はじめに
日常生活において,他者の心を読み取る能力は重要な 意味を持つ。われわれは,人とコミュニケーションをと りながら,日々の暮らしを営んでいるが,「相手が何を わかって,何をわかっていないのか」を理解しなければ 円滑なコミュニケーションはできない。このような理解 を可能にする能力は「心の理論」と呼ばれている。 心の理論とワーキングメモリ 心の理論の発達を調べる際に用いられる課題の 1 つに 誤信念課題(false belief task)がある(前原,2014)。 典型的な誤信念課題は,例えば A 児がボールを戸棚に 入れて外に出る。A 児不在の間に,B 児がボールを戸棚 からおもちゃ箱へ移す。戻ってきた A 児はボールで遊 ぼうとしてどこを探すかというものである(鈴木, 2014)。誤信念課題を通過した子どもは,戸棚を探すと 答えるが,通過していない子どもは,おもちゃ箱を探す と答える。誤信念課題では,登場人物の心的状態を推測 するために,課題のストーリーを覚えておくことや,自 分の知識ではなく,登場人物の思考に注意を向けること が必要である。Gordon & Olson(1998)は, 3 ~ 5 歳児を対象とし
て,誤信念課題の他に,ワーキングメモリに負担をかけ た課題を実施した。この課題は,物の名前を言いながら (名づけ課題),同時に数字を数えさせるという二重課題 (double task)で,ワーキングメモリに大きく依存す る。実験の結果,ワーキングメモリ負荷の高い名づけ課 題の成績は,ワーキングメモリ負荷の低い名づけ課題 (数字を言う必要のない課題)の成績よりも,誤信念課 題の成績と高い相関があることが示された。つまり,誤 信念課題の通過には,ワーキングメモリが重要であると 判明した。
Bull, Phillis, & Conway(2008 前原による 2016)は, 大学生を対象として,さまざまな二次課題とともに物語 文章を読ませ,心の理論が必要な問題と,不要な物理的 因果関係の問題を出題し,心の理論と実行機能の関連に ついて検討した。その結果,実行機能にほとんど負担を かけないと思われる課題であっても,心の理論課題だけ ではなく,因果関係問題の成績も低下した。しかし,物 語文章を用いた課題では,文章の理解に必要な実行機能 やワーキングメモリが二重課題で阻害されるため,心の 理論が低下しているようにみえているだけの可能性が示 唆された。 ディレクター課題 そこで,物語文章を使わない課題を用いた,心の理論 におけるワーキングメモリの実験が行われた。Lin, Keysar, & Epley(2010)は,ディレクター課題(Direc-tor Task)を用いて,成人の他者視点取得に対するワー 受稿日2018年11月29日 受理日2018年12月 6 日
1 専修大学大学院文学研究科(Graduate School of Humanities, Senshu University)
2 専修大学人間科学部心理学科(Department of Psychology, Sens-hu University)
幼稚園児におけるマインドリーディングの発達的検討
田代美冬
1・山上精次
2Development of mind-reading in kindergartener
Mifuyu Tashiro1 and Seiji Yamagami2
Abstract:本研究では, 5 ~ 6 歳の幼児を対象に,ディレクター課題(Keysar, Barr, Brain & Brauner,
2000)を用いてマインドリーディングの初期発達について検討した。ディレクター課題遂行時に,課題遂行の 反応時間および参加児の注視点を記録してターゲットへの視線到達時間を測定し,ディレクター課題のパ フォーマンスに及ぼす年齢差,性別,私的発話傾向の大小の効果について検討した。ディレクターの指示に左 右が含まれる条件と含まれない条件では反応時間に差がみられ,選択肢となるオブジェクトが多くなると反応 時間と視線到達時間は長くなった。年長児は年中児よりも反応時間が短くなり,視線到達時間では,易条件で のみ年齢差がみられ,難易度にも年齢差があった。オブジェクトの個数では,年齢差はみられなかった。Ep-ley, Morewedge, & Keysar(2004)では,年齢が上がると視線到達時間は短くなっており,本研究の結果は一 部それを支持している。古見・子安(2012)でのみ,マインドリーディングに性差が報告されているが,本研 究でも一部に性差が見られた。幼児は自己視点での左右識別成立の通過点にいるため,成人と異なる結果と なった可能性がある。反応時間および視線到達時間ともに,実験中の私的発話の有無による差はみられなかっ た。
今後の課題 今後の検討課題としては,正反応時と誤反応時におけ る反応時間および視線到達時間の比較検討を行うこと や,試行の最初期段階とそれ以降の段階における反応時 間および視線到達時間の変化を見ること,さらには実験 参加児の年齢範囲を拡大することなどがあげられる。ま たディレクター課題遂行の発達および個人差について は,私的発話とワーキングメモリの個人差との関連性を 合わせて検討することも有益な知見をもたらすと考えら れる。
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