著者 阿部 美菜子
出版者 法政大学沖縄文化研究所
雑誌名 沖縄文化研究
巻 35
ページ 309‑335
発行年 2009‑03‑31
URL http://doi.org/10.15002/00007262
「眼鏡をかける」、「腰をかける」、「声をかける」、「時間をかける」というように、|口に「かける」
と一一一一口ってもかなり多くの語義を持つ。「日本国語大辞典・第二版」(小学館。二○○○年~二○○二年)
も、動詞「かける」を「代表的な多義語の一つ」と位置づけている。沖縄の歌謡「おもろさうし』の中にも、動詞「かける」は多く登場する。『沖縄古語大辞典」(角川書店・一九九五年)によれば、沖縄古語としての「かける」は、日本古語「かく(掛くこの「事物
の一部を固定して、それを支えとめる、あるいは、物事に覆うようにかぶせる」といった意味を本義 はじめに
『おもろさうし』・動詞「かける」について
阿部美菜子
309「おもろさうし』・動詞「かける」について
として、「心をかける、転じて保護し、支配する意」に広がって用いられるようになったという。『お
もろさうし』の用例を次に一例示す。(上段が本文、下段が大意。なお、『おもろさうし』本来の表記は、「大」や「世」等の平易な漢字が稀に用いられている程度で、その大半が平仮名表記である。本
論で挙げる用例は全て、外間守善校注『おもろさうし上・下』(岩波文庫・二○○○年)の表記に拠るものであり、当てられている漢字(ルビの付いている箇所)は校注者の判断によって付されたも
のである。「おもろさうし』中の「かける」には一貫して「掛」が当てられているが、本来は平仮名で表記されていたということである。)
きこあお-間ゑ煽、ソやへや
千万のもちよる
もおぎやか思いしし{かふさ掛けて栄し{われ
とよくにも又鳴響む国守りが
千万のもちよる
もおぎやか思いす 〔大意〕名高く鳴り轟く煽りやへ、国守り神女
は、お祈りをします。すべてのものが
きらめき輝いていることのうつくしさよ・尚真王様こそ、心口を掛けて世を守護し支配して栄え袷え。(巻四・一六八)
310
右の例のように、『おもろさうし」の中に謡われる動詞「かける」は、「心を掛ける」、「守護する」、「支配する」という複数の意味を併せて解釈される傾向が強く、その語義は広く暖昧な印象を受ける。『おもろさうし辞典・総索引第二版」(角川書店二九七八年)も、『おもろさうし』における「かける」は、物理的に物を掛けることを表しているのではなく、心理的に心を通わせるという本義から、保護し、守護し、支配しという意に広がったというが、「守護する」ことと「支配する」ことが一括りにされていることには疑問を感じずにはいられない。また、本論では『おもろさうし」の注釈書として主に、
を用いているが、この両書を比較することで次のような「かけて」の解釈の変化に気が付く。まずは、該当するオモロを次に示そう。 外間守善・西郷信綱校注「日本思想大系肥おもろさうし』
(岩波書店・’九七二年、以下『思想大系』と表記)外間守善校注『おもろさうし上・下」(岩波文庫・二○○○年、以下『岩波文庫』と表記)
きこおにきみ一間ゑ鬼の君〔大意〕名高く鳴り轟く鬼の君神女が、お祈り
『おもろさうし」・動詞「かける」について 311
巻十は「ゑとオモEと呼ばれ、航海に関するオモロが中心の巻である。「思想大系』ては、「掛け
て」を「心を掛けて」と解釈しているが、『岩波文庫』では「掛け声を掛けて」と解釈を改めている。詳細は後述するが、「掛ける」には「声に出して言う」という意味もあり、右のオモロを「掛け声を掛けて」と解釈しても意味の通りに問題はない。そこで、『おもろさうし」に見られる「かける」の用例から冠これまで「心を掛ける」、「守護する」、「支配する」と解釈されてきた「かける」の用法、語義について改めて検討を加えたいと思う。 ゑやれしくしけか}」掛けて漕がせとト《おにきみ又鳴響む鬼の君
あさど』《又朝凪れがし居れば
ようどよ又夕凪れがし居れば
いたきよおう又板清らは押し浮けて
たなきし《おう又棚清らは押し浮けて
ふな二えらの又船子選で乗せて
てか一つえらの又手揖選で乗せて をします。朝凪ぎ、夕凪ぎがしているから、板清ら、棚清らを押し浮かべて、水夫、揖取りを選んで乗せて。船乗りたちよ、ゑ、やれ、しく、しけ、掛声を掛けて、しっかり漕がせ・(巻十・五四三)
312
沖縄古語としての動詞「かける(掛ける。懸ける)」は、『おもろさうし」、「古謡」(『南島歌謡大成沖縄篇上』所収)、「琉歌」(『南島歌謡大成下』所収)、「組踊」(『琉球戯曲集』所収)に見る
ことが出来る。『沖縄古語大辞典」は一‐かける」の語義を次の①~⑫に分類している。 なお、先にも少し触れたが、本論における「おもろさうし』の本文、大意の引用は原則として、『岩波文庫』に拠るものとする。
①(物をほかの物に)とりつける。
②打つ。③縛る。捕縛する。
④傷つける。切りつける。⑤(火を)放つ。
⑥浪費する。 沖縄古語「かける」l『おもろさうし』における用例I
⑦(夜露を)かける。(涙を)かける。泣く。⑧祈願する。誓う。
⑨(心情を)向ける。心を通わす。愛する。⑩ほかのもののせいにする。
⑪あるものの範囲におよぶ。⑫支配する。即位する。
313『おもろさうし」・動詞「かける」について
以上のように、沖縄古語としての「かける」もその意は多岐に渡る。本論の冒頭で、『おもろさう
し』における「かけろ」は「心を掛ける」、「守護する」、「支配する」意を併せた形で解釈されている
ことを述べたが、ここでは改めてどのような用法、文脈で詠み込まれているのか確認しておきたい。それでは、具体的に「おもろさうし」の中に謡われる「かける」の用例を見ていくことにしよう。
『おもろさうし』の中で動詞「かける」に関連すると考えられる語は八○例(延べ語数)見られる。この動詞「かける」の関連語は、次に示した三種類の語形でオモロにあらわれるが、①~③いずれの形においても、「かける」は「(神女や国王が)心を掛けて世の中を守護し、支配する」と解釈され
ている用例が中心となっており、語形によって語意にほとんど差は見られない。
続いて、テキスト(「岩波文庫』)の解釈にしたがって、全八○例のうち、右の③(名詞の一部)二○例を除いた六○例(動詞としての用例)を意味分類すると、次の三種(④~。)に大別することができる。(用例に後続する()内は口語訳。各例末尾の漢数字は歌の通し番号を表す。) ①動詞(単独)②複合動詞③名詞の一部 ↓一一一三例(例「かけて(掛けて)」、「よがける(世掛ける)」等)↓二七例(例「かけおそて(掛け製て)」、「かけさし(掛け差し)」等)↓二○例(例「かけだむき(掛けだむき)」、「よがけわし(世掛け鷲)」等)
314
④心を掛ける。守護する。支配する↓四二例(七○%)
・やちよ掛乍けて鳴響まさに(いつまでも心を掛けて鳴り轟かそう)’’九、’四七、’五三一・徳大みや掛け}て引き寄せれ(徳之島、奄美大島を保護し支配して引き寄せよ)五三・天ぎや下糸掛川つけてちよわれ(天下に心を掛けて守護し支配し絵え)一○’。掛けて栄よわれ(心を掛けて世を守護し支配して栄え給え)’六八・襲て掛いけて(国に心を掛けて守護し、支配して)三一一○。掛けて栄よわちへ(心を掛けてお祈りをしたため、ますます栄え給いて)一一一四六、一五三九・天が下縄掛二けてちよわれ(天下に心を掛けて、安らかに治めてましませ)一一一五一。掛けて栄よわれ(国じゅうに心を掛けて、末長く栄え給え)一一一五七。掛けて掛け栄いしよわれ
(心を掛けて守護し、支配して、王国とともに栄え給え)六六八、一○五三・天が下糸掛けてちよわれ
(天下に糸を掛けるようにして、国を平和にしてましませ)七三五。掛けて勝りよわれ(人々に心を掛け、守護して勝れ給え)七七二
。掛けて栄よわれ(按司様こそ、島を支配して栄え給うのだ)八二九。掛けて栄よわれ(守護し支配して栄え給え)’○一三
315『おもろさうし』・動詞「かける」について
9掛の鰍一「て栄よわれ(守護し支配して栄え給うのだ)一○一一一八・成さがげらへ神の掛儒勤一}て(立派な神に心を掛けて)二七一。掛けて曇にげ。-栄一鰯しよわれ(国王様は心を掛けて守護し、支配して、王国とともに栄え給え)六六八、’○五三・おもろせば曰世掛口賊玉「は曰成さい子が
(おもろをしたならば、国王様は国を守護し支配し給え)一一三六・産玉は祈るすど撞曰掛一職一一一癒曰
(産玉を祈る人こそ、世を支配し治めることのできる方なのだ)’○二・水からど世圦掛+ザ恒一愚一(水からぞ世を治めるのだ)四三六・掛一ほ曰襲塗る清らさ(国を守護し支配している様の美しいことよ)三四五・御島王にせすい掛一獄に襲て(心を掛けて国を支配し給わん)’○九、三八七・いしやもよは掛一溌町襲一にて一(心を掛けて守護し支配して)九九・てるかはが上がる様に掛曰け皿襲て(太陽神と国王様の心は調和し和合し、国はますます栄えていくことであろう。)三六四・此世掛『縁詰め一一一一正ちよわれ(この世を守護し支配し続けましませ)’一一一一一五、’’一六五9掛へ賎←栄一一一鱒一世の栄いしよわれ(心を掛けて支配し、栄えに栄えなされよ)八七、二九六
316
⑧物を掛ける↓’七例(二八.’一一%)・金鞍掛蔵堂/銀鞍掛げて(金鞍、銀鞍を掛けて)五八一一一・綾木鞍掛皿士けて/奇せ木鞍掛匁駐《て(綾木鞍、奇せ木鞍を掛けて)八九五・真糸の縄掛刊け-て一(真糸の縄を掛けて大事に造った船だよ)九○’・金鞍掛一け}て(美しい金鞍を掛けて)九一一一六・金鞍掛田いけ-て(金鞍を掛けて)九八六・金の縄掛卍けで(見事な縄を掛けて、船を造ったのだ)一○八二・夜露掛巨け一乞一―たな走りやせ(夜露をかけないように静かに走らせよ)八○八・大刀よ掛匡Lけ一差ぬいしよわちへ(大刀を掛け差し絵いて)九八六・巴一一一曲り掛一げい一わ一一一ちへ(いへ一一一(巴型の勾玉を三曲がり組み合わせて首に掛け給い)六八一一一 ・・掛小職栄て正・ちよわれ(心を掛け、栄えてましませ)一一○、|||、三八八・首里杜掛小Ⅱけ栄云愚/真玉杜しき栄る(首里杜、真玉杜で国じゅうを支配して)一九九・しけ内綾掛》け――わ{一一も》一へⅢ(しけ内で美しい踊りをして心を国王様に掛け給いて)’五七。糸渡ちへ掛一抄「わ■□」ね曰』/縄渡ちへ掛けわれ(糸や縄を渡して支配し給え)九三・按司襲いす掛一献Tわ}曰れ〆按司様に奉れ)一四九八
317『おもろさうし」・動詞「かける」について
繰り返しになってしまうが、動詞「かける」は「心を掛ける、守護する、支配する」と解釈される例が全体の七割と多い。右の④と⑧の用例を比較してみろと、⑧のような、「対象物を覆う、対象物
に浴びせる」といった物理的な意で「かける」が詠み込まれている例は、「金鞍」、「夜露」、「雲子橋」といった具合に「何をかける」のか、動作の対象が明確である。|方、④は、次に挙げた例のように、動作の主体(誰が「かける」のか)はある程度文脈から推測出来たとしても、動作の対象(何を「かける」のか)が明確ではない例が目立つ。次に示したのはその一例である。 ◎声を掛ける↓|例二・七%)・掛一けいて漕がせ(掛け声を掛けて、しっかり漕がせ)五四三 ・雲子橋・綾子橋・金京鞍 掛Ⅱ■けわ印Ⅱちぺ/見物橋掛けわ一」ちへⅢ』(美しい橋を掛け給いて)七四一掛曰けわいちへ(美しい心の橋を架け給いて)一一五○依.由り掛け旧/銀京鞍依り掛け/玉しりぎや依り掛け(/玉くみぎや依りⅡ掛け(京の金鞍、銀鞍を掛け、玉のような鍬、鞍を掛け)五一四
318
このように④の「かける」が、「心を掛ける」、「守護する」、「支配する」といった複数の意味を併せ、言葉を補うような形での解釈がされてきたのには、「何をかけるのか」という「かける」動作の
対象が明確でなかったことが一つの要因として考えられる。ただし、④の中には一部、 きこきみがなし一閏ゑ君加那士心
おそか襲て掛け」て
とぎ凪やけれ
とよきみかなし又鳴響む君加那士心
きこあぢおそ又聞ゑ按司襲いや
とよあぢおそ又鳴響む按司襲いや
・天ぎや下糸掛けwてちよわれ(天下に心を掛けて守護し支配し給え)’○一・天が下縄掛獄――てちよわれ(天下に心を掛けて、安らかに治めてましませ)三五一
・天が下糸掛ゴーけてちよわれ(天下に糸を掛けるようにして、国を平和にしてましませ)七三五 〔大意〕名高く鳴り轟く君加那志神女が、お祈りをします。名高く鳴り轟く国王様は、実に立派な方である。国王様は(芯Pを掛」|城二でT守一護●し一支配一心」一五、穏やかに平和になし給え。
(巻六・三一一○)
「おもろさうし小動詞「かける」について 319
さて、◎の例も「思想大系」の解釈では「心を掛けて」であったが、『岩波文庫』で「掛け声を掛けて」に改められたことは先にも述べた。これも繰り返しになってしまうが、◎は航海に関するオモロであり、「掛けて」の直前の句が「ゑやれ」という船漕ぎの際の掛け声があることから、「掛けて」を敢えて「掛け声を掛けて」と解釈したのかもしれない。 のように一見、物理的に糸や縄を掛けるかのような例も見られる。これは、糸や縄を掛けることを世の中を繋ぐ、心を向けることに誉えたものであり、そのことは文脈からも明らかである。巻三・九一一一のオモロを挙げておく。
縄な糸Z山や大璽又又 渡垣渡彊国&島豊城:和と へへややちちぎぎ 掛か掛かむむめめ
=けとけ'1 {わI;わ;
調iii
・糸渡ちへ掛曰職}わⅢ曰飽三/縄渡ちへ掛妙。わ二》れ【糸や縄を渡して支配し給え)九三
〔大意〕大和、山城までも、糸や縄を渡して支
配し給え。(巻一一一・九三)
320
「掛け声」と関連し、ここで注目すべきなのは、吉成直樹「酒とシャーマン」(新典社。二○○八年)が、巻一・’六のオモロを挙げ、「声」の持つ重要な意味を指摘している点である。
吉成は、「おぎやか思いや/君しよ守りよわめ」が「神女が王を守る」ことを表し、その神女の霊力を賛美したものであり、その霊力は「てるかは」、「てるしの」(太陽神)と声を交わし合うこと 二『おもろさうし」における「声」
きこゑきみ一聞得大君ぎや
もりお首里社降れわちへ
Jじお}→(一やか思いや
らざマつまぶ君-〕よ守りよわめ
(中略)
とこゑやかわ又てるかはと十声遣り交ちへやかわ又てる1〕のとゑヨリちよ遣り交ちへ
ほこ又てるかはふぃ)誇て 〔大意〕名高く霊力豊かな聞得大君が、首里杜、真玉杜に降り給いてお祈りをします。(中略)太陽神と声を遣りあい、心を通わせて、太陽神もお喜びになられて、国は栄え給うことだ。(巻一・’六)
「おもろさうし小動詞 「かける」について 321
で得るということを述べている。
右の巻一・’六の他にも、「声」と「霊力」の強い結び付きがよくあらわれているオモロを確認することができるので、そのうちの三例を次に挙げておく。
きこゑきみ一聞得大君ぎや
けよや京のせぢ遣りよわば
しままる島九/、
みこゑおそ御声↑しやり襲わ
とよせだかこ又鳴響む精吉厨子が
しよりもり又首里杜ぐす/、
まだまもり又真玉杜公、す/、
きこさすかさ一問ゑ差笠は
おと品きみ妹君やれど多b卜牌llIIlかず降れうC数
ぎみはやみこい君栄す御声 〔大意〕名高く霊力豊かな聞得大君が、首里杜ぐすく、真玉杜ぐすくで京の内の豊かな霊力を遣わし給うたからには、島(国)を穏やかに、御声を遣って(お心を配られて)国を治め給え。(巻一・八)
〔大意〕名高く鳴り轟く差笠神女は、妹君神女
であるけれども、天降りするごとに差笠神女を盛んにする御声の鳴り轟くことよ・具志川の杜、金福の杜に響きわ
322
『沖縄古語大辞典』は、右にも示した巻一・八のオモロを挙げ、「物理的音声ではなく御心の意」としている。『岩波文庫』もそうであるように、「声」を「心」に置き換えて解釈しても、意味の通り
に問題はないが、先の巻一・一六の例が、太陽神と聞得大君が声を遣り交わすことによって、豊かな霊力がもたらされるということを明確に表現している以上、そのまま「声」と解釈すべきなのではな
いだろうか。「声」を「心」に置き換えてしまうと、「声」の持つ機能がぼやけてしまうように思う。 とよさすかさ又鳴響む差笠はぐしかわもり又具士心川の杜にかな,ふくもり又金福の杜に
おとだろきも一乙樽い肝からどLmrbIllあんじおそ精愚/、按司襲い雪ごや
おこゑきこ御陰み声の問やに
ぎすLお又宜寿次居てやちよ十℃
とうお遠圭ご居てやちよも 〔大意〕乙樽様こそ、按司様のことを心から思っているのです。霊力が豊かに葱いている按司様の恐れ多い御声が聞こえてくるのです。宜寿次に、遠い所にいてさ
えも、御声が聞こえてくるのです。
(巻十四・九九二) たることだ。
(巻十一・五九八)
323『おもろさうし」・動詞「かける」について
それでは、これまで述べてきた「声」によって霊力を得る、呼び寄せるという考えを、先にも挙げ
た巻十・五四三(『思想大系」と『岩波文庫」で「かける」の解釈が変わった例)にも当てはめてみ
るとどうだろう。 三「声を掛ける」l霊力を得る、呼びかける
きこおにきみ一聞ゑ鬼の君
ゑやれしくしけ
か一}掛一はE←て漕がせ
とよおにきみ又鳴響む鬼の君
あさどよ又朝凪れがし居れば
ようどよ又夕凪れがし居れば
いたきよおう又板清らは押し浮伜Uて
たなきよ(②◇つ又棚清らは押し浮けて
ふなこえらの又船子選で乗せて
てかぢえらの又手揖選で乗せて 〔大意〕名高く鳴り轟く鬼の君神女が、お祈りをします。朝凪ぎ、夕凪ぎがしているから、板清ら、棚清らを押し浮かべて、水夫、揖取りを選んで乗せて。船乗りたちよ、ゑ、やれ、しく、しけ、掛声を掛けて、卦しっかり漕がせ・
(巻十・五四三)
324
「掛け声を掛ける」ことは単に船漕ぎの掛け声というだけではなく、神女(聞ゑ鬼の君)が「声を
掛ける」ことで霊力を呼び寄せ、安全な航海へと導いたという解釈が可能なのではないだろうか。ここで、先に挙げた「掛ける」の用例④、つまり「岩波文庫」で「掛ける」を「心を掛ける。守護する。支配する」と解釈している例を今一度見直してみたい。
二)後続する語との関係
よなはばまきこゑきみ一与那覇浜聞得大君
かとし《やちよ掛一けて鳴響一一ニさに
ぐちとよきみ又あきり口鳴響む大君
やちよ(以下略)
ぐすくねくに一市〒城根国ねくにあはやぶさ根国在つプC隼
とく徳大みや
か掛けて引圭ご寄せれ(以下略) 〔大意〕与那覇浜、あきり口に、名高く鳴り轟
く聞得大君が、お祈りをします。いつまでも心を掛けて鳴り轟かそう。
(巻一・二九)
〔大意〕鳴り轟く中城は根国(国の中心)であ
る。根国にある隼(船名)で徳之島、奄美大島を保護し支配して引き寄せよ。
(巻二・五一一一)
325『おもろさうし』・動詞「かける」について
「掛けて」に後続する語から解釈を推測できる例を二例挙げた。
とし(一一九のオモロは「掛けて」に「鳴響まさに」が後続している例である。「鳴響士{す」は、「鳴り轟かす。賑やかにする。にぎにぎしくする。」(『沖縄古語大辞典』より)意である。音声に関する語が後続していること、また「掛ける」動作の主体が「聞得大君‐|であることを考えると、ここでの「掛け
て」は、(神女が霊力を得ようと)「声調再鐵はて鳴り轟かそう」という意味合いが強いように思われる。
五三のオモロについて、『岩波文庫」は右の通り、船で徳之島、奄美大島を保護し支配すると解釈しているが、ここも後続する語が「引き寄せれ」ということと、「掛ける」動作の主体が隼(船)であることから、「掛け声を掛けろ」ことを原意とする解釈が可能であると考える。
(二)天上、太陽神との関係
てし《又てるかはが照り居る下
あよふてそる肝一つ揃いて
かおそきよ掛け襲士一三ろ》清らさ(以下略) 〔大意〕太陽の照っている下の国で、心を一つ
に揃え、国王様が国を守護し支配している様の美しいことよ・(巻七・三四五)
326
きこゑきみ一間得大君ぎや
ちゑねんもり知念杜〈、す/、
かふさ掛けて栄よわ一つへ
かぐらあ神座在つz己
くもこいしてつ幸三子石手摩て
もおぎやか思いにみおやせ(以下略)
きこおしかさ一閏ゑ押笠が
いのみてづから祈て
おざほこてだが御差し誇て
あんじおそ按司襲い1しゆ
かふさ掛けて栄よわれ(以下略)
きこゑきみ一聞得大君ぎやむかしはじ士曰初めから
しよりもりのだ首里社一二立て昼 〔大意〕名高く霊力豊かな聞得大君が、知念杜ぐすくに心を掛けてお祈りをしたため、ますます栄え給いて。
(巻七・三四六)
〔大意〕名高い押笠神女が、自らお祈りをします。首里社、真玉杜にまします国王様
のためにお祈りをします。(中略)太陽神の御命令を喜び祝福して、国王様こそ国じゅうに心を掛けて、末長く栄
え給うのだ。(巻七・三五七)
〔大意〕名高く霊力豊かな聞得大君が、大昔か
ら首里杜、真玉杜の繁栄を祈って、父
327『おもろさうし』・動詞「かける」について
l:峰…
てz己かはが上がz己様に掛け聾て
あんじおそ又五口が掻い撫で按司襲いI:Ⅱ壜てるしのが上がる様に照hソ聾てしよりもりみうち又首里杜御内にI珂峅てz〕かはが場がz已杜
もり杜ぐすくやびちへまだまもりみうち又真玉杜御内に
I膳#てz己↑しのが金の杜
もり杜ぐすくやびちへ
又「q引洲側と緋瞭榊は鶴て
し#壜螢てるしのL」肝の根は僥て 紋きし《もあぢおそ又成一ごい子田心い按司襲い あんじおぞ按司襲いにみおやせぎみあし《そる大君ぢよ肝揃て一つよわれ(中略)なる、撫でいつくしむ国王様は、太陽 が昇ってくるように勢いを盛んにして 国を支配してましまして。首里杜御内、 真玉杜御内に、揚がる杜ぐすく、金の 杜ぐすくに太陽神が出現して、太陽神 と国王様のお心内は調和し和合し、国
はますます栄えていくことであろう。国王様に長寿と国の平安を奉れ。大君 神女たちこそ国王様のために心を揃え
てましませ。(巻七・三六四)
328
いずれも、国の繁栄の為、神女が天上・太陽神に向かって祈る様子が謡われている。省略してある
が、三四五のオモロにあらわれる神女は聞得大君である。
これも、(二)同様、神女が神に祈る様子を表現しているものと考えられる。どちらのオモロも
すへおきなわせいやくにきよ「精の沖縄」、「精有る国清ら」というように、些三かな霊力が神女の名前にあらわれている。
七七二のオモロには神女が神と調和、和合することが謡われているし、一一七一のオモロには後の (三)霊力、神との関係
片叶トおきなわ一精の沖縄は
しなかみ僥い神やれば
かまさ掛圭け旧て勝りよわれ(以下略)
せいやくにきよ-精有テC国清らが
江かみか成さがげらへ神掛一け一一て
なきし《とよ成尖こい子鳴響ませ(以下略) 〔大意〕霊力豊かな国情ら神女が、勝れた国情
ら神女が、立派な神に心を掛けて祈願
をして。(巻十六・一’七一) 〔大意〕霊力のある沖縄神女は、神に調和できる神女だから、人々に心を掛け、守護して勝れ給え。(巻十三・七七一一)
『おもろさうし』・動詞「かける」について 329
「おもろさうし』は首里王府編纂による歌謡集であり、その内容は、貴人(神、国王、按司等)や琉球王国を讃美し、正当化するという要素が色濃い。その為か、「支配する」とか「守護する」といっ
た解釈が多く見受けられるように思う。今回テーマとして選んだ「かける」もまた、「心を掛ける」、「守護する」、「支配する」という複数の意味を併せて解釈されていること、加えて『思想大系」と「岩波文庫」とで「心を掛ける」から
「掛け声を掛ける」というように解釈に変化の見られる「かける」の用例を発見したことがきっかけとなって考察を始めることとなった。神女が神と声・言葉を交わすことによって霊力を得ることがオモロの用例から明らかであるし、「おもろさうし』にとって「音」は重要なキーワードであるということから、「掛ける」を「声を掛ける、呼び掛ける」と解釈できる場合もあるのではという考えが生まれたのである。次のオモロをご覧 と」し《句に「鳴響、ませ」とあることから、「掛けて」を「神に声を掛けて、呼びかけて」という解釈がよりふさわしいと考えた。
いただきたい。 おわりに
330
きこゑきみ一聞得大君ぎや
けお京の内ののろ‐ノー‐
あしへそる肝揃て
かぐらひやし神座拍子みおやせ
とよせだか二又鳴響む精吉向子が
・うちもちろ内ののる1J~‐
あぢおそ又按司襲いがいきよい
しよりもりお首里杜降れわ←h一へ
た■きし《又貴み子がい――cよい
まだまもりお真玉杜降れわちへ
くもこみあおあお又雲子御煽り煽らちへ
あけみあおあお赤の御煽り煽らちへ
そくちなよ八十口の鳴趾妙呼口一ぷト
あかくちし《つ又赤口が依い憲一一()
よつぜるま出が依い葱一一(’ 「も、〃、ちつづみ又百口の鼓 〔大意〕名高く霊力豊かな聞得大君が、王城内の京の内、もちろ内ののる神女たちを集め、国王様、貴い方のお招きで、首里杜、真玉杜に降り給いて、美しい御煽りを煽らせて、百口、八十口のたくさんの鼓を打ち鳴らすと、赤口、ぜるまLが依り渥いて、心を揃えて神座拍子を国王様に奉れ。(巻十一一・七一一二)
331『おもろさうし』・動詞「かける」について
神女が鼓を打ち鳴らすことによって、霊力が高まることを謡ったオモロである。「鳴り呼ぶ」とい
うのは鼓の異称であり、鳴らすことによって神や神の力を呼び寄せるということを表しているのであろう。この他にも、「聞得大君/鳴響む精高子」、「拍子」、「轟き」など、音や聴覚に関わりの深い語
がオモロには多く見られる。
また、「琉歌」において「かける」がどのように謡われているのかということについても今回調査
を行った。琉歌に登場する「かける」は、「糸かけて」、「橋かけて」といった表現を用い、「人と人とを結ぶ、縁」の意を表す例が大半を占める。つまり、「琉歌」ては「心を掛ける」意を中心に「かけ
る」が謡われていると考えられる。
「琉歌」はオモロの流れを汲むが、「オモロが呪梼的心性を含みこんだ不定型の叙事的歌謡であるのに対し、琉歌はむしろ杼情的詠嘆的な定型歌謡である。」(「定本おもろさうし」より)とされている。したがって、「かける」を「琉歌」と同じく「心を掛けろ」とするのではなく、「声を掛ける、呼び掛ける」とすることは、『おもろさうし」の祭祀歌謡としての特性を明確に表した解釈であると言
えるのではないだろうか。
さらに、外間守善『沖縄の歴史と文化』(中央公論社。一九八六年)には、次のような記述も見ら
れろ。
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直接『おもろさうし』の「かける」に繋がるのかどうかは現時点では分からないが、「ウタを掛け合う」ことは「声・言葉を交わす」ことでもあり、「掛ける」が「声・言葉」とリンクする可能性を
感じさせてくれる。
そして、今回はほとんど触れることが出来なかったが、大和における「かける」にも「言葉に出して言う。言葉に表わす。」意がある。『新日本古典文学大系』(岩波書店)より本文・解釈を引用する。 ふじうあしかきうた沖縄には、「野遊び」とよばれる遊びの場で歌われる掛け歌があう(〕。「野遊び」というのは、農村の青年男女が、村近くの原野で三線を伴奏にして歌を歌ったり、踊ったりして遊ぶことである。そこでは、男女が楽しみながらウタを掛け合う一方、ウタの優劣で恋の成否がきまるような場面もあり、勝敗を決めるべくウタの激しいやりとりが展開されることもあった。
なにう・秋の田のいねてふこ●と、も一か一一け一な「く曰に何を憂しとか人のか一るらむ むざしね・武蔵嶺の小峰見隠し忘れ行く君が名一が一一息―て我を音し泣くろ(万葉集・巻十四・一一一一一一六一一)〈武蔵嶺の峰を見ぬふりをして忘れて行くあなたの名前を口庭しぞ、私に声をあげて泣かせろ
、〆よ
333『おもろさうし」・動詞「かける」について
また、「日本方言大辞典」(小学館・’九九一年)によれば、「掛ける」は、新潟県において「質問
する」意を持ち、「今日先生にか一け――られ(た圭一-ども、わからんかつた」などと用いられるという。今後は、こうした大和語と併せて、引き続き「掛ける」の解釈の可能性を探っていきたいと考えて
いる。【参考文献】
『標音評釈琉歌全集』(島袋盛敏・翁長俊郎箸・武蔵野書院二九六八年)
『日本思想大系岨おもろさうし』(外間守善・西郷信綱校注・岩波書店・一九七二年)
『おもろさうし辞典・総索引第二版』(角川書店・’九七八年)
「標音校注琉歌全集総索引」(清水彰編・武蔵野書院・一九八四年)
「沖縄の歴史と文化」(外間守善著・中央公論社・’九八六年) (古今和歌集・巻十五恋五・八○三)〈「秋」の田の「稲」というものは刈ったり架けたりするが、「飽き」たから「去(い)ね」などということmば、をわたく■しが掛けたわけでもないのに、あの人は何をつらいといって離れてゆくのでしょうか。〉
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『おもろさうし対語索引」(浜田泰子編・ロマン書房・’九八八年)「新日本古典文学大系』(岩波書店・萬葉集’’九九九~一一○○三年、古今和歌集’’九八九年)『岩波古語辞典・補一訂版』(大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編・岩波書店・一九九○年)
『おもろさうしの動詞の研究』(高橋俊三箸・武蔵野書院・’九九一年)
「日本方言大辞典」(小学館二九九一年)
『南島の神歌おもろさうし』(外間守善著・中央公論社・’九九四年)
『沖縄古語大辞典』(沖縄古語大辞典編集委員会・角川書店二九九五年)
『おもろさうし上・下」(外間守善校注・岩波書店・二○○○年)
「沖縄の言葉と歴史』(外間守善著・中央公論新社。一一○○○年)
「日本国語大辞典・第二版』(小学館。二○○○年~二○○一一年)
『定本おもろさうし」(外間守善・波照間栄吉編著・角川書店・二○○二年)
『酒とシャーマンー「おもろさうし」を読む』(吉成直樹箸・新典社。二○○八年)
335『おもろさうし』・動詞「かける」について