関連性理論における語の意味解釈 : 『モダン・ファミリー』を題材として

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関連性理論における語の意味解釈-

『モダン・ファミリー』を題材として

濱 松 純 司

1. はじめに  多くの英語学習者にとって,語の意味の把握とは,辞書にある複数の語義 から,文脈に照らしてもっとも適切と思われるものを選択することであると 言える。一方で,母語話者の場合は,耳にした語の意味を通常は瞬時に理解 するが,この場合も脳内に一種の辞書(これをメンタルレキシコン(mental lexicon),またはレキシコンと呼ぶ1 )があり,そうした脳内辞書において, それぞれの語について複数の語義が記載されており,聞き手は発話された状 況や,前後の発話等を踏まえて(多くの場合は)無意識に意味を選択する, と考えることができる。例えば,(1) の発話において,bank は銀行を指す場 合と,土手を表す場合がある。

 (1) John is running to the bank.

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食肉目ネコ科ヒョウ属の動物を指すのかと言えば,ジョンが人間である限り, そのような解釈はあり得ない。  (2) John is a lion.2  そうでなくて,この発話における lion は (3) のような喩えとして用いられ, 例えばライオンのように力のある人や,残忍な人を指すという解釈が選ばれ るのが自然である。

 (3) John is like a lion.

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では,これらのプロセスの外国語学習における意義について触れ,全体のま とめとする。 2. 関連性理論による意味解釈  本章では,次章における発話分析に必要な範囲で,関連性理論の概要及び 関連性理論における術語・概念である,曖昧性除去及びアドホック概念形成 について概観する。  関連性理論は,言語学の一分野として,言語によるコミュニケーションを 研究対象とする語用論の内,主流となっている理論の1つである。3 Sperber and Wilson (1986) によって創始・発展されたこの理論は,他の多くの語用論 の理論とは異なり,モジュール性を重視し,いわば生成文法理論の語用論部 門とも呼べるものである。4 関連性理論は,関連性(relevance)及びその認 知における役割が出発点となっている。発話が関連性を持つ(relevant)とは, 処理労力をなるべく低く抑えつつ,既知の想定の強化または訂正といった認 知効果(cognitive effect)を得ることを指す。

 (4) の関連性の認知原理(Cognitive Principle of Relevance)に示す通り,人 間の認知は関連性を最大化する性質を有しており,更に (5) の関連性の伝達 原理(Communicative Principle of Relevance)が述べる通り,発話はそれ自 体が最大の関連性を持つことを(聞き手に)期待させるとしている。  (4) Cognitive Principle of Relevance

Human cognition tends to be geared to the maximisation of relevance. (Sperber and Wilson 1995: 260–266)

3 関連性理論の概要については,最重要文献である Sperber and Wilson (1995) の他, Carston (2002), Sperber and Wilson (2006), Wilson and Sperber (2012) 及び Wilson (2017) 等を参照。日本語のものでは,今井(2001; 2015),東森・吉村(2003)及び吉村(2013) 等が挙げられる。

4 Smith (2019: 22) は以下のように述べている。

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 (5) Communicative Principle of Relevance

Every act of overt communication conveys a presumption of its own optimal relevance. (Sperber and Wilson 1995: 266–272)  発話が最適な関連性を持つとは,具体的にどういうことなのか。 Sperber and Wilson (1995) は,(6) の通り,「最適な関連性の期待」(Presumption of optimal relevance)を定義している。更に,彼らは,関連性理論における解 釈手順(Relevance-theoretic comprehension procedure)として (7) を掲げてい る。

 (6) Presumption of optimal relevance

a. The utterance is relevant enough to be worth processing. b. It is the most relevant one compatible with the communicator’s   abilities and preferences. (Sperber and Wilson 1995: 266–78)  (7) Relevance-theoretic comprehension procedure

a. Follow a path of least effort in computing cognitive effects: Test interpretive hypotheses (disambiguations, reference resolutions, implicatures, etc.) in order of accessibility.

b. Stop when your expectations of relevance are satisfied (or

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 (8) Explicature

A proposition communicated by an utterance is an explicature if and only if it is a development of a logical form encoded by the utterance.

(Sperber and Wilson 1995: 182)  (8) によると,表意とは,発話によって明示的に伝えられる命題のことで あり,含まれる語の文字通りの意味である論理形式(logical form)を発展さ せたものである。発話を肉付けすると言い換えることもできる。例として (9) の発話を考える。

 (9) I have two pupils now. (Sperber and Wilson 2012: 8)  この文の意味を得る為には,I 及び now に指示対象を与えなければならな い。一方,pupil は「生徒」「瞳」のいずれの意味を持つのかを決めなければ ならない。  一方,推意とは,発話によって伝達される命題の内、明示的に伝えられる のではないもの,つまり表意ではないものを指す。言い換えれば,純粋に推 論によって派生される想定のことである。  関連性理論において,表意を得る際の発話の肉付けとは,単に指示対象 や複数の意味からある意味を特定するだけではない。 (10) の発話において, too cold とは何に対して冷たいと言っているのかを話し手は特定する必要が あるが,文脈によって (11) のように補うことができる。

 (10) The sea is too cold. (Sperber and Wilson 2012: 9)  (11) The sea is too cold to swim.

 更に,(12) は (10) とは異なり,命題形式としては完全であるものの,推論 により (13) のように要素が補われる。

 (12) I'll bring a bottle to the party. (Sperber and Wilson 2012: 9)  (13) I'll bring a full bottle of wine to the party.

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の例で I の指示対象を決定することや,(10) の文において,意味的に不完全 な too が (11) のように補われるプロセスを指す。  飽和に対し,特定の語が求めるのではなく,より自由に,純粋に語用論的 に何らかの要素を補うことを自由拡充(free enrichment)と呼ぶ。(12) の例 において,(13) のように要素が補われる場合である。  次に,冒頭で既に紹介した曖昧性除去がある。(1) がその例である((14) と して再掲)。

 (14) John is running to the bank.

 (14) の bank は「銀行」と「土手」の意味を持つが,文脈によっていずれ かに決定される。このように複数の語義から文脈によって1つの意味が選択 されるプロセスを曖昧性除去と呼ぶ。  最後にアドホック概念形成が挙げられる。これも冒頭で既に見たが,文脈 に合うように,語の意味が拡げられたり,逆に狭められたりするプロセスの ことである。(15) における lion は,動物という特性が捨象され,力のある人 や残忍な人と言った,緩いアドホック概念を表していると考えられる。  (15) John is a lion.  同様に,(16) の発話における empty は,文字通り中身に一滴も残っていな いという意味ではなく,「空に近い」のように本来の empty の持つ辞書的定 義よりは緩められて用いられる。

 (16) This bottle is empty.

 逆に語義が狭められて用いられている例として,東森・吉村(2003:41)は, (17) の例を挙げ,以下のように説明している。

 (17) Open the washing machine.

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3. 『モダン・ファミリー』における実例の分析  ここでは,関連性理論における明示的意味である表意を得るプロセスの内, 曖昧性除去とアドホック概念形成の区別に注目し,米国のホームドラマ『モ ダン・ファミリー』のスクリプトから5つの場面を取り上げて分析する。5 モ ダ ン・ フ ァ ミ リ ー は, 会 社 経 営 者 で あ る ジ ェ イ・ プ リ チ ェ ッ ト(Jay Pritchett)を中心とした3家族の姿を描いたコメディドラマである。ジェイ の息子ミッチェルは同性パートナーのキャメロンと共に,ベトナム人の赤 ちゃんのリリーを養子として迎え,子育てに奮闘している。一方,ジェイの 娘のクレアはどこか抜けたところのある,不動産セールスマンの夫フィルと の間に3人の子供がいる。  最初に,アドホック概念形成を含む典型的な例として,(18) の場面を取り 上げる。養子リリーの頭を誤って天井にぶつけてしまい,心配になって姉の クレアに電話して助言を求めている場面である。

 (18) MITCHELL: Oh, no, no, accidentally. Um, w-we just kind of bonked Lily’s  head. And, she… It really wasn’t very hard and she’s not acting any  differently, but I just worried.

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ナムから母国へ戻る場面である。

 (19) MITCHELL: Hi. Hi. Uh, we just, uh-We just adopted her from Vietnam.  And we’re bringing her home for the first time, huh?

MAN (PASSENGER): She’s an angel. You and your wife must be thrilled.

(角山・Capper 2015: 83;太字は筆者)  乗客の男性はリリーを見て angel と言っているが,リリーが人間である限 り,架空の存在である天使などという意味では,認知効果はゼロに等しく, 関連性を持たない。ここでは「天使のような人」「お行儀のよい子」といっ た意味で,語義通りの「天使」という意味を緩めて用いていると考えると関 連性を達成することができる。  同じアドホック概念形成でも,上の2つの例とは反対に意味の狭めが観察 される場面が (20) である。ここでは,リリーが頭をぶつけて怪我をしたので はないかと心配するミッチェルが,キャメロンと共にリリーをミウラ医師に 診察してもらった後で説明を受ける場面である。

 (20) DR. MIURA: Could I see that again?

MITCHELL: Um, it was just - just a head bump, you know. DR. MIURA: How are you feeling?

MITCHELL: Uh, fine.

DR. MIURA: So is Lily. Babies are designed to survive new parents, so  stop worrying. You guys are doing great.

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 (22) a. He has survived several assassination attempts. (NODE) b. a man who survived his share of boardroom coups (COBUILD9)

c. Few buildings survived the war intact. (OALD10)

 (22a) は文字通り「生き延びる」「命を落とさずに済む」という意味で用い られているのに対し,(22b) は命を失う危険について言っているのではなく, 「会社を乗っ取られずに済む」「社内の謀略をやり過ごす」といった意味で使 われている。(22c) は戦災に遭ったにも関わらず「倒壊を免れる」「損傷を受 けずに済む」といった意味で用いられている。このように同じ動詞であっ ても,実際の意味にはかなりの違いがあり,それぞれの文脈によって文字 通りの語義を狭めて用いられていることが分かる。これらの解釈を survive, survive*,survive** のように表すこともできる。6  アドホック概念形成の例をもう1つ見ておく。(23) は,キャメロンが子供 の時の,教室での出来事について,ミッチェルと会話している場面である。  (23) CAMERON: We did that in my school too. Didn’t turn out so well. I  went through a dozen eggs.

MITCHELL: Yeah, well, he’s a nervous eater. CAMERON: No, I broke a dozen eggs.

MITCHELL: Oh. I’m sorry. I just assumed that... CAMERON: I know. I know what you assumed.

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しさを生み出している。キャメロンが I went through a dozen eggs. と言った のに対し,ミッチェルは nervous eater だと言っている。これに対し,キャメ ロンはすぐさま No と言って否定し,I broke a dozen eggs. と続けている。こ れは,同じ go through に関して,2人の形成したアドホック概念が別のも のであったことにより,誤解が生じたと考えることができる。ミッチェル は 「卵を食べる」(eat)の意味で解釈したが,実はキャメロンは「卵を割る」 (break)という意味で発話していたのである。これもまた,文脈によってそ の場しのぎの解釈を与える,アドホック概念形成の典型的な例として捉える ことができる。2 人のアドホック概念形成が異なっている点は,2 人が卵に ついて持つ想定が違っていると考えることで説明できる。卵は殻があって中 身を取り出すには割る必要があるという性質と,食べ物の一種という性質の 両方を持っている。(23) からは分からないが,キャメロンはやや細身のミッ チェルとは対照的に太っているという,2 人の間で共有する想定が存在する。 ミッチェルの頭の中では,キャメロンの体型から,キャメロンは食べてばか りいるという想定があることから,卵は食べ物の一種という想定が活性化さ れ,eat というアドホック概念形成にたどり着いたものと考えられる。一方, キャメロンにとっては卵は殻を持つという想定が活性化されることにより, break という解釈へとアドホック概念形成がおこなわれたと考えることがで きる。  最後に,アドホック概念形成と曖昧性除去との境界が必ずしも明確でない 例を見たい。(24) の場面は,(19) の続きであるが,ここでは機内で乗客の女 性が連れの男性に対し,リリーについて語った内容から,ミッチェルが怒り 出し,演説をすることになる。ところが,場面の最後になって,cream puffs という複合語について,ミッチェルが誤解していたことが分かる。

 (24) WOMAN (PASSENGER): Honey, honey. Look at that baby with those  cream puffs.

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 you know what? Note to all of you who judge... CAMERON: Mitchell!

MITCHELL: Hear this. Love knows no race, creed... CAMERON: Mitchell.

MITCHELL: ... or gender. And shame on you, you small-minded,  ignorant few...

CAMERON: Mitchell. Mitchell! MITCHELL: What?

CAMERON: [Whispers] She’s got the cream puffs. MITCHELL: Oh.

CAMERON: We would like to pay for everyone’s headsets.

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 (25) 1. a cake made of puff pastry filled with cream

2. informal a weak or ineffectual person ■derogatory a male homosexual 3. [as modifier] US denoting something of little consequence or difficulty

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 一方で,(25) の内,2. に挙げられた「男の同性愛者」(a male homosexual) は,この意味での用法が一定程度慣習化されているとすれば,脳内のレキシ コンにおいてもこの意味が登録され,個々の文脈において拡張されるのでは なく,1. のような元の語義との間で選択されると考えることもできるように 思われる。これが正しいとすれば,(25) における cream puffs の 2 つの解釈を, アドホック概念形成ではなく,曖昧性除去の例として捉えていることになる。  この点について,Wilson and Carston (2007) は (26) のように述べている。  (26) [L]exical pragmatic processes may lead to semantic change, so that what starts out as an ad hoc concept may end up (for at least some members of a speech community) as a new encoded sense.

 彼女らによると,最初はアドホック概念であった意味が語彙化される場 合があるという。彼女らは続けて (27a) 及び (27b) の例(Wilson and Carston (2007) ではそれぞれ (11a) 及び (11b))について,(28) のように述べている。  (27) a. No teenager is a saint.

b. Be an angel and pick up the shopping for me on the way home.  (28) It may well be, for instance, that as a result of frequent metaphorical use,

some speakers of English represent words such as 'saint' or 'angel' as having an extra encoded sense (SAINT*, ANGEL*). For these people, 'saint' and 'angel' are genuine cases of polysemy, and the comprehension of (11a) and (11c) does not involve ad hoc concept construction but is a simple matter of disambiguation (choosing which of two or more encoded senses should figure in the proposition expressed).

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り深く理解することに繋がるのではないだろうか。この点で,英和辞典に比 べると語義を絞って豊富な例文で語義を理解させようとする点において,英 英辞典の積極的な活用が望まれると言える。

参考文献

Carston, R. (2002) Thoughts and utterances: The pragmatics of explicit communication. Oxford: Blackwell.

Smith, N. (2019) The source of relevance. In K. Scott, B. Clark, & R. Carston (Eds.), Relevance, pragmatics and interpretation, pp. 21–26. Cambridge: Cambridge University Press.

Sperber, D. & Wilson, D. (1986;19952

) Relevance: Communication and cognition. Oxford: Blackwell.

Sperber, D. & Wilson, D. (2006) Relevance theory. In G. Ward & L. Horn (Eds.), The handbook of pragmatics, pp. 607–632. Oxford: Blackwell.

Wilson, D. (2004) Pragmatic theory, Lecture Notes, UCL.

Wilson, D. (2017) Relevance theory. In Y. Huang (Ed.), The Oxford handbook of pragmatics, pp. 79–100.

Wilson, D. & Carston, R. (2007) A unitary approach to lexical pragmatics: Relevance, inference and ad hoc concepts. In Burton-Roberts (Eds.), Pragmatics, pp. 230–59.

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三家族との出会い』東京:松柏社. 東森勲・吉村あき子(2003)『関連性理論の新展開-認知とコミュニケーショ ン』東京:研究社出版. 吉村あき子(2013)「語用論」,『日英対照英語学の基礎』,三原健一・高見健 一(編),pp. 177–206. 東京:くろしお出版 . 辞典類

Collins COBUILD Advanced Leaner's Dictionary of English 9th Edition (COBUILD9)

New Oxford Dictionary of English (NODE)

Oxford Advanced Leaner's Dictionary of English 10th Edition (OALD10

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参照

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