱われていない重要な協力分野(海賊、海上テロ、大量破壊兵器の拡散、及び武器、薬物、保護すべき資源や人の違法な取引)を、捜索及び救助、航行の安全、並びに海洋環境の保護の問題とともに扱うとしている。この研究グループは、紛争回避のいくつかの重要な管理メカニズムとして、東シナ海における日中の相互事前通報制度を、二

(20)

    沿同志社法学 六九巻四号五七一三五七 〇〇二年のASEAN・中国の南シナ海における行動宣言(DOC)や種々の漁業協力協定や共同開発区域とともに挙げていることが注目される。

  なお、こうした覚書の目的は、一九九四年から開催されているASEAN地域フォーラムの、①信頼醸成の促進、②予防外交の進展、③紛争へのアプローチの充実と軌を一にしている。過去の関連する覚書としては、地域海洋協力のためのガイドライン(

G uid eli ne s f or R eg io na l M ar iti m e C oo pe ra tio n

)(一九九七年)(覚書四)、海上における法と秩序のための協力(

C oo pe ra tio n f or L aw a nd O rd er a t S ea

)(二〇〇一年)(覚書五)、アジア太平洋における海洋法の実践(

T he P ra ct ic e o f t he L aw o f t he S ea in th e A sia n P ac ific

)(二〇〇二年)(覚書六)がある。

5   お わ り に ~ 紛 争 の 海 を 平 和 と 協 力 の 海 に 変 え る た め に ~

  東シナ海においては、すでに、日中漁業協定(一九九七年)や海洋調査活動の相互事前通報制度の枠組み(二〇〇一年)があるが、これに加えて、日中海上捜索・救助(SAR)協定の締結促進(一九七九年に発効した﹁海上における捜索及び救助に関する国際条約﹂(SAR条約)に基づいて、日本は米国やロシアのみならず、韓国と一九九〇年に﹁日韓SAR協定﹂を締結しているが、二〇一一年一一月に原則合意した日中の海上捜索・救助に関して協定の締結交渉を促進させる必要がある)、さらには重層的な危機管理メカニズムの促進(日中高級事務レベル海洋協議の定例化、防衛当局間及び海上法執行機関間の海上連絡メカニズムの促進)を行う必要がある。東シナ海については、中国に対し、﹁同一の閉鎖海又は半閉鎖海に面した国(

St at es b or de rin g a n e nc lo se d o r s em i-e nc lo se d s ea

)﹂として、上記のものに加え、第一二三条の⒜海洋生物資源の管理、保存、探査及び開発、⒝海洋環境の保護及び保全、⒞科学的調査の事項について

(21)

    同志社法学 六九巻四号五八沿一三五八

協力を呼びかけることによって、共同開発合意の実務者協議とともに、関係改善につなげてゆく必要がある。関係改善の一助として、⒜~⒞の事項について積極的に協力できる部分を模索するとともに、二〇〇一年二月一三日に日中両国で交わされた﹁海洋調査活動の相互事前通報の枠組みの実施のための口上書﹂は、海洋法条約第一二三条の協力義務の一環と再定義することによって、中国に誠実な履行を迫る必要がある ₅₇

。さらに、共同開発合意の実務者協議を軌道に乗せる必要がある。

  中国による南シナ海の九段線の主張について、前述した二〇一六年七月一二日の比中仲裁判決において、﹁﹃九段線﹄の関連部分によって囲まれた南シナ海の海域に関して、中国の歴史的権利、または他の主権的権利または管轄権に対する主張は海洋法条約に違反し、海洋法条約に基づく中国の海洋権原の地理的及び実質的制限を超える限度で法的効果をもたないと結論する。裁判所は、海洋法条約は、それが課する制限を超える歴史的権利又は他の主権的権利または管轄権に優先すると結論する ₅₈

﹂(二七八項)と判示した。しかし、この仲裁判決によっても、南シナ海の岩礁に関して中国が実効支配する現状に変化が生じることは﹁当分の間﹂期待できないと思われる。こうした現状の中で、中国が、第一二三条の半閉鎖海の概念を使って、沿岸国による航行規制の権利を内包するとの議論を行うことを阻止すべく、海洋法条約の起草過程を踏まえた議論により日本の航行の自由を確保する必要がある ₅₉

  また、中国が、南シナ海について、今後、第一二三条を強調する際には、ある意図を含ませようとしていないか注意する必要がある。米国や日本を非当事者として南シナ海問題から排除したい彼らとしては、﹁同一の閉鎖海又は半閉鎖海に面した国(

St at es b or de rin g an e nc lo se d or s em i-e nc lo se d se a

)﹂を強調することによって、﹁航行の自由﹂を強調する米国や日本を、海洋法条約を盾に、この海域から排除する動きに出てくる可能性があるからである。

  閉鎖海又は半閉鎖海の沿岸国がその海域の特性を考慮して、ある沿岸国による一方的行為が他の沿岸国及びその海域

(22)

    沿同志社法学 六九巻四号五九一三五九 の利用国の利益に大きな影響を与えることを考慮して、海洋法条約第一二三条が成立していることを認識し、同条約が求める協力義務を果たす必要がある。中国を含む南シナ海の沿岸国が﹁生存のための競争から安定した国際秩序を支える協力 ₆₀

﹂へと態度を変化させる必要がある。安定した国際秩序の中に、当然のことながら、各国の航行の利益も含まれる。なぜなら、海洋法条約は、閉鎖海又は半閉鎖海に面した沿岸国に、海洋法条約で規定されている以上の追加的な権利を与えていないからである ₆₁

  日本としては、第一二三条が﹁同一の閉鎖海又は半閉鎖海に面した国﹂に要請している協力は、⒜海洋生物資源の管理、保存、探査及び開発、⒝海洋環境の保護及び保全、⒞科学的調査についてであり、航行の自由は別であることを強調するとともに、﹁関係を有する他の国(

ot he r i nt er es te d St at es

)﹂として、⒜~⒞の事項について、技術協力や能力開発について、南シナ海の沿岸国と協力することにやぶさかでないことを強調し、南シナ海を﹁紛争の海﹂から﹁平和と協力の海﹂にする外交努力を続ける必要がある。

西﹄( 1稿) 

-c.0312a.ar, p647., prg.opaca.pww://wttp, h1620, 12uly, Jd of the South China Sea Arbitration CaseAwar2) 

, .937., ped0920s1ol., VThe Yearbook of Polar Law suigav Ntog tinela ResTIsal eg “Lzi,ovSco uliioatazn inth. r duunm. G Auds,”erat WroticugrcAh et al ec.29-28.pp., , ibidrb Gcf. , p.26-25p.ut1420e, dgleR itjM, , ecrbGa Extension of Coastal Jurisdiction in Enclosed and Semi-enclosed Seas A Mediterranean and Adriatic Perspective3)  Grbec, ibid., p.22.4) 

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