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志 津 田 氏 治

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(1)

水 先 責 任 の 一 考 察

− そ の イ ギ リ ス

・ ア メ リ カ 法 と の 此 較

志 津 田 氏 治

は     し     が     き

現今︑有力な海商国は厄とんど水先機構に関する詳細な立法を用意しているが︑なかでもイギリスは一九と二年の 1      2 水先法︵Pi−OtageAct︶を︑了メリカでは連邦のほかに各州が︑それぞれ水先法令をもって規整を試みてい慰わが

国でも︑昭和二四年五月に新しい﹁水先瀧﹂ ︵法一二四︶が制定実施されているが︑この制度の歴史的な沿革は非常

に古い︒既に中世期のコソソラート・ヂル・マーレ上かオレロソ海法あたけ厄は︑水先人を取締る若干の条項が散 3 見され︑その責任の問題ではヾ相当に苛酷なものであったことがうかがわれ免就中その項は︑航海計器なり航路標

識の未発達と耐風波性の弱い木造風帆船が一般的であったために︑危険率の高い水域の航行は実に難渋をきわめたよ

うである︒そこで当時も︑ある水域の実情に詳しい者の水路轄導は絶対不可欠のものとされていた︒その意味からす

れば︑現在の水先制度との間には何等かの思想的なつながりを把握することができるのであり︑そこにわれわれは海

法の不動性を再確認することができよう︒本稿ではまず︑水先機構の一般に触れながら︑そのなかでも比較的に重要と

お.もわれる船主と水先人との責任帰属をとりあげることにするが︑この間越は畢寛水先人を船長の助言者︵ad貪訂Or︶

と解するか否かによって︑その解決のいとロを見出すものであろう︒またそれとの関連で︑水先人組合と水先人との

水先責任の一考察       七五

(2)

経 営 と 経 済

七 ノ

法律関係をも若干検討するが︑

し て み た い ︒ いずれもイギリス・アメリカの立法・学説・判例を手がかりに二︑三の問題点を指摘

註 ω イギリスでは水先に関する規定は一八五四年(ヨ白亡∞︿目立・ゎ・

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および一入九四年(匂伶包

2 2

・︒・忌)の商船法(

ある︒尤もマ 1 スデシによれば既に一八一二年 QNDg ・

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︑ 現行法としては一九二二年に制定された水元法

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に水先についての若干の規 冨

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などにもみかけられるが︑

定があったことを指摘している︒

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( 2 )  

アメリカでは水先については連邦と州の双方から取締を‑試みているが︑以下の点にこの国独特の特異性を発見することがで

きる︒第一に連邦法が制定されるまでは︑河川なり港湾の水先人は現行の州法によって規整されていることである(同加・

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さ民)︒その陀認は多くの判例で支持されている︒すなわち司

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宮 ロ

g ロ ロの事件では︑合衆国港の水先に対する連

邦議会の権利は最高のものであるが︑しかしその権利は広範囲に行使できるものではなく実際上は各州の監督にまかされて

いることを明示する︒同様のことはわ

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︒ また叶吉田

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・ロ記号ロの事件では裁判所は州で採択された水先法令を回避することはできないとして裁判の固からそ

の確認を図っている︒このように水先問題については︑川は連邦より立法権を委譲されているとみるべきではあるが︑その

なかには宮口比 O 円円も含まれている(可

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0 円︒﹀︒つぎにこの国でみのがすことのできないのは水先サービス等

に関して州際問の摩擦を避けるために︑連邦議会には州の水先法を補足する義務が課されていることであろう(同

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(3) 

樋具詮三氏﹁海の慣習法﹂四八一一貝︑四八二一貝︑これらの海法では︑水先人が水路摺導について充分な心得があることを要

求するだけではなくさらにその心得が

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確であることの宣誓も必要とされていた︒したがって︑もしその水先人に詐りがあ

(3)

れ ば 首 矧 ね の 厳 刑 を か し た の で あ る

︿ オ レ ロ シ 海 法 で は 一 三 条

・ 二 二 条

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条 参

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水先人とは水路の街導に従事する者で︑船舶に乗組み航行の困難な水路を案内するのである︒わ

が水先法の一条でも﹁水先﹂とは水先区において船舶に乗組み当該船舶を導くことをいうと規定し︑さらに﹁水先人

﹂とは一定の水先区について水先人の免許をうけた者をいうとしている︒したがって水先人は運輸大臣の免許をうけ 資格要件・罰則

なければ水先区における水路橋導はできないのであり(同法三条)︑それ以外の無免許水先入︑水先業務の停止処分を

うけている水先人に対しては厳重な制裁をもって水先行為を禁じている

( 同 法 一 四 条

・ 一 五 条

・ 三 九 条 参 照 )

︒ こ

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て運輸大臣から免許を賦与された水先人は︑ まず水先人名簿に登録され︑ かつ水先免状を受有しなければならないこ

とを要求されているが(同法七条)︑もしもこれら水先人がその業務執行のさいに不適当︑違法の行為がありたるとき

は︑運輸大臣は免許の取消︑業務停止︑戒告をおこなうことができる(同法二三条)︒このようにわが国では水先人の

資格喫件について厳格な取締規定をおいている︒このことはわが国だけの問題ではない︒すなわちイギリスでは︑水

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先人

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片)を監督する機関として休先局 E

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号己が設置され︑そこで免許をうけた水先人は自己の

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資格を証明する一定要式の水先証明書

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﹀の交付をうけなければならない(朗自

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︒ そ の 証

明証書の有効期間なり︑条件等については水先局に諸般の権限があたえられている︒またブ

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リカでも各州の水先法

で︑まちまちではあるが︑ 水先人の資格要件について詳細な規整を試みている︒ことに合衆国改正法典によれば︑州

なり市の政府当局は連邦政府により発行される免許状(ロ

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の ほ か に

︑ さらに州が発行する免許状の受有を強

この国では水先人に対する取締機関として一般 制してはいけないことを明示していることも面白いハ同

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⑦ ︒ 水 先 責 任 の 一 考 察

七 七

(4)

七八

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に 各 州 で

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自由同芯ぬのような形式のものを設置し︑それに水先人の試験︑免許状の賦与あるいは水先 人 の 資 格 を 決 定 す る 諸 種 の 権 限 が あ た え ら れ て い る

︒ こ の よ う に 水 先 人 は 法 律 で 所 定 の 資 格 を 受 有 す る こ と が 要 求 さ れているが︑これを怠り(仰

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﹀︑あるいは詐欺的な意図のもとにする免状の行使なり(窃ヴ︑水先旗の掲揚をなすこと

経 営 と 経 済

を禁じている(玄]戸・

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︒ と く に イ ギ リ ス で は

︑ 水 先 人 が 船 舶 を 鰐 導 す る に あ た り

︑ 故 意 過 失 あ る い は 酪 聞 に よ っ て

︑ 船 舶 ま た は 乗 客 の 生 命 身 体 に 重 大 な 損 傷 を あ た え た と き は 軽 罪 (B UB OB

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に処せられ(望︒

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︑ ま た 資 格 証 明 書 の 貸 与

︑ 業 務 停 止 中 お よ び 酪 町 中 の 水 先 行 為

︑ あ る い は 水 先 業 務 の 終 了 前 に 船 長 に 無 断 で 離 船 し た と き

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にも同様の処罰条項があることを附記したい(ま∞﹀︒

註 山

ダッグワ1スによれば司広三の用語の真の意味はゲ舵手LH

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きということ吃あるが︑現在では二つの意味に使用さB

れているそうである︒その一つは船舶運航の責任をもっ特殊の職員であり︑他は船舶に乗船して河川・運河・港湾にあって船

舶を案内する者がこれである︒巴

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・アメリカのヒューズも同様のことを指摘

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ソシによれば水先人が活動する区域によって︑海上・河川・

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運河・港湾の各水先人に分類する︒

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HFN小仇・水先証明書はこの国独特のげ

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虫色︒の原則によって賦与されるもので

あるが︑そのときは所定の試験により熟練・経験・事門的知識がともに適格であると認めたときに限られる︒しかもその受

有者はイギリス国民(アメリカでもアメリカ市民︑わが国では日本国民)であることを必要とされ︑しかもその‑証明書は主

(3) 

務官庁によって承認をうけ︑かつ受有者の氏名なり船舶の名郡あるいは水先区域等を記載しなければならない︒

テキサス州では回

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が水先人を試験し任命することを有効と認めた判例もある

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︒この国の委員会は

一般に二名以上より構成されているが︑なかにはニュ11グ州︑カリフォルニヤ州のよう三名の委員が知事によって任命

されているところもある(冨え

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水先料・水先審議会

水先人は水先を求められたときは︑正当の理由がある場合のほか︑その求めに応じ︑かつ誠実

に水先をしなければならない(同法一八条)︒

したがって水先人は水先をなしたときは︑船舶の総屯数および吃水を標 準として︑船主または船長に対し水先料を請求することができるが︑その水先料は水先区ごとに省令で定める額によ

らなければならないとされている(同法二二条)︒

しかもその水先料は海商法上︑船舶先取特権が認められている(同

法八四二条六号)︒なおこれとおなじく一九二六年の﹁海上先取特権及び抵当権についての規定の統一に関する条約﹂

でも水先料に先取特権の設定を認めている(二条一号)︒ところでイギリスでも船主・船長・荷送人・またはその代理

人が水先をうけたときは︑水先料を支払わなければならない義務があるが︑その料率については水先局が決定するこ ととされているために︑特別な事情がない限り法定の料率を超えて︑あるいはそれ以下で要求することはできない(

その違反には一

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ポシ下以下の刑罰がかされることになっている

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水先人がもしも船舶に対

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して通常の水先サービス以上のものを供給したときは︑海難救助料等の請求が許されているが︑とくにアメリカでは水

先料に関して差別待遇を禁じていることも特筆に値しよう(同・∞

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ヴ︒このことは一九二一二年のジュネーブの交

道に関する第二回総会で採択された﹁海港の国際制度に関する条約﹂

︒同

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の第二条で︑水先サービスの提供なり︑水先料金の均等待遇の原則を規定し︑

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また水先料金の

公表と閲覧を明示していることも併記しなければならない︒

ロゆとをもって担保される債権の種類なり範囲を︑この国独特の慣習︑判例をもって限定しているようであるが︑そ

なおイギリス・アメりカでは海上出置権

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のなかに水先料がはいるかどうか争われている︒さらにわが国の水先法では運輸大臣の諮問機関として﹁水先審議会

﹂が設置され︑水先制度の改善につとめているがハ同法三一条l三五条﹀︑このことはイギリスでも回

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水先責任の一考察

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(6)

経 営 と 経 済

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る︒この委員会を構成する委員は︑水先人・船主・水先局の委員・ドックおよび港務局の委員・あるいはそれと密接

な利害関係を有する者お上び学識経験のあるものとされており

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︑ ほぼわが国の機構とおなじである︒

ω イギリス・アメリカでは水先料の支払がないときは︑船舶自体(所有者の如何にかかわらず﹀を相手とする﹁対物訴訟﹂﹀

﹀己目︒ロ山口問︒自﹀という特異な制度がある︒この船舶法人化についてはつぎのような考え方が潜んでいる︒﹁株式会社があ

たかもその構成員である株主より完全に分離して︑一つの独立した法人絡を所有すると同様に︑船舶もまたその所有者の人格

から完全に分離した法的人絡を有する﹂と︒︒州

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( 2 )  

海上尚置権は不法行為によって生ずるもの(箇突による損害・賠償・請求権)と契約によって生ずるもの(救助料・船員の

給糾・冒険貸借債権﹀とあるが︑後者のなかにさらに水先斜債権および挽船料債権を認めるものがある︒の

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可・出∞・また水先制砕債権は肯定するが挽船糾債権を否定するも

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・ M 刈・ところが最︑近では海事法の政策的見地より水先制科を含めることを否定するものがある︒

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・ところがアメリカでは一九一

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年法で船舶に提供した必需品の代金債権について海

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上尚置権を肯定しており︑この点ヒューズも必需品・食糧とならんで︑挽船料および水先料債権についても︑ 海上

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回 置 権 を

認めている︒同ロ

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任意水先・強制水先 水先のなかには︑特定の水先区を航行するために︑ かならず水先人を要招することを法律が強

制する強制水先(わ

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と任意水先の場合とがある︒わが国は戦前もっぱら任意水先を原則として

いたが︑終戦後は占領軍の要請で始めて強制水先制度がとられた︒立法的には昭和二四年の現行水先法を塙矢とする

( 同

法 二

二 条

) ︒

しかしこの強制水先が現実に実施されたのは︑それから一年を経て﹁船舶に水先人を乗込ませなけれ

ばならない港及び水域を定める政令﹂ (昭二五政一九)が制定施行されたときからである︒こうしてわが国では︑ まず

(7)

横浜・神戸・横須賀・関門・佐世保の五港について︑三

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屯以上の外国船お工び内国船では三

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屯以上の外航

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屯以上の内航船を対象とする強制水先の法的基盤が確立されどのである(同法一三条)︒

かようにわが 国では︑強制水先に関する歴史は実に新しいものであるが︑諸外国ではこの制度は可成り古いものであり︑かつ広範

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に実施されてい引︒すなわち﹁海港の国際制度に関する条約﹂(大

E一五年条約五号)のなかにも既に強制水先に関す

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る若干の規定があることがこれであろう︒大体主要な国際港は︑海難を防止し︑港湾施設の保護をはかるために︑強

制水先の制度をもっており︑イギリスではりヴァ.アール・グラスゴ1

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等︑が︑アメリカではシアトル・サ

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ブラシシスコ・ロスアジヂェルス・ニューヨーク・ポストジ港等がその例である︒とくにイギリスでは強制区域を航 行するすべての船舶は水先を強制されるのであるが︑しかし国王所属の船舶

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て免除をうけている船舶に対しては除外されている(包

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屯未満の船舶その他細則によっ

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水先の強制にも港内を強制するもの

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件)と港外を強制しているもの︿の

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⑦があるが︑Fわが国では

港外水先を実施していないなお港内水先でも港域全部を強制するものと(佐世保・関門区)︑外防波堤内を強制するもの

(横浜・神戸・横須賀)とがある

(2) 

﹁各取締約国は水先案内薬務を其の泊当と認むるところに従い組織し︑かつ管理するの権利をw田保す︒水先案内が強制的な

る場合においては料金および提供せられる便益については第二条︑第四条の規定に従うべきものとす︒尤も各締約国は︑必要

なる技術的資格を有する自国民に対し︑強制的水先案内の義務を免除することを得﹂(同条約一一条﹀︒

(3) 

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水先責任の一考察

(8)

経 営 と 経 済

船長と水先人との法律関係

一般的在り方 船舶上において︑船長と水先人との両者は 一体どのような法律関係にたつものであろうか︒

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この船長と水先人との職務権限上の限界︑すなわち水先人を要招したならば︑船長の権限の範囲はそれだけ減給され

また船長の船舶に対する指揮命令権を水先人に移譲できるものかどうか︒この問題からして︑たまたま水

る も の か

先人の過失で船舶が衝突したときは︑水先人個人の責任となるか︑あるいは船長なり船主の責任に帰属するかについ

て見解がわかれる︒ことに国家が一定の水域で︑行政監督の必要から水先人の使用を強要する強制水先制度のもとで

は︑当然に国家が賠償責任をおうべきものであるか否かについて︑複雑な問題が提起されてくる︒現在船長と水先人

との関係については︑二つの異った考え方が対立している︒

一つは強制水先人を船舶の最高指揮権者とみる考え方︑これによれば︑強制水先人は船長の依頼に応じて乗船し︑

その船舶上における最高の指揮権の保持者であり︑船長は水先人にその船舶に関する一切の指揮

権を移譲すると同時に︑海員も水先人の指揮命令権に服従することを要求する︒この考え方にたつものは下イツであ

る︒ドイツ商法の七三七条では﹁船舶が強制水先人の指揮のもとにあるときは船舶所有者は水先人の責に帰すべき事 職務をとるときは︑

由による衝突について責任をおうことなし︒但し船舶乗組員に属する者がその負担する義務を履行しないときはこの

限りではない﹂と明示している︒占んもこの考え方によれば︑上記のように法律上の船舶指揮権は水先人にあることに

たどここで注意されることは︑船長が水先人に吉間的に服従すべきではなく︑水先人に明白な運航上の誤り

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その指揮権は船長に存在するといわれている︒

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があるときは︑

(9)

二つは船長を船舶の最高指揮権者とみる考え方︑

こ れ に よ れ ば

︑ 船 長 は つ ね に 船 舶 の 最 高 指 揮 命 令 権 を 保 持 す る 者 で

︑ 任 意 水 先 人 を 使 用 す る 場 合 は 勿 論 強 制 水 先 人 を 使 用 す る と き で も

︑ 水 先 人 は 船 長 に 対 す る 一 時 的 な 補 助 者 で あ り︑船長の監督をうけなければならないとされている︒この考え方をとるものがブラシスである︒ブラ

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スの学説な

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水先人が強制的であると任意的であるとを間わず︑これを被用者として理解しているようである︒この

り判例では︑

ように船舶指揮権が法律上は船長にあるが︑

と相具する︒力もこの考え方にたつ者のなかでも︑水先人のみの過失に原因し︑

た ど 事 実 の 点 で そ れ が 水 先 人 に 移 転 さ れ て い る と こ ろ に

︑ 第 一 の 考 え 方 しかも菩良なる管理者の注意をもっ てしでも︑予見することができず︑

かつ相当の手段を尽しても防止不可能であったことを証明したるときは︑船主の 責任帰属を否定しているようである︒

このような船長と水先人との権限配分の相具は︑

必然的に責任の帰属についても異った結論を提起することになる ヵ

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一体イギリス・アメリカではどのような考えにたつものであろうか︒

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1レシベルヒも強制水先人は船長の単なる助言者ではなく

て︑船舶の指揮権を委ねられているものであることを明示する︒また地方条例でも強制水先人に船舶の指揮権をあたえてい

るが︑とくにシヤヲプスの見解では時制水先人は官三者との関連で︑m

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七三七条の適用があるためには︑強制水先人が現実に船舶上の指揮権を掌握していることが必要で︑強制水先人が指揮権を

助棄しているとき︑あるいは水先人が任意であるときには適用されないものとしている︒その指揮権の存在については船主

の側

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任を

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BB・ミ・なお内水航行法の三条では﹁船舶所有者は船舶乗組員が第三者に対して職

務執行のさい加えたる拐告を賠償する﹂ことを規定し︑その船舶乗組員のなかには任意水先人を含めている︒

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水先責任の一考察

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経 営 と 経 済

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ルも水先人は船主の代理人であるから第三者に対して責任をおわなければなら

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水先人は最初この国でも︑商人の同意によ也雇傭されていたようであるが︑しかし水先人の過失に

よる筒突上の責任の帰属については必ずしも明瞭ではなかっ向︒そのご一八五四年の商船法で始めて︑強制水先に関

する責任規定を発見することができるが︑同法の三八入条では﹁船主または船長は水先人が適法かつ義務的に要招さ

れる水域においては︑船舶の指揮に関し水先人に過失あるにより生じた損害については船主はその責をおわない﹂こ

(2) 

イ ギ リ ス

とを明示する︒ このようにイギリスでは最初の問︑ 船主の要請で乗船した水先人はその船舶の指揮者として考えら

れ︑水先人が酪聞であるとか︑その鰐導がきわめて危険であるときのほかは︑濫りに水先人に干渉することはできな

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いものとされてい刻︒スエズ運河のような特殊な航域では別である沿引ともかく強制水先人の過失による船舶筒突で

損害を生じても︑ その損害については一切免責されたのである︒

水先人の過失により生じた損害に対しては制定法は措ておき︑

たとえば一八三九年の冨

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号事件では

コムモシ・ロ 1 の立場からその責任をおわないものと

されたのである.︒その後一八六一年の﹀ロロ宅︒

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ロ号事件︑

はみんなこの線にそうものであった︒しかもここで注意されなければならないことは︑船主が責任免除を

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つけるため 一八六七年の国巳

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号事件など

には事件発生当時水先人の採用が強制されていなければならないことである︒その根拠を冨

RE

号事件ではつぎの

ように指摘している︒ ﹁へが自己の使用人の行為に対して責任をおうのは雇傭の範囲においてである︒蓋しこれらの

使用人は自己が任意に選択した者にほかならないからである﹂と(冨

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ま た マ

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スヂジによれば﹁

強制水先人は法律により船舶を管理する地位にある︒ 船舶の指揮は水先人が掌握する︒ 強制水先人は胎主の使用人

(11)

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三)でも︑代理人官向︒三)でもない︒ したがって船主は水先人の行為に対して責任をおうべき理由はない﹂

というのである

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そこでは水先人が唯一の責任負担者となるのであるから︑水先人にその支

Aせ

もって被害者保護の見地より保証金制度がとられていることも注目に値しよ引︒しかしかかる

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一九一八年一月一日以降廃止されることとなった︒そこでは強制水 払能力を担保させ

考 え 方 も

一九二二年の水先法の第一五条で︑

先区を航行する船舶の船主は︑法令の如何をとわないので船舶により生じた損害に対しては責任があることを明示し

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てお川︑しかもこの法規はイギリス本国︑ イギリス船および外国船の全部に及ぶことを宣言してい

る︒こうして強制水先人の過失による損害賠償について︑陪主はいままでと異り︑保護をうけえないこととなったの 植民地の全部︑

である︒ここに船主は強制任意にかかわらず水先人の過失に対しては︑ 一切責任を回避することができなくなり︑水

先人の助言者的地位が確立されたことは大きな進歩であった︒なおこのような船主と水先人との責任帰属の変遷に関

連して

l

スヂジはイギリス海軍における水先人の例をひきあいに出していることも面白い︒彼によればイギリス

海軍の旧い規則では﹁水先人は艦船について唯一の責任と命令とを有する者﹂であるとなして︑水先人に最高の権威

を認めていたことを指摘する︒ ところがその後一八 O 八年より一八 O 九年にかけて︑この規則が改正され水先人の最

高権威制も次第に弱められるようになり︑

一八六二年のヨ包

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号事件では誤った水先人の諮導に対して︑

なり航海士官にも責任があるということを海軍の軍法会議

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こうして艦船の水先人も︑ 一般船舶における水先人の地位に近︑ずくととができるようになったことは附記するに値し

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では水先人個人の責任を肯定しているが︑なおスコットラン

ド で は つ ぎ の よ う な 判 決 を み る

﹁ 強 制 水 先 人 は 船 舶 所 有 者 の 使 用 人 で あ る か ら ︑ 所 有 者 の 永 続 的 な 使 用 人 と 協 同 す る も の

水 先 立 任 の 一 考 察

八五

(12)

経 告 と 経 済

八 六

である﹂と

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船長の権限は停止する︒

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サウンダ 1 はスエズ運河の抗行で︑この原則がとられていないことを指摘する︒

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そ れ か ら 生 ず る 損 害 に つ い て 責

任があることを判決している︒尤もこの第一容の判決に不服があるとして︑保険会社の同意を与えてさらに控訴しているが第 スエズ運河を通航する冨

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号 の 所 有 者 は ︑ 水先人による船舶の不手際な抗行と︑

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一審の判決を費えすととはできなかった︒そのさい回足立判事は以下のような注目に値する見解を表明している︒

運河会社の水先人は︑その義務において国内の一般水先人とは同一ではない︒船舶の航行を指導する義務もない︒単にこの

(4) 

水先人は運河の状態︑構造︑深さについて船長に告知することである︒

もので︑それ以上のものではない﹂と︒

水先人は乗船にさいして一

00

ポンドを積立てるのである︒ 事実水先人は生きた海図

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もしも水先人に泊失があれば︑その保証金額および水先糾の限

度で責任を負担する(商加法三七二条︑三七三条)︒同様のことはイタリーも認める(商法一九八条)︒

(5) 

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(3) 

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水先人の地位を給舶の最高指揮権者である船長の単なる助言者として理解しようとす

(13)

それによれば︑如何に船舶構造が大であってもその拾の最高指

揮権者は一人であるべきであり︑二人の存在は許さるべきではないとする︒したがって強制水先人の場合でも船舶運

ヒューズなりパ

l

ソンの見解がこれを代表する︒

航の責任は全的に船長がおうものとされ︑もしもその水先人の行動が明白に不適当であるために︑船舶に重大な危険 る ︒

を及ぼすものと船長が判断したならば︑治長はこれに干渉しなければならないのである︒もし船舶が強制水先人の過

円 ︒

失で損害を生じたときは︑船主はそれについて責任をおわなければならないことを多数の判例で明示している︒しか

しここで注意を要するのは︑船舶自体に一個の人格を認める立場にたっているところから︑強制水先人に過失があれ

44

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ば船舶に対する物上訴訟の提起を制度化していることであろう︒これは責任そのものが︑船舶所有者の如何にかかわ

らず船舶自体に附着するものであるという考え方に立脚しているからである︒

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を 喚 起 す べ き 義 務 が あ る ﹂ こ と を 判 決 し て い る ︒

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わが国の学説・判例の態度 わが国では水先人と船長との責任帰属についてはどのような態度をもって臨んで

昭和十年六月三日の大審院判決をあげることができよう︒ この事 いるだろうか︒まずこれに関連のある判例として︑

件は

昭和二年一月下関海峡附近において水先人が汽船カッサシ号の船長の指揮のもとに︑同船を操縦運航のさい︑

たまたま錨の投下が緩慢であり︑舵取の方法にも職務上の誤りがあったために︑帆惜の第十九号旭丸と街突したこと

に あ る が

大審院はこれについてつぎのような趣旨の判決をしている(小町谷・伊沢﹁商事判例集追録﹂一三

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頁 ﹀

水 先 立 任 の 一 考 察

八七

(14)

経 営 と 経 済

八 八

﹁水先人は船長の要招に応じて水路を需導すべき職責を有する者なるも︑

た る と き は ︑

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一応仇仇問山本と云う事を得ベきを以て︑水先人の過失により拾舶筒突の事故を惹起し︑損害を生ぜし

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船長がこれを要招して水路期間導をなさしめ

わ ざ る を 得 ず ︒ 該水先人は船長と共に被害者に対し賠償の責任を負担すべきものと謂

従って船長が水先人に船舶の操縦運航を委任したる場合において︑其水先人が水路鰐導叉は船舶の

操縦運航に関する過失により第三者に損害を加えたるときにありても︑ 水先人は第三者に対し船長と共に損害賠償

の責任を負担せざるべからざるものとす﹂

(傍点は笠者)

まずこの判決で第一に考えられることは︑水先人を船長の被用者であるという見解にたっていることである︒これは

判例だけではなく︑わが国の有力量もこの見解を支持している︒すなわちあるものは﹁我固ま鳴として水先人

は船舶内に在るときは一般船員に比し短時間なるも胎主の一被傭者たるヒとに付ては争あるととなし﹂といい︑また

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松波博士も水先人を船主に雇傭される一種の使用人とみているようであが︒そこで船主と水先人との法律関係の性質

についても﹁氷先人は水路舘導の労務を供し︑船舶所有者が之れに対し報酬を与えるものであるが故に︑其関係は雇

傭契約にはるものである﹂となし︑補充的に民法一層傭契約に関する規定の適用を認め︑請負契約に関する規定の適用

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を否定す引︒このようにわが国の水先人は︑船員でないが船舶所有者との聞において雇傭契約にたつものであり︑そ

航海の安全などのいわゆる

であり︑雇傭関係そのものの性質に関して何等の影響があるものではな川︒したがって陪主なり船長は私法上の原則 の水先使用が法令の強制するところであるかどうかは︑

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の適用の結果︑被傭者たる水先人がその職務をおこなうにあたり︑過失によって他人に加えた損害については船主自

身責任をおうべきものと解することができよう︒ しかるにそのさい船主は民法七一五条で人的無限の責任をおうきベ

(15)

か︑商法六九 O 条により物的有限責任をおうべきものであるかの問題があるが︑

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現在の有力学説では︑水先人は船員

ではないが使用申のその行為は船員の行為に準ずべきものとして︑船主に六九 O 条の類推適用を肯定する︒

つぎにとの判決で考えられることは水先人を船長の助言者であるという考え方があまり明確にされていないことで

ある︒すなわちこの判例では以下のように述べている︒

﹁本件事故発生地の附近が船員法一五条(現在は一 O 条)に所謂狭隆なる水路に該当するものとせば︑反証なき限り同

甲板に在りて自ら船舶を指揮したるものと推測することを得べく︑従って同船長は衝突に付旭

丸の所有者たる被上告人に対し損害賠償の責に任ずべきは勿論なれども︑其補助者として操抗運航に従事したる上

告人も亦其過失に因り筒突を惹起したる以上は被上告人に対する損害賠償の責を辞することを得ざるものとす︒故

に上告人は単にカッサシ号船長の指揮命令を外部に伝達する機関として行動したるものに外ならざるを以て︑本件 船長は同条により︑

街突に付ては何等の責任なき旨の上告人の所論は当を得ざるものとす﹂ (点傍聾者)

そこでまず船員法一 O 条と水先人との関係である︒同条によれば﹁船長は船舶が港を出入するとき︑船舶が狭い水路

を通過するとき︑ 甲板にあって自ら船舶を指揮しなければならない﹂とする

が︑この規定は船長よりも操船技能において適任者である水先人が︑乗船しているときにも適用されるものであろう その他船舶に危険の虞があるときは︑

か︒西島博士は﹁蓋し水先区の存在は港湾の出入其他危険の虞ある場所なるが為代あるが故に︑此規定は水先人の船

円 ︒

上にあるときにも︑特に船長に命令権あるを明定したものと見得るのである﹂という︒筆者も現行水先法一七条二項の

﹁前項の規定は水先人に水先させている場合において︑船舶の安全な運航を期するための船長の責任を解除し叉は権

限を侵すものと解釈してはならない﹂とする規定を根拠に周様に解したい︒その意味からして︑水先人は船長の助言

水先責任の一考察

入九

(16)

経 色 と 経 済

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者であり︑船長に指揮命令権を認め︑船長の責任を肯定することはより妥当なことであろう︒成るほど判例がいうよ

うに水先人は船長の指揮命令を外部に伝達する機関ではないにしても︑船主の責任者的地位を明確にするうえから︑

積極的に水先人の顧問者的性格を打ちだすべきではなかったろうか︒そのことは一面︑船長と命令と水先人の指揮と

但Wいずれに従うべきかについての重要な問題を解決するカギを提供することにもなろう︒

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( 2 )  

山戸嘉一教授﹁船舶衝突論﹂一七九頁︑

松波仁一郎博士﹁海法﹂(現代法学全集六巻)一

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七 耳

( 3 )  

田中誠二博士﹁海商法提要﹂二四六頁︑西島崎太郎博士﹁船主の責任制限ある債務に就て﹂ (法学論議八巻二号)一二五頁

水先人は船舶の水路を出導するものであり︑船舶をして一定の地点に到達させることを詣負うものではない︒なお船長と水先

人との法律関係の本質を民法上の準委任に属するものとする見解もある(﹁海難審判の研究﹂

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頁 )

(4) 

強制水先は︑国家がその航︑海の安全という政策的な見地から強制的に水先人の使用を必要と定めたどけで︑ 船長がこの規定

にしたがい自由に水路の器導をさせる点においては任意水先人と同様である︒何回同円︒ロゲ

2

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・なおドイ y では強制水先

人は国家の官更であり︑その責任は国家がおうべきであるという見解もある︒そのときは官更に対する﹁国家責任法﹂(

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が適用されるとする

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﹀ロ自・吋・抑吋匂・わが国では水先人はたとえ強制のときでも公務員と解することは

できないのであろう︒蓋し船主と水先人との関係は︑あくまで私法上のことであるから明文なき限り強制水先人の過失につ

いて国家賠償法を適用することは考えられない︒ なお田中誠二博士は﹁強制水先人の行為に付ては反対説はあるが︑船主は

特別の指図をあたえたのでない限り責任を負わないと解すべきあろう﹂(前掲書二四六頁)とされているが︑

先人と任意水先人とを別具に取扱う必要はあるまい︒ しかし強制水

この点フランスなりイギリスの水先法が参考となろう︒また一九一 O

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街突条約の第五条では﹁前文に定めたる責任は︑ 筒突が水先人の過失によりて生じたる場合においては其の

水先人が強制水先人なるときと躍も亦存す﹂として︑フランス・イギリス主義の方向に進んでいることも注目に値しよう︒

(17)

(5) 

小町谷操三博士﹁海商法要義﹂上巻一

O

四頁︑竹井教授﹁海商法﹂︿新法学全集一六巻﹀一三四頁︑田中説二博士前掲書八

六頁︑石井照久教授﹁海商法概論﹂一

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二 一 良

( 7 )   ( 6 )  

西島博士前掲論文二一七頁

加藤正治博士﹁仏国船舶所有者責任制度﹂(海法研究二巻)五

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頁以下︒西晶博士前掲論文一二七頁

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一二八頁︒但し森清

教授によれば﹁水路を摺導するとは︑向案内すると‑謂うに同じく其の方法は単に水路の状勢に付船長に助言するに非ずして

自ら特定の水路に於て船舶の運航を司るを通常とす﹂(﹁海商法原論﹂六三頁﹀として水先人の助言者的地位に反対である︒

同)

松本

E 一氏﹁水先人の過失に因る船舶街突﹂(法学論議三五巻二号﹀三四一一員︒

水先人組合と水先人との法律関係

水先人はそれぞれの区域において︑ 水先営業の健全な発達をはかるうえから﹁水先人組合叶

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︒ の 同 州 注 目

︒ ロ ) を 結 成 す る

︒ こ の 組 合 に つ い て は 旧 水 先 法 ( 明 三 二 法 六 三 ) で は

その設立について詳細な規定

をおいていたが︑ 現行の水先法(昭二四法二二﹀では全く面白を一新している︒すなわち水先人の組合というものの

存在を予定してはいるが︑その設立に関しては何等の規定もない︒わずかに運輸大臣は水先人または水先人組合の行

為が︑水先業務の円滑な逐行を害し︑公共の利益に反すると認める場合において︑水先審議会の勧告があったときは

当該水先人または組合に対し当該行為の停止その他必要な事項を命ずることができるとか(二五条) ︑あるいは組合

の規約の作成︑変更には運輸大臣への届出を要求するなどの若干の規定があるにすぎない(二九条) ︒その意味から

運輸大臣の監督権は旧法に比較して︑ はるかに弱まっているということができよう︒ところで問題となるのは水先人

の過失に対して 組合は一体どのような責任をおうべきかの点であるが︑ わが国ではこれについて殆ど論究されて

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しかしイギリスでは賠償責任があるかどうかについて︑ つねに議論の対象となっているそうであるが︑

水先責任の一考察

(18)

経 営 と 経 済

九 的 に は 組 合 の 責 任 は 否 定 さ れ て い る よ う で あ る

︒ こ の 点 マ

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は ︑ ス コ ッ ト ラ ン ド の 事 件 を 引 用 し て つ ぎ の と お りいう︒ある港務局(出向げ

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﹀ に 使 用 さ れ て い る 水 先 人 の 過 失 に 対 し て

︑ 港 務 局 が 責 任 を お う べ き で あ そ れ は 過 失 あ る 水 先 人 の 行 為 に 対 し て 当 局 が 責 任 を 負 担 す る と い う の で は な く て

︑ た ど そ の 水 先 人 が 港

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務 局 の 使 用 人 で あ る と い う 使 用 関 係 に も と ず い て で あ る と す る

︒ な お ア メ リ カ で も 多 く の 判 例 を も っ て

︑ 水 先 人 組 合

3

の 一 般 的 形 態 は

︑ こ れ ら 構 成 員 の 一 人 の 行 為 に 対 し て

︑ 責 任 が な い と し て い る こ と は 注 目 に 値 し よ う

︒ そ れ は 合 名 会

るとしても︑

社のような連帯危険がみられないということなどを理由としているようである(巴・∞・

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註 ω 水先人組合の法的性質については︑大審院が昭和九年一二月の民事連合部判決をもって︑昭和八年九月の判決を衰えし︑ク

民法上の組合んという見解をとっている︒その根拠として水先人組合の事業が私の職務に関するものであること︑その組合

が強制加入でないこと︑ 経費なり泊怠金の強制徴取が認められていないことなどである(詳細は我妻栄教授︑ジュリスト一

九五四年一月号の連合部判決巡歴参照)︒これに対して この組合の性質をゲ公法上の人格なき社白んと解する反対論もあ

る︒田中誠二博士前掲書二四八頁

(2) 

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・いご・アメリカでも各州に水先人組合が組織されているが︑その多くは訟人格をもたないといわれている︒冨

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1 スでは︑ルイジアナ 1 水先人組合は︑その組合員の行為に対して責任がないと判決している(の・ゎ・吋司

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・ E3 ︒同様にデ一フウエア河水先人組合︑グァ 1 ジニア水先人組合の場合もその主任帰国を否定している︒出口

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あ ら ま し な が ら 水 先 人 の 責 任 問 題 を 中 心 と し て 吟 味 し て き た が

︑ ま だ ま だ そ こ に は 困 難 な 問 題 を 潜 め て い る よ う に お も わ れ る

︒ す な わ ち 船 主 は 自 己 が 任 意 に 選 択 し な い 第 三 者 の 行 為

(19)

負強しなければならないのか︒占んもそれにはつぎのようなことを考慮してはどうであろうか︒ まず第一に強制水先は

それ自体航海の安全ということを至上課題とはしているが︑それはまた反面船主の利益のためのものであろう︒故に

利益の帰するところ損失もまた帰するという︑ いわば企業責任の立場から理解してはどうであろうか︒第二は︑たま

たま強制水先人が船主に比較して資力の之しいものが多いために︑被害者は充分な救済を受けえない場合があること

が考えられる︒そこで被害者保護という純政策的な見地から︑船主の責任帰属を肯定したらどうであるか︒元もこれ

強制水先人は船長の助言者公安

2 2 )

なり顧問者であるということである︒ とは別に︑被害者保護のためには水先人の責任を附保するいわゆる責任保険という考え方もあろう︒最後にもう一つ

船長は強制水先人の乗船によって︑指

したがって水先人の過失は選任監督の不行届として使用者責任を肯定してはど

うであろうか︒そのほかいろいろの考え方もあろうが︑この水先責任の問題は︑強制水先の歴史が新しいわが国では︒ 揮権を制限されるようなことはない︒

将来に残された諒屈であるということができよう︒なお水先責任論の中核である船主の航海上の過失による法定免責

との関連については次号に譲ることにし度い︒

水先責任の一考察

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参照

関連したドキュメント

しかしながら、世の中には相当情報がはんらんしておりまして、中には怪しいような情 報もあります。先ほど芳住先生からお話があったのは

Âに、%“、“、ÐなÑÒなどÓÔのÑÒにŒして、いかなるGÏもうことはできません。おÌÍは、ON

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな

自分ではおかしいと思って も、「自分の体は汚れてい るのではないか」「ひどい ことを周りの人にしたので

のニーズを伝え、そんなにたぶんこうしてほしいねんみたいな話しを具体的にしてるわけではない し、まぁそのあとは

これも、行政にしかできないようなことではあるかと思うのですが、公共インフラに