長崎大学教育学部紀要 一人文科学 一 第74号
長崎 の街 の ヴ ィジュアル ・エ レメ ン ト (Ⅱ)
織 田 芳 人 *
Vi s ua lEl e me nt sa tNa ga s a ki ( Ⅰ Ⅰ ) Mi c hi t o ODA
1. は じめに
観光立 国が国策 として謳 われ、長崎県や長崎市 も観光振興 による地域活性化 を施策のひ とつ に掲 げてい る。 長崎市 では昨年
( 2 00 6
年)、 まちをぶ らぶ ら歩 く博覧会 「長崎 さる く博一 06」
( 2 0 0 6
年4
月〜10月) を実施 し、好評 を得 た ようであ る。 今年( 2 0 07
年) も4
月か ら同様 のイベ ン トが実施 されている (図cl)。1)また、 もともと新地の中華街で行 われていた中国の旧正月 を 祝 う 「春節祭」が年 々規模 を拡大 し、 「長崎 ランタンフェステ ィバ ル」 と名づ け られて冬 の ビッグイベ ン トになって きてい る (図C 2)
。2)1
0月上旬 に行 われ る 「長崎 くんち」
は3 7 0
年以上 の伝 統 を有す る盛大 な秋祭 りであ り、奉納踊 りの ひ とつ、龍踊 りは全 国的 に有名 であ る (図 C3)。3)この ようなイベ ン トを支 える要素のひ とつ に、長崎の街のイメージがある。 イベ ン トの ない時期 にあっては、そのイメージの存在がいっそ う重要 になる。長崎の ような観光地のイメージは、観光案内書や旅行記 における写真や文章、テ レビの旅行 番組 における映像や コメ ン ト、あるいは、実際 に訪れた友人 ・知人か らの伝 聞 ・旅行先 の写真 等 に よって形成 される と考 え られる。 しか し書物やテ レビ番組で措かれ るイメージ も、本 をた だせ ば、著作者や リポー ターが実際 に観光地 を訪れて抱 くイメージに他 な らない。 しか も、そ のイメージは、観光の直接 の対象 となってい る施設や イベ ン トだけでな く、観光地 を訪れた際 に 日常的に見かける街灯 や横 断防止柵 、建造物 の壁 ・塀 、等 によって も、形成 されてい くと考 え られる。
本研究の 目的は、その ような街灯や横 断防止柵等 をヴィジュアル ・エ レメ ン ト (視覚要素) と捉 えて、そ う したヴィジュアル ・エ レメ ン トが どの ようなイメージを与 えているか を明 らか に し、将来的に、街のイメージを意図的 に形成 させ るヴィジュアル ・エ レメン トを創 出す るこ とである。
既報 「長崎の街 のヴィジュアル ・エ レメ ン ト」 4)において、長崎の街のイメージ とヴィジュ アル ・エ レメ ン トとの対応 を示 したが、それは筆者 の個 人的判断 に依拠 した ものであった。 そ こで本稿 では、長崎市 内で見かけ られ るヴィジュアル ・エ レメン トを対象 に、それ らの カラー 写真 を用いたア ンケー ト調査 を行い、被験者が受 けたイメージを分析す ることで、各エ レメ ン トがそれ を 目にす る人々に どの ようなイメージを与 えているか を明 らか に して、観光上 の有効 性 を考察す る。
* 長崎大学教育学部芸術表現講座 (美術)
1)。
長崎の街 のイメージ としては、既存 の観光案 内書等 を参 考 に して、大 き く 「異 国情緒 」 、
「幕末」、 「平和」、 「海」 の
4
項 目を設定 し、さ らに、 それぞ れ に対 して小 項 目を設定 した (表
2 )
。しか し今 回のアンケー ト調査 を行 うにあたっ ては、回答 の しやす さを考慮 して、エ レメ ン ト の項 目お よび イメー ジの項 目を単純 に した。
ヴィジュアル ・エ レメ ン トとして取 り上 げたの は、街灯類 、横 断防止柵 、車止め、公衆 トイ レ、
ベ ンチ、建造物 の壁 ・塀 、橋 、橋 の欄干、オブ ジェ、舗石、サ イ ン、電話 ボ ックスであ り、総 数
6 0
例である。オブジェには、彫刻、モニュメ ン ト、 さらに、
係船柱 の ような、実用的ではあるが、それほ ど 日常的ではない物 も含めている。
街灯類 には、橋 の欄干 に付属す る照明の中で 通常の街灯程度の高 さがある もの、お よび、店 舗入 口の脇 に高めに取 り付 け られた外灯 を含め
た。 また、オブジェには、モニュメ ン ト、彫刻、
係船柱、等 も含 めた。
一方、イメージ項 目は、中国、西洋、海、幕 末 ・江戸、現代 的、その他 、の
6
項 目とした。長崎 の街 は、 た とえば 「異 国情緒溢 れ る」 や
「異国の風 を感 じる」 5)とい うように形容 され るが、異 国 といって もさまざまであるか ら、回 答者 が判 断 しやす い ように、 「中国
」
と 「西 洋」の別立 てに した。図1は東 山手 にあ る洋館 のひとつで、 まさに西洋のイメージである。幕末については、江戸時代 の終幕であるので、
近代以前の 日本 も含めて、 「幕末 ・江戸」 とい う項 目に した。 また、予備調査 を行 った ところ、
エメノレ卜 ファニチャース トリー ト. 街 灯 横 断 防 止 柵
サイン 誘導サイン 案内サイン
建造物 家屋 (寺 社 住家 .店舗) 堰 .垣根
屋外公共施設 屋外彫刻 .オブジェ 公園 .広場
水辺の遊歩道 橋
坂道 .階段 舗装 .舗石 表2 イメージの分類項目
大項目 小項目
イ メI
ジ 異 副 膏緒 中 国 西洋
幕 末 坂本龍馬 .和風シーボル ト グラバ‑
平和 キ リシタン弾圧 被 爆
港 舵 .港
図1 東山手の洋風住宅
長崎の街のヴィジュアル・エレメント(Ⅱ)
表
3
ヴィジュアル ・エレメン トのイメージエレ 街i 横断 車止 公衆
^'
ヽ 壁 橋 橋 耳 舗 サイ 請電 イメ メ 類丁 止防 め /く卜 チ/ 堰 潤の フン 石 ヽノ ∩ボツ ジIイ メ‑ジ /卜 棉 イレ 千 エ クス 別計
中国 1 1 1 1 4
西洋 9 2 2 1 14
港 1 1 2 4
幕末 .江戸 2 1 1 2 1 2 1 10
平和 1 1 2
現 代 的 5 3 4 3 2 1 2 1 21
その他
不 定 1 1 1 1 1 5
2 3
項 目 「その他」のイメージ名 として 「現代風
」
「モ ダン」 とい う記述が見 られたため、 「現代 的」 とい う項 目を設 けた。 「その他」 を選択 した場合 は、所定欄 に どの ようなイメージか を簡 単 な語句で記入 して もらうことに した。調査対象 は長崎市 内やその近郊 に居住 してい る長崎大 学教育学部の学生であ り、授業担 当者 に、回答見本 を付 けたアンケー ト用紙の配布 を依頼 し、後 日、所定の箱で回収す る方法 を用いた。回収数 は
71
部、有効 回答 は4 8
部であった。有効 回答 者の年齢 は19‑22歳で、性別 は男性4名、女性44名である。3.
調査結果ヴィジュアル ・エ レメ ン ト総数
6 0
例 について、 ア ンケー ト調査 の結果 をイメージ別 にまとめ る と、表3
に示す ように、中国、西洋、海、幕末 ・江戸、平和 、現代 的のイメージ5 5
例 と不定5
例 とい う結果 になった。 この ように明 らか にされた各エ レメン トのイメージは、それが存在する地区 ・地域 のイメージに重 な り合 っているのだろ うか。個 々の ヴィジュアル ・エ レメ ン トの イメージがそれぞjlの地区 ・地域のイメージに重 な り合 っていれば、そのエ レメ ン トの存在 は 観光振興 に有効であると考 え られる。
そ こで、調査対象の ヴィジュアル ・エ レメ ン トを、 イメージが異 なる と思われる観光地区別 に分 けて、考察す ることに した。長崎市観光宣伝課が作成 してい るエ リアマ ップでは、異国の エ リア として大浦地区、賑 わい と歴 史のエ リアとして中央地区、愛 と平和 のエ リア として浦上 地区が挙 げ られている。 さらに 「龍馬が ゆ く道」 とい う散策マ ップ も配布 されている。
しか し実際 には、一つ ひ とつの観光地区が閉 じられた形 で明確 に区分 されるわけではない。
複数の観光地 区が、部分 的に、 しか もそれぞれの境界が暖味 なままに、重 な り合 ってい るのが 現実である。 ただ し、 イメージの相対 的な訴求度 (強 さ) に基づいて、おお まか な範囲 を措 く
こ とはで きる。 本稿で は、 ア ンケー ト調査 のイメージ項 目を基 に観光地 区を
6
カ所設定 してみ た。束 山手 ・南 山手、新地中華街、中島川、龍馬通 り、長崎水辺の森公 園、出島和蘭商館跡 の6
地 区であ る。 この地 区別 にヴィジュアル ・エ レメ ン トを分 けて、各 々の イメージ を考察 して図2 長崎の街の観光地区
いった。結果 は以下の ようになった。該 当す るエ レメ ン トは総計
45
例 である。 図2に各観光地 区の位置 を示 した。A.東 山手 ・南 山手一帯 〔計6例〕
●街灯2例 :西洋‑
2
●ベ ンチ1例 :幕末 ・江戸●壁 ・塀
3
例 :西洋、中国、不定 B.新地 中華街 と周辺 〔計5
例〕●街灯1例 :西洋 ●公衆 トイレ1例 :幕末 ・江戸
●ベ ンチ1例 :西洋 ●橋 の欄干1例 :中国
●舗装 ・舗石1例 :中国
長崎の街の ヴィジュアル ・エ レメ ン ト(Ⅱ)
図
3
南山手の街灯 西洋 85.4%幕末 ・江戸
8 . 3%
図
4
旧英国領事館 の 赤 レンガ壁西洋
7 9 . 2 %
幕末 ・江戸 14.6%
C.中島川沿い 〔計8例〕
●街灯
3
例 :幕末 ・江戸、西洋、現代 的●車止め1例 :不定
●橋
2
例 :幕末 ・江戸‑ 2
D.龍馬通 り 〔計2例〕
●街灯1例 :幕末 ・江戸
E.長崎水辺の森公園 と周辺 〔計
2 0
例〕●街灯5例 :現代 的
‑ 4
、西洋‑1●車止め
3
例 :現代 的‑ 2
、海‑ 1
●ベ ンチ1例 :西洋
2 5
図5南山手の休み石 幕末 ・江戸 91.7%
●公衆 トイ レ1例 :西洋
●サイ ン1例 :幕末 ・江戸
●ベ ンチ1例 :幕末 ・江戸
●横 断防止柵2例 :現代 的‑1、海‑1
●公衆 トイ レ
2
例 :現代 的‑ 2
●橋1例 :現代 的
●オブジェ
4
例 :現代 的‑ 2
、海‑ 2
●サイ ン1例 :現代的●電話 ボ ックス
1
例 :不定F.
出島和蘭商館跡 と周辺 〔計4
例〕●街灯1例 :西洋
●車止め1例 :現代的
●壁 ・塀1例 :幕末 ・江戸
●橋 1例 :現代 的
4.
考察4‑
A.東山手 ・南山手一帯全 国的に有名 なオランダ坂 は東 山手 にあ り、南 山手 に も ドン ドン坂 と呼 ばれ る石畳 の坂があ る。 西洋のイメージ とされた南 山手の街灯 (図
3)
(西洋85
.4%)や旧長崎英 国総領事館 の赤 レ ンガ壁 (図4
、図C 4 )
(西洋7 9 . 2%)
は明 らか に、 この地 区のイメージに適合 してい る。 しか し、南 山手の休 み石 (図5)は幕末 ・江戸 のイメージ (9
1 . 7%)
とされたので、移設等 も視野 に入れ て検討すべ きエ レメ ン トである。図
6
孔子廟 の赤 レンガ塀 中国 89.6%幕末 ・江戸 ‑他 4.2%
図9 福建通 りの街灯 西洋 64.6%
中国 31.2%
図12 新地橋 の欄干灯 中国 100.0%
図7 大浦海岸通 りの街灯 図8 旧長崎税関派 出所 西洋 85.4%
幕末 ・江戸 8.3%
図10湊公園の トイ レ 幕末 ・江戸 75.0%
中国 25.0%
図13 新地 中華街 の舗 石 中国 91.7%
中国 44.7% 幕末 ・江戸 42.6%
図11湊公園のベ ンチ 西洋 45.8%
中国 29.2%
図14 中島川 に架 かる 眼鏡橋
幕末 ・江戸 41.7% 平和 18.8%
その他 12.5% 中国のイメージ
( 8 9 . 6%)
とされた赤 レンガ塀 (図6)
の孔子廟 は、東 山手にあるオランダ坂 の下手 にある。 中国のイメージが、西洋のイメージの中で、確 固 とした存在感 を示 している と いった風情である (図C5)。 異国情緒 ともいえるが、違和感 もあるので、 このエ レメン トの有 効性 を評価す ることはむずか しい。また、 図7は大 浦海岸 通 りの両側 の歩 道 に設置 され てい る街灯 であ り、西 洋 の イメー ジ (85.4%) とされた。大浦海岸通 りの山側 は東 山手 ・南 山手地区になるので、山側 の歩道 に設 置 されている街灯 はイメージの上で適合 している。 図
8
は旧長崎税 関下 り松派 出所 であるが、中国
4 4. 7%
、幕末 ・江戸4 2. 6%
という結果であったので、イメージ不定 とした。長崎の街 の ヴ ィジュアル ・エ レメ ン ト(Ⅱ)
図15 中島川 に架かる一覧橋 幕末 ・江戸 80.9% 海‑平和‑他 4.3%
図16 すす き原橋 の裸の街灯 幕末 ・江戸 43.8% 西洋 27.1%
27
図17常盤橋 の橋灯 西洋 70.8% 現代的 18.8%
ところが、大浦海岸通 りの海側 は後述す る長崎水辺の森公 園であ り、現在、現代 的 とい うイ メージが支配的である。 したが って、西洋 の イメージ を有す る図
7
の街灯 は、海側 の歩道では 適合 していない と考 え られ る。 しか し、海側 の街灯 を現代 的なイメージの ものに変更す ると、通 りを挟 んで街灯 のイメージが異 なることになって、寄異 な印象 を与 えかねない し、 また、通 りとしての統一感 を失 う恐 れ もある。 この通 りに設置す る街灯 のイメージを設定す ることは容 易 ではな く、慎重 に検討す る必要がある。
4‑B,
新地 中華街 と周辺図
9
は 「新地 中華街」 に設置 された街灯 で、中国的 なデザ イ ンとい えるが、西洋の イメー ジ とされた (西洋64.6%、中国31.2%)。 この中華街 に隣接す る湊公園の公衆 トイ レ (図10) も屋 根 の傾 き具合や窓のデザ イ ンか ら中国的であるが、幕末 ・江戸 のイメージ とされた (幕末 ・江 戸75.0%、中国25.0%)。 また、同公 園内のベ ンチ (図11)は西洋のイメージ とされた (西洋 45.8%、中国29.2%)。 いずれ も次点のイメージは中国であるので、 まった く適合 していない とはいえないが、中国のイメージを明確 に与 え られる ようなエ レメ ン トの追加設置等 を検討 した ほ うが よい。
それ らのエ レメ ン トと比較す ると、新地橋 の欄干灯 (図12)のイメージは中国100.0%、新地 中華街 の舗石 (図13、図C
6)のイメージは中国9
1.7%% と、 ともに、 きわめて有効 なエ レメ ン トであることが わかる。 近 くには、中華街 ほ ど知 られていないが、近年、観光 の面で注 目され 始 めた唐 人屋敷跡がある。 その地区 との連係 を確 固 とした ものに してい くため に も、 ヴィジュアル ・エ レメン トを活用 して、中国のイメージを充実すべ きである。
4‑C.中島川沿い
有名 な眼鏡橋 を中心 とした中島川沿 いは近年、観光地 区 として整備 されて きてい る。 その眼 鏡橋 (図14)は幕末 ・江戸のイメージであった (幕末 ・江戸41.7%、平和18.8%)。同 じ川 に架 か る一覧橋 (図15) も幕末 ・江戸のイメージ (80.9%)であったが、眼鏡橋 に比べて、ポイ ン
トが
2
倍近 く高い。理 由 と しては、眼鏡橋 が長崎の代名詞 のひ とつ に数 え られ るため、いろい ろなイメージを連想 させ て しまうか らと考 え られる。図16は中島川 に架か るすす き原橋 の裸 に設置 されてい る街灯 で、幕末 ・江戸 のイメージで あった (幕末 ・江戸43.8%、西洋27
.
1%)。 照明部 における垂直 に平行す る画然 とした枠が特徴図
1 8
中島川遊歩道の街灯 現代的4 8 . 9 %
西洋
2 3
.4%図
2 1
宮下公園の トイレ 西洋7 0
.8%現代的
1 8 . 8 %
図
2 4
龍馬通 りの休 み石 幕末 ・江戸8 5
.4%中国‑平和
6 . 3 %
図
1 9
中島川沿いの車止め 中国3 1 . 3 %
幕末 ・江戸‑現代的
2 7 . 1 %
図
2 2
中島川の案内サイン 幕末 ・江戸4 7 . 9 %
中国
1 8 . 8 %
現代的
1 4 . 6 %
図
2 5
出島ワーフ隣接の 街灯 (1灯) 現代的5 0 . 0 %
平和
1 6
.7%図
2 0
中島川沿いの トイレ 西洋4 7 . 8 %
現代的
3 4 . 8 %
図
2 3
亀山社中跡の傍の 街灯幕末 ・江戸
9 1
.7%図
2 6
出島ワーフ隣接の 街灯 (2灯) 現代的5 4 . 2 %
平和
2 5 . 0 %
的である。しか し、 図
1 7
の橋灯 は西洋 の イメージ( 7 0 . 8%)
であ った。 また、 中島川沿 いの遊歩道 に設 置 された街灯 (図1 8 )
は現代 的 なイメージ (現代 的4 8 . 9%
、西洋2 3 . 4%)
とされた。本稿 のア ン ケー ト調査 には現 れ なか ったが、 「長崎 くんち」の奉納踊 りとして有名 な龍踊 りの龍が追いか ける玉 を象 った照 明 とす る見方 もある (図C 3)
。遊歩道 と車 道が交差 す る地点 に設 け られ た車止 め (図
1 9)
の イメー ジは、 中国31 . 3%
、幕 末 ・江戸2 7 .
1%、現代 的2 7 .
1% とい う結果であ ったため、 イメージ不定 と した。公衆 トイ レ (図2 0 )
は西洋 のイメージ とされた (西洋4 7 . 8%
、現代 的3 4 . 8%)
。 中島川沿 いの道路 を挟 んだけの 宮 下公 園 に も トイ レ (図21 )
が あって、 こち らは西洋 の イメージが よ り強か った (西洋7 0 . 8%
、長崎 の街の ヴィジュアル ・エ レメ ン ト (Ⅱ)
図27水辺の森公園の街灯 現代的
6 6
.7% 海 27.1%図
2 8
水辺の森公園の街灯 現代的6 8
.8
% 平和 16.7%29
図
2 9
国際観光埠頭入 口 の門灯西洋 91.7%
現代 的18,8%)。 中島川の石橋群か ら受 けるイメージは西洋ではない と思われるので、違和感 がある。
図22は遊歩道 に設置 されている案内サインで、中島川 に架かる石橋群 について概説 した もの である。 説明図や文字の部分 はタイルで製作 され、躯体 は石橋 に合 わせて花尚岩で覆われてい る。 この案内サインは幕末 ・江戸のイメージ とされた (幕末 ・江戸47.9%、中国18.8%)。
この地区のイメージ として西洋は合 っていない と思われる。 眼鏡橋 は1634年 に興福寺二代 目 住持の黙子如走 によって架設 された6)もので、この地区に中国のイメージがあって よいか もし れない。いずれに して も、観光の視点か らは、 もう少 しイメージを整理 して、それに対応す る
ヴィジュアル ・エ レメン トの充実 を図ることが望 ま しい。
4‑D.
龍馬通 り坂本龍馬 に因む散策路 「龍馬通 り」 に立つ街灯 (図23)は幕末 ・江戸のイメージ (91.7%) で あ り、 同散 策路 の数 カ所 に設置 され た休 み石 (図24) も同 じ く幕 末 ・江 戸 の イ メー ジ
(85.4%)であった。
図23の街灯 における形状 的特徴 としては、切妻屋根、四角柱 に近い全体の形、そ して、確 固 とした格子模様が挙げ られる。 幕末 ・江戸のイメージとされた図16の街灯 において も、垂直 に 平行 した明確 な枠が際立 っている。 この ような特徴が幕末 ・江戸 とい うイメージを与 えている
と考 えられる。
この龍馬通 りは、やは り幕末 ・江戸のイメージで統一す ることが望 ま しい。ただ し、散策路 とい う線的区域 となるので、面的な他の観光地区 とは異 なったイメージ形成の手法があるか も しれない。
4‑
E.長崎水辺の森公園 と周辺2003年 に開園 した長崎水辺の森公園は新 しい観光地区にな りつつある。 水辺の森公園 と出島 ワーフとの間に設 けられた広場 に設置 されている街灯 (図25、図C
7)は、現代 的イメージとさ
れた (現代的50.0%、平和16.7%)。 図26の街灯 も同 じ広場 に設置 されているもので、図25の街 灯 と同 じ照明部 を2
個 に したデザインである。 やは り現代的イメージであった (現代的54.2%、平和25.0%)。 次点のイメージが平和 であるのは、街灯 の単純 な形 と白色 か ら受 けるニュー ト ラルな印象 によるのか もしれない。
図
3 0
国際観 光埠頭 の 電話 ボ ックス 西洋3 7 . 5 %
現 代 的
3 5
.4%海 18.8%
図
3 3
水辺の森公園入口の 車止 め現 代 的
7 5 . 0 %
海 14.6%
図
3 6
水辺の森公園の トイレ 現代 的 91.7%図31 出島ワーフ沿いの 横 断防止柵 現代 的
5 0 . 0 %
平和 16.7%
図 3 4 出島 ワーフの車止め
現代 的 41.7%
海 20.8%
図
3 7
運河沿いの トイレ 現代 的6 6
.7%西洋
2 2 . 9 %
図
3 2
国際観 光 埠頭入 口 の横 断防止柵 海7 0 . 2 %
現代 的
2 5 . 5 %
図 35 出島 ワーフ の車止め 海 5 6.3%
現代 的 39.6%
図38 運河沿いの 鉄製 トラス橋 現代 的
7 9 . 2 %
西洋 8.3%
図
2 7
の街 灯 は、 水 辺 の森 公 園 内 に設 置 され て い て 、現 代 的 な イ メ ー ジ と され た (現 代 的6 6 . 7 %
、海2 7 .
1%)。)図2 8
も公 園内 に設置 された街灯 で、や は り現代 的 なイメー ジであ る (現代 的6 8 . 8%
、平和1 6 . 7 %)
。しか し隣接 す る松 が枝 国際観 光埠頭 の入 口 に立 つ 門灯 (図29)は西 洋 の イメー ジ (91.7%) であ って、公 園内お よび周 辺 に存在 す る ヴ ィジュアル ・エ レメ ン トの現代 的 イメー ジ と合 って い ない。 そ の一 方 、東 山手 ・南 山手 地 区の考 察 で指摘 した ように、大 浦 海岸 通 りの街灯 (図 7)は西 洋 の イメー ジ (85.4%) であ るので、 国際観光埠頭 の 門灯 の イメー ジ とは合 致 してい る。
国際観光埠頭 に設置 されてい る電話 ボ ックス (図30)の イメージは西洋37.5%、現代 的35.4%、
長崎の街 の ヴィジュアル ・エ レメ ン ト(Ⅱ)
図39水辺の森公園のオブジェ 現代 的 70.8%
海 22.9%
図42係船柱
海 81.3%
現代 的 14.6%
図40 水辺の森公園のオブジェ 現代 的 56.3%
海 33.3%
31
図41救命用 浮輪 海 91.7%
図 43 出島 ワーフのマーク 図44水辺の森公園の 現代的 50.0% 木製ベンチ 海 43.8% 西洋 81.3%
現代 的 8.3% 海18.8% とい う結果にな り、イメージ不定 とした。
出島ワーフに沿 って設置 された横 断防止柵 (図31)は現代的なイメージ (50.0%)であるが、
国際観光埠頭入 口の横断防止柵 (図32)は、その形状が係船柱であることか ら、海のイメージ が強かった と考 えられる (海70.2%、現代的25.5%)。
水辺の森公園の車止め (図33)のイメージ も現代的 (現代的75.0%、海14.6%)であ り、出島 ワーフの石製車止め (図34) も現代 的 (現代 的41.7%、海20.8%)であるが、 ともに次点のイ メージが海であるのは、やは り、す ぐ傍 に海があるか らだろう。 図35の車止めは係船柱 の形状 であるため、海のイメージが強かった (海56.3%、現代的39.6%)。
公園の入 口脇 に設け られた トイレ (図36) は現代 的イメージ (91.7%)であった。運河沿い に設置 されている トイ レ (図37) も同 じく現代的なイメージ (66.70/o) とされた。運河 に架か る鉄製 トラス橋 (図38)のイメージ も現代的 (79.2%)であった。
公園内には、多 くの石のオブジェが所 々に置かれている。 図39に示 したオブジェのイメージ は現代 的 とされた (現代 的70.8%、海22.9%)。 図40のオブジェ も現代 的なイメージ (現代 的 56.3%、海33.3%)であった。 また、図41の致命用浮輪 は海のイメージ (91.7%)、図42の係船 柱 も海のイメージ (海81.3%、現代的14.6%) とされた。出島ワーフのシンボルマーク (図43)
は現代的イメージ (現代的50.0%)、海43.8%)であった。
水辺の森公園 と周辺で見かけるヴィジュアル ・エ レメン トのイメージは、現代 的か海かの ど ち らか に絞 られ る よ うで あ る。 そ うな る と、 図44の木 製 ベ ンチ は西 洋 の イ メー ジ (西 洋 81.3%)であって、明 らかに合 っていない。
図45 出島和蘭商館跡の板塀 幕末 ・江戸
7 9 . 2%
現代的
1 2 . 5 %
図
4 8
築町の街灯西洋 72.9%
幕末・江戸 22.9%
図
5 1
浦上天主堂 の遺構 平和5 0 . 0%
西洋
4 5 . 8%
図
4 6
出島神学校跡 の車止 め 現代 的6 8 . 8%
西洋 ‑海
8 . 3 %
図
4 9
西坂町の横 断防止柵 幕末 ・江戸5 4 . 2%
中国
2 2 . 9 %
現代的1 4 . 6 %
図
5 2
ブ リックホール前 の 横 断防止柵現代的
7 5 . 0%
平和
1 0
.4%海
8 . 3 %
図
4 7
出島神学校近 くの 出島橋現代 的
6 6
.7% 西洋1 4 . 6 %
図
5 0
西坂公園の車止 め 現代的3 7 . 5 %
幕末 ・江戸2 7 . 1 %
平和1 8 . 8%
中国
1 2 . 5%
図
5 3
ブ リックホ ール前 の横 断防止柵 現代的5 2 . 1 %
海
2 2 . 9%
平和
1 0
.4%将来的な課題 としては、現代的、現代風、モダン、等 と表現 されるイメージは時の流れ とと もに変化 してい くものであるか ら、いずれは別のイメージ‑の転換 を図ったほうが よい。隣接 する松が枝国際観光埠頭のイメージお よび大浦海岸通 りのイメージとの関係が重要 となるが、
選択肢 としては、海のイメージか、西洋のイメージかの どちらかになると考えられる。
4‑F.出島和蘭商館跡 と周辺
出島和蘭商館跡の復元整備が進め られていて、 この地区の雰囲気がかな り変わって きている。
長崎の街のヴィジュアル ・エ レメン ト(Ⅱ)
図54 ブ リックホール前の 図55 梁川橋 の欄干 絵 タイル
平和
9 7 . 9 %
図
5 7
票福寺通 りにある ブテ ィックの外灯 西洋9 1 . 5 %
平和
9 5 . 8 %
33
図56崇福寺通 りの街灯 西洋
5 2 . 1 %
現代的
2 5 . 0 %
図45 (図C8)は復元 された建物群 を囲っている板塀であ り、幕 末 ・江戸 のイメージ (79.2%) とされた。 しか し、隣接する出 島神学校跡の前 に置かれた車止め (図46)は現代的なイメージ (68.8%)であ り、その近 くにある出島橋 (図47)のイメージ も現代的 (66.7%) とされた。一方、道1本隔てた、路面電車が走 る築町通 りに、図48に示 す ような街灯 が設置 されてい る。 この イメージは西洋 (西洋 72.9%、幕末 ・江戸22.9%)であった。
この地区のイメージをひとつにまとめるとすれば、出島和蘭 商館跡の復元棟群が与 えている幕末 ・江戸のイメージである。
現代的なイメージとされた出島橋 を除けば、街灯、横断防止柵 、 車止め等 を活用す ることによって、幕末 ・江戸のイメージをより充実 させてい くことがで きる
だろう。
4
‑その他
日本二十六聖人殉教碑 (図
cl O)
がある地区に設置 されている横 断防止柵 (図49)は幕末 ・ 江戸のイメージ (54.2%)であったが、図50の車止めは現代的イメージ (現代的37.5%、幕末 ・ 江戸27.
1%)であった。 この辺 りのイメージその ものがそれほ ど強 くないが、キ リシタン弾圧とい う歴史 を主体 にしたイメージ創出 も、ひとつの選択肢 と考えられる。
平和祈念像 (図
cl l )
や原爆落下中心地碑 (図C1 2)
のある浦上地区は、長崎市作成のエ リア マ ップで愛 と平和 のエ リア とされているように、平和 のイメージが望 まれているが、抽象的で なかなか具現化 しに くいイメージである。 原爆落下中心地碑 の傍 らに移設 されて きた浦上天主 堂の被爆遺構 (図51、図C9)は、そのイメージを平和 と西洋で二分 している (平和50.0%、西洋
45.8%)。図52と図53はブ リックホールの前の歩道 に設置 された横 断防止柵 であ り、 ともに現代的 とさ れた。一方、その歩道の舗装 には鳩の絵 タイル (図54)が用い られていて、圧倒的に平和のイ メージ (97.9%)であった。 ブ リックホールの傍 に架かる梁川橋 の欄干の装飾 (図55) も、鳩 をモティー フとしていて、平和 のイメージ (95.8%)であった。や は り鳩 といえば平和 とい う 図式 は絶対 的である。 ただ し、ブリックホールは平和祈念像のある平和公 園や原爆落下 中心地 か ら離れてお り、前述 した愛 と平和 のエ リアマ ップにも記 されていない。
図
5 8
思案橋通 りの街灯 中国5 6 . 3%
西洋
4 1 . 7%
図
6 1
岩屋橋の欄干灯 現代的3 9 . 6%
西洋
2 5 . 0 %
幕末 ・江戸2 2 . 9 %
図
5 9
路面電車用電柱の照明 西洋6 4 . 6 %
現代的2 7 . 1 %
図
6 2
長嶋大学前の街灯 現代的3 9 . 6%
西洋
3 5
.4%中国
1 4 . 6 %
図
6 0
公会堂前の トイレ 現代的6 0
.4%西洋
2 7 . 1 %
崇福寺 は、興福寺、福済寺 とともに唐三 力寺 と呼ばれ、 とりわけ中国のイメージが強い寺で あ る。 しか し、 この寺 に面 した通 り、崇福寺通 りに設置 されてい る街灯 (図56)は西洋のイ メージ (52
.
1%)であった。同 じ通 りで見かけたブテ ィックの外灯 (図57) も圧倒 的に西洋の イメージ (91.50/.)であった。 ブテ ィックであるため、西洋のイメージ も止むを得 ない面があ るが、公共設備である図56の街灯 は一考 を要する。図5
8
の街灯 は、その支柱 に龍が巻 きついているデザインで、中国 とす る回答が圧倒的に多い と思われたが、予想外 に西洋 とする回答 も多かった (中国56.3%、西洋41.7%)。 アンケー ト回 答の際 に、支柱部分の龍が見落 とされた可能性 も考 え られる。 この街灯が設置 されている思案 橋通 りは、思案橋が歓楽街 として十二分 に知 られているだけに、イメージの設定 自体が容易でない。
長崎の街では、路面電車が街の中央部 を貫いて走 っている。 バス と違 って、路線が単純であ るだけに、観光客 にとって も理解 しやすい重要な交通機関である。 その路面電車用電柱 の上部 に設け られた照明 (図59)は西洋のイメージ (64.6%) とされた。 この路面電車用電柱が全線 に導入 されれば、沿線が しだいに西洋のイメージになってい くことも考 えられる。
観光地区のエ レメン トではないが、図
6 0
の公衆 トイ レや図61
の橋 の欄干灯 は現代 的なイメー ジ とされた。図62の街灯 はイメージ不定であった。長崎の街 にとっては、観光の視点か らは、現代的なイメージよりも西洋のイメージのほうが有効であると考 えられる。
長崎の街のヴィジュアル ・エ レメント(Ⅱ)
35 5
.
おわ りに今回のア ンケー ト調査 によって、 ヴィジュアル ・エ レメン ト60例 中、55例のイメージを明 ら かにす ることがで きた。 さらに、観光地区別に考察す ることによって、各地区の特徴お よび問 題点 を指摘す ることがで きた。それ らをまとめると、以下の ようになる。
(1)東 山手 ・南 山手一帯 は、西洋のイメージが強い。 したがって、西洋のイメージで統一 さ れることが望 ましい。
(2)東 山手地区にある孔子廟 は、正 に中国のイメージその ものである。 したが って、東 山手 の西洋のイメージと競合す るため、孔子廟の周辺 については、慎重 に検討す る必要がある。
(3)新地 中華街 と周辺 は、当然、中国のイメージが強い。西洋のイメージのエ レメン トもあ るが、中国のイメージで統一 されることが望 ましい。
( 4)
新地中華街 と唐人屋敷 を連結するためのエ レメン トを充実 させ ることが重要である。(5)中島川沿いは、幕末 ・江戸のイメージ、 または、歴史的背景か ら中国のイメージで統一 されることが望 ましい。
(6)龍馬通 りは、当然 の ことなが ら、幕末 ・江戸 のイメージがある。 このまま幕末 ・江戸 の イメージで統一 されることが望 ましい。
(7)長崎水辺の森公 園 と周辺 は、現代 的なイメージが支配的である。 とりあえず、現代的な イメージのままで よいが、将来は、西洋のイメージ、 または海のイメージで統一 されること が望 ましい。
(8)長崎水 辺 の森公 園 に隣接 す る松 が枝 国際観光埠頭 は、西洋 のイメージ、 または海 のイ メージで統一 されることが望 ましい。
(9)西洋のイメージを有す る東山手 ・南 山手地区 と、現代 的なイメージを有す る長崎水辺の 森公園地区 とに挟 まれている大浦海岸通 りのイメージは、 どの ように設定 されるべ きかを慎 重 に検討する必要がある。
(10)出島和蘭商館跡 と周辺 は、整備 の意図か らして、幕末 ・江戸のイメージ、 または西洋の イメージで統一 されることが望 ましい。
本研究の対象であるヴィジュアル ・エ レメ ン トは、街の住民だけでな く観光で訪れる人たち も、特 に意識す ることな く目に しているはずであ り、 したが って程度の多少は別 に して、それ らエ レメン トが街のイメージ形成に影響 していることは十分考えられる。
そこで、それ らの設置や整備 にあたっては、観光の視点 も含めたデザイ ンを検討 し採用す る ことが、経済的に有効であると思われる。 橋爪紳也 は、その著 『集客都市』で次の ように主張 す る。
従来の ような住民 にのみ依拠す る都市計画やインフラ整備ではな く、次世代型のイ ンフラ、
あえて名づけるな らば 「交流基盤」 を整 えてゆ く姿勢があって よい。道路や公園、建築物 な ど、既存の施設群 を、住民本位 ではな く、住民 に加 えて、都市ユーザー、ない しはビジ ターの利便のために も整 えてい くとい う発想が示 されて よい。 7)
都市景観 の環境 デザ イ ンの理念 は、① 安全 、② 健康 、③利便 、④快 適 、⑤ 美 の
5
条件が基 本 であ る とともに、その まちの、⑥ 文物、⑦歴 史、⑧風 土、⑨ 文化 に沿 った、その まち らしさを重視 した環境 デザ イ ンが必要であ る。 8)
とい う。 「⑥ 文物 、⑦歴 史、⑧風土、⑨ 文化 に沿 った、その まち ら しさ」 とい う観点が、 ヴィ ジュアル ・エ レメ ン トの整備 や創 出に も必要である と考 え られる。
謝辞
本研 究 の調査 で は、 ア ンケー ト用紙配布 にあた って本学部 の平 岡賢治教授、宮 内香織 准教授 にご協力 を頂 きま した。 また、本学部学生 の皆 さんにはア ンケー ト回答 に協力 して頂 きま した。
ここに記 して謝意 を表 します。
註
1)長崎 さる く
h t t p : / / www. s a r u k u h a k u . c o m/ i n d e x . h t m1
2 )
長崎 ランタンフェスティバルh t t p : / / www. n a g a s a k i ‑ l a n t e r n . c o m/ i n d e x ̲ 2
.h t m1
3 )
長崎県編集 『長崎県文化百選[ 5
]祭 り ・行事編』長崎新聞社、1 9 9 9 、p p . 1 3 6‑ 1 3 7
を参照。4 )
織 田芳人 「長崎の街の ヴィジュアル ・エ レメ ン ト」
『長崎大学教育学部紀要 一人文科学系列』 第7 3
号( 2 0 0 7 ‑ 0 3 )、p p . 2 9‑ 4 3
5 )
るるぶ社 (編) 『るるぶ情報版 九州③長崎' 0 3 ‑‑ 0 4 』J TB、2 0 0 3 、p . 1 6
お よびp . 2 1
か ら引用。6 )
長崎県編集 『長崎県文化百選[ 6
]海外交流編』長崎新聞社、2 0 0 0 、p p . 5 6 ‑ 5 7
を参照。7 )
橋爪紳也 『集客都市』 日本経済新聞社、2 0 0 2 、p , 1 3 0
か ら引用。8 )
石井一郎 (編著) 『都市景観の環境デザ イン』森北出版、2 0 0 0
、p.iか ら引用。図表 出典 図1:筆者撮影。
図
2:
筆者作成。るるぶ社 (編) 『るるぶ情報版 九州③長崎‑ 0 3 ‑' 0 4 』J TB、2 0 0 3 、p . 9
の地図を参照。図
3
‑図6 2
:筆者撮影。図cl:
2 0 0 7
長崎 さる くフェス タ用 リーフレッ トか ら複写。図
C 2
:長崎県編集 『長崎県文化百選[ 5
]祭 り ・行事編』長崎新聞社、1 9 9 9 、p . 2 0 9
か ら複写。図
C 3
:るるぶ社 (編) 『るるぶ情報版 九州③長崎' 0 3 ‑' 0 4 』J TB、2 0 0 3 、p . 1 0 8
か ら複写。図
C 4
〜図C 1 2
:筆者撮影。表1‑表3:筆者作成。
長崎の街 の ヴィジュアル ・エ レメ ン ト(Ⅱ)
図C1 長崎 さる くフェスタ の リー フ レッ ト
図C4 旧英国領事館 の 裏手 の赤 レンガ壁
図C7 出島 ワー フに 隣接 す る広場 の街灯
図C2 長崎 ランタン フェステ ィバル
図C5 東山手 の洋館 か ら覗 く 孔子廟 の橿色 の毒
3 7
図C3 長崎 くんちの龍踊 り
図C6 新地 中華街 の通 りの 舗石
図C8 出島和蘭商館跡の復元棟群 を 囲 む板塀
図C10 日本二十六聖 人殉教碑 図cll 平和公 園の 平和祈念像
図C9 浦上天主堂の 被爆遺構
図C12 原爆落下 中心地碑