金融危機とわが国の生命保険事業
江 澤 雅 彦
■アブストラクト
米国の住宅バブルを前提としたサブプライムローン・ビジネスにおいて,
住宅ローン債権の証券化は,そのリスクを国境,業態を越えて拡散させ,ま たハイ・レバッレッジ経営はその拡散スピードを増加させた。そしてバブル の崩壊=住宅価格の下落により,AIGは,証券化商品の価値下落,CDS取 引にもとづく保証金の請求急増という状況の中,準国有化に追い込まれた。
またそうした米国発金融危機は,わが国の生保事業にも資産運用環境の悪化 をもたらし,さらに商品販売においては特に変額年金保険の分野で問題を生 じさせた。
■キーワード
サブプライムローン,AIG準国有化,変額年金保険
Ⅰ.はじめに
2008年9月の リーマン・ショック に象徴される米国発金融危機は,
1929年の大恐慌以来最悪の経済減速(the worst economic slowdown) を もたらした。本稿は,この金融危機発生の背景,およびそれがわが国生命保 険業に与えた影響を検討することを目的とする。主な論点を掲げれば以下の
*この論文は,日本保険学会から派遣されて平成21年5月28日の韓国保険学会45 周年記念学術大会で行った報告によるものである。
/平成22年5月28日原稿受領。
1) Harrington,S.E.[2009]p.785.
【韓国保険学会報告】
とおりである。
⒜住宅バブルを前提としたサブプライムローンの拡大
⒝金融取引における効率性を追求した証券化,ハイ・レバッレッジ経営
⒞住宅バブルの崩壊とAIGの準国有化
⒟わが国生保事業への影響(運用環境面,商品販売面)
また,最後に,米国とわが国での直近の動向⎜米国での金融規制強化,わ が国生保会社の2010年3月期決算⎜の考察を通じて,金融危機がもたらした 影響の今日的意義を論じたい。
Ⅱ.米国発金融危機
⑴ 米国での金融危機 の背景
1)サブプライムローンをめぐる取引
一国の経済において,金融危機ではまず金融緩和とブームが先行し,資産 価格が上昇する。ブームの過程でリスクの評価が緻密さを欠くようになり,
債務が拡大する。資産価格の上昇が止まると,問題が徐々に顕在化し,場合 によっては実物経済にも悪影響が生じるようになる。米国においてサブプラ イムローンの市場自体は1990年代から存在していたが,2000年代に入ってか ら拡大のぺースが速まり,ブームが起きた。サブプライムローンの供与額は,
1994年には350億ドル,住宅ローンの5%に過ぎなかったのに対し,2005年 には6,250億ドル,シェアも2割程度へと急増した。またこうした取引は,
住宅価格の上昇にほぼ依存して拡大していったとみられ,住宅価格の上昇の 過程で多くの家計が住宅の評価額とローン残高の差額を借り入れて消費に充
2) 金融危機は,次のような段階を踏んで,金融恐慌にいたる。すなわち,①ま ず不良債権が累積することで,多くの金融機関の財務内容が悪化する。②それ によって,金融機関の自己資本比率が低下し,複数の金融機関に破綻の恐れが 生じる。③それを恐れた多くの金融機関で貸し渋りや貸し剥がしが増える。④ 実体経済の資金繰りが困難になり,実体経済の不振から減産,倒産が増え,景 気が悪化する。⑤金融機関の預金取り付け,破綻が増え,実体経済の不況が一 層深刻化する(市川[2009]p.13参照)。
てていた( ホームエクイティローン ) 。そして住宅価格が2006年に頭打 ちとなると,住宅金融会社には不良債権が発生し,経営の悪化につながった。
ローンの借り手については住宅価格上昇頼みの安易な借り入れを行ったので はないかとの指摘がある一方,貸し手については十分な借り手保護がなされ ないような詐欺的な貸出や過度に複雑なローン商品が横行していたのではな いかとされている 。
2)サブプライムローンの証券化
米国における住宅ローンの体系は,フレディマックやファニーメイが定め ている保証などの条件に適合するローン(コンフォーミングローン)として のプライムローンと,借り手の信用力の劣るノンコンフォーミングローンと してのサブプライムローンから成っている。金融機関の業務は,元来,借り 手の信用リスクの度合いに応じて貸出を行い,その信用リスク量と貸出残高 を管理するという 貸出・保有型(lend and hold) が基本であった。しか し,1990年代後半から金融工学を駆使した 21世紀型の金融取引 が行われ 始めた。これが,住宅ローン専門会社等からローン債権を買い取った大手銀 行,都市銀行による証券化商品の組成である 。
組成された証券化商品は投資銀行等により,機関投資家,ヘッジファンド,
金融機関に販売された。こうして2004年頃から 信用リスクの移転市場の急 速の拡大 がみられるようになった。ただし,この証券化プロセスには不透 明性が伴い,また証券化商品販売時の説明不足もあいまって信用リスクの管 理が十分に遂行できない状況が生じた 。
3) 藤井[2009]p.70 参照。すなわち,価額の上昇した住宅を担保に新たにサ ブプライムローンを借り受け,これまでのローンを返済し,残額で自動車,家 電製品等耐久消費財を購入するというものである。
4) 藤井[2009]p.4参照。
5) この点,プライムローンの証券化については政府支援機関が主な役割を果た していたが,サブプライムローンの証券化は民間融機関が中心となって推進さ れた(藤井[2009]pp.22‑23参照)。
6) 証券化商品をめぐるリスク管理の今1つの手段として格付会社による格付け
3) リーマン・ショック
2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻は世界中にショックを与え た。創立158年の歴史を有する投資銀行が,2006年の米国における住宅バブ ル崩壊からわずか2年 で破綻した背景には,当時推進された ハイレバレ ッジ経営 がある。資金調達には,短期の資産担保コマーシャルペーパー
(Asset‑Backed Commercial Paper:ABCP)が用いられ,資金運用は長 期の証券化商品を通じて行われた。あるABCPの満期時には,証券化商品 を担保に他のABCPへの借り替えが行われた。こうしたいわゆる ABCP プログラム は,住宅の価格の上昇⇒証券化商品の価値上昇を前提に,投資 銀行等が,ごくわずかの自己資本 を保有しながら展開した。当然にこれは,
証券化商品の担保価値が低下すれば,当該機関の 資金繰り に支障をきた す構造となっていた。
こうした証券化商品をめぐるビジネスで業容を急拡大させたリーマン・ブ ラザーズは,2005年から2007年にかけては好調に収益を獲得していた。しか しながら,住宅バブル崩壊,金融市場の変化とともにサブプライムローンを 中心とした損失が表面化し,同社の株価は2007年夏の60ドル前後から,2008 年8月には10ドル近くまで急落した。他の金融機関による救済策の検討など
の付与を挙げることができる。購入者である投資家は格付情報を利用しつつ,
自らが取るリスクと避けるリスクを明確にしようとする。しかしながら,格付 会社は,投資家にとっては 審判 であるが,格付けを依頼し手数料を支払う 証券化商品の組成者にとっては コーチ になってしまうという利益相反の可 能性を常に有していた。またサブプライムローンをめぐる損失が表面化すると,
選別的な格付けではなく,すべての証券化商品の一律格下げを行なうようにな った。
7) わが国と比較すると,そのスピードの速さが理解できる。すなわち,わが国 でのいわゆるバブルの崩壊は1991年,いわゆる 住専問題 に関連する公的資 金の投入が1995年,わが国の金融危機のピークとされる山一証券,北海道拓殖 銀行,日産生命の破綻が1997年というように,約6年の歳月を要している。
8) 貸借対照表におけるレバレッジ比率(総資産/株主資本比率)でみても,メ リルリンチでいえば2003年に15倍であったが2006年には20倍にまで上昇してい たという(藤井[2009]pp.14‑15参照)。
も報じられる中,当時の財務長官も公的資金を投じる意向のないことを明ら かにしつつ,同社は結局,前述のとおり2008年9月15日,6,130億ドルとい う負債総額を抱えて破綻した 。
⑵ アメリカン・インターナショナル・グループ(American International Group,以下 AIG)の準国有化
1)緊急融資・支援の決定
AIGは,米国内の保険会社70社,保険事業以外の会社175社,130の米国 外の国での保険事業から成る 多国籍企業である。2008年9月16日,米国連 邦準備制度理事会(以下,FRB)は,米国財務省,ニューヨーク連邦準備 銀行と協調して,大手保険会社AIGに対し緊急融資を実施することを発表 した。多くの金融機関と取引をもつ同社が破綻すれば,いわゆるドミノ倒し の連鎖破綻が発生し,システミック・リスクの顕在化の可能性があるとの判 断にもとづくものとされた。
緊急融資の当初額は最大850億ドル(融資機関は2年)で,同社は速やか に健全な事業を売却する ことでこの融資を返済し,自社の再建を目指すこ ととなった。しかしその後の世界的不況の影響もあり,同社の事業売却は順
9) 藤井[2009]pp.14‑15参照。
10) 財務状況が大幅に悪化する以前の2006年における同社の収入の分布は,国内 の損害保険32.5%,国内の生命保険および年金14.8%,海外の生命保険および 年金29.1%,海外の損害保険10.5%,金融サービス(消費者金融,航空機リー スを含む)8.6%,アセットマネジメントは4.5%である(Harrington,S.E.
[2009]p.789)。
11) AIGは,2010年3月,傘下の生命保険会社アリコを同業大手の米メットラ イフに約1兆4,000億円で売却することで合意した。メットライフのロバー ト・ヘンリクソン最高経営責任者(CEO)は,買収を決めたアリコについてカ ード情報流出などで傷ついたブランドの回復に全力をあげる考えを示した。業 績が落ち込んでいる銀行窓口での年金保険販売も立て直し,成長の柱にする方 針も明らかにした(2010年5月26日付日本経済新聞朝刊 アリコ,年金保険テ コ入れ )。
調には進まず,同社の保有資産の価額減少が続く中,さらなる支援拡大が必 要となった 。
2)準国有化の背景
前述のようなAIGへの緊急融資 ・支援という事態から,保険業務がこの 危機の中心にあると考えることは必ずしも適切ではない。保険会社の様々な 破綻事例から見てとれるように,資産運用上の問題が主たる要因と考えられ る。その問題として以下の2点を挙げることができる。
①証券化商品の価値下落
AIGの本業である生損保事業については,保険料等収入が2006年,2007 年,2008年において,756億3,200万ドル→806億9,400万ドル→825億2,900万 ドルと増加している。いわゆる 売上高 の増加という点では,順調に業績 を伸ばしていた。これに対し,同期間の投資実現損益は,1億4,700万ドル
→▲25億400万ドル→▲493億7,000万ドルと大幅に年々損失を増やす結果と なった 。こうした損失増大は,前述したとおり住宅バブル崩壊に起因して 運用対象としての証券化商品の価値が下落したことによるものと考えられる。
②CDS取引
AIGの2008年第4四半期事業別税引き前営業利益 をみると,すべて損 失計上となっている。すなわち,生保・退職サービス事業▲178億8,500万ド ル,損保事業▲53億5,300万ドル,金融サービス事業▲179億4,100万ドル,
資産運用事業▲64億7,800万ドル,その他▲128億9,900万ドルとなっている。
12) 2008年10月8日には,ニューヨーク連邦準備銀行による378億ドルの追加支 援が決定され,年間の損失額として過去最大となる993億ドルの損失を計上し た2008年第4四半期決算発表時には最大300億ドルの新たな資本注入の追加実 施が発表された(志茂[2009]p.17)。なお新聞報道によれば同社が財務省や ニューヨーク連邦準備銀行から合計1,823億ドルの資本注入や融資を受けた
(2010年1月20日付日本経済新聞夕刊 米生保メットライフ アリコを買収 へ )。
13) 志茂[2009]p.19参照。
14) 志茂[2009]p.18参照。
これらの数値が示すとおり,金融サービス事業における損失が同社の財務 構造に大きな負担となっている。そうした負担をもたらしたのが,ロンドン で活動する同社の子会社AIG Financial Products(AIGFP)社が行ったク レジット・デフォルト・スワップ(Credit Default Swap,以下CDS)であ る。これは金融デリバティブの一種で,取引の対象とする企業や証券にデフ ォルトなど,あらかじめ定めた条件に該当する事象が発生した場合にその保 証になるような額を支払うことを契約する取引であり,プット・オプション に近い。デフォルトが少なかった2001年から2005年は,収益が伸び,グルー プ全体の粗利益の15%程度を獲得し,拡張路線に乗って保証対象ローンも元 本が5,000億ドルに上った 。
この取引には,⒜いわゆる金融のプロ同士の相対取引であるため,どのよ うな取引関係が存在しているのかが明らかでなかった,⒝金融機関を参照し ている取引も多く,金融機関の破綻がデフォルト・イベントとなれば信用市 場の一層の混乱を招く可能性が懸念された,⒞保険取引のように引き受ける 側に責任準備金といった一定の資金準備を求める規制がなく,賭博的取引に なる要素があった,等の問題点が挙げられる 。
CDSの 購入者 である投資家は,証券化商品の価値下落により,AIG に対し一斉に保証金を請求した。前述のとおり,CDSの引き受けに関し十 分適切なリスク管理を怠っていたAIGは,まもなく キャッシュ不足 に 追い込まれ,金融界にシステミック・リスク顕在化の懸念さえ生じた。
3)AIG支援後の動向
AIGへの支援発表後,米国生保業界には,金融危機が各社の株価の下落 という形で確認され,それに対応するため,自己資本増強に向かう会社も現
15) 全 米 のCDS想 定 元 本 は,2004年6.4兆 ド ル,2005年13.9兆 ド ル,2006年 28.7兆ドル,2007年57.9兆ドル,2008年6月末57.3兆ドルと増大していった
(藤井[2009]p.93参照)。
16) 藤井[2009]pp.96‑97参照。
れた 。
2009年第1四半期決算では,43億5,300万ドルの純損失と,6四半期連続 の赤字決算となった。ただし,米企業の四半期決算で過去最大となる616億 5,900万ドル(約6兆1,000億円)の純損失を計上した2008年第4四半期に比 べると損失は縮小し,同決算においてはじめて,決算発表時の公的支援要請 が回避された 。他方,2009年5月,米国財務省がAIG以外の保険会社に も初めて公的資金を注入する方針を固めたことが報じられた 。AIG支援 後8か月間,金融危機による各社の財務体力の侵食が進んでいたと考えられ る。
Ⅲ.わが国生命保険事業への影響
⑴ 運用環境の悪化 1)株価の下落
2009年3月9日,日経平均株価がいわゆるバブル崩壊後の最安値を更新し た。その前年12月末時点で,国内大手生保9社は株式の含み益がゼロになる 日経平均株価の水準(2008年12月末時点)を開示しており,それによると9 日の終値7,086円で,3社が含み益,6社が含み損の状態にあった 。
17) たとえば,大手生保4社(メットライフ,プルデンシャル,ハートフォード,
リンカーン・ナショナル)の株価は,2008年9月17日以降の約1か月間におい て平均約42%下落した。また,第3四半期決算見通しの発表時に,メットライ フは普通株による公募増資により約23億ドルの資本調達,ハートフォードは独 アリアンツより25億ドルの資本調達を実施した(志茂[2009]pp.21‑22参照)。
18) 2009年5月8日付日本経済新聞夕刊 6四半期連続米AIG赤字 ,2009年5 月8日付朝日新聞夕刊 AIG,純損失4300億円 参照。
19) 2009年5月15日付朝日新聞夕刊 保険大手6社に公的資金を注入 ,2009年 5月15日付日本経済新聞夕刊 公的資金 米保険数社に仮承認 参照。
20) 2008年12月末時点の大手生保の株式含み損益ゼロとなる日経平均株価は,朝 日生命9,600円,住友生命9,600円,三井生命9,100円,富国生命8,300円,太陽 生命8,300円,第一生命8,200円(以上が含み損の会社),日本生命7,000円,明 治安田生命6,900円,大同生命6,800円(以上が含み益の会社)であった(2009 年3月10日付日本経済新聞朝刊 銀行・生保に株安の逆風 )。
2009年3月31日の日経平均株価終値は8,109円53銭で,2008年度の下落率 は35.3%,いわゆるITバブル崩壊で急落した2000年度以来,8年ぶりの下 落率であった。この時点で,日本生命,明治安田生命は含み益を維持できた が(それぞれ5,500億円と3,400億円),第一生命,住友生命,三井生命,朝 日生命の各社は含み損の状態であった 。
2)逆ざやの増大
生保各社は,2006年度から2007年度にかけて,超低金利の続く国内での運 用を減らす一方,高金利の見込まれる外国債券などの運用を増やしてインカ ムゲインを獲得してきた。
日本生命,第一生命ともに毎年2,000億円から3,000億円の逆ざやが生じて いたが,不足責任準備金を積み増して2007年度末においてそれぞれ300億円 と11億円の 順ざや にもどった。同時に明治安田生命,住友生命,三井生 命,太陽生命,朝日生命,富国生命の各生保を含む大手9社の逆ざやの合計 額も2,556億円とピーク時の5分の1以下に減少した。2008年度中も上半期 まで運用成績はおおむね好調で,日本生命や第一生命以外の大手生保も数年 以内に 順ザヤ になると見込まれていた。
しかしながら,前述のとおり2008年秋以降の金融危機で運用環境が急速に 悪化し,逆ざやの拡大が再び始まった。結局9社すべてが3年ぶりに逆ざや に陥ることとなった 。
⑵ 変額年金保険の販売をめぐる動向 1)近年の販売動向
1960年代以降,個人年金保険はすでに販売されていたが,定期付養老保険
21) 含み損の金額は,第一生命2,000億円超,住友生命2,000億円前後,三井生命 360億円,朝日生命600億円となっている(2009年4月1日付日本経済新聞朝刊
日経平均,1年で35%下落 )。
22) 2009年4月15日付朝日新聞朝刊 生保,再び 逆ざや ,2009年4月16日付 日本経済新聞朝刊 9生保,逆ざやに
がインフレーションに対応する死亡保障商品として中心的位置を占めていた ため,1970年代にも目立った販売実績は残していない。個人年金保険が伸展 し始めるのは,経済が安定成長期に入りインフレーションが沈静化し,高齢 化を主因とする公的年金の逼迫,個人レベルでの老後保障の必要性が強く認 識された頃からである。
下掲表は,1999年度以降の10年間,個人保険に個人年金保険を加えた 個 人向保険 における個人年金保険の占率を新契約件数ベースでみたものであ る。表によれば,個人年金保険のシェアは1999年度から2001年度まで減少傾 向にあった。これは長期化する経済不況による可処分所得の減少により,需 要が落ち込んだことが一般的要因といえるが,具体的には1997年度に始まる 一連の生保会社の破綻が大きな影響を及ぼしたと考えられる。破綻後のスキ ームによる予定利率の引き下げ等により,特に個人年金保険は大幅な削減を 余儀なくされた。
2)銀行窓販と変額年金保険
2001年4月に保険業法施行規則が改正され,銀行が,生命保険募集人,損 害保険代理店あるいは保険仲立人として保険募集を行えることとなった。銀 行窓販は,3段階にわたって対象商品が拡大され,2007年末をもって 全面 解禁 された。個人年金(定額,変額)が販売可能となったのは,2002年10 月以降(第2段階)である。
個人向保険における個人年金保険の占率(新契約件数ベース)
年度 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 12.5
4.0 8.5 14.5
5.7 8.8 15.3
6.7 8.6 13.5
6.1 7.4 11.9
3.7 8.2 9.7 2.4 7.3 6.3 1.4 4.9 4.4
⎜
⎜ 7.9
⎜
⎜ 7.6
⎜
⎜
% 内 変額
定額
(出典)生命保険文化センター 生命保険ファクトブック 各年版,生命保険 協会 生命保険の動向 各年版より作成。
01年度以前は,変額・定額の区別なし。
発売当初の変額年金保険は,①保険料は毎月の分割払いが一般的,②契約 者自身が運用先を複数のファンドから選択できる,③ファンド間の資金の移 動は原則として無料,④運用成績が悪いと年金原資は減少し,運用リスクの 負担者は契約者自身,といった特徴を有していた(もちろん,あくまで保険 の一種であるため,契約者死亡時の給付金は,既払込保険料が保証されてい る)。
他方,銀行が販売チャネルに加わった2002年以降は,①保険料は一時払い が一般的,②運用先のファンドを選択するのはもっぱら保険会社,③運用成 績が悪くとも,年金原資は既払込保険料を下回らないという 最低保証 が あり,したがって運用リスクの負担者は保険会社である。このように 銀行 にとって販売しやすい商品 に形を変えながら,変額年金保険は,占率ベー スでは,表のとおり1%台から約7%まで,また実数ベースでは,2002年度 の16万件から,2006年度の68万件まで急速に業績を伸ばしていった。
また,競争が激化するにつれ,①過去の年単位の契約応当日時点での積立 金残高のうち最高金額を払い戻す ラチェット タイプ,運用成績にかかわ らず年齢に応じて年金額が増える ロールアップ タイプ,運用の結果,目 標額に達したら運用を停止し,受け取りも可能な ターゲット タイプ等が 登場した。
変額年金保険は本来, ドルコスト平均法 の考え方に立って,保険料を 普通株に長期にわたって投資すれば,年金の最大の弱点とされる インフレ による実質価値の低下 の防止を目指すというものであった。それが,保険 料が一時払いで,かつ1年程度の据置期間で受け取れるものまで発売される にいたった。銀行という マーケティング・チャネル が,その上に乗る変 額年金保険という 商品 を変質させた結果と考えられる。そしてその変質 は,⎜払込保険料の運用が順調に行われれば⎜契約者にとって 有利 に働 くものであるが,保険会社には,最低保証コストの計上,あるいは再保険料 の支払いという形の負担増となった。
3)金融危機の影響
2008年9月の リーマン・ショック ,あるいは,2009年3月の日経平均株 価バブル後最安値更新に象徴される運用環境悪化の中で,最低保証,再保険 にかかわる負担が保険会社に重くのしかかった 。そこで,このように 売 れば売るほど損をする 恐れの高まった変額年金年金,特に年金原資保証の あるタイプの商品の新規販売を休止あるいは停止する保険会社が現れた。
休・停止の時期は,主な会社を挙げると,三井住友海上メットライフ生命,
三井生命が2009年4月,ハートフォード生命が同年6月,アイエヌジー生命 が同年8月,住友生命が同年10月であった。前掲表からも,同時期の変額年 金保険のシェア低下がみてとれる。
4)今後の動向
直近の2009年度上期においては,依然として銀行窓販チャネルによる個人 年金保険の売れ行きが各社の業績を左右したといえる。主要生保13社の保険 料等収入が前年同期比で4.8%増であるのに対し,うち銀行窓販での保険料 収入は,同61.2%増となっている。
報道されている個社の状況も様々で,①年金原資の最低保証がなく,保険 料を分割払いする 本来型 変額年金保険の販売が業績を伸ばしている会社,
②定額年金保険に重点をシフトし,顕著な契約伸展を遂げる会社もあった 。 23) 具体的には,2009年3月期,住友生命,三井生命,第一フロンティア生命,
T&Dフィナンシャル生命,アクサフィナンシャル生命の5社は,最低保証の 費用が3,109億円に達し,他方,ハートフォード生命,アイエヌジー生命,マ ニュライフ生命,東京海上日動フィナンシャル生命,三井住友海上メットライ フ生命の5社は約2兆1,000億円分を再保険でまかなった(2009年7月17日付 日本経済新聞朝刊 変額年金保険 生保の穴埋め負担拡大 )。
24) 住友生命は,最低保証がなく,保険料を分割払いの変額年金保険の販売を伸 ばし,銀行窓販での保険料収入は,前年同期比333.5%増,また明治安田生命 は主に定額年金が業績を伸ばし前年同期比414.0%増であった。それに対し,
主力の定額年金が伸び悩んだ日本生命は前年同期比25.3%減,銀行窓口での変 額年金保険を取り止めた三井生命は,全体の保険料収入も前年同期比18.3%減 となった(2009年11月26日付日本経済新聞朝刊 生保大手4〜9月銀行窓販6 割増 )。
生保会社の伝統的チャネルである営業職員制度は,高コスト性,非効率性 が常に問題視され,その改善に向けた努力(教育制度の充実,固定給の導入 等)が払われているが,未だ決め手を欠いた状態と言わざるを得ない。した がってそれに次ぐ地位を占めるチャネルとしての銀行窓販とそれと親和性の 高いとされる個人年金保険は,当面,生保会社の収益性確保のために不可欠 なチャネルならびに商品であるといえる。この点に関しては,次章で直近の 決算数値をもとに私見を述べたい。
Ⅳ.むすびにかえて
ここでは,最近の米国と日本での動行を取り上げながら,金融危機がもた らした影響の今日的意義を検討する。
⑴ 米国での金融規制強化
まず,再発防止のための米国での新たな金融規制 を取り上げる。2010年 5月20日,米国上院本会議は金融規制改革法を可決し,昨年末に可決済みの 下院案とあわせ大枠が固まった。改革案では監督当局の権限を強化し,金融 機関がリスクの高い事業を営むことを制限する。規制強化により,これまで 自由化で急成長を遂げてきた米国金融界が転換点を迎えるとされる。
米国は1980年代以降,規制緩和の中で金融市場の自由競争を促進す方向を 採ってきた。
しかしながら今般の金融危機により監督体制の整備・再編がなされる方向 である。本稿で論じたAIGの場合,保険会社では世界最大手の 金融コン グロマリット であるにもかかわらず,ニューヨーク州政府が監督権限を有 し,連邦準備制度理事会(以下,FRB)や財務省はその業務の実態を把握 しきれていなかった。そうした監視の目の行き届かない体制の中でしかも CDSという,保険の責任準備金積立に関する規制も存在しない極めてリス
25) 2010年5月22日付日本経済新聞朝刊 米,危機防止へ規制強化 参照。
キーになりやすい相対のデリバティブ取引を過度に行った。こうした教訓か ら,FRBを中心とする金融システム体制の再編と,市場リスクを総合判断 する各省庁の連絡機関の設置が目指されることとなった。すなわち,保険会 社,格付機関を,それぞれ財務省,米証券取引委員会(SEC)の監督下に おき,その上で,FRBは必要に応じてあらゆる金融ビジネスを監督可能と するものである。また新聞報道によれば,これらの機関がその他の監督機 関 も含めて,新設の 金融安定監督評議会 のメンバーとして株式 ・債 券 ・商品などに関するすべての市場リスクを検討することとした。
しかしながら,こうした監督強化によって保険会社を含む金融機関が,適 切にリスクをとって(Risk‑taking)ビジネスを行うことに対し過度に慎重 になることは,消費者利益,国民経済の観点からも望ましいとはいえない。
重要なことは,原則論ではあるが,自らの取っているリスクを常に認識
(Identification)し,合理的に管理(Management)するといった態度であ る。当然にこうした自己責任が原則の業務運営のためには,必要かつ十分な ディスクロージャー制度の一層の整備が要請される。
⑵ わが国生保会社の2010年3月期決算
2010年5月28日,わが国主要生保13グループの同年3月期決算が一般紙 に報じられた。
前期に金融危機関連損失を計上した反動で,基礎利益合計は,前期比約4 割増の2兆3,199億円,保険料等収入も23兆7,624億円と同7.2%増と増収・
増益となった。特に増収の主因は,銀行窓販に大きく依存している。大手 漢字生保 の中でも,保険料等収入に対する銀行窓販による収入保険料の
26) 商品先物,デリバティブを監督する米商品先物取引委員会(CFTC),小規 模銀行を監督する米通貨監督庁(OCC),米連邦預金保険公社(FDIC)等で ある(2010年3月21日付日本経済新聞朝刊 米金融改革,両院歩み寄り 参 照)。
27) 2010年5月28日付日本経済新聞朝刊 生保前期4割増益 ,同日付朝日新聞 朝刊 国内生保,大手8社黒字 参照。
比率が1ケタであった日本生命が,約4%の 減収 であるのに対し,同比 率が20〜30%に達している他の生保会社はいずれも増収となっている 。
マーケティング・チャネルの1つとしての銀行窓販にどの程度重点をおく かは,まずは,各社が策定する営業戦略によるものである。しかもそのチャ ネルにおいては,前述したとおり,個人年金保険が主に販売されている。前 述のとおり,銀行業務との親和性との観点から,これは当然ともいえるが,
貯蓄性が高く,将来ほぼ確実に資金の払い出しを伴う同商品は,元来利幅の 薄い商品とされている。まして金融危機といった環境要因の中では,生保会 社の3利源のうち利差益の獲得が大きく制約されている。
以上のような状況下では 人口減少・少子高齢化 という社会経済状況の 中でも,生命保険が有する生活設計上の遺族保障機能の重要性を丁寧に説明 し て,情 報 に 通 じ た 上 で の 生 命 保 険 購 入(Informed Purchase of Life Insurance)を実現する対面販売を入念に行い,そうしたビジネスの成果と
して死差益を確保する途を模索する必要がある。またそのためには,営業職 員がかつてからみられたように 人海戦術 遂行のための パーツ となる ことなく,消費者ニーズに沿った商品提案のできる 専門家 としての地位 を確保することが要請されよう。
(筆者は早稲田大学商学学術院教授)
主要参考 献
・江澤雅彦[2010]: 個人年金保険の動向 金融財政ビジネス 第10,070号,
pp.12‑14。
・藤井真理子[2009]: 金融革新と市場危機 日本経済新聞社。
・Harrington,S.E.[2009]: The Financial Crisis,Systemic Risk,and
28) この主要生保13グループについて,保険料等収入に対する銀行窓販による収 入保険料の比率(%)を列記すれば以下のとおりである。日本(7.9),第一
(21.6),明治安田(24.4),住 友(30.8),T&D(15.4),富 国(30.7),三 井
(0.05),朝 日(1.7),ア リ コ(6.9),ア フ ラ ッ ク(0.6),プ ル デ ン シ ャ ル
(8.0),アクサ(14.7),ソニー(0.1)である。
the Future of Insurance Regulation, The Journal of Risk and Insur- ance,Vol.76,No.4,pp.785‑819.
・堀田一吉[2009] 保険自由化の評価と消費者利益⎜損害保険業を中心に⎜
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・市川千秋[2009]: クレジット・デリバティブの幻想 クレジット研究 第41 号 20周年記念号>pp.13‑39。
・石井秀樹[2009]: 金融危機と2009年度保険業界の動向 共済と保険 第51巻 5号,pp.28‑33。
・荻原邦男[2009]: 2008年度生保決算の概 要 ニ ッ セ イ 基 礎 研REPORT Vol.150,pp.4‑9。
・関 雄太[2009]: AIG問題の複雑化と巨大複合金融機関の公的管理に関する 課題 資本市場クォータリー 第12巻4号,pp.186‑196。
・志茂 謙[2009]: 米国生保会社の金融危機への対応 生命保険経営 第77号 第4号,pp.16‑44。
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・米山高生[2009] 戦後型保険システムの転換⎜生命保険の自由化とは何だった のか?⎜ 保険学雑誌 第604号,pp.25‑44。