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20世紀前半中国の山東省における葉煙草栽培について

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(1)

20世紀前半中国の山東省における葉煙草栽培について

The Tobacco Cultivation in Shantung Province of the Early       Twentieth Century China

吉 田  法  一一 Koichi YosHIDA

(昭和52年10月11日受理)

 1 はじめに

 1930年代初頭,インドにつぐ世界第2の葉煙草産出国であった中国は・同年代後半にはイン ドを追い抜いて首位に立った。(1)この中国産葉煙草の大部分は在来種であったが,紙巻煙草 工業の原料となるアメリカ種葉煙草においても,同年代にはアメリカにつぐ第2の生産国とな

った。(2)アメリカ種葉煙草を栽培する農民は,30万戸・2,000万人・作付面積は100万畝・生 産高は2億封度・3,000万元に達していた。(3)1913年にはじめて中国に移植されたアメリカ 種葉煙草は,わずか20年で,山東省東部・河南省中部・安徽省北部tC−一一大生産地帯をつくりあ げたのである。その発展はめざましいものであった。

 この葉煙草生産の発展について,天野元之助氏は次のように述べている。(4)「農産物の商 品化は,多く旧来の生産関係のままで起っている。そして外国資本主義勢力の農村浸透は,農 作物の面からみれば,原料品作物への編成替えとして,明瞭にとらえられる。たとえば山東東 部_……の米国種煙草,河北・山東………の棉花・江蘇・漸江・広東の蚕繭などのごときは・

その代表的なものである(………)。しかもそれら特用作物の商品生産は,富農・中農層のみ ならず,貧農層にまで普及し,かつ其の商品化率が,富農層におけるよりも,中・貧農層にお いて,より高いところさえ見られた」.本稿は,山東省におけるアメリカ種葉煙草の生産と流 通の一端を通して,旧来の生産関係のもとでの商品作物への編成替えと,貧農の商品生産とに 関する従来の評価の再検討を意図したものである。この際念頭にあるのは,いわゆる「資本 のための隷農」概念であり,また「農業の商品生産化は農業の資本主義化を促進せず,かえっ て半封建的諸関係を強化する」(5)という理解である。

2 葉煙草市場の構造

 (1)アメリカ種葉煙草市場の形成

 紙巻煙草が初めて中国に輸入されたのは1890年のことであり,その時の輸入額はわずか10万

元にすぎなかったが,(6)この最初の輸入商社アメリカのMustard&Co.は,翌年にはすでに

1台の捲姻機をとりよせて,中国で紙巻煙草の製造をはじめた。(7)この後,中国市場をめぐ

って英・米・中・日の煙草資本が激しい争覇戦をくりひろげる。外国資本の中で最大の会社が

British American Tobacco Company China(B.A.T・英美姻公司,1934年以降葉煙草収買部

門は振興公司,製造販売部門は願中公司となる)である。同社は英・米両国煙草独占体の妥協

の結果,中国ではイギリス系のW.H.&W illsとアメリカ系のAmerican Cigarette Co・とを

(2)

合体して・1903年に香港で設立された。(8)中国資本の煙草工業もまた同じ時期に出発した。

その中で最も有名なものが,南洋兄弟姻草公司である。(9)この両者を焦点とする中外煙草産 業資本間の競争が・中国におけるアメリカ種葉煙草栽培をよび起こした。第1表は1930年代前 半期における中外資本間の紙巻煙草市場の占有率を比較したものである。

1932 1933 1934 i1935

i,

      第1表巻煙草市場の比較 単位1,000本

i ee[E:i売上数%1中国資本・/・i外言轟1%輸 入

       l      i 58,733,177

88,594,549 53,012,806 57,401,403

100 100 100 100

23,939,350 25,525,195 27,912,771 23,115,323

41 29 53 40

34,112,406 62,819,077 24,898,955 34,108,842

已12S7・741・93S ll・・1・…492,63939155,939,28・1

58 71 47 60

681,421 250,313 201,080 177,237

 1

60     1,310,051    1

〔注〕 上表は『中国近代工業史資料』第2輯 131頁,同第4輯456頁, 『南洋兄弟姻草公司資料』

 411頁に引用されているが・この三表の単位が,各々無し,元,千元となっているのは誤りである。

〔出所〕 Chen Ibid., P.38 邦訳 72頁。

 (2)アメリカ種葉煙草生産の発展

 煙草工業が生まれてからほぼ10年後の1913年,B.A.T.と南洋公司はあいついで,アメリカか らバージニア種を輸入し,国内への移植を試みた。この間,原料葉はアメリカから輸入されて いたが,煙草資本はより安価な原料を国内に求めたのである。元来,中国は世界有数の葉煙草 産出国ではあったが,16世紀以来の長期の馴化過程の中で退化した在来種葉は, 「皮統姻」・

「早姻」の材料とはなっても,qo)近代工業の原料品には不適当であった。新たにアメリカ種 の導入が必要だったのである。B.A. T.は自然条件,近代交通網の便などを考慮して,在来 種の産地であり,かつ膠済鉄道・京漢鉄道・津浦鉄道の沿線にある,山東東部・河南中部・安 徽北部で試植を開始した。山東省では青島付近での失敗ののち,より気候の温暖な膠済線中部 の坊子で試植に成功した。(11)

 アメリカ種と在来種の流通面における最大の違いは,技術的側面では,原料葉の乾燥の仕方 にある。在来種は収穫後天日乾燥させるだけで商品となる。ところがアメリカ種の場合は,農 民の手による乾燥と収買商社の手による再乾燥(工場焙焼)との二つの火力乾燥を経なければ原 料商品となることができない。農民の行なう乾燥は原料葉の第一次加工にすぎず,それのみで は長期の流通期間に耐える商品とはなり得ないが,それでもこの乾燥工程は高度の技術と資本 とを必要とする。新たに乾燥小屋を建て,外部にとりつけた櫨で石炭を燃やし,その強い火力 を鉄管で小屋の内部に伝え,内部に吊した原料葉の水分を蒸発させなければならない。収買商 社の行なう再乾燥は,これよりはるかに大規模かつ精密な作業である。第1次乾葉で10−15%

となった水分を,再乾燥で10%前後にまで減少させ,容積を小さくして樽詰にする。(12)輸送 に便利となるだけでなく・この樽内で自然に発酵がおこり,「2・3年貯蔵したものが適当に 熟してよいと言はれてゐる」。(13)

 火力乾燥の他にも,後述するように,栽培過程では,肥料として大豆粕を使用しなければな らないこと,種子の促芽処理から収穫にいたるまでに多量の労働が要求されること,完全な商 品作物であって自家消費できないこと等々のため,農民の態度は慎重であり,はじめてアメリ

カ種をみた農民は「頗守観望態度,大都不敢貿然下種」(14)という有様であった。

(3)

      

 B.A. T.は「在来煙草の栽培に経験ある付近農家に,種子・肥料を給し,櫨屋(乾燥室)用

      

鉄管・寒暖計等を貸与」(15)して,生産費を援助するとともに技術指導を行ない,さらに生産

       e       e      

葉は「一封度当り一等品大洋三角,二等品二角,三等品一角と,等級及び価格を定めて買上げ る」㈹ことによって,農民の不安を解消しようとした。「農民の関心を惹く程度の価格」(17)

が現金で支払われたこと㈹とあいまって,農民のアメリカ種葉煙草栽培への関心は強まり,

その生産は急速に拡大することとなった。1920年頃には,年間200万元の種子・石炭・大豆粕 がB.A. T.によりにより配給されたと言われる。(19)農民への生産手段の供給は,間もなく商 業・高利貸資本の介入にとってかわられた。しかし,収買過程からの中間商人の排除は巧みに行

第2表 山東省葉煙草生産統計

東 部一.L_中

       

1面酬生産量

      部

面倒生産量

      部    合     計

 西

一..一

@一一一一一・一...一一一一一一一1−一一一一一一一一一

      面 積  生産量

    生産量 面 積

11913

114 115 111

1  20

21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36

 町歩   4

 45

 240  600 1,000 1,500 2,100 2,630 3,250 1,075 2,200 2,600 1,620 1,161

 968

2,064 2,337 2,700 3,500 3,510 3,861 3,550 4,550 4,550

 1,28圓

;1:lll l

 180,000  280,000  330,000  630,000  946,800 1,105,000  290,250  792,000  780,000  583,200  348,000  377,520  343,040  886,540  999,000 1,123,200 1,263,600 1,389,960 1,180,000 1,274,000 1,365,000

鴨㌘

111

;:1器

1:‖:

1:ll9

;:裟

1麗

1駕l

l:㌶

3,840

   貫1  3・6001  32,2001  112,000  420,000 1

    1

 540,000  444,600 1,354,300 2,340,000 2,380,000  674,880 1,738,000 1,125,600  664,000  398,000  458,460 1,207,140 1,027,680 1,610,000 1,545,600  996,000 1,095,600  796,500  882,000 1,036,800

町歩

 150  370  600  130  440

1,257 1,005

 905  904

2,507 1,965 2,600 5,980 6,280 9,420 12,246 17,145 18,860

 45,000 133,200 210,000  33,800  154,000 427,380  381,900  281,000  343,520  902,502  687,750  962,000 1,794,000 2,260,800 3,768,000 4,531,000 6,000,000 6,037,000

 町歩[

 16

 160  640

2,000 3,000 3,840 6,857 9,500 12,350 4,757 8,140 8,547 4,700 3,394 3,191 8,229 8,584 9,900 15,010 13,110 16,933 18,746 25,530 27,250

   貫   4,880  45,250  181,640  600,000  820,000  774,600 2,029,300 3,420,000 3,695,000  998,930 2,684,000 2,332,980 1,629,100 1,027,000 1,179,500 2.452,700 2,601,970 3,571,000 4,462,800 4,520,400 6,253,560 6,507,500 8,156,000 8,438,800

〔注〕 上表は日本側商社の推定にもとつくものであり, 『山東の物産』第1編(未見)・『山東農  業経済論』,『青島日本商工会議所経済時報』第9号,『膠済沿線に於ける黄色葉煙草生産状況調  査』, 『青島日本商工会議所所報』第37号,『山東黄色葉煙草の生産並に収買機構の発展』等に記  載されている。

〔出所〕 天野元之助『中国農業の諸問題』 (上)技報堂 1952年・141−42頁。

なわれ,個々の農民とB.A. T.との間には,産地における独占的買付の実績の上に,種子の配布

等を媒介とする「栽培契約」,(20)「直接的結合関係」(2Dが結ばれた。またB.A.T.は「収買場に

(4)

於ける販売者の一人当り搬入量を八連に制限し」た。(22)しかしながら間もなく,第1次大戦期 に急速に発展した民族煙草工業および日本収買商社の進出は,三つどもえの収買競争をもたら し,「濫買競争」(23)による価格上昇,栽培地域の急速な拡大とともに,「契約栽培」は「自由 売買」に移行した。 「英米トラストの契約栽培者として種子・肥料・石炭等の配給を受けなが

ら,その生産物を日華収買人に販売した農民数は,総契約農民中の四分の一にも達した」(24)と 言われる。B.A.T.はこれに対処すべく,「櫨屋票」(25)を発行して,この票の持参者にかぎり 収買するという方法を採用したが,買付競争の激化の中で,次第に「契約栽培者以外のものか らの収買量が増加し」(26)ていった。八連の制限がくずれたこと,栽培地域が拡大していったこ とから,収買過程に若干の中間商人(養販)が介在することが可能となったけれども,(27)基本 的にはB.A. T.なり中・日の商社なりが直接に生産者から買付けるという方法は維持された。

 ③ 葉煙草の取引過程

 在来種の交易では,直接生産者農民から末端市場にいたるまでに多くの商人が介在していた けれども,(28)アメリカ種の場合は煙草資本が直接に農民から購入するという方法がとられてい る。各商社は産地に半永久的な収買場を設け,特にB.A. T.や南洋公司などは取引中心地に再 乾燥工場を建設していた。葉煙草栽培農民の前には,イギリス系のB.A. T.,(29)アメリカ系の ユニバーサル,日本の合同・美星・山東,中国の南洋・華成などの国際的な収買網が集中して いた。B.A. T.の収買事情は以下の如くである。(30)

 1.農民は葉煙草を肩にかついだり,車に積んだりして収買場に運んでくる。

 2.収買場の門衛に「櫨屋票」の検査を受け,「号礁単」をもらって場内に入り,葉煙草を   「藤廉子」の上に一山ずつ並べる。通常一山が100封度であるが,どんなに少量でもよい。

 3.外人鑑定人が回ってきて,すばやく「看姻枯価」する。補助員がそれを「号礪単」に記   入すると同時に農民に知らせる。

 4.農民がその鑑定に同意すると(同意しなければ直ちに買上げ拒否)はかりにかける。

 5.最後に農民は「号薦単」を持って会計窓口に行き,現金と交換する。

 この取引過程において,農民は非常に不利な立場に立たされている。「祇有願中公司(B.A.

T.一引用者注)訂価的自由,而没有農民椚討価的自由」。(3Dこの農民に不利な交易方法は,付 随的に種々の損失をもたらしていた。たとえば,「櫨屋票」発行の際に買弁が手数料をとるこ

と,(32)はかりにかける際には必要以上の減量がなされること(農民は計量にも口出しできなか った),現金支払いの際,通貨の換算率の変動が農民に不利(買弁に有利)に利用されること 等である。(33)とりわけ問題となったのは葉煙草の等級付けである。上等葉と下等葉との間には 10倍以上の開きがあり,(34)鑑定人の一声が農民の翌年までの生活を決定するほどの重要さを持 っている。しかし,B.A.T.以外には十分に訓練された鑑定人の確保がむずかしく,そのうえ 下級巻煙草を主として生産している中国資本にとっては,(35)上等葉はそれほど必要ではなく下 等葉の価格で収買されやすいこと,また日本商社にとっては,日本の専売局へ納入するため日 本の等級付けが使用され,(36)B.A.T.に比して大まかとなっていることは,農民の鑑定への不 信をひきおこしやすかったのである。

 B.A. T.の巨大な資本と独占的地位は単に農民との関係で威力を発揮するだけでなく,日本

系・中国系商社に対しても圧力となっていた。B. A. T.は収買期当初には中・下級葉のみの価

格をつりあげて,他の商社の収買を困難にし,その後再び価格を下げて収買するという操作を

行なう。(37)B・A・T・の各収買場の洋人たちは毎週1回会合して,その週の買付価格を定めるの

(5)

である。(38)更にこの価格は日によっても変動する。鑑定人は毎朝収買場前の行列の多寡を見,

少なければ価格を少し上げ,多ければ少し下げるのである。(39)「収買価格は常に英米トラスト が建てて,中日商社はそれに追従」(40せざるをえなかった。第3表は,B. A. T.が最も多くか つ比較的安く葉煙草を買い集めていることを示している。B.A.T.(願中)は58%,ユニバー サノレ(聯華)は11%,日本の3社で13%,残り18%が中国商社である。日本商社の推定によれば

第3表 葉煙草収買状況1936年度 単位噸、

\\収買地点

1商社 \\

頭中(英)△

聯華(米)△

米星(日)

南信(日)

山東(日)△

華成(中)

南洋(中)

そ  の 他

東部 西

黄難1雌屯防子重墓1槻齢坊i楊酬辛司益都 合計1−一    %

2,550 1,2601

 …△gool l60

 1 6901   i

135  i

 l     i 192

△825  225

i△ i6150

300

810

可7,92。i i.83。1 S.77Sl 3.36。』。 SSSl

△ 1,200

11,140 2,820 435

225

180|

8101

75・1795

300  555 510 P105

   345

4501   2,430

 i240

6601 810

 1  −一一

△330 465

5,970 2,190

2,562

1,900 3,240 1,755

58 11 4 5 4 6 3 6451 4,8309

一平均単価

  元 428,78 536.78 394.55    ト 441.181    E 396.65 512.11 452・3『

412.24

合 ⇒4,7959・・1i,242i 7,26・12,…11・・3651 4・89・1・6・・8・14・8・・IS…321・・486・15i

〔注〕 1.前掲関弘『葉煙草状況調査』も上表と同じ,1936年度の収買状況を載せている。

     なお,平均単価は関氏による。

   2.上表中の△印は再乾燥工場の所在地を示す。商社名右肩の△印は青島に再乾燥工場をも      つものを示す。

〔出所〕 実業部国際貿易局編『於葉』商務印書館 1940年 61−68頁。

B.A. T.60%,日本商社20%,その他20%となり,(41)やや相違はあるものの,等しくB・A・T・の 過半数の収買を認めている。他の資料によれば,B.A.T.50〜60%,ユニバーサル15〜20%・日 本10%未満,中国20%である。(42)またBA.T.が80%との推定もある。(43)

 B.A.T.をはじめとする大収買商社,煙草資本の市場支配力の根拠は,結局以下の諸事情に要 約されよう。(/)農民の乾燥と工場焙焼との格差にもとつくもの。農民・地主・地方商人が収 買過程で主導権をにぎるためには,再乾燥工程を掌握する必要がある。しかし,彼らが自ら再 乾燥工場を建設することは,資本規模・技術・上海市場との結合等からみて,非常に困難であ ろう。自ら再乾燥工場をもたぬ群小の商人たちは,B.A.T.に再乾燥を依頼し,あるいは転売し ている。(44)(・)葉煙草鑑定技術にもとつくもの。山東の葉煙草農民がいかにB.A.T.の鑑定を信 頼していたか,逆にいえば他の商社の鑑定にいかに不信感をもっていたかは,たとえば,日中 全面戦争後の日本の葉煙草統制の困難さからもうかがうことができよう。(45)内 最大の要因で ある消費市場との関連。B.A.T.の国内巻煙草市場における高い市場占有率及びその国際的独占 体としての背景は,彼に購入量にしても,購入価格にしても無制限といってよいほどの購入能 力を与えている。

 このような市場構造の下では,農民の小規模生産と煙草工業の大規模消費との矛盾は,一方 的に農民に不利に,葉煙草の価値以下の販売に結果せざるを得ない。第4表は労賃部分が大き

く減らされていることを教えている。しかし念のために,これが「前期的収奪」ではないこと

を付言しておこう。

(6)

第4表 葉煙草農民の実質労賃取得率 単位元

葉煙草販売価格(A)

労       賃(B)

労賃以外の生産費(・)1 A   −   C (D)

A−C/B(実質賃金取得率)

1933年

灘  県 鳳  陽 嚢  城 30

20.1 27.2 3.5

 17%

17.5 16.9 9.6 7.9

47%

 5.6  15.3  7.3

−1.7

1934年 灘県鳳陽1嚢城

54.3 20.1 23.2 31.1

154%

12・11 16.9

9.1 3.0

19%

15.1 15.3 7.5 7.6

 50%

  〔出所〕 Chen Ibid., P.60 邦訳 113頁。

 3 葉煙草生産の特色   (1)葉煙草の生産過程

 葉煙草の生産が他の農作物に比較して,非常に多量の労働力と貨幣を吸収することは,よく 知られた事実である。葉煙草の生産過程は,栽培と乾燥の二過程より構成されているが,ここ では,乾燥工程のイメージをうるために,後者の作業内容のみ簡単に要約しておきたい。(46)

   第5表葉煙草栽培所要労働量

  1 益都県小田家荘1大畝所要労働量(750市斤生産)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

1作

種 温 播 澆 間 移 耕 鋤 追 覆 除 除 打 除 摘 小

業名1

子処 理

床準備    種    水    引    植

地 見 廻 地(中耕)

  肥1   土   虫   草   芯

贅  芽

  葉   計

 時    期 清      明    〃

4 月  中 旬 4月中旬〜6月中旬 4月下旬〜5月上旬

6 月 中 旬1

6月巾下旬i

立 秋

白 露 〜寒露

4月上旬〜9月上旬

人力已別翻

16 17 18 19 20 21

 3人  3  3  5 14 10  5  2  2 10  6  6 24 13 160

 男  〃  〃  〃  〃

 ・ク

 〃  〃  〃  〃  〃  〃  〃  〃 男又女

2.0

乾燥準備1 乾燥作業 地下室運搬

販出準備i 運搬作業

販    出 小    計

17.5 50 17.5

i10

「15

  6  116

{276

男又女  男 男又女

・ク

2.0

 備     考

作業は10日間継続 2名で1日半 2名で1日 2名2時間160回 2名で3日 7名で2日

10日 含除草

2名で1日

10日 3回 6回

1回4名で6回 5回,1回2名で1.5日

合 計

1回5日間5回

乾燥室→貯蔵所 6回行なう 6回

 2.O

I

一一

Q._P

〔出所〕 前掲 渡辺『一研究』163−164頁。

(7)

第5表 皿他作物との比較 単位 人

艦芦(識欝 膿彗指蝿瀧)指数 小田家荘 (3) 咋山荘 (4)

米種 葉

小 高

   粟

大 甘 落   花

煙 草 麦 梁

豆 藷 生

79 111

100

・9[

2

241.1 36,6 72.5 79 28.2 91.6

1001276 15113.7

30 132.1 33  39.4 12  14.6 38   i

_____i

100  5 12 14  5

103 20 32.5 15 30 25

100 19

32 15 29 24

〔出所〕 (1)はChen Ibib., P.56,邦訳 107頁。

    (2)は前掲天野『経済論』50−51頁。原典はSwen, Types of Farming in Weihsien      Chinese Economic Journa1. Aug.1928 (未見)。

    (3)は前掲 渡辺『一研究』145−165頁。

    (4)は前掲 鞍田『発展』54頁。

(a)9月上旬から10月上旬にかけて3〜4あるいは7〜8回にわたって下葉から順次摘葉す る。葉煙草は1大畝に4, OOO・−5, OOO株,1株に30(17〜20)枚の葉がついている。

(b)収穫した葉を2枚ずつ葉柄部を束にしてしばり,両方にふりわけて高梁桿を束ねてつくっ たさおにかける(葉編み)。長さ4尺のさおに35束(70枚)あるいは40・∨60枚の割合である。

(c)準備の終った高梁桿200〜500本を乾燥室内につるし,石炭で火力乾燥する(拷燥)・乾燥に は4尽夜5日間を要するが,この間の温度調節は葉色の変化状態をみておこなう経験的方法に たよっており,この作業は熟練を要する。この過程で1,500〜1,700斤の収穫葉は200斤ほどに

なる。

(d)乾燥後とり出した葉煙草は適当な湿度を与えるため, (半)地下の湿沽室へ入れ,1〜2 日間放置する。湿沽ののち,葉をぬいて連座の上に三尺位の高さに積み重ね,石をのせて軽く 押圧して乾燥をふせぐ。

(e)農具舎,納屋等の暗い風の当たらない湿度の少ないところに,連座(子)の上にのせて貯 蔵する。

(f)販売直前,再び地下室で湿沽し,葉を1枚1し押しのばして一昼夜放置した後,上中下の 三階級ほどに選別し,同質の葉20〜25枚位を一束にする。 (調理)・

(9)農民自ら一輪車あるいは大車のにせて収買場まで運ぶ。第4章で検討する小田家荘の場合 は,販売に1〜2日を要する。

 栽培過程も含めて以上の諸作業は非常な入念さをもっておこなわれる。その直接の理由は,

一等葉から九等葉までの大きな価格差にもとついている。葉煙草はわずかな自然,技術条件の

ちがいにも大きな影響をうける繊細な植物である。他方,近代工業の原料品市場はつねに一定

した品質を要求する。㈹この間隙は,小経営農業の下では,個々の直接生産者農民の勤勉な労

働によつて埋められなければならなかった。葉煙草生産は単に大量の労働を吸収するばかりで

はなく,質的にも高い労働を要求するのである。質的に高い労働が自己の生産物に愛着をもつ

家族労働力に頼らねばならなかったことは,すなわち小経営の枠内でしか対応できなかったこ

とは,華北農業の相対的後進性を示すものではあったけれども,収買商社の直接栽培一英米

(8)

日煙草資本の植民地大経営,いわば温帯葉煙草プランテーシ・ンの企みをあいついで失敗させ るほどに高い水準に達していたことは,(48)高く評価されるべきであろう。

 葉煙草労働の二つ目の特徴は,それが家族労働力をほりおこし,女性,児童労働及び雇傭労 働を一定の協業に組織することである。たとえば,(9),(e)の播種,移植は,灌水→播種→覆 土,苗抜き取り一→運搬 今灌水→移植の一連の作業から構成されており,前者では3〜4人,後 者でも2人の協力が必要とされる。(49)この必要は乾燥作業ではもっと切実である。収穫→運 搬→葉編み→乾燥室への吊込みは,収穫葉を陽にさらさないために,できれば午前中にすます

ことが望ましい。ところが葉編み作業だけでも1人1日200桿しかできないのである。(5D)葉煙 草が家族労働力規模で作付けされているのは事実であるが,一定品質の維持のためには,適期 に労働を集中させなければならない。華北農業ではじめて本格的に婦女子労働,少年労働の場 が開かれたばかりでなく,それを越える部分は,換工,あるいは雇傭労働が使用される。

 三つ目の特徴は・栽培過程と乾燥過程の矛盾である。(5Dこの矛盾を生み出しているのは,合 理的な乾燥規模と家族労働力による作付規模との不一致である。乾燥室の規模は,普通桁間18 尺・梁間12尺・高さ9〜15尺,6坪程度の広さをもっており,(52)1回の乾燥で400斤前後の乾燥 葉を得ることができる(80枚1桿の乾燥葉が丁度1斤であり,400本では400斤となる)。収穫 期間を20日間,1回の乾燥に5日間かかるとすれば,乾燥室は1シーズン4回転し,1,600斤 の乾燥能力をもつ・1大畝当り乾葉500斤の収量とすれば1乾燥室のカバーする範囲は3大畝

(9畝)前後であろう。(53)ところが,葉煙草の作付けは小田家荘では,平均O.6大畝,陳翰笙 氏の調査では・3.7畝であるから,平均経営では1乾燥室の能力に比してY2〜%の原料葉しか 提供できない。零細経営ではこの割合は更に甚だしい。乾燥室を満たさないで部分的に使用し ても石炭と労働力は同じだけ消費される。この矛盾が葉煙草生産農家にどのような影響を与え ているかは,後で考察したい。

 (2)葉煙草の生産費

第6表 葉煙草生産費 単位元

1 葉煙草生産費  1反歩当

栽 培 過 程

種    子 肥    料 労    賃 償    却  小  計 加

工 過 程

石    炭 労    賃

連座新調

乾燥室償却

 小  計 販売のための調理

租税 ・地代 運送

        L 1923  1924 11925

① ②1③

0.18  0,21  0.25 18    13.24i 17.45 11.18 12.38 15.29

1931

④ 0.2 15.33

5.07 1.0 29・36[25・8332・99121・6

4,71 3.57 0.54 1.87 10.69

4.44  5.21 3.74  4.64 0、62  0.62 1.87  1.17 10.67 11.64

9.2 4.42 0.5 1.85

1936

0.1 12.9 9.75 1.0 23.75

6.0 6.0 0.2 1.48   E 15.97 13.68

劔1;趨il認

合 計49・・6「45・嚇・12i宏7114・.18

〔注〕 *①の合計は47.96元となるが    原表は49.06元となっている。

   **③の合計は54.62元となるが    原表は55.12元となっている。

   ***④の合計は41.82元となるが    原表は46.71元となっている。

〔出所〕①〜③沢畠貞之助「山東地方に    於ける煙草に就て」『農業の満    州』第2巻第5号1930年91−

   93頁。

   ④前掲天野『経済論』75−77頁。

   原典は外務省通商局『山東経済    事情』1934年である(未見)。

   なお同表は前掲 関 『状況調    査1等に引用されている。

   ⑤前掲 『調査書』135頁。

(9)

ll他の作物との生産費比較 1931年 1反歩当

惨煙司大司高司粟

肥 料1・5・33 ol10・ooi10・00

労 石

r・5.47 11・97 i6・6・LS二旦

炭一 u『 ・1・L・

撒亘爾r2135f, ・1 0 0

==Pt・.7・1・・5・1・・5・ 1

石賦負川1・251・・25・・25

蓉産計㍉45・3・3・72 119・36[

粗収益⇒63・5・9・・7 122・・il21・71

1.50

1.25

19.33

舗麟18・2・1 6・15い・7912・38

倒Al28・・12・3112…2・・

議一百丁39・4}6・11・3・71・3・5 算IB三…ri・・313・sl・・7い・5

〔出所〕前掲『発展』50頁。原典は『状況調査』

   77−82頁。

 前節の生産過程の特色は,葉煙草生産 費の中により強く反映される。その生産 は多量の労働力を消費するばかりでな く,その労働力を消費する場をつくり出 す。栽培過程では井戸の建設と大豆粕の 使用,乾燥過程では,乾燥室の建設と石 炭の使用である。第6表1の各地点・各 年度における数字は各々かなりのバラツ キがあるけれども,全体に共通して肥料

・石炭・労賃が経営費の三大要素であ ることが分る。葉煙草は,当時の山東省 ではもっとも集約的な作物であり,労働 力の手抜きが不可能であるように,大豆 粕を土糞で代用したり,石炭を高梁桿で 代替すれば,たちどころに品質を悪化さ

せるのである。(54)

 大豆粕はほぼ500斤/大畝,石炭は200 斤/100封度が投下されている。(55)この 両者は経営の外部から購入しなくてはな らない。労賃の大部分は,家族労賃見積額として計算はされるが,勿論現実に支出されるわけ ではない。この点で石炭と大豆粕が商業的農業化をおしすすめる力は,労働力より更に直接的 である。もともと個人的消費のための現金収入を目的にはじめられた葉煙草生産は,生産のた めの現金収入を要求し,農家を一層貨幣経済の渦中におしだすのである。

 (3)葉煙草生産と商人・高利貸

 葉煙草生産地帯で商人・高利貸の跳梁がとくに甚だしいことは,つとに陳氏によって詳細に 調査研究されたところである。この根拠は,同地帯における葉煙草生産の発展によってひきお こされた商品=貨幣流通量の飛躍的な増加であり,大規模な収買と分散した小規模な生産との 裂目の利用である。前節の葉煙草生産のもつ諸矛盾は,あげて高利貸・商人に絶好の活動の場 を提供する。村外の(城・鎮の)石炭商・肥料商は小農民への肥料・石炭の供給を利用し,村 内の富農らは乾燥室の使用を手段として,中・貧農を収奪する。この商人・高利貸の具体的な 活動については,本稿で引用している陳翰笙・服部満江両氏の研究を参照されたい。

 4 益都県の一農村における葉煙草経営  (1)葉煙草生産の普及形態

 葉煙草生産地帯は,地域的に特殊な姿を示している。膠済線始点の青島より148kmの咋山駅 から西して280kmの辛店駅までのほぼ130kmの鉄道沿線に,「北20粁・南50粁」(56)の帯状に広が っており,灘県を起点として鉄道をはさんだ巾70kmの帯が30年間にしだいに西進していった のである。しかしながら個々の農家の葉煙草栽培はこれに劣らず特殊な様相を呈している。

 第7表1をみると,経営面積の10〜20%が葉煙草栽培に使用されており,しかも一農家につ

いても,ほぼ同様の傾向がみられることがわかる,これを葉煙草作付率の最も高い孟家櫨にっ

(10)

いてより詳しく経営規模で区分したものが第7表皿である。

第7表葉煙草栽培の普及形態1

_総戸数麟1%閑耕幾ご⇒%

益都県小田家荘   32 益都県 孟家櫨   40

維県坊子2村1 230

−一_一一一 __  一一一   一」一一_.._一一

治 県 鳳 陽 嚢 城

6 村 平

2司

;§1  ] 1931

1;1

42gl

艦己5

54i23・S155・

19.1  14.5 101.41

   20.3 5・!9.・

114159.11,457.61198.8 58、73.42,507.91137.0 1・・163・7!2,286・9267・2

13.6 5.4 11.7

      __ 

〔注〕 瀧県2村,坊子2村,小田家荘の面積単位は大畝(約    3畝),その他は畝である。

〔出所〕小田家荘は前掲渡辺『一研究』,孟家櫨は前掲「事    情」,坊子2村は前掲「発展』,灘県〜嚢城はChen    Ibid., table 5.6による。

272163・41 9,・67・511,・…61・1・・

葉煙草栽培の普及形態 ll    1940年 単位 畝 階層別

富 農 中 農 小 農 極貧農 準小農 準極貧農

讃曇§i讃璽[%

  L 34.00  4.66 14.86  3.39 8.37  2.37 5.13  1.61

4.05 2.10

1.65 0,60

13」

22.81

28.3i 31.4

40.71 28.61

 」

〔注〕 富農〜準極貧農の区分   は服部氏による。農業所   得よりも兼業所得の方が   多い農家が準農とされて   いる。

〔出所〕前掲服部巨罫情」138頁。

 葉煙草は経営面積の10〜30%を占めているけれども,二年三毛作地帯に属する同村の作付 指数は,140〜150であるから,作付面積比についてみれば,この割合はさらに低下する。たと えば小田家荘では葉煙草は作付面積の9%である。一大産煙地帯といっても,個々の農家では せいぜい数畝の作付がなされているにすぎない。もっとも葉煙草は連作が不可能であり,かつ 入念な手入が必要となるので,一般にO.6華里以上離れた耕地では栽培が不可能とされ,(5更 に葉煙草に適する土質・井戸水灌慨等の条件も考慮すると,零細経営農民にとっては最大限に 葉煙草の作付がなされているといえるかもしれない。経営規模が零細なほど葉煙草を作付する 割合は高い。

 (2)小田家荘の葉煙草農家経営

 益都県小田家荘は, 「益都姑から東ヘーつ目の楊家荘姑の北方約三支里のところにある。…

村と村外との経済的関係では,勿論,益都姑(約20華里…引用者注)が最も重要であって,…

葉煙草の販売,搬出其他生活必要物資,石炭,豆餅,日用品等の購入は多く車姑の町で行われ る。」c58)「民国初年には,非常に貧困した状態にあり,人口は90名位で,其の中で独身者が20 名もあり,之等が貧困の故に家庭をもつ事が出来なかったと言はれている。当時は各農家は副 業に行商を行って,耕地不足から起る現金不足を補っていた」。(59)益都県の東方に位置する灘 県では一農家の生活に必要な土地は6大畝(18畝)と言われており,(60)この数字は山東省全体 の平均耕作面積18.70畝にほぼ対応している。(61)ところが本村は4.2大畝(13.3畝)と平均より かなり低く・また益都県全体の平均15畝よりも低く,(62)隣村の孟家櫨の10.5畝(63)とともに過 度の小経営地域となっている。18畝以上の農家はわずか8戸(25%)にすぎず,最大経営でも 9・6大畝(31畝)である。益都姑,楊家荘姑(ともに葉煙草収買場あり)に近く位置し,貧困

と過剰労働力が蓄積されていたことは葉煙草栽培に絶好の条件となった。1940年には,全村農 家32戸中29戸が葉煙草を栽培するに至った。

 小田家荘の経営数の2割の上層農家は,人口の4割,経営面積・作付面積の4割を占めてお

り7この集中度に比べると・家族労働力と葉煙草作付面積は3割でともにやや低い率で対応し

(11)

第8表  小 田 家 荘 概 況 表   (各層別合計)

「一『

上 層 巾 層

下層

最下層

経営規模

(大畝)

6.1−

4.1−6.0 2.1−4.0  −2.0

経営 数

(戸)

6 7 10 9

人口

(人)

自家 労働 力_

消費 単位 家畜

(頭)

灌慨

用井 経営面積(大畝)

亘__

     地

(眼)

66[15・7137・8

33 36 24

8.8 14.2 13.1

20.3i 22 1 17.1

6 7 4 0

作付内訳(大畝)

自作地1雑1計小麦ご粟靭草 一葉煙「     計

ll13518麟il㌶114趨

427・071 1・71 28・7711276814138

 14.610 [14.6  5.4i 7.2 0.9

       2.72.71       19.8

     1         1      1

1一亘副32115gl51・897・2117巴171127・・21 6・5133・S21SS・4 6・6[28・7i37・11・8・3i 188・7

(各層別割合)

上 層 中 層 下 層 最下層

6.1−    19 4.1−6.0  22 2.1−4.0 [ 31

 −2.0 28

41 21 23 15

30 17 28 25

39 21 23 17

35 41 24

01

 1

40 27 21 12

31 43

261 0

40 28 21 11

43 25 22 10

43i

27 15 15

42 34 21 3

48 23 22

71

 L 33 30

221

15i

一1

411

28 20 11

合 計1 IOOI IOOi IOOI IOOI・00 1・・1・・11・・ii・∋1・?≡史・91−1・・1・・

〔注〕 *印灌慨用井戸は,所有戸と非所有戸の区別しか判明しない。合計数字と各層の所有数の和が一    致しないのは,1戸で2眼以上所有する農家があるためである。

〔出所〕前掲 渡辺「一研究』各表より作製。一部推定数値を含む。

第9表 各層農家平均所得の推定 単位元

1 一2.0 2.1−4.0 4.1−6.0

6.1一 平 副

麦 梁

軽糖売嘩酬蹴畔醐1販醐牛醐竺難魎売額

小 高

黄 葉 小 経 農 副

       豆  煙  草  (A)

   計   (B)

   営    費  業  所  得(c)

兼 業 収 入 (D)

55 108 17

116

1 91

287

59.11 227.9 63.1

  t 8・6[110

2195

 −1103   L  2.3 42 95.4121

108.3 471

63・11

10.9 1.5

 4.4 203.2

  1220

84.3 386.7

15.1i 15.1 183 244 240 63 242 972

262.sl

709.2 42.2

33.・1 36S l ew・sl IS3

 6.7 447 1  − 230

     ト      

魂∵1劃

300.91、6171 49S.8835 暢lli i, lll・1

       

42・2,50150 42・61

34.4 2.6

 2.9 241.41

  1 281.31

42.6

1三言順家所丁一5) (E)2911     401.8

_一._1

751・4[

▲1303.S1 1 7e3.41

− 一     _i_

貨 弊収 入 分 販売額A/販売額B 生産額A/生産額B

C  /  E 販売 額A/F

F  /  E

(F)

家族1人当農家所得

32 78

107

7r∂

88 P

56 59

26 96

235・1/

1921    1

112[

86 59

25 94

160

       

1343.11

i871

         

l    i

176 146・

1 1      1

19 96

119

1 S4S.sl

l82

74 42

22 94

147 323.9

86

75 46

〔注〕 葉煙草の販売額が生産額より多いのは・前年の市場不安により本年まで持越して販売したためで    ある。なお各層毎の作物の繰越量は不明である。

〔出所〕前掲 渡辺r・一一・研究』108・100 120頁の各表より推定9

(12)

 ている。この意味については後述する。下層・最下層農家は,経営数の6割,家族人口の4割 経営面積の3割,葉煙草作付の4割を占めている。その経営面積に比較して葉煙草作付がやや  多いのは,先の普及形態でみたところである。

  現金収入が,農家所得の中でどれだけの部分を占めているかは,正確には分らないけれど  も・大まかな推測では50%弱,2.0大畝以下の経営では50%をやや超えているかと思われる。

農業所得と副業収入とを比較してみると,最下層をのぞき農業所得が90%を超えており,専業 農家の姿を示している。平均経営面積がわずか13畝であるにもかかわらず,ひとまず農業経営 が成立しているのは,言うまでもなく葉煙草の導入によるものである。農産物販売高に占める 葉煙草の割合は,最下層では88%,以下順に92,87,82%となり,換金作物としての葉煙草の 地位が如何に大きなものであるかが分る。

  しかしながら,農産物総生産額中における葉煙草の比重は平均して22%にすぎず,高梁の26

%・小麦と粟の21%とほぼ拮抗している。1940年度は「煙草が非常な不作であ」り,(64)平年産量 が700市斤/大畝であるのに,同年は403市斤/大畝にすぎなかった。それに対し,「他の作物 は平年作に近い」(65)作柄であったため,平年より葉煙草の地位が低くあらわれている。しかし この事情を考慮に入れても,同村を葉煙草栽培に単一一化した村と呼ぶことは全く不適当であ る。いわゆる飢餓販売の典型とみなされる最下層群においても,高梁の38%は,煙草の32%を 凌駕している。もっとも葉煙草が平年作であればこの順序は逆であろうし,単一経営の基準値 たる60%に接近するかもしれない。

 葉煙草が販売額では8割以上と圧倒的な地位を占めながらも,生産額ではその2割にしかあ たらないという,この極度にアンバランスな事態こそは,中国農業におけるアメリカ種葉煙草 の特殊な位置をあらわしている。これは,同村の経営に独特な姿態を与えるものである。以下 もう少し詳しく,経営内容をみてみよう。

 第10表1は貨幣支出分のみの集計であり,経営費では家族労賃見積額・肥料等の現物支出は 含まれていない。また家計費では穀物の自家消費分も含まれない。

 まず経営費について。同年の肥料,石炭の2項目と労賃の大部分は葉煙草に投下されたもの と考えてよい。中層において労賃支出分が多い理由は,たばこの作付によるものであろう。中 層は同村の労働力の17%しかもたないのに,葉煙草作付面積は全体の37%を占めているからで ある。この開きは雇傭労働によってうめられているであろう。租税部分が31%と高いのが注目 されるが,本稿ではこの検討を行なう準備がない。もしこの租税分を経営費から除いて計算す れば,肥料・石炭・労賃の三要素が占める割合は平均で76%となる。

 経営費と家計費の割合は,全村を平均すればほぼ同じであるが,最下層・下層では貨幣が主 として生活のために使用され,中層・上層は逆に生産のためにより多く投下されている。

 次に家計費についてみよう。村全体では食糧の購入・販売はごく少なく,かつ各・々1297元

,1469元であって,ほぼ均衡している。生産された穀物の大半は自家消費される。各層別にみ れば,中・上層が販売し,下・最下層が購入する。副食費も合わせて考えれば,後者は主食糧 の外部依存率が相対的にはやや高く,前者は,主食糧のすべてを自給し,若干の貨幣を副食費 購入にあてている。

 以上の諸表から,葉煙草経営の特徴をまとめておこう。川全体として,「経営費の再生産が

自給・他給共に二元的に平行した循環」(66)をしめすことが注目される。貨幣収入は農家所得の

40〜60%を占め,それは家計費では衣服・光熱・食料費として消費される。経営費では葉煙草

(13)

第10表1金銭支出表 :g・・畝2・・−4・・⇒4・・−6・・畝16・1畝一 各層別平均,単位 元 平  均

経 営

 肥      料  労      賃  石     炭  公 租 公 課

iそ の 他

L_

9.2  16%  28.2  33%

2.6  4 }  1.41  2

7.913i8.911

22    37  1 31.31 37     {     17.41 30    14.5  17

−_⊥一

78130%106

46.7  18  、 27,2

19.1 7  72     L

63.41 24  1132

55.6121、6

           1

    ト

29%   51.5i

8  18.4 20  20.8 36  54.41 7 |29.1

30%

10 12 31 17

小 計 59・・11・・184・31 i・・ i262史0・[.tt・ttli l・・已』1・・

一一一

n

家「一

計塁 費ド

食 食 服 際 の

糧 物 1 費 費 他

49.sl 37 46.2L 421 10.18 10.3i 9

31,4  24    24.8  23

       1

6515.1114

34・9 26 13・5112

34.1 27.8 42.2 40.7 25.4

20    14.4   6    36.1  22

16 36 15121 13

25  1 89    36    46.9i 28 24  i 35  1 14    24.21 15

    ト

15    70    29    35.9  22

      |

示一一一一

言一131.91…i・・9・911・・117・・21 i・・244・41…1 i6…1・・

L

金銭文出合⇒19・

晶繁蕊家鷲19.5

経営 費 / 合 計 31

・94・2i ll.5{

43 433

50 58.7

 t   607.6

  39

  38.8

61 60

338.3 45 55

51

〔出所〕前掲 渡辺『一研究』131・134頁

第10表1 小田家荘の食料需給 単位元

1小麦 高梁 粟 {黄豆

 前  年

[生

1購 1小

繰 越

産 入 計

消 販

飼 料  ・ 小

翌  年  繰   費   売 作 料   越

 110 5,106

 0 5,216

1,210[

6,22・1  846 1 8,276

3,349 1,279  170  418

1,604 5,100  144 6,848

5,506     4,333  100      0

2661  41

2,40412,474

 709 1,960  307 2,976

3,633 18,386 1,297 23,316

1,851

 90

 162  873

15,039 1,469

 639

6,169

 〔出所〕前掲 渡辺『一研究』125−127頁より作製。

生産のために石炭・肥料費として支出され,この部分が年度の終りに労働を吸収して,葉煙草

売上代金として還流してくるのである。他方,食料部分は自家消費され,かつその生産にはほと

んど貨幣が支出されず,もっぱら土糞などの自給肥料によってまかなわれている。商業的農業と

自給的穀作農業とが対立しながら,かつ相互に依存しあっている。しかし,この関係は対等な

ものではない。穀物生産は葉煙草生産のために奉仕させられており,第2章でみたように労賃

部分にまでくいこむ低価格収買の基礎となっている。葉煙草生産の普及は農家経済をますます

強く市場に結びつけるけれども,労賃部分が実現され難い状況の下では,農業労働者を大量に

雇傭する大経営の出現が困難であるばかりでなく,葉煙草生産の技術的特質もかねて,葉煙草

生産を専業とする農民の出現さえも困難であった。(67)このためとくに中・上層の農民は,一定

(14)

面積以上に葉煙草の作付を拡大せず,小麦,高梁,粟の生産を維持して,自家食料部分を確保 したのである。後述の如く,煙草資本の農民把握の観点からみれば,それは資本主義的家内労  第1俵葉煙草作付と家族労働力  働に近似するのであるが,個々の農民の経営からみれば,

    1

1小農 極貧農

|巾 農 1大 農 1

1         [

米種葉 農業経 作付面 営面積 積割合 割合

100 147 210 289

家族従 業者数 劃合 100 ト 100 163   142

28gi193

663   301

〔出所〕前掲 服部『様相』57頁。

葉煙草は潜在的過剰労働力を利用した現金獲得のための副 業の位置を占めるにとどまったのである。

 このため,葉煙草栽培面積拡大の上限値は経営面積では なくて,家族労働力保有量としてあらわれることになる。

 これはつとに,服部・渡辺・天野氏によって指摘された ところである。㈹貧農ほど葉煙草作の比重が大きい理由も またここから生まれている。彼らは家族数に比べて経営面 積が過小であり,家族数に応じて葉煙草を作付すれば,当然その経営面積における割合が高ま

るのである。

 このような「副業的」葉煙草経営の特徴を支えるもう一つの理由は,旧来の輪作体系の中に葉 煙草があまり矛盾なく侵入したことである。同じ商品作物でもアメリカ種綿花の場合は,華北 ではその栽培期間が小麦作と抵触したため,綿産地帯では二年三毛作の要に位置した小麦作が 駆逐されて,年一毛作,綿花単連作が普及した。綿花は旧来の輪作体系を打ち破ることによって 農業経営全体の変革をおしすすめる力をもった。(69)ところが,アメリカ種葉煙草は,小麦収穫 後の跡地に移植され得たので,二年三毛作の夏作たる大豆が葉煙草に置換されるにとどまった のである。(了o)たしかに葉煙草作は今までよりはるかに高い農業技術を必然化させたけれども,

それは葉煙草作自身にとどまり,小麦や高梁の栽培には波及しなかったようである。かえっ て,労働力不足に起因する養畜部門の減少,耕種部門の手抜きをもたらしたとも指摘されてい る。(71)また葉煙草作への編成替が,農民各層間の生産力格差を急速にひきおこしたということも それほど目立たないようである。小田家荘についていえば,「各農家経済は,その経営形態上 経営方式上殆んど質的に一律なものであり,その差は同質に於ける単なる量の差である。それ は凡て所謂『農民的経営」の中に属し得るものに過ぎない」。(72)(P)下層経営の特徴。同じ零 細な葉煙草経営ではあっても,下層と最下層の経営の性格はやや異なっている。家族1人当た

り農家所得は各々112元,108元であり,生活水準は両層ともほぼ同じである。しかし所得の源泉 をみると,両層間には顕著な相違がある。最下層の貨幣収入部分では葉煙草販売額95.4元の他 に・副業(労賃)収入が・63.1元ある。彼らは,ほんのわずかな土地に葉煙草を栽培しつつ,

同時に日雇に出かけるという農業労働者的性格を持っている。民国初年,行商で生活していた 人々が葉煙草栽培によって,再び土地に結合したのであろう。他方,下層農家は副業収入が農 民各層のなかでもっとも少なく,貨幣収入中の葉煙草の割合が最も高い部分である。彼等が一 番強く葉煙草生産に依存している。その平均経営規模は8.4畝である。山東農業の葉煙草への 編成替は,農民として必要な経営面積の下限を18畝から一挙に8畝にまで引き下げたことがわ かる。この層の経営を支えているのは過少消費と過剰労働である。服部氏の分類された隣村孟 家櫨の「小農」がこの層に対応する。(73)市場の収縮のたびに,作りすぎた葉煙草が販売できず

自殺した農民の多くは,この層に属していたのであろう。(74)

5 お わ り に

葉煙草生産が農村経済にもたらした意義を,陳氏は次のように考えている。葉煙草生産は産

(15)

業資本による農民支配の典型的な一一形態である。葉煙草生産の主体は中・貧農層であり,彼等 の飢餓販売,商業・高利貸資本の収奪を媒介として,産業資本の農民支配が,かえって封建的 土地所有を軸とする前資本主義的諸関係を維持させることになった。陳氏の立論は,烈しい収 奪による葉煙草農民の生活水準の低下という事実にもとついている。

 これに対して服部氏は部分的に反証を提出している。たしかに「葉煙草栽培が家族労働報酬 率を低下させるものであっても,それが家族労働力を多く吸収し,結果に於て農業所得絶対額 の増加をもたら」(75)し,栽培農家の80%は「非栽培者では入手し得ぬ生活余剰分を獲得し得た のである」。㈹かくして「煙草を栽培せぬ者の土地が葉煙草栽培者の手に売却又は出典の形で幾 分移動してい」(7了)くことはあったが,その逆に「従来の農業経営を放棄して,自らは小作料取 得地主化してしまったものはな」㈹かったのである。小田家荘の場合も,小作地はわずかで,

かつ葉煙草生産とともに減少してきたといわれており,(79)服部氏のこの指摘が妥当している。

農民の生活水準の相対的低下(家族労賃見積額の不十分な実現・地代・利子率の上昇)につい ては,服部氏はみとめるのであるが,その絶対的な低下をみとめないのである。

 陳氏と服部氏の調査時期のズv(1933〜34年と1940年),調査方法の不一致・統計数値が他 からは検討を許さない仕方で整理・発表されていること等の理由で,この問題についてのつっ こんだ考察は私の能力をこえる。ただ本稿では,ある程度の経営内容を示してくれる渡辺氏の 調査に多く依拠しているため,結果としては,渡辺一服部氏の見解によらざるをえない部分が

ある。

 それゆえ,やや視点をかえて,「貧農の商品生産」の歴史的性格について,以下で若干の考 察を加えておきたい。

 一経営内部における葉煙草の比重が貧農ほど高いことは,すでにみた如く否定しがたい事実 である。しかし,一村落全体の葉煙草生産の比重が貧農の側にあったのかどうかについては,

なお検討の余地があろう。陳氏の調査と,本稿で整理した小田家荘の推定とはやや異なってい る。第12表の1とllでは分類の基準が異なっている。1は陳氏の整理されたもので,各階級の 農民の経営規模は不明である。1の小田家荘の分類は渡辺氏の区分されたものである。この区 分のもととなる統計は未発表であり,かつ同村全体がとくに零細経営の多い地帯に属している ため,同表の上層が富農に,中層が中農に対応しているわけではない。上層の一部には富農も まぎれこんでいようし,下層の一定部分はその所得源からみれば中農に属しよう。ある程度の 正確さを要求するような階級区分は不可能である。

 このような曖昧さを考慮したうえでなお第12表をみて気づくのは,この両例に共通して1の 中農・皿の中層・下層の生産量が多いという事実である。そして主要な問題は農民層分解との 関連である。陳氏は一方では分解を主張しながらも,他方では富農への生産の集中には反対し

第12表1 農産物販売高と葉煙草 単位 元

経営数 継物競高1葉騨販売高

富 中 貧

農 農 農 合

M//−i一丁

25・1

3,097.4 5,393.6 3,196.3

27%

46 27 1・1・687・31…

 2,002.9   22%

 4,355.2    48  2,784.8    30

1

 9,・42.g巨00

1       」

〔出所〕Chen Ibid., P.23邦訳46頁。

(16)

第12表ll 農産物生産高と葉煙草 単位 元

   「経

肩一一丁 層 層 層

営  数 総作物生産高已煙草生醜

上 中 下

最    下

6 7 10 9

19%

22 31 28

9,694 6,809 4,713 2,577

41%     1,816 28    1,695 20    1,211 11     817

33%

30 22

一一_竺  計  32ii・・r23・79311・・15,53911・・

  〔出所〕前掲 渡辺『一研究』より推定。推定の仕方は第9表と同じ。

ており,大多数の農民の没落と一部地主,富農の土地貸出しの増加を葉煙草生産地帯の特徴とし ている・服部氏は富農の土地貸出しはみとめないが漢煙草栽培農民への土地の移動と,家族労 働力が作付の上限値となることを同時に主張しており,ここからは葉煙草生産農民層の均一化 が結論されよう。両者とも結論として富農の手への葉煙草作付地の集中を否定している。すなわ ち葉煙草の導入が,経営の分解を促進するとは考えていない。再び先の第12表にもどろう。陳 氏の例も,小田家荘の場合も,中農のかなり厚い層の存続と,富農のもとでは葉煙草作の集中よ りは,その他の農作物の集中の方が著しいことを教えている。富農経営より貧農経営の方が,

生産の主体となっているというわけではなく,中農層の根強い存続こそが,富農への生産の集 中を妨げ,その結果,貧農層の生産量が相対的に大きく目にうつるというわけである。葉煙草 生産は農民層分解を緩慢化させる一少くとも急速に分解をおしすすめているわけではない。

 分解が緩慢であるとすれば,中・貧農は依然として旧来の生産関係にとらわれたままなので あろうか・ここで再び難草経営の特色を思し咄していただきたい。先の第5,6表セこよれば,

生産は2つの過程から構i成され,栽培過程に120〜130人・20〜30元,乾燥工程に80〜90人.10

〜20元の労働力と貨幣が消費されていた。このような経営は,いわゆる耕種農業の範癖には含 まれない。「ロシアにおける資本主義の発展』の中で,レーニンは,「農業における経営方式 を主要な市場むけ生産物によって」,←う耕種経営方式(穀作経営方式),⇔畜産経営方式,⇔

工場経営方式(農産物加工経営方式)の三つのタイプに分類した研究を引用し,(80葉煙草生 産をこの⇔に位置づけている。「この方式の本質は,農産物が(個人的または生産的)消費に あてられるまえに,工業的加工をうける点にある。この加工を行なう施設は,原料生産物を採 取する経営そのものの一一部となっているか,それとも,農業経営主から生産物を買占める特殊 な営業者のものであるか,どちらかである」。(8D中国における葉煙草の加工は,農民の手工業 的な乾燥と,煙草資本の大規模な工場焙焼との二つの工程に分かれているが,煙草資本が,農 民に種子を配布し,一・部では生産手段を与えて直接に農民から半製品を買付けるという市場構 造の下では,この農民の加工部門はいわば,煙草資本のための資本主義的家内労働とでも呼び

うる位置に接近している。加エエ程と栽培過程の矛盾が,両者の分離,すなわち原料葉の販売 者(生産者農民)と購買者(小営業からマニュファクチュアに至る加工業者)とに分化しない で,農民のもとにおける共同乾燥,賃乾燥の形態をとって,農民層全体が資本主義的家内労働 者化する理由は,収穫葉を即日処理しなければならないという技術的要因の外に,すでにみた 如く,煙草資本の強力な市場独占が貫徹しているという当該時期の市場の構造そのものに由来 するものであろう。

 そしてこの傾向は,富農よりも中農,中農よりも貧農において著しい。貧しい農民達は,そ

い5−i

参照

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