言葉の創発性
Emergency of Language Expressions
金杉高雄
Takao KANASUGI
<要約> 話し手が聞き手に発話をする、このよう な言語行為は話し手が持つ心的な態度を聞き手に伝 えるための手段として基本的には理解される。ここ で、「基本的」と断ったような表現になっているのは 話し手が心的な態度を伝えているのが必ずしも、発 話の場面ではないからである。心的態度を相手に伝 え、聞き手は理解する。このような相互の言語行為 と深く関係付けられているのは脳科学とその隣接分 野との知見を取り入れた言語学、取り分け、認知言 語学である。人間の認知機構を解明することへの貢 献は今後も期待されているところである。話し手の 発話という行為は無限の解釈可能性を含むものであ る。「心的な態度」は所謂、モダリティのことだけを 言っているのではなく、聞き手に理解して欲しいと 望む話し手の心の態度のことにも言及する。聞き手 は話し手が発話をした内容を文脈という、「環境」に 依存することで、理解をする。聞き手のこのような 理解はその後の談話構築にとっても重要な役割を果 たすことになるのは自然な語用論上のプロセスであ る。「環境」が言語体系に及ぼす影響は絶大である。 そして、「環境」と言っても様々な状況が考えられる。 それらのうちの一つには言語接触による言語体系の 変化がある。例えば、10 世紀前後のブリテン島にお ける言語の多層構造には目を見張る部分がかなり多 くある。これはほんの一部分にしか過ぎない例では あるが目まぐるしく変化する言語体系から新しい言 葉が半永久的に創発される。言葉の創発性は話し手 と聞き手との間で展開される環境との相互作用を繰 り返し、談話が構築される中に見出される。さらに、 見落としてはならにことは、言葉の創発性と民族・ 文化がいかに深く関わり合っているかについての洞 察である。 <キーワード> 歴史言語学 認知類型論 アイ スランド スカンディナビア 語用論的解釈 1. 序 言葉が新たに創造される背景には現状の言語体 系だけでは認知主体が伝えることが十分に達成でき ない状況が一つ、考えられる。認知主体は言葉とい う道具を備えている。言葉の道具を操ることでコミ ュニケーションが成り立っている。道具としての言 葉を駆使して多様で、斬新な表現を永久的に創発し 続ける。このような認知活動を営む中で、メタファ ー・メトニミーに代表されるレトリカルな表現は認 知主体の活力的で、力動的な言葉の創発性の一端を 示している。認知と言語との間に認められる創造的 なプロセスは言葉を持つ人間という認知主体が歴史 の進展の中で、徐々に育んできたもので、これから 将来の言語体系構築へ向けても生き続ける重要な営 1太成学院大学人間学部教授 1みとなっている。言語体系に新たに言語単位が組み 込まれる動的なプロセスを観察すると、言語の使用 とは直接には関与しないような様々で、複雑な心理 的な動機付けを見ることになる。人間の感覚器官の 中で、最も中枢的な役割を果たしているのが視覚 であると言われている(注1)。視覚によって認知主 体は様々な外界の様子を認知するわけであるが、そ のような環境との相互作用が後々の言語体系、取り 分け、地域における言語体系の精密化に大きな影響 を及ぼすことになる。 言語体系の精密化と一口に言っても、なかなか 難しい部分がある。多くの視覚的な要因としては記 憶という長期・短期のスパンからなる貯蔵された 経験知識は日常での生活を営む上で非常に重要であ ることに加えて、新しい言語単位を創発させるプロ セスとしても見逃すことはできない(注2)。言語単 位としての「構文」を位置付けた上で、話を進める ならば、構文の新たな構築という動的なプロセスと、 あるいは構文の歴史的な変容という漸進的なプロセ ス、これらのプロセスは互いに独立した認知的領域 で推し進められているのではない。新たな構文の創 発は旧式の構文、あるいは土台となる構文がすでに、 「既存」という鋳型で地域のコミュニティに定着し ていて、そのレベルから徐々に地域の人々である認 知主体によって、より凝固な鋳型となるプロセスで ある(山梨正明、2009 参照)。そのプロセスが完遂さ れるまでの過渡的なプロセスに名前を付けるとする ならば、それは「文法化」と一般的に呼ばれている 歴史的変化のプロセスであろう。このように考える と、多層化(layering)の過渡的プロセスを何重にも織 り込みながら、そして、維持性(persistence)の原理 も忘却されることはなく、時間の展開と共に、旧式 の鋳型は新式の鋳型へと進化する。構文の斬新的な 歴史的変化と新たな構文の創発は連続性を持つ、と 特徴付けることができる。これも一つの構文の連続 性である。語彙レベルに代表される放射状カテゴリ ーの連続性とそこに随伴されるファジーネス。構文 の漸進的な進化が行われている中で、ファジーネス は半永久的に残される拡張のプロセスの申し子であ る。しかし、その一方で、全く斬新的な構文が歴史 的な漸進性を伴わずに創発されることがある。 2. 言葉の創発性 言語と文化、生活様式との間に関係することで も あ る が 、 そ れ は 接 触 ・ 誘 導 の 文 法 化 (contact-induced grammaticalization)による言語 変化である。この変化の特徴は鋳型となる自国に定 着している構文が存在していて、それを土台に新た に構文が創発されるのではあるが、自国以外の地域 で定着していた構文との間にある自国の構文との類 似点に着目して自国の言語体系へ定着させるプロセ スである。この場合、旧式の鋳型構文はその類似性 との関係から変化することが少ないか、皆無である ので、自国の中でのそのような変化に比べると、変 化が完遂するまでの時間は少ないものと推測される。 接触・誘導の文法化が最も実現可能な環境は両者が 同じ語族に属する場合である。例えば、古英語(Old English)と古ノルド語(Old Norse)で、これらはゲル マン語に属している。語彙のレベルでの借用語が古 ノルド語から多大な影響を受けていることは余りに も有名な例である。現代英語の動詞、take、 give は 本来、古ノルド語からの借用であるし、3 人称複数 形代名詞のthey、 their、 them もそうである。古 英語の時代は冠詞、指示代名詞の体系的整備が不十 分であったことからも、冠詞、指示代名詞が人称代 名詞もしくは接続詞に相当するような役割を多機能 的に果たしていたと考えられている(注3)。同じ時 代にあっては、古ノルド語の方が指示系に関わる語 彙体系が古英語よりも進歩していたと現在では考え られている。3 人称複数形代名詞が借用された背景 も語彙体系の乱雑性にあるとされていて、当時、古 英語の指示体系では男性・中性・女性を含めた1 人 称の代名詞と3 人称の代名詞とが音形と綴りの面で 非常に似ていたために、混乱を生じやすいという、 そのような言語環境にあったためであると推定され ている。 文化との関係性では当時、ヴァイキング (Viking)として名をはせていたスカンディナビア人 はそれだけ文化のレベルが古英語を話すブリテン島 の人々が持つ文化よりも高い所にあったことが有力
視されている。一般的に、文化レベルが高くなるに つれて、それだけ対象とする概念表示の数が増加す る。そうなれば、それらの高度になった文化的創造 物を「指示」する語彙が拡張されてくることは容易 に想像できる。ここで、大切なのは認知主体の視覚 による環境との相互作用であり、指示する場面、環 境が複雑になれば、それだけ語彙の指示体系も複雑 になるわけで、文化との関係から推論すれば、古英 語に比べて古ノルド語の方が指示体系についてはよ り洗練されて、整備されたものを確立させていたと 考えることができる。ここでは、言語、文化そして 認知的要因である視覚との相互作用が改めて浮き彫 りにされる。他の例では、並列文から従属文への文 法化を見てみると、指示代名詞の歴史的拡張が中心 的な役割を果たすことから、構文の漸進的な歴史的 変化も語彙レベルの拡張プロセスに動機付けられ、 推進されてきたことが指摘される。 2.1 焦点シフト 言語体系に影響を及ぼすほどの強いトランスフ ォーメイティヴな力は自国で起きている内的要因で あれ、借用語のように文化的な格差に動機付けられ た外的要因であれ、認知主体が外界から受ける刺激 と経験知識との組み合わせからなることは普段、意 識に昇らない。刺激による影響は言い換えると、視 点の変換とも言うべきものである(注4)。焦点シフ トに見られるような認知主体の「注意」の変換は日 常生活を営む上で極めて重要視されていることは自 明の理ではある。その自然な認知プロセスが言語体 系、具体的には語彙の多義化、構文を構築するプロ セスでの「注意」の焦点シフトによって影響される。 そのようなより複雑化した構文構造への進化はなか なか、意識に昇ることはない。古英語、初期中英語 (Early Middle English)は屈折変化が豊富であった ために統合的(synthetic)言語構造を理解しなければ ならなかった。取り分け、語尾屈折においては、文 法性と複数・単数の区別による細かい変化の規則が 敷かれていたために、統合性はますますもって、高 次になってくる。「注意」の焦点シフトは語彙が持つ 意義そのものよりも屈折変化へ傾注して、言語の経 済性もしくは即時性を考えると、極めて、効率の良 くない言語構造を保っていたわけである。このよう な言語環境では単文のレベルを否応なしに保持する ことしかなく、スキーマの設定による、より高次な レベルとなる、複文、重文への拡張はいつまでたっ ても、停滞したままになる。語彙のレベルにおいて も、特に動詞、形容詞などでは強変化と弱変化との 変化の区別を確立していて、構造に加えて、さらに 複雑になっている。認知主体にとってこのような状 態に道具としての言語が嵌められたままになってい ると、「注意」の焦点シフトはほんの些細な要因であ っても、かなり影響されやすい状況にあったと考え られる。「注意」の焦点シフトの意味は、ここでは多 義に及ぶ(注5)。その一つは構文のレベルをより高 次にすることを妨げていたと考えられる屈折変化の 単純化(simplification)への注意の焦点シフトである。 屈折のヴァリエイションを縮小させることで、注意 の焦点化をコンプリメンテーション化する方向へと 向けていった歴史的経緯を考えることができる。焦 点化には焦点連鎖が必然的に引き起こると言っても 過言ではない。指示代名詞から関係代名詞への拡張 は一般的である事実を考慮すると、屈折語尾の水平 化と消失への脱文法化(degrammaicalization)は新 しい文法カテゴリーの創発を促進させたその一方で、 同じ語彙での多義性を推進する役割をも果たしてい たことも指摘される。 2.2 言語接触 古英語の時代にブリテン島の東部、島全体の3 の1 はデーン・ロー (Dane Law)地域と呼ばれ、そ の地域では古ノルド語をはじめ、スカンディナビア 人の影響を他の地域と比べるとかなり重圧的に受け ていた。指示体系が古英語に比べるとかなり、発達 していたと考えられる古ノルド語の影響を受けてい たデーン・ロー地域では、より高次への構文のコン プリメンテーション化が他の地域よりも早く進んで いたと推測される。言語の象徴構造(symbolic structure)を第 1 とする認知言語学の観点からこの ような変化の歴史を考え直してみると、音韻構造と 意味構造との対応から成立する象徴構造では、複雑
な屈折変化によって意味と機能が成立する言語構造 からの一日でも早い脱皮が望まれていたことは自然 に考えられるポイントである。ブリテン島でのこの ような政治的配慮が言語体系に及ぼす例はそれほど 珍しい現象ではない。視覚機能が前景化・背景化を 調節することが言語構造へ反映されていることが屈 折変化の前景化・背景化に置き換えることができる。 背景化による賜物は構文レベルでの高次スキーマ化 に 繋 が っ て い る(Joan Bybee and James L. Mcclelland, 2005 参照)。焦点連鎖の機能をさらに 考えてみると、その基本的な現象は多重に埋め込ま れた重文の創発に他ならない。デーン・ローの影響 を殆ど受けることがなかったとされるブリテン島の 南西地域ではウエスト・サクソン方言(West Saxon) が使用されていた。この方言は生粋の「古英語」と して位置付けられている(Ian Howard, 2003 参照)。 その理由は外部からの影響を殆ど被ることがなかっ たからである。しかし、そのような要因から推測す ると、上述したような語彙、構文レベルでの注意の 焦点シフトは殆ど、皆無に近い状態にあったと考え られる。やがて、ウエスト・サクソン方言は中英語 の時代へ入ると、サザーン方言(Southern)と呼ばれ るようになる。ウエスト・サクソン方言・サザーン 方言が大々的な注意の焦点シフトを伴いながら、語 彙・構造レベルでより分析的(analytic)な方向へ向か うのはノルマン・コンクェスト(Norman Conquest) の到来を待たなければならなかった。ただし、ここ で、一つ、言えることは文化の面でより高度なレベ ルにあった古ノルド語を話すスカンディナビア人が 支配していたデーン・ロー地域では、ノーザンブリ ア(Northumbrian)方言、メルシアン(Mercian)方言 がすでにより洗練された言語へとシフトしつつあっ たことは決して否定することができないのである。 近代英語(Modern English)の時代に入ると、英語は いよいよもって、分析言語として位置付けられるこ とになる。現代英語(Present-day English)の直近に 当たる英語とは何かと、問われれば、それは近代英 語時代、ブリテン島で話されていたイースト・ミッ ドランド(East Midland)方言である。イースト・ミ ッドランド方言が話されていた地域は言語学、認知 人類学(Cognitive Anthropology)、言語文化学の視 点から考えると特記するべき点が少なからず、存在 する。イースト・ミッドランド方言が話されていた 地域はロンドン・オックスフォード・ケンブリッジ を含む商業・工業・教育の一大、中心地である。さ らに、加えて、政治・経済が最も盛んな地域でもあ った。この地域と隣接する北東地域はいわゆる、デ ーン・ローが敷かれていた所であることから、都市 として最も活性化していた地域と幾分、言語が洗練 された状態とが絡み合うことで、より加速度的に近 代英語から現代英語への段階へと進化していったこ とが予測できる。言葉の創発性としては、様々な言 語的・認知的・文化的な要因が相互作用することで、 かなりの新規な言語単位が生産されたに違いない。 デーン・ローの影響だけが、当時の語彙・構文の構 造に関わっているのでは当然、ない。ブリテン島は ノルマン・コンクウェスト以来、フランス人の王が 君臨することになる。その政治的な背景から公用語 がフランス語になる。このフランス語、今でいうパ リの中央フランス語(Central French)ではなく、ノ ルマンジー地方の方言で、ノルマン・フレンチ (Norman French)と呼ばれていた言語であった。現 代英語の 25%はラテン語を起源とすると言われて いる。つまり、現代英語の4 つのうち、1 つはラテ ン系の単語というわけである。現代英語の church, law はノルマン・コンクウェスト以来、借用された 語である。ブリテン島の公用語がフランス語になっ て以降、実に、300 年間はフランス語、それもイン グランドと対岸をなすノルマンジー地方のノルマ ン・フレンチがロンドンを中心とする都市で、当然 のごとく、話されていたのである。そのような言語 的環境の中で、注意の焦点がシフトしたのは何も、 語彙・構造のレベルだけではないのである。特に大 きなシフトとしては、母音の推移である。大母音推 移(Great Vowel Shift)は中英語の初期から起動し始 める。全て、完了するまでには約280 年の年月が費 やされたと言われている。大母音推移の原因は未だ に、明らかにされず、はっきりとした説明は後世の 研究者のリサーチを待つしかない。ただ、相互関係 として、指摘されているのが、外的要因としてのノ
ルマン・コンクウェストによる影響である。しかし、 大母音推移と同じような音韻変化は中期ドイツ語、 中期オランダ語にも認められている。英語、ドイツ 語、オランダ語は共に、ゲルマン諸語であるが、ド イツ語、オランダ語の歴史を振り返ってみても、英 語の歴史の中で起こったような、ノルマン・コンク ウェストに相当する壮大な外的要因はなかったので ある。確かに、ノルマン・コンクウェストに匹敵す るだけの接触・誘導による文法化はないにしても、 ブリテン島とは異なり、ドイツ、オランダはフラン スとは国境はあるものの、同じヨーロッパ大陸の中 にある国々の一国にしか過ぎない。そうなると、大 陸間での交流はドーバー海峡を隔てたブリテン島よ りもかなり容易に引き起こされたことが予測できる。 フランスとドイツ、もしくはオランダとの交流から 言語・文化との交流も盛んとなり、ロマンス諸語と ゲルマン諸語との接触から、大母音推移に相当する 音韻変化が引き起こされたとする説明を仮説として 提案することも可能である。このような、言語接触 (language contact)はノルマン・コンクウェストのよ うな侵略的で、短期間のものとは異質で、一般的に 友好的で、長期間の半永久的な言語と文化の相互作 用と考えることができる。英語と比べると、ドイツ 語とオランダ語はより統合性の強い言語ということ が言えるのは確かである。英語はノルマン・フレン チ、古ノルド語、ケルト語の他、様々な少数派言語 によって影響を受けてきたからこそ、他のゲルマン 諸語と比べると、大変貌を遂げてしまった、と考え ることができる。注意の焦点化のシフトは外的・内 的要因によって様々な方向へと進むものであること が理解される。語彙・形態・構文の各レベルが「意 味」を持つために必要なのが音韻レベルである。言 い換えるとするならば、大母音推移や後の子音につ いての音韻変化が中英語期に引き起こされたという 事実から考えてみると、綴りの変化が起こっていた ことも当然と見ることも可能である。ただし、この ような主張をするその基盤になっているのは認知言 語学の言う、「言語は二極(bipolar)構造」を基本とす る姿勢である(Ronald Langacker, 2008 参照)。別の 観点からすると、形態上の発展的な進化の姿は二極 構造の進化の歴史と見ることができる。二極構造は 語彙レベルのみならず、談話レベルへと拡張する。 2.3 言語の多層構造 言語と認知、この二者間の相互関係に見られる 動的な展開の一部は古英語の拡張の歴史にも当ては まる(注6)。古英語時代のブリテン島とスカンディ ナビア半島との間には大変、親密な相互依存の関係 があったことは多くの研究者の間で採り立たされて いる事柄である。その相互依存の中においてもブリ テン島で使用されていた言語の中で、注目されるの が ア ン グ ロ ・ ス カ ン デ ィ ナ ビ ア ン 語 (Anglo-Scandinavian) と 呼 ば れ て い る 合 成 語 (composite language)である(Matthew Townend, 2000 参照)。このような合成語が使用されていたこ とに関する研究は多くなされてきている。例えば、 他の合成語の例として、アングロ・ノルド語 (Anglo-Norse)が存在していたことを証明するよう な研究がある(金杉高雄、2009 参照)。スカンディア ナビア半島に加えて、アイスランドも古英語を考え る上で当時としては重要な位置にあったと考えられ る。アイスランド人は当時、ブリテン島に関して非 常に多くの知識を習得していたと推察することがで き、11 世紀の初頭にアイスランドに住み、そして働 いていたイギリス人たちによる影響と考えることが できる。それらの傍証となる一つの例はイングラン ドの描写がアイスランド人の作家による書物に正確 に描かれていることである。 古英語と古ノルド語との関係性、古代から現代 までのブリテン島の歴史はアイスランド人が中世の 時代にどの程度、当時のブリテン島に関して知識を 兼ね備えていたかにもよる。取り分け、当時、ノル ウェーとデンマークで使用されていた文法と語彙が そのまま、ブリテン島で使用されていたことがあっ たとすれば、古英語と古ノルド語は互いに交換が可 能であったことはやはり否定できない。13 世紀、 William the Bastard の時代、ブリテン島の使用言 語はノルウェー語とデンマーク語とに酷似していた という報告がなされている(H.R. Loyn, 1977 参照)。 英語、ノルウェー語、デンマーク語は当時、同一言
語と言っても良いぐらいに酷似しており、ブリテン 島を支配していた以前のノルマン・フレンチとはか なり異なっていたのである。前述の通り、当時とし ては、英語、ノルウェー語、デンマーク語はゲルマ ン諸語の一部を話す人々に取っては、互いに単なる 一方言にしか過ぎなかったのであろう。
13 世紀の Gunnlaugs saga ormstungu (The saga of Gunnlaugr serpent-tongue) によると当時 のアイスランド人による言葉と文化がいかにブリテ ン島に影響を及ぼしていたかがうかがえる(Bruce Gelsinger E., 1981 参照)。1002 年から 1003 年に かけて、ロンドンに滞在していたGunnlaugr はそ の歴史物語で次のように記録している。「当時、イン グランドを支配していたのはAEthelred であった。 そして、使用されている言語はノルウェー語とデン マーク語とほぼ同じものであった。しかし、William the Bastard がイングランドを支配すると、それ以 降、フランス語が広く行き渡るようになった。 William the Bastard はフランス生まれのフランス 人である。」AEthelred は当然、古ノルド語を理解 することができたと考えることができる(William G. Moulton, 1988 参照)。中世のゲルマン諸語は端 的に表現することが可能であるとすれば、同じ語族 なので個々の言語において基本的に、形式と語彙の 面でほぼ統一されていた状況にあり、お互いに酷似 していたと捉えられる。当時のドイツ語、オランダ 語、ノルウェー語、デンマーク語、英語は前述の通 り、方言の一部にしか過ぎなかったのである。すな わち、これは現代において、ゲルマン諸語にそれぞ れ、分類されている個々の言語は形式、語彙、音韻 の面でかつては同一であった状態が存在していたこ とを示唆するものである。元々、唯一無二の言語α が存在していたとすれば、歴史の推移と共に、複数 の言語が枝分かれして、創発されたものが現代のゲ ルマン諸語に属するものであると考えられる。突発 的に、同時にシンクロナイズされた個々の言語では ない。やはり、現代であれ、古代であれ、時代を問 わず、人々の交流から育て上げられる文化が言語体 系に与える影響は複雑な認知的要因を「環境」とい う生活の場に織り込みながら、計り知れることなく その恩恵に我々は浸っているのである(注7)。言語 変化と文化との歴史的・共進性は語用論的な問題と 言い換えることができる(井出祥子、2006 参照)。時 代を問わず、人々の交流が盛んになると借用される 語彙、さらには文法体系の数は増幅し、そのような 機会は互いの言語の間で活発に行われてきたに違い ない。それらの歴史的変遷の結果として我々が得て いるのが現代に生き残っている諸々の言語と言語体 系である。このような人々を介した言語接触を繰り 返すことによって、相互理解(mutual intelligibility) の程度は益々、上昇していくものである。 古英語期の詩(Anglo-Saxon poetic)で古英語が 用いられている、と基本的には考えられてはいる。 ところが、The Battle of Maldon, The Battle of Brunanburh, The Capture of the Five Borughs, The Coronation of Edgar, The Death of Edward に代表される作品はすべて、古ノルド語からの多大 な影響を受けていることが充分に示唆される (Magnūs Fjalldal, 2005, Yaron Matras, 2009 参 照)。イングランドであっても南西部であれば、ウエ スト・サクソン方言のみでこれらの古英語の詩が描 かれていたという確かなソースがあれば、古ノルド 語からの影響は最小限であろう。再度これは、ウエ スト・サクソン方言が唯一、古英語のオリジナリテ ィを最も多く現代に残しているというリサーチに基 づくものである。古ノルド語は当時のブリテン島の 人々に取っては馴染みの深い言語であったであろう ことはすでに述べたが、さらに、ヨーロッパ大陸北 西部とスカンディナビア半島北西部では各民族間で の共通語として使用されていた可能性も否定できな い。その古ノルド語は現代においても、かなりの影 響力を持っており、イングランドには地名を始め、 多くの古ノルド語起源の語彙が残っている。 Fjalldal は約 1000 年頃にはイングランドを中心に して、ブリテン島の人々はすでにノルウェー、デン マークとの交流は最高潮に達していたので、互いに コミュニケーションを取る上では支障をきたすこと はなかったとした上で、彼は Foote and Quirk (trans. and eds.)(1953)に注目する。この研究におい ても古ノルド語と古英語との酷似性があらゆる点で
認められている。さらには、古ノルド語、古英語そ して当時の古アイスランド語との類似性にも触れて いる。確かに、地理的近接性を考慮するのであれば、 スカンディナビア半島からと同じ影響力があったこ とを想定することは困難ではない。1000 年はノルマ ン・コンクウェストの約60 年前のことである。そ うなると、デーン・ローが定着していたブリテン島 では古ノルド語を中心とする古英語、古アイスラン ド語を加えた言語の3 重構造が形成されていたこと が考えられる。古アイスランド語に関しては、ブリ テン島での言語体系の変化についてあまり言及され ることはない。しかし、全くの領域外として考慮す る必要はないとして片づけられる理由はどこにも無 いのである。やがて、この複雑で、やや奇妙な言語 3 重構造の体系の中へ、約 60 年後、ノルマンジー地 方のノルマン・フレンチが大量に流入し始めるので ある。 ブリテン島を取り巻く当時の言語学的考察は複 雑、極まりのない点も含めてこれからの「英語」と いう今日でのグローバルな言語という立場を考慮す ると、非常に意義深いものがある。同じゲルマン諸 語に属していて、互いに一方言にしか過ぎない立場 にあるここの言語の間では、多かれ、少なかれ、類 似点ないしは酷似点もあれば、相違点もあったに違 いない。このような観点から、古英語、古ノルド語、 古アイスランド語さらに、時代は過ぎて、語族は異 なるのではあるが、ノルマン・フレンチ、それぞれ の間での相違点・類似点を比較、あるいは対照させ て、改めて、見直すこともさらに有意義な研究姿勢 であると、考えたい。このような研究姿勢と密接に 係るのが近年、特に台頭しつつある認知類型論 (Cognitive Typology)である(注 8)。認知類型論が 対象とする個々の言語は主として、現代にまで生き 残っているものである。そして、類型論の視点から 観察して見るとき、文法的・語彙的・形態的・音韻 的には互いに異なる特徴を持つそのような言語体系 の類似点と相違点とを見据えながら、すでに触れて おいた当該言語間の社会・文化的特徴を多分に考察 するスタンスの中へ取り入れて個々の言語の姿を解 明 し よ う と す る 研 究 と な っ て い る(Susanne Kemmer, 2003, 堀江 薫・プラシャント・パルデ シ、2009 参照)。このような研究姿勢を軸として、 現代に残っている古典的な言語、先程から述べてい る古英語、古ノルド語、古アイスランド語さらに、 ノルマン・フレンチについて、認知類型論の視点か ら諸々の言語を洞察することが可能であるとすれば、 それらの研究は新たな側面を認知類型論にもたらす ことができるのである。古英語の中でもウエスト・ サクソン方言は特別な立場にあるので、古ノルド語 とウエスト・サクソン方言、古ノルド語とウエスト・ サクソン方言を除いた古英語の諸々の方言を洞察す ることは大変、有意義な姿勢であると考える。 取り分け、認知類型論は隣接分野として人類学、 文化学を始め、社会言語学、脳神経科学とも密接に 関わる。また、認知類型論は言語接触から遠ざかっ て考えることはできない故、社会言語学とも関係性 を密にするが、これらの要素は認知言語学の中の文 法化の研究に収束され得るであろう。認知類型論が 試みるアプローチは認知歴史言語学(Cognitive Historical Linguistics)に相通じる研究体制と見る ことができるであろう。それは、認知類型論が歴史 的に繰り返し表れ得る言語表現のパターンを注意深 く観察することで、意味と形式の一対一対応がいか に体系的になされてきたかを通時的に見ることに他 ならない。 3. 結語 言葉の創発性を動機付けているのは文化・人 種・居住地域という様々な要因が複雑に絡み合った 複合体に他ならない。8 世紀頃から 11 世紀頃までの ブリテン島での言語環境を考えてみると、まず、第 一に頭の中に浮かんでくるのが言語接触の活発さで あろう。古英語のオリジナリティを存続していたの は、イングランド南西部のウエスト・サクソン方言 のみであったということは驚きに値する。その他の 地域の方言はスカンディナビア半島、ユトランド半 島からのヴァイキングに代表される人々が使用して いた言葉によって多大な影響を受けるのである。た だし、ウエスト・サクソン方言はアングロ・サクソ ン人がヨーロッパ大陸北西部から移住してくる以前
のケルト語に多大に影響を与えていたことも充分に 考えることができる。現代英語の土台となったのは このウエスト・サクソン方言ではなく、デーン・ロ ー地域に近接していた地域に生活していた人々が使 用していたとされるイースト・ミッドランド方言で ある。この方言が使用されていた地域にはロンドン、 オックスフォード、ケンブリッジが含まれている。 すなわち、現代英語の土台となったイースト・ミッ ドランド方言はノルウェー、デンマークの影響をも ろに受けたアングロ・ノルド語を基盤に拡張した言 語であったことは確かである。さらに、ノルマン・ フレンチの影響を受けることになるのでラテン語系 の性質もかなり反映されることになる。屈折変化の 消失、大母音推移現象はラテン語系言語の流入とノ ルウェー、デンマークからの言語体系に加えて、あ まり、言及されることがなかった古アイスランド語 による影響も、直接ではないにしても間接的な関係 性を考える余地は残されていると考えたい。 ブリテン島の言語接触は大変、稀な言語現象の 一つに他ならない。互いが異言語であるにも関わら ず、理解できることは何も同じ語族に属していたと いうことだけではなさそうである。やはり、繰り返 し行われる言語間との実用的な交流の賜物で、用法 基盤に基づく言語体系の定着でしかあり得ない。日 本最古の仮名文学の一つとされる「竹取物語」があ る。やがて、中国との交流が政治・文化・商業・産 業の面で交流が著しくなるにつれて、言語の面でも 多大な影響を日本は受けることになる。仮名に加え て、「漢字」の文化が大量に流入することになる。以 降、漢字は日本の語彙体系にどっしりと、定着し今 日に至る。これは、ブリテン島でのノルマン・コン クェストによるラテン語系の語彙が流入して、アン グロ・ノルド語の語彙体系に影響を与えたことと、 程度の差こそあれ、影響を受けたパターンは似てい る。我々が全く、中国語を学んだことがないにして も、初めて中国語の新聞を見たとき、全てではない が、意味を理解できることがある。古英語と古ノル ド語についてもこれと似た推論と類推の認知機構に よる言語理解であると考えられる。 注 1. 言葉の創発性をトピックにすると、「脳」と「言 葉の創造」との相互関係は具体的にどのような観 点から記述され得るであろうか。脳科学の場合、 医療や教育の分野にも実用的な手法として取り 入れられている。人間の高次機能の探求という基 礎科学的な目標設定の中には言語学を含めた人 文科学系の分野も中心となりつつある(横山輝雄, 2009 参照)。 2. 脳科学の基礎科学的探求についてはそれらのリ サーチに携わる人々の人間観、自然観との関係が 重要視されてくる。さらに、人間観、自然観とリ サーチとの関係性は何も脳科学に限られたこと ではない。数理系、人文系の分け隔てなくあらゆ る分野でのリサーチにおいても濃密なものであ り得る。例えば、分子生物学、社会生物学、進化 心理学のリサーチが進むにつれて、新たな人間観 が台頭してくる。心理学、社会学そして倫理学に ついては伝統的に自然主義的な人間観が基本と されている。 3. 約 8 世紀のブリテン島は古英語の時代である。時 期を同じくして、日本ではちょうどこの頃、仮名 の作品が発表された。「竹取物語」である。日本 最初の仮名作品ではあるが、現代においても様々 な説が上がってはいるものの未だに作者は不詳 となったままである。さらに、「竹取物語」が書 かれた年代も正確なところは解明されてはいな い。8 世紀頃の英語もしくは日本語を読み解く資 料としては、それぞれ、古英語による詩であれ、 当時の日本語の仮名物語であれ、文法と語彙の面 でかなり参考になっていることは事実である。そ れに加えて、より注目され得るべき点はすべての 作品においてではないものの、その時代背景とな る生活習慣を代表とする「文化」を推し量ること ができることである。これは文化学・人類学にも 通じることで、認知と言語との関係を考えると、 認知言語学が認知人類学を基盤にして発展した ことを省みれば、重要なポイントになる。それに しても、今から1300 年以上も以前に書かれた作
品、ブリテン島では古英語が話されていた時代に、 「竹取物語」のかぐや姫は月からの使者であり、 満月の夜に月からの使者がかぐや姫を月に戻る ために地球にまで、迎えに来る、というあらすじ は現代における SF を題材にした著作、映画(cf. 「未知との遭遇」、「E.T」、「スター・ウォーズ」、 「ターミネーター」など)に充分、通じているこ とは驚くべき物語設定である。取り分け、「竹取 物語」では冒頭部分である。竹取の翁が彼の仕事 である竹細工を作るための材料を調達するため に竹林に入り、そこで、竹の一部分が「光る」の を見る。この竹が「光る」という状況設定は当時 としても、そして、もしかすると、現代でも画期 的な印象を持たせるもので、1300 年以上も前に 書かれた作品にしてはいまだに、新鮮味を我々、 読者に与えているものではないであろうか。「竹 取物語」に一貫して流れているモチーフは現代人 がともすれば、忘れかけている「人を大切に思い やる心」である。 4. 環境の変化と共に脳は多機能性を発揮する。脳は その場に応じて最も妥当な思考法・運動を選び出 すための認知機構である。感覚ニューロンから直 接運動ニューロンへ伝えられる反射が脳機能の 中心となっている。しかし、環境と共に複雑にな るにつれて、「感覚」と「運動」との間に情報処 理の多様性が介在することになる(山本愛実、奥 田次郎、鮫島和行、坂上雅道 2008、坂上雅道・ 山本愛実 2009 参照)。このような複雑な機能を 持つ脳は仮に同じ環境刺激に対しても、その文脈 に応じて異なる反応を選択する。認知言語学が提 唱する二極構造は意味構造と音韻構造との対を 成すもので、「環境」刺激に対応して音韻構造を 変化させて意味構造をそれに随伴する形で変化 させ、語彙の創発性を促してきたと言い換えるこ とができる。「感覚」による刺激と「運動」によ る刺激と傍受することで、結局は言語体系までを も変化させることになる。特に、言語の歴史的変 化などは、書物上の情報のみでしかその変化のプ ロセスを推測することに留まるが、政治、経済が 大きく変化するその時代に生きていれば、刺激に よる言葉の創発性はより現実観を覚えることに なろう。取り分け、近年の脳科学研究は言語学以 外にも経済学、哲学、心理学、生物学、倫理学な どの周辺・隣接分野の知見を取り込みながら発展 してきている。 5. 食品総合研究所によると、味を記憶する時、主に 言語を掌る左脳と音楽や図形などの感覚的な情 報を扱う右脳とを同時に働かせているという。右 脳で言葉の強弱、リズムを判断する部分が活発に 働いて、食材の違いに由来する微妙な味の質感を 評価している。こうした質感は漠然として曖昧な ので、記憶したり、思い出したりする場合は言葉 が非常に重要な役割を果たす。例えば、ワインの ソムリエは香りを「ぬれた落ち葉」、「秋の森」、 コーヒーの味を評価する人は酸味を「あんず」、 「ブルー・ベリー」などと多彩に表現することが できる。ところが、一般の人間にとっては「甘い」、 「苦い」という狭い語彙表現でこと足りる。また、 味を評価する専門家は質感を「フラット」、「クリ ーン」と表現することが可能である。脳の働きの 違いが注目される。それは、言葉が新しい意味を 創発させる時にも当てはまることである。その昔、 関西でしか使用されていなかった「まったり」(ま ろやかで、こくがある)という質感を表す言葉が 広く全国的に認識されるようになると、意味拡張 を起こして、曖昧な質感にも使われるようになっ たおかげで、その結果、新しいおいしさに気が付 くとう現象が起きている。言葉によって、「おい しさ」自体が影響を受けている。これに関係して、 マウスはカロリーの高い油脂や甘味に没頭して しまうと、脳内に快楽物質が分泌される。それで は、人間はどんな食べものに「渇望」感をいだく か、という問いに対しては、欧米では「チョコレ ート」で、日本では「ご飯」という結果が報告さ れている(読売新聞、平成21 年12 月27 日、朝刊、 参照)。また、飲み物ではそれぞれ、味を区別す るために数字を使っていたが、それを「レモン味」、 「コーヒー味」という「言葉」に換えたとき、「味」 と「ラベルのイメージ」が一致すれば、おいしさ や、新鮮さへの評価が上昇することが分かってい
る。生理的な要求を超えて「おいしさ」を見出す のが人間という認知主体が持つ本質である。言葉 はその重要な案内役を果たすが、言葉によって 「おいしさ」自体も影響を受けているのである。 6. 言語と認知との相互関係はあらゆる言語におい てもその興味深い様相を見せる。例えば、日本語 の形容詞の意味の拡張と変容についてもいろい ろと広範囲にわたる語用論的諸相が理解できる (仲本康一郎、2009 参照)。 7. 語用論的解釈の問題となれば、その中心となるト ピックはどのように言葉を使えば円滑なコミュ ニケーションが成り立つか、である。それらの課 題に対する一つの試みとして、特に際立ちを放ち 始めているのが「ポライトネス」である。ポライ トネスの方法論が芽生え始める契機となったの はかなり以前にまで遡る。1970 年代の初頭、シ カゴ言語学会(Chicago Linguistic Society)では生 成意味論(Generative Semantics)という言語研 究に基づく発表が中心となりつつあった。後に、 生成意味論はLangacker に代表される空間文法 (Space Grammar)を経て認知言語学、認知文法 (Cognitive Grammar)へと発展し、確立される。 1970 年代、ポライトネス理論の先駆けとなるよ うな研究を積極的に行っていたのは Robin Lakoff で あ る (Robin Lakoff, 1972, 1973, Yamanashi Masa-aki, 1972 参照)。「言語」をコ ンテキストと分離して研究してきたのが当時の 構造言語学、生成文法論である。そうではなく、 言語を発話の中で、その流れに沿って考えていく 方法論である。発話とコンテキストとの関わり、 取り分け、話し手の意図するところと発話形式と の密接な関係に注目した研究である(Penelope Brown and Stephen C. Levinson, 2007 参照)。 8. 認知類型論としての研究が言語学の 1 領域とし て本格化するのは21 世紀に突入してから、以降 で あ る 。2000 年に「国際認知類型論学会 (International Conference on Cognitive Typology)」がベルギーで初めて、開催されてい る。人間の知の営みを新たな切り口として、従来 の言語類型論を問い直す試みであると言える。い わば、認知言語学と言語類型論がうまく、融合し、 発展する姿が今後、大いに期待される分野である。 参考文献 (日本語) 井出祥子 (2006)『わきまえの語用論』,大修館書店. 金杉高雄 (2009)「カテゴリー拡張に基づく英語指示 代名詞の認知的分析-指示代名詞 that の歴史言 語学的考察を中心に」,『認知言語学論考 No. 8』, pp. 275- 335, ひつじ書房. 児玉一宏・野澤 元 (2009)『言語習得と用法基盤モ デル』,研究社. 坂上雅道・山本愛実 (2009)「意思決定の脳メカニズ ム」,『科学哲学』,第42 巻・第 2 号,pp. 29-40. 仲本康一郎 (2009)「評価の局面と解釈の階層性」, 第12 回日本語用論学会口頭発表資料. 堀江 薫・プラシャント・パルデシ (2009)『言語の タイポロジー』,研究社. 山梨正明 (2009)『認知構文論-文法のゲシュタルト 性』,大修館書店. 山梨正明・辻 幸夫・西村義樹・坪井栄治郎(編) (2009) 『認知言語学論考 No. 8』,ひつじ書房. 山本愛実・奥田次郎・鮫島和行・坂上雅道 (2008) 「脳内情報処理に及ぼす知覚的曖昧性の影響」, 『日本神経回路学会誌』,第15 号,pp. 3-17. 横山輝雄 (2009)「脳科学と科学研究の目標設定」, 『科学哲学』,第42 巻・第 2 号,pp. 1-13. References (English)
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